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2013年06月なりきりネタ236: 【TRPG】Soul Tamer(ソウルテイマー) (143)
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【TRPG】Soul Tamer(ソウルテイマー)
1 :2013/03/15 〜 最終レス :2013/06/07 人々が鉄砲や大砲を手に、大海原に船を出し、新天地を求める時代。 世界には「獣士」と呼ばれる化け物使い達がいた。 彼等は「有魂獣」と呼ばれる特殊な魂を持つ化け物達を「自らの手で」殺し、その魂を吸収する事で、「復元獣」としてその化け物を使役する能力を持っている。 世界の王達は彼等の力を厚遇し、「獣士」達は各地で引く手数多となっていた。 しかし、ある時世界に危機が訪れる。 正体不明の怪物、「無魂獣」の出現である。 強力な力を持ち、殺されると黒い燐光となって消えると言う以外共通した特徴を持たない無魂獣達は、なぜか他の生物に圧倒的な敵意を抱いていて。 各地で群をなし、まるで異世界の軍隊のように世界各地に侵攻してきたのだ。 強力な無魂獣達に対抗すべく、世界の王達は国際同盟軍を結成、それと同時に、希少な「獣士」達を効率的に運用すべく、獣士ギルドを作り出し、その運用に努めた。 これは謎の生物無魂獣を相手に活躍する、「獣士」達の物語である。
2 : 【世界観説明】 ○有魂獣 特殊な魂を持つ怪物。通常の生物とは区別され「調教」によって使役することも可能。 獣士に殺され、魂を吸収されると白い燐光となって消滅する。 ○復元獣 獣士が自らの手で倒した有魂獣を生前の姿で再生したもの。自由に召喚出来、獣士の意のままに動く。一人一体まで。 再生した際、「獣士が負わせた傷」は完治している、が 獣士以外の生物(人間以外含む)及びと殺した獣士の物であるなしに関らず復元獣がつけた傷は治らない。 罠や自然現象を利用した場合、罠の設置や自然現象を使う算段を全て獣士が単独で行う必要がある。 ○獣士 有魂獣を使役し、復元獣を操ることも出来る能力者。要因は不明だが先天的な才能が必要。 ○無魂獣 世界各地で発生している正体不明の怪物群の総称。自らの命が尽きるまで他の生物を殺し尽くし、喰い尽くす。 姿は多種多様、Rと黒い燐光になって消滅する以外に共通点は無い。 【ローカルルール】 @ 超越、版権、パロディ禁止。ただし、意図せず似てしまったり名前が被ったりするのは仕方が無い。 A 5日経過して次の順番の人間が書き込まなかった場合、飛ばして書くこと。飛ばされたキャラはプレイヤーが戻るまで以後NPCとするが、基本的に必要最低限以外動かしてはいけない。 B 決定リール無し。 【テンプレート】 名前: 性別: 年齢: 身長: 体重: 容姿: おいたち: 備考: 使用復元獣: 使用復元獣の元となる有魂獣をどうやって倒したか:
3 : ぶっちゃけ、説明不足で何をどうやれと言うのか伝わってないんじゃね
4 : エメリッヒ辺境伯領には名も無き森がある。 エメリッヒ伯によって厳重に警備され管理されているその森には、年に数人が迷いこむことが有った。 迷い込んだ森から帰ってきたものはここ数十年に迷い込んだ数十人の中で、数人だ。 その戻ってきた数人も瀕死の状態で戻ってきたのであり、その後息を引き取った例が大半を占める。 一説には恐ろしい獣が居る、噂には醜悪な毒虫が居る、信頼出来る情報筋からは致命的な毒草が生える。 そのような物騒な噂がつきまとう土地故に、エメリッヒ辺境伯家は常にその土地に人が入り込まぬように警戒し続けてきた。 だが、その土地に人が足を踏み入れる時がある。エメリッヒ家の子息、子女が十五の歳になった時だ。 森の入り口で一泊する程度であるが、ここで一晩生き延びる事がエメリッヒ家の跡継ぎには欠かせない儀式となっている。 歴代の跡継ぎの中で死亡する者も居たが、死んだならばそれまでのこと。丁重に葬られるだけだ。 国境であるエメリッヒ辺境伯領を収める領主になるならば、この程度の試練を乗り越えられる者でなければ務まらないというだけの話。 そして、その森の入り口に今、一人の少女が立っていた。 一言で表せば、――儚い。 蒼白な、蝋のように真っ白な肌に、極上の金糸を思わせる髪、深い感情を湛える琥珀の瞳。 華奢な手を覆う白い長手袋も、乗馬服に覆われる棒きれのような四肢、胴体も。 全てがこの少女が辛うじて生きている存在である事を如実に示していた。 間違いなく、死ぬ。入り口まで彼女を送り届けた若い騎士は、そう思っていた。 それでも、言わなければならない。此処から先は一人で行け、と。騎士は息を深く吸い、意を決して口を開く。 「ペトラお嬢様。此処よりは我々には手を出せぬ領域です。 今晩から日が昇るまで、ペトラ様はこの森の中で過ごしていただくこととなります。 ……あの、お嬢様。逃げても、その――――」 「そこから先は野暮というものよ、マルコ。そもそも、私に死ぬ気は無いわ。 お父様もお母様も、アレクシアに家を継がせたいみたいだけれど。あの子には平和に暮らして欲しいの。 それに、貴方も知ってるでしょう? 私は人望が有るの。貴方や、貴方のお父様、警備兵の方々も。 皆、もし私が生き延びたら近衛になってくれるって約束でしょ。私、命令するの大好きなのよ。 だから、私は生きて帰ってくる。――マルコ、徹底的に歓迎の準備をしてくること。 生きて戻ってきたなら、流石にお父様もお母様もお医者様も、思う存分お菓子食べても怒らないでしょうし、ね? 極上のお菓子を用意しておきなさい。片っ端から平らげてあげるから。当然、紅茶も最高のものを用意すること。 それが、次期エメリッヒ辺境伯からの命令よ。さあ、屋敷に帰りなさい」 騎士の言葉を遮り、少女は色の薄い唇を笑みの形にして、虚弱な体躯からは想像もつかぬ強靭な意志を携えて。 騎士の背中を言葉で叩き、振り返ること無く森の中へと足を進めていく。 後ろでは騎士の鎧が擦れる音。敬礼の構えをとったまま、騎士は少女が森の中に消えていくまでその構えを解かなかった。 少女は、土を踏み、草を圧して先に進む。暗闇を照らすのは明け方まで持たないだろう心細いカンテラだけ。 「……お父様もお母様も。私の力はきっと知らない。 ここに居るのは分かっているのよ。私は、貴方と出会うために生まれて、此処に来た。 貴方を手に入れるまで。私は、朝が来ても戻らないわ。――さあ、かかってきなさい、有魂獣[ビースト]!」 白い喉から吐き出される、か細いながらも清冽な戦意を感じさせる少女の叫び。 この少女、生き延びるどころか、ここで力を得るつもりだった。少女は、獣士なのだ。 ある日、唐突にそれを理解した。そして、強い運命を窓から覗く昼も夜も暗い森から感じていた。 長らく待ち望んでいたのだ、若干十五歳の身で少女は己の死地を望んで此処に立っていた。
5 : そして、その叫びに応える音が有った。ぶぅん、という背筋に寒気を感じさせる羽音が少女の耳元で聞こえて。 瞬間。左目で熱が弾けた。 「ぎ……ィ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああァッ!? 痛いッ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! や、だ……ッ、いや、い……ッ、うああああああああああああああああァ! ぎ、あ……ッ、う……ッ。 ……う……ぁ……い、やだ……、死なない……って」 手に感じたのは、熱。右目の視界には真紅が映っており、それが血であると理解する前に、少女は痛みを理解した。 生命の危機を少女は感じて、地面にカンテラを落として、膝を付いて蹲る。 泣き叫ぶ声は徐々にうめき声と啜り泣きに変わった。そのまま、毒に侵されて死ぬのだろう。 そう誰もが思う。少女ですらそう思った。だが、カンテラの火が燃え広がっていく中で、少女は照らされたそれを視界に収めた。 黄金色に輝く、気高き女王の姿を。 ――美しい。激痛で朦朧とする意識の中で、少女は呆然としながらそう思わざるを得なかった。 容赦をせず、敵を叩き潰し、補食し、群れを守る。その姿に、美を感じるほかなかった。 そして、これが己の求めるものだという事を少女は強く理解して。この痛みも、それを手に入れるためならば、必要な物だと分かった。 「ぐ……ッ、あああああああああああああああああああああああああッ!! 舐めるな……! 私は、ペトラ=エメリッヒ。エメリッヒ家次期当主の、ペトラだ! 貴方達の数百匹手玉に取れずに、どうして領地を収められる、国境を守れる! もう一度言うわ。その小さい頭で理解できるか、わからないけれど。――相手をしてあげる、かかってきなさい」 右手には血と毒にまみれた白い何かが握られていて。少女の視界には左目から来る情報が失われていた。 地面にそれを投げ捨てて、少女は近くの木の枝を拾い上げて、落としたカンテラで広がった火に枝の先を触れさせた。 燃え上がる木の枝。火の熱によってじりじりと距離を取り始める蜂の群れ。 それを尻目に、燃え上がる樹の枝を数本生産し、地面に突き刺しておいた。 「……焼け死になさい、一緒に焔に身を投じるつもりはないけれど。 貴方達の命は、この私が丁重に支配して、有効に活用してやるわ」 そう呟くと、右手の手袋を脱ぎ、丸めて眼窩に詰めて血止めとして。 壮絶な笑みを浮かべながら、死に近い少女は死地の中で最も死の来い場所に駆けていく――生きるために。 ただ生き延びたとしても、いつ死ぬかもわからない、力のない領主など必要とされない。 己が己として生きるためには、ペトラ=エメリッヒである為には。目の前の蟲の力が必要だ。 だから殺して、だから奪う。己の全てを、ここから始めるために。
6 : 火の紅が夜の黒に線を引いた。 蟲が数匹、地面に落ちた。熱に焼かれて死にゆく虫達。 黒の濃い所に紅で色彩を加える度に、数匹が逃げきれず消えていく。 だが、それでも幾度も虫は少女に特攻し、傷をつけていき、毒で少女の体を蝕んでいく。 「は……ッ、は……ァ……ッ! ま、だ……、諦めない、わよ……、最後の一匹まで、全員……! 殺し尽くすッ」 体の随所を腫れ上がらせながら、荒い息を吐いて少女は膝を震わせながら立ち上がる。 次第に空は白んでいき、日の出の到来を予感させつつ有った。 虫の群れは、あと僅か。少女の視界の先には、ひときわ大きく美しい、一匹の蜂の姿があった。……女王だ。 女王は、羽音を響かせながら少女の目の前――3m程の距離に浮かび、他の蜂を下がらせた。 理解する。これは決闘だ。全霊を掛けて向かった己に、相手が直接ぶつかるに足る相手だと思ったのだと。 笑った。火の着いた棒を傍らに投げ捨てる。ぼう、と枯れ草の山に投げ込まれた棒はぼうぼうと火炎を広げつつ有った。 腰に刺してある特注のレイピアを震える右手で引きぬいて、構えを取った。 「……キュベレー。あなた女王だし、子沢山だから。 群れと森を守った女王に、名を授けるわ。そして、名と引き換えに私は貴方の命を奪う。 決闘を申し込むわッ!」 左手の手袋を地面に叩きつけ、一騎打ちの意志を蜂の女王に示した。 そして、再度構えを取って――沈黙。 白む空に、段々と日が登っていく。陽の光が森の広場に差し込みだした、その時。 状況は動いた。一瞬だった。 結果は――、少女が地面に倒れこむ事で示される。 「…………」 大の字で地面に倒れ込んだ少女は、虚ろな目で空を見上げて。 太陽の光に、原型を留めないほどに腫れ上がった右腕を伸ばして。 「左目と、右腕一本。どうせ役立たずの枯れ木みたいな腕だもの。呉れてやるわ」 嬉しそうに笑い声を零して、上半身をゆらりと起こすと、近くの枝を口に咥える。 左腕でレイピアを握りしめ、近くにある火を確認した上で。 少女は、銀色を。 明け方、騎士が森の入り口まで足を伸ばした。 死体の回収をしにきた若い騎士は、森の入り口に倒れこむ影を見た。 ああ、痛ましい。そう思い、騎士は思わず手元で十字を切りまでした。 そして、近づいた騎士はうつ伏せに倒れる少女を抱き上げて―――― 「……疲れた。甘いものをよこしなさい、命令よ」 腕と目を失った少女は、にかりと笑みながら騎士の頬を抓りあげるのだった。 そして、その少女はのちに辺境伯となり、領地の発展と防衛に寄与するのである。
7 : …………………… ……………… ………… …… 「……と、まあそんな感じじゃの。儂の若い頃の話なぞ、聞いても詰まらないだろうにのう」 白い髪、琥珀色の瞳、蒼白な肌に華美過ぎない程度に豪奢かつ動きやすいドレスに身を包んだ少女が居た。 そこは、温室なのだろう。色とりどりの花が咲く室内庭園は、時折羽音を立てて大きな蜂が飛び去っていく。 紅茶を一口すすり、クッキーを一口齧り、もう一個とばかり小さな左手を伸ばせば、同じく小さな手にぴしゃりと遮られた。 「甘いもの食べ過ぎちゃダメってお医者様に言われてるでしょう、大婆様。 それにしても、いつ聞いても嘘みたいな話です、ペトラ婆様。 私も今年の春にはあの森に行かなければならないのですけど……、本当に大丈夫なのですか?」 少年だった。外見で言えば、恨みがましげに少年を睨む少女と同じ程度の年齢だろう。 顔立ちは良く似ており、兄妹と言われてもおかしくはない程度には血縁関係を感じさせる。 不安げに少年は少女を見れば、少女はにんまりと笑顔を浮かべて。 「ぬっははは、問題なかろう。あそこの主こそ、儂の下僕たるキュベレーじゃからのう。 主を失ったあの森に、さしたる危険はなかろうよ。無魂獣も有る以上、儂の頃と違って精鋭も付く。 今年の担当はマルコの息子だったか。筋が良いと褒めておったぞ、お前さんの事をな」 高笑いを浮かべつつ、心配ないだろうと少年の背中を叩いて。 ふと温室の窓から外を眺めれば、慌てた様子で此方に走ってくる老騎士の姿があった。 只事ではなさそうなその様子に、またも少女はにまりと笑んで。 「やれやれ、マルコも儂を隠居させるつもりは無いようじゃの、あやつもそろそろ大人しくしたい年頃だろうに。 まあ良い、獣士ペトラ=エメリッヒの戦いには興味が有るじゃろう?ゲオルクよ。 次期エメリッヒ伯を次ぐならば、見ておいて損は無いだろう。馬は上達したそうだし、儂を載せて早駆けでもして貰おうかの。 さて、あの老体を走らせるのも酷というものじゃ。儂らから出向こうとしようかの――――ぬはははははは!」 高笑いを響かせながら、白髪の少女は金髪の少年の袖を引いて、温室の扉を出て行った。 ここから先、この少女(?)はどのような物語を紡いでいくのか。それは、神すらもあずかり知らぬ事だろう。
8 : 名前:ペトラ=エメリッヒ(Petra=Emmerich) 性別:女 年齢:48歳 身長:147cm 体重:38kg 容姿: 艶の無い白髪に蒼白な肌で10代の少女めいた外見。眼の色は琥珀色。 鎧を着込める程の体力と筋力が無い為、糸状に伸ばした金属を織り込んだドレスを着ている。 ドレスは数種類有るが、基本的に露出は少なく、右手から肩にかけては常に覆い隠している。 腰には特注のレイピアを帯剣しており、右腕は木製の義手。左目には革の眼帯。 胸元には蜂の死骸を取り込んだ琥珀を使用したブローチがある。 おいたち: とある王国の辺境伯。自然が豊かであるゆえに攻めこまれやすい地域の生まれである為、幼少時から剣技などを叩きこまれてきた。 一族の当主は継承の儀として城の付近にある森にて有魂獣と闘う事を義務とされており、その際に左目と右腕を失った。 もとより酷い虚弱体質であり20にはなれぬだろうとされていたが、毒に冒されたショックかなのかその後は大きな傷病を受けることは無かった。 妹が居り、そこでペトラがRば妹が家を次ぐことになっていた様だが、結果として生き延びたため賛否ありながらも当主の座に居る。 なお、未婚。当主であると同時にかつては辺境守護の将軍も担っており、その実力は折り紙つき。周辺地域では女王蜂やら魔女やら物騒な異名で呼ばれている。 有魂獣との戦い以降、外見上の老化が殆ど見られないため、魔女裁判に掛けられたことも有るが、尽くを叩き潰して今まで生き延びている。 身体能力は極めて低く、鎧を着たならば歩くことも不可能な程。現在では杖を持ち歩いているが、まだ足腰はまともな様子。 それでも技術面では高い技量を持っているため、10分程度であれば体捌きや戦術などで一流の剣士と渡り合う事も十二分に可能な実力は有る。 弱いが酒が好きで、一日に食べて良い量が決められているがついつい甘いものを食べ過ぎてしまう悪癖がある。タバコは吸わない。 戦闘時は蜂の群れを召喚し、多数相手には群れで飽和攻撃、大型相手には弱点を探りつつ一点集中といった戦法を好む。 備考: 10分以上の全身運動は肉体に大きな負荷を掛ける。後に寝込みかねない。 鎧が着れない。正しくは着ても歩くことが出来ない。 一日にケーキは半個まで。酒は一杯まで。肉類の食べ過ぎは厳禁。 『細剣アパラジタ』 針のように細い刀身を持ったレイピアで、柄も軽量な桐で作られ、針金でできたような繊細なスウェプト・ヒルトを持つ。 ぱっと見では儀礼的な印象を与える程繊細な剣だが、ペトラの細腕で扱う為に作られた特注の名剣。 刀身に東洋からの技術が使用されており、異様に細い反面しなやかにしなり、そして折れないという特徴を持つ。 一応ながら両刃である為、突き以外にも撫で斬りなどの技法を使えば斬撃を放つことも不可能ではない。 本来決闘用または護身用の武器であるレイピアだが、ペトラはこれより重い武器を実戦で使用するのは困難である為、戦場でレイピアを使用している。 使用復元獣:王雀蜂キュベレー 女王蜂の復元獣。オオスズメバチよりも二回りほど大きく、黄色と黒ではなく、金と黒の金属光沢を持つ虫。 群れそのものがキュベレーの分体であり、キュベレーそのもの。キュベレーがRば群れ自体も全滅する。 ペトラはキュベレーを通して、無数の蜂達に命令を飛ばして支配している。 表面の外骨格は軽量かつ堅牢で、オオスズメバチよりもなお硬い。また大顎のサイズも強くなり、人の肉位ならば容易く食いちぎれる。 特に強力なのが尻に有る毒針であり、刺された部位に激痛を与え、数時間以内に毒を抜かなければ刺さった周辺部位を壊死させる程の毒性を持つ。 毒針の強度は極めて強く、薄い鎧程度ならば貫通させることは可能であるレベル。但し十分な加速が必要である。 極めて攻撃力には優れているが、虫であるという性質上、他の種に比べれば防御力は低く、火にも当然弱い。 また、最大で300匹の群れを運用する事が出来るが、その全てを事細かく操作できるわけではない。 ある程度のおおまかな指示に従って蜂達は動くこととなる。 使用復元獣の元となる有魂獣をどうやって倒したか:周りの兵隊蜂を焼き討ちし、最後に女王と一騎打ちをしてレイピアで一閃。 右腕と左目を毒に冒され失う事となったが、それらを代償に蜂の群体を己の下僕とした。
9 : >>3 スレ主さんの導入(ギルド案内)待ちだね >>4-8 は一人目の参加者
10 : >>1 さん スレ立て代行ありがとうございます。 導入部は、避難所に投下しました。 忙しくなってきてしまいあまりこれませんがどうか皆様よろしくお願いします。
11 : 無魂獣と人類のその生存域をかけた激戦が各地で続く今日。 大規模な戦いが続くいくつかの戦地の少し後ろに位置する、険しい森に囲まれた「ウォルト砦」では、砦の指揮官が頭を悩ませていた。 「また…か。」 そう言って、国際同盟軍ウォルト砦指揮官、ウェン・ディズ将軍は砦の門の前に兵士達の手で並べられた死体を見ながら、ため息をついた。 将軍の前に並ぶのは、ここから北のアルト山脈にある無魂獣軍との戦闘の最前線へ補給物資を運んでいた部隊のものだ。 彼らは5日前、護衛含め30人程でアルト山脈をめざし出発したのだが、 2日で往復できるのでとっくに戻ってきているはずの補給部隊がいつまでも戻らないために出発した捜索隊により、死体となって発見されたのである。 恐らく、アルト山脈とこの砦を結ぶ補給路を攻撃して補給を困難にしようという無魂獣の仕業なのだろうが…問題なのはその死に様だった。 30人の補給部隊、剣、槍の護衛はもちろん、今回は鉄砲隊までつけたというのにそのすべてが全滅し、なおかつ「ミイラ化」しているのである。 アルト山脈にある砦で人類の戦いが始まったのは2ヶ月ほど前、その前は更に北の地まで前線は延びていた。 だが補給路が今回のように襲われるようになって補給が行き届かず前線を支えるのが困難になり、アルト山脈まで人類は後退している。 その時も今回の用に補給部隊は一人の生存者も無く全滅、ミイラ化させられている。 当然アルト山脈の陣地も、ウォルト砦も幾度も黙っているわけではなく、幾度か討伐隊を編成して後方かく乱を行う無魂獣の殲滅を行おうとしたのだが、 よほど隠れるのがうまい種らしく、発見することすら敵わず、 逆に討伐隊の一部までもがミイラ化した遺体で発見されたのである。 アルト山脈への補給路はこことの一本だけではないが、こんな事が続くのを無視するわけには当然いかない。 将軍は何かを決意し、側近の方を向くと、言った。 「獣士ギルドへ連絡を出せ」
12 : ウォルト砦の前。 ジェームズは他の数十名の自分と同じ上流市民の獣士達と、平民、奴隷の出の獣士達とともに、演壇に立つ担当武官の説明を聞いていた。 貴族や王族の獣士達は、砦の中の貴賓用の部屋で将軍が自らに今回の作戦の説明をされているらしいが、ジェームズには関係ない。 大体、貴族や王族の獣士はもっぱら更に後方の都市にいるはずで、こんな前線の補給基地になど現れないだろう。 今は、目の前の武官の話に集中していた。 「敵の正体、規模は不明であり、対処方法もわからない、だからこそ機動力、打撃力に優れた諸君らの力が必要なのである」 そう言って、武官はこの周辺の地図が書かれた大きな紙を一枚広げた。 そこにはこの砦とアルト山脈の間に広がる、巨大な森が描かれている。 森の中央には川が流れ、何本か橋が架かっていた。 「補給部隊の遺体が見つかるのは、主にこの川の周辺だ。」 そう言って川の周辺を指す武官。 この周辺を探せという事なのだろうが、やられているのが川の近くだから敵も川の近くにいつも潜んでいるという固定概念は持つべきではない。 「もうすぐアルト山脈に大規模な軍隊を派遣し、大規模な戦闘が行われる、その大軍がこの森を通過するのに対して不安を残すわけにはいかず、また、補給路を確保するのは必要なことである。 諸君らの健闘を祈る、解散。」 それだけ言って、武官は演壇から降り、獣士達も解散する。 後方補給路をかく乱するなぞの無魂獣の討伐作戦が始まった。
13 : >>11 >>12 長文投稿できない俺の代理投稿ありがとうございました。 少し必要と思われる描写があるので追加します。 ――― 砦を出たジェームズは、早速自らの復元獣を出現させる。 復元獣を出すのに呪文も掛け声もいらない。 ただ、出そうと思うだけでいい。 ジェームズの意思を受け、彼の隣に白い燐光が集まって、3m程の熊の姿をした復元獣「レインベアー」が現れた。 ジェームズはレインベアーが完全に形をとったのを確認すると、あらかじめ渡されていた大きな同盟軍の印入りマントをレインベアーに着せた。 これは、復元獣同士の同士討ちを避けるために行われている処置である。 未知の敵が相手なのだから、主の手を離れている味方の復元獣を敵と誤認して攻撃する物が出かねないからだ。
14 : 生い立ちとか捕まえた方法書く欄あるのになんでわざわざ書くんだよw
15 : 最初の人に合わせてるだけだろ これがそのうちにスレの慣習となる
16 : ウォルト砦の前、他の獣士達が立ちながら話を聞いている最中、一人椅子に座る少女が居た。 紅茶を嗜み、武官の説明を小耳に挟みながら、老騎士から受け取った羊皮紙を流し読み。 川にちらりと目線を動かし、何かを分かったように少女は首を縦に振る。 武官が去り、皆が解散し始めてから少女も傍らの杖に右手を伸ばして体を支えて立ち上がる。 「――さて、マルコ。幾らお前が歴戦の騎士であろうとも、ここから先は獣士の仕事じゃ。 儂の為に美味な菓子を作って待っていることじゃの。そうじゃな、フィナンシェが食べたい。用意しておけ。 儂は行くぞ。生きて戻って来る。だからそんなに不安げな顔はせんでもよし。命令じゃ、笑って見送れ」 不安げな老騎士の鎧を杖でこつんと叩いて。 騎士に傲岸不遜な態度で命令とお菓子のおねだりをしてから、踵を返して砦をあとにする。 後ろで見送る騎士は、笑顔で敬礼の体勢を取っていた。 (……さて、川周辺の地図には目を通した、地形の暗記は完了じゃ。 儂の強みは広域殲滅力及び探索力。無魂獣の種類にもよるが、毒が通れば徐々に追い詰めていくことは問題無いじゃろ。 気になるのは被害者の全てがミイラ化しているという事じゃの。吸血をする力を持つ種じゃろうか。 川の周辺で血を吸う生物というと蛭位のものじゃろうが……、大きな獣ではないかもしれんの。 もう少し詳しい情報を探ってみるか――っと、もうあの武官は居らんのか) 思考を回しながら、ペトラは歩みを進めていき。 視界の端に熊を召喚する男が見えた。フリルをふんだんに使った黒いドレスを翻し、少女はジェームズの方へと歩いて行く。 足音は小さく、この小柄な外見や、華奢な姿からは想像もつかない練度をこの幼い老将は持っている事を如実に示していた。 そして、少女はジェームズの真正面まで歩いて行き、ふんぞり返って口を開く。 「儂の名はペトラ=エメリッヒ。モラヴデア辺境伯と言ったほうが適当かの? 今回の作戦において儂もお主らと同じく、獣士として作戦に従事する事となっておる。 さて。どうにもあの武官の説明では足りなくての、補給部隊の遺体はミイラ化していたと聞いておるが。 他に目立つ傷が有ったとか、そういう話を聞いているのなら、教えてくれんかの? 教えてくれたら儂の糧食の一部を分けてやってもいいんじゃが――、クッキーじゃよ?」 肩から下げた鞄から袋を取り出しつつ、交渉を始める老少女。 このご時世、バターや小麦粉、砂糖をふんだんに使う焼き菓子などそうそう食べれるものではない。 革袋に収められた香ばしい菓子を一枚渡す代わりに、自分が今持っている以上の情報を集めようとしていた。 また、少女の右肩にはいつの間にか大きな蜂が止まっていることが見えるだろうか。 金属質な外骨格を持ち、同盟軍の印の入った指環の付けられた蜂は、彼女の復元獣だろう事が伺える。 ペトラはと言うと、ジェームズの熊を前にしても怯えること無く、良い毛並みじゃの、と左手で熊の毛皮に手を伸ばしていた。
17 : 早速森を一回りしようと歩みだそうとしたジェームズを、呼び止める声があった。 幼い少女の声に視線をそちらに向ければ、一目で尊い身分の人間とわかる少女が自分に対してふんぞり返っている。 >「儂の名はペトラ=エメリッヒ。モラヴデア辺境伯と言ったほうが適当かの?〜 名乗り、質問する少女に、ジェームズは素直に跪いた。 相手は子供だが、自分より階級上の貴族様…しかも政務を実際こなしているかどうかは兎も角領主様なのだから偉そうな態度をとることは当然であり、 なおかつ彼女のその目と腕の無残な有様と、肩の復元獣を見れば、同じ獣士としても敬意を表するべき相手である事はすぐにわかったからだ。 ついでに、ちゃんと情報に対する報酬まで出してくれようとしている。 貴族でも子供だから、と横柄な態度をとっていい相手ではない。 「はっ、申し訳ありませんが自分もあれ以上は聞いておりません」 恐らく説明を担当した武官は直接死体を目にしていないのだろう、 あれ以上の説明は最初から聞いていたジェームズも聞いていない。 そこでふと、ジェームズもいきなり森を回るよりも、少しでも詳しく敵の情報を知ってから行ったほうが安全である事に思い至る。 相手が何者かは別に遭遇してからでもわかるし、まず正体を確かめてから戦うなり逃げて応援を呼ぶなりしようと漠然と考えていたジェームズは、 幼い少女よりも自分が慎重さに欠けている事に気づき、心の中で戦闘行為や狩猟行為に未だに不慣れな自分にため息をついた。 そこで、改めて少女を見てみる。 右目は無く、杖をつき、片手は義手、立ち振る舞いは無駄が無く、自分よりも相当場数を踏んでるように感じられた。 貴族様は子供でも戦争に出て幼い内からこんなになるまで戦わなきゃならんのかと平民の出に思わず感謝してしまう。 最初からわかっていたが、やはり住む世界が違う人間の様だ。 恐らくここで別れると、もうジェームズがかかわる事は無いだろう。 何だかジェームズにはそれが勿体無いことに感じられたが、仕方が無い。 「では、私はこれにて」 そう言ってジェームズは砦へと歩みだした。 死体置き場を探すためである。 まだ埋葬が済んでいなければ、補給部隊の死体を拝むことができるだろう。
18 : ジェームズは砦の手前でレインベアーを一度しまい、警備兵に道を聞いて死体置き場へとやってきたジェームズは顔をしかめた。 そこには百体近いミイラが腐臭をたてながら転がっており、 砦内部の薄暗さも手伝って、胃の中からあがってくるものがある。 しかし、生き残るため、こうならないためと思い、しばらくそこに立って場の空気になれると、死体へ視線を落としてみた。 死体はすでに鎧や武器など使いまわせる物を回収され、服をまとっているだけであり、どの顔も余程恐ろしい目にあって死んだのか、恐怖と苦痛に満ち満ちている。 しばらく死体をながめ、大分慣れてきたので一体一体に近づいて視線を落としてみて、ジェームズはある事に気づいた。 外傷が全く無いのだ。 服が何かに貫かれているだとか、首筋に傷ができているだとか、そういうものが全く無い。 そして更によく観察し、もう一つおかしい事に気づく。 どの死体も過剰に衣服が上下共にボロボロなのである。 衣服に触れてみると、どの衣服のどこを触っても、死体と同じように水分を失ってボロボロになっていた。 「………」 それら死体の有様から、ジェームズには敵の姿や手口は全く浮かばなかった。 ただただ得たいの知れない敵に、恐怖だけが沸いて来る。 だが残念な事にギルドからの指令は国際同盟からの命令、逆らう事は許されない。 「…最悪だ」 もう一度ため息をつくと、ジェームズは頭を抱えた。
19 : >「もうすぐアルト山脈に大規模な軍隊を派遣し、大規模な戦闘が行われる、その大軍がこの森を通過するのに対して不安を残すわけにはいかず、また、補給路を確保するのは必要なことである。 諸君らの健闘を祈る、解散。」 ウォルト砦の前にて。 物々しい装備に身を包んだ戦士然とした人物がひしめく中、場違いとも言える人物がいた。 華奢な体躯に、肩まで伸ばした髪。動作はいかにも隙だらけで、少なくとも武術をおさめた者のそれではない。 顔立ちは柔和で穏やか、といえば聞こえはいいがとても激しい戦場で生き残れそうには見えない。 申し訳程度に身に付けた革製の部分鎧と背中に背負った銀の弓が辛うじて、弓矢を嗜むこと程度は示しているだろうか。 彼女の名はリゼリア・ウィンダース――何を隠そう、これでも一応復元獣シルフィードを従える獣士である。 「おいで、シルフィード」 リゼリアが虚空に向かって声をかけると隣に白い光が集まり、翼を持つ白馬の姿となった。 尤も、復元獣を呼び出すのに声を発する必要は無い。ただ思うだけで良い。が、彼女は敢えて声をかけるのだ。 そしておもむろにブラシを取り出し、白馬の毛並みを整え始める。 「今回の敵は正体不明、遺体が全てミイラ化してるんだって。もう有り得ないよぉ。 正体が分からない敵とどうやって戦えっていうの? ま、私は戦わないんだけどね」 他愛もなく話しかけながら、白馬――シルフィードにブラシをかける。 もちろんいくら話しかけても白馬が応える事はない。 自らの意思は無く主人たる獣士の意のままに動く、それが復元獣というものだ。 「よーし、綺麗になったよ。今回もよろしくね」 ブラシをしまって頭を撫でて、同盟軍の印入りの鞍を着せる。 翔馬―― 文字通り天を翔る神速の天馬。 その姿は美しくはあるが、主人が与える印象と同じく、お世辞にも強そうとは言えない。 このコンビ、鉄壁の防御を打ち砕く剛腕も無ければ、敵の命を刈り取る鋭い爪も牙も無い。 主人は主人で体術の心得も剣の嗜みも何もない。 ただ空を翔る翼と弓矢だけを武器に、獣士ギルドに身を置いているのだ。
20 : 「さ、行こうか」 真っ先に現場に赴き敵の情報を掴むのが、戦闘にはほぼ役に立たない彼らの役目。 リゼリアが早々にシルフィードに跨って出発しようとしたその時。 「んー、マジで!?」 10を少し過ぎたばかりと思われる幼い少女が、ジェームズと話しているのが見えた。 見るからに貴族階級のようだが、騎馬もお付きの者も見当たらない。 左目は眼帯、右手は義手、白髪で肌は蒼白、おまけに杖までついている。 そもそも戦闘以前に現場に行くまでに力尽きてしまうのではないか、と心配になる。 >「では、私はこれにて」 ジェームズはあっさりと少女と別れてどこかに行く。 悲しいかな、武術の心得0のリゼリアは、少女が相当の手練れである事など気付く由もない。 ただの満身創痍のか弱い少女にしか見えていない。 さては貴族社会にありがちな複雑で不遇な家庭環境に生まれ、獣士の力を持っていたばかりにそれを利用されて―― 勝手な妄想が広がっていく。 「あの、貴族様」 ここは戦場だ、関わっている暇はない、スピードが命のシルフィードを重くしてどうする、と思いつつも行動は裏腹。 シルフィードを伴い、ペトラに歩み寄るリゼリア。 「そのお歳でこのような戦場に来られるとは……獣士としての実力は相当なものとお見受けします。 宜しければこのシルフィードに乗って共に空の旅、などいかがでしょうか。 わたくしの復元獣の背はなかなかの乗り心地ですよ」
21 : 「えぇい…もう話にならん!俺は貴様らの命令などきかんぞ!!!」 頭にきた俺は、貴賓室の円卓に拳を叩きつけ、貴賓室を飛び出す。 全く保身のことしか考えてないのかあの将軍は、貴族や王宮で召抱えられている獣士は全て後方へ配置だと? ふざけるなよ。 前線に立つ獣士らを盾にして悠長に対策を立てるつもりだろう。 それならば、安全且つ有効な手段を立てられるだろう。 だが、それはそこにいる奴らだけの都合だ。 国民の命は国の財だ。それが希少な獣士の命ならば、尚更のこと そこへ生まれや階級などと下らない都合を持ち込むことは愚考でしかない。 「…とはいえ、敵の手がかりが掴めない以上、俺も慎重にならざるおえないが…」 もしものことを考えると不安が残る。 その時、ふと窓の外を見る。 そこにはミイラ化した兵士の死体が並べられていた。 「敵の正体がわからない以上、調べられることは調べる必要があるか」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ シリウス・カエサルはグリニア帝国第四皇子として生を受けた。 皇帝の父と宮使えの獣士を母に持つシリウスは、幼い頃から異端として宮廷内で虐げられてきた。 血筋、格式を重んじる宮廷の人にとってシリウスはあってはならない存在でしか無かったからだ。 兄達に苛められ、宮廷の人間からは虐げられる中、シリウスの心中に野心の火が灯った。 自身が王となり、この凝り固まった考えを叩き潰す。 そして、シリウスは宮廷を飛び出し、真の帝王となる旅へと出発した。 獣士としての力を存分に振るう為、自身と見合った復元獣を得たシリウスは、直様獣士ギルドの門を叩き 獣士として世界を転々と巡ることになった。 そして、現在へと至る。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 俺は死体置き場へ向かうと先客がいることに気がついた。 あれは確か… 「ジェームズ…ジェームズ・ストーンフィールドだな?」 貴賓室で見た名簿を思い出しながら、俺はジェームズに話しかけた。 「ここに居るということは貴様も死体を調べにきたようだな?何かわかったことがあったか?」 【死体置き場でジェームズと合う、何がわかったか尋ねる。】
22 : >「はっ、申し訳ありませんが自分もあれ以上は聞いておりません」 「ふぅむ……、あいわかった。呼び止めて悪かったの。 駄賃にやはりクッキーを一枚くれてやるのじゃ、マルコの作ったクッキーは美味しいぞ?」 情報が無いとなっても、ペトラは特段落胆する様子は無い、駄目で元々。情報があれば嬉しい程度の物だったからだ。 もとより、あの武官の話以上のことは分かっていないだろうことは何となく予測できていた。 相手が遜った態度を取るのももはや見飽きてきたような光景であり、特段特別な反応を返すことは無く。 ジェームズにクッキーを一枚押し付けつつ、ペトラは手のひらの上のクッキーの欠片を無魂獣にくれてやった。 さくさくと蜂の大顎がクッキーを咀嚼し、排泄を必要としない体に蓄えこんだ。 >「では、私はこれにて」 「うむ。死ぬなよ、お主は大分強いようじゃから問題は無さそうじゃがの」 去っていくジェームズに左手を振りつつ老Rは、ふぅ、と溜息を吐く。 あたりを見回せば、既に出陣を始めている幾人かの獣士の群れが視界に収まる。様々な獣が彼らの傍らには居た。 皆ある程度以上の練度はあるのだろうが、己の背を預けるに足る相手は見当たらない。 ペトラの弱点は、体力と防御力だ。攻撃力は高く、探索力も性質上並よりは遥かに高い。 だが、足腰は年齢と体質上どうしても弱く、長時間森を歩きまわるのは向いていないのだ。 馬を借りても良かったが、森の中では馬も邪魔になるだろうと思考。 適宜休憩を取りながら蜂を斥候として飛ばし、広域探査を進めよう。 ペトラがそう作戦を組み立てているさなか、一人の女性の声が此方に投げかけられてきた。 >「あの、貴族様」 どこと無く初々しい印象の女性が、ペトラの眼の前に居た。 どうも此方を心配しているようで、不安げな表情を此方に向けてきている。 その視線もまた、ペトラが数十年間受け続けてきた視線と態度で、ため息を付く他無い。 だが、後ろの復元獣は良い。空を飛べるだろうあの天馬は己の適性とは十二分に合致していたのだ。
23 : >「そのお歳でこのような戦場に来られるとは……獣士としての実力は相当なものとお見受けします。 >宜しければこのシルフィードに乗って共に空の旅、などいかがでしょうか。 >わたくしの復元獣の背はなかなかの乗り心地ですよ」 「丁度良かったのう、娘よ。儂も丁度、相乗りできる相手を探していたところじゃ。 翔馬シルフィード、なかなか良い名じゃの。お前さんの名は、リゼリア・ウィンダースだったか。 名簿は全て頭に叩きこんでおいたからの、間違っておったらそろそろ引退かのう……? ぬははは!」 戦場において情報というものは強力な武器となる。 敵の情報だけでなく、味方の情報も完璧に把握しておくのが勝利には必要な物だ。 敵を知り己を知れば百戦危うからずとはまさにその通りであり、敵が何を出来て味方に何が出来るのか。 それを知っているといないとでは、戦闘というものは大きく変わってくる。 そして、組むのならばと目星をつけていた相手の一人が、目の前の女、リゼリアだった。 俯瞰という視点は大局的に戦場を把握するにおいて有利な立ち位置だ。 実際、ペトラはこれまで経験してきた戦争では、出来る限り高所に位置を取り、作戦行動を取ってきた。 故に、空から状況を確認できる天馬の存在と、それを乗りこなせる獣士の存在はペトラにとって手を組む価値が十二分に過ぎるものだ。 ペトラは相手に向けて朗らかに笑顔を浮かべつつ、薄い胸を張りながら得意げに名乗りを上げた。 「儂の名はペトラ=エメリッヒ。モラウデア辺境伯として国境付近の軍の将軍をやっていた。 と言っても、今年で48での。流石にいい年じゃったから、将軍職は退任したんじゃがな。 どうしても戦場に惹かれる星に生まれてしまったようでのう、気づけばこのような所に来ていたのじゃ。 ……ま、よろしく頼むのじゃよ、リゼリア。儂の事は気軽にペトラと呼び捨てにして構わん、口調も好きにすると良い。 下手に気を使われると情報の伝達が遅れて命に関わるからの。乗せてもらえるならば、儂も相応の仕事はさせてもらうつもりじゃよ」 モラウデア辺境伯、女王蜂、魔女。 様々な異名や肩書きを持つのが、このペトラ。と言っても、戦争を好まない相手ならばその異名を知らなくてもなんらおかしくはない。 どう見ても10代半ばが精々の少女が、栄養状況の良い貴族といっても48という高齢である事は冗談か何かとしか思えないだろう。 だがペトラの様子は冗談を言っているようには見えないだろうし、発言の要所要所からは経験が滲み出ていた。 乗せてもらう以上はやることはする。ペトラがそう言った直後、ペトラの周囲には無数の蜂が出現していく。 「儂の復元獣のキュベレーじゃ。向いているのは広域殲滅と広域探査、だの。 性質上お主とは好相性じゃろうから、組むのならば儂もお主の役に立てるじゃろ。 では、リゼリア。儂を空の旅に連れて行ってくれるかの? そろそろ動かんと口うるさい政治屋共が儂を引き戻しに来るわい」 砦の開かれた門から、がしゃがしゃと鎧の擦れる音が響いてくる。 先の武官達であり、ペトラの名を呼ぶ声が彼らの集団からは聞こえてくるだろう。 何を隠そう、彼女も又シリウスと同じように後方配置を呼びかけられていたのだが、完全に無視していたのだ。 故に、出陣前に呼び戻そうと彼らが来た訳で、彼らが来る前にペトラは出陣したかったのだ。 「……うぬぅ、登れん。大分足腰は弱ってきてるのう。 すまぬ、上に引き上げてもらえんかの?」 ひらりと馬の上に飛び乗ろうとするが、それが出来るほどの身体能力をペトラは持たない。 ただでさえ義手で右腕は飾りのようなものである上に、残った左腕も枯れ木のように細いのだ。 幾ら異様に軽いとは言っても、自分の体を引き上げることすらペトラには叶わなかった。 乾いた笑みを浮かべつつ、眉根を寄せてペトラは馬上に引き上げてくれるように頼む。 その立ち居振る舞いに気負った様子は見受けられず、貴族としての誇りはあれど驕りは無い事が分かるだろう。 【リゼリアと雑談、誘いを解読するも馬上に登れない、助けて欲しいとお願い】
24 : >「ジェームズ…ジェームズ・ストーンフィールドだな?」 あらかた死体を調べ、死体置き場を後にしようとしていると自らを呼ぶ声がして、ジェームズはそちらを向いた。 いつの間にか入り口に、貴族か王族らしい服装をした男が立っている。 彼が顔だけ見てジェームズの名前を言い当てれたのは、獣士間で各々の特性を理解して連携を取れるようにするため、 作戦参加前に記す名簿には外見の特徴を記す決まりがあって、彼はジェームズの特徴の欄に書いた額の傷でわかったのだろう。 対し、ジェームズはこの貴族が誰かはわからない。 それはジェームズが不真面目なのではなく、他の使命を終わらせジェームズがこちらに来たのが昨日の夜中であり、その際渡された名簿を呼んでいる暇が無かったからだ。 >「ここに居るということは貴様も死体を調べにきたようだな?何かわかったことがあったか?」 「は、どの死体にも外傷がありませんでした。推測ですが敵は蚊やノミ、蝙蝠などのように牙を突き刺すような方法で体液を吸っているわけではないようです。 それにどの死体の服も過剰に乾ききってボロボロになっており、これも推測ですが服の方も水分を一緒に吸われたのではないかと…。 自分が感じた事はこれ位です。」 貴族の質問に、ジェームズは跪き、素直に自分が見て感じたことを語った。
25 : >「丁度良かったのう、娘よ。儂も丁度、相乗りできる相手を探していたところじゃ。 翔馬シルフィード、なかなか良い名じゃの。お前さんの名は、リゼリア・ウィンダースだったか。 名簿は全て頭に叩きこんでおいたからの、間違っておったらそろそろ引退かのう……? ぬははは!」 「……は、はい! いかにも。獣士隊飛行騎獣班のリゼリア・ウィンダースと申します。 お役に立てそうで何よりです」 10を少し過ぎたばかりの少女とは思えぬ老成した物言いと、その少女に娘と呼ばれた事に驚くリゼリア。 暫し絶句した後、我に返って慌てて自己紹介をする。 驚きはしたが決して悪印象ではなく、興味津々といった表情だ。 >「儂の名はペトラ=エメリッヒ。モラウデア辺境伯として国境付近の軍の将軍をやっていた。 と言っても、今年で48での。流石にいい年じゃったから、将軍職は退任したんじゃがな。 どうしても戦場に惹かれる星に生まれてしまったようでのう、気づけばこのような所に来ていたのじゃ。 ……ま、よろしく頼むのじゃよ、リゼリア。儂の事は気軽にペトラと呼び捨てにして構わん、口調も好きにすると良い。 下手に気を使われると情報の伝達が遅れて命に関わるからの。乗せてもらえるならば、儂も相応の仕事はさせてもらうつもりじゃよ」 よんじゅうはち!?と出かけた言葉をすんでのところで呑みこむ。冗談を言っているようには見えないが、冗談でなければ何なのだろう。 モラウデア辺境伯、という言葉を記憶から探る。 蜂の女王を従える女領主、高齢ながらもうら若き美貌を保つ魔女、等と噂には伝え聞いた事はあるが、これは流石に若すぎる。 実は娘か姪っ子がすり替わって影武者をやっているのではないか、という一つの仮説に思い至る。 しかし、全体から滲み出る貫録はどう考えても10やそこらの少女のものではない。 考えている間に、無数の蜂が周囲に現れていた。 蜂や蟻は群れで一つの意思を持っているとはよく言うが、復元獣にもその理屈が適用されるとは――
26 : 「この子達全部あなたの復元獣……? 群れごと操れるというの!?」 驚きの連続で敬語はすでにどこかに行ってしまっていた。 はっきり言って、正体不明の無魂獣に通常の空からの探索が通用するかは不安に思っていたところだ。 しかし蜂の群れを操る事が出来るペトラがいれば状況は一変する。 最初に声をかけたのはお節介心からだったが、結果的に思わぬ強力な相方を得たのである。 >「儂の復元獣のキュベレーじゃ。向いているのは広域殲滅と広域探査、だの。 性質上お主とは好相性じゃろうから、組むのならば儂もお主の役に立てるじゃろ。 では、リゼリア。儂を空の旅に連れて行ってくれるかの? そろそろ動かんと口うるさい政治屋共が儂を引き戻しに来るわい」 「あなた、もしかして脱走してきたの!? もう、今更はいさよならって訳にいかないじゃない。早く乗って!」 全くこの少女(?)は次から次へと驚かせてくれる、そう思いながらシルフィードに飛び乗るリゼリア。 ペトラがなかなか乗って来ないので振り向いた所。 >「……うぬぅ、登れん。大分足腰は弱ってきてるのう。 すまぬ、上に引き上げてもらえんかの?」 抱き上げるように馬上に引っ張り上げた。 その際にリゼリアは、少女のドレスに包まれた体が見た目異常に華奢な事に気付く。 これならば、思った程は飛行速度などに支障も出ないだろう。 強さと儚さ、老獪さと可憐さ、相反するものを内包した不思議な少女。 これは面白い道中になりそうだ、そう思いリゼリアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「ふふっ、あなたって花の精? よろしくねペトラ」 蜂の群れを操る永遠の少女という事から連想したのだろうが、ペトラの持つ異名と全くもって正反対の方向に突っ走っているのはご愛嬌。 武官達が追いつく寸前、シルフィードが翼をはためかせ空に舞い上がる。 あろう事か実に楽しそうな笑顔で、武官達の上を一回り旋回しながら出立のご挨拶。 「辺境伯様を少しの間お借りしますね! 心配しないで下さい、きちんと責任もって連れて帰りますから!」 さて世の中には騎馬に乗ると性格が変わる人種が存在するというが、リゼリアには多少その気があるようだ。 「シルフィードはね、お伽噺に出てくる風の精霊の名。 凄いと思わない? 風になるなんてなかなか出来る体験じゃないよ!」 その言葉通り、眼下の風景が見る見るうちに後ろに流れていく。 かくして蜂使いと天馬騎士の異色コンビは、件の森に向かって飛び立ったのであった。
27 : 名前:アリスト・テレサ・インペリアル 性別:女 年齢:19 身長:165 体重:48 容姿: 切れ長で涼やかな顔立ち。 鮮やかな赤髪、ロングストレートで前髪を切りそろえてある。軍帽着用。 黒の軍服に丈長のマント。 定規で測ったみたいに背筋が伸び姿勢が良いので長身に見える。 足元は軍靴ではなく本任務のため山岳踏破用の登山靴を履いている。 督戦官なので鎧などは着けていないが、 軍服の要所に革と鉄を張り合わせたプレートを仕込んである。 背に圧縮空気式の長銃を背負い、腰には儀礼仕様の長剣を装備。 マントの裏には戦闘に使用する薬剤アンプルが大量にしまってある。 おいたち: 領邦諸侯ではなく宮仕えの武門貴族インペリアル家に生まれる。 インペリアル家は代々『最強』を旗印に活動していたので、 末裔に獣士が生まれた際も最強の獣士を育てるべく宮廷から全力のバックアップを受けていた。 国内において最強の有魂獣とされていた『戴冠竜』を、 莫大な予算で獣士ギルドに依頼し無傷で捕獲。 体を傷付けないよう拘束するなど相当のお膳立てをされた上で、 当時15歳になったばかりのアリストがそれを殺して復元獣とすべく対峙した。 結果、土壇場でヘタレたアリストはまともに剣を振るうこともできず硬直。 拘束が不十分で戴冠竜が暴れだし、控えていた獣士達によって殺処分もやむなしと攻撃され、 瀕死となったところに復帰したアリストが止めを刺して魂を吸収し、復元獣に。 相当な金をかけたのに得られたのは死にかけの復元獣一匹だけということで、 宮廷の怒りを買ったインペリアル家は現在お家取り潰しの危機に晒されている。 アリストは自分のせいで泥を塗ってしまった家名を払拭するため獣士ギルドに加盟。 四年後の現在も任務に参加し続けている。 備考: 武家の名門出身のため、獣士ギルドにおいても実働任務は割り振られず、 仲間の獣士達が敵前逃亡を起こさないか見張る督戦隊的な立場にある。 生真面目な性格で、致命的に不器用。 最強の武家というプライドが捨て切れずに尊大な態度をとってしまう。 教養があるので口だけは達者だが、 いざというときにヘタレて何もできない部分は四年前から成長していない。 頭が固く、融通が効かず、そのくせ責任を求められるときは他人任せ。 自尊心に対して実力が伴わない典型的な『無能軍人』。 だけど、常に瀕死で使い物にならない戴冠竜をどうにか使いこなすため、 非常に難関である獣医の技術を習得するなど実直で努力家ではある。 なお腕のいい獣士の親友がいたが、アリストの代わりに戴冠竜と戦い死亡している。
28 : 使用武器:『三八式対獣施術長銃』 厳密には武器ではなくアリストの"手術道具"。 見た目は装飾の施された長銃だが、火薬ではなく圧縮空気によって射出する。 右側の火皿があるべき部分に折りたたみ式のハンドルが生えていて、 これを回すことで滑車が動き、内部の発条が空気を何度も圧縮する。 トリガーを引くことで弁が開放され、爆発的に膨張した空気で弾が発射される。 弾も通常の鉛弾ではなく、アリストが自ら復元獣用に調合した薬剤の入ったアンプル。 復元獣に打ち込むことにより代謝活性化(=回復)や一時的な筋力増強、強制自死などを引き起こせる。 他にもワイヤを結わえた大針を打ち出すことで、戦闘中に『縫合手術』が可能。 圧縮空気のため火薬式に比べれば威力も射程距離も比べ物にならないレベルで低い。 しかし銃自体が軽く反動も小さいので女性にも長時間扱うことができ、 銃口の跳ね上がりが小さく命中精度が高く、発射音が小さいので隠密行動にも向く。 火を使わないために風上でも匂いを気にせず使え、雨の日や水に使っても射撃可能。 戦闘時には先端に着剣して装備する。無魂獣相手には気休めにしかならない。 インペリアル家が宮廷の資金援助を受けて開発。 使用復元獣:戴冠竜"黒曜" 大陸で最強と謳われた有魂獣『戴冠竜』の復元獣。 黒曜はアリストが復元獣獲得時につけた名前。 火山地帯に棲む、ずんぐりとした体型の飛竜であり、翼含む全長は10メートル近くなる。 全高で言うと3メートル程度、アダ名の通り黒曜石のような黒く光沢ある甲殻を持つ。 最強の名に恥じぬ性能を持ち、その翼はひと薙ぎで巨体を空に泳がせ、 その甲殻は滑空砲の至近砲撃でも食らわない限りどんな攻撃にもびくともせず、 その豪爪は木造家屋はおろか岩すらも油菓子のように容易く砕き抉り取る。 最大の武器は輻射式体熱投射器官『煌星砲(こうせいほう)』。 体内に有する発熱器官で造った灼熱を声帯のあたりにある鏡面細胞で反射・収束し、口から放射する。 超強力なハロゲンヒーターのようなものであり、夕日色の光線が対象を焼き尽くす。 ……というのが本来のスペックであるが、 アリストが復元獣化する際に他の獣士達によって瀕死にまで追い込まれており殆ど機能していない。 片翼は折れ曲がり片翼は千切れかけ、羽ばたけば千切れた方がどっかに飛んでいく。 甲殻は半分以上砕かれ、柔らかい皮膚が露出し常に出血している。 豪爪は左右ともに半ばからなくなっており、岩はおろか土を掘るのにすら苦労する。 その他全身に100余りに至る傷跡が今も開き続け、大量の血が滝のように流れている。 切り札のはずの煌星砲に至っては、フルパワーで撃つと三秒で体が耐え切れず自壊する始末。 アリストが自身でつけた傷はとどめとなった眉間の一撃だけで、あとは全て復元時にも再現されている。 アリストはこの瀕死の黒曜を、外科手術によって傷を縫合し投薬で昇圧して戦闘に使っている。 ただし、この『傷の治療』もダメージ扱いとなるため、しばらくすると元に戻ってしまう。 よって戦闘時は、並行して治療も行いながら戦わなければならない。 そのためにアリストは獣医の技術と施術長銃の扱いを4年かけて習得した。 なお、実情を知らぬ者にとって『最強の復元獣』の名は今をもって有効のようで、 アリストは半ばハッタリ的にそれを有効活用している。(主に脅し目的) 使用復元獣の元となる有魂獣をどうやって倒したか:上述の通り <よろしくおねがいします>
29 : 「ふぬ、なるほどな」 死体の衣服ごと乾燥しているのか…となると敵は熱を操ることができると考えられるな しかし、待てよ…それだと1つ納得行かない点が出てくるな。 「ジェームズ干し肉は好きか?俺は好きだ…別に答えなくていい 一度自分で作ってみたくなってな、恥を惜しんで猟師に訪ねたことがある。」 俺はその時のことを思い返しながら続ける。 「猟師曰く要点を押さえれば容易くできるそうだ。 一つは干す前に水分の多い内蔵や血を抜き取ること 一つは適宜な大きさに切り分けること 一つは長時間日光や熱に当てておくこと この3つさえ守れば、肉は自ずといい塩梅で乾燥するそうだ…俺の言いたいことがわかるか?」 問うてなんだが、少しばかり遠回りな言い方をしてしまったかもしれん。 「干し肉でさえ作るのにあれだけ時間がかかるのに、この死体はどうだ? たった一晩、それも血も内蔵も抜かず、身を切ることなく丸ごと乾燥させた それも肉を焦がすことなくな…ここが大事なところだ。 果たして生きた人間が大人しく乾かされると思うか?近くには川もあるわけだ。 熱風を吐かれようが、スズメバチに群がるミツバチの如くまとわりつかれたとしても 川に飛び込めば何とか凌げたはずだ。だが、誰一人それを実行したものがいない …つまりだ、ここにいる兵士の死因は『乾燥』もしくは『熱』ではない 兵士がこうなったのは死んだ後の話、敵の攻撃はそれではない何か・・・だ」 ん、待てよ。これじゃ結局のところ分からず終いではないか? ならん、それはならん 「ところで死体の腹は裂いたか? 確かに外傷は無いのだろうが、敵が既に空いてある穴から入ったと考えることも出来るだろう」 そう言って俺は自分の口を指差した後、近くにいる兵から剣を借りる。 「どうやら、その様子じゃ無いようだな。なら遠慮なく斬らせてもらうぞ」 そうジェームズに言ってやると死体の腹を切り開いた。
30 : >「この子達全部あなたの復元獣……? 群れごと操れるというの!?」 「ぬははは! 青いのう! この程度、驚くことでもなかろうにの。 確かに珍しいじゃろうが、この群れ全てが儂の復元獣よ」 高笑いを響かせながら、リゼリアの驚いた様子を諌めようとするペトラ。 この程度で驚くようであれば、不測の事態が起きたとして対応ができるか心配に思ったのだ。 しかしながら、昔の己もこのようであったと思いつつ、いざというときは此方からフォローを入れるか、と結論。 左腕でレイピアの柄に軽く触れつつ、蜂の数を10匹程に減らしておいた。 >「あなた、もしかして脱走してきたの!? もう、今更はいさよならって訳にいかないじゃない。早く乗って!」 そう言われながらもよじよじと体を蠢かせながら、なんとも言えない顔を浮かべるペトラ。 肉付きの薄い体はふわりと空中に浮かび上がって、しっかりと馬上に登ることが出来た。 行軍の際などに食料その他を積み込んだ程度の重量であるペトラは、飛翔にあたってもそれ程邪魔になる事はない。 馬上に上がって、ほふ、と一息ついたペトラはふわりと花開く様に笑顔を浮かべる。 >「ふふっ、あなたって花の精? よろしくねペトラ」 「花の精と言うには棘が多すぎるようにも思うがのう。 さて、御者を頼むぞ、リゼリア。儂も乗馬は得意じゃが、他者の復元獣は流石に乗りこなせんからの!」 経験は浅そうだが、感性としては良い物を持っているように思える相手。 組むとしては問題ない相手だろうし、こういう相手を見ると見守りたくなる。 子を見守る親の心境で、己より外見は年上に見える相手の背中に景気づけに手をぱしっ、と叩きつけた。 そしてバランス感覚はいいのか、馬上では体勢を全く崩す様子のないペトラ。 これならば空を翔んでも全く問題はないだろう、実際空に舞い上がった所で少女は怯える様子など欠片も見せることはない。
31 : >「辺境伯様を少しの間お借りしますね! >心配しないで下さい、きちんと責任もって連れて帰りますから!」 「はッ、使えるものは死者でも使うのが前線よ! 儂をお飾りにしようとするのが間違いだったのう! ぬっはははは――!」 眼下の武官達に対して、吐き捨てるように暴言を投げかけると同時に、リゼリアの背を叩く。 さっさと行ってしまえという意思表示であり、それに従うように一気に眼下の風景が流れていく。 >「シルフィードはね、お伽噺に出てくる風の精霊の名。 >凄いと思わない? 風になるなんてなかなか出来る体験じゃないよ!」 「うむ、中々に良い心地じゃの。キュベレーもこのような風を感じているのかと思うと中々に趣深い。 ……さて、と。探査を始めるかの」 そう言うと、周囲に数十匹の蜂が生まれていく。そして、肩から下げた鞄に手を突っ込み何かを取り出して。 それを手の上に乗せて、蜂達に一つ一つ抱えさせて、抱えた先から下に降下させていく。 見れば分かるかも知れないが、羊皮紙の欠片であり、それぞれに記号が描かれている。 そして、手元の森の地図には羊皮紙の欠片に書かれた記号と同じ記号が刻まれているのがわかっただろうか。 「aからzまではあちらへ、AからZまではそちらへ。 それぞれ持ち場に付き、条件を満たした場合は儂の元まで戻ってこい、以上」 ただ蜂に探査をさせるだけでなく、効率的に探索作業を進めていく為のちょっとした小細工だ。 散会した蜂は当たりを巡回し始める。 戻ってくる条件としてペトラが定義した内容は以下のとおりである。 1.死体の発見 2.交戦中の存在の発見 3.近辺の蜂の死亡の確認 どれかを満たした歳に、ペトラの手元にその地点の蜂が戻ってくる手はずとなっている。 蜂を放った後は、ペトラは浅く息を吸って吐いて、眉根に皺を寄せる。 「……うぐぅ、上空は息が吸いづらいのう。少し背中を借りるぞ」 どうも、風が強くて上手く呼吸が出来ない様子の少女は、リゼリアの背に体を寄せて、風よけにしながら深呼吸をするのであった。
32 : 大陸じゅうの緑を凝縮したような、鬱蒼茂る森の中、単身進む影がある。 影の色は、赤と黒。 鮮やかな赤髪と、埃ひとつない黒絹のマントが、それぞれの先端をはためかせている。 影の形は、一人の女。 まだ若い、しかし長く訓練を受けたと思わせる体運びをする女だ。 マントと同じ色の軍帽の下では、 切れ長で涼やかな顔立ちが今は口をへの字に曲げて険しい表情になっている。 「ぬぐぅ……雇われの獣士どもめ、辺境の山猿どもめ! こんな森の中で一刻も先行すれば、誰がどこにいるのかすら分からんではないか!」 一人ごとを呟いたはずが、叫びの大きさになって傍の木陰から小鳥が逃げた。 額にびっしり浮いた汗を拭い、懐の懐中時計と方位磁石を取り出す。 支給された地図を眺めながら現在位置を考える。 「えっと、北西に向かって四半刻歩いたが、私の歩幅だと四半刻でこのぐらい進めるから、 現在地はこのあたりで……ここから西にしばらく進めば川に出るな。 本任務の要地となる場所だ。獣士連中も何人かはここを目指すに違いない」 枯れ草をぱきぱきと踏みしめながら、赤髪の女は踵を返した。 川へ向けて、一歩を踏み出す。 「んおお!?」 一歩目でぬるりとした感触が足にあって、そのまま女はひっくり返った。 下は落ち葉で柔らかかったが、受け身をとれずに背中から行ってひどく咳き込んだ。 雨が降ったわけでもないのに、地面の岩が濡れている。 「げほ、げほっ!そうか、水場が近い上に、この生い茂りようじゃ陽の光も届かんのか」 立ち上がろうと手をついて、そこが泥になっていて、また転んだ。 見れば、手のひらにべっとりと泥がついている。 一張羅の軍服も、意気揚々と森に入った頃にくらべ随分とくたびれてしまった。 転び過ぎて体中が痛い。 だけど、そんな自分の姿が情けなさすぎて女は泣きそうになった。 「この誉れ高きインペリアルの血族が……こんな、こんなどぶさらいのような……!」 要人である自分に護衛の一人もつけない獣士ギルドの待遇に怒りはある。 それ以上に「置いて行かれた」という絶望感が、虚しく胸に広がっていた。
33 : 女の名前はアリスト・テレサ・インペリアル。 獣士ギルドにおいては、仲間の獣士が敵前逃亡をしないか見張る、 督戦官としての任を得ている。 無魂獣という、未知の怪物を相手にする獣士という仕事は、 死亡率はもちろん逃亡率も高いのだ。 そんな逃げ出す腰抜けどもの背中を後ろから撃って、 尻を叩いて、戦場に戻らせるのがアリストの役目だ。 だが、見張るべき獣士達とはぐれてしまったアリストは、こうして森を彷徨っている。 置いて行かれたのだ。 平民の獣士達と、貴族の獣士はギルド内での扱いがそもそも違う。 なので今回も、アリスト達貴族獣士は前線に出ずぬくぬくと茶を囲むはずだった。 しかし本任務の被害者の惨状を見た途端、上層部の考えが変わった。 あまりに不可解で残酷な死体と、それを創りだした無魂獣の存在…… 間違いなく逃亡者が出る。 そう結論した幹部連から、前線を監視するよう貴族獣士にも任務が下されたのだ。 この作戦は軍の補給ルートを確保するためのものだ。失敗は許されない。 そこで白羽の矢が立ったのが、貴族の中でも若い小娘であるアリストだったというわけだ。 督戦官という任務の性質上、作戦に参加する獣士の名簿にアリストの名前はない。 よって点呼の際もスルーされ、アリストの現着前に任務が開始されてしまった。 彼女は任地である深い森の中に、単独で乗り込む羽目になってしまったのである。 「川に着いたら、最初に遭った獣士にお供をさせてやる……! その前に手を清めて、マントや軍服の埃も落とさないとな!」 アリストはナイフを取り出し、近くにあったツタを切った。 それを束にして、ブーツの足裏から甲にかけてきつく巻きつける。 両足にそれを施せば、ぬかるんだ道でも束が地面を噛んで滑り止めになる。 腰に下げていた鉄瓶から水を煽ると、再び川を目指して歩きはじめた。
34 : 報告を終えたジェームズの前で、貴族は横の警備兵から剣を借りると、突然、犠牲者の腹を裂き始めた。 「あ…あぁ!?」 「うわっ…俺の剣…」 突然の貴族の蛮行に、うろたえるジェームズと警備兵。 まさか何の躊躇いも無くいきなり腹を裂きだすなどとジェームズも警備兵も想像できず、止める事ができずに硬直してしまった。 そしてジェームズと警備兵が固っている間に貴族は完全に死体の腹を裂き終えてしまう。 思考が麻痺しているジェームズは何をしていいからわからず、とりあえずその裂かれた腹に目を落としてみた。 がばりと大きく開かれた腹から覗く臓物は、食道が大きく拡張して破裂し、その他の臓器は無残にもどろりと形を失いとろけてしまっている。 それは即ち、貴族の考えたとおり、犠牲者達が体内からも体液を大量に吸われていた事を意味していた。 又、肺は黒く変色して損傷がすさまじく、何か強い毒素を浴びたようである。 気管から致死量の毒物が入ったのだろう、これも体液を吸われる前に死んでいたのだろうという貴族の考えと一致していた。 「ぁ……」 ジェームズはわずかな情報から正解を引き当てた貴族の鋭さと、突然死体の腹を裂くその合理性を重視した行動力に目を丸くして死体と貴族の顔を交互に見た。 貴族は年のころはジェームズと同じくらいだろう、聡明そうな顔で、ルックスは悪くない。 どちらかといえばこんな死体置き場なんかに一生縁のなさそうな男に見えるが、いくつかの戦場で戦ったジェームズが顔をしかめるような死体を前にして顔色一つ変えず、あまつさえその腹を裂いて見せた。 貴族の獣士には二つのタイプが存在する。 一つは半端な復元獣や容姿だけの復元獣を所持し、前線に出てこないタイプ。 もう一つはかの有名なインペリアル家の様に強力な復元獣と財力を自在に操り、並み居る無魂獣をばったばったと倒すタイプだ。 そして、後者は戦う事に重視する余り、人としての感情に欠けることが多く、前者も後者も生き残る事に精一杯の庶民獣士達にはまともに付き合える存在ではない。 現に貴族に剣を貸してしまった兵士など、自分の剣が罰当たりな事をした上にどんな雑菌がついているかわからないような物を切った光景に、相手が貴族なので文句を言わないものの、表情が物凄く嫌そうで、ドン引いている。 ジェームズも同じだ、この貴族は賢く強いのだろうが、何の躊躇いも無く元人間の腹を裂くような男と付き合いたくはない。 確かに合理的に考えればこの貴族のしている事は全面的に正しいが、それでもジェームズには強い抵抗があった。
35 : ジェームズ・ストーンフィールドは製鉄工場の社長の四男で、いわゆるお坊ちゃんとして生まれた。 幼い頃から鉄製品に関わり、銃、大砲、それらを動かす爆薬、火薬に慣れ親しんでその腕を上げ、目を瞑っていても装填や整備ができる程にそれらの扱いは心得ており、戦闘能力高いと言える。 だが、メンタル面は至って平凡だ。 獣士としての能力を活かして行っていた仕事も貴族が所有する森の管理で技術こそいれど度胸が必要な戦闘とは無縁だったし これまで彼が回ってきた戦場も小規模な物が多く、死体こそ見れど仲間内で飢餓で殺し合いが起きたり、逃亡者を処刑するような事態が起きるまでに切迫した場面にはでくわしていない。 だから彼は残酷な物を見れば引くし、誇りや使命のために命をかけようなどとは絶対に思わない。 「……ど…どうやら、おっしゃる通りだったようですね。ではこれで…。」 そう言って、ジェームズはその場にいると目の前の貴族が今度はどんなおぞましいことをするのかという気になってしまい、そそくさと逃げるように死体置き場を後にした。 (……やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい) 人間の体内に入り、水分という水分を吸い尽くす敵のおぞましい攻撃方法と、貴族の残酷な行いに、ジェームズはすっかり怖気づき、砦の中を歩くその足は震え、思考は完全に麻痺していた。 だが、逃げるわけにもいかず、井戸に足を運ぶと、桶に水を汲み、頭からかぶる。 頭を冷やした事で、多少冷静さを取り戻したジェームズは、状況を整理しようと思考をめぐらせて見た。 まず、逃げるわけにはいかない。 逃亡者には厳罰が処せられるし、逃げる宛てもない。 敵の正体は、気管から進入する毒物…すなわち毒ガスを使って相手を殺し、体液を吸う化け物。 死体に外傷が無かった事から、余程奇襲がうまいか、もしくはガスが無味無臭無色か…。 (……待て) そこまで考えて、ジェームズはあることに気づいた。 敵は余裕で人間を殺せる恐るべき毒ガスを持っているのだ。 それがなぜ、面倒くさい体液吸収、しかも全身くまなくなどという真似をするのだろうか…。 砦の井戸の前で、ジェームズは思案するが、混乱と恐怖でその思考ははかどらない…。
36 : ぺトラの放った蜂達は森の中に進入し、ぺトラの命令に沿って探索を開始する。 そしてその内の一匹が、割とすぐにぺトラの言った条件を満たした。 いや、一匹ではない。 二匹、三匹と条件の一つを満たしていく。 蜂達は条件の一つ、交戦中の獣士と死体を森の数箇所で確認していた。 ジェームズやぺトラ等と同じ話を聞いていた連中で、足が早く跨れる乗れるタイプの復元獣に乗って先行していた連中だ。 彼等は森のあちこちで「そいつ等」に遭遇し、胸や喉を押さえて苦しみながら周囲のあらぬ方向を復元獣に攻撃させるか、 あるいは「そいつ等」に包まれて体液を吸われている最中だった。 「が…がば…が…」 ある場所で強固な鎧をまとい、獅子に似た大きな復元獣をまとった獣士が、敵の姿を見つける前に、目に見える攻撃を受けているわけではなく、外傷が体に無いにも関わらず、 復元獣に指示する事も忘れてふらふらと苦しみもがいている。 獣士がそうなる原因を作っている無魂獣は、獣士の周囲に、獣士が健在だった時から存在していたが、見えているにも関わらず獣士にはそいつ等が敵である事に未だに気づけていない。 そいつ等は雨上がりの森、もしくは水生動物が川を越えたあとの川辺ではごくごくありふれた非生物の姿をしていてベテランの獣士でもその存在に気づく事はできないのだ。 やがて獣士と獅子の復元獣は地面に倒れ付し、動けなくなった彼等に周囲で待機していたそれらが群がっていく。 そこに至ってようやく獣士はそれが敵だったことに気がついたが、すでに遅く、鎧の中へ、そして口内へとそいつの侵入を許してしまう。 無念、恐怖、苦痛、そして絶望の中で、その獣士は力尽き、息絶えた。
37 : 森の中を歩くアリストの前に、目の前の森林から一体の獣が飛び出してきた。 鎧の様な甲殻を身に纏った馬の姿をしており、同盟のメンコと鞍をつけているので味方の復元獣なのがわかる。 何かから必死に逃げるように飛び出してきたその復元獣はアリストの姿を見つけると、その場に崩れ落ちるようにして倒れ付し、荒い呼吸を繰り返すだけで動かなくなった。 「だ……れか…………」 復元獣の背から、アリストに声がかかる。 見れば、一人の獣士がその背に倒れこんでいた。 ただ、男は白目をむき、呼吸も薄く、かなり苦しげである。 「でた……苦しい………息ができなくなる…ひ…いえ…ない………奴等……いぐば…………うぅ…ぁ……」 見当違いの方に手を伸ばしながら、男は語りだした。 瀕死の男はそこにアリストがいるのか見えていないのだろう。 ただ、自分の復元獣が止まったので、反射的に語りだしているようである。 「ひえ…ない……どこにも………ぇぐぅ………」 丘に上がってしばらくたった魚のようにゆっくりともがきながら、男は訴え続けた。
38 : いつも通りリゼリアを乗せて空を翔るシルフィード。 いつもと違うのは、不思議な少女が後ろに乗っている事だ。 ペトラを後ろに乗せていると、まるで母か歳の離れた姉に見守られているような気分になる。 >「aからzまではあちらへ、AからZまではそちらへ。 それぞれ持ち場に付き、条件を満たした場合は儂の元まで戻ってこい、以上」 「成程……そんな事も出来るんだね」 リゼリアはペトラが蜂を探索に送り出す様子を感心しながら興味深げに見ていた。 かつて有魂獣の調教師をしていたリゼリアは、有魂獣自体の生態については多少詳しいが それが復元獣化した時の挙動についての知識は素人と大差ないのだ。 >「……うぐぅ、上空は息が吸いづらいのう。少し背中を借りるぞ」 ぴと、と背中にくっつく感触はやはり幼い少女のもの。 蜂が戻って来るのを待つ間、何気ない雑談で場をつなぐ。 「私、昔有魂獣の調教師をしてたんだ。ミツバチの有魂獣の調教をしてた時の事を思い出したなぁ。 花を指定して色んな種類のハチミツを集めさせるの。 ふふっ、戦いのための調教じゃなかったのよ。信じられる?」 リゼリアはそこまで言うと口をつぐんだ。蜂が帰って来たのだ。 蜂の死亡、ならいいのだが、交戦中や果ては死体を発見した可能性も無きにしも非ず。 平民獣士の中では先行したリゼリアだが、王族や貴族の獣士は別枠で説明を受ける。 そして王族貴族の獣士というのは、お飾りの復元獣従えて後方で見ているだけの名誉会員のような者もいれば 手柄を上げる事しか考えず前線に突っ込む戦闘狂もいたりと、極端な者が多い。 先に突っ込んで行った獣士が複数いる可能性も十分に有り得るのだ。 いずれにせよ、ペトラの設定した条件のどれを満たしていたとしてもその地点付近に敵がいるという事は間違いない。 「……行こう」
39 : シルフィードを駆り、蜂が示した地点の中で今いる場所から一番近い地点に降り立つ。 馬上から降りて辺りを探索してみようかと思った途端。 生い茂る木々の間から、獣士を背を乗せた復元獣が地面に倒れ込んだ。 >「だ……れか…………」 >「でた……苦しい………息ができなくなる…ひ…いえ…ない………奴等……いぐば…………うぅ…ぁ……」 「しっかりして!」 リゼリアは瀕死の獣士を抱え上げながら、心の中でシルフィードに探知を命じた。 人間では感知できないわずかな匂い、音、気配などを探るためである。 それに応え、シルフィードは翼を一回はためかせた。シルフィードの感知した情報を受け取るために前もって取り決めてあるサインだ。 「大変! 毒ガスかもしれない……!」 苦しい、息ができなくなる、はいいとして……言えない、とは何が言えないのだろうか。 正体を言ったら死ぬ呪いでもかけてくるから今回の無魂獣は正体不明なのだろうか―― 等と考えつつ、獣士をシルフィードの背に乗せ掛ける。 そしてシルフィードに翼を激しくはためかさせ毒ガス避けの追い風を起こしながら、弓矢を構える。 ここに来て後ろに若い女獣士――アリストがいる事に気付く。 「あなた、ここまで先行しているという事は復元獣は騎馬の類ですね!? 今すぐ出してください! 私の復元獣に四人は乗れませんから。 相手によっては一度退くのが賢明な判断やもしれません!」 相手の正体を一目見てから撤退・伝令しよう、等と思っているリゼリア。 しかし彼女は今回の無魂獣が一見見えない種類の物だ、という事に未だ気付いていない。 このままではミイラ死体がまた一体増えてしまうかもしれない。危うし。
40 : 「――戻ってきたか」 戻ってきた蜂を手元に受け入れ、羊皮紙の記号を確認していく。 最も近い地点を判定した後に、ペトラは鉛筆でそこにチェックを入れた。 その他にも蜂の記号を確認しながら、確認された地点にチェックを入れていくが、かなりの広範囲だ。 >「……行こう」 「何が有っても冷静さを失うでないぞ、リゼリア。 平常心をなくしたものから死んでいくのが戦場だからの」 リゼリアがシルフィードを駆って地上を目指す最中、忠告のようにペトラそんな事を言った。 そして、地面にシルフィードが舞い降りると同時に、ペトラも身を翻して地面に降り立つ。 身体能力こそ低いものの、技術的な面であれば超一級である為、飛び降りるくらいは大した負担でもない。 着地した次の瞬間にはペトラの周囲には蜂の群れが既に展開されつつ有った。 探査に出していた蜂達も一端解除され、再度ペトラの元に召喚される。 無数の羽音が重なりあっているが、統制がとれている為それ程音量は大きくなく、会話をするのには問題は無い。 >「だ……れか…………」 >「でた……苦しい………息ができなくなる…ひ…いえ…ない………奴等……いぐば…………うぅ…ぁ……」 >「しっかりして!」 醒めた瞳で獣士とリゼリアを眺めながら、ペトラは木々の中に佇む。 リゼリアがシルフィードに瀕死の獣士を運びこむのを視線で追いつつ、思考を回す。 貧相な体では有るが、その体が蓄えてきた経験だけは一級品だ。 (……死体は川の周辺が多く、今の症状は呼吸困難。 物理的な手段で死ぬのではなく、何らかの毒か何かで死ぬ可能性が多い、が。 水が抜ける様な毒は儂は知らん。ならば、水は『何か』が吸っているとも考えられる。 そして、今この男は苦しんでは居るが、まだミイラにはなっていない。とするともしや……)
41 : 体の随所が錆付きもはや廃材の寄せ集めといっても良いポンコツでこそ有るが。 幸いなことに頭までは錆び付いていたわけではない。 部下の犠牲を減らし、数十年の間、殺しても殺されないで来た老将はひとつの結論を出す。 ――今ここに無魂獣が居る その居場所も、何となくであるが予測がつかなかったわけではない。 影も形も見えず、未だに瀕死の獣士を苦しめている無魂獣の居場所。 危険がある。故にペトラは己の背筋に走る恐怖に素直に応じることとした。 恐怖は悪ではない。恐怖に呑まれる者は死ぬが、恐怖を上手く扱えるならば死は遠のくのである。 風上で深く息を吸った後、老将は指揮官として声の張り方を学んだ故に良く通る声を響かせる。 「――その獣士から離れろ、リゼリア。 あと、督戦隊のアリストじゃな。十分に引いておけ、警戒を怠れば死ぬからのう?」 名簿と、お供の騎士のマルコの調べた容姿表の暗記内容と照合しながら名前を判断。 督戦隊の獣士に引くように警告しつつ、ペトラは腰の剣を引きぬいた。 引きぬかれたのは、針といっても良い程に繊細な刀身を持つレイピアだ。 針のような細剣を構えるペトラは、そのドレス姿と相まって『女王蜂』という二つ名を納得させる風格が有った。 蜂の一匹が残像を残して瀕死の獣士の口に向かって翔んでいき、口の中に入り込もうとする。 もし入り込むことが出来れば、食道を通って体内に入り込もうとすることだろう。 そう、ペトラが予想した無魂獣の居場所は、体内。 どのような生物かは分からないが、姿が見えずまだ獣士が死んでおらず、ミイラになっていないのならば。 外からわからない死角に居るのではないかとペトラは予測。 体内に存在するかも知れぬ無魂獣を討つ為に、蜂の一匹を瀕死の獣士の体内に送り込んだのだ。 もし蜂が返り討ちに有ったとしても、体内に満ちた不気味な紫色の毒液が飛び散るはずだ。 それによって色が付けられる、または弱体化するのならばそれで御の字。 残念ながら瀕死の獣士は死ぬかもしれないが、このままでもどうせ死ぬだろう。 ならば少しでも犠牲を減らすために、ここで犠牲になってもらう。 冷酷なまでの無表情で蜂を繰り、女王蜂は大多数のために己の手を汚す道を迷わず選択するのであった。 【・予測:体内に入り込んで悪さをする無魂獣ではないか? ・行動:二人に離れるように警告、瀕死の獣士の体内に毒蜂を派遣】
42 : 川を目指して道なき道をゆくアリストは、一人だというのにぶつくさ喋っていた。 敵である無魂獣がどこに潜伏しているかもわからないのに、 自分の居場所を喧伝する愚を冒す意味。 とくにない。 だが、つぶやきだけでも言葉にしなければ、心がこの森の鬱蒼とした植物たちと同化して、 文字という文字を忘れてしまいそうなぐらい、気の遠くなる深い森だった。 「おのれ、沢はまだか……手についた泥が体温で乾いてカピカピになってしまったぞ」 時折鳥の羽ばたきと葉の擦れる音だけが聞こえる、静謐を讃えた森の中。 まるで緑色の霧の中んみいるかのようなそこは、掛け値なく野生の領域。 人が人であることを、文明の申し子であることを、意識せねば忘れてしまいそうな自然の王国。 天蓋のように空を覆う木々の隙間から、まだらに差し込む光の帯の間を縫って、アリストは歩く。 「ぬ」 ふと、遠鳴りのような音を耳にした。 それは、微かな振動を伴って、しかし確実にこちらへ向かってくる動きの音の群れだ。 「これは、蹄の音だな……?」 アリストの判断は即座であった。 まず背に担っていた長銃の革紐を外し、木製のストックを順手に握る。 右側面、火皿のあるべき場所に生えている折りたたみ式のハンドルは、既に限界まで回しきってある。 アリストの武装、圧縮空気式の長銃だ。 留め金を弾いて銃身を前後に折り、通常弾として鉄製のフレシェット(短矢)が装填されていることを確認。 空気圧で吹き矢のように射出されるこれは、対人においても殺傷能力が低く、 無魂獣相手ではあまりにも心もとない。 そもそもが、標的をRためではなく痛みを与えて恐怖で逃亡を抑えるための弾だからだ。 「こんなものでも、ないよりはマシか」 ストックを頬につけ、照準と照星を合わせ、その向こうに前方の茂みを見る。 蹄の音がすぐ傍まで来た途端、茂みから大柄な影が飛び出してきた。 影の正体は馬。甲殻を纏った、戦馬だ。 同盟章を鞍に刻んでいるために、それが友軍の復元獣であることはすぐにわかった。 「突如現れてなんだ貴様は!所属と名を名乗れ!」 懐から折りたたまれた名簿を出して、馬の乗り手に厳しく誰何するアリスト。 しかし答える声はない。 馬の背に突っ伏している獣士は、息も絶え絶えに、こちらを向きもしないで何事かを呟いている。
43 : 「お、おい貴様!何を言っている?報告ははっきりと正確に行わんか! ……呼吸ができないのか?」 獣士は喘息のようにこひゅー、こひゅーと音をたてるのみだ。 額にはびっしりと脂汗が浮かんで、顔も土気色になり、口は酸欠の魚のようにぱくぱくしている。 「一体何事が起こったというのだ……!」 そこへ、木の葉を洗うように突風が吹いた。 風を纏って舞い降りてきたのは翼の生えた馬の復元獣と、それに跨る二人の女獣士だ。 一人は革鎧を着込んだ妙齢の弓使い。 そしてもう一人は、瀟洒な衣服に身を包んだ少女だ。 弓使いの方が、倒れ伏した獣士を検分して、これは毒ガスかも知れないと言った。 己の復元獣に風を起こさせて、一先ずここにいる者がガスにやられるのを防いでくれる。 と、そこで弓使いは立ちすくんでいるアリストに気付いたようだ。 彼女はアリストへ、病人を運ぶために復元獣を出せと要請してきた。 「阿呆を言うな、貴様!貴族の馬に平民を乗せるなど許されるわけがないだろう」 とは言うが、実のところアリストは乗せたくても乗せられない事情があった。 それは彼女の復元獣が騎馬の類ではなく戦闘特化型のドラゴンであること、 そして病人を乗せるためには復元獣の全容を衆目に晒さねばならないからであった。 「それに平民、貴様撤退を申し出たか?敵前逃亡はその場で処罰を許可されているぞ?」 死にかけの獣士をそっちのけでアリストは長銃を弓使いに向ける。 だが、彼女は引き金を引けなかった。 弓使いの傍で、倒れた獣士を調べていた少女が、アリストの名を呼んで退避を促したからだ。 「子供、貴様なぜ私の名を……?」 督戦官は名簿に記録されないため、任務に参加している獣士達に面が割れないようになっている。 例外があるとすれば、同じ貴族獣士は平民とは別の名簿を持っているため、 アリストの名を知っていてもおかしくはないが……。 「その風貌、蜂の復元獣、レイピアの剣術……貴女がエメリッヒ公か」 ペトラ=エメリッヒ辺境伯の名は貴族獣士の中で知らぬ者はない。 その異貌な復元獣はもちろんだが、彼女は何度も死地に追いやられ、その都度生き残ってきた古兵だ。 最強を標榜するインペリアル家においても、その武名はよく轟いている。 「ということはその平民は貴女の従者だな。これは知らぬこととはいえ失礼した。 だがな、この現場における監督権は私にある。従ってもらおうか、エメリッヒ公」 アリストは懐に手を入れ、一枚の羊皮紙を取り出した。 「その男を使って何事かを検証したくば、まずこの書面にその旨を明記しサインを行い、 封蝋を施した上で所定の作法に従い投函、3日以内には私から決済を……って、話を聞かんか!」
44 : アリストが長々と講釈を垂れているうちに、ペトラは蜂を獣士の体内へと入り込ませてしまった。 なんとなく、蜂を食わされた獣士の方に感情移入してしまって、アリストは小さくえずいた。 「大体だな、蜂を体の中に入れて何になるというのだ? 犠牲者の亡骸は私も見てきたがな、あんな状態を作り出せるのは、 何か火を使う無魂獣に決まっている」 アリストは督戦官として赴いた任地で、 触れた者を発火させる鱗粉を持つ蛾の無魂獣などを見たことがある。 「それとも何か? その男の体内に何者かが潜んでいて、そいつが獲物を陸で溺れさせているとでも? だが、こやつとて手練の獣士、むざむざ体内に入り込まれる隙を作るとは思えんがな。 無味、無臭の毒ガスを知らずのうちに吸い込んだという推測のほうがよほど根拠がある!」 アリストはペトラの検証に無意味を感じ、つんとそっぽを向いた。 「でなければ、よほどその無魂獣は、無害な外見をしていて、 獲物が自分から体内に取り込んでしまっているかだな。 だが、そんな無魂獣を私は見たことがないし、そんな話聞いたこともない――」 ぐちゃり、と足元で音がした。 泥だ。蔦を靴に巻いているから滑りこそしないが、その踏みごたえは心地よいものではない。 そして、今だからわかる違和感がアリストにはあった。 「なぜ、この男は川の方からこちらに向かって走ってきたのだ……?」 水分を吸い取る敵に遭ったなら、普通は乾きに耐えかね水を求めて川へと向かうはずだ。 距離的にアリスト達よりも川の方が近かったのだからなおのこと。 しかし、この男は川と正反対のこちらまで走ってきた。 「否――」 前提が逆だ。 もしもこの男が、『川から逃げてきた』としたら。 もっと言えば、川で敵と遭遇し、命からがらここまで逃走してきたのであれば。 「その男が体内に取り込んだ"敵"とは――!」 一歩、アリストは後ろに下がった。 またしても、足元で泥の潰れる音がした。 この森の土は、アリスト達が立つ大地は、『雨が降ってもいないのにぬかるんでいる』。
45 : 林立する墓標と朽ちた木の十字架。 おどろに垂れ下がる木の枝が、死神の手のように墓石を撫で回し、 永遠の眠りに尽く死者たちの安息を妨げる者の侵入を拒むかの如く、茨の藪が生い茂る。 湿った土と、死の匂い―――― 立ち込めていた霧が晴れ始め、広漠たる荒地を木柵で囲んだだけの墓地を、冴えた月が照らしている。 夜半の墓地は、寂しく、すさまじい。 ニ百年前、黒死病の流行によって大陸の人口の三割が死滅して以来、 伝染病の蔓延を防ぐ目的で、遺体を埋葬する墓地は、都市の中心部から引き離されることとなった。 無論、こうした郊外の墓地に葬られるのは、奴隷と市民階級、資産を持たぬ下級の貴族までで、 広大な所領を有する王族や大貴族は、敷地内に礼拝堂を併設した専用の墓所を持っている。 茨の藪に身を潜めていた男が、そろそろと顔を出す。 粗末な作業着を身に着けた赤髪の青年だ。 隠れ場所を出た青年は、臆病な兎のように体を震わせながら、墓地の中を歩き始めた。 葬儀屋の徒弟である青年は、墓場には慣れている。 震える理由は墓場の物寂しさからではなく、別種の恐怖と興奮からであった。 葬られる死者を待つべく、穿たれた墓穴。 その脇に、砕けた鎧を纏った騎士が、割れた面頬から血塗れの顔を覗かせて、無残な姿で斃れていた。 赤髪の青年は、荒い息に肩を上下させながら、墓穴に灯火を翳す。 騎士が一騎打ちを仕掛けた相手―― 己が命を賭けて欲した者の姿がそこにあった。 漆黒の馬――――! 穴の中に逆さまに落ち込み、剥き出しの腹を見せて藻掻く馬体の裡側に、 彼は、自らを魅了する精強な力を見た。 力強く、荘厳で、希少な、『魂』の内在を。 力を手にしたい―――その欲望は、『魂』を喰らい、自在に操る『獣士』たる者の宿命なのだろうか。 獣士としての自覚、その萌芽が、欲望を加速させる。 青年は、銀の燭台――本来は葬儀の装飾用であるそれから、灯火の蝋燭を外した。 高まる鼓動。尖端を馬体の胸に定める。 抗えぬ欲望に任せて、高々と掲げたそれを、一気に振り下ろした――――! それから、八年の年月が過ぎ……、
46 : * * * * * * * * 「………アカン……今月も赤字や……!」 ベッポ・アウトゥンノ・タッカーオは、執務机の上に突っ伏して頭を抱えた。 教皇の庇護下にある商業都市ジェミニ。 下町にある葬儀屋バルサダーレ商会、そのちっぽけな事務所が男の牙城だった。 葬儀屋とは、文字通り、葬儀を請け負う者だ。 この時代、葬儀は、教会の中で聖職者の手によって執り行われ、その作法や手順は、 宗教宗派ごとに仔細極まる取り決めがあった。 棺桶から蝋燭まで…必要な祭具一切の用意、遺体の処理装飾、埋葬許可証の取り付け、墓堀人や荷担ぎ人の手配。 そうした煩雑な葬儀の準備を一手に引き受け、教会との橋渡しを行い、 式から埋葬まで、滞りなく進行するように気を配る――それが葬儀屋の仕事である。 「……あの貧乏貴族め……気位ばかり高うて、とんだシブチンや。 出すモン出さんと用意するものも出来へんちゅうねん。 あんなシケた葬式で揉め事起されたら堪らんで……まったく!」 つい三日前、請け負った葬儀での一幕を思い起こして、彼は舌打ちをくれた。 サン・ピエーナ大聖堂。 白大理石の張り巡らされた美しい外壁と、双子塔の鐘楼で有名な威容。 その日、内部で執り行われていた葬儀は、壮麗な外観には不釣合いなほどに質素なものであった。 身廊と側廊を隔てる柱に張り巡らされるはずの黒幕は、丈足らずのものが数枚きり。 祭壇を飾る灯明も、装飾用の銀器も、貧相なものが申し訳程度に置かれているだけだ。 やがて、喪服の参列者を前に、聖歌隊が賛美歌を歌い始めると、 亡くなった当主の叔父に当たるという老人が、「曲順がおかしい、中抜きされている」と喚き出した。 葬式は際限なく金を呑み込む怪物だ。 歌われる賛美歌の数と種類、司祭の階位、打ち鳴らされる鐘の数、それぞれに金額が定められている。 お布施の額で曲種が変わることを老人に納得させ、怒る司祭を宥めて、なんとか式を続行したものの、 後になって「恥をかかされたのだから責任を取れ」と、依頼主が代金の大幅値引きを要求してくる始末。 「金にならん仕事ばっかりや!今月は教会から三体も、無縁仏の埋葬を押し付けられるし…。 上納金…いや、お布施が足らんっちゅうことかいな。 こんなことが続いたら干上がってまうで、ホンマに……。」 葬儀屋が依頼主から受け取った代金の大半は、教会に上納される。 葬儀屋の利益は、依頼主からの心付けと、棺桶屋、祭具屋など出入りの業者からの手数料が殆どを占める。 葬儀に使用する品々の代金のうち一定割合が、手数料として葬儀屋の懐に入る仕組みだ。 そのため、葬儀の規模が大きく、使う祭具も高価であるほど、利益も上がる。 人件費と教会への上納金を差し引いて儲けを出すためには、月にニ度は大きな葬儀を請け負わねばならない。 頭を抱えるベッポの背後で扉が開き、徒弟が顔を見せた。 徒弟は、伝令から受け取ったという封書を差し出す。中には書状が一枚。 それは、国際連盟の印が押された、獣士ギルドからの招集状だった。 ベッポはにわかに色めき立つ。椅子を倒す勢いで立ち上がり、 「ドニーノ!何してんねん!親方の出陣や!支度せえ! 何って獣士ギルドの呼び出しに決まっとるがな。 グズグズするな!お前らの飯代や小遣いかて馬鹿にはならんのやぞ。 何があったのか知らんけど、 わてにまで呼び出しが掛かるちゅうことは、相手は相当厄介な無魂獣や。 こら、ぎょうさん死人が出るでえ! その上、どこぞの大貴族はんと縁が出来りゃめっけもんや!」 いつもは血色の悪い頬を紅潮させ、呆気にとられる徒弟に向かって声を張り上げた。
47 : ニ日後――――― ウォルト砦付近の森の中に、馬に跨った男の姿があった。 黒い上着に黒い半ズボン、黒いマント。靴も黒なら帽子も黒という、全身黒の"喪"の装い。 ただ斜に被った帽子の隙間から、燃えるような赤い髪が覗いている。 騎馬姿は、威風堂々――とは、とても言えぬほどに拙く、危なっかしい。 「走ったらあかんて!足場が悪うて揺れる!ほい、常歩(なみあし)、常歩(なみあし)や!」 馬体は漆黒。鞍は着けていない。 黒い馬体の額に一点だけ浮かぶ菱形の白斑が、さながら闇夜に煌く星のようだ。 胴体を包む馬衣に隠れて殆ど見えないが、その体には剣で切り裂かれた傷が幾条も刻まれている。 馬衣は、書状と共にギルドから送られてきたもので、同盟の印が刺繍されていた。 「ああ、もうアカン!酔うてまう!やっぱり歩いた方が速いわ!」 ベッポ・タッカーオは、馬の止める。 不恰好な仕草で背から降り、横腹にしがみ付きながら、どうにか地面に足を付けた。 隣で静かに佇む黒馬は、彼の復元獣。 闇夜の墓地に現れて死肉を食らい、悪夢を見せるという、伝説の魔獣――夢馬ナイトメア。 『嘶き』による衝撃波、鉛玉をも通さぬ鉄の皮膚。 戦闘力も防御力も高い方だと言えるが、使役するのが戦場には縁遠い商人となると、いささか頼りない。 事実、獣士の意のままに動く筈の復元獣の背に乗ることすら、おぼつかぬ程だ。 「シルバーブレイズ…お前も不似合いな主人を持ったもんやなあ。 せやかて、お前の使い道は、戦うことばかりや無いよってな。」 口端に微かな笑みを浮かべて、そう語り掛ける。 ベッポは、己が使役獣を、"シルバーブレイズ――銀星"と呼んでいたが、名付け親は彼ではなかった。 初めて夢馬を目にした時、その名を口にしていた騎士は、最早この世にはいない。 黒衣の掌が、馬の鼻面に翳されると、黒い馬体は白い燐光となって吸い込まれていった。 後に残ったのはビロードの馬衣だけ。 畳んだそれを背負い袋に入れると、彼は砦を目指して歩き出した。 ベッポが、招集の地――ウォルト砦前の広場に辿り着いた時には、既に担当武官の説明が始まっていた。 けれど、何とか、あらかた状況を把握する程度には話を聞くことが出来た。 敵は、砦とアルト山脈を結ぶ森の中に出没し、補給路を撹乱するという無魂獣。 ミイラ化した死体は、川沿いで多く見つかるという。 姿を見たものもなく、攻撃方法も不明。その正体は謎に包まれている。 「さてさて、やはり正体不明の厄介な無魂獣ときたかいな。そんなことより、ええ人脈を探さんと。」 ベッポは、広場にたむろする獣士たちを品定めをしながら、周辺を歩き回った。 屈強な野獣を従えた者、俊敏そうな大鷹を肩に乗せた者……そこには歴戦の獣士が集っていたが、 どれも目的にそぐわぬ者ばかりだ。 彼の目的は、有力貴族との縁故を作ることである。 貴族や王族の獣士は、めったに戦場に出ることは無いと聞くが、何処にでもへそ曲りは一定数いるものだ。 ベッポが獣士として招集を受けたのは、これが三度目だが、 以前戦場に赴いた折にも、跳ねっ返りの貴族の娘が前線に飛び出して、従者の手を焼かせていた。 広場の横を通る道に目を遣ると、黒鎧を着込んだ長身の男が、砦へと歩を進めていくのが見えた。 輝く金髪に意思的な顔立ち。堂々とした身のこなし。一目で高貴な生まれと判る。 「あの黒鎧は、まさか…!こないな上玉に早速出くわすとは。ツイとるでえ!」 出発前、獣士ギルドに赴き、有名な貴族獣士の名と略歴を調べ上げている。 ベッポは、後髪をなびかせて颯爽と歩く男の後を追った。 が、足の長さの違いによるものか、いくら急いでも、二人の距離は一向に縮まらない。
48 : ベッポが漸く砦に着くと、男は敷地内にある屋根付きの簡素な建物に入っていくところだった。 「うわあ!こら、えらい数の仏さんどすなあ! これだけの数になると、逐一死体を国元に送るのも大変ですし、合同葬ってことになりますかいな? ギルドの方から仕事を回してもらえんものかなぁ。」 次いで、建物に入ったベッポは、居並ぶ死体を目にして、思わず声を上げた。 黒鎧の男は、銃を背負った精悍な青年と共に、腹を切り裂かれた死体の側に佇んでいた。 先客の二人が振り返るなら、目を糸のように細めて微笑む男の顔を見ることだろう。 >「……ど…どうやら、おっしゃる通りだったようですね。ではこれで…。」 ベッポの入室と入れ違いに、銃使いの青年は建物を出て行った。 その背中を見送ると、ベッポは、"気をつけ"の姿勢を取り、黒鎧に一礼する。 「グリニア帝国のシリウス殿下とお見受けいたしますが? わたくし、ジェミニで葬儀屋を営む、ベッポ・アウトゥンノ・タッカーオと申します。 以後、よろしゅうお見知りおきを。」 胸を張り、上着に縫い付けた教会庁公認の葬儀取締認可証を、わざとらしく示して見せる。 そうして、ふいに床の上の死体に目を落とした。 「これも仏さんの一人でっか。まあ、なんと惨い有り様で。 食道が破れて、内臓がすっかり腐食溶解してしまっとる。 どうやら体内に入り込まれて、水気を吸われたようですな。」 不可思議な死体に葬儀屋として興を惹かれたのか、跪いて死体を検め始める。 「しかし、妙ですなあ。 着ている服まで、何年も天日に晒したみたいに、カラッカラに干乾びとるやないですか。 わては、大型の吸血蝙蝠に血を吸われて死んだ人間のご遺体を見たことがありますが、 体こそ干物みたいになっとりましたが、服まで、こないに乾いてはおりまへんでしたで。」 ベッポは、荷物から天眼鏡を取り出して、干乾びた衣服を仔細に検め出した。 衣服の表面に、何かが付着していないか確認しているのだ。 そして、暫し考え込むと、おもむろに虚空に手を翳す。 燐光が集って黒馬の形を取り、傍らに佇んだ。 「わての復元獣――夢馬ナイトメア――"シルバーブレイズ"でおます。 コレには、ちょっとした特技がありましてなあ。 食ろうた者の記憶を、ほんの断片ですが、投影して見せることができるんですわ。 この仏さんには悪いけど、これ以上の犠牲者を出さんためや。 ちょっと頭を齧らしてもうて、件の無魂獣の手掛かりにさせてもらいまひょか。」 【干乾びた衣服の表面を虫眼鏡で確認。何かくっついていないかな】 【死体を齧るなんてとんでもない!な場合は止めて下さい。】 【大丈夫な時は、齧ったていで進めてください】
49 : 名前:ベッポ・アウトゥンノ・タッカーオ 性別:男 年齢:32 身長:168 体重:56 容姿:頭頂部の逆立った赤毛。顔色は青白く、瞳は黒っぽい。笑うと目が糸のように細まる。 やや前かがみで貧相な体格。葬儀屋の広告塔として常に黒い喪服を着用している。 黒いダブレット(キルティングを施した上着)の詰襟から少しだけフリルの襟を覗かせ、 腰までの丈のマントを羽織っている。下は、膨らんだ半ズボンに黒タイツ。足首までのブーツ。 頭にビレッタ(大き目のベレー帽)を被り、首に銀のロザリオ、手首にジェット(黒玉)の数珠。 上着の胸に、教皇庁による葬祭取締認可証と 葬儀屋のシンボルである、棺を運ぶ骸骨の紋章を縫い付けている。 おいたち:教皇の庇護下にある商業都市ジェミニ出身。 幼少時に葬儀屋バルサダーレ商会の親方に拾われ、徒弟として修行を積み商売を覚えた。 親方の死後、葬儀屋を引き継ぐが、無魂獣の襲撃による国土荒廃と不景気、 主な顧客であった中流貴族の祭事自粛ムードを受けて経営はカツカツ。 より金払いのいい上客を求め、大貴族、王族に伝手を作る目的で、 上流階級の成員も多いという獣士ギルドに身を置いている。 備考:独自の文化を持つ商業都市出身ゆえ、言葉に訛りが強い。(関西弁はジェミニ訛りということで) 腰が低く如才なく口が上手いが、商売熱心が過ぎて、あからさまなセールストークで顰蹙を買うことも。 手先が器用。簡単な手品や縄抜けなんかが出来る。 若い頃から、下町の酒場で、小銭を賭けたナイフの的投げに興じていたため、ナイフ投げが得意。 マントの下に鉄串のようなナイフを数十本忍ばせている。 戦闘経験は皆無。乗馬の腕も素人並みで、ようやく駆け足が出来る程度。案外身が軽く、逃げ足も速い。 戦場で出来ることといえば、斥侯と情報収集くらい。 仕事柄、各宗派の祭儀典礼の作法、死についての伝説伝承に詳しい。 アウトゥンノは洗礼名。「秋」を意味する。 備考2:葬儀屋とは――教会との交渉、棺桶・墓石の買付け、葬儀に必要な祭具の準備、 埋葬許可証の取り付け、墓堀人・棺桶運搬人の手配、といった具合に 大事から細事まで葬儀の一切を取り仕切る葬儀請負業者である。 使用復元獣:夢馬ナイトメア――"シルバーブレイズ" 霧に包まれた闇夜の墓地に出没するという人食い馬。大きさはサラブレッド程度。 『悪夢の象徴』『死を迎える者の夢枕に立つ』『死神の馬』といった不吉な伝承を持つ。 墓を発き死肉を漁るが、人肉以外の獣の肉も食べる。生きた人間を襲うこともあるらしい。 その『いななき』は、特殊な音響で空気を鳴動させ衝撃波(ソニックブーム)を生む。 威力は、まともに食らえば、雄牛の体をも両断するほど。 荒い鼻息と体から立ち昇る蒸気は霧となる。 皮膚は非常に固く、鋼の刃で斬り付けても刃毀れし、マスケット銃の鉛玉も通さない。 しかし銀製の武器には弱く、容易く切り裂くことが出来る。 『悪夢を見せる』という伝承は、喰らった死体の記憶の断片を霧に投影する所から来ている。 "シルバーブレイズ(銀星)"の名は、漆黒の馬体の額に一点だけ白の斑があるところから。 ――――今を去ること八年前。 葬儀屋の徒弟だったベッポは、埋葬を見届けた帰りに、郊外の墓所でナイトメアと騎士の闘いに遭遇。 茨の藪に隠れて様子を伺うベッポは、漆黒の夢馬に"魂"の内在を見抜き、 自らが"獣士"であることを悟る。 戦いは苛烈を極め、夢馬の皮膚には白銀の剣による傷が幾条も刻まれ、 衝撃波で鋼鎧を破壊された騎士は瀕死の有り様だ。 傷ついた騎士は、夢馬を誘導し墓穴に落とし込むと、力尽きて倒れた。 ベッポは隠れ場所を出て穴を覗き込む。馬は逆さまに墓穴に落ち込み、身動きがとれずにいる。 彼は剥き出しの馬の胸目掛けて、銀の燭台を突き立てた。―――― ベッポ自らがつけた傷ではないため、発動時に剣の傷は再現される。 浅い傷なので動作に支障は無いが、やはり長時間の連続使用は厳しい。
50 : 名無しは立ち入り禁止ですか
51 : 「良かったな、お前の剣は人を殺めずに人を救ったぞ…名誉あることだ喜べ」 嫌な顔を浮かべる兵士に俺はそう言ってやった。 どうやら俺の読みは当たっていたようだ。 死体の臓物は原型を留めていないほどに破壊され、形が残っている臓器も 毒々しく変色している。 これで大まかな死因はわかったが、これだけでは無魂獣の正体、対策を考えることは難しいだろう。 毒の種類はどんなのか?どのようにして体内へ入ったか?解毒剤は作れるのか? せめてそこまで把握しておきたいが、薬学に秀でた者がこの場にいない以上 その点は諦めざるおえないな。 そうしている合間に、ジェームズは怖気づき、逃げるように去っていった。 まぁこれを見れば誰だって逃げ出したくなるか、俺も暫くは肉は食えそうにない。 とりあえず、この男(剣を借りた兵士)に伝令を頼もうかと考えた矢先 視線の先にいたのはベッポ・アウトゥンノ・タッカーオだった。 ベッポはベッポなりの丁寧な挨拶をしたあと、早速死体へ食いつく 「ほう…さすがは葬儀屋だな、一目見ただけでわかるか」 名簿で確認したときは前線に立つようなタイプの獣士ではないと判断して 名前だけ覚えていたが、こうしてみるとなかなかに頼りがいのある奴だな 特にこういう限られた状況なら尚更だ。 >「しかし、妙ですなあ。 >着ている服まで、何年も天日に晒したみたいに、カラッカラに干乾びとるやないですか。 >わては、大型の吸血蝙蝠に血を吸われて死んだ人間のご遺体を見たことがありますが、 >体こそ干物みたいになっとりましたが、服まで、こないに乾いてはおりまへんでしたで。」 「そうだ…敵は腑から襲ったにもかかわらず、何故もっとも外側にある服まで 乾燥させたのか、それが皆目見当つかんのだ」 そう内部から攻撃で十分なはずなのに、何故態々服まで乾燥させたか おそらくはこの点が無魂獣の正体を掴む最大の手がかりになるはずだ。 ベッポもそう考えたのか、天眼鏡で衣服を調べる。 暫くして、ベッポは自身の復元獣を出した。 「おぉ!ナイトメアか!復元獣であれ初めて本物を見たぞ」 ナイトメアの伝承を初めて聞いた頃から復元獣候補として考えていた馬をこうして 目の当たりにしてみると心が躍る。 「速さはどのぐらいだ?乗り心地はどう…ゴホンゴホン!それどころじゃ無かったな すまない、一時期こいつを復元獣にしようかと考えていた時があったのでな、つい浮かれてしまった 死体を食って、生前の記憶を見せるのかいいだろう。 ただ一つ条件がある。この男はお前が手厚く葬ると約束しろ、無論、金が必要なら俺が出す お前(剣を借りた兵士)もこの事を担当のものに伝えておけ」 この男のお陰で俺たちは無魂獣の手がかりを掴むことが出来た 手厚く葬ることがこの男に出来る最大の礼だと俺は考える。 【死体かじってもいいけど、ちゃんと葬ってね】 【※兵士の剣はまだ返してません】
52 : >「阿呆を言うな、貴様!貴族の馬に平民を乗せるなど許されるわけがないだろう」 >「それに平民、貴様撤退を申し出たか?敵前逃亡はその場で処罰を許可されているぞ?」 「こんな時に何を言っているの? 人が死にかけてるんだよ!」 貴族だと名乗り銃を向けてくる相手にひるまず食って掛かるリゼリア。 元々貴族といえる立場出身なのもあるが、それ以上に本心では身分等どうでも良いと思っている節があった。 それに敵わない相手を前に引く事の何が悪いのか、とも思っている。 たくさんの人命と引換に戦線が突破されるのを少しの間延ばす事より、一端退いて反撃の策を講じる事の方が長い目で見れば余程理に適っている。 一見穏やかな常識人に見えるこのペガサス乗り、よく言えば自由な心を持つ者、有体に言えば変わり者であった。 規律を重んじるアリストと一触即発の事態になりかねなかったが、ペトラの一声がそれを阻止する。 >「――その獣士から離れろ、リゼリア。 あと、督戦隊のアリストじゃな。十分に引いておけ、警戒を怠れば死ぬからのう?」 どうして? その問いが発せられる事はなかった。ペトラの方を見たリゼリアは息を呑む。 レイピアを構えるその姿には有無を言わさぬ気迫、女王蜂と言う名にふさわしい貫録があった。 彼女が言うならその通りにしておいた方がいいのだろう、通常非戦闘員の天馬乗りにそう思わせるには十分な物であった。 >「その男を使って何事かを検証したくば、まずこの書面にその旨を明記しサインを行い、 封蝋を施した上で所定の作法に従い投函、3日以内には私から決済を……って、話を聞かんか!」 「アリスト様、彼女の言う通り離れておきましょう」 ペトラに言われた通り瀕死の獣士から距離を取り、何やら興奮しているアリストにも離れるように促す。 督戦隊――敵前逃亡を防ぐために友軍を見張る任を受けた者達。 戦闘要員ではないリゼリアは滅多にお目にかかる事は無いが、そのような任を与えられている者達がいると話には聞いている。 彼らとて好きでそのような任務に就いているわけではないのだろう。 悪いのはその役職を設定している獣士ギルドのシステムであって、彼ら自身に反感を持つのはお門違いだ。 ペトラは瀕死の獣士の体内に蜂を送り込んだ。体内に無魂獣が潜んでいるかもしれないと踏んだのだ。 その様子を見たアリストのぼやきから推理が始まる。
53 : >「それとも何か? その男の体内に何者かが潜んでいて、そいつが獲物を陸で溺れさせているとでも? だが、こやつとて手練の獣士、むざむざ体内に入り込まれる隙を作るとは思えんがな。 無味、無臭の毒ガスを知らずのうちに吸い込んだという推測のほうがよほど根拠がある!」 >「でなければ、よほどその無魂獣は、無害な外見をしていて、 獲物が自分から体内に取り込んでしまっているかだな。 だが、そんな無魂獣を私は見たことがないし、そんな話聞いたこともない――」 「普通なら体内に入り込まれるまでじっとしているなんて有り得ない。 でも無害な外見をしていて無味無臭の毒ガスを出すとしたら――?」 >「なぜ、この男は川の方からこちらに向かって走ってきたのだ……?」 >「否――」 >「その男が体内に取り込んだ"敵"とは――!」 同じ事に思い至ったのか、リゼリアはアリストと顔を見合わせる。 答え合わせ、とでも言わんばかりのこのタイミングで状況は一気に動いた。 瀕死の獣士の口から、まるで逃げ出すかのように液状の何かが出て来たのだ。 這いずるように動く様子は不気味そのものだが、動きを止めてしまえば水溜りの様にしか見えない。 「――ペトラ、危ない! そいつが毒ガスを出しているのかもしれない!」 周囲を改めて見回してみると、水溜りがたくさんある。 その中のどれが敵の擬態したものか、分かった物ではない。 もしかすると、シルフィードが翼で煽いでいなかったら今頃全員毒ガスにやられてのた打ち回っていたのかもしれない。 今すべき事は一刻も早くこの場から離れてこの事実を友軍に伝える事だ。 「いったん帰ろうペトラ、これ以上犠牲が出る前に皆に知らせなきゃ! アリスト様、撤退しましょう! 立場上色々あるとは思いますが仮に私をここで処罰したらあなたも死にますよ!」 皆に自らの復元獣に乗っての撤退を促す。 普段は大勢乗せる事はまずないシルフィードだが、そこはやはり物理法則外の力で飛ぶ神秘の獣。 飛行速度度外視でただ飛ぶだけなら物理的に可能なだけ乗って乗れない事はない。
54 : しばらく井戸の前で呆然としていたジェームズだったが、いつまでもそんな所にいればサボタージュの疑いをかけられかねない。 敵の正体と能力についての確信を得ることができないまま、断片的な情報だけを頼りに出発する事となっていた。 ただ、ジェームズとてムザムザ何の策も無く出発するわけではない。 要は敵無魂獣から先制を勝ち取る事ができれば、毒ガスだろうが奇襲攻撃だろうが恐れる事は無いのだ。 森林へと入ったジェームズは、闇雲に森のほうへは入らず、荷馬車などが通行するための補給路として使われている道幅の広い大きな道を歩んでいく。 まずは見通しがきき、歩きやすいこの道を川まで進み、それから森の中へ入って、罠を設置するつもりだ。 ただ、この道には両サイドの森から自分の身を隠す遮蔽物が無いのでもし無魂獣に襲われれば脚が速く騎乗できる復元獣を持っていない限りは真っ向勝負を挑まねばならない。 なので単独行動している他の獣士達は無魂獣の群れと遭遇しての直接対決を恐れて森林を進んでいる者が多いが、 怪力を誇るレインベアーと、銃を持っているジェームズには直接対決となっても勝つ自信がある。 敵の毒ガスも、レインベアーを自分より数十メートル先行させ前方の空気の安全性を確かめながら進めば、簡単にやられる事は無いだろう。 いきなり自分が毒ガス以外の武器で襲われる事も考えたが、死体には外傷は無かった事から毒ガス以外は大した武器をもっていない事が想像できる。 それに、自分以外にもこの補給路を先行している獣士が必ずいるはずだ。 自分の中でこれからの行動と、その行動にかける自信を反芻し、ジェームズは覚悟を決めると、レインベアーを再び出現させてマントを羽織らせる。 深呼吸を一つし、そしてジェームズは補給路を歩き出した。
55 : 結論から言って、敵の存在を感じた時点でリゼリアがシルフィードに毒ガスを散らす様に指示し、苦しむ男が来た時にペトラが彼の体内に蜂を侵入させた事はこの時最良の結果をもたらしていた。 …リゼリアの想像通り、既に彼女達は囲まれ、毒の霧は彼女達を静かに取り囲んでいた。 見えない毒ガスと、川の水に紛れての体内への侵入で人体に致命的な打撃を与える液状の無魂獣達はアリストが泥でぬめった地面をこえたあたりで既に彼女を囲み、毒の噴出を始めている。 アリストを囲むように移動したわけでは無い。この森の複数個所で無魂獣達は無害な水溜りの不利をし、あるいは川の水に紛れ、獲物がかかるのをじっと待っていたのだ 幸いにしてその毒ガスが効力を発揮する量をアリストが吸い込み、症状が発祥する前にリゼリアがガスをシルフィードに散らせているため彼女等は助かったが もし今シルフィードが風を起こすのをやめれば、毒ガスが彼女達の気管進入し、肺を破壊して強い呼吸困難と、神経麻痺を起こして動けなくさせていただろう。 男は大変に幸運だった。 自分の復元獣がタフネスが売りの騎馬タイプであり、毒ガスの中を強行突破できた事が一つ。 次に騎馬の頑張りでアリストやリゼリア、ペトラ達の下に辿り着け、リゼリアのおかげでガスから開放された事が一つ。 最後に、そのリゼリアが偶然にペトラと行動を共にしており、ペトラの迅速な判断で体内に侵入した無魂獣が内臓を食い荒らす前に体外に排出された事が一つ。 すばらしい幸運に救われた男の土気色をしていた顔にわずかに生気が戻り、呼吸も多少回復した。 男の生命をペトラはあきらめていたが、幸いにしてその必要は無さそうである。 さてそれでも無魂獣に囲まれていると言う危機的現状に変わりは無い。 無魂獣の攻撃は正体がわかってしまえば毒ガス以外は恐れるに足りないが、相手は液体、物理的な攻撃は効果を発揮しないだろう。 そして陸路で突破を図れば、駿馬をもってして毒から逃れられなかったシルフィードの背の男の二の舞を踏むだろうから、この場はリゼリアのいうとおり、空からの逃走しかないかもしれない。
56 : シルバーブレイズの体から発せられる霧に、齧られた死体の記憶が映し出されていく。 その横ではシリウスに剣を返してもらえず、その上死体損壊の件を関係部所に報告させられる事となった兵士がすっごい嫌そうな顔をしているが、そんな事はどうでもいい。 まず、霧の中に映し出されたのは三台の荷馬車と、それを囲んで歩く護衛の兵士、20名程だ。 完全武装の兵士達は少しの間歩いていたが、やがて一人が胸を抑えて苦しみだし、一人、また一人とあっという間に次々と倒れ付していく。 荷馬車を引く馬もがくりと崩れ、状況が飲み込めずにあわてている間に、兵士も補給部隊員も胸を押さえ、地面に倒れてもだえ苦しんでいた。 そして、そいつ等が動き出す。 近くに広がっていた水溜りが急に動いたかと思うと、近くにいた兵士を包み、もがく兵士を陸の上でおぼれさせはじめたのだ。 それだけではない、透明な水の中で、兵士は見る間にミイラへと変わっていき、更に水の固まりは徐々に大きさを増していく。 胸の痛みに苦しみながらも這うように水溜りから逃げようとする兵士達。 しかし、周囲にあった水溜りが一斉に動き出し、兵士達を次々と飲み込み始めた。 何人かは剣を投げつけたり、ライフルの引き金を引くなどして応戦を試みるが、弾丸も刃も水を貫通するだけで、全く効果は見られない。 …やがて、霧に映し出されている視界もまた、液体に覆われた。
57 : >「阿呆を言うな、貴様!貴族の馬に平民を乗せるなど許されるわけがないだろう」 >「それに平民、貴様撤退を申し出たか?敵前逃亡はその場で処罰を許可されているぞ?」 >「こんな時に何を言っているの? 人が死にかけてるんだよ!」 「……ハ、ん」 鼻で笑う声を漏らしながら、シルフィードに背中を預けながら爪の汚れを取ってふぅ、と飛ばす老少女。 冷めた色の瞳は二人の言い争いに苛立つでもなく、ただ観察するように見定めるだけだ。 周囲に警戒は怠らず、今は言い争っている状況ではないことを再確認。 此方に向き直り、高圧的な態度を取る相手に対して、ペトラは特に不快な感情を抱くことはない。 士気を保ち、引く兵士を前線に叩き戻すためにはある程度強硬な態度や頭ごなしな振る舞いも必要であることを理解しているからだ。 >「その風貌、蜂の復元獣、レイピアの剣術……貴女がエメリッヒ公か」 >「ということはその平民は貴女の従者だな。これは知らぬこととはいえ失礼した。 > だがな、この現場における監督権は私にある。従ってもらおうか、エメリッヒ公」 「アリスト・テレサ・インペリアル。最強を標榜するだけ有る気概だの、おなごに使うのは不適当じゃが、雄々しい有様じゃ。 5年もすれば良い女になっとるじゃろうよ、色んな意味でのう? さて、監督権は確かにお主にあるじゃろう。じゃが、書類に目を隅まで通して暗記はしておらんようじゃの?」 相手の高圧的な態度に対して、ペトラはそれを否定することはしなかった。 貴族としてその振る舞いは普通の者であるし、監督役となれば権力を振りかざすのも理解できるからだ。 だが、ペトラは笑みを崩さない。のらりくらりと相手の言葉を受け流しながら言葉を紡いでいく。 そして、相手の出したルールに対して、此方もルールを以て相対する事を意趣返しとした。 「生命の危機がある状況であれば現場判断は獣士に一任される。また、戦略的に逃走が必要な場合は逃走も有りとする。 ただし、後に所定の手続きで文書を提出せねばならんがの。現在はその危機的状況と儂は判断するよ。 なにせ、もう既に此処で一人が死にかけており、そして此処に死亡事件の原因が存在する可能性が高いのじゃからのう?」 獣士の戦略的価値は極めて高い。一人の死亡は大きな損失となる。 一般の兵士であれば確かに撤退を許されないだろうし、処罰も許可されているだろう。 だが、目の前のアリスト、ペトラ、リゼリア、死にかけの獣士を含めて、皆、並の戦場ならば一騎当千の働きが出来る者の集まりだ。 それに逃走を許さず死亡を許す程――人類に余裕は無い。故に、名誉の死よりも不名誉な逃走をペトラは迷わず選択する。 「貴族だろうが平民だろうが無魂獣だろうが有魂獣だろうが。 Rば皆死ぬ。儂も、そしてお主ものう。忘れるでないぞ、死は敗北、勝利は生だ。 生き続けている限りは幾らでも機は巡り来る。Rばそれで終わりという事をの」 戦場で培われたペトラの生死観を一言で語るならば、『生き残ったもの勝ち』である。 Rばそこで勝機は失われる。故に、ペトラは逃走を厭わない、全力で逃走を選択する事が出来る。 何故ならば、ペトラにとっての逃走とは敗北ではなく、次の勝利への布石であるのだから。 だからこそ、相手の瑞々しくも現場を知らぬ言葉に対して、現場に立ち続けてきた指揮官は苦言を呈する。
58 : >「その男を使って何事かを検証したくば、まずこの書面にその旨を明記しサインを行い、 > 封蝋を施した上で所定の作法に従い投函、3日以内には私から決済を……って、話を聞かんか!」 「知るか小娘、即時の判断が許される前線で手続きなぞ踏んどる暇が有ると思うのかの? そもお主ら督戦隊は後ろに下がって戻ってきた輩の尻を叩くのが仕事じゃろうが。監視役が最前線に来てどうする? そして始末書ならば後で幾らでも書いてやるし、その立派なお注射で儂を貫くと言うならばそうすれば良い。 どうせ老い先短い婆じゃからの。やってみるが良いさ、文句は言わんよ、文句は――のう?」 にたり、と少女の顔に見合わぬ、染み付いた死臭を漂わせる少女。 何時死ぬ事になってもペトラ・エメリッヒは笑って死ぬ事が出来る。 しばらく笑みを浮かべたままアリストの瞳を隻眼で見つめ倒した後に、ふい、とペトラはそっぽを向きリゼリアの方向に歩き出す。 体内に潜り込ませた蜂が獣士の体内で暴れて、死んだことが分かる。口から這い出すのは、蜂の毒で紫に染め抜かれた液状の何か。 ペトラは迷わず後ろに引き、己の周囲に蜂の編隊を即座に編成。対応が出来る状況を作り出す。 他の復元獣と違い、小さく単純な破壊力に劣る蜂の復元獣は、その変わりに小回りが効くという強みを持つ。 それを生かして、蜂の編隊を当たりに生み出すことで、ここに居る三人をカバーしようとしていたのだ。 >「その男が体内に取り込んだ"敵"とは――!」 >「いったん帰ろうペトラ、これ以上犠牲が出る前に皆に知らせなきゃ! >アリスト様、撤退しましょう! 立場上色々あるとは思いますが仮に私をここで処罰したらあなたも死にますよ!」 「その通り。仮説に過ぎんがアメーバやスライム――に酷似した無魂獣じゃろうよ。成る程確かにこの場ならば擬態しやすい。 液体が液体に溶け込んでいるのをどうして見破れよう。厄介極まりないのう。 川を通ろうとした者や、水を飲もうとすると体の中に滑りこむ≠フじゃろうな。 死因は、毒ガスとも限らないが……まあ良い、引き際は肝心じゃ。上空に陣取るぞ、リゼリア、アリスト」 ペトラは己の出した意見をあくまで仮説とした上で、戦わずに撤退を即座に選択した。 不定形の無魂獣を倒すのには、リゼリアは不利であるし、アリストは復元獣を出したがらないだろうと判断。 故に、ペトラはここで管を巻いている暇があるならば安全地に移動してから情報を纏め、本陣に情報を提供した上で行動判断をするのが賢い策だろうと思う。
59 : 腕力不足で馬体に登れない為、リゼリアに引き上げてもらいながら、皆が乗る事が出来、空を飛べれば上空で口を開く。 「じゃがしかし、只で帰るのも儂の流儀には少々反するものでのう。 リゼリア、地上に向けて風を吹かせる事は出来るかの? 単純な吹き下ろしで十分じゃ。 そこに儂の蜂で毒を撒き、地上の無魂獣に色付けをする。また、毒が通用するかの確認もしたいからのう」 鞄からオペラグラスを取り出し、眼下を確認しつつ老少女はリゼリアに眼下に風を吹かせられないかを頼む。 もしそれが可能であれば、シルフィードの起こした風に百数匹の蜂が散布する毒が混ざり込み、眼下に降り注ぐこととなるだろう。 キュベレーはオオスズメバチに酷似した生態を持つ有魂獣だが、その性質はオオスズメバチよりも遥かに凶悪だ。 オオスズメバチもターゲットの補足の為に毒を噴射し撒き散らす事があり、触れれば皮膚は爛れ目はしばらく見えなくなる。 普通のオオスズメバチでもそれならば、キュベレーの毒は如何程か。 触れた木々は枯れるだろうし、皮膚は溶けるだろうし、即座に洗わなければ目は失明するだろう。極めて強力で凶悪だ。 だが、風向きに左右される以上自軍に毒が吹き戻ってくる事を考えると決して扱いやすい攻撃ではない。そう、単体ならば。 しかしもし、もし風向きを支配する事が出来るならば、キュベレーの毒は広域に被害を与える事の出来る強力な攻撃手段と化す。 そして、この場にはそれが出来る手段が存在していた。――そう、シルフィードだ。 相手の無魂獣は強力な攻撃手段を持たず、此方は広域に対する攻撃手段を保持していない。単体ならば。 だが、今の彼女たちは一人ではない。ならば、通常ではあり得ない手札を切ることも可能である。 今回の行動の目的は、他獣士の特性とうまく連携が取れるかどうか、無魂獣に毒が聞くかどうか、場所のマーキングの3つの目的が有った。 といっても、風を吹かせられないとリゼリアが言うのならば、ペトラはそれ以上強要する事は無く、速やかに本陣に戻る事を提案することだろう。 【無魂獣の正体についての仮説を出す リゼリアの撤退の提案について同意 眼下に毒をまき散らしてからの撤退を提案】
60 : >>51 >>56 ウォルト砦。要塞の一隅。 百体にも及ぶミイラ化した遺体が整然と並ぶ死体置き場に、見張りの兵士とは別に、二つの黒い人影があった。 一人は、並外れた長身の黒鎧の騎士。 もう一人は、百年も前に流行したような型の、古めかしい喪服を身に着けた男――べッポ・タッカーオ。 腐臭の漂う死体置き場の一角で、ベッポは胸中に油然と湧き立つ歓喜を抑えかねて、顔を綻ばせていた。 (あの肩の紋章!間違いない! アレキサンドロ・シリウス・カエサル――『首狩り皇子』!グリニア帝国の第四皇子や! 宮廷では異端児扱いで皇位からは程遠いらしいが、相当の野心家やと聞く。 進んで戦場に立つ、智謀より武功っちゅうタイプ――権謀術数に長けたお方ではないが、国民の人気はピカ一や! 獣士としての名声が高まれば、宮廷評議会も無視でけへんようになる。 いざ父君が亡くなった時、もしかすると、もしか…!っちゅうことも、ありえへんことやないでえ!!) 獣士ギルドに赴いて調べた、武勲で名を馳せる貴族獣士の名と略歴。 そのリストから、眼前の黒鎧に該当するものを引っ張り出して、胸算用を弾く。 貴人を前に、表向きは恭しく態度を取り繕っていたが、口元はにやけ、顔には下卑た笑みが滲み出していた。 「へえ、やはり、シリウス殿下でおわしましたか! まあ、なんと、お噂どおりの美丈夫で! なんと申しますか、尊いお方は見掛けからして違うものでございましてねえ! そのお麗しい顔(かんばせ)!堂々たる体躯から、グリニアの皇子としての風格が滲み出していらっしゃる!」 巧言令色、美辞麗句を並べ立てつつも、ベッポは早速、死体の検分に取り掛かる。 この手の人物におべんちゃらが通用しないのは百も承知だ。 野心大望を抱く武人に取り入るには、 有能さを実地に示し、『使える人間』であることを証明してみせるのが、一番の近道だ。 ベッポが、死体の衣服が干乾びていることの不審を口にすると、貴人は、"意を得たり"とばかりに、大きく頷いた。 >「そうだ…敵は腑から襲ったにもかかわらず、何故もっとも外側にある服まで >乾燥させたのか、それが皆目見当つかんのだ」 天眼鏡で仔細に精査していくと、衣服の表面…それも全身に、乾いた泥が薄く付着しているのが見て取れた。 まるで泥水を全身に浴びた後、急速に乾燥したかのように。 建物内を歩き回り、並べられた死体を見て回ったが、大半が同様に衣服は干乾び、全身に泥を纏っていた。 死体は川の側で発見されたのだから、泥濘で足元や体の一部が汚れることはあろうが、 殆どの死体が、全身くまなく泥を被っているというのは、やはり不可解だ。 ベッポは、自らの使役獣を実体化させる。 虚空に燐光が集まり、隆々たる巨躯の馬―――漆黒のナイトメアが顕現。 喰らった者の記憶を投影するナイトメアの能力で、敵の正体を探る――そう提案したベッポに、黒鎧の皇子シリウスは、 >「速さはどのぐらいだ?乗り心地はどう…ゴホンゴホン!それどころじゃ無かったな >すまない、一時期こいつを復元獣にしようかと考えていた時があったのでな、つい浮かれてしまった 端正な顔を上気させ、目を輝かせて、眼前の黒馬への興味を露わにしている。 その少年のような表情と飾らぬ態度に、ベッポは少々面食らって苦笑を浮かべた。 『首狩り皇子』と二つ名を飾る急進派の武人が、兵士に慕われ、国民の人気を集める理由は、 この率直な人柄こそ秘密があるのだなと、妙に納得せざるを得なかった。
61 : 「へえ、乗り心地でおますか…? 恥ずかしながら、このわて、乗馬の腕は、とんと未熟でございまして。目下特訓中といったところで。 しかしながら、貴方様がそんなにも、我が復元獣にご興味をお持ちとは。なんとも光栄なことでございますな。」 ベッポはバツが悪そうに答える。シリウスは当然、気付いているだろう。 今は馬衣を着けていないナイトメア――"シルバーブレイズ"の身体には、幾多の生々しい剣傷が刻まれている。 有魂獣が生前負った傷のうち、主たる者以外の手によるものは、復元獣となった後も、身体の上に再現される。 その不可思議な摂理に照らし合わせれば、夢馬を倒したのが彼の独力ではないことは明らかだ。 シリウスは、ベッポの提案に同意を示す。 >「死体を食って、生前の記憶を見せるのかいいだろう。 >ただ一つ条件がある。この男はお前が手厚く葬ると約束しろ、無論、金が必要なら俺が出す >お前(剣を借りた兵士)もこの事を担当のものに伝えておけ」 「へえ!左様でございますか?!あなた様が、この者のご葬儀を!! その上、費用に糸目は付けぬとおっしゃる?!まあ、なんと、なんと、立派なお志でございますなあ! 葬儀は死出の旅路の入口、神の元への旅立ち、信仰の要!神もお喜びでございましょう! この男も、死体になっても人の役に立てる上に、あなた様のような者にお弔いいただけるとは、 草葉の陰で、涙を流して喜んどることでしょう。」 死体を手厚く葬れ―――との命に、跪いて十字を切り、細い目を更に細めて、満面の笑みを浮かべるベッポ。 「よろしゅうおます!! このわてにお任せいただけましたら、必ずや、立派なお弔いを出させて頂きますよってに。 そらもう、超特急で天国に辿り着けるような御式をですな。 ええ、へへえ、なんでしたら、この男だけでなく、ここのご遺体全部弔わしてもろても、よろしゅうおすけど……」 浮かれるベッポは、貴人の冷ややかな視線を受けて、揉み手を引っ込める。 ひとつ咳払いをして、作業に取り掛かった。 荷物袋から、鉄杭、小型ハンマー、糸鋸……数点の工具を取り出す。 皮の手袋をして、死体を裏返し、後頭部に鉄杭を打ち込み始めた。 「齧るゆうても、頭半分無うなってしもうては、体裁が悪いよってにな。 これ以上、あんさんが気まずい思いをせんでいいように、見た目に変わりがないようにしときまひょか。」 さっきから顔を顰めっぱなしの当番兵を見遣って、ベッポは微笑んだ。 打ち込んだ三本の鉄杭を抜き、細長い鋸を差し入れ、細かく上下させながら穴を繋ぐように切れ目を入れていった。 慣れた手つき。ベッポが遺体の記憶を覗き見るのは、これが初めてではない。 能力を得た者が、それ行使したいという欲望に抗うことは難しい。 葬儀前に遺体を整え、納棺するのはは葬儀屋の役目だ。高位聖職者、貴族、変死体…様々な人の記憶を盗み見た。 ナイトメアが投影する記憶は、ほんの断片的なもので、役に立つ物など殆ど無かったが、 他者の人生の秘密を垣間見る愉悦には抗えなかった。
62 : やがて、切れ目は繋がり、頭皮ごと三角形の頭蓋が外れた。 頭蓋に空いた穴に、柄の長い匙を差し入れ、中味を掻き出していく。 「さて、これでええやろ。後で、小麦粉を煮て練った糊で穴をふさいだら、ちょっとやそっとじゃ取れやせん。 割けた腹も、お弔いの前に縫合しますよって。」 ベッポは、膝を叩いて立ち上がる。 入れ違いに、ナイトメアが首を伸ばし、ちょうど拳ほどの大きさに掻き出された脳を舐め取った。 夢馬の鼻から噴き出す霧が虚空に流れを描く。 立ち込めた霧に浮かび上がるのは、死体の見た最期の光景か? ――――眼前に広がるのは森の風景、足元には泥濘。 呼吸器を冒す、無色透明の毒ガス。 突然、水溜りがアメーバのように躍り掛かり、輜重兵の身体を包む。水膜の中でミイラ化する男―――― その記憶が示唆するのは、泥濘に潜み、獲物に毒を吐きかける、水溜りに擬態した無魂獣の存在。 「こら厄介な敵ですわなあ…水溜りに化けて、生き物の水気を吸い取る、流動体の無魂獣……。 なるほど…流動体なら、口から体の中に入ることも、外から体を包むのも、自由自在や。 死体の服に着いてたんは、泥濘の中に隠れた無魂獣の表面にくっついとった泥っちゅうわけか。 はてさて、それにしても、どうして退治したらええもんやろかいな……?」 ベッポは顎に手を当てて思案する。 帽子を取って赤毛を掻き毟り、やがて、ポンと拳で掌を叩いた。 しかし、尚も渋い顔のまま、シリウスの顔に視線を止めて口を開く。 「貴方様のような高貴な御方は、こないな遊びなさったことおへんと思いますが…… ナメクジ……ご存知でっしゃろ?あの、ヌルヌル、ヌメヌメした。 シリウス殿下、ナメクジに塩をお掛けになったことがございますやろか?」 次第に視線は虚空へ、帽子をくしゃくしゃと弄びながらベッポは続けた。 「なんや、残酷な遊びですが、ナメクジやらスライムやら、ヌメヌメしたモンに塩を掛けますとですな、 こう、どんどん、どんどん、小そなっていって、しまいにはちっちゃな塊になって干乾びてまうんですわ。 生き物の中に入っとる水はですな、塩分の薄い方から濃い方に流れていく性質があるらしゅうて。 もちろん、人や獣みたいな硬い皮のあるモンに、外から塩をかけても水が抜けるようなことはあらしませんがな。 相手がアメーバみたいな奴なら、案外、有効な手かもしれまへん。」 再び、シリウスへと向き直り、 「例の水溜りに擬態した無魂獣……あれをこう、一箇所に誘き寄せましてですな、 周りに火でも放って逃げ道を塞いで、上からドバッと、こう、塩を掛けてみたらどうでっしゃろか? しかし、どうやって敵を罠に追い込むか……?なんせ、相手は、そこらの水溜りと区別がつきませんからなあ。 それに、目に見えん毒ガスをどうやって防ぐかっちゅう問題もありますわいな。はてさて……?」 無意識に右手は頭へ、逆毛の立った赤毛を掻き回しながら、ベッポは考え込んだ。 【アメーバに塩作戦を提案。しかし具体的な方法までは思いつかず】
63 : 予想以上に沈み込んだ足を慌てて引き上げる。 すると泥の中で大きく窪んだ足あとに、じわりと染み出す何かがある。 それは透明で、透き通っていて、だけども禍々しい気配を持った"いきもの"だった。 「こいつが無魂獣か……!」 ペトラの指摘通りだ。 無色透明の流動体、それがこの森で何人もの命を奪った無魂獣の正体だった。 ペトラの従者――と、アリストは思っている――リゼリアが早口で再度撤退を申し出る。 「撤退だとぅ?平民、貴様二度も撤退と口にしたか!この敗北主義者めが! よく見ろ、この流動体どもは、所詮は罠を張って獲物を待つしかできぬ取るに足らない雑魚共よ。 この"最強"インペリアルの血族が率いる(つもりの)部隊が負けるなど万に一つもないわ!」 アリストは、端的に言って、恐怖で現実が見えていなかった。 なにせ相手の正体が割れたところで、地面のどこに潜んでいるかも知れないし、 毒ガスへの対処はリゼリアの翼馬に頼るほかないのだ。 不安材料しかない状態で己を鼓舞するには、足りない要素を妄言で補うほかない。 いわゆる、根拠のない自信というやつである。 だが、そこは同じ貴族でもペトラの方が一枚上手だった。 彼女が選択したのは撤退ではなく上空への転進。 すなわち、反撃のための布陣の移動だ。 「ふむ……撤退でないのならば問題はない。位置取りは大事だものな。 ならば決まりだ、平民、とっととエメリッヒ公を連れて翔べ!」 リゼリアはアリストにも、翼馬に乗るよう促したが、彼女は首を横に振った。 「否、それには及ばぬ。 そこで一命を取り留めた男も載せれば流石に『戦術的機動』はとれまい」 アリストはどこまでも徹底抗戦を求めた。 そして彼女はそれゆえに、戦おうとする者に対して協力を惜しまないし、 戦士の命はできうる限り救おうとする。 息を吹き返した獣士の男に肩を貸して立ち上がらせると、構えていた長銃の先端を木立に向け、発射。 圧縮空気の膨張するバシュッという音とともに、装填されていたフレシェットが射出された。 鏃には、羊の有魂獣からとった特別強靭な糸を、更に撚り合わせて造ったワイヤーが結わえられている。 綱つきのフレシェットはどこにも刺さらず、高い位置にある枝の上を通過して向こう側の地面に落ちた。 「そら、引っ張れ」 それを顎で拾い、走ったのはアリストが肩を貸す男の復元獣である騎馬だ。 必然、急激に引っ張られた綱が枝を滑車代わりに綱の根本――アリストの長銃を吊り上げた。 大人二人分の体重が、引っ張られてぐんぐん登り、彼女たちをガスの届かぬ樹上へと運んだ。 枝に足をつけ、振り返り、ペトラとリゼリアの方を見ると、 翼馬の起こした烈風に、毒蜂が尻から出した毒液が混ざり、毒々しい色の嵐が形成されていた。 風向きを制御しているのでこちらに害はないが、吹きつけられた木々や草花はものすごい勢いで風化していっている。 ペトラ単身であればこれほどの範囲を毒が覆いはしないだろう。 リゼリア単身ならば、そもそも風に毒が混じるなどということもない。 二人だからできること。それはまさに、 「まさに公害R……!!」 アリストは、老獪な策略家の環境破壊に戦慄した。
64 : 「この男を弔う理由は礼と謝罪だ。他の死体など知ったことか」 浮かれるベッポに釘を刺すように、俺は軽く睨みつけながらそう言った。 さすがは商業都市の人間だ。あざといというかなんというか まぁいい意味でも悪い意味でも逞しいところがジェミニのいいところではあるがな。 ベッポは早速作業に取り掛かった。 葬儀屋は様々な地方の葬儀に詳しくなくてはならない。 とある地方では、埋葬する際内蔵を抜いてから土葬すると聞いたことがある。 恐らくベッポはそれの応用で死体の脳を取り出そうとしているのだろう。 手馴れた手つきで死体を開く様を俺はそう関心しながら見ていた。 脳を取り出したベッポは早速ナイトメアにそれを食わせ、この死体が最後にみたであろう光景を映し出す。 全ての謎が解けた。 死体の内蔵が毒に犯されていたのも、衣服までカラカラに乾燥していたのも全てはこういうことだったか 毒ガスで動きを止め、抵抗できなくなったところで襲いかかり、体中の水分を奪い尽くす。 「…」 敵の正体はわかった。攻撃の仕方もわかった。だが、対処法が全く掴めない。 何故なら敵は銃撃も斬撃も効かない液状生物、毒ガスだけならばまだ何とかなるだろうが 元を絶つことが出来ない以上、それは焼け石に水だろう。 お互いに頭を悩ませる中、ベッポが閃く 「ナメクジと塩がどうした?」 ナメクジは何度か見たことはあるが、それに塩を掛けるとはどういうことだ? 疑問に思いながら俺はベッポの話を聞いた。 どうやらナメクジなどの軟体生物に塩をかけると水分が抜けて縮んで死んでしまうそうだ。 この無魂獣にも有効ではないかということだ。 しかし、どう罠を仕掛けるかでベッポは再び頭を悩ませた。 「ナメクジで思い出したことがあったぞ」 ベッポのナメクジの話を聞いて、俺はある光景を思い出す。 暫く前、依頼の後で皆と酒を飲もうと一樽買っておいたのだが、 無事依頼を終え、さて飲もうとした時に、酒樽にびっしりとナメクジがついていたのだ。 「あいつらは酒の臭いに敏感でな、ほっとくとすぐに寄ってくるそうだ 奴らは補給路を知って待ち伏せしていたのではなく、補給部隊が運んでいた何かの臭いを嗅ぎつけて 襲ってきたのではないだろうか 奴らが何を嗅ぎつけたかわかれば、それでおびき出せるはずだ」 敵の正体はわかった、対処法も見つけたとなれば、もうここには用はない。 俺は借りていた剣を兵士に返す。 「役にたった感謝するぞ、この死体の話はちゃんと担当者に伝えておくようにな ついてこいベッポ、将軍のもとへ向かうぞ」 そう念を押してから、俺は死体置き場をあとにし、先ほど飛び出していった貴賓室へ向かう。 「将軍話がある!」 勢いよく俺は扉を開けた。 将軍と貴族獣士たちがまだ居たのを確認すると俺は話を続ける。 「敵の正体がわかった。敵は液状生物で毒で動きを止めてから襲いかかり、体中の水分を奪い尽くしてR 無策で立ち向かっても適わない相手だ、すぐに伝令を飛ばして戻らせろ、提督隊?ここの指揮権は貴様にあるだろうが あと現場に残っていた補給物資の中で何が無くなっていたか教えろ」
65 : 撤退を推すリゼリアと徹底抗戦を主張するアリストがまたもやぶつかる。 尤も、戦闘を免除されている偵察伝令役と兵士の逃亡を阻止する督戦官が相容れないのは当然かもしれない。 どうなる事やらと思われたが、ペトラの一言でアリストはあっさりと宥められた。 >「じゃがしかし、只で帰るのも儂の流儀には少々反するものでのう。 リゼリア、地上に向けて風を吹かせる事は出来るかの? 単純な吹き下ろしで十分じゃ。 そこに儂の蜂で毒を撒き、地上の無魂獣に色付けをする。また、毒が通用するかの確認もしたいからのう」 >「ふむ……撤退でないのならば問題はない。位置取りは大事だものな。 ならば決まりだ、平民、とっととエメリッヒ公を連れて翔べ!」 ペトラを馬上に乗せながら、一向にシルフィードに乗ろうとしないアリストに呼びかける。 「とっととって……あなたもその獣士を連れて早くこっちに!」 >「否、それには及ばぬ。 そこで一命を取り留めた男も載せれば流石に『戦術的機動』はとれまい」 そう言われてみればそれもそうだ。4人も乗れば飛ぶのが精一杯だろう。 アリスト達が樹上に上っていくのを認め、シルフィードを駆る。 上空――キュベレーの毒が地面に届き尚且つ自分達は毒ガスを免れる程度の高さで滞空。 翼をはためかせ拭きおろしの風が起こったところに、キュベレー達が毒を噴射。 死の風が森に吹き下ろされ、木々が枯れていくのが上から見ていても分かる。 暑い日は涼しい、程度のオプションが凶悪な攻撃手段になる日が来ようとは誰も予想していなかっただろう。 一しきり毒を降り注がせると、樹上に避難していたアリストと獣士を回収。 本陣に向かって出発した。しかしそこは4人乗り、来た時のようにひとっとびとはいかない。 その道中で、リゼリアは紙に何かを書きはじめた。伝令役である彼女は、紙とペンが支給されているのだ。 そして紙を小さくちぎりながら、ペトラにこんな事を尋ねる。 「ペトラ、キュベレー達に伝令を頼むことはできる?」 紙の破片にはこう書かれている。”危険、本陣ニ帰レ” いつもなら紙に書いた伝令を上空からばら撒くという手法をよく使うのだが、個々人が散開している今回はそれでは効率が悪い。 そこでキュベレーに小さな紙を獣士達の元にピンポイントで運んでもらえないかと考えたのだ。
66 : 「――ふぅむ、相性が良いとは思っとったがここまでとはの。 そして毒の効き目はと言うと――、ある程度の効き目は見て取れるようじゃのう。 ぬふふ、十分十分。これだけ確認出来れば十二分じゃな、後は倒し方じゃが……。 ま、本陣に戻ってからで良かろうの。他にも答えにたどり着いとるものも居るじゃろうし」 視界に映るのは、一面萎び枯れ果てた森の姿。 葉は腐り地面にへばり付き、ミイラのように木の表面は干からびている。 数分間毒を降り注がせるだけではこうはならない。シルフィードによって集中的に毒を散布できたからこそだった。 毒が染み込んだ無魂獣達の動作は見られない。動作が停止している当たり、何らかの効果は有るのだろう。 少なくとも足止めに毒が通用するだろうことが分かっただけペトラにとっては十二分な収穫である。 >「ペトラ、キュベレー達に伝令を頼むことはできる?」 「任せい、リゼリア。 下手に伝令使わすよりもキュベレーの方が便利じゃからの」 受け取った紙に、手早くエメリッヒ家の印を押していくペトラ。 単純に紙に書かれている命令だけでは帰還しづらいだろうと判断。 こうして、自分の家の印を加えることで、この判断の責任を己で背負おうとしたのである。 平民のリゼリアに判断の追求が来るよりは、此方に来たほうがまだ説得が楽だろうという判断もあった。 手早く紅の印を押したペトラは、蜂の群れを上空に生み出した。 手のひらの上に載せた大量の紙片を次々と蜂は受け取っていく。 片手が開くと少女は器用に馬上で指揮者のように腕を振るい、蜂を即座に散開させていった。 その際に己の腕に下げていた腕章を確認させることも欠かさない。 命令の内容は以下のとおり。 1.腕章の紋章と同じ紋章を見つけた場合に接近せよ 2.攻撃をしてはならない 3.紙片を渡し次第消えよ 以上の命令を満たしつつ、蜂は獣士達に伝令を渡すこととなる。 蜂をばら撒いた数は150匹。獣士達の全てが出撃したとは考えづらいため、十二分な数と言えるだろう。 「……さて、疾く戻るぞリゼリア、アリスト。 次に引かず闘うために今は、場所を変える。 これは撤退ではなく、戦いの場を変えるだけ≠カゃからの。 督戦官殿もこれで文句は無かろう。お主の面子は一応守られるじゃろうしのう?」 にたりと、粘性の有る老獪な笑みを浮かべるペトラ。 大人の事情と同じく、軍人の事情というものも世の中には存在している、そして貴族の事情という存在も。 だからこそ、それを潰してでも意志を通すのではなく、面子を立てつつ目的を達成するべきなのだ。 まあ、それが出来ない状況ならば、容赦なく独断専行に出るのを厭わないのもこの老婆なのだが。
67 : 道を川と砦との中程まで進んだジェームズは、前方を進むレインベアーをとめると、深いため息をついた。 敵の攻撃手段もわからず、状況に流され、ほぼ何の策も無くこうして道を進む自分に、歩くうちにまたふつふつと不安が沸いてきたのである。 ジェームズ・ストーンフィールドと言う男は、物事を完璧にこなしたがる傾向があった。 それは「よりよい物を、完璧な製品を」と言う精神で仕事に取り組んでいた彼の父の影響であり。 完璧な仕事をするには完璧な準備が必要である、そう、ジェームズは考えている。 だが、今の自分は死体置き場で有効な情報を得る事ができず、又、敵の正体や攻撃手段をあぶりだす方法も思いついていない、これではとても完璧な準備、などとはいえないだろう。 しかも、シリウスの行動を見て怖気づき、精神的にも動揺している。 このままでは失敗する、そう思ったジェームズは、己の中の弱気に、まずケリをつけることにした。 まず、腕に巻いている縄の先に火を灯す。 続いて腰に下げたかばんからペーパーカートリッジを取り出し、封を切って銃口から込め、銃口の下についているカルカでそれをすばやく突き固める。 カルカを戻し、火鋏を上げ、火蓋を開け、火皿に自分の腰に下げた口薬を入れる。 最後に火鋏に火縄を挟み、発砲準備を整えたジェームズは、おもむろにそれを空に向けて構えると、引き金を引いた。 大音響と共に弾が発射され、それは空を飛んでいた数羽のカリッペの内の一羽に命中し、地面に墜落させる。 カリッペというのは、この世界にいる鳥の一種で、有魂獣ではなくただの動物で、鳩を大柄にして、極彩色にしたような外観を持っており、繁殖力と生命力が強く、どこにでも生息しているありふれた鳥だ。 ジェームズは銃声に驚いて逃げる他のカリッペを無視し、撃ち落したカリッペをレインベアーに持ってくるように脳内で指示を下す。 唐突にカリッペを撃ち落したのは、銃を撃つ、と言う行為で爽快感を得るためだ。 銃、と言う武器はジェームズの心を完璧に捕らえている。 稲妻のような発砲音、鋼鉄製の鎧もたやすく貫通する破壊力、そして命中した時の爽快感、それらがジェームズにはたまらないのだ。 物事に行き詰った時や、嫌な思いをした時、ジェームズはよく狩に出かけ、愛銃をぶっ放してそれらを吹き飛ばしていた。 この時も火縄のにおいと銃声でどこかに潜んでいるかもしれない無魂獣に自分の居所を知らせたり、銃声が周囲の味方に無用の混乱を与えたかもしれない事も気にできない程に発砲前のジェームズは精神的に追い詰められていたが、 大好きな銃をぶっ放したジェームズは正気を取り戻し、慌てて火縄を消し、レインベアーをわざわざ戻して周囲を警戒させる程に冷静さを取り戻していた。 一匹の蜂がジェームズの前に現れたのは、彼が精神的に落ち着き、撃ち落したカリッペを縄で縛ってレインベアーにくくりつけて再び歩みだそうとしたその時だった。
68 : 貴賓室にて、ウェン将軍は居並ぶ貴族獣士達と茶を飲んでいた。 別に彼等はサボっているわけではない。 貴族獣士達は雇った使用人や、配下の獣士達に森の探索へ行かせてその成果を待っている状態だし、 将軍の方は名声欲しさに前線の砦にわざわざお出でくださった貴族達の接待と言う大事な仕事を今まさにやっている。 だが、ウェン・ディズという将軍は残念ながら血筋では無く実務で将軍まで上り詰めた男だった。 それゆえに、戦い以外の事は余りに不得手であり、将軍は貴族等の会話に入れてもらえず、ただただ愛想笑いを浮かべることしかできていない。 大体前線まで来て華だの庭だのの話をする必要があるのかと将軍の不満がふつふつと煮えたぎるマグマのように沸いていた、その時、突如としてドアが開かれ、シリウスが勢いよくその巨体を室内へと突入させてきた。 >「将軍話がある!」 鋭い眼差しでウェンを見つめながら語りかけてくるシリウスに、自然、ウェンの方も反応する。 表情を引き締め、その視線を真っ向から受け止めると、促さずとも語らんとするシリウスの語るに任せた。 >「敵の正体がわかった。敵は液状生物で毒で動きを止めてから襲いかかり、体中の水分を奪い尽くしてR 無策で立ち向かっても適わない相手だ、すぐに伝令を飛ばして戻らせろ、提督隊?ここの指揮権は貴様にあるだろうが あと現場に残っていた補給物資の中で何が無くなっていたか教えろ」 「無くなった物は無い。」 横に控える者に向かって言うシリウスの方に、ウェンが凛とした声で応じた。 周囲の貴族獣士達は現れたシリウスの剣幕に飲まれ、ただ呆然としているばかりだが、ウェンは先程までの空気を消し飛ばし、堂々とシリウスに応じている。 ウェン将軍は筋骨隆々たる巨漢であり、その将軍と同じく巨漢で痩せ型のシリウスが見つめあう様は、ただ話し合っているだけだが、迫力があった。 「食料、武器や鉱石、火薬の類は馬車が川に落下していた場合を除いて全て荷車に放置されたままになっていた」 腕を組み、シリウスをじっと見つめながら、将軍は説明する。 「トラップを仕掛けたいのだろうが、残念ながら奴等は物には喰い付かない。」 さぁ、どうする、とでもいいたげな視線をシリウスに向けながら、将軍は後ろの副官に手を振った。 それだけで事を察した副官達は、ばたばたと軍靴の音を並べて去っていく。 シリウスの言うとおり、獣士達を呼び戻す伝令達を招集しに行ったのだ。
69 : >>68 床に敷き詰められた緋色の絨毯。金細工を施した樫材の壁。油彩画を模したゴブラン織りのタペストリー。 優雅な猫足のテーブルが並び、部屋の隅には、紫檀の台に載せられた東洋の陶磁器が飾られている。 王宮のサロンもかくやの絢爛豪華な要塞内の貴賓室で、 布張りのチェアに座り、つい先刻まで談笑を交していた貴族達は、茶器を傾けていた手を止めたまま、 凍りついたように静まり返っていた。 視線の先には、巨躯の男が二人――黒鎧の騎士と無骨な軍人が対峙している。 『水溜りに擬態し、無色透明の毒気を発する、流動体無魂獣』―――死体の記憶より読み取った敵の正体を、 黒鎧の貴公子シリウス・カエサルは、同盟軍指揮官ウェン・ディズに伝える。 次いで、敵を誘き寄せる罠――その"餌"と成り得べき物を探るため、 『全滅した部隊の運んでいた補給物資の中から無くなっていた品はないか』と尋ねるシリウスに、 ウェン・ディズ将軍は、『無くなった物は無い。』 と言下に否定した。 >「食料、武器や鉱石、火薬の類は馬車が川に落下していた場合を除いて全て荷車に放置されたままになっていた」 >「トラップを仕掛けたいのだろうが、残念ながら奴等は物には喰い付かない。」 たとえ相手が一国の皇子であろうとも、場の最高指揮権は自身にあると明示するかの如き威丈高な対応。 この血気に逸る年若い皇子に、如何ほどの智謀と兵略があるものか、実力を試すように黙って反応を見つめている。 そうした意地と誇りを賭けた武人の駆け引きも、実利主義の商人には、とんと縁の無い代物で、 黒鎧の傍らに控えていた葬儀屋――ベッポ・タッカーオは、張り詰めた空気など意に介さずに、飄々と口を挟む。 「へえ、なるほど。無くなった物はないと……やはり、ナメクジみたいに単純にはいきませんわな。 無魂獣っちゅうのは厄介なモンですわなあ……一見、知性も何も無さそうな下等生物でさえ、 人を襲うためなら、軍隊みたいに統制の取れた動きをしよる。 逆に言えば、奴らの目的は明白っちゅうわけで、 『物』に拘らんでも、誘き寄せる手立てはあるんと違いますかねえ……?」 ギロリ――と、将軍が、お喋りな葬儀屋に目を向ける。 老いた猛禽の如き凄まじい眼光に晒されて、ベッポは怯える野鼠のように、前屈みの身体を更に縮こめた。 「その『手立て』とは何じゃ?よいから、続きを申してみよ。」 奥のソファに腰を掛けていた貴婦人が口を開いた。 貴婦人――といっても、髪には白いものが交じり、年の頃は五十過ぎ。 ふくよかを通り越した、堂々たる恰幅を豪奢な絹のドレスに包み、腕には黒い喪章を付けていた。 顔の上半分を仮面で隠してはいたが、多少なりとも国際情勢や社交に通じた者であれば、 膝の上に抱く山猫――復元獣を見れば、彼女が何者であるかを察知することは容易いであろう。 山猫は、神聖バスキア王国の紋章。 王婿であった夫の死後、表向きは隠遁生活を送る王太后カトレーゼ・マルタが、 獣士としての才も持ち合わせているのは有名な話である。 仮面の貴婦人は、ウェン将軍を見遣り、 「この者に口を利かせても良いであろうな、将軍? シリウス殿の従者よ。構わぬから、そちの申す『手立て』とやらを話してみよ。」 ベッポは、帽子を取り、畏まって答える。 市井に居ては知り合えるはずもない高貴な方々との対面に、遠慮がちながらも、表情は悦びに輝やいていた。 「これは、これは……!! 王太后さ……い、いえ、えへえ!お忍び中に無粋は申しますまい。」 唇の前に指で『×』を作り、訳知り顔で頷いて見せる。 「わたくし、ジェミニで、バルサダーレ商会っちゅう教皇庁公認の葬儀屋を営んでおります、 ベッポ・アウトゥンノ・タッカーオという者でございまして……以後どうぞよしなに、お見知りおきを。 どなた様かがお亡くなりになった暁には、 どうぞ、我が名を思い出して、ご一報頂けましたら、直ちに馳せ参じ……」
70 : 揉み手と一緒に帽子をくちゃくちゃにして、満面の笑みを浮かべていた葬儀屋は、 列席の貴族達の白けた空気に気付き、慌てて表情を引き締める。 軽く咳払いをして、真面目腐った顔で言葉を紡ぎ始めた。 「なんにせよ、敵の正体が割れたっちゅうことは、めでたい事でございまして。 正体が判れば対策の立てようがあるっちゅうわけでしてな。今回の敵は、水溜りに見紛うような、流動体無魂獣。 無魂獣ゆうても、生き物は生き物の生理というのがございまして、 成分の大半が水分で、体表が粘膜で覆われているような生き物やったら、『塩』に弱い筈や。 塩で水分を吸い取ってしまえば、流動体に損傷を与え、動きを封じれるんちゃうかな、と思たわけでして。 青菜に塩ならぬ、ナメクジに塩っちゅうわけですな。」 考え事をしている時の癖で、手は自然に頭へ。 「戦術も戦略もよう知らん、わてのような素人の思いついた作戦が、どこまで役に立つやら判りませんが、 こう思たんですわ。 囮を使って一箇所に誘い込み、周りに火でも放って逃げ道を塞ぎ、大量の塩を投入すれば、 彼奴らを大半を殲滅できゃせんやろか……ちゅう具合に。 同種無魂獣の残党がおっても、塩に弱い、いうことが実証できれば、恐るるに足りん相手っちゅうわけですからな。」 乱れた頭髪を手櫛で撫で付けながら、ベッポは続ける。 「その『囮』を何にするかっちゅう話ですが、奴らの狙いは明白や。 奴ら、まるで、『前線への補給路を断つ』ちゅう、明確な目的を持って動いとるみたいに見えるやないですか。 あの森の中で、『補給部隊の行軍を再現』してみれば、或いは…」 思索への没入に従って、赤毛と対照的な黒い眼が、鈍い光を帯びていく。 「敵が積荷に興味を持ってないなら丁度ええ。塩を積み込んどけば武器にもなるっちゅうわけですからな。 しかし、囮になる人間が、命の危険に晒されるのは必至や。 そんな役目も良しとする、勇敢な志願者を募らんとあきまへんな。 一番の問題は、奴らの発散する『毒気』や。これをなんとかせんと全滅は免れませんて。 それに、逃げ道封じに火を使ったら、囮の脱出経路を、どないして確保するかっちゅう問題もありますわな。」 虚空を彷徨っていた視線が、一点に結ばれる。巨漢の軍勇――ウェン・ディズ将軍へと。 「貴方様が、こちらの司令官でいらっしゃいますんで? 一度、全軍の獣士達を集めて、大規模な作戦会議をなさってはいかがでございましょう? まず、敵の正体を周知させねばなりませんし、作戦を実行に移すなら、志願者も募らんと。 それに、森の中に先行した獣士が、新たな情報を持ち帰っておるかもしれまへんしな。」 そこに、深く鷹揚な婦人の声音が、割って入った。 「その者の言う通りじゃな。平民獣士を招集し、敵の正体を知らせてやるが良かろう。 将軍…そちも同行した方が良いのではないか?」 仮面の貴婦人が、こちらを向いて、口元に微笑を湛えている。 王太后の口添えに、ベッポは感謝感激、しきりに頭を下げて恐縮しながらも、尻馬に乗ってこう言った。 「ええ、へへえ、会議ののち、作戦実行となりましたら、 こちらのグリニア皇子シリウス殿下を作戦隊長に推挙いたします! なにせ、このお方、眉目秀麗、義々凛然!ご身分の高さに加え、兵を心服さしめる魅力をお持ちでいらっしゃる。 歴戦獣士を取りまとめ、士気を鼓舞するにはもってこいのお方と存じます!」
71 : ベッポとシリウス、そしてウェン将軍――三人が貴賓室を退出しかけた時、再び声が掛けられる。 「シリウス殿…そなたの活躍、期待しておりますぞ。 ウェン将軍、何かと多忙であろうが、時折こちらに参って経過を報告しておくれ。 こうして、戦場の空気を味わうことだけが、妾に残された最後の道楽じゃ。楽しみにしておるゆえな。」 貴婦人は喉を鳴らす山猫の背を撫でながら、たっぷりと肉のついた顎を揺らし、 意味ありげな微笑みを浮かべて言うのだった。 【ウォルト砦前の広場】 招集場所として使われた広場に、再び獣士達が集っていた。 通常、獣士は単独行動を旨とし、作戦立案から戦闘行動まで、個人の判断に委ねられている。 個々人が徒党を組むことはあっても、軍隊のように陣を組んで作戦に挑むというようなことは少ない。 一人に一体の使役獣…各々個体の特性に合わせた戦術を用いて策を組み立てるなどという事は、 軍隊式の画一的な兵法とは隔たりがある。 そもそも獣士一人が、一旅団に相当する戦力を持ち得るゆえ、単身行動の機動力を重視する意味に於いても、 現場判断に委ねた方が効率的だからである。 演檀の上に立つウェン将軍は、補給部隊を襲った無魂獣の正体と、『塩』に弱いであろう特性を告げ、 偽の補給部隊を囮に使う作戦の骨子を語った。 将軍は、腹の底から響く声で呼び掛ける。 「獣士諸君の奮戦によって、これだけの情報が手に入った。水辺を行動する際は、注意を怠らぬように! 斥侯に出た者の中には犠牲者も出たと聞く。 まことに残念なことであるが、犠牲の上で、得た物もあろう。 敵について、新たな情報を得た者はいないか?そして、作戦について意見のある者は名乗り出よ!」 【ウォルト砦前の広場に全員集合!作戦会議中】
72 : 「ぬう……あくまで転進だと申されるのならば私からは何も咎めぬが。 なんだか言い包められいるというか、狐に抓まれているというか……」 リゼリアの進言に乗っかったペトラの促しで、助けた獣士を含めた四人は拠点へ戻ることになった。 アリストは樹上から馬上の人となって、主導権をペトラから取り戻せずに、もごもごしていた。 「そう、狐だ。いつの間にかペースを握られているこの感覚。 まさに貴公は雌狐というわけだな、ペトラ公。 ……ほら平民、もっとムチを入れんか!空が飛べるのは良いがあまりに遅いぞ!」 翼馬に意志というものがあれば、「ムチャ言うな」とばかりに恨みがましくアリストを見たことだろう。 なにせ四人もの成年した人間が馬の背にところ狭しと跨っているのだ。 目方で言えば雄牛の一頭は軽く超えていることだろう。 むしろそんな重量を背負って曲がりなりにも飛行ができる翼馬を褒めるべきである。 「なんなら私が手ずから鞭を入れるぞ!?」 背負った長銃を威嚇するように構える。 そんなことをして万が一があれば墜落して自分も死ぬことなど慮外のようだ。 空をふらつきながら、一行を乗せた翼馬が拠点へと辿り着いたのは、 他の獣士達が招集に応じて戻ってきた最後尾であった。 森に散開していた獣士達のうち、死者と生者の他に大別された者達がいる。 怪我人だ。 アリスト達が出会った瀕死の獣士のように、毒ガスや無魂獣にやられ、行動不能となり、 しかし仲間の獣士や幸運によって命だけは助かった者たちだ。 アリストは彼らの紋章を片っ端から引きちぎり、リストにバツをつけていった。 「状況続行不可能となった者が全部で15人。森で発見された死亡者が3名。 散開した全獣士の数から招集が確認された者と、今の怪我人の数を引いた数が――今回の逃亡者数か」 死体が確認されていない行方不明者もいるだろうから、正確な数はわからないが、 今回も敵前逃亡を行った獣士は少なからずいた。 怪我人よりも若干少ない程度だ。 「督戦官が私一人だけというのはなんとも非効率だな。 こんな危険な状況の森で前線に出たがる貴族獣士などいないと言うわけか」 アリストは作成したリストをギルド付きの管理官に渡した。 逃亡した獣士はギルドから除名され、ギルド伝いの仕事の口の一切を失うことになる。 職業組合、ギルドの主目的は仕事の斡旋だが、 同時に在野の獣士業を管理することで適材適所の配置を行う目的もある。 ギルドを通さない限り、国内で獣士業を行う場所は用意されていない。 この国においてギルドから弾かれることは、事実上の廃業を意味していた。 書類仕事を終わらせた後、本作戦の練り直しを議題とした会議に顔を出す。 最高責任者であるウェン将軍が、声高に概要と無魂獣の正体について謳っていた。 新情報及び意見を求められて、アリストは手を挙げた。 「インペリアル家のアリスト・テレサだ。本作戦において督戦官を任されている。 さて、先刻前線にて作戦行動中だった我が隊――いいか、私の部隊だ。いいな? その我が隊だが、その勇敢なる前進と閃きある機転によって、一人の獣士を救った。 無魂獣の毒に侵され、森を彷徨っていた男だが、しかし命は今も失っていない。 我が隊には有翼の復元獣を使う者がいてな。羽ばたきによって突風が発生し、その風が毒気を祓ったのだ。 そして樹上に登った際、奴らは我々を攻撃して来なかった……できなかったのだ。 敵無魂獣は立体的な攻撃をできない、そして羽ばたきによって毒気を防御することも出来る。 飛行可能な復元獣を連れている獣士を選び出すのだ。空からの攻撃が鍵となる!」
73 : 「何だとッ!」 将軍の返答を聞いて、俺は愕然とした。 完全に読みが外れてしまった。 奴らが物に食いつかない以上、こちらから罠を張って待ち伏せすることは出来ない。 となると、やはり、そういうことになってしまうのか どうやらベッポも同じ考えに至ったらしく、話そうとしたところ ウェン将軍の睨みで言葉を詰まらせてしまった。 その中、ベッポの話に食いついた貴族がベッポに手立てを話すよう促す。 俺は声の主へ視線を向ける。 やはり、カトレーゼの大狸だったか 大方、物見遊山にでも来たのだろう。まったくもって腹立たしい。 そんなことを思っている最中、ベッポは先程話した塩による撃退方法 そして、囮を用いて奴らを誘き出す提案を出した。 出来ればそれは避けたかったところだが、他に策が見当たらないのなら仕方あるまい。 森に出ていた獣士たちを呼び戻す伝令も出て、会議へ向かおうとした宛ら ベッポが急に俺を作戦隊長に推挙してきた。 俺に恩を売るつもりか、それとも、俺が囮を使うことに抵抗を感じているのを察してか それとも別の考えでもあるのだろうか まぁどちらにせよ俺には好都合だ。 「誰に何を言われようとハナからそのつもりだ。他のやつには任せておけん」 手柄を立てられるのもそうだが、これで指示をだしてなるだけ被害を出さないよう動くことが出来る。 「異論はないな?ならば行くぞ!」 踵を返し、俺は部屋を後にしようとした。 背後からカトレーゼが声をかけてきた。 「当然のことだ!貴様に期待されずともやってやるさ」 俺は振り向かずにそう告げて、部屋を後にした。
74 : 【ウォルト砦前の広場】 俺は壇上で話をするウェン将軍の隣で集まった獣士たちの表情を見ていた。 敵の正体が分かり、安堵の表情を浮かべるものもいれば、恐怖で顔を引きつらせる者や 弱点を知り、意気揚々とする者や実証のない話に不安がる者と様々だ。 まずは、これをどうにかする必要があるようだ。 俺はウェン将軍が話終わったのを見計らい、前に出て話す。 「今回の作戦隊長のシリウス・カエサルだ。諸君らの意見を聞く前に一言言わせてもらう。 我々が今相手にしている敵は将軍が話通り、難敵である 復元獣の相性次第では、何らかしらの手段で抵抗出来る者もいれば、抵抗も出来ぬまま 奴らの餌になる者も出てくるだろう なので、命が惜しい者はここから退くことを許す、責任も問わない、除名もしない ただし、仮にこの作戦が失敗し、奴らの脅威が逃れられないほどに迫った時 今よりも少ない兵力で戦わねばならなくなると覚悟してもらいたい、以上だ」 敵が一丸となって襲ってくるなら、こちらも一丸となって攻めなくてはならない。 俺が敢えてあんなことを言ったのは、ここにいる全員に多かれ少なかれ覚悟をしてもらう為だ。 そもそも俺は、督戦隊のような無理矢理戦わせるやり方は好きではない。 「やらされている」ではこの戦いで勝利することは出来ない。 だからこそ、俺は選択肢を出し、覚悟させた。 誘導尋問のように見えるだろうが、それは事実を話したまで、結局のところ、ここが正念場だ。 ここで食い止めねば、もう止めることが出来ないのだ。 チラホラとこの場から去っていく獣士たちの姿が見えたが、その代わりに 残っている獣士らの表情からは覚悟が感じ取れた。 そんな中、アリストが手を挙げる。 「なるほど、風による毒気への防御、そして、敵の手が及ばない空からの攻撃 確かに有効な手段ではあるが、だが、それだけに寄るのは控えたほうがいいだろう 風によって毒気を防御と言っているが、吹き散らしているだけに過ぎない 一歩間違えば、逆に広範囲に毒を広げてしまいかねない それに、奴らが風上風下を理解していたなら、それも無意味になるだろう 加えて、奴らをおびき出し、火で囲っている際の風もマズい せっかく逃げ道を塞いだのに、かき消される可能性もあれば、逆に火の手が増し囮の人間だけではなく 森全てを焼くことになりかねない その危険性を下げるには、索敵能力に優れた者も必要になってくるだろうな」
75 : >「そう、狐だ。いつの間にかペースを握られているこの感覚。 まさに貴公は雌狐というわけだな、ペトラ公。 ……ほら平民、もっとムチを入れんか!空が飛べるのは良いがあまりに遅いぞ!」 「復元獣とは獣士の思い通りに動くもの。そもそもムチを入れて速くなるようなシステムではありません!」 >「なんなら私が手ずから鞭を入れるぞ!?」 「やめて下さい落ちますよ!?」 狭い馬上ですったもんだしながらもなんとか拠点へ辿り着いた一行。 皆を降ろした後、一命を取り留めた獣士を乗せたシルフィードを引いて、救護所へ連れて行く。 そこには彼と同じような怪我人が少なからずおり、此度の無魂獣の危険性を物語っていた。 しかし彼らは不幸中の幸いと言うべきだろう。恐ろしい無魂獣の攻撃を受けながら命を取りとめたのだから。 >「状況続行不可能となった者が全部で15人。森で発見された死亡者が3名。 散開した全獣士の数から招集が確認された者と、今の怪我人の数を引いた数が――今回の逃亡者数か」 死亡者3人――人数を確認しているアリストの声を聞いて、思わず身震いする。 自分は特殊な任務についている故に戦闘が免除されていて、敵が遠距離用の攻撃手段を持っていない限り攻撃を受ける事もないが 前線に出て戦わなければいけない獣士の恐怖たるやいかほどのものだろう。 何はともあれ広場に赴き、作戦会議に参加する。 伝令に蜂を飛ばしたおかげか、多くの獣士達が本拠地に戻っていた。
76 : >「獣士諸君の奮戦によって、これだけの情報が手に入った。水辺を行動する際は、注意を怠らぬように! 斥侯に出た者の中には犠牲者も出たと聞く。 まことに残念なことであるが、犠牲の上で、得た物もあろう。 敵について、新たな情報を得た者はいないか?そして、作戦について意見のある者は名乗り出よ!」 >「今回の作戦隊長のシリウス・カエサルだ。諸君らの意見を聞く前に一言言わせてもらう。 ・・・ 今よりも少ない兵力で戦わねばならなくなると覚悟してもらいたい、以上だ」 この度の作戦隊長だというシリウスの命が惜しい者は退くことを許すとの宣言を聞き、決意を新たにする。 もしもこれが単純な強敵との戦闘なら適材適所、とばかりに大人しく引いていただろう。 単純な力と力のぶつかり合いとなれば戦闘に向かない自分はもはや足手まといになるだけだ。 しかし今回はそうではない。シルフィードはきっといつも以上に役に立ってくれるであろう。 >「インペリアル家のアリスト・テレサだ。本作戦において督戦官を任されている。 ・・・ 飛行可能な復元獣を連れている獣士を選び出すのだ。空からの攻撃が鍵となる!」 アリストが自分達が体験した出来事を話す。 いつの間にかアリストの隊という事になっているが、まあ内容は間違ってはいない。 >「なるほど、風による毒気への防御、そして、敵の手が及ばない空からの攻撃 確かに有効な手段ではあるが、だが、それだけに寄るのは控えたほうがいいだろう ・・・ その危険性を下げるには、索敵能力に優れた者も必要になってくるだろうな」 索敵能力に優れた者、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはもちろん先程までの相乗りの相方である。 「索敵ならばエメリッヒ辺境伯様の復元獣キュベレーが大活躍してくれるでしょう。 瀕死の獣士を発見できたのも彼らのお蔭です。では私は飛行復元獣の使い手に声をかけて回りますね。 ところで……稲妻鳥を従えたあの獣士は今回の作戦には参加していますか? 確か稲妻鳥が雷を落とす原理は風や雲の操作だったはず。 もしかすると広範囲の風向きを制御できるかもしれません」 平民枠のため名簿も支給されず獣士ギルドの構成に疎いリゼリアだが 飛行復元獣の使い手は自分と似たような偵察伝令任務に就く事も多いのである程度面識がある。 その上稲妻鳥の使い手はとても特徴的な外見をしているので、印象に残っていたという訳だ。
77 : >「状況続行不可能となった者が全部で15人。森で発見された死亡者が3名。 散開した全獣士の数から招集が確認された者と、今の怪我人の数を引いた数が――今回の逃亡者数か」 「……3人。まあ、損失としてはまだ納得できる数だの。 早めに皆を本陣へ戻したのが功を奏した、という所かのう。 ――何方にしろ、引いておいて正解じゃったろう? 猛進が必要な時は有るが、戦略は柔軟であればこそ強いもの、督戦官は引かせぬ為に居るから仕方ないのは分かっとるがの。 何時かお主が指揮官になった時、お主に取って大切になるものの一つは恐らく、引き際の見極めじゃろう。 ま、お主の若さは中々愉快じゃったよ。この後の活躍に期待しておくかの」 アリストに向けて、ペトラは飄々とした態度を崩さずに激励と教訓めいた言葉を口にして。 説教臭くてすまんな、と背中をぽす、と弱々しく叩くと高笑いしながら去っていった。 そして、砦前の広場の集まりの中で、ペトラは前の方に陣取り、水を一口咳き込みながら含み立っていた。 杖を付き、お付きの騎士に日傘を差され扇がれる姿はどう見ても深窓の令嬢という様相。 しかしながら、蒼白な顔の中でも目だけは生気に溢れぎらりぎらりと輝いていた。 「……ごふ……っ、良い、マルコ。大分調子も良くなってきたようじゃしの、話に集中するぞ」 >「獣士諸君の奮戦によって、これだけの情報が手に入った。水辺を行動する際は、注意を怠らぬように! > 斥侯に出た者の中には犠牲者も出たと聞く。 > まことに残念なことであるが、犠牲の上で、得た物もあろう。 > 敵について、新たな情報を得た者はいないか?そして、作戦について意見のある者は名乗り出よ!」 その声に対して、紅のドレスが一歩前へと進み出て、痩せそぼろえた手を一つ、振り上げる。 白く骨が浮いた手は、あまりにも不健康的で、そしてドレスの色彩と相まってよく目立つ。 ぞろりと貴族や獣士の視線が集まり、少女のカタチの老婆はいつも通りに、傲岸な笑いを浮かべて立っていた。 「――エメリッヒ家、ペトラ・エメリッヒじゃ。 一応は教導官としてお主等に戦争のやり方を教える予定での。こう見えて48のベテランじゃから、不安が有れば儂に言うのじゃ。 ある程度なら相談にも乗ってやる。……ま、故郷のおなごに書く恋文などは無理じゃがな! ま、何処にでも居る木っ端獣士じゃが、年寄りの豆知識でも少し提供させてもらうかの。 塩を森に撒くと言うのはたしかに効果的じゃが、塩は比較的貴重なものとならんかの? また、塩に冒された土地はその後植物の生育も余り芳しくなくてのう。 たしかこの砦、ある程度現地で食料を生産できるように土地改良をしていたじゃろう?」 近くの兵士に確認すれば、土壌改良と近辺の農民を雇って食料の自給をある程度しているという。 そして、作物を創るというのならば、かならず存在しうるものがあるはずだ。 それにペトラは着目し、塩という貴重品を極力消費せずにする選択肢を此処に提供する。 「ならば石灰のストックも大分有ったはずじゃの。あれもまたなめくじには聞く。 土壌改良に使用するものじゃから森への影響も考えず、塩より安い分量も憚ること無く大量に使用することが可能なはずじゃ。 また、水を吸う事で次第に固まるから奴らの動作を鈍くする効果も考えられる上、白く色が付くから奴らの判別もしやすいかと思われるのう」 石灰もまた強い吸水、脱水作用を持つ物質だ。 また、塩よりは確実に重要性は薄い資材であるだろうし、無色透明の相手に使うことを考慮するならば色付きの石灰の方が向いているといえる。 最初の作戦に異を唱えるのではなく、その作戦をより役立つものにさせるために、ペトラはちょっとした知恵袋を提供するのであった。 そこまで提案すれば、ペトラはぺこりと軽く会釈をしてまた一歩後ろに下がる。
78 : >「今回の作戦隊長のシリウス・カエサルだ。諸君らの意見を聞く前に一言言わせてもらう。 > 我々が今相手にしている敵は将軍が話通り、難敵である > 復元獣の相性次第では、何らかしらの手段で抵抗出来る者もいれば、抵抗も出来ぬまま > 奴らの餌になる者も出てくるだろう > なので、命が惜しい者はここから退くことを許す、責任も問わない、除名もしない > ただし、仮にこの作戦が失敗し、奴らの脅威が逃れられないほどに迫った時 > 今よりも少ない兵力で戦わねばならなくなると覚悟してもらいたい、以上だ」 「――ほう、若いようじゃがいい目線を持っとるのう。 流石は首狩り皇子といった所、じゃなあ。 やはり最前線に出て良かったのう――良い種が有るなら、良い未来が芽吹きそうじゃ」 シリウスのその言葉、思考は長年かけて身につけたペトラの思考と同じものだった。 そして、その気高さと、その強かさに、良い芽をペトラは見出していた。 この砦に来るにあたって名ばかりとはいえど教導官の役職を得たのは、若い世代に己の身につけたものを託すため。 この前線を越えた暁には、名ばかりの教導官の役を、名ばかりにならぬ様にしてやろう。ペトラはそう思っていた。 その後、ああと思い出したように口を開き。 >「なるほど、風による毒気への防御、そして、敵の手が及ばない空からの攻撃 > 確かに有効な手段ではあるが、だが、それだけに寄るのは控えたほうがいいだろう > 風によって毒気を防御と言っているが、吹き散らしているだけに過ぎない > 一歩間違えば、逆に広範囲に毒を広げてしまいかねない > それに、奴らが風上風下を理解していたなら、それも無意味になるだろう > 加えて、奴らをおびき出し、火で囲っている際の風もマズい > せっかく逃げ道を塞いだのに、かき消される可能性もあれば、逆に火の手が増し囮の人間だけではなく > 森全てを焼くことになりかねない > その危険性を下げるには、索敵能力に優れた者も必要になってくるだろうな」 「石灰なら表面も覆われるじゃろうから、有る程度は毒の量も減ると思うがの。石灰なら火で焼かれれば固まるじゃろうし、ある程度動きも制限されるかと思うのう。 後、一応じゃが儂は毒には多少の知識があってのう。ある程度の講釈をさせてもらおう。 毒が巻かれるごとに宙に舞い上がるなら、彼らは死んで無かったじゃろう。毒の気体が毒として通用するという事は、地上にそれらが溜まるという事。 要するに、大抵において脅威となる毒の気体は、空気より重いという事じゃ。そして、火は燃えれば燃えるほど上に空気を持っていく。 そして上は先ほど飛んだ故分かるのじゃが、極めて風が強い。上に上がった毒気は直ぐに吹き散らされて薄まり霧散することじゃろうよ。 まとめれば、儂からの進言は二つじゃ。 一つ、相手の活発な行動はある程度此方の策で阻害される可能性が高い事。 二つ、地上に溜まった毒は火で生まれる風に吹かれて霧散する故、火についての懸念は一つ減る。 以上じゃの。その上で作戦行動を策定して貰えれば幸いじゃ、シリウス殿」 >「索敵ならばエメリッヒ辺境伯様の復元獣キュベレーが大活躍してくれるでしょう。 >瀕死の獣士を発見できたのも彼らのお蔭です。では私は飛行復元獣の使い手に声をかけて回りますね。 >ところで……稲妻鳥を従えたあの獣士は今回の作戦には参加していますか? >確か稲妻鳥が雷を落とす原理は風や雲の操作だったはず。 >もしかすると広範囲の風向きを制御できるかもしれません」 「……おお、忘れておったな。今回の儂は武力としてはそう役立たんから、伝令、索敵を主とさせてもらいたい。 最大操作数は三〇〇。ま、ここに居る獣士一人一人につけても索敵には十分な数が付くと思うのう。 任せてもらえるのならば、命令内容を考える作業に映らせてもらうのじゃが……いいかの?」 リゼリアの紹介に預かって、ペトラは己の周囲に無数の蜂を展開してみせた。 一匹一匹が本物の雀より一回り小さい程度のその蜂達は、巻物位なら簡単に運んでみせる。 移動速度も相まって、高速での索敵にも十分な能力を発揮するといえるだろう。
79 : あるときに、おおきな鷹が村に舞い降りた。 それは生まれたばかりの子羊を連れ去り、ひと月に一度連れ去り、親羊の悲しそうな声、私の村には悲憤が広がっていた。 私たちの村は荒れ地に囲まれ、沼には蚊が沸き、そこから常に病を運んでいた。貧しさが、靴に染みた雨水のように、歩むたびにひやりとする、情けなさややるせなさを溜まらせた。 寛容は欠けすぎた月のようにおぼろげだった。 だが私の父は言ったのだ。 『預言者も言ったではないか ひとりの信者が木を植え、畑を耕し、 その実りを人や動物や鳥が食べたならば、 それはその信者にとってサダカ(施し)となる、と』 怒りは鎮まりはしなかったが、少なくとも遠のきはした。私といえば、父の発したことばに魅了されていた。その機能と構造、音素と音素の継ぎ目ない、しかし確かに個々が要素としてある纏まりに。 思えば私が学者のなったのは、父のあとを継ぐというより、純粋に考えることが性に合っていたからなのかもしれない。 鷹は月にいちどあらわれ、子羊をさらう。人の子供は屋根のあるところに隠され、大人たちは固唾をのんでおおきな影が迫るのを見る。 いつしは私はその、ひと月に一度みられる、大きな鷹を愛した。 その巨大な羽を透かして見る蒼穹を愛した。 だが私はその偉大な鷹を殺してしまった。 私の掛けたかすみ網に掛かって、彼のその羽は折られ、精一杯 治療はしたけれども、もう二度と飛ぶことは無かった。 私は彼に目隠しをして、おもしを巻いた布で打ち、その首を折った。 それは私のからだに血と肉が溢れていた時代の話。遠い記憶。テクストの詰まった脳髄が岩で覆われる前の話。 ━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━ ━━━━
80 : 顔を上げる。そこは戦場だった。 森、傾斜、砂道、歩き回るのは軍隊とは名ばかりの傭兵じみた集まり。そして祈りを捧げる従軍牧師。 戦場というには余りにのどかにすぎるかもしれない。雲はゆっくりと過ぎてゆき、蝶がよたよたと飛ぶ。何か急を要する事態が進行しているとは、一見してわからない。 勝どきの声も、悲鳴も、そこにはない。 ただ死体が三つある。見聞され、そこから抽出される情報がある。臭気と生暖かさ、居心地の悪さと、やはり祈りがある。 何かが起こるのだ、ガボラはふと気づく。実際、この生暖かさは嵐の予兆ではないか。 いかがですかな。祈りを済ませた異教の牧師は尋ねる。 「勉強にはなるよ、ありがとう」 「そう言っていただけると、教える側としても幸いです」 内心ではそうは思っていないかもしれないな、と思う。 事実、少なくとも、ガボラの内部にはかすかなくすぶりがあった。彼が知見を広めたいのはこのような宗教的判断の差異を知りたいからではない。 実際、唯一にして絶対なる神はこの異教の存在を認めている。多少の文化の違いについての些細な知識、そんな物を集めに来たわけではないのだ。 「無魂獣はどこにいるのでしょうか」彼の言葉にぴしりと牧師の頬がこわばる 。それを無視して、あえて言葉を続けた。 「確かに、教えたくない気持ちはわかります。既に私は小国家からの客人としては有り余るほどの歓迎を受けている。 かつて私が殺めた有魂獣を復元獣として使役する方法を教えてもらい、その方法を国に帰り広めることについてすら、ご支援いただいている」 「ご謙遜なさるな、あなたは賓客です。それに、相応の対価は頂いております」 牧師の声に混じったのは、かすかな恐れ。それはガボラの姿に向けられている。 その決してまばたきすることのない白塗りの目を、岩でできた肌のつめたさを、硬い喉の発する人の声を恐れている。 ガボラは学者だ。最後の預言者が時代のせいで達し得なかったところをくまなく探求し、ほかの学者たちのイジュマー(合意)を得、旋教を信じる人たちに、ある事象についての共通の見解をテクストを通して示す義務がある。 「魂の偏在についての疑惑。最初のひとが塵の集合であるのなら、神が命を吹き込むまでもなく、たとえば岩にすら魂は宿るのではないか。 我々の信ずる聖書が歴史によって改竄されたものとするあなたがたにとっては、確かに興味深い題材とは思います。 失礼ながら……肉を削ぎ、腑を分け、己そのものを物に置き換えてまで探求すべき価値のあるものだとは思えませんが」 「まだ完全ではありませんよ。ここと」私は頭を叩き、その指で背を示す「ここ、脳と脊髄はどうしても欠くことができません。 これ以上削ると人は物に還ってしまう。いいや、人の言葉を正しく示せなくなってしまう。オフラインになるのか、暗号化されたのか、それともより高次の位相に移動するかはわかりませんが。ともかく、人は沈黙してしまう」 そう、わからない。だが思考しえぬことを思考することこそが学者の本分であり、舌先に乗る曖昧な空気を固めて、一つの確固たる言葉とすることこそが使命である以上、わからない、で止まることは許されるものではない。 「我々はいまだ信徒に対して生命の、魂についての特別性、特権性を示せてはいません。はたしてそのようなものが存在するのかどうかすら。 きっかけが欲しい、四文字からなる神の偉大な教えを完璧なものとしたい。私の願いはただそれだけです。 そして無魂獣はその問いに答える手がかりと成りうる」 ガボラは不意に腕を突き出して、牧師を驚かせ、たじろがせた。影が迫り、そして鷹はその腕に舞い降りる。 同盟軍の印入りの輪を着けた脚から、ずしりとした重みを感じる。かつてそうであったように誇り高い眼差しで彼を見つめ、しかしその内側には悲しいほどに虚ろな伽藍洞しかない。 「失礼、呼ばれているようだ。砦の方のようですな。馬をお借りますよ」 「……せめてお死になさるな。政治の話ですが、貴方に死なれると問題となります、 わたしとしても価値ある知が失われるのは惜しい」 「失う血も肉も、もうわずかにしかありませんよ。私はほとんど棺桶に仕舞われた屍体です。 それでもよろしければどうぞ、祈りでも捧げてやってください」 アッサラーム・アライクム(あなたに安らぎが訪れますよう)。そう言い残して、ガボラはその場をあとにした。
81 : >「索敵ならばエメリッヒ辺境伯様の復元獣キュベレーが大活躍してくれるでしょう。 瀕死の獣士を発見できたのも彼らのお蔭です。では私は飛行復元獣の使い手に声をかけて回りますね。 ところで……稲妻鳥を従えたあの獣士は今回の作戦には参加していますか? 確か稲妻鳥が雷を落とす原理は風や雲の操作だったはず。 もしかすると広範囲の風向きを制御できるかもしれません」 砦前の広場に集まった数多くの獣士のうちのひとり、砂に痛めつけられた浅黒い肌と険しい瞳、顎には豊かな髭を蓄えた、典型的な旋教徒の男がその言葉に目を細める。 彼はしばらく逡巡したのち、視界の端、傾斜の向こうから、道なりにくだんの人物が近づいてきていることに気がついた。 広場に集まった獣士たちの中の、旋教徒と思わしき男たちも続いてその姿に気がつき始め、壇を囲んでいた集団からぞろぞろ抜け出て、かの人物、ガボラを迎え入れる。 「アッサラーム」口々に呟かれる言葉の中へ降り立ったガボラに、はじめにガボラの姿に気づいた壮年の男が耳打ちをした。 それは異様な光景だった。たとえガボラが獣士ギルドに所属する旋教徒たちに慕われていて、彼らのみで構成された騎馬隊を実質的に預かる身であるとはいえ、 組織された暴力の一つの部品がそれを管理する側に背を向けることなどあってはならない。 その光景は獣士ギルドの組織としての接着力の弱さの露呈とも言えたが、このガボラという男がなんたるかを示すそのものでもあった。 だがそれに対する獣士たちのそれぞれの感情をぬぐい去るように、その場にいた彼らの注意を引いたのは、迎えられた男、ガボラの奇天烈な容姿だった。 一度見たなら忘れられない姿。磨き抜かれた黒曜石のような頭部、その顔に配置された白い点と線は表情を表しているのだろうか。 体はあたかも筋肉を表現するように岩が重ねて配置され、しかしどう見てもそのような鎧を着けているようには見えないのだ。 ボロを身にまとった黒い石像、それも顔を彫る前に彫刻師が投げ出したかのような出来の悪いしろもの。 それがガボラを見た者の大多数がまず浮かべるであろう感想だった。 「リゼリア殿、でよろしいか。 それは私にできることではあります。とはいえ完全ではありません」 ガボラは訥々とリゼリアに語りかけ始めた。取り立てて大きな声ではないが、周りを囲む獣士たち全員に聞こえるよう計算された声量で。 「大気の振る舞いの大半は偉大なる神に委ねられている。 せいぜいあれに、ガルダにできるのは、どちらかといえばそのように風が吹く、程度のこと。神の意志を捻じ曲げるような不徳なことなどできますまい。 それでよければ、あなたがたの流す血を想い、こちらも最大限の努力をもって応じよう」
82 : その言葉を聴いた、獣士ギルドで多少なりとも権力を知る者は嫌な気分になることだろう。 ガボラが婉曲に表現したのは、彼の隊はいつもどおり予備として配置され、あくまで補助として無魂獣の討伐に関わるということだったからだ。 その姿を見たことはなくとも悪評は広まる。同じ給料であるくせにいつも危険を最小限まで抑えられた旋教徒たちに対して、露骨に舌打ちをする獣士もいるなか、 ガボラはその顔の幾何学的な図形を歪めて、歯をむきだしにして笑う表情をとった。 「もちろん働くべきときには働く。ここは全力を出すべき時とは思えないだけのこと。 総力には総力をもって応じろというが、果たして我々は敵の何がわかるのか。質はあいわかった、では量は?不明だ。あなたがたは不明な量の敵と戦おうとしている。 そのような場では常に敗走を想像しそれを補助する役がいる。それがわれわれだ。機動力に優れたわれわれにおいてほかはない。 そうは思いませんかな?ペトラ=エメリッヒ辺境伯どの」 その場において最もガボラの政治力を理解しているから、彼の教徒たちを守る長という立場を理解した権力者であるから、といった理由の問いかけ、ではない。 彼はペトラ=エメリッヒを知っていた。それは過去に幾度か対話し、そしてついに戦場においては互いに相いれぬ生き物だと理解し合った相手への嫌味であり、 この人物ならこの場を纏め切れるだろうという千日手を指し合った相手への確信に満ちた信頼だった。 「そうだな、その判断は……当然、作戦隊長たるシリウス・カエサル殿に任せようか。 貴公がこれと思う時期に我々を動かしてくれればいい、 なに、空に声でも掛けてくれればすぐに駆けつけるよ、全てをみそなわす目とまではいかぬものの、鷹の目ならいつも貴公の頭の上を飛んでいるからな」 そう言って指差す空には、いささか大きな鷹が一羽、円を描いて舞っている。
83 : >>74 >>75-76 >>77-78 ウォルト砦前の広場――兵の招集場所 市民・奴隷階級の獣士を総動員して執り行われている作戦会議の会場にて、 グリニア皇子――シリウス・カエサルは、作戦隊長として、同盟軍司令ウェン将軍と共に壇上に立っていた。 その背後で、呼ばれもせぬのに副官気取りで控えているのは、黒づくめ葬儀屋――ベッポ・タッカーオ。 強敵との交戦を前に、獣士勢に覚悟を促し、退去をも許す、勇壮かつ寛大なシリウスの口上に、 ベッポは、いちいち大袈裟に頷き、したり顔で拍手を送る。 太鼓持ちの役割を演じる、この古めかしい扮装の男を、誰もがシリウスの従者か道化だと思ったことだろう。 敷地の最端に築かれた演壇から臨む、全軍獣士の整列は壮観で、各々の顔さえ一渡りに見渡せる。 しかし、葬儀屋の最大の関心事は、戦場の外にある。 ベッポは、己が商売に良客を呼ぶ縁故を求めて、獣士たちの品定めに勤しんでいた。 挙手をし、意見を述べた者の中で、商売人の嗅覚に引っ掛かった者が三人―――。 まずは、将官仕様の軍服の上に、長外套をかっちりと着込んだ、赤髪直毛の女――アリスト・テレサ・インペリアル。 彼女は、督戦官を名乗り、当作戦における有翼飛行復元獣の有用性を訴えた。 貴族獣士の家柄に精通している者ならば、その名を知らぬ筈はない。 某国の名門武家貴族インペリアル家の継嗣である。 ベッポは、未だ少女の面影残る良家の子女の、潔癖そうな顔つきと、高慢尊大な所作を見て、心中で一人ごちた。 「(インペリアル家の後継ぎ娘!当たりや! 『最強』の名を標榜する武門貴族!最強いうのは、つまり、万が一にも負けられん――ちゅうこっちゃ。 御家の存在意義たる看板を、間違っても傷つけんために、負ける戦には出られんし、 八百長の利かん敵との一騎打ちなんぞ、もっての外。 武勇の誉れ高い歴代の総領も、肩書きばかり大層で、戦場では有名無実のお飾りやったっちゅう話や。 あのお嬢の復元獣も、見た目は大仰やが、実戦には不向きの故障品やとの噂。 今回も、督戦官やら名ばかりの将で、体のいい雑用に借り出されとるだけや。)」 澄まし顔の仮面の下で、にんまりと口元を綻ばせ、 「(張子の虎の名門貴族―――……だからええ!だからええんや! 実の無いモンを飾る時ほどメッキは分厚うなる。実のない貴族がどうやって威光を保つか――?そりゃ見栄や! 祭事典礼、催物の豪華さや!間違ってもみすぼらしい葬式なんか出せるか! あの御家、直系血族が死んだら、家財を借金のカタに入れてでも豪勢な葬式出しよるで! 世慣れせん小娘相手に、おべっかの使い甲斐もあるっちゅうもんや!!)」 壇上のベッポは、書類に目を通す従者然とした振る舞いで、懐から貴族獣士の名を書き連ねた紙を取り出し、 リストに見つけたその名に、色鉛筆で丸印を付けた。 次に発言したのは、長い白髪に白い肌、蜂蜜色の瞳。病的に細い手足。鮮烈な紅色の衣服――― まるで、薔薇の花弁を纏わせた繊細な砂糖菓子のような、妖精じみた少女だった。 少女の名は、ペトラ・エメリッヒ。 彼女は、作戦に『塩』ではなく、『石灰』を使う案を提唱する。 「(ペトラ・エメリッヒ―――!!!国境森の魔女!女王蜂!!大当たりや!! 当年とって四十八歳の辺境領の女主人! 国境沿いに、耕作地あり森林あり鉱山あり猟場ありの、広大肥沃な自治領を持つ資産も家柄も申し分ないお人や! こら、是非にもお近づきにならんと!葬儀屋獣士の名が廃る!)」 件のリストに、力強く二重丸を書き込む。
84 : 続けて、エメリッヒの名を上げて索敵役に推挙したのは、純白の天馬を従えた軽鎧姿の女だった。 >「索敵ならばエメリッヒ辺境伯様の復元獣キュベレーが大活躍してくれるでしょう。 >瀕死の獣士を発見できたのも彼らのお蔭です。では私は飛行復元獣の使い手に声をかけて回りますね。 >ところで……稲妻鳥を従えたあの獣士は今回の作戦には参加していますか? >確か稲妻鳥が雷を落とす原理は風や雲の操作だったはず。 >もしかすると広範囲の風向きを制御できるかもしれません」 背中に垂らした髪柔らかく、優しげな顔立ち。 年の頃は二十五、六と思われる女は、リゼリア・ウィンダースと名乗った。 見た所、平民のようであるが、辺境伯とは懇意の様子。 これは邪険にはできぬ、と、ベッポは、"ペトラ・エメリッヒ"の欄内に、彼女の名を小さく書き添えた。 >>81-82 その時、リゼリアの呼び掛けに応じて、稲妻鳥の主が姿を見せた。 騎馬で接近するその者を、ゆったりとした衣を纏った浅黒い肌の男たちが、異教の祈りを誦じて出迎える。 旋教徒――――と呼ばれる異教徒の一団であった。 教皇領内の自由商業都市ジェミニの住人たるベッポは、直ぐに、かつての仇敵たる者たちの名に思い至った。 『かつて』――といっても、神の名の下に、教皇派諸侯と旋教徒軍が争ったのは、もう四百年も前のことだ。 もはや、人が神の名をかけて、全霊で闘う時代は過ぎ去った。 教会の世俗化、教皇と王侯の権力闘争、宗教改革の嵐、新派の勃興、―――― 大陸全土に響き渡っていた教皇の権威は衰微し、至高神の威光も色褪せた。 各国の王は、自ら信奉する神を選び、神の名は、神聖不可侵なものから只の統治の道具へ。 さらに、隣国との小競り合いや領土紛争の題目に堕した。 そして、無魂獣という人類共通の敵が、異教徒との接近を許したのである。 件の人物は馬から降り、出迎えの男たちを掻き分けて近付いて来た。 頭から全身を覆っていた布を取ると、場に居た誰もが――旋教徒の一団を除いて――息を呑んだ。 その容貌は、魁偉――そして、『怪奇』と呼ぶにも相応しい。 荒波に削り取られた海岸の岩の如き体躯の男。 岩の如き――というのは比喩ではない。まさに、その体は、黒い岩で出来ていたのだ。 一際印象的なのは、のっぺらぼうの平面に、点と線で目口を描いただけの、顔であった。 >「もちろん働くべきときには働く。ここは全力を出すべき時とは思えないだけのこと。 (中略) >そうは思いませんかな?ペトラ=エメリッヒ辺境伯どの」 男は、協力要請をすげなく断り、女伯爵に視線を送る。 どうやら、この二人、旧知の間柄であるらしい。 >「そうだな、その判断は……当然、作戦隊長たるシリウス・カエサル殿に任せようか。 >貴公がこれと思う時期に我々を動かしてくれればいい、 >なに、空に声でも掛けてくれればすぐに駆けつけるよ、全てをみそなわす目とまではいかぬものの、 >鷹の目ならいつも貴公の頭の上を飛んでいるからな」 纏う襤褸の端を弱風に翻し、空を舞う稲妻鳥を仰ぎ見て、男は言う。 そこに割って入ったのは、密かに演壇から降りて、旋教徒達に歩み寄っていたベッポだった。 「ああ、そうでっか。それでは、仕方ございませんな。旋教徒のお方にも、ご事情いうのがおありでしょうから。 まあ、国際同盟に加盟しておられないお国の方が、こちらの獣士を差し置いて進撃するわけにはいかんと、 なにかと遠慮もございましょう。まこと慎ましやかな方々でございますなあ。 ほな、貴方様がたは、後方待機ということで……それで、よろしゅございますな?―――シリウス殿下!」 壇上のシリウスに指示を仰ぎ、法衣の男たちに一礼。 今度は、ペトラ、リゼリア、アリスト――三人の居場所へと歩を進める。
85 : 彼女たちの前に辿り着くと、ベッポはリゼリアに向かって微笑み、三人に聞こえる程度のひそひそ声で語り掛けた。 「お嬢さん、そない怯えることありまへんがな。確かに、あの男の風貌にはギョッとしましたが、 せやかて、まあ、有魂獣やら無魂獣やらいう不可思議なもんが、当たり前に出回っとる世の中や。 まして、風変わりな旋教徒のことや、あないな人がおっても、おかしゅうはないですやろ? へ、何?残念やって?協力してもらえんで?」 彼は、旋教徒たちに、ちら、と目を遣り、否定の意味で片手を振りながら、 「いやいやいや!旋教の唯一神はん言うのは、わてらの寛容な至高神と違うて、いささか狭量らしゅうてなあ。 旋教徒の人間ちゅうのも、気難しゅうて異教徒に冷たいわりに、 何か問題が起こると、『インシャラー、インシャラー(神の成すがまま)』で誤魔化しよる。 "旋教徒と仕事する時は胃薬持ってけー"言うて、わてら商売人の間じゃ常識でっせ。 関わらんほうが、面倒を避けられますがな。」 鷲のような顔付きの旋教徒が、剣呑な眼でこちらを見ているのに気付き、ベッポは肩を縮こめて口を噤む。 そして女伯爵へと向き直ると、その砂糖細工の如き華奢な手を取って、白い甲に軽く口を付けた。 「アレス グーテ フォルステイン?(ごきげんよう。女伯爵)」 にわかに、表情と姿勢を正し、 「お初にお目に掛かります。ペトラ・エメリッヒ辺境伯。 わたくし、ジェミニで葬儀屋をやっておりますベッポ・アウトゥンノ・タッカーオと申す者でございます。 いや、それにしても、高価な『精製塩』やのうて、安い『石灰』を使たがええいう貴方様の卓識。 戦闘後の環境のことまで視野に入れた深慮。 なんとまあ、このベッポ、いたく感銘を受けましてございます。 そういうたら、隣の家のかみさんも、ようナメクジ避けに花壇に灰を撒いとりましたがな。」 掌をせわしく擦り合わせながら、目を糸のように細めてベッポは微笑む。 「何を隠そう、わたくし、この作戦の提唱者でございまして。今はシリウス殿下のもとで手伝いさしてもろてます。 早速、貴方様の案を受けて、作戦を練り直しますよってに。 ああ!そちらの、インペリアル家のアリスト様!貴方様のご発言も、まことに堂々とご立派でございましたよ!」 三人の婦人に改心の笑顔を見せて、本人だけは優雅なつもりの仕草で深くお辞儀をし、演壇に駆け戻っていった。 壇上に戻ったベッポは、いそいとそ、脚車の付いた掲示板を中央に運び、その前に出て声を張り上げる。 「ええ〜!わたくし、ベッポ・タッカーオが作戦の概略を説明させて頂きます。 皆さま、手元にお持ちの地図をご覧下さい。 アルト峠に至る森の中に、一部伐採によって開けた場所がございまして、ここなら、補給路からそう離れておらず、 炎の延焼も防ぎ易いちゅうことで、なるべくなら、ここを決戦の場に使いたい。 囮の補給部隊は、この場所を目指して行軍してもらうことになりますな。」 板上に貼られた大きな地図を指し示し、赤絵具を浸した筆で補給路をなぞり、目的地をぐるりと囲む。 演台の上から書紙を取り、読み上げていく。 「用意する物資は、『荷馬車三台』、土壌改良用の『消石灰が二百袋』。 火責めの燃焼促進剤として『油一樽』。 石灰は、百袋を荷馬車に詰め込み、残り百袋を上空の飛行部隊に手分けして運んでもらう――いうことで。 作戦に必要な人員は、『囮となる補給部隊』、『飛行部隊及び探敵』、『消火班』。 危険の多い囮役は志願者を募る……と。―――ええ?!今ここで、でっか?」 ウェン将軍の目配せを受けて、ベッポは、咳払いをし、一際高く声を張った。 「それでは、志願者、挙手を――――!」 【囮役(荷馬車の護衛の地上部隊)になってもいい人、挙手〜!】
86 : 「おい」 「はっ」 ペッポ、シリウス、そしてリゼリアやペトラ等の進行で滞りなく進む進行を黙って後ろから見つめていたウェン将軍は、 話が一段落つき、いよいよ各班に獣士が振り分けられるところまできたのを確認すると、後ろに控える副官を手元に呼んだ。 「少数の偵察隊を編成し、川の上流へ向かわせろ」 「わかりました。直ちに」 将軍の命令に、意味を察した副官は、命令どおり偵察隊を編成して出発すべく砦の中に消えていく。 将軍には今回、一つ気がかりな事があった。 それは、この無魂獣がどこから現れたか、である。 無魂獣の大元の発生元はわからない、だが、多くの無魂獣は何も無いところから当然の如く現れたりはしない。 例えば、今アルト山脈陣地が戦っている無魂獣群はアルト山脈の北にあるエイ平原にある「巣」から沸いている。 「巣」とは、無魂獣培養施設のような物で、様々な形、大きさの物が世界の各所に作り出されており、 エイ平原に存在する無魂獣の巨大な巣は白い繭のような形をしており、そこから3種類の無魂獣が定期的に湧き出し、アルト山脈を攻撃している。 無魂獣の出現元は「巣」だけでなく、他の無魂獣が出産している、だとか、地底から無魂獣が出現しただとか、様々な目撃証言があり、更に突如大量発生し始めた大元となると、全く不明だ。 だが、少なくとも無魂獣は何も無いところから突然生まれてくる存在では無い事だけは確かである。 だとしたら、今回の無魂獣はどこで生まれ、そしてこの森にやってきたか…。 エイ平原の巣か、更に北の巣から現れたのならば、アルト山脈陣地を通らねばならず、山脈陣地を迂回するにも人類が陣地を展開できないほど険しい山々が立ちふさがり、足の遅い液体無魂獣には難しい。 しかし、川を下ってやってきたのなら、川の近辺で犠牲者が多い事ともつながる。 ウォルト砦とアルト山脈との間に流れる川は、東にある急斜面の巨大な山の山頂に広がるクレーター状の湖から流れてており、斜面が急で、周りも険しい山脈に囲まれているために大群が通れるような場所ではない。 勿論足の遅い液体無魂獣にも厳しいだろう。 だから将軍も自分の考えにそこまでの自信が持てず、貴重な獣士を動かさずに、自らの配下に偵察に向かわせることにしたのだ。
87 : 最初にこの国に現れた無魂獣の軍勢は、はるか北の険しい山々の中から出現した。 これに対して同盟結成前だった頃のこの国は敵を侮り、地方領主にそいつらの対処を任せきってしまい、 結果、同盟が結成され、無魂獣への対処に国が本腰を入れる頃には領内の村落が全滅し、地方領主の城が化け物の巣と化してしまっていた。 その後国はアルト山脈北にあるエイ平原に軍勢を集結させ、無魂獣の出所である更に北の山脈への攻略を開始。 その際エイ平原に攻略の拠点となる砦の建設を始めたのだが、エイ平原より北の地への進行が強力な敵軍の妨害で進まず、又補給が途絶えがちだった事もあって砦の建設は中断され、アルト山脈まで軍は後退した アルト山脈は北の地には切り立った崖を向けていて、国軍はそれを盾にし、何とか無魂獣の攻撃をそこで押しとどめている。 「そいつ」は最初にこの国にやってきた無魂獣達と同じ、北の山脈から現れ、まっすぐにウォルト砦とアルト山脈の中心の川の源流へ向かった。 険しい山脈も、巨大な脚を持つそいつには苦にならず、山を乗り越えて湖へとやってきたそいつは、湖の水を原料に、液体無魂獣を作り出し、次々と川へと流し込んでいく。 そうしながら、そいつは待っていた。 自分が下流に流し込んでいる液体無魂獣達が人類の後方に展開しきり、「退路を断ち切る」その時を。 その時こそ、自分がこの山を下り、アルト山脈にある人類の陣地を粉砕し、後に残った貧弱な砦を蹴散らして、この国の喉元を食い破る時なのだから…。 そしてもう一つ、液体無魂獣達の群に壊滅の危険が迫った時も、そいつが動き出す必要があった。 アルト山脈の後方に完璧に退路を絶てるだけの液体無魂獣を展開させられなくても、十分なダメージを退却する兵達に与えられる量液体無魂獣が展開した段階で液体無魂獣が攻撃を受けた時は、液体無魂獣が全滅する前に勝負を決める必要があるからだ。 巨大な脚の浸かる湖に液体無魂獣を流し込みながら、そいつはじっと動き出すときを待った…。 もう十分撤退する兵にダメージを与えられる量液体無魂獣は森林地帯に展開している。 そして明後日には、完全に退路を絶てるだけの量が、展開し終える事ができるだろう…。
88 : 陣地に戻り、ペッポ、アリスト、そしてシリウス等の説明を受けたジェームズは彼等の手際のよさに感心すると共に、悔しい気持ちがわいてきた。 ジェームズには確かに、貴族や騎士のように家柄だの戦いだのにかける誇りは無い。 だが、鍛冶職人が己の技に自信と誇りを持つように、獣士という仕事に対しては、それなりのプライドを持っている。 それは射撃に邪魔なため剃り上げ、丸禿になった彼の頭がその証拠だ。 だから今回の仕事でも、彼は他人に誇れるような何らかの成果を出すつもりだった。 だが、いざとなったらどうだ。 ペトラの正体を見抜けずみすみす凄腕の仲間を手に入れる機会を逃し、シリウスに怖気づいて敵の正体を探り出す決定的な機会を逃し、自分の力だけで動いてみても何の成果も出せずに場に流されすぎている。 これではいけない! 例え2〜3の危険を被ろうとも、獣士として活躍して見せなければ。 そう思ったジェームズは、ペッポの志願者を募る声に、すぐさま手を上げた。 「アヴァンス国出身のジェームズ・ストーンフィールドだ。お…囮部隊に立候補する」 緊張のためにどもってしまった物の、ジェームズは誰よりも先に手を挙げる事ができた。 自らの行為に、ジェームズは何だか大きな事を成し遂げたような感動を感じたが、それは大きな間違いであるとすぐに気づいて振り払う。 まだ成し遂げていない、そう、これから始まるのだ、こんなことで浮かれていては、あっという間に死んでしまう…。 まだ年若いジェームズが志願した事で、周囲の獣士等も自らの仕事にかける情熱や戦士としての誇りを刺激されたのだろう、次々と手が挙がり始める。 「俺も参戦する」 「やらせてもらいましょう」 「やります」 口々に言いながら、次々と手を挙げる獣士達。 そこでふと、周りの人間の視線が笑っている様な気がして、ジェームズは自らの犯した重大な過ちに気づいた。 ……名乗る必要無いじゃん。 気づいて、ジェームズは顔を真っ赤にして肩をしぼめ、縮こまってしまう。 穴があったら入りたくなった。 「……うむ、志願者は以上だな。もうすぐ陽が暮れる。諸君も昼間の探索で疲れているだろう。本日はこれで解散、砦の兵士宿舎の割り振られた部屋で、各々明日に備えてゆっくり休んでほしい。明日の集合時間は……」 恥ずかしさで縮こまるジェームズの耳に、遠くでウェン将軍の声が聞こえた。
89 : 「カエサル公、貴公は甘すぎる。護る誇りのなき平民共に、剣をとる時があるとすればそれは保身のみだ。 一たび撤退を許せば、"とりあえず参戦しておいて危なくなったら逃げる"などという最悪の結果に陥りかねんぞ」 改めて編成された流動無魂獣迎撃部隊の前で演説を終え戻ってきたシリウスに、アリストは苦言を呈した。 彼女は指揮官用に用意されたテーブルの縁に腰を置き、腕組をして口をへの字に曲げている。 「戦況を考えし、判断するのは我々貴族の仕事だ。 その指示を受け、それ以外の思考を許さずもの言わぬ手足となるのが平民の仕事だ。 平民などというのはな、馬と同じだな?カエサル公。 平民の手足は貴族のためにあり、貴族の判断は平民のためにある。 私たちがRといえば、彼奴らは無表情で死んでいく……用兵とはそうでなくてはならんと私は思うぞ」 無論、アリストがシリウスに対して説教を行うような謂れなどない。 貴族的に言えば王侯であるシリウスの方が遥かに上等の存在だ。 しょせん宮廷貴族のアリストなど、彼に比べれば木っ端役人でしかない。 逆に言えば、獣士ギルドにおける貴族層という、 ある意味では身分の平均化された社会でなければ、アリストの物言いなど斬首ものだ。 「"優しい貴族は出世しない"……私の祖父の遺した言葉だ。 鞭を振るわれなくなった馬が如何なる末路を辿るか、知らぬ貴公ではあるまい」 アリストは、この若き王侯貴族が正しい判断をしたことを知っていた。 貴族にとって、面子や体裁というものは"正しさ"よりも重いのだ。 「それに、なにやらきな臭い連中が本隊に紛れ込んでいるようだしな」 アリストはフンと鼻を鳴らして視線を他所へ投げた。 そこには、ヒトを象ったであろうことが辛うじて分かる程度の中途半端な彫刻があった。 「旋教徒のガボラか……偶像崇拝の禁止だなんとか、空気に向かって土下座する狂人どもの集まりだな」 旋教という宗教がこの地よりもはるかに東に存在していることをアリストは教養として知っている。 知っていることと理解していることは別だ。アリストは獣肉を食べるし、酒だってたしなむ。 夜寝る前にはベッドの天蓋に下げた十字架へ向かってお祈りをすることも欠かさない。 それら全ての日常行為を忌むべきものとしている旋教徒は、アリストにとって理解を超えたものだ。 敵意はない。ただ、没交渉ゆえの、誤解と偏見がある。 「しかし、配属される部隊が異なるために旋教徒の実物を見るのは初めてだが…… これは驚いたな、旋教徒という奴はみなこうなのか?」 アリストは物怖じせずガボラへ近づき、そのざらついた表面をぴしゃりと撫でた。 ガボラと呼ばれていた、男とも女とも知れぬ旋教徒部隊の頭目は、人間ではなかった。 否、人間なのかもしれない。 ただ、アリストの常識に照らし合わせて、世間一般に言う"人間"とは一つも合致しなかった。 「どう見てもただの岩ではないか。皮膚の病の一種か、それとも異教の呪いでも受けたか。 こうして触ってみると体温のようなものはあるのだな。単に岩が蓄熱しているだけか? 貴様がどうやって飲み食いしているかが気になるな。まさか霞を食んでいるわけでもあるまい」 ガボラの後ろに控えている旋教徒達の目の色が変わった。 驚き、とまどいからの……怒りだ。 アリストがこれ以上暴言を放とうものならば、処罰を覚悟で飛びかかって来そうなほどだ。 彼女はそんな空気を知ってか知らずか、それとも単に人心の機微に疎いのか。 「生憎と貴様らは私の督戦の管轄ではない。 まあ、旋教徒どもが戦線を放棄したという話も聞かんがな」 旋教徒は神のために奮戦することを戒律として己に刻んでいる。 敵前逃亡は、ギルドの規則以前に自身の魂が許しはしないのだ。 死ぬまで戦い続ける、むしろすすんで死地へ赴くという点で、アリストは旋教徒を評価していた。
90 : さて、どこへか姿を消していたペトラが戻ってきて、リゼリアもいる場所に、アリストもいた。 ペトラが提案した塩の代わりに石灰を使うという方法を作戦に組み込むにあたり、 最低限の打ち合わせが必要と感じたからだ。 「石灰の樽の中に爆薬、あるいは爆発を起こせる復元獣を仕込んでおくというのはどうだ? 奴らが寄ってきたタイミングを見計らって起爆するのだ」 喧々囂々と意見を交わし合う彼女たちのもとへ、見ない顔の男がやってきた。 人の好さそうな中年といった風体の彼はベッポ・タッカーオ。 本作戦におけるシリウスの補佐官を務める者で、本職は獣士ではなく葬儀屋だそうだ。 彼はどこで息継ぎをしているのかわからないぐらい途切れないトークを女三人に対して敢行した。 「タッカーオか、憶えておこう。私を褒める者は良い者だ。――正しい判断を行えるということだからな」 どうにも胡散臭い印象を受ける男であるが、その慧眼は確かなようだ。 少なくともアリストの中ではそう結論が出ていた。 再び迎撃部隊全体の作戦会議へと移り、先ほどのベッポが演台に立った。 彼が申し上げるのは、作戦にあたって必要な物資と人員配置についてである。 そのうち、最も危険な兵站班……に見せかけた囮班の募兵がかかる。 無論、誰も彼もが黙りこくってしまう。 当然だが、囮ということは無魂獣と一番近くで接するということだ。 戦闘になれば、あの無色透明な毒ガスや、体内に入り込んで干乾びさせる攻撃の恐怖に晒される。 前線に立つとはそういうことだ。選べるなら、やりたがる者などいるはずもない。 「やむを得まい、私が無作為に平民獣士の中から選出しよう。 くじを作って引く方式ならば恨みっこもあるまい。それでいいな?」 腕組をして壁によりかかっていたアリストが身をはがし、よく通る声で睨みをきかせる。 志願者の出てこない任務に参加を強制するのも、督戦官の仕事の一つだ。 だが、今回彼女は仕事をせずに済んだ。 平民の集団の中から、春に新芽が顔を出すようにひょこりと一本の腕が生えた。 ジェームズと名乗った、禿頭のガタイの良い男だ。よく手入れされた長銃を背負っている。 彼が切った口火に続くように、複数の獣士から囮への志願の声が上がる。 「素晴らしい!将軍、今挙手をした者共全てに特別棒給を私の責任で手配する!」 ただし、とアリストは言った。 「兵站班にはこのアリスト・テレサが同行する。言うまでもなく督戦官としてだ」 囮役はこの作戦の要。ゆえに、絶対に戦線放棄を許すわけにはいかない。 つかつかと軍靴の音を響かせてジェームズに歩み寄ると、彼の肩を軽く叩いた。 「よくぞ名乗りを挙げた。その意気、ゆめゆめ絶やさぬことだぞ平民。 貴様らの地獄に私も乗ろう。この意味が分かるな?護る荷が一つ増えただけのことだ」 アリストはあくまで督戦官。無魂獣との戦闘を役割とはしていない。 故に兵站班は、自身の安全とさらにもうひとつ、無力な上官を守り通す必要が出てきてしまった。 監督者がRば、彼らの働きを認め棒給を支払う者がいなくなってしまうからだ。 アリストは、にい……と犬歯を見せる笑みをつくり、囁いた。 「――善き陽動を」
91 : 索敵に優れた獣士が欲しいと言ったが、適任者は既に出ていたのをシリウスは知っていた。 先ほど塩よりも石灰を使うよう提案してきたペトラのことである。 彼女の復元獣ならば広域での索敵も、素早い伝令も可能だろう。 だからこそ、名乗り出ざるおえないようそう言ったのだが、そもそもこの場にいる時点で そのような真似をする意味は無かっただろう。 現にこうしてペトラは積極的に作戦について進言してくる。 同じ貴族なのに、カトレーゼとは雲泥の差だ。 「貴重な進言誠に痛み入るエメリッヒ伯、 今後、何度か知恵を頼るかもしれないが、その時はまた頼みます」 言葉を選びながらシリウスはペトラに礼をした。 半ば道楽で来ているカトレーゼとは違い、ペトラは真摯に事に向かっている以上 それなりの態度を示さねばならないと思ったからだ。 ペトラの進言の後、近くに居たリゼリアがペトラを推す。 推薦されて初めて気がついたのか、ペトラはようやくそのことについて話す。 「名乗り出てこないなら、こちらからお願いするつもりでした。それで構いません。 …貴様リゼリア・ウィンダースだな。飛行小隊の編成はお前に一任しよう。活躍を期待しているぞ」 空の事は空を知っている者を任したほうがいいと判断し、シリウスはリゼリアに 今作戦の要である飛行小隊を任せた。 リゼリアが稲妻鳥の獣士の話をしたとき、一部の獣士たちが蠢くのが見えた。 そちらに視線を向けると異形の男が視界の中に止まった。 瞬時に、件の稲妻鳥の獣士であるガボラであることが分かった。 風の噂で聞いたことはあったが、実物を目の当たりにしてシリウスは絶句した。 そんな気も知らず、ガボラは自身の復元獣について話し、そして、いつもどおり後方待機する旨を話す。 その話を聞いたシリウスの眉間に少しばかり皺が寄った。 確かにガボラの言うとおり、敵の量は不明だし、殿を務める者の存在も必要だ。 シリウスがイラついているのはその点ではなく、この作戦を軽視しているガボラの態度がシリウスを苛立たせた。 確かにこの作戦が成功したとしても、この森の無魂獣を倒しきる訳ではない しかし、この森の無魂獣の対策を立てられることは大きい この作戦はこの砦の今後がかかっている重要な一戦と考え、それぞれに覚悟させたシリウスにとって ガボラのあの一言は「余計」以外の何者でも無かった。 「ならば立ち去れ!石ころが」と怒声を上げかけた先、それを止めるかのようにベッポが割って入った。 「…好きにしろ」 吐き捨てるようにそう残して、シリウスは壇上を降りた。
92 : そこにはまるで待ち構えていたかのように不機嫌なアリストが鎮座していた。 言いたいことはある程度わかっていた。 予想通り、退却を許可したことについて咎められた。 「それがどうした」 まるで些細な問題であるかのようにシリウスは言った。 「俺は王になる男だ、貴族の考え方など知るか 確かに民草は国の血肉だが、決して家畜ではない それぞれに意思があり、それぞれに哲学がある、 何を言われようが俺はそれを蔑ろにするつもりはない」 差別的な考えを主張するアリストに対し、シリウスはあくまでもその意思を貫く意思を主張した。 王宮にて差別されていたシリウスからしてみれば、階級に拘るアリストの考えは仇敵そのものだ。 もっと喰ってかかろうとも思っていたが、今は言い合いをしている場合ではないことは承知しているので それだけ言い返して、作戦会議に戻った。 会議に戻るとベッポが手際よく作戦についての説明を始めていた。 「まったく手際のいい男だな」 ベッポの仕切りの良さに感心しつつ、話は人員配置まで進んだ。 シリウスは初めから囮部隊に立候補しようと考えていた。 確かに覚悟を決めさせてはいたが、命を落としかねない囮部隊となると躊躇してしまうだろう。 ならば、率先して自分が志願して、他の者を引っ張る以外にない だが、それは杞憂に終わる。 囮の募集に真っ先に手を挙げたのは、シリウスではなく、先ほど遺体置き場から顔面蒼白で出て行ったジェームズだった。 それに連れるように他の獣士たちも囮部隊に立候補していく だが、その中にシリウスの姿は無かった。 「なんのつもりだ」 シリウスの視線は挙手しようとした手を抑えるウェン将軍に向いていた。 将軍は何も喋らず、シリウスも将軍がなぜ手を抑えたか理解していた。 今のシリウスの立場は一獣士ではなく、今作戦の指揮官だ。 もし囮部隊に入り、万が一のことが起こってしまった場合、この作戦の指揮系統は混乱し ただ被害を出すだけになってしまう。 それを抑えるために、将軍はシリウスの立候補を止めた。 「…わかった、もう離せ」 将軍の手を払い除けると飛行部隊を任せているリゼリアの元へ向かう。 「上空から指揮を出したい、誰か俺を乗せる程度の余裕のある奴は居るか?」
93 : >「名乗り出てこないなら、こちらからお願いするつもりでした。それで構いません。 …貴様リゼリア・ウィンダースだな。飛行小隊の編成はお前に一任しよう。活躍を期待しているぞ」 「ご期待に添えるよう誠心誠意努力致します」 シリウスに飛行小隊を直々に任され、誰を集めようかと思案していると―― >「アッサラーム」 壇上を囲んでいた集団から一部の者達が抜けていく。 彼らが迎え入れたその人物こそ、稲妻鳥の使い手、ガボラであった。 >「リゼリア殿、でよろしいか。 それは私にできることではあります。とはいえ完全ではありません」 ガボラの風貌は以前から知っていたとはいえ、改めて間近で見てみるとやはり摩訶不思議。 おっかなびっくりながらも、飛行小隊へ参加してくれないかと申し出る。 「ええ、もちろん完全に制御できるなどと思ってはおりません。 単刀直入に申し上げます。此度の作戦の飛行小隊に入って戴けないでしょうか?」 それに対しガボラは、持って回った言い方でやる気があるのか無いのかよく分からない返答を返す。 丁重に断っているようにも聞こえるが、もう一押しすれば協力してくれそうに思えない事もない。 そこにアリストがやってきて、歯に衣着せぬ物言いで、あろう事かガボラの岩の肌を無遠慮に触る。 >「旋教徒のガボラか……偶像崇拝の禁止だなんとか、空気に向かって土下座する狂人どもの集まりだな」 >「しかし、配属される部隊が異なるために旋教徒の実物を見るのは初めてだが…… これは驚いたな、旋教徒という奴はみなこうなのか?」 「ちょ、ちょっとアリスト様! おやめください!」 >「どう見てもただの岩ではないか。皮膚の病の一種か、それとも異教の呪いでも受けたか。 こうして触ってみると体温のようなものはあるのだな。単に岩が蓄熱しているだけか? 貴様がどうやって飲み食いしているかが気になるな。まさか霞を食んでいるわけでもあるまい」 途端、旋教徒達が殺気立つ。当然である。 この事は直接には無関係であろうが、とりあえずリゼリアが持ちかけた交渉は決裂してしまった。
94 : >「ああ、そうでっか。それでは、仕方ございませんな。旋教徒のお方にも、ご事情いうのがおありでしょうから。 まあ、国際同盟に加盟しておられないお国の方が、こちらの獣士を差し置いて進撃するわけにはいかんと、 なにかと遠慮もございましょう。まこと慎ましやかな方々でございますなあ。 ほな、貴方様がたは、後方待機ということで……それで、よろしゅございますな?―――シリウス殿下!」 やれやれ、といった感じで空を仰ぎ見たリゼリアの視線が、大きな鷹を捉える。 天空を舞い雷を呼ぶ神秘の鳥稲妻鳥。 「綺麗……」 思わず呟く。 機会があればあの鳥が雲や風を操り雷を落とす様を是非見てみたいものだが、今回もお預けかもしれない。 稲妻鳥の姿に見とれていると、立て板に水のように話しかけてくる者があった。 >「お嬢さん、そない怯えることありまへんがな。確かに、あの男の風貌にはギョッとしましたが、 せやかて、まあ、有魂獣やら無魂獣やらいう不可思議なもんが、当たり前に出回っとる世の中や。 まして、風変わりな旋教徒のことや、あないな人がおっても、おかしゅうはないですやろ? へ、何?残念やって?協力してもらえんで?」 「ええ、そりゃあまあ……」 更にペトラやアリストにも同じ調子で喋り続けるベッポ。異様によく回る舌に呆れるやら感心するやら。 何か高額商品を売り始めるのではないかと思ってしまうが、本業は葬儀屋とのこと。 予想は当たっていると言えば当たっていた。 そして作戦会議の議題は部隊の編制へ。 勇気ある戦闘系の獣士達が囮部隊に立候補していく傍らで、リゼリア選抜の飛行小隊が編成される事となる。 選抜といっても飛行系の復元獣使いというのは元から限られている。 が、囮部隊程危険な任務でもないので、限られたその者達を引き入れるのにそれ程高いカリスマ性を必要とする訳でもないのであった。 という訳で程なくしてバラエティ豊かな飛行騎獣使いの面々が集まった。 早速作戦の打ち合わせを先導しようと張り切るリゼリアだが……。
95 : 「改めて自己紹介から――私はリゼリア・ウィンダース。復元獣は翔馬――ペガサスの一種ね。 では早速本題に入りますね。まず石灰の配分だけど、私達で運ぶのは100袋。 私は索敵担当の辺境伯様を乗せていくから……」 「辺境伯様ってあの美少女? 超可愛いじゃん、オイラにその役譲ってくれよリゼ姉!」 と早速茶々を入れるのは活発そうな風貌をしたグリフォン乗りの青年。 それに、ワイバーン乗りの妙齢女性が突っ込みを入れる。 「やめときなって、アタイより年上の48歳らしいぜ?」 「うっせーR! 可愛けりゃいいんだよ!」「ンだともう一回言ってみやがれクソガキャ!」 こうして、全く本題と無関係なところで喧嘩が勃発した。 儀礼や建前でがんじがらめの貴族とは違って平民というのはある意味呑気で気楽なものである。 それに、従えるべき獣と惹かれ合った結果かは分からないが――空を飛ぶ復元獣を駆る者というのは自由な心を持つ者が多い。 「……えー、まあこの人達は放っておきまして石灰の配分ですが」 気を取り直して打ち合わせを続けようとするリゼリアに、シリウスが歩み寄る。 >「上空から指揮を出したい、誰か俺を乗せる程度の余裕のある奴は居るか?」 「そうですね……少々お待ちを」 誰にしたものかと思案する。鎧を着こんだ大の男を乗せるのだから頑強そうな復元獣がいいだろう。 例えば獅子の胴体を持つグリフォンとか――喧嘩の真っ最中の青年に目が止まる。 あれを型破りな王子様と組ませたら面白そうだ、等というあらぬ悪戯心が湧きあがる。 青年の肩をとんとんと叩き、おどけた口調で告げる。 「そなたには一国の王子様を乗せる重役を仰せ遣わす、有難く承れい! ……美少女領主様は私が戴くけどね」 「はあ!? 野郎かよーっ!」 「ふふっ、くれぐれも失礼の無いようにするのよ」 青年を伴ってシリウスの元へ。 「それではこの者レオン・ラファールを。こう見えて使用復元獣はグリフォン――鷲の翼と獅子の胴体の獣です。 運び手として十分な働きをしてくれるでしょう」 「王子様だって? 何だよいい男じゃないか、何でアタイにしてくれなかったんだい」 「だってあなたのワイバーンに乗るスペース無いでしょう。気を取り直して石灰の配分ですが……」 飛行小隊、人数は集まったもののリゼリアに任せていてはまとまるかどうか――いささか微妙である。
96 : >「貴重な進言誠に痛み入るエメリッヒ伯、 > 今後、何度か知恵を頼るかもしれないが、その時はまた頼みます」 「なぁに、老いぼれのちょっとした豆知識じゃよ。 それでも知恵袋が欲しいというなら、聞けば答えよう。 婆というものは話し好きじゃからの? ぬははは!」 シリウスの礼に対して、ペトラはいつも通りの貴族らしからぬフランクさで嗄れた笑い声を響かせた。 それでも瞳だけは欠片も笑っていないのは、シリウスならば分かっただろう。 >「名乗り出てこないなら、こちらからお願いするつもりでした。それで構いません。 > …貴様リゼリア・ウィンダースだな。飛行小隊の編成はお前に一任しよう。活躍を期待しているぞ」 「兵の数は300も居らんだろうしの。伝令は儂一人で十分そうじゃな。 後は、上空から物見をしたい故、儂には一人飛行できる者が欲しいかの」 と、要望を出しつつ、作戦の参加には前向きな意志をペトラは提示した。 その直後に、アリストが口を開き、シリウスに対して、敵対的な言葉を口にする。 アリストの言い分は確かに貴族としては間違っていないと言える。 >「"優しい貴族は出世しない"……私の祖父の遺した言葉だ。 > 鞭を振るわれなくなった馬が如何なる末路を辿るか、知らぬ貴公ではあるまい」 「最強を名乗るインペリアル家の嫡子は、どうやら存外に器が小さいらしいのう。 鞭で命令を聞かせることは出来ても、信頼や尊敬を得ることはできんよ、アリスト。 そして、鞭よりも信頼や尊敬はより民草を纏めるのに有用な力となる。まあ、鞭の方が手っ取り早いのは確かだがの。 鞭の利害を理解し、それでも即物的な利を求めるというなら、それも一つの選択じゃから儂は否定はせんがね。 っと、無駄に歳だけ食った婆さんの知恵袋じゃな。聞き流してくれて結構」 ペトラはアリストとシリウスの問答の間にするりと言葉を滑りこませた。 敵意や嫌味は無く、単純に経験から得た知識を口にする説教臭い発言。 自覚しているのか、最後にははにかみながら聞き流しても良いと口にした。 前途有望な若者を見るとついつい口を出したくなるのは大人の性なのだろう、ましてや教導官という教える立場の者。 ある意味の職業病と言っても良かっただろうか。何方にしろ、無駄な発言を挟んで悪いと二人に軽く頭を下げた。 そうする内に話し合いの場に現れた、ローブ姿の旋教徒。その姿には見覚えが有った。 と言うよりは、幾度も顔を突き合わせ、命を奪い合い、そして決着がつかなかった相手だった。 ガボラ。その特徴的な外見は、歳を取ることを忘れたペトラのそれよりもより異形染みた外見。 懐かしい相手だ、と口元で呟くと同時に、その瞳には戦火の色がちらりと過ぎった。 >「もちろん働くべきときには働く。ここは全力を出すべき時とは思えないだけのこと。 > 総力には総力をもって応じろというが、果たして我々は敵の何がわかるのか。質はあいわかった、では量は?不明だ。あなたがたは不明な量の敵と戦おうとしている。 > そのような場では常に敗走を想像しそれを補助する役がいる。それがわれわれだ。機動力に優れたわれわれにおいてほかはない。 > そうは思いませんかな?ペトラ=エメリッヒ辺境伯どの」 「――命には使いどきが有る。儂は、無駄に死ぬことなど死んでも御免じゃよ。 じゃがまあ、ここは引けぬ場じゃろ。じゃから、引かぬ覚悟のものだけが前に進めば良い。 そして、此処を死に場と定められぬものは、はなから来なくとも良い。 お主等は結局のところ、神のためにはRても、それ以外のためにはRぬものだというだけ。 ならばこの先にお主らは不要よ。好んで死にゆく輩は嫌いじゃが、死を覚悟せずに前線に出ぬ者もまた嫌いじゃからの。 好きにすれば良い。――お主らの実力は知っとるが、お主等が役に立たずに終わることを祈っておるよ?」 領土、宗教、文化。それらの違いによって、幾度も刃を交わした仲である二人。 嘗ては争い続けてきた相手であるが故に、ペトラは相手の実力を良く知っていて、どういう存在かも知っていた。 だからこそ、ペトラはこの相手は説得でそう変わる相手ではないことも理解している。 天空に君臨するあの巨大な鳥の持つ力も、ペトラは目の当たりにしていたから知っているし、動くと決めれば相応の働きは出来るのも知っていた。 故に、ペトラは極力の不干渉をガボラ達に対して選択した。
97 : 死ぬために戦場に出向くものは好まないが、死の覚悟をせずに戦場に出向くものもまた好まない。 己の死に場所を己で定め、撤退できぬ時には、督戦官など無くともその場にとどまることの出来るものが、ペトラにとっては良い兵士だった。 要するに、己の行動の最適解を信念などを介すること無く客観的に判断できる事が、ペトラが戦場で求める力。 だからこそ、先の森に於いてもペトラはアリストと衝突したのだ。 ふぅ、とペトラはため息を付き、傍らの老騎士に視線を向ければ、即座に水筒が手渡される。 薬草を固めた丸薬を口に放り込み、ペトラは水でその丸薬を飲み干した。 気管支を拡張する類の薬草で作られたものであり、上空に居た歳の負担を和らげるためのものだ。 老騎士に水筒を返し、もう一度視線をくい、と動かせば即座に椅子が来て、ペトラはシリウス達の方に会釈をしながら座り込んだ。 病弱であるという事は全体に噂として知れ渡っている為、この行動もそれ程疑問を感じさせるものではなかったろう。 椅子に座って、胸元を抑えながら深呼吸を繰り返していれば、そこに賑やかな葬儀屋がやってきた。 こちらの手を取り、礼を取る相手を前に、ペトラも又、幼子のようなほほ笑みを浮かべて返す。 >「アレス グーテ フォルステイン?(ごきげんよう。女伯爵)」 「ごきげんよう。――たしか、ベッポ・タッカーオだったな? 珍しい復元獣を持っているようじゃったから、気にはしていたよ」 に、と幼子のような笑みから、意地悪かつ老獪な笑みへと表情をシフトさせる老R。 そのアンバランスな雰囲気は、如何にも魔女という二つ名を納得させる風格を持っていた。 琥珀色の瞳は、相手の恭しい態度の奥の打算を見据える様に細められた。 >「お初にお目に掛かります。ペトラ・エメリッヒ辺境伯。 >(中略) > そういうたら、隣の家のかみさんも、ようナメクジ避けに花壇に灰を撒いとりましたがな。」 「ぬはは! 中々強かじゃの、葬儀屋よ。 そろそろ棺桶に片足突っ込んどるからの、儂が死んだら葬儀は頼むぞ? そして、おべっかは結構。儂を客にしたいなら、儂が信を置ける有能さを見せてくれればそれでいいのじゃよ」 ペトラは、他の貴族たちと違い、体裁や格式というものに価値を殆ど見出さない、若い感性の持ち主だった。 体裁や格式は、他の貴族と付き合う歳には便利である故にある程度は身に付けるが、基本は無駄なものと考えている。 故に、ペトラを良い顧客としようとするならば、おべっかなどではなく、己の有用性を示したほうが良いのだろう。 徹底した実利主義。そうでなければ、結束の強い旋教徒と数年の間戦線を維持することも出来なかった。 他の貴族たちとは異なり、国境線を維持し続ける生粋の戦争屋。それが辺境伯であるペトラだ。 それでも、ペトラはこの場に於いても打算的な思考を欠かさず、冷静に利を求める行動の出来るベッポは高評価を覚えていた。 戦場で少なくとも、背中を預けてもよさそうだ、とは思う。 ペトラの脳内に有る有望株リストに、一人が付け加えられた。 そして、ベッポが俊敏に動き、人員を割り振っていく。ペトラは既にポジションが決っている為、問題ない。
98 : どうせ組むのならば――、ある程度は気心知れた仲が良い。そう思いリゼリアに琥珀の瞳をずらしてみせれば、自由人共がきゃあきゃあ騒いでいた。 >「改めて自己紹介から――私はリゼリア・ウィンダース。復元獣は翔馬――ペガサスの一種ね。 >では早速本題に入りますね。まず石灰の配分だけど、私達で運ぶのは100袋。 >私は索敵担当の辺境伯様を乗せていくから……」 >「辺境伯様ってあの美少女? 超可愛いじゃん、オイラにその役譲ってくれよリゼ姉!」 「んふっ☆」 視界に入ったやかましい青年が此方を剥いた矢先、ペトラは軽くしなを作ってウィンクをしてみる。 青年のドキがムネムネしている所を見て、くくく、と見えないように後ろを向いてとても意地悪そうな表情を浮かべるペトラ。 割りとこの老婆、イタズラ好きというかお茶目な性格である故、こういう流れにはついつい乗ってしまう癖がある。 青年が顔を赤らめてこっちを向いているため、すすす、とリゼリアに向けて歩いて行き。 「お姉さま☆」 リゼリアの腕にすがるように身体を預ける図は、なんというか大分禁断な臭いも感じさせるようなそうでもないような光景だ。 40代後半女子と20代の女子の百合とか誰得なのだろうか、うわ、キツい。と言われても仕方がない図が展開されているが、気にする事はない。 >「やめときなって、アタイより年上の48歳らしいぜ?」 >「うっせーR! 可愛けりゃいいんだよ!」「ンだともう一回言ってみやがれクソガキャ!」 「……全く、こういう歳のネタばらしはもう少し引っ張るものだろうにのう、つまらんの。 それにしても、お主等これから出陣だというのに呑気じゃのお。ほれ、飴でもやろうか」 鞄をごそごそと漁り、出陣前に栄養補給とばかりに飴を配って回るペトラ。 甘味には余り触れることのない平民には珍しいものであり、彼らにひとつずつペトラは飴を渡していった。 貴族や平民の垣根はとうに踏み越えた身である故、他の貴族より分かりやすく言えばペトラは俗っぽいのであった。 しかし、それでもさすがに目の前で漫才を繰り広げる彼らの呑気さには少々ペトラもイラついてきたようで。 眉間に皺を寄せると、杖で地面を強く(といっても子供並みの腕力の為音は小さい)叩き、小さな口を開けて声を張り上げた。 「ま、御者はリゼリア、お主に任せるぞ。相性の良さは実証済みだしのう? そして、呑気は嫌いではない、嫌いではないが――お主等もう少し気を引き締めんか! 文句を言う前に死にたくないなら死なない為に思考を回して、作戦を組み上げろ! レオンはシリウスに! リゼリアは儂に! ワイバーンのお主は速度を生かして広域援護! 文句が有るならば儂に言え、聞いてやる。答えるとは限らんがの!」 歴戦の軍師として、意識を引き締めるように航空系獣士達に呼びかけ、琥珀色の瞳をじとりと動かす。 地力は高そうであるし、いいセンスを持っている者達が揃っているが、意識が足りない、そう思った。 この戦いが終わった後には、こいつらには確りと戦の作法を叩きこもう。ペトラはそう強く心に刻み込んだ。 「さあさあ! 決まったならば飯を食ってさっさと寝るのじゃ! 英気を養うのは何よりも寛容じゃからな!」 小さな手をぱんぱん、と叩きながら周辺の獣士にそう呼びかけるペトラ。 皆がのそのそと動き始めるのを見ると、ペトラもそそくさと砦に戻っていくのだった。
99 : ◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇ 次の日の朝、砦前にて。 なんのかんのと一悶着有ったとはいえど、全体の配備は終わり、状況が開始されようとしていた。 リゼリアの傍らに立ち、ペトラは文官たちに文章を書かせながら、書き上がった羊皮紙を蜂に持たせ森に放っていく。 前線の各獣士達に羊皮紙を配り、問題が有った場合は早急に連絡が戻ってくるように準備を整えていた。 更に、残りの蜂達には同じく紙片を貼り付け、森のそこかしこへと送り込んでいった。 地図のマーキングと同じ模様を書いた紙片の蜂をマーキング地区の巡回に回す事で、偵察と警戒を済ませるつもりだった。 ペトラが蜂に対して命じた命令は以下のとおり。 【1】獣士達につけた羊皮紙付きの蜂 1.獣士の邪魔にならぬように追尾する 2.獣士が蜂の羊皮紙を取り、もう一度蜂の足に触れさせた場合に羊皮紙を本営に持ち帰る 3.移動ルートには蜂のフェロモンを撒き、いざという時に消息が分かるようにする 【2】偵察と警戒の為に森に撒かれた蜂 1.動く液体や、石灰で着色された液体を見つけた場合近くの獣士の元へ移動する 2.羽音で警戒を示し、近くに無魂獣が居ることを示す 3.獣士が死亡したり交戦を始めた場合本営に帰投する 4.移動ルートには蜂のフェロモンを撒き、いざという時に消息が分かるようにする 以上がペトラが蜂に対して命じた内容であり、要件を満たした場合に行動を起こす。 蜂を送り込んだペトラは、ふぅと溜息を付いて背中を椅子に預けた。 空の模様はそれほど悪くなく、作戦を実行するには困ることはないだろう。 前日寝る前に薬を服用しておいたため、戦闘行動には今日一日中は問題ないはずである。 そして、ペトラは傍らのリゼリアに視線をずらし、口を開く。 「儂が居る限り、そう多くを死なせるつもりは無いから安心すると良い。 と言っても……、何となく嫌な気配を感じるからの、警戒は決して怠るでないぞ? 薬を飲み次第儂らも上空を取って全体を見舞わせる場所に移動しようかのう」 グラスに水薬を注ぎ、眉間に皺を寄せながら一気にペトラは琥珀色の液体を喉に流し込んだ。 うへえ、と嫌な声を漏らすと、水筒に直接口をつけて、嫌な味を洗い流すように水を煽る。 数度その行動を繰り返し、数分後には行動準備が済んでいることだろう。 片手には小さいながらも実用性重視のオペラグラス。上空から戦場を見渡すためのものだろう。
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