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2013年06月ジャニーズJr4: 神7のストーリーを作ろうの会part8 (106) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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神7のストーリーを作ろうの会part8


1 :2013/04/19 〜 最終レス :2013/06/17
前スレ容量オーバーのため

2 :
 第五話 その1

岸くんは買い物に来ていた。休日の繁華街は大賑わいだ。
「あ、パパ見てぇこれパパに似合いそぉ。あ、でも恵ちゃんにも似合うかなぁ」
古着屋に入って嶺亜が手に取った服を岸くんに見せてくる。
そう、今日は夫婦水いらずの時である。家の中だと誰かしらいるのでなかなかイチャイチャできないから貴重な時間だ。いやまあ夜はベッドの中でイチャイチャしてるけど…
「パパどうしたのぉ?なんかぁ凄い情けないしまりのない顔してるよぉ?」
怪訝そうな嶺亜の顔がすぐ近くにあり岸くんは顔を引き締める。が、すぐに緩んでくる。その繰り返しだ。
マックでお昼を食べて、カラオケに行って映画を見て夕飯の材料を商店街で買って帰る頃にはもう陽はとっぷりと暮れていた。
「今日は恵ちゃんと勇太がご飯いらないしぃ昨日の肉じゃがもまだ残ってたからぁ簡単で済むねぇ」
機嫌良くしゃべる嶺亜の手を岸くんはそっと握った。手を繋いで歩く…それだけで幸せを感じるからだ。嶺亜もにっこりと微笑んで握った手に力をこめてきた。
これぞ幸せ…岸くんがじぃん…とそれを噛みしめていると急に嶺亜の手がぱっと離れた。
「嶺亜じゃん。お兄さんと夕飯の買い物?」
慎太郎が前から歩いてきた。嶺亜はよそいきの声で答える。
「うん。慎太郎くんもお買いものぉ?」
「ああ。オフクロに卵が足りねえから買ってきてくれってパシられた。兄貴も妹もいるのに俺におしつけてきてさー」
「慎太郎くんが優しくて頼りになるからだよぉ。御苦労さまぁ」
「んなことねーよ。うちは兄貴が面倒くさがりだし…。その点嶺亜のお兄さんは買い物にもつきあってくれてんだ。優しくていいよな」
「そんなことないよぉ。頼りないしぃ汗だくだしぃ何かっていうと涙目になるしぃほんとどうしようもないお兄ちゃんでぇ」
さんざんな言われようであるがそれよりも嶺亜が憧れの眼差しで慎太郎を見つめるのを、岸くんは黙って見ている余裕はない。嶺亜の手を握り返すと早々に退散するべくこう言った。
「嶺亜、早く帰らないと遅くなっちゃったからまた郁が腹減らして暴れるよ。それでは慎太郎くんごきげんよう!」
嶺亜を半ば引き摺るようにして早足で歩いて帰ると岸くんは拗ねに拗ねた。

3 :
「…で、パパはご機嫌ナナメってわけか」
バイトから帰って来た勇太が呆れながら呟く。
「そうなのぉ。そんな怒ることでもないのにぃ」
洗い物をしながら嶺亜は愚痴をこぼすが同意は得られなかった。
「そりゃ怒るだろ。自分という夫がありながら他の男にデレて繋いでた手まで離したんだろ。パパとデキてること慎太郎に知られたくないっつーことはやっぱ慎太郎のことどっかで初恋のあいつとまだ重ね合わせてんだろ」
的確な勇太のツッコミに嶺亜は口を尖らせた。他方向からも非難が飛んでくる。
「それはいくらパパでも怒るな。言っちゃなんだがパパは超温厚だから怒るってのはよっぽどだと思うぞ。嶺亜は八方美人すぎるし改めた方がいいな」
挙武も厳しいことをいう。そして珍しく颯までもが苦言を呈した。
「嶺亜くんダメだよ。パパの気持ちも考えて。パパが怒ってるとこなんか俺見たくないよ」
「颯までぇ…恵ちゃ〜ん…」
圧倒的に形勢不利な嶺亜は恵に助けを求めた。こんな時必ず味方になってくれるのは恵なのだが…
「俺もフォローのしようがねえよれいあ…。俺パパにいつもえらそーにれいあのこと泣かすなって言っちまってるだけに今回これでれいあの肩持っちまったら合わせる顔がねえっつうか…」
恵はジレンマに陥っている。嶺亜の味方につきたいのは山々だが今回だけは分が悪い。
最後の頼みの綱である恵にも責められ、嶺亜は溜息をついた。
「…分かったよぉ。僕が悪うございましたぁ」
渋々嶺亜は自分の非を認め、洗い物を済ませると岸くんの部屋に上がって行った。その後ろ姿を兄弟達は見守る。
「ま、嶺亜が謝りゃパパはイチコロだろ」勇太は水着グラビアを開いた。
「だな。颯、龍一、今夜は早く寝た方がいいぞ。でないと夜通し声が聞こえてくるかもしれないからな」挙武が颯と龍一に忠告する。
「あーくっそー…こういう流れになっちまうから嫌なんだよなー…」恵は愚痴愚痴言いながらゲームの電源を入れる。
「喧嘩するほど仲がいいっていうしいいんじゃね?」郁がスナック菓子をぼりぼりやりながら言う
そして颯と龍一はインターネットで防音壁について調べ始めた。

仲直りをした嶺亜と岸くんは翌朝手を繋いで出勤・通学に出る。駅で別れて手を振り、嶺亜は電車のホームに立った。
「よ。おはよ」
すぐ後ろに慎太郎がいた。眩しい笑顔を嶺亜に向けてくる。
「あ、おはよぉ慎太郎くん」
一緒の電車に乗り合わせることなどほとんどないのだが嶺亜は岸くんの出勤時間に合わせたから若干早めである。そのせいかもしれない。
「嶺亜、本当にお兄さんと仲いいんだな」
電車が到着する。乗り込みながら嶺亜は答えた。
「そお?普通だよぉ」
「だってさっき後ろから見えたけど手繋いで歩いてたじゃん。仲良さそうにじゃれあってたし。俺も兄貴と仲悪いことはないけどあんなことはしねえな」
やばぁ…見られていた?と背中が冷たくなったがそもそも誤解されたままなのだからやばいもへったくれもない。嶺亜は返す。

4 :
「あ…あれはねえ…お兄ちゃん低血圧で朝に弱いからフラフラして溝に落ちちゃうから手繋いでてあげないと危なっかしくてぇお兄ちゃんじゃなくておじいちゃんみたいだよねぇうふふ」
「そうなんだ。だよなー。これくらいの年の男兄弟が手なんてつなぐわけないし。お兄さん想いだなー嶺亜って」
また嘘をついちゃったぁ…嶺亜は自分の頭を小突きたくなる。
「嶺亜ん家って兄弟だけなんだって?偉いよな嶺亜、弟達の世話もしてんだろ?」
「そんなことないよぉ。四つ子だしぃ一番下だってもう中学生だしぃ」
「でも嶺亜、飯作ったり洗濯したり家のこと全部やってやってんだろ?それってすげー偉いよ。嶺亜の作った料理美味いんだろうな」
「そんなことないってぇ。あ、でも良かったら今度食べに来てぇ。いつもお裾わけもらってるしぃ」
「あ、まじで!?行きたい。いつならいい?てかケータイの番号も知らなかったし教えてくんねえ?」
なんだかどんどん泥沼にはまっていくような気がしたが嶺亜は二つ返事でOKを出してしまった。そして慎太郎は乗り換えの駅に着くと爽やかに手を振って降りて行った。
「じゃな。楽しみにしてる」
ドアが閉まり、電車は走り出す。
「…僕悪くないよねぇ…?」
微かな罪悪感と不安を無理矢理押し殺しながら嶺亜は誰にともなしにそう問いかけた。

「おーっす。慎太郎。なんだボーっとして。似合わねえぞ考え事とか」
慎太郎は頭を小突かれる。気付くともう二限の休み時間だった。
頭を小突いた相手…クラスメイトの田中樹を見上げ、慎太郎はぼんやりと呟いた。
「なあ、樹…」
「何?てかその沈んだトーンやめろよ。調子狂うから。ツタンカー麺食う?」
樹は焼きそばの入ったタッパを差し出しておどけてみせるが慎太郎にはそれに付き合う余裕がなかった。そのまま疑問を口にする。
「お前、兄弟多かったよな…?」
「あ?何を今更。男ばっかの5人兄弟だけど文句ある?何か問題でも?」
樹は両手を広げた。
「俺にも兄貴がいるけど…お前、兄貴と仲いいって言ってたよな。朝、手繋いで登校とかする?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をあげて、樹は慎太郎の額に手を当てる。
「お前熱でもあんの?んな気色悪いことするわけねーだろ。仮にねーちゃんがいたとしてもしねーよそんなん」
「…だよな…」
呟くと、近くを通りかかったクラスメイトが確か嶺亜達と同じ中学出身だったことを思い出す。彼に嶺亜のことを聞いてみるとかなり有名な兄弟だったらしく、知ってると返事が返ってきた。
「男ばっかの7人兄弟の4つ子だろ。嶺亜は女みたいだけど長男なんだよ。で、二男が恵っていって…」
「ちょっと待て。嶺亜が長男?もう一人上に兄貴がいるだろ?二つか三つ年上って言ってたかな…うちの兄貴と同い年だったような…」
「え、んなわけねーよ。あいつらは四つ子が一番上で下に双子の弟、んで末っ子の7人兄弟だって。俺小学校から一緒だから間違いねーよ。あ、でも母子家庭っつってたから再婚相手の連れ子とかじゃねーの?
でもあいつらのお母さん夏に交通事故で死んだって聞いたけど」

5 :
「再婚相手の連れ子…義理の兄貴か…」
なんとなく、そんな気がした。嶺亜とその兄はなんだか兄弟って感じがしないし仲がいいのはそうかもしれないがとりわけ兄の方が嶺亜に固執しているように見えた。そう考えれば合点がいく。
いくら仲がいいからって高校生にもなって兄弟と手なんて繋がない。だけど義理の兄が「朝に弱い」と偽って嶺亜に介護まがいのことをさせようとしていることも充分考えられる。
「…まさかな。何考えてんだ俺…」
だが慎太郎はその推測を打ち消した。そんな風に考えるのは良くない。他人の家の事情なんて詮索すべきではない。それは下衆の勘繰りというものだ。
「慎太郎お前大丈夫かよ?考え事なんてお前の脳みそがそんな負荷に耐えられるわけねーんだからいつもみたいにパーっと弾けてバカやろうぜ!ここはバカ高なんだからよ!」
樹があっけらかんと笑って背中を叩いて、慎太郎は一時的に気分を切り替えることができた。
そう、家に帰る直前までは。

慎太郎は商店街の本屋に寄った。ちょうど漫画雑誌の発売日だったからだ。これを読んで昨日録ったドラマのDVDを見て…と考えながら雑誌を手に取る。
「…でパパの野郎アッサリ許して夜はれいあとお楽しみってか。あーくそ!むかつくー!あいつの味噌汁に鼻クソいれてやろうか」
どっかで聞いた声が棚の裏から聞こえてくる。なんとなく覗いてみるとそこには恵と勇太がいてコミックを物色していた。
「嶺亜が悪いんだろ。あいつ八方美人だからなー。慎太郎にいい顔してぶりっこふりまいてっからそりゃ怒られて当然だ」
自分の名前が出たことで慎太郎は反射的に姿が見えないよう気を払いながら聞き耳をたてた。
「れいあのぶりっこは今に始まったこっちゃねーけどよ、これでパパが味しめてくだんねーことでも拗ねてそん度にれいあがパパのご機嫌とってあいつらがイチャイチャすんのは正直ムカつくぜ。知ってっか?パパ毎日のように嶺亜と一緒に風呂入ってんだぞ!」
「知らねえわけねえだろ。前に颯も龍一も郁も出かけてて挙武が勉強で部屋でこもりっきりの時、俺がバイト早あがりで帰ってきたらリビングでおっぱじめるところだったんだぜ。知ってりゃ物音立てずに覗いてオカズにしてやろうと思ったのに」
「てかパパのヤロー今朝もれいあと手ぇ繋いで出てったろ。後ろからとび蹴り喰らわしてやろうかと思ったぜ!」
恵は吐き捨てるように言って棚を蹴った。そうするとコミック本が棚からバサバサ落ちて来て勇太が「バカお前!」と恵を小突いて彼らの会話は終了した。
「…パパ?」
慎太郎は考える。彼らの会話の中の「パパ」はどうやら今朝嶺亜と手を繋いで家を出た人物…ということになるが、だとするとそれは慎太郎が目撃した嶺亜の兄だ。
どう考えてもどこをどう見ても彼は「パパ」には見えないし彼らの家には両親がいないことは近所の人から聞いている。とするとこれは皮肉を交えたニックネームのようなものだろうか。
そんなことよりも気になるのは「夜は嶺亜とお楽しみ」「毎日一緒に風呂に入ってる」「嶺亜がご機嫌をとってイチャイチャ」のあたりだ。
これはどういうことなのか…考えたくはない。考えたくはないが足りない脳みそを振り絞って慎太郎は仮定をたててみる。

6 :
嶺亜の義理の兄は何か嶺亜の弱みを握っている。そしてそれをいいことに女の子のように可愛い嶺亜に己の欲求を満たそうとしているのでは…
考えてみれば、今朝手を繋いで歩いていることを指摘された嶺亜はどこかぎくりとしていたようにも見えるし、その後の「お兄ちゃん朝に弱くってぇ」も、とってつけたような苦し紛れのごまかしのようにも思える。
嶺亜の兄は介護されるような年齢でもないし至って健康体そのもののように見える。
それに…一昨日会った時もそうだしお裾わけで何回か訪問している時に薄々感じたことだが、どうもあの兄は嶺亜に固執しているように見える。自分と嶺亜が仲良く話していると無理矢理強制終了させようとしているような…
考えれば考えるほどに深く堕ちて行く。もし自分の仮定が当たっているのなら…これは放っておくことはできない。
慎太郎は携帯電話を手に取った。

「じゃあねぇ。ばいばーい」
学校帰りに友達とファストフード店でおしゃべりをして嶺亜は帰路につく。今日の晩ご飯何にしよぉ…と考えながらなんとなく携帯電話を手に取るといきなり振動し始めた。
「あ」
着信相手を見て嶺亜は反射的に通話ボタンを押し、それを耳に当てる。
「もしもしぃ。慎太郎くん?」
「あ、嶺亜。今いい?」
「ん、何ぃどしたのぉ?」
「えっとさ…ちょっとあつかましいお願いなんだけど…今日さ、うち母親の帰り遅くて自分らで飯作れって言われてて…飯とか作ったことねえし外食しようにも金もなくて…。今朝言ってた嶺亜ん家に食べに行かせてもらうのって今日じゃダメかな?やっぱ迷惑?」
「え…」
嶺亜は返事を躊躇った。社交辞令というわけでもなく慎太郎を家に招いて食事をするのは楽しいだろうなと思ったからこそ出た言葉ではある。
だが昨日の今日で彼を招くと絶対に岸くんは怒るだろうし兄弟達だって非難GOGOだろう。これはなんとか上手いこと回避しなくてはならない。せっかくだがタイミングが悪すぎる。
「あ…あのぉ、慎太郎くん…せっかくなんだけどぉ今日はぁ…」
「あ…やっぱ迷惑かな…。ごめんな、なんか。俺頼れるのが嶺亜しかいないから…。ごめん。忘れて。一食ぐらい抜いたって死にゃしねえしな…」
落ち込んで沈んだ慎太郎の声に、嶺亜は罪悪感が押し寄せてくる。
「そ、そんなことないよぉ。ただうちすんごい散らかってるしぃ食い意地はった弟がいるから慎太郎くんの分まで食べかねないしぃ一年中停電みたいなくらぁい弟が自我修復とか言って指くるくるしてて引くだろうしぃ
下ネタばっかでセクハラ攻撃してくる困った四つ子の弟もいてぇ嫌味ばっか言うエリート気取りとかぁ何かってぇとすぐ逆さまになって回りだす子とかギャハハハハって声が大きい可愛い恵ちゃんがいたりぃそんでそんでぇ…」
「嶺亜…俺はお前を助けたいんだ」
助ける?助けるってなぁに?家事労働から?よく分かんないけどぉなんか超真剣だからこれで断ったらもう慎太郎くん僕と口きいてくれなくなっちゃうかもぉ…
嶺亜の思考はこの時正常な作動をしていなかったことは確かであった。気がつけば嶺亜は「じゃぁ7時に来てぇ。その頃にはできてるからぁ」と返事をしてしまっていた。

7 :
「なんか岸くん今朝からずっとにやけてっけどなんかいいことでもあったん?」
退勤時間が迫り、仕事も全て終わらせて時計を眺めていると先輩から声をかけられる。
「いえ…そんなににやけてます?」
岸くんがとぼけて返すと先輩社員の福田悠太はお見通しとでも言いたげに口元を吊りあげた。名前が同じなこともあり可愛がってもらっている先輩である。
「さては彼女でもできたか。ようやく新しい恋を見つけたってわけだな。その年で奥さんと死別、7人の父親だもんなあ。激動の人生だけどようやく再び春が来たってとこ?」
「いや…!違いますよ!そんな、彼女だなんて…」
彼女ではなく亡き嫁の息子の16歳の男の子が現嫁であるということはなかなか説明が複雑なので岸くんは職場では嶺亜とのことは伏せている。
「何なに、岸くん彼女ができたって?」
わらわらと先輩達が集まってきて岸くんを囲んでガヤガヤ言いだした。
「まーなー。若者は彼女くらいすぐできるっしょ。いいねー若いって」先輩社員の松崎佑介がニヒルな笑いを浮かべておっさんくさく頷く
「なんかその言い方凄い年より臭いけど!で、どんな子?お兄さんに教えてみな岸くん」同じく先輩社員の辰巳雄大が前歯を光らせて顔を覗きこんでくる
「そんな矢継ぎ早にまくしたててやるなよ。岸くんどうなん?」先輩社員、越岡裕貴が皆を宥めつつ探りを入れてくる。
「いや…違います!違いますって!あのですね、今日は楽しみにしていたDVDが届く日でして…。超レアものの入手困難なDVDだから楽しみで楽しみで…」
岸くんはとりあえずごまかすことにした。本当のことは言えない。ちょっと拗ねてみせたら思いのほか嶺亜が反省して昨日も一晩中やらせてくれたので今日も多分いけるはず…という本心は隠しておくべきだと判断した。
だが岸くんの言い訳を先輩社員の兄さん達は少し曲解したようである。
「そうか…。彼女を作る暇もなく死別した女房を想いながらレアAVで寂しさを紛らわせているというわけか…」
涙ぐんで岸くんの肩に手を置く兄さん達に続いてもう一人会話に参加した。
「岸くんお前健気だな…。よし、今夜は俺がおごってやる。泡の出るお風呂屋さんに行くぞ!!みんなも付いて来い!」
そう言って音頭を取りだしたのは山本亮太というちょっとやんちゃな先輩社員だった。あれよあれよという間に岸くんは妖しい繁華街へと連れていかれた。

8 :
家に帰り、事情を説明すると予想通り嶺亜には非難が集中した。
「れいあそれはやべーって。せっかくパパと仲直りしたんだからよ。またパパ怒んだろ。そしたら同じことの繰り返しじゃん」恵が諭すように言った。
「あーあしょーがねーなー。だいたい嶺亜お前いっつもぶりっこばっかしてっからこういうことになんだよ。知らねーぞ俺」勇太は冷たく言い放つ
「今から『やっぱり無理ぃ。ごめんねぇ』って言ったらどうだ?向こうだって子どもじゃないんだから外食するなりなんなりできるだろう」挙武は興味なさげに呟いた。
「嶺亜くん!反省だよ!パパ怒らせたら俺が許さないよ!」颯は熱弁した
だがしかし龍一と郁は嶺亜に寄り添った。
「…別に家に呼んで食事するくらいいいと思うけどな…二人きりで食事とかじゃないんだし…」
龍一がぼそっと呟く。いつも虐げてばかりの弟が味方についてくれたこともあり嶺亜は珍しく龍一にシナを作る。
「龍一はよく分かってるよねぇ。別にやましいことなんてないからこそ誘ったんだしぃ」
「飯食わせる代わりに田舎から届いたコシヒカリ持ってきてくれんだろ?だったら大歓迎じゃん。なんで兄ちゃん達そんなに怒ってんの?」
「だよねぇ郁ぅ」
兄弟間で意見が食い違う中、7時になり慎太郎が岸家にやってきたがいつもこの時間には帰宅しているはずの岸くんはまだ帰ってきていなかった。今日は残業もないと言っていたが連絡はない。
「お邪魔します。あ、これ田舎から届いたコシヒカリ。どこに置けばいい?」
慎太郎はスマートな動作で登場する。兄弟全員が固唾を飲んでその姿を視界に入れた。慎太郎は颯爽とした様子で自己紹介をする。
「初めまして。…あ、初めてじゃない人もいるか。向かいの森本慎太郎です。今日はあつかましくお邪魔してご馳走になりすいません」
完璧な立ち居振る舞いとそのオーラに岸家の兄弟達は圧倒される。16歳にしてこの貫録。完全なる好青年っぷりにただただ唸るばかりである。
「お、おう…遠慮すんなよ。まあゆっくりしてけよギャハハ…ハ…俺は二男の恵っつーんだけど…」恵はいつものバカ笑いが出てこない
「い…いつもお裾わけありがとな…。まあ座れよ…。俺は三男の勇太だ」勇太は呼んでいたビニ本をそっと隠した
「これはどうもご丁寧に…狭くはないけど汚い家でおかまいもできないが…。僕は四男の挙武です」挙武も珍しく緊張を隠しきれない
「こんにちは!僕は5男の颯です!いつもお裾わけありがとうございます!」颯はいつも通りの天真爛漫さを出した
「…六男の…龍一…です…」龍一は怯えに似たものを見せた。まさに光と影で慎太郎は自分と対極にある人間であることを無意識の内に察しているからだ
「俺は末っ子の郁!!いつも食いものありがと!これからもよろしく!今度はバナナがいいな!」郁は遠慮というものがない
「こんな感じでぇ…騒がしい我が家だけどゆっくりしてってねぇ」
嶺亜が微笑むと、慎太郎は部屋を見渡して首を捻った。
「あれ?お兄さんは?」
全員がぎくりとする。なぜぎくりとしてしまったかは分からないがとにかくしてしまった。嶺亜が取り繕うように答えた。
「お仕事長引いてるのかなぁ…。いつもならもう帰ってきてる頃なんだけどぉ。冷めちゃうしぃ先に食べとこっかぁ」
「ふうん…」
どこか腑に落ちない様子で慎太郎は呟いたがにっこりと嶺亜に微笑みかけると
「嶺亜、配膳とか手伝うよ。ご馳走になるばかりじゃ申し訳ないから」
と言っててきぱきと嶺亜と配膳を始めた。二人でキッチンに立つ姿はまさに夫婦そのもの。ここに岸くんがいたらダメージ100000000000ポイントで即死だろう。いなくて良かった…と皆は胸を撫で下ろした。
「にしてもパパは一体どこで何をしてるんだ…?残業にしては遅いな…」
8時になっても岸くんは帰宅せず、挙武が訝しげに呟いた。

9 :
岸家が慎太郎を迎えている頃、断るタイミングを見計らっているうちに気付けば岸くんは先輩達と共にそれらしい店の前にいた。陽も暮れて今からがこの街の夜明けだ、とでもいうようにネオンが輝き、客引きが声を張り上げて闊歩する。
見渡す限りのおピンクなお店ばかりの場所に岸くんは真冬なのに発汗し始めた。
「お前もそろそろひと肌が恋しくなってきただろう…お好きなコースを選んでいいんだぞ。可愛い後輩のためだ、先輩としてできることをしてやろう」
がしっと肩を組まれ、山本は岸くんに言う。ありがたいやらそうでないやら…また別の意味で発汗がやってくる。
「いえ、あのその…俺まだ未成年ですしおすし…!そんな図々しくおごってもらうわけには…!」
一度入って見たいとは思っていたがそれは嶺奈と出会う前の話である。こんなところに入ってピンクなサービスを受けたとあっちゃ何かの間違いで嶺亜にバレでもしたら即別れを切りだされるし兄弟達からも八つ裂きにされる。岸くんは断固拒否を貫いた。
「遠慮すんな。右手が恋人は今日だけ卒業だ。大丈夫、プロに任せておけば間違いない!!」
「いやだから俺の恋人はですね…」
恋人兼嫁は16歳の男で戸籍上の息子であるがこの際その説明は省略する。だが彼らは聞いていなかった。
「よし入るぞ。野郎ども、出陣!!」
店に入ってしまったらもう後戻りはきかなくなる。だが先輩5人に囲まれ岸くんは身動きが取れない。あああもう俺どうなっちゃうの…?このまま風俗デビューしちゃうの…?そんなことしちゃったらバレる云々より自己嫌悪で死にたくなっちゃうに決まってる…!
意識が遠くに行きかけていると、携帯電話が鳴る。家からだった。
「あ、ちょっとすいません電話が…もしもし?どうしたの?」
「あ、パパおっせーからどうしたのかと思ってさー。何してんの?残業?」
勇太の声だった。岸くんは答える。
「いや、残業っていうかちょっとなんていうか社会人としての付き合いというかそのあの…」
「あ?訳わかんねーけど早く帰って来いよ。でないと嶺亜、慎太郎に取られっぞ」
「へ?」
「へ、じゃねーよ。慎太郎がうちに来て飯食ってんだよ。もう食い終わって嶺亜の部屋に二人で上がってったぞ。早くしねーと嶺亜が…」
岸くんはマッハで帰宅した。

その2につづく

10 :
作者さん乙乙乙です!!!!!!!!
まさかの衝撃メンの登場w

11 :
 第五話 その2
(僕何やってんのぉ…?まずいよねぇ…)
夕飯が終わってじゃあまたねぇ…という流れに持って行くつもりが何故か慎太郎と二人で自分の部屋にいる。幸いにも岸くんはまだ帰宅していないがこのままでは今度は激怒されてしまう。嶺亜は焦る。
「嶺亜、ほんとに料理上手なんだな。すげーおいしかった。うちのおフクロより遥かに上手いや」
「そんなことないよぉ。でもそう言ってもらえると嬉しいぃ」
反射的にぶりっこスマイルを作ってしまう。もう癖になっていてこれはなかなか直らない。イケメンの目の前だと尚更である。
「慎太郎くんが手伝ってくれて大助かりだよぉ。うちの弟たちなんにもしてくれないんだもぉん」
「そう?でも個性豊かな弟ばっかだよな。うちも賑やかっちゃあ賑やかだけど嶺亜ん家ほどじゃないな。楽しいよ」
「そぉ?そっかなぁ…」
照れてみせながら呟くと、次に慎太郎は真剣な表情になる。くらっとするほど凛々しい。
「なあ、嶺亜のお兄さんって血は繋がってないんだよな…?」
慎太郎から予想外の質問が投げかけられる。
「え?な、なんでぇ…?」
「嶺亜達と同じ中学の奴が、嶺亜達の上には兄貴はいないはずだって。親が再婚した連れ子の義理のお兄さんなんだろ?」
「え?えっとぉ…」
どう説明したものか、嶺亜は迷う。だけど迷ってること自体おかしいのではないか…とも思う。何も隠す必要なんてない。岸くんはこの家の主でありパパであり恋人であり夫(の予定)なのだから、それを一からちゃんと説明すればいいのだ。嶺亜は答えた。
「そうなのぉ。でもパパとママ交通事故で死んじゃってぇ…僕達兄弟だけ残されてぇ…。お兄ちゃんが働いて養ってくれてるんだぁ」
なんでこうも自然にすらすらと嘘が突いて出るのぉ…?嶺亜は自分で自分を小突きたくなる。

12 :
「そうなんだ。で、嶺亜が家のことやってんだな。養ってもらってるんだったらそりゃ気を遣うよな…」
「え?」
「嶺亜、お兄さんに何かこう…普通の兄弟以上のことされてたり要求されたりしてない?」
「え、なんでぇ?どういう意味ぃ?」
「俺…なんか心配になって。義理の兄弟なんて他人も同然だし、その…嶺亜はなんか普通の男とは違う可愛さがあるからさ…変なことされてやしないかと心配で…。
お兄さんのこと悪く言うわけじゃないけど、俺と話してる時すぐに引き離そうとするし、お兄さんは嶺亜に兄弟以上の感情を持ってるんじゃないかと思って」
「な…何言ってんのぉ慎太郎くん。そんなわけないよぉ。お兄ちゃん別に「嶺亜、背中流してー」ってお風呂にいきなり入ってくることもないしぃ毎晩一緒に寝てなんかないしぃ
一日一回までなんて決めてないしぃ最近コスプレをそれとなく要求されるなんてこともないしぃえっとえっとぉ…」
なんか口が勝手に動き出す…嶺亜は慌てた。だが嶺亜の動揺をよそに慎太郎は目を見開いた後、わなわなと唇を震わせ、こう呟いた。
「…許せねぇ…!」
なんかすんごい誤解を招いてる気がするよぉ…嶺亜は思った。だから可及的速やかにそれを解こうとするといきなりドアが開いた。

13 :
「嶺亜もしょうがない奴だな…部屋になんて入れて二人きりになるなんて…いくらパパでも怒るだけじゃ済まさないんじゃないか?」
リビングで紅茶をすすりながら呆れ気味に挙武が呟く。
夕飯が終わると手際よく片付けと洗い物をして慎太郎は嶺亜に「部屋で話がしたい」と願い出た。全員が固唾を飲んでそれを見ていると嶺亜はにっこり笑って「いいよぉ」と二つ返事だった。全員ずっこけた。
「そのパパは一体何やってんだよ。連絡もよこさずこんな遅いなんてよ。パパの方こそ浮気でもしてんのかぁ?」
勇太が雑誌を読みながら冗談めかす。
「ふざけんじゃねー!そんなことしやがったら俺あいつのこと切り刻んで枇杷の木の下に埋めんぞ!!」
恵が憤るがその後ろで龍一がぼそっと呟いた。
「でも、浮気しそうなのは今現在嶺亜兄ちゃんなわけで…」
「うっせー!!てめーは黙って自我修復してろ!!」
恵に蹴りを入れられ、龍一は涙目で指を回し始めた。
「でもさ…パパ心配だよ。連絡も出来ないなんてもしかしたら事故に遭ってるんじゃ…」
颯の呟きに、勇太がやれやれと立ち上がりリビングの固定電話をかけ始めた。程なくして通話が終了する。
「どこにいたのか知らねえけどあの様子じゃ多分すぐ帰ってくんだろ。さて、問題はパパが帰って来た後のことだけどな…」
勇太が言うと、兄弟はそれぞれ今後の展開を予想し始めた。
慎太郎が嶺亜と二人きりでいることを知って岸くんがマッハで帰宅する。そうすると待っている展開は一つしかない。

14 :
その結論に行きつくのにほんの数分だったが玄関のドアが勢いよく開閉し、ばたばたと階段を上がって行く足音が聞こえた。岸くんが帰宅したのである。驚異的な速さだ。
「やべーぞ…修羅場だ…」
恵の呟きに、兄弟はその後の展開をそれぞれ予想し口にした。
「まじやべーな…これでもしパパがれいあに別れを切りだすか、れいあが慎太郎の方を選んだりしたら…俺ら一家離散じゃね?」恵は珍しく真剣な表情になる。
「するってーともうこの広い家で思いっきりオナることもパパの会員カードでAV借りまくることもできねーのか…?こいつは一大事だぜ…」勇太の額から汗が伝う
「ちょっと待て…じゃあまた3DKに7人暮らしになるのか…?またあの環境で発狂しながら勉強をしなくてはならないのか…そんなの無理に決まっている…」挙武はわなわなと震えた
「嫌だよそんな!パパが俺達のパパじゃなくなっちゃうなんて…そんなの絶対に嫌だよ。俺はパパにまだまだしてもらいたいことがあるのに…!」颯も感情を爆発させている
「嶺亜兄ちゃんが慎太郎くんの家に嫁いでしまったら誰が家事をするのか…なんとなく嫌な予感がする…。シンデレラのようにこき使われる己の未来が見える…」龍一は指を回しながら慄いている
「パパはともかく飯食わせてくれる奴がいなきゃどーしよーもねえじゃん!俺は育ちざかりなんだぞ!」郁は叫ぶ
「なんとかしなきゃ…」
全員、一致団結して岸家の危機を乗り越えるべく階上に向かった。

15 :
人間の限界を超えた速さで帰宅し、そのまままっすぐ嶺亜の部屋に突入すると、悪夢のような光景があった。
嶺亜の部屋の中には慎太郎と嶺亜がおり、慎太郎は嶺亜の両肩に手を置いていた。「さあこれからキスしちゃうぞ」というシチュエーションにしか岸くんには見えなかった。反射的に嶺亜の腕を取り、自分に引き寄せる。
「し…慎太郎くん、悪いけどこの子は…!」
俺の嫁だ、と言おうとするとしかし次に更に物凄い力で嶺亜は引き戻される。
「へ?」
岸くんが事態を理解できずきょとん、とすると慎太郎は燃えるような眼差しを岸くんに向けてきた。
「これ以上嶺亜に手を出すな」
言われている意味が岸くんには分からなかった。それはこっちのセリフなのに…
岸くんが時を止めていると、慎太郎は続けた。
「お兄さんの気持ちも分からなくはないけど…俺は大事な友達があんなことやこんなことをされているのを黙って見過ごすなんてできない。俺は…嶺亜を守りたい」
かっこよさ満点のセリフだが岸くんにはますます訳が分からない。ハテナマークを飛ばしていると、嶺亜が慎太郎を宥めるように言った。
「し、慎太郎くん、落ち着いてぇ…違うよぉ…誤解だってばぁ」
だがしかしトランス状態の慎太郎の耳には届かなかった。
「今はまだ高校生だから無理だけど…高校卒業したらこんな家出ればいい。そしたら慰みものにされるなんてこともないだろうから。俺も手伝うから、嶺亜」
「あのぉ…」
「ちょ、ちょっと待って、嶺亜これどういうこと?説明して!」
耐えられなくなった岸くんが叫ぶとドアが開いて兄弟達が雪崩れこんできた。

16 :
今こそ団結の時…岸家オールスターズは可及的速やかにこの修羅場をおさめるべく6人の騎士となって現れた。
「慎太郎、おめーの気持ちは分かるけどよ、れいあにはもうパパがいんだ!諦めてくれ!おめーとはなんていうか古くからの友達みたいな気がするけどこれは家族の危機なんだよ!ギャハハハハとか言ってらんねーんだ!」恵は声高に叫んだ。
「そりゃあよ…嶺亜はぶりっこだし裏表激しいし二面性どころか多面性あって何面体か分かりゃしねえしイケメン大好きの面食いで色目だの桃色視線だのありとあらゆる手段を駆使して自分になびかせようと手法を変えるオトメンだけどよ…
それでも色々あってパパと結ばれてんだ!毎晩ヤりまくってんだよ!だから諦めて次に行け慎太郎!」勇太があることないことまくしたて始めた
「俄かには信じ難いだろうが…こんな情けないパパでも僕らのパパであることには変わりはないし嶺亜にとっては恋人も兼ねている。そりゃあこんな汗だく涙目法令線に負けているなどと認めたくはないだろうけど…
世の中には蓼食う虫も好きずきっていう諺があるように嶺亜にとってはパパはなくてはならない存在…恋人なんだ。極めて遺憾ではあるだろうが諦めてくれ、慎太郎くん」挙武は沈痛な面持ちで頭を下げる
「パパ!嶺亜くんを責めないであげて!これは多分…そう、壮大なドッキリだよ!嶺亜くん時々そういうタチの悪いイタズラするから…
小悪魔ぶりっこの堕天使なイタズラとでも思ってくれれば…!」颯は切羽詰まると思考がぶっ飛んで訳のわからないことをのたまう機能がついていた
「人はあり得ない事態に遭遇すると自ずとポジティブ思考になるようで、『これは夢だ。俺は今壮大な夢を見ているんだ』と想いこんでこれ以上傷つかぬよう自衛策を取ると言われています…。
だから俺を無視すると不幸になるよ、と俺は思うようにしてるんです…あ、なんの話だったっけ…」龍一は途中から主旨を見失った
「コシヒカリは嬉しかったけどよ!一家に波風立てられちゃ困るんだよね!それとも俺を森本家の養子にしてくれて毎日腹いっぱい食べさしてくれるんならもうどうにでもなれって感じではあるけど」郁は自己中心的な言い分を放った
「ママぁ…まぁた僕に呪いかけたのぉ…?うふふ、僕にこっちに来いって言ってるんだねぇ分かったよぉ…」
嶺亜は現実逃避をしてあっちの世界に行っていた。

17 :
「ちょっと待ってくれ…どういうことなんだよこれは…!?」
慎太郎は混乱している。手を額に当てて目を見開き、唇は震えていた。だからこそ岸くんは言った。いつ言うの?今でしょ!!誰かが背中を押した。
「しししししし慎太郎くん、嶺亜は俺の息子であり嫁であり恋人なんだ!だだだだだからふ、二人っきりで会ったり触ったりするのはや、やめてくれないか!?」
嶺亜を抱き寄せて、岸くんはどもりながら魂の叫びを放った。
しん…と静寂が室内を包む。
一体何時間たったのか…時間にすればほんの数分であることに違いはないのだがそれでもその場にいる者にとっては永遠とも思える長さに感じた。
最初に口を開いたのは嶺亜だった。
「慎太郎くん…ごめんなさい…」
消え入りそうな声で、嶺亜は言った。
「嘘ばっかりついてごめんなさい…パパはお兄さんじゃなくてぇ…僕達のママと結婚したんだけどぉママが死んじゃってぇ…色々あって僕はパパと恋人同士になったのぉ。だから僕がパパに一方的に何かされてるってわけじゃなくって合意の上なのぉ」
「…」
慎太郎は放心状態なのか、立ち尽くしたまま何も言葉を発することはなかった。
  
  

18 :
「今回の件は完全に嶺亜が反省すべきだ。いつも息を吐くようにぶりっこをして嘘をつくからこういうことになる。僕達が助けに入らなかったら今頃一家離散だぞ。分かってるな?」
慎太郎が無言のままに岸家を去った後、リビングで大反省会が行われた。挙武の痛烈な批判に嶺亜はしゅんとして俯いていた。そこに恵がフォローに入る。
「けどよ、れいあだけのせいじゃねーぞ!パパだってすぐさま否定して俺は兄貴じゃなくてパパであり恋人だって説明してりゃあここまでにならずに済んだんだからよ!」
「はい…すみません…」
岸くんは頷くしかない。
「パパ気にしないで!俺達はパパと嶺亜くんの味方だよ!」
颯が岸くんの肩を掴んで激励する。岸くんはありがたくて涙が出そうになった。
「パパと嶺亜の痴話喧嘩は岸家の危機に繋がるんだからな。お前ら二人もうちょっと自覚持って行動しろよ」
勇太が珍しく真面目な意見を出す。龍一と郁はうんうんと頷いていた。
かくして大反省会が終わった後は岸くんと嶺亜の仲直りタイムである。岸くんの部屋のベッドに正座して嶺亜は深く頭を下げた。
「ごめんなさい、パパぁ」
「うん…」
岸くんはそれしか出なかった。嶺亜を責める気持ちはこれっぽっちもない。
彼にぶりっこをするなと言うのは自分に汗をかくなと言われているのと同じだし、慎太郎に対するぶりっこは所謂イケメン相手にそうなっちゃうだけであってそこには自分に対する気持ちと同じものはない…と確信している。
「嶺亜のことは信じてるからさ…でも、やっぱりその…男としては他の子と間違いが起きちゃうような環境になっちゃうと不安が生じるわけで…」
「はぁい」
嶺亜は素直に頷く。もうこれで十分だった。
「慎太郎くんにも誤解は解けたんだしもういいよ。もう遅いから寝よ」
嶺亜の頭をぽんぽんと撫でながら岸くんは蒲団を被った。一件落着したし、心地よい眠りにつこう…電灯を消し、目を閉じようとすると…

19 :
「パパぁ…」
甘えるような声で嶺亜が抱きついてくる。ほのかに香るシャンプーの匂いと衣服越しに伝わる体温とその感触…岸くんはくらりと目眩がした。
「れ、嶺亜…」
暗闇に目が慣れてくると、間近にある嶺亜の目が潤んでいることが認識できた。息遣いも感じることのできるこの距離を更に縮めるべく岸くんは無意識に自分の顔を嶺亜のそれに近付けた。
「…」
岸くんも嶺亜も、ひたすらお互いの唇を求めた。絡みつく唾液の味まで愛しい…体温が一瞬にして沸点に達する。
「嶺亜…嶺亜…」
衣服の中に手を滑り込ませると、嶺亜は小さく喘いだ。そのか細い声が余計に岸くんの神経を昂ぶらせた。すでに下半身のとある部分は痛いくらいに膨張している。
嶺亜の陶器のように滑らかな肌の感触を十分に堪能すると岸くんは自分の穿いていたものを下げた。それを察したのか嶺亜はそっとそこに手を添えてきた。
「パパ…」
吐息のように呟いて、嶺亜は少し冷たい手でガチガチになった岸くんのものを弄り始める。ソフトな手つきだがもうツボは心得ているのかその動きは岸くんの脳髄を痺れさせた。
「ぅあっ…」
たまらず、声をだしてしまった。その反応に満足したのか嶺亜はくすくす笑いながらなおも艶めかしい手つきで岸くんのものに摩擦を加える。そうなるともう岸くんはお手上げだ。
「やば…嶺亜…ぅわ…!」
息が荒くなり、全身は燃えるように熱くなってゆく。抗いがたい快感に岸くんは喘いだ。程なくして果てると、岸くんから放たれた熱い粘液を嶺亜は手で受けてこう囁いてくる。
「今度はぁ…僕の番だよぉパパぁ」
息を整えながら岸くんはお望み通り嶺亜の下着をずらした。
「あっ…」
すでに固さを増しているそれを手で包み込んでやると、嶺亜は吐息混じりに声を漏らした。目を閉じ、指を噛んで小刻みに震えている。その姿がたまらなくいじらしくて愛らしい。岸くんは手を激しい摩擦を加えた。
「あっ…あっ…あっ…!」
嶺亜は眉根を寄せ、悶え始めた。少し鼻にかかった声が次第に大きさを増してゆく。泣き声のように喘ぐと嶺亜はしっかりと岸くんにしがみついてきた。
「嶺亜…」
嶺亜の耳たぶを甘噛みしながら、岸くんは全身で彼を愛撫する。右手の動きだけは激しく、あとはソフトに…そうして繰り返し繰り返し愛でてやると唐突にそれは訪れる。
「あ…あぁ!」
ひときわ甲高い声が上がると、岸くんの右手が濡れた。

20 :
雨降って地固まる。そして雨上がりの虹が頭上に輝いている。岸くんは恵にお尻を蹴られつつ嶺亜と手を繋いで家を出た。
門を出て一歩踏み出したその時、向かいの家の門から人影が踊り出る。
「あ…」
それは慎太郎だった。張り付いたような能面で岸くんと嶺亜の前に歩み寄ってくる。嶺亜の手に力がぎゅっとこめられた。
「嶺亜…だ、大丈夫…」
岸くんは唾を飲んで嶺亜にそう言った。何があっても俺が守って見せる、という意志をそこにこめる。慎太郎がどう出てこようともどんとこいだ。若干足が震えたがそれに自分で気付かないフリをした。
慎太郎は手を繋ぐ岸くんと嶺亜を交互に見据える。どっかの学校のケンカ番長だと言われれば信じてしまいそうだ。そのド迫力に岸くんは足がすくみそうになった。
「あの…慎太郎くん…!」
岸くんが口を開きかけると慎太郎は深々と頭を下げた。
「え?」
「昨日はすみませんでした」
はっきりと、意志のこもった声で慎太郎は謝罪の意を示した。岸くんと嶺亜は一瞬目が点になる。
「家にお邪魔した上に俺の誤解で失礼なことばっかり言って家族みんなに迷惑までかけて…ほんとにすみませんでした。謝ってすむことじゃないかもしれないけど、昨日一晩反省して、どうしても謝らなくちゃと思って…」
沈痛な面持ちで慎太郎は吐露する。
「嶺亜ごめん。俺、勝手に嶺亜がお兄さ…お父さんに望まない関係を強要されてると思い込んでて…。本当に自分が恥ずかしい。こんな早とちりの勘違いであんなこと言ってしまうなんて…。許してもらえないかもしれないけど、どうしても一言謝りたくて」
慎太郎の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。イケメンの涙…それは反射的にとある現象を招く。

21 :
「慎太郎くんが謝ることなんて何一つないよぉ。嘘をついてたのは僕だしぃ誤解されても仕方のないことだしぃ…悪いのは全部僕だよぉ。僕の方こそ本当にごめんなさい」
嶺亜はぶりっこ全開で慎太郎の手を握った。そう。イケメンの涙と笑顔とボディタッチは嶺亜を自動的にぶりっこモードにする。パブロフの犬と同じ原理である。
「嶺亜…こんな俺でもこれからも友達としていてくれる?」
「もちろんだよぉ。これからも仲良くしてねぇ」
嶺亜と慎太郎は見つめ合う。待て。ちょっと待て。また元の木阿弥になっているぞと岸くんがようやくそこに意識が行きつくと次に慎太郎は岸くんに向き直った。
「お父さんすみません。俺まだ事実が完全に受け入れられてないですけど…。嶺亜のこと幸せにしてやって下さい。お願いします」
「え?あ、うん…」
なんという潔さ。漢らしさ。まさに男の中の男。岸くんは状況も忘れてただただ感心した。
世間的にはまだまだ偏見の目で見られるであろう岸くんと嶺亜の関係についても、慎太郎は微塵も歪んだ眼で見ることなくエールすら送ろうとしている。まさにパーフェクトイケメン。思わず岸くんも惚れそうになった。
「慎太郎くん…ありがとう…」
岸くんと慎太郎はがっちりと握手を交わした。
もしかしたら、彼とは親友になれるかも…岸くんがじいんと胸を熱くしているとしかし、慎太郎はその手に尋常ならざる力をこめると最後にぼそっとこう呟いた。
「嶺亜泣かすようなことしたら俺が全力で奪いに行くからな」
まるでそれが一番言いたかったことだとでも言うように、手を離すと慎太郎は背中を向けて歩いて行く。痺れた右手と共に岸くんの胸の熱さが一気に冷却された。
「慎太郎くん…かっこいい…」
嶺亜は両手を胸の前で組みながら乙女の視線でその背中を見つめている。
「嶺亜!気を確かに!!ここに正真正銘の夫がいるでしょ!目を覚ませ!ウェイカップ!!」
嶺亜の肩を揺さぶっていると背後から声が聞こえた。

22 :
「おいパパよお…あれ相当な強敵だぞ…。おめー風俗とかに誘われてる場合じゃねーぞ。れいあの心ちゃんと繋ぎとめとかねーと俺ら路頭に迷うことになるからしっかりしろよ」
何故岸くんが昨日先輩社員に風俗に誘われたことを知っているのか知らないが、恵がそう呟いた。
「もう無理じゃね?パパと慎太郎じゃイケメン指数が違いすぎんだろ。俺らでパパ守ってやるしかねーよ。俺のAVのためにも」勇太は腕を組んだ。
「3DKに7人住まいだけは何としても阻止しなくては…。勉強の合間にパパのイケメン指数を上げるにはどうしたらいいかを考えるしかないな…博多にでも出張してもらうか…?」挙武は何かを考えている
「パパがんばって!俺はパパの味方だから!!パパのためにヘッドスピンで毎日願掛けするからね!諦めるな!!」颯は物真似を交えてエールを送った
「もし最悪の事態になった時には自我修復一緒にしようパパ…」龍一は縁起でもないことを呟く
「やっぱよ、男はたらふく食わしてくれる頼りがいのある奴に限るよ。だからパパ、焼き肉食い放題にみんなを連れてって嶺亜兄ちゃんとの愛をさらに深めりゃいいんだよ!俺も応援すっからさ!」郁はさりげなく自分の願望を織り交ぜた。
「みんな…!」
息子達の協力体制に岸くんは涙ぐむ。父親としてこれほど喜ばしいこともない。感涙に咽びながら可愛い息子達と抱き合おうとすると嶺亜の冷たい声が響いた。
「風俗ってなぁに?パパぁ…」
岸くんはいきさつの説明と嶺亜の理解を得るのに慎太郎どころではなくなったのは言うまでもない。



つづく

23 :
前スレずっとリロードしてたw
新スレ乙!作者さん乙!
強敵が現れて岸くん大変だwww

24 :
作者さん乙です!
岸くん良かったねと思いつつ慎太郎を応援したくなっている自分がいるww

25 :
すばらしい!

26 :
れあたんって魔法使えるの?
彼の名前はれあたん。
魔法の国からやってきたちょっとチャームな男の子だ。
今、れあたんはちょっと困っていた。
「……あーあ。これからどこ行こぉ」
魔法の国でイタズラのかぎりを尽くしてきたれあたんは、王子様の礼様に叱られて人間界に修行にやってきたのだった。
右も左も分からない人間界で、これから先どうすればいいのやら。
いつか見た映画のように魔法を生かして宅急便屋さんでも始めるべきか…。
途方に暮れながら、れあたんは公園のベンチに座りこんだ。
肩にかけていたバッグを膝に置くと、ネコに似た生き物が二匹、ぴょこんと頭をだした。
栗色のネコ(に似た生き物)の名前はくりた、真っ黒のネコ(に似た生き物)の名前はタニムラ。
くりたとタニムラは、幼いころかられあたんと一緒に育った、れあたんの使い魔である。
「れいあー!れいあー!腹減ったんだけど!ギャハハハ!」
「れいあくん、魔法の国にはいつ帰れるの…早く謝って帰らせてもらおうよ…」
めっぽう明るいくりたと、むやみに陰鬱なタニムラを、れあたんは黙って見ていた。
「れいあー!無視すんなよ!ギャハハ!」
「れいあくん、ぼくらとお話したくないの…?」
話すのをやめない二匹を見て、れあたんはため息をつく。
「…人間界ではくりちゃん達と話してると、頭おかしいやつだと思われちゃうんだよぉ」
「なんだそりゃなんだそりゃ、ひでーな!ギャハハハ!」
「頭がおかしいのはくりたくんだけだよ、れいあくん…」
「うるせー!てめー何言ってんだタニムラ!ギャハハハ!」
「だってホントのことじゃないか…」
「もー、うるさいよぉ」
れあたんが二匹の小競合いを止めようとしたそのとき。
「すごい!ねこが喋ってるっぽい!」
一人の少年が、れあたんたちの座っているベンチに駆け寄ってきた。
中学校の詰め襟の制服をきちんと着こんだ、一見大人っぽいが、表情にあどけなさの残る少年だ。
「あれ?あれ?お前、おれらの言葉わかるのか?ギャハハハ!」
「この子、魔法使いなんじゃないの、れいあ君…?」
くりたとタニムラは不思議そうに少年をじろじろ見ている。
「……お前、誰だよぉ」
怪訝な表情のれあたんにはお構いなく、少年は明るい笑顔を見せた。
「オレは高橋颯!一応ふつうの中学生!別に魔法使いじゃないよ!」
少年…颯に頭をなでられて、タニムラはヒッと身をすくめた。
「で、キミは?」
颯が無邪気な笑顔でれあたんに尋ねる。
少しだけ躊躇したあと、れあたんは固い表情で答えた。
「俺はれあたん。一応、魔法使いだよぉ」

27 :
誰かまとめ貼ってくれないか

28 :
新作きてた!んんんんんんれあたんんんんんん

29 :
魔女っ子れあたん可愛いお!

30 :
第六話 その1
まだ暗いうちから颯は起きる。街は眠っていて犬の遠吠えが静かに谺している。しんとした冬の朝。颯はジャージに着替えていつものようにジョギングを始めた。
「おはようさん。今日も寒いのに走り込みかー。偉いねー」
商店街を通りかかると配達のおじさんが声をかけてくる。挨拶をして颯は駆け抜ける。
「颯ちゃん今日もいい走りっぷりだねえ。よ、未来のオリンピック選手!まあまあ座ってこれ飲みな」
魚屋の店主がホットレモンをくれた。お礼を言って飲み干すとまた颯は走りだす。
そうして一時間も走り込むとようやく街は目覚めだし、朝陽が眩しく降り注ぐ。いい感じに体が温まってきてすっきりと爽快感に包まれる。これが一番の精神安定かつ健康維持法なのである。
「おはよぉ颯。ご飯できてるよぉ」
嶺亜がトーストとスクランブルエッグの朝食を作ってくれていた。他の兄弟達もぞろぞろと起き始める。
「くぁ…」
欠伸をしながら双子の弟・龍一が半分覚醒しきっていない緩慢な動きでリビングに姿を現す。昨晩遅くまで勉強していたらしくやや寝不足気味の様子でボーっとしている。
「龍一早く食べてぇ。片付かないじゃん」
嶺亜にせかされて、龍一は慌てた様子で食べ始める。が、卵が嫌いな彼はさりげなく郁に押し付けようとして見つかった。
「好き嫌いばっかしてるとぉ肝心な時に風邪引いちゃうよぉ」
「そうだぞ龍一。僕みたいに入試の日にインフルエンザになってもいいのか」
嶺亜が母親、挙武が父親のように龍一に説教をする。当の父親の岸くんは郁の分のトーストを間違って食べて郁にガチギレされてボコボコにされかけていた。
「郁、俺のあげるからパパのことそんなに責めないでよ。家庭内暴力はいけないよ」
颯が自分のトーストを郁に分け与えたことでそのいざこざは収まる。岸くんはできた息子に涙しきりだ。
「龍一、今日私立の願書見てもらう日だけど書けた?」
「あ、忘れてた…」
颯が問いかけると龍一はそう呟く。
「おいおい大丈夫かよ龍一。お前勉強はできるけどそういうとこてんで抜けてるもんな。颯は心配ねーけどよ」
勇太が制服のネクタイを締めながら茶化す。
「添削しなくて大丈夫か?まあでもその添削を今日してもらうんだからちゃんと持って行けよ」
挙武に言われて龍一は慌てて部屋に上がって行った。その後ろ姿を四つ子の兄達はやれやれと見る。

31 :
「まったくもう龍一はぁ…勉強以外のことなぁんにもできないんだからぁ…。本番にも弱そうだし心配だよぉ」嶺亜が溜息をつく
「あいつほんと勉強だけのアホだからな!テトリスなんか小学生並みなんだぜギャハハハハハ!」恵が豪快に笑う
「ま、でもうちの出世頭2になってもらわなきゃいけねえからな。颯、お前はどこ受けるんだっけ?」勇太が問いかける。颯は答えた。
「私立はF高だよ。でもうちには私立に行くお金なんてないし俺は挙武くんみたいに奨学金制度のあるような学校は受けれないし…。本命の県立のD高はまあ今のところ大丈夫って言われてるから…」
「まあ颯の成績ならF高もD高も大丈夫だろう。お前は普段から走り込みをして体を鍛えてるから風邪を引くなんてこともないだろうし…早く受験が終わって陸上部の練習に出られるといいな」
挙武が颯の肩に手を置く。兄達のエールをうけて颯は頷く。岸くんも颯に関しては何の心配もなかった。勉強も部活もちゃんと両立できる子だ。
「颯、高校に入ったら陸上の大会にも出るんだろ?ちゃんと観に行くから受験がんばって」
岸くんが励ますと颯は満面の笑みを見せた。
「うん!ありがとうパパ!絶対だよ!絶対観に来てよ!」
「颯、僕達に励まされるより嬉しそうな顔してるぅ」
嶺亜に指摘されて、颯は「そんなことないよ!」と顔を赤らめる。
そして願書を急いで書きあげた龍一と共に颯は登校した。

32 :
岸くんはマックにいる。ポテトが半額デーなので調子に乗ってLサイズ二つも頼んでしまい若干胸やけを覚えた頃、待ち合わせの相手が到着する。
「岸くんお待たせ。ポテト半額なんだよね?僕もポテトにしようかな…」
岩橋はそう言ってMサイズを一つ注文した。それをちびちびと食べつつ世間話に花を咲かせる。
「そろそろ双子の受験が迫って来てさ、そう遠くない昔のはずなのになぁんか懐かしくって。部活引退後にけっこう必死になって勉強してたなぁって…」
「僕は中学は不登校だったから選択肢があまりなくて…でも合格してがんばろうってその時は思えたんだよね。岸くんと同じクラスになってなきゃまた不登校に陥ってたかも…」
「不思議なめぐりあわせだよな。颯も龍一も高校でまたいい友達を出会えるといいな…。颯は心配ないけど龍一とかちゃんと友達出来るのか心配だし」
呟くと、岩橋はくすくす笑った。
「なんか、岸くん日に日にお父さんっぽくなるよね。とても同じ18歳とは思えない…」
「え、そ、そう?いやまあだって7人もいるとさー」
そう言われつつもまんざらではなかった。なんだかんだで少しは父親らしくなれてきているのかなあ…と岸くんは自分自身を評価する。
「さて、今日もがんばって働くか。安月給だけど家族7人養わなきゃいけないし」
岸くんは立ち上がる。そして意気揚々と会社に出勤した。
「えー提出してもらった願書は赤ペンで添削しているから本提出用の願書はこれを参考にして書くように。提出期限は…」
HRで担任から添削済みの願書を配布され、皆と見せ合う。
「颯、私立はF高だっけ?家から近いから?」
「うんまあ。でもF高は私立だしうちの経済事情じゃ行くのは無理っぽいからD高一本にしようと思ったんだけど受験の雰囲気に慣れてる方がいいからってパパが…」
「そっか。颯って陸上部命だったからてっきり陸上の強い高校行くのかと思ってた」
「部活はどの学校行ってもできるよ。それに陸上は個人競技もあるから。自分との闘いだし」
そんな会話をクラスメイトと交わしつつ、下校時に昇降口に降りると溜息をついた龍一と会った。どうしたのかと尋ねると願書が赤ペンだらけで担任に軽く説教されたのだという。

33 :
「勉強だけでなく他のこともきちんとできるようになれ、って…」
「あはは。そんなこと言われたんだ。でも四つ子兄ちゃん達もおんなじこと言ってたよ。今度挙武くんに書き方とか教わったら?」
「挙武兄ちゃんは嫌味だからな…かといって恵兄ちゃんになんか絶対正しい書き方教わるのは無理だし勇太兄ちゃんはすぐ話が下半身に反れ出すし嶺亜兄ちゃんは「こんなのも書けないのぉ?」って絶対零度降り注いでくるし…やっぱりパパしかいないのかな…」
「あ、そんなこと言ってパパと二人で親密な時間を過ごすつもりだね?ズルいよ龍一!」
「あのな…」
龍一は呆れ顔だったが颯にはその意味は分からない。自分だって進路相談や部活についての相談がここのところ岸くんと充分にできていない。だから龍一に先にそれをされるのはなんだか悔しかった。
「颯は別に今更相談することもないだろ。受ける学校だって十分合格圏内だし願書だってちゃんと書けてるし…」
「そういう問題じゃないんだよ。パパとの時間をちゃんと確保するという…」
颯が熱弁していると、前からぞろぞろとジャージ集団がジョギングしているのが見えた。その中の一人が立ち止まる。
「お前らは…!?」
「あ」
ジャージ集団の中には朝日がいた。良く見るとその青いジャージには「虎比須中」と記されている。
「なんだ朝日か。ジョギング中?いいね私立エスカレーターは受験なくて」
虎比須中は私立の中高一貫校で部活動が盛んだ。そこの陸上部のホープが朝日である。
「何を言う!俺達は高等部の部活についていくために今必死になってトレーニングしてるところなんだ!受験の方がまだナンボかプレッシャーが軽いくらいだぞ。…お、そうだ!」
朝日はそこで指を鳴らした。そして颯にこう持ちかける。
「お前ら暇か?いいもの見せてやる。うちの学校に来い!」
半ば引き摺られるようにして颯と龍一は虎比須中学に連れて行かれた。

34 :
虎比須中学は高等部と隣接しており大規模な校舎と豪華なグラウンドを擁していた。さすがに私立のマンモス校なだけはある。様々な部活動が盛んで生徒も多い。
朝日はこの度中等部を卒業するが高等部には海人・顕嵐・海斗の三つ子もおり閑也もここの出身である。兄弟全員が虎比須学園に通っているのである。
「こっちだ。来い!」
颯と龍一は狐につままれた様子で導かれるがままに朝日に付いて行った。
そこは陸上部専用のグラウンドで部員らしき生徒が練習に励んでいた。ぼんやりとそれを眺めているといきなり大歓声が上がった。
「見ろ颯…あれが虎比須高校陸上部のエース達だ!」
大歓声の中登場したのは四人の少年だった。彼らが真っ直ぐに歩いてくる。朝日は一歩前に出てお辞儀をした。
「お兄さん達、御苦労さまです!練習見学させていただきます!」
朝日はかしこまって彼らを「お兄さん」と呼んだ。一瞬、これも兄弟なの?と龍一は思ったがそうではないらしい。
「やあ朝日。練習捗ってる?高等部に上がってきたら一緒に練習できるの楽しみにしてるよ」
朝日の肩をぽんぽん、と上品な仕草で叩いた若干三白眼気味の前歯が特徴的な少年はそう言っていきなりバック宙をしだした。女の子の歓声があがる。
「ノエル兄さん…さすがです!」
朝日はバク宙を決めたその少年を「ノエル」と呼んだ。12月生まれかクリスチャンかだろうか…と颯と龍一は顔を合わせる。
「ノエルは派手だなー。あーバナナ上手い」
のらくらした感じの少年はバナナをもぐもぐやりながら呑気な口調で呟いた。朝日は彼にも礼をする。
「ヒロキ兄さん!バナナ上手いっすよね!栄養満点だし!ワカメはどうします?」
「んーワカメは後で味噌汁に入れるよ」
なんだか良く分からないノリに颯も龍一のもなんとなく圧倒されているとまた違った雰囲気を放ってもう一人少年が通りかかる。
「可愛いキャラは譲らないよ…」
小柄で可愛らしい顔をした少年が呟く。何故か視線は誰とも合わない。だがなんか良く分からないが可愛い。もっとも岸家の長男とは少し毛色が違うが…
「しめ兄さん相変わらず可愛らしいっす!誰も兄さんの可愛さには勝てないっす!」
「そう?…上手だねぇ朝日…フフ…フフフ…」
可愛いがちょっと笑い方が怖い。颯と龍一は思わず後ずさった。
そして…

35 :
「朝日…俺は誰だ?」
ひときわ背が高く目立つ容貌をした少年が呟く。朝日は即答した。
「みゅうと兄さんです!!」
その答えに、「みゅうと兄さん」と呼ばれた長身イケメンは恍惚とした表情を浮かべた。
「ちょっと…もう一度言ってくれないか?その…「兄さん」ってとこ強調しながら…」
「みゅうとに・い・さ・ん!!」
「兄さん…俺は兄さん…みんな可愛い俺の弟達…!!」
ふるふると震えた後、「ん、待てよ」とみゅうと兄さんは呟いた。
「『兄さん』より『お兄ちゃん』の方が響きが良くないか?そこの君、そう思わねえ!?」
いきなり話しかけられて龍一はびくついた。人見知りの彼は黙って頷くしかなかった。
「だよな!よし朝日、訂正だ。「みゅうとお兄ちゃん」でよろしく頼む!!さあレッツコールミー!!」
「はい!みゅうとお兄ちゃん!!」
朝日が大声で呼ぶと感極まったみゅうとお兄ちゃんは顔に手を当てた。
「生きてて良かった…!俺は「お兄ちゃん」…みゅうとお兄ちゃん…!!BAD BOYS Mお兄ちゃん…!!」
颯と龍一はもうすっかりどん引きだった。一体ぜんたい彼らは何ものなのだろう…訝しんだ頃、朝日が二人に向き直ってこう囁いた。
「…こんなおかしな人らだがひとたび走りだすとそれはそれは凄いんだ。よく見ておけ」
颯と龍一が半信半疑で見学をしていると先程のキテレツ4人衆がバトンを持ちリレーの練習を始めた。号砲が鳴り、第一走者の「ノエル兄さん」が走り始めると颯はその瞬間から魅入られた。
ノエル兄さんからヒロキ兄さん、しめ兄さんそしてアンカーのみゅうとお兄ちゃんが走り抜けるまでほんの数十秒…それだけで彼らの凄さが颯には分かった。なんという華麗でダイナミックな走り…まるで踊っているかのような…
「凄い…」
生唾を飲みながら颯が呟くと朝日は得意げに胸を張った。
「だろ?あれが虎比須高校陸上部のエーススプリンター達だ。川島如恵留・仲田拡輝・七五三掛龍也・森田美勇人…4人とも全日本の選手にそのまま選ばれてる通称トラビス・ジャパンの面々だ。俺も彼らのようになるのが目標だぜ」
「トラビス・ジャパン…」
「身近にああいう素晴らしい先輩がいて部活に打ちこめる俺は幸せ者だな。FUよ、お前はどこの高校に行くか知らないが俺が二代目トラビス・ジャパンとなってお前との決着をつけてやるからな!」
朝日が威勢よく言い放ったがしかし颯の耳には届いていなかった。ただただその凄い走りっぷりに魂が震えていた。

36 :
「おい颯と龍一遅くね?もう7時になんぞ。あ、パパお帰り」
恵が双子の帰りが遅いことに訝しんでいると岸くんは帰宅した。嶺亜は皿に豚カツを盛りつけながら答える。
「ほんとだよねぇ。遅くまで学校で自習してるのかなぁ」
「あれ何?颯と龍一がまだなの?」
岸くんがつまみ食いをしながら問いかけるとしかし程なくして二人は帰宅した。全員で食卓を囲んで賑やかな夕食がいつものように展開される…はずだったのだが…
「どうした颯?全然食べてないじゃないか」
挙武に問われたが、颯は「うん…」と力なく呟くだけで箸が進まない。すかさず郁の箸が伸びたが嶺亜に止められた。
「どうしたんだよ?まさか風邪とかじゃねーだろうな。でも顔色は悪くないよな?」勇太が顔を覗きこむ
「帰り遅かったけどぉ勉強疲れとかぁ?颯、どうしたのぉ?」嶺亜が郁のおかわりをよそいながら訊く
「颯、しんどいんだったら夕飯は軽くして早く寝た方が…インフルエンザとかが流行りだす頃だしいくら鍛えてても安心はできないからさ」
岸くんがお椀片手にそう問いかけると颯は箸を置いた。
「…パパ」
「ん、何?どうした?」
「俺…」
颯は溜息をつく。そしてその後きゅっと唇の端と端を結んでこう言った。
「虎比須高校受けたい」
「へ?何?虎比須高校って?」
だが岸くんはきょとん、とする。
「私立のマンモス校だろ。なんでまたそんなとこ受けたいなんて今んなって言うんだよ、颯?」
勇太が問うと、颯は皆の目を交互に見据えて答えた。
「今日偶然虎比須中に通ってる子に会って…そこで陸上部の練習見せてもらったんだ。とにかく凄くて、俺もここで陸上やりたいって思って…」
「どの学校でも陸上できるって言ってたじゃねーかよ颯。それがなんでいきなり」恵がご飯を口に入れながら訊く
「俺もそう思ってたけど…あまりに凄くて…この人達を目標に同じフィールドで練習すればなんか自分が凄く伸びそうな気がして、それでどうしても入りたくなって」
「いーんじゃねーの?何を悩んでんだよ颯兄ちゃん?」
郁の無邪気な質問が響く。彼は隙を見て颯の豚カツをゲットしていた。

37 :
「虎比須高校は私立だろ?それに…奨学金制度もないしおまけに部活動が盛んだから寄付金とかもかなり取られるって聞いたが」
挙武が呟く。
「おいおいまじかよ颯。うちにゃこれ以上私立通わす金なんてねーぞ。今だってエンゲル係数跳ねあげるブラックホールがいるし家のローンもあるしよ」勇太が指摘する
「でも…行きたい」
颯は絞り出すように言った。全員押し黙る。
これまで何一つ我儘も自分勝手も言ったことのない颯がここへ来て生まれて初めて頑なに自分の意志を示した。それを叶えてやりたい気持ちとそれができそうにない現実…まさに板挟みの葛藤だ。
「だ…大丈夫だよ、俺がこれまで以上に働くし、颯が行きたいんだったら…学力は大丈夫なんだよね?」
「パパぁ…僕達もそう思うけどぉ…実際問題としてうちの経済事情も考えて決断しないとぉ…」嶺亜が眉根を寄せる
「そーだぜパパ。そりゃ俺らだって颯に行きたい高校行かせてやりてーよ。でも入学したはいいけど学費払えなくて退学なんつーことになったらどうすんだよ?」
「いや…でも、颯がそこまで言うんなら行かせてやりたいし…」
岸くんが言うと、颯は声を震わせて頭を下げ始めた。
「お願いパパ…俺はどうしてもあそこで陸上がしたい。そのためならなんでもする。だからお願い…!」
「も…」
もちろんだよ、と言いかけて、挙武の声が重なった。
「今夜僕が学費とうちの収入をちゃんと計算して行けるかどうか見る。それまでは保留にしとこう。颯、それでもいいか?」
颯は頷いた。

その2につづく

38 :
虎比須高校に入ってほしいようなほしくないようなwwwww
続きも期待してますぜ

39 :
第六話 その2
挙武が弾きだした結果、岸家の経済事情ではどう節約を試みても赤字になってしまうことが判明した。四つ子と岸くんで頭を悩ませる。
「こうなったらぁ…僕もバイトするしかぁ…」
嶺亜が言うと、恵が首を振った。
「れいあがバイトに行っちゃったら家事する奴がいなくなるしそうなるとうちは崩壊すんぞ。破産より深刻だぜ!」
「俺と恵がバイト増やすか…?」
勇太の提案に今度は挙武が首を横に振る。
「そうならないよう僕らは最初に決めたじゃないか。平日ぐらいはみんな揃って夕飯を食べようって。それに、自由な時間を削られると自ずと不満も出てくる。今が一番ちょうどいいバランスだ。だったら僕がバイトをする」
「でも挙武、お前は1、2学期の成績が奮わなかったから3学期はなんとしても50番以内に入らなくちゃならないって言ってただろ。それに体も弱いんだからまた体調崩したら大変だよ」
岸くんが言うと、挙武は方目を瞑って頭を掻いた。
「あちらをたてればこちらがたたずか…」
5人で溜息をつく。室内には重苦しい空気が流れていた。
「交互にバイトをすればどうかな?そんな都合いいバイトあるかどうか分かんないけど…」
「けどよ、それはともかくとして龍一が公立に必ず受かるって保証もないし、もしあいつが私立に通うことになって奨学金がもらえなかったら…そっちも深刻だぞ?」
「龍一は僕より成績がいいが…それ以上に本番に弱いからな…こっちも覚悟しとくしか…」
話は颯の学費の計算から龍一の心配へと移行する。呑気に構えていた双子の受験がここへきて岸家に大きな波紋を呼んだ。

40 :
叶えてあげたい…だけど現実がそれを許さない…板挟みのような状態を引き摺りその夜、岸家の電灯は消えることはなかった。

「やっぱり無理かな…パパやみんなに負担かけてまで我儘貫き通すなんて人間失格かな…」
部屋で颯が頭を悩ませる。机の上には元々受ける予定だったF高の願書と今日の帰りに虎比須高校でもらった願書が二枚広がっている。
「観に行かなきゃ良かったね…。まさか颯がそこまであのおかしな四人衆に感銘を受けるなんて…」
龍一は呟く。陸上のことなんて何もわからない彼にとってトラビス・ジャパンは足の速い変わり者集団にしか見えなかった。
「でも、あそこで陸上できたら、最高の三年間が送れる気がする。朝日ともこれまではずっとライバル同士だったけど肩を並べて切磋琢磨できそうだし」
「けど、うちの経済事情が…」
颯と龍一は溜息をついた。父子家庭で父親は18歳の新入社員。兄二人が週末バイトをしているのと各種手当でなんとかもっている家計…とてもではないが寄付金遠征費がかかる私立校になど通えるわけがない。
「それに…俺まで公立落ちたらシャレにならないし…」
ぼそっと龍一は呟く。彼は自己評価が低い。それに自信がないから本番に弱いし勝負事はまるで負け神が憑いているかのようにてんでダメだ。どれだけ勉強して合格確実と言われても決して油断ができないのである。
「…だよね。冷静に考えてみると無理な話だし、興奮して夕ご飯の時はあんなこと言っちゃったけど…やっぱりみんなに迷惑かけるわけにいかないし、諦める。寝て頭冷やすよ」
颯は力なくそう呟いて、虎比須高の願書をしまった。そしてベッドに入る。

41 :
「…」
龍一はそれから一時間ほど勉強したが颯の寝息が聞こえてきたのはその頃である。いつもベッドに入って5分もすれば寝てしまう寝付きのいい颯がこれだけ時間がかかったということはやはり葛藤があるのだろう。
小さい頃から颯は自分の好きなことにストイックにうちこんで努力を惜しまない性格だった。何も趣味がない自分とは対照的だ、と龍一は思う。中学入学時に「龍一もやってみなよ」と陸上部に誘われたが走り出した途端に肉離れをおこして卓球部の幽霊部員になった。
龍一には学校の成績以外他人に誇れるものがない。志望校決定だって「この学校に行きたい」のではなく偏差値
を照らし合わせて一番妥当なところを選んだだけだ。きっと高校に通っても勉強以外何も趣味がなく毎日が過ぎて行くだろう。
だから、颯が少しうらやましくもあり、輝いて見えた。
行きたい理由があって、それを熱望する姿を見て、何故か自分まで颯を虎比須高に行かせてやりたいと思った。自分なんかに何もできないことは分かっているのに…。
颯が机の引き出しにしまった虎比須高の願書を出してみた。そこにはもう全ての項目がきちんと埋められていて、志望動機は欄いっぱいに書かれていた。F高の願書はまだ白紙である。
「…」
龍一は自分の受ける私立の滑り止め高校の願書を見る。それは挙武の通っている学校で彼は去年公立の本命を不合格になったがために奨学金制度を利用して通うことになった。入試の成績がトップクラスだったからだ。
自分がそうなれる保証などない。それ以前に公立に受からなくてはならない。
「…颯…」
龍一はベッドの方へ視線をやる。颯があどけない寝顔で横たわっている。
兄弟だから、双子だから…そういった当たり前の兄弟愛とは無縁だったけど、もし俺にできることがあるのならば…
龍一は願書を手に取り、それを自分の出した決断に従ってとある行動に出た。

42 :
岸家の朝は騒がしい。だが今日は変に静まり返っていた。いつもバラバラに起きてくる兄弟達も岸くんも何故か揃って食卓についている。食卓には嶺亜が作った卵焼きとウインナー、サラダそしてご飯とみそ汁の朝食が乗っている。
「…」
しばらく沈黙でみんな黙って食事をした。誰が颯に昨日の結論を話すのか揉めに揉めて決まらなかったから四つ子と岸くんは俯きながら食事をする。
だがその沈黙を破ったのは颯だった。
「みんな昨日はお騒がせしてごめん!一晩冷静になって考えてみたらなんか馬鹿なこと言っちゃったって反省した。だから忘れてよ!俺は私立はちゃんと変更なくF高受けて、公立はD高受けるから。勉強もちゃんとするし。だからそんな沈まないでよ」
「颯…」
「パパ、ごめんねなんか…。どこに行ってもちゃんと陸上続けるし、試合観に来てくれる約束はちゃんと覚えてて。さ、もう学校行かなきゃ」
空元気を装って颯は鞄を掴んで玄関を出て行く。皆、溜息をついた。
岸くんはいつもの岩橋とのファストフード店での待ち合わせで自分の不甲斐なさを嘆いた。
「俺ってさ…だめな父親だよなあ…行きたい高校の一つも行かせてやれないなんてさ…父親失格だよ」
「岸くん…そんな落ち込まないでよ。そんな、18歳で何もかも抱え込まないで。落ち込んで沈んでネガティブで暗くて被害妄想全開は僕の役目なんだし岸くんはいつだって元気で能天気でいてよ」
「そんなこと言われてもさ…もう颯の顔見てるのが辛くて…」
岸くんは机に突っ伏した。
「やっと出してくれた我儘なのに…それを叶えてやれないなんて、またあいつは何かあっても自分の中だけで処理しようとするように戻っちゃうんだろうな…俺のせいで…」
「岸くんのせいなんかじゃないよ。家庭の経済事情はどこにだってあるし…。颯くんのこと、みんながフォローしてあげたらきっと颯くんだって立ち直れるよ。こんなに悩んでくれてるんだもん、颯くんにも伝わってるって」
「ありがとう岩橋…」
少しだけ救われたものの岸くんは仕事に身が入らず、その日はその後処理に追われ残業になってしまった。
心身共にくたくたで帰宅すると何やらリビングが騒がしかった。

43 :
「ただいま…何、どうしたの皆?」
岸くんがリビングに入るとそこには中央に正座をした龍一とそれを囲む四つ子、そして龍一の隣で彼の肩を揺する颯がいた。郁は少し離れてソーセージをかじりながら傍観している。
「なになに、どうしたっていうの?龍一なんかやらかしたの!?」
仕事場に学校からの連絡はなかったがそれ以外で何かあったというのだろうか。岸くんは皆に訊ねた。
「どーもこーもねーよ、パパ。こいつ…」
勇太が正座をして俯く龍一を指差して言った。
「私立校、受けねえなんつーんだよ!願書も破り捨てたって」
「え…ええーーーーーーーーー!!!!」
岸くんは鞄を落とした。
「どうするつもりなのぉ龍一ぃ。公立落ちたら中卒だよぉ。あとは夜間しか選択がないよぉ!?分かってんのぉ?」
「おめー勝負にすこぶるよえー負け神しょいこんでるくせに滑り止めとっぱらってどうするつもりなんだよ!滑り落ちて笑い合えるのはセクサマの世界だけだぞ!分かってんのかよ!」
「龍一、受験を甘くみるな。僕だって最後まで気を抜くつもりもなかったのにあんなことになった。だからお前にはそれ以上に万全にしてもらわないと…」
「龍一、何考えてるんだよ。俺だけじゃなく龍一まで皆を困らせるようなこと言わないでよ!」
四つ子と颯に説得と叱責の嵐を受けて龍一は涙目で震えていた。だがその震えた声がこう言った。
「俺は…公立に入学したらバイトする…」
「はあ!?」
郁以外の全員が声をハモらせる。

44 :
「何言ってんのぉ龍一ぃ。対人恐怖症で要領悪くて勉強以外のもの覚えが超悪い龍一がバイトなんてできるわけがないでしょぉ。カナヅチが濁流に飛び込むようなもんだよぉ」
「そーだぞおめー。何考えてんだ!自我修復おっつかなくなってメンタルやられっぞ!」
「悪いこと言わねえから滑り止め受けて公立受けて今まで通り勉強してろ。人には向き不向きがあんだよ!お前がバイトとか俺がオ○ニーやめるくらい無理がある!」
「龍一、お前ちょっと疲れてるんじゃないか?一日ぐらい勉強はいいからリフレッシュしてこい。そうしたらちゃんと正常な思考が戻ってくるだろう」
四つ子の兄達がそうまくしたてても、龍一は首を横に振った。いつも兄達に屈してばかりの龍一が頑なな姿勢を見せる。岸くんは龍一に何か決意のようなものを感じた。
「龍一、なんで急にそんなこと言いだしたんだ?ちゃんと聞くから、理由を最初から順に話してよ」
岸くんが問うと、龍一はぼそぼそと話し始めた。
「俺がバイトすれば颯が虎比須高に通えるかもしれない…それに…」
「それに?」
「滑り止めを受けなかったら絶対に公立は落ちれない。それぐらい追い込まないと俺はきっと落ちる。だから、後がないのと颯のためって思ったら…できる気がしてきた」
「だからって、龍一…!」
颯が龍一の肩を揺する。龍一は颯の目を見て行った。
「颯のためでもあるけど…自分のためでもあるんだ。趣味もないし不器用で人見知りで要領の悪い自分を変えたいって思った。できる自信もないけど、それでもやらないよりはましかなって…」
「しゃーねーなーもう」
それまでむしゃむしゃソーセージを食べているだけだった郁がそれを食べ終えてこう言った。
「じゃあ俺も牛R配達のバイトするよ。上手くいきゃ余った牛Rもらえるかもしんねえし、ダイエットしてひきしまったら瑞稀が惚れ直すかもしんないしな」
「龍一…郁…」
四つ子は顔を見合わせて目線で会話を始めた。そして挙武が頷く。

45 :
「分かった龍一。じゃあもう一度計算してみる。お前が時給750円で土日6時間働く計算と郁の週3の牛R配達の分、それと家庭菜園で食費を浮かしつつ僕が週2で家庭教師のバイトを入れる。
あと、嶺亜も空いた時間に内職ができるよう見つけてきたそうだ。それでなんとかなるかもしれない。颯」
颯は弾かれたように顔をあげた。
「急いで虎比須高の願書を書け。受けたいと言ったからには不合格は許されない。いいな?」
挙武が言うと、颯は頷く。そして岸くんのように涙目になりながら
「ありがとう…がんばる」
と宣誓した。
「なんか今回俺の出番全然なかったな…嶺奈、息子達は逞しく育ってるよ。そのうち俺、父親じゃなくて一番立場低くなってるかも…」
久しぶりに亡き前妻の遺影に話しかける。もし彼女が生きていたらこの事態をどう切り抜けただろう。嶺奈は天然っぽい部分があったから「なんとかなるよぉ」って笑って楽観視してたかもしれないな…なんてことを思いながら岸くんは遺影を仏壇に置く。
「パパぁ」
ドアが開いて、パジャマ姿の嶺亜が入ってくる。
「色々お疲れさまぁ。なんとか解決しそうで良かったよぉ。龍一があんな男らしいこと言いだすとは思わなかったぁ」
「そだね。陰薄くているかいないか最近の話の中でもそうだったけど…あいつはあいつなりに色々考えてるし優しい奴だってことは前回の迷子騒動でも分かったから。美形で秀才だってことをもっと自信持ってくれるといいんだけど」
「そうだねぇ。颯ともねぇ、小さい頃から双子なのに全然双子らしいとこ見せなくてお互いどう思ってるか僕らでも分かんなかったけどぉ…やっぱ絆があったんだねぇ」
絆か…兄弟がいない岸くんには少しうらやましくもあった。そう思っていると嶺亜が顔を覗きこんでくる。

46 :
「パパと僕たちにもあるよぉ…でっかくてぶっとい絆がぁ」
そしてぎゅっと嶺亜が手を握ってきた。岸くんは嬉しいやらなんやらで感涙に咽ぶ。とりあえずはその感情の昂ぶりを性欲に互換させた。でっかくてぶっといものをああしてこうして…
「れい…!」
本能の赴くがまま、嶺亜に覆いかぶさろうとすると懐かしの展開が訪れる。
「パパちょっといい!?あのさ、入試に面接があるんだけどパパに面接官になってもらって練習を…」
颯が目を輝かせて現れた。今まさに嶺亜を押し倒そうとしている瞬間に出くわした彼は慌ててドアを閉め…
ることはなくなおもぐいぐい迫って来た。
「嶺亜くんとのあれやこれや非人道的行為は後にして、面接の練習手伝ってよ!いいでしょ?パパはみんなのパパなんだから嶺亜くんだけが独占するのは良くないよ!そうでしょ嶺亜くん!?」
「えぇ…もぉ…しょうがないなぁ…」
嶺亜は頬を膨らませ、渋々譲った。
「えー…では我が校を志望した動機を…」
「はい!たまたま偶然陸上部の練習を見てノエロ兄さんとワカメ兄さんとしめ姉さんとえっと…消音…じゃなくて、みゅ…みゅうとだったかな?お兄ちゃんのトラビス・ジャパンの走りに感銘を受けて!
俺もここで陸上やりたいと思って急きょ家に無理言って志願させてもらいました!それから…」
岸くんと颯の面接官ごっこは夜通し続いた。

つづく

47 :
作者さん乙ー
タニムがあまりにも男らしくて涙でそうになったよ
かっこいいよタニム!

48 :
んんんんんんん作者さん乙乙乙乙乙乙乙乙乙乙!
いつも長編をたくさんありがとう!
最近忙しくてなかなか感想書けなくてごめんよ…
でも、家族の絆が深まっていくのを読んで胸を熱くしているよー!!
みんなそれぞれ成長したり、トラビスや慎太郎もいいやつだったり盛りだくさん!
颯くんが虎比須高に進学したらまたあの子たちといろいろありそうな…w

49 :
いつも感想くれる人達ありがとう。只今ネタを探しに横浜に遠征中。
何より嬉しかったのは二男(栗ちゃん)と六男(谷村)がそこにいたこと。もう一度夢が見れそうで泣けてきた。
長男(れあたん)は相変わらずの可愛さ全開で二男と方を抱き合って歩くというもう見ることのできない場面を見せてくれて自分はこれを見るためにここに導かれたのではないかと思えるほどに奇跡的な光景でした。
岩橋と三男(神宮寺)は風格が出てきて歓声も大きかった。四男(あむ)はまた最近ぐっと大人っぽくなっていて横顔が素晴らしく凛々しかった。
五男(颯)のヘッドスピンは今日も健在。こちらもびっくりするほど大人びてきた。末っ子はもう背丈だけなら四つ子と同じかそれ以上。でもやっぱり無邪気さが残っていてほっとした。
パパ(岸くん)が不在だったのが寂しい限りだったけどまた別の舞台では見れるとのこと。こちらも楽しみにしつつ残る6公演岸家の人々を堪能してきます。
ちなみに長男はゲストの慎太郎とイチャイチャしていてこれまたたまらん気持ちになりました。どっちかっていうと慎太郎の方から寄って行ってただけに…
以上5月3日セクゾンコンレポでした

50 :
5月4日二部で岸家全員揃って涙ちょちょぎれました。岸くんパパはなんだか特別扱いで不憫が一カケラも感じられなかったw
岸くんパパは昨日が不在だっただけにもう出ないんじゃないかと思われたけど信じて今日行った岸くんファンの人は強運の持ち主だね!
しかし今回はなんと言っても二男恵ちゃんと六男龍一が元気に踊っている姿を見られて感涙しきり。
2人は「knock!knock!knock!」で同じ衣装で隣同士で踊っていて恵ちゃんはこんなシリアスな曲なのにアホ笑顔だし龍一は龍一らしからぬ激しい動きでロックに踊っていたしでちょっと見ない間に変わったんだか変わってないんだかで…
長男・嶺亜は今日も絶好調で顕嵐くんにおんぶしてもらってました…うーん期待を裏切らない小悪魔っぷり
末っ子の郁がダンスが上手くなっていることにも驚いた。挙武の「ラブ!ケンティー!」の絶叫や勇太が岩橋をおんぶしたりと見どころ満載でした。
以上、5月4日セクゾコンレポでした

51 :
颯くん誕生日おめでとう
シンメ解体気味だけど少しでも岸くんと距離縮められるといいね

52 :
 第七話 その1
岸家は鬱期を乗り越えて、春の兆しを見せていた。
「迷惑をかけたね。これは僕からみんなの協力への感謝の印だ」
学校帰りに挙武はロールケーキを買ってきた。夕飯の後にそれを皆でつつく。
挙武の実力テストが今日で終了した。テスト前の一週間、岸家は全員挙武の勉強している間は無音生活を余儀なくされた。受験を間近に控えた颯と龍一ですら気を遣うほどに。
「やっと大音量でゲームできるぜ!!ギャハハハハもできなくて辛かったぜギャハハハハ!!」
恵は早速ゲームの電源を入れた。その横で勇太も頷く。
「せっかく超レアものAV貸してもらったのにそれを見れない歯がゆさ…それも今日で終わりだ。おい恵、ゲームなんて後でできる。とりあえず代われ!!」
恵と勇太はテレビ争いをしている。その後ろではケーキを食べながら嶺亜も安堵の溜息をつく。
「お皿洗うのだって気を遣うしぃ…カチャカチャうるさいって怒るんだもぉん」
「陶器のぶつかり合う音は一番神経に障るんでな。そう言うな。もう一切れ食うか嶺亜」
挙武がケーキを切ろうとしたがすでにもう郁がフォークをぶっ刺していた。
そして岸くんは春の訪れを誰よりも喜んでいた。
「やっと…やっとやらせてもらえる…!!」
歓喜の涙目で岸くんは呟いた。
辛かった…一週間させてもらえないなんてまさに地獄。一週間前に「声出さなきゃ大丈夫」と強引に踏み切ったものの、集中モードの挙武は超人並みの聴覚を有する。
「ベッドをギシギシ揺らすな!!」とコトの最中に現れキレて行ったのである。「怒った挙武怖いからぁ…言う通りにしないとパパ去勢されちゃうかもよぉ」と嶺亜が本気で心配したので岸くんはそれから禁欲生活を余儀なくされた。
だがそれも今日で終わり。明日は土曜日だし、一週間分やらせてもらおう…と心に秘めながら岸くんはロールケーキの最後の一口を口の中に放り込もうとした。
「あれ?」
最後の一口は郁に食べられていた。

53 :
実に久々の休日、挙武は一人気ままにショッピングに出かけた。友達同士でワイワイやるのもいいがたまにはこうしてゆっくり心ゆくまで自分勝手に楽しみたい。テストがわりと手ごたえがあり、体調も崩さず挑めて気分は晴れやかだった。
「へえ…新作のチョコブッセか…よし食べてみよう」
コンビニで買い食いをし、服やアクセサリーのウインドウショッピングをして歩く。まだまだ寒かったがそれでも久しぶりの買い物は楽しかった。
「たまには新境地でも開拓してみよう」
いつも同じルートじゃつまらない、知る人ぞ知る隠れた名店や穴場スポットがあるかもしれない。そんな探究心から挙武は繁華街を進んで行く。だがどうやら進む方向を間違ったようである。
「ううむ…ここから先は勇太のテリトリーのようだな…」
なんだか艶めかしい通りに出てしまった。軒を連ねる風俗店、Rテル…その他いかがわしい類の店が溢れていて道行く人も「そっち系」が多い。完全に場違いである。
とんだ道草をくってしまった…と引き返そうとした時である。
「あれ…挙武?」
名前を呼ばれて、挙武はそこに視線を合わせた。
「…松島?」
そこにいたのは中学時代の同級生、松島総だった。会うのは実に久しぶりだ。
松島は中学一年生の時に静岡からこっちへ越してきた。ちょうど席が隣同士だったこともあり三年間仲良く過ごした。
少し子どもっぽいところがあるが真面目で何事も卒なくこなす優等生だ。本人はそういったところを鼻にかけるでもなく、他人を見下すでもなく至って自然体で皆と接していた明るい人気者だった。
挙武と松島は同じ高校を受けた。松島は受かったが、挙武は当日インフルエンザに罹り実力が出せなくて不合格になったから高校はバラバラになってしまった。それから少し疎遠になってしまっていたのだが…
「ひさしぶり…なんでこんなとこに?」
「それお互い様じゃん。挙武こそなんでこんなとこにいんの?」
「え、ああ…迷い込んだだけだ。引き返そうと思って…松島はなんで?」
「…ん、別に…」
少しばつが悪そうに目を逸らして、松島は早足で挙武の前を通り過ぎ、
「じゃね」
と繁華街の方へと姿を消して行った。

54 :
その日の夜、挙武は勉強を早くに切り上げ撮りためたDVDでも見ようとリビングに降りた。
「おや…颯に龍一…なんでこんなところで勉強してるんだ?」
リビングでは颯と龍一が問題集を広げ、黙々と勉強をしている。だが彼らは二人部屋にそれぞれ学習机がある。わざわざ何故リビングでしているのだろう。
「あ、うん…。ちょっと。ここの方が広いし集中できるし飲み物とかもすぐ取りに行けるから…」
颯は言い訳っぽくそう答えた。龍一もぎこちなく頷く。
「…ふうん。まあ受験が近いし集中しやすい方ですればいいと思うが…じゃあ僕はもう寝るか。邪魔するわけにいかないしな」
自分の試験前には受験生である彼らに協力してもらっているし、兄として勝手は言えない。さすがに勇太も恵もそれを察したから早くに寝たのだろう。挙武は水を飲んで就寝することにした。冷蔵庫を開けようとしてそこに貼ってあるカレンダーをぼんやり見て思い出す。
「あ…月曜は三者面談か。忘れていた。パパに言っておかなくては」
会社を早退もしくは急いであがってきてもらわなければ間に合わない。早く言っておかないと岸くんのことだから当日涙目で「なんで早く言ってくんないの!早退申請しなきゃ!あああああ」なんてことになりかねない。
まだ起きているかな…と挙武は岸くんの部屋の前に立った。声らしきものが聞こえたから起きていると確信し、挙武はドアを開けた。
「パパ、悪いが月曜は…」
「あ」
そこに飛び込んできた光景に、颯と龍一がリビングで勉強していた理由が挙武には一瞬で理解できた。
「あ、挙武…」
「え…挙武ぅ…?…あ…」
岸くんと嶺亜がコトの最中であった。気まずい沈黙が流れる。
かなり盛り上がっていたらしく、嶺亜が恥ずかしそうに顔を隠し、岸くんはどうしていいか分からずおろおろと汗だくで涙目になっていた。颯と龍一の部屋は壁一つ隔てた隣の部屋だから声が聞こえてきたのだろう。だから階下のリビングへ…
「…月曜は三者面談だから5時に学校に頼む」
用件だけを簡潔に告げて、挙武は部屋のドアを閉めた。

55 :
「…まったく…中学生がいるというのになんといういかがわしい…嶺亜、勇太の下ネタに怒っている場合ではないぞ。パパもパパだ。すこしは節操というものを…」
ぶつぶつ呟きつつ受験生二人を労ってやろうとすると彼らは休憩中だった。
「お気の毒だな。明日僕の方から言っといてやる。二人の受験が終わるまで自重しろと」
挙武も紅茶を淹れて二人の間に座った。
「いいよ。パパは仕事で疲れてるし僕らの父親やらなくちゃいけないから嶺亜くんと…することが活力源なんだろうから我慢させるの気の毒だよ。俺に回るなって言ってるようなもんだし」
「颯…お前はよくできた奴だな…」
挙武は感心する。
「それに…我慢させたらなんか良くないことが起こりそうな気がする…なんとなくだけど…」
龍一は呟く。どこか予言めいた説得力があったから挙武は「そうか」と妥協した。
「龍一、お前なら合格確実だと思うが…僕はそれで油断して去年インフルエンザに罹ってしまったからお前も油断するなよ」
挙武が志願していた公立校を龍一も志願している。自分はT高への入学を果たせなかったから余計に弟には合格してほしい気持ちが強い。
「うん…がんばるよ」
シンプルに龍一は答えた。
「そういや今日そのT高に行った松島に会ったな。どんな感じなのか聞いとけば良かった。今度メールして訊いとくかな」
挙武は紅茶の残りを飲むと自分の部屋に戻った。

56 :
三者面談はもう慣れっこ…のはずだったが岸くんはもう背中に汗をかき始めていた。
「…それでですね、指定校推薦を希望し、且つ奨学金制度を希望しているとのことなんですが、挙武くんの希望の学部と大学を照らし合わせますと…」
挙武の三者面談は岸くんにとって最も厄介だった。何せ言われてることがほとんど分からないのである。大学受験をしていない岸くんにとってそれは未知の世界なのである。
嶺亜の三者面談は「家事と学業の両立ができていて非常に感心です」と褒めてくれただけで終わったし恵の時はひたすら頭を下げるだけでいい。
勇太も基本的に学校ではほとんど問題を起こさない。颯も先生からの評判はいいし龍一も明るくなってきたと言ってもらえた。郁の三者面談は気楽である。
「私ども教員としては…あまり声を大きくして薦めることはできませんが予備校も検討いただいた方が成績があがるかもしれませんし二重に受験対策ができるかもしれません。
もちろんご家庭の教育方針や経済的事情がおありですからその点はお父さんとよく話し合ってもらって…。学校でも補習授業や進路相談は随時行っておりますので…」
終わった時には岸くんは疲労感でいっぱいだった。仕事よりキツイかもしれない。
「御苦労だったねパパ。パパにとっては外国語でしゃべられているようなもんだと思うが致し方ない。まあ僕は今までどおりのやり方でがんばるからパパはテスト期間中やその他僕が勉強している時に静かにしてくれるだけでいい。
嶺亜とのお楽しみもほどほどにな。僕だけでなく颯と龍一は受験も近いし」
「…はい…」
どっちが父親か分かりゃしない。完全に岸くんは立場を逆転されつつあった。
「パパは素直でいい。それなのに嶺亜ときたら…」
挙武は目を細め、恨みがましく呟いた。

57 :
昨晩、挙武と嶺亜は大喧嘩をした。理由はシンプルで、土曜の晩に岸くんと嶺亜がフィーバーしちゃって颯と龍一が自室で勉強できなくなったことを挙武が注意したことから口論になったのだ。
「いくら家族でもぉ…プライバシーってものがあるじゃん、ノックして返事してから入って来てよねぇ」
「8人家族なんだから無理言うな。それに見られるのが嫌だったらヤらなきゃいいだけの話だ。勇太のAVやビニ本を注意する前に自分も気をつけたらどうだ」
これを受けて、恵は嶺亜についたし勇太は挙武についた。颯と龍一は自分達が喧嘩の原因になってしまったことでうろたえるしかなく、郁は完全に無関心である。ただ、食事を作ってもらわなくてはならないのでやや嶺亜寄りではあった。
「あのぶりっこ小悪魔…僕の分のご飯は作らないよぉなんて言い放ったんだぞ。なんという非人道的発言…!」
「まあまあ…。でも実際問題として受験生が隣の部屋にいてヤりまくるのはさすがに非人道…なんだっけ?行為かなあ…でも一日一回でも足りないのにどこでやれって言うの…」
岸くんは溜息をついた。
「家がダメならしかるべき場所しかないだろう。ああいう所とかな」
挙武が指差した先はおピンクな宿泊施設および休憩所である。挙武の高校の近くは都心故にちょっと歩けばそういったエリアにさしかかってしまう。
「おお…」
岸くんはちょっと興味が沸いてしまう。家の中がダメならこういう所もアリか…色々グッズもありそうだし…と生唾を飲んでいると挙武の冷めた目がそこにあった。
「…オホン、いやいや俺達二人ともまだ未成年だし男同士だしこういうとこには入れないよ…ざ、残念ながら…」
「そんなこと言って、興味津々というのが顔に現れてるぞパパ。なんならちょっとリサーチに行くか?」
悪ふざけでぶらついてみるが、岸くんは新境地にわくわくしっ放しだ。なんだか夢が膨らんでくる。勇太もいれば盛り上がったかもしれない。今度連れてきて一緒にリサーチしようかな…と思っていると曲がり角で人にぶつかりそうになる。

58 :
「おっと…すみません」
「いえ、こちらこそ…」
ぶつかりかけたのは中年サラリーマン風の男でスーツを着こんだ真面目そうな男である。そのすぐ隣に息子らしき少年がいたが彼を見て挙武は驚いた顔をした。
「松島!?」
「挙武?…すごい偶然。また会うなんて」
松島、と挙武に呼ばれた小柄な少年はその大きな目を見開いて驚愕の表情を見せた。色の黒い、人懐こそうな少年である。こうして見ると中学生のように見えるが挙武の知り合いなら高校生かもしれない。
「友達かい?」
中年の男が松島に問うと、彼は無表情で頷く。
「こないだもそうだが…なんでこんなとこにしょっちゅういるんだ?…僕の場合は今日は悪ふざけでパ…この人と散策してるだけだけど。まあいいや。うちの弟がね、T高受けるんだよ。校内の様子とかどんな感じなのかまた聞かせてくれよ。都合が合えば一緒に遊ぼう」
「うん…またね」
松島はどこか優れない表情だった。おとなしい子なのかもしれないな、と岸くんが思っていると挙武は顎に手を当てた。
「なんだか変わったなああいつ…それに、一緒にいた人は誰なんだろう?」
「え?お父さんとかじゃないの?」
「いや…松島のお父さんは僕も何回か見たことがあるけど彼によく似てたからあの人は違う。親戚って感じでもないしな…」
挙武はう〜ん…と考え込んでしまった。仕方がないので岸くんは一人でRテルの外観見学に勤しんだ。

その2につづく

59 :
作者さん乙です!
松島に秘密がありそうで気になりますな
まさか・・・続きも期待してます
くらもっちゃんとみずきのドラマ見ましたか

60 :
 第七話 その2
「挙武は自分でよそってぇ」
嶺亜が冷たく言い放つと、食卓に張り詰めた空気が走る。今日の夕ご飯は鮭のムニエルである。ムニエルは一応全員分あったがご飯とみそ汁は挙武のお椀だけ空っぽだった。
挙武と嶺亜は目下のところ冷戦状態にある。二人とも決して折れないからいつまでたっても平行線だった。
「…子どもじみた真似をするなよ」
挙武が嶺亜を睨みながら炊飯器に向かう。嶺亜はふんだ、と頬を膨らませた。
「ま…まーまーれいあ、そう怒んなよ。挙武、おめーも素直に謝っとけって!!」恵がご飯粒を撒き散らしながら嶺亜を宥める。
「挙武は間違ったこと言ってねーだろ。嶺亜が大人気ねーんだよ。俺のAVやビニ本にはぐちぐち文句言うくせによー」勇太が挙武の加勢をすると嶺亜は「勇太の分もじゃあもう作らないよぉ」と拗ねた。
「お願いだから二人とも仲直りしてよ…こんなんじゃ余計に集中できないよ、ね、龍一?」颯が涙目で懇願した。
「お願いします…二人とも怒りを収めて下さい…」龍一はさりげなく人参を郁の皿に移した。
「パパなんとか言ってよー。パパがやりてーやりてーって言うからだろー」郁は岸くんになすりつけてきた。
皆の視線が岸くんに突き刺さって来た。
「えっと…えっとですねぇ…」
岸くんは茶碗を持ちながら発汗である。波風立たせず双方に納得してもらうにはどうしたらいいか…皺の少ない脳みそを懸命に絞って考えた。その間にも嶺亜と挙武の口論は激化してゆく。
「だいたい怒り方が幼稚すぎる。僕のだけよそわないとかご飯を作らないとか…16歳にもなってすることか?」
「嫌だったら自分で作ってぇ。だいたい自分は人に無音生活強いておいて何様ぁ?なんで何もしない挙武にそこまで気を遣わなきゃいけないのぉ?おかしいでしょぉ」
「それは前々から役割分担で決めているだろう。今更持ち出すのは卑怯というものだ。それに僕は自分のためじゃなくて颯と龍一のために言ってるんだ。この二人は弟だから何も言わず我慢してるだけで兄ならばそこに気付いて然るべきじゃないのか」
「僕はちゃんと颯と龍一のお世話してるもぉん。お弁当だって作ってるしぃ洗濯物だってちゃんと部屋にまで持って行ってあげてるしぃ部屋のお掃除だってしてるよぉ」
岸家で最も口のたつ二人の口論は留まるところを知らない。恵と勇太は口を挟む隙すらなかったし郁は避難してテレビ前のテーブルで食べ始めた。岸くんもただおろおろとするばかりである。
「あ…ああああ嶺亜も挙武もちょっと落ち着いて…俺が、俺が悪かったからどうかどうかお怒りをお鎮め…」
「いい加減にしてよ嶺亜くんも挙武くんも!!!!」
颯が茶碗をテーブルに叩きつけて叫んだ。シン…とリビングを静寂が支配する。

61 :
「…俺は…二人が喧嘩するのが一番勉強の邪魔だよ…だから仲直りしてよ二人とも…」
颯は震える声で呟いて、腕で目を拭った。感情を表に出さず耐えているだけだった颯はそれを少しずつ表に出すようになってきたようで、鼻をすすってしゃくりあげている。
岸くんは颯の頭を撫でた。
「ごめんな颯…大丈夫だよ、嶺亜も挙武も分かってくれるって…。俺も気をつけるから…」
「気をつけなくてもいい…パパも…嶺亜くんも挙武くんもしたいようにしてくれてるのが…俺にとって…」
「分かった。嶺亜も挙武もそれでいいよな…?」
嶺亜と挙武は反省の色をその表情に宿した。
「…ごめん、颯ぅ…。お兄ちゃんが大人気なかったよぉ。だから泣かないでぇ」
「僕もだ、すまん。とんだおせっかいだったな」
颯の涙の効果は絶大だった。嶺亜も挙武も先程の険悪な雰囲気を一掃させて和やかなディナーが戻ってくる。避難していた郁も席に戻って来た。
「いやー良かった良かった。これでヤるとこがなくなったら…って挙武の三者面談の日にRテル街とか見て回っちゃってさーそれで…」
「あーパパずりーぞ!!俺だって見学してーよ!!今度一緒に行こうぜ!!」
「勇太何言ってんのぉ?パパぁ…そんなとこ見てたのぉ?不潔だよぉ」
「そういやそこで松島に会ったぞ。その二日前にも似たようなとこで会ったんだ」
挙武が言うと、四つ子はへえ…と意外そうに呟く。
「松島ってあれだろ?T高行った…。そういや最近めっきり会ってねーな」
勇太がムニエルを口に入れながら言った。
「あーそーだっけ?そーいやあいつにはよく宿題写させてもらったなーギャハハハハハ!」恵が再びご飯粒を撒き散らした
「松島元気そうだったぁ?身長伸びてたぁ?」嶺亜が龍一に「ちゃんと人参食べなさぁぃ」と睨みながら言う
「元気…そうにはあんまり見えなかったな…あいつにしては。身長はあんまり伸びてなかった。おっさんと一緒にいたっけな…」
「なんだよそれ。少年援交とかじゃねーの?」勇太が茶化した
「アホかおめー!!いくらRテル街で会ったからってそれはねーよAVの見すぎだギャハハハハハ!!」
「でもぉ…松島って可愛いしぃもしかしたらぁ…なーんてねぇ」嶺亜も珍しくこの手の冗談に参加した。
「まああいつは勉強もできるし明るいし友達も多いからきっと高校生活を満喫してるだろうな。龍一、今度T高のこと訊いといてやるからな」
挙武は人参を涙目で口にしている龍一の肩を叩いた。

62 :
その次の日、挙武は帰り道に松島を見かけた。また知らないおっさんと歩いている。
「…松島?」
またしてもRテル街へと松島は消えて行く。その横顔は優れなくてどこか鬱っぽく見えた。心配になり声をかけようと後を追ったが見失ってしまった。
「君、こんなところで何をしてる?」
ふいに肩を叩かれ、挙武は振り返る。手帳を見せた私服警官とおぼしきおっさんが不審そうな眼で自分を見ている。
「友達を見かけて、声をかけようとしたら見失ったんです」
毅然と答え、挙武は踵を返した。だが警官はまだ疑わしい目で見ている。
「その制服…M高だね。駅まで送るから一緒に来なさい」
「大丈夫です。駅までの道なら知っているし迷子になるような年齢でもありません」
何故こんなにしつこく食い下がられるのか、若干不快に思っていると私服警官はぼやくように言った。
「最近この界隈でRが横行しているとのことでね、しばらく張り込んでるんだよ。だから一応念のため学生を見かけたら声をかけて駅まで送ることにしているんだ。そんなわけで、一緒に来てもらう」
「それはどうも御苦労さまです」
この僕をR少年と間違えるだなんて失礼な…と挙武は憤ったが抵抗しても仕方がない。素直に従い、駅に着くと私服警官はむやみにあの辺に立ち入らないようにと忠告して去って行った。
「少年援交…ねえ」
馬鹿馬鹿しい、と鼻白む一方で何故松島がここのところ同じような場所に違うおっさんといるのかが気になり始める。挙武は次の日もその界隈に足を運ぶ。同じような場所を張っているとやはり松島がいた。今度はかけよって声をかけた。
「挙武…」
「松島、ここのところいつもここで見かけるけど何をしてるんだ?まさか援交なんてことはないよな?」
松島は冷めた目で挙武を見ている。援交をしているのならもっと後ろめたそうな表情になるだろうからシロかな…と挙武が分析していると松島が力なく首を振る。
「挙武には関係ないよ。またね」
「ちょっと待て、松島。おい、松島!!」
しかし松島はそのままホテル街に消えてしまった。

63 :
「俺、なんか変な噂聞いたぜ」
その日の夕飯の席で挙武が松島の話をすると勇太がたくあんをかじりながら言った。
「T高の勉強についていけなくてノイローゼ気味だって。そんで、なんか最近は学校終わったらいつも一人で帰ってどっかに消えて行くってよ。何してんのかほんと謎だけど、「お金がいる」って誰かに話してたらしい」
「金がいるって…あいつん家それなりに金持ちじゃなかったっけ?」
恵が味噌汁をすすりながら呟く。颯もその横で首を捻った。
「親には言えない使い道とか?でもだったらアルバイトとかしてんのかな?」
「ホテル街でのアルバイトって言ったらぁ…一つしかないよねぇ…」
「ちょっと待て。少年援交なんかそんなに簡単にできるもんじゃないだろう。こういうのは需要と供給というものがあってそんなに少年好きのおっさんがそのへんゴロゴロしてるわけでもあるまいに」
挙武はトンカツを口にしながら否定してみる。してみるが一旦植わった疑念は消えない。
「援交ホモプレイかーそういう動画一度でいいから見てみてーなー。一度でいいけどな」
勇太がわくわくしながら目を輝かせる。その横で龍一がぼそっと呟いた。
「うちで毎晩似たような行為が繰り広げられてるけど…」
「龍一あとでおしおきねぇ」
すかさず嶺亜の絶対零度が飛んできて龍一は軽はずみな発言を心底後悔させられる。
「もしも松島がそんな非人道的行為に身を染めているのならば…可及的速やかに阻止しなくてはならない。これは友人としてまっとうな道に連れ戻す必要がある…」
挙武は使命感に燃えた。

64 :
翌日も挙武はホテル街に立ち寄った。制服だと目立ってしまい警官に補導されかねないので私服に着替えた。そこで松島を待つが彼はなかなか現れない。そうしているうち私服警官らしきおっさんが前からやってくるのが見えたから咄嗟にビルの陰に身を隠した。
ぽん、とそこで肩を叩かれた。びびって声が出そうになったがなんとかそれを喉の奥に封じ込める。
振り向くと、真面目そうなサラリーマン風の男がいた。
「こんなところで何してるの、君?」
私服警官か?と思ったがそうではなさそうだった。友達を待っている、と答えると男は言った。
「友達って?写真ある?見かけたら教えてあげるよ」
「はあどうも。こんな顔してるんですけど」
挙武は携帯電話の画像フォルダを開いて中学時代に撮った松島との2ショットを見せた。男は片眉を上げた。
「この子ならさっきあっちに入ってったよ。男と一緒に」
男はRテルを指差した。挙武の全身から血の気が引く。
「なんということだ…今すぐやめさせなくては…。松島は、僕の中での松島は純粋でキラキラした瞳をたたえていて、好き嫌いは多いけどクラリネットの練習をがんばっていてそこはかとなく静岡訛りが抜けなくて…
とにかく友人がそんな非人道的行為に及ぶだなんて黙って見過ごしていられない。なんとかしなくては…」
挙武が独り言のように呟くと男は挙武にこう囁いた。
「だったら僕と一緒にあそこに入ろう。お友達が救えるかもしれないよ」
挙武の思考回路はこの時狭窄していて、後先があまり考えられない状態になっていた。
そして気がつけば挙武はホテルの一室にいた。

65 :
(ちょっと待て挙武…何も考えずこんなところに来てしまったがここからどうするというのだ?松島の泊まっている部屋なんて分からないし一軒一軒ノックして回るわけにもいかない。だいたいなんで部屋にまで入る必要がある?冷静に考えておかしいだろう…)
ホテルの一室で、挙武は今更ながらにおかしいことに気付く。男は挙武を部屋に入れるとタバコをふかしながらまるで舐めまわすように挙武を視姦する。思わず背筋が冷たくなった。
「ちょっとトイレに行かせていただきます」
挙武はトイレに行くふりをしてもう一度考える。これはもしかしてひょっとしてピンチって奴ではないのか?あのおっさんは松島がここにいる、と嘘をついてこの僕を手ごめ(死語)にしようとしているのではないか?
トランス状態だったからこの挙武様としたことがそこに気付かずむざむざ檻の中に入ってしまったのではないだろうか?
「冗談じゃない…」
挙武はどうにかして脱出をしようと試みた。トイレから出るとおっさんは立ち上がる。
「じゃあ僕はシャワーを浴びてくるよ」
何が「じゃあ」なのか良く分からないが男はタバコを灰皿に押し付けると、バスルームに入って行った。よしチャンスだ。脱出…
「…なんだこれは…」
ドアの防犯バーが固定されてびくともしない。一体どういうカラクリなのか、中からドアを開けることができなかった。独房でもあるまいに、どういう作りになっているというのだろう。
「ならば窓から…」
しかし窓は転落防止のため、10センチほどしか開かない。これでは脱出は無理だ。というよりここは8階だから飛び降りるのも無理である。
「そうだ、フロントに電話…!」
室内の電話機を手に取ってボタンを押す。が、死んだように何も反応がなかった。
「何故だ…!?」
挙武は受話器を持ちあげてみた。すると線が抜かれていることに気付く。その抜かれた線はどこにもなかった。
「かくなる上は助けを呼ぶしか…!」
鞄の中から携帯電話を取りだす。だが…
「なんということだ…」
バッテリーが抜かれていた。なんという周到さ。かかった獲物をなんとしても逃すまいとする執念、恐るべし援交オッサン…

66 :
「って感心している場合ではないぞ!僕はそういうキャラじゃない!おっさんに好かれたりそういう妄想をされるのは専らうちの長男の役目だ!僕は潔癖キャラだ!
そりゃあこの僕のスラリと伸びる手足や小さい尻、色は浅黒いけどもシミ一つないこの少年期特有のつるつる肌、ヘッドライトのごとき鋭い眼差し、サラッサラの髪の毛は世の中のホモおっさんを魅了してやまないだろう。
某横浜の多目的アリーナ会場で生涯に一度の神席が来て神7メンバーを余すことなく至近距離で観察した作者をもってして「勝利とあむあむのケツの小ささは国宝級」と言わしめるほどのナイスバディの持ち主だ。
だがしかし、それとこれとは別。この僕の神聖な貞操がどこの誰とも知らぬおっさんに奪われれるだなんてそんな不条理で理不尽なことがあろうか!
いかん!断じていかん!全国100万の挙武ファンが『いやああああああああむあむの貞操がオッサンに奪われるだなんてえええそんな非人道的展開ダメよおおお!!あ、でもちょっと見てみたいかもおおおおお』とおピンク妄想にお花畑作ったとしても断固拒否だ!
あああこんなことしている間にもヤツがあがってきたらめくるめく官能の世界に引きずり込まれてしまう!ヘルプミー!」
挙武は叫んだ。力の限り叫んだ。叫んだところでどうなるものでもないがとにかく叫んだ。叫んで叫んで天井を仰ぎ見る。オーマイガー…オージーザス…オーサクルムコンヴィヴィウム…
そうして挙武の目は一点を捉えた。

67 :
挙武が貞操の危機にある頃、岸家では夕飯の準備がなされていた。
「挙武の奴おせーな。どこで道草食ってやがんだ?」
勇太が窓の外を見やる。恵がゲームをしながら爆笑した。
「あいつ少年援交にでも手ぇ染めてんじゃねーのギャハハハハハハ!」
「挙武くんは潔癖なところがあるからなあ…「やるなら全身シャワーを浴びてからにしてくれ」なんて相手のおじさん説教してそうだよね」
颯の冗談に龍一までもが乗った。
「いちいち『ここの感度はイマイチだからこっちにしてみてくれ。この角度だ』って指示しそうだよね…フフ…」
「龍一気持ち悪ぅい。近寄らないでぇ」
ガチで嶺亜に気持ち悪がられて龍一は自我修復に勤しむ。郁は夕飯の時間を今か今かと待ちながら、
「挙武兄ちゃんが他人に簡単に体許すわけないだろ。『この僕の神聖な貞操を何故君のような輩に…』なんて今頃言ってんじゃねーの?そんなことより早く飯くいてぇよ!」
兄弟がわちゃわちゃやっていると、岸くんが帰宅する。
「ただいまー。今日のご飯何?あ、てんぷら?いいねー」
食卓に乗るえびのてんぷらをつまみ食いしながら岸くんは「いやあ〜」と笑う。なんの思い出し笑いかと勇太が尋ねると岸くんは答えた。
「さっき岩橋と電話してたらさ、あいつどこそこのホテル街で挙武に似た子を見かけたって言ってたんだよ。サークルの帰りに。そんで挙武似の少年が真面目そうなサラリーマン風のおっさんとRテルに消えてっただなんて…
うちの兄弟で一番そういうのとは無縁そうな挙武が少年援交とか考えただけで笑えてきてさ、『痛くしたらモデルガン乱射の刑だぞ』とか『そんな非人道的プレイがあるか!まあ…嫌いじゃないがな』なーんておっさんに説教気味にしてたら笑えるなーって」
全員爆笑した。そしてああだこうだと挙武について面白おかしく話しているうちに7時を過ぎたが挙武はまだ帰宅しなかった。

68 :
耳の奥でサイレンの音が谺する。髪は濡れて、騒然としたホテル街を挙武は放心状態で歩いた。
まさに黒ひげ危機一髪…人は追いつめられると思考回路が物凄い勢いで疾走するらしい。我ながらGJだ。
天井を仰ぎ見た挙武の視界に一つの丸いポッチが目についた。火災報知機である。
次にオッサンの残したタバコとライターが目に入る。そして気付けばタバコ数本に火をつけ、机と椅子を駆使して火災報知機に思いっきり近づけた。
案の定、報知機は作動しあれよあれよという間にドアがこじ開けられ、次いで消防車までやってきた。どさくさにまぎれ、挙武はそこを抜けだしたのである。
「恐ろしい…少年援交など…もう二度とその世界を垣間見るだけでも御免だ…」
恐怖のあまり忘れていたがばったりとその人物と会う。松島だった。
「挙武?またこんなとこに…」
「松島…」
松島が出てきたビルの看板を挙武は見る。そこには社名と共に「海外ボランティア」とあった。
「海外ボランティア…?」
挙武が問うと、松島は照れ臭そうに頭を掻いた。
「誰にも知られたくなかったんだけど…しょうがないか。実は俺、ちょっと海外ボランティアに興味があって、そこの説明会と交流会に通ってるんだよ」
歩きながら、松島は語った。

69 :
「高校の勉強がしんどい時があってさ、夏休みに軽い気持ちで参加したボランティアで感動して…。どうせ勉強するなら人の役に立てることとか自分がやりがい感じることに向けた方が良さそうで。
ボランティアって行ってもそこに行く費用がかかるから大学生になったらアルバイトもしたいし、今はとにかく無駄遣いやめるしかないけど。でもこういうのってちょっと人に話すのは照れ臭いし勉強から逃げてるって思われるのも嫌だったからあんまり言えなくて…」
「なるほど…それでお金がいるのか…おっさんと歩いてたのも…」
「うん。そこの交流会で知り合いになった人。働きながら休暇を利用してあちこち行ってんだって。大人の知り合いができるのも楽しいよ」
「そうか…」
挙武は安心する。やはり松島は松島だ。いらん心配をして九死に一生を得たがそうでなければ危うく貞操を奪われるところだった。これからはもっと思慮深く行動しなくては…。
「ところで挙武はここんとここの辺で何かしてたの?まさか少年援交じゃないよね?取り締まり強化してるみたいでさあ俺もボランティアの知り合いと歩いてると尋問されたことあってさー。失礼な話だよねーばかやべーよね」
「冗談もほどほどにしてくれ松島。この僕が援交なんかするわけがない。
見た目だけは真面目そうな変態サラリーマンに口八丁手八丁でホテルの一室に閉じ込められあわやこのミラクルボディサンクチュアリがおっさんの汚い手で弄くり回されてあむあむ言わされる危機に瀕していただなんてそんな馬鹿なことがあるわけがない。
ところで近くのホテルでボヤ騒ぎがあったそうだが火の元には気をつけないとな。松島、お前はしっかりしてそうに見えて案外だらしがないところがあるから気をつけるように。あと、ちゃんと好き嫌いなくなんでも食べないと身長が伸びないぞ」
「うるっさいなー。そういう自分だって大して伸びてないくせにー」
肩を抱き合って笑いながら挙武は松島と歩く。そして駅で別れると今更ながらに空腹が襲ってきた。
「すっかり遅くなってしまった…今日の夕ご飯はなんだろう…あわびのてんぷらが食べたいな…」
腹を押さええながら帰宅すると、すでに夕飯の時間は終わっていて郁が挙武の分まで食べてしまっていた。
怒り狂った挙武はモデルガンで家中乱射して回った。



つづく

70 :
作者さんいつも乙
松島無事でよかったよ!
あむあむも無事でよかったよ!
>あ、でもちょっと見てみたいかもおおおおお
本音これだけどwww

71 :
保守

72 :
作者さん待ってるよおおおおおお

73 :
 第八話 その1
岸くんはリビングで岩橋と映画のDVDを見ている。久しぶりに有給が取れて、大学生で世間より一足早い春休み中の岩橋を家に呼んで一日のんびり過ごしている。
ここんとこ父親業や良き夫としての夜のサービスなどで忙しかったが今だけは18歳の等身大の少年に戻って友達とわいわい遊んでいた。
「でもさ、去年の今頃は岸くんがまさか7人の子どもの父親になるなんて夢にも思わなかったよね」
レモンティーをすすりながら岩橋がしみじみと呟く。
「そうだよなぁ…激動の一年だったよなぁ。我ながらよく駆け抜けたもんだ…」
思い出を走馬灯のようにめぐらせていると、皆が次々に帰宅する。気付けばもう4時過ぎだ。
「ただいまぁ…あ、玄樹くんいらっしゃいぃ」嶺亜が買い物袋を下げて帰ってくる
「へっくし!あーさみー。あれ岩橋じゃん相変わらず具合悪そうだなギャハハハハ!」恵が身震いしながら帰ってくる
「こんな寒い日は人肌が恋しくなるな!脱・R!!」勇太が勇ましく帰ってくる
「ただいま…今夜は鍋物がいいな。おや岩橋じゃないか」挙武がマフラー巻き巻き帰ってくる
「あー寒い寒い。あ、岩橋くんこんにちは!」颯が指を擦り合わせながら帰ってくる
「ただいま…こんにちは…」龍一が岩橋に頭を下げる
そして最後に末っ子が帰ってくる。玄関から威勢のいい声が響く。
「たっだいまー!!今日の飯なに?あ、岩橋じゃん何しに来たの?久しぶり!」
兄弟が帰ってくると賑やかさは何倍にも膨れ上がる。みんなで鍋をつつきながら雑談していると郁が「聞いて聞いて」と挙手をした。
「今度の三送会でさ、劇やるんだけど俺と瑞稀がさ、小さい頃から家族ぐるみで仲良かったんだけどとある事件を境に引き裂かれちゃってでも親に内緒で時々会ってるという切ない役どころなんだよ!
瑞稀がさ、俺のこと「お兄ちゃん」とか呼ぶわけよ!薄幸の少女役なわけよ!そんで…」
珍しく郁は食べるのも忘れてうきうきとしゃべりまくった。その話を聞きながら、颯の虎比須高受験が二日後に迫っていることが話題になる。

74 :
「やるだけのことはやったし、後はがんばるのみだよ!」
颯らしいさっぱりとした決意表明である。そしてその横では卵をよけながら龍一がちびちびと鍋のスープを飲んでいた。
「龍一、お前はどうだ?」
挙武に訊ねられて、龍一は「まあまあ」とだけ答える。皆はやれやれと肩をすくめた。
「龍一はほんとやる気あるんだかないんだか分かんないよねぇ…大丈夫なのぉ?好き嫌いばっかしてるけどぉ肝心な時に風邪ひかないでよぉ?」嶺亜がちくちくと刺してくる
「ギャハハハハハ!ほんとおめーは暗くてじめじめしてて負のオーラ満載だな!負け神落とすお祓いに行っとかなきゃな!」恵がバカ笑いでからかってくる
「まー龍一、お前にも息抜きが必要だ!今夜は俺が選りすぐりの特選R見せてやる!」勇太が下ネタでからんでくる
「龍一が不合格になると颯の虎比須高校入学もおじゃんになるわけだが…がんばるんだぞ龍一」挙武がいらんプレッシャーをかけてくる
「龍一、俺も頑張るからお前もがんばれよ!お互い笑い合おうよ!」颯はガッツポーズをする
「受かったらなんかおごってよ龍一兄ちゃん」郁はよくわからないおねだりをしてくる。
「まあとにかく平常心で挑めば大丈夫だよ。でも龍一にはそれが一番難しいかもなあ」
岸くんがまとめる。横で岩橋は微笑ましくそれを見て呟いた。
「ほんと良きパパだよね岸くん。とても同じ18歳には見えないよ。倍くらいに見える」
全員爆笑した。

75 :
受験を明日に控えた颯とその半月後に入試が迫る龍一は最後の追い込みをしている。深夜までコツコツと勉強をしていると、隣から声が漏れてくる。
「…始まっちゃったね…」
気まずそうに颯が呟いた。
「…今日くらいは遠慮してくれるかと思ったけど…」
龍一も気まずそうに呟く。そう、彼らの隣の部屋は岸くんと嶺亜の寝室だった。
「…あ…あっ…」
リアルなサウンドが壁の向こうから響いてくる。暫く聞こえない振りを貫き、心頭滅却すればの精神で集中しようと試みるも…
「あ…あぁっ!!…パパぁ…!!」
「嶺亜…!!」
無視できないほどにボリュームが大きくなっていく。岸くんが博多に出張に行っててなかなかできなかったせいもあり盛り上がってしまってるようだ。
「…今夜は一際激しいね…」
「…リビングでやった方が良さそうだな…」
「ダメだよ、リビングはさっき勇太くんが『Rオールナイだぜー!!』って大はりきりで恵くんと挙武くんを誘ってたから多分…」
「そっか…」
四つ子の兄達のそれぞれの夜を邪魔してはいけない。かいがいしく双子の弟達は勉強を切りあげることにした。睡眠も大事な受験の準備には違いない。
勉強道具を片付けようとして、颯の机の上にカラフルな折り紙が乗っているのが目についた。龍一は訊ねる。

76 :
「何それ?」
「ああ、これ?」
颯はその折り紙…で折られた千羽鶴を掲げた。先端にメッセージボードが付いている。
「陸上部の後輩が作ってくれたんだよ。受験の成功を祈って」
メッセージボードには『颯先輩絶対合格!!陸上部一同より』とあった。
「…千羽鶴ってお見舞いとかで作るもんじゃないのか?」
「まあそうなんだけど…気持ちってことでありがたくもらっておいたよ。可愛い後輩たちが作ってくれたんだし」
「後輩、ねえ…」
龍一は卓球部である。だが幽霊部員でその腕前は遊びでしか卓球をしたことのない嶺亜に惨敗する程度のものだ。もちろん、後輩の名前も顔も知らない。
「こんなのもらっちゃったらもう落ちるわけにはいかないよね。さ、ぐっすり寝て万全の体調で挑まなきゃ。龍一ももう寝る?」
蒲団を被りながら颯は龍一に訊ねる。龍一は頷いた。
隣の声が気にならないよう、二人ともヘッドホンで音楽を聞きながら眠りについた。

77 :
「颯おめでとー!!」
クラッカーが鳴り響き、爆音と紙吹雪が舞う。つんと火薬の匂いがリビングにたちこめた。
「ありがとうみんな…やりましたー!!」
颯の合格発表があり、彼は見事に虎比須高校に合格した。今日はその祝賀会である。
勇太がギターを弾き語り、岸くんが熱唱し、挙武が和太鼓で、嶺亜がピアニカで、郁がリコーダーでプチコンサートのようになっていた。龍一はタンバリンを叩いたが掻き消されてしまった。
「さあ次は龍一だな。がんばれよ!!」
岸くんに背中を叩かれ、龍一は「はあ…」とだけ答える。
「その前にぃ卒業式があるよねぇ。パパ参列するのぉ?」
「え…俺が…?保護者として…?」
岸くんは戸惑った。だがしかし颯の熱烈な要望により出席を決める。
「思い出すよなー去年の俺らの卒業式。俺なんか第二ボタンどころかカッターシャツのボタンも全部なくなっちまって最終的にベルトまで取られちまったぜ。人気者はつれーなー!!」
「勇太、事実を誇張しすぎだ。お前が自分でボタンを配って歩いたのを僕は知っている。思い出といえば僕は卒業生代表で答辞をしたっけな…」
「挙武おめーの答辞長すぎてみんな途中から寝てたぞギャハハハハハハ!!俺終わったらすぐ帰ったかんなー。誰とも写真も何も取らなかったぜギャハハハハハ!!」
「恵ちゃんらしいよぉ…。僕はぁ担任の先生がぁ号泣しながら「先生のこと忘れるんじゃないぞ!!毎月一回くらいは顔を出すんだぞ!!」って手握りながら熱弁してたの思い出したぁ」
「嶺亜、その担任って…男の先生…?」
「そうだけどぉ?どうかしたぁパパぁ?」
「いえ別に…」
「兄ちゃん達が持って帰ってきた紅白まんじゅうと瓦せんべいおいしかったなー。颯兄ちゃんと龍一兄ちゃんもよろしくー!!なんなら一年生の教室まで届けに来てくれたら俺持って帰るから」
郁のブレない食い気と、四つ子の卒業式の思い出話で盛り上がった。
そして颯と龍一は卒業式を迎える。

78 :
「あお〜げば〜とお〜とし〜わが〜しの〜おん〜…」
卒業式はつつがなく終わった。龍一はひな壇に立ちながら参列者の中に岸くんを見つけた。
当たり前だが40代が中心の保護者の中に18歳が混じっているのは違和感がありまくりで笑いそうになった。笑いをこらえていると隣の高橋凛が「龍一…泣きたい時は我慢せず泣いたらいいんじゃない?」と顔を覗きこんできた。
教室に戻り、担任教師から最後のHRで話をしてもらい、順次解散になる。門の前にはたくさんの保護者や在校生が花道を作って待っていてくれた。
「龍一、まっすぐ帰るよね?残ってても意味ないし」
凛が問いかけてくる。龍一はそのつもりだった。友達らしい友達も彼一人だし、別れを惜しむような恩師もいなければ後輩もいない。いつものように二人でぼそぼそしゃべりながら帰宅するだけである。
「颯先輩合格おめでとうございます!!俺達も来年虎比須高校受けます!!」
「颯先輩、第二ボタンください!いいえ、どのボタンでもいいです」
「高校の陸上の大会、応援しに行きます!颯先輩も時々部活見に来てくださいね!!」
門の前で、颯が後輩たちに囲まれているのが見えた。同じ双子でも颯は明るくて人あたりもいいから後輩にも慕われる。ふと見やると少し離れたところに岸くんがいて目が合った。
「龍一、もう帰るのか?」
「あ、うん…。いてもしかたないし、もう終わったし…」
岸くんと話していると、凛が「この人誰?」と訊ねてくる。簡潔に新しいパパだと答えると凛は人見知りしながら頭を下げた。
「龍一の友達だろ?一枚くらい記念に写真撮っとこうよ。俺デジカメ持ってきたから。さあ並んで」
岸くんがそう言ったが、暗い二人はやんわりとそれを断る。
「え…いや、いいです僕は写真とか苦手なんで…上手く笑えないし」
「俺も…また家で笑いのネタにされるだけだからいいよパパ…」
「んなこと言うなよ!颯とも撮っとこうよ。な?」
戸惑っていると凛が母親に呼ばれて「じゃあ」と言って帰って行く。颯はまだまだ後輩が離してくれそうになかった。
「俺、先に家に返ってるよ。じゃあパパ…」
岸くんにそう言って門を出ようとしたその時である。
「龍一先輩、卒業おめでとうございます!!」
明るい声で龍一は呼びとめられた。一瞬、自分の名前は「龍一」だったっけ…?と錯覚してしまった。同名の人がいるのかと思ったがそうではなかった。

79 :
大きな花束を持った純粋そうな少年が龍一の目の前に飛び出す。彼はその花束を龍一に差し出した。
「龍一先輩、おめでとうございます。受験もがんばってください」
これは精巧なホログラムか何かだろうか…それともドッキリ?龍一は白昼夢でも見ているのではないかと錯覚した。
「ど…どうも…」
みっともないくらいおどおどしながら花束を受け取るとその後輩はにっこりとピュアスマイルを向けてくる。そして龍一を憧れの目で見た。
「龍一先輩、D高受けるんですよね。双子の兄の颯先輩のために私立を受けずにD高一本に絞ってバイトまでするって聞きました。僕、感動しました。応援してます!」
がっちりと握手をしてきて、龍一は益々戸惑った。キラキラ眩しい眼差しに思わず目をそむけそうになる。暗黒オーラ万歳の自分とは対極にある存在だ。
龍一が何が何やら混乱を極めていると、後ろで岸くんの嬉しそうな声が響いた。
「へえ…龍一にもこんなに慕ってくれる後輩がいたんじゃないか。よし、記念に一緒に撮影してあげよう。はい、笑ってー」
龍一は家に帰って岸くんが現像してくれた写真を見た。そこには全開キラキラ笑顔の少年の横で挙動不審の自分が映っていた。

80 :
「うっそぉ龍一のことそんな好意的目線で見てくれる子なんているのぉ?からかわれたんじゃないのぉ?」
夕飯の手巻きずしの準備をしながら嶺亜は半笑いで返す。もちろん他の4つ子も大爆笑だ。
「ぜってー罰ゲームかなんかだって!!龍一のどこに憧れる要素があんだよ!!俺だったら小石投げ付けて指差して笑うね!!ギャハハハハハハ」
「おい恵、言いすぎだぞ。あーでも腹いてー!!なんか悪いもんでも食ったんじゃねそいつ。それともオ○ニーのしすぎでおかしくなっちゃったとかよー!!あとでカツアゲでもするつもりとか!」
「いやいや勇太、世の中には蓼食う虫もすきずきっていうことわざもあるぐらいだからな…。笑っちゃだめだ。笑っ…ははははははははは」
「挙武笑いすぎぃ」
さんざんな言われようである。花束の花を花瓶に移しながら龍一が暗黒に染まっていると写真を見た颯と郁が呟いた。
「これサッカー部の松田じゃん。松田が龍一のこと慕ってるの?」
「サッカー部のエースの松田元太?世の中わかんねえもんだなー。龍一兄ちゃん元太に食いもんでもあげたことでもあんの?」
件の少年は松田元太というサッカー部の二年生エースらしい。その名前を聞いて龍一は今更記憶が繋がった。
「思い出した…去年、転校してきたって話したことがある…」
龍一はその時のことを思い返してみるが大したことはしていない。学校内の案内とか、質問に答えただけである。
「俺友達がサッカー部だし、ちょっと聞いてみる。龍一兄ちゃんのどこにそんな憧れたのか」
そして郁のつてで、写真を手渡すために週末に松田元太が岸家にやってくることになった。

その2に続く

81 :
続ききてた!んんんんんんんんんん作者さん乙!!
六男の受験の行方も気になるしげんげんの登場も気になる!!

82 :
作者さん乙ー
げんげんとれあたんの嫁姑戦争…

83 :
名前欄にsage入れてしまった…恥ずかしい…

84 :
 第八話 その2
「今日はお招きいただき、ありがとうございます。これはつまらないものですが、龍一先輩が好物だと聞いたので…」
松田元太は手土産持参で岸家にやってきた。元太の友達で郁とも瑞稀を通じて仲のいい玉元風海人という少年もやってくる。極度の童顔で最初は元太の弟かと思ったが同級生らしい。
「おー!!プリンじゃん!元太お前いい奴だな!さすがサッカー部のエース。風海人、お前はなんかないのかよ!」
怖いもの知らずの郁はタメ口だったが元太の風海人も一応先輩である。
「おばあちゃんちで採れたさとうきび持ってきたよー。広い家だなーいいなー」
山盛りのさとうきびを玄関に放ると風海人は子どものように岸家を散策し始める。自由奔放なぼっちゃんだ。そして元太はと言うと…
「素敵なお宅ですね。さすが龍一先輩のお家です」
背筋を正して礼儀正しい元太に、岸家一同はたじろぐ。
「おい、なんでこんな品行方正そのもののお坊ちゃんが龍一みたいな暗くて負のオーラに包まれたネガティブ大王のことこんな慕ってんだよ」
小声で4つ子は話し始める。
「勇太…世の中には自分にないものを求める傾向のある人間がいる…元太はまさにそれじゃないのか?」
「でも挙武ぅ…求めてどうすんのぉあんなのぉ…」
「いやれいあ、考えても見ろよ。憐れみの一種じゃね?アフリカ難民に心を痛めて募金する精神と似たようなのあるんじゃね?」
ヒソヒソ話をしながら元太を見やると上品な仕草で出された紅茶を飲んでいた。風海人はというと、郁とテトリスで対戦して負けて文句を言っている。こっちはこっちでなんだか幼稚園児のようである。
「元太はサッカー部のエースなんだよね。すごいよね、転校してきていきなりレギュラーになったって聞いたけど」
颯が話しかけると元太は謙遜する。
「いえ、そんな…大したことはないです。僕はボールを追いかけるのが好きなだけですから。あと多分前世がサッカーボールだったのかと」
「俺なんか卓球部の幽霊部員だけどね…」
ぼそっと龍一が卑下しながら呟いた。空気の読めないこの発言…まさにうっとおしいの極みだ。4つ子は我が弟ながら哀れに思う。
だが元太はぶんぶんと首を横に振った。

85 :
「龍一先輩は勉強で忙しいし部活よりきっとそっちの方が大変ですよ。学年トップクラスを維持するなんてそうそうできることじゃありません。龍一先輩の方が断然僕なんかより凄いですよ」
一点の曇りもない穢れなき瞳で断言され、その眩しさに龍一は目を開けていられなかった。思わずそらしてしまう。
「龍一先輩が優しいのってきっとこんなに賑やかなご家族に囲まれてるからですよね。お兄さん達も颯先輩も、郁くんも岸くんお父さんもみんな楽しそうな方ばっかりで。うらやましいです」
「う、うらやましい?」
龍一は思わず素っ頓狂な声が出る。
何かと嫌味で絶対零度を飛ばしてくる長男、何かと怒鳴って蹴りつけてくる二男、何かと下ネタでからんでくる三男、何かと嫌味パート2でエリート意識の塊の四男、何かと回って風を起こす五男、何かと食い意地がはって人の分まで食べる末っ子…
そして何かと汗だくで頼りにならない義父…これのどこがうらやましいというのだろう。
「楽しそうな方だってー。奇人変人オブジェクションって感じだけどー」
きゃははははと風海人が笑った。こっちはこっちで的確に表現しすぎだ。
「僕は妹がいますけど、まだ小さくて…年上の兄弟がいたらなあって時々思うんです。だから龍一先輩みたいな優しくて頭が良くてかっこ良いお兄さんがいたらきっともっと楽しいだろうなって思って…」
「優しくて…頭が良くて…かっこいい…だと…?」
四つ子は笑いをこらえるのに必死だった。肩がプルプル震えている。
「じゃあ晩メシでも食ってく?なんなら泊まってけよー」
郁がそう持ちかけて、風海人と元太は岸家に泊まることになった。

86 :
今日の岸家のディナーは煮魚である。岸くんの給料日前は節約メニューになるのだ、煮魚の他はかぼちゃのソテーとほうれんそうのおひたし、そして卵焼きだ。
「粗末な食事ですけどぉ」
「いえ、凄くおいしそうです。いただきます」
礼儀正しく手を合わせ、上品な作法で元太は食している。その横で郁がガツガツ、恵がぼろぼろこぼしながら食べていた。岸くんと勇太は卵焼きの取り合いをしている。颯はほうれんそうにケチャップをかけ、卵焼きに納豆をかけて食べていた。龍一は恥ずかしくなった。
「龍一ぃ、好き嫌いしたら元太くんに幻滅されるよぉ」
卵焼きをどけようとすると早速嶺亜の絶対零度が飛んでくる。龍一は硬直した。
「卵焼き嫌いなんですか?龍一先輩?」
「…うん…まあ…」
「だったら僕が食べます。卵は食べ過ぎるとアレルギー反応起こしますからね。健康に気を遣ってらっしゃるんですね。僕なんかどうしてもアイスが好きな誘惑に勝てなくてつい食べ過ぎちゃうんです」
「…」
龍一は開いた口が塞がらなかった。本来ならこれは呆れてものが言えない、という例えなのだがそういう意味ではない。単純に驚いたからである。
この菩薩のような笑みは一体どこからやってくるのだ。不思議で仕方がなかった。こんないい子がなんでよりにもよって自分なんかを慕ってくれるのか…
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。あ、食器洗います」
綺麗に全部たいらげて、元太は皆の分の食器まで洗い始めた。その後ろ姿を複雑な気持ちで岸家一同は見ながら思う。

87 :
「あの子…龍一がただの暗くてネガティブで負のオーラの申し子で家族からも大自然からも虐げられてる惨めな勉強だけが取り柄の残念すぎる宇宙の異端児だってこと知ったらどう思うんだろう…」
岸くんは思わずぽろりと零した。それは言いすぎだろと龍一がつっこもうとすると嶺亜も溜息をつく。
「完全にフィルターがかかってるもんねえ…可哀想にぃ…」
「人を見る目なさすぎじゃね?あいつ。結婚詐欺とかに遭わなきゃいいけどなギャハハハハハ!」
「一晩たってこの家を出る頃にゃ偶像が破壊されて人間不信に陥るんだろうな…」
勇太が首を横に振り、目を閉じる。挙武も天井を仰いで手を合わせた。
「僕達にできることはせめてあの純粋な少年が早く立ち直ってくれることだけだな…」
「龍一…ここは何が何でも受験合格するしかないよ。そしたら少しは見直してもらえるかも。俺も協力するからね」
颯は龍一の肩を抱いた。
「ちょ…なんで颯まで…」
さんざんな言われよう似龍一が顔をひきつらせていると郁がさとうきびをかじりながら風海人と見解を述べていた。
「元太はねー、いい奴なんだけどねー。思いこみの激しい部分があるっていうかーいいように受け取るとどこまでもそのイメージで膨らましていくからねーちょっと変わってるよねー」
風海人は風船を膨らませながら言った。中学二年生か小学二年生か良く分からなくなっている。
「じゃーさ、龍一兄ちゃんがただのネガティブ自我修復野郎だって分かったらどうなっちまうの?」
郁はさとうきび5本目に突入した。そして全員顔を見合わせる。
「…どうなっちゃうんだろうな…」

88 :
「…」
龍一は風呂に浸かりながら悩む。元太が自分に対しいいイメージだけを膨らませてしまっているが、それを維持できる自信がない。何せ美形でモデルスタイルな上に頭が良いという三大神器を持っていてもなおそれを軽く凌駕してしまう負のオーラが自分にはあるからだ。
誇れることは街に出る回数の少なさ…歩けば迷子、カツアゲの格好の餌食、見知らぬおばあちゃんにゴミを渡されるほどの不憫さ…自分で見出しておきながら湯船に沈みたくなる。
「…どうしようもない…だって俺は龍一だし…岸家の不憫の六男だし…」
そんな諦めすらやってきた。どう着飾ったって無理だ。所詮それは付け焼刃ですぐにボロが出る。
まあ幻滅されたらされたで今まで通りの人生なんだし、その不憫な人生の中でほんの数日間後輩に慕われるという気分を味わっただけでも良しとしよう。龍一はそう結論付けて風呂をあがった。
「あ、龍一先輩、お風呂あがったんですね。僕、先に入らせてもらって…すみません」
廊下でパジャマに着替えた元太とすれ違う。爽やかな好少年そのものである。
「いや…あ、何か飲む…?」
飲み物を取りにリビングに入ると勇太がドラムロールを口ずさんでいた。そして元太に歩み寄り方を組んだ。
「よし元太!今日は岸家お泊り記念としてこの勇太様がお前に大人の階段を一歩登らせてやる!何、遠慮すんな。可愛くない弟の後輩のためだ!今夜はとっておきの上映会だ!」
「上映会…映画か何かですか?」
龍一は嫌な予感がした。まさか…
「映画じゃねーよRだよ!お前どんなジャンルがお好みだ?ほれ言ってみろ。俺のコレクションはすげーぞ大抵は網羅してるからな!」
「R?R機器に関するDVDですか?良く分からないんですけど…」
「元太お前おもしれーな!よし、ここはいっちょいきなりのス○トロ行っちゃうか!レッツパーリナイ!!」
勇太は威勢よく叫んでパッケージを元太の目の前に掲げようとした。
「げげげげげげげげげげげげんたくん!!!!俺と一緒に部屋でオセロでもしませう!!そうしよう!!なんだったらルービックキューブもあるから!!!」
間一髪、スカ○ロRのパッケージが元太の目に触れる前に龍一は彼の救出に成功する。こんな純真無垢な穢れを知らない純粋な少年があんな下衆の極みのようなものを見たら幻滅どころでは済まない。断固阻止だ。

89 :
「せ、狭い部屋ですけど…!」
龍一は自分の部屋のドアを開けて元太を招き入れる。すると突如台風のような暴風が轟いた。
「うおおおおおおおおお虎比須高校待ってろよおおおおおおおおおお朝日、因縁の決着を付けるよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
「ふ、颯…」
中では颯が尋常ならざる勢いでヘッドスピンを繰り返していた。中心は何ヘクトパスカルあるか計り知れない。アメリカのハリケーンもびっくりの風が8畳間で起こっていた。
「ちょ、ちょっと扇風機の調子が悪いみたいだから…郁達と遊ぼう…」
元太をあんな暴風域に入れることなどできない。階下に降り、龍一は郁の部屋を訪ねた。
「郁、風海人くん、一緒に人生ゲームでもやらな…なにやってんだ?」
中に踏み込むと、部屋中にさとうきびの皮やら何やらが散乱していた。
「何って見りゃ分かんだろ?風海人が持ってきたさとうきび加工して砂糖にする準備してんだよ」
「さ、さとうきび…」
「めんどくせーけどこれが砂糖になるんなら俺はエンヤコラだよ。でもよー風海人、次はマンゴーかパイナップルにしてくれよなー」
「はいはい。考えとくよー。ていうかさー俺一応先輩なんだけどさーいい加減敬語にしてくんない?」
郁と風海人はせっせとさとうきびの皮を剥ぐ。
「はっくしょ!」
元太が可愛らしいくしゃみをした。彼は鼻をすすりながら
「すいません龍一先輩。僕、植物の花粉とかに弱いので…」
「あ、そ、そうだね。じゃあそうだ、挙武兄ちゃんに宿題でも教わりに行こう…」
この際仕方がない。龍一は妥協して挙武の部屋をノックした。寝ていたらどやされるがまだ就寝時間でもないし起きているだろう。

90 :
「挙武兄ちゃ…」
ドアを開けるといきなり顔の横をひゅんっと空気が掠めた。
「…へ?」
龍一の目の前には軍服に身を包んだヘッドライト…じゃなくて挙武がライフルのようなモデルガンを構えていた。
「おや龍一、危ないじゃないかいきなり入ってきたら。これはモデルガンとはいえ当たると内出血レベルの怪我をする超強力モデルガンだぞ。ちゃんとノックして入ってこいよ」
なんか目がイっている。まさか…これは…
「ようく見ろ。このハリウッド仕込みのガンスタイルを…フフ…フフフ…シュワちゃんもびっくりだこれは…!!」
陶酔しきった表情で挙武はモデルガンを乱射してきた。彼はこうして時々ハリウッド映画の世界に浸る。そうしている間はなんぴとたりとも正気には戻せない。だからそうなると誰も挙武の部屋には近寄らないのだ。
「い、痛い!挙武兄ちゃんやめてくれ!元太くんに当たる!いて!いててててててて元太くん逃げて!逃げてくれえええええええ」
死にそうになりながら元太をかばいつつ無我夢中で隣の部屋に逃げ込むと、いきなり何かが足にひっかかって派手に転倒した。
「いって…」
呻きながら身を起こすと、龍一は硬直した。
「てめ…今まさに最後のボスが仕留められようとしていたのによ…」
ゆらりと目の前にその人物がたちはだかる。それは恵だった。
恵はオンラインゲームの最中だった。起きている時間は大抵これに費やしている。まさに廃人一歩手前の彼はここ一カ月夢中になっていたオンラインゲームでようやく最後のボスまでたどりつき、あと一撃でクリア…というところでその夢が絶たれる。
龍一がパソコンのケーブルに引っ掛かり、それが本体からひっこぬかれてしまった。画面はフリーズしている。
「け…恵兄ちゃん…とんだ粗相をいたしまし…」
最後まで言い終わらないうちに龍一は恵の蹴りを連続で喰らう。瀕死の状態で元太を連れて部屋に戻るとようやくヘッドスピン台風はやんでいて、はりきりすぎた颯はもう寝ていた。

91 :
「元太くん…疲れただろう?俺のベッドで寝ていいから…」
もう気力も何もかもごっそり奪われた龍一は二段ベッドの下段を指差す。自分はタオルケットにでもくるまって寝ようと押入れから蒲団を出した。
「でも龍一先輩、僕はお邪魔している身ですから。先輩はいつもどおりベッドで寝て下さい。僕そっちの布団でいいです」
元太は遠慮するが龍一は首を横に振った。
「いいよ。俺はいつでもどこでも寝られる人だから。おやすみ」
「本当に先輩って優しいですね。大事な受験を控えてるのに泊めてくれて色々とお世話してもらって…。先輩みたいな人と出会えて僕、良かったです」
「いや…俺はそんな…そんな風に言ってもらえるような人間じゃ…」
「受験頑張って下さい。龍一先輩なら絶対合格です」
ぺこりと頭を下げて、元太はベッドに入って行った。
龍一は少しだけ嬉しくなる。誰かに好意的に見てもらえたり、褒めてもらえることがほとんどなかっただけに最初は戸惑ったがなんだかそれもいいもんだな、と思った。
がんばろう、という気力が不思議と沸いてくた。誰かに期待されるというのは義務感や使命感よりもパワーが沸いてくるようだった。
「うん。がんばるよ。絶対合格してみせる。おやすみ」
元太にそう誓って、龍一は蒲団を被った。
「あ、すみません。お手洗い貸してもらっていいですか?」
電気を消そうとすると、元太が起き上がって言った。龍一は二階の手洗い場の場所を教え、彼は部屋を出ていった。

92 :
用を済ませた元太は龍一の部屋へ戻ろうと廊下を歩く。階下から誰かの興奮気味の声が聞こえてきたが気にせず進む。
岸家は広い。何せ岸くんと7人の兄弟達が住まう邸宅である。部屋数は6つもあり初めて訪れた元太にその詳しい間取り図は頭に入っていない。
だから部屋を間違えてしまうのも無理はなかった。廊下は薄暗いし、部屋のドアは全て同じものだったからパッと見では区別がつかない。
結論から言うと、元太は戻るべき部屋を間違えた。龍一の部屋の奥隣のドアを開いてしまったのである。そこは岸くんと嶺亜の寝室だった。
元太はドアを開けた。そこで目に飛び込んできた光景は彼の純白の穢れなき世界からは想像もつかないものであった。
「龍一先輩のお兄さん…とお義父さん…が、裸で…プロレス…してる…」
そう、嶺亜と岸くんがコトの最中であった。そりゃもう盛り上がりに盛り上がってその夜はまた一段と激しくサカっていたのである。
水を飲みに部屋を出た龍一が見たのは岸くん達の部屋の前で真っ白になった元太と、汗だく涙目の岸くん、何事もなかったかのようにパジャマを着て寝る(寝たふりをする)嶺亜だった。
そして夜が明ける…

93 :
岸家の朝は賑やかだ。朝食はいつも郁に奪取されまいと必死に皆が食べる。モタモタしていると自分の分がなくなるからだ。
「ふぁ…」
元太は目をこすっていた。かなり眠そうである。それを訊ねようとすると颯が首を左右に振りながら
「昨日、龍一の寝言凄かったよ。俺は慣れてるけどそれでも気になったもん。元太くん、寝れなかったんじゃないかな」
「ね、寝言…」
龍一は忘れていた。自分の寝言がひどいことを。そしてそれは精神状態に大きく左右される。昨晩は嶺亜と岸くんのニャンニャン現場を目の当たりにして石化した元太を抱えてベッドに乗せたからその心労が響いていたのだろう。
緩慢な動きの元太はかろうじて残っていた食パン一枚を食すと、お礼を言って玄関に立った。
「元太くん…なんとお詫びしてよいやら…何もおかまいできませんで…」
もう二度と彼はこの家を訪れることはないのだろうな…と龍一はわびしさと共に確信する。ほんの数日、後輩から慕われた。その気分を味わえただけでも15年の人生の光となるだろう。諦めとともに龍一は元太を見送った。
「龍一先輩…」
元太は、目を細めるとまじまじと龍一を見つめる。
そしてこう言った。
「先輩は、本当に凄い人ですね…。あんな家族を抱えてそれでも勉学に勤しんで努力してらっしゃるなんて…」
「…え?」

94 :
「僕ならとてもまともでいられる気がしません…。殴る蹴るの暴行に耐え、モデルガンでの襲撃に耐え、R責めのセクハラに耐え、食べ物を根こそぎ奪われる飢餓に耐え、部屋が度々暴颯域に巻き込まれる苦難に耐え、
果ては実のお姉…兄さんとお義父さんが道ならぬ関係に染まるという現実に耐え…。僕は本当に龍一先輩のこと尊敬します。龍一先輩の抱える苦脳を思えば、僕の悩みなんてちっぽけなものにすぎないんだって…
そう、どうしたら山田くんのようになれるか思い悩む日々なんて龍一先輩に比べたら…」
元太は涙ぐんでいた。そして龍一の手をがしっと握る。
「僕、先輩のこと応援してます。何か僕でお役にたてることがあったらいつでも言って下さい…!」
ぶんぶんと手を振って、笑顔全開で元太は去って行く。
何が何やら狐につままれたような感覚であるし、誤解…というほどでもないがそれに近いものを元太に抱かれたままなのはいささか心苦しかったがもういいや、と龍一は思う。
この世にたった一人でも自分を慕ってくれる存在がいるというだけでなんだか自信が沸いてくる。この調子で受験も成功しそうな気すらしていた。
「よし…やるぞ!!」
三日後に控えた高校受験本番に万端の準備で挑むべく、龍一は踵を返した。そして意気揚々とリビングに戻ると…
「てめ龍一!!俺の分までプリン食ったのおめーだろ!!楽しみにとっといたのによ!!卵嫌いなくせしてプリンは好きとかふざけんな!!お前はチーズ嫌いだけどピザは好きな作者かってんだ!!」
いきなり恵がとび蹴りをくらわしてきた。続いて勇太が四の字固めをかけてくる。

95 :
「龍一!俺の命より大事な痴漢電車モノRのパッケージどこにやった!?お前ぐらいしかいねーだろあんな変態モノ見て悦ぶの!さっさと出せ!!」
「ちょ…知らな…」
痛みに喘いでいると、挙武が溜息をついて嫌味をかましてくる。
「やれやれ…受験本番も間近だというのに呑気なものだな…まあ落ちたら中卒で住み込みで出稼ぎに行ってもらうだけだけどな…」
「龍一…俺の入学が痴漢電車モノでおじゃんになるとかそんな殺生な話ってないよ…」
颯が涙ぐむ横では何故かまだいる風海人がスーパーマリオをしながら郁に同情の声をあげる。
「なー郁、お前の兄ちゃんって卵が嫌いでプリンが好きな痴漢電車モノが好きで出稼ぎに行く変態自我修復野郎なん?お前大変だなー」
「まーよ、今に始まったこっちゃねーからなー。こんなどうしようもない兄貴だけど嫌いなもん俺にくれるしどうしても腹減った時は強奪できるしそれはそれで利用価値もあんだよ」
「お前大人だなー。見た目だけじゃなかったんだなー」
「まーな。瑞稀もそこんとこ分かってくれるといいんだけどよー」
「…」
折角生きる希望を見出していたのに挫けそうになる。もう何も考えず勉強だけして三日後の受験に少しでも影響を及ぼさないようにしなければ…

96 :
龍一が瀕死のハートを引き摺って自分の部屋に戻ろうとすると、肩を叩かれる。
振り向くとそこにはにっこり笑った嶺亜がいた。天使の微笑みを湛えている。
嶺亜が自分に笑顔を向けてくるなど何年ぶりだろう…絶対零度か蔑んだような冷笑か睨まれた記憶しかない龍一にとってそれは一片の救いをもたらす…はずだった。
「龍一ぃ…今度連れてきたお友達に僕達の部屋間違って開けさせたら特大のおしおきするからねぇ」
目の奥は当然というか、全く笑っていなかった。後ろで岸くんがあたふたとしていたが頼りにならないこの義父は「き、気をつけてね。もうやらせてもらえなくなるから…」と呟くばかりだった。
そして満身創痍で龍一は受験に挑んだのだった。



つづく

97 :
乙です!規制でなかなか書き込めないけど見てるよ!
作者さんの書く岸家の日常風景が好きだ
無事にサクラ咲くといいね

98 :
日曜ドラマ劇場 岸くんの憂鬱

岸優太(17)は悩んでいた。
最近…いやかなり前から自分を取り巻くこの環境に悩んでいた。俺は一体どうすればいいんだ。誰か道標を照らしてくれ、そんな思いだった。
今日も岸くんは悩む。さっそく悩みのタネの一つがお出ましだ。
「ゆーたんゆーたん!」
リハ会場で一人ごちていると神宮寺勇太がやってくる。小走りで駆けより岸くんの隣に座った。
「ゆーたんはやめろよ…お前だってゆーたんじゃん」
「じゃあ俺のこともゆーたんって呼んでいいよ!呼んでみてくれよ、さあ!」
カモン、と神宮寺は両手をクイックイッと曲げる。岸くんはそれを苦笑いしながら持っていたカレーパンの残りを口にした。
「あ、ゆーたん指にカレーついてる。きったねー」
「いいんだよ後で洗うから」
「いや洗わなくてもいいよ。こうすればほら」
神宮寺はなんとカレーがついた岸くんの指をしゃぶってきた。職業チャラ男の名が泣くぞ…と岸くんが言おうとするとしかしいきなり神宮寺はシリアスな面持ちになった。

99 :
「今はさー…岩橋との仲良しアピールしなきゃなんないけど…俺が本当に好きなのはゆーたんだってこと、分かってくれるよな」
岸くんはどきりとした。神宮寺のその横顔はあどけない少年そのものだ。最近背が伸びてきて類人猿化が進んでるとか言われているが元々神宮寺は女顔だ。女装すればそれなりに…いや、かなり可愛いに違いない。
岸くんは想像してみて唾を飲んだ。
「おっと打ち合わせの時間だ。じゃあゆーたん俺行ってくるぜ!」
投げキッスをして神宮寺は立ち去る。複雑な気持ちでその背中を見送り、見えなくなったのを確認すると岸くんは廊下を歩いた。
「あ、岸ぃ」
呼びとめられて振り向くとそこには中村嶺亜が微笑んで立っていた。
「嶺亜…どしたの?」
「岸ぃもうお昼ご飯食べたぁ?」
「うん。パンだけど…もう済ませたよ」
答えると、嶺亜は上目遣いで見つめながら近寄ってくる。最近前にも増してフェミニン化が著しい。松倉が「いつも女の子に見えてしまう」と言うわけだ。

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★スレ立て人キャップ
★2ch.scニュース系板観測所