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2013年06月哲学26: ■ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 15 ■ (209)
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■ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 15 ■
1 :2013/02/01 〜 最終レス :2013/06/05 ▽前スレ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 14 ■ http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1355202579/
2 : ▽過去スレ 【差異と反復】ドゥルーズ【存在の一義性】 http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1045143699/ 【存在論的】ドゥルーズ【欲望的】 http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1077608981/ 【ドゥルーズ】『意味の論理学』を読む http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1078538504/ ドゥルーズ http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1105161185/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■ http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1153647186/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 4 ■ http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1180855487/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 5 ■ http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1214401989/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 6 ■ http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1230279417/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 7 ■ http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1259615704/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 8 ■ http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1272258024/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 9 ■ http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1284105112/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 10 ■ http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1302349107/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 11 ■ http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/philo/1306019060/ ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 12■ http://awabi.2ch.net/philo/kako/1319/13190/1319023674.html ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 13■ http://awabi.2ch.net/philo/kako/1342/13424/1342474523.html
3 : 鈴木泉教授 「差異と反復」講義目録。 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf
4 : はじめに 序論 反復と差異 反復と一般性――行動の視点からする第一の区別 一般性の二つのレヴェル――類似の等しさ 法則の観点からする第二の区別 反復、自然の法則と道徳法則 キルケゴール、ニーチェ、ペギーによる、反復の哲学プログラム 反復と一般性−概念の視点からする第三の区別 概念の内包と「阻止」の現象 「自然的阻止」の三つの事例と反復――名目的諸概念、自然の諸概念、自由の諸概念 反復は概念の同一性によって説明されず、否定的でしかない条件によっても説明されないということ 「死の本能」の諸機能――差異との関係における、そして一つの定立的な原理を要請する者としての、反復(自由の諸概念の例) 二つの反復――概念の同一性と否定的条件による反復、差異による、そして《理念(イデア)》における過剰による反復(自然的諸概念と名目的諸概念の例) 反復における裸のものと着衣のもの 概念的差異と概念なき差異 しかし、差異の概念(《理念(イデア)》)は、概念的差異に還元されることはなく、同様に、反復の定立的な本質は、概念なき差異に還元されることはない
5 : 第一章 それ自身における差異 差異と暗い背景 差異を表象=再現前するということは必要なのだろうか。表象=再現前化の四つのアスペクト(四重の根) 幸福な景気、差異、大と小 概念的差異、最大かつ最高の差異 アリストテレスによる差異の倫理学、および、差異の概念と概念的差異の混同 種的差異と類的差異 四つのアスペクト、あるいは差異の従属――概念の同一性、判断の類比、諸述語の対立、知覚されたものの類似 差異と有機的な表象=再現前化 一義性と差異 配分の二つのタイプ 一義性と類似の和解不可能性、 一義的なものの三つの契機――スコトゥス、スピノザ、ニーチェ 永遠回帰における反復は存在の一義性の定義である 差異とオルジックな表象=再現前化(無限大と無限小) 理由としての根拠 ヘーゲルによる差異の論理学と存在論――矛盾 ライプニッツによる差異の論理学と存在論――副次的矛盾(連続性と不可職別者) 差異のオルジックなあるいは無限な表象=再現前化は、前述の四つのアスペクトから、どうして免れていないのか 差異、肯定と否定 否定的なものの錯覚 否定的なものの排除と永遠回帰 プラトンによる差異の論理学と存在論 分割の方法と諸形態――要求者たち、テスト―根拠、問い―問題、(非)―存在、および否定的なものの身分 差異の問題において決め手となるもの――見せかけ(シミュラクル)、見せかけ(シミュラクル)の抵抗
6 : 第一章 それ自身における差異 差異と暗い背景 差異を表象=再現前するということは必要なのだろうか。表象=再現前化の四つのアスペクト(四重の根) 幸福な景気、差異、大と小 概念的差異、最大かつ最高の差異 アリストテレスによる差異の倫理学、および、差異の概念と概念的差異の混同 種的差異と類的差異 四つのアスペクト、あるいは差異の従属――概念の同一性、判断の類比、諸述語の対立、知覚されたものの類似 差異と有機的な表象=再現前化 一義性と差異 配分の二つのタイプ 一義性と類似の和解不可能性、 一義的なものの三つの契機――スコトゥス、スピノザ、ニーチェ 永遠回帰における反復は存在の一義性の定義である 差異とオルジックな表象=再現前化(無限大と無限小) 理由としての根拠 ヘーゲルによる差異の論理学と存在論――矛盾 ライプニッツによる差異の論理学と存在論――副次的矛盾(連続性と不可職別者) 差異のオルジックなあるいは無限な表象=再現前化は、前述の四つのアスペクトから、どうして免れていないのか 差異、肯定と否定 否定的なものの錯覚 否定的なものの排除と永遠回帰 プラトンによる差異の論理学と存在論 分割の方法と諸形態――要求者たち、テスト―根拠、問い―問題、(非)―存在、および否定的なものの身分 差異の問題において決め手となるもの――見せかけ(シミュラクル)、見せかけ(シミュラクル)の抵抗
7 : 第二章 それ自身へ向かう反復 反復、それは、何かが変えられること 時間の第一の総合ーー生ける現在 ハビトゥス、受動的総合、縮約、観照 習慣の問題 時間の第二の総合――純粋過去 《記憶》、純粋過去、そして諸現在の表象=再現前化 過去の四つのパラドックス 習慣における反復と記憶における反復 物質的反復と精神的反復 デカルト的コギトとカント的コギト、未規定なもの、規定作用、規定されうるもの ひび割れた《私》、受動的な自我、そして時間の空虚な形式 記憶の不十分な点、時間の第三の総合 時間の、形式、順序、相対、セリー 第三の総合における反復――欠如によるその条件、変身のその作用者、その無条件な特徴 永遠回帰における反復という観点からする、悲観的なものと喜劇的なもの、歴史、信仰 反復と無意識――『快感原則の彼岸』 第一の総合と拘束――《ハビトゥス》 第二の総合――潜在的な諸対象と過去
8 : エロスとムネモシュネ 反復、置き換えと偽装――差異 無意識の本姓に関する諸帰結――セリー状の、差異的=微分的な、そして問いかけ的な無意識 第三総合あるいは第三の「河岸」に向かって――ナルシシズム的自我、死の本能、そして時間の空虚な形式 死の本能、対立と物質的反復 死の本能と永遠回帰における反復 類似と差異 システムとは何か 暗き先触れと「異化させるもの」 文学的システム 幻想(ファンタスム)あるいは見せかけ(シミュラクル)、および差異に対する同一的なものの三つの形態 プラトン主義の真の動機は、見せ掛け(シミュラクル)の問題の中にある 見せ掛け(シミュラクル)と永遠回帰における反復
9 : 第三章 思考のイマージュ 哲学における前提の問題 第一の公準――普遍的本性タル《思考》の権利 第二の公準――常識〔共通感覚〕の理想 第三の公準――再任というモデル 思考とドクサ カントにおける《批判》の両義性 第四の公準――表象=再現前化のエレメント 諸能力の差異=微分的理論 諸能力の不調和的使用――暴力とそれぞれの能力の限界 プラトン哲学の両義性 思考するということ――思考におけるその発生 第五の公準――誤謬という「否定的」なもの 愚劣の問題 第六の公準――指示の特権 意味と命題 意味のパラドックス 意味と問題 第七の公準――解の様相 新理論における解の錯覚 問題というカテゴリーの存在論的重要性と認識論的重要性 「学ぶ」ということは何を意味するのか 第八の公準――知という結果 差異と反復の哲学に対する障害としての諸公準の要約
10 : 第四章 差異の理念的総合 問題的な審廷としての理念 未規定なもの、規定可能なもの、および規定作用――差異 微分 量化可能性、および規定可能性の原理 質化可能性、および相互規定の原理 ポテンシャリティ、および十分な規定作用の原理(セリー的形式) 微分法において無限小が無用であること 〈差異的=微分的〉と〈問題的〉 問題の理論――弁証法と科学 《理念(イデア)》と多様体 諸構造――それらの基準、諸《理念(イデア)》のタイプ 副次的矛盾の方法――特異なものと正則なもの、特別なものと通常のもの 《理念(イデア)》、そして諸能力に関する差異的=微分的理論 問題と問い 命令と遊び=賭け
11 : 《理念(イデア)》と反復 反復、特別なものと通常のもの 否定的なものという錯覚 差異、否定と対立 否定的なものの発生 《理念(イデア)》と潜在性 潜在的なものの実体性――<スベテノ仕方デ・・・・・・存在者> 差異化=微分的な無意識、あるいは対象の二つの半身 半身のそれぞれがもつ二つのアスペクト 潜在的なものと可能的なものの区別 差異的=微分的な無意識、あるいは判明で―曖昧なもの 《理念(イデア)》の現実化のプロセスとしての異化=分化 力動あるいはドラマ ドラマ化の普遍性 (差異/異)化=(微分/分)化という複雑な基礎概念
12 : 第五章 感覚されうるものの非対称的総合 差異と雑多なもの 差異と強度 差異の取り消し 良識と共通感覚 差異とパラドクス 強度、質、広がり――取り消しの錯覚 深さあるいはスパティウム 強度の第一の特徴――即自的に不等なもの 数における不等なものの役割 第二の特徴ーー差異を肯定すること 否定的なものという錯覚 感覚されうるものの存在 第三の特徴――巻き込み 本性上の差異と程度上の差異 エネルギーと永遠回帰 永遠回帰における反復は、質的なものでも延長的なものでもなく、強度的なものである 強度と微分 《理念(イデア)》の現実化における個体化の役割 個体化と異化=分化 固体化は強度的である 個体的差異と個体化の差異 「交錯」、「巻き込み」、「繰り広げ」 システムの進化 包み込みの中心 個体化のファクター、《私》と《自我》 心的なシステムにおける他者の本性と機能
13 : 結論 差異と反復 表象=再現前化批判 有限か無限化という二者択一は無益であること 同一性、類似、対立、そして類比――それら(四つの錯覚)はどのようにして差異を裏切るのか しかし、同一性、類似、対立、そして類比は、どのようにして反復をも裏切るのか 理由としての根拠――その三つの意味 根拠から無底へ 非人称的な個体化と前個体的な特異性 見せかけ(シミュラクル) 《理念(イデア)》と問題に関する理論 《他者》 遊び=賭けの二つのタイプ――それらの特徴 カテゴリー批判 反復、同一的なもの 二つの反復 病理学と芸術、常同症とリフレーン――すべての反復の共存の場所としての芸術 存在論的な、第三の反復へ向かって 時間の形式と三つの反復 第三の反復の選別的な威力――永遠回帰とニーチェ(見せかけ(シミュラクル)たち) 帰還しないもの 《同じ》ものの三つの意味――存在論、錯覚、そして誤謬 存在の類比と表象=再現前化、存在の一義性と反復
14 : >>3 乙 >鈴木泉教授 >「差異と反復」講義目録。 >http://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/deleuze_dr.pdf Gilles Deleuze, Diff?rence et r?p?tition, Paris, PUF, 1968. Avant-propos p.1 (上記pdf頁数) Introduction : r?p?tition et diff?rence p.2 Chapitre premier : La diff?rence en elle-m?me p.7 Chapitre II. : La r?p?tition pour elle-m?me p.16 Chapitre III. : L'image de la pens?e p.27 Chapitre IV. : Synth?se id?elle de la diff?rence p.36 Chapitre V. : Synth?se asym?trique du sensible p.52 Conclusion. : Diff?rence et r?p?tition p.67 (Index p.81) はじめに 序 論:反復と差異 >>4 第1章:それ自身における差異 >>5 第2章:それ自身へ向かう反復 >>7 >>8 第3章:思考のイマージュ >>9 第4章:差異の理念的総合 >>10 >>11 第5章:感覚されうるものの非対称的総合 >>12 結 論:差異と反復 >>13
15 : ノート、 持ってへんのか。
16 : 哲学史的見取り図としては、アガンベンの『思考の潜勢力』 La Potenza del pensiero のラストに紹介されている図が参考になる。邦訳単行本では、雑誌掲載時と違い、訂正されている。 超越 内在 カント スピノザ | | フッサール ニーチェ \ / | ハイデガー | / \ | レヴィナス、デリダ フーコー、ドゥルーズ 「(略)彼(引用者注:ドゥルーズ)の遺書を哲学の使命として引き受けるとともに、近代哲学 〜その大部分は、新たな意味での「生の哲学」である〜を内在の線と超越の線ではっきり区別す るような系譜図を遡及的に再構成してゆくという仕事も、その一端として必然的に課されるので ある。それはたとえば、このような概略的な系統図が目安になるだろう。」 (アガンベン「絶対的内在」『現代思想2002.8』) スピノザとニーチェをつなげているあたり、的確であると言える。
17 : ドゥルーズ哲学全体の見取り図: ひとつの ___同一性___ / | \ / 対 断 \ / 立or絶 \ / | \ / 異なる \ 器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械 \ / (の哲学) \ / \/ || \/ 矛盾or対立する \/ 矛盾or対立する 二つの公理系 差異と反復 二つの公理系 /\ || /\ || \/ || 器官なき身体 多様性 欲望する諸機械 \ / 矛盾する二つの公理系 (共通概念)
18 : >>17 あるいは、 ひとつの ___同一性___ / | \ / 対 断 \ / 立or絶* \(第二次大戦) / | \(68年) / 異なる \ 器官なし 身体__同一性___欲望 諸機械 \ / (の哲学)** \ /(プラグマティズム) \/ || \/ 矛盾or対立する \/*** 矛盾or対立する 二つの公理系 差異と反復 二つの公理系 /\ || /\ || \/**** || 器官なき身体 多様性 欲望する諸機械***** ******\ / 矛盾する二つの公理系******* (共通概念)******** *シネマ1、2 **ベルクソン、ニーチェ ***差異と反復>>14 ****襞 *****アンチ・オイディプス ******千のプラトー *******意味の論理学 ********スピノザと表現の問題 アガンベンの哲学史系統図>>16 に似てきた。
19 : >>18 ドゥル−ズ哲学で、「同一性」と「時間概念(未来−現在−過去)」の連関を どのように論理化しているのでしょうか?
20 : 最近の折り込み広告は裏も印刷されてるからな
21 : 多様性→出来事 本当はこれだけでいい <観 念> : 普遍性 へ I 概 一 I 特 …般ーー十ーー殊 念 性 I 性 V I 単独性 http://3.bp.blogspot.com/-USYylEMx12o/TyNS1ue7j0I/AAAAAAAAFig/6O7dT3SOsAk/s1600/a0024841_1351018.jpg 柄谷行人『探究2』より
22 : >>19 (カントを論じてはいますが) カント的な様相=時間論は実はドゥルーズとは無縁で 潜勢的なものは常に現在でありつづけます それを同一性と呼ばないのは誤解を生むからです 上の柄谷の図でいえば潜勢的なものが観念で 同一性は概念に対応します これだとベルクソン思想とはズレてしまいますが スピノザとベルクソンは実はそれほど離れていないのではと考えます。
23 : >>22 「主観/客観」構図に於いて、スピノザの主観領野と、ベルクソンの時間概念を含めた 主観領野の捉え方は、異なるように思うのですが。
24 : 大気汚染PM2.5 中国のサイト「元凶は日本」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130208-00000120-san-soci 【上海=河崎真澄】中国で深刻化している大気汚染について「日本に元 凶がある」との論調が出回り始めている。中国のニュースサイトには 「日本から汚染物質が飛来した」「中国で操業している日系企業の工場 排気が汚染源だ」などとする論評が掲載されている。
25 : 西村幸祐 @kohyu1952 それも沖縄の隠された真実の一つ。米軍基地の75%が沖縄に集中というのも反 日サヨクの真っ赤な嘘。本当は23%です。QT:惠氏によれば、「基地反対!」 「沖縄は被害者!」と叫ぶたびに、国から金がジャブジャブまかれるという。 基地反対運動で国から金をせびっている。@hyakutanaoki
26 : >>24 >>25 こんなのが無関係なスレに書き込むようじゃ、ネット選挙解禁なんてのは結果が見えてるな。 結局、金のあるやつの勝ち、ということか。
27 : >>26 おまけに>>25 の中身はデタラメだしw
28 : 勿論全部出鱈目ですよ!?♪。
29 : 捏造はネトウヨの十八番
30 : さいきん興味を持ったんだけどドゥルーズって何から読めばいいんだ
31 : 読まなくてよし
32 : 記号と事件
33 : 主著は古代からの時間論とハイデガー哲学を論じた「時間無だ」
34 : >>23 主観・客観という図式はドゥルーズの立場にはありません。
35 : >>22 柄谷教はドゥルーズに忠実ではありません。 ドゥルーズは存在の一義性を言っても概念の同一性は阻止されるものになります。
36 : >>30 「哲学とは何か」
37 : >>19 ドゥルーズ哲学において時間的には自我は同一ではありません。
38 : だからドゥルーズAとBがある
39 : それを一番うまく表現しているのが『シネマ』
40 : >>39 やっぱり、埴谷雄高の「自同律の不快」だろう。
41 : >>39 スピノザとライプニッツですか。
42 : >>40 その間に出てくるニーチェのファクターはオミットですか。
43 : ニーチェでなくてベルグソンでもいいんですけどね。
44 : >>42 >>43 埴谷の「自同律の不快」って、なんだかわかってる?
45 : ドゥルーズの数十年前に埴谷雄高が同じことを言ってる
46 : >>44 知ってるよ。「死霊」もってるもん。
47 : >>44 死霊第一章に生得的アプリオリが出てくる。埴谷さんが最も震撼させられた本は 「カント」だそうだ。埴谷のは文学なんで、「差異と反復」を楽しんで読むと思うよ。
48 : 「カント」っていう本があるのか。知らなかった。
49 : >>46 持ってるんなら、読まなくたってわかるよね。
50 : >>48 素人くさくて済みません。私はドゥルーズの本はほぼ全部読んだ。 だがカント学を語るには及ばない。(全集持ってない) 死霊は冒頭の「干支の時計台」が面白くて、印象に強いです。 五章までしか買ってないです。 同自律の不快っていうこと、ニーチェの文脈で語れていませんか。
51 : >>50 「自同律の不快」ね。 なにかを語る前に、日本語の書き方を整理した方がいい。
52 : >>51 「同自律の不快」ということは、ドゥルーズのニーチェに関する文脈で言うと、 「同一なもの」の反復でないものとして、永劫回帰的反復の中で、根拠が消失 してしまいませんか。
53 : >>52 造語を使うなら、概念の説明をきちんとして欲しい。
54 : >>53 あなたそれ、ジル・ドゥルーズに関する みごとなカウンター
55 : >>53 「差異と反復」では時間的に自我は同一ではありません。
56 : ドゥルーズの書いてることを公理的に再構成してみると面白いかもしれない
57 : >>55 それで?
58 : >>57 「存在は生成について言われ、同一性は異なるものについて言われ、 一は多について言われる。」―永遠回帰における一義性。
59 : >>58 それが「自同律の不快」とどう関係するの? それから、なんで「同自律」なんていう風に言葉をひっくり返すの? そういう病気があるらしいけど、病気なの?
60 : 同一性は時間的に自我ではありえない 自我の意味は永劫回帰の中で一義的に失われる 構成よりも構築されていないものが構造を決める 捕まえた瞬間に変化し喪われるものが意味なら 想像力でさえ分裂を糊塗することにしか役立たない
61 : よくわからないから論理式にしてみて
62 : >>60 質問にも答えてくれよ。
63 : それらしい単語をつなぎあわせると哲学になる
64 : ソーカルの論文が査読通っちゃうのも仕方ないな
65 : >>62 何についての質問かわからないが。
66 : >>65 >>59 の質問のことだよ。
67 : >>59 「自同律の不快」と以下のようなものでよろしいですか。 死霊1章p44〜45 「貴方の先程言葉を繰り返して失礼ですが…で、貴方は私たちが一定の型にはまる―と信じてられますか。」(三輪) 「信じています。」(岸博士) 「ご承知でしょうが、ひとは生み出しうるもののみを生み出す―これは鉄則です。」(岸博士) 「ふむ、貴方も自己意識の延長外に出てみたい一人なのでしょうか。(略) 私は精神科医として敢えて断言しますが自己が自己の幅の上に重なっている以外に、 人間の在り方はないのです。」(岸博士) 「それは不快です。」(三輪)
68 : 続き p48 「人間はさて何をなしうるか」(岸博士) 「人間が人間である自己証明でしょう。」 「人間ならずして創り出せぬものを創り出すことによって、です。」 「それは、つまり―嘗てなかったもの、また、決してあり得ぬもの、です。」(三輪) 「ですが、あなたは、虚体を求めていて―それはむしろ一種の神性ではないですか。」 (岸博士)
69 : 私の要約では p45の「自己意識であることが不快である」というのは カントにおいては「統覚の先験的統一が必ず経験的総合の根底に必ず存在していること」 から逃れられないこと、すなわち 原理的に恒常的に「いかなる意識の総合も必ずその先験的統一に従属していなければならない」ことの自己同一な(自同律的な)規定の認識の回帰的反復からくる苦痛である。 いわば超越論的次元に関与する「不快」であると言える。
70 : それに対して「生得的なものとは共通感覚の神学である」とするドゥルーズにおいては 認識の超越論的発生が考えらえている。常に同一ではない訳だ。 p48の「嘗てなかったもの、また、決してあり得ぬもの」の創造はド ゥルーズにおいては不可能ではない。
71 : 自己意識に関してヘーゲルに則る論旨も出てくる。
72 : >>67 >>68 違うよ。 むしろ>>70 が近い。
73 : 最初は真面目に哲学研究やって実績を積んでから 政治運動や社会運動をやって名前を売る そのあとに意味がよくわからないオリジナル哲学を展開するのが良いね
74 : フーコーの「カントの人間学」(博論の副論文)が3年前に出て、 フーコーが「構造主義的において人間主義の突破」を見ていたという古い定見 が覆されるという状況が今世紀にやっと位置づけの再認識に至って覆っている。 http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/506707.html 本当はポスト構造主義が「実存」を織り込み済みであることは自明なのである。 デリダは周期的にハイデガーに言及し、GDが「存在論的射程を持つ問い」の存在を認め フーコーがハイデガーの「カントの形而上学」に言及していることから、よく注意してみると 「構造主義」ガチガチの立場でないことが解る。 これは今日的な認識として前提とされていいはずだ。
75 : >>74 デタラメもいいところだなw
76 : >>75 ご免。「ポスト構造主義」
77 : 良質ポエム
78 : >>75 1960年代から70年代にかけて、「構造」か「実存」か、という二項対立がポレミークなものだった。 大体「社会構造」のサイドでものを考えるか、「個的実存」かどちらの立場で自分の生き方 を選ぶかという実践的な生き方の選択に結びついていたのは、確かだ。 「ニューレフト」の時代に、左翼として生きることが「実存的」選択である、と考えた群衆が、 存在していた。(サルトル流他) その人々はそののち「左翼」冬の時代という、悔痕の暗い 時代を生きざるをえなかった。「あの時代は何だったか」という問いを長く反芻したのち 、その世代が若かった時代を忘却するに長い時間を要した。 結局社会情勢の所与の前提が移行したせいで、へーゲル的な自己否定から、ニーチェ 流な自己肯定へと内面性の変化があったとも思う。「ネクラ」から「ネアカ」のエッポクが 80年代に起こる。アンチ体制から制度内参加のチャンスのゲットに、選択枝が変わる。 ドゥルーズ自身が「パリ五月革命」に対して、それに与えた解は「分子革命」である。モル的 な固質な線ではなく、群衆の分子的な量子的な流れによって起きた出来事であると。
79 : >>77 もう少しポエム。 ドゥルーズが「資本主義と分裂症」では、顕著な思考の柔軟性を示す。 モル的な水準では硬質な線にそって条理化される空間を決して逃れることはできないが(制度)、 ミクロ政治学では「分子的」なレベルでの「流れ」は、かつて実存的と呼ばれた個体の生成の 選択の自由度が可能な水準があるとする。 「構造」という桎梏と「実存」という破綻の運命を、人間的なものが担うという、ヒューマニズムを あるいは人間中心主義をDGは「機械」が担うという、人間的な内面性を捨象した次元(メガノスフィアー)に おいて考えようとする。 構造と実存がヒューマニズムの観点から考えられるのではなく、敢えて取られた「非人間主義」 (鈴木泉)によって「構造主義」の決定論と「実存主義」の決断主義との主体の問題とは別様に、 オルタナティヴな実践の問題として考えようとするのが、ここでのDGの狙いである、といえよう。
80 : 間違えた「メカノスフィア―」です。
81 : ドゥルーズはハイデガーに十分敬意を表しながら、距離を置くのは、常に生成する自我・主体には 自ずから「同一性」は成り立たない、という点である。それ故野生の力動を人生に認めているのだ。
82 : >>78 ドゥルーズなんかがなにを言おうと、社会的にも思想的にも無価値だよ。 本来、いわゆる「左翼」というのは、人間というのが大半がいま生きている社会を肯定する観念しか持てないということから、その社会の変革のためには、経済構造を変革することが必要だ、という考え方のことだよ。 例えば、サルトルは自分の現実への拒否感覚を社会変革につなげることが、自身が社会の中で生きていることの証明だという意味で、それを実存と言った。 ハイデガーなんか関係ない。
83 : >>82 今時そんな左翼なんて実在するのかww
84 : >>83 少数だけどね。 思想としては未だにこれを超えるものはでていないな。 まあ、せいぜい「哲学」でもやって、新自由主義のお先棒でも担いでいればいいさ。 ハイデガーのナチスと同じようにね。
85 : アルチュセールの思想には、旧マルクス主義的な経済決定論の尾てい骨のような考え方があり、 フーコーやドゥルーズ(ガタリとワンセットでない単品の)の思想は、それを取り除いたことが、 新しい、かのような評価があった。 だが、今になって思うに、むしろ、かつては旧弊にみえた、アルチュセールの思想における 経済審級が最終審級であるという尾てい骨的だったはずの考え方が、「左翼思想」としての譲れない肝心な部分を、 保っていたように思われるのだ。 そのアルチュセールのいう「経済」というものが、いうなれば、自然と文化を架橋する活動そのことなのであれば、 そして、それが実存(生存)のための基底的条件(「存在が意識を規定する」マルクス)なのであれば、 サルトルよりは、やはり後期のハイデガーにより近いのではないか。
86 : >>84 サルトルみたいな「乗り越え不可能」なものじゃとっくにないよ。
87 : >>85 >そのアルチュセールのいう「経済」というものが、いうなれば、自然と文化を架橋する活動そのことなのであれば、 >そして、それが実存(生存)のための基底的条件(「存在が意識を規定する」マルクス)なのであれば、 >サルトルよりは、やはり後期のハイデガーにより近いのではないか。 この部分ハイデガーとマルクスがどう交差するかを、詳しく論じてください。
88 : ハイデガーは、文化=象徴系の構造が人間的自然を規定する、 というよくある現代思想的観点には立っていなかった、と私は思う。 むしろ、象徴系の構造のほうが、「物」的である記号およびその結合態のルーティン的操作に起因するものだ、 と考えていたのではないか、と思われる。そして、記号のルーティン的操作、 というのが「経済」だと、いいたいわけ。この「経済」は、もちろん、近代の経済学が扱う領域よりも、ある意味で広い。 意識的存在者であるための活動あるいはパフォーマンス全般を指すわけだから。たぶん、エコノミーの語源のオイコノモスに近いだろう。 したがって、これは、従来のマルクス主義のいう「経済的下部構造」とは違うにしても、 精神分析や構造人類学などとはしっくりいくとらえ方だろうと思う。
89 : 文学のたとえを出せば、ドゥルーズの「機械」という概念は、オートポイエーシスに近いという人があるが、 ポイエーシスが、元来は「制作」というよりは、「詩作」の意味だった、 といったことをハイデガーは述べている。 記号的なものの操作=詩作が、むしろオート(自働的)に「作者の自意識」をもららす、 といえ、これには、経済活動が意識を規定する、ということとのアナロジーが成り立つだろう。
90 : ピンクパンサーであれ!
91 : >>88 >「物」的である記号およびその結合態のルーティン的操作 >記号のルーティン的操作、というのが「経済」だ もう少し考えさせて欲しい。GDの文脈で考えてみたい。
92 : >「物」的である記号およびその結合態のルーティン的操作 >記号のルーティン的操作、というのが「経済」だ どうやって「操作」可能なのか?
93 : 操作というのは、とりあえず言ったのであって、 オートなのだから、とうぜん、自由意思的に操れる、 といったものとは考えていない。 なお、精神分析、とくにラカン派などでも、象徴性は 無意識の領域に根ざすものをいうのだから、 そう違いがあるとは思わないし、 また、「文化主義」の代表格であるかのようなバルトの「記号」観にしても、 追従者と違い、いがいとマルクス主義的な面を残していたと思う。 「構造主義」は、あんがい、いわゆる構造主義的、ではなかった、のではないか。
94 : >>93 バルトならいわゆる「表彰文化論」の範囲に収まるぐらいだよ。
95 : 「零度のエクリチュール」などは、必ずしもそうではない。
96 : 偶然の出来事にあって私を捉え、私の中で反響しているものは、 原因ではなく構造である。まるでテーブルクロスごと食卓の上のものが 引き寄せられるようにして、恋愛関係の全構造が、私の元へ引き寄せられてくる。 その不都合も、その罠も、その袋小路も、なにもかもすべてが(螺鈿のペン軸に ついた小さなレンズの中に、パリが、エッフェル塔が、見えるようなものなのだ)。 私は非難を口にせず、疑いを差し挟むこともなく、原因を探ることもしない。 恐怖とともに、自分の捉えられている状況の広がりを眺めているのだ。 私は恨みっぽい人間ではなく、宿命論者なのである。 (私にとって偶然の出来事とは、記号であって、標識ではない。なんらかの 体系の構成素であり、特定作因の開花ではないのだ) (ロラン・バルト著・三好郁郎訳『恋愛のディスクール』みすず書房。104頁)
97 : バルトの「恋愛〜」は要所要所抜き出してツイッターで朗読してた けっこうふぁぼられた 一冊まるごと朗読するかと思ったけど、 あと50ページってとこで著作権的にまずいとわかってやめた
98 : パリ五月革命の後に20年経って、本家のパリでも急激に左翼的なものが姿を消した。 自らがそれに依って生きている社会の中で「左翼的」言辞を述べること自体のほうが 「ブルジョワ」的なのであって、欺瞞である、というのが、社会通念となったからである、 と言う。 パリ五月革命は、歴史の中で生きている日々の生の中での試みとして、 完成したのだという実感がその根拠となっているという。 (Dork Zubnyan)
99 : 折しもフランス社会党の政権誕生の後であった。
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