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2013年06月なりきりネタ231: ペルソナTRPGイデアルエナジー (185) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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ペルソナTRPGイデアルエナジー


1 :2012/09/11 〜 最終レス :2013/06/08
『ペルソナ』とは、人の心の内に潜む、もう一人の自分…
自身の外側の物事と対峙したとき、表に現れてくる、もう一つの
”人格”とも言うべきものである。
”ペルソナ能力”とは、それを形ある姿で自分の傍らに召喚し、
実際の力にできる異能のことで、それを使いこなす者は
”ペルソナ使い”と呼ばれる。

2 :
おおおおおおおおおおお

3 :
期待sage!

4 :
名前:
性別:
年齢:
生年月日(星座):
性格:
外見:
装備:
戦術:
職業:
目標:
うわさ1:
うわさ2:
ペルソナ名:
力:
魔:
耐:
速:
運:
物理攻撃:
火:
氷:
雷:
風:
光:
闇:
力や魔力などのステータスは、すべての数字を足して
20以内に設定してください。
物理攻撃や火などの属性は「弱」「耐」「無」「吸」など
ペルソナの特徴に応じて設定してください。
ちなみに「弱」はその属性に弱く「耐」は強いことを表します。
「無」はその攻撃を無効化し、「吸」は吸収することができます。

5 :
この作品は、ペルソナシリーズ(主にP2とP3)を通して
独自解釈のオリジナルストーリーで展開していきます。
※設定(独自解釈・オリ設定含みます)
○珠間瑠市
 本作のメインとなる場所。
 海に面した人口128万の政令指定都市。
 『蓮華台』……七夕川の北に位置している。本丸公園、アラヤ神社、七姉妹学園などがある閑静な高級住宅地。
 『平坂区』……下町情緒あふれる街となっており、春日山高校などがある。
 『夢崎区』……珠間瑠市1番の繁華街。派手さと軽薄さが売り物といった施設が多い。
         又、カジノや風俗街などがある地域で、割と犯罪行為が多かったが、
         監視カメラの増設などで、一時期よりは減っている。
 『青葉区』……強いて言えば大人の街。テレビ局や出版社などの施設が多く、野外音楽堂がある青葉公園がある。
 『港南区』……空の科学館や恵比寿海岸など観光地が多く、観光シーズンは賑わいを見せる。
○月光館学園
 巌戸台港区から少しだけ離れ、海面に浮かぶ人工島にある小中高一貫の私立学園。
 校舎は新しく見えるが、人工島であるポートアイランドが出来た際に、現在の新校舎へと移転している。
 月光館学園自体の設立は1982年である。
 桐条グループが出資のため、各種設備はかなり充実していた。
 学力・スポーツの面において珠間瑠市周辺でも、かなりのレベルを誇る名門校。
○七姉妹学園
 珠間瑠市蓮華台にある中高一貫の学園。通称はセブンス。
 学校の校章には、7つの星がデザインされており、校舎の大時計、生徒の持つエンブレムなどにも施されている。
 時計台をシンボルとした洋風の校舎がオシャレだと言うことで、人気が高い。
 バリバリの進学校と言う訳でもなく、月光館学園と比較すると少しだけランクは低い。
○春日山高校
 珠間瑠市平坂区にある高校。通称はカス高
 札付きの不良や、成績に問題がある者ばかりが通う学校であり、評判は最悪と言っていい。
 隣の区にある七姉妹学園と、何かと比較される。月光館学園は同じ市内にあるが、
 距離が離れすぎているため、比べられることはないようだ。
GM:無し
NPC:共有可
名無し参加:なし
決定リール:なし
レス順:投下順(変更も可)
四日ルール適用。
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
備考:とりあえずこんな感じでいこうかと思います。
   参加者募集中です。よろしくお願いします。

6 :
追記
千夜万夜に、避難所を立てさせていただきました
http://yy44.60.kg/test/read.cgi/figtree/1347374221/l50
○訂正
GM:無し
NPC:共有可
名無し参加:なし
決定リール:なし
レス順:最初の投下順(変更も可)
四日ルール適用。
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:あり
備考:とりあえずこんな感じでいこうかと思います。
   参加者募集中です。よろしくお願いします。

7 :
同人板でageて宣伝とか何考えてんの馬鹿なの?

8 :
他板で宣伝はさすがにやめとけよ…
あんたも例えばオフ板の連中がこのスレでサシオフの宣伝をしたら微妙な気分になるだろ?

9 :
誰もいないプール。海藤美帆は自分の身に着けた紺色の水着を眺め、
それから目の前に広がる長方形の水の塊を見た。
誰も泳いでいないプールは夏の終わりの青空を映していて、まるで銀色の鏡のようだった。
水面を覗き込む。一足ずつ梯子を降りる。
足の先が水に触れた。生ぬるい水がやわらかく美帆の足首を包みこんだ。
脛から順に、膝、腿、腰と水に沈めていく。
少女を取り囲む水は笑うように揺れ、表面は大きく波打つ。
胸まで沈め、水着に縫いとられた七姉妹学園の校章が水面に消えると足がコンクリートに触れた。
海藤美帆は一度も泳いだことがない。
そればかりかこうして全身を水に浸すことですら幼稚園以来のこと。
それなのに水は怖くなかった。
全身を投げ出せばどこまでも泳いでいける。そんな錯覚すら覚えた。
両足のつま先でコンクリートを蹴り、水の中に体を横たえ手足を動かしてみる。
もちろん泳げるはずがなかった。いきなり体は水に飲み込まれ、目にも口にも鼻にも、
薬品くさい匂いとともに水が入り込んできた。
ひとり咳き込む。誰もいない屋外プールにそれは大きく響いた。
涙と唾液を拭ってから、もう一度水面を見る。
美帆のまわりでゆっくりと揺れる水が、急に憎悪を持っている生き物に思えて水からあがった。
海藤美帆は、小学校三年のときから塾に通っていた。A大付属高校に進むためだった。
三年生のクラスで、何かしらはっきりした目的をもって塾に通っているのは美帆だけで、
どこか雰囲気が違うと見なされた美帆はメガネザルと呼ばれ、親しくしてくれる友達はいなかった。
誰かとうんと仲良くなりたかったのにそれは叶わなかったから、自分が傷つかないために
みんなを見下すことにした。
頭が悪くて不潔でみんな一緒にしか行動できない子供たち。
クラスメイトのことをそんなふうに思っていた。
そう思うと、話しかけられないほうが気楽だった。
教室のまるでそこだけ凍ったような空間で一人椅子に座って、
海藤はA大学付属に行ったらどうなるんだろうと考えていた。
その先になにがあるのか。あるいはその中になにがあるのか。
まとまらない考えを積み木のようにばら撒いて組み立てようと試みる。
友達と笑ったり、何かを深刻に話し合ったり、秘密を打ち明けたりするところを思い描いてみる。
その場所は、今いる教室のクラスメイトより、先生より、刺激的で楽しい場所。
こうなると美帆の思考は止まらなくなる。俗に言う嬉しい悩み。
けれど悩む必要も何もなかった。それだけ勉強していたにもかかわらず、
美帆はA大付属を落ちた。落ちたのである。海藤美帆はただのメガネザルだった。
それで、すべり止めに受けていた七姉妹学園に通うことになった。
入学祝に父親がコンタクトレンズを買ってくれ、それまで使っていた赤い縁のメガネを捨てた。
新しい学校には知らない生徒ばかりいて、だれも美帆がメガネザルであったことに気づかなかった。
七姉妹の生徒たちは美帆のことを仲間はずれにはせず、無視することもなかった。
けれど、あまり楽しくなかった。笑いあうのも深刻に言葉を交わすのも、思ったより楽しいことではなかった。
塾へ通う必要もなく、その新しい場所でいったい何をすればいいのかわからない。
そんなとき美帆はプールに浸り、やけに高く見える空を眺めA大付属に通っている自分を思い描いた。
海藤美帆が水泳部に入った理由は、銀色に揺れる水面が、全身を心地よく冷やす液体が、
かつてメガネザルであった自分を忘れさせてくれるからだった。

10 :
2012年9月1日
君は下記の情報を、何らかの形で入手することができるだろう。
朝の情報番組から今日のワンロン占い。○月生まれの運勢は「大凶」。
何をやってもうまくいかない一日です。大きなアクシデントに見舞われる暗示も。
でも10月生まれ(銀龍)のお友達が、あなたを不幸から救ってくれるかも。
兎にも角にも気をつけて過ごしてね☆
※ワンロン占いはよく当たる。若い女性を中心に口コミで広まった占いだが、
 最近では中年の主婦やサラリーマン層にも人気を博している。
 
昼のワイドショーでは、若者たちの間で囁かれている「ジョーカー様」という噂が取り上げられていた。
その名の怪人に憎い相手の名を告げると殺してくれるのだという。
もちろん、たわいのない都市伝説と片付けられ警察もまともに相手にしていないが、
恐怖のあまり家の外に出られなくなる若者が増えて社会問題になりつつあった。
夢崎区。裏路地。
生ごみの臭いのする、野良猫が徘徊する、狭い路地裏。
地べたにうずくまっていた人影は、名前を呼ばれ顔を上げた。
目の前には妙なものが立っていた。
人間――だろうか。
蝋のような白い肌が、薄闇にぼうっと浮かび上がっている。
大きく笑った口。片目の周りに描かれた、繊細な紫色の隈取。
頭部には左右に張り出した奇妙な飾りがついている。
――仮面。
冷静に考えてみたらわかるだろう。
仮面を被った謎の人物は、路地裏に座り込んだ人影に、
ゆっくりと一歩を踏み出すと手にしていた棒を持ち上げた。
いや、棒じゃない。仮面の人物が握っているのは日本刀だった。
飲み屋から漏れてくる細々とした明かりを、白刃が反射する。
風を切る音とともに血飛沫があがる。
蹲っていた人物は足の腱を斬られて、立ち上がれずにいた。
地面に両手をついて、無様に身体を引きずりながら路地裏を逃げる。
しかし、大きな影が降って来る。ビルの屋上から飛び降りたらしい。
巨大な犬だった。セントバーナードよりもまだ大きい。
毛並みは燃えるように赤かった。
頭上に巨大な犬の顔が迫る。肉の腐ったような臭さを感じる。
仮面の口は笑っていた。両端のつりあがった唇が不気味に赤い。
巨犬の口が開く。地面にぽたぽたと落ちる涎。
刹那、路地裏に轟く悲鳴。しかしそれは、途中でぷつっと途切れた。

11 :
水泳部に入部して、海棠美歩はすぐに気がついた。
まったく泳げない新入生が自分しかいないということに。
顧問の先生は十三人目の新入生である海棠がまったく泳げないことを知ると、
困ったような顔で、どうして入部しようと思ったんだ?と聞いた。
しかし、聞いただけで、べつに海棠の答えを待つわけでもなく、
ビート板を渡して他の生徒たちの訓練を始めた。
泳げない人の入部を禁止するわけにもいかないが、そういう人の面倒を見るわけにもいかないようだ。
――放課後のプール。
ビート板にしがみついて必死に足を動かしながら、海棠は他のコースを眺めていた。
誰もかれも一息つくことなく延々と泳いでいる。
そのなかでも一際美しく、なめらかなフォームで泳ぐ女の子がいた。
もちろん海棠は泳ぎの正しい型などしらないから、きれいだという形容しか思いつかない。
彼女はいつもプールサイドやシャワー室の掃除などをやらないから
きっと上級生だと思っていたのだが彼女も新入生の一人だった。
名前は「須藤竜子」
偉い政治家を祖父にもつ、生まれついてのお嬢様ということを、
海棠はあとになってから知ることとなる。
――ある日の教室。
「R。ねえR、ポテチ買ってきてよ」
海棠の背中で大声が聞こえた。驚いて振り向いた視線の先には須藤竜子。
須藤の横では他の女の子がふきだしている。
「だってこいつRみたいなんだもん。こんどプールに来てごらん。
七コースに瀕死の老婆が泳いでいるから」
須藤の周囲を取り囲んでいる女の子たちが笑う。
海棠は自分の席についたままうつむいた。すると机が思いきり倒れた。
須藤が机を蹴り倒したのだと理解するまでに少し時間がかかった。
「あさ食べてないんだ、私。おなかすいたからポテチ買ってきてって言ってんの。耳遠くなっちゃった?」
須藤はじっと海棠を見下ろしていた。
見下ろすその顔からは次に何をするのか読み取ることはできなかった。
海棠は黙って立ち上がり、一番近くにあるコンビニエンスストアを目指す。
たった今抜け出したばかりの門のむこうで、始業のチャイムが甲高く響いた。

12 :
保守

13 :
保守

14 :
須藤竜子に「R」と呼ばれるようになってから、
今まで一緒にお弁当を食べていた人たちは海棠美帆から離れていった。
おまけに須藤のグループの女の子たちが、時々買い物を頼むようにもなっていた。
数人の友達、クラスメイトは、誰ひとり美帆には近寄らず
そのかわり「バイキン」と呼ばれている無口な女の子がぴったりと寄りそってくる。
バイキンは野中エミコという名前で、ショートカットで小学生のような顔。
美帆はそのバイキンと二人、ひっそりとお弁当を食べひっそりと教室を移動するようになっていた。
そして、いじめは日に日に酷くなっていく。
その日は机の中に封の開かれたナプキンが入っていた。
真ん中がマジックペンで赤々と塗られ、裏を返すと「のなかえみこ」と黒いマジックで書かれている。
美帆はナプキンを手にとって、しばらくその意味を考えていた。
すると後ろから数百の風船がいっせいに割れたような笑い声。
「バイキンったらあんたの机の引き出しとトイレの汚物入れを間違えちゃったんだね。
でもあんたたちすごく仲がいいんだから、かわりに捨ててきてあげたら?」
須藤竜子が女の子たちの真ん中で背を反らし、なぜか勝ち誇ったような感じで笑っている。
野中エミコのほうを見ると、彼女はこちらをふりむいて真っ赤な顔。
海棠は大人しく立ち上がって、ナプキンをゴミ箱に捨てた。
「それねえ、ゴミ箱に捨てるもんじゃないのよ。
トイレに捨てて来いって言ってんの。教室が臭くなるでしょ」
いつの間にか後ろに立っていた須藤がおもいきり海棠の背中を押した。
ゴミ箱を抱え込むような格好で転ぶ海棠。また風船爆弾の笑い声。
海棠は本当に大人しく忠実な犬のようにナプキンを拾い上げ教室を出た。
バイキンは何にでも名前を書いてて偉いねえ、と教室から須藤の声が聞こえた。

15 :
保守

16 :
静寂──。

足を取ろうと狙うかのように転がる空き缶、吐き気を催すようなすえた臭い、薄汚れた壁を這い上がっていく害虫。
路地裏と聞いて想像し得るあらゆる物が集約されているような、そこはそんな場所だった。
雄々しく立ち並ぶ違法建築のビル群のおかげで、ここに光が差すことはない。
常に影に包まれた、影が支配する領域。
四方に枝分かれする通り道のどれもが、まるで得体の知れない世界に続いているかのように感じさせる。
その枝を統べる根、つまり十字路の中心、久我浜清恵はそこにいた。
直立不動、頭から爪先まで微動だにすることなく、独り立ちすくんでいた。

──カラン。カランカラン。

そこで乾いた音が幾重にも反響して聞こえてきた、恐らく転がった空き缶を誰かがうっかり蹴り飛ばしてしまったのだろう。
反響音はどこかへと通り過ぎていき、そして消えると、すぐにまた静寂が戻る。
そして、清恵の姿も、すでに薄闇の奥へと消えていた。

子供の背丈ほどに積み上げられたダンボール、その陰に少女は縮こまって身を隠していた。
傍らには僅かにひしゃげた「お〜い粗茶」の空き缶が転がっている。
それは先程少女がうっかり蹴り飛ばしてしまった物だった。
うっかり──とは言っても、少女にとってはうっかり以上、痛恨のミスであった。
身を隠しながら、一刻も早くこの路地裏を抜け出さなくてはいけなかったからだ。
少女は逃げていた、自分を追う得体の知れない者の手から。
なんなの、なんなのよアイツ。あたしが何したっていうの?
顔も知らない生徒だった、生徒だと分かったのは制服を着ていたから。あれは確か七姉妹学園指定の物だ。
話があるなどと言われて、馬鹿正直に付いていった自分にも責任はあるだろう。
他人への警戒心のなさは常々彼氏からも忠告されていた、こんなことになるならもっとちゃんと……。
「……殺される、のかな」
アイツに見つかったら、殺される?
自分が死ぬなんて考えたこともない、今この時も考えたくもない。
でも、だって仕方ないじゃない、アイツ──凶器持ってるんだよ!?
大工のおじさんが持つみたいなおっきなカナヅチ……ハンマー……?
とにかくそういう鈍器を持ってるの、取り出したの、あたしをここに追い込んで!!
あんなので殴られたらどうなっちゃうのかな、手とか足とか。頭とか。
わかんない、わかんないけど、絶対痛いよね?
やだ、怖い、ああ、怖い、やっぱりだめじっとしてちゃいつか見つかる、でも動けないよ無理、さっきの音を聞いてアイツが近くに来てるかも──!

17 :
ハンマーを振り回しながら迫り来る奇怪な狂女の姿が脳裏に浮かぶと、もはやいてもたってもいられなかった。
ダンボールに身を預けるようにしながら顔半分だけを出して、恐る恐る薄闇の奥を覗く。
幸い何も異変はなく、闇の奥に僅かに小さな光の粒が見えるだけだった。
こちらに向けて光が射しているのだろうか、案外出口が近いのかもしれない。
ふと光が一度だけ明滅した、突然何かに遮られたかのように。
僅かな道標を辿って逃げるべきか、考えている内に二つの光はまた一度明滅する、だが消える気配はない。
微動だにすることもなく、確かにそこに浮かんでいる。
そこで、どうも光の正体が気になった、というよりもその光には何か違和感があった。
二つの光があまりにも綺麗に横
に並んでいるのだ。
「ねぇ」
耳元で囁くような声。
二つの光が薄闇を引き裂くように大きくなっていく。
「いつまでそうしているつもり」
光の粒の正体は、二つの眼だった。
足音が近づくにつれ、その姿も徐々に露わになっていく。
それは他でもない追跡者、ハンマー女だった。

「どうせなら、もうそのまま動かないでいてくれると助かるわ。追い掛けるのは疲れたから」
一歩、二歩と素早い動作で少女との距離を詰める。
少女のすっかり脅えきった様子を前にしても、清恵は顔色一つ変えていない。
「戦わないの?それとも、戦えないのかしら」
少女は何も答えずに頭を抱えて震えながら何事かをぶつぶつと呟いている。
「……まあいいわ。自分で確かめた方が早いから」
清恵は上着のポケットから小型の拳銃を取り出すと、躊躇なく銃口を少女の頭に押しつけた。
ビクリと少女の肩が浮き、体の震えはより一層激しさを増す。

18 :
懇願するような眼を清恵に向けて、鯉のように口をパクパクとさせている。
清恵はそれも意に介さず、あくまでも事務的にあっさりと引き金を引いた。
その瞬間、少女の額から右半分が無惨に爆散する──ことはなかった。
少女は無傷だった、もっとも死を間際にした恐怖のあまり意識は失ってしまったようだが。
白目を剥いて地面に崩れ落ちた少女を尻目に拳銃を下ろし、倒れている少女の懐を探る。
清恵の目的の物はすぐに見つかった。
──『召喚器』、それは拳銃の形を模したペルソナの召喚に使う道具だった。
先ほど清恵が少女に向かって引き金を引いた拳銃と同じ役割を持っている物だ。
「逃げずにいてくれれば、貴女もこんな目に遭わずに済んだのに」
清恵は少女をRつもりなど最初からなかった。
ただペルソナを発現出来る者を捜していて、召喚器を持つ彼女をたまたま見かけたから話を聞こうとした。
咄嗟のトラブルにも迅速に対応出来るように、スレッジハンマーを携えながら。
その結果、逃げられてしまい、《手を出してこない→戦う術を持たない→ペルソナ使いではない可能性あり》と解釈した上で、少女を追跡する為に、逃げた先の音を耳で追っていたのだ。
「なんにせよ、これは貴女が持っているべき物ではないわ」
もしも、本当にペルソナ使いでなかった場合は、召喚器を回収するつもりで。
「これは──“私達”のような人間が使う物なのだから」
その言葉を残して、清恵は出口に向かって歩き出し、その場を後にした。
残ったのは路地裏で失神する少女独り。
それから数分後、匿名電話の通報により少女は救急隊員によって病院に搬送された。

彼女に召喚器を与えたのは誰なのか、それを突き止める必要がある。
だが、ひとまずはペルソナ使いを集めることが当面の目的だ。
戦力は多いに越したことはない。
「これを役立てる人に巡り会えると良いけれど」
召喚器の銃身を空にかざすようにしたりして、手の中で玩ぶ。
使い手がいなければただのガラクタに過ぎないそれは、どこか寂しげな印象を纏っていた。

19 :
雑多な街の明かり。
ギラギラとこの街の夜を生きる人々の欲望を溶かしこんだようなネオンの色。
客引きの若い男の声が響いて、女の黄色い声が男を誘う。
やたら派手な髪をした男が女の肩を抱いて歩き、2時間数千円で入れる城の様な建物に吸い込まれていく。
そんなふうに、人間の様々な生き様が乱れ交うそこは夢崎区と呼ばれる地域である。
市内最大の繁華街が有る区であり、つい最近まで市内で最も治安が悪いとされていた地域だ。
しかし、近年の市の政策によって監視カメラが設置され、表路地での治安は大分良くなったように思われている。
そう――表通りに関しては、その想像も間違ってはいない。だがしかし、この地域の裏路地はまだまだ治安が悪い。
ドラッグの密売や、不良の溜まり場、他にも様々な要因からこの街の路地裏を夜に通るのはお薦めできることではないと言われていた。
青年、中務 透が歩いていたのはそのような場所であった。
しんしんと冷え込むコンクリートは、透の履きつぶしたスニーカー越しですら冷気を感じさせる。
首にマフラーを巻いて手をこすり合わせながらも、不意な震えを抑えきれないくらいには、透は寒さを認識している。
吐く息が白い。寒さの原因は、きっとこんな人気のない路地裏を歩き続けているからだったろう。
手にほぅ、と息を吐きつけてこすり合わせる。
走りやすい安物のスニーカーは、あまり足音を立てること無く、透を薄闇の中で歩かせる。
ふと、上を見あげれば、長方形のカンバスに切り取られた夜空が見えた。
かと言って、月は綺麗な半月でも満月でも、はたまた暗い満月でもなく、中途半端な形の月だった。
都会の汚れた空気で星などそう見えるはずも無く。そんな空を見上げても感慨など抱くことはない。
「……寒っ。自販機とか、どっかにねぇのかよ」
マフラーをきつく巻き込みながら、どこかに自販機が無いものかと見回すが、周りには何もない。
寂れた路地裏に人がそうそう通る訳も無く、そんな場所に都合よく自販機が有るはずがない。
透は、後ろを振り返ること無く、只々前に向かって歩き続けている。
後ろには、倒れ伏す青年と同じくらいの高校生が一人と、鉄パイプが一つ。
口から泡を吹いて気絶していたが、その原因が誰だったのかは自明の理といえよう。
(謎の影やら、変なモデルガンやら。
 ちょっとしたネタになりそうだと思ったんだが……。
 掲示板見てても埒があかねぇから歩いてるってのに、歩いても見つからんとは運が悪いかねぇ)
透の通う高校は、俗称をカス高と言う。
市内での評判は最悪といっていいほどの底辺校であり、部活や何かでも特筆する点は何一つ無い。
そんな、どんな都市や県にも存在する、所謂馬鹿の受け皿となっている場所に籍を置くこの青年は、しかしその場所で妙な立ち位置に付いていた。
単車の無免許運転の経験は確かにあるし、先程地面に転がる不良を生産したように喧嘩だってする。
だがしかし、勉学も欠かさないし、春日山高校に通う生徒としては珍しく部活にも所属している。
その部活は、新聞部と呼ばれているが、部員は透ただ一人。
正式な認可などされていようはずも無いが、新聞部室として図書室の一角を勝手に使っている。
将来の夢として記者を志す透は、都市内の様々なゴシップを追い、面白おかしく脚色したり、はたまたいい話を記事にして学内にばら撒いていた。
それらの新聞は殆ど読まれる事は無いまま、捨てられたりちり紙にされたり、便所の紙の代用にされたり紙飛行機にされて教室を飛び交うのが殆どの末路だ。
だが、それでも僅かに透の作る新聞を読む友人も居ないわけではなく、今回追っているゴシップは貴重な読者兼友人からの情報であった。

20 :
曰く、街の路地裏でモデルガンを持った人が変な影を出していた。とのこと。
いかにも都市伝説臭い、嘘八百を感じさせる、二流の記事にもできそうにない流言だった。
基本、その友人――名前は都子 千歳と言うのだが――の言う事は、嘘か妄言か冗談が七割、残りの三割は真実と相場が決まっていた。
またいつもの妄想か、電波でも受信したものかと思ったのだが、クラスの委員長が飲み会の後路地裏で立小便をしていた所、そんなモデルガンを見たとの証言を聞いた。
複数の人間から、少なくとも知能指数は別として妄想などに囚われては居ない第三者からの証言が有った為、透は少なくとも事実無根の噂ではない、と判断した。
もしも本当にその影が有ったとすれば大ニュースであるし、噂の真相を暴くだけでもちょっとした目玉記事にはなるだろう。
無理に理由づけるとすれば、集団幻覚か、何らかの違法な薬物や、脱法な薬物がもたらす妄想か、と言ったところだろうが。
そんな適当な理由付けで折角のネタを逃すようでは、記者失格だ。
故に、級友等から情報を集めてから、己の足で街をめぐる事に決めて、準備もしていた。
それでも、この寒さの中歩き続けて収穫が無いのならば、当然文句も言いたくなるものである。
「これで四日目なんだよなぁ……。
 影も形も見えやしねえ。……いや、ここで諦めるのも勿体無い、か。
 あとあと三日位、頑張ってみますかね――」
心に鞭を打ち、気合を入れて己の頬を強く叩いた直後だった。
横道から空き缶の転がるような音が聞こえたのは。
透は即座に動いた。この反応の良さは、偏に日々の新聞配達と引越しのアルバイトの経験が成させたのだろう。
脳から叩きだされた命令は足の筋肉を駆動させる事で地面を蹴り、その反動で比較的小柄な青年の体は押し出されて加速し、走るという行動に帰結。
インターハイクラスの陸上部には遠く及ばないものの、春日山高校の有象無象の陸上部以上には動く健脚がその実力を発揮した。
軽快に足を動かしつつ、警戒しながら横道の近くにたどり着き、透は道を覗きこむ。
覗き込めば、スレッジハンマーを持ち、片手に噂のモデルガンを携えた少女が、もう一人の少女にそれを突きつけている姿が見えた。
透は静かに息を潜める。このまま暴力沙汰になるようであれば、躊躇いなく飛び出す覚悟は有る。
目の前で起こる暴力沙汰を見てみぬ振りが出来るほど冷血な人間ではないし、そんな判断が出来るほどには老成した性格の持ち主ではない自覚が有ったからだ。
学ランのスラックスに突っ込んであるキーホルダーを引き抜き、手元で握り直す。キーホルダーから下がっていたのは、所謂クボタンと呼ばれる護身道具。
金属製の丈夫なボールペンであり、寸鉄の様に握りこみ相手のみぞおちや骨に打ち込むのを主な使用用途とするものだが――、相手のハンマーに比べて大分心もとない。
>「なんにせよ、これは貴女が持っているべき物ではないわ」
>「これは──“私達”のような人間が使う物なのだから」
(あれが、モデルガン、ね。大分良くできてるみたいだが、何の変哲も無さそうに見えるな。
 ……ん、なんかゾワゾワする)
それでも、ないよりはまだ良いと思いながら首から下げるカメラを片手で握り、構えていた。
状況を見ていて、これは間違いなくなんらかの裏事情などが絡んでいる事件だろう、と辺りを付けて、探究心に火がつき始める。
それでも、透の心と体がいやに硬直してやまない理由は、視線の先にあるモデルガンが原因だったのだろう、と透は判断できた。
モデルガンだと分かっているのに、あの銃を突きつけられれば死を覚悟しなければならないような、そんな予感を抱くのは、これが初めてだったのだ。
モデルガンを突きつけられている少女の怯え様からも、あのモデルガンが只の玩具であるとは透には到底思えなかった。
目の前で少女が失神したというのに、透は清恵が歩き出すまで体の硬直を解く事が出来なかった。

21 :
清恵が横道から姿を消したのを確認し次第、透は即座に横道に入り込み失神する少女の姿を確認する。
首筋に手を当てて、ただ気絶しているだけだと判断した後は、首に己のマフラーを巻いた後に学ランを羽織らせて、壁にもたれ掛からせる。
手早くそれらの作業を済ませると、透は焦燥感と共に足を動かし、先程のハンマーの少女を追うのだった。
薄汚れた路地裏の地面を蹴る、駆ける、走る。
自分の勘に全てを賭けて、右の方向を選択してひたすら駆けた。
記者の武器は足、そして迷わない素早い判断。そんな持論をたった一人の新聞部は持っていて。
その迷わない素早い判断は、今回に限っては実を結ぶ。
息を荒げ、周囲を探しまわって走り抜けた先に、ようやく少女の姿が見えた。
>「これを役立てる人に巡り会えると良いけれど」
何かを呟きながら点にモデルガンをかざしているその姿を見て、透は迷わない。素早い判断だ。
指先が嫌にゆっくりと動く感覚と共に、ぱしゃりと言うシャッター音と光が清恵に襲いかかる。
光と音の出処には、黒縁メガネと茶髪のオールバックが特徴的な青年、中務透がデジタル一眼レフを構えて存在していた。
息を荒げ、この冬空の下、なぜか上着もマフラーも無くYシャツ姿で、こんな場所に居る青年は、きっと怪しいことこの上ない。
だが、そんな事を気にしている暇はない。折角のネタなのだ、逃してたまるものか。きな臭い気配だってプンプンしている。
「――春日山高等学校、三年の中務透と言うんだが。
 ちょいと、姉ちゃん。取材させてくれないかい?」
バイトで培った営業スマイルに乗せて、透は探究心ばかりを込めた言葉を突きつける。
1995年6月11日の青年のタロットの絵柄は、計算したところによると隠者。
万物を追求する探求者、隠遁する賢者のアルカナに生まれついた青年は、気になった事の全てを暴かなければ気が済まない困った性分の持ち主である。
その探究心が、いまこの場に透を導いた。……この運命がどのように転がるのは、きっと運命を転がしている空の上の方々にしかわからなかっただろう。

22 :
これを役立てる人に巡り会えると良いけれど。
誰にともなく呟いた独り言だった、まさか傍に誰がいるかなど思いもせずに。
瞬間、乾いた音。そして目映い閃光が清恵の視界を狂わせた。
およそ一秒にも満たない目くらまし、だが一時的にショックを与えるには充分な攻撃だ。
学生鞄から三節根のように折り畳まれた金属製の物を取り出し、それを一閃に振り抜く。
それぞれのパーツが引かれ合うように形を成していき、一本のスレッジハンマーへ瞬時に変貌した。
柄を両手で強く握り、音の方向へ鋭い視線を向ける。
そこには此方に向けてカメラを構える青年の姿、黒縁の眼鏡と茶髪のオールバックが印象的な男だった。
不自然に薄着、息が上がっている様子を見るに、偶然此処に居合わせた訳では無さそうだ。
とすれば、追い掛けてきた? ──何故?
警戒を解かずにそんな思案を巡らせていると、先に動きを見せたのは青年の方だった。
>「――春日山高等学校、三年の中務透と言うんだが。
  ちょいと、姉ちゃん。取材させてくれないかい?」
不信感、猜疑心、そんなマイナス要素を相手の胸の内から根刮ぎ取り除くかのような笑顔を浮かべている。
ともすれば、単純に緊張を解きほぐしてくれるような居心地の良い笑顔とも受け取れた。
どちらにしろ、こういう表情を作ることには慣れているのだろう。
だが、眼鏡の奥に覗くその瞳には言葉以上の何かが含まれているように思える。
興味本位か探求心か何か別の目的……清恵にそこまでを窺い知ることは出来なかった。
青年──中務透の言葉の裏を探るのは早々に諦め、口を開いた。
「良いわ、ついてきなさい」
それは、あまりにも簡潔で淡白過ぎる快諾の言葉だった。
まるで母親に夕飯のメニューを聞かれ、雑誌を片手に「それでいい」と答える娘のような。
ともかく、それは『透の申し出を受ける』という意思表示に他なら無い。
ハンマーの関節を外し、小さく折り畳んで鞄に戻すと、透の返答を待たずに、清恵はさっさと背を向けて歩き出していた。

23 :
道すがら話を聞かれたかもしれないが、清恵は全ての言葉に対し無言を貫いていた。
無言で無表情、その場に自分独りしか存在していないかのように、歩くことだけを義務付けられたロボットのように。
やがて夢崎区内の外れにひっそり佇む喫茶店の前で清恵は足を止めた。
煌びやかな店々から弾かれたように位置するその店は、その場所だけが異世界のような印象を受ける。
ファンシーな色使いの塗装が施された、いわゆる女子ウケしそうな喫茶店だった。
「……ここよ」
『OPEN』というピンクの文字に円いグリーンの札が掛かった扉を押し開けると、ほのかに甘いお香の匂いが店内から漏れ出して来た。
それを意に介さず店内に足を進め、入り口から見て一番奥のテーブル席にそそくさと腰掛ける。
同じように透も向かいの椅子に座るだろうと予想してのことだ。
「それで、私に取材をしたいということだったけど」
先手を打たれまいとするように口火を切る。
「まず、最初に言っておくわね」
相手の心を突き刺すような、そんな冷ややかな絶対零度の口振り。
表情にも相変わらず何の感情も含まれていない。
「彼氏はいないし、好ましく想っている男子もいないわ」
そう一切表情を乱さずに言葉を続けた。
「貴男、ナンパなんでしょう? 『取材したい』だなんて下手な言葉で女子を誘って」
透が年上であることも気に留めず、ただただ不躾な言葉を紡いでいく。
「私って真面目そうに見えるから、簡単に引っ掛かると思ったんでしょうね。確かに男慣れしていないのは事実よ」
矢継ぎ早に独りで話を進めていってしまう、これも透を軟派な男だと勝手に断定しているからだろう。
「まあ良いわ、自己紹介ぐらいはしておきましょうか。不便だもの。── 七姉妹学園一年、久我浜清恵よ。中務透君」
そう言ってテーブルの上から右手を差し出す。
握手のつもりである──わけではなかった。
「あの時、私を勝手に撮ったわね? 写真に写っていると困る物があるの。カメラを確認させて」
被写体に自分ではなく召喚器が含まれている可能性など全く考慮していない口振りだった。
透が自分をカメラに収める事を目的としてシャッターを切ったと清恵は思いこんでいる。
一見して酷く自意識過剰に捉えられかねない態度だが、実際のところはそうではない。
ただ単に、自己の判断に絶対の信頼を置きながら、同時に全く1ミリ程にも信用していないだけなのだ。
久我浜清恵は誰よりも久我浜清恵を信頼し、そして今誰よりも中務透を疑っている。
R、カメラ、寒空に薄着、取材、営業スマイル、茶髪、黒縁眼鏡。
得られるだけのキーワードを瞬時に掴み取り、これはナンパであると絶対的判断を下したに過ぎないのだ。
ともかく、清恵はそこで一旦言葉を切り、透の出方を待つ事にした。

24 :
笑顔と共に、決め台詞(と透は思っているが誰がどう聞いても多分ナンパ)を放った透。
カメラから手を離して、笑顔のまま相手の様子を伺っていた。
そして、清恵の動作を見て、透は僅かに目を見開いた。
(う、ォ……っ。
 こりゃ、早まったか――?)
表情は笑顔を作るも、目の前の相手が即座にハンマーを組み立て構えたのを見て、戦慄する。
護身用道具は持ってきているものの、本気での喧嘩には少々心もとない。
何よりも問題なのは、相手のスレッジハンマーに比べてこちらのクボタンもメリケンもリーチが圧倒的に不利なのである。
こちらが一歩踏み込み拳を振り上げ叩きつけなければ相手に攻撃は当たらないが、相手はハンマーを振りかぶって振りぬくだけ。
確実に一工程分の動作の差が有る以上、うかつに距離を詰めるのは得策とはいえず、キーチェーンに手を掛けるも、緊張でこめかみがぴくぴくと動いてしまう。
緊張にごくり、と喉を鳴らし、笑顔は崩さないまま半身へと体勢をずらす。
いざという時は全力で逃走出来るように、そして逃げ際にもう一回写真を撮るために。
引き際を見極める為に、笑顔の笑わない瞳は、相手の一挙一動から逃げ出す積りが無かった。
>「良いわ、ついてきなさい」
だからこそ。
相手の予想外な同意には、驚きの表情を浮かべるほかない。
清恵の発言の直ぐ後には、透の露骨に安心した表情が相手に晒される。
本人はジャーナリストの卵を標榜し、行動力も判断力も持ち合わせているのだが、弱点はいくつか有る。
例えばそう、ポーカーフェイスや、水面下の駆け引きのようなもの。
良い点でも悪い点でも有るのだが、感情が意識していたとしても露骨に顔に出やすいのである。
それ故に、青年は努めて笑顔を作るようにしているし、笑顔だけは自然に作れるようになっていた。
思考する。
相手のハンマーを取り出す動作は間違いなく堂に入っており、また警戒心も強いように思えた。
それらから、間違いなく普通の高校生ではないことはなんとなく予想が着く。
警戒心の強さからして、ハンマーなどというもし補導をされれば一発で突っ込まれそうな品物をわざわざ持ち歩いているということ。
そこから、そんな強力な武器が必要な何らかの事情が有るのではないかと、考え至る。
例えば噂の影が、その事情なのではないか。そして、透にはその影に冠する噂で幾つかの心当たりがあった。
それについて、突っ込んでみようと思う。故に、選ぶべき行動は既に決まっていた。
ついてこい、との事で。罠の可能性も十二分に有るため、ポケットの催涙スプレーをさり気なく確認。
すぐさま歩き出した清恵を見て、透は応、と一言だけ答えて無言を貫く相手の後ろ数mを追って歩いて行く。
常に腰元のキーチェーンには手を掛け、不測の事態に対応する事は欠かさない。
臆病に見えるかもしれないが、得体の知れない何かを持つ相手だ。これでも足りない可能性がある。
だからこそ、どこまでも臆病に。しかし、果てしなく貪欲に相手から得られる情報に食らいつこうとしていた。

25 :
たどり着いたのは、学校の中で通称公衆便所と呼ばれている清楚系ビッチの言っていた名前の店だ。
あー、ここか。と透は口元で小さくつぶやくと、清恵の開いたドアに手を掛け、続いて中に入る。
一人で入るのには少々気後れしてしまうが、一人ではない。ならば問題はないだろうと思い、店内に足を踏み入れたが、僅かに店員が目線をやる。
普通の客にするそれと異質なのは、偏に彼の着ている制服が地元ではあまり評判の良くない高校の物で、青年の見た目も相応に軽いものだったからなのだろう。
透はそのような視線には慣れきっていたため、店内を一瞥した後には清恵の座る椅子の向かいに腰を下ろした。
>「まず、最初に言っておくわね」
「おう、なんだい」
話が早いのは好きだ、そう思いつつ口角を上げる表情は、爽やかそのもの。
あまり顔は整っている方でもないが、どちらかと言うと愛嬌が有る方だ。
街でナンパをすれば、頑張れば一人くらいは引っかからなくもない、ような感じである。
本人としては、そんな事をする積りも理由も一つもないのが問題ではあるが。
何方にしろ、相手から話を切り出してくれたのは上々だ。
ここから、相手と交渉が始まる。腹を探りあい、何とかして街の噂を――そして、己の知っている僅かな情報との合致を探すのだ。
そう思っていた。だがしかし、話は変な方向に転がっていく。
>「彼氏はいないし、好ましく想っている男子もいないわ」
>「貴男、ナンパなんでしょう? 『取材したい』だなんて下手な言葉で女子を誘って」
>「私って真面目そうに見えるから、簡単に引っ掛かると思ったんでしょうね。確かに男慣れしていないのは事実よ」
>「まあ良いわ、自己紹介ぐらいはしておきましょうか。不便だもの。── 七姉妹学園一年、久我浜清恵よ。中務透君」
「っへ?」
文字通り、鳩が豆鉄砲食らったような顔だった。これだから透は交渉事には向かないのだ。
確かに舌は回るタイプであるし、頭もそこまで良いわけではないが回転速度は上々だ。
大胆な決断をするだけの胆力は有るし、足を動かして情報を集める為の体力もそこそこある。
だがしかし、顔色を隠す、という事のみに関して、透は全くといっていいほど長けていないのである。

26 :
そして、相手の発言を頭の中で再確認していく。
自分の服装、発言内容、出身校。それらから、清恵程警戒心が高い人間なら、そういう方向に行ってもおかしくは無いと思う。
透は得体の知れない何かを持つ相手も、人並みにナンパやらの可能性を警戒するのだな、と思い、どこか可笑しみを感じた。
僅かに浮かんだ口元の、営業スマイルとは違う子供のような歪みはきっと感情を隠すのが苦手だったからだ。
>「あの時、私を勝手に撮ったわね? 写真に写っていると困る物があるの。カメラを確認させて」
「まず、清恵ちゃんには幾つかの間違いがある。
 確かに、あんたは大分可愛いし、ぱっと見ではチョロそうに見えるし、写真をダシに色々悪いこともできそうではある。
 だがな、俺の目的はそれじゃあ無いって事を先に強調させてもらうよ。
 あんたをナンパする積りは無い。モデルガンとは言え、人にあんなもん突きつけた上にハンマーぶん回す奴をちょろいと思う奴はきっと頭が逝っちまってるよ」
まず最初に、相手の想像が間違っている、という事を断っておく。
同時に、清恵の行動の一部始終を見ていた事も相手に伝え、出方を待つだろう。
右手をポケットに伸ばし、携帯を取り出すような動作をしつつ、携帯ではなく催涙スプレーを手に持つ。
店内でハンマーを振り回すつもりは無いだろうが、何かをしてきた場合に対応が取れるように。
たっぷり2秒は間を置いて、相手の目を見据えながら透は会話を続けようとする。
「俺が知りたいのは、清恵ちゃんの持っているモデルガンの事だ。
 あのモデルガン、見てるとちょいとゾワッと来てな。普通の物じゃないんじゃないか、と思ったわけだ。
 そして、今一部で噂になっている、モデルガンと影≠フ存在について。あんたは知っているんじゃないかと思う。
 もし知っているならその影の名前は、『シャドウ』と言うんじゃないか、とも問いかけさせてもらいたい、な」
透の視線は、真っ向から清恵に向かって据えられていた。
動くと決めれば大胆に。相手が警戒して情報を小出しにしてくるなら、相手が引くことができないくらいに状況を劇的に動かそうと決めた。
己の知りうる、街の噂に冠する全ての情報を開示し、相手の反応を見逃さないように目を眇める。
青年の口から出たシャドウという言葉。
近年話題になっている、影人間と呼ばれる現象の原因である、と一部のゴシップ誌や三流オカルト誌で語られている物だ。
現在は疎遠となっている透の父の雑誌で、その言葉が出ていたことを思い出し。影とシャドウ、同じものなのではないかと単純に考えついただけだ。
透は、己の発言の内の、どこのセンテンスに相手が大きく反応を見せるのかを、ただひたすらに注視するのみだった。

27 :
>「っへ?」
言葉にするなら──そう、それは“鳩が豆を食った”ような顔だと清恵は思った。
この男は何を考えている? いや、何も考えていないのだろうか。
透のその表情は驚き一色で、別の感情を読み取ることは出来ない。
「あの時、私を勝手に撮ったわね? 写真に写っていると困る物があるの。カメラを確認させて」
恐らくおとなしく渡すつもりは無いだろう、当然予測の範囲内だ。
これはあくまでも双方の被害を最小限に抑え、平和的に解決する為の要望。
透が拒むつもりならば、体よく話を切り上げて人気のいない所に誘い込めば良いだけだ。
そしてカメラを奪取し破壊する、都合の悪い物さえ抹消してしまえば、話はそこで終わる。
その腹いせに根も葉もない余計な噂を吹聴されたとしても気にする必要はない。
そこまで思案を巡らせていたからこそ、透が見せた反応に清恵は僅かに動揺した。
透は朗らかに口元を歪ませていた、悪意など一切感じさせない表情で。
何か可笑しな物を見つけて微笑むような、およそこの場にそぐわない表情。
予想外の反応に思考を惑わされそうになりながらも、差し出した右手を収め、動揺を悟られないように心を静める。
その動揺を誘う事こそがこの男の狙いだという可能性は充分にあるのだ。
緊張を解きほぐして、その次に言う軽口などたかが知れている。
そう予測しているからこそ、続く透の言葉は思いも寄らない物だった。
>「まず、清恵ちゃんには幾つかの間違いがある。
  確かに、あんたは大分可愛いし、ぱっと見ではチョロそうに見えるし、写真をダシに色々悪いこともできそうではある」
可愛いなんてそんな、等と頬を赤らめる素振りは無かった。
軽口と判断した以上、まともに受け取る気もないらしい。
>「だがな、俺の目的はそれじゃあ無いって事を先に強調させてもらうよ。
  あんたをナンパする積りは無い。モデルガンとは言え、人にあんなもん突きつけた上にハンマーぶん回す奴をちょろいと思う奴はきっと頭が逝っちまってるよ」
召喚器を突き付けた、そんな覚えはない。そう、少なくともこの男には。
記憶を掘り起こすまでもなく清恵は気付く、あの少女への行為を見咎められていたことに。
透がごく自然な動作でポケットに右手を伸ばすのを、清恵は見逃さなかった。
恐らく録音機器を忍ばせており、それを操作したのだろうと予想する。
つまり最初から透の申し出通りだった、これは取材なのだ。
ようやくここまでの言動と行動に合点がいった。

28 :
>「俺が知りたいのは、清恵ちゃんの持っているモデルガンの事だ。
  あのモデルガン、見てるとちょいとゾワッと来てな。普通の物じゃないんじゃないか、と思ったわけだ」
察しが良い、というよりは生まれもっての勘の良さだろうか。
素直にそう思い、微笑むでもなく鋭く目を細める。
>「そして、今一部で噂になっている、モデルガンと影≠フ存在について。あんたは知っているんじゃないかと思う。
  もし知っているならその影の名前は、『シャドウ』と言うんじゃないか、とも問いかけさせてもらいたい、な」
『シャドウ』──瞬間、清恵の瞳がほんの僅かに揺れた。
透を真っ直ぐに見据えているからこそ、その小さな変化はより顕著になって現れる。
そこで清恵は静かに目を伏せると、一呼吸置いてから、ぽつりと呟いた。
「……召喚器」
俯き加減に、眼鏡のテンプルを左手で摘み、流れる動作で眉間から外す。
清恵はどこか遠くを眺めるように視線をそらしながら語り始めた。
「モデルガンではなく、召喚器よ。あれは『シャドウ』に対抗する手段を担っている物。
貴男の言う“その影”が何を指しているのかは分からないけど、少なくとも私達が『シャドウ』と呼んでいるモノは敵。
 ……聞かれたことには正直に答えたわ、別に隠す理由もないし、妙な思い違いをしたお詫びよ」
一旦言葉を切って視線を戻すと、正面から透を見据える。
「それに、貴男、適当な嘘や誤魔化しで納得するような安い人間では無さそうだから。
 まあ、我ながら荒唐無稽な話だとは思うから、無理に信じなくてもいいわ」
おもむろに学生鞄から召喚器を一丁取り出して、音も立てず静かにテーブルに置いた。
「私は別に、彼女……さっきの女子生徒を傷付けるつもりは無かったの。
ただ召喚器を回収しただけよ。
 あの子が持っていても意味が無かった、だから他にこれを必要としている人間に渡すつもりで」
親指と人差し指で軽く摘まんでいた眼鏡を掛け直すと、何かを探るような視線を透に送る。
「私は、私と同じ力を持つ人間を捜しているわ。私独りでは、荷が勝ちすぎているから。
 その為には人手が必要なの。言っている意味、分かるでしょう?」
テーブルの上の召喚器を右手で掴むと、そのまま透の前に押し出す。
「……安心して、これを使って戦って欲しいわけじゃない。一緒に捜して欲しいのよ。
 “もうひとりの自分”──『ペルソナ』と向き合う力を持っている人間を。
 私に協力してくれるなら、貴男にそれを預ける。情報や写真も好きに扱ってくれて構わない」
腕を組み、一息、深い溜め息を吐く。
普通の人間であればオカルト話と面倒事への誘い文句に嫌気が差し、一目散にこの場を後にすることだろう。
だが、自分から“此方側”に足を踏み入れようとする人間。中務透、この男ならば、あるいは。
実際のところ、清恵は見ず知らずの人間に縋るような性分ではない。
それは、つまり、見ず知らずの人間に縋らなければならない程の状況下に、今の清恵が直面しているということを示していた。

29 :
オカルト部の子?私に? ああ、あれの話かぁ。
……いいよ、別に。絵描いてる片手間で悪いけど。コンクールの締め切りまで、ちょっと時間ないんだ。
そこの空いてるパイプ椅子に座ると良い。背もたれにこびりついた絵具が乾いてるって保証はないけど。

――どこから話そう。私が入院したところからでいいかな。
去年の夏、丁度今みたいに、パレットで絵具を混ぜてた時。
紫を作ってた。 夜になる手前の弱い夕焼けが、海に反射する、限りなくブルーに近い色。
なのに、赤が主張しすぎて私のほしい色はなかなかできない。
なんでかなーなんでかなーって思いながら青を2、3本選んでチューブから捻る。でもやっぱり筆先は気持ち悪いくらいに、赤。
さすがにおかしいよ。で、よく見たら手も真っ赤なの。周りの床も。なんで?
 それ、血だったのよ。
私、小一時間、自分の血と、絵の具をぐちゃぐちゃ混ぜてたの。
気づいたのと同時に、顔中から血が溢れてきた。口から、鼻から、そんで、目からも。
涙と一緒になってぴゅーぴゅー噴き出てる感じがたまらなく気持ち悪かったよ。
そのままぶっ倒れて次に起きたのが病院のベッド、隣で親が揃って泣いてるわけだ。
君はビョーキだ。しかも、まだ治療法が確立していない難病だ!…っていってるようなもんじゃん。
さらに、合併症で、遅かれ早かれ失明するって。
お医者さんって怖いよね、
『手術と投薬しろ。副作用は視力の急激な低下だが、どうせ失明するんだから関係ない。』ってさ。
死ぬより何より、これが一番堪えたなぁ。
学校から友達がたくさんお見舞いに来てくれて、宿題とか授業ノートとか渡してくれるんだ。
早く良くなって、一緒に学校行こうって。あれには泣きたくなった。
もう君達と同じ世界にはいられないんだよって言いたかったけど言えなかった。
で、闘病の間、私はずーっと鉛筆かじってた訳。
……ふふ、そうね、後少しで死ぬかもしれないってのに、勉強だなんて正気の沙汰じゃないよね。
うん、素直に白状しますと、私はずっとデッサンをしていた。
同室の子の寝顔、みんなが折ってくれた千羽鶴、窓から見える庭、蓮華台の遠景、かっこいいお医者さんもね、あは。
……忘れたくなかったの。色とか形とか光の加減とか。私は自分の目で見える世界が大好きだった。
あくまで病気の進行を食い止めるだけの措置で、絶対治らない。延命の代償に視力が失われる。
そんなこと言われたら誰でもためらうよねぇ。
 じゃあしなくていいです、って言うと、親に泣かれるわ、お医者には怒られるわ。
あの人達に抗う体力がなくて、根負けしたのよね、私。
で、おまちかね。
入院してから丁度半年後に手術を受けることになるんだけど、
……その時に、しちゃったんだ――臨死体験。

30 :
神部衣世の臨死体験に、三途の川やお花畑が現れる事はなく、幽体離脱をして瀕死の自身を俯瞰する事も無かった。
視点は手術台に固定され、広がる景色は手術室の天井のみ。
ただ、天使がいた。
執刀医や複数の看護師が横たわった衣世の顔を覗き込んでいる。彼らの頭上には照明灯が光を放っていて、ひどく明るい。
衣世はできるだけ意識を継続させ、光を見つめていたかった。
術後に瞼を開いてもこの眩しさを知覚できないと思うと、一生の最後に自分を照らしてくれるこの光が、心底愛おしく感じられた。
けれど、麻酔は着実に神経を蝕んで行く。徐々に、衣世の両目は網膜上でうまく像を結べなくなる。
そんな中。ある一点のみ、揺らぐフィルタの影響を受けずにいるものがあった。
 それが、衣世の言う天使だった。
寝台の衣世を取り囲む医師、彼らの真上にある照明灯、そのすべてを見下ろす何か。
治療用の大掛かりな特殊装置、だろうか。初めのうち、衣世はそう思っていた。
材質は? 金属、プラスチック、石膏、を均等に溶かし固めたような不思議な感じだ。無機質で硬く、乾いてひんやりしている。
ただ、機械にしてはやけに丸みを帯びていた。そして地に足はついておらず、天井からぶら下がっているわけでもない。
つまり宙に浮いていた。ふよふよと。
衣世はようやく、それが機械のたぐいでないことを理解した。ついで、この世のものでない事も明確に悟った。
見落としていたが、背に一対の羽根が生えている。
衣世はクリスチャンではない。羽根が生えて人型。というと、
もし白ければ天使、黒ければ悪魔……程度の幼稚な分類しかできなかった。
また、生死の淵ですがるなら悪魔よりも天使だろう。そんな都合の良い解釈も、いくらか働いたのかもしれない。
(………)
天使と衣世が、目を合わせる。
天使は、まるで彼女にサービスするかのように、その羽根を力いっぱい広げた。
視界が黒に転ずる前に、衣世は理解する。
手術室が馬鹿みたいに明るいのは、この天使自体が、煌々と照り輝いていたからだと。

天使の立ち会いにより、奇跡は起こる。

31 :
内臓を抜き取られることも、光を奪われることもなく、神部衣世は日常に復帰した。
主治医は患者の完治を祝福していたが、彼はついぞ、衣世の謝意を受け取る事はなかった。
治してくれてありがとう、というと、
「その言葉はお門違いだよ。僕の力ではない。治ったのは君自身の力だ。」
「……正確に言うと、君の『カゲ』の、ね。」
謎の言葉と共に、含みのある笑顔をのせて。

――これで終わり。暇つぶしくらいにはなった?
ここで初めて、衣世はオカルト部の女子部員の方を向く。
話の最中一度足りとも止めることの無かった筆先が、ようやく筆洗バケツにて休息を得る。
衣世はゆるゆると筆を揺らす。毛先がほぐれるのと同時に色が染み出し、透明の中を四方に伸びていった。
女子生徒は衣世の話をまんじりともせず聞いていたが、やがて小さな声で、一つだけ質問をした。
それに対し、衣世はすぐには答えなかった。ただ、微笑んだ。
――今描いてるキャンパスの、こいつ。気に入ってくれた? 
 結構自信作なんだ。大賞とれるかなー。
展覧会から戻ってきたら、学校の廊下に飾ってくれるの。大変光栄だよ。
……そう、大正解。
  
「今描いているこれ、その時の天使がモデルなんだ。」

32 :
さて、ここに一匹の変人がいる。
果たしてこれは女子高生なのだろうか。それ以前に現代日本の人、いや、地球人なのだろうか。
額にはコスプレのようなサークレット。
一応制服を着用してはいるのだが、スラックスの上に、丈を短くしたスカートを腰巻風に着用した突飛な着こなし。
女子はスカートもズボンも両方可となっており、尚且つ両方同時に着てはいけないという校則はないので校則違反にはならないらしい。
極めつけは、背中に背負った玩具の剣。
そんなナマモノが、ランドセル背負った小学生を前に何やら力説していた。
「まもなくこの世に戦乱が起こる――。その時がくるまでこれを大切に持っておきなさい……時がくれば分かる――ぐふっ
――というわけなんだ!
なんだその目は。君が『なんでそんなもん持ってんのー?』って聞くから迫真の演技を交えて解説してやったんじゃないか」
「こらー! 変な上級生に話しかけちゃ駄目よ!」
「は〜い!」
教師に呼ばれ、小学生は走り去る。
――月光館学園。素行上々、文部両道。誰もが認める名門校。
人工島に設置された小中高一貫の大校舎は、少しだけ俗世から隔絶された感を醸し出している。
ところで、由緒正しき名門校でまかり通っている学校に限って
往々にして蓋を開ければ変人奇人のすくつ(何故か変換できない)だったりする事を御存じだろうか。
これは、その中でも随一の変人のお話。
@   @   @   @   @   @   @

33 :
「隊長――――――!」
少女が騒々しく駆け込んできた。
「何だ副隊長。例のモデルガンやらの噂ならもういいぞ? どうせただの都市伝説だ」
こいつの名前は櫛名田 姫子。どうでもいいが実家は米農家である。
「今日は違うであります! 公衆便所喫茶なるものがあると聞いた次第であります!
情報源は友達の知り合いの友達の友達の友達から連綿と伝わってきたものであるので確かであります!」
「公衆便所喫茶……だと!?」
世の中には便所飯なるエクストリームスポーツがあると聞く。
その競技の性質上正確な競技人口は不明だが、水面下で増え続けているというのが最近の学会の定説である。
ならば競技を続けるうちに特殊な性癖に目覚める事も考えられるし
ついにはそのような人々をターゲットとする喫茶店が出来たとしても何ら不思議ではない。
一体どのような魔境なのだろうか。
客席の代わりにいわゆるブースが並んでいて、とぐろ型の帽子をかぶった変なコスプレをした人が給仕を行う光景が脳内で展開される。
「公衆便所喫茶……攻略対象として不足無し! 行くぞ副隊長!」
「しかし……今までにSM喫茶やハッテン場などあらゆる魔境を踏破してきた我々といえど
今回ばかりはあまりに危険! それでも行くでありますか?」
「当然だ。あらゆる魔境を踏破する! それが我が探検部の存在意義だ!」
我ら月光館学園探検部――構成人員総勢二名。もちろん2名では正式に部としては認可されない。
校庭の隅の物置、通称『秘密基地』を本部とする秘密結社である!
「隊長、大変申し訳ないのですが今回は辞退させて戴くであります」
「何ィいいいいいいいいいいいいい!?」
「隊長と出会う前の昔ボッチだった時代を思い出すであります……!」
「分かった、それ以上言うな……!」
こうして僕は魔境・公衆便所喫茶に一人で挑むことになった。
その店は、夢崎区内の外れに異様な存在感を持って鎮座しているのであった。

34 :
「ここが公衆便所喫茶か……。
とてもそうは見えないが……騙されないぞ。このファンシーな外見は油断させるための敵の罠……!
その証拠にここだけ異世界のようなオーラを放っている……!」
よく勘違いされるが僕は別にアホではないので意味も無く独り言を言っているわけではない。
突飛なコスプレにしか見えないサークレットだが、実は小型カメラが付いている。
我が探検部の活動はただ探検して終わりではない。
探検の様子を編集し全世界に公開してはじめて魔境攻略となるのである!
であるからして臨場感たっぷりの実況は欠かせない。
「――突入!」
意を決して、『OPEN』の札が掛かった扉を押し開ける。
果たしてこの扉の向こうにはどんな魔境が広がっているのだろうか。
「いらっしゃいま、せ……!?」
店員が目を白黒させていた。さては数々の武勇伝を有する探検部部長の登場に恐れをなしたか。
「この店の正体は分かっている……。公衆便所喫茶なんだろう!
さぁ早く僕をVIPルームに連れて行け!」
「何が公衆便所喫茶ですか! 営業妨害ですよ! ちょっと〜、この人摘まみだすの手伝って下さい!」
「離せ! 離さんかー!」
突入早々、僕は数人の店員に両腕を掴まれ、店から引きずり出されようととしていた。
くそっ、ここを攻略するにはまだレベルが足りないと言うのか――!

35 :
清恵の反応から、透は当たりだ、と判断した。
そして、相手の警戒の強さから、暴力的な状況には展開は動かないだろうと、思う。
故に、今必要なのは護身よりも踏み込み、目を凝らして耳を傾けることだ。
好奇心は猫をもR、猫には九つの命が有るというが、透には残念ながら一つしか無い。
それでも、透は好奇心と身勝手な義務感――将来の敏腕記者として――から虎穴に踏み込むことを厭わなかった。
>「……召喚器」
故に、清恵がようやく口を開いた時に、透は小さくテーブルの下でガッツポーズをした。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、虎穴に足を踏み入れた甲斐が有った。
続けられていく相手の言葉に集中する透。だがしかし、徐々に清恵の話を聞いて、なんとも言えない表情を浮かべていた。
>「モデルガンではなく、召喚器よ。あれは『シャドウ』に対抗する手段を担っている物。
>貴男の言う“その影”が何を指しているのかは分からないけど、少なくとも私達が『シャドウ』と呼んでいるモノは敵。
> ……聞かれたことには正直に答えたわ、別に隠す理由もないし、妙な思い違いをしたお詫びよ」
(――なんか、少年誌っぽい設定だよなぁ。
 だが、どーにも冗談を言う類の人間にも見えねぇし――、世の中信じがたいことが起こってなんぼ。
 むしろ、今気にするべきことは……、調べるべきことが増えたってことだな)
>「それに、貴男、適当な嘘や誤魔化しで納得するような安い人間では無さそうだから。
> まあ、我ながら荒唐無稽な話だとは思うから、無理に信じなくてもいいわ」
「いや、信じる事にする。
 親父がよ、三流オカルト雑誌のライターやってんだけどさ。
 偶に本気でそういう、超常的な何かがなきゃあり得ないことがあるって話は昔から聞いてんだ。
 荒唐無稽で大いに結構。むしろその荒唐無稽な話が事実であるって証明が出来たら超一大ニュースだしな」
少なくとも、そういう存在が居ると言う人間が、目の前に居るのならば、少なくとも一人はそれを観測している。
そして、黒い影についてはシャドウという名前が付いて、少しだけ朧気な輪郭が浮かび上がってきた。
この覆い隠された真実のヴェールを剥ぎ取っていく感覚を、透は脳髄が痺れる快楽として認識する。
知ることは楽しい、調べることは面白い。それ故に、透は猫をもR好奇心を飼い殺さずに生きてきていた。
その為、ここで信じないなんてつまらない事はする筈が無く、同時により深みに首を突っ込む覚悟を決めるのだ。

36 :
頼んだ珈琲が来た為、カップの中にガムシロップを八つ、ミルクをたっぷりと入れる。
コーヒー要素がどこにも無いその飲み物を、透は美味しそうに口に含み、嚥下した。
頭脳労働者には糖分が大切、との事だがそれは建前で単なる病的な甘党であるというだけである。
透は、その茶色いコーヒー風味砂糖水を楽しみつつ、テーブルの上のモデルガン――召喚器を見据える。
手が込んでいる作りだと思う。少なくとも、わざわざ人を騙したり、そういう”設定”を信じて振る舞う為に用意したものにしては高く見える代物だ。
それが、相手の言う敵――シャドウの存在の信憑性を高め、透の好奇心を擽る要因となった。
>「私は別に、彼女……さっきの女子生徒を傷付けるつもりは無かったの。
>ただ召喚器を回収しただけよ。
> あの子が持っていても意味が無かった、だから他にこれを必要としている人間に渡すつもりで」
>「私は、私と同じ力を持つ人間を捜しているわ。私独りでは、荷が勝ちすぎているから。
> その為には人手が必要なの。言っている意味、分かるでしょう?」
事の顛末まで全てを聞き、目の前には召喚器。
んー、と呟きつつその召喚器を手に取り、持ち上げる。
なるほど、中々に重量感がある。実銃など持ったことは無いが、実銃のそれに近い重さなのだろう。
ひやりとした冷たさは、この冬のしんしんとした寒さも相まって、手に食いつくような痺れを透に与えていた。
>「……安心して、これを使って戦って欲しいわけじゃない。一緒に捜して欲しいのよ。
> “もうひとりの自分”──『ペルソナ』と向き合う力を持っている人間を。
> 私に協力してくれるなら、貴男にそれを預ける。情報や写真も好きに扱ってくれて構わない」
相手からは、そのような言葉を投げかけられたが、それよりも今透には気になっていることがある。
召喚器、というからには呼び出すべき何かが有る筈だ。そして、それの名こそがペルソナだという事も分かった。
だとすれば、この召喚器を用いて、もう一人の自己と向き合う事で、清恵の言う力に透も目覚められる、という事となる。
「なるほど、八分くらいには事情は察した。
 俺はこの大ニュースっつーか、久々にあのカス連中も読んでくれそうな大ニュースを見つけて興奮中なわけでよ。
 そりゃあもう、当然この状況で逃げたりなんだり臆病風吹かす程、俺は器の小さい男じゃあない。
 協力してやるさ、久我浜 清恵。 ――コンゴトモ ヨロシク」
即答し、笑顔と共に右手を清恵に差し出す透。
考えなしに見えなくもないし、この青年は確かにそこまで思慮深い性格ではない。
だが、即決の判断力に関しては透は少なくとも、そこらの学生よりは有ると自負しているし、大胆さ事が肝要だとも思っている。
故に、相手も己の様なタイプの人間だからこそこの様にして頼んでいるのだと理解した上で、相手の誘いに乗ることにした。
軽く相手の手を握って上下に振り、手を離すと一息に温くなった飽和加糖珈琲液を飲み干した。
下の方ではガムシロップが沈殿しており、凄まじい甘味が透の舌を襲う。
もしこれが砂糖であったらきっと透の口からはじゃりじゃりと砂糖をすりつぶすような音が聞こえてきたことだろう。
透は、コーヒーカップを机に置くと、召喚器を眺め眇めつし始めた。
かちり、とトリガーを引いたり、銃口を覗きこんだり、はたまた清恵に突きつけてみたり。
たっぷり一分ちょっと手元で召喚器を弄んだ後に、透は口を開く。
「この召喚器とやら、どうやって使うんだ?
 その、敵の――シャドウとやらにつきつけてぶっ放せば魔法っぽい弾丸でも出るのかとも思ったが、そんな気もしなくてよ。
 あと、これを使って出てくるんだと思うけど。ペルソナって奴も見たいんだけど、見せてくれねぇ? 清恵ちゃん?」
気になった事はまず問いかける、回答で気になることが有れば、納得するまで話題を掘り下げる。
それが透のモットーで、取材の鉄則である。
故に、召喚器を受け取ってハイ終わり、ではなく使い方や出てくるものまで全て質問することにしたのだった。
解釈次第では、相手の協力者として必要な知識を率先して身につけようとしているとも考えられるか。

37 :
>「この店の正体は分かっている……。公衆便所喫茶なんだろう!
さぁ早く僕をVIPルームに連れて行け!」
>「何が公衆便所喫茶ですか! 営業妨害ですよ! ちょっと〜、この人摘まみだすの手伝って下さい!」
>「離せ! 離さんかー!」
ふと入り口の方に視線をやると、一人の女子生徒(格好が珍妙過ぎて判断に困るが)が店員ともんどり打っているのが見えた。
何事か口論しているようで、周囲の客達も顔をしかめながら横目でそれを観察している。
『公衆便所喫茶』や『VIPルーム』などというキーワードが漏れ聞こえてきたが、特に気にすることはないだろう。
どうせ質の悪いクレーマーか何かで、清恵とは関わりのない人間である。
……この時点では。今この時ではないというだけで。
近い将来、この珍妙な出で立ちの少女── 須佐野 命 ──と、嫌でも関わり合いになることになるのだ。
待て、次回。
とにかく、奇天烈少女のことは脳内の片隅に追いやり、透に向き直る。
>「いや、信じる事にする。
  親父がよ、三流オカルト雑誌のライターやってんだけどさ。
  偶に本気でそういう、超常的な何かがなきゃあり得ないことがあるって話は昔から聞いてんだ。
  荒唐無稽で大いに結構。むしろその荒唐無稽な話が事実であるって証明が出来たら超一大ニュースだしな」
苦い顔をされるぐらいは覚悟していたが、どうやら杞憂であったようだ。
「…そう、それなら此方としても好都合だわ。
 貴男のお父様に感謝しないといけないわね」
注文していたシナモンティーを口に運ぶ、透がコーヒーにガムシロップとミルクを大量に投入する様を眺めながら。
この人絶対に早死にするわね、率直な感想が頭によぎるばかりだった。
差し出した召喚器を手に取る透。
モデルガンのような形状とはいえ、もう少しためらいを見せるかと思ったが。
これもライターである父親の教育の賜物……かどうかは分からない。
少なくともそこらの気弱な一般人よりは肝が据わっていることは確かだ。

38 :
清恵が粗方の説明を終えると、間髪入れずに透が口を開いた。
>「なるほど、八分くらいには事情は察した。
  俺はこの大ニュースっつーか、久々にあのカス連中も読んでくれそうな大ニュースを見つけて興奮中なわけでよ。
  そりゃあもう、当然この状況で逃げたりなんだり臆病風吹かす程、俺は器の小さい男じゃあない。
  協力してやるさ、久我浜 清恵。 ――コンゴトモ ヨロシク」
そう言って、笑顔を浮かべながら右手を差し出された。
この男が頼りになりそうかと問われれば、正直に言うと返答に困る。
逐一その場の判断で動いているように見え無鉄砲に感じて、非常に危なっかしく思えるからだ。
だが、それでも──
「契約成立ね、私も今後は極力貴男と情報を共有するように努めさせてもらう。
 ありがとう、中務透君。感謝するわ」
透のそれが決して無知無学から来る行動ではないことは、清恵にも理解出来た。
同時に勇敢な性質の持ち主であるということも。
何よりそういう分析を抜きにしても、清恵は透に何かしらの可能性を感じたのだ。
ようやく手に入れた、協力者を引き入れるチャンスをふいにしたくなかっただけかも知れない。
久し振りに触れた人の手の温もりに、ただ心を惑わされただけかも知れない。
それでも清恵は、透の内に秘めた何かを信じてみたいと思った。
温くなったシナモンティーはテーブルの脇に下げて、今後の行動に関して思案に耽る。
目の前では透が召喚器を構えたりとしている、その姿は中々サマになっていると思えた。
いっそのこと彼が『ペルソナ』を使えたなら話が早かったのだが、それはさすがに高望みし過ぎているだろうか?
>「この召喚器とやら、どうやって使うんだ?
  その、敵の――シャドウとやらにつきつけてぶっ放せば魔法っぽい弾丸でも出るのかとも思ったが、そんな気もしなくてよ。
  あと、これを使って出てくるんだと思うけど。ペルソナって奴も見たいんだけど、見せてくれねぇ? 清恵ちゃん?」
「使い方は実際に目にする方が早いでしょうし、構わない……と言いたいところだけど、此処では少し難しいわね。
 ただでさえ人目に付くし、常識的に考えて通報されかねない行為だから。
 ……何よりも私が人に見られたくないわ」
バツが悪そうに顔を背ける、ここまでクール一辺倒で通してきた表情が初めて崩れた。
それも当然と言えばそうかもしれない、傍目からは自殺行為とも取られる姿などあまり人目に晒したくはないだろう。
「出来るなら、誰もいない所に連れて行って貰えない?
 場所はどこでもいいから、貴男に任せるわ」
そう言って席を立ち上がると学生鞄を抱えて、伝票を片手に透を見下ろす。
「支払いは私が持つわね、結果的に貴男を無理やり連れてきてしまったようなものだし。
 それに、『公衆便所喫茶』なんて呼ばれるだけの事はある酷い味だったもの。
 泥水を飲ませた責任は、この店を選んだ私にもあるからケジメを付けさせてちょうだい。
 私もさっきの人みたいにクレーム付けようかしら……」
最後の方はほとんど独り言になっていた。
そもそもこの店に透を連れてきた理由も、『以前から気になっていた店を、独りでは入りにくいのでナンパを利用してやろう』と思い付いただけだったのだ。
無論本人にそれを伝えるつもりは毛頭ない。
早速『情報共有』の約束が破られた瞬間だった。

39 :
>「使い方は実際に目にする方が早いでしょうし、構わない……と言いたいところだけど、此処では少し難しいわね。
> ただでさえ人目に付くし、常識的に考えて通報されかねない行為だから。
> ……何よりも私が人に見られたくないわ」
「通報されかねねぇって……どういう使い方かは分かんねぇけど、まあ拳銃ぶん回すのは偽物つっても物騒だしな。
 ま、納得したからそんな顔すんなって。俺もなにもここでやれって言ってるわけじゃねぇんだから」
己の質問に対する相手の答えは、予測できていた。
一般人に見えるにしろ見えないにしろ、店内で激発しないとは言えど金物をぶん回すのは物騒極まりない。
どんなものが『召喚』されるのかは分からないが、何方にしろここですべき事ではない。
思考の末に納得を得た透は、バツの悪そうな清恵をなだめるような態度をとる。
>「出来るなら、誰もいない所に連れて行って貰えない?
> 場所はどこでもいいから、貴男に任せるわ」
「清恵ちゃんに手ぇ出す積りは無いけどよー。
 もうちょい言動考えたほうがいいと思うぜ? 内情は別にしろ、その外見でその発言は誤解を生みかねねぇし。
 なんせ、俺カス校だしよ。まあ、変な噂流れても気にしないなら俺もどうでもいいけどよ」
誰もいない場所へ、場所はどこでもいい、貴男に任せる。
色々とセンテンスだけ抜き出せば結構危ない言動に取られかねない。
この男がそういう方向性に取らない程度には常識をわきまえている、というよりも桃色脳では無かったのが幸いか。
そういう点でも、透は春日山高等学校の生徒としては大分異色のカラーを持った生徒と言えるだろう。
まあ、見た目だけはしっかりそこそこチャラ男をやっているのだが。
ため息をつきつつ、伝票へと手を伸ばすも目の前で伝票は清恵に掻っ攫われ、手は空を切るのみ。なんとも言えない間が出来た。

40 :
>「支払いは私が持つわね、結果的に貴男を無理やり連れてきてしまったようなものだし。
> それに、『公衆便所喫茶』なんて呼ばれるだけの事はある酷い味だったもの。
> 泥水を飲ませた責任は、この店を選んだ私にもあるからケジメを付けさせてちょうだい。
> 私もさっきの人みたいにクレーム付けようかしら……」
「んー。甘けりゃなんでもいいからなぁ、まあそりゃ美味いコーヒーのが好かったけど。
 ってか、あの糞ビッチ明日シメとかねぇと。オススメされてたんだがよ、アイツの舌は一体何なんだっての。
 ……ま、今度当たり俺持ちでどっかおごっちゃるよ。こう見えても、結構色々見て回ってるんだぜ?」
甘けりゃなんでもいいと味覚障害っぷりをこれでもかと発揮しつつ、微妙に物騒な発言。
やはり、生きている環境的に多少以上にガラが悪いのは仕方がないのだろう。
機嫌の悪そうな清恵を落ち着かせる様にしつつ、自分もこの店を紹介した通称公衆便所の清楚系ビッチに悪態をつく。
一足先に店を出た透は、外の寒さに体を震わせる。
この寒空の下、学ランは清恵が気絶させた女の子に羽織らせた上に全力疾走で汗をかいているという状況だ。
間違いなく明日には風邪を引いてねこみかねない状況だろう。
歯をカチカチ言わせつつも、支払いを終えて出てきた清恵を見て、にっ、と笑顔を浮かべた。
手をこすりあわせて体を小刻みに震わせている為何一つ様になる点は無いのであるが。
「おう、寒いからちゃっちゃと終わらせちまおうぜ。
 とりあえず――、ここらなら、ちょいと待ってな」
スラックスからAndroidのスマートフォン(root済み)を取り出し、マップを呼び出す。
このマップアプリは中々に秀逸なもので、クラウド上にメモを残す事で自分だけの秘密の地図を作ることが出来るのである。
透の場合はmicroSDのローカルに地図データを落としてある為、現在地さえ分かれば裏道、隠れ家、スイーツ店も探し放題なのだ。
十秒に満たない程度スマートフォンを操作すると、ん、と納得して清恵を先導するように歩いて行く。
数分歩けば、人気のしない廃工場にたどり着くだろう。有刺鉄線に覆われているが、一部が人の出入りが出来るように切り裂かれており、そこを潜って中に入る。
その廃工場は、間違いなく何かが出るなどといった噂が地元で囁かれてもおかしくない――実際囁かれているのだが――場所だ。
人の気配一つせず、荒れ果てた駐車場のアスファルトを突き破って店に屹立する誇らしげな雑草の姿がいくつも見受けられる。
そこを慣れた様子で歩いて行く透は、きょろきょろと見回し、ホームレスや肝試しの影が無いことを確認した。
その上で、くるりと振り返っておもむろに口を開く。
「ちょいとっつーか、かなーり怪しいし、変なもんも出るって話だけど。
 ま、だからこそこんな時間に人は居ないだろ。ここで十分かい?」
ガラスの入っていない窓枠を飛び越えて工場の中に入り、キーチェーンのクボタンの隣につけてあるペンライトを点灯する。
通販で購入した光量の高いタイプのペンライトである為、小さくとも光量は十二分。問題点は存在しないだろう。
預かった召喚器を透はポケットにねじ込んで居るが、近い内に取材用ベルトポーチにホルスターが追加されることとなることだろう。
いかにも怪しい場所、そして時間は12時を回ろうかとしている。
――何かが起きても、おかしくはない。何が起こるかは、分からないが。

41 :
>>35 >>36
 普通、それが俺のモットーだ。
 住める家が在り、金があり、朝昼晩飯が食えて、家族がいる。
 そこそこの学力が有り、そこそこの身体能力が有り、ついでに顔も悪くない。
 大きな幸福も無いが、大きな不幸も無い。
 素晴らしい、普通、だ。完璧過ぎるほどの普通っぷりだ。
 それでいい。この国では普通でいればトラブルに巻き込まれることなんてないのだから。
 『過ぎた好奇心は身を滅ぼす』『普通の人は過度な好奇心は示さない』
 なるほど、先人は上手い事を言ったものだ。後々の教訓にさせてもらおう。
 そう中学の頃から散々自分に言い聞かせてきたはずなのに……。
「なんたる不覚。なんだこのまっずいコーヒー。汚水か? それとも泥水か? いや、どっちにせよ最低だ」
 やっぱりこんな喫茶店に来るんじゃなかった。だってこんなまっずいコーヒーなかなかお目に掛かれない。
 『公衆便所喫茶』。なるほど、渾名通りの、いや、それ以上に中々の破壊力を持つ液体を出してくる店だ。
 久しぶりに顔を出した部活で後輩が噂してたのに興味を持ったのが間違いの始まりだ。
 やっぱり興味何て持つもんじゃない。喉がイガイガするし胃が爛れる様に痛い。濃硫酸でも混入してるんじゃないか?
 ま、それはともかく。後ろの席の、カップルか?(そんな雰囲気には見えなかったが) なーんか気になる話をしてたな。
 『召喚器』に『シャドウ』……なんかの隠語か? 断片的に聞こえてくる会話、その中で気になった言葉を脳内でピックアップする。
 いや、悪い癖だ。『完璧な普通』を目指す俺には本当に悪い癖だ。
 でも気になる。というかさっき騒ぎを起こしてつまみ出されていった女生徒(>>34)も気になると言えば気になる。
 というか見た事がある様な気がする。いや、ある気がするってーかうちの学校だ知ってるよ有名人だよ悪い意味で。
 確か探検部だか冒険部とか非公式な部活を行ってるとってもお騒がせな有名人。
 俺の通う私立月光館学園、良く言えば名門校で通っちゃいるが、蓋を開ければ個性の集まりだ。
 なんせ具合が悪くなって保健室行けば怪しげな薬飲ませてくる保健の教師や、兜被った教師がまかり通るくらいだ。
 そもそもなんで保健体育の授業がマニアックとしか説明しようの無い魔術講座になってんだよ。
 正直、入学当初は入る高校を間違えたと後悔したものだ。しかし、もういい。諦めた。
 あと1年ちょっとも我慢すれば普通の大学で普通のキャンパスライフを送れるのだから。
 それはともかく、と。既に会計を終え、出て行こうとする2人を目で確認する。
 真面目そうな三つ編みメガネっ娘に不良っぽいにーちゃん、やっぱりカップルっぽくないな。
 既に随分遅い時間だ。しかし家には遅くなると連絡を入れてあるので問題ない。追跡、してしまおうか?
 ……いや、いやいやいや。今さっき後悔した事をもう忘れたか? でも、追跡しなかったらずっともやもやが残る。絶対に残る。
 やらずに後悔するより、やって後悔する方がいいんじゃね?
 好奇心は悪魔の誘惑とでも言おうか、俺の脳内ではすっかり追跡モードになっている。
 レジにて会計を済ませ、2人の後を追った。

42 :
>>34
 人がごった返している中の追跡は楽だが、こう夜の人通りの少ない追跡は楽ではない。
 しかも、なんでこう裏道と言うか面倒くさい道ばっかりなんだよこん畜生。
 有刺鉄線を潜り抜け、2人の後を適度な距離を置いて歩く。
 普段なら立ち寄りそうもない廃工場。絶対回避の危険地帯だ。なにがいるか分かったもんじゃない。
 でもここまで来た以上、見ずに帰る訳にはいかない。
 真っ暗闇の中、周りを見渡す不良っぽいにーちゃんの索敵を避けるために影に身を屈め息を潜める。
 口を押えている為、洩れる白い吐息も僅かだ。
 やがて不良っぽいにーちゃんと真面目そうな三つ編みメガネっ娘は廃工場の中へ入っていく。
 廃工場からほんの僅かな光が漏れた。俺は2人が入っていった工場の窓に身を潜め、ひっそりと顔を出す。
 さあ、これから何が始まるのか。心臓が僅かに高鳴る、期待と不安が入り混じる。それはまるで甘美な媚薬のよう。
 悪い癖なのは承知の上、でも、まあ、しょうがない。我慢は明日から始めればいいのさ。
 そう、だから今はこれから始まる『何か』を待とう。さあ、俺の好奇心を満たしてくれ。

43 :
放課後に立ち寄ったゲームセンターで、衣世含め友人数名は遊びに白熱し過ぎた。
蛍光灯さんざめく店内から一歩外に出てみると、空は既に暗い。
街明かりを受けてもなお存在感ある一番星を認め、一同は溜息を漏らす。
「うっは〜、親に怒られる!今からでも電話入れとくかぁ」 
「だねえ、特に夢崎はヤバイ噂立ってるもん。遊んでたっつったらヤバいかも?」
「ここまで遅いと…ねぇ。今はみんなといるから安心だけど。」 
「衣世は一人で大丈夫?あたしらと帰り道反対方向じゃね?」
「平気だろう。表通り歩いてれば何も怖いことはないよ。……あ、あそこのバス停からバスに乗るね。じゃあここで。」
さようならの四重奏を背に受けて、衣世は友人の輪から離れる。 
 先ほどの熱は一気に冷めた。
あれほど苦心して取ったキーホルダーでさえ、存在自体がバカげているような気がしてくる。人間の感情とはいい加減なものだ。
そして独りになった。
衣世は手持ち無沙汰になって何度も何度もバスの時刻表を確認した。次までかなり時間があった。
思わず溜息が漏れた。衣世はポケットの中を探る。コードを指に絡め、ウォークマンを引っ張りだす。
そして、カナル型イヤホンを耳に押し当てる直前。
>「何が公衆便所喫茶ですか! 営業妨害ですよ! ちょっと〜、この人摘まみだすの手伝って下さい!」
バス停に立つ人々が一斉に後ろを向いた。衣世も釣られて目線を動かす。
中世ファンタジー風コスプレをした女の子が、暴れていた。大剣をしょっていることに、衣世は何より驚いた。
>「離せ! 離さんかー!」 
「なんだあの子…。」
野次馬達は最初こそ緊張してその動向を伺っていたが、騒動が害のない類であると察知するやいなや、
にやにや笑うか、迷惑そうにそっぽを向くか、各々のスタンスを取った。
……渦中の人物は複数の大人を相手に健闘するものの、後半は店側がさらに増員をあて、騒ぎはフェードアウトしていく。

44 :
衣世は一旦耳から遠ざけたイヤホンを、今度こそ入れなおす。再生ボタンを押す。
そして、自分の世界に入ろうとし、そこで異変に気づいた。
お気に入りの音楽がとんと頭に入って来ないのだ。
彼女のインパクトが強すぎて。
(あの子…聞き間違いでなければ、公衆便所喫茶、と言っていたけど。)
バス停から一旦離れ、例の喫茶店を目の前にして、衣世は考え込む。
おしゃれ意識の高い、とても可愛らしい外装に似つかわしくない名前だ。
店のトイレがそれなみに汚いとか、便所の跡地にできたとか。
……少し外して、卓上ナプキンがトイレットペーパーとか、ウェイトレスのシューズが便所スリッパだとか。
中々愉快な想像が絶えない。
いつまでもそうしていたので、窓越しに店員と目があった。とても胡乱げな表情をされた。
(寒いし、いっそ入ってしまおうか。)
店前に佇む春日山の生徒の脇をくぐり、衣世は喫茶店の扉を威勢よく押す。
それが不注意だった。
押したドア越しに人がいることなど全く念頭ない、ガサツな開け方だったのだ。
ベルが怒ったように鳴り、ノブを持つ手に重い衝撃が走る。
「――お…っと、すみません」
衣世の方は驚いて左手の鞄を取り落とすだけですんだが、どうやら相手はドアとぶつかってしまったらしい。
相手は衣世と同じ七姉妹の制服だった。それに幾分安堵し、衣世はとっさに彼女が落としたものを拾う――それが大きな後悔へと繋がった。
拾った瞬間、脳内は次の言葉で一杯になる。

見てはいけないものを見てしまった!触ってはいけないものを触ってしまった!

拳銃、だった。
恐怖よりも気まずさが勝った。衣世は変な汗を流し、拳銃と女子生徒を交互に見つめる。
そして、彼女が何かを言い出す前に、それを突き返した。
「その……じゃあね、っていうか、あの、本当にごめんなさい。」
衣世は二、三歩後退りをした後、思い切り踵を返し外へ飛び出す。久しぶりの全力疾走だった。

45 :
翌日、写生会があった。
二ヶ月に一度、第二土曜日に、珠間瑠市三校が催す美術部の合同企画だ。
よってたかって他人の絵を批評したり、有名な講師を招いたりする。今回の会場は月光館学園だ。
設備が売りの一つなだけあって様々な絵画の模造品や石膏像がある。部員のレベルも高かった。
他校観察にはしゃぐ同級生の中、衣世だけはぼんやりと、昨日のことを考えている。
 
 午前は静物のデッサンをした。
講師から『総合的にイマイチ』という評価を下され衣世は肩をすくめた。
 午後は自由時間だったので、なんとなく仲良くなった月光館学園の女子生徒に案内を頼み、
風景画を描くという名目でのんびり校内探検をすることにした。
校舎のどこからでも海が見えるなんてめったにあるもんじゃない、素晴らしい。
そう衣世が褒めると、その子は、磯臭いけれどと笑った。
衣世はしみじみ思う。こうした真面目で良い子と穏やかな会話をしていると、あの銃刀法違反の生徒二人がまるで夢みたいだと。
そうこうしている内に二人は校庭へついた。
「やはりここからも海が見えるね。良いなあ。…ん、でも思ったよりも人がいないや。どうしてだろう」
今までの質問には、誇らしげに、そして明朗に答えてくれた彼女が、ここで初めて口ごもる。
「それは……あの人と、あの人の部活のせいよ。」
大きな物置小屋がポツンと立っている。その入口付近に、何かがいた。
「す…須佐野命って言う…月光館学園の名物生徒…なの。」

46 :
 彼女を認めた途端、衣世の目は見開く。
あんな服を着こなす人間を見間違える訳がない、というか、あんな服を着こなす人間が二人以上いてたまるもんか。
つまり、間違いなく、目の前の彼女は昨夜のアレと同一人物だ。思わず声が上ずってしまう。
「私、あの人にモデル頼もうかな。」
「! 神部さん、止めといたほうがいいわ。格好を見たらお分かりだろうけど、須佐野…先輩、変人だから。」
「え、でも絵になりそう。」
「あのね、彼女、校内じゃ知らない人はいないってくらい素行不良の先輩なのよ?
 ――その…えっと……風俗行ったり、SM喫茶にも入り浸ってるらしいって!」
恥ずかしさからか語尾の部分は小声でまくし立てられた。月光館学園らしい品行方正さに、衣世はなんとなく好感を持つ。
「あはは、英雄イロを好む?セブンズにはいないタイプだね。うん、やっぱり面白そう。」
月光館学園の美術部員は諦めたという風に肩をすくめ、そして、向こうでスケッチしてる、と衣世を残して去っていった。
その背に向かって、後で追いかけるからと言いって、衣世は命へ向き直る。
「すみません、先輩。昨日の夜、夢崎の喫茶店にいらしてましたよね?」
彼女の話だと須佐野命は上級生だ。それに対し、本来の年齢はどうであれ神部衣世は一年、最低学年なのである。
留年したことと、その経緯を云々を会う人々全員にいちいち語るのは面倒だったので、
知人以外の元同級生・現二年生に関して、衣世は敬語を使っていた。
「私写生会に来ていて。よければデッサンのモデルになってくださいませんか。ちょっとお話しながら。」
手提げからサっとスケッチブックと鉛筆を取り出す。
「その背中の剣、なんともカッコイイですね。んー…もしかして、今って武器携帯するのって流行ってます?
……昨日の子も、変な銃持ってたし。多分モデルガンだとは思うのだけど。」

47 :
>「清恵ちゃんに手ぇ出す積りは無いけどよー。
  もうちょい言動考えたほうがいいと思うぜ? 内情は別にしろ、その外見でその発言は誤解を生みかねねぇし。
  なんせ、俺カス校だしよ。まあ、変な噂流れても気にしないなら俺もどうでもいいけどよ」
言っている意味はよく分からないが、どうやらあまり良くない言動をしてしまったらしい。
思い当たる節はなかったが、とりあえず、曖昧に相槌を返しておく。
「ごめんなさい、次からは気をつけるわ」
手を出すつもりはないと言っているが、察するに普段は他人に対し教育的指導に打って出ることもあるのだろう。
強く胸に刻んでおくことにしよう、言動の注意をされる度に殴り付けられてはたまらない。
こんなチャラついた外見をしているが、実際はマナーに厳しい男なのだろう。
店の味のこともあるが、不愉快にさせてしまった詫びも兼ねて、ここの支払いはどうあってもこちらに任せて貰おう。
伝票を取る手に、自然と力が入る。
>「んー。甘けりゃなんでもいいからなぁ、まあそりゃ美味いコーヒーのが好かったけど。
  ってか、あの糞ビッチ明日シメとかねぇと。オススメされてたんだがよ、アイツの舌は一体何なんだっての。
  ……ま、今度当たり俺持ちでどっかおごっちゃるよ。こう見えても、結構色々見て回ってるんだぜ?」
そういえば、と透がミルクとガムシロップを大量に投入したコーヒーを、難なく飲み干していた様子を思い出す。
そういう貴男の舌も大概よ、という言葉が口を付いて出そうになるが、済んでのところで飲み込んだ。
それにしても、『くそ びっち』という名前の人も、こんな味覚のおかしい人間に責められたところで納得がいかないだろう。
「そう、それじゃあ今度お勧めの店にでも連れていって貰おうかしら。期待しているわね」
マナーに厳しい上にグルメとは、いったいどんな高級店に案内されてしまうのだろうか。
清恵は、内心、戦々恐々としていた。テーブルマナーぐらいは勉強しておく必要があるかもしれない。
レジの店員に伝票を渡し、会計を済ませる。
『ちょっち背伸びでビターな恋のオトナ味コーヒー』、『忘れかけていたトキメキを取り戻すシナモンティー』、計二点、しめて二千八百円。
二度とこんな店へは来ないことを誓って、店外へと続く扉を抜け、強く一歩を踏み出した。
一足先に外に出て待っていた透と目が合う、笑顔で迎えられたが、その表情とは裏腹に寒さで体を震わせていた。
そういえば彼は何故こんなにまで薄着なのだろう。
何にせよ、見ているこっちまで寒くなる。
>「おう、寒いからちゃっちゃと終わらせちまおうぜ。
  とりあえず――、ここらなら、ちょいと待ってな」
そう言って、透はスラックスから何かを取り出した。
画面に触れて操作していることから、恐らく『でぃーえす』という類の物だろうと判断する。
ペンで画面に触れて遊ぶゲーム機らしいが詳しくは知らない。
いったい透がソレで何をしているのか、清恵には皆目見当も付かなかったが、とりあえず言われた通りおとなしく待つことにする。
ほんの数秒だっただろうか、何か納得したような素振りで透が歩き出す。
透に先導される形で、清恵もそれに付いていく。

48 :
道のりを進むにつれ、人の姿も徐々にまばらになっていく。
ついに誰一人としてすれ違うことも無くなり、数分程で其処に到着した。
周囲を有刺鉄線に囲われた廃工場、正に『人気のない場所』としてはうってつけだった。
切れた鉄線の隙間を縫うように通り抜けて、随分と慣れた様子で進む透を追うように清恵も後に続いた。
辺りを警戒しているのだろう、周囲を見回す透に合わせて、清恵も念の為人の姿がないかを確認する。
>「ちょいとっつーか、かなーり怪しいし、変なもんも出るって話だけど。
  ま、だからこそこんな時間に人は居ないだろ。ここで十分かい?」
透が此方に振り返って口を開いた、どうやらここが目標地点のようだ。
時間帯もさることながら酷く不気味な様相だったが、確かにこれならば却って人も寄り付かないだろう。
軽く頷いて返答を示す。
スカートが引っ掛からないように注意しつつ、ガラスの抜けた窓枠を越えて工場内に侵入する。
すると、眩い光が小さく辺りを照らした。
見ると、それは透の持っているペンライトから発せられていた。
「それにしても用意が良いのね、感心するわ」
その場の状況に即した何かを次々と取り出す透の姿に、清恵は、なんとなく少年探偵のような印象を受けた。
もちろん本物の少年探偵など見たことはないので、あくまでも想像の上でだが。
「……始めるわ、貴男はそこで見ていて。
 けど、その前に」
清恵は、自分の着ていたコートを脱ぐと、それを透に差し出した。
「これでも着ていてちょうだい。見ているこっちが風邪をひきそうだから」
そして、床に置いた学生鞄を開いて召喚器を取り出すと、そのエリアに面した中心に立った。
目蓋を閉じ、浅い息を吐く。
この瞬間は、やはり何度味わっても慣れない。
やがて、意を決したように、召喚器を左手に握り直すと冷たい感触が骨の芯にまで届く。
その銃口が僅かに揺れながらも、地面から空へと弧を描くようにして、自らの側頭部に向けられた。

──おにいちゃん、おねがい

啜り泣く少女の声が耳の中で木霊する。

──わたしも、

眉間に銃口を向けて震える両手が、目蓋の裏に浮かぶ。

──はやくそっちにつれていって

鮮明に蘇る記憶、其れらを全て残らず撃ち砕くかのように、引き金に掛けた指に強く力を込める。

49 :
だが、そこで清恵の動きは、一瞬びくりと全身を震わせて、止まった。
そして、すぐさまその場から駆け出すと、学生鞄を手繰り寄せ、透を背後に守るようにして立つ。
何度も周囲をくまなく見回す、普段の冷静さを装いながらも、その表情には明らかに焦りの色が浮かんでいた。
「透君、ごめんなさい。私が迂闊だったわ。もっと警戒すべきだった。
 貴男を守る為に出来る限りのことをすると約束する。だから、貴男も私に約束して欲しいの」
語気を強め切迫した口調で、謝罪の言葉と要領の得ない台詞を矢継ぎ早に口にする。
いつの間に取り出したのか、大振りのスレッジハンマーを構えながら。
「もしもの時は、」
そこで、さまよう視線が、前方の一点の空間に向けられた。
虚ろな色に塗り潰された深い闇の奥、暗がりの空間を、清恵は鋭く冷えた視線で注視する。
その闇の最奥には、まるで何か別次元の可能性を孕んでいるかのような、そんな予感さえした。
そして、時の針は、既にその深淵を指差していた。──十二時だ。
「……迷わず逃げて」
先程とは違い素早い動作で、召喚器の銃口を側頭部に向けて、呟く。
「来て、アリオーシュ」
そして、今度こそ、引き金を、引いた。
ガラスを貫くような硬質な音が周囲に響き渡り、軽い反動を感じて頭部が僅かに傾く。
次の瞬間、淡い無数の光の欠片が生じて清恵の体を包み込む。 制服の裾がはためき、三つ編みが大きく揺れて。
光は清恵の体から上空へと螺旋状に舞い上がり、その中枢に一つの影が浮かび上がった。
その影が左右に細く伸びていく、それは艶やかな漆黒を纏う蝙蝠の羽根だった。
羽根は透き通るように青白い肌を露わにした背に生えており、その背からは、禍々しくうねる模様が腰や胸元など肢体を覆うように刻まれている。
振り乱された髪は、鴉の濡れ羽色のように暗い輝きを放って、視線を誘うようにたなびく。
そのペルソナは、妖艶な女性の形を借りた堕天使の姿をしていた。
アリオーシュが完全に姿を現すと同時に、闇の向こう側に潜むモノが激しく蠢く。
目を刺すような桃色の物体が、もぞもぞと闇を裂いて躍りながら這い出てきた。
それは巨大な人間の手そのもので、手首に当たるであろう部分には頭が生えている。
だが、その表情に生気はなく、目と口はぽっかりと空洞が空いていた。
一体、二体、三体……と次々に現れる。
「あいつらが、『シャドウ』よ」
前方からは目を逸らさずに、背中越しに透に囁く。
それから、ハンマーを横に流すようにして構えると一直線に走り出した。
「アリオーシュ、“ アサルトダイブ ”ッ!」
アリオーシュが清恵に伴うようにして宙を舞いながら、『シャドウ』の内の一体に向かっていく。
そして、しなやかに伸びた脚を鈍器のようにして上段から叩き付ける。
重力を纏った攻撃に怯む敵を後目に、清恵は別の標的に狙いを定めて、横凪ぎにハンマーで打ちのめす。
どちらもそれなりに効果はあるようだが、手数が足りない。
そこに生じた隙を見逃してくれるはずもなく、『シャドウ』の魔手が清恵に伸びる。
それを辛うじて受け止めるが、体勢を崩してしまい、此方の攻勢も一挙に留まる。
数が多い上に、透の身が危険に晒されないよう配慮しなくてはならず、思うように戦うこともままならない。
戦況は、明らかに此方側に不利な状況だった。

50 :
――次の日。我が探検部は今日も元気に活動中。
秘密基地に持ち込んだパソコンで、昨日の映像を再生する。
短い映像だからといって侮ってはいけない、分析してみれば面白い発見があったりするものである。
背景に映りこんだある物に目が止まった。
「むっ、そこ止めて拡大してくれ!」
映っているのは、カス高の制服を着たメガネ男子と、セブンスの制服を着たメガネ娘。
そして、二人の間でモデルガンが受け渡されているように見える。
「モデルガン、例の噂と関係あるのでありますか……!?」
「かもな……音声抽出だ!」
「ラジャー!」
所詮は素人用のお遊びソフトではあるが、いくつかの断片的な言葉を抽出する事ができた。
――召喚器――
――『シャドウ』――敵――
――あれは『シャドウ』に対抗する手段を担っている物――
――超常的な何かがなきゃあり得ないことがある――
これだけ聞き取れれば十分だった。
もしかしたら僕は大変なシーンに一瞬すれ違ってしまったのかもしれない。
あのモデルガンが、魔法少女物でいう変身のコンパクトみたいな不思議のキーアイテムだったとしたら。
「これはマジヤバイぜ! 大いなる宿命を背負いし少女と、知恵と勇気を兼ね備えた少年のR……!
俗に言うアレだ! メガネミーツメガネだ――! ということは波乱万丈の大冒険が始まるのか!
探検部部長である僕を差し置いてそんな面白い展開とは許さん! 副隊長! 何としてもあの二人を探し出すのだ! 行くぞ!」
すぐさま駆け出そうとする僕を、副隊長が後ろから捕まえた。
「隊長、それを言うならボーイミーツガールであります!
街を駆けまわっても見つかりっこないであります! もう少し分析すれば運がよければ名前も言ってるかも……」

51 :
と、入り口付近で騒いでいると、七姉妹の制服を着た長身の少女が近づいてきた。
>「すみません、先輩。昨日の夜、夢崎の喫茶店にいらしてましたよね?」
「おお、公衆便所喫茶か! 確かにいたぞ!」
>「私写生会に来ていて。よければデッサンのモデルになってくださいませんか。ちょっとお話しながら。」
>「その背中の剣、なんともカッコイイですね。んー…もしかして、今って武器携帯するのって流行ってます?」
「そうか、これに目を付けるとは君はいいセンスをしている――!」
僕の雄姿を見てファンになってここまで来てくれたというのか――!
剣を抜き放って軽々と回し、それっぽく構えてみせる。
「なーんてな、実は玩具だ。思う存分描いてくれ! ご希望のポーズを取るぞ!」
>「……昨日の子も、変な銃持ってたし。多分モデルガンだとは思うのだけど。」
「君も気付いたか――。ここだけの話だぞ。
実はつい今しがた昨日の映像を分析していたところなのだが……
まだ推測の範囲は出ないがあの娘、ガチで非日常の世界に足を踏み入れている存在かもしれない……
探検部とか冒険部とかちゃちなもんじゃない、もっとワクワクするものの片鱗が見えるんだ!」
我が探検部は、常時新規隊員絶賛募集中。他校の生徒であっても分け隔てなく受け入れる!

52 :
色々と清恵と感覚や解釈がずれている気がしつつも、気にしない事にする。
どっちかというと真面目でお嬢様っぽい相手で、こっちは誰がどう見ても底辺のチンピラ野郎である。
故に、噛み合わないこともあるのは既に織り込み済み。
>「そう、それじゃあ今度お勧めの店にでも連れていって貰おうかしら。期待しているわね」
「任せときな。流石に女の子向けに店を選べるくらいの分別はあるしよ。
 期待しとけ――、って程でもないけどな。まあ、美味いもん食わせてやんよ」
甘党極まりない透は、街のスイーツの店に一人で突撃したりして、自分だけの市内スイーツマップを作っていた。
市内裏道マップと市内危険地帯マップと市内霊感マップと市内犯罪マップ等と合わさって、透の自慢の情報集積体だ。
因みに、これらのマップのデータは一回100円で好みにあった場所を教えて貰える。友人ならタダだが。
それらのマップのデータを纏めて登録してある地図アプリが、透の用いるスマートフォンには入っていた。
>「それにしても用意が良いのね、感心するわ」
「大してかさばるもんでもないしな、護身用とか取材用とかに持ってんだ。
 学校の都合上喧嘩売られんのも日常茶飯事だしな」
廃墟の中に入り、くるりと振り返りペンライトを地面に置く。
透の武器の大半が、クボタンやマグライト、メリケン等の目立たない暗器ばかり。
それらは、日常的に喧嘩を売られ、その際に即座に対応できるように普段から持ち歩けるものを選択した結果だった。
他の便利グッズは、何事も備えておきたいという透の主義からくるものだ。
大胆な行動はしても良いが、大胆な行動が出来る下地は常に整えておくのが、透のスタンスである。
>「……始めるわ、貴男はそこで見ていて。
> けど、その前に」
>「これでも着ていてちょうだい。見ているこっちが風邪をひきそうだから」
「ん、後で返すわ。鍛えてるつっても、限界があるからな」
素直に透は清恵からコートを受け取り、肩から羽織る。
そこまで長身というわけでもないが、やはり清恵とは体格が違う。
腕を通せば、ぴちぴちで前が閉まらなかったため、方から羽織ることにしたのである。
歯のぶつかり合う音がようやく止み、召喚器を構える清恵を見据える余裕が出来た。
なるほど、と合点する。これは確かに余り他人には見せられないだろう。
なにせ、自殺の一歩手前にしか見えない姿なのだ。その、拳銃を頭に突きつけた構えは。
銃弾が出ないと分かっているとはいえど、寒気がする。腰のベルトに挟んだ召喚器に手を伸ばして触れる。
「――――」
ひやりとした黒鉄の寒さを手のひらに感じ、電流に撃たれたかのように反射的に手を引いた。
死の予感、恐怖。そんなものを透は感じ、一瞬忘我してしまう状態へと陥る。
正気を取り戻した時点で、清恵は既に構えを解いており、目の前にハンマーを持って立っている。
こんなざまでは居られないと、透は己の頬を叩いて気合を入れて、清恵の話を聞く。
>「透君、ごめんなさい。私が迂闊だったわ。もっと警戒すべきだった。
> 貴男を守る為に出来る限りのことをすると約束する。だから、貴男も私に約束して欲しいの」
>「もしもの時は、」
>「……迷わず逃げて」
逃げろと、目の前の少女は言ったのだ。
仲間を求めていたのであろう少女は。初対面のこんなチンピラを誘わざるを得なかった相手が。
そう言ったのだ。その言うことを聞くべきだ、とは思えない。だが、相手の言うことには緊張を感じる。
恐らく、『今のままの己』では太刀打ち出来ない何かが訪れる、それだけは分かった。
だからこそ、透は迷うこと無くポケットに手を突っ込み、両手にメリケンを握りしめて、腰を落とした。
その瞬間、透はこれまでの人生を覆すような。常識の世界で生きていた己の総てが崩れる光景を――目の当たりにする。

53 :
>「来て、アリオーシュ」
現れたのは、漆黒の天使だった。
美しい。素直にそう思うと同時に、寒気と畏怖の感情を抱いた。
なぜ怖いのか、なぜ恐れるのか。理解できた。――分からないからだ。
これまでに学んできたこと、知ってきたこと、覚えてきたことの総てから外れた、異質だからだ。
知らないものを目の当たりにして、透は拳を強く握り、目を眇めて構えを取る。
雄叫びを挙げずに警戒だけを強めることが出来たのは、透が臆病者であっても心の弱い人間ではなかったかからだろう。
「あれが――」
>「あいつらが、『シャドウ』よ」
目の前に現れた、人間の手。と言ってもサイズは違うし、明らかにバケモノだったが。
感情を感じさせない三つの穴を見て、なるほどこれがシャドウか、と理解する。
目の前で清恵がアリオーシュに命じて攻撃を放ち、また横薙ぎにハンマーを振り抜きもう一体を吹き飛ばす。
だが、目の前で清恵は体勢を崩され、無数のシャドウに群がられ、襲い掛かられている。
(どう、する。
 俺は、俺に出来る、事は――!
 …………どうする、どうすりゃ、この状況を)
じり、と後退りしながら、透は腰のクボタンに手を伸ばす。
が、震える手では、クボタンを握ることは出来ず、指先には冷たい金属の感触――召喚器のそれ――を感じた。
出来るのか。己にも、目の前で戦う清恵と同じ事が出来るのか?
疑念を抱く。自分は常識の世界で生きてきた人間だ。そんな人間が、この状況で役に立つことが出来るのか。
そもそも、あんな存在を呼び出すことが出来るのか。素早い思考が悪い方向へと進んでいき、そんな自己に嫌悪感を感じてくる。
だが、それでも。
知らないことを知らないままにすることは、出来ない。
その先に、どんな事があったとしても。知ることで傷ついたとしても。
総てを自分の目で見定める道を歩んでいきたい。

54 :
黒鉄を、引きぬいた。
右手で召喚器を構えて、清恵の背後で顔を強ばらせながら透はこめかみに銃口を押し当てる。
脳内に唐突にフラッシュバックするのは、探して探して、でも間に合わずに助けられなかった自分の母親。
そして、何よりも無力だった自分の存在。
――なにもできないのは、いやだ
泣き叫ぶ、血だらけの少年が幻視される。
――なにか、できる人に
自分は、また何も出来ないのだろうか。
目の前で無数の手の群れに押しつぶされそうな清恵を見て、そう思う。
(頼むぜ……ッ、何か、俺にだって何かやらせてくれよ。
 もう、俺に何もできなくて、俺が遅くて、俺が弱くて何も出来ないなんて、糞御免なんだよォ!)
覚悟を決めて、透は引き金を引く。
やたらと軽い、何かが砕ける音。無数の光の破片が目の前で乱舞して、舞い上がっていく。
ダイヤモンドダストにしては粒が大きいな、と透は場違いなことを考えながら目の前でそれらが収束していく光景を見る。
肩に羽織った清恵のコートが吹き飛び、オールバックにした髪が乱れて、顔の右半分を覆い隠す。
左半分の視界に現れたの、頭に牛の頭蓋を被った和服の男の姿だった。
全身にはびっしりと梵字が刻まれ、頭蓋の奥からは煌々と輝く赤い双眸が見える。
これは何か、そう考え、頭の中に響く名を透は自然と口から吐き出していく。
「行くぞ――クダンッ!!」
予言を授ける妖獣、件。
牛の頭に人の体、又は人の頭に牛の体を持つとされているそれ。
頭に被る牛の頭蓋を通して、そのペルソナは一体何を見定めているのか。
それは、クダンと透にしかきっとわからないものなのだろう。
髪を掻きあげ、荒い息を吐きながら透は一歩を踏み出し、シャドウを見据える。
理解できる。呼び出した自分の力は、目の前の手を相手に戦うことが出来る力だと。
二歩目を踏み出し、三歩目からは意識する必要もなかった。
牛頭蓋の賢者を従え、ゲッツは清恵の傍らに躍り出ると同時に、清恵の目の前のシャドウを指さし叫びをあげる。
「クダン、デビルタッチ<B!!」
シャドウの群れに真っ向から向かう賢者は、手のシャドウに梵字にだらけの右腕を翳し何事かを呟く。
直後、何かに弾かれたようにシャドウは後ろに飛び退り、その場で暴れだす。
後ろに居るシャドウを蹴散らしながら駆け抜けるシャドウは――誰が見ても分かるだろうが、恐怖を感じ逃げ出していた。
清恵のアリオーシュの様に協力な物理攻撃は使用できないが、その代わりに相手の行動を阻害する術を持っているようだ。
行動が一気に乱れ、隙だらけとなったシャドウに向かってメリケンを握りしめた両手のコンビネーションを叩き込んだ。
怯むシャドウを尻目に、発動の負担等で憔悴した顔で笑いながら、清恵に小さく親指を立ててみせる。
「逃げるのは性分じゃなくてな。
 ――精々ご指導頼むぜ、こいつらのぶっ殺し方!」
年齢ならばこちらが上だが、ペルソナの扱いもシャドウとの戦い方も清恵が先輩。
どうすればいいか、と透は清恵に指導を請うことにしたのである。
二体のペルソナと、二人のペルソナ使い。
この戦闘の音は中々に大きく、ここが廃墟だとしても一部の人間ならば気がついてもおかしく無かっただろう。

55 :
 まったくもって、普通、じゃない……。
 人間は理解不能なモノと遭遇した時、思考を完全に停止させるという。
 何を馬鹿な、そんな訳わからんモノに会ったら逃げるだろ、『普通』。
 しかし、今の俺の足は完全に止まっていた。姿勢も初見のままから動かずにいる。
 図らずも先人の言葉を自らで実証してしまったわけだ。
 だけども、自らの思考能力と判断能力がほんの数秒で戻ったのは褒めてやりたい。
「……ハッ……ハッ……」
 暫く止めていた呼吸はまるでその動きを思い出したかのように再開を始め。 
 心臓は早鐘の様に高鳴り、その心臓を僅かでも鎮めようと努力する。
 しかし、しかししかししかししかししかししかししかし……これはやっぱり
 「……普通じゃ、ない」 
 絞り出すように発せられたその一言。その一言でなんとか俺は正気を取り戻していく
 思わず吐き気が俺を襲う。そりゃそうだ17年間の培ってきた『普通』が、今この瞬間粉々にぶっ壊されたのだから。
>「透君、ごめんなさい。私が迂闊だったわ。もっと警戒すべきだった。
  貴男を守る為に出来る限りのことをすると約束する。だから、貴男も私に約束して欲しいの」
>「もしもの時は、……迷わず逃げて」
>「来て、アリオーシュ」
 そう言いながら真面目そうな三つ編みメガネっ娘が側頭部に向けて拳銃を放つ。
 ぶ厚い硝子板に拳銃を押し付けブッ放したらそういう音が出るんだろうか……いや、聞いたことないけど。 
 メガネっ娘の脳漿がブチ撒かれるのかと一瞬目を閉ざしそうになるが、そんな事はなかった。
 脳漿の代わりに出て来たのは……そう、まさしく俺の17年間の常識をぶち壊した存在その1だった。
 その淡い光の中現れた姿は、妖艶な女性……いや、その肌の紋様と蝙蝠の様な羽はRPGに出てきそうな女性型の悪魔を連想させる。そしてその悪魔が向かった先が、俺の常識をぶち壊した存在その2だった。 
 まるでデスティニーランドのキャラクターに出てきそうな人の手の形をしたファンシーな物体。
 しかし、それについている仮面に表情は無く。その見た目に反して不気味そのものだった。
>「あいつらが、『シャドウ』よ」
 そして冒頭の俺の言葉である。……普通じゃ、ない。
 メガネっ娘はハンマーを横に構え、一直線に走り出す。
>「アリオーシュ、“ アサルトダイブ ”ッ!」
 そのシャドウとやらが一匹? 一匹であってるよな? 一匹だけなら問題は無かっただろう。
 しかし、次々と現れるシャドウとやらに次第にメガネっ娘は苦戦を強いられていく。
 不良っぽいにーちゃんはどうしたのだろうか? などと考え視線を移すと、不良っぽいにーちゃんも銃口をこめかみに押し当てている。
 おいおいおいおい、マジか。あの不良っぽいにーちゃんもあの化物と戦えんのかよ?
 そして、再びあの硝子を砕く様な火薬を爆発させるような独特な音が廃工場に響き渡った。
 再び淡い光が廃工場を染め上げる。そして今度は不良っぽいにーちゃんからそれは現れた。
 和服の男、顔さえ見なければその一言で説明できる。しかし、その和服の男の顔は牛の頭蓋骨に見えた
 それはまるで呪術師を連想させる出で立ちで赤い双眼が炎の様に揺らめいている。
 ……いい加減、頭が痛くなってきた。ここまで自分の普通を砕かれるとは思わなかった。
 むしろ、これは俺が見ている夢かなんかじゃないのか? ホントはあのまま家に帰って、そのまま寝ちまったんじゃないか。
 そうならどんなにいいか。しかし、ひんやりした空気と、冷たい廃工場の壁がこれは現実だと無情にも告げていた。
>「行くぞ――クダンッ!!」
>「クダン、デビルタッチ<B!!」
>「逃げるのは性分じゃなくてな。
  ――精々ご指導頼むぜ、こいつらのぶっ殺し方!」

56 :
 不良のにーちゃんの牛頭は『くだん』という名前らしい、確か、日本の妖怪にそんなのがいた様な……。
ともかく、その『くだん』の活躍で劣勢から拮抗状態に持って行けたのは事実だ。
 って、なにTVでも見る様に観戦してんだよ俺は! そうだ、ここまでやったのなら勝ちは決定だろ?
 そう、このまま帰って、シャワー浴びて、寝る。え? これでOKじゃね? 2人が明日死体で廃工場で見つかるって事は……。
 そこまで考えて頭を抱える。いや、なんでそんな想像するんだ俺! 元々関係ねーじゃん俺!
 でも、メガネっ娘はさっきの劣勢で傷ついてるし、不良のにーちゃんは苦しそうだし。
……あぁ、これはさ、普通ならさ……『逃げる』が正解だよな、普通。
 そうさ当たり前だ。あんな常識の、『普通』の蚊帳の外に存在する物体相手に何が出来るってんだ。
 大丈夫、大丈夫だ。キョウ、オレハナニモミナカッタ。アノバケモノモナニモカモ。
そう、それで明日に、普通に戻れる。日常に帰れる。
明日笑いながら剣道部の後輩に、『スゲー不味かったぞ、噂の喫茶店のコーヒー!』、って文句を言える。
誰も怒らないさ、それが普通なんだから。そう考えながら、俺は木刀袋の帯を取り、白樫の木刀を手に取る。
 小学時代から握って来た柄の感触が手にひんやりとした感触を与える。
 ……いやいや、拮抗状態であり優勢じゃない。此処で仮にあの2人が殺されたら、俺のせい?
 (普通の人ってさ、困ってる人……見過ごすの?) いや、だってこれ普通じゃねぇし。
 (でも普通の人は困ってる人、助けるよ) 頭の中がジワリとその声に浸食される。
 自問自答を繰り返す事、数度。時間にしたら刹那の事、俺は木刀を痛いほどに握り締める。
俺は利き手の右手に力を込め、左手は軽く添え、そして全力で走り出した。
「ッシィッ!―――――――――ッ!」
 最初の気合以外は全て排除、窓枠を乗り越え、走り出し、人の手の形をしたファンシーな化物に渾身の一突きをお見舞いする。
 当たる瞬間に筋力の全てを込め、衝撃の全て伝える一撃。それでも、その仮面を割る事かなわず吹っ飛ばす事しか出来なかった。
でも今のだって不意打ちだから出来た渾身の一撃だ。仮に普通の戦闘ならば出来やしないだろう。
絶好のタイミングで横合いから殴り付けたのだ。隙が生まれない訳ない。
横並びに並んでいたシャドウは突き飛ばされたシャドウにぶつかり体勢を崩す。
「おい!  聞きたい事とか言いたい事とか色々あっけど、取りあえず1つ! とっとと仕留めてくんない!?」
 半泣きだった。勢いで仕出かした事が状況を悪化させたのか好転させたのか分からない。
 しかし、この普通じゃない非日常に自分から片足どころか両足を全力でぶち込んでしまったのは確かなようだ。
 己の仕出かした事態に嫌な汗がドッと溢れ出る。恐怖で身体がガクガクと震える。それでも、この2人の機転の良さに掛けるしかなかった。

57 :
須佐野命、櫛名田姫子の両名は、予想外な程のウェルカムムードで衣世を包んだ。
話のきっかけ程度になればいいや程度に思っていたモデルの件すらすんなり受け入れてくれたので、
彼女の思い切ったポージングの数々は、現在全て衣世のスケッチブックに収められている。
それに加え、
>「実はつい今しがた昨日の映像を分析していたところなのだが……
まだ推測の範囲は出ないがあの娘、ガチで非日常の世界に足を踏み入れている存在かもしれない…… 」
須佐野は知っていたのだ。喫茶店でぶつかったあの女子生徒のこと、そして彼女が持っていたモデルガンのことも。
「非日常、ね。」
須佐野命の弁は、おのずと熱がこもっている。
口調だけでなく、その澄んだ瞳も力強い光を放っていて、衣世はそれにあてられた。
彼女の奇抜な服装も、非日常を自分の方へ引き寄せようとする、ある種の努力なのかもしれない。そう思えた。
 話はとんとんと進み、あるいはアクロバティックに飛躍し、ついには入部がどうだのという話すら持ち上がった。
気に入られて何よりだと光栄に思う反面、他校生の勧誘すら辞さない程逼迫している探検部の実情に、
衣世は彼女達の行く末を案じる。
なので、人助けの意味も多少含ませつつ、衣世は冗談のつもりで軽く請け合った。
「それでは、隊長殿。当座の間、私は体験入部という形で――貴方に付き従いましょう ヨロシク」
そういうことになった。

58 :
衣世はたった今から冒険部の仮隊員だ。
部室という名の物置小屋に誘われ、新入りが真っ先に目にしたものは、一台のモニターである。
そこに映しだされていたものは果たして。
「……Rじゃないですかこれ。犯罪ですよ。」
大いに呆れた。映像云々と聞いて嫌な予感は多少あったが、まさか一介の学生がそんなことをするものかとたかをくくっていたのだ。
もしかして彼女達が部活動の一環として制覇した、いかがわしい"魔境"についても、同じたぐいの映像が保存されているのかもしれない、
……という憶測はあまりにも下世話だったので、衣世は深く考えないように努めた。
「神部隊員!こちらが問題の発言であります!」
櫛名田は部下ができたので随分嬉しそうにしている。彼女は慣れた手つきでマウスを操作し、吸い出した音声を再生させた。
>――『シャドウ』――敵――
>――あれは『シャドウ』に対抗する手段を担っている物――
「シャドウ……同じような言葉を私も聞いたことがある。」
医師は言っていた。衣世は影に助けられたと。
思い出すのは、死にかけた時に見た、あの天使のことだ。
自身の絵の題材にするほど、衣世はあの得体の知れない造形に心惹かれている。
心のどこかで求めつづけた、あの天使が、女子生徒のいう”シャドウ”になんらかの関係があるとすれば。
(また、あれを見ることができる……?)
須佐野命の追う『非日常』。神部衣世が求める『非日常』。
その二つが交差した瞬間だった。 
「私がなんとかしましょう」
自然と言葉が出る。
「幸い、私はこの子と同じ学校です。友人の伝手を辿っていけば半日程で見つかるかと。
これだけくっきり顔が映っていればやりやすい。…と言ってもですね、
R映像のキャプション画をみんなに見せて周るのは、さすがに障りがあります。」
赤の他人から話を聞くにあたり大切なものは信用だと、衣世は考える。
Rして身元を割り出しましたあ!と馬鹿正直に白状すれば話し合いなど問題外、十中八九警察沙汰だ。
そこで取り出したるは、先ほどのスケッチブックである。衣世は空白のページにさらさら鉛筆を走らせた。
「……彼女の似顔絵です。」
こちらの不注意でぶつかったことをちゃんと謝罪したかった、だから探し回った。
とっさのことだったが顔を覚えていたので似顔絵を描いて探す為の手段とした。
――強引すぎる言い訳に顔を顰めてしまうが、そういうことにしよう。
「探検部というより探偵部ですが…須佐野せ…じゃないや、隊長殿はいかがいたします?
月曜の放課後にでもセブンズへ来て、直接あってみますか?」

59 :
>>47の内容、中間ほどを修正します】
レジの店員に伝票を渡し、会計を済ませる。
『ちょっち背伸びでビターな恋のオトナ味コーヒー』、『忘れかけていたトキメキを取り戻すシナモンティー』、計二点、しめて二千八百円。
二度とこんな店へは来ないことを誓って、店外へと続く扉に手を伸ばす。
だが、それよりも先に扉が動いた。
店内へと開いた扉に、当然のように衝突する。
扉は清恵の体ではなく学生鞄とぶつかり合って、その衝撃で召喚器が手に取る暇もなく零れて落ちてしまった。
扉の向こうには、自分と同じ七姉妹の制服を纏った女子生徒がいた。
>「――お…っと、すみません」
女子生徒が、清恵の落とした召喚器をすかさず拾ってくれる。
謝罪とほんの親切心、恐らく清恵が何を落としたのかにも気付いていないだろう。
清恵がそれを止める間もなく、女子生徒は召喚器を手に取り、そしてーー明らかに戸惑いを見せた。
召喚器と清恵を交互に見つめながら。
何か弁解をしておいた方が良いだろうか?
>「その……じゃあね、っていうか、あの、本当にごめんなさい。」
だが、清恵が口を開く前に召喚器を突き出され、半ば押し付けられるようにそれを受け取る。
女子生徒は入口までじりじり後ずさると、そのまま店外へと飛び出して走り去ってしまった。
「……口止めしておく必要がありそうね」
明日、校内で彼女を捜すことにしよう。もし休んでいた場合は、彼女の自宅を探せばいい。
女子生徒が去っていった方向へ冷めた視線を向けながら、清恵は店を後にした。
【ここまでが修正のレスになります】

60 :
無数のシャドウが群れをなして、じりじりと距離を詰め寄ってくる。
その波を真っ二つに割るように、迷わずハンマーを振り下ろす。
ーーその瞬間、聞き覚えのある銃声がハッキリと耳に届いた。思わず視線がシャドウから離れて周囲をさまよう。
だが、数体退けたところで、すぐに次の追撃がやってくる。
視界の外から跳び掛かってきた掌に今更気付いたところで、清恵にそれを防ぐ時間はなかった。
「……っ!」
せめて受け身を取れるように、左腕を曲げて、次に襲い来る鈍い衝撃に備える。
>「クダン、デビルタッチ<B!!」
この声はーーまさか。
眼前に迫っていたシャドウは器用に空中で身を翻すと、一目散に清恵から距離を取る。
シャドウ同士が身を寄せ合い、または別のシャドウを蹴散らしてまで離れていく。
彼等が“恐怖”心を抱いているのは明白だった。
その群れに颯爽と飛び込んでいく影ーー清恵は驚きを隠せなかった。
透が勇敢にシャドウ達を両手の拳で殴打していく様に。
そして、その影が二つだったことに。
透の傍らに寄り添うーーというよりは、従う形かーーその者は、まるで人間のような姿だった。
ただ一つ、頭部が牛であることを除けば。
「これは、ペルソナ!? と、透君、まさか貴男……!」
>「逃げるのは性分じゃなくてな。
  ――精々ご指導頼むぜ、こいつらのぶっ殺し方!」
透はそう言って、疲弊が滲んだ笑顔を此方に向けながら親指を立ててみせる。
それは清恵の言葉をほとんど肯定しているようなものだった。
それを聞いて確信する。間違いない、このペルソナは彼のものだ。

61 :
ーー貴男にもあるのね、“力”と、それに見合うだけの向き合うべき何かが。
透の台詞とリアクションを前に、敗北の二文字に気圧されていた心も微かに弾む。
清恵も口許が弛み、笑顔が浮かぶ。自然と軽い台詞が口をついて出た。
「仕方ないわね、教えてあげるわ。
 ……『消えて無くなるまで徹底的に叩きのめす』だけよッ!」
地面を蹴り跳び、透と並ぶように立つ。
「ただし、攻撃を避けられないように注意してちょうだい。奴等は素早いわ。
 死角からの攻撃にも、くれぐれも気を払って。
 それと、」
透に視線を向け、真っ直ぐに見つめる。
「ありがとう、逃げずに一緒に戦ってくれて。……本当に心強いわ」
一瞬だけ、柔らかな微笑みを透に向けた。
そして、すぐに前方のシャドウの群れを射抜くような視線を移す。
だが、透の力に頼り過ぎるわけにはいかない。
ペルソナの力を満足に扱いきれるようになるには、充分な時間が必要だ。
加えて自分も先程のシャドウの攻撃を受けて体力を消耗している。
早急に決着を付けなくては、いずれ此方が持たなくなるだろう。
やるしかない、シャドウへと強く一歩踏み出す。
だが、そこでまたもや清恵を驚かす何かが視界に飛びこんできた。
突然のことに、シャドウの仲間が寄ってきたのかと警戒するが、それは明らかに人の形をしていた。
もちろん頭が人ならざる者の形をしているわけでもない。
間違いなく、普通の人間だった。
普通の人間が木刀を手に、シャドウに立ち向かっている。
横合いからの鋭く重い木刀の一撃がシャドウに炸裂した。
吹き飛ばされたシャドウが、他のシャドウ達に激突して流れるように倒れていく。
>「おい!  聞きたい事とか言いたい事とか色々あっけど、取りあえず1つ! とっとと仕留めてくんない!?」
それも何故か半泣きで。というか、誰だ。
「……透君? 貴男の知り合い?」
自分に面識がない以上、そうとしか考えられなかった。
何者かも分からない以上、警戒すべきだろう。
だが、それよりも彼の一撃が作り出したこの好機を見逃すわけにはいかなかった。
シャドウ達が体勢を崩した今こそが、千載一遇、最大のチャンスなのだ。
「透君! それと、木刀の貴男も力を貸して!
 奴等が体勢を崩している間に、“総攻撃”を仕掛けるわッ!」
それは、正に号令だった。
全員の力を結集し、一斉に叩き込む最大の攻撃。
これで決着が付かなければ、遅かれ早かれ押され負けるだろう。
ーーであれば、これに全てを賭けるしかない!

62 :
神部衣世と名乗る女子生徒は、さらさらと鉛筆を滑らせ僕の姿を描いていく。
「すごい! 上手いじゃないか!」
確かに通常の意味でも上手いのだが、それだけではない。
ワクワクするようなとても楽しんで書いたようなオーラが滲み出ているのは気のせいだろうか。
>「非日常、ね。」
非日常、という言葉を聞いた彼女は満更でもなさそうだった。
自ら進んでここに来るぐらいだから、当然といえば当然かもしれない。
そこですかさず副隊長と共に勧誘し、彼女は晴れて仮入部とあいなった。
>「それでは、隊長殿。当座の間、私は体験入部という形で――貴方に付き従いましょう ヨロシク」
「コチラコソ ヨロシク! お近づきの印に君に渾名をつけよう。かんべいよ……そうだ、イヨカンだ!
ちなみに僕はスサノとか隊長とか呼ばれているぞ」
そういうことになった(!?)
そして早速今回入手した映像を見た彼女は――呆れた。
>「……Rじゃないですかこれ。犯罪ですよ。」
「ちなみに何もいかがわしい店ばかりでなくもちろん王道の立ち入り禁止の裏山とか洞窟なんかもあるぞ!」
「そういう問題じゃないであります。――神部隊員!こちらが問題の発言であります!」
問題の発言を聞いたイヨカン隊員は、想定外にして予想以上の反応を示した。
>「シャドウ……同じような言葉を私も聞いたことがある。」
>「私がなんとかしましょう」
あまりにも積極的な協力に、彼女もまた過去にシャドウなるものと関わりがあったのかもしれない、そんな事を思う。
そして早速、彼女の画力が遺憾なく発揮されるのであった。
>「探検部というより探偵部ですが…須佐野せ…じゃないや、隊長殿はいかがいたします?
月曜の放課後にでもセブンズへ来て、直接あってみますか?」
「そりゃあもう行くっきゃない! ――そうだな、前衛的絵画のモデルという名目で」
セブンズは、個性派集団のこことはまた違って都会的でお洒落な雰囲気の学園だ。
このまま行ったら目立ってしまうだろう。でもこのまま行く。
「ここは自分に任せていってらっしゃいであります!
もしいじめられっ子を見かけたら助けてあげて欲しいであります!」
「こらこら、イヨカン隊員を前にして人聞きが悪いぞ。ただの噂だろう。不良が集うカス高校ならまだしも」
元ボッチの副隊長がその手の噂に敏感になるのは分かるが、セブンズはこの区域唯一の”常識的な”名門校。
よもやいじめなんてありはしまい。
こうして、我々はシャドウなるものとモデルガンの謎を追ってセブンズに乗り込むことになった。

63 :
須藤竜子は綺麗な顔をしている。と海棠美帆は思う。
真っ茶色の髪は痛んでいないしセブンスの征服だってものすごく似合う。
本当かどうかは知らないが、彼女の髪が茶色いのはプールの塩素のせいらしく
先生は誰も注意しない。いつもまわりでは女の子たちの華やかな笑い声で満ちている。
初めてなのに見よう見まねで25メートルを泳ぎきったように彼女のまわりのたいていのことはうまくいくのではないかと思う。
すくなくともババァと呼ばれている海棠よりは。
――そんなある日、神様に祝福されたかのような人生を歩んでいた須藤竜子がぱったりと学校に来なくなった。
生徒たちの話では、ジョーカー様に襲われ怪我をして、森本病院に入院してしまったのだという。(あくまでも噂)
そして予想通り、生徒たちの間では海棠がジョーカー様に須藤の殺害を依頼したとの噂が立った。
しかしそれは濡れ衣だった。たしかにあの時、海棠はジョーカーと接触した。
でも、他人の殺害をジョーカーに依頼することなど出来なかったのだ。そう、出来なかったのだ。
「……何もないのか?のぞむことは」
ジョーカーの問いに、海棠は首肯する。
今でもあのときのジョーカーの声は忘れない。
驚きを孕んだジョーカーの声を。震える声で海棠は言葉を紡ぐ。
「私は何もしたくない。もう勉強するのも嫌。復讐もめんどくさい。
ただ何もせずに、プールに浸かってぼーっとしていたい。
ぼーっとして何もかもが終わるのをみていたい。ただそれだけ」
二人の間に沈黙が落ちる。無表情なはずの仮面がなぜか悲しげにみえる。
どうしてジョーカーを呼び出してしまったのだろう。自分でも不思議だった。
考えていることと行動があっていない。海棠は本物のバカなのかもしれない。
やがてジョーカーは囁くように海棠に告げる。
「私に力を貸してくれないか?……イン・ラケチの成就のために、私に力を貸してくれ」
「イン・ラケチ?」
耳慣れない言葉に眉を寄せる。
刹那、するどい光に目を射られた。
気がつけば不思議な大広間に一人きりだった。
『蠍の正座を負いし者よ。我に従え』
声が響く。脳に直接叩き込まれたかのような声が。
同時に体の奥底にすさまじい力を感じる。
血流が一瞬にして沸騰したかのような衝撃。なにかとてつもないものが
心臓の殻を食い破って躍り出たかのような…。
「おまえはペルソナの力を手に入れた。それはお前に影のように付き従う、もう一人の自我。
あまえに新たなる力を与えてくれるだろう」
「え、ぺるそなって……」
口にしかけた疑問は途中で途切れる。
瞬き一つする間に海棠は自宅の部屋に戻っていた。
目に映るのは見慣れた天井。
「夢?」
夢じゃなかった。足元には携帯電話。着信履歴は自分自身。
たしかに海棠はジョーカーと接触していたのだ。
机の上に視線を移すと、朝日を浴びたピストル型の物体が不思議な光を放っていた。

64 :
>「そりゃあもう行くっきゃない!――そうだな、前衛的絵画のモデルという名目で」
「よかった。さすがにモデルガン所持者相手に独りで臨むのは心細かったので。
模造刀系女子である隊長と一緒なら私も心強い、であります。副隊長殿はいかがいたしましょう。」
櫛名田は残念そうに首を振った後、二人に向かって、ピ、と敬礼する。
>「ここは自分に任せていってらっしゃいであります!もしいじめられっ子を見かけたら助けてあげて欲しいであります!」
>「こらこら、イヨカン隊員を前にして人聞きが悪いぞ。ただの噂だろう。不良が集うカス高校ならまだしも」
「いえ、否定はしません。私のクラスでは無いですけど、同学年でヒドイことが実際起こっていたようです。
で、その噂にはね、実は続きがありまして。……いい加減プッツン来たいじめられっ子が、ジョーカー様とやらを呼び出して、逆襲させたのですって。」
常識的、模範的とやたら持ち上げられている七姉妹学園でさえ、少し探れば都市伝説の化物と仲良しだ。
「櫛名田副隊長殿がご心配なら、いじめられっ子のその後も調べてみましょうか。
――ヘタにその子のご機嫌を損ねたら、ジョーカー様をけしかけられて私も怪我しちゃうのかな。はは。」
約束の日の放課後。
衣世が追っている二人の名は事前に調べがついた。
喫茶店でぶつかった女子生徒は久我浜清恵。そしてジョーカー様を呼び出したと言ういじめられっ子は海棠美保。
ここで問題なのは、やはりきっかけだ。人間誰しもが須佐野命のように開放的でフレンドリーとはいかないのである。
久我浜清恵についてはまだ良い。『ぶつかった時の謝罪』と言う建前がある。
しかし、海棠美保については…。
(ハロー、元気してる?なんでいじめられてたの?ジョーカー様ってどんな奴だった?――馬鹿か私は。)
衣世はこっそりと彼女がいる教室を覗いてみる。
せめて須佐野命がここに到着するまでの足止めくらいは果たしておかねばならない。
意を決して、彼女がいる教室に足を踏み入れる。幸い、中は閑散としていた。
衣世はしてすぅっと息を吸い込む。
「やぁ!ワタシ神部衣世って言うの、美術部員! 突然なんだけど、前衛的絵画のモデルになってみない?!」
気まずく流れる沈黙の中、衣世はもう一度自分を呪った。
(……馬鹿か私は。)

65 :
放課後の教室は閑散としていた。
ところどころ染みをつけたベージュのカーテンが冷たい風に煽られてゆっくりと膨れ上がれば、
柔らかく膨らんだ布地のむこうには灰色の空が見えた。
海棠美帆は冷たい空を見つめながら、ジョーカーのことを考え続けていた。
やはりあれは夢ではなかった。
今やこの街では都市伝説はただの伝説にとどまらない。
謎の怪人が現身の存在となって、街の闇を徘徊している。
だが、海棠の実生活に変化はないように思えた。
あの時感じた異様な力『ペルソナ』はまったく感じられない。
一瞬目を覚ました凶暴な獣が、また寝入ってしまったような感じだった。
なぜだろう。ジョーカーが存在しているのなら何故姿を現さないのだろう。
あの時、海棠に力を貸せと言ったのはなんだったのだろうか。
「海棠さん」
声をかけられたので振り向いた。野中ミエコだった。
「クラスの人のことたちなんて、気にすることないわ。心の中でバカにしてたらいいわよ。
私は海棠さんが犯人だなんて信じていないから」
「…ありがとう」と海棠は答えた。声はかすれていた。
野中は小さな声で話を続ける。
「でもね。須藤竜子なんて病院送りになって当然の女だったじゃん。下品で野蛮で最低の女。
今ごろは病院のベッドで天井を見ながら猛省してるのかしら?うふふ、私たちを苛めたから天罰が下ったのね」
小鼻を膨らませながら野中は興奮していた。普段の無口な彼女はどこへいったのやら。
詰め寄るように海棠に近づいているために生温い息が吹きかかる。
「……あの、まさかなんだけど」
異様な野中の言動に脳裏に浮かぶ疑念。
海棠の怪訝な表情に、野中は気が付くと慌てて言葉を返す。
「え?私がジョーカー様に依頼して須藤を襲わせたって言いたいの?
そ、そりゃ確かにジョーカー様に電話をかけてみたことはあるんだけど、結局携帯は繋がらなかったわ。
ジョーカー様にも好みがあるのかしら。それとも電話が殺到していて忙しかったのかしらね…?」
野中エミコのほの暗い笑みを見て、海棠の顔は凍りついてしまう。
「……そ、それ、もう二度とやらないほうがいいよ。
遊びでもなんでも…。人を呪わば穴二つって言うじゃない」
語尾が震えている。野中はジョーカーと接触しようとしていた。
否、本当は接触していて嘘をついているのかも知れない。
その可能性も大だ。海棠だってジョーカーと接触したことなど秘密にしていたい。
例え動機が興味本位だったとしても、それを明かすことは良しとしない。
噂では、ジョーカー様には憎い相手をRことも依頼できるし、交渉しだいでは夢を叶えてくれるともいう。
誰だって、今、手に入れている現実がジョーカーの能力によるものだなんて後ろめたくて言うことなど出来ないだろう。

66 :
割り切れない気分のまま海棠は窓を閉めた。
窓は閉まる寸前に、ぴゅーと甲高い風の音を発した。
(もう一度、ジョーカーに会いたい。
もう一度会えたら、この心のもやもやもなくなるかも知れない…)
ため息が漏れる。
ジョーカーと出会ったあの日から、携帯の呼び出し音は一度も鳴っていない。
だからと言って海棠のほうから電話をかけるという勇気もなかった。
勇気もないくせにジョーカーのことを思うと日に日に胸が苦しくなる自分がいた。
>「やぁ!ワタシ神部衣世って言うの、美術部員! 突然なんだけど、前衛的絵画のモデルになってみない?!」
突然、教室に元気な声が響く。驚いて振り返ると長身の女が佇んでいる。
――神部衣世。
美術部員。一年留年している。そんな噂を聞いたことがある。
海棠の記憶では一度も会話はしたことはないが、嫌いなタイプではなかった。
留年を経験していたという噂が、何となく心の緊張を解く。
彼女も自分よりなのかもと思う。同じ学園の異分子。そんな気持ちだった。
「わ、悪いけど私、自分を見られるのってあんまり好きじゃないから…。ほ、他の人に頼んでみたら?」
海棠は、神部が会話のきっかけを掴みたいだけなことなど知らない。
なので真に受けていた。全身に心臓があるような感じで、体全体が恥ずかしさで脈打っていた。
それとは正反対に、野中はメガネをピキンと輝かせながら挙手をしている。
「あーそれなら私を描いてください。いいでしょ?
さあ早く!美術室にいきましょ!あ、海棠さんも一緒にいきましょー!」
神部、海棠、二人の手を引っ張って野中は廊下に歩みだした。
海棠はその様子に再度いぶかしむ。野中は海棠よりも無口で大人しい子だったはず。
もしかしたら、いじめっ子の須藤竜子がいなくなったおかげで明るさを取り戻したのだろうか。
そんな疑問も置き去りに、三人の足音はリノリウムの床に響くのだった。

67 :
>「いえ、否定はしません。私のクラスでは無いですけど、同学年でヒドイことが実際起こっていたようです。
で、その噂にはね、実は続きがありまして。……いい加減プッツン来たいじめられっ子が、ジョーカー様とやらを呼び出して、逆襲させたのですって。」
「なんとも酷い話であります……」
他の学校の実情というのは外から見ている分には分からない物である。
副隊長が言う酷いというのはいじめ自体の事もそうだし、その後の噂の事もだ。
普通に考えればいじめっ子が偶然事故か何かにあって、そうだったら面白い程度の軽い気持ちの冗談が広まったものに決まってる。
昨日までなら、100%そう確信していただろう。しかし今となっては、別の可能性も微粒子レベルで考えてしまう。
もしも本当にジョーカー様なるものが存在するとしたら……。
>「櫛名田副隊長殿がご心配なら、いじめられっ子のその後も調べてみましょうか。
――ヘタにその子のご機嫌を損ねたら、ジョーカー様をけしかけられて私も怪我しちゃうのかな。はは。」
「確かに心配だな……。すまないがよろしく頼む!」
無論、可能性99%の方と1%の方、二つの意味でだ。
そして月曜の放課後――僕はセブンスへ乗り込んだ。
当然生徒達から奇異の視線が向けられ、不審人物として声をかけられたりもする。
「こらそこのキミ、何の用だね!」
「美術部の前衛的絵画のモデルとして来ました!」
「おおそうか! これは失礼した、通ってよし!」
そんな感じで待ち合わせ場所の美術室まで辿り着く。
様々な制作中の絵が並んでいるが、人型の謎の物体が羽を広げたような絵が目についた。
心象風景のようなシュールレアリズムのような不思議な絵。
絵を眺めながら待っていると程なくして3人の少女が現れた。
一人はもちろんイヨカン隊員、後の二人のどちらが苛められっ子だろうか。
両方かもしれないが、二人のうち一人は苛められっこにしてはやけにハイテンションで、もう一人はいかにも大人しそうだ。
「僕は須佐野 命。月光館の生徒だが今日は前衛的絵画のモデルとして来たんだ。ヨロシク!
多分今頃随分噂になってるだろうがまあアレだ、人の噂も75日!
そんな事よりイヨカン隊員は絵がすごく上手いから色々書いてもらうといい」
ふと思い立って先程気になった絵を指さす。
「それにしてもこの学校の美術部はすごいな。
あれ、君には何に見える? 僕には天使を題材にした前衛的絵画に見えるんだが」

68 :
>「仕方ないわね、教えてあげるわ。
> ……『消えて無くなるまで徹底的に叩きのめす』だけよッ!」
「――ッハ、分かりやすいのな!
 それくらいシンプルな方がやりやすい、上等だっての、カス高舐めてんじゃねぇぞ影野郎ども!
 マカジャマ=I」
剛毅に笑いつつ、透はシャドウの群れに相対して。
火球を放とうとしたシャドウに向かってクダンを呼び出して、魔法の発動を阻止した。
そこの隙を狙うようにシャドウの顔面にメリケンを叩きこみ、地面に叩きつけられた所を蹴り飛ばして他のシャドウにぶつける。
シャドウの行動の尽くを阻害して回りつつ、その隙を狙う立ち回りは、多対戦に置いては相手の連携を崩し案外にも良く働く。
と言っても、ペルソナに覚醒して間もない透には、ペルソナの発動の度に多大な負担が襲い掛かってくる為、長くは戦えないが。
>「ありがとう、逃げずに一緒に戦ってくれて。……本当に心強いわ」
清恵のその言葉に口で答える余裕はなく、それでも無言のサムズアップを還しつつ、シャドウを一体吹き飛ばした。
肺が痛い、視界が揺れる、嘔吐感が襲う、聞こえる音が歪んでいる。
覚醒直後に戦闘をしている負担は、徐々に透のポテンシャルを下げていき、次第にシャドウからの攻撃を捌ききれなくなっていく。
攻撃が体に痣を作り、頬の皮膚を裂き、シャツに裂け目を作り出す。それでも諦めずに、シャドウの顔面に拳を叩きつける。
「ち、ィ。数が多いし、俺は慣れてねぇし、清恵ちゃんも結構やられてるっぽいし……!
 割りとこれ、ピンチじゃんかよオイィ!? ち……ッ、デビルタッチ!」
近づいてくるシャドウが来次第デビルタッチで恐慌状態に陥れて撹乱を続けていた透。
だがしかし、戦っている内に理解できたことがある。
己のペルソナ――クダンは、攻撃が極めて苦手である、という事だ。
清恵の様にアサルトダイブでシャドウを蹴散らしたり、ハンマーを振りぬいて吹き飛ばすようなことも難しい。
出来るのは、ひたすらに状態異常を叩きつけて、相手の行動の総てを縛り付けていくことばかり。
決め手に欠ける透は、ひたすら清恵をバックアップすることだけを考え、行動していたが、それもそう長くは持つまい。
何とかして闘争を止め、逃走のルートを探すべきかと思い始めた矢先に、

69 :
>「ッシィッ!―――――――――ッ!」
状態異常で隙だらけになったシャドウの横っ面を叩くように木刀が振り下ろされる。
めまぐるしく変わっていくこの状況に、透はしかし、思考を回すことを欠かさない。
二人ならば勝てないかもしれないが――三人居れば、勝てないまでも負けない事は出来るかもしれない。
(……感覚的に、後三回は使ったらぶっ倒れる自信がある。
 んでもって飛び出してきた命知らずの兄ちゃんは、案外度胸はアリそうだ。
 そんで、清恵ちゃんは結構火力がある、と……。こりゃ、ワンチャン、ワンチャンあるかもな……!)
>「おい!  聞きたい事とか言いたい事とか色々あっけど、取りあえず1つ! とっとと仕留めてくんない!?」
>「……透君? 貴男の知り合い?」
>「透君! それと、木刀の貴男も力を貸して!
> 奴等が体勢を崩している間に、“総攻撃”を仕掛けるわッ!」
「いんや、知らねぇけど――、こりゃ叩きこむしかねぇか。
 清恵ちゃんは、あのアサルトダイブやらをぶっ込んでくれ、俺は風で内側に集めるからそこぶっ飛ばす感じで。
 で、木刀の兄ちゃんは撃ち漏らしをとにかく何も考えずにぶん殴ってくれりゃいい!」
相手の言葉を受けて、深呼吸をして頭を軽く振ってオールバックを撫で付ける透。
そして、晶の方向を見て、に、と飄々とした笑みを浮かべて、無茶ぶりをし始める透。
だがしかし、ふたりとも消耗している今、ペルソナが使えなくとも人一人分と言うのは大きな戦力となる。
恐らく、二人ではきっと殲滅しきれないため、いきなり現れた晶にも、藁にもすがる思いで頼るしか無かったのである。
清恵と晶に視線を送り、頷いたのを確認してから、己の頭に召喚器を突きつけて、シャドウの群れを睨みつけた。
「行くぜクダン――ガル=I ガル=I ガル=I」
透のペルソナであるクダン唯一の攻撃スキル、ガル。
それに残りの力を注ぎ込み、次々と小さな竜巻をシャドウの群れに向かって叩き込んでいく。
外周から内側に弾きこまれたシャドウを追い込むようにして竜巻を動かしていき、一箇所にシャドウを集めていく透。
ぐらりと体が傾ぎ、頭痛と悪寒で視界がチカチカするが、最後に本当に最後の一撃を放つために、召喚器のトリガーを引いた。
「これ、で打ち止め……ッ、ガル<bッ!!!」
一点に集積されたシャドウの群れに向かって、最後のガルを叩き込んだ透。
竜巻ではなく一閃のかまいたちが空間を走りぬけ、数体のシャドウに深い切り傷を刻み込んだ。
声も出せず、そのまま負担で地面に崩れ落ちていく最中に、召喚器を取り落とした右手をシャドウに向けて、中指を立てて透は気絶した。
後の二人に、この後シャドウが殲滅しきれるかはかかっているだろう。

70 :
>「透君! それと、木刀の貴男も力を貸して!
> 奴等が体勢を崩している間に、“総攻撃”を仕掛けるわッ!」
 無茶ぶりぃぃぃいいいいい! メガネっ娘からスッゴイ無茶ぶりが来た!
 いや、無理無理無理! 総攻撃って何!? やめてくんない!? よく分からない無茶ぶりするの!
>「いんや、知らねぇけど――、こりゃ叩きこむしかねぇか。
> 清恵ちゃんは、あのアサルトダイブやらをぶっ込んでくれ、俺は風で内側に集めるか> らそこぶっ飛ばす感じで。
> で、木刀の兄ちゃんは撃ち漏らしをとにかく何も考えずにぶん殴ってくれりゃいい!」
 無茶振りその2ぃぃぃいいいいい! 撃ち漏らした奴を叩けって簡単に言うけど!? こちとら一般人よ! 一般ピーポーよ!?
 アンタ等みたいに不思議な力も無いただの人間だよ! ちょっと木刀を使うのが得意な普通のノーマルピーポーよ!
 いやなんか爽やかに笑ってるけどさ! 不良のにーちゃん! これ笑い事じゃねーから!
>「行くぜクダン――ガル=I ガル=I ガル=I」
 おおおおおおおおおお!? 何!? 竜巻!? 魔法!? くそうくそう! たった数分で俺の常識は木端微塵だどうしてくれんだ畜生め!
 不良のにーちゃんはなにやら『がる』とかいう魔法? で化物共を一箇所に集めていく。
 そして一か所に集めた化物にメガネっ娘は攻撃を仕掛けていく。次々に黒い液体を撒き散らし闇に雲散していく化物共。
 あれ? これもしかしてもう俺の出番なくね? などと安心したのも束の間、一匹の化物がこちらに向かってすっ飛んでくる。
「ちょお! まっ! 危なッ!」
 身体をギリギリ逸らせ、すっ飛んできた化物を回避する。
 おそらく不良のにーちゃんが撃ち漏らしたというか飛ばす方向を間違えたのだろう。
 壁にぶち当たってウゴウゴと蠢いてる化物に反射的に木刀で突きお見舞いする。
 先程当てた仮面ではなく、背面からの一突き。初めて生きた何かを自身の手で突き刺す、という体験をしてしまった……。
 突き刺さった個所からはタールの様などろりとした体液? が流れだし、そして次の瞬間、化物は闇の中へ蒸発するように消えていく。
 化物とはいえ、こんな簡単に殺してしまってよい物だろうか。否、あそこで殺していなければこっちが殺されていた。 
 凍てつく様な寒さの中で、体温は上昇し、身体からは夥しいほどの汗が流れ出ている。
>「これ、で打ち止め……ッ、ガル<bッ!!!」
 そんな中、不良のにーちゃんの声が廃工場に響き渡る。その声に振り向けば……目の前に巨大な手が広がっていた。
 言わずもがな化物だ。無意識に木刀で受けの構えを取る。が、それは大きなミスだった。
 化物と木刀が合わさった瞬間、ミシリと木刀が嫌な音を立てる。次いで今まで味わった事の無い圧迫感。
 ヤバい! 受け流し、間に合わない! 拮抗状態も僅かして作れない……このまま、潰され……!
 その判断が脳に降った瞬間、木刀を犠牲にして俺は横っ飛びにすっ飛んでいた。
 次の瞬間、ズダン! と凄まじい音が廃工場を揺らす。何の音か理解するのに時間はかからなかった。

71 :
 ゆっくりと起き上がる化物、その場所には粉々に粉砕された俺の木刀が無惨に転がっていた。
 粉砕された木刀、目前には不気味で巨大な手……その巨大な手が、再び宙に浮き、大きく開く。
 『押し潰される』、直感で分かった。木刀の中でもかなりの硬度の持つ白樫を粉砕する化物だ。こちらの全身を押し潰すなど苦も無いだろう。
 あれ? もしかして死ぬ? ここで、こんな所で、俺の人生が終わる? そんなの……。 
 ふっざけんじゃねぇッ! 何か方法は! 何かこの状況を打ち崩す方法は!?
 そう考えた時、コツリと硬い何かが手に当たった。それは先程気絶した不良のにーちゃんが取り落とした銃。
 しかし、今はそれが何かと考える前に銃を手に取り、力強く顎部に押し付ける。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 それは自分の口から発せられたとは思えない程の獣の様な叫び声。
 俺に不良のにーちゃんやメガネっ娘のようなやつが出せるとは限らない。しかし、ここで何もしなければ……待っているのは確実な死だ。
 その行動が自身の生存本能が導き出した答え。そして俺はその引鉄を祈る様に絞った。 
 銃声が鳴り響いた瞬間、ドクンと音を立て心臓が脈を打ち、顔面を貫かれる様な衝撃が襲い、視界が黒く染まる。
 しかしそれは一瞬の事、視界が戻った時には、俺から生まれ出たソレは2本の刀を十字にし、化物から俺を守っていた。
 ソレの姿をどう例えればいいのか、肉体のみを言うのならば筋骨隆々の屈強な男性を連想させる。
 しかしその風貌は異形、そう、まさに異形と呼ぶに相応しい。
 赤紫の肌、2本の刀、鬼の様な醜悪な顔、昆虫の触角の様な長い角、蛇の様に身体に巻き付く桃色の装飾品。
 どれもこれも見た者に恐怖と混乱を抱かせるに相応しい姿形。しかし、俺は不思議と恐怖も混乱も感じなかった。
 それどころか、不思議と変な気持が湧き上がってくる。そう、『コレ』は俺の中にいた……。
「……ラクシャーサ」
 思わずその名を呼ぶ。知ってる筈も無い、知りよう筈も無いその異形の名前。
 その言葉に呼応するように、ラクシャーサは受け止めていた化物を弾き飛ばす。 
 今まで体験した事の無い頭痛、身体の倦怠感、眩暈、だけども俺は目の前に集中する。
 目の前には不良のにーちゃんが最後の力を振り絞って吹き飛ばし切り傷を負わせた化物が多数。
 頭痛を紛らわせるかのように片手で顔を覆い、そしてもう片方の手を兵に指揮するかのように前に突き出す。
「……ラクシャーサ! 『疾風斬』!」
 ラクシャーサはその言葉に応え、刀をクロスに構え、前方に向かって斬り払う
 その虚空の斬り払いから生まれた刀撃の衝撃波は不良のにーちゃんがダメージを負わせた化物達に次々と追い打ちを掛け、切裂いて行く。
 闇に雲散していくシャドウを見ながら、それは俺だけの力だけでないことを悟る。
 事前に不良のにーちゃんやメガネっ娘がダメージを与えてくれていたからこその結果だ。そうでなければ一掃することなど出来なかったはず。
 グッジョブだぜ、不良のにーちゃん、メガネっ娘。
 揺れる視界に写ったのは最後の一体、先ほど弾き飛ばした一体がこちらに向かってくる。
 「切裂け! ラクシャーサ! 『キルラッシュ』!」
 俺自身の最後の力を振り絞り叫ぶように自身の『分身』に命令を下す。
 目にも止まらない高速の3連撃を繰り出し、化物の身体は6つに分断されそして闇に搔き消える様に雲散する。
 その光景を最後に俺の意識はブツリとTVの電源を切ったかのように闇へと消えた。
 意識を切る刹那思った事は、願わくば、目覚めたら日常の風景がありますように……。

72 :
>>66
>「わ、悪いけど私、自分を見られるのってあんまり好きじゃないから…。ほ、他の人に頼んでみたら?」
ですよねえ、と衣世は肩を落とした。海棠のような大人しくて目立ちたがらない女子が、こんな大胆な誘いに乗るはずがないのだ。
しかし。助け舟は思わぬ所からやって来る。
>「あーそれなら私を描いてください。いいでしょ?」
野中エミコ。興味津々といった風に二人の間に入る。
「…え? う、うん、そうだね。」
バイキンとあだ名されている所以が、衣世には分からない。彼女はあまりにも快活で気さくだった。不自然すぎるほどに。
>「さあ早く!美術室にいきましょ!あ、海棠さんも一緒にいきましょー!」
衣世は対照的な二人を交互に見比べる。
「無理言ってごめん。…でもついてきてくれるとこっちも助かるかな。私、あなたも描いてみたいんだ。気が向いたらでいいから。」
野中エミコが先頭に立ち、3人は美術室へと向かう。
 ■  ■  ■
さて、ここで困ったことがある。神部衣世は美術部に属していながらシュールレアリズムが何たるかを知らないのだ。
マシな椅子を二つ見つけて来客へすすめつつ、途方に暮れる。
先の誘い文句も、須佐野命の言葉をとっさに借りただけで深い意味はなかった。
野中エミコはやる気満々でスタンバイしているというのに、鉛筆を持つ手が迷いに揺れる。
洋ナシを顔に貼り付けた男や、くにゃくにゃになった時計でも横に添えれば、それなりに見えるだろうか。
そんな折。
誰かが、賑やかな雰囲気を伴って美術室に訪れる。それが誰か、衣世には振り向かないでも分かる。
二隻目の助け舟だ。
「須佐野さん、こっちです。」
現状をどう説明すれば良いものか。
彼女は久我浜清恵を尋ねてわざわざセブンズまで来てくれたというのに、随分おかしなことになっている。
全て衣世が撒いた種である。そして種からは芽が出る。
ここは適当に切り上げてモデルガンの秘密を探らなければならないが、海棠美帆のことも、野中エミコのことも、衣世は段々と知りたくなってきたのだ。
彼女達はジョーカーと本当に接触したのか、どうして野中エミコの性格は一変してしまったのか、
問いは後から後から湧き出てくる。それも筆先を鈍らせる一つの要因だった。
>>67
>「僕は須佐野 命。月光館の生徒だが今日は前衛的絵画のモデルとして来たんだ。ヨロシク!」
須佐野は二人に軽い自己紹介をした後、あるキャンバスを指した。
>「あれ、君には何に見える? 僕には天使を題材にした前衛的絵画に見えるんだが」
製作中は考えもしなかったが、完成した作品をよくよくみれば、聖書の挿絵に描かれている模範的な天使像は絵の中にはない。
それは確かに超現実的で、一般の感性が指す美しさとはかけ離れている。 
シュールレアリズムは、題材の精神まで絵の中で表現しようとするから、現実を超えてしまう。ふと、そんなことを思った。
「天使ですよ、本当に。私を助けてくれた。」
初対面の人間にこのオカルトを披露するのは、慣れていた。
ただし、あくまで脚色を交えたイロモノとして捉えてもらうという前提があればこそ、笑いのネタになるというもの。
空想を真面目に話すほど、聞き手は薄ら寒さを感じる。
それを理解しながらも、半ば自嘲しながらも、神部衣世は話さねばならなかった。
なぜならば。
「…私は、この絵の物体をもう一度見たい。」
続けて言う。
「主治医は、もう一人の自分…『カゲ』、と言っていたけれど、先日、ほぼ同じ意味の『シャドウ』という言葉を聞いた。
その子なら何か分かるんじゃないかって思って探しているの。
今はまだ、久我浜清恵と言う名しか分からない。しかも今日は学校に来ていないみたいで、八方塞がりなんだけどね。」

73 :
野中は神部に勧められた椅子を自ら美術室の中央に持って行きそこに座った。
海棠は神部の斜め後ろ。背後霊のように椅子に腰を下ろす。
モデル野中を目の前にした神部は、今、何を思っているのだろう。
海棠は視線を彼女の指先に移した。
鉛筆を持った神部の指が揺れている。迷っているのだろうか。
紙を走る鉛筆の音が弱弱しく、室内は驚くほど静かだ。
でもこの静寂が心地よいと海棠は思う。時のなかに埋没してゆく感覚。
それは、深い海の底に沈んでゆく感覚にも似ていた。
しばらくして――
>「僕は須佐野 命。月光館の生徒だが今日は前衛的絵画のモデルとして来たんだ。ヨロシク!
 多分今頃随分噂になってるだろうがまあアレだ、人の噂も75日!
 そんな事よりイヨカン隊員は絵がすごく上手いから色々書いてもらうといい」
月光館の生徒が現れる。名前は須佐野命。神部とは知り合いらしい。
海棠は会釈をして、それだけで終わりにしようとした。
でも、野中が余計なことをし始める。
彼女は椅子の背に寄りかかりながら背伸びをしたあと…
「ちょっと休憩。…てか貴女もモデルなの?私の名前は野中エミコ。
そっちのショートカットの子は海棠美帆。よろしくね〜」
バカ丸出し。人の紹介までしなくてもいい、と海棠は野中をねめつける。
そんな折、須佐野はとあるキャンバスを指差して
>「あれ、君には何に見える? 僕には天使を題材にした前衛的絵画に見えるんだが」
と言う。それに神部は
>「天使ですよ、本当に。私を助けてくれた。」
と返した。
(助けてくれた?)その言葉がひっかかる。
>「…私は、この絵の物体をもう一度見たい。」
「……」
その願いはどことなく海棠と一緒だと思う。
天使に会いたい神部。ジョーカーに会いたい海棠。

74 :
>「主治医は、もう一人の自分…『カゲ』、と言っていたけれど、先日、ほぼ同じ意味の『シャドウ』という言葉を聞いた。
 その子なら何か分かるんじゃないかって思って探しているの。
 今はまだ、久我浜清恵と言う名しか分からない。しかも今日は学校に来ていないみたいで、八方塞がりなんだけどね。」
「もう一人の自分…」
海棠は思い出す。あの時ジョーカーが言った言葉を。
『おまえはペルソナの力を手に入れた。それはおまえに影のように付き従う、もう一人の自我。
おまえに新たなる力を与えてくれるだろう』
影。もう一人の自我。
何かが細い糸で、繋がっているように思える。
もしかしたら、この糸を手繰ってゆけば、
ジョーカーのもとへ行けるかもしれない。
しかし神部も言っている通り、肝心要の久我浜清恵の情報を海棠は知らない。
それならば仕方ない。久我浜が登校してくるのを何日も待っていよう。
海棠が、そんな消極的な決意を固めようとしていたその時だった。
「久我浜さんならこの前の夜、見た子がいたわ。男とどっかに歩いていったって。
でもね変なの。そっちのほうは寂れてて何にもないはずなのよ。はっきり言っちゃったらホテルも何にもないの。
あるのは廃工場だけ。それもお化けが出るって有名なところ。まさかこんな寒い季節に肝試しなんておかしいよね」
どこで手に入れた情報なのか、野中エミコが得意そうに語ってくる。
海棠は野中のその態度に目を見開いて…
「廃工場に男と一緒に歩いて行って今日も学校に来ていないってそれって事件でしょ!?
はやく警察に連絡しないとっ。それか親か先生に連絡して…」
思わず椅子から立ち上がってしまう。
「え、そう〜?もし違ったらどうするの?余計なお世話して久我浜さんに大迷惑をかけちゃうかもよ?
もしもそうなっちゃったら私なら悲惨ね」
海棠はしばらく沈黙。正直に言って自分には判断出来なかった。
かすかな希望は、明日になり、久我浜が何事も無く登校してくることだけだった。
「……ごめんなさい」
そういい残して海棠は皆に背を向ける。
見えかけた細い糸はどこか遠くへ消えかけていた。

75 :
>「ちょっと休憩。…てか貴女もモデルなの?私の名前は野中エミコ。
そっちのショートカットの子は海棠美帆。よろしくね〜」
「ん、ああ、よろしく!」
饒舌な方の少女は野中エミコ、大人しそうな方は海棠美帆というらしい。
しかしこの野中エミコという少女、何か違和感を感じる。
裏がありそうな明るさ、というか。
>「天使ですよ、本当に。私を助けてくれた。」
僕が絵の話題を振ると、イヨカン隊員が自らの体験を静かに語り始めたのだった。
荒唐無稽な話だったが、その表情は真剣そのもので――嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
もう一度、彼女の書いた天使の絵を見つめる。
>「…私は、この絵の物体をもう一度見たい。」
>「主治医は、もう一人の自分…『カゲ』、と言っていたけれど、先日、ほぼ同じ意味の『シャドウ』という言葉を聞いた。
その子なら何か分かるんじゃないかって思って探しているの。
今はまだ、久我浜清恵と言う名しか分からない。しかも今日は学校に来ていないみたいで、八方塞がりなんだけどね。」
イヨカン隊員の言葉を聞いた海棠美帆が意味深に呟く。
>「もう一人の自分…」
シャドウ――確か、普段表に出ていない心の暗黒面を表す心理学用語だったはずだ。
もしかして、今話に出ているシャドウはそれが具現化した存在なのだろうか。
でも暗黒面が天使ってどういうこった!? とにかくオラワクワクしてきたぞ!
「よーし、イヨカン隊員の恩人の正体を解き明かそうじゃないか! 探検部の名に懸けて!」
もはや探検部というより探偵部だが、細かい事は気にしてはならない。
そこで、野中エミコが早速有力情報を提供してくれた。
>「久我浜さんならこの前の夜、見た子がいたわ。男とどっかに歩いていったって。
でもね変なの。そっちのほうは寂れてて何にもないはずなのよ。はっきり言っちゃったらホテルも何にもないの。
あるのは廃工場だけ。それもお化けが出るって有名なところ。まさかこんな寒い季節に肝試しなんておかしいよね」
>「廃工場に男と一緒に歩いて行って今日も学校に来ていないってそれって事件でしょ!?
はやく警察に連絡しないとっ。それか親か先生に連絡して…」
>「え、そう〜?もし違ったらどうするの?余計なお世話して久我浜さんに大迷惑をかけちゃうかもよ?
もしもそうなっちゃったら私なら悲惨ね」
>「……ごめんなさい」
すごすごと去って行こうとする海棠美帆を呼び止める。
「――待て!」
素早く回り込んで立ちはだかる。
「海棠さん、いや、カイドー隊員!
その子の事が心配なんだろう? 簡単な事だ。親や警察が駄目なら自分で行ってみればいい!
何を隠そう、僕の正体は月光館学園探検部部長、廃工場攻略はお手の物だ!」

76 :
「…………」
しばしの沈黙が流れる。
カイドー隊員は仲間になりたそうにこちらを見ている! ように僕の目には見えた。
――が、そう思って油断した隙に弾かれたように走り去ってしまったのだった。
おっかしいなあ、いかにも廃墟に行くつもりになったように見えたんだけど。
逃げてしまったものは仕方がない。
「いいんじゃない? 行ってみれば。まあ誰もいないとは思うけどね〜」
そう言う野中エミコが一瞬、ニタリと意味深な笑みを浮かべたように見えた。
まさかこいつが黒幕じゃないだろうな!?
もう一度改めて見てみる。冷静に見てみるとどこからどう見ても普通の少女だ。
「何? 顔になんかついてる?」
「いや、何でもない。確かに君の言う通りだが駄目で元々というやつだ」
言い切って、イヨカン隊員に向き直る。
「行こう。久我浜さんに会えれば君も恩人の正体も分かるかもしれない!」

77 :
視界に光が映る。
ちかり、ちかりと明滅する目に悪い水銀灯。
埃臭い空気を吸って、青年はこほん、と咳をこぼした。
「……やった、のか。
 おい、清恵ちゃん――っていねェのな。どーしたんだか。
 コレなら連絡先でも交換しときゃ良かったかなァ」
がりがり、と頭をかき回して。
茶髪のオールバックはもう乱れに乱れて何時もの伊達男然というか、インテリヤクザ風とでも言うべき風貌は只のヤンキーに成り下がっていて。
はぁ、と溜息を付きつつ、ベルトポーチから手鏡を取り出して、髪を後ろへと掻きあげる。
いつも通りのオールバックにして、眼鏡をメガネ拭きで吹くと同時に、深く息を吸って吐く。
先ほどまでの戦いは夢だったのだろうか、と思う。だが、夢ではない、そんな確固とした感覚が有る。
具体的には、近くに落ちていた清恵のモデルガン――召喚器が、それだ。
晶が己のそれを持っていることから、記憶を辿っていけば、眼の前に倒れ込んでいる青年もペルソナ≠扱った事を理解。
まずは、と清恵の召喚器を回収しベルトポーチに仕舞いこむと、透は晶の方向へと歩いて行き。
「……起きな、兄ちゃん。
 こんなトコで寝てっと風邪引くぜ?
 まあ、俺なんざもうこれ以上無ぇ位冷え切ってるから明日学校休むつもりだけどよォ。
 ほれ、起きろっての、ほれほれ」
ぺしぺし、と晶の横に座り込みながら、頭をばしばしと叩いて起こそうとする。
その間もいつも通りに軽口はかかさず。
もし晶が起きれば、に、と皮肉げな笑みを浮かべて、良くやった二等兵、とでもいうことだろう。

78 :
灰白色の壁で囲われた病室と長い廊下が、今の須藤が生きるすべての世界だった。
廊下の突き当たりには守衛室。その突き当りの脇にはエレベーター。
白いスリップドレスの裾をひるがえし、リノリウムの冷たい床を素足でぺたぺた踏んで、
須藤は今日も病院内を散歩。廊下の途中には他にも病室のドアが並んでいたが
誰がいるのかはわからない。
「…いん…らけち」
呟いた彼女の声は妙に平板だった。
今日は一人でごはんをあげよう。
軽くステップして踵を返し、守衛室に併設された給湯室に足を向ける。
電気コンロと小さなシンクがついているだけの簡易キッチンと大きな棚で占拠された細長い空間。
「ちょっと待ってて」
壁にむかって囁き声をかけ、一旦その場を離れて、
爪先立ちで棚の上のほうにしまってある紙袋を一つ取る。
その中身は、守衛が内緒で調達して来てくれるポテトチップスだ。
「いただきまぁす♪」
そう言うと、須藤はぱりぱりとポテトチップスを食べ始め、
あっという間に平らげたあとに盛大なため息。
空っぽになったポテトチップスの袋に未練がましく視線を送りながら。
「こんなに美味しいものを自由に食べられないなんて何て不自由なの。
それにこんなところにいたって私の病気はよくならないと思う…。
日に日に痣だって大きくなってゆくし……」
悔しさで涙が込み上げてきた。
今まで願ったことはすべて叶えられてきたというのに今の自分は闇の中にいる。
いったいこの先どうなってしまうのだろう。どうしたらいいのだろう。
そう思うと目眩がして意識が遠のきそうになってしまう。
「そうよ…携帯。携帯があれば。また昔の自分に戻れるかも……」
須藤竜子は哀切な眼差しのまま、廊下を徘徊するのだった。

79 :
神部衣世、須佐野命のもとから早々に立ち去ってしまった海棠美帆は
どうして逃げてしまったのだろう、と後になってから後悔していた。
――極端な引っ込み思案。自分から行動を起こすことへの恐怖。
そのくせ、ジョーカーに対しては冷やかしのような態度をとってしまい
彼が願いを叶えてくれるという申し出を断ってしまっている。
変わってしまうことへの恐怖。天邪鬼。情けない。
海棠は電車から降りると、灰色の四角い口をぽっかりと開けている地下鉄の出口を見上げる。
(雨…)微かな雨音が、階段の壁に反響している。
これからどうしようかと途方に暮れながら濃灰色に濡れた足元の舗装階段に視線を落とす。
割り切れない気分のまま空を見上げる。
「はあ…」
ため息を吐いた。すると突然、携帯が鳴り出した。
久々に聞く呼び出し音。海棠はバッグから携帯をつかみ出しディスプレイに示されている発信者ナンバーを確認する。
もしかするとジョーカーかも知れない。だったらどうすればいい?
この電話にでたらどうなる……。
しかし発信元は知らない番号だった。
海棠は少し安心して通話ボタンを押した。
「海棠美帆さんだね?」
聞き覚えの無い男の声。
「あなたは?」
「名乗るほどの者ではないが、トーラスとでも言っておこうか。プリンス・トーラス」
変な電話だ。悪戯だろうか。切ろうとした海棠に、トーラスと名乗る男は素早く言った。
「切らないでくれよ。ジョーカー様からの呼び出しだ。今すぐにクラブ・ゾディアックに来い。
奥にメンバーしか入れない扉がある。君が来たらわかるようにしておく。その扉から三階に上がれ。
VIPルームで待っている」
「ちょっと待って…いったい何なの…」
一方的に喋って、電話は切れた。

80 :
悪戯?いや、電話の声は確かに「ジョーカー」と言った。
半信半疑だったが、海棠はクラブ・ゾディアックに向かった。
トーラスが言った通り、VIPルームへの扉は店の奥の目立たない場所にあった。
黒い服の男が扉のそばに立っていたが、海棠の顔を見ると何も言わずに開けてくれた。
廊下は赤い照明に照らされている。扉一枚隔てているだけなのに、フロアの喧騒がまるで届かない。
ややこしく曲がりくねった廊下を通って階段を上る。
三階の一番奥、重厚な扉を開いた瞬間、海棠は立ちすくんだ。
真紅の絨毯に革張りのソファ、大理石のテーブル。どこかの会社の重役室のようだ。
部屋には一人の人物。ソファにどっかりと腰を下ろしている。
黒いシャツに派手なネクタイの男。
「ようこそレイディ・スコルピオン。待っていたよ」
その声には聞き覚えがあった。電話をかけてきたトーラスだ。
しかし肝心のジョーカーがいない。騙されたと思った海棠の表情を読んだのかトーラスが言った。
「俺はジョーカー様に使える仮面党幹部だ。ジョーカー様はここにはいらっしゃらない。
あの方は滅多に人前に姿を現さない。よほどのことがない限り、仮面党の任務は我々で執り行う。
これまでは二人きりだったが……海棠美帆、君が三人目となる」
トーラスは上機嫌らしく笑顔を海棠に向けてきた。
「これで三つの星座が揃ったというわけだ。のこりはあと一つ。歓迎する蠍座のレイディ」
蠍座。あのとき確かに声を聞いた。蠍の星座を背負う者…と。海棠は蠍座の生まれだ。
「ともあれ、君は仮面党幹部としてジョーカー様に選ばれた。
今さら逃げ出すことはできないぞ。君はジョーカー様に理想を叶えてもらい、
その代償として忠誠をささげることを誓ったのだからね」
何も叶えてもらった覚えはない。海棠は自分には夢などないとはっきり言った。
それはジョーカーも承知しているはずだ。
「あの、仮面党の目的っていったい…」
「イン・ラケチの成就。イン・ラケチはマヤ語で『私は、もう一人のあなた』を意味する言葉だ。
そういう名前の幻の書物があるのさ。出版はされてないがね。イデアル・エナジーを集めて
人類を新たなる段階に進化させる。……それが仮面党の目的だ。
とりあえず、君にはこれを与えよう」
トーラスが差し出した掌の上に、手品のように青い物体が現れた。
海棠は息を呑んだ。それは青く透き通った髑髏だった。

81 :
「水の水晶髑髏だ。蠍座は水のエレメントに属する星座。
君はこの髑髏を、イデアルエナジーで満たせ。それがジョーカー様のお望みだ」
押し付けられるように海棠は髑髏を受け取った。
見かけの印象より軽い。ひんやりとした手に吸い付くような感触があった。
「君の最初の仕事は廃工場に行き、大型のシャドウからエナジーを奪うことだ」
「……シャドウ?」
「一日と一日の狭間の時間。影時間に現れるエネルギー体のようなもの、とでも説明しておこう。
それは満月の夜、午前0時に現れる。今回はジョーカー様の望龍術によって、
発生地点を前もって予測することが出来た。君にはそれを退治してその屍からエネルギーを奪ってもらいたいのだ」
「……あの、でも」
いきなりそんなことができるわけがない。ありえない。
海棠は俯いたまま、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
しかしトーラスは黙ったまま、拳銃を突き出し…
「君も影人間の噂を知っているだろ?奴らが暴れだすことによって影人間が増加してしまうのだ。
君にはシャドウを倒す力がある。協力してくれないか?」
影人間のことなら海棠も知っている。最近、増えだした無気力な人たち。
魂を奪われてしまったような生きる屍。それにシャドウを倒す力。
トーラスはきっとペルソナのことを言っているのだろう。
海棠はしぶしぶ、トーラスの差し出している拳銃を受け取った。
「それはコルト・ポニー。その弾丸には魔の力が宿っている。
シャドウや魔物に効果的にダメージを与えることができるだろう。
そして勘違いして欲しくはないのだが、君はそれと似た形の召喚器を以前に預かっているはずだ。
それで君の人格を一時的に破壊することによって安定したペルソナを引き出すことができるはず」
ここまで話されて、海棠は呆れるのを通り越して笑いが込み上げてきた。
あまりにも現実離れした話に、そんなことが本当にありえるものなら逆に起こってほしい。
今の自分を取り囲む現実からふざけた世界にいけるものなら行ってみたい。
そう、あのジョーカーに電話した時と同じ。できるものならやって欲しい。そんな投げやりの感覚。
「わかりました。やってみます。今日の深夜零時。廃工場ですね」
ほの暗い笑顔でトーラスを見つめる。その仮面のような表情にトーラスは息を呑むのだった。
「た、たのんだぞ。レイディ・スコルピオン」
「……」
海棠は無言。踵を返しクラブ・ゾディアックをあとにする。

82 :
海棠は唐突に美術室を去って行った。
「ごめんね、野中さん。せっかくモデルになってくれたけど、今日はこれでお開き。絵は君にあげる。メアド交換しない?できたら連絡するからさ。」
鉛筆を筆箱にしまいながら考える。何か彼女の気に障ることを言ってしまったのだろうか。
自身の発言を省みるも該当するものは思い当たらず、それだけに余計先ほどの行為が心配になる。
>「行こう。久我浜さんに会えれば君も恩人の正体も分かるかもしれない!」
「ええ、隊長。……でもその前に、ちょっと準備運動しません?」
美術室の窓から見下ろすと、丁度昇降口から校門へと向かっていく海棠の姿が見えた。
「追いましょう、彼女のこと。今ならまだ間に合う。あの反応はきっと、私たちが追うものについての何かを知っている。」
自分でも驚いてしまうが、衣世は時々、こういう大胆な行動をとる。
「野中さん、あのさ、悪いんだけど、さっき渡したメアドから一定時間内に連絡が来なかったら警察に今までのいきさつを
連絡してほしい。私たちまで行方不明になったら洒落にならないからね、お願い。いつかお礼するからさ。」
それだけ言って、衣世は海棠が通った廊下に飛び出す。
探検部は急がなければならないのだ。
廃墟は待ってくれるが、海棠美帆は待ってくれないから。

■ ■ ■ 

「隊長。ここまでみたいですね。」
海棠が最終的に向かった先は、とあるビル。
「クラブ・ゾディアック?……クラブって、海棠さんそんな趣味があったのかな?ちょっと背伸びしすぎじゃないか…。」
疑惑の真偽はともかく、二人がその建物に入ることは叶わなかった。
しかたなく、衣世は彼女が消えた建物の位置や形状を目に焼き付けておくだけにとどめる。
腕時計を確かめると、もう子供が出回って良い時間はとうに過ぎていた。親には事前に友人の家に泊まると嘘をついておいたから問題はないにして
(さっきからうるさく光るケータイのサブディスプレイは無視だ)そろそろ目的地の廃墟に向かわなくてはならないだろう。
「例の喫茶店から歩いて行ける範囲にある廃墟は、たしかここから北へ向かった場所にある駐車場の、その先です。」
と言った後に、衣世は情けない声を出してうつむく。
「……その、須佐野、さん。ここまで来てなんなんですけど、私、実はというか、見た目のまんま、体動かすのが苦手で…。
何か出ても殴る蹴るの攻撃はからきしだと思うんです。ですから、もしもの事態の時はなるべく、逃げることを第一に考えましょう。」

83 :
>「ええ、隊長。……でもその前に、ちょっと準備運動しません?」
「準備運動……?」
>「追いましょう、彼女のこと。今ならまだ間に合う。あの反応はきっと、私たちが追うものについての何かを知っている。」
一瞬驚き、そして口元に笑みが浮かぶ。
もしかしたら最高の隊員をゲットしてしまったのかもしれないという歓喜の笑みだ。
思い返せば自ら探検部部室を訪ねてきたそもそもの最初から、その片鱗は見えていたのだが。
「イヨカン隊員……! そうだな、それでこそ探検部だ!」
僕達はカイドー隊員を追って走り出した。
♍   ♍   ♍   ♍   ♍   ♍   ♍
>「隊長。ここまでみたいですね。」
カイドー隊員はクラブ・ゾディアックという店に入って行ったのだった。
>「クラブ・ゾディアック?……クラブって、海棠さんそんな趣味があったのかな?ちょっと背伸びしすぎじゃないか…。」
「ゾディアック――黄道十二宮、か。こんな店があったとは。新店かもしれない。
残念ながら会員制らしい、いかに探検部でもつて無しでは入れないな。
ここは諦めて廃墟に行こう」
>「例の喫茶店から歩いて行ける範囲にある廃墟は、たしかここから北へ向かった場所にある駐車場の、その先です。」
ここに来てイヨカン隊員は心細そうにうつむく。
>「……その、須佐野、さん。ここまで来てなんなんですけど、私、実はというか、見た目のまんま、体動かすのが苦手で…。
何か出ても殴る蹴るの攻撃はからきしだと思うんです。ですから、もしもの事態の時はなるべく、逃げることを第一に考えましょう。」
「なんだ、そんな事か! 僕もこんなの持ってるくせに体育は得意じゃない。
ラノベの異能バトルじゃあるまいしいくら探検部でも現代日本で切ったはったの戦いになる事なんてないからな!
それでももしもの時は……逃げよう。もし正義の味方が化け物と戦ってても加勢せずに遠慮なく任せて逃げるぞ!」
イヨカンちゃんの手を取って堅いヘタレの盟約をかわした。
長年探検部をやっていても幸いな事にガチなバトルに巻き込まれた事は無い。
危ないのが確定しているところではなくいかにも怪しげで何かが出そうな所に行くのが探検部。
そして得てしてそんな場所に限って本当に危険な事は起こらない。
探検部に必要なものは運動能力よりも魔境に足を踏み入れられるだけの精神力なのだ。
そして僕達は廃工場にやってきた。やっぱりこういう場所はいかにも探検部って感じがする。
日常のすぐ隣にある非日常。この世のものではない何かが迷い込んできそうな雰囲気。
サークレットのヘッドライト機能のほのかな明かりで足元を照らしながら進んでいく。
誰もいる気配が無い事にがっかりしつつ、それでいいと思い直す。
仮に久我浜さんとやらが本当にここに倒れているとして、3日も放置されていたら……。
「おーい、誰かいるか〜?」
暗闇に向かって駄目元で呼びかけてみた

84 :
海棠美帆は廃工場の下見をすることにした。その場所はすぐにわかった。
有刺鉄線で周囲を囲われているが管理が杜撰らしく所々破れ目がある。
だから敷地内に入るのは容易だった。
(エミコの話じゃ幽霊が出るって話だったけど、シャドウとなにか関係があるのかしら…。
行方不明になってしまった久我浜さんも……)
人気のない建物のなかは、ひっそりとして肌寒い。
足音だけが高い天井にうつろに反響している。
窓は幾つかあるが、いずれも小さく、通路は暗かった。
だから、自宅から持ってきた懐中電灯の明かりだけが頼みの綱。
唾を一つ飲み込み鉄扉を開けて奥に進む。電灯の明かりで闇を照らす。
意外にも工場の奥は広かった。放置されたままの機材。
床には煙草と花火の残骸。やんちゃな中高生たちが侵入した痕跡だろうか。
反対側の壁は遠すぎて電灯の光は届かなかった。
(……もう、こんなところで戦わなきゃならないなんて)
ありえない、と肩を落とす海棠。
頭を振って不安を打ち消し、歩き出そうとしたその時、空気が震えた。
音は聞こえない。何者かが声にならない叫び声を発したような波動。
懐中電灯を前方に向ける。素早く前後左右に動かしたが、
視界に入ったのは積み上げられたコンテナだけだった。
「誰か、…いるの?」
もしかして須佐野、神部?そう思ったが海棠の声が小さすぎて返事はなかった。
トーラスの話では大型のシャドウの出現時間は午前零時。
まだ時間はあるはずなのに、嫌な気配がする。

85 :
神部と須佐野は工場の最奥に進んでいた。長い廊下を恐る恐るゆっくりと。
彼女たちが突き当りを何度か左に曲がると、その奥には鉄扉。
鉄扉を開けると錆びた鉄の臭いに混じって、かすかな腐臭が漂っていた。
おまけに瘴気も立ち込めている。視界に捉えたものが歪んで見えるほどの。
構内はただっぴろく、無数のコンテナが横たわっているのが見えるだろう。
右手手前には金属の手摺と地下への階段。左手奥には二階へと続く階段が見える。
そしてフロアの最奥には小さな光。海棠美帆の懐中電灯の光だ。
ここで、一旦帰宅した海棠と、工場内を数十分歩き回っていた須佐野と神部は
互い違いの入り口から同フロアにたどり着くこととなる。
>「おーい、誰かいるか〜?」
声に反応したかのように、かすかな物音がした。
二人の背後からだ。ガチャガチャと何かを打ち合わせるような音。
低い呻き声。笑い声。不気味な音が重なりあって響いている。
神部と須佐野は更にフロアの奥に進むしかない。
すると頭上から、空気を切り裂くような甲高い叫びが響く。
同時に何もなかったはずの空中に凝縮された影が出現する。
それは仮面を中心として、巨大な振り子と剥きだしの歯車を体とした巨大な機械仕掛けの化け物だった。
あろうことか振り子の重り部分は鋭い鎌で出来ており、どことなくギロチンを想起させる。
ゴーン!ゴーン!
鐘の音が鳴り響く。
回転していた仮面がぴたりと止まり神部と須佐野を捉える。
化け物が突進してくる。
それは背後の壁と鉄扉に激しく衝突。
――なんと敵はアサルトダイブを使用したのだ!
壁を破壊して、瓦礫の下となった大型のシャドウは、
歯車を回転させながら体勢を戻さんとしている。

86 :
誰にでもあるだろう。これが夢だったら良かっただろう、と。
ぺチペチと頬を叩かれる感触で目を覚ます。
「んがッ?」
しかし、誰にでもあるだろう。これが悪夢だったらどれほど良かっただろうか、と。
 頬を叩かれる感触で
ゆっくりと無意識に左腕を天井に掲げる様に宙に浮かべる。
「……あぁ、夢じゃなかったのか?」
 ぼんやりと誰に呟くでもなくその声を紡ぐ。頭痛も、倦怠感も、吐き気もまるでない。
 目の前の不良のにーちゃんも最早あんまり気にならない。
 廃工場を見渡しとき、粉々に砕けた自分の木刀が目に入った。
「……畜生……、やっぱり夢じゃなかったかぁ……」
 手の形に凹んだ地面を見つめた時、自身の木刀が粉砕骨折に見舞われた事に落ち込む。
.
 あぁ畜生、白樫の木刀が……シャガールのバイトでようやく買った一品が……。
 白樫の木刀は良い物だと2万するんだぞ! 2万! はぁ〜、バイトしなおしかぁ〜……。
 不良のにーちゃんを見つめて言葉を紡ぐ。
「正直、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。……正直、夢ならいい……」
 現実逃避に他ならないが、もうそれでいい……。

87 :
逃げよう、その一言を聞いて衣世はほっと胸をなでおろす。
須佐野は勇壮すぎる見た目とは裏腹に、用心深さ、慎重さも兼ね備えているようである。素晴らしい。
正義の味方が戦っていても逃げるという潔さに、衣世はうんうんとうなずいた。
手を握り合って熱い盟約を交わす二人の真正面に、廃工場が重苦しくそびえ立っている。
入って早々、後悔したことは、己の準備不足についてであった。
海棠美帆を追う時間があれば、懐中電灯の一つでも家から持ち出してくれば良かった。
廃工場の中は、夜道にもまして暗い。
ケータイのフラッシュをライト代わりにすればいいかと思ったが、電池パックは既に貧血気味なようだ。
もしもの時のために残量はキープしておきたい。
と困っていると、ふいに隣でぼやっとした灯りがついたので、ぎょっとする。
まさかもう幽霊さんのお出ましかと構えるも、違った。須佐野だった。
豆電球ほどの光が彼女の顔を浮き上がらせる。
「さすが、隊長は用意いいですね。あかりの方はこれで安心、と。」
須佐野命のサークレット・秘密機能その2:『微妙に光る』
大仏の額にある……白毫みたい!と思ったことは黙っておこう。
なにはともあれ、二人は進んでいく。
取り立てて障害のようなものはなく、落胆と安堵が入り交ざった複雑な気分だ。
道すがら、衣世はパッキリ折れた鉄パイプを拾った。
まさかの時のための護身用というより、周囲の蜘蛛の巣を払う為のハタキ代わりである。
その鉄パイプを前に突き出し、ふりふりさせながら長い廊下を歩く。
しばらくそうしていると、眼前に鉄扉が立ちふさがっていた。この階の探索は、この扉の奥で最後になる。
衣世は無言で取っ手に手をかけた。
フロアは広く、雑多なものがぶちまけられている。
意味不明なほど大量のコンテナが打ち捨てられていたり、窓ガラスが枠ごと外れ、破片が四方に飛び散っていたり。
>「おーい、誰かいるか〜?」
「いたら返事してー」
その声に呼応するように、遠くで光が揺れる。
「あ、あのシルエット、もしかして、か」
かいどうさん、と言い終える前に。

フロア中が、耐え難い振動音で満ち溢れる。

88 :
ソレを見て、衣世が取り乱さなかったのは、やはりある程度、”非現実的な物体”への覚悟と耐性が備わっていたからだ。
そしてその余裕が、今は恐怖している場合ではないと衣世を叱咤する。そのおかげでシャドウの突進にそくざに反応できた。
化け物の突進をすんでのところでかわした、というよりはあおり風を食らって吹っ飛ばされ、衣世は瓦礫とともに地面に投げ出される。

後方で盛大な破壊音がした。化け物は急ブレーキをかけられずに壁に激突してしまったのだろうか。
いいや、違う。
突進の目的は初めから二人ではなかったのだ。
「あいつ……逃げ道をふさぎたかったのか。」
海棠が入ってきた方の扉からここまでは、かなり距離がある。
先ほどの俊足を以ってすれば、あっという間に回り込まれて唯一の脱出口も同じようにつぶされてしまう。
(なんとか、しないと。)
起き上がろうと足に力を込めた時、ふくらはぎに激痛が走った。タイツの上から、深々と、ガラスの破片が突き刺さっていた。
「あー、やっちゃった。ったく、どうしてくれるのよ。」口いっぱいに広がる埃と血の味をあえて無視し、シャドウに向かって毒づく。
この傷口の深さと広さ、抜けば大量出血だ。そっとしておくほかない。
二人はどうしたろうか?
遠くにいた海棠はそもそも突進には巻き込まれていない。暗がりで確認する限り,須佐野も大事ないようだ。
どうやら大怪我を負った間抜けは自分一人だったらしい。
良かった。こんな状況でも、安堵が広がる。少なくとも三人の内、二人は助かる可能性がある…!
衣世は俄然冷静さを取り戻しつつあった。
瓦礫の中でもたついているところから察するに、アレは幽霊と違い、物理攻撃が効くようだ。
倒すまではいかなくとも、足を折るぐらいは、できる。
(私は人を救いたい。天使が私を助けてくれたように…!)
「須佐野さん。海棠さんを連れて逃げて。それから外と連絡してほしい。」
ポケットからケータイを取り出して、須佐野に握らせる。
「正義の味方にしてはちょっと頼りなくいですけど、時間稼ぎくらいはできるから。私、こんな足じゃ絶対追いつかれちゃうし、ね?」
鉄パイプを地面に引きずらせて、化け物に近づく。
一歩ずつ歩く毎に、肉にガラスが食い込む感覚。
衣世は無言でシャドウに鉄パイプを振り下ろす。
これでどうだとばかりに、同じところ、部品と部品の繋ぎ目の細い部分を打ち据える。
ガキン、ガキン、金属同士が発する冷たい音と連動して、両腕にしびれの波が来る。
手ごたえがあったのは最後の一撃だった。
硬質な物体が床とぶつかる音と同時に両腕が軽くなった。
「……うそ」
――先に折れたのは、どうやら鉄パイプだったらしい。
衣世の口元がひくっと痙攣する。
「なれないことはするもんじゃない、か。」

89 :
>「あ、あのシルエット、もしかして、か」
言葉の続きは、この世の物では無いような形容しがたい絶叫にかき消された。
振り子時計を連想させるような、機械仕掛けの化け物が虚空から出現する。
待て待て、RPGの中ボスかよ! ここ現代日本、そんな世界じゃないぞ!
そんな思考過程を経て、一つの結論にたどりつく。
「あは、あは、ははははは! ドッキリか! よく出来てるなあ!
誰が何のためにここまで大掛かりな事をしたのかとか、あまりに出来が良すぎじゃないのかとか
突っ込みどころは多々あるが、それについて考える暇は無かった。
化物が突進をかましてきたのだ。
「うをおおおおおおおおおおお!?」
華麗にかわすというには程遠く、半ば這いずるように逃げ惑う。頭上を化け物の影が通り過ぎていった。
そして化け物は壁に激突。瓦礫がくずれ、入ってきた入り口が埋まる。
>「あいつ……逃げ道をふさぎたかったのか。」
「お、おい! 誰だか知らないがいい加減にしろよ、ちょっと調子に乗り過ぎだぞ!」
唐突に、イヨカン隊員が僕にケータイ電話を握らせてこんな事を言い始める。
>「須佐野さん。海棠さんを連れて逃げて。それから外と連絡してほしい。」
>「正義の味方にしてはちょっと頼りなくいですけど、時間稼ぎくらいはできるから。私、こんな足じゃ絶対追いつかれちゃうし、ね?」
見れば、足に深々とガラスの破片が突き刺さっていた。
「イヨカン隊員……! 何を言っているんだ! 一緒に逃げようと約束しただろう!」
もう認めざるをえなかった。これはドッキリなんかじゃない、本当の本当に化け物が現れたのだ。
あれほど追い求めてやまなかった非日常は――いざ起こってみれば、ちっとも愉快なんかじゃなかった。
平和な現代日本で超常の戦いなんて起こる訳がない、
心のどこかでそう信じて疑わなかったからこそ、無邪気に面白おかしく非日常を追い求める事が出来たのだ。
イヨカン隊員は聞く耳持たず、勇猛に、無謀に、立ち向かっていた。何が彼女をそこまでさせるのだろう。
僕なんて足がガクガク震えている、流石ヘタレ、いや、おそらくこれが化け物に直面した一般人の通常の反応だ。
ここで僕が加勢に入るより、一刻も早く警察にでも電話して助けを呼んだ方が助かる可能性が高いのではないか――
そう思い、カイドー隊員の元へ走る。
「そんな所に突っ立ってないで早く逃げよう! 助けを呼ぶぞ……!」
しかし、カイドー隊員も逃げようとする様子は無い。
それどころか何か決意を秘めたような瞳で、手には銃のような形をしたものを持っている。
「カイドー隊員、お前もか」
呆れたような驚愕したような声で呟きながら、おぼつかない手つきでその場で携帯電話を開き119番にかける。
しかし、テレビで電波がきていないチャンネルを付けた時のようなノイズが聞こえるばかりで一向に繋がる気配はない。
「一体なんだってんだ……!」

90 :
数々の魔境に挑んできた探検部の部長が、いざ超常の出来事が起こってみれば一番の小市民だった――とんだお笑い草だ。
このまま一人で逃げ出してやろうか。そうしたって、常識の範疇を超えた状況下での事だ、誰も僕を責められやしない。
そう思っていた時だった―― 一際高い金属音が響く。
イヨカン隊員の持つ鉄パイプがぽっきりと折れていた。
>「……うそ」
>「なれないことはするもんじゃない、か。」
戦意喪失したイヨカン隊員から化け物が一端距離を取るのがスローモーションのように見える。
大技でとどめを刺そうとしているのだろう。
――私写生会に来ていて。よければデッサンのモデルになってくださいませんか。ちょっとお話しながら。
――その背中の剣、なんともカッコイイですね。
何年ぶりだろうか――もしかしたら初めてだろうか。背中の剣をかっこいいと言ってくれたのは。
僕を書いている時に彼女の楽しそうな顔といったら。
――天使ですよ、本当に。私を助けてくれた。
――…私は、この絵の物体をもう一度見たい
そうだ、イヨカン隊員はこんな所でくたばってはいけない。彼女は会わなければいけない、自らの恩人に。
それはもはや彼女だけではなく、探検部の次期活動目標でもあるのだ。
走馬灯のように回想している場合ではない、今ならまだ間に合う!
背中の模造剣を抜き放ち、イヨカン隊員のもとへダッシュする。
「我が探検部の大事な大事な隊員に手ぇ出すな! 探検部は万年人手不足なんだよ、分かってんのかぁあああああ!」
見た目だけそれっぽく剣を突きつけて宣戦布告。
このあまり知能の高そうではない化物が一瞬でも見かけに騙されてくれるならもうけものだ。

91 :
>「おーい、誰かいるか〜?」
「……ん、人がきたンかよ」
そう言って、小さく生きを吸って、吐く。
ふと気になって、己の携帯を取り出してみれば、時間が3日は飛んでいた。
はれ? と首を傾げる。何なんだ一体コレはおいおい、と頭を抱えて、己の傍らに己の分身の気配を感じて。
何となくだが、理解した。コイツが守ってくれていたのだと。
虚空に向けて拳を軽く振り、見えない己の分身と拳をあわせて、軽く頭を振って目を覚ます。
>「正直、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。……正直、夢ならいい……」
「俺はワクワクしてるけどな。
 ――んでもって、どーやら夢でもねぇようだぜ?
 第二陣のお出ましらしい」
二人して愚痴を言っていた所、轟音が響きわたって。
周囲の空間に嫌な気配が漂い始める。ああ、コレは――シャドウだ、そう理解できた。
透はかけ出した。迷うことはない、迷うはずがない。
コレはスクープだ、そして事件だ。事件に駆けつけないジャーナリストが居るはずがない。
だから走る、だから駆けつける。危険があろうと、迷いなく。
駆けつけた先には、三人の女子。崩れた壁、蠢くシャドウ。召喚器を構える女、剣を構える女、折れた鉄パイプを持つ女。
危機だ。勉強はできないが、思考速度だけは自信のある透は、即座に理解できた。
挑発をかます不思議な外見の少女の声に誘われ、一瞬シャドウが隙を見せる。
ぐるん、と体を蠢かせて、スサノの方向を向く。敵意を感じた、だが、相手はどうしようもない。
只の武器がそう効く相手でもない事は、透自信が良く知っているのだ。
ならばどうするか? 決まっている。
できることが有って、それをする意志が有るならば。行動するのみ。
何も出来ないのは、嫌だ――。腰のベルトポーチに手を伸ばし、鋼の感覚を指先で捕える。
捉えた瞬間に、腕を引き上げ、己のこめかみに硬質な冷気を突きつけて、歯を食い縛りながら――解き放つ=B
「クダン……、ガルッ!!」
スサノを向いたシャドウが横薙ぎの風に叩かれて吹き飛ばされる。
転倒したシャドウに向けて、一人の学ランが駆け抜けて、蹴りを倒れるシャドウの鼻っ面に叩き込んだ。
全力で鼻っ面に靴底を叩き込みながら、どう見ても不良の男は、三人に向けて叫ぶ。
「戦えねぇとか、度胸ねェとか、役に立たねぇ奴はさっさと引っ込め!
 なんかできるやつはそこらの廃材でも鉄パイプでも持つなり、石投げるなりしてくんね!?
 ちょいと、俺一人じゃどーしようもねェからよぉ!! だァ……ッ、デビルタッチ!」
ラッシュを叩き込みながらも、さり気なく状態異常を掛けて。
飛び跳ねるように皆からシャドウが距離を離す。
と言っても、作られた恐怖であるそれは、正気に戻るまでそう時間の掛からない浅い恐怖だ。
わずかに出来た安全な時間。その中で、誰がどう動こうとも、透は関知しないだろう。そんな余裕はない。
傍らに立つのは、血染めの和服を着て、牛の頭蓋を被った長身の男。
梵字の刻まれた両の腕をシャドウに突きつけ、何かの呪文をひたすらに呟き続けている。
これが透のシャドウ――クダン。未来を知り、人々に恐怖を与える謎の都市伝説の具現であり、透の分身だった。

92 :
「俺はワクワクしてるけどな。
 ――んでもって、どーやら夢でもねぇようだぜ?
 第二陣のお出ましらしい」
 
 そう言って不良のにーちゃんは轟音の元に微笑を湛えながら走り出していく。
 おーう、シットナブル……。不良のにーちゃんの無駄に溢れるバイタリティは一体何なのか?
 ていうか、現実逃避くらいゆっくりさせてくれよ。寝起き様に連戦? てか連戦って何? あの化物と連戦?
 しばらく、ぼけー、とその場に座り込む。轟音が絶え間なく続き、工場はその度に老朽化した身体を揺らし続けた。
 はぁ〜、現実感無ぇ、てかまったく無ぇ。だってこれ、この状況って『普通』じゃねえもん。夢の続き? あーそれなら納得。
 パラパラと頭に降りかかってくる細かな金属片や埃。それを左手で払いながら右手を見つめる。正確には右手に握っていたモノを、だ。
 それは銃の形をした金属の塊、ていうか銃そのもの。ひんやりとした金属の冷たい温度が現実的過ぎた。
 その現実的過ぎる温度に、希望の夢の世界から絶望の現実に引き戻される。
「……あ、ダメだわこれ夢じゃねぇわ絶対」
 呟くように言いながら、ゆっくりと立ち上がり辺りを見回す。床に落ちていた鉄パイプを拾い上げおぼつかない足取りで歩を進める。
「……あー畜生、もー畜生、きー畜生、まー畜生……」
 ブツブツと呪詛の様に呟きながら幽鬼の様に歩く歩く歩く。昔近所で見た酔っ払いがこんな感じだったのを覚えている。
 酒を飲むとこんな気分になるのか、なるほどなるほど。最低で最悪だ。こんな気持ちになるなら酒は飲むまい永遠に。
 轟音は響き続ける、その轟音に混じって僅かに何かを切り裂く風の音も聞こえる。そして、いつしか俺はその場にいた。
>「戦えねぇとか、度胸ねェとか、役に立たねぇ奴はさっさと引っ込め!
  なんかできるやつはそこらの廃材でも鉄パイプでも持つなり、石投げるなりしてくんね!?
  ちょいと、俺一人じゃどーしようもねェからよぉ!! だァ……ッ、デビルタッチ!」
 先程の不良のにーちゃんに、3人の女の子、うち1名は我が校の(悪い方の)有名人だ。
 しかし、その人物たちは今重要じゃない。重要なのは……あの時にみた化物とは違う『化物』の方。
 例えるなら機械仕掛けの玩具、いや玩具と言う割には悪趣味だし危険過ぎるしなにより、デカすぎる。
 だが、そんな化物を前にしても不思議と恐怖は無かった。というよりも、完全に麻痺していた。
 ……確かに、自らの好奇心でこの異常な世界に両足をぶち込んだのは認めよう。だが、あまりに、あまりに……。
「理不尽だろうが……!」
 頭の中で何かがブツンと切れる。右手に持っていたソレの銃口を怒り任せに顎に押し付け、再びその引鉄を絞った。
 脳が焼ける様に熱い思考が赤に染まる。全ての感情を焼け尽くす様な怒りがそこにあった。
「……来いッ! ラクシャーサ! 切り刻め! 『キルラッシュ』!」
 まるで俺の怒りを代行するかのように赤紫の悪鬼は『化物』向かって疾駆し、その身体に2つの刀で連撃を叩き込む。
 不良のにーちゃんの使った状態異常の回復前に不意打ちを浴び、怯む『化物』。だけどまだ、俺の気は収まらない。
「まだ、だ! 手を緩めるなラクシャーサ! 『キルラッシュ』! 『疾風斬』! 『キルラッシュ』!」
 切って切って、刻め刻め! あぁ、畜生! まったく気が収まらねぇ、苛つきが止まらねぇ!
 俺の自業自得が入ってるとはいえ人様の日常をぶっ壊しやがって化物が! 壊れろ! もっと壊れろ!
 俺はこの時、完全に我を失っていた。巨大な化物相手に単身で突っ込む愚かさを分かっていなかった。
 化物には多少のダメージが通ってはいるのだろうが、これぐらいで倒れるほど化物はヤワではない。
 さらに我を失った俺の単調な太刀筋を読み、避ける様になりつつあった。一方の俺は、呼吸は乱れ、徐々に疲労していく。
 この時点の戦況で決着は着いていた、化物の勝ち、だ。……ただ、それは俺が1人だったなら、の話だが。

93 :
すさまじい破壊音。同時に埃っぽい風が海棠の全身を撫でる。
そう、今まさに、ペルソナ使いたちと大型のシャドウとの戦いの火蓋がきられたのだ。
海棠美帆は唇を噛んだあと、前方にゆっくりと歩む。
その後驚愕。向こうから走ってくるのはスサノミコト。
その後ろには、脹脛から大量の血を流しながら一人、シャドウと奮戦している神部衣世。
(そっか、二人を巻き込んじゃったんだ…)
二人に危険を伝えておけばよかった。そう思っても後の祭りだ。
それ以前に海棠は、二人の携帯番号を知らない。
後悔先に立たず。あとから気付いたって意味がない。
海棠は震える手で、ウエストポーチから召喚器を取り出す。
>「そんな所に突っ立ってないで早く逃げよう! 助けを呼ぶぞ……!」
逃げたい、助けを呼びたい、それは海棠も同じ気持ちだった。でも今逃げたら神部は……。
スサノの声も上の空で、海棠は召喚器を握ったまま。
その瞳には鉄パイプを失い狼狽している神部の姿が映っている。
なんとかしないと。そう思った矢先、今度はスサノが剣を掲げ、シャドウに挑まんとしていた。
その姿に海棠は戦慄する。このままでは二人は死んでしまうだろう。
すると頭のなかに言葉が浮かび上がる。
かつて自分がジョーカーに言い放った言葉が…。
(私は何もかもが終わるまで、ぼーっと見ていたい。ただそれだけ)
だとしたら、この化け物が終わりの始まりだとしたら、終わると言うことはそんなに生温いことではないのだ。
「いったいなんなのよ、ジョーカーはっ。こんな仕事を私に押し付けるなんて!」
独語して、生唾を飲み込む。
自分にペルソナという不思議な力があるのなら、今使わなければ。
召喚器をコメカミに向けて構える。――でも少し怖かった。
自分の心の奥底に眠る、慟哭の主の正体はいったいなんなのだろう。
――ガワン!突如金属音。目を瞠る海棠。
シャドウは横薙ぎの風に叩かれ吹き飛ばされていた。
続けざま人影が駆け抜け、倒れたシャドウの鼻っ面に蹴りを叩き込む。
シャドウの無表情な仮面に靴底を叩き込みながら、どう見ても不良の男は、三人に向かってこう叫ぶ。
>「戦えねぇとか、度胸ねェとか、役に立たねぇ奴はさっさと引っ込め!
 なんかできるやつはそこらの廃材でも鉄パイプでも持つなり、石投げるなりしてくんね!?
 ちょいと、俺一人じゃどーしようもねェからよぉ!! だァ……ッ、デビルタッチ!」
オールバックのメガネは春日高校の生徒らしい。それもペルソナ使い。
牛の頭蓋を被った和服の男を傍らに従えている。当然、彼を詮索するのは後まわし。
なぜならシャドウは、中務のペルソナ、クダンの術により正気を失っているからだ。
この好機を絶対に逃すわけにはいかない。海棠は引き金にかけた指に力を込めようとする。
そのときだった――

94 :
>「……来いッ! ラクシャーサ! 切り刻め! 『キルラッシュ』!」
目に映る赤紫の奔流。硬質な音とともに闇に散る火花。
それは宙で踵を返す。その見返った様はまるで悪鬼。
>「まだ、だ! 手を緩めるなラクシャーサ! 『キルラッシュ』! 『疾風斬』! 『キルラッシュ』!」
 切って切って、刻め刻め! あぁ、畜生! まったく気が収まらねぇ、苛つきが止まらねぇ!
 俺の自業自得が入ってるとはいえ人様の日常をぶっ壊しやがって化物が! 壊れろ! もっと壊れろ!
コンテナの横。発狂したかのように男が自身のペルソナに命令を下している。
制服から月光館の生徒とわかったが、彼らは仲間なのだろうか。
わからない。わからないことだらけ。ここにきてペルソナのオンパレード。
もしかして召喚器さえあれば誰でもペルソナ使いになることが出来るのだろうか。
このままあの人たちでだけでも勝てそうと海棠は期待した。
しかし、巨大な機械の化け物は倒れなかった。
鬼の形をしたものがあれだけ打ち据えたら動物の象だって瀕死になるはず。
自動車さえも大炎上することだろう。どうやらあれは普通の代物ではないのだ。
海棠は、帰ったらトーラスに問い詰めなければならないと思う。
私をR気だったのか、と。
視線の先の風祭はすでにふらふら。シャドウも体勢を整えつつある。
唇を噛んでいる海棠の顔はぎゅっと小さくなった感じだった。
姿勢も悪く首をすくめて萎縮していた。引き金にかけた指も小さく震えている。
だが、もう戦うしかないのだ。 ここには逃げる理由よりも戦う理由のほうが多い。
何はともあれ、この行動の先にはジョーカーがいる。
海棠にはあの悲しげに俯いた仮面の男が忘れられない。
意を決し思いっきり深呼吸。
「……来たれ。ペルソナ!」
叫び声と同時に体が青い光に包まれた。引き金を引くと同時にガラスの割れるような硬質な音。
空気が震える。聞くものの精神を破壊するかのように轟く甲高い咆哮。
緩やかに揺れる海棠の黒髪。スカートの裾。青白い光が渦潮のように彼女を中心に渦巻いている。
渦の中心からは口元しか見えない長い髪の女が浮かび上がってくる。
美しい衣を纏い、フランスの貴婦人のドレススカートよろしく大きく膨らんだ下半身で海棠を包み込んでいる。
そう、これが海棠のペルソナ「オトヒメ」だった。海神の娘。海底という異界の住人。別れる定めの女。

95 :
「これが…私のペルソナ…お、オトヒメ?」
ペルソナの青く優しい光に包まれながら、ペルソナの声を聞いたような気がした。
オトヒメは神部の傷を治せると心に語りかけてくる。そのスペルの名はディア。
なので海棠は神部の元へ駆ける。
「あの、神部さん。…ごめんなさい。私、不器用だから…」
オトヒメの手が神部の脹脛に刺さったガラス片を引き抜くと
その指先からきらきらと輝く飛沫が優しい雨となって傷口を潤す。
そして神部の傷口はもののみごとに塞がった。
海棠はまっすぐに神部の顔を見ながら彼女に召喚器を差し出す。
そう、まるで形見でも手渡すかのように。
「これ、召喚器って言うの。ピストルみたいな形をしてるけど弾は入ってないよ。
これを自分に向けて撃ってみて。もしかしたら貴女もペルソナを呼び出せるかもしれない。
これで貴女が会いたいって言っていた天使様を呼び出すことが出来るかもしれないわ」
そう言って海棠は二人の前に盾となって、ポーチからもう一つの武器、
正真正銘のピストルをシャドウに向かって構えた。
トーラスからもらった魔物に効果のあるというコルトポニーというピストルだ。
「ごめんね。スサノちゃんも。なんとか貴女たちだけは逃げられるようにするからね」
撃鉄をあげる。銃口をシャドウに向ける。
「そこの人どいて!」
ラクシャーサのペルソナ使いに向かって叫ぶ。
その後、発砲。弾丸はシャドウの体に命中はしたようだが
跳ね返る無数の金属音の反響とともに虚しく虚空に消えた。
海棠の額には冷や汗が流れる。トーラスのコルトポニーで魔物を倒せるなんて嘘。
まったく効果がなかった。本当に彼に嵌められたのでは、と思ってしまう。

96 :
「なにか、他に出来ることってないの!?」
オトヒメに問いかける。するとオトヒメはアクアという術が使えると答える。
もちろん海棠にだけ聞こえる心の声で。
それは例えたら強力な水鉄砲なのだと無意識にイメージが流れ込んでくる。
「だったら今すぐ使うから!」
シャドウに向けてオトヒメと海棠が同じ動きで指をさす。
ペルソナの指し示した指先にはエネルギーが凝縮。
狙いを定めたあと、それは一気に解き放たれる。
「アクア!」
水の気が迸る。一直線にシャドウにめがけて。
「アクア!…アクア!」
立て続けに二撃三撃。二撃目を喰らったシャドウは大きく体勢を崩している。
もう一撃でダウン。そう思っていた。しかし――
…マハラギオン!!
火炎で視界がいっぱいになる。
「きゃああああああ!!」
オトヒメが悲鳴をあげる。
透明なスカートの内部にいる海棠にも体が焼ける痛みが伝わってくる。
気絶しそうな激しい痛みが伝わってきて、その場に膝をつく。
これはオトヒメのウィークポイント。火炎の力。
そう、シャドウは火炎系の術を使用したのだった。
崩された体勢がゆっくりと自重で復活。 鉄の脚部が轟音とともに床に叩きつけられる。
さらにシャドウはぎこちない動きでアクアの水撃で濡れた床をガシャガシャと這ってくる。
その一方でマハラギオンで生み出された炎は生き物のように壁、天井に這い上がっていた。
下は洪水、上は大火事。まさに生き地獄。
しかし、シャドウの体も亀裂だらけのようだ。
あと一押し出来さえすれば、必ず殲滅することが出来るだろう。

97 :
覚悟した一撃はいつまで経っても訪れない。
はて・・・。衣世はのろのろと頭を上げ、周囲を確認しようとした。
周囲の闇はいよいよ濃い。その中で、複数人の何かが動き、喚いている。
その形を人と認め、その声を聞けども、衣世は茫然自失の体でその場から動かなかった。
いや、動けなかった。
タイツが血を吸いきれず地面に滴り、足下には血溜まりが広がっている。
もう、終わりなのだろうか。くらくらする頭が、諦めを許容し始めた時。
>「あの、神部さん。…ごめんなさい。私、不器用だから…」
優しい声。静かな声。どこかで聞いたことがある声。
だれ、と聞こうとして、自身の声帯が震えない事に今更気づいた。
ひどく優しい手つきで傷を撫でられる。
ガラスが引き抜かれるなんともいえない奇妙な感覚は、決して苦痛ではなく、むしろ身を委ねたくなる快さに似ていた。
これが慈雨、というものなのだろうか。流れ出た血の代わりに、オトヒメのもたらした雨水が体内を巡る。
緩やかに、視界が色を含みだす。
心配げな顔をしたカイドウが衣世の顔を覗き込んでいる。
「海棠さん…あ、あなたが私を…?」
助けてくれたの、と尋ねる前に、彼女はまた語りかける。
>「これ、召喚器って言うの。ピストルみたいな形をしてるけど弾は入ってないよ。
これを自分に向けて撃ってみて。もしかしたら貴女もペルソナを呼び出せるかもしれない。
これで貴女が会いたいって言っていた天使様を呼び出すことが出来るかもしれないわ」
今の海棠には有無を言わせぬ凄みがあった。自分に限ってそれはありえない、と反論しようとしたが、思わず口をつぐんだ。
彼女はそれだけ言った後、シャドウの元へ向かった。
春日山の生徒と月光館学園の生徒が、善戦している。背後に奇妙な物体を従えて。
彼らがこうして戦ってくれているから、無力な衣世は今もこうして息をしている。
そして、その戦闘の中に、海棠が加わろうとしていた。
衣世は手渡されたモデルガンをまじまじと見る。
思えば、この不気味な武器がきっかけだった。現在こんな緊迫した状況に置かれているのも、元はといえばこいつのせいだ。
しかし、到達点のはずのそれが自身の手中に収まっているにも関わらず、コトは何も解決してはいないのだ。
(>これを自分に向けて撃ってみて。)
撃鉄を起こす。雷管が強かに打ち付けられる。
破裂音は鼓膜を破らず、そのかわりに脳内で膨大な数のイメージを爆発させた。
ちがう、わたしはもういい。
わたしはもう充分、救われた。だから、次は、
(あ・・・くら・・・しえる
        ・・・・・・アクラシエル)

98 :
「――アクラシエル、私に光を。」
体から透明な何かが駆け、頭上を突き抜ける。羽ばたく音が聞こえる。風を感じる。光が撒き散らされる。
天使を監視する天使。地を戒める天使。
あの時となんら変わりない。金属とも陶器ともつかぬ無機的な肌面に、自身の光を反射させて浮遊している。
彼の両腕には二挺の長槍があった。それを見た途端、先ほどと同じく、聞いたことのない単語が頭の中にふっと沸く。
衣世は躊躇いもせず叫んだ。
「お願い、アクラシエル、ハンマ!!」
アクラシエルは微動をだにせず、一際明るい光を以って答となした。
それは聖なる枷だ。シャドウを苛む光鎖は絶え間なく敵の胴体を締め付ける。
本来、ハンマとは戦闘序盤に先制する技なのだろう。
時間が経つにつれその煩わしさは無視できない脅威となるが、反面、決定打に欠ける。
ことクライマックス間近の現状においては、申し訳程度にしかならない。
…無様だ。衣世は自嘲する。
このシャドウを断罪する資格は、今のアクラシエルと衣世にはないのだ。
次にお前が担うべき役目は何だ。アクラシエルは問うた。
衣世は、無言で利き手の召還器を見た。
ダレカから海棠美帆へ、海棠美帆から神部衣世へ。そして次は。
衣世は大剣を掲げる少女をまっすぐ見る。
「あれれ隊長、逃げるんじゃなかったんですか?」
須佐野に向かって冗談めかして笑う。しかし内心は、見捨てないでくれた感謝で満たされていた。
あの時彼女が啖呵を切ってくれなければ、今頃衣世の頭は胴体と繋がっていない。
非日常へ皆を誘った召還器は、また新たなペルソナを生み出そうとする。
「隊長…。見せてください、探検部の意地を。終わらせて下さい、この騒がしい戦闘を。」
ダレカから海棠美帆へ、海棠美帆から神部衣世へ。神部衣世から須佐野命へ。
かくして召還器は手渡された。

99 :
挑発が功を奏し、シャドウがこちらを向く。
その途端に、一瞬だけ忘れていた恐怖が甦ってくる。僕はこんな玩具の剣で何をしようと思ったのか。
あと数秒の後には殺され、その後イヨカン隊員も殺されてしまうのだろう。
結局彼女の寿命を数秒延ばすことしか出来ないのだ。
僕が彼女をそそのかしたから、こんな事に巻き込んでしまったのだ。本当に馬鹿だな……。
目を固く瞑り、全てを投げ出し諦念に甘んじようとした時だった。
>「クダン……、ガルッ!!」
勇壮な声が響く。駆け抜けた一陣の風の余波が前髪を揺らす――。
目を開けるとシャドウが吹き飛ばされていて、そこにいたのは――メガネミーツメガネのあの少年だった!
牛の頭蓋を被った血染めの和服を着た男を従えている。明らかに尋常の存在ではない。
あれはきっと、超常の化け物と戦う力を持った何か――都市伝説に謳われるペルソナというものなのだ。
>「戦えねぇとか、度胸ねェとか、役に立たねぇ奴はさっさと引っ込め!
 なんかできるやつはそこらの廃材でも鉄パイプでも持つなり、石投げるなりしてくんね!?
 ちょいと、俺一人じゃどーしようもねェからよぉ!! だァ……ッ、デビルタッチ!」
>「……来いッ! ラクシャーサ! 切り刻め! 『キルラッシュ』!」
>「まだ、だ! 手を緩めるなラクシャーサ! 『キルラッシュ』! 『疾風斬』! 『キルラッシュ』!」
もう一人の少年が加勢に現れる。
すごい……すごいすごいすごい! こんな展開アリ!?
いつの間にかペルソナを呼び出していたカイドー隊員がイヨカン隊員の脚を治療し、攻撃に加わっていた。
>「アクア!…アクア!」
容赦ない連続の激流放射に対し、化物も必死なのか、大火力魔法(?)を放ってきた。
炎が炸裂し、辺りが炎上する。
「頑張れ、もう一息だ!」
異能者続々登場という予想外の事態に、僕はすっかり観戦モード、もとい応援モードに入っていた。
すると、横で――
>「――アクラシエル、私に光を。」
現れたのは、あの絵に描かれた天使。恩人に会いたいというイヨカン隊員の願いは、思いのほか早く叶ったのだ。
それはそうと、イヨカン隊員お前もか――! 聖なる光の枷が敵の胴体を締め上げる。
もう勝てるくね? これはもう気配を消して戦闘が終わるまで待とう、そうしよう。だがしかし。
>「あれれ隊長、逃げるんじゃなかったんですか?」
>「隊長…。見せてください、探検部の意地を。終わらせて下さい、この騒がしい戦闘を。」
――気付かれた! そして手渡される召還器。いやいやいや、漫画じゃないんだから!
偶然集まった人全員が異能力者でした! なんて展開があるわけ……いや、ある…のか!?
ここまで非常識な事が立て続けに起こっているのだから、今更もう一つ非常識が付け加わったところで何ら不思議ではない。
何より、この流れに乗ってみせねば探検部部長の名がすたる! 半ばヤケクソで召喚器をこめかみにあて、引き金を引いた!

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