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2013年06月なりきりネタ221: 【TRPG】ブラック魔法少女3 (124)
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【TRPG】ブラック魔法少女3
- 1 :2012/12/25 〜 最終レス :2013/06/09
- 前スレ
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1340694923/
雑談所
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi?bbs=figtree&key=1338378651
Wiki
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/248.html
- 2 :
- 魔装状態のまま店内に入った佐々木。
それには理由がある。魔法少女である事を示す事と、敵対するかもしれない者の中に無防備で立てる程剛気な性格はしていない、という二つだ。
息を吸い、吐き出すことで己の中にリズムを作り、心のなかに落ち着きを作り出す。
瞳には強い輝きを宿さず、かと言って暗さもなく。掌握された安定状態で、佐々木はキッtンへと歩いて行く。
この姿を他の客が見なかったことは間違いなく幸運だったにほかならない。日常の中にどう見ても辻斬りの少女が紛れ込んでいるようにしか見えなかったのだから。
魔力を隠蔽するのは最早癖で、暗殺者のように足音すら立てずにキッチンへと歩き、こっそりと中を覗きこむ。
(――悪魔と、魔法少女が……、5人? 他に――あそこに居るのは、悪魔。
魔力を感じる人がもう一人、か。……人外魔境、なの、かな。
魔法少女五人と、魔女一人、そして悪魔。
間違いようもなく、一人で挑むには不利にも程がある戦力が目の前にはあった。
幸いなことに個々の魔力はそれほど多くは無いが、徒党を組み、協力的な悪魔の存在が有る事は脅威だ。
基本的に佐々木の戦闘スタイルは、不意打ち闇討ちを主体とした暗殺が主なのである。
乱戦や正面からの戦いも苦手なわけではないが、魔法少女という常識が通じない相手を敵とした時点で有利の状況を作ってから狩り続けていた。
この状況は間違いなく、不利。そして、佐々木が魔法少女を倒すと決めるのには、ルールが存在している。
そのルールを未だ5人の魔法少女達は満たしていない為、佐々木は剣を抜くことはあっても、殺害に進む予定は無い。
佐々木は隠密に長ける。
自己を他者から隔離させるように、念動力の力場を膜の様に全身に纏っているからだ。
外部に力を殆ど解き放たず、殻の中で魔力を行使する佐々木は、古武術の体捌きによるものも相まってかなり薄い気配を持つものだ。
佐々木は部屋の中での会話に耳を傾け、脳内で彼らの性質をプロファイリングしていく。
>「今のチミ等は”まだまだ”自分の持つ魔法ってのを開花しきれてないのさ。だからアタシの手で、見違えるほどに花開かせてやるよ――!」
(――、修行か。そして、新米にお守りに悪魔が一人。
……ッ、気づかれてる……か。あの、女の人も)
状況から、彼らは何らかの目的のため強くなりたがっている事は分かった。
少なくともエルダー級に対抗できるほどの戦闘力を身につけようとしていることも。
そして、先のエルダー級の魔法少女を思う。
世界征服。その壮大な目的と、それを達成せんとする強い意志とそれに見合う実力を持った魔法少女だった。
世界平和のために世界を征服する。それを間違っていると佐々木は一刀両断に断じる事は出来ない。
己の夢である、この世からあらゆる悪を抹消する事だって、ある意味では悪人を皆殺して作る世界平和だ。
だからこそ、あの相手の有り方が間違っていると言う事は出来ない。
だが、それでも腰の巾着に収められた魔法核が、あの魔法少女の恐ろしさを教えてくれている。
一瞬で相手を肉塊に変えるあの戦闘力よりも、あのゆらぎ一つ見えない深い瞳が一番の恐ろしさの確証を与えている。
同時に、あの相手を自分一人で倒せると思える程幸福な精神構造を佐々木はしていない。
>【屋守】『どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
- 3 :
- 出る機会を伺っていた佐々木に、機が与えられた。
迷うこと無く、黒い鴉はキッチンへと足を踏み入れる。コートの裾をひらつかせ、足音一つ生むこと無く。
金髪黒目の魔法辻斬りが、五人の魔法少女と一人の魔女、一人の悪魔の前にその姿を晒した。
黒い瞳は、伏せられる事も逸らされることもなく、全体の顔を確認するように部屋の中をぐるりと動いた。
一言も言葉を発しなかったのは、単に初対面の人と話す事が得意ではなかっただけで、それ以外の理由は存在しない。
だが、物々しい暗色の魔装や、彼女自身の纏う雰囲気がそれらを威圧として表現させてしまっていた。
>「ッ!」
「良い。動きだ」
飛び退る南雲を見て、素直な称賛を相手に送る。
開口一番の言葉は、どことなくぎこちない硬質な音色。
言うなれば、一週間引きこもってからコンビニで注文をした場合に出る類の声と言うべきか。
本来なら緊張で痙攣し始める筈の右腕は幸いなことに魔装状態であった為に念動力で掌握されている。
この一言は真言なりに精一杯のフレンドリーな対応だったが、きっとそうは見えないのだろう。
>『いらっしゃいませお客様、ご来店ありがとうございます――ご注文は?』
目の前の魔法少女から、問いかけが投げられて。
佐々木は、わずかに逡巡した後に念信を相手に返信する。
どうやら他人と念身するのがあまり得意ではないようで、繋がる際に僅かにノイズが混ざる。
『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。
私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい。
あと、魔装を纏っているのは、気にしないで。……流石に知らない魔法少女五人前にして、無防備ではいられないだけ』
念話を全体に向けて、佐々木は軽く全体に向けて、会釈。
腰の刀には、常に手をかけ続けているが、それでも魔力はこの距離ですら殆ど漏れる事が無い。
この隠密性こそが類稀なる才能だ。特に魔法少女が多いこの場所ならば、他の魔法少女の魔力に埋もれて更に存在感が薄まってしまう。
敵が強ければ強いほど、数が多ければ多いほどに見つかりづらくなるのが彼女の特徴だ。
と言っても、透明になるなど視覚的な隠密能力は無い為、今のこの状況では単に奇妙な魔法少女であると言う以外に特筆すべき点は無い。
『先に言っておくと、現場には四人居た。
私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
そう佐々木が念信を送った直後に、喫茶のドアが鈴を鳴らす。
店の入口には憔悴した様子で立ちすくむ、目立零子が一人。
不安げな顔は、恐らく恐喝されたからに他ならず、不安から逃げ出すように走ってきたのか荒く息を吐いている。
肉体的に疲労しづらい魔法少女だが、恐らく精神的な負担が彼女に肉体的な疲労感も感じさせているのだろう。
腰のだんびらに手を掛けたままに、佐々木は振り返ってその零子の方を向く。
『――聞こえるなら、こちらに来ると良い。
緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級だという証明は貴方に出来るはず。
……良い?』
首を傾げ、オープンチャンネルで零子に語りかける佐々木。
揺らぐことのない零度の瞳が、零子に向けられて、小走りで零子はキッチンに入っていく。
憔悴した様子の零子を見て、落ち着くまで淡々と待ち続ける佐々木。
警戒を忘れぬままに、もう一度顔を覚えるように喫茶店の魔法少女、悪魔、魔女を見回していた。
多彩な面子であると、改めて思った。
(――……知らない人って、やっぱり。怖い、かも』
身も蓋もない本音が、半ば辺りから念話にだだ漏れだったが、佐々木は気づいていない。
見た目上では、先ほどから変わらぬ様子で目を僅かに細めて立ち尽くしているだけだった。
- 4 :
- 西呉がこの世界に嫌気がさし神への信仰をやめてから、数日後、西呉は灯の消えた隣接してある教会で佇んでいた。
あれは気の迷いであると気がつき祈り懺悔しにきたのではない。
その証拠に、片手には倉庫から持ち出してきた斧が握り締められている。
黒い感情が篭った視線の先には貼り付けにされている神の子の像が写しながら
西呉は使い慣れない得物を引きずりながら、それに向かっていく
あと少しで斧が届きそうなところで、物音がそれを阻んだ。
身動きを止め咄嗟に視線をそちらに向けると、使われていないはずの懺悔室の扉が
まるで招き入れるように開かれていた。
だが、西呉はそこへ向かうつもりは無かった。
ぶつけようのない怒りで頭が一杯で好奇心なんてわかなかったのかも知れないし
鼠が扉を押し開けて出て行ったと一人納得したのかも知れない。
そして、もう一歩踏み出し、渾身の力でもって得物を振ろうとしたとき
今度は入口のほうから灯と複数の足音が向かってくることに気がついた。
まだ何もしていないというのに、ここで誰かに見つかりたくはない。
悩む間もなく、西呉は懺悔室に飛び込み、扉を閉めた。
- 5 :
- 懺悔室の中は思った以上に狭く、薄暗かった。
よく部屋の中を見ると、聞き手と話し手がスモークガラス越しに話す構造であることがわかった
「あのぅ〜お座らないんですかぁ〜」
その女性の声を聞いた瞬間、驚きを隠せずにいた。
なぜなら、開かずの間と化していた懺悔室に誰かがいただけではなく
その声をどこかで聞いた覚えがあったからだ。
驚きを隠せないまま、西呉は促されるように椅子に座りスモーグガラスの向こう側を見やる
だが、見えるのはぼんやりとした輪郭だけだった。
「そんなに見てもぉ〜何も見えませんよぉ〜ところでぇ〜」
テンパっている西呉を置いて、シスター?は話を続ける。
「どうしてぇあれを壊そうかと思ったんですかぁ〜」
その言葉を聞いた瞬間、西呉は心臓が止まるような衝撃を受けただろう。
何故なら、先程までの自分の一部始終だけではなく、目的までも知られてしまっているのだから
「別にぃ〜壊すのはいいんだけどぉ〜私それで何も変わらないと思うなぁ〜」
「じゃあ、この感情はどうすればいいんですかッ!」
西呉は衝動に身を任せ、声を上げるが、すぐさま我にかえり口を塞ぐ
隠れる為に懺悔室に入ったのに、これでは自分の居場所を教えているようなものだ。
しかし、懺悔室の扉はピクリとも動かなかった。
「大丈夫ですよぉ〜どんなに叫んでもぉ〜誰も気づきませんからぁ〜」
とシスター?は何かを取り出して、声のトーンを少し落として話し出す。
「衝動、怒り…何があなたを駆り立てているかなんてぇわかりませんけどぉ
物に八つ当たりするのはぁ、正しいとは思いませんよぉ…頭を冷やして、その怒りを収める」
「ッ!」
思わず、また叫びかけた瞬間、シスター?の言葉がそれを止めた
「なんて綺麗事とかぁ反吐が出ますけどねぇ…私がぁ思うにぃ
物にあたるぐらいならぁ、感情の対象にぃありったけぶつけるべきなんじゃないんでしょうかぁ」
西呉は耳を疑った。今目の前にいる人物が自分の知る教えとは真逆のことを言ったのが信じられなかったからだ。
「それが…出来たら」
「私のぉ勝手な印象で話すとぉ、あなたは多分、それがぁ出来る人だと思うんですよぉ
でもぉ、あなたはやらなかった…違いますねぇ、やれなかったと言うべきでしょうかぁ
ソレがあまりにもぉ強大でぇ一人では立ち向かうことがぁ出来なかったぁ」
「…」
「ですからぁ私はぁあなたをここに招いたんですよぉ
あなたにぃソレを実行出来る力をぉプレゼントするためにぃ」
気がつけば、西呉の目の前に宝石のようなものが置かれていた。
「それをぉ手にしてください。そうすればぁ、あなたのぉ望んだ力がぁ手に入りますよぉ
ただぁ、一度ぉ手にしてしまったらぁ、やりきるまでは退き帰ることはぁ出来ませんからねぇ」
暫く、西呉はそれを見ながら考え込み、そして、ゆっくりと魔法核を掴んだ。
- 6 :
- 「へぁ!?」
ホテルの一室で眠る西呉をたたき起こしたのは、部屋いっぱいに響き渡るワーグナーの調べと
銃撃戦を映している大音量の備え付けのTVだった。
「紅木(あかき)先生ぇ!」
西呉が声を荒げ、睨む先にいたのは、紅木と呼ばれたシスターだった。
正確に言うならば、彼女はシスターではない。
確かに修道女っぽい衣服を纏ってはいるが、クロスペンダンドの類は一切身につけてはおらず
それ以上に目立つのは、昼食中の彼女が食している分厚いステーキところから、まともなシスターではないことがわかる。
ざっくり言うなら、紅木は西呉担当の悪魔なのだ。
「すいませぇん西呉さん。お腹がすいてしまってつい」
と紅木はしょんぼりとそれぞれ音量を下げた。
西呉はそれを確認すると、悪魔のとなりに座り、ルームサービスのメニューを眺めつつ話しかける
「また中東ですか?」
「そうなんですよぉ!今出ているのはぁ注目している過激派の最新映像ですよぉ」
とまるでアイドルの話をするように、紅木はごきげんに話す。
付き合い始めのころは、戦争映画でも見ているのかと思っていたが、
たまたま見てしまった映像の中に、日本人記者が流れ弾に当たって死ぬのを見たあとに
その記者についてのニュースが流れたのを見て、本物だと気づいた。
「ところで、それを見る為に来たわけでは無いですよね」
頭の片隅でピラフかチャーハンで悩みつつ、西呉は紅木に尋ねる。
紅木は週一で遠征に行っている西呉の元へ訪れる。
それは、担当悪魔としての業務の一環でもあるし、休学中の西呉に授業の経過具合を報告するタメでもあるが
しかし、今回の来訪はそれではなかった。
加えて、今日の紅木は大層ご機嫌なところを見ると、トラブルが発生したと考えられたからだ。
「そうですよぉ、あの隠形派が今日大きく動き出したのでぇその報告に来ましたぁ
今日隠形派の一人がぁ何者かに殺されたようでぇ、現場に居たぁ楽園派の人間が犯人だと断定して
それのぉ身柄を要求したようなんですけどぉ…」
「殺したのは私ですよ?」
「まぁそうでしょうねぇ、恐らくぅ隠形派もぉそれを理解しているはずですよぉ」
紅木は怪しい笑を浮かべ続ける。
「仮にぃ楽園派がぁトカゲの尻尾切りで差し出したとしてもぉ、隠形派はぁそれでも楽園派を潰しにぃかかるでしょうねぇ
でもぉ、そうなればぁ、夜宴でぇ保っていた均衡はぁ一気に崩れるでしょねぇそうなればぁ…フフフ」
「いいんですか、ほかの悪魔にどやされますよ」
「別にぃいいじゃないですかぁ、あんな子供だましをぉダラダラやっているほうがぁ悪いんですぅ」
「…それで、戦争が見たいから私には邪魔をするなと」
脱線しかけた話題を戻すと、西呉はて早くルームサービスを注文する。
「私はぁ何も指示しませんよぉ、あなたがぁ自ら名乗り出ようとしてもぉ隠形派がぁそれを止めにぃ来ると思いますしぃ
あのぉ苗時さんがいるぅ楽園派がそんな真似するとはぁ思えませんからぁ…」
「そうですか」
そう言いながら、西呉は頭を悩ませる。
坂上と戦う為にこの街まで来て、一体一で戦う為の作戦を練っていたが
二つの不確定要素と、一つの不安を抱えたまま、それを実行には移すことは出来ないだろう。
一からの作戦の組み直しが必要だろう。その為には
「隠形派は私に対してどうでるか確認しておくべきですかね」
隠形派からして見れば、西呉と黒衣の魔法少女は、真犯人とその目撃者だ。
大義名分を掲げ、楽園派を潰そうとしている隠形派からしてみれば、この存在は見逃せないだろう。
隠形派のやり方から察するに奇襲でも仕掛けてくるだろうか?
それとも、穏便にすませにくるだろうか
暫く考えた後、西呉はある結論に達し、この後、昼食を取った後、変身し魔力を抑えて街へ飛び出していった。
- 7 :
- 「……ちなみに、アダムの誕生が6000年前というのは、聖書の記述だけから計算した話だよ。
まともに資料を漁れば、人類の歴史はもっと長い。君ぐらいの人間なら知ってると思ったけど」
「悪魔が聖書否定する……のは普通か。だからって科学的なアプローチもどーかと思うけど。
ま、いーじゃん。要はシンボルとしての問題だよ」
「ひとつだけ聞かせてほしいな。
その願いで踏み潰される物はあまりに多い。6000年分の人類の歩みに丸ごと喧嘩を売っている訳だからね。
何故、そういう事を願おうと思ったんだい?」
「……あたしみたいな立ち位置にいるとね、分かるのよ。世界がどーにもならなくなってるのがね。
どこに行ってもどん詰まり。なら、引き戻してやって、留めてやればいい。
少しでも世界が良くなるために。今よりほんの少しでも、世界が楽園に近づくように。
6000年分の破滅への迷走なんて、知ったことか」
「……なるほどなるほど。自分のためより、人間のためより世界のため、か。これだから……」
『人間は面白い』
- 8 :
- 「……コメントしずらい夢見ちゃったなー」
ソファに体をうずめたまま、独りごちる。
どうもあたしは、戦いの緊張から解放されたのち、うたた寝をしていたようだ。
あれはレギオン……あたしの担当悪魔と出会った時の夢。今のあたしの生活を始めるきっかけになった夢。
そういう意味では少々の感慨を持ってもいいのかもしれないが、そんな気分にはさっぱりなれなかった。
夢で願ったあの夢を現実に変えるためには、乗り越えるべきものはまだまだ多い。
目的地に向け歩むときにするべきことは足を前に出すことだ。これまでの道のりに感慨を覚えることではない。断じて。
時計を見る。時間はほとんど経っていない様だ。
あたしは頭を軽く振って眠気を払うと、脳細胞に寝起きの運動をさせ始めた。
さて、さしあたってやるべきは宴の始末。
触手の魔法少女、西呉真央の暴れた被害は甚大だ。
公共物の損壊や後片付けはしかるべき機関(レッカー業者とか、警察の皆さんとか、道路工事のおっちゃんとか)が対応するとして、問題がいくつかある。
遺留品からこちら……あたしや大饗家につながる可能性がぬぐえないことだ。
具体的には車と死体の山。
その1、車。こちらはまだ事前対応の範囲でなんとかなる。
ナンバープレート(外すわけにはいかなかった。逆に目立ってしまうからだ)や各種の登録は、この車がとあるレンタカー会社所有の物である事を示す。
その会社はどこにでも転がっている何の変哲もない中堅会社で、あたしや家との関係はない。
唯一の接点は車を借りた人間だが、当然そいつには偽名を使わせたし、特に特徴もない男だ。辿られる心配はまずないだろう。
(ちなみに、その男は死体の山の中に混ざっている)
もちろん、僅かな情報から追跡を可能にするタイプの魔法少女に追われる……という可能性は捨てきれないが、そこまで心配していては何も始まらない。
《王者の道-ドミネーションアレイ-》で記憶を操作することも可能ではあるが、その手間、更に魔力波長をたどられる危険性を考慮した方がいいだろう。
というわけで、この線は放置。
その2、死体。こっちはわりとどうもならない。いや、どうかしなければならないのだが。
失った分の穴埋めもさることながら、当座の証拠隠滅だけ考えても真剣に頭が痛い。
あの男達は、元はその辺りに転がっていた「消えても誰も困らない種類の人間達」である。
えーと、具体的に言うと、元暴走族今犯罪集団、って感じの。
で、それをあたしが涙ぐましい努力の末うちの兵隊に鍛えなおした次第なのだが、その過程で、
こいつらの活動範囲内であたしが「映像に映る状態」で移動していることが少なからずあったのだ。
自分で言うのもなんだが、あたしの外見は非常に目立つ。もちろんごまかす扮装はしたのだが、それでもばれるときはばれる。
そもそも、そんな場所に少女がいること事態がレアで、その辺の連中の記憶に残ってる可能性も高い。
つまり、彼らを追われるとあたしが見つかる可能性が非常に高くなる。
では、どうするか。
(ちょっと魔力喰うけど……他に手はないかな)
あたしは覚悟を決めると、軽く手をあわせた。
ちょっと前に終わった人気漫画のワンシーンみたいだが、別にそういうつもりはない。
単に……手向けの合掌だ。
『骨も残さず燃え尽きろ』
- 9 :
- 以上、終了。
男達の亡骸は『命令』どおり、骨も残さず燃え尽きましたとさ。
問答無用すぎるって? そういう魔法なんだからしょうがないじゃん。
そう、これがあたしの《王者の道-ドミネーションアレイ-》。
魔力を注いだ対象にいかなる命令でも実行させる、絶対遵守の王者の魔法である。
現場の人間達には、ガソリンか何かが発火したとでも思ってもらえるだろう。
ひょっとしたら本当にガソリンにも引火したかもしれないが、まあその時はその時だ。
さて、後片付けを続けよう。
まずは、男達に渡していた実体化アイテムを魔力に戻すことから……。
* * *
片付けは小一時間で済んだ。
一番の懸案だった死体を無理やり片付けてしまってからはたいした手間でもなかった。
さて、ここからは脳細胞の運動第二段。未来に向けてレディーゴー(仮)の時間。
さしあたっての、あたしの未来に向けての障害は……。
「……やっぱ触手かなー」
触手、こと、西呉真央。
魔力があたしとほぼ同等のエルダー級でありながら、その性質はあたしとほぼ真逆と言っていい、魔法少女。
彼女の最も恐ろしい点は、その「ためらわなさ」と、それを実行できる「実力」の両立にある、とあたしは見る。
具体的に言うと、「怪しいワゴン車がいる」→「よし、叩き潰そう」の超短絡思考。
何人かの魔法少女があのワゴン車の存在に気がついていたのは確認済だが、あそこまで直接的な手法に出たのは彼女が初めてだ。
他の魔法少女は、せいぜい動向を監視する程度にとどめていた。例えば、緑藤きずなのように。
「そーだ、藁人形どうしただろ」
藁人形、こと、緑藤きずな。
動向を監視していた範囲では、彼女も相当な規模の魔法少女集団と接触があったはずだ。
例えばあの楽園派の連中のように、徒党を組んでいたようにも見えた。
仮に。緑藤きずなが西呉真央に殺害されていたとして(先の状況を見るに、それは十分にありえる可能性だろう)。
さらに、緑藤きずながなんらかの勢力に属していた場合。
その勢力はどのように動くだろうか?
調べてみる価値はありそうだ。
あたしは、目を閉じて、生き残っている部下達に「命令」を送り始めた。
【大饗いとり:遺留品の始末を完了。陰行派の動向を探り始める】
- 10 :
- >『断る!』
萌のすげない返答に一瞬面食らうが、そちらに目配せして南雲は状況を理解した。
ウエイトレス――南雲や理奈の同僚が、オーバーワークにべそをかきながら料理を供しに来たからだ。
「坂上さん、シフト入るなら手伝ってよ……」
潤んだ両眼がこちらを非難する――来襲した書生姿の肩越しに。
これであの書生風が魔法少女であることは確定した。ウェイトレスには見えていないのだ。
ただのコスプレであるならば、腰に帯びた大太刀に真っ先に視線が集まるはずである。
「や、ごめんね。ちょっと店長とこれからの給与体系と労働環境について労使交渉しなきゃだから」
南雲は変身していない。だからこのフロアの全ての者に姿が見えている。
そして萌も同じく。運ばれてきた料理を目の前にしての中座はあまりにも不自然だし、店員的には不条理だ。
書生風は――その挙動に一切の気配を感じさせず、半ば唐突に念信を返してきた。
>『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい。
『? ……どういうこと』
放たれた言葉が、南雲のシナプスと結びつくのに若干のタイムラグが生じた。
現れるのが唐突なら、話の持って行き方も唐突だ。
暫定、縁藤きずな殺害犯が、今度はエルダーを殺したいから協力してくれと言っている。
エルダーというのは先程の魔力爆発のアレのことだろう。
書生風はそのエルダーを追ってこの街に?しかし、縁藤きずなを殺した件と結びつかない。
>『先に言っておくと、現場には四人居た。私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
『現場――縁藤きずなの殺害現場?』
情報が断片的すぎて、事の全体像がつかめない。
南雲の知る"例の"エルダー級は、黒いワゴンに襲いかかって中の人を殺し尽くした、あの時までだ。
そこで偵察を打ち切った。おそらく書生風の言っているのはその直後の話だろう。
(うーんこの話題のとっちらかってる感じ。人と話すことに慣れてない――ソロプレイヤーかな)
手を組んでもいつ後ろから刺されるかわかりゃしないこの稼業、独り身を貫く者も珍しくないだろう。
麻子がそうだったろうし、南雲も理奈と出会わなければそうなっていただろうから、よくわかる。
となれば書生風の、卓越した気配断ちの技術にも頷けるというものだった。
>『もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
もう一人――あの時現場にいて、当事者以外の者。
そう、ただ単に、無関係に、その場に『居合わせてしまった』だけなのに、嫌疑をかけられてしまった受難の魔法少女。
目立零子だ。書生風に促されて、彼女がホールへ駆け込んできた。
「目立ちゃん!無事だったんだね」
思わず手を差し出すが、目立は南雲の顔を見て、びくりと大きく震えた。
足が止まり、ホールに入って直ぐの場所で俯いてしまった。
(あ……、)
そうだ。そうなのだった。
南雲が彼女に対して、何をしてきたか。それを紐解けば、この反応も理不尽じゃない。
目立からしてみれば、南雲は友人を殺害し、自分たちにまで殺意を向けた、恐るべき殺人者なのだ。
目立からしてみなくとも、それは紛れない事実だった。
「理奈ちゃん、目立ちゃんのとこについててあげて。理奈ちゃんのいる場所に、わたしは銃口を向けないから」
- 11 :
- 空を切った手を所在なくぶらぶらさせながら、南雲は書生風を再び見た。
書生風は動かない。だが、動かれてもおそらく南雲たちには反応できないだろう。
魔法少女は戦闘状態にあるとき、身体能力の底上げや生命維持などで常に魔力を纏い続けている。
しからば魔力の流れを感じ取れば、相手の初動はある程度予測がつき、対応をとる時間がある。
達人が、気配から相手の機先を制すように。
だが魔力を完璧に隠蔽している書生風は、あらゆる動きが唐突に見え、故に反応が致命的に遅れる。
そこに加えてだんびらによる完全近接戦闘スタイルときたものだ。考えるだに恐ろしい組み合わせである。
>『緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級ではないという証明は貴方に出来るはず』
『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。
あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
書生風の発言をまとめてオープンチャンネルに放ってから、南雲は書生風をはずした秘匿チャンネルに切り替えて念信した。
『縁藤殺しの容疑者が、エルダー討伐のパーティを募りにテンダーパーチにやってきた……。
事象を分割して考えよ。縁藤云々と、エルダー討伐はまったく別のクエストで、たまたまあの書生風は両方に参加してた。
で、魔法少女率高めのこの店に、わたしたちが縁藤殺しの犯人を探しているともつゆしらずにのこのこやってきた。
って考えるのが自然かな。いやでも、ならなんで縁藤殺しの話をこのタイミングでしたんだろ……』
どこかで二つの動線がクロスしたのだろう。
そして再び離れていった。書生風がこうしてここに来るまでに、いくつかの偶然が重なったのかもしれない。
周囲に視線を走らせる中、脇に抱えた麻子と眼が合った。
意見を問うと、『とりあえずこの書生風を隠形派に突き出せば万事解決じゃねーの?』と身も蓋もないことを言った。
身も蓋もないが、一番シンプルな回答で、南雲もそれが気に入った。
『萌ちゃん、わたしから提案。……店の裏口から出よう。
パンピーもいるこの店でことを荒立てたくないし、ろくに距離をとれない狭い店内じゃだんびらと相性が悪い。
近くに、わたしがいっつも特訓に使ってる、人払い済みの公園があるから、そこに誘い込もう』
店の外なら、仮に戦闘になったとしても南雲の航空兵装や麻子の鎖を展開しやすい。
萌も身体性能を十全に発揮するとなれば、それなりの広さの空間が必要になるだろう。
公園に誘い込んだら、あとは交渉でも戦闘でもなんなりとすれば良い。
とにかく南雲たちにとっての最悪は、テンダーパーチが戦場となり、あの場所が他の魔法少女に嗅ぎつけられることだ。
逆説、それさえ防げればあとはある程度融通が効く。
『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
南雲が思っていたよりも、さらりとその言葉は口を付いて出た。
あの喫茶店を自分たちの拠点にすると決めた時から、いつかはこうせねばならないと覚悟はしていた。
新米魔法少女が四人も集っているあの店は、他の魔法少女達からしてみれば絶好の狩場なのだ。
例えば門前や梔子が、テンダーパーチの存在を知っていたら――きっと一晩おかずに強襲をしかけてきただろう。
だから知られたら、あの店の存在が魔法少女に露呈したら、必ずR。でなきゃ護りきれない。
「絶対の勝算があるわけじゃあない。だけど、わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ」
南雲の信念。信念としての魔法少女は、あのちっぽけな喫茶店から始まるのだ。
だから、護る。護るためにR。そこには、髪の毛ほどの異論もなかった。
【場所を移すことを提案。 真言に対して→縁藤殺害の真犯人として戦うつもり】
- 12 :
- 【市立図書館・一般書籍コーナー】
端から端まで日に焼けて黄ばんだ背表紙の並ぶ本棚が、さながら林の如く散立していた。
図書館――この街でも有数の規模を持つ噴水公園のとなりにある、市立図書館だ。
地下鉄の駅が乗り入れ、借りた本を飲み物と一緒に楽しむサロンがあり、地下にはスガキヤがテナントに入っている。
その図書館のロビーを入ってすぐの空間、児童書と一般書籍を扱うコーナーに、一人の少女が座っていた。
亜麻色のゆるやかにウェーブのかかった髪を肩口で揃え、上下共にチェック柄の、シンプルな衣服を着ている。
全体的にゆったりとしたデザインで、ベルトなどはなく、ボタンとゴムで固定するタイプの簡易なものだ。
外に出かけることを想定したものではなかった。部屋着――眠るのに都合が良いよう、身体を締め付けない配慮のされた衣服。
パジャマである。
本を構成する紙の原料は、主に木材から取れる繊維だと言う。
ならば、ぎっしり本を詰めた木製の本棚は、ある意味では木本来の在り方に回帰しているのだろうか。
鼻から息を大きく吸う。古書の黴びた匂い、本棚の上から漂う埃の匂い、長い時間で酸化し切った本の糊付けの匂い。
胸いっぱいに吸い込んだ空気をの使い道を探すように、彼女は息を吐いた。
吐息は、澄んだ音を伴っていた。
歌だ。
「ねーんね、ころーりよ、おこーろーり、よ」
澄んだ声が、なにものも邪魔しない空間を穏やかに震わせる。
吐息に吹かれた微細な埃が、舞い上がって壁際の『図書館ではお静かに!』の張り紙を撫でた。
いまは、平日の昼間。当然ながら営業時間中だが、彼女の歌を咎める者は誰もいなかった。
人がいないわけではない。
この日、この図書館を利用しにきた一般客、ここで働く司書、テナントやサロンの従業員……
総勢で30は下らない数の人間が、いまこの時もこの場には存在した。
そして、全員が――歌声の彼女を除いて――机や床に倒れこみ、動かなくなっていた。
あるものは床に仰向けで、あるものは本棚の中に頭を突っ込んで、肩や胸を穏やかに上下させている。
眠っているのだ。この図書館に足を踏み入れた人間が、一人残らず昏倒し、昏睡していた。
異常というほかないこの事態は、無論のこと魔法少女によって引き起こされたものである。
たった今、歌うのをやめた少女の、固有魔法による集団睡眠だ。
「……あえて全員眠らせてから、子守唄をうたってみたわ。圧倒的徒労感に震えろ、あたしッ☆」
少女の名は『草枕夜伽(くさまくら・よとぎ)』。
暗躍系氏族『隠形派』に所属する、広域制圧型魔法少女である。
* * * * * *
- 13 :
- 「一人ごとがでけえよ、夜伽」
こつ、こつと革靴が床を叩く音を伴って、眠っていない人影がもう一つ増えた。
こちらは男。糊のきいたスーツを着用した、長身の若者。入社したてのビジネスマンといった風情の男だ。
男の名はイナザワ。魔法少女ではない、ただの人間だが――魔法少女の戦いに関わる者。『夜宴』の撮影者である。
「聞こえるように言ってるのよ。悪魔から借りたそのチンケな魔法じゃあ、魔装状態の魔法少女を視認するのも一苦労でしょう?」
「だったら普通に声をかけろ。あるいは魔装を解いて待ち合わせろ」
うんざりと言葉を零す、イナザワの双眸には地味なデザインの色眼鏡がかかっている。
ただの人間である撮影者が、魔法少女を見るために悪魔から貸与された魔法の一つだ。
レンズを通して見える景色において、魔装の不可視化の影響を受けない眼鏡だが、範囲が狭いので人捜しには向かない。
魔法少女に対向するための道具ではなく、単純に観戦を捗らせるための措置に過ぎないからだ。
「縁藤きずなの検死結果が出た」
イナザワは、小脇に抱えてきたファイルを夜伽に放った。
風をはらんでばらばらとめくれるページは、ときおり一面を赤で塗りつぶしたような色合いを見せる。
それが『何』の色なのか、彼と彼女は否が応にも理解していた。
「原型を留めちゃいなかったホトケの肉片かき集めて復元して、どんな風に攻撃を受けて死んだかまで割り出した。
それと、現場に残っていた魔力反応と、僅かなホトケ以外の体液……総合して分析するに――」
無言でファイルに目を通し続ける夜伽をレンズの端にとらえながら、イナザワは吐き捨てるように言った。
「――『夜宴狩り』だ。過去の犠牲者のデータと照合したが、得物から殺り方に至るまでピタリ一致した。
やはりというか、魔力解放後の残り香を隠そうともしていやがらねえのは、いっそ挑発的ですらあるな」
「実際、挑発してるんじゃないかしら。
ここ最近、夜宴派魔法少女ばかりが連続して――肉片になるまで切り刻まれて殺されてる。
きずなもそれに巻き込まれちゃったんだろうけど、多分これ、怨恨や行きがかりの殺しじゃあないと思うの」
『夜宴狩り』。
夜宴に所属する魔法少女ばかりを狙った連続殺人事件は、当の少女達にとっても大きなトピックスの一つだったが、
とりわけ大事件として取り扱っているのは他ならぬ夜宴の運営本部の者達であった。
傘下の魔法少女が死ぬのはまだ良い。問題は、その貴重な『死』のシーンを犯人だけが独り占めしていることにあった。
言うまでもなく夜宴は、命のショーで興行収入を得る営利組織だ。
そこに参加する魔法少女達は、重要な経営資源であり、それが消費される時は利益を生まなければならない。
大事な商材が、公式戦以外で死ぬことがあってはならないと、厳正な管理のもと同士討ち厳禁を触れ出すなど工夫を凝らした。
だが、『夜宴狩り』は、そんな品質管理の努力をあざ笑うようにして、大切に育てた羊を横からかっさらっていくのだ。
現状、夜宴は後手に回るばかり。
対策として撮影者を増員し、派閥ごとに担当をつけて常駐させてはいるが、それ以上の動きはとりようがなかった。
だが、『夜宴狩り』に対してただ襲われるのを座して待つばかりの魔法少女達ではない。
各氏族は既に行動を開始していた。
そして、直近の被害者、縁藤きずなを擁していた『隠形派』もまた、独自に動き始めている。
- 14 :
- 「まずは、きずなが死ぬ前に追っていた『黒いワゴン車』ってのをあたってみるわ。
ここ最近、怪しい車が路駐してるってタレコミが数十件のペースで、地域安全掲示板にあったみたい」
「それが夜宴狩りと関係あるのか?」
「少なくとも、この街で『何かをしている集団』がいて、きずなはそれを調べていて夜宴狩りに遭遇したの。
芋づる式とはいかなくても、どこかで何かしらの繋がりがあった、はず」
――夜宴狩りの動向捕捉。
それは自分たちの身を守るのと同時に、他氏族へ高く売れる情報になる。
『隠形派』は、積極的な戦闘を好む派閥ではない。
暗躍――武闘派達の隙間を縫って立ち回り、裏で糸を引く傀儡の繰り手達だ。
「それでいて、『楽園派』にはしらっと"生贄"の要求か。たくましいな、お前らも。
転んでもタダじゃ起きないってか?」
「違うわ。友達が死んだんだもの――その死に、たくさんの意味があって欲しいだけ」
図書館における集団昏睡は、『黒いワゴン』の連中を誘い出す夜伽の仕掛けだ。
魔法少女や、その使い魔がわざわざ車を用意して行動するメリットは薄い。
ならば黒いワゴンを駆る者達は、おそらくただの人間で大部分を構成する集団だ。
街の各所に散らばっていることから、なんらかの工作活動ないし調査活動を行なっていると推測される。
そこで、夜伽は図書館を一つまるごと眠らせて、制圧した。
従業員も含めた全員が眠り続けていれば、電話も繋がらないし、利用者の家族も帰りが遅いことに心配する。
その不安や、ほころびは、必ず『噂』という形になって街中を駆け巡る。
黒いワゴン車の連中が、路上の会話や携帯電話の傍聴にまでアンテナを広げているならば。
――必ず、この図書館の異常に気付く。
それは魔法少女には感知できない異常。"人間"の感覚器でなければ知りえぬ異常。
言わば、夜伽がやっているのは『人間限定のコール』なのであった。
「あの世できずなに、死んだ甲斐があったって、言わせてみせるわ」
草枕夜伽は待つ。
夜宴狩りに届きうる、足がかりの到来を。
【隠形派:広域制圧型魔法少女『草枕夜伽』をこの街に派遣。楽園派に対する脅しと平行して夜宴狩りの手掛かりあつめ】
【夜伽:夜宴の撮影者・イナザワと共に市立図書館を魔法で制圧。異常事態に気付いた者が駆けつけるのを待つ姿勢】
- 15 :
- 名前:草枕夜伽(くさまくら・よとぎ)
所属:隠形派(ただし、縁藤きずな死亡によって夜宴派にも繰り上がり当選)
性別:女
年齢:16
性格:落ち着きがあり、辛抱強い。つらい現実に立ち向かうよりも、じっと耐えてやり過ごすタイプ
外見:亜麻色の髪、ふわりとしたウェーブのかかったセミロング。血色は良い
魔装:チェックのパジャマ
願い:眠い
魔法:「スリーピング・ビューティー」
魔力で編んだ"いばら"を具現化し、自在に操る能力。
この茨の刺で傷つけられた者は、痛みや出血の代わりに『眠気』を得る。
眠気は追加で攻撃を受けることで蓄積し、限界が来ると『寝落ち』してしまう。
『対象を眠らせる能力』ではなく『対象を眠くさせる能力』なので、気力でこらえたり眠気覚ましによる対処が可能。
武器などにいばらを巻きつけて攻撃すると、その武器の殺傷力分だけ強い眠気を与えることができる。
例えばナイフにいばらを纏わせて相手の心臓を貫いた場合、対象は傷つかないが、即座に深い眠りにつく。
いばらそのものは長さや太さを調節できるものの、普通の植物としてのいばらの強度しかない。
属性:眠
行動傾向:わりと一般人を巻き込むことを躊躇わず、環境を広く使って戦う
基本戦術:いばら単体での攻撃力はたかが知れているので、武器を生成しいばらを纏わせて白兵戦。
うわさ1:ある寒い朝、枕元に立った悪魔と契約してこんなことになっちゃったらしい。
うわさ2:幼い頃は身体が弱く、長期の入退院を繰り返したせいで、たまに学校行くと浦島太郎状態だったらしい。
うわさ3:眠ることは彼女の中で一種の儀式と化しており、つらいことがあっても寝れば封印してけろりとしている。
- 16 :
- >『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。
> 私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい』
>『? ……どういうこと』
注文を取りに行った南雲も、まさか厨房でまかなえないオーダーをされるとは思ってもいなかったのか、
反応にいささかの遅延が生じている。
対して萌は非常に率直な感想を脳裏に浮かべた。
すなわち――"うさんくせー"
一同のいずれも及ばない強者。探知に秀でた南雲が、真言の魔力量を計って出した結論だ。
それだけの実力があるならいきなり全員切り捨てて核だけ持ってゆく方が話が早くはないか。
(あるいは――"これ"を気にしたか)
と考えながら目だけを横へ向ける。
屋守が実に楽しそうにカトラリーを動かしていた。
表情のわけは料理と状況のどちらか、あるいは両方か。
悪魔と事を構える可能性を忌避するのは十分に理解できる。が――
(そんでも、あたしらのツラだけ覚えて後で仕切り直しもできたはず……)
萌は真言の"ルール"を知らない。故に、警戒感も消えない。
>『先に言っておくと、現場には四人居た。
> 私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
> もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、承認にも良いと思って』
続く念信の最後に、鈴の音が重なる。
戸口には黒髪、おさげ、メガネという地味の金型から射出されてきたかのような、
クラシカル通り越してアルカイックな少女が立っていた。
>「目立ちゃん!無事だったんだね」
(あーこの子か、遊園地に居た……はず)
萌は目立のつま先から頭頂まで視線を無遠慮に数往復させる。
そうするだけの時間的余裕が十分にあった。目立が竦んでいたからだ。
(ああ、やっぱり居たんだ……)
無理もない、と萌は思う。
あの廃遊園地に居たということはつまり南雲の凶行に曝されたということだ。
明確な害意を持って銃口を向けてきた相手を前に、平静でいられる者の方が少ないだろう。
それに気付いた南雲は理奈を目立の側に付けて、それから考察を開陳する。
途中、麻子にも意見を求め、それから最後をこう結んだ。
>『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
> 仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
- 17 :
- 『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
萌は茶をすすりながら秘匿回線で返信する。
隠れ家的というか隠れ家そのものだがそれは置くとして。
麻子や南雲の言うとおり、真言に協力するよりここで真言本人を倒してしまうほうが話は早い。
エルダーにまで上り詰めた相手よりまだしも与し易くもあるだろう。
とはいえ、話を聞くだけなら労力などかかりはしない。
聞くだけ聞いて断ることもできるのだから。
ともあれ、どう断を下すにせよまずは当事者の一人である目立の話も聞くべきだろう。
萌はそう考え、ちょうど平らげ終わった皿の上にフォークを置いて、そちらへと目を向けた。
『こちらさんの言ってることはマジなの?』
急に水を向けられた目立は肉声で「あの……」と漏らす。
それから無言。
萌は茶をすする。カップが空になった。
無言。
少し待つ。
無言。
手持ち無沙汰になって屋守のカップをかすめ取る。抗議は無視。
無言。
萌の中で何かが切れる感触。
「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
叫びながらテーブルに手をついて前宙、その勢いのまま目立に詰め寄り両の頬を掴んだ。
「人が!聞いてる!でしょうが!こー!たー!えー!なー!さー!いぃー!よっ!」
なおも叫びながら掴んだ頬を思い切りこねくり回す。
もちろん目立には事情があるが、萌はそれを知らない。
目立は普通に泣いていた。
その後。捻り上げられた頬の内から絶え絶えに絞り出された言葉によって、一同は大体の顛末を知った。
心の枷も肉体的な痛みの前には結構無力なものである。
もう一派に対する目立の心象は"最悪"を脱することはなかろう。
いまだギーギー言いながら頭からキノコ雲を立ち上らせる萌は理奈に腰を抱えられて引き剥がされた。
それから、
>『やっぱり。怖い、かも』
「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
思わず漏れでた念信の元である真言に向き直って凄む。
視界の端では件のウェイトレスが、空気を相手に喧嘩を始めようとしている客を恐怖の目で見ていた。
目を逆へと巡らせると、店内の他の客も同様だった。
『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
バツの悪さもここに極まれりといった表情でそう提案した。
銘柄指定なのは単純に萌本人の好みである。
『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
テーブルに載せられた伝票から屋守の分を除けつつ(まだ参加表明はしていないのでこの時点での支払い義務はないはずだ)、
萌は真言へそう伝え、それから南雲に道を尋ねた。
【至って自然に場所を変える】
- 18 :
- 佐々木は悠然と、厳然とそこに立っているように見えた。
立ち姿に揺らぎはないし、視線は前をひたすらに見据えているし。
いつも通りに、気配はひたすらに隠されて、体には気力が張り詰めている。
しかしながら、実際の所佐々木は怯えていた。
これまで、魔法少女と交渉という行動に出たことは、そう多くはない。
大抵において、相手の魔法少女が悪であると感じ次第に、殺害してきた。
今現在まで一人で倒せる魔法少女ばかりであった事で、そのような他者との接し方しかして来れなかったのだが。
今この時点で、佐々木真言は西呉真央を殺害できないだろう、と佐々木自身が思う。
弱いつもりはないが、強いつもりもないのだ。そして、己が真正面から挑もうと、闇討ちをしようとも佐々木は西呉に勝利できない。
だが、あの西呉の在り方は、理由がどうであれ悪だと佐々木は思う。だからこそ、殺さなければならない。
だが、Rには力が足りない。だから、何とかしなければならないが、佐々木には協力をして貰える魔法少女も、支援者も居ない。
故に、佐々木は此処に来た。多くの魔法少女の気配がする此処で、助力を得られないかと一つの賭けを。
>『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。
> あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
『緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた。……まあ、証明は。出来ない、けど。
それでも、私はあの。エルダー級を、倒さなきゃ、ならない。それだけは、間違い無く事実』
証明のない発言ほど、どうでもいいことはない。
なにせ、何を言ってもその発言が事実であることを証明することは出来ないのだから。
だが、それでも佐々木は言う。己は緑藤を殺していないことと、エルダー級を倒したいという事を。
『あなた達が、悪なら。この場で全員殺して、核を奪うところだけど。
あなた達。なんだかんだで、まだまとも。
だったら、まだ殺さない。あなた達が、致命的な間違えを犯さない限り、は』
萌の、なぜ?という思考に答えるように、朴訥と念話が垂れ流される。
致命的な間違えが何なのかは、分からないが、少なくとも口頭の上では殺害の意志は無さそうだ。
そして、動作の前触れがわかりにくい佐々木だが、少なくとも臨戦態勢ではない。警戒態勢では有るが。
- 19 :
- >「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
「ひゃ、っふ!?」
萌の叫び声と同時にじゃきぃ、と反射的に抜刀してしまう佐々木。
なんとも情けない声が一瞬漏れたが、佐々木自身、初対面の魔法少女を複数という状況で凄まじく緊張していた。
そう、うっかり驚きで太刀を抜いてしまう程度には。
やってしまった、と心の中でため息を付きつつ、同したものかと思う。
とりあえず、素早く刀を納刀し、無かったようにしようとするが、刀を収めた後に、右の震えが止まらなくなり始めた。
感情が乱れると、佐々木は発作的に右手が痙攣し始める癖がある。頑なさを失った少女は、ある程度歳相応に見えたかもしれない。
数度、息を吸って吐けば、右手の震えは止まり、先ほどの狼狽えた様子は欠片もなくなった。無かった事にしたいらしい。
>「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
『怖い』
もう一回、律儀に怖いと言い返した、佐々木。
どこと無く、ズレている。
どちらにしろ、佐々木の頭のなかでは、萌はヤンキーであると位置づけられた。
>『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
『ココアが……、良い。外、寒い。から。バンホーテンが、好きだけど。
あと、戦って。お腹減った。代金、払うから。ホットサンド、テイクアウト』
発言や態度が少々ズレているが、食い逃げをしたわけでもない。
まだ、伝票は出していないため、それにホットサンドを加えてもらうように頼んだ。
敵対の意志を見せる者も居る中で食事ができるのは、図太いのかズレているのか可笑しいのか。きっとそれのどれかの複合系だろう。
>『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
どうやら、相手の陣営は場所を変えようとしているようだ。
警戒の意志を深める、佐々木は、魔力で右手を締め上げるように押さえつけ、丹田に意識を向けて深く深く集中する。
いつ背後から撃たれるとも限らないのだ。いつでも対応できるようにしておくのは、当然。
魔力的な実力差は開いているものの、数の有利は相手にある。決して、油断していい相手たちでは、無かった。
テンダーパーチ組が話している間、佐々木は勝手にお冷を注ぎ、飲んでいた。
緊張で喉がからからで、何か水分を口に含まなければやっていられなかったのだ。
- 20 :
- まず考えるに当たって、あの黒服の主人に対して、どう対策を練るか考えねばなりません。
先ほどの黒服との戦いの時も彼らは私の戦法を把握しているような素振りを見せていました。
それはつまり、彼らの主人が私に目をつけているということになります。
それが自衛の為なのか、私を倒すためなのかはわかりませんが、自身の情報を明かさないように
転々と狩場を変えている私にとって、彼らの主人が持っている情報網は脅威以外の何者でもありません。
可能であれば、優先的に狩らねばならないのですが、この複雑な状況の中で
ターゲットを絞って行動するのは悪手なような気がしますね。
なので、彼らの主人に関しては狩るのは保留にしておきましょう。
ですが、私の情報を流さない為にどちらの氏族にも接触にくくなるよう策を仕掛けておきましょう。
と行動に移る前にあの魔法少女のことが気がかりですね。
彼女の目的も気になりますが、彼女がどちら側につくかで少しばかり話が変わってくるかもしれません。
まぁ、お礼のつもりで渡した遠藤きずなの魔法核のせいで犯人に間違われている可能性もありますね。
『世界征服を願ったエルダーから貰った』と正直に話しても、そう簡単に納得できるとも思えませんからね。
そんなつもりで渡した訳ではない此方からしてみると少しばかり罪悪感を感じてしまいます。
彼女がもしどちらにもつかず、どこにも接触していなかったのなら、その旨を話して返してもらうことにしましょう。
まず先に西呉が向かったのはテンダーパーチだった。
現在の坂上達の状況を確認したかったというのもあるし、報復と恩を売るために
先に黒服達が楽園派と接触する可能性が高そうな気がしたからというのがある。
魔力を抑え、建物を飛び移りながらテンダーパーチに向かっていると西呉はあることに気がついた。
「魔力反応が減っていますね」
今朝確認した時よりもテンダーパーチから感じ取れる魔力反応が明らかに4、5人ほど減っていたのだ。
「逃げられましたかね?それとも、早速調べに出たと見たほうがいいのかも」
むしろ、留守にしていたほうが今の西呉にとって好都合である。
西呉は早速、今朝方変身したテンダーパーチ近くの路地裏に引っ込むと自身の固有魔法を使って擬態を始めた。
西呉は「変化」に特化した魔法少女である。
ある人曰く『自分が変われば世界が変わる』、まさに西呉の魔法性質はそれを体現しているといっていい。
そして、エルダー級ともなると、ただ自身の体を『変化』させるだけではなく、魔法波長、核さえも『変化』させることが可能になる。
西呉の擬態は、その『変化』によって、外見だけではなく波長でさえも見抜けないほどのレベルに達していると言っても過言ではない。
- 21 :
- 擬態をすませた西呉の姿は、先ほど殺害した黒服の姿だ。
その姿で路地裏から出てくると、早歩きでテンダーパーチへと向かう。
その両手には物体生成によって作られた機関銃が握られている。
西呉の策、それは黒服に擬態して、両陣営に宣戦布告をするという単純明快にしてはた迷惑な作戦である。
本来ならば、黒服の姿ではなく、坂上、猪間に擬態し楽園派の人間に奇襲を仕掛け仲違いさせるつもりだった。
(坂上だけではなく猪間にも擬態しようと考えたのは戦闘スタイルが近かったので)
西呉は店先につくやいなや、ドアを蹴破り、少しの間も与えずに両手の機関銃をぶっぱなした。
目的は黒服による襲撃があったという事実だけなので、狙いは専ら壁や天井等と人を避けるように配慮を欠かさない。
ある程度、店を破壊したのを確認すると、追っ手が来る前に西呉は直様、逃亡を始める。
近くを走っていたタクシーに飛び乗り、そのまま、追っ手が来ないことを確認しつつその場をあとにした。
しばらくして、西呉は擬態をとき、鉄塔の上から街の様子を眺めていた。
黒服→楽園派への宣戦布告の次は、黒服→隠形派の宣戦布告なのだが…
拠点らしきものを持っている楽園派と違い、隠形派の場合はそれの情報さえも掴めていない。
先ほどのような真似は出来ない以上、こちらは黒服と隠形派の接触する動きを見てから動かねばならない状況である。
それを見逃さない為にも、西呉は六つの目を監視カメラの用に体表を這い回らせ
黒服車の動きを一台一台監視する。
「しかし、全然気が付きませんでしたね。こうして見るとまるでゴキブリのようにそこら中にいるじゃないですか」
気がつかなかったのではなく、見つからないよう隠れていたのではないかと西呉は思う。
「今のところ、何の動きもなさそうですね」
- 22 :
- 保守
- 23 :
- 保守
- 24 :
- 「何がおかしいのさー。殴るよ」
「殴ってから言わないでほしいな……。でも、うん、理解はできる。
踏みつけ、導き、傲慢に、愛する。それゆえの王の魔法か。魔法核も粋な答えを用意したというべきかな」
「一人で納得するなっての。要はどういう話なのさ」
「君は立派に王様だ、って話だよ。しかし、いつまでも君じゃ座りが悪いな。名前は?」
「まあ、立派な王様目指して教育されたしなー。性は大饗、名はいとり」
「オオアエ、イトリ? へえ、面白い名前だね」
「人様の名前捕まえて面白いとか言うな」
「ごめんごめん。……そうだ、いいことを思い付いた」
「?」
「イトリ、祝福をひとつあげよう。
オオアエ・イトリの、オオアエ・イトリだけの魔法。その名前さ」
『王者の道-ドミネーションアレイ-』
- 25 :
- 情報を御するのは、波乗りに似ている。
いや、あたしに波乗りの経験はないから、波乗りの方に関しては耳学問以外の何物でもないのだが。
感覚を研ぎ澄ませながら、波が訪れるのをじっと待つ。
一時も油断は許されない。退屈とも思われる時間に、退屈を覚えてはいけない。
ただひたすらに、時が来るのを待たねばならない。
そして、ひとたび波が来れば、自らの技量の全てを賭けてそれに乗る。
乗らない、と言う選択肢はない。海に出てきている時点で、その選択肢は消え去っている。
結果は二つ。
乗りこなして高みに上るか、波に呑まれて藻屑となるか。
呑まれたくなければ、高みに上るしかない。
そして無論、波は一度では終わらないのだ。
あたしは今、情報の波乗りの只中にいる。
- 26 :
- ワゴン2番より。北部地域巡回中。新規の魔法少女反応は確認できず。既知の魔法少女数名を個別に確認。引き続き巡回。
資料班3番、先日確認の魔法少女反応数件について照合完了。資料まとめと転送は追って今日中に。
ワゴン5番。南部市境地域巡回中。魔法少女反応なし。巡回続行。
通信班3番。消防無線傍受中。ワゴン4番の残骸は現在消防車が出て消火作業中。鎮火次第警察の調査が入る見込み。
ワゴン1番より。商業エリア移動中。ワゴン4番の報告にあった喫茶店より距離300、現在はアンノウンの反応のみ。ワゴン4番残骸に過度の接近を避け巡回ルートを修整。
通信班4番、ネット通信トラフィック解析続行。魔法少女についての言及はステージ2を維持。特記:市立図書館に関する言及が増加。詳細解析中。
ワゴン3番。『楽園派』本拠近郊を巡航中。魔力強度、波長、変化なし。解析続行しつつ離脱。
【レギオン】「……よくそんなに並列処理できるね。そういう魔法とはいえ」
【いとり】「この会話も並列処理に入るって分かって言ってるだろ。後で殴るぞ」
【レギオン】「おおこわいこわい。即座に来ないだけテンパってるのが分かるね」
軽口を叩くレギオンを軽くにらみつけると、あたしは再びソファに座りなおした。
魔装のドレスの豪奢な黄色が目に痛い。相変わらずこれだけは慣れないな、と思考の片隅で思う。
鬼のような並列思考をこなしながらそんな事を考える余裕があるのも、魔力で思考性能を強化しているからだ。
あたしの“臣下”の固有魔法の一つ、《即席英雄-インスタントマスタリー-》。その顕現(モーメント)は強化。
短時間なら、という制限つきで、個人に属するおよそあらゆる能力を強化できる、汎用性の高い魔法だ。
“彼女”は割と完璧主義なところ……おっと、話がそれた。
魔力で思考速度を強化してまであたしが何をしているかというと、情報の集積である。
普段あたしの命令で動いている部下達とは、完全に情報が共有できているわけではない。そんな事をしたらあたしの脳が焼き切れてしまう。
それを今回は、完全に状況モニターを同期させ、部下達を文字通りあたしの手足のように認識する状態にしている。
この過程を、全ての部下に対して、通信による情報転送と平行して行う。
そうする事で、『王』であるあたしは完全に情報を掌握し、次の一手が打てるようになる、というわけだ。
聖徳太子は10人の部下の陳情を同時に処理できたという。あたしもそのくらい出来なければ、王様に近づくことは出来やしない。
とは言うものの、今のところ、気になる情報はあまりない……いや、一つだけあった。
【いとり】「市立図書館……から、人が帰ってこない?」
通信班4番の得ている情報……入手経路は極秘だ……によると、曰く、
「市立図書館に行くといって出て行った娘が数時間たっても帰ってこない」
「市立図書館に電話しても留守電になる」
などの通信が、ここ数時間で激増しているらしい。
一つ二つ三つぐらいならただの偶然だが、それ以上の数がそろっている、との事だ。
【いとり】「ふうむ……」
これが事実だとすれば、まず間違いなく魔法少女による行動だろう。
ただ、何故そんな事をしたのか。
自分の欲望のままに魔法で暴れる魔法少女というのも、まあいないではないが、あたしがこれまで見てきた中では比較的少数。
しかも、市立図書館を丸ごと沈黙させられるとなると、そこそこ魔力のある魔法少女だ。
そんな少女(だと思いたい)がこんな行動に出る理由というと……。
………。
【レギオン】「あっ」
あたしの思索は、レギオンの楽しそうな声でさえぎられた。
【いとり】「なにさー」
【レギオン】「いやあ、なかなか面白いことが起こっててね。あ、いとりの部下達もそろそろ気がつくと思うよ」
その通りだった。
ワゴン1番。緊急:ワゴン4番報告の喫茶店に……『私達』に酷似した外見と魔力波動を持つ何者かが侵入。発砲を繰り返した後、逃走。怪我人の有無は不明。
その時のあたしの顔を、海賊漫画と死神漫画と死の帳面漫画のどれで例えるべきだろうか。
鏡がないのが幸いだった。
- 27 :
- 大饗いとりがものすごい顔になってから数時間後。
市立図書館の地下鉄駅の改札口から出てくる、一人の男の姿があった。
私達は彼の事を知っている。
西呉真央と交戦し、唯一生き残った、黒服の男。
その名に意味はないが……以前の呼称に習い、黒木と呼ぶことにしよう。
黒木がここに来たことに……正確には、黒木以外がここに来なかったことには、いくつか理由がある。
巡行経路のワゴン車が遠距離から観察した段階で、ここを制圧している魔法少女が、彼らの間で通称眠り姫と呼ばれる広域制圧型魔法少女だと判明したことが一つ。
ワゴン車を向かわせてしまっては、本来の探索任務に支障が出ることが一つ。
『特別な事情』により、黒木の手が空いていたことがひとつ。
黒木単体でもそこそこの魔法少女なら対応できるレベルの戦闘能力があることが一つ。
そして。
大饗いとりが推測した理由からすれば、黒木こそがこの件に適任だという事が、一つ。
彼は迷い無く歩を進める。階段を上り、図書館の入り口に向かう。
図書館は、冗談かと思うような有様だった。
うねうねと動く茨が要所を覆い、近寄るものを傷つけようと唸りを上げている。
ガラスの自動扉こそ開きっぱなしで機能していないものの、そのまま入るのはためらわれる状況だ。
黒木は特に警戒するそぶりも無く入り口に……茨に近づいていく。
そしてそのまま。
飛び越えた。
当然、茨は彼の身体を追い、縛り付け、眠りに落とそうとするが……それは適わなかった。
黒木の体に及んでいる《王者の道-ドミネーションアレイ-》の効力は、茨の……スリーピングビューティーの効果に対抗する場合、すこぶる相性がいいのである。
『眠るな』
そう命令すればいいだけの話なのだから。
黒木は茨を力づくで引きちぎると(その過程で、彼が保有する「能力を強化するカフスボタン」の効果が発動したことは付記しておく)、ゆっくりと中に向かって歩いていく。
そして、唯一眠っていない二人の人影を認めると……。
【黒木】「やあ」
声を、かけた。
【黒木】「私達の予想が正しければ、ここである程度歓談が出来るはずなのだが……違っていたら、言ってくれたまえ」
【大饗いとり:相変わらず自室から部下を介して暗躍中。
黒服の男(黒木):図書館に到着。草枕夜伽と対峙】
- 28 :
- 【ゆりか】『みんな――ちょっと聞いてくれる?』
おっきなお姉さん(守本祝子さん)との自己紹介を済ませ、いざ修行開始!――と、思ったその矢先。
厨房から戻った叔母さんがすごく申し訳なさそうな顔で私たちに念信を送ってきた。
それもそのはず。
叔母が伝えてきた話の内容は冷めて硬くなったエビドリアの40倍は不味そうな凶報だったからだ。というかそれ、もう不味いじゃ済まないです。
無害じゃないので食べられません。
詳しい内容はややこしいので要点だけ。穏形派が恐い。苗時さんがキツい。目立さんがピンチ。
きっちり三行! やったね私! あとはいつもどおり学校に行けたら幸せなのに……いえ、嘘です。
【南雲】「とりあえずこの件について、わたしのスタンスをはっきりさせておくね」
思わず現実から目を背けそうになってしまった私の前で、南雲さんが口を開く。
『穏形派』の人たちがどんな魔法少女で、裏で何を考えているのか、私にはわからない。
けれど、目立さんを向こうに引き渡せばきっと今よりも悪いことになる――南雲さんの言葉を聞いて、それだけは間違いないと思った。
【南雲】「わたしは、目立ちゃんを守るよ。真犯人が見つかろうが見つかるまいが、ここだけは変わらない。
それで隠形派が怒って攻めてくるんなら――この一週間で、わたし達がそいつらより強くなれば良い」
新しい師匠もできたことだしね、と言葉を繋ぎ、南雲さんは決然と言い放った。
【萌】「つーか、わかってていちゃもんつけに来てるんだろーしねえ、そいつら……」
わかってて――なのかな?だとすれば『夜宴』にいる魔法少女達はとてもしたたかな人たちなのかもしれない。
自分たちの仲間を殺されて……それをダシにして誰かを仕留めようとするなんて。
【萌】「とりあえずやりあう方向で考えるっきゃねーでしょ、完全に余計なゴタゴタだけどー」
料理を待ちながらげんなりと呟く萌さん。私も何か食べよっかな……。
【萌】「なんとかおさめてせいぜい高く恩売ろーぜ」
萌さんが言っているのは多分苗時さんのことだろう。確かに、この問題をおさめることが出来たらそれなりの何かを要求したっていいはず。
状況的に一番頭を抱えているのは多分あの人だと思うけど……そんなの、もうお互い様だよね☆ ――こんな風に思う私も、案外したたかなのかもしれません。
と、思ったそのとき――
【屋守】『手間が省けて良かったな……どうもそいつが持ってるみたいだぜ。縁籐きずなの魔法核』
(そいつ……?)
屋守さんの言葉に促され、入口の先に視線を送る。目に飛び込んできた映像は、大鴉のごとく黒い影。そして、腰に帯びた大きな刀。
【南雲】「ッ!」
え?誰なの、この人――――呆然と立ちつくす私を素早く反応した南雲さんが引っこ抜く。
子犬のしゃっくりみたいな悲鳴をあげる私を小脇に抱え、大きく、バックステップ。私が立っていた場所は……確実に刀の届く範囲だった。
【続きます】
- 29 :
- 【真言】「良い。動きだ」
独特の抑揚と響きをつけて、黒衣の剣士が言葉を紡いだ。暗く沈んだ瞳からはいかなる感情も読み取ることができない。
いわゆる明鏡止水の佇まい。もの静かなその影からは幽かな殺意すらも伝わってこない。
一体……いつからいたんだろう?反対側で私同様一緒に抱えられていた麻子さんが悔しそうな表情で舌打ちするのが聞こえた。
南雲さんの動きを見た近くのお客さんが目を丸くしている。
普通の人には見えていない。この人は……新手の魔法少女だ。
【南雲】『縁籐きずなの魔法核を持つ魔法少女――それって、真犯人ってことなんじゃあないの!?』
え……この人が犯人?
南雲さんのブルゾンの端を掴みながら立ち上がる私。背中に触れた手のひらの間から激しい鼓動が伝わってくる。
【萌】 『知らん。でも都合はいい』
【南雲】『縁籐きずなを殺った犯人は、てっきり例のエルダー級だと思ってたけど……違うのかな』
『…………わかりません』
正直なところ、私は屋守さんの言葉を疑いたい気分に駆られていた。けれど、あの悪魔がこの場で私たちに嘘をつく理由なんてどこにもない。
この人が本当に縁籐きずなという人の魔法核を持ってるかどうかなんて……確認すれば直ぐにわかることだもの。
つまり状況証拠だけを見れば、この人は限りなく黒だ。
……見た目もかなり黒いけど。
南雲さんの指示を受け、お互いの距離を空ける私たち(ちなみに萌さんは屋守さんを盾に山盛りのプレートを喫食中)。
【南雲】『いらっしゃいませお客様、ご来店ありがとうございます――ご注文は?』
刀を下げたお姉さんの意図を知るため、南雲さんがまず念信を送った。
【真言】『……エルダー級の魔法少女の情報を代金に。私一人では倒しきれないエルダー級の首級を取って、欲しい』
【南雲】『? ……どういうこと』
【真言】『先に言っておくと、現場には四人居た』
【南雲】『現場――縁藤きずなの殺害現場?』
【真言】『私と、エルダー級と、縁籐きずなの魔法で作られた藁人形、そしてもう一人。
もう一人には、ここに来るように言っておいた。どうにも、怯えていたものだから、証人にも良いと思って』
剣士からの「注文」はとても意外なもので……南雲さんの表情は困惑していた。
傍で聞いている私にも話がすっ飛び過ぎててわけがわからない。一体この人は何を知っていて、何を知らない状態でここにいるんだろう……?
黒い剣士は振り向き、入口の方へと目線を向けた。ガラス枠の扉の向こうに人影が見える。この人が、証人?
【真言】『――聞こえるなら、こちらに来ると良い』
【南雲】「目立ちゃん!無事だったんだね」
導かれるように入ってきたのは目立零子さん。今現在『穏形派』から容疑者にされてしまっている、正にその人だった。
さっき電話が繋がらなくなったときはどうしたんだろうと心配だったけど……よかった。特に怪我はしてないみたい。
でも、余程恐い思いをしたのだろう。ホールの中に駆け込んできたその顔は、ひどく青白く見える。
南雲さんが気遣うように駆け寄るも、目立さんは体を大きく震わせて俯いてしまった。
【南雲】「理奈ちゃん、目立ちゃんのとこについててあげて。理奈ちゃんのいる場所に、わたしは銃口を向けないから」
「……はい」
私は目立さんの腕をとった。私たちの過去を考えるなら……この人の反応は無理もない。
【続きます】
- 30 :
- 黒い剣士が目立さんに目線を向けた。
【真言】『緑藤きずなを私が殺してない証明は出来ないにしろ、私がエルダー級ではないという証明は貴方に出来るはず。……良い?』
【南雲】『つまり――エルダー級は他にいて、あなたはそいつを倒したい。あなた自身は縁藤きずな殺害犯であるかどうかは定かじゃない、と』
【真言】『緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた。……まあ、証明は。出来ない、けど。
それでも、私はあの。エルダー級を、倒さなきゃ、ならない。それだけは、間違い無く事実』
この段階で得られた情報を南雲さんが内側でまとめる。
【南雲】『縁藤殺しの容疑者が、エルダー討伐のパーティを募りにテンダーパーチにやってきた……。
事象を分割して考えよ。縁藤云々と、エルダー討伐はまったく別のクエストで、たまたまあの書生風は両方に参加してた。
で、魔法少女率高めのこの店に、わたしたちが縁藤殺しの犯人を探しているともつゆしらずにのこのこやってきた。
って考えるのが自然かな。いやでも、ならなんで縁藤殺しの話をこのタイミングでしたんだろ……』
答えられる人はいなかった。厨房にいる叔母がわずかに口を開きかけて、止めた。――何て言おうとしたんだろ?
【真言】『あなた達が、悪なら。この場で全員殺して、核を奪うところだけど。
あなた達。なんだかんだで、まだまとも。だったら、まだ殺さない。あなた達が、致命的な間違えを犯さない限り、は』
さらっと恐い事をぶっちゃける書生風の剣士さん。
もしかすると――この一言で何かが決まってしまったのかもしれない。意見を募る南雲さんに対し、半眼の麻子さんが呟いた。
【麻子】『とりあえずこの書生風を隠形派に突き出せば万事解決じゃねーの?』
身も蓋もない意見に南雲さんが頷く。
【南雲】『萌ちゃん、わたしから提案。……店の裏口から出よう』
目的地は南雲さんがいつも特訓に使っているという、近くの公園。
【南雲】『わたしはあの書生風と戦おうと思ってる。縁藤きずなの魔法核を持ってるなら、高確率であいつが犯人だよ。
仮にそうでなかったとしても、テンダーパーチを知られた時点で多分、もう――生かしておけないと思う』
【続きます】
- 31 :
- 南雲さん……それで、いいんですか?
【南雲】「絶対の勝算があるわけじゃあない。だけど、わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ」
【萌】 『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
話を聞く――それについては私も同じ意見だった。後半は多分意味が違うと思うけど。
あの人と本当に戦わなきゃいけないなら、せめて、納得の出来る理由が……ううん、違う。確信≠ェ欲しい。
【萌】『こちらさんの言ってることはマジなの?』
食べ終えたお皿の上にフォークを乗せ、萌さんが目立さんに視線を送る。
私の隣にいた彼女の肩がビクッと震えた。突然注目を浴びて驚いちゃったのだろう――と、私は単純にそう考えていたんだけど。
【零子】「あの……」
スカートの両側面を握りながら、目立さんは肩ではなく今度は唇を震わせていた。
目尻には涙を浮かべている。何かを堪え、酷く迷い、とても苦しそうな表情だ。
【零子】「……」
無言のまま私を見る。
【零子】「…………」
南雲さんと麻子さんを見る。
【零子】「………………」
最後に縋るような目で書生風の剣士さんを見つめたところで――誰かの頭からぷツン!という音が聞こえた。
【萌】 「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
【真言】「ひゃ、っふ!?」
萌さんだった。座った状態から宙返りを決めるというアクロバティックな手段で目立さんとの間合いを詰める。
【萌】 「人が!聞いてる!でしょうが!こー!たー!えー!なー!さー!いぃー!よっ!」
【零子】「ひいいいいいいいいいいいい…………!!?」
目立さんのほっぺたがグニられる。プニられる。イジられる。ぐにょおおおおおぉぉ〜ん……と、しまいにはとんでもない長さに引き伸ばされる。
やだ、すごい。目立さんのほっぺ、柔らかくてすごく気持ち良さそう――いや、そうじゃなくて!
萌さん!目立さん泣いてる!マジ泣いてるから!! 止めたげてよぉーっ!!!
……と、まあそんな慌ただしい状況の中、断片的ではあるけれど私たちは目立さんからだいたいの情報を聞き出すことが出来ました。
・私たちと電話していた時、南雲さんが確認したと思しきエルダー級が黒いワゴン車に乗っていた、これまた黒い服の男たちを殺害したこと。
・そのエルダーに対し、背後から突如現れた藁人形(縁籐きずなさんの手によるもの)が襲いかかり、書生風の剣士さんがそれを切り倒したこと。
・エルダー級と剣士さんはその後現場から離れ、目立さんの前にはいなかったこと(つまり、縁籐さんが殺されたのはこの後)。
・そして最後に――ワゴン車に乗っていた黒服の生き残りが目立さんに対し『命と魂が惜しければ今見た事を全て忘れ、誰にも喋ってはならない』と、そう脅したこと。
色々と気になるところはあるけれど、残念ながら目の前にいる書生風の剣士さんが『縁籐きずなさんを殺していないという証拠』が、全く見当たらないことがわかった。
私は頭からもくもくと煙のようなものを吹き出す萌さんの腰にしがみつき、何とか目立さんから引き離しました。
散々コネ回された目立さんはしくしくと涙を流し、今にも枯れてしまいそうな勢いです。「聞き出した」っていうより「絞り出した」って感じだよね、コレ……。
【続きます】
- 32 :
- と、そのとき。
――パチン
背後から何やら金属質な音が聞こえた。振り向いた先には件の剣士さん。
ええと、もしかして……今のは『鍔鳴り』の音?この人、今、刀抜いてたの??
【真言】『やっぱり。怖い、かも』
あの、それはこっちの台詞なんですけど……。
【萌】 「あぁん!?もっぺん言ってみろコラぁ!」
【真言】『怖い』
うわああ、普通に言っちゃうんだ!何なのこの人……?でも確かに今の萌さんは、ちょっと怖いかも。
周囲に視線を走らせる。ウェイトレスのお姉さんや10歩以内に座っているお客さん全てから、変なモノを見るような眼がこちらに向けられている。
事情を知らない人からは萌さんが他のお客さん(目立さん)に絡んだ後、突然虚空に向かって吠えてる風にしか見えないわけだから、無理もない。
本人もそれに気付いたのだろう。気まずそうな顔で会話を肉声から念信に切り替えた。
【萌】 『……えーと、とりあえずアレだわ。場所変えよう。茶が飲みてーとか言うなら後で伊右衛門おごってやっから』
【真言】 『ココアが……、良い。外、寒い。から。バンホーテンが、好きだけど。あと、戦って。お腹減った。代金、払うから。ホットサンド、テイクアウト』
どうやらこの剣士さんにとって空気とはぶった斬るものらしい。かろうじて会話を成立させている二人。何かよくわからないけど、スゴいです。
【ゆりか】『――はい、毎度』
叔母さんが注文に応じると、目の前の空間に突然紙袋と伝票を乗せたトレイが現れた。落ちそうになる前に慌ててキャッチする(え?私が出すの……?)。
顔に縦線を浮かべつつも、ホッとしている自分がいる。これ以上二人のコミュニケーション・ブレイクダンスを見せられたら、私の心が持ちそうにありません。
俗に言うSAN値がずんずん下がっていく中、萌さんが伝票を分けつつ話を進める。
【萌】『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
場所を移して、話を聞くらしい。でもどうしよう……萌さんはともかく、南雲さんと麻子さんはこの人と戦う気だ。
書生風の剣士さんに目を向ける。お冷を自分で注いで飲んでいた。魔装状態だとウェイトレスさんには気づいてもらえない。
『あの……どうぞ』
私は剣士さんにホットサンドを乗せたトレイを差し出した。この書生風大鴉な人は、一見悠然と――ただただ平静に振舞っているように見える。
けれどさっきからのズレた発言といい、発作的な抜刀といい、何かが腑に落ちない。
それに、私は見てしまったのだ。さっき刀を納めたこの人の右手が…………怯えるように震えていたのを。
二人を止めたほうがいいのかな……?でも、どうやって?
うろたえるだけの私の前で、流れをまとめつつあった南雲さんたちに叔母さんが声をかけた。
【ゆりか】『ひとつ、いいかしら――?』
【もうちょっとだけ続きます】
- 33 :
- 厨房とホールを繋ぐカウンターに右手だけで頬杖をつき、叔母は続ける。
【ゆりか】『さっきその子が言ったこと……多分、本当だと思うわ』
その一言にホールの空気が微かに揺れた。言葉にされない思念の波。叔母に対して一瞬だけ向けられたそれは疑念か、驚愕か、それとも――落胆か。
<緑藤きずなは、エルダー級が殺害していた>
【ゆりか】『勘違いしないでね。弁護するつもりはないの。
ただ、あなた達がこの状況をきちんと判断したいなら、もう少し材料を加えておいたほうがいい……』
叔母は目を下に落とし、それから言葉を選ぶようにゆっくりと、慎重に思念を送ってきた。
【ゆりか】『先ほど南雲ちゃんに聞かれて言おうかどうか迷ってたことがあるの。
確信が持て無かったし考え事をしててタイミングを逃しちゃったけど、今伝えておくわ……。
その子が縁籐きずな殺害の話を、ここでした理由ね。
すごく簡単…………私たちが気づくずっと前からその子は店内にいたのよ。
間抜けな話だけど、彼女の隠密性を考えれば無くはないでしょ……?
その状態のまま私は苗時の話をみんなに伝えた。念信を使って魔法少女全員に届くように=x
叔母さんは目を上げた。その瞳が剣士さんに向けられている。叔母の念信は現在はこの人に向けられていないみたい。
【ゆりか】『盗み聞きというわけじゃないけど、つまりそういうこと。不思議でもなんでもない。
問題はそれを知っていたのにどうして逃げなかったのか≠ニいうことよ。
悪魔がいることも、自分が容疑者として真っ先に疑われるリスクも承知の上で、屋守に名指しされるまでこの場に留まった……それは、どうしてかしら?』
……どうして?私たちは顔を見合わせる。そうだ。私の感じた違和感は、まさにソレ≠セった。
【ゆりか】『その子が恐ろしく察しの悪い人間で、犯人探しをしている私らの前にのこのことやってきた――確かに、その可能性もゼロじゃない。
ゼロではないけど、魔装で潜んでおく程の警戒心がありながらこの状況に対して危機回避能力がまるで無いというのもあまりに不自然よ。
あるいは自分の能力にかなりの自信があって、あなた達に見つからないようこっそりとお店の伝票を切りに戻ってきた。
人間的に素晴らしいことだと思うし、経営者としてはすごく嬉しいけど…………ま、理由にはならないわ。だとすれば本当の犯人は』
【麻子】 『……もういいよゆりか』
叔母さんの念信を麻子さんが遮った。
【麻子】『あんたの言いたいことはわかった。南雲も萌もその辺はとっくに折込み済みだ。
でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……。
ついさっき死んだばっかの、他人のものをだっ!!――――あたしにゃそれが理解できねー』
『でも、麻子さん…………』
【麻子】『なんだよ、理奈。まだこだわる気か?他人の夢を奪うのは良くないって、そう言いたいんだろ?あたしだってそう思う。
こんなの魔法少女≠フやる事じゃねーからな。でも現状はやっぱりアイツが犯人としか考えられねーだろ。
あたしらはゆりかや楽園の連中を助けるために犯人を捕まえなきゃいけない……他に冴えたやり方があるってんなら、今すぐ教えてくれよ?なあ!』
私は南雲さんと萌さんを見て――――何も言えず、目をそらした。こんなときに何もせず、ただすがりついて助けを求めるのは、狡すぎる。
【麻子】『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
溜息をつく麻子さんの横顔が、今はただひたすら悲しかった。
【理奈、公園へは同行せずTender Perchに残留】【今回のレスは以上です】
- 34 :
- >『大筋で同意。でもさ、まずは話を聞こうよ。隠れ家的名店を独占したい気持ちもわかるけど』
「そ、そうかな。テンパっちゃってるかな、わたし」
萌にやんわりと諌められて、南雲はほんのりと内省する。
悠長なことを言っていられないのは確かだが、疑わしきは爆(ば)っせよと言うのも些か急きすぎかもしれない。
奈津久萌。変身後の見た目はキワモノ以外の何物でもないが、中の人は冷静だし、対局を見る目がある。
直情傾向で頭に血が上りやすくてすぐ破壊的手段に訴える南雲にとって、年の近いブレーキ役はありがたいものだ。
うんうん、萌ちゃんのように冷静にならねばなあと南雲は改めて思い入り――
>「……しゃんと!せんかあああああああああ!!!」
「あれ――!?」
目立の両頬をクラッチして吠える萌の姿に積み上げられた内省が全部吹っ飛んだ。
いやいや、話聞くってそういうこと!?尋問って言うんじゃないのそれ!
思わず目を剥いて、書生風の方を見る。証人として喚問した目立の扱いに、何かしら思うところがあるはずだ。
>『怖い』
「普通にドン引きしてるだと……!」
自動車だって真っ二つにできそうなぶっといポン刀ぶら下げといてその感想はないだろう。
いや確かにうららかな午後の飲食店で突如叫びだす女性客は怖いけれども。
さてさて、萌の促しと書生風の要求によって、彼女に軽食を供しつつ店を出ることになった。
いい加減ぎゃーすか騒ぐと営業妨害になりかねないので、南雲としては胸をなでおろすばかりだ。
(いかんいかん、なんかわたしが常識人の突っ込みポジションになりつつあるなあー。
街中でのヘリ召喚だって厭わない血みどろドロドロ南雲さんはどこ行った)
>『なんでそいつを殺したいのか、なんでそれに"あたしらの手"を借りたいのか、そっちで聞かせてもらうよ。で、どの公園?』
水を向けられて、南雲はオーキードーキー、と応答した。
携帯を開いて、着歴からアドレス帳に登録されていない番号を呼び出してコールする。
『ワシじゃ。おう、坂上か。
この前おどれに貸したはだしのゲンの3巻、他に読みたいって言っとるヤツおるからそろそろ返せや』
繋がったのは、南雲を魔法少女に変えたチンピラヤクザの担当悪魔。
人間ではない故に戸籍がなく、携帯電話などの契約もできないため、一昔前のプリペイド式を持ち歩いている。
これは有効期限が切れると自動で解約となるので、電話番号がころころ変わるという大変不便な制約があった。
ただ悪魔の大部分は魔法少女とは一度契約したら没交渉が基本なので、都合が良いと言えば良いらしい。
ちなみにこのチンピラ悪魔は、番号が変わる度に逐一ワン切りで知らせてくる律儀な男だった。
「ピラっさん、今どこにいる?」
『おお、丁度いまおどれの街に滞在中じゃ。例の公園でアフタヌーンティーの最中しとる。
なんじゃ、おどれもワシの焼いた絶品スコーン目当てか?ええでええで、茶飲み話の一つもしたいところじゃ』
悪魔がスコーンとか焼くなよ、と内心で零すに留めて、南雲は改まって咳払いした。
- 35 :
- 「悪いけど、ちょっと外してくれない?人払いは維持したままで」
『あん。――戦うんか?』
電話口の向こうで、悪魔の気配が変わった。
似非広島弁で、甘いものと漫画が好きで、いまいち貫禄がないけれど、こいつもやはり悪魔なのだ。
彼は南雲を甘やかさないし、特別な支援をしてくれるわけでもないが、真っ当に魔法少女をこなそうとする者に協力的だ。
言えば、公平を期することを大前提に、気兼ねなく戦えるフィールドぐらいは用意してくれる。
「結果次第だけど、まあそんなとこ」
『把握した。ほったらワシは北斗打ちに行くから――終わって生きてたら呼べや』
命懸けの戦いに臨む、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない相手との別れ際でも、いつも通りのテンション。
南雲としても、あんまりウエットに対応されても困るので、悪くない距離感だった。
「場所取れたよ。ここから大通り超えて少し行った住宅街にある、『さくら通り第三公園』。
平日の昼間なんか、ハトと野良猫しか寄り付かない、ちいーさい公園だよ――」
通話を切り、振り返った途端、南雲は再び目を剥く羽目になった。
>『あの……どうぞ』
理奈が軽食を載せたトレイを書生風に差し出しているのだ。
そう――だんびらの届く範囲まで近づいて!
「り、理奈ちゃん!」
あのまま書生風が横薙ぎに抜刀したら――理奈の胴体が真っ二つに絶たれることになる。
想像はいやに明確にはっきりと脳裏を埋め尽くした。何故ならつい昨夜、まったく同じ光景をこの目で見たからだ。
携帯を投げ理奈と書生風の間に割って入らんと身を沈め、爪先に力を込める。
だが、間に合うか?このタイミングで鯉口を切られたら、どれだけ速く跳んでも刃の速度に敵わない。
バキィ!と厨房の床が砕ける音がした。爪先が床板を踏み抜いて、割れた木片が南雲のスニーカーに噛み付いた。
引っかかって、動けない。動けなくて、助けられない。そして。
――書生風は何もせず、理奈も無傷でバックヤードに帰ってきた。
良かった――と安堵に今更ながら汗が出る。
震える膝を拳で叩いて、床に埋まった爪先を、木片を一つ一つ丁寧に取り除いて抜く。
屈んで行うその作業の頭越しに、ゆりかの念信が飛んできた。
>『先ほど南雲ちゃんに聞かれて言おうかどうか迷ってたことがあるの。
- 36 :
- 『書生風は何故縁藤きずなの話をしたか』。
その不可解な事象に対する、現状最も説得力のあるアンサー。
書生風の特質は、その尋常ならざる気配隠蔽術。己の影すら絶つほどの、"見えざる者"。
故に、はじめからこの店にずっといたと考えれば、縁藤殺しにまつわるテンダーパーチの右往左往に言及してもおかしくない。
だが、
>『問題はそれを知っていたのにどうして逃げなかったのか≠ニいうことよ』
――結局のところ、全ての疑問はそこに集約される。
縁藤殺しの犯人探しに躍起になっている魔法少女の集団に、殺しの証拠品を持参して、わざわざ存在を明かした理由。
全員を相手にする自信があるのなら、そもそも気配を消したまま後ろから刺して回ればいいだけのことで。
ならば交渉に来たと言うのであれば、書生風が持つカードは南雲たちにとって判断材料であっても交渉材料にはならないのだ。
おしなべて言えば、"何を目的にしているのかわからない"というのが現状彼女たちの警戒と恐怖を煽った。
(表向きの目的は、『エルダー討伐にあたっての募兵』……でも、話にスジが通ってない)
負うべきリスクと、得るべきリターンの関係が完全に崩壊している。
これはもう交渉慣れしていないとかそんなレベルじゃなくって、書生風と南雲たちの間に重大な認識のズレがあると言う他ない。
(『怖い』のは、こっちの方だよ……マジで……!)
どこに触れたら爆発するかわからない爆弾が、間違いなく一つ、この空間に存在する。
そして、書生風自体の戦闘能力は、この場にいる全員と対峙したとしても遅れを取らぬ相当な実力者なのだ。
確かに、目立の証言を全面的に信用するならば、この書生風は少なくとも今戦うべき敵ではない。
だが、彼女の証言には一つだけ、書生風を弁護し切れない点があった。麻子が吠えるように事実を叩きつける。
>『でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。
どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……。ついさっき死んだばっかの、他人のものをだっ!!』
――縁藤きずなの魔法核。
これも屋守の証言でしかないが、本人が否定しない以上、間違いなく書生風は被害者の魔法核を持っているのだ。
魔法少女が魔法核を得るパターンは大別して二つ。『譲り受ける』か、『奪う』かだ。
そして縁藤きずなが死亡している以上、書生風が殺して魔法核を奪ったと考えるのが妥当だろう。
妥当というか、それ以外にありえない。まさか表を歩いていたら拾ったなんて言うつもりでもあるまい。
南雲も念信で言葉を作る。
『うん。ましてや、その書生風さんは、一度縁藤きずなと交戦してる。ってのは目立ちゃんの証言で明らかになったよね。
戦ってた二人のうち、一人が生き残って、魔法核を得たのなら、もう状況証拠だけで十分有罪判決だと思うけどなあ』
有罪とはいえ、別に罪があるというわけではない。
魔法少女の殺し合いは、お互いが納得ずくのうえ(縁藤きずなによる魔法攻撃があったのなら特に)で行なっている。
殺しあった末に勝利した者に、それを咎めるつもりはない。だが、目立にかかった疑いは晴らさなければならない。
眼下、理奈と麻子が言い争いを始めた。
確証がない以上、殺し合いにしたくないとの理奈に対して、麻子の考えは南雲と同じくシビア。そして彼女は正しい。
やがて麻子は吐き捨てるように声を叩きつけた。
>『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
言われた理奈が、一瞬だけこちらと萌の方を見て、すぐに目をそらした。
南雲はそれでも、理奈の横顔をじっと見る。一度だけゆっくりと瞬きをして、頷いた。
「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
自分で言った言葉の真意に身震いする。
そうだ。終わらせる。戦いになれば、必ずどちらかの人生が終わるのだ。
冷酷な響きに何のフォローも入れられぬまま、南雲は踵を返して理奈に背を向けた。
- 37 :
- ――あのとき。理奈がホットサンドを書生風に手渡した時。
間に割って入って、理奈を守ろうとした。だが、床が割れて躓き、跳ぶことができなかった。
それでも、バランスを崩すことを覚悟で、体全体でぶつかっていけば間に合ったかもしれない。
滑り放たれるであろうだんびらの刃と理奈との間に、戦闘機の装甲板でも差し込んで、止められたかもしれない。
だが、できなかった。
爪先が床に埋まった時点で、南雲はこう考えたのだ。
『足場が崩れてしまったから仕方ない。助けに行けなくても仕方ない』
――理奈の命すらも、"割りきって"、諦めようとしてしまった。
南雲はそれに気付いた時、己の首を絞め殺してやりたいほどの自己嫌悪に苛まれた。
そして同時に、『また同じ事が起こったら』を考えて、どうしようもなく怖くなってしまったのだ。
……次は、本当に理奈ちゃんが殺されるかもしれない。そのときわたしは――割りきらずに助けに行ける?
麻子は――ああは言っても、理奈のことを一番に考えて行動している。
いまこうやって厳しい言葉をぶつけるのも、覚悟の決まらないまま戦場に立つ危険さを身をもって知っているからで。
全ては、理奈を"しゃんとさせる"ための大切な指摘だ。
南雲は、自分よりも3つも年下の彼女の、そんな偽悪的で不器用な優しさが、途方もなく眩しい。
……わたしは、あんなふうに自分が嫌われることも覚悟で、相手のために怒れるのかな。
あるいはそれこそが、理奈という少女の優しさ、寛容さに対する甘えなのかもしれない。
南雲は理奈のことを大切な友達だと思っている。
だが、打算の入ってしまった友情は、いくら綺麗な理屈を並べても、自分自身を納得させてはくれないのだ。
我ながら面倒くさい女だなあ、と頭を抱えたくなった。
萌、麻子、そして書生風を伴って、テンダーパーチを後にする際、南雲は前を向いたまま呟いた。
「いやな役目を押し付けちゃったね、麻子ちゃんごめん、ありがとう」
一同は、南雲の指定した公園へと向かった。
* * * * * *
- 38 :
- 【さくら通り第三公園】
駅前から大通り越しに広がる住宅街。
テンダーパーチが軒を連ねる商業区や、駅向こうのオフィス街、合同庁舎、そして高校や大学など、
そこそこの規模の都市であるこの街において人の動きはいつも荒波の如くだが、
住宅街においては朝と夕方のラッシュアワーを除いて閑散としたものである。
ここに住む人間の殆どは、駅から他の都市へ行くか、オフィスや学校に出払って、主婦と未就学児しか存在しないのだ。
そして今日のように寒い日は、公園で子供を遊ばせようなんて修行パート一歩手前の発想に陥る者もいない。
わざわざ人払いなんかしなくったって、この公園はいつも閑古鳥が鳴いているのだ。
「あ、ピラっさんの野郎、可愛らしいバスケットにスコーン入れて置いて行ってる。
『みんなで食べてください』だって。こっちには魔法瓶入りの紅茶も。萌ちゃーん、差し入れもらったけど食べる?」
後でバスケットを返しにいかなければなるまい。これはRなくなってきた。
あとはだしのゲンも死んだら借りパクになってしまうので、ますますRなくなってしまった。
「さて」
スコーンを齧りながら、南雲は右胸、心臓のあたりに手を当てた。
胸の中身を掌握するように念じ、空色の光が溢れだした。
「『魔装』――変、身ッ!」
光の粒子を振りまくように、左足を軸に一回転。
空色が彼女を覆い隠し、一瞬の後には蒼い飛行服と長く解けた銀髪の魔法少女がそこにいた。
腰のホルスターには今回、だんびらに対抗できるよう分厚いコンバット・ナイフを差している。
……リーチが段違いなので気休めにしかならないだろうが、拳銃よりはマシだろう。
「早速だけど、話を始めよっか」
南雲は書生風と戦うつもりだ。しかしそれを正直に書生風に伝えるほど平和ボケしてもいない。
表向きは交渉の余地あり、という体で話を進める。決裂しそうなタイミングで、先手を打つ。
萌と麻子にもプランはおおまかに伝えてある。
魔装に換えたのは、相手に合わせるという意味と同時に、生身で不意打ちされる最悪を避けるためだ。
「わたしが貴女に聞きたい点は二つ。
1.貴女が縁藤きずなを殺害していないのなら、どうして縁藤きずなの魔法核を貴女が持っているのか。
2.縁藤きずなを殺したのがエルダーだとして、話を聞くに貴女たちは共闘関係にあったはず。
それが、どうしてエルダーをRために仲間を募ることになったのか」
同時に南雲は、携帯電話の録音機能をオンにして胸ポケットに入れておいた。
念信ではなく肉声で交渉を始めたのは、今回が交渉だけで終わった際に、録音を議事録として使用するため。
場合によっては録音の内容を持って隠形派との折衝にあたる必要が出てくるからだ。
「わたしからはとりあえず、以上。あと萌ちゃん、麻子ちゃん、何か尋問したいこと、ある?」
【公園へ移動。魔装に着替えハイパー尋問タイム発動】
- 39 :
- 「……エサを撒き終えたから、暇ねえ。少し寝ようかしら」
草枕夜伽がそんなことを言い出した。
イナザワは図書館内で火も付けられずに弄ぶだけだった煙草を折りそうになった。
「マジか。お前、いつも正午まで寝てるから昼待ち合わせって言ってたろ。今一時だぞ」
「適度なお昼寝は午後からの作業効率を飛躍的に上げるって科学的に立証されているそうよ」
「活動時間一時間で寝るのはお昼寝とは言わん。そいつは二度寝って言うんだ」
「どっちでもいいわ。じゃ、寝るから、お客さんが来たら起こしてね。ばっははーい」
閲覧用の長机に、ご丁寧に物体生成で布団を敷いて、夜伽はさっさと潜り込んでしまった。
イナザワが顎を落として見ている傍で、速攻で寝息を立て始めた。
「あっクソ、こいつ自分に固有魔法かけて熟睡してやがる……。俺が暇になるだろうが」
手持ち無沙汰になったら二人で遊ぼうと、折りたたみ式のオセロ板を持ってきていたのに。
しかたがないので、自分対自分で白と黒の盤面を争うことにした。
「俺の野郎……なかなかやるじゃねえか。俺の張った罠を悉く見抜くとはな」
「フッ、俺こそここまで食らいつくとは思わなかったぜ……だがこれで終わりだ、食らってくたばれ、俺ッ!」
イナザワ(黒)がイナザワ(白)を追い詰めようとしたその瞬間。
革靴がリノリウムの床を叩く微かな音を彼は耳聡く聞きつけて、立ち上がった。
侵入者だ。それも足音に淀みがない。この異常事態を知ってここを訪れた――魔法関係者だ。
「おい、夜伽、来客だ。おそらく多分間違いなく"招いた客"だぞ――」
イナザワが布団の中の夜伽の頬を二本指でペシペシ叩くと、
「うーん――もう眠らんないよぅ」
「夢ん中でも寝てんのかこいつ……!!」
夢中夢という、夢の中で寝て二重に夢を見る現象があるが、そうなるとなかなか起きることができないらしい。
というか脳の方は自分が起きたと勘違いしているのだが、体のほうが眠ったままで動かない。
いわゆる"金縛りに遭う"という状況は、そういうことなのだそうだが。
やがて、昏睡した人間だらけの閲覧室に、夜伽とイナザワ以外の"眠らない者"がぬっと顔を出した。
>「やあ」
片手を上げて挨拶したのは、街中じゃ滅多にお目にかかれない割合で黒尽くしの服装をした壮年の男。
ここが魔法少女によって制圧された空間で、そこに踏み込んできた只者ではない男でなければ――間違いなく変態だ。
そんな意味不明存在に気さくに挨拶されたところで、イナザワは「あ、どうも」と至って無難な対応を取らざるを得なかった。
だが、ついに邂逅した。
夜伽とイナザワが追う、『黒いワゴン』の関係者。
目の前の男がそれである確証はないが、イナザワは殆ど直感でこの男が黒いワゴンの関係者だと理解していた。
イナザワとて、裏社会に身をおいてそれなりの年月を生き残ってきた。
その世界で生きる者だけが持つ"嗅覚"が、自信を持ってこの男をクロだと言っている。
――おしなべて言えば、この黒服の男からは、ゲロ以下の匂いがぷんぷんしていたのだ。
>「私達の予想が正しければ、ここである程度歓談が出来るはずなのだが……違っていたら、言ってくれたまえ」
黒服の男の言葉――冗漫で、意味のない問いかけ。
わかりきったことを、口に出して説明するのは、時間稼ぎかはたまた余裕の現れか。
- 40 :
- (入り口には夜伽の張った魔法トラップがあったはずだ。
そいつを突破してきたってことは、こいつは少なくとも常人以上魔法少女以下の能力があるってことか)
イナザワは煙草を手の中で握りつぶした。
仮にこいつが"夜宴狩り"や、その協力者なら、常人であるイナザワに勝ち目などない。
細切れの肉片となって明日の朝刊に載るだけだ。
彼は、速やかに覚悟を決める。
「歓談だぁ?てめーは頭脳が間抜けか、目の前の壁に張り紙が貼ってあるだろーが。
――『図書館ではお静かに』、だ。このスカタン」
「そうね。法律なんかいくらでも違反してくれて構わないけれど――みんなで決めたマナーぐらい守りなさいな」
イナザワの隣で、いつの間にか起き上がっていた夜伽が掌を黒服の方へと向ける。
魔力のほとばしりが、可視化した茨となって閲覧室を駆け巡る。
「こいつは魔法少女じゃないわ。だけど、魔法少女の魔力をその身に宿してる。つまり、」
「"使い魔"か――!」
使い魔とは、魔法少女がその固有魔法によって創り出す、己の意志に従って動く傀儡全般のことを指す。
魔法少女がみな使い魔を作るわけではないが、魔法少女として活動するうえで非常に便利なので、使用する者は多い。
例えば故・縁藤きずなの藁人形がそうであるし、既存の小動物や犬猫のような生物を支配して使い魔とすることもある。
「人間を使い魔にする魔法、ってところね。しかも、あたしの魔法がまったく効いてないところを見るに、
ここへ来る前になんらかの対抗魔法を仕込んできた。――あたし対策を施した使い魔を送り込んできた!」
「こいつの親玉は、ここで罠を張ってるのが夜伽だってことまで知っていやがるってことか」
草枕夜伽の、魔法少女としてのデータを知る者は少ない。
隠形派という組織の特性上、存在を秘匿する傾向にあるし、表立って戦うこともしないからだ。
だが、例外がある。殺された縁藤きずなが代表として所属していた、『夜宴』――
「あたしの能力を知っている。夜宴のデータベースを閲覧でき、かつ野良試合禁止のルールが適用されない者。
イコールこの黒服の『本体』は――"夜宴狩り"の公算がバリ高なのよ!」
魔力が練り上げられ、夜伽の魔法が発動する――!
黒服の男は気付くだろう。己の周囲で転がっていた数人の『昏睡者』が、いつの間にか立ち上がって自分を取り囲んでいることに。
彼らはみな瞼を閉じ、穏やかな寝息を立てている。吊られた操り人形のように、体だけが動いている状態だ。
「『スリーピング・ビューティー<ナイトウォーカー>』。
"夢遊病"ってあるわよねぇ〜〜。寝ているはずなのに体が勝手に動いて外とか出歩くってやつ。
一節によるとあれは、頭は眠っていても体は起きていて、夢の中と同じ動きをしてしまうそうなのね。
あたしは自分の魔法で眠らせた相手の『夢』を自在に操れる。これは夢で相手を縛る魔法!
――人間を使い魔にできるのはあなただけじゃないのよ……!」
夜伽が指をパチリと鳴らすと、夢を縛られた三人の男が黒服を抱擁するように三方向から飛び込んできた。
一人一人の力は常人のものなので黒服の敵ではないだろうが、一度に三人を相手にするとなればどうだろうか。
「さあ、答えなさい。あなた達は一体何者で、この街で何をやろうとしているの?
口を噤んだって無駄よ。解呪の方法なんていくらでもあるんだから。
『歓談』は既にッ!『尋問』に変わっているのよ……!!」
【夜伽:黒木と接触。夜宴狩りの使い魔と勘違いして魔法攻撃】
- 41 :
- 【図書館、B1F。】
「カーッ。カーッ。・・・ッ!?」
図書館で寝ていた、男にしか見えない、だが頭に大きなリボンを付けているため、女とわかる子供が眠りから覚める。
「・・・うっせーな・・・」
B1Fは、上の階とは比べ物にならない程寒い。
「叫ぶ奴は嫌いだぜ。図書館ですらゆっくり眠らせてもくれねぇのかよ。」
少女は、周りを見渡す。
「ん?皆眠ってやがる。おい、起きろ、おい!・・・覚めねぇ。全く、昼間だってのに呑気な奴らだ・・・」
さっきまで眠ってた奴に言われたくはない。
「上の階がうるさいな・・・いってみよっと。」
少女は、階段を一歩ずつ上がる。動くもののないそのB1Fは・・・
完全に凍りついていた。
彼女の名は『氷床 凍結(ひょうしょう とうけつ)』。
広範囲攻撃型魔法少女である
- 42 :
- >>41
えっと……もし参加をご希望でしたら、避難所でお声かけくださいm(- -)m
千夜万夜はご存知ですか?
- 43 :
- 萌は、奇矯な客にちょっと説教の体を装ってバックヤードへ連行してもらった。
もともと裏口から出るという流れだったことに加え、
レジを通ると衆人に環視されている時間が長くなってしまうためだ。
先程まで座っていた席には代わりにくまのぬいぐるみでも置いておこう。
>「場所取れたよ。ここから大通り超えて少し行った住宅街にある、『さくら通り第三公園』。
> 平日の昼間なんか、ハトと野良猫しか寄り付かない、ちいーさい公園だよ――」
電話をかけていた南雲が、壁の向こうから顔だけ出して伝えてくる。
その直後、一声叫んで駈け出す。半歩動いて視界から消えた瞬間に破砕音がした。
バックヤードからキッチンへ顔を出すと、南雲が床に爪先を食われていた。
その背に、何やってんの?とかけようとした声を
>『ひとつ、いいかしら――?』
ゆりかの念信が塗りつぶす。
真言は初めからこの店にいた。
伝えられた言葉の、最も重要な一点を抜き出すならここだろう。
そして全て知った上でなおも留まった。
>『その子が恐ろしく察しの悪い人間で、犯人探しをしている私らの前にのこのことやってきた――確かに、その可能性もゼロじゃない。
> ゼロではないけど、魔装で潜んでおく程の警戒心がありながらこの状況に対して危機回避能力がまるで無いというのもあまりに不自然よ。
> あるいは自分の能力にかなりの自信があって、あなた達に見つからないようこっそりとお店の伝票を切りに戻ってきた。
> 人間的に素晴らしいことだと思うし、経営者としてはすごく嬉しいけど…………ま、理由にはならないわ。だとすれば本当の犯人は』
続けられる念信を、麻子が遮る。
>『あんたの言いたいことはわかった。南雲も萌もその辺はとっくに折込み済みだ。
> でもな、そこにいる袴女は現に縁籐きずなの魔法核を持ってる。どういう事情かさっぱりだがそれだけは動かしようもねえ事実なんだよ……』
麻子の言うことは全くその通りだ。そして、求められているのはそれだけ。
『やっぱ察しは悪いんじゃないすかね。聞いてたんならノコノコ出てくりゃどうなるかわかったろーに』
萌はゆりかに念信を返す。
必要なのは隠形派に差し出す"羊"なのだ。
体裁さえ整っているなら実際の中身が狗だろうが虎だろうが構うものではない。
もしそれが用意できないなら……卓に上るのは萌たちなのだから。
あるいは――"どう"にかされない自信があるのか。
何にせよ、萌たちとしてはやるしかない。
真言という個人に勝てないのなら、それより強力な個人であるエルダーや隠行派という集団になど勝てようはずがない。
理奈は今ひとつそれを割り切れないでいるが、麻子はその姿勢を叱責する。
それから突き放すように理奈を置いての移動を促した。
>「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
南雲はそれを受ける。
かくして一行は止まり木を離れた。
- 44 :
- 途中、萌は一人コンビニに立ち寄り買い物を済ませる。
おごると口に出してしまった以上はおごらねばならないのだ。
小走りで追いつき、程なく。
遊具は少なめ、芝生の広場にベンチと、いかにも昨今ありがちな風情の公園へと着いた。
>「あ、ピラっさんの野郎、可愛らしいバスケットにスコーン入れて置いて行ってる。
> 『みんなで食べてください』だって。こっちには魔法瓶入りの紅茶も。萌ちゃーん、差し入れもらったけど食べる?」
公園の中央近くに差し掛かったところで南雲がベンチの上の遺留物を目ざとく見つけた。
萌は「是非に!」と声に出しかけたが、そこで真言の腰のものが目に映った。
それは、萌の脳裏を裂いてある記憶を引き出す。
腹にものが入っている時に斬られると見苦しい事になるらしい、と。
笑うという行為が本来攻撃的なものだとか封建制は多数のマゾヒストが支えているだとかの一切無関係な知識も去来したが、それは置くとして。
「う……やめとく」
思わずそう口にしてしまってから気づく。
(やる前に負けること考えるバカが居るかよ!)
と。
ついでに言えば既にテンダーパーチで飲食しているので気遣うだけ無駄である。
勝手に呑まれた自分に苛立ちを覚えつつ、手にした袋を真言へ放った。
入っているのはバンホーテンではなくレディボーデン。
中々無理のあるミスだがもちろん故意だ。
(この寒空にアイス、さすがの鉄面皮も歪まずにはおれまい!)
単純になんでもいいからリアクションを引き出そうという目論見である。
そこを取っ掛かりにして真言の人となりというものを少しでも理解したかったのだ。
南雲は真言の行動の不可解さに恐怖に近い感情を抱いているが、萌にしてみてもそれは同様。
まあ、店内での余りにも平静な様子を見て少々悪戯心を刺激されたという面もないではないが。
しかし、真言の反応を観察する前に南雲が動いた。
>「『魔装』――変、身ッ!」
掛け声とともにくるり一回転、戦闘状態へと移行する。
と、同時に脳裏に響く声。ざっくりとした方針が萌と麻子に伝えられた。
- 45 :
- 南雲は並行して肉声で真言への質問を行なう。
まずは萌の言ったとおり、ガールズトークのお時間である。
内容はOLの茶飲み話よりなおエグいものだが。
>「わたしからはとりあえず、以上。あと萌ちゃん、麻子ちゃん、何か尋問したいこと、ある?」
話を振られてふむう、と唸る。萌はテンダーパーチで真言が発したほんの数十語を必死に思い出していた。
(あたしらが"まとも"だから殺さない。ってことは、殺したいエルダーはそうじゃない、と。
そりゃあ他人の願いかき集めてるようなのがまともなわけはないけど、基準は何なんだろうな……)
言ってしまえば萌達一行だって大概まともとは言いがたい。
南雲はいきなり機関銃を乱射するし麻子は狂犬だし萌はもうアレだ。
(見てないから言ってるだけなのかな……。それともそのエルダーがもっとクズいってこと?)
得られた情報から勘案すると、エルダー――西呉真央と真言が一時的に共闘したのは明確な事実だ。
(そこでなんか裏切られたとか騙されたからその仕返し?それもなぁんか違いそうなんだよなあ)
なおも考えながらあー、うー、と唸り続け、先ほど目立の反応を待った時間の半分ほどが経過する。
そこでようやく何かに思い至ったらしく顔を上げた。
「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
萌は真言に名を問い、自らも名乗る。それから続けて質問をした。
「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
これは南雲の二つ目の質問ともリンクするかもしれないが、
萌はおそらくこの質問が真言を理解する上で最も手っ取り早いものだと、そう考えた。
理解したからといってやりあうのが避けられるかは――また違った話だが。
【とりあえずお互いに自己紹介】
- 46 :
- >『あの……どうぞ』
『ん。あり、がとう?』
作戦会議でもしているのだろう、と生まれた沈黙と間の中で意識を整えながら佐々木は思考を巡らせる。
実際問題、状況は芳しくない。もとより口下手なのは有るが、そもそも他の魔法少女とこれ程長く会話したことすら殆ど無いのだ。
己の元にホットサンドを運んでくる里奈に目線をずらすと、ゆるりと左手を動かしてホットサンドを受け取った。
紙袋に入ったそれは、まだ暖かそうで。両手で抱えてみるとその熱が右手の痙攣を止めてくれるような錯覚を覚えた。
慣れない礼は、何処と無くぎこちない。
人とまともに話さない生活は、魔法少女として共闘が必要となった時に困るかもしれないと思った。
個人的戦闘力を高めることに腐心し続けてきたが、こういった時に問題が起こる。
だとしても、今更己のコミュニケーション能力がどうにかなるものとは到底思えない佐々木は、小さく嘆息するしかないのだった。
「……?」
ふと、首を傾げる。
空気の変化には極めて敏感なタイプである、佐々木。だからといってそれを読んだ言動が出来るとは限らないのだが。
それでも、南雲達の雰囲気が変わったことは、意識を臨戦態勢程度の警戒状態に維持していた佐々木には理解できる。
僅かなざわめき、空気の揺れ。そして、此方に向けられるゆりかの静かな瞳。
恐らく、この空気を動かしたのは目の前に居る女。交錯する視線。佐々木の墨を流した様な黒い瞳は僅かな揺らぎを返すのみ。
何を喋ったのかはわからないが、これによって少しでも状況が好転すれば――、佐々木はそう思わずに居られなかった。
>『……行こうぜ、南雲。理奈は置いていこう。今こいつを連れてっても、荷物を通り越してむしろ邪魔になるだけだ』
>「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
場が動く。
荒々しく立ち上がり、ため息を突きながら店を後にして行く皆。
その後ろにそろそろと付いて行く佐々木。警戒に余念はない、行き先に罠がある可能性も無くはないのだ。
その手の魔法少女が店内に潜んでいたとしても可笑しくない。今の念話のざわめきが、己を陥れる為のものであるかもしれないのだ。
故に、孤独である佐々木は敵地の真っ只中で警戒を解くことなどあり得ない。
高まり続け、張り詰め続ける緊張は佐々木の右腕に疼痛を感じさせ、痙攣をより強めていく。
それを固有魔法で無理矢理に押さえつけながら、素知らぬ顔で佐々木は公園まで辿り着くのだった――。
コンビニで買いものをしてきたであろう萌が、こちらに向けて袋を放ってくる。
僅かに距離が足りず、佐々木は手を伸ばして前傾姿勢を作り、それを指先で引っ掛けてキャッチした。
「……食べ物、投げるのは。ダメ」
眉根を寄せて、あいも変わらずの細切れな口調で、淡々と萌に注意をする佐々木。
そして、おもむろに袋を開き、中身を確認して。沈黙。
たっぷり3秒、袋の中に目を向けて、首を右にひねる。次は2秒、袋から取り出したアイスを見て、左に首を傾けた。
顔を上げて、萌に目線を向けて。鉄面皮のままなのだが、僅かに困ったような雰囲気を醸し出し始めた。
「あの。……私。その。ココアって……。
いや。……奢ってもらってる、から。食べる、けど」
佐々木の頭のなかでは、萌の事はヤンキーと既にインプットされている。
魔力量の上では明らかに此方が強いのだろうが、正直苦手なタイプで戦闘時以外なら気圧されかねない。
だからこそ、バンホーテンじゃなくてレディボーデンが入っていたとしても、強く出る事は出来なかった。
それに、奢ってもらっているという手前、佐々木は文句を言う事は出来ないと思っている。
故に、どういったものか分からないと言った困惑の様子を、目線の揺らぎから放っているのだった。
とりあえず、ホットサンドとくっつかないようにして、近くのベンチに両方置いておいた。この寒空だ、アイスもそうそう溶けはしないだろうから。
- 47 :
- >「『魔装』――変、身ッ!」
間食をベンチに置き、皆の方に向き直って見れば、南雲が魔装を纏い、そこに立つ。
影のような己に対して、華やかな外見は対照的といえるだろう。何方が魔法少女らしいと言われれば間違い無く相手だ。
腰のホルスターに刺さっているコンバットナイフに目線をずらして、闘うなら近接で来る積りか、と理解。
リーチの差は何にも勝る、それが佐々木の考え。
腕をめいいっぱい伸ばしてナイフを振るっても、腰を入れて振り下ろす長刀の一閃と間合いは同じ。
そして、動作が違えば威力が違う。全身運動による斬撃と、腕だけの斬撃ではその威力は別物となる。
一対一ならば、不意さえ打たれなければある程度の対応は可能であると判断。
意識の割り振りを戦闘的思考に3割、会話に7割程向けることとして、佐々木は浅く息を吸って吐き己の中にリズムを作った。
>「早速だけど、話を始めよっか」
「う……ん」
南雲の気配からして、穏便に話が進む気はしない。
インバネスの中で体を静かに整えて、いつでも抜刀できるように体と心を構えておいた。
いつ襲い掛かられても一刀の元に斬り伏せることが出来る。その安心感が、佐々木に鉄面皮を与えている。
緊張から顔の筋肉は次第に硬直していき、また感情の読めない無表情へと佐々木はシフト。墨染の瞳は揺らぐこと無く南雲を映しこんだ。
>「わたしが貴女に聞きたい点は二つ。
> 1.貴女が縁藤きずなを殺害していないのなら、どうして縁藤きずなの魔法核を貴女が持っているのか。
> 2.縁藤きずなを殺したのがエルダーだとして、話を聞くに貴女たちは共闘関係にあったはず。
> それが、どうしてエルダーをRために仲間を募ることになったのか」
「あっ」
うっかり声が出た。失念していたのだ、確かに怪しい。
殺害していないのに、緑藤きずなの魔法核を持っている事自体、変なこととしか思えないのは間違いない。
そして、そのままエルダーにもらったと言っていいものか、佐々木は表情を変えないままに思考を巡らせる。
「一つ、め。緑藤きずなを追って移動したエルダーを追った先で、既に殺害し終えていた。エルダーと遭遇。
気まぐれなのか、それとも懐柔策なのかは分からない。けど。私に魔法核を渡してきた。以上」
「二つ、め。……そも、そも。共闘じゃ、無い。あそこで、エルダーと事を構えると流石に死ぬ危険性が有る。
でも、エルダーの情報は欲しかった。だからあの場では、エルダーの側に立って、間近で情報を集めようとしていた。
で、さり際に私。エルダーに聞いた、何を願って、望んで。魔法少女になったのか、を」
そこで、一息。何か飲みたかったが、バンホーテンではなくレディボーデン。
飲み物は存在せず。ちらとアイスの有る方へ目線をずらし、恨めしげに萌に視線を向けた。
諦めたように一度深く息を吸い込んで、瞬きをしてから佐々木はまた口を動かし始める。
「世界征服。冗談に思うかもしれない。でも、それがあのエルダー級の目的で。その為に何人も殺してきた。
国境をなくして、世界征服による世界平和を実現する。それが、あの魔法Rの夢。
その為なら、多分何だってするだろうし。何人でも。どんな手段を使ってでもRのだと思う。
そして、そのやり方は。私が許せないもの」
佐々木真言は、夢の為に戦っているというよりかは、信念で立っている魔法少女といえる。
己の律を破ることはしないし、己のルールに反する相手のみを真言は狩り続けてきた。
そして、真言がRと決めるということは、真言にとって正しくないと思った相手であるという事だ。
「私は、そのエルダーが生む犠牲を。止めたい。だけど、私一人じゃ勝てない。
それに、私。友達、居ない、仲間も。居ない。だったら、って。思って。あの喫茶店にたまたま居たあなた達に。
助力を、頼もうと思った。――倒そうと思えば。あなた達を倒して。魔法核を奪えるかもしれないけど。
それは、私の矜持と私の心が。許さない。から。あなた達が断るのなら、私はもう関わらない。
そうなれば、一人で挑むだけだから。……勝てるかは、わからないけど。絶対に」
- 48 :
- 真言は、必要ならば闘うことを厭わない主義だ。相手が襲い掛かってくるならば躊躇いなく剣を抜く。
そして、己の中で倒さなければならない相手ならば、確かな殺意の元に剣を振るう。
だが、必要がないならば剣を振るいはしない。警戒はしても、今の佐々木に率先して剣を振るう積りは無かった。
友人も仲間も居ない、存在感の無い魔法少女は、テンダーパーチの面々に目線を滑らせて、頭を下げた。
>「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
「佐々木、真言」
硬質な音色で、己の名前を名乗る佐々木。
なんてことはない、何処にでも有り得そうな名前の少女。
そして、萌から投げかけられる質問に、佐々木は僅かな間を置く。
>「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
「人を傷つける事を躊躇う事が出来て。動き出した足を止めることが出来る人間。
夢のためならなんだってする、人が何人死のうが関係ない、どんな相手でも殺して奪う、手段などなんだって良い。
または、その夢が叶うことで多くの人が不幸になる夢を持つ魔法少女。
そんな魔法少女を、私は殺してきた。――ああなったら、魔法少女ですらない。
まともな精神構造をしていれば。いつか気づくはず、この仕組みは悪辣なんだって。
その悪辣さに気づいてなお止まれない、無数の血肉の上に尊い願いを掲げようとする事を厭わないなら。
私は。R。あなた達は、まだ良識も。人間性も捨ててないように思えたから。だから、殺しはしない」
佐々木の言いたいことは、それ。
己の夢の為に、なにを犠牲にしても構わないとする者、他者の夢を踏みにじることをどうとも思わないもの。
そして、その夢が多くの人を傷つけ、不幸にするというならば。佐々木は剣を振るう。
それが、殺人を犯して夢を叶える魔法少女となるときに、己に課したルールであり、枷。
佐々木の夢は、悪性の根絶。この世から悪い人を無くすなんて、そんな夢物語を大真面目に追っているのがこの少女。
「――あの。私。話下手だから。
上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
……それだけ、は。本当。だか、ら」
前髪で少し隠れた目線を、髪の隙間からのぞかせながら。
全て話し終えた佐々木は、何か飲みたそうに喉を鳴らしてベンチにまた視線をずらして。
あいも変わらずアイスとホットサンドしかないベンチを見て、なんとも言えない表情をつくり上げるのであった。
- 49 :
- 【――市内警察署】【正午】
その日、署内の空気はいつにも増してざわめいていた。
地域課では図書館に行ったきり戻ってこない、連絡がつかないという通報が多数寄せられ、
交通課からは駅近くで事故を起こしたワゴン車に乗っていた人間の遺体が「骨も残さず燃え尽きた」という与太話が飛び交っている。
聞いたときは流石にそれはないだろうと誰もが否定したが、消防の人間をはじめとした複数の証言があり、笑っていられない状況だ。
加えて先日起きた【中央商店街爆破事件】には今日も多くの捜査員が割かれている。
こうも不可解な事件が立て続けに起こるものなのだろうか。
「現場で『戦闘ヘリを見た』って話……本当だと思います?」
「何とも言えないな」
昼食に弁当を広げた若手の巡査が出した質問に対し、調書を片手に煙草を吸っていた初老の警官が煙を吐いた。
「見たって人間がいて、こうしてモノが壊されてんだから『何か』はあったんだろ。
だが近場の自衛隊駐屯地や米軍基地に問い合せても『出した事実はないし、記録も残ってない』ことは確認済みだ。
実際そんな大げさなモノが街中で飛び回ってたにしちゃ見聞きした人間が少なすぎる=v
「……どこに消えた≠でしょうね?」
割り箸を片手に巡査がぼやくように呟いた。初老の警官は灰皿に煙草を押し付ける。
「ま、これだけの惨事に怪我人ひとり出て無いのが不幸中の幸いだったな。
店を壊された住人には非常に気の毒だが……ここだけの話、本気でそう思うよ」
「【女子児童が真っ二つになった】っていう証言もありますけどね」
「まるでホラー映画だ。肝心の遺体がどこにも見つかってないんじゃカウントのしようもねえよ」
「ですよね……」
若い巡査は微苦笑を浮かべた。しばらく箸を動かしておかずを口に入れた後、彼は思い出したように口を開く。
「そう言えば商店街の国道付近で起きた【陸橋倒壊事故】。これも何か関係あるんでしょうか?」
「ん?どうしてそう思う?」
「いえ、何となく。警官としての……勘、と言いますか」
「ほお、いつまでも新米と思ってバカにできんな」
「先輩、どういう意味ですかそれ」
「悪い悪い。お前にはまだ言ってなかったな――――この件には公安部の人間が出張ってきてる」
「ええっ?」
「右か左かは知らんが、一連の件を何らかテロリストの犯行だと上は考えとるんだろうな」
「テロリスト……ですか」
沈痛な面持ちの後輩に対し、先輩と呼ばれた初老の警官は言う。
「実際どうなのかはまだわからんがな。兎に角、うちも捜査協力はするがこれらの案件は実質あの人らが引き継ぐんだとよ」
「そうですか……」
「浮かない面だな。そうしょげるなよ。ここのところ仕事が山積みで大変だったんだ。
こういうキナ臭いヤマを少しぐらい任せたってバチは当たらんよ」
そう言うと、先輩警官は席を立って緑茶を淹れる準備を始めた。
【続きます】
- 50 :
- 「お前も飲むか?」
「あ、すいません……」
席に戻った初老の警官は手にした緑茶をひとすすり口にすると、再び調書に目を落とした。
彼らの所轄――生活安全課がここしばらく抱えていた案件は確かに多い。
特に近頃急増しているのが【未成年者の失踪】だ。
日本の行方不明者は年間8万人に及ぶと言われ、その約20%が未成年だ。
実際のところその9割以上は所在が確認されている――生存とは限らないにしても――ので、実際の人数ははるかに少ないと言えよう。
保護者への連絡を怠った無断外泊……いわゆるちょっとした家出がほとんどだ。
自分たちが本気で探せば数日以内に発見できるような、他愛もない家族間トラブルで終わる。
だが――この子達の場合は違う。
警官は調書に貼付された顔写真と名前に視線を走らせた。【郷原 桃】【駆走知史】【茅野いずみ】【門前百合子】……その他、十数名。
少女達の行方は未だにわからないままだ。誘拐か、連続殺人か、いずれにせよ謎の失踪が相次いでいる。
しかもそれはこの町に限ったことではない。警察庁の中間報告によれば似たような事案が全国規模で起こっているというのだ。
「この門前百合子さんって……あの門前さん≠ナすよね?」
「ああ、財閥のご令嬢だ。【大饗】【壱斬】【塞守】と並んで大正から戦後にかけてこの地域を影で牛耳ってた一族の関係者だよ」
「実在するんですね、そういうお家。そう言えば前にこの子の通ってた高校で男子生徒が一人自殺してましたけど、もしかしてこの失踪と関係あるんじゃ……」
「知らん。立て続けにこうも事件が多発してたんじゃそこまで手を伸ばす余裕なぞない。だいたい自殺他殺の調査は刑事課の管轄だ。
それにこの子の実家は自前の調査機関とやらを持ってて、警察に頼ったのも時間が経ってからだったしな」
「誘拐事件にしては身代金の要求も未だに無し。……一体何なんでしょうね」
「もしかすると、この子達は同じ『何か』に巻き込まれたと考えたほうがいいかもわからんな」
「『何か』……って何ですか?」
「わかってりゃ苦労しねえよ…………それを調べるのが俺たちの仕事だろう?」
「ですよね……」
揃って溜息をつく先輩後輩。二人の警察官は再び緑茶をすする。昼休憩もそろそろ終わりだ。
「生きて、親御さんの元に帰してやれたらいいんだがな……」
「……娘さんのこと、気になるんじゃないですか?この子達と同じ年代ですよね」
「そうだな。まあうちのはそう簡単に拉致られるようなタマじゃ無さそうだから言うほど心配はしとらん」
「格闘技とかやってましたっけ?」
「おう、立ち技打撃限定なら下手すると俺(空手三段)より強いかもしれんぞ。ある意味嫁より怖い」
「なら安心ですね――――奈津久さん」
「昔はあんなに可愛かったんだがなあ……ε=(TдT)ハァ…」
二人が午後からの捜査を再開しに部屋出ようとしたその時、電話が鳴った。若い巡査が通話に応じる。
「はい……はい、わかりました」
「どうした?」
「――駅前の喫茶店で発砲事件だそうです」
【警察サイドの1コマ・了】
- 51 :
- 【喫茶Tender Perch】
【南雲】「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
麻子からの視線を受け、坂上南雲は理奈に決然と言い放つ。
裏口から去っていく4人の魔法少女達を、都築ゆりかは静かに見送った。
【南雲】「――――」
【麻子】「――――」
姿が見えなくなる直前にゆりかは南雲と麻子が何らかのやり取りをしているのを見たが、彼女達がどのような言葉を交わしたのか……聞き取ることは出来なかった。
ホール内を振り返る。取り残された理奈が崩れる落ちるように近くの椅子でへたり込んでいた。今度は目立が理奈を支える番だ。
これまで様子をうかがっていた祝子が心配そうな表情を浮かべている。
年下の少女を気遣う素直な視線で、ゆりかと屋守にフォローを求めるようにきょろきょろと顔を動かしていた。
カウンターを出たゆりかは祝子のもとへと歩み寄る。
【ゆりか】「祝子ちゃん、ありがとう。後は自分の仕事に戻って頂戴」
【祝子】 「じゃけ……ですけど…………」
【ゆりか】「いーからいーから」
祝子は魔法少女であることもここの店員であることも今日が初日だ。
これ以上深入りさせなければ巻き込まれる事は無いだろう。後は――――
【ゆりか】『ねえ、屋守……どうしてあんなことを言ったの?』
【屋守】 『――ん?』
どこから取り出したのか『はだしのゲン』2巻を読みながら追加のスコーンを頬張る悪魔に、ゆりかは問う。
何故、佐々木真言が縁籐きずなの魔法核を所持していることを南雲や萌達に暴露したのか、を。
【屋守】 『先に言っただろ?手間が省けるって』
【ゆりか】『そうかもしれないけど、こういうやり方は……』
【屋守】 『気に入らないか?おい、ゆりか。お前まさか、自分がまだ善人だなんて思ってるんじゃあないだろうな?
いくらなんでもそりゃないだろ。一度上がった≠ィ前がこうしてあたしの記憶を残したまま魔女になってるのは――――どうしてだ?」
【ゆりか】『それは……』
――自分のした事を、忘れない為だ。
【ゆりか】『……それを抜きにしても、私にはあの書生風の子が嘘を付いたとは思えない。たとえ魔法核を持っていたとしてもね』
【屋守】 『は、飽く迄正しさを求めるわけか。確かに殺したのは南雲が見た触手のエルダー級かもしれないな。あいつらも心の底じゃ多分そう思ってるよ』
【ゆりか】『だったら――』
【屋守】 『だったらどうする?いや、どうして欲しかった?あの太刀を佩いた書生風の話に乗って真犯人を倒して欲しかったか?』
【ゆりか】『…………』
【屋守】 『お前はあたしなら一週間で何とかしてくれると考えたのかもしれないけど、結論を先に言ってやる……無理だね』
熱を失った紅茶を飲み干し、悪魔は冷たい声色でこう締めくくった。
【屋守】『仮に理奈も入れた5人であのエルダーに戦いを挑んだとしても勝てない、全員間違いなく―――――死ぬぜ』
【続きます】
- 52 :
- 屋守の発言にゆりかは絶句する。
しばし黙考した後、彼女はわずかな思念を呟いた。
【ゆりか】『剣士の子には、とても気の毒な話ね……あまりに現実的だわ』
【屋守】 『今更だな。世の中に転がってる夢や幸福ってのは他者の絶望で成り立ってんだぜ?特に――おまえら≠フ場合は』
悪魔は嗤う。
【屋守】『あたしらはその「近道」を用意してやってるに過ぎないのさ。ヒトが生まれたずっとずっとず――っと昔から……な』
※ ※ ※
それから数十分後。時刻は正午に差し掛かる少し前、午前11時44分。
早めのランチを摂りにきたお客が次々と来店してくるその頃に――事件は起きた。
前触れもなく蹴破られるドア。
ダークスーツに身を包んだ男の影。
両手に構えられた大きなマシンガン。
火を噴いた銃口。床を跳ねる薬莢の音。音。音。音。
テーブルに並んだ杯や食器が音もなく砕け散る。否、銃声にかき消されてそう感じるだけだ。
毎分1000発近く放たれる弾丸が壁床を穿ち、着弾までの間に存在する店内のあらゆるオブジェクトを貫通していく。
遅れてやってきた悲鳴の嵐を聞きながら、店のオーナーは静かにこの時が終わるのを待った。
やがて銃声が止み、男の気配が消えたところで都築ゆりかは伏せていた状態から起き上がる。
硝煙と砂埃の舞う空気を手で扇ぎながら状況確認。なるほど、こ れ は ひ ど い 。
ただ独りピンピンしている屋守はお冷を飲んでいた。
悪魔が嗤う。
【屋守】「カカカカカカカ。前途多難だなあ、店長!」
勿論スルー。
【ゆりか】「理奈、生きてる?」
【理奈】 「は、はひ…………」
引き続き状況確認。これだけの破壊行為が行われたにも関わらず、奇跡的な事が起きていた。
【ゆりか】『屋守――』
【屋守】 『んん?』
【ゆりか】『店内にいる普通の人間の120秒前までの記憶を全部消して今すぐ!支払いは全部タダでいいから!!』
【屋守】 『お安い御用だ♪』
同時にゆりかは自身の固有魔法《因果接続 ミッシング・コネクト》を発動させる。およそ自分ひとりで可能な店内の清掃・修繕作業を可能な限り一瞬にして実行した。
一部の割れてしまった照明や深く抉れた弾痕等、充分で無い部分が散見されたが、しかし、今はこれでいい!
【ゆりか】『理奈、目立さん、祝子ちゃん!……ちょっと厨房まで来てくれる?』
【続きます】
- 53 :
- 「何……どうしたの?」
「停電?」
屋守に記憶を巻き戻され、突然周囲の照明が消えたと勘違いした客たちによって店内が騒然となる。
それは通常のスタッフも同様らしく、みな不思議そうな顔でゆりかを見つめていた。
【ゆりか】「お客様!!」
――ぱんっ!と、大きな柏手を一つ。あまりよろしくないやり方だが、ひとまず全員の注目を集める。
【ゆりか】「誠に申し訳ございません。ただいま配線に不備が生じた模様で照明が使えなくなっております。大変ご不便かと存じますが、どうかご了承くださいませ――」
灯りのないホールで客達が「お、おう・・・」と頷いてくれたのを確認し、ゆりかはすぐに踵を返した。
窓から入ってくる光だけでも充分明るいため実際は不便など無いのだ。日中でまだ良かった。
【スタッフ】「店長……どうしたんですか?」
【ゆりか】 「大丈夫、ただの故障よ。あと、今日はもう看板下げてちゃって。それから今テーブルに座ってるお客さん方には全員ドリンク無料サービスで!」
【スタッフ】「は、はぁ……」
厨房に入る。魔法少女+悪魔。総員4名、事故無し、現在員4名。生存確認。
【理奈】 「叔母さん、さっきのは一体何なの!?」
【ゆりか】「わからないわ…………心当たりがありすぎて検討もつかない」
あからさまに嫌そうな顔をした姪っ子の横で、目立零子がガタガタと震えだした。
【零子】 「わ、私だ……あの黒服の人……きっと私を殺しに来たんです…………!」
【ゆりか】「零子ちゃん、だったっけ?多分違うわよ」
【零子】 「……へっ?」
【ゆりか】「店内のお客さん、だーれも死んでないもの」
驚きの表情を見せる魔法少女たち。当然だ。あれだけの鉛弾が飛んできて死傷者ゼロというのはおかしい。
信じられない話だが襲撃者は無差別に撃っていたのではなく、狙って外したのだ。誰にも当たらないよう、正確に。慎重に。精密に。
【ゆりか】「本気でRつもりならもっと確実な手段をとってくるはずよ。これじゃまるで――」
「襲ったふりをしにきたみたい」という言葉を飲み込み、ゆりかは「なんでもないわ」と語尾を濁した。
【ゆりか】「少し検証してみましょう……」
固有魔法を発動させるゆりか。調理台の上にボールを置き、打ち込まれた弾丸をはじめとする店内にある全ての【異物】を走査し、集積する。
集められた弾丸の1個をつまみ上げ、少女たちの前にかざした。
【ゆりか】「ご覧なさい――」
弾丸はみるみるうちに分解され、青い魔力の塵となって消えた。
【ゆりか】「やっぱりね。見ての通り、この弾丸は物体生成によって作られた疑似的なモノよ。つまり、さっきの襲撃者は魔法少女ということになる……」
【屋守】 「なあ、祝子。お前さっきの黒服の正体……『鏡』で見たんじゃないのか?」
【理奈】 「え、そうなんですか?」
【祝子】 「うん……」
守本祝子が持つ『鏡』には、魔法少女の正体を暴く能力がある。
彼女の固有魔法であると同時に変身アイテムなのだが、先ほどはそれで南雲の魔装姿を映してしまったのだ。
【祝子】「なんか目がたくさんあって……魔法少女っていうより、触手で出来た化物みたいやったよ…………」
【続きます】
- 54 :
- 【理奈】「触手の……化物?」
祝子の発言に怪訝な表情を浮かべる神田理奈。それは他の者も同じだった。
魔装の形状は多種多様だが彼女達は西呉真央の変身後の姿を知らない。よって、この場で襲撃者と先のエルダーを結びつける事は誰にも出来ないのだった。
【ゆりか】(仮に、その化物が南雲ちゃんの関知したエルダー級とするならこの店を襲ってきた理由って、何なのかしら……?)
都築ゆりかは思考する。目立零子の発言によれば、あの黒い書生風剣士と件のエルダーは一時的にせよ共闘関係にあった。
縁籐きずなの魔法核を持ってここへ来てしまった書生風を助ける為、ここへ殴り込んできたという推測は妥当だろうか?
【ゆりか】(書生風の子はエルダー討伐を依頼しにここへやって来た。
襲撃者がエルダーだとすると、そいつは自分を殺そうとしてる人間を庇いにきたことになる――筋が通らないわね)
ゆりかは自ら組み立てた仮定を棄却した。
実際のところ西呉真央の意図はそれ以外の別な所にもあったのだが、現在出揃っている情報だけで真実に辿り着くことは不可能と言える。
――人間は己の立つ場所と時間の中でしか、物事を理解出来ないのだから。
他方、西呉真央に誤算があったとすればこの店にいた悪魔『屋守』と魔法少女『守本祝子』の存在だろう。
二人の能力によりTender Perchの人々は本来知り得ぬはずの情報を取得し、西呉真央の計算を大きく狂わせた。
無用なき混沌=\―全ての要因が絡み合い、この歪にして複雑な状況を完成させている。
【ゆりか】(! ……何かしら、これ?)
ゆりかはボールに集積した弾丸の中から異質なものを発見した。カード型の薄い機械のようだ。
これまで気がつかなかったがテーブルの死角にでも設置されていたのだろう、先の襲撃で弾丸による穴が開いている……。
【ゆりか】(――――盗聴器!?こんなもの誰が……)
開店してからまだひと月も経っていない。
一体何時から≠セ?これを仕掛けた相手に、一体何処から何処まで≠聞かれていた……?
※ ※ ※
【市街地/駅周辺】
【*】「……こちら00(マルマル)。感明送れ」
【?】「こちら01(マルヒト)。感明良し。00送れ」
携帯電話(Cellular Phone)が大量に普及している昨今、街中での無線機使用に疑問を持つ方もいるかもしれないが、実のところそれなりの理由がある。
その利点については携帯電話の送受システムを参照し、比較してもらう必要があるのだがここで詳らかに解説するのは控えよう。
少なくとも「彼ら」の場合、自前の中継点をどこにでも設置できて都合がよい事。また、独自の暗号化によって通信内容を秘匿出来る事にある。
誤解の無いよう付け加えると警察無線もそのような暗号化がされているので、素人が簡単に傍受できる代物ではない。そう、本来ならば……。
【*】「目標甲≠ヘ調査地点を襲撃後、車両で北の方角に移動した。追跡しろ」
【?】「了解。甲の襲撃で発信機が破壊されてしまったようですが?」
【*】「それはもういい。必要とされる会話は全て録音済みだ。これで少しは上も考え方を変えるだろう……後は成果だ」
【?】「米軍の介入は?」
【*】「M.E.S.S.I.Aはまだ動かん。今は甲との接触の事だけに集中しろ。やれるか、准尉?」
【?】「先方の出方次第としか。そもそも、現状では私の他に適任者がいませんが」
【*】「その通りだ。くれぐれも殺されんようにな――――始めろ」
【?】「……了解。状況を開始します」
【もう少しだけ続きます】
- 55 :
- 【?】「着装――近銃撃《アグレッサー》!」
緑色の魔力光が粒子となって彼女の躰を包み込む。装いに費やす時はまさに刹那。
少女は簡素な私服から軽装のボディーアーマーへと変身を遂げた。
身体強化のリソースを脚力に集中させ、瞬時に跳躍――そのまま家屋の屋上へと着地する。
【*】「対象甲≠ヘ警戒心が強い。追跡を悟られるなよ」
【?】「彼女が乗った車両の行方は?」
【*】「市中の監視カメラで確認した。北の方角内陸へと約1キロ進み、事後鉄塔の近くで下車している。
途中でまた変身されてわからなくなったが……衛生から撮った映像でだいたいのポイントは絞り込んでいる。その付近を捜索しろ」
【?】「やってみます」
疾走。跳躍。
疾走。跳躍。
建物の上を屋根伝いに飛び移り、少女は白昼の空を舞う鷲の如くに翔け抜ける。
その四肢のしなやかな動きに気づく者はなく。人知れず風を斬って進むその影は忍のようであり、妖精のようでもある。
【?】(先にこちらが見つからなければいいけど……)
程なくして、彼女は鉄塔の麓へと到着した。放出される魔力を最小限に抑え、周囲を探索する。
ふと空を見上げた先に人影を発見……いた、鉄塔に登っている。何かを監視しているようだ。だとすると既に気づかれている可能性がある。
【?】「とりあえず、昇ってみるか」
物体生成と固有魔法を組み合わせ、アンカーを射出。ワイヤーを巻き取りながら静かに上昇する。
目前の後ろ姿に……息を飲む少女。間違いない。
現在確認されている中で国内唯一、【氏族】を形成せず『夜宴』にも所属していない超級契約者《エルダー》。
【?】「もう、既に私に気付いてるわよね。
ここまで近づかせておいて何もしないということは……私を敵か味方か判断しかねている。そんなところかしら?」
対象甲=\―西呉真央。
【真衣】「結論を先に言うと、私たちは貴方の力を必要としている。同時に貴方がこの先必要とするであろうほぼ全てを提供できる……。
私は塞守真衣。MIC(中央情報隊)に所属する特務准尉よ。あなた達民間人が陸上自衛隊と呼んでいる組織、その末端というわけ――」
そこまで言いかけて塞守は通信機を取り出し、これみよがしに通話音量を絞った。これで次の会話は二人の間≠ナしか聞こえない。
【真衣】「――と、いうのは建て前の話。
西呉真央。
あなたがこの世界を壊したいのと同様に、
私もまたこの世界を許すことができない。私の大事な人を奪った……この世界が!
けれど私たちが敵に回そうとしている「その世界」は、あなたの想像以上に強大かつ深遠なものよ。
あなたの願いがどうあれ、それだけは認めておいたほうがいいわ。だから、貴方には選んでもらいたいの」
【公】という名の闇を背に、総ての【魔】を喰らい尽くす【皇】となることを。
【真衣】「世界を変えたいと望むなら、まずは世界を味方につけなさい――――!!」
【Intervalは以上です】
- 56 :
- 【以下、TRPG広辞苑トップページから転載】
TRPG掲示板『千夜万夜』をご利用の皆様へ
TRPG専用掲示板『千夜万夜』のサーバが不安定なため
管理人様が、したらば掲示板に緊急避難所を用意して下さいました。
千夜万夜が見られない、書き込みが出来ないという場合、下記の避難所をご利用ください。
TRPG総合避難所【夜鳥乃巣】
http://jbbs.livedoor.jp/internet/17427/
【転載は以上】
夜鳥乃巣にて雑談所の別館を作成しました。
同僚の皆様にはお手数ですが、該当スレにて確認のための点呼をお願いいたします……m(- -)m
- 57 :
- 「…はぁ?」
西呉が背後の魔法少女に放った第一声はソレだった。
あまりにも予想外の発言に呆気をとられてしまったからだ。
流石にこうなってしまっては、黒服の監視どころではなく、体表を巡らせていた目を元の位置に戻すと
振り向き、謎の魔法少女に視線を移す。
その表情からはまだ動揺が消えてはいない。
「・・・・・・」
直様視線を逸らし、手のひらを相手に向け待ったのポーズをしながら
西呉は、状況の整理、確認をする。
「あ〜…先に2、3聞きたいことがあるのですが、答えてくれませんかね?
まず聞きたいのは、私が何を願ったか貴女方はご存知なんですしょうか
寧ろ、私のことをどこからどこまで知っているのか教えていただけませんか?
そして、次に、何故私の力が必要なのか?
国がバックにいる貴女方なら、あの手この手で魔法少女部隊でも作れるんじゃないんでしょうか?
そこで何故私なのか?こともあろうに将来の敵になりかねない私にですよ」
さらに西呉は続けた。
「それとこれはもしもの話ですが、貴女方は私に何を提供してくれるんです?」
『あなたの想像以上に強大かつ深遠…ですか』
喋りながら西呉は同時に念信を送る。
彼女の個人的な話に対することは口に出さずに答えたほうがいいと配慮してのことだ。
「私を仮想敵として演習にでも参加させてくれるのでしょうか?」
『まるで違う脅威がさも存在するような言い方ですね』
「まぁ端役のあなたに訪ねても無駄でしょうけど」
『知っているのなら教えてほしいものです。』
「まぁこんなところでしょうね…とにかくこの質問に答えないかぎり
この話は先には進めませんよ。どうします?」
- 58 :
- 書生風にまつわる二つの不自然について、南雲は確かに問い質した。
死んだ縁藤きずなの魔法核を、書生風が所持している事実。
そして、仲間だったはずのエルダー級を今になって殺したくなった心変わりの理由。
立証できたところで状況証拠に過ぎない、しかし確たる矛盾を付きつけられた書生風は、
>「あっ」
と零した。
(『あっ』!?いまこの女、『あっ』って言った!?自分の不自然さに気付いてなかったの!?)
指摘されてようやく己の不整合を理解した、と思しき書生風。
表情こそ変わらぬ鉄面皮ながらも、そのまましばらく固まっていた。
やがて結論が出たのか、彼女がゆっくりと問いの応えをつぶやきはじめた。
>「一つ、め。
――要約。魔法核は縁藤を殺したエルダー級から現場で貰い受けたものらしい。
意図は不明。だがこうして南雲たちとの対立に陥る鍵となった以上、罠として成立している。
>「二つ、め。
――要約。エルダーと書生風は厳密には共闘関係ではなく、同じ敵と相対しただけだと言う。
縁藤きずなとの戦闘に同時に巻き込まれたが、エルダー側につくことで、有利に戦いを運ぼうとしたのだろう。
>で、さり際に私。エルダーに聞いた、何を願って、望んで。魔法少女になったのか、を」
「…………。」
南雲は思考をぐるぐる回すのを止めた。
エルダー級の化け物が願ったこと。それは固有魔法の類推材料という戦略要素の他に、もう一つ価値を備えている。
(エルダー級まで上り詰めてなお、"あがり"に満たない願い。それって一体?)
魔法核の奪い合いは、『願いを叶える力』の争奪戦だ。
自分の力だけでは叶えようのない願いも、誰かと一緒ならきっと叶う――そんな綺麗事を捻じ曲げたシステムだ。
エルダー級に至るのに必要な魔法核は、同調なしの単純計算で60個。
それだけの人数の助力があってもまだ叶わない願いなど、それこそ死者の蘇生とか世界の平和とか、
>「世界征服。
ぐらいしか、ありえないだろう。
南雲はぞっとした。そんな、少年漫画の悪役みたいな陳腐にもほどがある願い。
それを大真面目に追求した結果が、あのエルダー級のような化け物の存在なのだ。
(やっぱり、ブラック魔法少女……!)
世界を征服し、支配することで完全なる戦争の根絶を実現する。
そのためなら何人死んだって構わないし、殺せてしまう――完全に倒錯している。
>「私は、そのエルダーが生む犠牲を。止めたい。だけど、私一人じゃ勝てない。
つまるところ、この書生風の目的とはシンプルに一つだ。
『エルダー級を倒したい』。そこだけは、何にも矛盾せず、徹頭徹尾貫いていた。
その一点においてだけは信用できると南雲は思う。魔法少女なら誰だってそう思う。
"エルダー級が持つ大量の魔法核を簒奪したい"でも、
"いつか自分の敵になるだろうから今のうちに排除しておきたい"でも、
"平気で人を殺せる奴をほうっておけない"でも良い。
魔法少女なのだから、戦おうとするのは当たり前なのだ。
- 59 :
- (でも、ごめんね書生風さん)
それでもだ。南雲たち新米組は、有り体に言って――それどころではない。
世界征服だとか、人知を超えた化け物だとか、そういった連中に関わっている暇などない。
彼女たちの抱える頭痛のタネを手っ取り早く消化するには、そこの書生風の首を差し出すのが一番なのだ。
>「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
(うわー、聞きたくない聞きたくない!)
萌は至極当然のことを書生風に問うたが、南雲は耳をふさぎたくて仕方なかった。
彼女の名前を――知りたくなかった。
名を知れば、目の前にいる書生風が、『敵の魔法少女』から『敵対する一個人』にクラスアップしてしまう。
人の形をした化け物から、名前があり、立場があり、帰る場所のある人間をRと、そう肯定してしまう。
(でも、そういう『逃げ』って、やっぱり卑怯なのかな)
ズルい考え方だと、そう思う。
戦おうと思って構えた刃は、相手の名前なんかで出したり引っ込めたりするようなものじゃないはずだ。
現実として一人の人間をR。その事実から、目を背けて良いわけがない。
かつて苗時は、南雲が機銃を掃射したことを『殺人意識から目をそらすため』と評した。
派手な音の出る機関銃で断末魔を聞くことなく跡形もなく吹き飛ばせば、殺した事実まで掻き消えるかのように。
そんなわけがない。
早い話が、覚悟を決めたくなかったのだ。
己の理想とする『信念としての魔法少女』から、どんどん遠ざかっていってしまうようで、怖かった。
>「佐々木、真言」
書生風改め真言の名乗りに、南雲は肩を落として応じた。
「わたしは坂上南雲。坂の上のみなみ雲と書いて南雲。こっちのちっこいのは私のバイト先の麻子先輩」
名乗りあってしまった。これでもう人間同士の殺し合いだ。
速やかに覚悟を決めるか、全てを振り捨ててこの公園を後にするか、どっちかだ。
>「あんたにとって"まとも"ってどういうこと?」
>「人を傷つける事を躊躇う事が出来て。動き出した足を止めることが出来る人間。
> (中略)あなた達は、まだ良識も。人間性も捨ててないように思えたから。だから、殺しはしない」
『やっべーな。つい先日ミサイルぶっぱして約二名ほど爆殺した覚えがあるんですが、わたし』
洒落になってないことを念信で漏らす。
真言の判断基準で言えば、萌はともかく南雲と麻子は完全にクロだ。
萌に関しても、『なんでその魔装、躊躇えなかったんだ!』という論法ならアウトである。
というか、真っ当に魔法少女やってる人間なら大抵アウトじゃないのかこいつにとって。
『魔法少女である以上、相手を殺して夢を奪って、自分の糧にするのが常道だしねえ』
殺さなくても、魔法核を簒奪された者は亡者となって死よりも陰惨な末路を辿る。
それが魔法少女なのだ。そして、佐々木真言も魔法少女を名乗り、敵対する者を殺してきたのならば、
相対してきた者達の誰よりも多くの屍を積み上げて、ここまで登ってきたのだ。
『――とんでもない自己矛盾を抱えてるよこの娘』
蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。
修羅を斃して回るために、己も修羅に身を窶したか佐々木真言――!
- 60 :
- >「――あの。私。話下手だから。
上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
……それだけ、は。本当。だか、ら」
たどたどしく、途切れ途切れに彼女は言った。
(まいったな……)
南雲は頭を書きながら俯いた。
佐々木真言の信念は、直角定規のように真っ直ぐひん曲がっている。
彼女が"まともではない"と断じた相手を容赦なく殺し、獲物を探して渡り歩く魔法少女。
だが、南雲が本当に参るのはそんな表層的な属性によるものではなく、
(この娘――理奈ちゃんと同じ信念を持ってる)
同じだ。やり方や現状は異なれど、理奈と真言には根底に通ずるものがある。
人間の善性を信じ、願いの奪い合いを良しとせず、この悪辣のシステムに立ち向かわんとする意志だ。
真言が理奈と異なったのは、彼女にとって幸か不幸か、一人でも戦えるだけの能力があったことである。
理奈は、決して弱くはないが強くもない。
優秀な制圧魔法を持っているが、防御は脆弱で、何より年相応に惑い、迷う。
そしてだからこそ萌や南雲といった仲間を頼り、現在のように意見の相違で壁にぶつかったりもする。
だが、真言は一人だ。一人でも戦ってこれた。
己の信念だけを信じ、それが少しずつ本来至りたかった道とズレを生じ始めても、比較する他者がいないから気付けない。
わかった時には、もう後戻りが効かないほどに、深く遠く逸れてしまっているのだ。
理奈をここへ連れてこなくて良かったと、そう思った。
この女は未来の理奈だ。南雲が標榜する魔法少女の信念が、折れたまま歪に伸びた未来の姿だ。
「……平行線になっちゃったね、真言ちゃん」
南雲は一度深く息を吸って、肺の中身を全部出すまで吐いてから、そう言葉にした。
「貴女はエルダー級を倒すために、わたし達を仲間に引き入れたい。
だけどそんな命懸けのリスクを負うには、わたし達の得るリターンが小さすぎる」
エルダー級を四人で仕留めたとして、推定60個の魔法核を四人で分ければ一人あたり15個だ。
15個。今の南雲達が夜宴で手堅い勝利を得れば、二戦ほどこなして手に入る数だ。
確実に犠牲が出るであろうエルダーとの野良ファイトで得られる報酬としてはあまりに有り難みに薄い。
それに、いざ山分けする段になって真言が翻意しないという確証だってない。
なにより、この四人であの化け物を相手取ってまともに戦えるかどうかすら怪しいものだ。
「それにさ、世界征服を止める?
振りかかる火の粉を払うだけでも精一杯なのに、世界がヤバイとか言われても現実味ないよ。
わたし達にはもっと等身大の問題があるわけですよ、真言ちゃん」
南雲はゆっくりと手を掲げ、人差し指で真言の胸を指さした。
「貴女とエルダー級が戦ってた魔法少女、縁藤きずなって言うんだけどね?
その娘の氏族から、『うちの縁藤殺った奴出せやコラ』って言われてるの、わたし達。
暫定容疑者は、貴女が連れてきたあの眼鏡の子。まー有り体に言うと、冤罪、かけられちゃってるんだよね」
- 61 :
- 目立の話では、縁藤の放った使い魔がエルダー級を拘束したとき、それを助けたのは真言だったそうだ。
共闘関係になくとも、エルダーを解放する手助けをしたのであれば、間違いなく縁藤が死んだ遠因の一つになっているのだ。
「エルダー級と、貴女のせいで、なんの罪もない女の子がハラを切れと要求されています。
そんでその冤罪を払拭する一番の方法は、縁藤殺しの犯人を捕まえて先方に突き出すこと。
真犯人であるエルダー級を倒して、誰も不幸にならなくて済むんだろうけどさ――ほら、エルダー級ってメチャ強だし」
南雲の主張はこうだ。
(暫定)真犯人であるエルダーを倒すのは難しいし犠牲も出るから、
結果的にその片棒を担ぐことになった真言ならエルダーよりかは勝率あるしこっちを突き出そうぜ!
縁藤きずなの魔法核という動かぬ証拠もあるしね!
やってることの卑劣さで言えば隠形派の理不尽要求とあんまり変わらない。
身内から犯人を出すのが嫌だから、他の関係者を犯人にでっち上げようとしているのが南雲のプランだ。
「だからさ、大人しく殺られてよとは言わない。
だけどお互いに平行線の主張があって、目的がぶつかり合ってるんだから、もう悠長な話はやめようよ。
わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
腰のホルスターの留め金を指で弾き、コンバットナイフのグリップを握る。
抜き放たれた分厚い刃は鏡のように青空を映し、閃き、南雲の手の中で順手に収まった。
「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
萌と麻子に目配せをして、南雲は身をかがめた。ナイフを腰だめに構え、前方の敵を見る。
真言との距離は約15メートル。閑静な公園で魔法少女の聴覚なら呟きも余裕で聞こえる距離だ。
だんびらによる先制攻撃を警戒して空けた彼我の距離を、埋めるように最初の一歩を踏み出した。
「行くよ」
南雲が走りだした瞬間、キィンと風を斬る音が上空から聞こえてきた。
滝のように落ちてくる穿音の正体は、直上の空から降ってくる一翼の紙飛行機だ。
この公園に入る前に秘密裏に生成して空に放っておいたこの紙飛行機は、無論のことただの紙飛行機ではない。
(『ライトウィング』――戦術爆撃機の兵装再現!)
紙飛行機の腹の部分が開き、包まれていた物体がジェットの速度で宙に放り出された。
細長い茄子のような外観のそれは、現物に比べスケール相応に小型化されているが――焼夷弾である。
紙飛行機から射出された焼夷弾は、佐々木真言の頭蓋を目掛けて、信管を作動させながら直撃コースで降ってくる!
ナイフも突撃もフェイク。彼女はそもそも接近戦を行うつもりなどない。
近接戦闘を行うと誤認させて、視覚外からの爆撃で仕留める――ルール無用の戦術であった。
【交渉決裂。戦闘開始。先制攻撃。ナイフで突進すると見せかけて頭上から焼夷弾爆撃】
- 62 :
- 数分、時間を前後して。
南雲は尋ねる。真言は語る。萌は聞く。
(アイス、自分の分も買っておけばよかったかな……)
まあ、概ねは聞いているはずだ。
何せ真言の言葉はたどたどしく、それゆえに時間が掛かる。
萌の精神が思索に遊ぶのも無理からぬことと言えよう。
とはいえ話の内容自体はシンプルで、耳に届きさえすればすんなりと脳に染みた。
(勇者様が大魔王倒しに行くのに仲間集めって?断ったらあたしらが悪者じゃね?)
内心で苦笑いを浮かべる。
(すげーな、あたしらのうちの誰よりも真っ当に"魔法少女"してるよねぇ)
ひどく戯画的で浮世離れしたその動機は、
少なくとも"少女"という点において何一つ真っ当ではない萌からしてみると眩しくて仕方がない。
その捻じ曲がった真っ直ぐさのゆえに、手を貸してやりたいと思わないでもない。
それに加え、ひとつ懸念も湧いた。
(考えてみりゃ、コイツひっくくって連れてっても追求が収まんないっていう最悪のシナリオもあるよなぁ)
縁藤きずな殺害の犯人の身柄。隠形派の要求はそれだ。
このまま首尾よく真言を捕縛できた場合、その所持している核は当然隠形派に渡るはずである。
つまり楽園派との戦力差がさらに開くわけだ。
ここでさらなる要求をされたとして、はたして拒絶しきれるだろうか。
例えば――"もう一人の犯人"の確保であるとか。
(つっても、向こうがエルダーのこと知ってるかどうかなんてわかんないけど……)
この一件以前にすでに接触があった可能性は?
縁藤が戦闘中に仲間に伝えた可能性は?
萌たちが現在持っている材料ではどちらも否定し得ない。
最悪を想定して動くのであれば、ここは真言と結んで真央を倒し、しかる後に真言を捕らえるのが最善だろう。
最大で百に届かんとするだけの核をただでくれてやることになるのは惜しいものの、
それで隠形派の大義名分をすべて潰せるのなら高すぎる価という程でもない。
「うーん、でもなあ……」
そしてここで、ようやく時間軸上の点が元の位置まで至った。
「そういや名前まだじゃん。なんてーの?」
南雲にとっては名を知らぬことが重要だが萌にしてみると知ることこそが重要だ。
ご存じの方も多いだろうが、ムエタイでは試合前にリング上でひとさし舞う。
ワイクルーと呼ばれるそれは、実際には踊る必要はなく、リングを一周してお辞儀をするだけでも問題はないものだ。
しかしウォームアップ代わりに丁度よいものだし、さまざまな呪術的な意味合いも含んでいる。
例えば、足先で相手の名をリングに書き、それを踏むという行為がある。
説明するまでもないだろうが、そうすることで相手を挑発し、また、自分のほうが強いと自己暗示をかけるのだ。
萌にとっては戦闘の前の一つのルーチンである。今までは突発的な戦闘ばかりでする機会がなかったのだが。
真言は萌の問いを受けて名乗り、萌もそれに応える。
南雲もまた己の名を述べ、ついでに麻子の名も伝える。
それから真言は、萌の二つ目の問いに対して口を開いた。
- 63 :
- (あれ、なんだろ。あたしらからめちゃくちゃ縁遠い人の話をしているような)
聞き終わった萌の、率直な感想がこれである。買いかぶられ過ぎている気がしてならない。
>『やっべーな。つい先日ミサイルぶっぱして約二名ほど爆殺した覚えがあるんですが、わたし』
『あたしもそれ関与してるしねえ……』
そのミサイル、生成したのは南雲で、軌道修正したのは萌だ。
南雲の念信に答えるその背を走った寒さは、はたして吹き抜ける風だけのせいだろうか。
(あーこりゃもうやるしかねーか)
>「上手く……、伝えられないけど。……あなた達と。敵対するつもり、は。無い。
> ……それだけ、は。本当。だか、ら」
自らの言をそう締めくくった真言に対し、南雲が長い長い溜息のあとにこちらの状況を突きつける。
ひと通り伝え終えたあと、南雲は腰に手をやった。
>「わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
ぱちり、とホックの外れる音がして、南雲の手に"敵意"が握られる。
>「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
「ま、そうなるよねえ」
ザ・ウィナー・テイクス・イット・オール。
ABBAの歌と違ってゲームは終わっていないし敗者は立ちすくむことすら許されない。だがそれだけはいつでも真実だ。
>「行くよ」
宣言して南雲が踏み出す。萌は動かない。
段平の間合いまで一歩に満たないところで南雲が退く。
予期していたかのようなタイミングで萌が踏み出す。
かのような?いや、本当に予期していたのだ。目配せなど無くともわかる。
南雲は真っ先に腰のナイフに手をかけた。
だが、近接戦闘を得手としているであろう相手に、まず刃物で挑むような無思慮をするだろうか。
否。萌はそう確信している。では、今このタイミングでそうする理由は?
無論、陽動。これもまた確信がある。ならば、萌がすべきことは――
前に出した右足が地面に触れ、そこから白い炎が立ち昇る。
炎は刹那で全身を包み、その内でシルエットが膨れ上がる。そして――
「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
変身が完了する。
今回もワイクルーの機会はなかった。
さらに強化された身体能力でもってなお加速し、真言の右手側から間合いの内へ踏み込む。
そこから左のミドルキック。無手で最も遠くを攻撃できる手段の一つだ。
だがそれでもわずかに遠く、左足は空を切る。予定通りに。
蹴り足を地に着いて、そこを軸として跳躍、予測される斬撃の範囲の外へ体を運ぶ。
つまるところ、これもフェイントだった。
相手の意識を下、下と振る。セオリーに則るなら次は……
(上!)
見上げた萌の視界を、"何か"が縦に貫いた。
【振り逃げ】
- 64 :
- >「エルダー級と、貴女のせいで、なんの罪もない女の子がハラを切れと要求されています。
> そんでその冤罪を払拭する一番の方法は、縁藤殺しの犯人を捕まえて先方に突き出すこと。
> 真犯人であるエルダー級を倒して、誰も不幸にならなくて済むんだろうけどさ――ほら、エルダー級ってメチャ強だし」
「……、そう」
目を僅かに細め、感情を漏らさない仏頂面のままで、一言だけ言葉を漏らす佐々木。
相手の言いたいことは分かるし、相手の言い分は確かに納得できる点がある。
だが、だからといって止まれる訳がない。佐々木真言が己の願いから目を逸らすことはあり得ないから。
まっすぐに折れ曲がった意志の持ち主は、曲がっても折れぬ意志を携えてそこに立っている。
その意志に対して、相手がぶつかるという選択肢を取るのであれば。
>「だからさ、大人しく殺られてよとは言わない。
> だけどお互いに平行線の主張があって、目的がぶつかり合ってるんだから、もう悠長な話はやめようよ。
> わたしは貴女と戦うよ。戦って、貴女に勝って、わたし達の平穏を取り戻す」
>「代わりに貴女が勝てば、わたしは貴女の主張を全面的に信用し、受け入れる。シンプルでいいでしょ?」
佐々木真言は厭わない。闘うことを、刃を抜くことを、敵を切り裂くことを。
いつだってそうだ、戦う前までは悩んでも、戦い始めてからは一振りの剣として振舞ってきた。
だからこれから南雲、萌達を闘うのであれば。いつもどおりにするだけだ。
「分かった。今から私は、倒す。あなた達、を」
佐々木は、シンプルに相手の発言に同意の意を示した。
息を深く吸い、佐々木の薄い胸が膨らみ、気力が全身に満ち満ちていく。
地面を掴むブーツの靴底を通して、足場の情報を算出し、自分が出来る動きを予測していく。
腰を僅かに落とし、臍下丹田に力が入る。身構えは十分、心構えは魔法少女となった頃から既に十二分に携えている。
だから子細なし、此処から先は胸据わって進むのみだ。
>「行くよ」
>「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
空の上から聞こえる異音、視線を上へとずらしてみれば、紙飛行機が有った。
見覚えがある。あれはエルダー級の魔力を感知して佐々木が走った時に見たものだ。
要するに、あれは固有魔法によって作られたものと判断。危険性は極めて高い。
そして、視界の端には異様な筋肉量を誇る大男に返信した萌の姿があった。
動きを見て分かる。アレは冗談でもなんでもなく、強者だということを。
武の息吹を感じた。己も又、邪道に落ちたとはいえど武門の身だ、独特の気配は分かる。
剣道三倍段と良い、無手が武器に勝つには三倍の実力が必要であるという言葉は有る。
だが、こっちもあっちも魔法少女。そんな普通≠フ理論など糞の役にも立たない物事だ。
油断は不要。必要なのは臆病さと、恐怖の感情。そして、その恐怖と臆病を飼い慣らす強い意志だけ。
(――身のこなしから、南雲は近接が得意ではない。要するに、陽動。
そして、陽動に合わせて動く――萌)
視界の端から迫る蹴りを、寸でで回避しようとする剣士。
だが、そもその蹴りがフェイントである事を、こちらの顔の前をすり抜ける事で理解。
- 65 :
- 二段構えの騙しである事を理解した瞬間に、佐々木は上の音に意識を向ける。
よくわからないもの≠ェこちらに向けて落下してきていた。
焼夷弾と呼ばれるそれだ。佐々木は現代兵器には残念ながらそれほど明るくない。
刀剣の良し悪しや、武術の身のこなしであればある程度ならば分かるが、兵器となるとどうしようもない。
それでも理解できることはいくつか有った。
それの速度が早いことと、それは恐らく危険である事と、それを回避する事が難しいということ――だ。
だから佐々木は行動した。迷わずに。
佐々木の足元で砂をこする音が響き、佐々木のカラスのようなコートのシルエットが一気に膨れがあった。
そして、着弾。業火が佐々木の居た空間を満たし、佐々木を火だるまへと変えてしまう。
コートは消し炭になること無く、佐々木を包んだままに火炎は中身の佐々木を蒸し焼きにしようとした、その瞬間に。
「う……おォッ!!」
コートを引き裂きながら、雄叫びを響かせて、佐々木真言は飛び出した。
道着姿の佐々木は、右手で刀を振りぬきコートを引き裂きそこから飛び出して。
そのコートを左手で引っ掛けるようにして掴み、燃えるコートを萌に向けて振る。
不思議な事に、コートは生物の如くに柔軟に動作し、鞭のように変幻自在に動き、萌の顔を包み込もうとするだろう。
その動作の途中でコートを手から離し、両手で刀を持ち替えて佐々木の体は地面にへばり付くようにしゃがみこんだ。
獣といっても良い程の前傾姿勢。ただ、獣と違う点は、その獣が理性と武器と魔法を持っているという点だ。獣より最悪である。
「キィィィイィェエエ――――――ァッ!!」
地面を踏みしめるコンバットブーツ、スパイクが土を噛み締め、重心移動から生み出される力は地面に伝わり反作用で加速を産む。
生み出された加速の受け皿は152cm、43kgの小さな弾丸。魔力を燃料にして生み出された加速を受けて、灰色の烏は銀刃を携え10mに満たない長さの線を引く。
一部の流派では猿叫と呼ばれる気違い染みた雄叫びを置き去りにしながら、数秒とかからず佐々木は距離を詰める。
加速をそのままに、距離を詰めた佐々木は地面を捉えて体を駆動させる。肩に担ぐ刀は既に両手で握られ、振り下ろす事の出来る構えにある。
一歩、右足が地面を噛み、瞬間的にさらなる加速を生み出し、重心移動と同時に両手に張り付くように存在していた長尺の刃は弧を描く。
「ッダァア――――ッ!!」
軌跡は、相手の右肩から左腰にかけて伸びていく。
いわゆる、袈裟斬りと言うものだ。振り下ろしの動作をする事を前提とした構えからのそれは、速度と威力を両立したものだ。
日々手の皮がずるずるに向けて血だらけになるまで身に染み付いたその動作は、魔法だ何だなど関係ない代物。
佐々木真言の魔法は、佐々木が本来持つものをより強力にするものでしか無い。
10年という積み重ねの技術と、それを強化する邪道の魔法によって生み出される、神速の袈裟斬り。
火傷で皮膚が引き攣れようと、髪の一部が焦げようと、鎖骨が粉砕していようと。
佐々木真言の振るう、正道と魔道の生み出す魔剣に――鈍りはない。
【戦闘開始。焼夷弾を受けるも、コートを膨らませて大ダメージは回避。
燃え盛るコートの切れ端を萌の顔面に投げつけつつ、近接が苦手であろう南雲に接近。
十分な加速からの全力の袈裟斬りを放とうとする】
- 66 :
- 麻子さんの念信を受け、南雲さんが頷く。
重く、感情をおし殺した静かな肉声が、俯く私の耳朶にそっと届いた。
【南雲】「……そうだね。ごめん理奈ちゃん、ここで待ってて。『すぐ終わらせるから』」
――息を呑む。私が顔を上げたその時、南雲さんはもう踵を返して歩き始めていた。
視界に一瞬だけ映り込んだ暗い横顔。私はその表情に見覚えがあった。
あの日――駆走さんが『死んで』しまった楽園からの帰り路。
何かを振り捨てる≠謔、に差し出されたその手。微かにためらい、その手を取って握り締めた私。
その時見た表情に、とてもよく似ている。
【理奈】「ま、待って――……」
行かないで。
そう続くはずだった言葉が声になる前に立ち消えて、唇の中で溶けていく。
私が抱えている大きな矛盾が、引き止めることを拒んでしまったみたいに。
やがて四人が裏口から出て行くのを見送ることしか出来なかった私は、近くの椅子にヘタりこんだ。
深く溜息をついた私の横へ目立さんが並んで座る。
【零子】「大丈夫ですか……?」
頷いて反応を示す私。先ほどの剣士さんのように冷水をグラスに入れ、一息に飲み干した。ふぅ……
【零子】「坂上さん、やっぱり怖い人なんですね。話を聞くだけならここでも出来るじゃありませんか。これじゃまるで――」
【理奈】「それは違うよ目立さん」
言いかけた目立さんの言葉を、私はたまらず遮った。
【理奈】「そうじゃない……」
そうか、この人は何も知らないんだ。私は先ほどの叔母さんから聞いた話を目立さんに説明した。
【零子】「『穏形派』が私の身柄を……?」
【理奈】「……苗時さんからはこの事について教えてもらってないんですか?」
【零子】「私が原因で『楽園』が疑いをかけられてる、という事までは知ってました……けど…………そこまでは」
苗時さんに言わせれば「聞かれなかったから」ということなのだろうか。
あるいは目立さんに余計な不安を与えたくないという気持ちがあったのかもしれない。よくわからないけれど。
【理奈】「南雲さん言ってたよ――目立さんを守りたいって」
【零子】「ごめんなさい。私、何も知らないで坂上さんに酷い事を……」
【理奈】「私に謝っても仕方ないです。でも、この次に会った時は――もう少し普通に接してあげてくださいね」
そしてこの次≠ェ必ずやってきますように――と、私は心の中で強く願いました。
…………変なフラグとかじゃなくてマジで。
【続きます】
- 67 :
- 私が抱える大きな矛盾は、やっぱり以前苗時さんに指摘された欺瞞――嘘にあるのだろう。
本当は自分でも麻子さんの言ってることが正しいと解っているくせに、何かを信じて、未だにそれを捨てられない自分がいる。
何か他に方法があるんじゃないか。
もっといいやり方があるかもしれない。
誰も傷つかず、誰も悲しまずに済む希望みたいな何かが……きっとどこかに残ってるはずだって。
そう思って、いつも立ち止まってしまう。
それ≠かなぐり捨ててしまったら、私が「私」でいられなくなる気がするから。
せめて自分の心にだけは嘘をつきたくないという、そんなわがままな「私」が、いつも大事な人の足を引っ張って困らせてしまうんだ。
だから自分の中で抱えきれないジレンマを誰かに委ねてしまうんだ。
そうすることで、まるで自分だけが世の中の理不尽に抗っているんだって…………わめき散らしたいだけの為に。
――そっか。
私が南雲さんと萌さんを引き止める事が出来なかったのは、きっとそういう理由があったんだよ。
自分が下せそうに無い決断を三人に預けて、私は誰かに「優しいフリ」がしたいだけだったんだね……。
気持ち悪い……。
気持ち悪い……!
こんなの、友達にすることじゃないよ。
こういう時に何かを言う資格があるのは、きっと闘って傷つく覚悟がある人だけなのに……私はそれすらもしようとしなかった。
残酷な戦いに身を置こうとするあの人のそばに、立とうとしなかった。
もしかすると、私はとんでもない間違いをしてしまったのかもしれない。
私はみんなに――――着いて行くべきだったんだ。
うなだれる私の所へ屋守さんがやってきた。皿に盛ったスコーンを片手に、きっぱりと言い放つ。
【屋守】「お前、向いてないわ」
【理奈】「…………」
【屋守】「ちょっとは見所あるかなーと思って期待してたけど、さっぱりだな。お前は戦士にもなれなきゃ魔法少女にもなれねえよ」
【理奈】「屋守さんの言う魔法少女って……」
【屋守】「ああ、勿論貪欲に魔法核を集めてくれんのが理想的だな?かと言ってお前が望んでる獲らない魔法少女を否定するつもりもないよ。
――で、それならどうしてそれを貫く為に戦おうとしない」
【理奈】「私が戦うべき人はあの剣士さんじゃありません。それに私、エルダーと渡り合える程強くもないし……」
【屋守】「強くなったらやりあえるのか?」
【理奈】「その為にさっきあなたにお願いしたんですけど……」
【屋守】「アホだな。バカだな。マヌケだな。くるくるぱーのトーヘンボク。おまけにチビだ。木陰を作れるだけウドの大木のほうがまだ役に立つ」
【理奈】「……ウドって実は木じゃなくて草だそうですよ」
【屋守】「うるさい。いいかよく聞け。少年漫画の重要なキーワード、友情・努力・勝利ってあるだろ。
実生活でも使える大事な教えだが、ありゃ現実で応用する際に肝心な事がすっぱり抜けてんだよ――何だかわかるか?」
【理奈】「…………」
【屋守】「努力も勝利も、当人が強くなるまで待っちゃくれないって事だよ」
【理奈】「あの、それってどういう――」
【屋守】「さーな、後は自分で考えなー」
それだけ言うと、屋守さんはさっさと行ってしまった。……何がしたかったの、あの悪魔?
グラスの水を揺らしながら、私はまとまらない考えをいつまでもこねくり回していた。
【続きます】
- 68 :
- ――その後、誰からの連絡もなく、誰も戻らないまま数十分が過ぎてしまった。
時計の針がもうすぐ正午を指そうとしている。いい加減不安になってきた私は電話をかけようと思って……やっぱりやめた。
そうだ、メールにしよう。
でも……文面が思い浮かばない。あんな別れ方した後で何て送ればいいの?
…………めるめる……める……めるめる
う〜ん。打っては消し、打っては消し――――よし、これだ!
三人に送信っと♪
【理奈】『お昼は何食べますか?』←コレ
ハッ(゚ロ゚〃)
って、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!
散々迷った末にコレ≠ゥよっ?向こうどうなってるか分かんないのに!少しは空気読みなよ、私!
あー、でももう送っちゃった〜♪送ちゃった〜♪
※脳内イメージ
*'``・* 。
| `*。
,。∩ * もうどうにでもな〜れ☆
+ (´・ω・`) *。+゚
`*。 ヽ、 つ *゚*
`・+。*・' ゚⊃ +゚
☆ ∪~ 。*゚
`・+。*・ ゚
【理奈】「あは、あははははは……」
【零子】「ど、どうかしたの、神田さん?」
いえ、なんでもありません。
……メールが返ってきてくれさえすれば、本当にもうなんでも。
そんなやりとりをしていた最中――それ≠ヘ突然やってきた。
ドアを蹴破り、押し入ったるは謎の黒づくめ。彼の両手には機関銃が握られていた。あ、何かやな予感……
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ――!!!!!
素早くテーブルの下に退避。直後に撃ち込まれる弾丸の雨。私にとってはトラウマ以外の何物でもない。
ただ耳を塞ぎ、やり過ごすだけの時間が過ぎていく。
……………………
いつまでも続くと思われたその時間は、わからないうちに終わっていた。
【ゆりか】「理奈、生きてる?」
【理奈】 「は、はひ…………」
頭に被さった破片や埃を払いつつ、私は小さな声で応じる。
次の瞬間、二色の魔力光が店内を覆い尽くした。叔母さんと屋守さんがこの惨状を突貫で補修したみたい。
ホールの掃除とお客さんの記憶の消去、大急ぎでそれだけをやってしまうと叔母さんは直ぐに次の念信を飛ばしてきた。
【ゆりか】『理奈、目立さん、祝子ちゃん!……ちょっと厨房まで来てくれる?』
【続きます】
- 69 :
- 【理奈】「叔母さん、さっきのは一体何なの!?」
厨房に入ると、私は開口一番叔母に尋ねる。
【ゆりか】「わからないわ…………心当たりがありすぎて検討もつかない」
白昼から店先に鉛玉をしこたま叩き込まれる心当たりが数え切れないなんて、どれだけ殺伐とした人生送ってるんですか?
私が顔だけで突っ込みを入れていた隣で、目立さんが唇を震わせた。
【零子】 「わ、私だ……あの黒服の人……きっと私を殺しに来たんです…………!」
【ゆりか】「零子ちゃん、だったっけ?多分違うわよ」
【零子】 「……へっ?」
【ゆりか】「店内のお客さん、だーれも死んでないもの。本気でRつもりならもっと確実な手段をとってくるはずよ」
嘘……あれだけ撃ち込まれて一人の怪我人も出てない――いえ、むしろ出してない=H
【ゆりか】「これじゃまるで――いえ、なんでもないわ。少し検証してみましょう……」
※ ※ ※
撃ち込まれた弾丸や祝子さんの『鏡』の魔法による検証の結果、先ほどの襲撃者が変装した魔法少女であることがわかった。
けれど――
【理奈】「触手の……化物?」
女の子がオッサンになっちゃったり、女の子と見せかけて実は男の娘だったり――
『虚構』も『実物』もジャケット詐欺も含めて今まで色んな魔法少女≠見てきたけれど、変身後にそんな姿をしてる人なんて初めて聞いたよ。
っていうか、それ本当に魔法少女?……ううん、考えるだけ無駄だよね。魔法相手に常識の尺度が通じるわけないし、今更過ぎる。
けれど今はそんなことより
【理奈】 「捕まえに行ったほうが……」
【ゆりか】「……無駄よ。奴さんタクシー乗ってさっさと逃げたわ。追いつけるわけが無い」
【理奈】 「でも……」
【ゆりか】「被害総額は甚大だけど今回は泣き寝入りするのが正解ね。幸い死傷者は出てないし、やり過ごせるならそれに越した事はないわ」
【理奈】 「でも……!」
またやって来ないなんて保証はどこにもないんですよ……?それに――
<わたしはこの場所を護るためならなんだってするよ>
こんなの、あんまりだ……!!
【屋守】「手が無いわけでもないぜ」
【理奈】「えっ?」
【屋守】「こっちに来い、理奈。ついでのサービスだ。お前に魔犬の鼻≠くれてやる」
口元にニイィ……と歪め、屋守さんが私の頭に手をかざす。紫色の魔力光が粒子の渦を作り、顔の周りで消失した。
【理奈】「一体何を……」
【屋守】「空気中に残存している微かな魔力《オド》の痕跡を一時的に視覚化出来るようにしてやった――後は、お前が決めろ」
…………。
【悪魔からチート能力を付与される→追跡するorしない】【レスは以上です】
- 70 :
- >「あたしら舌肥えてっからね、キビ団子くらいじゃ動かねーぞ桃太郎さん!」
南雲が突撃姿勢から一歩目で上体を戻し、ブレーキをかける一瞬。
すぐ傍を駆け抜けていく影があった。
萌だ。白炎の残滓が尾を引いて、既に魔装――巨躯の格闘者へと変身を完了している。
(陽動二段重ねからの対地爆撃……これで殺れなきゃ嘘だよホント!)
この連携にあたって、萌とは特に念信や事前の取り決めなどを交わしてはいない。
つまりは完全なアドリブである。
一緒に死線を潜ってきた回数が、その濃密な経験が饒舌にものを言った。
萌は、南雲のちょっとした挙動の差異から作戦を瞬時に読み取り、最適なサポートとして行動に移したのだ。
ゆえに連携の成立までほぼノータイム。真言が気取る隙がない。
「喰らって――!!」
萌の体捌きによる至近距離でのヘイト取り、そこから空を貫くように奔る焼夷弾。
家屋一棟を火だるまに変える威力を秘めた再現武装が、黒の剣士の頭上にて炸裂した。
瞬間的に周囲の酸素が消費され、寄せては返す荒波の如く大気が揺れる。
地上二メートルの至近にて咲いた火焔の華が、その花弁で佐々木真言を包み込む――!
>「う……おォッ!!」
上がった叫びは狼狽えか――はたまた裂帛の気合か。
焼死か爆死か分かれ道、黒鴉が選んだのは道なき道の獣道。
黒の外套、インバネスコートがそれこそ夜鳥の翼の如く閃き上がり、堕ちゆく炎と激突する!
炎はまずコートを灼き、故に生まれた一瞬の間隙が、真言の命を焦がさなかった。
外套を脱ぎ捨てた少女は、炎から身を逃がす方向を、下に求めたのだ。
空間に身を滑り込ませるように、四肢を地面につけ、剣士は五体を投地する。
獣の如く。
>「キィィィイィェエエ――――――ァッ!!」
咆哮した。
屈めた身が全てのバネを解放し、膂力というカタパルトに乗せられた少女の矮躯が離陸する!
(え……速……!?)
南雲には、真言の身体が一瞬にして巨大化したように思えた。
遅れて追いついた風が頬を洗ってから、初めて超高速で肉迫されたのだと気が付いた。
だが、時既に時間切れ。真言は炎に巻かれた時ですら手放さなかっただんびらを、既に振りかぶっている。
じゃり、とブーツが砂を噛む音がした。
後ずさる自分の靴音だと南雲は思ったが、次いで響く震脚が地面を砕く音で、真言の常軌を逸した踏み込みだと気付いた。
大地から跳ね返った力が膝、腰、背、肩と各器官のバネを以て増幅され、腕と手首が確たる攻撃力へ変換する。
掲げられた刀が、その顔が映り込みそうなほど磨かれた刃が、尋常ならざる重みをもって打ち下ろされる。
>「ッダァア――――ッ!!」
理性よりも生存本能が、反射神経を通じて南雲の肩をRュした。
辛うじて間に合ったのはナイフによる防御。
真言の斬撃に、振りかぶりという予備動作があったのは僥倖だった。
予備動作無しで剣を振りぬく抜刀術を使われていれば、本能すら斬撃に反応できなかったことであろう。
分厚く鍛造されたコンバットナイフ、その峰にもう片方の手を添えて、佐々木真言が斜め上から振り下ろす太刀筋を受け止める。
――そこで南雲は、一つ大きな選択の誤りを知った。
佐々木真言が抜刀術を使わなかった意味。それは単純に、刀は片手で振るより両手で振った方が強いからだ。
強いというのは、重いという意味でもあり、同時に鋭いという言葉とも同居する。
音はなかった。
ただ豆腐かなにかに包丁でも入れるみたいに、鋼鉄製のコンバットナイフが根本から寸断された。
硬い地盤を掘ることすら想定して設計された刃をぶった斬ってなお、真言の斬撃は一切の停滞をせず南雲の懐に落ちてきた。
ぎらぎらに光る刃紋が、凝縮する時間の中で、ゆっくりと南雲の肉と血潮の中に埋まっていく――
- 71 :
- * * * * * *
『――のう坂上、魔法少女の戦闘と人間の戦闘、最も明確に異なる部分ってなんじゃと思う?』
『ええ?そりゃあ、ド派手な魔法攻撃の応酬!とかじゃない?』
『違うのお。おどれも前に言うとったが、魔法で実現できる攻撃なんてのはだいたい現代の技術で再現可能じゃ。
単純な破壊力なら戦車砲や爆弾がある。炎を出したきゃ火炎放射器がある。空を飛びたきゃ飛行機がある』
『うーん、常人には見えない、ってとことか?』
『それもちゃうのう。人気のない場所で戦っとる分には、魔法少女と人間で戦闘方法に違いはないじゃろ』
『えーと……じゃあアレかな――魔法少女は簡単には死なない』
『いかにも。魔法少女は常人に比べ遥かにタフじゃ、鎧や防弾チョッキじゃ追いつけない程にの。
そして手足の一本や二本吹っ飛んでもすぐに回復する。
即死しない限り、魔力の続く限り、魔法少女はほぼ不死身の存在と言ってもええ』
『でも、魔法核を集めるには、魔法少女をR必要があるんでしょ?
死なない魔法少女を、どうやって殺せばいいってのよさ』
『まあ、泥仕合じゃな。お互いに肉を削ぎあい、骨を砕きあい、血をすすりあい……。
気の遠くなるような傷付けあいの果てに、ようやくどちらかの魔力が付きて絶命する。
ある程度年季の入った魔法少女はそこらへんをよく心得とってな?』
『心得て、どうなるの』
『――手足の一本や二本、平気で捨てるようになる。
どうせまた生えてくるんなら、手足護る時間とリソースを、相手の頭や内臓狙いの攻撃に費やした方が効率が良い。
そういう風に考えるようになるんじゃ』
『……それはちょっと、適応しすぎじゃないかなあ』
『魔法少女として戦っていくには重要な思考法の一つじゃぞ、坂上。
不可避の攻撃に遭ったとき、自分の身体で護るべき箇所と捨てても良い箇所を瞬時に判断し、命だけは護り切る。
そういうダメージコントロールこそが、魔法少女の戦いの基礎にして奥義と言えるとワシは思う』
『できれば、そこまで順応しちゃう前に卒業したいね』
『はっは、まあそうじゃろな。新米ひよっこのおどれにゃ早い考え方じゃろ。
適当に、頭の片隅にでもメモっとけ。役立つ日が来なけりゃいいな』
* * * * * *
- 72 :
- * * * * * *
鎖骨を裁ち、右胸へと抵抗なく沈んでいく真言の刃。
ほんの寸毫にも満たぬ時間で、南雲は一つの結論を出した。
刃に押されるように、南雲もまた上体を下げる。両足を投げ出し、滑って仰向けに転ぶような姿勢をつくる。
そのまま身体をひねり、左半身を上にする時計回りのきりもみ回転。
「――っつああああ!!」
叫びは意識を飛ばさないための気付けだった。
自分の身体の右側面にぶち当てる形で高速飛行の紙飛行機を多段生成。
鎖骨を断たれ、動かなくなった右腕を紙飛行機の衝突で無理やり動かし、刀の根本へと激突させた。
真言のだんびらが振り切られる。
ざくん、とパイでも切り分けるような気楽な音。
続くのは重量のある何かが砂利に落ちる音と、粘り気のある水音。
肩口から切り取られ、さらに中央で真っ二つに切断された腕が、公園の地面に放り出された。
腕は、蒼の飛行服を纏っている。南雲の腕だった。
「ッ!」
真言が刀を振り切った直後、南雲はありったけの力でバックステップした。
距離にして10メートルを離す。彼女の額にはびっしりと脂汗が浮いている。
その右肩にはあるべきものがない。腕が消え失せ、代わりに動脈血が脈拍に合わせて虚空に放物線を描いていた。
――魔法少女のダメージコントロール。
真言の斬撃を回避不能と判断した南雲は、右肩に刃が触れた段階で一つの決断を下した。
右腕を犠牲とし、切断させることでだんびらの斬撃力を使い切らせたのだ。
鎖骨を断たれた段階で、使い物にならない腕だった。それを紙飛行機で無理やり押し出し、刀にぶち当てた。
結果として南雲は右腕を失い、しかし即死級の攻撃からこうして命を拾った。
「……こっの!!」
左手に拳銃を生成し、真言の腰から下を狙って連射する。
上半身に比べ動きの少ない足元だが、利き腕でない左で扱う拳銃の命中率などたかが知れているだろう。
牽制できればそれで良い。萌というアタッカーが活きる環境を作られれば良い。
右肩の痛覚は遮断したが、四肢を欠損した喪失感とバランス失調、失血による眼のかすみなど数々の不具合が彼女にはあった。
ふと、引き金を引きながら思うことがある。
(あれ、なんでわたし、こんな痛い思いしてまで必死こいて目立ちゃんを救おうとしてんだろ……?)
目立に恨みはない。だが、恩があるわけでもなければ特別親しい友ということもない。
ただの、知人程度の関係――いや、向こうからすれば知史の仇なのだから、敵意すら持たれていてもおかしくはない。
南雲が目立を救う理由なんか、どこにもないはずなのに。
- 73 :
- 真言は強い。南雲達が束になってかかってようやく互角か少し下といったところだ。
純粋な魔力量の差も然りであろうが、一番はやはり覚悟の差なのだと思う。
南雲は真言から斬撃を受けた際、彼女の拳を垣間見た。
少女の手とは思えない、傷と、汚れと、角質化した皮膚によって覆われた獣のような手であった。
それこそ、おぞましくなるほどの反復した鍛錬でも積まなければ形作られない手だ。
そして挙動の読めない気配隠蔽から繰り出される、一切の無駄と迷いのない太刀筋。
どれほどの反復を行えば、小柄な少女が淀みなく剣を振れるようになるのだろう。
どれほどの覚悟があれば、ただ剣を振るうという行為をあのレベルに練り上げられるのだろう。
……わたしには、覚悟が足りないのかな。
何が何でも目立を護る、といういう迫真性がないから、真言に気迫で負けている。
中途半端な戦術で、敵の手痛い反撃を呼び込むことになる。
南雲は目立を守りたいのではなく、目立を見捨てることによって発生するデメリットを嫌って楽園派に協力していた。
信念としての魔法少女。
打算で積み上げられた土台の上に、信念という城は築けなかった。
そして彼女は、己の打ち立てるべき信念を持たずにここまで来た。
だが敵は、真言は、確たる信念を刃に纏って戦いに臨んでいる。
だから強い。だから怖い。
怖い。
『怖っ……!いま、死にそうだったよわたし!右腕もどっか行っちゃったし!血とかすごい出てるし!怖っ!!』
凝縮された時間の中では、喉が遅くて言葉が出てこなくて、仕方ないので念信で叫んだ。
気が付けば、僧帽が滂沱の涙で川を作っていた。
泣きながら、しかし左手は銃撃を止めることはない。
『たったいま気付いたんだけど――殺し合いってめちゃくちゃ怖いよ!だって殺られたら死んじゃうんだよ!?』
念信はオープンチャンネルで、つまりは真言にも駄々漏れだ。
そんなことにすら気付く余裕もないまま、南雲は己に芽生えた感情をぶちまけた。
『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
それは、自分自身への自問自答に近かった。
飛行服のポケットの中で、メールを知らせて携帯電話が振動した。
【真言の即死級斬撃を右腕一本にダメージコントロールして持ちこたえる】
【真言へ向けて拳銃を連射しつつも初めて受けた大ダメージに狼狽え気味】
- 74 :
- 黒い線。
高速で落下した焼夷弾は強化された萌の視力でもそう見えた。
そしてそれは地上で黒と接触し――次の瞬間、赤が弾けた。
>「う……おォッ!!」
巻き込まれぬように一歩退いた萌を、雄叫びとともに黒が追う。
加速された思考で置き換えても一瞬。
真言が斬りかかってきたと判断した萌は距離を潰すために前に出た。
(――服、だけ!?やべっ!)
無論、その判断は誤り。
だがとっさに顔の前に腕を立てて隙間を作る。
切っても突いてもそうそう堪えない魔法少女だが、息ができないとなるとやはり苦しい。
意識を失うところまではいかない場合でも、思考や集中を乱されるのは止められるものではない。
しかし呼吸は確保できたが視界は塞がれたまま。
コートを引きちぎる、その一瞬ですら怖くて仕方がない。
闇の向こうから"猿叫"が聞こえてくるのだから。
新撰組局長、近藤勇。
士道不覚悟という名目で局員を切腹させることを趣味としていたこの男をして、
「何をしても初太刀は外せ」と言わしめた剣術がある。
――自顕流である。
恐らく得物からすれば真言が修めたのもこれであろう。
少々武術に詳しいと言ったレベルの人間ですらよく知るところのこの剣術は、
とにかく全力全速で撃ち込むという何もかもを削ぎ落した術理の上に成り立っているものだ。
猿叫とは自顕流に特有の掛け声で、誤解を恐れず言ってしまえば狂人の雄叫びである。
そんな大声を出しながらひたすら木刀で木をぶっ叩くというやかましい鍛練の故、
周辺住民からの苦情が寄せられ移転を余儀なくされた道場も実在する。
動画などでその風景だけ見るのであれば、正直なところ笑ってしまうようなものだ。
だが。
相手より先に動いて斬る。
相手より後に動いても先に斬る。
相手が防御してもそのまま斬る。
上記を理想として終えるのではなく、その鍛錬を通して実際にやってしまう。
それが自顕流である。
で、あるからして。
視界が開けた時、振りかぶった、いや既に振り下ろした真言の姿があるのでは。
そう覚悟していた萌の前にはしかし焦げた地面があるだけだった。
先ほどの一瞬よりもなお短い時間で事態を把握して振り向く。
>「――っつああああ!!」
その目に映ったのは、またしても赤だった。
- 75 :
- 真っ白い紙飛行機の群れが南雲を横合いから殴り飛ばす。
間合いを切り直したその姿からはあるべきものが欠けていた。
右腕が根本から綺麗になくなっている。
つまり、真言はより近くに居た萌を無視して南雲に斬りかかったわけである。
自らも無傷ではないにもかかわらず。
(なるほど、あたしゃ後回しでも構わんと。なるほど……)
確かに、真言の立場で考えればまず排除すべきは南雲であろう。
能力的に咬み合わない相手なのだから、機があるなら逃すべきではない。
一方、萌とは能力的に噛みあうし、その上で地力が違う。
それは認めざるをえない厳然たる事実である。
しかし、そんな理屈をすべて脇に追いやったとしよう。
残るのは当然、感情だ。
同じ土俵の相手に"軽んじられる"のは我慢がならない。
本当に価値のない、純度百パーセントのわがままである。
だが心中にそれが芽吹いてしまった以上、もはやその生育は止められはしない。
我を見よ。我を見よ。我を見よ。
ぎりぎりと歯が鳴る音がしたが、それはすぐに銃声にかき消される。
南雲は腕ではなく銃を生成して真言へ向けていた。
>『たったいま気付いたんだけど――殺し合いってめちゃくちゃ怖いよ!だって殺られたら死んじゃうんだよ!?』
『あんた人の腹に鉛玉ねじ込んどいて今更それ言うの?!そんでまた当てるつもり!?』
ひどい精度の援護射撃の隙を突いて踏み込みながら悪態をつく。
置いた足でそのまま舗装を踏み抜き、蹴り上げる。
コンクリートやアスファルトが散弾と化して真言のいた空間を襲う。
つまり、かわされた。
しかし萌は結果を全く見ずに動作を継続。
上げた足を再び地面へ下ろし、それを軸足としてさらに前進。
逆の足を思い切り外に払う。
綺麗にさばかれた南雲の腕が、持ち主の元へ帰っていった。
別にぞんざいに扱ってやろうなどという邪心があったわけではない。
手で拾って持って行ってあげることなど到底できそうもなかっただけだ。
>『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
向き合ってやりたいのは山々の疑問だが、何せ状況が悪い。
どうしても突き放す格好になってしまう。
さて、知るかと言いはしたものの、萌には理由がわかっている。
練り上げた心身の強さを、学んだ技の正しさを、自らを顕す。
などと表現すれば格好はつくかもしれないが――
要は"始めてしまった以上、負けるのは嫌"なのだ。
空手、剣道、柔術にボクシング、もちろんムエタイ。
素手で、あるいは武器を用いて殴りあい、骨を折り合うような行為を始める動機は人によって様々だ。
しかし、"続ける"理由が他に考えられるだろうか?
- 76 :
- とはいえ伝える暇はないし、あくまでも個人の理由なのだから伝えた所で南雲の疑問は晴れはすまい。
南雲が求めているのは、南雲自身の答えなのだ。
ここで萌がまず考えるべきは――負けないためにどうするか、である。
考える。
(リーチ:論外)
考える。
(速度:素手と刀でなんとか互角)
考える。
(威力:考えたくねー。勝てる要素ひとつもないじゃん……)
ウラジミール・クリチコというボクサーがいる。
地元ウクライナや活動拠点ドイツでは凄まじい人気を誇っているが、それ以外の国ではさほど人気がない。
なぜか。
やっているボクシングがつまらないからだ。
変身後の萌にも勝る巨体を用いてしっかりとガードを固め、長いリーチでワンツーを突く。
基本的にやることはそれだけ。KOばかりの戦績だが、地味な印象は拭えない。
では地元で人気がある理由は?
ごくごく単純、ひたすら強いのである。
一部過激なファンからは"それのみが真のボクシング"と言われるヘビー級という階級にあって、
四団体のタイトルを保持している文字通りのスーパー王者だからだ。
でかい+早い+重い=強い。誰にでもわかる足し算。
真言はなりは小さいが、身の丈ほどの段平でリーチを稼いでいる。
それを棒切れのごとくに振り回し一瞬で十メートルを詰める速度も持っている。
そして斬り飛ばされたナイフは一撃の重さを物語っている。
"強い"要件は存分すぎる。
勝とうというなら、せめてどれか一つだけでも殺さなければならない。
萌はガードを上げた。もちろん腹が開く。
それから真言の右手側へと滑るように動く。
通常、剣術においては剣士から見て右のほうがいささか危険域は広い。
剣術の型が右利きの人間が使うことを想定して組み立てられているからである。
つまり、萌の狙いは明白。誘いだ。
刀を振らせる。それを止める。いやでも隙ができる。
これまた単純な計算式である。
目にリソースを振って軌跡を追う。
当たる箇所の皮膚にリソースを突っ込んで硬化。
それ自体は可能だ。"その先"も決して絶望ではない。と思う。
皮膚が熱を持つ。蟻走感が起きる。
萌はこの感覚を知っている。殺気だ。
「……ッッしゃあ!!」
それを振りきって、さらに一歩を踏み込んだ。
【肉を切らせて骨も持ってかれそう】
- 77 :
- 意外に思われるかもしれないが、今回の接触において、黒木は最大限友好側に天秤を傾けていた。
接触する勢力がどのような目的を持ち、どの程度の規模なのか十分に図れない以上、最初から交戦をちらつかせるのは下策でしかないからだ。
だからこそ、彼は『初期段階』では武装をしていなかったし、いきなり戦闘を仕掛けず、まず声をかけて『接触』したのである。
楽観的な予測では、それこそ彼の発言のとおり『歓談』が始まってもおかしくなかったのだが……。
>「歓談だぁ?てめーは頭脳が間抜けか、目の前の壁に張り紙が貼ってあるだろーが。
> ――『図書館ではお静かに』、だ。このスカタン」
「ふむ、これは失敬」
黒木は口をつぐむ。
なるほど、黒木の視界には、確かに男の言う通りの張り紙(口の前で×字型に指を交差させる少女のイラスト付き)が映っていた。
だが、この男(様子を見るにオセロに興じていたようだが、対戦相手が見えないのはどういうことだろう?)も、本気でこの張り紙を
根拠に黒木を非難しているわけではあるまい。
彼はこう言いたいのだ……お前と歓談をする義理など、存在しない、と。
「……しかし、スカタンは酷いねえ」
黒木はぼやく。彼にとって、ストレートな悪口は霧雨のようなものだった……たまに浴びる分には気分が変わっていいが、好んで受けたいものでもない。
ちなみに、ぼやきは黒木の数少ない癖だ。真偽織り交ぜたぼやきで相手を煙にまくのが、彼の会話スタイルである。
>「そうね。法律なんかいくらでも違反してくれて構わないけれど――みんなで決めたマナーぐらい守りなさいな」
と、突如割り込む少女の声。解放される魔力。同時に、黒木の眼鏡にいくらかの光の文字が浮かび、黒木に情報を与える。
『Main core:"Sleeping Beauty"
Sub core :none
MP rate :1600』
大饗いとりの固有魔法の一つ、《我が名は魔女-コールドウィッチ-》が付与された、『魔法少女を認識し、その能力を解析できる眼鏡』。
賢明な読者諸氏は、かつて登場した黒服の男たちが全員サングラスをかけていた事を覚えているだろう。黒木のみ度入りの眼鏡だが、本質は同じだ。
眼鏡型の解析アイテムは、黒木を含めた黒服の男たちの基本装備にして、最大の奥の手の一つなのである。
本来存在する認識撹乱を無効化するのみならず、相手の手の内が戦う前から分かってしまう。スカウターよりなお酷い。
普段黒木たちがワゴン車内で使用している解析装置はより遠距離から、より詳細な解析結果の表示が可能だが、持ち運びに難がある。
眼鏡型とは一長一短。互いに組み合わせる事で真価を発揮できる、という寸法である。
(余談だが、草枕夜伽の魔力解析のコードネームと彼女自身が魔法に付けた名称が一致しているのはただの偶然である。
さすがにエルダー級の解析魔法といえど、魔法少女個人の趣味を読み取る能力まではない)
黒木は無言。表情は飄々としたままだ。
ここまでは、草枕夜伽の存在も含めて予測の範疇である。問題は、彼女たちが『何を思ってここにいるのか』……。
- 78 :
- >「こいつは魔法少女じゃないわ。だけど、魔法少女の魔力をその身に宿してる。つまり、」
>「"使い魔"か――!」
「使い魔」
黒木はきょとんとした顔になった。が、それも一瞬。すぐに笑顔になる。
その表情は、幼児が車をブーブーと呼んだ時に父親が見せるものに似ていた。
「なるほど、使い魔。魔法少女だけに、か……いや、失礼。馬鹿にするつもりはないのだが、その手の単語にはこれまで縁遠かった物でね」
笑顔を浮かべたまま、彼は言う。
「正解だよ。もっとも、私達は『端末』と呼んでいたが……使い魔もいいな。進言してみようか」
もっとも、それが聞き入れられる事はないだろう、と黒木も理解していた。
大饗いとりがその名称に至った事には、それなりに理由があるからである。それが読者諸氏に対して明らかになるかは、定かでないが。
>「人間を使い魔にする魔法、ってところね。しかも、あたしの魔法がまったく効いてないところを見るに、
> ここへ来る前になんらかの対抗魔法を仕込んできた。――あたし対策を施した使い魔を送り込んできた!」
>「こいつの親玉は、ここで罠を張ってるのが夜伽だってことまで知っていやがるってことか」
「(いい読みだな)」
黒木は、今度は口には出さず思考する。
今の彼の装備には、能動的に念話を送る能力はない。だから、個人で思考するだけだ。
さらに言うなら、彼の主人である大饗いとりも、相談する相手はいない。彼女と同格で思考できる存在は、彼女の世界には彼女だけだ。
「(一般人を無差別にまきこむ手管から魔法馬鹿かとも思っていたが、なかなかどうして頭も回る。
私が対抗手段を持っていなければそのまま捕獲するつもりだった訳か。いや、怖い怖い。"O"には感謝しなくては)」
だから、気がつくのが遅れた。
「(……待て。私達が彼女の魔法対策を行った事を彼女は知った……だが、
『彼女は私達が魔力解析を行える事を知らない』。むろん、教える義理もないが……その結果、『彼女はどう考える』?)」
回答は数秒後、他ならぬ彼女からもたらされた。
>「あたしの能力を知っている。夜宴のデータベースを閲覧でき、かつ野良試合禁止のルールが適用されない者。
> イコールこの黒服の『本体』は――"夜宴狩り"の公算がバリ高なのよ!」
「……ふむ」
黒木は描写が困難な表情になった。
仏頂面、というには感情がにじみ出すぎ、苦虫をかみつぶしたような、というには無表情に過ぎる。
誤った根拠を元に追及してくる検察官を見る容疑者の表情、とでも言うべきだろうか。
草枕夜伽の推測は、確かに理にかなったものだ。彼女の知りえる情報の範囲においては唯一の解と言っていいだろう。
問題は、彼女の知りえないファクターが存在しており、そのファクターが本来の解に占めるウェイトが非常に大きいことだ。
『夜宴の情報データベースによらない魔力解析手法』。
大饗いとりの握るこの手札が、双方の計算を狂わせていた。
草枕夜伽の高らかな宣言と同時に、哀れな犠牲者たちが立ち上がり、黒木を取り囲む。
それを目の当たりにしてなお、黒木の表情はそのままで固定されていた。
- 79 :
- >「『スリーピング・ビューティー<ナイトウォーカー>』。 〜
夜伽の細やかな説明をよそに、黒木は一瞬意識を自らの内に向けた。
黒木は問う。自らの主に、『彼女』への対応を。
帰ってきたのは簡潔な一言だった。
>「さあ、答えなさい。あなた達は一体何者で、この街で何をやろうとしているの?
> 口を噤んだって無駄よ。解呪の方法なんていくらでもあるんだから。
> 『歓談』は既にッ!『尋問』に変わっているのよ……!!」
あるいは、黒木が自らの持つ情報を開陳し、素直に協力を求めるという手もあっただろう。
だが、彼女に……大饗いとりに、それを許す気はなかった。
「『尋問』」
オウム返しに、言葉を返す。と同時に、両手を交差させるように動かし、両袖のカフスボタンを複数起動させる。
黒木に課せられたのは、極めて困難な命令だった。だが、それを拒否する事は黒木の選択肢にはない。
故に、尽力する。主命に対し、全力で。
「それはいいな。そうしよう」
夢遊病で歩く3人の男たちにより、一瞬黒木と夜伽の間の視線が遮られる。
次の瞬間、3人が、時間差をつけて跳ね飛ばされた。
まずは両端の二人が、何かがはじけるような音とともに後方に。
次いで、中央に残っていた一人が、打撃音と同時に横薙ぎに。
後者は分かりやすい。筋力、瞬発力の強化された黒木の中段回し蹴りが、男の脇腹を薙いだのだ。
少々骨か臓器にダメージが残るかもしれないが、黒木の知った事ではない。
それに、最初の二人に比べれば、まだしも彼は幸運な方だろう。
最初の二人には何が起きたのか。それを知る手掛かりは、黒木の両の手にいつの間にか握られていた、長さ30cmほどの2本の棒状の物体だ。
よく見れば、それぞれの棒の先端には二つの金属端子が伸びており、その隙間を繋ぐように白色のねじ曲がった線が蠢いていることが分かるだろう。
さらに、跳ね飛ばされた二人は、びくり、びくりと不規則な痙攣を繰り返している。
それはまるで、理科実験に使用されたカエルのようで……。
……電磁警棒(スタンロッド)。
それも、人道上の配慮を欠いた、高圧、高電流の代物だった。
もちろん市販などされているはずもない。魔法の産物だ。
あわれ、電撃の直撃を受けた二人がどうなっているか、想像に難くない……いや、想像したくない。
自己強化(身体能力)、自己強化(想像力)、物質生成(スタンロッド×2)。
3つ(正確には4つ)の魔法を同時に発動してなお、余力がある。大饗いとりの端末たる黒服の男たち、その班長クラスの実力が、これだ。
本来、エルダー級と正面からやりあうという事態でもなければ、そうそうやられる事はないだけのスペックなのである。
「……さて」
黒木は改めて構えをとる。夜歩くだか何だか知らないが、ザコでは相手にもならない。が、本丸なら別だ。
「宣戦布告はお互い済ませた、と認識して問題あるまいね?」
黒木は床を蹴った。
魔法少女といえど、一般人の意識を『刈り取る』だけの電圧、電流を持った電撃を流されればどうなるのか。
何の対応もしなければ、草枕夜伽は身をもって検証する羽目になるだろう。
【黒服の男(黒木):交渉決裂。接近してきた一般人をさばき、夜伽に接近を試みる】
- 80 :
- 一瞬の攻防だった。
佐々木の斬撃は裂帛の気合を持って振り下ろされ、南雲のナイフとかち合った。
だがしかし『防御されたならば防御ごと斬り伏せる』という佐々木の斬撃は、ナイフを蝋細工のように引き裂いてしまう。
そして、その防御を無意味に帰しながら、白刃は皮膚を裂いて、肉を割って行った。
「――カァッ!!」
ざくり、白銀が駆け抜け、皮膚を裂き、肉を割き、骨を断つ感覚が刃の先まで繋がっている錯覚から感じられる。
いつも通りだ。毎日何度も、何度も何度も巻藁に全力の斬撃を振りぬき、一刀の元に斬り伏せてきたそれと一緒だ。
己が悪と断じ、迷うこと無く切り裂いてきた前途有る己とそう歳の変わらない少女たちを切り伏せたそれと一緒だ。
だから佐々木は――、その感覚に意識を奪われること無く、目を見開きながら残心し、己の行動の帰結を目の当たりにした。
(――それが出来るという事は……、紛れもなく魔法少女としては正しいということ。
そして、その選択は正しいし、賢い。私だって間違いなくそうしていた。
なら、私がすべき行動は――――)
「う、オァッ!!」
右の手を柄から離し、バックステップをする南雲に向けた右腕を跳ねあげてみせた。
飛ぶのは銀色。小柄を咄嗟に投擲武器として選択し魔法で生成、引く相手に合わせて投擲したのだ。
小柄とは日本刀の鞘などに付属する、ごくごく小さな短刀の事だ。剃刀としてなども使うが、咄嗟の暗器として使用される事も有った。
直打法により殺傷力を保持できる最大の射程は10mが精々だが、佐々木の場合は別。
肉体の限界など考慮されないその鞭の様な動きと、念動力により手元で物体が加速される事も相まって、ちっぽけな短刀は一閃の矢と化して飛翔する。
攻撃の狙いは――相手の右肩。傷口に異物を押しこむことで、相手の治癒を阻害し、傷に意識を向けさせる事を意識した一手。
>「……こっの!!」
怒りとともに乱射される南雲の弾丸。小口径ながらも、その連射速度は中々のものと言えて。
膝を駆使した、鍛錬の結果がもたらす足捌きによって弾丸を捌きながら、佐々木は機を伺う。
濡羽色の瞳はあらゆる感情を写しこむこと無く、只ひたすらに戦闘に置いて正しい判断を思考し、実行に移していく。機械の如くに。
袴を数発の弾丸は貫通していき、足の皮膚を抉り肉を飛び散らせる。だが、表から見れば袴の中の足がどうなっているかは分かり難い。
痛みを遮断し、負傷に因る体捌きの変化は念動力で補うことによっておくびにも出さない。
傍から見ていれば、人を切り裂いても顔色一つ変えず、猛禽の様に獲物の隙を伺うサイコパスにしか見えなかったことだろう。
実際問題、その見方はそれ程間違っているとは言えないのが確かなところである。
「……まだ、ま、だ」
最初から変わらぬ、朴訥とした口調で佐々木は真っ直ぐに南雲の瞳を見据える。
そして、相手のその行動、視線の動きから弾丸の乱射は闇雲なものではないと理解。
ならば次に来るべきものは一体何か。佐々木は思考を巡らせるまでもなく、その結論に至った。
- 81 :
- 佐々木が一人結論を叩きだした最中に、己の脳裏に今先程腕を切り落とした女が怖いと叫び、疑問を響かせていた。
その疑問は、佐々木にとってはとても懐かしいもので、鋼で覆った心に僅かな痛痒を覚えさせた。
だからだろうか、
>『こんな痛くて怖くて苦しいこと――どうしてできるの?』
『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
足を貫通した鉛球の痛みにも、痛みはなくとも盲管銃創に潜り込んだままの吐き気を催す違和感にも。
佐々木は願い′フに歪んだままでも微塵も揺らぐこと無く答えを返す。
普段であれば戦闘中の念話などする相手も居ない一人の戦場だが、今の佐々木は違う。
一人では戦えぬ戦場に行くために、一人で無くなるために今ここに居る。だから、相手の言葉に答えてみせた。
佐々木が一人で進み、歪み、それでも信念だけを信じて魔法少女をしてきたのは、願いが有ったから。
そして、その願いを生んだ想いが体を、心を支えたからこそ、佐々木は修羅に落ちながら人を捨て切れていない。
恐らく、人が人でなくなるのは、魔法少女が人を辞めるのはきっと。
願いの輝きも美しさも何もかもを擲ってでも、願いというカタチ≠求め始める事から始まるのだろう。
その点で言えば、腕を捨てる選択を迷いなく出来たとしても、笑いながら人を機銃掃射したとしても。
願いの尊さを、願いの輝きを、信念≠フ尊さを忘れていないのなら、それらを捨てていないのならば。
まだ、その人物は人間で、ついでに迷うことも出来るなら、世間一般の基準とは異なるかもしれないが――悪人であるはずが、無い。
佐々木の思考は、戦場の判断の中で散け、より実践的に回されていく。
だがそれでも、南雲のそのオープンチャンネルで駄々漏れの心の叫びは、感情は。
好ましいもので、懐かしくて、何処か胸の痛むものであったのは間違いなかった。
そしてその直後に萌が動く。此方に向けて距離を詰めながら、足で南雲の腕を蹴りあげ、南雲の方へと送り込む。
良い連携だと素直に思う。その手の行動は、魔法少女を初めて以来、一度として経験していなかった。
目の当たりにすることは有ったし、誘われることも有ったが、全部それらを切り捨てて斬り伏せてここに居る。
だからすべきことは変わらない。
(相手より速く斬って、相手に勝つ。それだけ)
それだけとはいっても、相手は魔法少女、それも萌は武術の心得を携えている。
ムエタイは戦場格闘技だ。佐々木の祖父から聞いたおぼろげな記憶の中にもその強さは語られていた。
通常の格闘技に置いて膝と肘の使用が禁止されている理由も知っている。
要するに、当たれば危険で、当たりどころが悪ければ死ぬこともありえるから膝と肘の使用は禁止されている。
逆に言えば、上手く当てれば簡単に相手を殺したり傷つけたりすることもできるということ。
武術とは極論相手を効率的に破壊し、無力化し、場合によっては殺害せしめる為に有る。
その点に置いて、徒手の中でムエタイという武術は一つ抜きん出たポテンシャルを誇っていると言っても良いだろう。
変わって佐々木の流派は、自顕流にとても近い流派ではあるが、実際はそこから派生した流派の一つだ。
その名は、薬丸自顕流。またの名を、野太刀自顕流とも呼ばれている流派。
その特徴は自顕流と酷似したものではあるが、さらにそれを突き詰めたものといっても良い。
実戦派の中の実戦派、他の流派の様なややこしい精神論すら存在せず、実戦派の自顕流のそれよりもシンプルだ。
唯一掲げるのは、「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」という一撃必殺の精神だけ。
裂帛の気合で一撃で相手を斬りR事だけを考えて鍛錬し、実戦でも一撃で相手を切り伏せる事だけを考える。
此方は、死合という点だけで見れば、どの流派よりもそれだけに特化した流派の一つと言える筈だ。
互いに実戦に向く性質を持つ武と武のぶつかり合い。
しかしながら無手と武器では、三倍段という壁が立ちふさがるのが異種格闘の定め。
だが、それは普通の人間であればの話。佐々木真言も、奈津久萌も――魔法少女だ。
そして、佐々木は一人だが、萌達は一人ではない。勝負の行方は、それらの要因が決めることとなるのだろう。
- 82 :
- (……これは、誘い。……そして、相手は私の流派を看破している筈。
だけど、まだ私の手札は――出し切ってない、ここからが始まり、だから)
相手が此方に向けて誘いの動きを見せたのに対して、佐々木は腕をだらりと下げた構えを取った。
そう、相手の視線は白刃を追おうとしただろうが――白刃は、そこにはない。
なぜなら佐々木は、刃を振らなかったから。それでも、佐々木は殺気だけを全力で萌に振りかざした。
相手ならきっと、この殺気に答えてくれるだろうことを信じていたからだ。
>「……ッッしゃあ!!」
そして、予想通り萌は此方に向けて動き、一歩を全力で踏み込んだ。
それに対して、佐々木が取った行動は、シンプル。
「ッ」
その移動の軌跡に刀を跳ね上げるように放り投げたのだ。
あまりにも無造作な動き、先ほどの殺気とは決して繋がらないようなその突拍子もない行動。
相手の機に対して、此方の機を合わせずずらす事で、相手が戦端を開き引きこもうとした戦いの流れを此方に引きこもうとしたのだ。
前身の先には切っ先を萌に向けた段平が一振り、そこに放られて宙に一つ。しかしながら、それはあくまでも次への布石に過ぎない。
体をひねった佐々木の左手には、鈍い灰色の何かが握られていた。そして、それは全身運動で前方へと振りぬかれ、一筋の線を宙に引く。
「ぬ、ウリャアアアアアアアァッ!!」
投げ放たれたのは、ただの石だった。
しかしながら、ただの石と舐めてかかってはならない。
かの大剣豪宮本武蔵もまた、投石によって負傷をし、撤退をしたという逸話すら存在するのが投石。
武田信玄の家臣である小山田信茂などは投石隊すら率いていたというのだから、その強さは折り紙つきと言える。
冷静に考えれば、プロ野球選手のストレート並の速度で石が投げられ当たれば人は死ぬ。
ましてや、佐々木や萌など、身体能力に特化した魔法少女が全力で投石をすれば、それはもはや石ではなく弾丸で間違いない。
全身を使いながらの腕のふりと、手元の念動力の力場による加速で打ち出された石くれは、凶器と化して萌の顔に向かう。
狙いはダメージよりも、斬撃以外の攻撃手段も存在すると示すことで、相手の脳裏に警戒の種を撒くこと。
相手が慎重になり、動きや思考に迷いが生じれば生じるほど、佐々木の真価は純粋なものとして発揮されるのだから。
無表情を最初から崩すこと無く、淡々と相手の行動に対処し続ける佐々木の振る舞いは、揺らがぬ大樹のそれ。
ただ大樹と異なる点は、防御を考慮せず高速で移動しながら全力の斬撃で人を斬り伏せに回るという点だろう。
しかし、佐々木の殺気は何処か甘い。先の佐々木の言葉は覚えているだろうか。
覚えているならば、佐々木が南雲を真っ先に追い殺しにかからなかった理由も、萌の誘いに素直に乗り殺しにかかりにいかなかった理由も分かるかも知れない。
- 83 :
- 【真央】「…はぁ?」
塞守真衣による突然の勧誘行為と自己紹介に対し、西呉真央は呆気にとられた表情を浮かべた。
某匿名掲示板における古式ゆかしい記号表現に置き換えるならばこんな感じか。
(゚Д゚)ハァ?
【真衣】「――――」
即興にしてはおよそ最高の口説き文句を並べてみせた(つもりの)塞守にとって、彼女の反応はやや冷淡に思えた。
表情にこそ出さないものの、魔法少女・特務准陸尉・14才の胸には微かな寂寞の念が刻まれていた。端的に言おう。ちょっぴり傷ついている。
もっとも、いささか大仰な言い回しであったかなあという自覚は塞守にもあり、且つ話があまりに急過ぎる。西呉の反応は極めて常識的だったと言わざるを得ない。
取り合えず、捨て身のブチかましは成功だ。状況はフェイズ3へと移行する。思春期の感傷など犬にでも喰わせればいい。掃き溜めに捨ててしまえ。
細い鉄骨を渡りながら、要塞はゆっくりと対象に歩み寄る。西呉は顔に困惑の色を滲ませ、手のひらを見せて「ヘイ、ストップ!」という態度をとった。
【真央】「あ〜…先に2、3聞きたいことがあるのですが、答えてくれませんかね?」
【真衣】「ええ、何でも聞きなさい」
【真央】「まず聞きたいのは(中略)まぁこんなところでしょうね…とにかくこの質問に答えないかぎりこの話は先には進めませんよ。どうします?」
どうするも何も、答えないわけにもいかないだろう。
逆に何の疑問も挟まずに承認されてしまっていたら、それはそれでこっちが困っていたところだ――塞守はそう考える。
冷たくあしらわれれば寂しがるくせに、乙女心、否、中二病とはげに難儀なものだ。
塞守は頭の中で西呉の質問を項目別に整理した。
・私が何を願ったか貴女方はご存知なんですしょうか(原文そのまま)
・むしろ自分の何を知っているのか?
・何故自分の力が必要なのか?自分は将来の敵になりかねないにもかかわらず。
・国がバックにいるなら、あの手この手で魔法少女部隊でも作れるんじゃないのか?
・IMC(中央情報隊)は自分に何を提供出来るのか?
【真衣】(…………『2、3』?)
「端役にたずねても無駄」と吐き捨てておきながら、一体コレはどういうつもりなのか。
だが、ここで彼女の言葉を間に受けて感情的に楯突いたところで何の益もない。相手は自分よりもはるかに強大な魔力を誇るエルダーなのだから。
確かに塞守は自分の言ったとおり組織内部から見れば枝葉の存在である。が、今作戦及び国内の対契約者司令部においては重要な役回りを任されている。
そこまで舐められる筋合いは無かったが、民間人である西呉真央には預かり知らぬことだ。
塞守は己の矜持を保つべく、これら一つ一つの問いに対し詳細かつ丁寧に答えようとして――――――止めた。
何かがおかしい。質問に込められた別の意図を読み解くべく、冷静に思考を働かせる。
ひとまずこれらの問いかけは根底の部分においてリンクしている。まとめて答えることが出来るだろう。
【1/3】
- 84 :
- 【真衣】「……動揺しているのはわかるけれど、もう少し落ち着いて喋りなさいな。
あなたの願いは既に言ったはずよ、西呉真央。『世界の破壊』――今の世の中を否定し、新しい世界に作り変える事よ。
そこでとぼける事に何か意味でもあるのかしら?
意外に思う?実はそうでもないのよ。
あまり興味が無いだろうから簡単に済ませるけれど、魔法少女の見た目(魔装)は願いのきっかけ≠ノ深く関わっているものなの。
『今の自分に対して否定的な感情を持った人間』ほどその度合いや傾向は顕著に現れる。
疑似科学的な言葉で申し訳ないけど、【防衛機制】という考え方をご存知かしら?
人間は多かれ少なかれ変身願望というものを持っている。自分ではない自分に対し、今ある現実に別の可能性を求めるように。
悪魔による魔法少女という「役割」はそれを実現させるためにとても便利なシステムと言えるわ。
わかりやすいのがまず服装の交換。なりたい職業や自分が最も強くて美しいと感じられる、理想的な姿を取るタイプ。
既存のキャラクターを模倣する場合もあれば、私のように機能性を重視したフォルムをとるもの、とにかく可愛い格好になる娘が大半かしら。
次に、瞳や髪の色が変色するタイプ。……心のどこかで今の自分が好きではない人間が多いようね。
自分が倒してきた子と魔法核に込められた願いを比較してみるとだいたいそんな感じだった。神田理奈や坂上南雲も案外このタイプかもしれないわ。
そして最後が肉体そのものを変化させてしまうタイプ。自分だけでなく、自分の外側≠ノ対しても変化を求めている人間と言ったところね。
奈津久 萌の変身後の姿、見たことあるでしょ?まるで大男。
何を願ったか知らないけれど、自分が女性であることに何らかの不満やコンプレックスを抱えている可能性が高いと推測されるわ。
最後に――――西呉真央。あなたはヒトの姿を取る事すらしなかった。
人間≠ニいう社会≠フ否定。己が願望を叶えるその最も適した存在として、あなたは怪物の姿を選んだのね……。
『自分が変われば世界が変わる』……まるである呪術師の説いたその言葉を体現するかのように、ね」
――風が吹き抜けた。塞守はたなびく髪を手で抑え、わざとらしく眼を細める。
【真衣】「間違ってると言うなら、きっぱりと否定すればいいわ。『全て当てずっぽうだ』ってね。
けれどあなたはそうしなかった……それどころか、『自分は将来の敵になりかねない』と我々≠ノ対して言ってみせた。
これってあなたの『願い』がそういう(反社会的な)モノだって、遠まわしに認めたってことよね?」
塞守が今とっているのは狡猾にして稚拙な誘導尋問であった。
だが、これは西呉の立場を危うくさせる為のものではない。彼女は自分自身が孕んでいる危険性を先に排除する必要があったのだ。
確かに無線機の音量を絞れば上司に声は聞こえないはずだ。だが、塞守はまだ己の会話が盗聴されている可能性を考慮している。
いや、間違いなく聞いていることだろう。西呉と接触するにあたって――塞守はまず味方を欺かねばならない。
【真衣】「……まあ、そこはいいわ。実際はあなたが何を願ったかなんて話はさして重要ではないの。
目下優先すべき事項は『夜宴』が国内の秩序を乱しうる存在になりつつあることと、あなたがそれに属さない契約者として最も大きな実力を有していたという事実。
――それがこちら側の事情よ。一時的な同盟関係というわけ」
故に、西呉が『もう一つの用件』を尋ねてきた瞬間、塞守は口元に薄く笑みを浮かべた。現代科学に魔法少女の念信を傍受する手段は無い。
良い共犯者を得るには秘密を共有することから始まる。西呉は塞守の本意を察していたようだ。
だが西呉の態度を見るに彼女が必要としているのは仲間を得ることなどではない、むしろ――
<あなたの想像以上に強大かつ深遠…ですか>
<まるで違う脅威がさも存在するような言い方ですね>
<知っているのなら教えてほしいものです>
これらの情報だろう。
【2/3】
- 85 :
- 【真衣】「魔法少女部隊……か。あなた、面白い事を考えるのね。自分がどうやって契約者になれたのかをもう忘れたの?
あの手この手を尽くしてやってる事がコレ≠ネのだけれど……魔法少女について何か安定した生産手段があるなら教えて欲しいぐらいだわ」
『逆に言うと……そこから先のことは考えていないわ。彼ら単にあなたを監視しやすい場所に置きたいだけなのよ――いつでも処理出来るように、ね』
「話を戻すけど、あなたについて知ってることは例えば【あなたが何処に住んでてどの学校に通い】【どの程度の頻度で休学しているか】とか……」
『私の姉はそうして殺された。米軍の実験材料にされた末、最後に自ら命を絶つことを選んだの……』
「【あなたの母親がどこでどのように命を落とし】、それこそがあなたが悪魔と契約するきっかけとなった、とか――」
これで西呉が「我々」に組する可能性は消えた。額に汗を滲ませながら、塞守真衣は言葉を紡ぎ続ける。
【真衣】「…………まあ、そんなところかしら。これが『あなたに提供出来るモノ』としての返答替わりよ」
『姉を利用し、彼らは【見えざる軍事力】を有するようになった。魔法という第6の戦場を駆ける、猟兵の群れを……』
「我々IMC(中央情報隊)はヒューミント(人的情報収集)を行う部所なの。あなたが倒したい獲物の情報なんて簡単に見つけ出せるわ」
『けれど実際のところそれすらも彼女≠ノ対抗するための苦肉の策に過ぎなかった。世界の守護者たる彼女≠フ前では――』
『夜宴』がもし彼女≠ノよって滅ぼされてしまったとして、対抗出来るのはおそらく目の前にいる西呉の『能力』だけだ。
【真衣】「以前から仕掛けてた盗聴器であなたの【Tender Perch】での聞き込みを確認したけれど……随分と大胆な事をしたものね。
あそこの店長がバカだから良かったけど、現役の魔法少女だったらあの場で全員敵に回していたところだわ。
我々に協力してくれれば、そんな無駄なリスクを犯さずに『夜宴狩り』を継続できる。どう?悪い話ではないはずよ」
その為に西呉が「我々」を利用したとしても、利用される立場であっては困るのだ。
【真衣】『――行きなさい。次の連絡手段はそちらで指定してくれればいいわ』
【3/3】【「建て前」と『本音』の同時進行】
- 86 :
- 草枕夜伽は見た。
三人の『使い魔』が襲いかかる交差点上で、黒服の男が身体を折るように屈むのを。
その刹那、彼の身体を覆っていた『彼のものではない魔力』が、水に落とした墨のように膨張するのを。
>「『尋問』」
>「それはいいな。そうしよう」
黒服が動いた。肝心の機動は、使い魔達の身体が遮蔽となって見えなかったが――
結果だけは確かだった。三人の使い魔が、残らずふっとばされたのだ。
「――!」
夜伽が息を呑み、見据える先。
黒服が広げた両腕に、握られていたのは一対の警棒。
その表面に、舞った埃が触れた途端、誘蛾灯の弾けるのと同じ音が空気を叩いた。
「スタンガン……いや、スタンロッドか。エグい得物を使いやがるぜ」
隣でイナザワが見たままの意味のない解説をした。
よくドラマなどで使われる小道具としてのスタンガンは、派手な火花を立てていかにも効果がありそうだが、
あんなものは演出上の都合で派手に見せているだけの、虚仮威しだ。
実際のところ触れるだけで人体を無力化できるほどの威力をもったスタンガンなど存在しない。
基本的にスタンガンとは、痛みとスパークの威圧効果を求める道具であり――
人間が気絶するほどの威力の高圧電流を流せる武器があるとしたら、それは既に別の兵器なのだ。
(あたしの魔法で操った使い魔は、気絶しない……既に寝ているものね)
だが、実際問題として使い魔たちは起き上がってくる様子がない。
筋肉か、内臓か、そのほか運動をつかさどる器官に重篤な損傷を受けたということだ。
>「宣戦布告はお互い済ませた、と認識して問題あるまいね?」
眼前、黒服が再び腰を落とし、今度はこちらへ向かって身体を飛ばしてきた。
両手のスタンロッドは健在――あれをまともに食らったら、魔法少女の肉体とてただでは済まないだろう。
人体は不純物の混じった液体の詰まった袋だ。電流は自由自在に体内を駆け巡る。
よくて半身不随。悪ければそのまま死だ。
「あなた、歓談をしに来たんじゃあなかったかしら――!」
わずか三歩で黒服は彼我の距離を詰めてきた。振り上げられ、打ち下ろされる紫電の双頭。
夜伽の判断はそれより少しだけ早かった。生成した茨を無作為にスタンロッドへぶち当てたのだ。
落雷を耳元で聞くような、轟音が鼓膜を打った。
「…………っ」
大音声に耳を劈かれて、夜伽は片目を瞑って顔をしかめる。
瞬間、彼女の足元、リノリウム張りの床が焼け焦げ、弾け飛んだ。
――まるで落雷にでもあったみたいに、だ。
他には、スタンロッドを受け止めた茨がずたずたに引き裂け、焦げた匂いと共に床から生えていた。
「『通電率が極めて高い茨』を生成したわ……茨はアース線となり、床と地面へ電流を逃がす!」
- 87 :
- 魔法少女の物体生成は、あまりに現実味のないものを創ることができない。
生成には確たるイメージが必要であり、リアリティの薄いものを細部まで想像することができないからだ。
しかし逆に言えばそれは、現実に存在するもの同士を合致させたイメージを創ることは可能ということだ。
夜伽は茨のイメージに電線のイメージを加えて、茨のアースを創造した。
ある程度のレベルに至った魔法少女の魔法には、これぐらいの融通が効く。
「そしていいのかしら軽はずみに近づいて。
宣戦布告を済ませたということは――どんな不意打ちに遭っても文句は言いっこなしなのよ」
スタンロッドを振り切った黒服の背後。
読書机に備え付けのパイプ椅子を、脚の部分を握って振りかぶったイナザワが立っていた。
「ぅお――らっ!!」
渾身の膂力をもって振り下ろされるパイプ椅子は、攻撃後の硬直解けぬ黒服の後頭部を確実に強打した。
ごしゃ、ともぐちゃ、ともつかぬ破壊の音が聞こえた。
砕けたのは、パイプ椅子の方だった。
「流石に硬ぇな……身体強化もかけてやがるか」
完全に無防備だった頭部へ、成人男性が鈍器の一撃を叩き込んだ。
にも関わらず、黒服は負傷どころか微動だにせずパイプ椅子は後頭部に当たり負けした。
イナザワは打撃の勢いを殺さず、足元でその方向性を変えて跳躍。
黒服の間合いからバックステップ二つで離脱した。
彼は夜宴の撮影者であり、魔法少女を認識する力を与えられているが、それ以外は常人だ。
「常人の打撃力では破壊は不可能、と。一つ検証できたわ、ご苦労様」
ねぎらいの言葉を投げるとサムズアップが返って来てこんな状況で爽やかウザいので親指下にして返答した。
しかし、となると厄介だ。夜伽は臨戦において高速化された意識の中で思考する。
(あたしの魔法は物理的な攻撃力を持ってない……使い魔による打撃が効かないとなると、ダメージ通す手がないわね)
そも、夜伽の固有魔法はRPG(兵器じゃない方)で言えばバッドステータスを主武器とする補助タイプだ。
敵全体に睡眠の状態異常を与えられるため、『隠形派』では暗殺やキルゾーンの確定などを任としてきた。
だが今はこの黒服とタイマンだ。絶望的なことに、こいつは固有魔法を当てても眠らない。
強固な対抗魔法がかかっているからだ――更には、物理打撃をものともしない強化魔法も備えている。
使い魔ですらこれほどの戦闘能力。
一体こいつの親玉はどれだけの化物だ。
「本当、厄介だわ……!貴方相手にどれだけ頑張っても、その向こうの誰かさんには届かないんだから」
この黒服はあくまで使い魔。使い捨ての傀儡でしかない。
仮にここで夜伽が黒服を制圧したとして、『操り主』が黒服の投棄を選択すればそこで糸は途切れる。
あるいは、少しでも被害を与えられるよう自爆でもさせてくるかもしれない。
- 88 :
- 夜伽は座っていた長机から跳躍した。茨を柱に結びつけて、引っ張り上げるようにして跳んだのだ。
『図書館ではお静かに』のポスター
(少女が血の海を背景に『みなさんが静かになるまで五秒もかかりませんでしたね☆』とか言ってる。静かにの意味が違う)
が茨の刺でずたずたになって床に散る。
イナザワが「あれ?俺は?」という顔をして一階に取り残され、急いで適当な本棚の向こうへと隠れ飛び込む。
距離をとり、彼女は二階へ上がるための階段に着地した。
そのまま上の段へと脚をかけて、声を投げる。
「これから貴方を叩き潰すための策を練るけど、その前に聞いておくわ。
――『歓談』と言ったわね。お茶菓子も持参せずの来訪のようだけど、話のネタぐらいは用意してきたんでしょうね?」
彼女は階段を駆け登って二階へと姿を消した。
発声から念信へと切り替えて言葉を飛ばす。声で居場所を気取られないようにするためだ。
『あたしが仕込みをするまで暇になるだろうから、歓談に付き合ってあげるわ。
それとも少年漫画風にこう言ったほうが良いかしら?――"待て、話せばわかる"』
言いながら、夜伽は情報を整理する。
現状で彼女達が持ち得る疑問、そして知った情報は下記の通りだ。
・彼女たちは縁藤きずなを殺害した犯人『夜宴狩り』を追っている
・きずなが殺される前後で、街中に複数目撃された不審な『黒いワゴン』が彼女の死に関係あると考えている。
・目撃されるリスクを承知で車で行動していることから、常人が関わっていると判断し、図書館を制圧して罠を張った。
・結果、やってきたのがこの黒服の男だった。
・夜伽の能力を知っていることから、夜宴のデータリストを参照できる『夜宴狩り』の使い魔と考えられる。
・だとすれば、この男が最初に言った『歓談』とは?夜宴狩りは見敵必殺ではないのか?
『あたしの誘いに乗ってここまで来たのよね。この図書館を根城にする魔法少女に、貴方は何らかの目的を持ってきた。
ぶっちゃけ、夜宴狩りの手先が威力偵察来てるもんだとあたしは考えているけど……本人様に聞いてみるわ』
夜伽の声が、その場にいる全ての者の脳裏へと伝播する。
黒服がテレパシーを使えなくとも、夜伽の方で送受信の回線を設定しているので通話は可能だ。
『貴方、何をしにここへ来たの?ああ、別に回答は急かさないからゆっくり考えて答えてくれていいわ。
あたしはその間、じっくり罠を張っておくから』
黒服が二階に上がってきたとしても、既に夜伽の姿は消えていることだろう。
林立する本棚の影、どこに隠れているかわからない魔法少女を探すのは不意打ちのリスクを増すだけだ。
『――貴方をぶっ倒すための罠をね』
【夜伽:二階へと逃げこむ。歓談開始】
- 89 :
- 射撃、射撃、装填、給弾、射撃――。
右腕を失ったことで崩れたバランスから、上体を不自然に左へ傾けながら南雲は引き金を引き続ける。
ほとんど盲管射撃に近い形で発射された弾丸のうち、何発かが真言の袴へと吸い込まれていく。
ダメージになったかはわからない。しかし、返砲のように飛来するものがあった。
「ナイフ――!?」
刃物だった。形はちょっと高級な店で和菓子に添えられる竹楊枝に似ている。
細く、それ故に視認性の低いそれは、真言の膂力で投擲され、狙い過たず南雲に突き刺さった。
「っつ……!」
たった今ぶった斬られたばかりの、止血もままならない肩口の傷。
そこに小刀が飛び込み、肉と神経をずたずたにし、遮断していた痛覚を強制的に復帰させた。
たまらず南雲は左手の拳銃を落とし、右肩を抑えこむ。
「く……が、あっ」
魔装の一部である、革手袋越しにもはっきりとわかる自分の肉の断面、その暖かさ。
手袋はあっという間に熱い血液でひたひたになり、中で指先がぬるりと滑った。
南雲は手袋を脱ぎ捨て、新しいものを生成して、手ではなく口に加えた。
止血の前に、すべきことがある。裸になった手の、指先二本を、傷口へと突っ込んだ。
「――――ッ!――――ッ!」
ブチュブチュと肉をかき分ける音とともに、気絶しそうな激痛と吐きそうな異物感が肩にある。
彼女は咥えた手袋を奥歯で思い切り噛み、眼をひん剥いて痛みに耐えた。
人差し指と中指が、熱い肉の隙間から、硬い手応えを二つ得る。
一つは真言が投擲してきた小刀。もう一つは――半ばで断たれた腕の骨の断面だ。
そのざらついた表面は、千歳飴のようだと南雲は灼熱感と共に感じた。
用があるのはそっちではない。小刀の方だ。
柄尻を二本指で掴み、一気に引きぬく。
「う――ああああッ!」
引っ張りだされた小刀。その黒く鈍く光る刃の先端と、傷口とが糸引く血液で橋をかける。
南雲は刃が骨に当たって欠けてないかを確認した。破片が体内に残っていれば、再度指を突っ込まねばならないからだ。
幸いにも魔法少女の武器は強靭で、刃には傷ひとつなかった。
彼女は小刀を地面へ叩きつけ、傷口にリソースを集中してとりあえずの止血を施す。
刹那、南雲の眼前に青色が飛び込んできた。萌が蹴り上げて寄越した自分の右腕だ。
- 90 :
- (ナイス、萌ちゃん……!)
飛んできた己の腕を、残っている方の腕でキャッチ。
そのまま裏表を間違えないように傷口へくっつける。
空色の燐光が接続面に発生し、すぐに皮一枚が繋がって、手を離しても落ちなくなった。
とにかく骨さえつながれば、使えなくても邪魔にはならない。
>『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
南雲の念信での問いに、腕とともに返ってきたのはあまりにご尤もな萌の回答であった。
そりゃそうだ。魔法少女の大半は、身に降りかかる火の粉を払うかたちで鉄火場に入り込んできている。
襲い来る敵に殺されないためには、自分が相手をRしかない。
そこに、『どうして?』は介在しない。
"死にたくないから"などというのは、あくまで本能レベルの話であって理性的な理由にはなりやしない。
>『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
しかし――萌と格闘戦に入った真言が零すように飛ばしてきた念信が、答えの一つを知っていた。
佐々木真言。おそらくは南雲達よりもずっと多くの戦いを経験して――ずっと多くの敵を斬ってきた傑物。
化物だと思っていた。得体の知れない、何を考えているかわからない、生理的な恐怖を感じていた。
だが、彼女は南雲の問いに答えたのだ。
それは怪物の思考ではなかった。超人の理想でもなかった。
信念――それを貫き、願いを叶えるため。それだけが彼女に刃を振るわせる原動力だ。
恐るべきことに佐々木真言の剣には信念以外の一切が存在しない。
曇りがない。淀みが、ない。
(強い……)
真言は強い。
でもそれは腕力の強さとか武器の強さとか、ましてや魔力の強さなどでは断じてない。
想いの強さ――長い孤独の中、唯一傍らに認め続けた、信念の強さだ。
(勝てない――?)
南雲が理奈に見出し、己に渇望した魔法少女の在り方――『信念としての魔法少女』。
真言もまた、それを体現する魔法少女の一人だった。
勝てるのか。信念を持たぬ南雲が、自分の目標とする地点にいる者相手に追いつけるのか。
(勝てなかったとして――わたしはまた『割りきって』、諦めるの?)
テンダーパーチで、理奈を諦めてしまったように。
今度は自分の命すらも諦めて、運命のなすがままを受け入れるのか――?
* * * * * *
- 91 :
- 坂上南雲は、敢えて言語化するならば"割り切り屋"とでも言うべき性格の少女だった。
彼女は16歳の高校生で、子供から大人へ変わる境界線を跨いでいて、世の中の酸いと甘いをちょっとだけ知っていた。
南雲が現在通っている高校名は、中学時代に擦り切れるほど反復した受験対策本の志望校名とは違う。
高校受験に、失敗したのだ。
願い続ければいつか必ず叶う夢――などというものは存在しない。
死ぬ気で繰り返せばきっと報われる努力――なんてものもありはしない。
視力が両目とも0.1にまで下がって、体重が8キロ減って、肌がもやしみたいに白くなるまで勉強して、
志望校の合格発表欄に自分の番号がないのを確認した時、彼女は一つの真理を悟った。
努力とは量より質。ただ闇雲に、盲目的に、漫然と努力を重ねるだけでは駄目なのだ。
難関に挑むにあたって必要な努力の種類と量は決まっていて、それ以外の努力はいくらしたって無駄になる。
英語のテストの前日に国語の勉強をしたって意味がないように。
無駄な努力はすればするほど、時間だけを浪費して取り返しがつかなくなっていく。
夢を叶えるには、叶うような夢を願う必要があって。
努力が報われるには、報われるような種類の努力を重ねなければならないのだ。
だから、彼女は見限りをするようになった。
高望みな願望を早急に諦めて、もっと実現可能な夢に乗り換えるために。
無駄だと悟った努力をさっさと諦めて、他の努力に時間を回せるように。
この努力は無駄だなと『割りきって』、他にできることを探すようになった。
……でも、それって裏を返せば。
簡単に諦められるってことで、とどのつまりその事柄と真剣に向き合ってないってことじゃないの?
気付いた時には、最早矯正しようもないほどに、見限りの癖は悪癖と化していた。
いやなこと、つらいこと、面倒くさいこと。あらゆる困難と理不尽から、彼女は目を逸らし続けてきた。
結果、理奈が一度死んだ。門前百合子に胴から真っ二つにされて、はらわたをぶち撒けて死んだ。
二度と傷付けさせないと決めたはずなのに、今度はテンダーパーチで、理奈の救出を諦めそうになった。
理奈を護るという第一義すらも、安易で安直な第二希望へ切り替えようと思ってしまったのだ。
だが。それで良いわけないはずだ。
……諦めるのは、もう嫌だ。
理奈を、その生を、その笑顔を、その信念を。
代替不能なそれらを、かき抱いた両腕から、二度と手放したくない。
理不尽も。
困難も。
痛みも。
目を逸らすことなく、『そこにあるもの』として認め、乗り越えて行こう。
殺し合いが怖いのは当たり前だ。
怖いのは自分だけじゃなく、誰でも同じだ。
>『私達が私達である為に。私の願い≠フ為に、私は――剣を執っている!』
気高き黒鴉が謳う、彼女の信念。
勝てるだろうか?
>『知るか!そんなもんあたしが聞きてー!』
そりゃそうだ。――やってみなくちゃわからない。
わたしがわたしで在り続けるために。
立ち向かうべき戦いが、そこにある。
- 92 :
- * * * * * *
真言が投擲した石礫。
直撃すれば銃弾にも匹敵する威力を秘めた質量の塊が、しかし、萌の顔面に届く直前で消滅した。
消滅には音が伴っていた。
鉛と石が激突してお互いを砕き合う破壊音と――それを生み出した銃声だ。
南雲が左手で構えた拳銃から、ゆっくりと硝煙が立ち上っていた。
飛翔する石礫を正確に撃ち抜く射撃精度は、無論のことマグレでもなければ訓練の賜物でもない。
「『ライトウィング<ホークアイ>』……!」
南雲の双眸には、ゴーグルを模したコンソールが出現していた。
エルダー級を追跡した際にも使用した、電子兵装の再現武装である。
テレパシーを応用し、萌の視界とリンクすることで二点観測により石礫の正確な位置を特定。
連動させた照準機能により、拳銃による狙撃という出鱈目を完遂して見せた。
味方全体に大幅な命中率向上補正――それがこの魔法の副次効果である。
「真言ちゃん」
右腕はまだ動かない。回復が遅いのは、あの小刀を傷口に打ち込まれたからだろうか。
南雲は左手の拳銃を掲げながら、萌と真言の方へと一歩踏み出す。
「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
南雲は――
知史の眉間に風穴が空き、中身を残らず後ろの壁にぶち撒けた瞬間のことを、まるで昨日のことのように思い出せる。
一昨日だが。
「――わたしは、『こいつは殺されても仕方のない奴だな』って思ったから殺した。
殺されても仕方がないような悪者だから、殺した私は悪くない。そう確信を持って殺した。
くだらない、吹けば飛ぶような陳腐な言い訳だけどさ、必死でそれにしがみついていたんだ」
- 93 :
- 今でもその判断は間違っていなかったと、そう言える。
だけれどそれは、他の楽園派の少女達にとっては違った。
南雲は恨まれ、怯えられ、疎まれ、どうしてか彼女達を救うために戦っている。
「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
そして今もまた、『信念がないのだから負けてもしょうがない』と割り切るところだった。
「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
そのために、魔法少女になったんだよ」
右腕に触れる。まだ動かない。
神経が繋がっていないのか、肩から先に感覚がなくて、水袋でも背負っているみたいにずしりと重い。
「……だから、勝ちたい」
地力に差があっても、リーチで遥かに負けていても、血が足りなくても、右腕がなくなっても。
そんなことは、目の前にある戦いから逃げ出す理由には、一つもなりやしないのだ。
「勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
拳銃を消去し、還元した魔力で新しい物体を生成する。
全長50センチはあるような、大振りの紙飛行機。空色の生成物を、左手のオーバースローで真言へ放った。
真言へ向けて打ち出したように見えて、その実この紙飛行機は萌宛だ。
萌ならば、この紙飛行機は南雲が念信を用いないメッセージを送る際に使うものだと分かるだろう。
だが、敢えて南雲は真言を経由するようにして放った。
しょせん銃弾に比べれば遥かに遅い紙飛行機だ。
真言が本気で撃墜を考えれば、だんびらの斬撃には耐えられないし、小刀で撃ち落とされるかもしれない。
それでもなお、萌に渡ることができれば、それこそが南雲の最後の策の起点となる。
【右腕くっつけるもダメージが深く使用不可。片手で萌へ紙飛行機を飛ばす】
【南雲の信念:『諦めない』】
- 94 :
- 火花が弾けた。
それから半拍置いて血がまぶたを濡らす。
「てっ、めェ……」
額にできた傷から薄く煙が立ち上る。
_
―
 ̄
「……ッッしゃあ!!」
萌は殺気を振りきって踏み込む。
――それがフェイクだとわかっているからだ。
こちらのあからさまな誘いに対して、向こうもあからさまに返してきたのだと、そう読んだ。
それは正鵠を射ている。しかし――そこまでだった。
>「ッ」
ごくごく自然に放られた刃には当然ながら何も込められていない。
ただそこに在るだけだ。
それ故に思考ではなく反射を引き出す。
(おいおい、これ読めた?)
力なく放られた段平の腹を思わず叩いて払い、そこに映る自分に問うた。
もちろん答えはわかっている。否だ。
そして萌が不利を悟ったのは、行動が終わってしまった後だった。
(やべ、今度こそ斬られる)
踊る刃の向こうに真言が見える。
手には何も握られていないが、次の瞬間には刀が生成されて振り抜かれる。
何も? いや、真言は手の内になにか収めている。
その辺に転がっていそうな石ころ。狙いは顔。
強化された動体視力でそれを見切った萌は、
筋力に回しているリソースの許す限りで回避行動を取る。
といっても、かすかに腰をかがめるだけだ。
それ以上の動きはもはや間に合わない。
真言の手から石が離れる。
そして――眼前で火花が弾けた。
―
―
―
南雲が撃ち落とした際に発生した小さな飛礫は、硬化していた萌の額を裂いた。
破片でこれなら直撃されていればそれなりの深手を負ったことは間違いない。
だが、それでも戦闘不能にまではならなかったはずだ。
確かに投石は脅威である。
神話の時代から現代まで、盛衰はあれど洋の東西を問わず使われ続けた不変の戦術。
聖書にすら投石で巨人を倒す少年の話があるではないか。
投げる方と投げられる方の体格差を考えればむしろ今回のほうが有利と言えるかもしれない。
- 95 :
- しかし、一つ問題がある。投げられたのがただの石であるということだ。
尋常ならざる力によって投擲され尋常ならざる強度の防壁に叩きつけられたそれは、
自己の損壊にそのエネルギーのかなりの部分を消費しただろう。
足元の石を掴み上げるより手元に生成してしまうほうが早い。
そして生成するのであれば石ではなく、脇差や手裏剣でも良かった。
どうあれ、わざわざ石を選んだその理由は――
(――加減した、ってことか)
「てっ、めェ……」
(どこまで舐めれば……!)
憤りが即座に表面に噴き出す。
真言からすれば元々がエルダーに対抗するための仲間集めなので、
Rという選択肢が最初からないだけの話なのだろうが。
>「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
猛る萌の気持ちに水を掛けるようなタイミングで、南雲が話を切り出す。
いっそ消火器でもぶちまけてもらったほうが頭も冷えようというものだ。
>「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
> わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
南雲が言葉を紡ぐ。萌はため息を一つ入れて、転がっていた段平を足ですくって真言へ放る。
あえて返す理由もないが、どのみち生成できる以上、武器を抑えておく意味も薄い。
>「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
> そのために、魔法少女になったんだよ」
両肩の力を抜いて数回上下させる。首を左右交互に倒す。くきくきと頚椎が鳴った。
あまり関節を鳴らすのは良くないと聞いたのを思い出したが、
これから何かの手違いで首そのものがなくなるかもしれないので気にしない事にする。
>「……だから、勝ちたい
> 勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
「んじゃ勝とうぜ」
下げていた腕を上げ直し、構える。
言って勝てるなら世話はない。
まして実力差が埋めようもない相手に。
しかし言わない――つまり意志を示さない者に、勝利は訪れない。
- 96 :
- 視界の端では南雲が巨大紙飛行機を投げる。
風を裂いて飛ぶその速度は通常の折り紙では比ぶべくもないほどのものが、
銃弾や真言の印地には遥か遠く及ばない。
それをわざわざ放る意味は?
陽動か、あるいは――
萌は動く。地を蹴ってもう一度間合いの内へ。
相手が飛び道具を持っていようが関係ない。
なぜなら、萌の方が近寄ってぶん殴るしかできないからだ。
できることは一つだけ。ならば迷いが入り込む隙間も存在しない。
南雲と違って腕を斬り飛ばされたわけでも、腸を引きずり出されたわけでもない。
下がってなどいられるか。
では真言の方ではどうだろうか。少なくとも紙飛行機を放っては置けないだろう。
最も警戒すべき搦手の持ち主からの"便り"だ。
おそらくは斬るか、小柄なり石なりを投げて撃ち落とそうとするか。
そこへ萌が仕掛ける。ひょっとしたら一瞬の逡巡を生むことが出来るかもしれない。
一瞬が一秒でも付け入ることができるかどうか、という相手ではあるが。
さて、受けられたらそれごと潰すのは何も自顕流だけの専売ではない。
ムエタイにもそれはある。
テッ・スィークルーン。何の変哲もない中段蹴りである。
およそムエタイ、キックをやっているのであれば最も多くこなしている動きだろう。
ラッシュに必要なスタミナを養うために延々ミドルだけを蹴り続けるのは必ずやるものだ。
そのひたすらな反復から得られる威力は、甚だしくは相手がガードした腕を破壊し、
そうでなくともガードごとボディにねじ込んでダメージを与えるほどのものである。
受け止めた相手の刀をそのまま頭にねじ込んで絶命せしむる薩摩剣術のその思想と同じ線上にある武技だ。
そして更に一手。
『麻子っちゃん!!』
完全に存在感をなくしていた麻子に念信。意図を汲んで即座に数本の鎖が地面から生える。
半分は萌の左側を守るように直立し、残りは振り上げんとする右足へ巻き付く。
打撃力を増すための即席レガースだ(レガースは本来防具だが)。
皮膚そのものを硬化したり、自分で生成したものを強化する魔力すら惜しんで、
筋力にほぼすべてのリソースを突っ込む。足に振り回されて倒れない程度の平衡感覚強化も忘れずに。
まさに渾身の一撃を萌は振りぬいた。
【ぶっちゃけ一歩下がったら当たらないんですけどね】
- 97 :
- >「『ライトウィング<ホークアイ>』……!」
>「てっ、めェ……」
己の全力の投擲を、南雲は狙撃し、萌に届く前に無力化してみせた。
これだ。これが一人の佐々木には出来ないことだ。
幾ら魔力が有ろうと、幾ら経験を積もうと、幾ら度胸が有ろうと、幾ら信念が強かろうと。
一人で協力する事は神様にだって出来やしない。仲間がなければ強力はあり得ない。
だから佐々木は求めた。一人で無くなることを。魔力でも経験でも度胸でも信念でも補えない、可能性≠。
この連携にもし己が入ることが出来れば。佐々木はそう思わずに居られなかった、そして眩しさと一抹の寂しさを覚えた。
己が魔法少女となった頃の、最初の頃の、もう記憶がセピアになったあの頃の。
己の傍らにいた=\―もう一人を、思い出したから。己が胸の中の核の鼓動が、僅かにその痛痒を癒し。
佐々木はその癒しに浸ること無く、精神と肉体の耐性を咄嗟に立て直した。
立て直しの直後、佐々木の心の防壁の隙間に割りこむように、剃刀の刃が差し込まれる。
>「真言ちゃん」
>「初めて人を殺したとき、どんな気持ちだった?」
南雲のその言葉、呼びかけに一瞬佐々木は瞼を瞬かせた。
僅かな表情の乱れとはいえ、少女にとっては珍しい程の表情の変化だった。
思い出すのは、己の記憶の奥底の澱。赤い記憶が、掘り返される。
■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■
- 98 :
- 幼少時。佐々木が中学生に上がる少し前の頃だ。
春休みだからという事で、佐々木は大好きな祖父と共に、日課の練習に励む日々を送っていた。
近所迷惑な上に、源流の故郷から離れた流派は他の道場に比べて特段流行っているという事は無かった。
今の御時世に真剣を振るって剣術の鍛錬をするなんて時代錯誤だ、五月蝿いなどと近所からの評判も有った。
祖父の人柄からそれらの意見も風当たりはそう強かったわけではないが、子供心には複雑な気分であったのは間違いない。
ある日、だ。
祖父の家は道場を併設している為、そこそこ大きな面積を誇っている。
そして、齢八〇を越えようとしている老人と、年端もいかぬ少女のふたり暮らしというのは、獲物を狙う獣にとっては格好の条件と言えた。
そう、強盗だ。家に入り込み、物品を物色している事に祖父が気づき、布団から這い出した。
祖父は道場の保管庫から刀を取り出して、強盗の背後を取り、恫喝をした。よく響く声は日頃の鍛錬が生み出したものだったろう。
老人は刀はあくまで威圧の為で、振るわずとも日本刀を持っていれば相手も迂闊に動けないだろうと踏んでいた。
だが、錯乱をした強盗は振り返りざまに祖父を切りつける。
日本刀を持つ有段者に恐怖を感じた強盗は、祖父が絶命するまで刃を振り下ろす。
そして。その騒ぎに眠りを覚まされて階下に降りた佐々木が見たのは、血だまりと見知らぬ男性。
足元には、血糊にまみれた日本刀が有った。
目の前には震えながら包丁を構える強盗の姿。死の危険に本能が警鐘を鳴らした。
少女の甲高い雄叫びと同時に、日本刀が振るわれる。空振り。
切っ先が床板にめり込み、眼前の強盗は両手で包丁を握り、顔面へと振り下ろしてくる。
咄嗟に右手を間に割りこませれば、皮膚と肉を貫通して切っ先が頬に触れ、血を吹き散らす。
人生で味わった中でも最悪の痛みに少女は目を見開き、絶叫を響かせた。
その後は、何もわからないままに左手の日本刀を無茶苦茶に振り回すだけ。
十数分後。少女が正気を取り戻せば、大好きだった人の肉塊と、大好きな人を殺した人の肉塊がまぜこぜに転がっていた。
生きていたのは自分だけ。途方も無い孤独感と虚無感に少女は襲われ血だまりの中に沈み込み、眠りについた。
その後、佐々木は状況と年齢から保護観察処分となり、今に至る。
そして、佐々木はその経験があったからこそ、願いを抱き黒い鴉として魔法の装束に身を包むことを選択した。
願いの内容は至極単純。――悪人の居ない世界が欲しい=B
その願いが、決して折れぬ黒衣の魔法少女をこの世に生み出した。
- 99 :
- ■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■-■
がくがくぶるぶると、右腕が無性に震える。
魔法の制御を外れた右腕が、精神的な要素と神経の傷から不随意運動を起こしていた。
ぎちり。と魔法で無理やり右腕を押さえつけその震えを止めると、佐々木は南雲に黒い瞳を向けた。
>「――わたしは、『こいつは殺されても仕方のない奴だな』って思ったから殺した。
> 殺されても仕方がないような悪者だから、殺した私は悪くない。そう確信を持って殺した。
> くだらない、吹けば飛ぶような陳腐な言い訳だけどさ、必死でそれにしがみついていたんだ」
「私は。――魔法少女になる前に、祖父を殺した男を、殺したことが有る。
一撃じゃ死ななかったから、逃げる、相手を。追って、何度も何度も、がむしゃらに刀を振り下ろした。
祖父の敵はとれたけど。私は。ただ――虚しかった。達成感も、何も。無かった」
佐々木は。語る。
この戦いは、相手をRための戦いでは無く、己の意志を通し手を繋ぐための戦い。
拳で語り合うなどと熱血めいた思考は出来ないが、このような本能がむき出しにされる場だからこそ本音をむき出しに出来ると思った。
だから、包み隠さず。佐々木は己の過去の一部を口にして、魔法少女でも何でもない、普通の少女が人を殺した感想を口にした。
瞳は当時の記憶で震える。魔法の衣に、魔法の煌きで隠し切れない、一人の少女の感情が、僅かに漏れる。
こみ上げる嘔吐感を佐々木は押し込めて、深く深呼吸をする。丹田に意識を込め、一人の少女の心を黒い布で覆い隠して。
願いから生まれた信念を五体と精神に込めて、佐々木は口を開いた。
>「『かかる火の粉を払わなきゃいけない。だから仕方なく殺し合ってる』……。
> わたしには、諦めと、言い訳しかなかった」
>「だけど、思い出したんだ。わたしにも、叶えたい願いってのがあったんだってことを。
> そのために、魔法少女になったんだよ」
「だけど、いや、だから。私は、願った。悪人なんて居なければ良い≠ニ。
誰かに傷つけられるのも、傷つけるのも怖いから。だから、それを無くすことを、私は願った」
佐々木は己の願いを、はっきりと口にした。悪人が居なければ、己のような人間は生まれなかった。
そして、祖父が死ぬこともなかったし、魔法少女になることも無かった。苦しむこともなかった。
だから、これ以上傷つきたくなくて、苦しみたくなかったから、願いを告げて佐々木は黒衣を衣装とし、夜を闊歩した。
その時の強い思いを。その時の熱量を、どろりとした生々しい感情を。目の前の少女の叫びから、掘り起こされ、思い出さされた。
>「……だから、勝ちたい」
>「勝ちを、その先にあるものを『諦めたくない』よ――!」
「だから、私は今。此処に剣を携えて、ここで魔法少女をやっている。
だから、私は勝利を望み、あなた達と組むことを願う。
だから、私はあなた達をRこと無く。あなた達と手を組むために私の本気をあなた達に示す。
――私を知ってもらう、為に」
そう、佐々木は口にする。己の意志を言葉にし、それを達成する事を己に強く意識させた。
全身に纏う無色の力場が俄に存在感を増し、周囲の空間を歪ませるような感覚をその場に生み出した。
手元に飛び込んでくる己の段平。イメージを深めるために多様な文献を読みあさって設定を固めた、佐々木の刀=B
切っ先から柄頭まで、佐々木が把握していない所は微塵として無い。その柄の感覚は、佐々木の手と同化する錯覚すら抱かせた。
故に、佐々木は謝る。己の唯一信じられる相方に、これから酷いことをするから。
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