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2013年06月創作文芸239: この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十七ヶ条 (128)
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この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十七ヶ条
- 1 :2012/05/31 〜 最終レス :2013/05/22
- 即興の魅力!
創造力と妄想を駆使して書きまくれ。
お約束
1: 前の投稿者が決めた3つの語(句)を全て使って文章を書く。
2: 小説・評論・雑文・通告・dj系、ジャンルは自由。官能系はしらけるので自粛。
3: 文章は5行以上15行以下を目安に。横幅は常識の範囲で。でも目安は目安。
4: 最後の行に次の投稿者のために3つの語(句)を示す。ただし、固有名詞は避けること。
5: お題が複数でた場合は先の投稿を優先。前投稿にお題がないときはお題継続。
6: 感想のいらない人は、本文もしくはメール欄にその旨を記入のこと。
前スレ
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十六ヶ条
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1334550182/
関連スレ
この三語で書け! 即興文スレ 感想文集第13巻
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1295263192/
裏三語スレ より良き即興の為に 第四章(※途中消滅)
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1106526884/
※2010年9月、kamomeサーバーの大破で、当時の創作文芸板のスレッドは消滅しました。
データ復旧は望み薄?
既に落ちている関連スレ(参考までに)
この三語で書け! 即興文スレ 良作選
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1033382540/
- 2 :
- この3語で書け!即興文ものスレ
http://cheese.2ch.net/bun/kako/990/990899900.html
この3語で書け! 即興文ものスレ 巻之二
http://cheese.2ch.net/bun/kako/993/993507604.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 巻之三
http://cheese.2ch.net/bun/kako/1004/10045/1004525429.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第四幕
http://cheese.2ch.net/bun/kako/1009/10092/1009285339.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第五夜
http://cheese.2ch.net/bun/kako/1013/10133/1013361259.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第六稿
http://book.2ch.net/bun/kako/1018/10184/1018405670.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第七層
http://book.2ch.net/bun/kako/1025/10252/1025200381.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第八層
http://book.2ch.net/bun/kako/1029/10293/1029380859.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第九層
http://book.2ch.net/bun/kako/1032/10325/1032517393.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十層
http://book.2ch.net/bun/kako/1035/10359/1035997319.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十壱層
http://book.2ch.net/bun/kako/1043/10434/1043474723.html
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十二単
http://book.2ch.net/test/read.cgi/bun/1050846011/l50
- 3 :
- この三語で書け! 即興文ものスレ 第十三層
http://book.2ch.net/test/read.cgi/bun/1058550412/l50
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十四段
http://book.2ch.net/test/read.cgi/bun/1064168742/l50
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十五連
http://book.2ch.net/test/read.cgi/bun/1068961618/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十六期
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1078024127/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十七期
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1085027276/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十八期
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1097964102/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第十九ボックス
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1108748874/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十ボックス
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/bun/1127736442/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十一ヶ条
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1158761154/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十ニヶ条
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1182631558/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十三ヶ条
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1214994656/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十四ヶ条
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/bun/1264244216/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十五ヶ条
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1293931446/
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十六ヶ条
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/bun/1334550182/
- 4 :
- 次は「作文」「論文」「小説」
(前スレ消滅後に感想文スレに投稿された361より)
- 5 :
- 「お前なぁ、これじゃあ小学生の作文のほうがマシじゃねぇか!!」
編集部の打ち合わせブース。僕の原稿を叩きながらの担当さんの言葉に、背筋が震える。
「いいか描写ってのはな、意識の変化を景色に託すんだよ! 単なる説明じゃねえんだ!」
担当さんが、三百枚の原稿の束をバリバリと両手で引きちぎる。僕は泣きそうになった。
「大体、主人公はモノローグで淡々と悩みを解決しちまうし! 論文じゃねぇんだぞおい!」
担当さんは激しい怒りを込めて、バラバラになった論文を傍にあったミキサーに詰めると
トマトピューレとバジル、塩胡椒、オリーブを足して容赦なく混ぜ合わせてしまった。
「確かに現実ではふと気が変わることもある! が、小説でそれやったら駄目なんだよ!」
担当さんはミキサーから取り出した原稿をちょうど良く焼き上がった羊肉のソテーに添えて
がつがつと貪り始めた。そうして最後に皿に残った原稿をべろりと舐め取り、ごくんと喉を
鳴らした担当が顔を上げる。……そこには、先ほどまでとは一転した笑顔。
「――まあ色々言いましたけど、展開はよく考えてあるし、ヒキもある。もうちょっと手直しすれば
すごくいい作品になりますから、一緒に頑張りましょう! ……げぇっぷ」
「は……はい! あ、ありがとうございます、がんばります!」
僕は救われた思いでそう答えつつ――なぜか「マズイ! もう一杯!」という言葉を思い出していた。
次は「漫画」「無職」「公園」でお願いいたします。
- 6 :
- 仕事着の人間が座っているのを見かけると、ついちょっかいを出したくなる。
日差しが強い。遮蔽物のない公園のベンチは正午に差し掛かる日光にさらされて
地表から、水分と人が隠れる影を奪っていく。すがすがしくも、おそらくは彼からすれば
容赦のない明瞭さであろう。
脈絡もなく視線を動かしたり、かといえば遠い目をして動かなくなったり・・・・・
ここでの人間観察が趣味の私の目には、その見知らぬ誰かが仕事を失って
途方に暮れているであろうことは、ノータイムで看破できてしまう。
あの制服・・・というか作業着だ。胸にはご丁寧に名札まで付いている。
(さて、何か手元にあればいいのだが・・・。)
ズボンのポケットをゴソゴソとあさる。これは偶然、今朝、目覚まし時計の
電池を変えようとして溝をつぶしてしまったネジが入っていた。
関連性のあるものが入っていただけでも相当に幸運だ。皮肉的ともいうが、ともかく
彼に気付かれないように、ベンチの足もとに投げて転がす。コツン、と安全靴に
ぶつかって転がったソレをみた彼は、そっと拾い上げたかと思うと、一目散に
公園から駈け出して行った。テレビCMでみた。世界一なんだってな、ネジのシェア。
「これで、彼が無職じゃなくなったら、それこそ漫画みたいだな。」
実に夢のある話だ。次回のネタはコレでいこう。―――ああ、俺の漫画も世界一になれればいいんだが。
次を「高速道路」「陰謀」「缶コーヒー」
で指定。
- 7 :
- 「その缶コーヒーから離れて、手を上げろ」
「…………」
振り向くと、いかにも刑事然とした男がこちらに拳銃を向けていた。
夜の高速道路。路側帯に立つ僕と彼を取り残して、車のランプ達が通り過ぎていく。
「……さすがは井隼刑事、行動がお早い」
「ようやく尻尾を掴んだぞ、『アンチ世界陰謀会』。……一体なぜ、どうしてこんなことを」
足下の缶コーヒーを睨み付けながら、彼が訊いてくる。
僕は笑みを浮かべ、彼に答えた
「刑事さん。いまの世の中は早すぎる。溢れる高速交通網に高速通信網。これではあまりに
シビアでタイトで、ビターすぎる……我々の目的は、こんな世の中をリセットすることです」
「馬鹿な! 答えになっていない!」
「……残念ながら、ここまでのようです」
直後、一台の車が僕と刑事の間に滑り込んでくる。僕が飛び乗ると、車は急発進。
背後に銃声、だがこちらは防弾車両。エンジン音の向こうに、彼の叫び声。
「くそッ! こんなことに……そこら中に千葉県産のマックスコーヒーを置くなんて行為に、
一体、なんの意味があると言うんだッ!!」
――全国版のマックスコーヒーは薄すぎるんですよ。……僕はそう、胸の内で彼に答えた。
次は「牢屋」「女」「涙」でお願いします。
- 8 :
- 僕があるマンションの取り壊しに立ち会ったのは、10年前のことだ。
それは14階建てで、田園風景の中で、少し浮いた存在だった。
その空き室だらけのマンションを僕が知ったのは、職場の先輩に、
半年近く入院中の我が子への憂いを吐露したときだった。
「うちの親戚は、子どもに難しい病気が出ると、とにかく集まって
月を眺めて酒を飲むんだよ。ただひたすら飲むのさ」と先輩は微笑した。
「月?」と聞き返しはしたものの、「何かを信じる心って、ときに偉大な力を
生み出しますよね」と僕は答えた。僕自身、宗教でも信じたい心境だったのだが、
「この話をして笑わない人は珍しい」と先輩は気を良くしたようだった。
なんてことはない、酒や集まりの好きな一族がもっともらしい理由をつけているだけ、
人が集まれば金や知恵も寄せ合うから、いい医者の伝手が見つかったりするのだと
いうことだが、いまどき、金が集まるならずいぶんお人よしな一族だと思った。
「昔、江戸の初めくらい昔――」と先輩は教えてくれた。
病気がちの子どもを元気付けようと父親が「なんでもいうことを聞いてやる」と
約束したとき、子どもが「お月さんを捕まえたい」とねだったのが始まりだそうだ。
以来、江戸時代に珍しい二階建て、時代を追うごとに少しずつ高層化し、
月に近づこうとしてきた結果さ、と先輩は言った。
- 9 :
- 「耐震だなんだと維持が難しいから、取り壊して普通の家に建て替えるんだよ。
その前に最上階に集まるから、よければおいで」と誘われた。
取り壊し前夜、一族に混じって僕は月を眺め、酒を飲んだ。
退去手続きの際、ある住人が「ここ、昔は座敷牢だったって噂、本当ですか」と
本当にいまさらなことを尋ねたそうだ。庭の一角に、
花壇でもないのに時折土が掘り返されたり
湿ったりしているところがあり、それが
「牢屋で無念のうちに死んだ女の涙のシミ」だとまことしやかに
数すくない住人の間ではささやかれていたんだと!
と現在の一族の長らしい老年の男が豪快に笑った。
これもまた、事実はくだらないことで、昔からアリの巣が多いから、
近所のこどもが時折入り込んではほじくり返しているだけだという。
満月には少し足りない月に照らされ、僕はお人よし一族の空気に心地よく酔った。
病室で僕と一緒にお月様にお祈りしていた少年は、
宇宙飛行士を夢見て成長し、今も色あせない夢を抱きしめ、
大学院で物理を専攻している。
ここにもまた、月の穏やかな狂気に魅せられた無邪気な人間がいる。
次「チューリップ」「水筒」「人工島」
- 10 :
- オランダの昔話に曰く、チューリップとは美少女のなれの果てらしい。
三人の騎士に求婚された美少女・チューリップちゃんは誰も選べないということで、
貢ぎ物の冠を花びらに、剣を葉っぱに、宝石を球根にして花になってしまったらしい。
チーちゃん、メンタル弱すぎである。
もう一つ、オランダでチューリップにまつわる話と言えばチューリップバブルがある。
ある日、チューリップの球根がなんの理由もなく高騰。今日より明日の方が高い値が
付くとあって、民衆は家財を売り払ってチューリップの球根に殺到した。
が、もともと何の理由もない暴騰だったのである日突然、球根価格は暴落、ゴミと化した。
チヤホヤしといて、ある日突然ゴミ扱い。チーちゃんは多分、手首があったら切っている。
そして最近、オランダはチューリップの形をした巨大な人工島を計画した。
宇宙からも見えるチーちゃんの似顔絵。求婚されただけでテンパって花になった少女を
どんだけ晒すのか。しかもこの計画、ドバイのヤシの木型人工島の二番煎じだと言われ、
環境破壊だと糾弾され、金の無駄だと非難され、なんやかやで現在も凍結中。
……僕は水筒から水を飲み額の汗を拭い、海沿いのチューリップ畑から人工島建設候補地の
海岸を眺めながら――人間、迂闊に花にならないほうがいいなぁ、と思った。
次は「肩」「腰」「痛み」でお願いします。
- 11 :
- 俺はステージのかぶりつきでショーを見ていた。
目の前で、人間ともロボットともつかないアンドロイドが激しく腰を振っている。
ところどころ機械の露出したようなデザインの彼女は、全裸なのかそうでないのか判断がつかない。
これは確か、四十年前のアニメに出ていたキャラクター、だろうか。
内容は全く忘れてしまったが、彼女の名がローザだというのは憶えている。
「何もかもみな、なつかしい……なんてな」
俺は、どこかで聞いたような台詞を呟いた。
ローザのダンスを見ていると、疼いていた胸の痛みが僅かながら癒やされた。
「こんな人生で良かったのか。俺は一体どこで間違えたんだろう」
六十年間の灰色の時の流れが、バラバラに去来していく。
その時空の流れを集約するかのように、俺の目前でメタリックなローザが踊り狂っていた。
「ゼロニモ、時間だよ」と奴が俺の肩を叩いてきた。
「ああ」
「思い残すことはないか」
「ローザに、触れたい」
「それはできない。3Dだからな」
「知ってる。言ってみただけさ」
俺はゆっくりと席を立ち、奴に連れられて隣の部屋に移った。
死刑執行室へ。
次「脱獄」「生まれ変わり」「蛆」
- 12 :
- 死刑執行の前日、僕は日記を書いていた。
内容はいつもと同じ、何人もの命をこの手にかけたことへの懺悔と悔恨。
自分がいかに罪深く穢れているかを思い、浄化を願う煩悶と懊悩……
ああ……僕が死んだら、死体は腐らせ蛆に食わせて欲しい。
骨は溶かして、火山に投げ込んで欲しい。
二度と生まれ変わりなどしないよう、完全に消え去ってしまいたい……なのに。
いつもいつも、僕には僕の罪が消えて無くなることなど想像もできないのだ。
例えどこに行けたとしても、この僕の居る、罪の世界からは脱獄などできないのだ……
…………日記を書いているうちに、夜が明けていた。
いよいよ、今日は死刑執行の当日だ。
僕は――仮眠室を出て、監房に向かった。
官房では死刑囚が、全てを悟った様子で僕を出迎えた。
これから彼をR刑務官である、とても罪深い、この僕を。
次は「人」「刺し」「指」でお願いします。
- 13 :
- 過去の刺し傷がまた痛んだ。
おいどんは顔を顰めて、ただ耐えた。
え、自分で顔を顰めるのが見えるのか、だと?
ふっ、そんなもん筋肉の緊張でわかるだろ。
マリオン6型がおいどんに寄り添い、心配そうにこちらを見ている。
「鉄造さま、また痛むのですか?」
「案ずるな。たいしたことではない」
「ニューロ・コードをカットすれば痛みはなくなりますのに」
「それでは意味がない。おいどんはカラス丸に切り刻まれた。あの屈辱を忘れてはならんのだ」
マリオン6型は、おいどんの刺し傷を愛しそうに指でなぞった。
「私には理解できない機能です……」
「気にするな。君には不必要な機能だよ。マリオン、君には恋愛に似た機能が生じ始めているようだね。おいどんにはそれで十分だ」
ふいにマリオンは遠くを振り返った。
「どうした?」
「誰か来ます」
マリオンの対敵センサーはおいどんより優れている。おいどんはマリオンに倣って、対象物のあるらしい遠くを見た。
灼熱の昼下がり、陽炎に揺れる廃墟、壊れた煉瓦の狭間から、小さな女の子が出てきた。
「白衣を着ています」
「ああ、珍しいな」
たどたどしい歩調で瓦礫を分け入ってくるのはロボットではない。
我らの創造主、人であった。
次「犬」「猿」「雉」
- 14 :
- 「本日の議題は、なぜ桃太郎のお供は犬、猿、雉なのか? です」
「陸海空をフォローするためじゃない? 山田さん(42)ちの秋田犬は泳ぎが得意だよ」
「居ぬ、去る、来ず、つまり桃太郎は山田さん(42)のような『ぼっち』だと示唆しているのだ」
「いぬさるきじを並べ替えると『爺抜き去る』。すなわち桃太郎の裏テーマは父殺しさ。
ちなみに山田さん(42)は猟銃の暴発で父親を殺しかけて、家族に追い出されたとか」
「いや、厄年の山田さんの話はどうでも良いですから……」
「あ、そういえばあたし、こないだ犬と猿と雉を連れてる人に会ったよ」
「おいおい……そろそろ大人の本も読むようにしないとな?」
「いや、絵本の読み過ぎで見間違えたわけじゃないから! 本当に見たんだって!」
「それ、つまりはこういうことじゃないですか? 犬は狩猟犬で、雉は猟果。
犬を連れての狩猟も雉狩りも、日本の猟友会では一般的です。
猿は、犬を放つと一人になって寂しいから、相棒として連れていたのでしょう」
「そんな理由で猿って……どんだけ寂しがり屋なんだよ、そいつ」
「まあ、仕方ないでしょう。彼女が会ったのは恐らく――一人暮らしの寂しさを紛らわすために
秋田犬を連れて猟に行った帰りの、山田さん(42)ですから」
次は「市役所」「ベンチ」「時計」でお願いします。
- 15 :
- 壁の時計が、閉館30分前を指した。
直人はベンチプレスをやめて、マットスペースへ行った。
そこは混雑していたが「僕、もう上がりますから、どうぞ」と若い男性が
直人に声をかけて立ち上がった。おかげでゆったりとストレッチができた。
直人は場所を譲ってくれた男の背中を見送った。いまどきの若者らしく
ほっそりしているが、肩や腕、腿からふくらはぎにかけての筋肉は美しい。
直人がシャワールームに行こうとすると、先ほどの男はもう帰るところだった。
ファッション雑誌から抜け出たようなおしゃれな姿で。
「お先に失礼します、お疲れ様です」と言葉も丁寧で、そして爽やかだ。
チートレベルの好男子め!と直人は思った。
翌日、老母の入院費還付手続きのため、市役所へ行った。窓口にいたのは
30前くらいの、髪をシチサンにしためがねの地味男。
「あれ、奇遇ですね」と地味男から声をかけられて、直人は
相手をまじまじと見た。男はめがねをはずした。
めがね外したら美男子だとか、脱いだらすごいのよとか、少女マンガかよ!
「ここでは普通の格好なんだな」と精一杯の皮肉も、相手には堪えなかった。
「あのジムに行くのは土日だけです」
「もてるんだろうな」「おばあちゃんからは大人気です、僕」とにっこり。
こういうジョークでさらっと返せるところまで心憎い。
悔しいけど、ギャップ萌え。俺は落ちた。
すんません、はからずもBLぽくなってもうた。
次「灰皿」「折り紙」「トイレ」
- 16 :
- 叔父はとにかく折り紙好きだった。子どもの頃には色々な折り方と教えて貰ったものだ。
俺は数年前に定年退職した叔父の家を、久しぶりに訪れた。
叔父の家に上がった俺は、その光景に驚いた。
机に椅子にテレビ台、果ては本棚、座布団まで……
電化製品以外のほぼ全てが、複雑に折り込まれた折り紙で作られていたのだ。
趣味が高じたにしても、その技術と紙の量はただごとではない。
俺と叔父は、折り紙のコップで酒を飲み交わした。
そのうち煙草が吸いたくなったが、火が燃え移りそうでどうにもはばかられる。
仕方が無いので、トイレに立ったついでに一服して、吸い殻は便器に流した。
ところが、俺がトイレから戻ると叔父が煙草を一服している。
驚く俺の前で、紙の灰皿に吸い殻を押しつけた叔父はいたずらっぽい笑顔で、
「テーブルと灰皿は、耐火ペーパーなんだ」と言った。
なんだ、それならコソコソせずに俺もここで一服すれば良かったと思っていると、
廊下の向こうから煙の臭い。観に行くとボヤが起こっている。
吸い殻は便器に流したはずなのに! という俺の言葉を聞いた叔父は泣きそうな表情で、
「便器は耐水ペーパーなんだ!」と言った。紙の家は瞬く間に全焼した。
次は「自宅」「バレーボール」「サラリーマン」でお願いします。
- 17 :
- 僕の勤める会社には、いやに広い中庭がある。
昼休みには、そこでキャッチボールをする者、
バレーボールをする者、果ては勝手に穴を掘ってパターゴルフを
する奴までいる。ちなみに、応接室の重厚なテーブルでは
卓球が繰り広げられている。池があれば釣りをする奴もきっといたことだろう。
いくら社訓に自由尊重が謳われているとはいえ、自由すぎる。
誰もが「サラリーマンが社内で遊ぶ」ことの意外性を楽しんでいる。
しかし、メリハリが功を奏すのか、業績はまずまずだし、いまのところ
お咎めはいっさいなしだ。
その中庭へ、サッカーを持ち込んだのは、僕だ。
ゴール替わりにシュートを打ち込まれるフェンスは、原型を留めていない。
そんな僕が、帰宅すると、室内でボール遊びに熱中する子どもたちに
「こら、家の中だぞ」と叱りつける。
近々、自宅のベランダにテントを張って、こどもたちとキャンプごっこをしようと
思っている。長男が飯ごうでご飯を炊く係り、僕と次男がおかず係り。
男同士の秘密の作戦、ささやかに進行中だ。
男の背中には、生まれたときから、自由の翼が生えているのだと思う。
次「マグネット」「扇風機」「新幹線」
- 18 :
- 「すごいことをおもいついたよ!」
馬鹿で有名な通称『馬鹿』が、俺にそんな報告をしてきた。
「きょうの理科のじかんに、コイルとマグネットで手まわしの発電機をつくったじゃない?
でも手でまわすのは大変だから、ほら! 扇風機の羽根が回るとこに発電機をくっつけたら
手でまわさなくても発電できるよ! うわーぼく、すごい発電装置をおもいついてしまった!」
俺はため息一つ吐いてから、馬鹿に説明してやることにした。
「いいか、馬鹿。その扇風機を回しているのも電気だ。その装置では生産される電気より
消費される電気のほうが多い。つまりそれは発電どころか、単なる電気の無駄遣い、ゴミだ」
「ええー!? じゃあじゃあ、あまった扇風機の羽根を発電機にくっつけて、新幹線の窓から
外にだしておけば羽根がまわって発電できるっていうのも……」
「同じだ。羽根の負荷を相Rるために新幹線が消費する電気のほうが多い。
これをエントロピーの法則という。あと、新幹線の窓は開かない」
「はあ……えんとろぴい……」
馬鹿はしばらくポカーンとしていたが、やがて首を捻りながら喋りだした。
「じゃあさじゃあさ、大人がつかってる火力発電とか水力発電も、えんとろぴいなの?」
「あ? まあ……ガソリンやガスが出来たり水が雨になったりする力の方が、大きいは大きいが」
「おー、じゃあやっぱり力の無駄遣い、ゴミなんだね……なんでそんなこと、するのかなぁ?」
馬鹿の口にした疑問が、なんだか俺の脳味噌を変な風に揺さぶった。
次は「iPS細胞」「実験」「肝臓」でお願いします。
- 19 :
- 実験室は非常な緊張感に満ちていた。
3人の男たちが無言で囲むテーブルには、焼いた肉が乗せられた皿1枚。
――誰が一番にそれを味わうのか。
誰もが一番になりたく、そして、忌避したくもあり、思惑が交錯する。
皿に乗せられているのは、人間の肝臓なのだ。
――これはカニバリズムでは、決してない。法に罰せられる恐れもない。
そう言い聞かせはしても、やはり心穏やかではないのはみな同じだった。
iPS細胞が臨床に応用できる時代、
人間の肝を食用にできないかと、好奇心は医学からはみ出し、倫理を超越した。
”主”が一番に食うべきだ、と一人が言った。
3人はそれぞれ、自分の皮膚から複数のiPS細胞を培養していた。
この肝臓は、この中の誰かのものなのだ。
それが誰かわからないから困るんだよ、馬鹿、と別の一人が応じた。
じゃんけんでともう一人が無理に微笑を浮かべたとき、緊張はいっそう高まった。
この肝臓は、俺のものか、この2人のどちらかのものか。
食うか食われるか、背徳的な味を賭けたじゃんけんが今、始まる。
次「窓」「フィギュア」「インク」
- 20 :
- BGMは憂鬱そうな女性のボーカルだった。
中島みゆきの陰で密かに活動を続けていたシンガーソングライターの名曲。
谷山浩子の「窓」。
俺は正に、廃校になった母校の懐かしい教室で、それを聞いていた。
懐かしい想いにどっぷりと浸かりながら、俺は一心に小説を書いていた。
当時の学生時代のリアルと妄想の入り交じった青春小説だ。
パソコンで打っているわけではない。
特別のインクを使ってペンで書いていた。
そのインクは、死んだ七瀬の体液を抽出して作った。
七瀬は俺の女だ。
正確には違うが、彼女が命を止めてから、それは俺の所有物になった。
高校以来の念願がやっと叶った。
七瀬、もうどこにも行かなくていいんだよ。僕と一緒にずっとここにいていいんだ――
廃校になった高校の一室で、腐乱した男性の死体が発見された。死体は机に向かって何かを書いていたらしいが、薄桃色のインクで書かれた文章は全く意味をなしていなかった。
一方、理科室には、とても教材とは思えない女性の剥製が飾られていた。多少の継ぎ接ぎはあるものの、かなり精巧でエロティックな、それはフィギュアだった。
次「文芸部」「露出」「記憶喪失」
- 21 :
- 「犯人は、あなただ」探偵が言う。
「な、なんのことですか? 覚えがありません」
「記憶喪失ですか? だとしても、これを書いたことは覚えているでしょう?」
探偵が取り出したのは、僕の小説が載った文芸部の同人誌……
「そ、それが一体、なんだっていうんですか」
「証拠ですよ」探偵が鋭い目つきで僕を睨む「あなたが犯人だという証拠です」
「フィ、フィクションの小説ですよ!? それが、なんの証拠になるんですか!」
「この小説の犯行シーンで被害者が発する言葉は、実際の被害者の口癖……かつ造語です。
そう、『ひくしーしわ』という言葉は存在しないんです! これは偶然ではあり得ない!」
「そんな……そんな、そんな!」
諦めてうな垂れる俺の前で、探偵が言う。
「最初にこの小説を読んだときから、あなたが怪しいと思っていました。なにしろ
この描写――本物の露出痴漢にしかわからない、リアリティーがありますから」
「……え? 本物の露出痴漢にしかわからないのに……なんであんた、わかるの?」
「……え?」
その日、変態が二人逮捕された。
次「耳かき」「宇宙」「続く」
- 22 :
- 浩は明美に言った。
「おい、耳かきを貸してくれ」
「ここは学校よ。そんな物は持ってきてないわ」
「いや、お前なら絶対持っているはずだ。校内でも便利屋アケミと言えば有名だぞ」
浩は明美の目を正面から見つめて頼み込んだ。ここは空き教室である。他人から見ると「コクり」の現場に見える。
ただ二人は、小学生のときから何回か同じクラスになっており、そこそこに仲は良かった。というわけで、
「しょうがないなあ」
明美は仕方なく、ポケットから螺旋型の耳かきを取りだした。
「耳かきサービスなんてしないからね。自分でして」
「当たり前だ。そこまでは頼めない。そもそも耳をほじるわけではないからな」
「何に使うのよ?」
浩は、速攻で明美の手から耳かきを奪い取った。
「何をするのよ」
浩は自分のズボンをズリ下げて、陰茎を露出させた。それは既にRしていた。
「明美、見て驚くなよ」
浩は金属製の耳かきを亀頭の先端からズブリと尿道に突き刺した。
「えっ、えーっ? 何なの」
「見てわからんか。尿道Rーだ。こんなことをする奴はあまりいないからお前はついてるよ」
明美が茫然としているのには構わず、浩は、原始人が棒で火を熾すように、両手で耳かきを回しだした。
「浩、やめなさいよ。血が出てるわ。それに人が来たらどうするのよ」
「構わない。そのほうがスリルがある。興奮が高まる。今、お前に見られているだけでも気が狂いそうなんだ」
明美はその場から逃げ出したくなった。だが浩もほってはおけない。この男は病気なのだと心配になった。
耳かきで抉られた亀頭の先端は血に混じって我慢汁が溢れてきた。浩の表情は恍惚そのものだった。
明美は最後まで一緒にいてやるのが級友の努めではないかと観念した。
やがて浩は、何か絶叫して射精した。明美の体にも白い液体がかかった。少年はそのまま気絶した。
「すごいのを見ちゃったわ。人にはそれぞれ他人には理解できない自分だけの宇宙があるのね」
明美は、浩の亀頭に突き立てられた耳かきをそのままにして、そっとその場を立ち去ることにした。(続く……わけがない)
「総選挙」「アイドル」「R男優」
- 23 :
- 篭城から12時間。犯人の声にも、焦りが見える。
「要求はまだ通らないのか!あと5分で人質を一人・・・」
犯人はAV男、優秀な機材で最高の録画が生きがいと言う男だ。
闇に銃声が響き、罪もない女性アイドルがサーチライトに放り出された。
「あ、あつこぉぉぉ!」と泣き崩れる親。
「人質は、まだ47人いる。早く要求を」
刑事も応戦する、「仕方ないじゃないか、総選挙だったんだ」
「その総選挙のおかげで、俺がどんな目にあったかお前に分かるか!」
判るわけないだろ、そんな事。という言葉を彼はぐっと堪える。
鑑識が、モニターを見せる。
「これが要求の映像です、しかし生放送で字幕は除去不能です」
今や人質のアイドル群の踊り。たしかに選挙結果のテロップが重なっている。
「これがどうした」と唸る。第一本人達が手元に全員・・・という合間にも脅迫は聞こえる
「早く字幕のない映像をだせ!俺は映像じゃないとダメなんだぁ!」
・・・結局、親役も犯人役も死んだふりも好評で、視聴率80%を超える映像が完成した。
※:次の映像は「比例代表」「指名打者」「オンリーワン」でお願いします。
- 24 :
- 「今度の演説は宅間に任せる」と先生は言った。
宅間は演説のプロである。だが、政治家では無い。
目の前に居る人間の望む言葉を放ち、相手に同調して高揚して心を掴むことは出来る。
だがそれは、目の前にした相手によって言うことが変わるということでもある。
ある場面ではナンバーワンを目指せと鼓舞し、別の場面ではオンリーワンでいいと諭す。
変節自在、純粋生粋のアジテーター。選挙演説における指名打者。
彼のお陰で選挙に受かった人間が何人いることか。
特に、比例代表の下位数十人の議席は確実に宅間が拵えたものである。
だから最近の宅間はついに、党の議員選出にまで口出しできるようになっている。
その宅間の正体は、某国のスパイ。
宅間は選び抜いたやる気の無い馬鹿どもを、国政の中枢へと送り込んでいたのだ。
そんなある日、宅間のもとに本国から意外な連絡が入った。
『作戦は失敗だ。君がやる気の無い政治家を増やした結果、国政は改善してしまった。
どうもその国における政治家の仕事とは「国民を食い物にすること」だったらしい』
次「空腹」「夜食」「水」
- 25 :
- 「勇者さん、夜食です」魔物の姿で部屋に入ってきた女僧侶が、変身フードを外して人間に戻る。
手には紙袋を抱えていた。「フライドトマトとバンパイア堂のブリトーです」
「ご苦労」地図から顔も上げずに勇者がいった。真剣に作戦を練っているようだが、あとのふたり、
老魔法使いは部屋の隅で本を読み、戦士はブーツを脱いで足に何かを塗っている。
勇者が呟いた。「軍資金が足りん。入金は今日じゃなかったか?」
「それが…」女僧侶が封筒を出した。「今月は、これでした。言い出せなくて」
勇者が封筒を開けると、なかには薄い指令書と新聞の切れ端しかはいっていない。
『親愛なる勇者隊よ。わが国は凶悪なる魔王軍の圧迫を受け、望む援助を貴君に送ることができない。
敵陣奥に潜む貴君らにおいては、現地にて自給自足し、徹底抗戦により魔物らに恐怖を与え、
無慈悲に処断し、可能なら魔王を倒して、財宝と貴君らの余剰金を国庫に収められたい』
戦士が吐き捨てた。「くそったれ」
新聞には、国庫のすべてを魔王との戦いに注力し、城の増築と国王の戦車を買い換える旨の
記事が載っている。イラストの王は精悍で護衛隊は士気軒昂にみえるが、その実みな空腹を抱え、
真水すら満足に手に入らない状態なのを知っている。
「ここにいる俺たちは幸せだな」いうと勇者は立ち上がり、隠れ家の窓から外を眺めた。そこは
使われなくなった鐘楼の天辺で、眼下には明るい魔王の城下町が広がっている。
カタタン、カタタンと音をたて、魔王電鉄の電車が町を横切っていく。家々の明かりは、
住人たちの団欒の証だ。大通りには魔物があふれ、商店街には豊富な品が揃っている。
屋台の串焼きの匂いがあがってきた。勇者はため息をつく。「何で人間に生まれたんだろう」
と、入り口のドアを激しく叩く音がした。「公安だ! 勇者罪で逮捕状が出ている!」
女僧侶が悲しそうな顔をした。「ブリトー、食べましょうか」
4人は温かいブリトーを頬張った。ドアを破る準備をする音が聞こえる。誰も、武器を取らなかった……。
一週間後、国の新聞に新しい勇者隊結成の記事が載った。『先遣隊』は全滅、本隊にかける期待は
並々ならぬとの解説付きである。『彼らは必ず成功する。失敗は叛逆なるべし』主筆のコラムは
1年前とまったく同じ文面であった。
次「鉄」「紙」「声」
- 26 :
- ! 突然だったんだよ。
頭上からいきなり鉄の球が落ちてきた。パチンコの球じゃないぞ。直径一メートルを超える鉄球だ。
こんなのが直撃したら、一発でぐちゃぐちゃになってしまうところだ。
俺は間一髪でそれを避けると、そいつが落ちてきた空のほうを見上げた。
すると青い空から一枚の紙が落ちてきた。
俺はそれを受け取り、見てみた。
『お前、運がいいなw』
とだけ書かれてあるメモ用紙だ。
最後のwって何だよ?
ふざけてるな。
「ばかやろー!」
俺は声をあらん限りに張り上げて空に向かって怒鳴った。
すると今度は
! ! !
次「R」「餃子」「ドリーム」
- 27 :
-
『心斎橋ドリーマー』
男は心斎橋にあるRパブで、幸せそうに冷凍の餃子を頬張りながら発泡酒を何本も空けていた。
結婚から五年経ち、ある問題が男を悩ませていた――Rレス。妻も男も生殖器に問題があるわけ
ではなかった。だからこそ男は、性的な欲求を自律することに四苦八苦していた。
「辰郎さん、今日も浮気しに来てくれたの? お礼に色んなことしちゃおうかな?」
女の手がすっとズボンのチャックに伸びたとき、男の耳元で囁いた。
「風営法に引っかかるからあんまり大きい声で言えないんだけど、このお店には別室があるの。
もっとすごいこといっぱいしたい?」
顔を真っ赤にして、全身に酔いが回っている辰郎に断る理由がなかった。二人の向かった別室は全面が
鏡張りで、ベッドだけが置かれた、さながらRテルの一室だった。
「いっぱい好きなことしていいんだよ?」
服をはだけさせた彼女に、辰郎は飛びついた。そのとき、扉がけたたましい音を立てて開き、黒いスーツを
着た屈強な男たちが雪崩れ込んできた。無抵抗の辰郎をひとしきり暴行すると、財布から十万円を抜き取った。
「お客様、うちの嬢に手を出されては困りますね。お代のほうはしっかりと頂きますよ」
暗い路地にぼろ雑巾のように放り出され、唾を吐かれた。餃子の皮みたいにしわくちゃに汚れたスーツを
手で払うと、男は妻の待つ夢の詰まったマイホームへと帰路についた。灯台下暗しとはこのことである。
次「宇宙」「小競り合い」「策略」
- 28 :
- 閉鎖された教室に一組の男女が対峙していた。
「これはあなたの策略ね」
美紀は、身動きが取れなくなった体に戸惑いながらも、了を睨みつけた。
「すまないね」了は笑みを浮かべながら美紀の強ばった体を指でなぞった。
「まさか君が引っかかるとは思わなかった。別に誰でも良かったんだけどね」
「私の体に触らないで。吐き気がするわ」
「残念だが君の体をどうしようが僕の自由だ」
了は電磁メスを使って、美紀の制服を裂いていく。白い裸身が露わになった。
「いい体をしている」
「いやだったら!」
「これなら僕のペットの餌にちょうどいい。ピクサーに内臓に寄生させて、君は内側から徐々に食われていくんだ。どうだい、素敵な最期だろ」
「こんなことなら、あなたの転校早々に勝負をつけておくんだったわ」
「そういうの、君たちの世界では、後の祭りって言うんだよね」
了はくっくっと笑った。しかしその笑いは途中で中断する。別の闖入者がきたのだ。
「小競り合いはそこまでだ!」なだれ込んできたのはメタル武装した謎の男だった。彼は有無を言わさず、仕掛けのあるブレードで邪悪な少年を一刀両断にする。
了は笑ったまま二つに分かれた。
美紀はぽかんとした。
「ありがと……」
「礼を言うのは早いな。柿村美紀、いや、ゼルベクレル・99・ホルマリンクル」
「どうしてその名前を!」
美紀は五百年ぶりに本名を言い当てられて愕然とした。自分さえ忘れていた呪われた名前だった。
「あなたは……?」
「探したぜ。まさか地球に潜伏しているとは思わなかった。逮捕する」
翌日、2年C組の升田了、2年D組の柿村美紀が突然転校した。また校内に食品を配送していた契約社員の武藤烽燻ク踪した。
その真相を知っているのは、早朝、宇宙に向かって飛び立った長い一筋の光の軌跡だけだった。
次「女王様」「洞窟」「鉄道模型」
- 29 :
- 漫画の世界は別として、実際に渾名が女王様という人はそうはいないと思う。そうだろ?
そんな数少ないうちの一人を俺は知っている。
知り合いといっても二、三度しか顔をあわせたことがない人で向こうは
俺のことを覚えてもいないだろう。いや覚えてるか?
彼女がなぜ女王様と言われているかというと、はっきり言ってしまえばブスだからだ。
美人だったらそう呼ぶたびに、男だって女だって自尊心を傷つけられるから言いやしない。
そして彼女が女王様みたいなメガネ(ようはSMでつかうようなマスクに似たメガネ)を
していたからだった。
なんで彼女がそんな変なめがねをしていたのかわからない。
あるいは男にはわからないお洒落がそこにはあるのかもしれない。
彼女は女王様と言われるようになってメガネを変えてしまったけど渾名は残った。
残酷なものだ。
鉄道模型という渾名の奴もいた。これは誰でもわかると思うけど
趣味が鉄道模型だったからだ。Nゲージとかいう奴だと思う。
そいつの家に遊びに行って見せてもらったとき
ジオラマとかいう現実を模したプラスチックの駅とか家とかがあって小さな人形もあった。
その中を電車が走る。暗いといえば暗い。
俺は電車より人形にすごく興味を持った。きっと君もジオラマを見たら同意してくれると思う。
洞窟という渾名の奴もいた。理由は今でもわからない。洞窟探検が趣味なのか
洞窟のように不気味なのか、親父が探検家なのか、底なしの馬鹿なのか。
洞窟はまったく普通の奴だった。サッカーはそこそこうまく、そこそこ面白かった。
なんでもそこそこの人生なんてきっと詰まらないだろう。俺はそのころそう思った。
短くても激しい人生のほうが良いに決まってる。人はそう思うに違いない。
でも今は違う。どこが違うかというとうまく説明できないけれど。
- 30 :
- 次 女子高生 恋 警察
- 31 :
-
『冤罪じゃないから』
「ちょっとした気の迷いでやっちゃっただけなの。お願いだから今回は見逃して!」
本多町のスーパーマーケットから通報を受け、万引きの現行犯で女子高校生を派出所まで連行してきた。
取り調べを進めていくと、過去に何件も万引きを犯してきた常習犯であることが分かった。名前は大槻かおり、
裕福な家庭で万引きをする必然性は全くなかった。万引きはただスリルを求めるためのお遊びらしい。
「娘が万引きの常習犯だなんてお父さんに知れたら、勘当されちゃう」
新米警察官の俺は眉をぴくりともさせず、毅然とした態度で臨んだ。
「あなたのご家族の方に連絡しますから、到着まで大人しく座って待ってて下さい」
ダイヤルに手をかけたとき、ばさりと布が落ちる音がした。慌てて振り返ると、上半身だけ下着姿の少女が
にんまりと笑っていた。状況が理解出来ず、その場で釘付けになった俺に、かおりは近づきしゃがみ込んだ。
彼女のまだ幼さの残る顔が、股間に消えてから、その後のことは覚えていない。心の中に暖かく湿った風が流れ
込んできた。少女に欲情とも恋心ともつかない、異様な気持ちが湧き上がっていたのだ。
警察官の職務を忘れて獣に成り下がった俺は、自分の罪を隠すためにかおりの万引きを見逃して、冤罪だった
として家に帰した。
数日後、出勤前にテレビをつけると地元の警察官に容疑が掛かっているという報道がされていた。警官も痴漢
やR行を平気でやる時代だから、今更驚くほどのことでもなかった。
玄関の戸を叩く音がした。こんな朝っぱらから、一体何の騒ぎだ。鍵を外し、扉を開けると私服の男たちが何人
も立っていた。
「あなたには未成年に猥褻な行為をした疑いが掛けられています。あなたと取調べ中の少女とのR行が記録された
ビデオテープが昨晩、署まで送られてきました。ご同行願います」
俺の警察官としての人生は、女子高校生の玩具として利用され捨てられた。
次「お金」「過去」「どうにもならないこと」
- 32 :
- 「俺にはないんだよ」と男は言った。
「何がないの?」彼の横にピタリと寄り添った女が、質問した。二人はベッドにいた。何も着ていなかった。
「過去さ。俺は原因不明の事故に遭った。外見は無傷だが、事故以前の記憶が消し飛んだ。残っているのは、ユウキという名前だけだ」
「原因不明の事故って何よ?」
「だから記憶が飛んで、分からないんだよ。物凄い衝撃を受けたのだけは、体が覚えている」
「とにかく人生が廃棄されちゃったわけね。かわいそうに、ユウキ」女は男の胸板に手を乗せて囁いた。
「そうでもない。もし過去が纏わり付いていたら君を抱けなかったかもしれないからな」
ユウキの手が女の手を握った。
「ところで君の名は何て言うんだ?」
「さっき名刺を渡したでしょう。それも忘れちゃったの」
名刺はベッドサイドの小机に置いてある。赤い名刺には妃美とだけ書かれてあった。
「妃美、もう一度抱かせてくれ。何か思い出すかもしれない」
「ごめん、予約が重なっているの。また今度にしましょう」
妃美は身支度を調えると、ユウキに手を差し出した。
「その手は何だい?」
「お金に決まってるじゃない。三万円です」
「金はない」
「何ですって?」妃美は血相を変えた。
「クレジットが使えるって聞いたよ」ユウキはポケットからゴールドのカードを取り出した。
妃美はそれをひったくってリーダー金額を入力して通そうとした。しかし何回通してもパスしなかった。
「何よこれ。無効カードじゃない」
「そんなはずはないだろう。よく調べてくれ」
妃美はカードの表裏を調べた。磁気が壊れているのか、それとも――
「ちょっと、何なのこのカード、有効期限が2412年になってるわ!」
妃美は改めてユウキを見た。ユウキは何の動揺も見せず、ただ静かにたくましい半身をさらしていた。
「ユウキ、あんた、一体いつの時代から来たのよ……?」
妃美は料金の収受を諦め、謎の男にもう一度抱かれることにした。
世の中にはどうにもならないこともある。
そんなとき、妃美はプライベートと割り切ってRで紛らわすことにしている。
次「噛み付き亀」「タクシー」「小学生」
- 33 :
- ■東京駅から『おばけ』と呼ばれる、長距離の客を乗せた時のことだった。何食わぬ顔をした普通
のビジネスマンらしき男だったが、後ろのシートにつくなり、福島方面の目的地をつげた。まず嫌な
予感は、原発関連の仕事で急ぐあまりタクシーを使うなんて想像をかきたてられたことだ。お客さ
んだいぶかかりますよと注意を促すと、構いませんとのこと。そこでナビで場所を探してみれば、
原発からはかなり西の山奥であった。売り上げが芳しくなかったし、事情を訊くわけにもいかなく、
乗車拒否はまず無理だ。怪しいこと、極まりなかったけれど、とりあえず扉を閉めてタクシーを北
口から出したのだ。■高速で3時間ほど、山村の小さな集落の一角で客を下ろした。トイレを我慢
していたので、客に訊くと、近くに公園があって、そこで用はたせるとのことだった。日が出始めた
朝方近く、いつもなら客足も途絶え、仮眠をとる時間だった。眠気をおして最寄りのICまで行くより
かは、この静かな公園で少し眠気を覚ました方がよさそうだった。■小さなドアを叩く音で目を覚ま
した。靄が一面にたれ込めていた。「おじさん」と子供らしき男の子だ。「東京から来たんでしょ?」
ナンバーを見たのだろう。それにタクシーという乗り物も珍しいのかも。「池に噛み付き亀がいるん
だ」それがどうしたというのだろ?「東京の人がね、ここへ避暑に来た時に、逃がしてったんだよ。
吉井って人んちの子供。知ってる?」知るわけがない。「東京の人は親切だし、おいしい物をくれた
けど、亀を逃がしちゃったのに、黙って帰っちゃったんだよ」福島の小学生に違いないが、ベイスタ
ーズの野球帽をかぶっていた。キチガイか。「おじさん、噛み付き亀をつかまえて、吉井くんちに届
けてよ」やれやれ。これは正真正銘のキチガイだ。それか本物のおばけか。「おじさん、東京に帰
るんでしょ。ついでに噛み付き亀をさ…」
「ロードスター」「イタリア」「近所」
- 34 :
- 近所に留学で越してきた、日本の女学生。
ロードスターから、イタリア学生が手を振った。
「チャオ!ぼくの車に乗って帰らない?」
「ち、ちゃお、のーさんきゅー、ごめん」
「またね」と笑顔で手を振る若者。
日本女学生は、どきまぎしながら部屋に帰る。
(やっぱりイタリア男ね、早速だわ。ああ危ない)
イタリアの若い男。それだけで妊娠してしまいそうな気がした。
その夜、イタリア男の家で父からの詰問が始まった。
「一言だけか?なぜ引き下がる」「嫌がられると悪いし・・・」
「何だと! 貴様、それでも、イタリア男か!?」
イタリア男魂注入棒が唸って、夜が更けて朝がやってきた。
「ボンジョルノ!僕の部屋にこないかい?」「あわわっ」
固まったやりとりは、これから1年たっぷり続く。
素でつきあっていたらどうなったか、それはもう一生わからない。
※次のお題は:「星」「長靴」「納豆」でお願いしまふ。
- 35 :
- ある納豆職人が亡くなりました。
3人の息子には、それぞれ「納豆製造機」「星新一全集」「長靴」が遺産として分けられました。
長男は家を継ぐことから「納豆製造機」、次男は作家になることを目指していたこともあり「星新一全集」を相続しました。
残った三男は「長靴」を、しぶしぶ受け取りました。
三男「長靴なんて持ってるし、親父の形見として、しまっておくぐらいしかできないな」
猫「そんなことありませんよ。その長靴を私にくれませんか?」
飼っている猫が三男の横に座り、突然、しゃべりました。
三男「やや、猫がしゃべったぞ!」
猫「……しらじらしい小芝居はやめてください。先日、あなたが発明した『おしゃべりんりん』で話ができるようになったんですよ」
と言って、猫は首に巻かれた鈴を肉球でつつく。
三男「まあな。この鈴を売りだせば、はっきり言って、遺産などいらないぐらいの財産が築けるはず。こんな『長靴』もいらないんだよな」
猫「そうおっしゃらずに、ちょっと私に、その長靴くれませんか?」
三男「いいけど、お前が履くのか? サイズ合わないだろ」
猫「実は私、親父殿がご存命の時、この長靴に細工をしておいたのですよ」
三男「ほう」
と感心し、長靴を猫に渡そうとした時、背後で音がして、見ると、次男と目があった。
次男「猫がしゃべってる……」
次男は『おしゃべりんりん』のことを知らない。
三男「あー、えーと。兄貴(次男)なら、この先、どう続ける?」
次は「猫」「姫」「旅」
- 36 :
- 猫がね、と、その日初めて姫様は、私にお声をかけてくださいました。お城に出仕して3日目のことです。
「猫がいなくなってしまったの。いっしょにさがして」
かしこまりました、と私はお辞儀し、姫様と連れ立って歩きだしました。厨房、書庫、見張り塔。城中
を見て回りましたが、どこにも気配はありません。いなくなった猫の話を楽しそうにおしゃべりしながら、
姫様は私を引っ張って歩きます。
中庭を抜け、城門の前までやってきました。残っている場所はここだけです。
「お城の中にいなかったのなら、きっとお外ね。わたくし知っているの、猫は年を取ると旅に出るのよ。
わたくしの猫も大きくなったからお城のお外へ旅に出たのだわ。さがしに行かなくちゃ」
姫様は私を見上げてもう一度、さがしに行かなくちゃ、と繰り返されました。期待に目を輝かせた姫様
に、それでも私は首を横に振りました。姫様はうつむかれました。
私は知っていたのです。姫様は猫など飼っていないことを。出仕した初日に忠告を受けたのでした。姫
様は新顔を見ると決まって猫をさがしに行くとおっしゃっるけれど、城門を開けてはいけないよ、それは
姫様のお戯れ、外に出たいがための方便なのだから、と。
ふいに、私の胸はいとおしさと不憫さとでいっぱいになりました。姫様は自由にこの門をくぐることは
かなわないのです。仮にこの城を出たとして、どうして普通の子供のように、猫をさがして城下町を走り
回ることができましょう。幼い姫様にはそれがわからない。ただただ無邪気にご自分の、小さな冒険の旅
を夢見ていらっしゃる。
「もっと大きくなったら、わたくしも旅にでられる?」
でられますとも。とっさに私は答え、後悔しました。いったいこれまで何人が、似たような慰めを口に
したのでしょう。姫様は聡明な御子でした。誰もが口をそろえて同じような返事をするわけを、もうとっ
くに察しておられたのかもしれません。
姫様は石造りの城門と、その向こうの青空を見上げると、そう、とぽつりとつぶやかれたのでした。
- 37 :
- すみません、次は「バター」「畳」「時間」でおねがいします
- 38 :
- どの位の時間こうしていたんだろう。
もたれ掛かった壁と、着古して色の褪せたTシャツの背中と、尻の部分のささくれだった畳は、じっとりと湿っていた。
窓からは西陽が射し込み、テーブルの上のバターはすっかり溶けていた。
傍らには一斤86円の特売の食パン。女が、朝食に用意した、そのままが手を付けぬまま残っていた。
味も香りもなく、パサパサの、ただ腹を満たすだけのパンに、バターは不釣り合いのような気がして、マーガリンで十分じゃないか、と言ったとき、女はマーガリンにはトランス脂肪酸がどうだとか、小難しいことを言った。学もないくせに、妙なところにこわる女だった。
そして女は、炊きたての飯にバターをひと欠け載せて、その熱でバターを溶かし、醤油をたらして食べることを好んだ。これさえあればおかずはいらないのだと笑った。
そんなものばかり食べているせいか、女の身体からはバターのような匂いがした。
下腹部に顔を寄せ、掬うように舐めてやると、いつも
「溶けちゃう」
と言って小さく喘いだ。
女と口論になったのは今朝のことだ。
きっかけはささいな事だ。俺が働かないとか、生活費がどうだとか。
殴るつもりはなかった。ましてやRつもりなど。
女に声を掛けてみる。バターが溶けてしまったぞ、と。
返事はもちろんない。女は畳に横たわったまま、どこか恨めしげな目でこちらを見ている。
俺はやれやれ、と腰を上げ、バターの容器を手にして考える。
これは、もう一度冷蔵庫に入れたら冷えて固まって、元に戻るのだろうか。ゆっくりと、時間をかければ、もとの形に戻るのだろうか。
ぼんやり考えているうちに、容器は手から滑り落ち、黄色く光る液体は、ささくれだった畳に、静かに染み込んでいった。
お次の方、カレンダー・猫・財布 でお願いします。
- 39 :
- レシートを、その日に限って受け取った。
会計の女の子がどことなく、昔頃に飼っていた猫「シロ」に似ていて気が逸れたからだ。
翌日も女の子の様子を観察したせいで、ついレシートを財布にしまった。
妙なことに気づいたのは、半月くらい経ってからだ。
現金があまり減らない。
気になって、家計簿代わりのメモをつけるようになった。
現金が減らないのは、あのコンビニで、あの女の子が会計をした買い物だけ。
夏になり、制服が半そでに代わると、女の子の右腕に大きな傷痕を発見した。
女の子は照れくさそうに前髪をかきあげながら教えてくれた。
――赤ちゃんのとき、事故に合ったから。
少し後遺症があるのか、どことなくぎこちない右腕の仕草。
それは、右肩関節に障害のあったシロが、顔を洗う仕草によく似ていた。
そういえば、シロは壁に掛けた日めくりカレンダーに飛びつき、豪快に破った1枚を
咥えてきて「これで遊べ」とねだったものだ。
生まれ変わってもお前は、僕に紙を押し付けてくるんだな。
シロが虹の橋へ旅立ったとき当分僕は、シロを思っては、泣きくれていた。
でもな。僕は強くなったよ。それにこうしてシロとも会えた。
会いにきてくれて、ありがとうな、シロ。だから、もう、お金に換える魔法なんて要らないよ。
会えただけでうれしいから。心から、ありがとう、シロ。
秋、女の子は東京の実家へ戻った。
「誰かが、泣きながら自分を待ってる」ってのがあの子のくちぐせで。
人を助ける仕事をするんだと医者を目指して浪人中だそうだ。
ただ、帰省前日、「もう泣いてる人はいない」と、すっきりとし表情をしていたそうだ。
シロは人間でいう88歳まで、地域のボスとして君臨してた。
君もまた、必要とされる場所をみつけ、医師として誰からも慕われるだろう、長く。
君の活躍を、僕は胸のうちでそっと自慢しよう。
行数はんぱなくオーバーしました。
次「サプリ「コースター」「リモコン」
- 40 :
- 「あ、待って」
店員がドリンクを置こうとしたとき、女はそれを制して素早くコースターと紙ナプキンを取り替えた。
紙ナプキンはよく冷えたドリンクの水滴で、みるみるうちにふやけた。
「可愛いコースター、集めてるの」
それを鞄にしまいながら、もう50枚くらいあるのと女は得意気に言った。まさか、今まで会った男の数?という言葉を俺は飲み込む。
女とは、数時間前にR系サイトで知り合った。美人ではないが、肉感的な身体をしていた。
食事が運ばれてきて、女は鞄から小さなピンクの錠剤を取り出した。
「なんの薬?」
「食べたカロリーをなかったことにするサプリ」
女は、全然太ってないじゃない、と言う俺の言葉は聞かなかったように錠剤を飲み込んだ。
ひょっとして避妊薬、なのかな。頭の隅でちらりと思う。
「休みの日は何してるの?」と訊くと、TVを観てる。バラエティー番組が好き、と言ってお気に入りの番組をいくつか挙げた。
つまらない女だな、そんなふうに、頭ではどこか女を蔑みながら、下半身ではなんとかこの女に気に入られようと、俺は雛壇芸人のように、つまらないギャグを連発した。
実際女はよく笑い、俺はますます調子にのって、これはいけそうだ、と確信を高めた。
ふいに会話が途切れた時、俺は女の手を握り、探るように尋ねた。
「このあと、どうする?」
女は急にしらけた顔になって
「なんか…つまんないから帰る」
と言って唐突に席を立った。
俺は訳もわからぬまま慌てて、湿ったコースターの裏に、本当の名前とアドレスを走り書きし、女に渡す。
「気が向いたら、これ…」
女は、なんの興味も無さそうに一瞥もせず、店を出て行った。
まるで、リモコン片手に、TV番組をザッピングするように、会話が途切れた瞬間、俺は興味を失われ、チャンネルを変えられてしまったようだ。
規定の行数にまとめるのって難しいですね。
お次の方、鯖缶・ロッカー・1週間でお願いします
- 41 :
- ある日、仕事を終えて着替えようとロッカーを開けると、何も置いてなかったはずの上部の棚スペースに缶詰めがひとつ、ぽつんと置かれていた。
「なんだこれ」
手に取ると、それはごく普通の、鯖の水煮缶だった。
誰かの悪戯か?周りを見回しても、こちらの様子をうかがっている奴はいなそうだ。
5つ並んだロッカーの中で、新米の自分のものだけは鍵が壊れているが、今まで盗難などのトラブルはない。今回も、盗られたものはなさそうだ。
「非常食にでもしろってか?」
僕はロッカーをパタン、と閉めた。
帰り道、同僚で彼女の麻衣子に「どう思う?」と訊いても、「誰かの悪戯じゃない?それよりさ…」とまったく取り合わない。
不思議なことは翌日も続いた。
ロッカーの棚に、ポツンとクレイジーソルト。外国製のハーブ入り岩塩だ。これをかけると、なんでもたちまち旨くなる。
「いや、でも、鯖缶になら醤油だろ?」
その翌日は鷹の爪で、翌々日はニンニクだった。
なんかの魔除けだろうか?
5日めになると、さぁ今日はなんだという気持ちになっていたが、そこにあったのは上質なオリーブオイル、6日めは青いパッケージ、イタリア売上げNo.1のパスタ。
そして1週間めの今日は、なんと青い葱が入っていた。
「おいおい、葱は勘弁してくれよ、臭いが…嫌がらせなのか?大体、これをどうしろっていうんだよ」
ちょっと顔をしかめて葱を取り出すと、カードが1枚、ひらりと落ちた。
お誕生日おめでとう!
最後のプレゼントは可愛いコックさん。今夜お届けに参ります。
麻衣子
ここのところ、この悪戯に気を取られて忘れてた。
今日は僕の誕生日だった!
1週間かけて届けられた悪戯や魔除けや嫌がらせの数々は、送り主である麻衣子の手によってその夜のうちに「鯖のスパゲッティーニ・アーリオ・オーリオ」となって、僕の胃袋に納められた。
もちろん味は極上で、麻衣子の悪戯も可愛いくて、最高の誕生日にはなったけど、来年は違うメニューでお願いしたい。
何故って、ロッカーの中の葱臭さが3日も取れなかったからね!
お次の方、浴衣・影踏み・カレーパン でお願いします。
- 42 :
- 縁側に祖母、僕、妻が腰かけ、庭を眺めていた。
庭では、月明かりの下、子ども3人が影踏みをして遊んでいる。
毎年、夏休みの半分を、一人暮らしの祖母の田舎で妻と子どもたちは過ごすのだ。
「おじいちゃんがカレーパン嫌いで、あたしもずいぶん遅かったものよ、初めて
食べたのは」なんて、祖母は朴訥と話してくれる。。
「おばあちゃん、またカレーパンの話」と11歳の長女がくすくす笑った。
なんでも、シベリア抑留を体験した祖父は、ピロシキに似ていると大いに嫌ったらしい。
出征の前の晩、あの人はゲートルを外して、あたしはもんぺを脱いで。
浴衣で二人だけの壮行会をしたのよ、この縁側でね。ちょうど今くらいの季節だった。
シベリアから帰ってきたら、一人息子がもう10歳で、そりゃ驚いてたわ。
祖母は少女の顔になっていた。
父は母親似だが、僕はびっくりするくらい祖父に似ている。
だから僕が訪ねると、祖父を思い出すのか、いきおい、祖父の話が多くなる。
子どもたちも、理解できないながらも祖母の話には熱心に耳を傾ける。
いつも、祖母の家から戻ると、家族はみな、気持ちが澄んだような心持になる。
森から運ばれる新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、僕も夏休みが
ほしいなあと毎年、思う。
次「チーズケーキ」「スピーカー」「セブンスター」
- 43 :
- 「イシダさん!」
背後から声を掛けられた。
雑踏の中、それが久し振りに聞く旧姓にも関わらず振り向いてしまったのは、その特徴のある声のせいだった。
少し嗄れた、でもよく通るハスキーボイス。
「やっぱそうだ!思い切って声かけてよかった。高校卒業して以来だから…やぱっ!十年振り!?」
ガサツで大きな声で馴れ馴れしく、噂好きのこの人は「スピーカー」と仇名され、みんなから煙たがられていた。
相変わらずガサツな印象は否めない。
十分だけ、と懇願され、喫茶店に入ると、席に着くなり、吸ってもいい?と訊くより早く煙草を取り出した。
「あ、まだそれ吸ってるんだ?」
小さな星が無数にデザインされたパッケージ。
高校のとき、彼女は一度煙草の所持で停学になっている。そのときの煙草がセブンスターだった。ああ、と彼女も思い出したようにニヤリと笑う。
「そう、ずっとこれ。」
ふーっと長く煙を吐きながら言う。
「医者には死にたいのか、って怒られるけどね」
どこか悪いの、と訊こうとしてやめた。
ふいに、顔を上げた彼女が、唐突に口を開く。
「高校のときさ、イシダさんとA先生のこと、みんなにバラしてごめん!」
高三のとき、私と新卒のA教諭は付き合っていた。噂はまたたく間に広がり、私はまもなく卒業したが、彼は遠くに飛ばされた。
彼女に対して恨みがないと言えば嘘になる。でももう、遥か彼方の出来事だ。
「私、今はイシダじゃないのよ。Aっていうの」
左手の結婚指輪を見せた。
「Aって、じゃあ…」
そう、あれから私たちはいろいろあったけれど結婚した。親の反対や職場からの非難や、誰にも祝福されぬ結婚だったけれど、今は平凡に、幸せに暮らしている。
「よかった…ずっと気になってた。私が二人を別れさせちゃった、って。そうか、よかった!ああ、これで思い残すことはないや」
約束の十分をとうに過ぎての帰り際、彼女はテイクアウトのチーズケーキを二個買って、「結婚祝い!」と私に押し付けると、なんだかほんとに晴れやかな顔をして帰って行った。
「今は三人家族だって、言いそびれたな」
二個入りのケーキの箱を見てつぶやく。
まぁいい。そんな機会はきっとまたやってくるだろう。そして今度会ったら、ケンカしてでも煙草をやめさせなくちゃ、そんなことを考えながら、私も帰路を急いだ。
- 44 :
- すみません。次のお題は
扇風機・マヨネーズ・ビーチサンダル
です。
- 45 :
- 時計は午前三時すぎを表示していたが、それを確認する者はいない。
その家に住む家族は皆、夢の中にいる。
エアコンのない二階の寝室の扇風機が、首を振りながら人間達に微風を送っていた。
扇風機はいつもはタイマーで止まるはずだったが、その晩はタイマーが掛けられず夜通し回り続けた。
それが原因かどうかは分からないが、扇風機は突然異音を発した。
すぐに火が付き、燃えはじめた。
最近は火災報知器の設置が義務づけられている。
火災報知器は僅かな煙に反応してアラームで一家を叩き起こした。
「火事だ!」主の男が叫んだ。
「あら、たいへん!」
主の妻は、反射的に冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、燃え盛る扇風機に投げつけた。
だが効果は無い。それはフライパン火災のときの消火手段だ。
「もう消さなくていい。子供を連れて外に逃げろ!」
夫と妻、そして五歳になる娘は、命からがら、火が回り始めた家屋から逃げ出した。
「みんな大丈夫か?」主が家族を確認した。
妻は寝間着に裸足だった。
全裸じゃなくて良かった。
娘はなぜかビーチサンダルを履いて浮き輪を持っていた。
「パパ、こんな早くに海に行くの?」
まだ寝ぼけているようだ。
男は娘の格好に一瞬吹きそうになったが、すぐに気を取り直した。
「そうだ。こうしちゃいられない。延焼でもしたら地獄だ」
男は慌てて持ってきた携帯で消防署に連絡をした。
少々古い家屋だったためか、火の回りが早く、家は全焼してしまった。
火は怖い。本当に何もかも焼き尽くす。
この話のオチも、火に焼かれて消失してしまったようだ。
次「西瓜」「宅配便」「坊主」
- 46 :
- 「西瓜が食べたいな」
「Suica? 硬くて食べられないよ」
「Suicaじゃなくて、西瓜。……もう20年も前に見なくなっちゃったもんな。今の子供は、西瓜なんて見たことないだろ」
西瓜の写真を電子ペーパーに表示させて、小学生の姪に見せた。
「なに、このグロきもボール」
「中は赤くて、うまいんだぞ」
あの切り身の画像を見ると、姪は途端に興味を持ったようだ。
「食べてみたい!」
残念なことに、西瓜は、あの20年前の異常気象により、絶滅してしまった。残った種を植えても育たず、
自らの分身のような形を地球が拒んだのか、坊主が厄払いをしても、もうあの西瓜が大地に横たわることはなかった。
……さらに20年が過ぎた。
「宅急便です」
クロネコヤ○トの宅急便は、老舗の企業として君臨している。
私に言わせれば、レーザー固形化技術で、その都度、空間に経路を作り、全物流のパイプライン化を行えば、
人力による物流作業など必要なくなるのに、と思うのだが、老舗企業が政府に金を流して、技術の発展を
阻害しているのかもしれない。
「ありがとう」
大きな箱を受け取り、開けてみる。
もう40年前に見たきりの大きな西瓜が4つ並んでいる。
西瓜に興味を持った姪が、絶対復活させてみせると研究者になり、試作、量産化に成功し、
ついに市場に出回る今日、私にも送ってきたのだ。
「また会えたね」
切り身を手に持ち、赤い実を口に含んだ。
「味は、もう少し研究が必要かな」
人間の情熱というのも、なかなかいいものだ。
次は「マネー」「スーパースター」「挫折」
- 47 :
- 「ははは、Rやコラ!」
「きゃー!」
と、一人の少女が魔女に突き飛ばされた。
「まかどは、下がって!」
銃を装備したもう一人の少女が魔女の前に立つ。
「あなたは、魔法少女界のスーパースターなの。ここで失うわけには行かないわ!」
「ほらむちゃん!」
ほらむが魔女に向けて銃を放つが効かない。
魔女が腕を一振りすると、ほらむは跳ね飛ばされて壁にたたきつけられた。
「こんなのって、ないよ!」
「彼女は何度も時間遡行して、君を救えなかった挫折感から、ここまで強くなったんだ」
「0べえ……」
「でも、元々の素質は君の方が上だ。君なら彼女を救える」
「私……」
「僕と契約して魔法少女になってよ! そしたら、どんなことでも願いを一つ叶えてあげる」
「私……、アイ ウォント マネー」
「え?」
「今のは間違い! ちょっと英語を話してみたかっただけ」
「まかど……。時間を無駄にしている場合じゃないと思うんだ」
0べえは、壁に叩きつけられて、うつ伏せに倒れているほらむの方を一瞥した。
「私を、ほらむちゃんが魔法少女になる前の世界に戻して。私がほらむちゃんを魔法少女にはさせない!」
「それでいいのかい?」
まかどは強くうなずいた。
「わかった」
0べえが返事をすると、一瞬後には、まかどの姿は世界から消えていた。
「また、同じことが繰り返されるのかな……。営業成績上がらなくて、上司に叱られちゃうよ」
0べえが呟いた。
次「時間遡行」「世界線」「ミス」
- 48 :
- ある日、未来人がウチに来た。
肌にピッタリと張り付く下着を着て、サイケデリックな色の未来道具を見せられた俺は、何故かそいつを家にあげてしまっていた。
そいつは自分を未来人と名乗り、時間遡行の設定でミスをしてしまい、元の時間に帰るための時間機械が存在しない時代に飛んでしまったと話した。
世界線は正しかっただのどうのとわけのわからない事を言うそいつによると、未来道具の効果で俺は軽い洗脳を受け、そいつを拒絶することが出来なくされているらしい。
なるほど、そんな事を言われてもさっぱり追い返す気になれない。どうやら本当らしい。
仕方なく(本当はむしろ率先してだが、道具のせいだと思うと素直に認めたくない)そいつを
家に下宿させる事になり、数週間を過ごした。
そいつによると時間機械が使えるようになるまでにそう対した期間はかからないらしく、間違えた設定はほんのわずか、約一ヶ月くらいだと言っていた。
そんな短い間に人類の歴史を揺るがすような大発明が成されると思うと、大人気ないが少しばかりワクワクした。
それを待つ間、そいつと俺はそれなりに楽しく過ごし、時にはそいつの未来道具で助けられたりもした。
何だかこれでは子供の頃に見たポケットの付いた青狸の話の様だなと思いながら。
とうとう最後の夜がやってきた。そいつが明日には時間機械を使えるようになる、今まで色々ありがとうなどと柄にもなく殊勝な事を言い出すので、
恥ずかしい事に涙腺を刺激されてしまった。俺もこの単調な毎日に色が付いた様で楽しかった、こちらこそありがとうなんて馬鹿な事を言って、
泣きながら一緒に酒を飲んだ。その日の事はたぶん一生忘れないだろう。
次の日の朝、雲一つない快晴の空を見上げた俺は絶句した。そこには数百の巨大な金属製の円盤が浮かんでいて、光線を街に落として爆音を轟かせたり、
街の人や車を吸い上げたりしていた。
屈託のない笑顔を浮かべる未来人にどういうことなんだと詰問すると、何食わぬ顔でそいつはこう言った。
「今日中に私たちの種族によってこの星は占領されるでしょう。短い付き合いでしたが、あなたにはとても感謝しています。
きっと苦しむことなく消えられるように願っていますよ」
次「夢」「世界」「シャワー」でどうぞ
- 49 :
- 男は病室で夢を見ていた。その内容は、外からは分かるはずもない。
男はとにかく、生命維持装置で縛られた巨躯をベッドに横たえさせながら、なにやらニヤニヤと不謹慎な笑いを浮かべているのだった。
「一体、彼は何の夢を見ているのでしょうね」
担当の看護師のジェニーが、男の寝顔を見ながら、もう一人の看護師に訊ねた。
「さあね」
もう一人はトムという男性の看護師だった。
「人の夢に侵入できる機械でもなければ分からないよ。まあ奴のことだ。おおかた更なる犠牲者を屠る夢でも見ているんだろうね」
「トム、彼はもし意識を回復したら死刑になるのかしら」
「免れないだろうね。ここ一ヶ月で十三人も人を殺している怪物だよ。今、生命維持装置を外しても僕らは罪にならないくらいだよ」
「世界は矛盾に満ちているわ。そんな殺人鬼の看護をしなければならないなんて。死刑にするなら助けなければいいのに」
「そんなことより、ジェニー、こんな仕事は適当にすませて、さ……」
トムは、ベッドメイクをしているジェニーの後ろから、彼女の肉感的な尻を触った。
二人はコンビで仕事をするうちに、勤務中でも構わずRに耽る間柄になっていた。
「焦らないで。後で、シャワールームでしましょう」
眠れる犯罪者の病室で一通りの仕事を終えると、若い看護師たちは、いそいそと備え付けのシャワールームへと姿を消した。
強めのシャワーのノイズが病室に伝わったが、性に歓喜する密室の男女の叫び声を完全に消すことはできなかった。
もし二人が『13日の金曜日』という映画を見ていれば、こんな愚行はしなかったはずだ。
Rに火花を散らす若いエネルギーが、静かなる殺人鬼の脳を揺さぶった。
水平に近かった脳波計の波形が激しく活性化し、鬼神めいた眼が、かっと突然に見開かれた。
「ウ、ガ……」
夢から覚めた執行人が、無用な生命維持装置を外し、秘密のシャワールームまで歩くのに、さほどの時間は要しなかった。
次「旅行者」「大腿骨」「カーナビ」
- 50 :
- 情報を取り引きして生計を立てている砂漠の村があるというので、俺は取材に向かった。驚くべきことに、村の長老は日本語を上手に話すことができた。
過去に日本の落語家が迷い込み、砂漠を抜ける道を教えることと引き換えに彼の持ちネタをすべて伝授してもらったのだという。日本語も落語も大層気に入っているようだ。
話を聞いてみると取り引きする情報とは砂漠を抜ける方法についてらしい。落語家以外にもさまざまな旅行者が迷い込み、持ち物と引き換えに砂漠を出て行く。それは俺を満足させる内容ではなかった。星で方角を知る頃ならともかく今は21世紀だ。
長老が取り引きをもちかけてきたが、当然俺は断った。カーナビという文明の利器があれば道に迷うはずがない。長老は困った顔で骨細工を俺にくれた。動物の大腿骨に彫刻を施したものだ。
手土産はこれだけか、と取材の成果に不満を抱きながら次の目的地に向かったが、どういうわけか一向に到着しない。
そのうちにガソリンが尽き、立ち往生することになった。遭難。カーナビを信じきっていたので食料や水の余分はほとんどない。
絶望しているとラクダに乗った男がやって来て「今回だけですよ。それと骨は捨てなさい」とガソリンを提供してくれた。ラクダを放ち同乗したその男と車を走らせると、ほどなくして砂漠を抜けた。
男は長老の息子だった。砂漠を貢物なしで渡ろうとすると守り神が機嫌を損ねる。誰も彼もを砂漠に閉じ込められても困るので不埒者に骨細工を持たせてこの人に祟るようにと骨を持たせるのだという。
どうして骨なのか、と聞いた俺は男の答えに絶句した。
「骨には皮がない。つまり、か(買)わない、砂漠を出る方法がいらない、という意味ですよ」
それ以来、俺は落語を聞かない。
次「マジック」「家庭菜園」「親切」
- 51 :
- 「なんじゃあ、こりゃあ?!」
その素っ頓狂な叫びはコンビニのトイレのほうで発せられた。
ジーパン刑事の死に際の台詞をそのまま口走ったのは、当の「太陽にほえろ!」など見たことも聞いたこともない世代の乙女、西宮遙花である。
彼女は手洗いの鏡に映る自分の顔面に驚愕したのだった。
まるで昔の映画「魔界転生」のクライマックスで千葉真一扮する柳生十兵衛がしたのと同じように、遙花のきれいな顔面一面にびっしりとマジックインキのようなもので文字が書き込まれてあるのだった。
コンビニの他の客が店内に入った遙花を思わず凝視したのは、決して彼女が美人だからというわけではなかったのだ。
遙花は何も買わずにコンビニから撤収した。訳の分からぬ文字の下の顔は真っ赤だった。
「じじい、てめえ!」
家に帰るなり、遙花は、ほぼ犯人に違いない彼女の祖父の胸ぐらをぐいと掴んだ。
「なんじゃな、いきなりDVとは世も末じゃのう」
「黙れ。私の顔、この落書き、これ見覚えあるだろ。何が書いてあるのかは知らんが、この筆跡には見覚えがある。てめえだろ、この悪戯じじいが!」
「ああそれか。それは、お前の成績が上がるように、お前が昼寝をしている間にお呪いをかけてやったんじゃよ」
「ざけんなよ。何がマジナイだ。おかげで私は知らずに外出しちゃったじゃねーかよ。町のとんだ恥さらしだよまったく!」
遙花は悔しくて恥ずかしくて涙ぐみはじめた。
「人が親切でしてやったのに、この仕打ちはないんじゃないかな。さあ、手を離してくれ」
「ああ、離してやるさ。てめえはな、孫にちょっかいなんかかけてないで、老人らしく家庭菜園でもしてりゃいいんだ。ほらよ!」
遙花は理性が途切れたのか、学校の道場でしかかけたことのない柔道の背負い投げを、ひ弱な祖父にかけてしまった。
祖父は叫ぶ言葉もなく、ひゅーと空を舞い、庭の畑に頭から突っ込んだ。
頭を土中に埋めて逆さまに立つ祖父の姿は、まるで角川映画「犬神家の一族」の犬神スケキヨの死に様のようであった。
次「浴衣」「迷い犬」「幽霊」
- 52 :
- 「あれ、迷い犬かな」と僕は犬のいる辺りを指差した。
花火大会会場へ向かう、混雑した歩道に1頭の白い犬がいた。
だが僕の連れは誰も犬を見つけられないらしい。
様子を見ようと僕は混雑を縫って犬の目の前まで近づいた。犬は逃げない。
首輪につけられた名札を手に取ると、「タカハシシロ」とあり、連絡先も書かれていた。
僕はケータイを取り出し、名札に記載の番号へ発信した。
「シロは3年前に事故で亡くなりました。こんないたずら、よしてください」
電話の向こうの冷たい声。
「そうなの?シロ。君は幽霊なの?」
浴衣姿の男女が、かがみこんで地面へ話しかける僕にうさんくさそうな、
または哀れむような、もしくは馬鹿にしたような視線を流していく。
その日、僕は一人暮らしのアパートへシロを連れて帰った。
泣かない、食べない世話のかからないシロ。
どうやったらちゃんとお前を天国に送れるんだろうな。
僕は、君が悲しい。
次「布団」「ビール」「アクション映画」
- 53 :
- 屋上に到着した俺はターゲットにブツを渡すべく行動を開始した。
危険な任務だ。早速毒針使いの女がうろうろしている。干している布団伝いに
見つからないよう移動し、非常階段を足音を立てないよう慎重に下りていく。
2階まで来たがドアに鍵がかかっていて開かない。畜生、ピッキングの訓練をしていれば。
こうなったら作戦を全面変更するしかない。1階で敷地を回りこんで建物の正面に行き、
突入を決行する。毒針使いの仲間や奴らと一緒に甘い汁を吸っているに違いない年寄りどもが
驚いて俺を見るが、本気を出した俺の速度について来れる者はいない。
2階の廊下を曲がろうとして、カートを押している女にぶつかりそうになる。まずい、
運んでいるのはマシンガンか?咄嗟に側転をして身をかわす。アクション映画の主人公なら
手を地面につけずに宙返りできるだろうが、俺には無理だ。
待ち合わせの場所に着く。が、ターゲットは毒針使いの女に今にも刺されそうになっている!
「おお、正夫、ちょっと待っててな。パパ点滴するところだから」
「パパのお見舞い?一人で来たの?偉いわねえ」
毒針使いの女が余裕の笑みでこちらを見る。
俺は黙って、頼まれたブツをターゲットの横たわるベッドのそばに置いた。
「まあ。谷本さん、ビールなんて持ってこさせちゃダメですよ」
毒針使いの女は針を刺すとブツを取り上げてしまった。
任務失敗か。渇いた喉を潤そうと、缶ジュースを開ける。
プシューッ!勢いよく噴射したジュースが俺を直撃した。どうやら敵の罠だったようだ。
次「縦笛」「読書」「みりん」
- 54 :
- 「喧嘩売ってんの?」
台所に立つ女房の背中が急に冷えたように感じられ、俺は読書の手をとめた。
「だから。小学生のころの話だってえの。あのころ、しょっちゅうおまえと喧嘩ばかりしてたろ?」
結婚して幾分かマシになったものの、昔からこいつは気が短いうえに手が早くていけない。
「ーーああ。そうだねえ……」
女房は振り返ると、床に伏せられた本の背表紙をどこか遠い目で見つめた。
そこには東野圭吾の『あの頃ぼくらはアホでした』というタイトルが打たれている。
ふと蝉の鳴き声がした。空き地を走りまっていたあの頃から、かれこれもう二十年にもなるだろうか。
女房は、手慣れた手つきで鍋にみりんを継ぎ足し、軽くかき回し、だし汁をとった小皿を口元へと運ぼうとした。
「俺な。おまえの縦笛舐めたことあるぞ」
「ぶ。な、なにさ。突然!」
女房は手の甲で濡れた口元を拭った。そして何事も無かったかのように鍋をかき回して誤魔化している。
「ん。そんなに気持ち悪かったか?」
「そんなことない。そんなことないよ!……あたしね。あたしもあんたの、やったことあるから!」
「マジか」
衝撃の告白。少なくとも俺にとってはそうだ。
「マジ! マジなのよ!」
おたまをもったまま俺の隣にしゃがみ、小肩をぶつけてきた。
時間が巻き戻るのを感じる。はじめてお互いを異性として意識しはじめたころのように、純情で不器用でかつ甘酸っぱい。
だが俺にはそういうのはどうにも照れくさくて苦手だ。
「よおし。おめには俺のこの縦笛を舐めさせてやろう」
容赦なく女房のもっていたおたまが振り下ろされ、脳天から火花が散り、浮かせかけた腰ごと撃沈した。
次のお題は「背中」「台所」「マンホール」
- 55 :
-
体調を崩し家で寝ていて暇をもてあましたことは誰もが経験したことがあると思う。
かく言う俺もある程度回復してきた暇をTVで紛らわせていた。
似たような番組が多く何でもよかったが、人類の歴史で最初に地球の重力を振り切ったのがマンホールのふたという話に興味が引かれ、都市伝説の番組で手を止めた。
正直ただ馬鹿騒ぎしているだけで内容の薄い番組にしか感じなかったが、台所やお風呂のような水場でだるまさんが転んだとはいってはいけない……という話はなんとなく嫌な気分になった。
昔から、こういう話を聞くと気になって仕方がなく、かなり意識してしまうのだ。
放送部に居たとき、部長に「救急車を霊柩車と間違えるなよ?」という冗談は意識に入り込み結局間違えてしまったことがあった。
TVをみながらうとうと眠ってしまい、TVのことは忘れていた……忘れていたはずなのに、おなかが減って台所に向かうと、まるでそれが毎日の日課のごとく自然に「だるまさんが転んだ」とつぶやいてしまった……つぶやいてからTVを思い出した。
都市伝説が事実なら今俺の後ろには青白い顔の女が立っているらしい、そう思った瞬間背中で気配を感じた。誰かいる!間違いない、床のきしみ音すら聞こえる。
恐る恐る、後ろを振り向こうとしたが気持ちがそれを止め振り向けない。気配はだんだん近づいてくる……しかし気配は動かなくなった。
そして
「起きてていいの?何か食べる?」
そこには普段とは違う顔(すっぴんなだけだが)の母が立っていた。
これはこれで、怖いといえば怖いが、それ以上に俺は脱力してしまった。
「ううん、寝るわ」それだけ言って力なく部屋に戻った。
次は「空」「髪の毛」「子供」でおねがいします
- 56 :
- 15行ルールはなくなったのか
- 57 :
- それはあるいは夢なのかもしれない。あるいは幼いころTVで見た
ドラマの一部なのかもしれない。その記憶がどこからやって来たのか
私には分からない。こういうのって、誰にでもあるものだろうか?
それとも珍しいことなのだろうか? それさえも分からないが、その記憶は
真夏の入道雲のようにくっきりとした輪郭を持って浮かんでいるのが見える。
たぶん小学生に上がる前だったのだと思う。私の父の田舎は東京の
八王子市の山奥にあって、およそ東京という言葉からイメージするものとは
逆の風景が広がっている場所だった。夏休みでなくても車で、電車で良く
おじいちゃんおばあちゃんの元へ遊びに行ったものだ。近くに川があって
冷たい水の中で泳いだ。釣りをしていたオジサンに怒られた。仕返しに
オジサンがトイレに行ってる隙にビクに入っていた魚をみんな逃がした。
今思えば何でそんなことをしたのか分からない。きっとあーちゃんがいたからだと思う。
あーちゃんは天然パーマで黒人が長髪にしたようなおかしな髪の毛をしていた。
私はあーちゃんが傷つくと思ってそのことに関して何も言わなかったけど
あーちゃんは本当は聞いてほしかったのだと思う。なぜならそれが友達の証だと
きっと僕らは考えていたのだと思う。
「翔ちゃん、ほらRレーター」
あーちゃんが摘み上げているプラスチックのホットドックのようなそれは
見た瞬間、子供が触ってはいけないものだと思った。
「ふーん」
私は何気なく言った。あーちゃんのそういうところが私は怖かった。
どこかでセミの声がした。私たちは川原に横になって背中を川に浸した。
二人とも無言で空を見つめていた。
あーちゃんは苛められていたのだ。
同じ学校でない私だけがあーちゃんを助けることが出来たのかもしれない。
それなのに助けもしなかったし、髪のことも聞いてあげなかった。
あーちゃんは今何をしているのだろう? 立派な会社で性玩具を開発していると
私はうれしい。
- 58 :
- 「大人」「憂鬱」「午後」
- 59 :
- 「憂鬱だわぁ」
呟きながら、手元の便箋に漢字で「憂鬱」と書いてみる。
ついでに花瓶に挿してあった白百合を手に取って、その香りを深く吸い、吐いてみる。
「……ねえちゃん、なにしてんの?」
無粋な声。窓際に座る私のことを、愚弟が怪訝そうな表情で見つめている。
「ふ……大人にはね、ふいにアンニュイな気分になる午後があるものなのよ」
「へぇー、すげぇ」
弟はこの空気が理解できないらしい、気のない相づちを打ってきた。
私は彼を憐れみつつ、同時に自分の感性が家族にすら理解されないことにため息をついた。
と――そこへ闖入者。どたどたどたと入って来て私の手から百合の花を取り上げると、
「あーあー、また一輪挿し抜いちゃってー、水が垂れてるじゃない! それに便箋!
あなたには自由帳があるでしょー!? もう……『憂鬱』? まだ小学一年生なのに
こんな漢字ばっかり覚えて。早く宿題なさい。ため息なんてつかないで、ほーら」
おかあさんはそう言って、私と弟をぽんぽんとリビングから追い立てた。
次は「傷」「指」「水」でお願いします。
- 60 :
- 私は静かに指の傷を舐める。
彼は静かにそれを見守る。
「なぜ、水で洗い流さないのか?」彼は聞く。
「あなたとの思い出まで洗い流しそうで怖いから。」私は泣きながら答える。
彼は「あんなに思い切りはずさなくても・・・。」
私は床に落ちている婚約指輪を残念そうに眺めた。
次、「鶴」「亀」「めだか」
- 61 :
- 見舞いに来てくれた友達から千羽鶴を贈られた。
聞けばサークルの皆で折ったのだという。正直驚きだ。
私はサークルに籍こそ置いているが、顔を出すこともほとんどなくアルバイトに精を出していた。
大学生活に馴染めなかったことの裏返し。丸亀の実家に帰ろうと何度思ったことか。
それが自分でも思いもよらぬ形で、周囲の人々に想われていたのだ。
「ありがとう」
涙声になってはいないか気にしながら私は言った。
「ところで、それは?」
「大丈夫。塩分控えめだから」
「そうじゃなくて、どうして入院中にうどんなんて食べてるの?香川県の人ってみんなそうなの?」
うどんも食べられないようなら私は瀕死の重態ではないか。
私は、うどんのよさをもっと知ってもらわないと、と思った。
次「時計」「裁縫」「釣り」
- 62 :
- 『時計釣り』とは、読んで字の如く、時計を釣ってその釣果を競うオモシロつまらない遊びの総称である。
子ども達が五人集まると、必ずと言って良い程にその遊びは始まった。皆、暇なのである。
かくいう私もちょいとだけ、その『時計釣り』とやらに混ぜて貰うことにした。
古民家の庭先にわらわら集まる子ども達の姿は、まるで雨後の竹の子の様である。子ども達は、まず、それぞれのポケットから細い「糸」を出した。
何処の家庭にもある、裁縫用の糸である。とりどりの色が、目にも鮮やかに愛らしい。
赤と青と緑と黄色。
白と桃と橙はイマイチ人気がないらしく、訊けば、それらは釣果が好すぎて禁色との事。
英雄は矢張、色を好むものらしい。その糸をくるくると小指に巻いて、最後にかるく蝶々結びに纏めると準備はほぼ、完了である。
それから先は、ひたすら糸を垂らして待つのである。
円陣の真中で散らされた時計には針がない。釣果の判定はどうするのかと尋ねると、時計に針が戻って来るから、その示す時間の大きさで釣果を競い合うのだ、と隣の少年が教えてくれた。
成程。「時を計る針を釣る」から『時計釣り』とは、中々洒落が利いている。
私も早速、子ども達に倣って時計を外し、地面へそっと置いてみる。時計を見ると針は盤面から消えることなく、カチリカチリと秒針を刻んでいた。
――不良品だね。
少年がさも可笑しそうに言うので、釣られて私も、心底残念と笑ってしまった。
次、「空」「花」「祈り」
- 63 :
- いつ、あいつとあの空に願い事したんだっけ。
・・・
「ほら、はやくおきなさい!」
いつもどおりの母ちゃんのうるさい声に起こされた俺は
いつもどおりあいつと学校へ向かった。
「おう、おはよう。」
「うん、おはよう。」
いつもどおりの景色に包まれて
いつもどおりの会話をする。
はあ、なかなか暇だなぁ。
そう思いながら無言で歩く俺とあいつは
いつもどおりの時間に学校についた。
教室に入り、友人達と話し、時間は過ぎ、
家に帰る頃になったらあいつが
ドアの前に立っている。
毎日これの繰り返しだ。
・・・
「なあ、なんで死んだんだよ。まだ願い事叶ってないだろ。」
静かに頬をつたる滴。
あれっ、なんで俺泣いてんだ。
あんなにうざったいとおもってたのに。
- 64 :
- ・・・
その日は少し太陽に雲がかかっていた。
いつもどおり母ちゃんに起こされ、
あいつと学校に行った。
その途中だった。
あいつがいきなり
「あそこの神社行ってみたいんだけど。」
と言った。
「まあ、いいけど。」
俺は少し驚いた。自分からあまり提案をしないあいつが
あんなさびれた神社にいきなり行きたいと言ったことに。
「じゃあまた帰りな。」
「うん。」
そして、
俺たちはそれぞれの教室へと向かった。
なぜあいつはあそこに行きたいのか。
など考えながら
いつもどおり友人達と話していた。
学校が終わり、ドアで待っているあいつと
いつもどおり学校を出る。
そして、お互い無言で神社へと向かう。
なぜか、あいつは少しにこにこしているようだ。
さっぱりわからない。
前はわかってたはずなんだけどなぁ。
- 65 :
- ・・・
あれっ。
いつからあいつのこと、うざったいとおもいはじめたんだろうか。
小学から一緒だったのに。
たしか、中学までは休日も二人で遊んでいたはずだ。
高校に入って俺に新しい友達ができた時からか。
休日にまで遊ぼうと言ってくるあいつをうざったいとおもいはじめたのは。
・・・
「はあ、やっとついたな。」
「うん、ごめんね。」
ん?
なんか見覚えがある気がするのだが。気のせいか。
あいつは期待と不安を混ぜたような表情を見せている。
「ねえ、ここ、おぼえてるかな。」
俺は冷たく言った。
「いや。」
「だよね・・・。」
こんなに悲しそうな顔は久しぶりにみた。
「なにかあったっけ。」
「うん。」
そう言ったっきりあいつは少し黙った。
- 66 :
- 少し寒くなってきたころ、あいつは静かに話し始めた。
「・・・小学校の頃にさ、一緒にここにきたんだよ。願い事をしに。あの願い事もおぼえてないかな。」
俺は静かに頷いた。
「そっか、いや、いいんだよ。結構前のことだしね。でも、確かに言ったんだよ。
僕が『僕達が病気や怪我をしたら助けてください。』って言ったら、君は僕にこう言ったんだ。
『お前は俺が守るから大丈夫だ。』ってさ。」
ああ、確かに言ったかもしれない。しかし、なぜ今更そんなことを。
顔に出ていたのかもしれない。あいつは、少し微笑みながらまた話し始めた。
「あのさ、僕病気になっちゃったみたいなんだよね。病院の先生から悪性のがんって言われたんだ。結構前にね。」
俺はなんていったらいいのかわからなかった。
ただ、悲しかった。
「でさ、もう余命もでてるんだ。」
えっ。俺には最初、言葉の意味がよくわからなかった。
わかった時には少し怒りが湧いていた。
「・・なんで今まで黙ってたんだ、」
あいつは少し答えにくそうだった。
「・・・・。だって、言ったところでなにも変わらないでしょ。・・・それに、余計に気まずくなると思って・・・。」
俺はなにも言い返せなかった。最後の言葉が突き刺さって。
あいつはそれに気づいたのか
「余命はあと2ヶ月だよ。」
と、明るい声で言った。
- 67 :
- ・・・
「なあ、お前は俺のことどう思ってたんだ。」
動かないあいつに静かに語りかける。
なにも答えることのできないあいつに。
・・・
俺は何かを言わなくちゃと思い、ガキっぽくてばかみたいな言葉を口にした。
「お前は俺が守るから大丈夫だ。」
そのとき、
あいつはきれいな、すごくきれいな笑顔をみせた。
「ありがとう。」
そういうと、きれいな滴をながしはじめていた。
それが、あいつとのさいごだった。
- 68 :
- ・・・
あいつは家に着くと、部屋に閉じこもり自殺したらしい。
俺を恨んでいたのだろうか。
今も俺を恨んでいるのだろうか。
そうおもいながら俺は、花を添えて、祈る。
「どうか、神様。あいつを天国で守ってやってください。俺には守ることができなかったから。できないから。どうか、お願いします。」
あいつが静かに微笑んだ気がした。
- 69 :
- 長くなってすみません。
次は、「神」「月」「虹」でお願いします。
- 70 :
- 神社の境内に入り最初に出会った動物がその人の神使であると言いますが、この場合はどうしたらいいのでしょう。
ヘビです。
私の嫌いな・・・・・・ひいっ!い、いえいえ!
私が少々苦手な動物が道の真ん中にトグロ巻いていらっしゃいます。
しかもさっきこちらを見てから、私にあの半月のような瞳を向けっぱなしなのですが・・・・・・。
ヘビと目線を合わせたまま道の端をビクビクしながら通り抜け、何とか社に辿り着いてようやくお参りをします。
大事な大事な願いを一心不乱に頼み込み、さて帰ろうとすると、あのヘビはもうそこにいませんでした。
どこか物陰に隠れたのでしょうか。
どこからかあの目でこちらをジッと見ている気がしてキョロキョロしていると、
新たに神社にお参りに来たらしい知人に発見され、あまりの挙動不審っぷりに声をかけられました。
ヘビがー。と説明すると知人は一通り爆笑し私をからかった後に、
ヘビは空に昇って虹になるからもうあそこにいるんだよ。と、空にかかる淡い弧を指しました。
そうして、私は境内から出してもらえましたが、それ以降虹がかかる度、
あの綺麗な虹が元は蛇だと思うと何とも落ち着かなくなるのでした。
次は「キャラメル」「放課後」「矢印」
- 71 :
- 放課後の教室は案外人が減るものでは無くそう簡単に甘い空間にはならない。僕が崇拝する彼女はいつも同性の誰かしらと少し談笑をした後、連れ立って教室を出ていく。電車時刻にピッタリの四時十五分に。
帰る際、すれ違う度にかすかな期待に肩を強ばらせる僕に、勿論何かが向けられる筈も無く、彼女は颯爽と帰路を行く。僕の一方的な矢印が向き合うことなど決してない。それだけは周知している。
ゴミ箱を漁り君が捨てたキャラメルの包み紙の匂いを鼻に押しあてながら僕はセンチメンタルに胸を焦がした。
→「つま先」「ガラス製」「横恋慕」
- 72 :
- 大好きなバイト先の先輩と、大学生の姉がつきあいだしたのは、
わたしが高校2年の夏のことだった。
バイトでは「彼女の妹」として彼と仲良くおしゃべりもした。
わたしがのぞんでいたのは「彼女」の地位だったのに。
横恋慕とはわかっている。
それでもおしゃれをして楽しげにデートに行く姉が憎くて、悔しくて、
でもそんなことはおくびにも出せず、わたしは悶々として毎日を過ごした。
ある日、たまたま立ち寄った街で、妙な店を見かけた。
『占いとパワーストーン・護符の店』とかかれた看板がいかがわしい。
いかもな紫のカーテンをかき分けて店にはいると、
しわくちゃの老婆が奥の椅子にちんまりと座っていた。
「恋を終わらせるとか、そういうのはありますか?」
どうせ冷やかしで入った店だ。わたしはダメ元で聞いてみる。
「ふむ。……ないことはないが」
老婆が手招きをした。
そばに近寄ると、懐からきらきら光る何かをだして、わたしの手に握らせる。
見れば、繊細なガラス製の天使の人形だった。
「これが壊れたときに、壊した人の恋が終わる。
おまえさんのお望み通りの結果になるかは知らないがね」
代金はいらないというので、ありがたく貰って帰った。
- 73 :
- 家に戻ると、門の前で丁度姉と彼とが話をしていた。
わたしは彼に挨拶をして、姉に「おみやげ」と言って人形を手渡した。
「まあ、きれいね」
「光を当てるともっときれいよ」
そう、と姉がいい、光に向かって足を踏みだした。
その足が、わたしの差しだしたつま先に引っかかり、もつれる。
あっと悲鳴を上げて姉が転んだ。手にした人形がぱりんと割れる。
(やった!)
わたしは小躍りしたい気持ちを抑えて、心配そうに姉の身体を気遣った。
「平気よ」
そう姉が言い、彼の腕に掴まって立ち上がった。
ふっと真剣な顔をして彼の顔を見上げた。
「話があるの」と姉が彼の正面へ向き直った。
「うん? なんだい急に」
面食らったような彼の顔を見ると、罪悪感がわき起こる。
心がきゅっと疼いた。
「あっ、じゃあ、わたし先に帰ってるね」
さすがに後味が悪すぎて、二人の仲が壊れるところは見たくなかった。
わたしがいなくなったあと、別れ話をするのだろう。
そうしたら、悲しみにうちひしがれた彼の心をわたしが慰めてあげるんだ・・・。
妹が玄関に入った後、姉が言いにくそうに口を開いた。
「この前のプロポーズの返事だけど。――今転んだときになぜかわかったの。
この気持ちは恋じゃないって。一時的な恋は終わって、愛に変わってたんだなって。
あなたなしでは生きて行けそうにないわ。だから、お受けすることにします」
「モンタージュ」「いも」「鉢植え」
- 74 :
- 小指の無いやくざと言うのは多いのかもしれないけど、小指が無い
警察官というのは滅多にいないと思う。私は一人しか知らない、いもさんだ。
いもさんは正義感にあふれ、真面目で、規則にうるさい人である。
警察官だから、当たり前だろう? と人は言うかもしれないが
それはそれこれはこれである。ゆえに好きな人多いが嫌いな人も多い。
「――モンタージュも知らねえのかよ」
「そんなこと、習わないっすよ。今は」
若い警官がそう言うと、いもさんは呆れたような顔をして腕を組む。
いもさんは何で指が無いんですか? と聞いたことがある。
下着泥棒という通報が入った夜、帰りのパトカーの中で。
「ああ、飼っていた犬に噛まれたんだよ」
手のひらを私に見せながら言う。嘘のような気がするが
嘘ですか? とも聞けない。きっと私は聞いてはいけないことを
聞いてしまったのだろう。
「まあな、人生いろいろだわな」
いもさんは夜の住宅街を見ながら笑っている。
人生はいろいろだ。職業柄それは良く知っている。
指の無い手がジャガイモに似ているからいもさんだと
いうことも。
そして鉢植えのひまわりを愛する男でもある。
「娘がAKBに入りたいと言ってるけど、どうしたらいいんだ?」
と私に聞く男である。
次 「秋 雨 朝」
- 75 :
- 昨日から降り続いている雨は、私にとって目印だ。
「寂しがりで、目立ちたがりだから。もし死んで、魂が
地上へ戻ったときには、必ず雨を降らすよ」などと
冗談を言っていた姉が、事故で亡くなってもう3年。
この3年、命日の前後は必ず雨だった。
その夜、眠っていた私はふいにかすかな気配を感じて目を覚ました。
何も見えない暗闇に、確かに気配が存在していた。
なんとなく、心配して見つめられているような気がして、
「大丈夫だよ、元気にしてるよ」と答えると、気配がわずかに笑った気がした。
明け方にその気配が消えていくと、私もまた、眠りに落ちた。
父と母はすでに朝食のテーブルについていた。
「ねえ、昨日、由香が帰ってきたよ。元気にしてるって」
私がそう言うと、父も母もさして驚かず、
「あの子ったらまったく、お姉ちゃん子なんだから」
と言った。来年もまた来てくれるだろうか。我が家だけの秋の風物詩。
次 「ホットケーキ」「高尾山」「文庫本」
- 76 :
- 僕が引いたか引かなかったかの風邪で寝込んでいる間に、
僕の友達はみんな高尾山へ修行しに行ってしまった。
来たるべき末法戦争に備えるためだった。彼らは
みんな立派な完成人として非合理を蹂躙すべく戦うのだ。
どうせみんな勇敢な戦死者としてうず高く死体を積まれるだけなのに。
完成人へと向かう修行では、彼らは山の清らかな流れで口をすすいで
「私たちは平和のための知恵を手に入れました」と言い、
その口で頭から生のネズミを噛みちぎって朝食にする。
一日の終わりには神聖なる毒ガスを気体で3リットル、ひとりずつバケツに生成するらしい。
あの山はみんなが思うほど、修行に適しているとは思わない。
友だちの一人が修行から帰ってきたと聞いて、僕は彼の部屋を訪ねることにした。
彼の部屋は本で溢れていた。彼は文庫本の山の中でほぼ骨と皮だけになっていた。
頭の骨だけが異様に大きい。なるほど、人類は不合理な進化を続けてきたらしいのだ。
彼は飢えきっているようにしか見えなかった。
「こんなにたくさんの本をどうする気だい?」僕は見かねて言ったのだが、
彼の答えることには「読まなければならないんだ。読んで、本当に正しい形で
身に着けなければ、世界から認められることはできない」
彼は、文庫本を読めば宙に浮かぶこともできると思っているらしい。僕は悲しかった。
「そんなこと、ホットケーキを焼くことより無意味だ」僕は言った。
「砂糖と牛Rを買ってこよう。そしたらホットケーキを食べられる」
「よしてくれ、僕にそんな余地はない」彼も悲しそうだった。
「君にはホットケーキが見えないのかい?」
彼からの答えは無かった。どうやら僕は置いてけぼりにされたらしい。
彼の姿はすでに見えなくなってしまっていた。
これから僕はどう生活すればよいのか見当がつかない。
彼らはすでに末法戦争に行ってしまったのだ。大勢がお互い作った毒ガスで中毒を起こすために。
書いてから言うのはなんですがこんなジャンルはアリなのでしょうか……
次「筆箱」「扉」「青空」
- 77 :
-
小学校に通っていた頃、ぼくの隣の席には佐々木という女の子が座っていた。
特に目立つこともない子で、何もなければ喋る機会もなかっただろう。そうならなかったきっかけは、佐々木の筆箱だ。クラスメートが布や
プラスチックの筆箱を使っている中、佐々木は銀色の缶の筆箱を使っていた。それがすごく大人っぽく見えたので、どこで買ったのと聞くと、
佐々木はちょっと困ったような顔をして、お菓子の空き缶だと答えた。他のが欲しいとも。
それからぼくたちはそこそこ話すようになった。といっても、消しゴム貸してとか、宿題なんだっけとか、そんな程度だったから、
佐々木の親や兄弟のことは知らなかった。ただ相変わらず銀の筆箱はかっこよく、ぼくのひそかな憧れの的だった。
ある夏の放課後、散々遊んだ帰りに、昇降口で偶然佐々木とかち合った。佐々木は割とすぐに下校する方だったので、それま
でタイミングが合うことはなかった。どうして残っていたんだろう、とすこし思った。
「井坂くん」
「なんか今日帰るの遅くない?どしたの?」
佐々木は下駄箱から靴を出して履きながら答えた。
「先生と話してた。あのね、井坂くん。わたし引っ越すんだ」
ぼくは面食らった。そんな話は聞いていない。
「え?!なんで?いつ?!」
「わかんないけど、親が決めたの。今日の夜だって。内緒だよ」
絶句したぼくに佐々木は銀の筆箱を渡した。顔を上げた佐々木の目は赤かった。
「あげる」
「佐々木」
「…いままで仲良くしてくれて、ありがとう。」
そして佐々木は昇降口から出て行った。ぼくは筆箱を持ったまま何も言えずに佐々木の背中を見送った。
次の日、隣の席は空いたままだった。ぼくは佐々木のアパートを見に行って、唖然とした。
佐々木の家の部屋には人気がなかった。玄関扉には一面に張り紙がしてあって、金返せとか、ドロボーとかそういう文句が書いてあった。窓ガラスには
ヒビが入り、ゆがんだ青空が妙にきれいに映り込んでいた。
佐々木はぼくのことを忘れただろうか。
銀の筆箱はいまでもやっぱり、かっこいいと思う。
- 78 :
- 「レンタカー」「水」「無視」
- 79 :
- 箱舟レンタカーは老舗のレンタル水上車店で、僕は今年からそこの正社員だ。
老舗と言っても創業は東京水没と同時なので実際の歴史は40年ほど。ただし水没以前に
陸上車を扱っていた時期を含めるならばもう70年近くなる。この、水上車へと移行した
当時については、創業者の息子で箱舟レンタカー現社長である僕の友人が詳しい。
「当時はさ、全然信じられてなかったらしいぜ、東京水没なんて。インチキくさかった
し、ほかにもいっぱい似たような予言あったらしいし、みんな無視してた。ところが。」
この話をするとき友人は、きまってここでにやりと笑う。
「おれの親父は信じた。信じて商品を全部水上車に作り替えちまった。地面がちゃんとあ
る時代にだぜ。もうすっかり狂人扱いでさ。」
けれども彼は正しかった。箱舟レンタカーは水没後、復興に追われる東京でいち早く事
業を開始して、今ではこのあたりの水運を一手に引き受けている。
そんな彼が息子につけた名前はやはり一風変わっていた。友人の名は能亜と書いてのあ
と読む。
「全くふざけた名前だよな。もういい年だし名乗るのが恥ずかしいよ」
そう結ぶ友人に、でも気に入ってるんだろ?と僕は聞く。すると彼はいつも、照れくさ
そうに、でもまんざらでもないように、まあな、と答えるのだった。
次は「夕日」「飛行機」「指」
- 80 :
- 「異常、なーしっ!」
南海の夕べ、背筋を伸ばした見張り番がさけぶ。いままさにおろした
頑強な手には、日本光学の上等の望遠鏡がにぎられている。
「そうかな、ぼくには、そろそろあやしいぞ」
つぶやいたのは少年艦長の四郎君だ。つかつかと見張り手のもとへいくと、
望遠鏡を受け取って、水平線をぐるりと見回します。
「艦長、望遠鏡で夕日をみてはいけませんよ」
「なあに、ぼくの目はとくべつあつらえなのさ」
四郎君は太陽をみつめます。するとどうだ、夕日のなかに、黒いちいさな影が、
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
「ややっ、これはいけない。しょくん、戦闘配置だ」
たちまちブザーが鳴りひびき、甲板が騒がしくなります。おとなたちが慌てるなか、
ひとり冷静なのは四郎君です。
「ふん、いくらでも、かかってくるがいいさ」
あわれな敵機はこれが四郎君の艦ともしらず、魚雷を抱いて突撃してきます。
しかし、いったん対空砲火がひらかれると、アメリカのよわい翼は、またたくまに
空中に散ってしまうのでした。
「飛行機だか、蚊だか、わかりゃしない」
そういった四郎君も、アメリカ飛行士の勇敢さだけは、すこし、わかるのでした。
「艦長、敵機は、もうおしまいのようです」
副長の報告に、四郎君はうなずきます。そして、夕日を指さし、いうのです。
「しょくん、うつくしい夕日だ。一日のゆうべにあって、太陽はもっともあかく、
つよくかがやく。日本軍人は、あの日輪のごとくあれ。死に際の手本ぞ」
副長は流石にむかついて四郎少年を海に投げ込みました。
次「片手鍋」「銀杏の葉」「最後の虫」
- 81 :
- 銀杏の葉が黄色い絨毯のように
敷き詰められて、
濡れた坂道は凄く滑る。凄くと言っても、氷上ほどじゃない。
姉さんと転びそうになりながら、一気に坂の下まで駆け降りた。
先に降りた姉さんが、片手鍋を構える。
そこに僕のおでこがヒットする。ひ、ひっどい。
たぶん、凄くいい銅鑼のような音が辺りに響いてたと思うよ。
目の前の青と白と赤の火花に気を取られて、僕は聴いてる余裕などなかったけどね。
そのままノックアウト。
銀杏の葉が黄色い葉っぱはふかふかのベッドだ。
今年最後の虫が、もぞもぞと僕の脳みそから孵って、
南の空へ飛んでいく。姉さんが手を振って見送っていた。
いつまでも、いつまでも。
何故、姉さんは目に涙を浮かべているのだろう。
次「宝くじ」「大掃除」「姉」でお願いします。
- 82 :
- 「じゃーん!買っちゃいましたよ『宝くじ』」
大掃除に追われる年の暮れ、コソコソと抜け出していた姉が紙束片手にテンション高く帰ってきた。
「それより掃除しろよ」
「しますよぅ。仏壇に預けてからねー」
宝くじは死人の出る(または出た)家に当たる。と、信じていた姉が買ってきたのは初めての事だった。
おりんを鳴らす音と線香の香りが満ちてきて、唐突に不安にかられた。
死ぬなんて言うなよ。とか、諦めんなよ。とか、簡単に言えずに仏壇の前に座る姉を見た。
死を受け入れたから強いのか、死と戦う覚悟をしたから強いのか。その姿は凛としている。
俺の視線に気付いたのか、姉はこちらを向いてにっかと笑い、
「当たったら良いよね。その時は換金してきてね」
と、言った。
生きる為に死地に赴く戦士は、朗らかに笑うに違いない。送る俺が泣くなんて許されないと口を引き結び、それをさとられまいと言葉をくった。
「入院準備も有るんだろ?早く片付けちまえよ」
「ちぇー小姑かよ」
二階に登っていく姉を見送って、安堵する。涙は止めきれず頬に筋を描いた。
次は『ヘビ』『酒』『コタツ』で
- 83 :
- 亡骸を財布に入れると金運に恵まれるというので少しは重宝している。いや、抜け殻のことだ。
しかし脱皮の度にこうも長く、太く成長されては出ていく金の方が多くなる訳で、
結局福の神と言うよりは貧乏神と言う位置に収まっている。祟れるものなら祟ってみやがれ。
単身者には不釣り合いにも程がある長方形のコタツも、ただこの一匹の為に買ったもので、仲間内で飲み会を開く分には良いのだが、
こんな陰気なペットを飼っている部屋に上がろうと思うのは野郎ばかりだ。私には部屋を男ばかりで埋める趣味はない。
訂正。少しも重宝していない。
兎角、注文が多い。腰を伸ばしたいから長いコタツにしろだの、猫舌だから酒はぬるめにしろだの。そ
そもそもお前は変温動物だろうと、言えるものならば言ってやりたい。
「おい、サキイカまだか。早く炙れよ。焦がすなよ」
「はい、ただいま」
上の台詞は蛇足と察して忘れて欲しい。私だって、この手の生き物は本当は物凄く嫌なのだ。
※都合上、「ヘビ」を「蛇」と漢字表記致しましたこと御了承願います。
次は「野菜ジュース」「麺棒」「警察官」で
- 84 :
- 中華料理屋の店主と主婦が揉めている、という通報で駆けつけると、店主は麺棒を振り上げ
怒鳴っている。外に飾っていたクリスマスツリーが盗まれたというのだ。
主婦は近所でも手癖が悪いと評判で、この女がやったに違いないと店主は鼻息も荒く俺に
訴えかけてくる。一方の主婦は知らん顔で紙パックの野菜ジュースを飲んでいる。
面倒なことになった、と思っていると、まわりの人だかりを押しのけるようにして一人の
少年が割って入った。
「僕は高校生名探偵。解けない事件はない」
やれやれ、またややこしい奴が。そう思っていると、少年は思いもよらぬことを口にした。
「わかったぞ!犯人は警察官のあんただ!」
俺に向かって指を突きつける少年。どういう頭の構造をしていたらそんな結論に飛びつけるのか
頭を割って確かめたくなる衝動を俺はこらえた。
「その根拠は」
「クリスマスツリーはモミの木。警察のあんたが『モミ消した!』」
自信満々に言う少年。なぜか周囲も俺に疑いの目を向ける。おい待て。そんなはずないだろう。
やめろ俺をつかむんじゃない。痛い!うわあ助けてくれ
次「お経」「豚肉」「香水」
- 85 :
- その部屋に入ると、爽やかで、なんとも優しい匂いがほのかに香った。
すでにその部屋にいた研究員2名も、見たこともない穏やかな表情をしている。
何かやわらかい空気に包まれているような心持がする。
「揃いましたね」と先にいた2人うちの一方が口を開いた。
もう一方が、テーブルに載せられた皿に目をやり、おもむろにナイフを取り上げた。
「従来の生産方法のベーコン、よく運動させた豚のベーコン、最後に・・・」
ここにいる3人は、みな、これからここで行う試食の目的は知っていた。
「お経を聞かせて飼育した豚のベーコン。それぞれ、どれかわからないように
A、B、Cとしておく」
3人それぞれが試食後に意見をまとめたところ、
A:運動した豚の肉。やわらかさと身の締まり方のバランスが良い
B:従来の生産方法による。特に個性はない
C:とろけるような甘み、豚肉とは到底思えない甘い香り、これこそ、お経をきいたもの
実際、それが正解だった。今後の畜産界では、クラシックよりお経が流行るやもしれぬ。
「この香り、香水にできるんじゃないですか。いっそ媚薬と偽れるレベルの」
僕のほんの軽口だったが、まじめ一方の他の2人も意外にも賛意を示した。
そう、3人とも、この部屋に入った瞬間から、この香りのとりこだったのだ。
お経を聞かされ、子豚たちは何を考えたろう。悟りの境地を見ただろうか。
いな、この甘美な香りを生み出すとは、人間への復讐ではないか――
次「写真たて」「コート」「ハイソックス」
- 86 :
- 夏休みが終わって、山田が大学に来なくなった。携帯に電話しようとしたが、
奴は携帯をもっていなかった。まあ子供でもあるまいし、それで退学しても
本人の勝手だ。が、友人のひとりとして様子を見に行くことにした。
トントン。これはノックの音である。山田のボロアパートに呼び鈴はなかった。
返事がない。ドアは開いていた。おそるおそる開けて中を覗くと、なにやら
人影が動いている。部屋のなかは異様に甘ったるい匂いが充満していた。
「おーい、山田ァ」声をかけると、奥でばたばたする物音がした。と、
「あたし帰るね。じゃ」
そういって飛び出してきた女の子を見て、ぎょっとした。まず若い。大学生じゃ
ないだろう。そしてその格好だ。裸の肩にコートを引っ掛け、両足に白いハイソックスを
履いている。それ以外は……素肌だ。
女の子はこちらには目もくれず、飛ぶように外へ出て行った。俺はびっくりして、
数秒逡巡したあと、部屋の中に声をかけた。
「お、おい、いいのかあれ、捕まるぞ」
「ああ、佐藤か……大丈夫、部屋から出ると消えるんだ」
山田の説明はこうだ。この男、夏休み中についに2D−3Dコンバータを発明した。
いっけん写真たてに見えるそれは、中に好みの絵を入れてスイッチを入れると、
絵の内容を立体化してしまうのだ。
「まだ試作品でね。絵は裸のみ、服は写真たてに着せて起動する必要があるんだ」
見ると、写真たてには人形用の小さなコートが掛けられており、木製の脚には
白いハイソックスを履かせてある。
「さっきのあれ、驚いたろう。でもあの格好は実験の都合さ。僕は変態じゃないよ」
「そうかねえ。そもそもなんで写真じゃなくて絵なんだ?」
「3次元を2次元化したものを3次元にしてもしようがないだろ。お前は夢がないな」
しかしヘンだ。2次元を3次元化したにしては、さっきの少女に違和感がなかった。
「それはお前、俺もお前も2次元だからさ。最近の小説は中が2次元だったりするんだよ」
これはひどいメタ発言だ。が、言わんとすることはなんとなくわかった。
しかし、作中作が2次元でも、作中は3次元という建前ではないのか?
これは、読者への宿題としておこう……。
次「クリスマス」「マッチ売り」「消防車」
- 87 :
- 白い湯気が早朝の町並みに広がって溶ける。
コンビニエンスストアーから出てきた啓太の息も、煌めく空に吸い込まれていく。
今日は良い天気になりそうだ。人通りがほとんどないが、どこか温みのある
新年4日の街並みに、啓太の心は少し弾んだ。
高速バスのチケットの予約を忘れていて、人より早い帰省と戻りになった。
学生向けのアパートの多い界隈はやはりしんとしている。
木造アパートの一階。玄関のドア、新聞受けに腕を突っ込む。
約束通り鍵が入っていた。
ドアを開けると少し籠もった、アルコールと飲食物の臭いが残っていた。
窓を開けて換気する。茶を淹れるのにヤカンを火にかける。
部屋は綺麗に片付いている。律儀な奴らだ、と啓太は友人達を思う。
携帯を出してメールを打ちかけたが止める。先に玉子サンドを食べることにした。
冷蔵庫にはジャックダニエルが少し、冷凍庫にはクリスマスケーキの残りが入っていた。
苺のケーキはホール半分近く、残っている。
マッチ売りの少女らしいマジパンを外して、微妙に電子レンジする。
強烈に甘い。味もデコレーションも凝っているのに不器用な……手作りケーキと思われた。
深夜バスでしっかり眠れていない。啓太は胸焼けに任せて、うとうと眠りこけた。
夢の中で、マジパンのマッチ売りの少女が特大サイズのマッチをバトンのように
振り回していた。
けたたましいサイレンの音で目が覚める。窓の外にピカピカで真っ赤な消防車。
台所が煙い。「あっ。ヤカン!」
次は「うっかり」「宿題」「シンデレラ」でお願いします。
- 88 :
- 高校生にとって、夏休みの最後に夜通し遊ぶ、それはちょっと悪ぶった、
大人のフリをした、でも当人たちはいたって真剣なできごと。
カラオケで盛り上がる中、ユカは「帰らなきゃ」と席から立ち上がった。
どうとでも言い訳はできそうなものを、ついうっかり、
「宿題がまだ残ってて・・・・・・」とユカはバカ正直に答えてしまった。
そろそろ時刻は深夜12時というところ。
「シンデレラかっ!」と一人が、そして起こる爆笑に見送られ、ユカはカラオケ屋を出た。
翌朝のリビング。「宿題もせずにほっつきあるける身分なの」とややヒステリックな
怒り声は母のもの。
「宿題手伝ってあげるよ、一教科5千円で」と手を差し出す長姉。
「宿題終わらなかったら罰としてこれからトイレ掃除はユカの仕事ね」と次姉。
どうにかすべての宿題を終えて始業式。
一緒にカラオケに行った友人たちから「おはよう、シンデレラ」なんてからかわれて、
恥ずかしいやら情けないやらだが、どこか秘密めいて楽しくもある、ユカである。
「おはよう、シンデレラ」とまた声をかけてきたのは、カラオケで隣の席にいた斉藤くん。
「忘れ物。ガラスの靴じゃなくて残念だけど」と差し出されたハンカチ。
野球部のエース、斉藤くん。ユカは彼からハンカチを渡されて照れくさい。
ちょっとユカがおとぎ話のお姫様になった気分を味わった、夏の思い出。
次「サクマドロップ」「美術館」「ライター」
- 89 :
- 僕がこの美術館に隠れ住む様になって、すでに4日経っていた。
営業時間に合わせた生活も、すっかり板に着いて来たもので、開館後に客に紛れて外出し、閉館間際に客のふりをして戻り、
以前、警備員のおじさんが落としたこの倉庫の鍵を使い、そこに隠れるのだ。
何故、僕がこんな生活を始めたかというと、家に帰りたくなかったからだ。
両親を事故で失くした僕は親戚夫婦に引き取られたのだが、そこで待っていたのは辛い虐待の日々だった。
頼れる人は誰も居なかった。また僕の味方をしてくれる人も誰もいなかった。僕は一人で生きて行くしかしょうがなかったのだ。
ここで雨露を凌ぐことは出来たが、次に困ったのは食事だった。
外出の際にごみ漁りをして食料を確保するのだが、子供が昼間から学校にも行かず、ごみ漁りをしていると補導される恐れがあった。
慎重に場所や時間を選び、手に入れた今日の収穫はサクマドロップ缶一個だった。
中にたっぷりと水をそそぎ、微かに残るドロップの甘さで空腹を紛らわした。そういえば、昔見た映画に似た様なシーンがあったな。
あの映画に出てきた兄妹に比べれば、僕はまだ恵まれているのかも知れない。
拾ったライターの灯りを眺めながら、僕がぼんやりと考えているその時だった。
「誰かいるのか!?」
夜間の巡回をしている警備員のおじさんの声だった。
しまった。倉庫の隙間から洩れたライターの明かりのせいで気づかれてしまったのだ。
「なんでこんな所に……。君、事情を聞かせてくれないか?」
僕は自分のうかつさを呪った。もう終わりだ。あの家に戻され、僕は前以上に虐待されるのだろう。
全てを観念し、僕は警備員のおじさんに今までの経緯を全て話した。おじさんは泣いていた。
「こんな子供がたった一人で……。辛かったろう。もう大丈夫だからね、世の中には君みたいな事情の子を助けてくれる所があるんだ――」
僕はこの先ずっと自分は一人なんだと思っていた。でも、おじさんはそんなことないんだよと教えてくれた。
僕はもう一人じゃない。そう思えた。
次は「水色」「病院」「弁当」
- 90 :
- 次のお題、書いたけど、長すぎた
- 91 :
- その日世間が水色に見えて、私は病院に入れられた。
入院させられた病院も水色だった。壁が水色、床も水色、医者が水色、看護師が水色、
聴診器、体温計、レントゲン写真、注射器、錠剤、病室のベッド。全てがクレヨンで塗りつ
ぶしたような水色だった。
水色の世界はまんざらでもなかった。全部が間の抜けた水色で、全部が阿呆に見える。
待合室で怒鳴るおじさんも、愚痴の多い看護師のおばさんも、バレリーナが着るレオター
ドみたいな水色だからちっとも怖くない。水色の世の中なら悩み事を抱えなくていいから、
私は極彩色の世間での暮らしに終止符を打つことにした。
病院の水色をした医者連中は、私をまともに戻そうと躍起になったけど余計なお世話だ。
他の色を見ないで済むという意味で、私は水色を手放したくはないから。
しばらくして、私の目と水色の脳細胞から病の原因を見つけられなかった医者たちは私
を妙な場所へと連れ出した。そこはごみ溜めみたいに汚くて、窓ガラスにはヒビが入って
いた。もちろん全部水色だけど。そこは精神病棟ということだった。馬鹿を言っちゃいけ
ない、前世紀じゃあないんだから。私はどうしようもない狂人だと思われたのだろう。
ガタガタになったドアを開いて診察室に入ると、中には逆様に吊るされた男がいた。
「君、何しに来たの?失恋の相談かな?俺は正規の医者じゃないんだけどなあ」
逆様のまま男が言った。白衣(水色)を着ている様子を見るとここの担当医らしい。
「違います。私は世間が水色に見える病にかかったので、この病院に居るだけです」
「なるほど、それでこんな所に来たんだねえ。そんなに凄い大失恋だったんだ」
「馬鹿言わないでください」
男の顔がニヤニヤして気持ち悪かった。
「私はずっと病院に居たいんです。水色以外の色なんて見えなくて十分ですから」
「あっ、そう」
- 92 :
- 気味の悪い医者は診察室ではどうでもいい話をした。学校の話とか、友達の話とか、医者は私に聞いたけれど、
私はひとつも答えなかった。それから痛い話をした。生爪が剥がれたり、傷口が膿んだり、濃硫酸を飲み込んだり、
蝋燭の火で炙られたりスタンガンを当てられたり。私はそんなこと怖くありませんと言った。
そのうち本当に気味の悪い医者の腕が千切れた。
身体から離れた腕がイモムシみたいに転がって液体がどんどん溢れてきた。さすがのイ
カレ頭も表情を歪めていたが口の端にはニヤニヤ笑いが残っていて気持ち悪い。
「これ、痛いと思うかい?」
私は頭を振った。
気味の悪い医者は残ったほうの手で、床に溢れた液体を指差した。
「これ、何色に見えるかな」
「……水色です」
ほとんど嘔吐しそうになりながら私は答えた。
「本当に水色に見えるのかい」
もうこんな所に居たくはなかった。
「それなら次で最後にしよう。また明日ここに来なさい、俺は待っているから」
翌日私は何かに引っ張られるようにして診察室に入った。昨日片腕を無くしたはずの気味の悪い医者が五体満足で椅子に座っていた。
「おはよう。君はそろそろ退院してもいいと俺は思うよ」
「……私はまともになんかなりたくありません」
私はやっとのことで返事ができた。昨日こいつの身体から水色の液体が吹き出すのを見てからずっと気分が悪かったのだ。
「俺だってまともじゃあないさ」
それは、知ってた。でも私が知っている意味とは違うことを言われた気がした。
それから、短い会話が始まった。昨日までのように短くて意味の少ない会話だったけど、昨日までと違って、この薄気味悪い男は椅子に腰かけていた。
「この積み木は何色をしている?」
「水色です」
「そうだね」
「疑わないんですか」
「この積み木は俺から見ても水色に見える。赤色の積み木と違ってね」
「本当ですか」
「さあね。とりあえずこっちの積み木は赤色だ。俺には水色に見えない」
「それも水色に見えます」
「だろうね」
- 93 :
- 「水は何色に見えるかい?」
「透明です」
「恋なんて?」
「したことないわ」
「ふうん」
気味の悪い医者は笑わなかった。
こんな質問は入院したその日に飽き飽きするほどされたのだった。今更、私が他の医者たちに見捨てられた後に蒸し返してほしくな。
いい加減やめにして欲しい。私は疲れているのだから。
「いい加減にしてくれませんか。これ以上何が訊きたいの」
「俺が君と同じ年齢だと言ったらどうする」
「馬鹿言わないで」
今日初めて気味の悪い医者が笑ったが、ニヤニヤ笑いではなかった。
「お弁当を食べないかい。入院食は飽きてるでしょう」
気味の悪い医者が手にしたのは、まるい弁当箱だった。
「可愛いでしょう?俺のお気に入りなの」
私は何も言わなかった。水色の顔した変態が、水色の丸い箱を取り出しただけだから。
可愛いどころか滑稽だ。真剣味も現実味も無くて、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
「お弁当の中身、全部水色なんですね」
「そうさ、君の目には水色に見えるだろうね」
私自身も水色になってしまいたかった。気味の悪い水色に。
「そう頑なになる必要は無いよ、君も食べてみたいんでしょう、俺のお弁当」
気味の悪い医者は玉子焼きを掴んだ箸を私の顔に向けていた。正直言って勇気が必要だった。
毒々しい水色の玉子焼きを口にすると、甘い味がした。
「味には水色なんて無いからね」
「ねえ、あなたが私と同い年って、本当なの?」
「信じるのは君次第だね。それよりも玉子焼きは美味しいかい?なんでも水色にしてしまう君相手でも、
味は誤魔化しが利かないからね。俺は気合を入れて作ったんだよ」
「そうね、誤魔化しなんてできないわ」
私は口にした物を飲み込んで言った。
「この玉子焼き、少し焦げてるよ」
聞いたサイコ野郎は笑ったが、その顔は水色に見えなかった。
終わり。長々済みません。次は「ガム」「ねこじゃらし」「自動車」で
- 94 :
- ――『ガムを食べる猫を見つけた人はお金持ちになれるらしい』
こんな馬鹿馬鹿しい都市伝説を真に受ける程、我が家は貧困にあえいでいた。
「ネコさん全然ガム食べに来ないね。お父さんあれボクが食べてもいい?」
つっかえ棒をしたザルの下にエサとして置かれたガムに、涎を垂らしながら六歳になる息子がわたしに訊ねた。
わたしの事業の失敗と妻の父親の借金が重なり、来年小学生だというのにランドセルすら買い与えてやれそうにない。
「地面に落ちたものを食べるとお腹を壊しちゃうからね。やめておきなさい」
「え〜、でもお母さんは昨日落ちてたドーナツ半分こしたときそんな事いわなかったよ?」
このままでは我が家はどこまでも落ちてしまう……。早くガムを食べる猫を見つけなければ、焦燥感に駆られているその時だった。
「アナタ!居たわ!そっちの方に逃げたから捕まえて!!」
別の場所で罠を張っていた妻の声だった。確かに前の道をお魚ならぬ、ガムを咥えた猫が猛スピードで駆けて行った。
「逃がすかー!待てガム猫!」
急いで追いかけ、角を曲がったわたしに自動車が突っ込んできた。激痛と共にわたしの体は宙を舞った。
「アナタ!しっかりして!!」
一緒に猫を追っていた妻が倒れたわたしに寄り添う。手に持っているねこじゃらしがくすぐったい。
だんだんとわたしの意識が遠退いて行くのを感じた。そうか、わたしはもうすぐ死ぬんだ。
最後の力で妻の泣き顔を焼き付けておこう。そう思い覗いた妻の口元には微かに笑顔があった。何故だ?
思い出した、わたしには保険金がかかっていたのだ。そして最初に猫を見つけたのは妻だった。
少し複雑な気持ちもあったが、これで妻と息子が拾い食いをする生活から抜け出せるならそれでも良いと考えながら、
わたしはそっと目を閉じたのだった。
次「愛」「タバコ」「裁判」
- 95 :
- 『愛とは何か?』
最近はこんなよくある哲学的なことを考えずには居られない。
裁判の直後である今でさえ、いや今だからこそだろうか。
事の発端はなんだっただろうか。最初は確かタバコだった気がする。
「子供も居るのにタバコなんてやめてちょうだい!」
妻がこう言い出したのは結婚6年目で子供が生まれて2ヶ月くらいだったか、
子が生まれてからというもの妻は育児関連の書物を読み漁り、育児教室にも通っていた。
私も勿論子は大事なのでそのときからはタバコを吸うときはベランダで窓を閉め切ってからにした。
そのときの事はそれで解決した。
それから12年経ったある日のこと、またもやタバコのことで妻が意見してきた。
「あなたのタバコにいったいいくら掛かってると思ってるの!? 子供ももう中学に上がってお金もたくさん
必要になるんだからそろそろタバコ止めて頂戴!!」
コレにはもう我慢ができなかった、私は私なりの気遣いをしているというのに。
毎日毎日家庭のために使えない部下を使えるようにしたり、下げたくも無い頭を地面に擦り付けたりと
仕事に心血注いでいるというのに一つの嗜好品すら許されないというのか。
それからはもう売り言葉に買い言葉だった。
毎日毎日怒声がなり、ベランダでタバコを吸うのも止めた。それに関してまた喧嘩になった。
仕舞には子供までも巻き込んでいた。
「私の前ではタバコはご遠慮いただきたい。
タバコの煙は、主流煙より副流煙の方が有害物質が多く含まれています。
発ガン性の高いジメチルニトロソアミンは、主流煙が5.3から43ngなのに対して、副流煙では680から823ng。
キノリンの副流煙にいたっては主流煙の11倍、およそ18000ng含まれている。
つまり、実際は吸う人間よりも周りの人間の方が害は大きいんです」
まさか子供にこんな事を言われるとは思いもよらなかった。
そしてとうとう妻が離婚を切り出してきた。
何もそこまで、と私は思ったが口に出すには至らなかった。
私もまた、疲れていたし妻は言い出せば聞かない女であった。
- 96 :
- 裁判所を背にしてとぼとぼと歩く、いくあては無いがとりあえずどこかで落ち着きたかった。
しばらく歩いて公園に入る、確かここはまだ禁煙では無かったはずだ。
それなりの値がするライターでタバコに火をつけ咥えて一息。
ふと昔を思い出す。
付き合い始めの、まだ妻と自分が初々しかった頃を。
「あなたのタバコを吸う姿ってとても魅力的よ」
あの頃の妻の言葉に自分は執着していたのかもしれない。
時が経てば人は変わる、環境も変わるのなら尚更だ。
吸い始めてからまだ半分もしない内に火を消し携帯灰皿にすてる。
―愛とは何か
タバコからはもう、苦味しか感じられなかった。
次 「間食」「信頼」「スズメバチ」
- 97 :
- 俺が九歳だった頃の夏の話だ。
田舎のじいさんと山に行った。里山でそんな大した山じゃない。
そこに大きなクスノキがあって、根元のウロにスズメバチが巣をこさえてた。
メロンくらいの大きさだ。
じいさんはまじまじと見つめながら、俺に「この巣のハチどもRか?」と訊いた。
俺は何も答えなかったが、じいさんは「ほっとけば秋にはスイカよりでかくなりよる、
山歩く人、襲ったりするで。たまに死ぬ人もいる」と言った。
「じゃあ、殺そう」俺が言うと、じいさんは「おめえも手伝え」と鎌を渡した。
「草刈ってこい」といわれ、俺はそこらへんの尖った草を刈って、巣に戻った。
じいさんは巣の下に穴を掘っていて、俺の草はそのくぼみに押し込められた。
草はジッポライターの油をかけられて燃された。
煙が巣をいぶっている間、じいさんが持ってきたカリントウを間食がてらつまんだ。
「ハチが死んだら、どうするの?」俺は恐る恐る尋ねた。
「巣、砕いて、そこらへんに撒くわ。夜になったらタヌキやネズミが食いよるど」
「ふーん」
「それで獣は里におりてこんですむ。どっちにとってもいい話じゃ」
「でもハチはかわいそうだね」俺の言葉にじいさんは笑った。
「巣を作った場所が悪ぃな。簡単に人に見つかる所に作るけ、こうなる」
「ふーん」
九歳の俺は、その時、山の営みのようなものに触れていたんだと、今になって思う。
種を超えた信頼関係、といえば大げさだろうか。
いずれにしろ、現在の里山にそれがあるのかといえば、俺は自信が無い。
次は「賞味期限」「別離」「ガーネット」
- 98 :
- 彼女は気だるそうに言う。
「ワインって賞味期限無いの?」
どうやら、かなり酔っている口調だ。
「あるわけないじゃん。何十年と寝かして飲んだりするんだから」
「…そうか」
ガーネット色の液体に満たされたグラスを照明に翳して、そのままじっと見つめている。
「恋愛にも、賞味期限が無いといいのにね」
グラスを持ったままぽつりと呟く彼女は、かつて愛した男との別離を
思い返しているようだった。それは、聞かされた方までもが苦しくなるような
酷く残酷な別れだった。いや、始まってさえいなかった恋かも知れない。
ただ、お互いに強く思い合っていながらも、決して結ばれることのない恋で、
それゆえに黙って身を引くことしか出来なかったのに、その別離は酷く双方を傷付けた。
「今日はありがとう。じゃ、帰るね」
飲み終えたグラスをテーブルに置くと、彼女は静かに立ちあがった。その後ろ姿は
まるで幽霊のように寂しげで、今にも消えそうだった。
次は「医者」「短歌」「ヴァイオリン」
- 99 :
- ヴァイオリン この音違うと 言われても
医者違いだよ すまないねレディ
……コレ反則かな?
次は「陽動」「広告」「ノンカロリー」
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