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2013年06月創作発表59: THE IDOLM@STER アイドルマスター part8 (165)
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THE IDOLM@STER アイドルマスター part8
- 1 :2012/05/20 〜 最終レス :2013/05/13
- アイドル育成シミュレーションゲーム「アイドルマスター」の創作発表スレです。
○基本的になんでもありな感じで。SSでなくてもOKです。
○原作ワールドが多岐にわたっています。「無印ベース」「アイマス2世界」、
「漫画Relations設定」「シンデレラガールズ」などと前置きがあると親切。
○エロ/百合/グロは専用スレがあります。そちらへどうぞ。
○「鬱展開」「春閣下」「961美希」「ジュピター」などのデリケートな題材は、
可能な限り事前に提示しましょう。
○クロスSSも合流中ですが、同様になるべく注意書きをお願いします。
前スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1316595000/
過去スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part6
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1286371943/
THE IDOLM@STER アイドルマスター part5 (dat落ち)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1270993757/
THE IDOLM@STER アイドルマスター part4
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1257120948/
THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1246267539/
THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1241275941/
THE IDOLM@STER アイドルマスター
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221366384/
アイドルマスタークロスSSスレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1228997816/
まとめサイト
THE IDOLM@STER 創作発表まとめWiki
ttp://www43.atwiki.jp/imassousaku
- 2 :
- ┏ ━ゝヽ''人∧━∧从━〆A!゚━━┓。
╋┓“〓┃ < ゝ\',冫。’ ,。、_,。、 △│,'´.ゝ'┃. ●┃┃ ┃
┃┃_.━┛ヤ━━━━━━ .く/!j´⌒ヾゝ━━━━━━━━━━ ━┛ ・ ・
∇ ┠──Σ ん'ィハハハj'〉 T冫そ '´; ┨'゚,。
.。冫▽ ,゚' < ゝ嫂ヮ゚ノ) 乙 / ≧ ▽
。 ┃ ◇ Σ 人`rォt、 、'’ │ て く
┠──ム┼. f'くん'i〉) ’ 》┼刄、┨ ミo'’`
。、゚`。、 i/ `し' o。了 、'' × 个o
○ ┃ `、,~´+ ▽ ' ,!ヽ◇ ノ 。o┃
┗〆━┷ Z,' /┷━'o/ヾ。┷+\━┛,゛;
話は聞かせてもらいました! つまり皆さんは私が大好きなんですね!!
公式サイト
ttp://www.idolmaster.jp/
【アイドル】★THE iDOLM@STERでエロパロ34★【マスター】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1337160182/
【アイドル】■シンデレラガールズでエロパロ■【マスター】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1327062064/
【デュオで】アイドルマスターで百合 その41【トリオで】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/lesbian/1335677924/
SSとか妄想とかを書き綴るスレ8 (したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/13954/1221389795/
アイマスUploader(一気投下したい人やイラストなどにご利用ください)
ttp://imasupd.ddo.jp/~imas/cgi-bin/pages.html
マナー的ななにか
○投下宣言・終了宣言をすると親切。「これから投下します」「以上です」程度でも
充分です。
○一行には最大全角128文字書けますが、比較的多数の人が1行あたり30〜50文字で
手動改行しています。ご参考まで。
○「アドバイスください」等と書き添えておくと、目に留めた読み手さんが批評・指摘を
含んだ感想レスを投下することがあります。ただし転んでも泣かないこと。
○(注:読み手の皆さんへ)批評OKの作品が来ても大切なのは思いやりですよ、思いやりっ!
- 3 :
- 知っていると便利なSS執筆ひとくちメモ
このスレの1レスあたりの容量制限
○総容量4096バイト(全角約2000文字)
○改行数60行
○1行制限256バイト(全角128文字)
バイバイさるさん規制について
短時間での連続投下は10レスまで、11レス目はエラーが返され書き込めません。
アクセスしなおしてIDを変えるか、時間を置いて投下再開してください。
(検証したところ毎時0分に解除されるという噂はどうやら本当。タイミングはかるべし)
その他の連投規制
○さるさん回避してもtimecount/timeclose規制があります。「板内(他スレを含む)直近
□□レス内に、同一IDのレスは■■件まで」(setting.txtでは空欄なので実際の数値は
現状不明)というもので、同一板で他所のスレがにぎわっていれば気にする必要は
ありません。とは言え創発は過疎気味ですのであまり頼ってもいられませんが。
上記のさるさん回避後合計12レスあたりで規制にかかった事例がありました。
○あちこちの板で一時騒がれた『忍法帖規制』は、創作発表板では解除となっています。
- 4 :
- ハイ。という訳で新スレ立ちました。最初の1本投下したいと思います。
登場するのは貴音さん1人で、特に注意事項は無し。
タイトルは You Make Me Smile
- 5 :
- 四条貴音。
長い手足を活かしたダンスであったり、
日本人離れした容姿であったり、
大抵の曲は歌いこなせる安定感のある歌声であったり、
端的に言ってしまえば極めて高い水準でバランスの取れたアイドルと言えるだろう。
そんな貴音に最近増えてきた仕事として、グルメ番組のリポーターがある。
最初の頃は本人の好物でもあるラーメン関係のオファーがたまに来る程度だったのだが、
ある時貴音の評価を大きく上げる出来事が起きた。
グルメ番組なんてのは料理が運ばれて来たらまず薀蓄やら御託を並べるのが通例となっているのだが、
その時の貴音は料理が出された瞬間間髪入れず食べ始めてしまった。
当然慌てた番組スタッフが打ち合わせと違うと止めに入ろうとした所を逆に、
「風味の損なわれぬ内に食す事こそ料理人に対する礼儀と知りなさい!」
と一喝。しかも生放送だったおかげでその模様が全国に放送されてしまった。
……のだが、この発言が各方面の料理人の琴線に触れたらしくオファーの数は倍率ドンさらに倍。
以降の貴音の活躍へと繋がっていく事となる。
ちなみに、キチンと残さず平らげるのに食べる姿が大層上品でテーブルマナーも完璧だというのも評判の理由である。
閑話休題。
その日もまたいつものように収録を終えた帰りの車の中。
窓の外を流れていく街の夜景を見ながら、今回の店は収録の合間に自分や番組スタッフのような裏方にも軽食を出してくれたりと店主の人柄も良かった事を思い返す。
不満と言えば仕事である以上酒が飲めなかった事ぐらいである。
そんな事を考えていると、ふと後部座席に座る貴音が溜息をついた。
「どうした? 疲れたのか?」
「そうですね……少し、飽いているのかもしれません」
何に対して向けられた物か。次の言葉を待つ。
「ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます」
思い返してみれば確かに最近は競争率が低いのを良い事に似たような仕事を入れ過ぎてしまったかもしれない。
いくら美味しい料理でも続けば食べ飽きるのは当然だろう。
知名度の向上ばかり考えて貴音本人の意思を蔑ろにした事を反省する。
「確かにそうだな……すまなかった」
「お気になさらず。どうしても耐えられぬようであれば言います故」
「もっと気軽に何でも言ってくれていいんだけどな」
担当するようになってそれなりに経つが、まだ距離を感じる。
別に近づき過ぎる必要は無いが、もう少しどうにかしたいと思っているのは事実だ。
そうしてしばらくの無言の後、申し訳無さそうに貴音が、
「それでは……申し訳ありませんが、事務所に寄っては頂けませんか」
と言って来た。
「それは構わないが、何か忘れ物でもしたのか?」
「いえ……少々体を動かさねば流石に体が重くなりそうで」
「ああ成程ね」
流石の貴音と言えども、連日続く高カロリーの連続には危機感を覚えるらしい。
頭の中でルートを検索しながら、事務所の方向へとハンドルを切った。
- 6 :
- 「それでは、申し訳ありませんが暫くお待ち下さいますよう」
事務所に戻ると、そう言って貴音はトレーニングルームに入っていった。
さて、終わるまで自分はここで何をするべきだろうか。
幸か不幸か書類伝票等の事務処理は綺麗さっぱり片づいていて残った仕事は何も無い。
せっかくの浮いた時間ならば担当アイドルの為に使いたいものだが。
と、さっき車の中で交わした言葉が思い出される。
『ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます』
……ふと思いついた案にないわーと自分でツッコミを入れるが、ちょっとはエエカッコしいな根性が勝って結局その案を実行に移すことにした。
765プロの事務所は移転した際、給湯室もそれなりに豪華になっている。
尤も、仮眠室(睡眠)とシャワールーム(風呂)に加えて自炊も可能になってしまっては本気で事務所に住み着く人間が出るかも知れないという危険性が指摘されたが、
料理好きなスタッフ数名の懸命な説得により設備増強が決定された。
そんな経緯を思い出しながら冷蔵庫の中を確かみてみる。今から作ろうとしているのは残り物の野菜で充分なので大概何とかなるが。
必要な物が揃っているのを確認すると、ジャケットとネクタイを脱いで腕まくり。共有のエプロンをつける。
ふと備えつけの鏡で自分の姿を見てみる。おお。なんだかデキる男の休日料理みたいで格好だけは一人前だ。
そんなたわけた感想を持ちながら準備を始める。
にんにくを微塵切りに、玉葱、人参、ジャガイモ、トマトは賽の目切りに。
オリーブオイルでニンニクを炒め、香りが移ったら玉葱と人参を投入。
同様に火が通ったらジャガイモとトマトを入れ、ついでに適当な大きさに切ったキャベツも投入。
同時に野菜が浸かるくらいまで水を入れ、市販のスープの素を少なめに入れて強火にかける。
沸騰する直前で弱火にして時々アクを取りながら塩コショウで味つけをすれば完成。
今回は塩を控えめに、逆にコショウを少し強めに効かせる。
ちょいと味見。まあ、こんなものだろう。
あとはたまに出てくるアクを取りながら味が染みるのを待つ。
- 7 :
- そうこうしているうちに、「お待たせいたしました」の声とともに貴音が戻ってきた。
シャワーで汗を流してきたのかうっすらと頬が赤い。
「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」
そう声をかけると貴音は指を頬に当てしばし黙考したのち、
きゅるるるという可愛らしい音が聞こえてきたがお互いの今後の為に黙Rる。
「折角作って下さったのです。いただくことにしましょう」
との返事が返ってきた。
食器棚から大き目のマグカップを取り出してよそり木製のスプーンを添える。
わざわざこんなモノが用意されているあたりウチの料理好き達は本当に侮れない。
「どうぞ。ご所望の素朴な味で御座います」
「……覚えていて下さったのですか」
冗談めかして言った台詞の内容に少し驚いた様子でカップを受け取った貴音は適当な椅子に腰を下ろす。
向かい合う形で自分も座る。
貴音は温もりを確かめるように両手で持ちながらゆっくりとした動作でカップの中身を口に運ぶ。
勢いでしてしまった事だが余計なお世話だったろうか。
今更になって不安になる。
まずマグカップから直接スープを一口。続いてスプーンですくって中の野菜を一口。
学生時代のテスト結果を聞かされる瞬間のようで思わず緊張する。
形の良い喉がこくんと鳴る。
緩やかに息を吐く。
「とても優しい味がします。普段食べている物よりずっと薄い味付けですが、それが今の私には丁度良い」
とりあえず合格点は貰えたようで、安堵の溜息を漏らす。
「口にあってよかったよ。正直な所、不安だったんだ」
安心した所で冷めないうちにと自分の分も食べ始める。
最低限に抑えられた薄めの味付けのスープに野菜の甘味が溶け込んでいる。
キャベツの緑、ニンジンの紅、トマトの赤、ジャガイモの白。それらを口に運ぶ。
火が通って柔らかくなった野菜達が口の中で崩れていく。
パン、それも出来ればバターロールかクロワッサンが欲しくなった。
きっとよく合うことだろう。
- 8 :
- 「そういえば、プロデュサー殿に料理を作っていただくのはこれが初めてですね」
「担当アイドルに手料理を振舞うプロデューサーってのは中々居ないと思うぞ」
「そのようなものですか……ではもう一つ、この様子ですとそれなりに慣れているようですが、普段料理はされるのですか?」
「大体は面倒くさくて出来合いのものばっかりだけど、野菜は自分でどうにかしないとどうしても不足しがちになるからな。そういう時だけかな。んで、そういう貴音は自分で料理は作らないのか?」
「たまには作るのですが……その、少々凝り過ぎてしまうようで出来上がるまでに時間がかかってしまうのです」
成程。普段の食に対する拘りを見ているとそれも納得できる。
それにしても、一緒に食事をするというのは意外と大事なのかもしれない。
さっきまで感じていた二人の距離が縮んでいくのを感じながら他愛の無い会話を重ねていく。
それが心地よくて、思わずこんな事を口走ってしまった。
「まあ、今日のお店で食べたようなのには遠く及ばないけどさ」
そんな無神経な言葉に貴音はゆっくりと頭を振って
「それは違います」
「貴音?」
「確かに、このスープは今日お店で頂いたようなお金を取れる料理ではありません。しかし、本来お店で出すような料理と一人のために作られた料理、あるいは家庭での料理は比べられるようなものではないのです」
一呼吸置いて、大切な事だからと言い聞かせるように、
「私を思って、私の為に作ってくださった、ただそれだけで嬉しいのですよ」
そう言って、柔らかく微笑む。
その笑顔があまりにも自然で、こちらもつられて笑顔になる。
そうやって暫くの間、二人でずっと笑っていた。
- 9 :
- 以上投下終了。今回のタイトルはHeartlandのアルバム、As It Comesの中から拝借。
この曲、最初はタイトルとか雰囲気的にやよい向きの曲かなーとか思ってたんだけどコッチにも合うなと思ったので。
ちなみに劇中のスープはこのまま作るとちょっとあっさりし過ぎてるのでベーコンとかウインナーとか足すとコクが出ます。
キャベツの代わりにセロリを入れて最後にトマト缶を入れるとミネストローネになります。
自分はそれに更に缶入りのコーンとショートパスタも入れます。
ミネストローネの場合、小麦よりライ麦系のパンに合います。
今スレは完走できますように。それではこれにて失礼。
- 10 :
- おまけのNGシーン。
「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」
その言葉と共に差し出されたカップを奪い取るようにして手に取った貴音は、
幽鬼の如き表情で力なくひざまずき震える手で口元へ運ぶ。
だが、カップの縁が口に触れる寸前で思いとどまり、
ニヒルな笑みを口元に浮かべながら、
「……そのお気持ちだけ受け取っておきましょう」
そう言って中身を鍋に戻した。
「……で、済んだかね?」
「……やりとげました」
一体何処でこーゆーネタを仕入れてくるのかなこの娘は。
それやったらお前さん、
最後はステージの上でライバルと握手しようとしてそのまま死ぬ破目になるんだけどなー。
- 11 :
- >>10
「あ……あれは、ダブル――いやッ!」
「……そう、トリプルだ……」
「トリプル・クロス・ハーモニー……だと……?」
スレ立て・投下・おまけのトリプルクロスGJ!
あしたの四条もおもしろく妄想いたしましたが本編のほっこり感が実によい食感でした
メシまだなんで腹減ってきた
- 12 :
- あーテステス。ちょっと容量不安なので軽いの1個投下します。
シンデレラガールズ物で千川ちひろと小日向美穂登場。
- 13 :
- とある雑居ビルの2階にある芸能事務所の1室。
普段は少女達の声で賑わうこの空間だが、今はまだ朝も早くアイドル達の姿は見当たらない。
そんな中、皆よりも先に出社して準備を行う女性の姿があった。
彼女の名は千川ちひろ。この事務所のお手伝いである。
1通りの準備を終えてお茶で休息を入れながら、アイドル、あるいはプロデューサー達の到着を待つ。
そうして聞こえてきた足音に耳を傾ける。
柔らかく、ゆっくりとした静かな足音。
その音とスケジュールを照らし合わせて来ようとしている人物の見等をつける。
(多分美穂ちゃんね)
その予想通り、入り口のドアを開けて所属アイドルの一人である小日向美穂が顔を出した。
「おはようございますちひろさん」
「おはよう。美穂ちゃん」
そう挨拶を交わしたところで美穂の姿にどこか違和感を覚える。
服装に変わったところは見あたらないだろうかと、原因を探すべく足下から順に観察していく。
焦げ茶色のローファー。
太股まで覆うサイハイソックス。
チェック柄のミニ丈プリーツスカート。
パステルカラーのブラウス。
ブラウスと色調を合わせたカーディガン。
黒い髪に映えるカチューシャ。
更に視線を腕の方へ向けて手首まで行った先にようやく違和感の正体を見つけた。
腕時計だった。
携帯電話で代用できるだろうと言う意見もあるが、携帯電話を取り出すことが許されない状況というのも確実に存在する。
そういった時のため、あるいは単なるファッションの一部として腕時計を付けること自体は別に珍しいことではない。
ただ、今現在美穂が付けている時計は少々彼女には異質だった。
なんというか、全体的に厳めしい。
ベルトに至るまで色は艶消しの黒で統一されており、
その中で文字盤の中の蛍光オレンジが強く自己主張している。
フェイス部分も大きく、そこだけで細い美穂の手首を覆い隠してしまう程。
ゴツゴツとした外観からは、ちょっとやそっと落としたりぶつけたり水に濡れた程度では何事も問題なく動くだろう事が容易に想像できる。
と、そこまで観察しているとちひろの視線に気づいたのか、美穂は手首に目をやり、
「あの……やっぱり変ですか?」
と少々不安げに聞いてきた。
確かに不釣り合いではあるが、それがおかしいかと問われればそうでもない気がする。
なんといえばいいのだろう、ミスマッチの妙とでも言えばいいのだろうか。
例えばこれが松永涼や木村夏樹であれば素直に似合っている、雰囲気とマッチしているといえる。
しかし、女の子らしい女の子である美穂にあのような腕時計はどうかと問われれば、決して合わないとは言い切れない。
アンバランスではあるが、かえってそれが強烈なアクセントになっているといえなくもない。
時折、女の子に銃火器や武器等を持たせたイラストを見かけるが、あれと似たような物だろうか。
いわゆる一つのギャップ萌え。
- 14 :
- 「あの……ちひろさん……?」
少々考え事に没頭していたようで、美穂の声で現実に引き戻される。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと意外だったから。でもその時計どうしたの?」
「えっと、この間腕時計もあった方がいいからってプロデューサーさんと一緒に見に行ったんです」
「その時に買ってきたの?」
「いえ、その時は色々見てたら迷ちゃって結局買わなかったんですけどプロデューサーさんが……」
そう言われて彼女のプロデューサーの姿を思い出してみる。
プロデューサーなどと言っても結局はサラリーマンでありビジネスマンでありすなわち彼らが付ける腕時計もTPOに合わせたものとなる。
事実彼がつけているのも無難なメタルバンドの物だった筈だ。
「でも確かプロデューサーさんが付けてるのって普通のだったような気がするんだけど」
「確かにお仕事の時はお仕事用のを付けてるんですけど、ホントはコッチの方が丈夫で気を使わなくていいから好きなんだって」
そう言って美穂は腕の時計をこちらに見えるように差し出す。
「ははあ、それで美穂ちゃんは憧れのプロデユーサーさんが好きな時計を買ってきたと」
「え……あ……その……えへへ……」
口を滑らせてしまったと少しだけ慌てるが否定はせずに、緩む口元を隠すようにして手を持ち上げる。
それでも隠しきれない笑顔は照れくさそうで、幸せそうで、見ているちひろの口元も綻ぶ。
「それで、肝心のプロデューサーさんには見せたの?」
「いえ、昨日買ったばかりだからまだなんです」
そうして会話を続けているうちに、階段を上る規則的な足音と少し慌てたような男性の声が聞こえてきた。
その声を聞いた美穂がそわそわし始める。
さて、美穂の腕を見て彼は一体どんな反応を見せてくれるだろう。
ちひろはその反応を特等席で見られる事の幸運に感謝しながら開かれたドアに向かって声をかけた。
「おはようございますプロデューサーさん。美穂ちゃんはもう来てますよ」
- 15 :
- 以上投下終了。劇中で美穂がつけてるのはカシオ、GショックのGW-3000Bのつもり。
可愛い女の子がゴツい腕時計つけてるってのも良くない? というただそれだけの話でした。
それではこれにて失礼。
- 16 :
- >>15
GJ。
服装の描写の流れがいいですね。
確かにかわいい子にゴツい時計ってのはファッションとしてはアリだと思うけど、
それだとせめて色が白とかのベビーGに行くよなとか思ったり。
黒い、ノーマルのGショックってところが「にやり」ときますね。
- 17 :
- あーテステス。軽いネタ投下します。シンデレラガールズの和久井さん中心。
- 18 :
- 事務所に顔を出したら、アイドルの一人とプロデューサーが鬼ごっこをしていた。
もっとも、普通の鬼ごっこならば
「やろう、ぶっ殺してやる!!」
なんて台詞は中々出てはこないだろうが。
「おはよう。で、一体あれは何の騒ぎ?」
「あ、おはようございます和久井さん。いつもの通りプロデューサーさんが向井さんにパイタッチしただけなんですけどね」
「飽きないわねあの二人も。一々必死になって反応を返すから面白がって手を出される事をいい加減学習してもよさそうなものだけど」
「いやあでも向井さんのあのバストは女の私でもちょっと触ってみたくなる何かがありますよ」
そう会話を続ける二人の横ではまだ追いかけっこが続いている。
とはいえ今までの事を思い返せばそろそろ
「破壊力ぅー!」
の声と共に渾身の右ストレートを炸裂させる事だろう。
そこまでされると後々面倒なので(プロデューサーの蘇生とか)程々の所で止めるべく動き出す。
狭い事務所の中をどたばた走り回るプロデューサーの前に立ち、
「おはようございます和久井さ」という挨拶も聞かずに天井ギリギリまで放り投げ、
背中を下に落下してきた所を両肩でキャッチして首、背、腰を極める。
これぞ某軍隊直伝スーパーアルゼンチンバックブリーカーである。
もちろん地面に叩きつけた後エルボーを決めるのも忘れない。
「楽しい追いかけっこもいいけど、程々にしておきなさいね」
「あースンマセンでした……ところでソレはドコで覚えたんすか?」
「秘書なんてやってるとね、セクハラに対抗する手段も色々覚えるのよ」
- 19 :
- 事務所に顔を出したら、同年代のアイドルの一人である木場真奈美がなにやら難しい顔をしていた。
普段は不敵な笑顔が多い彼女にしてはこの表情は珍しい。
「おはよう。どうしたのそんな難しい顔をして」
「ああ留美か、おはよう。今度撮影に使うから慣れておけとスタッフからコレを渡されたんだが……」
そう言って手元の銃を持ち上げるが、その眉は訝しげに潜められている。
「こいつをどう思う?」
そう言って渡された銃を一瞥して受け取る。少し手の中で弄んでいたがふと何かに気づいたようで
マガジンを外し、スライドを引いて薬室に残っていた弾丸を取り出す。
そうして取り出した弾丸を観察して、
「銃自体はモデルガンだけど、少し弄れば普通に撃てるようになってるわね。で、弾は本物」
と結論付けた。
「やっぱりそうか……」
「貴方なら向こうで見たことあるんじゃないの?」
「いくら向こうに居たからといってそうホイホイ見られる訳が無いだろう。無いとは言わないが片手で数えられる程度だよ」
此処は法治国家日本である。持っているだけでも違法であり、
然るべき所に届け出るだけでもかなり面倒な事になるのは想像に難くない。
「さてこれをどうしたものかな……」
解決策も思い浮かばずに頭を抱えていると意外な所から救いの手が差し伸べられた。
「昔の知り合いにこのテの事に詳しい人が居るから聞いてみましょうか?」
「そうしてもらえると助かる。どうしていいかわからなくて途方にくれてたんだ」
物が物だけに会話を聞かれたくはないのか、隅の方に移動して懐から携帯を取り出しアドレス帳から目的の番号を呼び出す。
「携帯取り出しポパピプペと……繋がれば良いけど」
どうやら目的の相手には繋がったようで話し声が聞こえてくる。
「どうも和久井と申します。…ええ、お久しぶりですねオールドギース……」
しばらく何事か話していたようだが断片的に聞こえてくる会話からは想像しようが無かった。
やがて話はついたのかこちらへ向かってくる。
「話はついたわ。これから橿原さんという人の使いがくるからその人に渡してちょうだい。後は向こうがうまくやってくれるから」
「ありがとう。しかしいろんな人と知り合いなんだな君は」
「秘書なんてやってると色々知り合いは増えるものよ」
- 20 :
- 事務所に顔を出したら、お手伝いの人が受話器を手にして困っていた。
「おはよう。いったいどうしたの?」
「おはようございます和久井さん。どうも間違い電話らしいんですけど海外の方らしくて話が通じないんです」
「英語なら貴方も出来ると思ったけど」
「私だって簡単な英語くらいならできますけど、どうも英語じゃないみたいなんです。というかヨーロッパ圏じゃないかも」
それは確かに難題かもしれない。ジェスチャで代わるように指示してとりえず受話器に向かって呼びかけてみる。
「hello?」
そうして聞こえてきた相手の言葉に耳を傾ける。幸運なことにその言語には聞き覚えがあった。確かにこの言語は普通の人にはわからないだろう。
記憶の中から言葉を掘り返してなんとか間違い電話である旨を伝えると
ようやく相手は納得したのか謝罪の言葉を言いながら電話を切ってくれた。
「凄いですね和久井さん」
「秘書なんてやってるといろんな言葉も覚えなきゃいけなくてね」
「ところで今のってどこの言葉なんですか?」
「ナメック語よ。久しぶりだから思い出すのに時間がかかったわ」
- 21 :
- 事務所に行ったら、車関係のイベントにコンパニオンとして参加したアイドルを迎えに行くよう頼まれた。
久しぶりにMT車を運転する。やはりATよりこっちの方が楽しい。
イベント会場の出口で目的の人物を探す。
丁度良く会場を出てきたばかりの姿を見つけてクラクションを軽く鳴らしこちらの存在を伝えると、
助手席にアイドルの原田美世が滑り込んでくる。
「あれ? 和久井さん?」
「連絡、行ってなかったかしら。プロデューサーが別件で動けないから私が迎えに来たの」
「ごめんなさい。着替えに忙しくて」
「まあいいわ。出るわよ」
走り始めてしばらくは順調に走っていたが、少し声のトーンを落として運転席から声がかけられる。
「ごめんなさい。頭動かさないでミラーで確認して欲しいんだけど、後ろの車、運転手とかに見覚えある?」
「……いえ、ありませんけど……もしかして尾けられてるんですか?」
「会場出てからずっとだからそう考えるのが自然でしょうね。
逆に考えればこういうのが付くぐらい有名になったとも言えるけど、面倒だから振り切るわ。シートベルトして頂戴」
「え? シートベルトはもうしてますけど」
「そっちじゃないわ。四点式の方」
「は? え?」
「少し揺れるけど我慢して頂戴」
「いやちょっと待っ」
ギアを落とした車はその声を最後まで聞かずして甲高いスキール音を響かせながら急加速する。
それからの後ろの車を振り切るまでの僅かな時間は、遊園地の絶叫マシンなど比べ物にならない程の衝撃だった。
助手席に座る美世は果たして気づいただろうか。運転中タコメータの針がパワーバンドから動かなかった事に。
そして数十分後。
「はい到着」
何も無かったかのように涼しい顔をして運転手は告げる。
「疲れてるところ悪いんだけど1つ頼み事いいかしら」
「なんでしょうか……」
「もうちょっとサス硬く出来ないかしら」
「小さい子も乗るんです。私はしませんからね」
「そう。残念だわ」
言葉とは裏腹にその呟きにはさして落胆した様子は見受けられない。
「それにしても、一体どこでこんな運転覚えたんですか」
「秘書なんてやってると車の運転もしなきゃいけなくてね」
- 22 :
- 以上投下終了。
最初に1レス1話の連作短編って言うの忘れてましたすいません。
変なキャラ付けして和久井さんファンの皆様すいません。
>>11 言われるまであしたのシジョーの語呂の良さに気づかなかった……不覚。
>>16 いや「にやり」としてもらえてよかったです。ちょっと限定過ぎかなと不安だったので。
ちなみに私はMTG-1500BとG-7700を使っております。
- 23 :
- あら、日付跨いでたからID変わってた。
いちおー本人証明。ついでにage。
- 24 :
- >>23
乙。
……和久井さん。それ、秘書ってよりSPの行動です。
しかし、コレでなぞが解けた気が。
なんで失職したか判らなかったけど、
きっと警護対象の社長に「何、おばさん」とつい言ってしまったんだなと納得。
あと、自分の好みで言うと、たまにセリフが誰の物か判りにくい所があるのが気になります。
具体的には以下の2つ。
>「おはよう。で、一体あれは何の騒ぎ?」
>「あ、おはようございます和久井さん。いつもの通りプロデューサーさんが向井さんにパイタッチしただけなんですけどね」
>「さてこれをどうしたものかな……」
>解決策も思い浮かばずに頭を抱えていると意外な所から救いの手が差し伸べられた。
前者は別に誰でも良かったかもしれませんが、事務所スタッフなのか、名前が出て無い他のアイドルなのか、
そこら辺がイメージ出来なかったんで初見の時にちょいと躓きました。
後者の方は何度か読み返せば木場さんのセリフだと判りますけど、ここも初見じゃ躓きました。
あと、アイマスCGのメンツはプレイでちゃんと育ててないとなかなかイメージ湧きませんね。
まだ、手元に来た事無いキャラだと、有名キャラでもかなり印象薄い(^ ^;;。
- 25 :
- >>23
今回も乙でしたー。
超必の〆の掛け声は「ゎくわーくスパーク!」っていっちゃうんですか、わかりません!
とりあえずあれだ、レオナかバイスのコスプ…じゃなくて次の仕事の衣装について
どっちがいいかちょっと和久井さんに聞いてくる!
あと>>24さんと似た内容になってしまいますが、
地の文章が和久井さん視点と第三者視点が混ざっているように
感じる部分が少しだけあり、そこでちょっと流れが止まってしまうのが気になりました。
色々と書いちゃいましたけど、個人的には
ジーザスネタもあって嬉しかったですw
次作も楽しみにしてます。
- 26 :
- ごぶさたさまでございます。あらためて新スレおめ。
一本書きあがりましたので投下しにまいりました。
美希で『金色のHEARTACHE』、本文4レスお借りします。
はじまりはじまり〜。
- 27 :
- 同級生の星井が……星井美希が髪を切ってきたときのクラスの動揺といったら、
並大抵のものではなかった。
その朝、星井のいつもと同じ「おっはよーなの」という声に返されたのは
おおよそひとクラス分の「ええええっ!?」というどよめきだった。おおよそ、
と言ったのは、僕を含めてひと声も出せなかった奴らがいたからだ。
いつもと同じに始業ギリギリでやってきたので彼女に質問をする時間はまったく
なく、10秒後に始業のチャイムと一緒にホームルームを始めようと入ってきた
担任が一瞬の絶句のあと、「おぉ、すっきりしたな、星井」と言い、「えへへ
先生、似合う?」と答えたのが唯一のプライベートトークだった。ホームルームの
あとの休み時間はもちろん女子による囲み取材で、星井の左斜め後ろの席にいる
僕は気弱でバカ正直な自分の習慣にこっそり感謝しつつ、次の現国の予習を
するフリをしながら星井の声に耳を大きくしていた。
──美希、いったいどうしたの?その髪!
──うん、ちょっとイメチェン。どうかな。
──かわいいよ、すっごく!……でも、ほんとにそれだけ?
──なんで?
──ほら、美希こないだも休んでたじゃん。まさか、失恋、とか?
──きゃははは!ないない、ないよぉ!
星井の声はいつものように光り輝くみたいに明るくて、本人が言ってるとおり
漫画やドラマで見たみたいな『失恋して髪を切った』とかじゃないのは本当
だろうと思えた。この日の星井は一日中女子に囲まれていて、僕だけじゃなく
男子は一人として彼女とまともに話すチャンスをもらえなかった。
星井美希は、今やもう結構有名なアイドル歌手だ。春にデビューしてから
ずっと同期のアイドルたちから頭ひとつ抜き出していて、歌やドラマやCMで
たくさんのファンを集めた。僕やクラスメートたちは言うに及ばずってやつで
みんな我先にファンクラブに入ったし、夏休みのコンサートにはでかい旗を
クラスで作って会場に行った。星井はどんどん有名になっていってもちゃんと
学校に来ていたし(中学は義務教育だから、さすがのアイドルも授業には出な
ければならないのだそうだ)、授業中はいつも眠そうで先生たちも容赦なく
チョークを投げたりしていて、教室にいるときの星井はアイドルになる前の
星井と全然変わらなかった。
それが、その星井が、急に変わった。
いつもなら授業中はもちろん休み時間だって眠そうで、昼休みの半分は目を
閉じている奴だったのに、今日は仲良しの何人かとどこかへ遊びに行った。その
授業にしたって自分から手を挙げて、黒板の前で問題を解いたりしていた。もともと
テストの点も悪くない星井が、鉛筆ころがし以外でも勉強ができると証明した
形になったわけだ。
5時間目の英語は出席番号順で星井が教科書を朗読する番で、2ページびっしり
書いてある英語詩を見事に読みこなして先生に誉められ、実は来月から始まる
舞台のセリフにここんとこが丸々あるの、みんなもせんせーも観に来てねっ、と
ちゃっかり宣伝までしてのけた。
授業が終わると一緒に帰ろうと誘う友達を断って、図書室で調べたいことが
あるからと一人で意気揚々と教室を出て行った。
- 28 :
- ──どうしたんだろ、美希。すっごいジュージツしてる感じ。
──でも、あそこまで変わるとちょっとリカイシガタイーって思うけど。
──うーん。実はほんとに失恋だったり?
──この前なんとかいう人と雑誌載ってたよね、アレ?それで仕事に打ち込んでるの?
──えー美希かわいそー。
口々に勝手なことを言いながら帰ってゆく女子を見送り、僕はため息をついて
立ち上がった。その雑誌に載ってたのは同じ事務所の、しかも同じ女の子のアイドルだ。
話題の中心人物がいなくなってぱらぱらと人の減ってゆく教室を出て、僕は
屋上に向かった。コミュニケーションホールが新校舎にできてからは、屋上は
ほぼ僕の独占地帯になっていた。
カバンから読みかけの本を出して、いつもの段差に腰を下ろした。読書という
より、星井のことを考えたかった。
本を開くことさえせず、ぼんやりと宙を見上げてため息をついた。
「はあ」
「あふぅ」
「えっ」
すると、それに応えるみたいに声が聞こえた。驚いてあたりを見回すと……。
「星井?」
「アタリなの」
貯水タンクの隣の管理小屋、その屋根の上から彼女が顔を出していた。
「え、なにしてんだよ。図書室行くってさっき」
「えへー。ウソでしたー」
「なんだよそれ」
こっち来なよ、と誘われて、裏のはしごを使った。屋上のそのまた屋上で
腹ばいに寝そべる星井は靴と靴下を脱いでいて、制服のスカートから伸びる
素足にどきりとした。
「他にここに来る奴なんていないって思ってたから、びっくりした」
「ミキもー。知らない子だったら黙って寝てよって思ったんだけどね。なに
してたの?」
「時間つぶし。親が帰るまで1時間くらい暇なんだ」
もともと人混みは得意じゃないし、友達と遊ぶには半端な時間ができた時は
ここか図書室で本を読んでいるんだ、と説明した。
「あれ、ミキが図書室行くって言ったから、みんな来ちゃって混んでるって
思った?ごめんね」
「いや、まあ天気よかったしこっちに来るつもりだったけど。それより星井は、
いいの?」
「いいもなにも、まいて逃げて来たんだもん」
「ええ?」
「もー、みんな取材攻勢キビしすぎるよー。雑誌の人とかよりスルドく突っ込んで
くるしさ」
図書室うんぬんは口実で、教室を出たあと猛ダッシュで後続の友達をぶっちぎり、
ここまで逃げたのだそうだ。レッスンより疲れたよーお腹すいたよー、文句を言う
星井に苦笑しながら、ふと思い立ってポケットを探った。
「のど飴あった。食べる?」
「スースーするやつ?」
「しないやつだけど、ライム味だからちょっとすっぱいかも」
「食べる。ありがと」
- 29 :
- くるりと包み紙をむいて、ぱくりと口に投げ込んで、にこりと僕に笑う顔。
いや、飴に、かな。
「星井は、人気者だからさ」
「ん?」
「みんな、星井のこと興味あって、その星井が急にイメチェンして、しかも
授業とかでもいつもと全然ちがってさ。だからどうしたのかって思って追いかける
んだよ」
「えへへ、ミキ、前と変わった?変わって見えた?」
僕の言葉のどこかが気に入ったみたいで、嬉しそうにそう聞き返してきた。だって
今日は一度も寝なかったじゃん、と言ったらますます笑い顔が大きくなる。
「でもねー、ミキ一日で疲れちゃった」
その笑顔を急降下させてそう続ける。
「今までラクして生きてきたけど、やっぱり急に変わるのは大変なの」
「変わる……?」
「ほら、ミキいまアイドルしてるでしょ。やっぱ、どうせやるならイチバンって
思ったんだ」
星井は芸能人になってから、いろいろなRがあったと言った。そのRを
大切にするには、アイドルとしての成功で恩返しするのがいいと考えたのだそうだ。
「週末に『今から変わる』って宣言して昨日カミ切ってきて、アイドルも学校もチョー
頑張ろうって決めて。えっとね、頑張るのは楽しいし全然いいんだよ、でもね」
「今日みたいに、友達とか?」
「んー……うん。そかな」
ホントはそれもカンシャしなきゃなんだけどね、と、いたずらがばれたみたいな
顔で笑う。
その笑顔を見ていたらたまらなくなり、つい言っていた。
「……変わらなくたって、いいのに」
「え?」
「……僕はさ」
僕は星井に、へとへとになるようなファンサービスをして欲しいわけじゃなかった。
「今の席になってから、星井の斜め後ろから、星井を見てるのが楽しかった。いつも
授業中でも堂々と寝てて、それでもテストでは僕よりいい点取る星井がすごいなって
ずっと思ってた」
相当ユルい学校で髪の色変えてる奴はいっぱいいたけど、星井くらい気合いの
入った金髪はさすがにいなかった。もちろん当初は先生たちの目の敵で、特に
担任や生徒指導は星井がなにかしでかすに違いないっていう目をしていたのが
許せなかった。
「体育の授業だって平均よりよっぽどいい成績だし、それでもお高くとまったり
しないでみんなと楽しくふざけてる星井のこと、すごいって思ってた」
アイドルになるって決まったときもお父さんお母さんと、担当の事務所の人が
みんなで学校に来て、かなり長い時間先生たちと話していた。
「その上、アイドルだなんて。星井は、もう充分頑張ってるじゃないか。だから
これ以上変わるなんて、必要ないって思うんだ」
自分の選んだ道とは言え、辛い苦しい思いまでして、必死になる彼女を見るのは
耐えられなかった。
僕はただ、好きなことをやって楽しそうにしている星井を見ていたかったのだ。
そこまで一気にしゃべって、息をついだ。
- 30 :
- 「ふうん」
星井は黙って聞いていてくれて、そのあと僕に向き直って、目を弓なりに細めた。
「ありがと。ミキね、そう言ってくれて嬉しいな。でも」
……『でも』。
「でもミキね、見たいって思っちゃったんだ。アイドルのトップってどんな
なのかな、って」
星井は、どんどん有名なアイドルになってきている。歌やドラマでテレビに
も出ているし、この前はなんとかいう賞を受賞していた。
でももちろん、まだまだ上がいる。
「プロデューサーとね、いっぱい話し合ったんだ。ミキならできるって言って
くれたし、プロデューサーもそこまで連れて行ってくれるって約束してくれたの」
「プロデューサー……デビューするとき学校に来た人?」
「うん。だからね」
その、プロデューサーの顔を思い浮かべているのだろう、星井のその顔はとても
楽しそうで、とても嬉しそうで。
「だからミキね、もっともっと頑張りたいなって思うんだ」
とても、とても幸せそうだった。
「そうなんだ……ああ、そうか」
そうか。本当に、失恋じゃなかったんだ。
「そうなら、さ。そうなら僕は星井のこと、応援するよ。星井がいつの日にか、
トップアイドルになれるように」
僕は、その笑顔に負けないくらい明るい笑顔を浮かべ、そんな風に星井を励ました。
「えへへ、ありがとなのっ」
星井は嬉しそうに笑って、そろそろ事務所行くね、と言った。収録?と聞くと、
今晩の生放送で新曲を発表するのだと答えて、サビのところを聞かせてくれた。
「……あのさ」
「ん、なに?」
素足のままで靴を履いて、靴下はどうするのかと思ったら鞄に突っ込んで、
屋上から降りようとする星井に声をかけた。
「あの……今の歌、CD出たら買うよ。タイトル、なんていうの?」
「まいどありー、なのっ。『思い出をありがとう』だよ」
元気に降りてゆく星井に手を振って、僕はまた屋上に腰を下ろした。星井が
振り返らないでよかった、と思いながらポケットをまさぐり、ハンカチを取り出した。
ぼんやり下を見ていたら、茶色いショートカットが校門へまっしぐらに
駆けて行くのが見えた。少し離れた路上に車が停まっていて、星井の顔は
そちらを向いていて。それ以上は視界がぼやけてよくわからなくなり、手探りで
ハンカチを丁寧に折りたたんだ。
記憶の中の長い金色の髪を思い出しながら、僕はハンカチを目に押し当てた。
おわり
- 31 :
- 以上です。ご笑覧いただければ幸いにて。
>メグレスP
大活躍ですね、楽しい話山盛りでありがとうございます。読めばのめり込めるんですが
シンデレラガールズは声が当たってようやく妄想開始、的なスタンスから踏み出せずに
おります。
メグレスPやら各所の書き手さん、絵師さん方による補完ストーリーを読んでじわじわと
勉強のただ中、いずれは彼女らでもなんか考えたいもんです。
ではまた。
- 32 :
- みなさんご機嫌うるわしゅう。レシPでございます。
楓さんに対する亭主持ち子持ち妄想の呪縛から最近解き放たれましたので、
普通の恋愛もの考えました。
誕生日ネタを誕生日当日に思いつく悪い癖のためいっつも遅刻orz
楓さんで『メイプル・フレーバー』、本文4レスお借りします。
連投ですいません。
- 33 :
- 事務所の給茶室、安いテーブルの上に置かれた細長い瓶。持ち主の
気持ちを無視できるのなら、このような場所には瓶も中身も似つかわしくない、
危険なものだとはっきり言える。
だが俺は、そんな第一印象と無縁の賞賛を口にした。
「へえ、これは綺麗だ。初めて見ましたよ」
「日本では販売代理店も少ないそうなんです。最近は通販もありますけど」
「これでウイスキーですか。瓶の形だけ見ていたら、メイプルシロップか蜂蜜
だと思い込みそうだ」
「私も時々そう思います」
そう、これは酒だ。
テーブルの向こう側でそう微笑む彼女、高垣楓はこの酒の持ち主であり、
俺の担当タレントの一人である。
同世代でありながら俺よりはるかに大人びて見える彼女に、俺は初対面の
時からずっと敬語で接していた。
「しかし、いいんですか。楓さんにとっても貴重ものなのでは?」
「いいんです。今日は特別ですから」
90cm角のテーブルの向こう側で、楓さんは楽しそうに微笑んだ。
「まあ、いいバトルだった……と言ったら頑張ってくれたみんなに悪いですが、
正直そう思いました」
「まさにこの瓶は、いいバトルだった記念のボトルというわけです」
「さほどかかってません、楓さん」
親交の深い事務所とライブバトルを行なった。営業的にも双方に満足のいく
成果だったし、我が事務所にとっては勝利を収めたことがさらに喜びを重ねて
くれる。
さっきまでのライバルたちと意気投合し、カラオケで打ち上げだとはしゃぐ
年少組を現地解散させて、一人で事務所に戻ろうとしたところで彼女に呼び止め
られた。こっそり祝勝会、しませんか?と。
「特別と言うのは、今日という記念日に勝てたからですか?」
そうたずねてみると、おやという表情をする。
「誕生日ですよね。おめでとうございます」
「あら。プロデューサーって、なんでもお見通しなんですね」
「いやいや、アイドルのプロフィールくらいは押さえてますよ、いくらなんでも」
まだまだ駆け出しのプロデューサーとしては大したこともできず、精一杯奮発
したスカーフを差し出した。ラッピングを開け、笑顔をほころばせながら食器棚へ
向かい、ショットグラス代わりにと小ぶりのコップを二つ取り出す。
「ありがとうございます。でもこの年齢だともうあまり嬉しくないです」
「いくつになっても記念日は記念日ですよ」
「このウイスキーもいちばん初めは、二十歳の誕生日にいただいたんです。『カエデ』
つながりだ、って」
カナダで作られているというメイプルウイスキー。よく見るダルマ型ではなく
細身のストレート瓶で、中の琥珀色もかなり淡い。
「今年が5本目ですか?」
「お上手ですね」
封を切り、グラスに細く注ぎ入れる様はまさに蜂蜜のようだ。二つのグラスに
酒を満たし、その片方をこちらへ滑らせる。どちらからともなく杯を持ち上げ、
かちりと鳴らした。
「……甘い」
「おいしいでしょう?」
この酒は、日本の法律では厳密にはウイスキーには当たらない。フレーバーで
味付けされているため、カクテルの色味づけや製菓材料と同列なのだ。まあ
なるほど、女性好みの飲み口であると言えよう。
- 34 :
- 「牛Rで割ってもいいんですよ」
「カルーアみたいなもんですか。しかしこの口当たりは危険だな、飲みすぎて
しまいそうだ」
「普通のウイスキーほどではないですけど、30度ありますからね」
「……まるで、楓さんのようですね」
「?」
小首をかしげてこちらを見つめる瞳に、幾分減ったボトルを掲げた。
「透き通るようなおもかげに、甘くすべらかな口当たり。しかして深く味わえば、
夜明けとともに大いなる悔やみを抱いて目を覚ます」
まるで口説いているようだ、と自分でも思ったが、徹夜がちの脳味噌に糖分
多めのアルコールが悪さをしたに違いない。何を言い始めたか、という表情で
こちらを見つめていた顔が、不意に真っ赤になった。
「……え」
「ああ、しまった」
長風呂でものぼせない、と豪語していた白い肌に朱を注した失策を悔いた。
これは、ちょっとやりすぎだろう。
「いけない、久しぶりのいい酒で舌が回りすぎました」
「ぷ、プロデューサー……」
「気に障りましたか?ですよね、すみません。まったく、俺ときたらつい
調子に――」
「あの」
「――はい?」
「あの」
彼女はテーブルの向こう側で、小さなグラスを抱きしめるようにしてこちらを
上目遣いで見つめている。その赤い唇が動くのが判ったが、声が小さくて
よくわからない。
「どうしました」
「い、今の、って」
「今の?」
「私を」
そこまで聞き取り、埒が明かないと判断した。テーブルを回って近づき、
あらためて謝罪しようと顔を近づけた、……その時。
「んっ」
「んむ?」
両肩に手を回された。力をかけられ、彼女の体がぐっと伸び上がるのを感じた。
次の瞬間、キス、されていた。
「か!楓さんっ?」
慌てて顔を引き、問いただそうとする。が、彼女の顔が俺に追いすがる。首を
強くかき抱かれ、たまらず腰を屈めた。
「楓さん?な、何を」
「我慢、できないです。そんなこと、言われたら」
「が……我慢?」
「言うまいと、決めていたのに」
胸元に顔をうずめた彼女は、か細い声でそう呟いた。甘いメイプルのフレーバー
に混じって、彼女の香りが鼻腔をくすぐった。
「プロデューサーは……プロデューサーですから、私たちみんなのプロデューサー
なのですから、私がこんな……っ」
「か……」
「こんなこと、思ってはいけないのに」
- 35 :
- 嗚咽をこらえてか、途切れ途切れになされる打ち明けは、確かに。
確かに、プロデューサーとタレントの関係では決して許されるべきでない
ものだった。
それでも、彼女はそれを……言ってはならない一言を口にしようとしている。
それがわかった時、俺はそれを止めねばならないのだと思った。
「プロデューサー……私は、あなたのことを」
「楓……さん」
「好――」
「いや、か、楓ッ!」
「――っ」
宙をかいていた両手を彼女の胴に回し、力いっぱい抱き締める。小さく吐息を
漏らし戸惑う表情を俺に向ける。その唇を……俺から、キスで塞いだ。
「ん……ん、んんっ」
「っむ……っ、う、ん」
彼女の可憐な桜花、ふたひらの唇をむさぼるように覆い、強く吸った。彼女が
言おうとした言葉を俺の肺に閉じ込められるものなら、そう念じながら彼女の
口を、舌を、息を封じ続けた。
そんな激情の中ぼんやりと、このままでは彼女が呼吸できないことに思い
当たり、そっと唇を離す。
「ん……は、ぁ、っ……はあ、っ、プ」
「楓」
「プロ……デューサー」
荒く吐息をつきながら、すこし潤んだ目を上げて、彼女が俺に問いかける。
「今、の」
「楓……俺は、楓が、好きだ」
女性から、タレントから、アイドルの身分で、彼女が誰かに恋を打ち明ける
ことは許されない。
しかし一介の芸能プロデューサーであれば。
「いつの間にだったか、楓のことをタレントとして見ていられなくなっていた。
ファンに笑顔や、握手をふるまう姿に嫉妬していた」
バラエティ番組や写真集での水着姿。スポーツイベントで弾ける肌の汗。仕事
とは言え、いや、仕事であってさえファン全員に本心からの感謝をささげる彼女を、
俺はいつの間にか独り占めしたい欲求に駆られていた。
「今まで、必死でそれを押し殺して仕事をしていたが……もう耐えられなかった」
「プロデューサー」
「すまない。俺はプロデューサー失格だ」
こんな場面ですら俺がしているのは自己弁護だ。彼女の不適切な言動を押し
とどめながら、それでも自分の保身をも図らずにはおれない。
彼女とともにいたい、そのためだけに。
「プロデューサー。プロデューサー」
俺に呼び掛ける声で我に返った。
「それでは、こうしましょう」
「え……」
す、と腕の中から身を抜いて、俺の手を両手でとって見つめてくる。長身の彼女と
あまり背の高くない俺、至近で並ぶとなんとか体裁が保てる程度の差しかない。
「私の言葉を遮ったのは、私がアイドルだからですか?」
「え?ええ、そうです」
「ありがとうございます。誰も見ていない場所でも心構えを忘れてはならない
ということですね」
- 36 :
- 「俺と違って、状況にかかわらず大勢に見つめられる立場です。安心できる場所で
あればなおさら、用心するチャンスですから」
「よくわかりました。明日から肝に命じますね」
「……明日」
明日から、と彼女が言い、見えなかった会話の着地点が見えた。
「ですから今日のうちだけは、私の想いを……いえ、あなたの想いを、遂げては
いただけませんか」
「楓……さん」
「プロデューサー」
とん、とその身を再び俺の胸に預け、目を閉じる。
「もう、呼び捨ててはくれないのですか?」
「……楓っ!」
俺はその細身の体を、力一杯抱き締めた。
たとえ翌朝消えてなくなる夢であっても、今このひとときだけは逃すまい、と。
****
翌日は別の事務所とのライブバトルを予定していた。現地集合となった会場前で、
昨日と同じスーツ姿の俺を皆がからかった。
「すみませんプロデューサー」
それをかばったのが、彼女だ。
「私を励ましてくれて、プロデューサーだけ終電を逃しちゃったんですよね。
だから、みんなも笑わないであげて?」
「い、いやまあ、そのまま仕事してたもんで。ちゃんと中は変えてるから大丈夫
ですよ、楓さん」
「あっ、昨日の約束!」
どきっ、とする。
「私のことオバサン扱いしないって約束しましたよね?プロデューサー」
なにごとなのだと興味津々の少女たちに、立て板に水で説明する。
「みんなのことは呼び捨てなのに、私だけさん付けなのはプロデューサーにも
遠慮があるからだ、って言ったじゃありませんか」
……と、いう約束をしたのだ。今日からまたアイドルとプロデューサーに戻る
について、彼女からのひとつだけのおねだりだった。
「あ、ああ、そうでした」
「ほらまた!みんなと同じように私にも敬語は禁止です。ちゃんとリーダーシップを
とってくれないと」
ゆっくり俺に指を差し、片目をつぶった。
「めっ、ですよ」
「……わ、わかったよ……か、楓」
きゃあっ、とアイドルたちのはしゃぎ声が大きくなる中、思った。翌朝俺に
もたらされたものが後悔でこそなかったが、……。
あのメイプルの香りは、やはり危険なものだったのだ、と。
おわり
- 37 :
- 以上です。初デレラ、元ネタ少ないだけにキャラ固めるの難しい。
メイプルウイスキーっての見つけたらネタが降りてきたって感じです。
朝チュンについては全年齢対象ですしこんなもんってとこでムニャムニャ
ではまた。
- 38 :
- はじめまして。こういう場もあることを最近知ったので、枯れ木も山の賑わいになればと
いうことで、一作投下させていただきます。
本分2レス、お借りします。
千早のSS タイトルは「未来の足跡」です。
- 39 :
- 私が知っている世界は、本当にこんな形をしていたのだろうか。雪の降る空を見上
げながら、そんな柄にもないことを考えている。地面には新雪が積もっていた。人気
はなく、そして、その新雪の上には、足跡はひとつしか残っていない。ここまで歩い
てきた、私の足跡だった。ライブが終わった後買い物に行こうと言った春香と美希と、
それからプロデューサーに、それを断ったことへの不審さを感じ取られてはいなかっ
ただろうか。そんなことばかり気にしている私は、きっと、意固地か、あるいは頭が
悪いのだろう。
不審さから、感づかれるのが、怖い。
感づかれて、舞台を降ろされてしまうのは、もっと怖い。
公園のベンチに積もった雪を、手袋をした手でそっと払った。そこに腰を下ろすと、
凍りつくような冷たさがお尻から這い上がってきて、そして、すぐに気にならなくな
っていった。その間私は自分が雪の上に残してきた足跡をじっと眺めていた。私が通
った後には、私の足跡が残る。雪の上にだって、足跡は残すことができる。
けれど、その足跡だって、どこまで続くのかは、わからない。
次のライブも、がんばろう――。
私は右の手袋を外して、喉に触れる。
そんな意図なんてまったくない言葉ほど、鋭く胸を突き刺す言葉はない。
はあ、と吐いた息は白い。だんだんと、どうやって他人と会話していたのかよくわ
からなくなっていく。ずきり、と頭に疼痛が残る。その頭を軽く振ると、髪にしがみ
付いていた雪がふわりと散った。
寒さなんて。
雪なんて。
緩やかに落ちてくる雪は、辺り全部を灰色に濁らせていく。時折その役目を思い出
してはすぐ忘れるようにして吹いている風は、舞い落ちた新雪の、その中でもさらに
表面に積もったものを薙ぎ払うように攫っていた。
- 40 :
- 眠れなくて、叫びだしたくなって、膝を抱えたままただ朝を待つ間に考えるような
ことを、私は今考えている。朝を待つ時間は長い。考える時間だけは嫌になるほどあっ
た。
作品とは。
結局のところ、作品とは二つに分けられるのだ。利己的な救済を保障する息工と、
何かを遺す機構。その二つ。
遺す。
物語は、楽曲だって、絵画だって、みんなみんな、そんな叫びを持っている。想い
を詰め込み時には構造化して普遍化して、そして、誰もが受け取れる、誰もがたどり
着ける場所へ導こうとしている。学問だって、結局はそうなのだろう。
大切な想いを、たくさんの人に伝えたくて。
そのために、自分を削り、あらゆるものを犠牲にすることを厭わずに。
どんな作品だって、そんな声を発している。そんなことに、こうなるまで私は気づ
いていなかったのだ。もっと歌えたらいいのに。もっと上手く、強く、歌うことがで
きたらいいのに。もっともっと、たくさんの曲にRたいのに。
そう、思う。
本当に、心から、そう思う。
そう思う時間だけは、無限と思えるくらいにある。
喉を押す。指先に拍動を感じる。それが失われてしまうものであることを、感じて
いる。
コートのポケットの中で、携帯電話が震えた。取り出してみると、メールの着信だ
った。差出人は春香。千早ちゃん抜きなの申し訳ないからそろそろ戻るね、いろいろ
食べ物買ったからみんなで食べよう。私はそのメールを読んで、ひとつ息を吐くと、
立ち上がった。ホテルに戻らなければならない。そうやって歩き出そうとしたときに、
目の前には自分が来るときにつけてきた足跡があった。ほんの軽い思いつきで、私は、
その足跡の上に自分の足を重ねた。ブーツのつま先とかかとの幅の違いで、そのまま
ぴったりと収まらずに、微妙にずれてしまう。二歩目はつま先を浮かせて、かかとだ
けをすでについている足跡に重ねた。そうしたら、元の足跡が崩れずにきれいに残った。
そうやって何歩か歩いてから振り返ると、雪の上にはひとつの足跡だけが残った。そ
のことにどこかで満足して、私はそのままそれを繰り返して公園の入り口まで歩いた。
私は今、痕跡を消しながら前に歩いている。何かをここに遺そうとしている。この足跡を
見た人はどう思うだろうか。そんなことを考えた。ここを通りかかった誰か。その
中の何人かは、帰る足跡がないことに気づいてくれるだろうか。ベンチまで歩いてい
った誰かがそれっきりどうしたのか、不思議に思ってくれたりすることもあるだろうか。
そうだったら、いいのに。
私は、私のそんなささやかなたくらみに、少しだけ唇の両端を上げた。
そうして、ゆっくりと、春香たちが帰ってくるホテルに向かって歩き始めた。
- 41 :
- コピペミスでずれてる……申し訳ありませんでした……
- 42 :
- >>41
GJ
いたずらっ子ちーちゃんかわいい
千早は放っておくと勝手にスパイラルダウンしそうで怖いけれど、
春香がいるとそれをまた勝手に補正してくれますね
よろしゅうございました
- 43 :
- 久々の投稿です。去年のクリスマスSSを読んで下さった方、
感想の書き込みをして下さった方に感謝いたします。ありがとうございました。
依然として1とかSPとかそのあたりの設定のままです。4分割になります。
- 44 :
- open face
水瀬伊織は怒ったような表情で、となりに座っているプロデューサーの顔をじっと
見つめていた。
「どうした?」プロデューサーが訊く。
「リラックスしなさい」
「は?」彼はなんのことやら、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「いいから、リラックスしなさいってば」
「リラックスねえ…こうか?」プロデューサーは不思議そうな顔をしながらも、伊織の
要求に応えるべく、座っていたソファの上で、体重を背もたれにかけ、伸びをするような
格好で足をテーブルの下へ投げ出した。伊織は彼の顔をじっと見ていたが、
「リラックスしてないじゃない」と不満げに言った。プロデューサーはよいしょ、と
体を起こした。
「なんだかよくわからないけど、時間があんまりないんだから、ちゃんと資料に目を
通してくれ」
ここは765プロダクションの応接室。これから伊織のスタジオ収録に出かけるため、
二人は打ち合わせの最中だ。あいにく会議室は使用中だったので、客のいない応接室で
資料を広げている。
伊織は、元の姿勢に戻ってしまったプロデューサーを険しい目つきでにらみつけたが、
彼はその視線に全く気づかない様子で、彼女にスタジオでの注意点を細かく説明している。
伊織は両ひじをひざに突き、背中を丸めて両手でほおづえをついた。手のひらで隠れている
彼女の口元は思い切り「へ」の字型をし、まゆはスキーの描くシュプールのように
曲がっている。普段なら彼に対して、弾丸のように文句の数々を言いかねないところだが、
彼女にしては珍しく、沈黙を守っている。
伊織はゆうべ、参考用にと渡されたテレビドラマの映像を事務所から持ち帰った。
内容はありきたりのラブストーリーだったが、伊織はいつもしているように、これが
自分とプロデューサーだったら、とドラマを見ながら考えていた。いったいそんなことを
考え始めるようになったのは、いつぐらいのことだったろうか。
ドラマや映画に出てくる恋人たちの会話を、「こういうところはアイツに似てるかも」
とか、「自分ならこんなこと絶対言わないわ」とか考えているうちに、画面の中の
俳優たちを自分とプロデューサーの姿に移し換える、そんな作業を彼女はもう幾度となく
行なってきた。
ゆうべも伊織は、自分とプロデューサーを、モニターの中の主人公たちに投影して
いたのだが、そのドラマの中で、恋人同士の会話シーンに、こんなのがあった。
『あなたって、いつでもマジメな顔しかしてないような気がする』とヒロインが言うと、
『そんなことないさ。自分の部屋でくつろいでいるときは、無防備な顔になってると思うよ』
『無防備?』
『うん、自分のお気に入りとか、大事なものばっかりに囲まれてると、すごくリラックス
できるしね』
『大事なものかあ…その中に私も入りたいな』
伊織はその「無防備な顔」というものにいたく興味を持った。思い起こしてみれば、もう
半年以上も一緒に仕事をしているというのに、プロデューサーのそんな「無防備な顔」
とやらにお目にかかったことは一度もない。自分が普段見ているプロデューサーの顔とは、
真剣に仕事をしている顔、バカみたいに笑っている顔、困ったようにこっちを見ている顔、
だいたいそんなものだ。
ゆうべのドラマを参考にするならば、「無防備な顔」というのは、自分の大事なものが
すぐそばにあって、心配事のない状態でなければできないものなのだろう。自分は
プロデューサーとしょっちゅう一緒にいる。一番多くの時間を過ごしていて、現在の
彼にとっては一番大事な存在のはずなのに、その無防備な顔を、今まで自分が見たことない
だなんて、どうしようもなくくやしくて腹立たしかった。まるで自分は別に大事じゃない、
とプロデューサーに言われているような気持ちだった。
- 45 :
- 今日は朝から打ち合わせということで、応接室に二人きり、じゃまはいない。自分と
二人きりで部屋にいる時にリラックスしたなら無防備な顔を見られるかと思って、いつもの
口数をがまんしているというのに、そのプロデューサーは、来客用の柔らかなソファに
もたれかかるということもせず、資料の束を手に、体を前方へ折りたたむようにして
仕事の話ばかりしている。この男はいったい、いつ、どこで、どんな状況なら無防備な顔に
なるのだろう?
『自分の部屋でくつろいでいるときは、無防備な顔になってると思うよ』
ドラマのセリフが頭の中にリフレインされた。
「そうだ、アンタの部屋よ!」伊織は目を輝かせて立ち上がった。
「は?」説明を中断され、プロデューサーはぽかんとした。
「アンタの部屋へ行くって言ったの。ほら、早く!」
「なんでオレの部屋へ?これから仕事って言ってるだろ?」
「仕事なんか後回しでいいわよ」
「そんなわけにいかないだろ。むこうでスタッフ待たせてるんだから」
時間がなくなってきたのか、プロデューサーは少しいらだちながら、さっきからしていた
説明を手短かにもう一度くり返すと、伊織を追い立てるようにして事務所を出た。
伊織は、プロデューサーが運転する車の助手席に座ったまま、しばらく無言のまま
腕組みをしていた。プロデューサーは、伊織の様子をうかがいながら話しかけた。
「急がせて悪かったな」
「ふん」伊織は顔をそむけた。
「なんかあったのか?」
「なんかってなによ」伊織は彼の顔を見ずに返事をする。
「おれの部屋見たいとか言い出すし」
伊織は無言だった。
「今日はこの仕事終わったら事務所に戻ってくるだけだから、少しくらいなら寄り道できるぞ」
「寄り道…」伊織は彼の方へ顔を向けた。
「何が楽しいのかよくわからないけどさ、おれの部屋見て気がまぎれるんなら別にいいぞ」
「ほんとに?」
「ああ」
伊織の表情がみるみる回復していく。
「じゃあ、仕事を早く終わらせるわよ!ほら、急いで!」
「はいはい」
ところが運悪く、スタジオでは時間が少々押し気味になり、終わったのは予定より1時間も
遅かった。もちろん伊織はとってもご機嫌ななめだ。
「まったく、なんであんなに時間かけなきゃいけないのよ」伊織は助手席のシートベルトを
締めながら言った。
「そういうなよ。みんながんばったんだからさ」
「そりゃそうかも知れないけど…」
「で、ホントにおれの部屋見たいのか?」
伊織は今日の最大目的はそれだと言わんばかりに、「もちろんよ」と答えた。どうしても
プロデューサーの「無防備な顔」というのを見てみたい。しかも自分だけがそばにいる
時に、だ。せっかちな彼女は、それを『いつか』見てみたいのではなく、『今』見たいのだ。
プロデューサーの運転する車は、午後の日差しを避けるように、しばらく日陰を選んで
走っていたが、やがてスピードをゆるめ始め、彼の住むアパートのすぐ隣にある、砂利の
敷かれた駐車場で停まった。
- 46 :
- プロデューサーは伊織の先に立って、アパートの階段をのぼっていく。伊織は
「エレベーターもないところによく住めるわね」とぶつぶついいながら、彼の後から
ついていった。プロデューサーは3階の一室の前で立ち止まり、ドアのカギを開けた。
「はい、どうぞ。きたないとこだけど」
「ほんとにきたないわね」
ふた間しかない部屋の中は雑然としていて、薄暗かった。プロデューサーはいつも自分が
使っているのだろう、部屋の真ん中に置いてある、少しすすけたアームチェアを伊織に勧め、
自分は毛布の積み重なったベッドに腰掛けた。
「どうだ、満足したか?」
「アンタはそこで寝てるのよね」
「ああ」プロデューサーはベッドの上であぐらをかいた。
「それじゃ、そこでくつろぐといいわ。私はここで見てるから」伊織は彼の方を向いて
ニヤリと笑い、腕組みをする。
「くつろぐ?」
「ええ、だって自分の部屋でしょ?」
「くつろげって言われてもなあ…これから事務所に帰ってまだ仕事あるし」
「明日にしなさいよ」
「そうもいかないよ」
言うことをきかないプロデューサーにじれてきたのか、伊織の口調が少し荒くなった。
「いいから、少しはゆったりしなさいよ!アンタが一番リラックスできる場所なんでしょ?」
「どうかなあ。最近は寝に帰ってくるだけの小屋みたいな感じになってるし」
伊織は眉を寄せ、彼の顔に射るような視線を浴びせた。この男は自分の部屋を
ビジネスホテルみたいに思ってるわけ?
「アンタは自分の部屋でゆっくりくつろいだりしないの?」
プロデューサーは時計をちらりと見てから、自嘲気味に笑った。
「夏休みとか、長いオフがあったらできるかも知れないけどさ。今の仕事を始めてからは
そんな余裕ないよ。帰る時には結構疲れてるし、そのままベッドにバタン、って感じだ。
最近じゃ土日も事務所詰めてるしな」
伊織のこめかみがぴくぴくと動く。どうも今すぐこの男の無防備な顔を見ることは
難しいらしい。結局、仕事に追われている限り、この男が自室でリラックスすることは
ないのかも知れない。それなら、いっそのこと、手を回して会社をクビに…。いや、それは
ダメ。へたをすると、事務所を辞めた後、二度と顔を見ることができなくなってしまうかも。
伊織はその想像に、少し背筋が冷たくなった。
「それじゃ、アンタがリラックスできるのはどこなのよ」
「…特にここ、ってのはないかなあ」
伊織はむむむ、と今にも爆発しそうになった。今朝からのがまんがもう限界近い。
「あ、風呂につかってる時は気持ちいいなあ、とは思うけど」
「お風呂?」伊織は目を丸くした。
「ああ、遅出の日の朝とか、ゆっくり風呂に入ってると結構ほっとするよな」
伊織は恨めしげにぼそぼそとつぶやいた。
「…お風呂じゃ一緒にいられないじゃない。…ぜ、絶対ってわけじゃないけど」
「ん、なんか言ったか?」
「言ってないわよ!」伊織は顔をそむけた。
「まあでも、そのうちひまができたら、どこかでゆっくり息抜きしたいなあ」
「どこかってどこよ」伊織は彼が『温泉』と言うのかと、内心はらはらした。
- 47 :
- 「そうだなあ…」彼は首をひねりながら考えていたが、急に明るい表情になり、
「ああ、前に大学の友達と郊外の自然公園へ行ったときは気持ちよかったなあ。
空がほんっとに晴れてて、あったかくて、それでいて木陰はひんやり涼しくてさ。
乾いた芝生の上でずーっと寝ころんでたなあ。うん、あそこならまた行きたいなあ」
「ふーん。…友達って、男?」
「ん?ああ、そうだけど?」
「…自然公園の芝生ね」伊織は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「さ、そろそろ戻ろうか」プロデューサーは腰を上げた。
プロデューサーと伊織はまた車に戻り、事務所へと向かった。伊織はまた無言のまま
助手席に座っている。しかし今度は朝とは違い、機嫌を損ねているのではなく、さっきの
話に出た、自然公園へプロデューサーと二人きりで行く方法を思案していたのだ。
「おい、重いぞ」
考え込んでいるうちに、知らずにプロデューサーの方へ体を近づけていた伊織は、
自分の頭が、彼の左腕にもたれかかっているのにようやく気づいた。
「うるさいわね。ちょっと考え事してるんだから、静かにしてなさいよ」
プロデューサーはやれやれと肩をすくめ、運転に集中した。伊織は目を閉じて、懸命に
考えている。
えーと、私の休みがこの日とこの日だから、コイツにもどっちかを無理やり
休ませておいて…そうそう、私がオフにはそこへ行ってみたい、って言えばいいのよね。
なんで、って言われたら…この前きいたから興味があって、ってことにすればいいわ。
私のいうことなら聞くはずだし。…でも、他の人間は一緒に行ったりしないように
きっちり言っておかないと。家にも行き先は内緒にしておいた方がいいわね。
オフじゃなくて仕事、って言っておけば完璧ね。
着ていくものは…この間買ってもらった白のワンピースなんかどうかしら。私の
そういう姿を見たら、きっとこの男もいっそうドキドキして…それじゃダメだわ。
落ち着かないと意味がないのよ。白いブラウスにロングスカートの方がいいかしら。
でも、その日が晴れじゃなかったら困るわね。ううん、私が出かける日なんだから、
晴れるに決まってるわ。うん、絶対そうよ。よし、これでオッケーだわ。
でも、どうして私がこんなに苦労しなくちゃいけないのよ、まったく。無防備な顔を
見たい、っていうだけなのに。私がそばにいる時は、いつでもああ、幸せだなあ、って
顔をしてたらいいじゃない。まったくニブいんだからもう…。
雲一つない青空の下、伊織は大きな木の下で、乾いた芝生の上にひざを崩して座っていた。
少し暑い日差しをさえぎる木陰のひんやりした空気が、薄手の半袖のブラウスから伸びる、
ほてった腕を心地よく冷ましていた。
彼女のひざの上には、芝生に寝転がったプロデューサーの頭が載っていた。プロデューサーは
伊織の顔を下から見上げ、くったくや警戒心のかけらもないような、自然で穏やかな笑顔を
見せていた。伊織は彼の顔を見て、自分も同じように笑う。二人ともなにも言葉をかわさず、
じっと見つめ合っているだけだ。
都会の喧噪はおろか、遠くで鳥のさえずるかすかな音くらいしか聞こえるものはなく、
この世でたった二人しかいないような、そんな空間の中に彼女たちは存在していた。
伊織の手がプロデューサーの頬にそっと触れる。彼は静かに目をつむる。伊織は満足そうに
微笑み、少しだけ背を丸めると、顔を彼に近づけた。
「よし、着いたぞ。…なんだ、寝ちゃってるのか」
事務所の前で車を停めたプロデューサーは、自分の左腕にもたれかかったまま眠っている
伊織の顔を見ながら言った。
「まったく、起こすのがかわいそうなくらい、無防備な寝顔だな」プロデューサーは、自分に
よりかかっている伊織の頭をのけようともせず、笑いながら静かに右手を彼女に伸ばした。
伊織は夢の中で、ゆるやかな風が、まるで自分の髪をやさしくなでつけるようにして
吹いていくのを感じていた。
end.
- 48 :
- >>43
GJ!
朝から良いもの見させてもらいました。
しかし、背伸びしてても伊織nはまだまだ子供だなぁw
- 49 :
- 鯖落ちてた?
確認age
- 50 :
- 7月もすでに半ば、暑くなってまいりましたが皆様いかがお過ごしでしょうかレシでございます。
本日は皆様にちょっとした涼をお届けに上がりました次第で。
主役は夢子ちゃん、『love telepathy』で本文2レスお借りします。
- 51 :
- 最近、私に秘密の趣味ができた。
人にはちょっと言えないその名は、ずばり『テレパシー』。そう、超能力の、人の心が
わかったりする奴。
まあ、別にほんとに信じているわけではないけれど、面白いことに気づいたのだ。これ、
ある特定の人物には、けっこう有効なんじゃないかな、って。
「あ」
うわさをすればなんとやらで、その『特定の人物』が現れた。私はすかさず物陰に隠れる。
今日はラジオの収録で来たのだけれど、この多目的スタジオは簡単に言えばアイドル向け
便利スペースで、知り合いにもよく会う。廊下の奥からこちらに歩いて来るのは誰あろう、
秋月涼だった。
「んー……ふぅ」
ひとつ深呼吸して、胸の鼓動を落ち着けて、タイミングを測って、そ知らぬふりでまた
歩き出した。
「あれっ、夢子ちゃん?」
「え?あら、涼じゃない」
なるべく自然に見えるように、さも今気づいたかのように。肩越しに振り返って挨拶する。
「夢子ちゃんもここだったの」
「いつもの収録。涼は?」
「僕もレギュラーの録りだったんだ、いま終わったところだよ」
「そう、お疲れ様。私も今日はおしまいなの」
そう言いながら、彼の顔をちらちら盗み見た。この顔は……、うん。
「久しぶりにいい時間に体が空いてホッとしたわ」
「あれ、夢子ちゃんもこの後時間あるの?」
「え?ええ、そうよ」
「僕も今日はもう終わりなんだよね。お茶でも、いかが?」
ね。
どうやら彼は夜はスケジュールが空いていて、せっかく私と会ったのにハイサヨナラって
いうのもちょっと、って思っていた。そこで私が、隙のあるそぶりを見せて彼にお茶を
誘わせた……そんな展開。
これが私の『テレパシー』。
涼の考えていることは、私にはけっこうわかるかも、っていう話。
「どこ行こっか、夢子ちゃん」
「涼はどうしたいの?」
「うーん、こないだ夢子ちゃんが言ってた喫茶店なんか、どう?」
「うん、いいわよ」
「へへ、実は来がけに新作ケーキのポスター、貼ってるの見ちゃって。おいしそうだったん
だよね」
「最近調子いいわね。男性タレントの仕事も増えてるし」
「一時期大変だったけどね。あ、実はね夢子ちゃん、それで女の子目線の意見聞きたいことが
あって」
「そういえば最近私、ホットヨガ始めたのよ。夏に向けてって言うより、コンディション
維持のためなんだけど」
「うわ、ほんと?僕いま興味あってさ、身近でやってる人探してたんだ。男の人もいたり
する?」
喫茶店で紅茶をお代わりしながら、あれこれ話をした。私のテレパシーは今日はことさら
調子が良くて、彼の目を見ているだけでどんな話題が欲しいかピンとわかる。このセンスに
磨きがかかれば、トーク番組なんかでもゲストの喋りたいことを引き出せるかも、なーんて。
- 52 :
- 「……っていうことがあってね、まったくあの日はサイテーだったわ」
「うわぁ、大変だったね。でも、大事に至らなくて良かったんじゃないかな」
「そうは言うけどね。なんか私だけ貧乏くじみたいじゃない」
「夢子ちゃんがやさしい人だって、見てる人はちゃんと気付いてるよ」
いつの間にか話題は私の愚痴になっていて。いつものことなんだけど、結局こいつには
いろいろしゃべりやすいのだ。
けど、喫茶店で声を抑えて気の滅入る話をしてるのもそろそろ飽きてきた。どうせなら
大きな声を出して、すかっとしたい感じ。
そしたら。涼が、こう言った。
「夢子ちゃん、まだ時間だいじょぶ?」
「え?うん」
「よかったら、カラオケとか、どうかな。なんか、大声出したくない?」
「行く行く!ちょうどそんなこと思ってたの!」
あまりのグッドタイミングな提案に、二つ返事で反応しちゃって、はっとして浮かした
腰を落ち着けて。
「あ、あんたにしちゃいいアイデアじゃない、よく思いついたわね」
かなんか言ってみたけど、顔が赤くなってるのに気づかれてやしないかな。
「あはは、実は社長から、市場調査を仰せつかっててさ」
なんでも繁盛してるカラオケ屋で他の部屋の歌やリクエスト端末の履歴を探って、リアリティ
のあるトレンドを感じて来いっていうことらしい。
「場所柄、ヒトカラじゃかえって目立つんで、一緒に行ってくれる人探してたんだ」
「なあんだ」
「あ、でもね」
涼が続ける。ちょっと上目遣いで、私の様子をうかがいながら。
「……あの、ヘンな意味じゃないんだけど」
「?どうしたのよ」
「いまこうして話しててね、その、ひょっとしたら」
「えっ」
「夢子ちゃん、カラオケ行きたいんじゃないかな、って感じ、したんだよね」
「……は」
「き、気を悪くしたらごめんね、なんか、今日は夢子ちゃんの思ってること……」
結局。
「なんとなくわかるって言うかさ。ほら、会った時とか、この喫茶店の話とか」
考えてることがわかる、って思ってたのは私だけじゃなくって。
彼は彼でおなじこと……その、つまり、『私の思ってること、顔に書いてあるみたい』
って、考えてたそうで。
もうそれを聞いてから、私はなんにも喋れなくなってしまって。
ますます顔を赤くして黙り込んだのを機嫌でも損ねたか、と慌てて会計に行く彼の背中を
見送りながら。
……あ、でも、涼より私のほうが、ちょっとだけ『能力』が高いかも。
だって彼は、まだ私の本心に気づいてないみたいだから。
それがわかっていれば、このくらいのことであんなに慌てなくたって大丈夫だもの、ね。
なんて思いなおして、さらにも少し考えて、安心というよりちょっぴりムカッとしながら。
急いで荷物をまとめて、彼のと一緒に持ち上げて、席を立って彼に向かって歩き出した。
おわり
- 53 :
- 以上でございます。よい風のひとつでも吹けば幸い。
>>43
計画倒れ(物理的な意味で)するいおりんかわゆすGJ!
目覚めたときの彼女の動向を固唾を呑んで見守るといたしましょうw
ではまた。
- 54 :
- だけど今夜、僕には思惑があった。
暗闇の中、彼女の体を手でなぞっていくといつものように両の手がしっかりと顔を覆い、
口から零れる艶かしくも可愛らしい喘ぎ声を懸命に押さえようとしているのがわかる。
手首を握り、強引にその手を顔の脇に押し付けた。
とっさに唇を噛んで喘ぎ声を殺し、顔を背けた様子が闇に馴染んだ視界に写る。
罪悪感が心に浮かびそうになったのを打ち消すように。
僕は外した片手を伸ばして障子を勢いよくスライドさせる。
窓の外、中天に輝く満月が彼女の上半身を銀色に照らし上げる。
「あ、あなた様……そのようなこと、いけませぬ、閉めてくださいまし……」
「見てみたいんだ、貴音がどんな顔で僕に応えてくれているのか」
「あぁ……あなた様はいけずです……このようにはしたなき姿を見たいなどと」
「違うよ貴音、今の君は凄く魅力的だ……だからもっと乱れてくれないか?」
真顔で言い募る僕を見て、彼女はそれ以上の抵抗を諦めたのか
眩しそうな顔でまっすぐ僕を見上げながら、薄っすらと微笑んでいった。
「あなた様……おなごの本性をみて後悔なさらぬように……」
「後悔などするわけがない。さあ貴音、僕と一緒に」
「では……あの月が姿を隠すまであなた様を離しせぬ、お覚悟召され」
そういって貴音は僕の腰にしっかりと足を絡ませると、僕の顔を掴んで引き寄せ
たっぷり深い接吻をひとつ、ふたつ。そして三つ目、口の中にもあのぬめった生き物が
侵入してきて、僕の舌にからみつくと膣内に棲む生き物と同調した動きで
口の中を滅茶苦茶にかき回して僕の理性をそぎ落としていく。
ぴちゃぴちゃという水音は脳内に直接響き渡り
ぐちゅぬちゅと粘液をお互いの性器でこねまわしながら
初めて味わう刺激に耐え切れず、貴音の子宮に向けてたっぷり射精を……
いや、正確には降りてきた子宮に先端をくわえこまれ、吸い出されるように射精していた。
貪欲に精液を飲み込む子宮、それこそあの生き物の本体なのかもしれない。
その証拠に、あのからみつく生き物は僕が抜け出ることを許さないとばかり
いっそう激しくペニスにからみつき、その刺激で僕は萎えることを許してもらえず
さらなる射精に向けての奉仕を強要される。
そして貴音が宣言した通り、月が堕ち夜が明けてしまうまでの間。
僕は彼女の子宮に5度以上の射精を注ぎ込み、最後に飲み込む余地がなくなっても
精液と愛液が入り混じった粘液を潤滑油にして、僕の激しい抽送はとまらなかった。
おしまい
- 55 :
- 創発板の皆様にお詫びと謝罪
ごらんのとおり、>54は他スレへの誤爆です。
そうならないよう、該当スレだけを開いて作業していたはずが
操作ミスでこのようなご迷惑をおかけすることになり
お詫びもしようがありません。
本当にごめんなさい。
申し訳ありません。
- 56 :
- >>55 よーしじゃあ1本なんか書いて投下してもらおうか(ゲス顔)
- 57 :
- >>55
ドジッ子さんめ!チンチンイライラさせやがって
- 58 :
- >56 できばれいずれお目にかかりましょう
- 59 :
- アイマスシンデレラガールズもののSSを投下します。内容はパッションP×小関麗奈です。
注意点は特にありません。ただ伊織が登場し、トップアイドルとして扱われています。
- 60 :
- 「番組降板ってどういう事ですか!?」
俺はテーブルを挟んで向かい合っている番組プロデューサーに問いかけた。
「確か一年契約という約束です。それにこちらに落ち度はないはず……」
番組プロデューサーであるS氏はこっちの切迫した心境を知ってか知らずか
煙草を口に咥えて目を閉じ、煙を吸っている。
「……視聴率が取れないんだよね、彼女が出ると」
彼が鼻から吐いた煙は拡散しながら、この空間に立ち込め、溶け込んでいった。
「特に若年層の女性視聴者からは反発の声も強くてね。見てごらん、これを」
彼は一枚の紙を俺に提示した。見てみると番組放送日と折れ線グラフが記入されている。
山と谷にはその時の番組収録における詳細が記載されていた。
「最近の視聴率をグラフ化したものだが、検挙に下がっている所があるだろう?
そのほとんどがね、麗奈ちゃんが映ったシーンなんだよね。
うちは若い女性層をターゲットにしているからさ……
彼女は目に見えて番組の足引っ張っている訳よ。
番組出演者たちも我の強い彼女と絡むのに困っているし
これ以上アイドル・小関麗奈を続投させるメリットはないと判断してもおかしくないよね?」
「し、しかし……っ! 彼女は男性受けはいいですよ!
これからは若い女性層だけでなく、男性層も視野に入れていくとおっしゃっていたじゃないですか!」
明確な結果を示す統計を見せられても俺はS氏に食い下がった。
現在、麗奈の仕事状況は芳しくない。事務所の同期アイドルたちと比べても大分少ないのだ。
おまけに最近では打ち切りになる出演番組も重なり
このレギュラーを務める番組は彼女の生命線と言っても良かった。
「そうは言ってもねぇ……、ウエの命令なんだよこれ。
そっちが残念なのは分かるけどさ、スポンサーの意見も考慮しなければいけないし
俺ではどうにも出来ないな。
それに……実は秋の改変期に合わせてさ、代わりに伊織ちゃんが入る予定なんだ」
「……水瀬伊織が?」
同事務所所属アイドルの名前を聞いて、俺は目を見開いた。
「そう。確か君、彼女を担当していた時期もあったよね。
元々この番組は彼女をレギュラーに据えるつもりだったんだよ。
彼女は女性層の人気はそこそこで、おまけに圧倒的な男性ファン数を抱えているからね。
しかし相談した当時はスケジュールに空きがないと君の社長に言われてさ。
代わりとして麗奈ちゃんを紹介してもらったという訳」
社長から回されてきたこの仕事にそういう事情があった事を、俺は初めて聞かされた。
確かにこれまでの番組でも、麗奈は伊織の代替アイドルとして見られる事が多かった。
二人は年も近く、容姿もキャラ立ちも似ている部分が多い。
ギャラが比較的安いため、資金繰りに悩む所がしばしば取引先だったりする。
ただ俺は、今でこそ「安価伊織」という立ち位置に甘んじているものの
いつか麗奈自身の魅力だけで売り出していけたらと思っていた。
「まあ、でも小麦粉アイドルはここまでが限界だよね。
やっぱりギャラが高いだけあって実力も人気も、本物は違うよ。
偽物や紛い物じゃあ、まず、勝てない。勝てない……」
麗奈が単なるツナギ役、しかも伊織の偽物扱いされた事に酷く憤慨したが
事を荒立てると業界における麗奈の評判や立場が悪くなると思い、俺はぐっと堪えた。
「本物って……麗奈は、麗奈で……」
「話はこれだけだ。もう帰っていいよ」
「あっ……あの……っ」
俺にはもっと言い分が残っていたが、S氏は要件を終えるとさっさとこの応接間を出て行った。
- 61 :
- # # #
「おい、プロデューサー! 最近レイナサマの仕事が少ないぞ!」
事務所に帰ると、他の娘と遊んでいた麗奈が俺に寄ってきて訴えた。
「しっかりしろ! このままじゃ、アタシの世界的なアイドルになる偉大な計画が
全く進まないじゃないかっ!」
「うん……ごめんな……」
「な、何だよ……その覇気のない返事はっ!」
俺は麗奈に番組降板の事をどう切り出そうかと頭を抱えた。
出演者との折り合いはともかく、彼女はあの番組が好きだったからショックを受けるに違いない。
「プロデューサーさん」
「あっ、小鳥さん……」
「社長がお呼びですよ」
事務員の小鳥さんがそう教えてくれたので、俺は社長室に行った。
しかしそこでも景気のいい話を聞く事はできなかった。
- 62 :
- # # #
「……麗奈の、引退!?」
聞き間違いであって欲しかったが、社長は渋い顔をして重々しく首を縦に振った。
「そうだ。君や小関君の勤労ぶりは知っている。
しかしそれだけでは渡っていけない所が、この業界の厳しい所でね……。
多少なりとも結果を出せなければ、身内であれ非情な対応を取らざるを得ないのだよ」
俺はがっくりと項垂れて、自分の足を見つめた。
「……俺の、力が足りないばかりに……申し訳ございません」
「いや、君の実力は本物だ。少なくとも私はそう思っている」
社長は続けた。
「事実、君が以前担当していた水瀬君や萩原君は立派に第一線で活躍しているじゃないか。
彼女たちは今、私が付けた若手プロデューサーを育てるくらいにまでなっている。
私は君の手腕を買って、『あの』小関君を任せた。
前担当のいい加減な仕事を君に引き継がせてしまって、済まないと思う。
だがそれは、君なら彼の尻拭い以上の働きをしてくれるとの期待があっての事だ」
「恐れ入ります……」
「しかし今回ばかりはどうも荷が重過ぎたようだな。
彼女は頑張っているようだが、現状、同期のアイドルたちの中で
かなり見劣りのする部分があるからね。
私としても、才覚ある君をいつまでも低所で燻らせておく事は勿体無いと思うのだ。
将来有望なアイドル候補生たちはまだ沢山いる。
君には彼女らをこれから担当してもらいたい」
- 63 :
- 「社長」
俺は我慢出来ずに社長へ懇願した。
「お言葉を返すようで、申し訳ございません。
ですが……麗奈を引退させるのは早計だと思うんです。
確かに麗奈は協調性の面で、やや扱い辛い所があります。
アイドルとしての能力も、他の娘たちに比べて劣っているかもしれません。
ですが、彼女は大きな目標を捧げてそれに向かって一生懸命邁進出来る娘なんです。
俺はそんな彼女の夢をもう少し追わせてあげたい……
そして出来る限り手助けしてあげたいんです。
お願いします、どうか俺に時間を下さい。麗奈は伸びしろの多い、素晴らしい娘なんです!」
社長は俺の熱のこもった話にじっと耳を傾けてくれていた。
「ふむ……君がそこまで熱心に彼女の事を考えているのなら……
私も今後の彼女の身の振りを考え直す必要があるようだ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は深く一礼して、社長に感謝の意を伝えた。
首の皮が一枚つながっている状況とはこの事だろう。
「では、このオーディションに目を通したまえ」
社長はそう言って書類の山から一枚を抜き出して、俺の前にを示した。
俺はそれを社長から受け取り、その内容を一読した。
「この、オーディションは……」
「小関君の可能性を見る判断材料として君に見せた。
このミュージカルの役に合格すれば、彼女のアイドル活動存続を認めよう」
社長の提示したミュージカルの仕事はファンタジーのジャンルで
内容を見る限り、ヒーロー側よりもカリスマ性のある少女の悪役がメインのようだ。
これなら麗奈のキャラと親和性が高いし、彼女も喜ぶに違いない。
しかしコアな人気の脚本家が在籍しており、競争率は一般のものより高く感じられた。
麗奈の実力や知名度を考慮して、合格出来るかどうかは四割がいい所だ。
それより気になったのは、エントリーしたアイドルたちの中に
俺の育てた水瀬伊織の名も存在しているという事だ。
麗奈が嵌る役なら、伊織にだって充分な資格がある。
むしろ客寄せや知名度の点を審査員が考えるとすれば
このオーディションは伊織の一人勝ちでもう決まったようなものだ。
「この役に合格すれば当たり役となり、一気に小関君の評価を覆す事も可能だ。
そう私は考えている。先に言っておくが、水瀬君をエントリーからはずす事はしない。
現状、小関君は水瀬君の陰、嫌な言い方になってしまうが
おこぼれを受ける身に甘んじている。
だから水瀬君の仕事を実力でもぎ取り、十二分にこなせる事を示さなければ
彼女はいつまで経っても、水瀬君の補欠扱いだ。
彼女の実力的に、このレベルのオーディションは厳しいかもしれない。
だがこれに合格出来なければ、今後の活動には不安が付きまとうのも事実なんだよ」
「……」
「やれるかね? 私としては強制はしないつもりだが……」
「いえ……ありがとうございます……」
俺はその書類を手にして社長室を出た。
- 64 :
- # # #
俺はその翌日から麗奈と猛レッスンを開始した。
身の丈以上の困難なオーディションには頭を抱えてしまうが、
ここで諦めたら引退しかないのだから必死だ。
「もぉ、疲れたぁ……」
「麗奈、まだ二セット残っているぞ! ほら立って!」
連日のスパルタレッスンにより、麗奈の体力はゴリゴリと削られていく。
そして床でへばった彼女に対する俺の喝も、自然と怒気を帯びた。
普段の倍のレッスン量を注ぎ込んでいるのだから、へたり込んでしまうのは当然の事だ。
だが、最有力候補の伊織に勝つには、運だけでなく審査員の関心を奪う程の実力が必要になる。
その実力を手に入れるのに、近道などない。
効率良いレッスンを続け、少しでも実力を塗り重ねて挑む他ないのだ。
伊織の実力は彼女を育てた俺が一番良く知っている。
麗奈にはこのオーディションを何としても勝ってもらわなければいけない。
- 65 :
- # # #
だがある日、麗奈は事務所に来なかった。
休みの連絡は来ていないし、レッスン場にもいない。家に連絡してみても朝出て行ったという。
(麗奈……)
俺は麗奈を探すために都内中を走り回った。
恐らく彼女は無茶なレッスンスケジュールに音を上げ逃避したのだろう。
生意気な口をきく事が多い彼女だが、レッスンへの遅刻やサボりは全くしなかった。
そんな彼女が逃げたのだから、よほど辛かったのだろう。
(……)
引退の件を、俺は未だに彼女へ切り出せないでいる。
早く言った方がいいのだが、彼女の一生懸命な表情を見るとどうしても喉から言葉が出ない。
彼女は上昇思考の娘だ。それゆえに、引退の話をしたら酷くショックを受けるに違いない。
そしてオーディションへのプレッシャーが彼女を追いつめて
押し潰してしまうのではないかと危惧していた。
しかし結局、他ならぬ俺自身が彼女を追いつめてしまったのだ。
(麗奈に謝りたい……)
途中から雨がしとしとと降ってきた。それはやがてざあざあと本降りになったが
俺は傘を買う時間を惜しみ、ずぶ濡れになりながらも彼女の捜索を続けた。
- 66 :
- # # #
「麗奈」
麗奈は郊外の公園で、雨の当たらない滑り台の下でじっと膝を折って座っていた。
俺の姿を見ると彼女は頭を手で隠して身を竦ませた。 怒られると思ったのだろう。
「……。怒らないから待っていてくれ。傘、買ってくるから……」
安心させるため彼女の頭をそっと撫で、俺は近くのコンビニに足を運び
安いビニール傘を一本買って来た。
既にずぶ濡れである自分の分は不要と思い、それだけ買って麗奈の元に戻る。
傘を差し出すと麗奈は黙ってそれを受け取り、俺の隣にくっついて歩き始めた。
「疲れていたんだな……。気がつかなくて……ごめんな」
「……」
「だから、今日はもう休もう。麗奈が壊れてしまったら、本末転倒だし……
それで、いいか……?」
「……」
「……。次のオーディションは、麗奈にどうしても勝って欲しいんだ……。
だから俺も焦っていてな。……明日から無理のないレッスンに切り替えるから、許してくれ」
そんな事を話しながら帰ったが、結局引退の事は大分ぼかしてしまった。
帰りにどこか美味しいものでも食べていこうと提案し
途中の喫茶店で軽食を取ったが、その時も麗奈は黙ったままだった。
- 67 :
- # # #
翌日、俺は情けない事に風邪を引いてしまった。
雨の中で走り回ったのが災いしたのだ。
熱が高く、寝床から起き上がるのも辛い。
仕方ないが溜まっていた有給を使って休む事を事務所に伝え、麗奈には休暇と告げた。
彼女にはちょうど良い休みになるかもしれない。
そう思っているとインターホンが鳴った。
NHKの集金人なら居留守を使おうと思ったが、あまりに何度もなるので
俺は仕方なくふらつきながら玄関先に赴き、郵便受けから外を覗いた。
「来てやったぞ」
開けるとすぐ女の子の視線とぶつかった。来客は麗奈だった。
大きなリュックサックを背負った彼女を、とりあえず家の中に招き入れた。
「麗奈……今日は休みだよ。俺はこんなだからレッスン、見れないんだ。
だから、ゆっくり休んで……」
咳が出てゴホゴホと喉を痛めつける。
「休むのはアンタだ。いいから、大人しく寝ていろ!」
麗奈は俺の体をグイグイ押してベッドに押し倒した。
「コマが役に立たないで、不安にならない女王がいるか!」
彼女はキッチンに赴き、持参の可愛らしいエプロンを羽織ると
カバンから人参やジャガイモ、ピーマン、トマト、キャベツ、もやし、ナス、ニラ
と統一性のない様々な食材を出し始めた。
何か作ってくれるのかと俺は最初期待していた。
しかし、スイッチのひねりが不十分でキッチンをガスで充満させたり
キッチンの戸棚の中にあったものを全部ひっくり返したりして全く目が離せない。
一体何の料理を作ろうとしているのかと聞くと、
「女王は生まれながらにして全ての調理に秀でているのだ」
と虚勢を張っている。しかし鍋敷きを焦がしている所を見ると
料理すらやった事がないのではないかという不安が、段々揺らぎないものとなっていった。
結局大騒ぎしてやっと出来たのは、レトルトのお粥一品だけだった。
ちなみにそのレトルト食品は、俺が数ヶ月前に買い置きしていたものと付け加えておく。
「さあ、存分に食え。レイナサマお手製だから、よく味わえよ」
麗奈はベッドの脇に座ると、その小さな口を窄ませてふうふうと冷ましてから俺の口に運んだ。
気恥ずかしかったが、親鳥から餌をもらうように俺はそれを啄んだ。
「どうだ?」
正直味は全くわからなかったが、麗奈が覗いて聞いてくるので、
「ああ……上手いよ……」
と答えた。
それを聞くと、彼女は満足げに天使のような微笑を漏らした。
- 68 :
- # # #
「麗奈……」
「何だよ」
「役立たずの駒で……本当に、ごめんな」
俺はボソっとそう呟いて、首をうなだれた。
「プロデューサー……」
「最初会った時はな、正直言って態度と夢だけ大きい娘だなって思っていた。
けど……実際は、麗奈は自分の掲げた大きな目標に対して怯まずに頑張っているんだ。
お前は隠していただろうが、俺は、お前が内緒で時間外のレッスンをしていた事も知っている」
「あ、あれは……!」
俺は彼女を制して続けた。
「俺はな……そんなお前を見て、ああ、この娘をプロデュースしたいと本気で思った。
この娘は口だけじゃない、自分の実力を見据えた努力の出来る娘だって分かったから……。
この娘はきっと輝く事が出来るって……信じる事が出来た」
首は決して上がらず、俺は自分の手ばかり見ている。
「お前の頑張りに比べて、俺の方は全く駄目だったよ……。
満足に良い仕事を持ってくる事が出来なくて……
せっかく手に入れた仕事も他の娘に取られてな……。
昨日だって、アイドルのお前を追いつめてしまった。
本当、プロデューサー……失格だ……」
「……馬鹿野郎」
途中、麗奈の押し殺したような声が気になり、俺は横を向いた。
「役立たずは……アタシだよ……っ!」
彼女は今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
- 69 :
- 麗奈はポツリポツリと前担当の事を話し始めた。
彼女はその男性の事を今まで話したがらず、話そうともしなかった。
俺自身も、彼が彼女の担当をしていて他の会社に移籍したという事実しか知らなかった。
詳細を聞くと、彼女は信じられないくらい粗末な扱いをされていたようだ。
仕事は俺よりも多く取ってきたらしいが
彼は他のアイドルに付きっきりで麗奈の面倒をほとんど見なかった。
レッスンにも不真面目で、彼女はほとんど教えられないまま
一人ほぼ独学で歌やダンスの練習をしていたらしい。
麗奈のプライドや性格から、他のアイドルにレッスンを聞くような事は
しなかっただろうから、本当に孤立していたに違いない。
そのくせ、麗奈がそれで仕事をミスするとクズだのクソだのと散々罵倒したという。
こんな無責任な育て方で、アイドルが好ましい成長を遂げる訳がない。
俺が担当した時、彼女の実力が他の娘よりも低いのはこういう訳だったのだ。
「でも、アンタは違ったんだ……アンタはいつも親身になって
アタシに基礎からレッスンを教えてくれたし
頑張ったら頑張った分だけ褒めてくれた……。
一度は嫌でたまらなかったこの仕事だったけど、アンタとなら何だってやっていける気がした。
夢だって、アンタとならいつか絶対に掴めるって思った……」
「麗奈……」
「……知ってるんだぞ、アタシ。引退……させられそうなんだろう」
彼女は知っていた。話を聞くと、俺と社長の会話を盗み聞きしていたらしい。
じゃあレッスンの時のプレッシャーも相当だっただろう。
「仕方ないよな……アタシ、……どうしようもない、雑魚だから……っ」
「麗奈、そんな事を言っちゃ駄目だ……!」
俺は慰めようとしたが、既に彼女は大粒の涙滴を次々と頬に垂らしていた。
小さな膝に添えられた拳にギュッと力を入れながら、彼女は言う。
- 70 :
- 「社長の話を聞いてさ……『ああ、また捨てられるな』って思った……。
でも、アンタは捨てなかった……!
さ、最後までアタシと一緒に頑張ると言ってくれた……っ。
……どんなに嬉しかったか、上手く言えない!
けれど……すごく胸が熱くなって……それでっ……ううぅ……っっ!」
嗚咽の混じり始めた彼女の言葉を俺はうなづきながら、耳を傾けていた。
「だからっ……アタシよりも……アタシのために頑張ってきたアンタがっ……
役立たずなんて、簡単に言うなよ……っっ!!」
「うん……。分かったよ……麗奈……」
「きっ、昨日はぁっ……ううっ……! 逃げて、ごめん……。
でも、アタシ……怖くてぇっ……合格、出来なければっ……プロデューサーと……
アンタと一緒に仕事できない……、ひくっ……そ、そう考えるとぉ……っ!
上手く踊れない……声が、出せない……! ううっ……! 頑張るしかないのに……
レッスンが上手くいかなくてぇっ……っ、それで……それでぇ……っっ!!」
「うん……大丈夫。大丈夫だから……、また一緒に頑張ってくれるか?」
嗚咽で呂律の回らない彼女に言い聞かすように、俺はしきりにうなづいて見せた。
顔をクシャクシャにして泣きじゃくっている彼女を、俺は何度もあやすように背中を撫でた。
- 71 :
-
# # #
数週間後、俺は麗奈のオーディション結果を控え室で聞いていた。
発表が終わり、しばらくしてから麗奈は帰ってきた。
彼女は極度の緊張で神経を摩耗しているらしく、いつもと違って至って静かだ。
「おめでとう、麗奈」
俺は込み上げてくるものを抑えてそれだけ言った。
「合格だったな。良く頑張った」
実際、この結果は頑張ったどころの騒ぎではない。
トップアイドルクラスの伊織を差し置いて見事ミュージカルの花形を手にしたのだ。
下馬評では九割方伊織の合格と予想されていた。
だから、奇跡の女神が俺たちに微笑みかけた時には目と耳を疑ったものだ。
「ま、まあなっ! 女王のアタシが本気を出せばこんなもんだっ……!」
麗奈はふんぞり返ってその可愛らしい小胸をぐっと反らせた。
その様は背伸びした園児のように微笑ましかった。
「失礼します」
喜びを分かち合おうとしたその時、控え室のドアをノックしてくる者がいた。
招き入れると、小柄の美少女とスーツ姿の男性だった。
それは俺の育てた水瀬伊織と、彼女を今担当している後輩プロデューサーの二人だった。
「おめでとうございます。いやぁ、やっぱり先輩には適いませんね」
彼は俺と麗奈の健闘を讃えた。入社一年目の彼だが
俺と伊織が一緒に教え込んだノウハウで仕事をしっかりこなす有望な若者だ。
「そんな事ないよ」と言いつつ、俺は心中で自慢したい気持ちと葛藤していた。
「伊織、ほら、何か麗奈ちゃんに言いたい事があるんだろ?」
伊織は麗奈の側に足早に近づいた。
滅多に落ち込まないものの、プライドの高く負ける事が嫌いな伊織が
自分を打ち負かした麗奈に何の用だろうか。
「アンタ」
伊織は麗奈を見据えて言った。
先輩に当たる彼女のオーラに圧倒されたのか、麗奈は顔を引きつらせて半身を後方に引いた。
「……今日の所は勝ちを譲ってあげる。だからこの役、絶対成功させなさいよ!
これから私の劣化コピー扱いされたら、ただじゃ置かないからねっ!」
「あ、え、……」
「分かったっ!? 返事はっ!」
「は、はいぃっっ!!」
伊織なりの激励に、麗奈は背筋と指先をしゃんと伸ばして答えた。
普段の大きな態度との落差に、俺と伊織Pの口元は緩んだ。
- 72 :
- 「私が言いたいのはそれだけよ。さ、行きましょう」
「おい! それだけって……」
伊織はさっさと部屋を出ていった。きっと照れくさかったのだろう。
勝ちを譲るという言葉から、彼女が本気で麗奈とぶつかった事が伺えた。
それに元々伊織は相手に手心を加える事をしない性格だ。
以前火蓋を散らした水谷絵理とのオーディションバトルでもそうだった。
「ははは、ではこれで……」
伊織Pは彼女の跡を追うようにして部屋から出ていった。
俺は立ち上がって荷物を整えながら麗奈に言った。
「じゃあ、事務所に帰ろうか。麗奈……」
「……っ、ちょっと待てっ! プロデューサー!」
麗奈は言うが早いか俺の袖を掴む。
そしてそのまま俺に抱きつき、胸板にその顔をうずめた。
「麗奈……」
見ると彼女の方は小さく震えている。
「うっ……ううっ……! ……うわあああああっっ……!」
堰を切ったような勢いで、麗奈は大声で泣き始めた。
余程嬉しく、そして緊張していたのだろう。
本当は伊織が入ってきた時でも泣きたかったに違いない。
「プロデューサー、アタシやったぞ! アタシ……アタシ……!」
「うん、うん……」
「また一緒に……、一緒に居られるんだあぁっっ!!
一緒にぃ……! 一緒にぃ……っっ!!」
「ああ。麗奈……。これからも……よろしくな……」
目尻が熱くなっていくのを感じながら、俺は泣き止むまでずっと彼女の体を抱いていた。
- 73 :
- 途中さるさんに引っかかりましたが、以上です
- 74 :
- >>73
乙〜。
やっぱみんな思うよなぁ。あれだけ似てると。
CV:藤村歩では有るまいかと。
1つだけ気になるのは、もうちょっと言葉を大事にした方がよいかと。
社長のセリフ回しとか、地の文の表現があっさりしてるかなぁと思います。
それに、「火蓋」ってのは切るもんで、散らすもんじゃないぜ。
- 75 :
- >>74
火蓋の指摘ありがとう! 非常に助かる
あと見直して思ったんだが……伊織、カマセに見えてしまうだろうか
俺はいおりんも麗奈も好き(というか最初麗奈を好きになった理由が伊織に似ているから)
だから、そう見られると辛いんだ
- 76 :
- GJ、面白かった。麗奈サマは実に小者かわいいな
でも実際はいおりんが破格なだけで、あの子はむしろよくやってると思う
>>75
むしろそこに注意して書いてたんだろうなと強く感じた
水谷絵理戦を思い起こさせるフレーズや現時点での伊織や麗奈の
立ち位置、前半からずっと付きまとう伊織の影、などなど
物語の目的地が『打倒・水瀬伊織』なんだからばっちりかと
少しガチャガチャした部分を感じたのは実は74と一緒なのだが、
たぶんちゃんとつたわってるからなんくるない
- 77 :
- 暑くて書けません。集中力がありません。(挨拶)
久しぶりに保管庫更新。作者諸氏は確認お願いします。
>>38 の未来の足跡の作者様へ。申し訳ありませんが私個人の判断で改行の部分訂正させて頂きました。ご了承下さい。
wikiの編集はどなたでも可能ですので、もし間違いを発見した場合お知らせ下さるなり御自分で訂正されるなりどうぞご自由に。
それではこれにて失礼。
- 78 :
- あーテステス。お久しぶりです。1本投下します。
以前言ってたシンデレラガールズで地元紹介ネタ。
今回は自分が住んでいる山形県ではなくお隣の新潟県でございます。
- 79 :
- うだるような夏の暑さから逃れようと事務所のあるビルへと入り、いつも通りに軋む音を立てるドアを開けて中にに入った瞬間空気がいつもと違う事に気づいた。
その違いを感じ取ったのは視覚ではなく嗅覚。
辺りには本能に訴える芳しい香りが漂っている。
原因を探るべく弱小アイドルプロダクションらしくこじんまりとした給湯室を覗き込む。
コンロの上には見覚えのない土鍋。
中には既に炊きあがった白米が湯気を立てている。
そして傍らには所属アイドルの一人である江上椿が立っていて、その長い髪を邪魔にならないよう首の後ろで纏めエプロンを付けている。
「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おにぎりを作ってます」
少し悪戯っぽいニュアンスを含ませた返答が返ってくる。
「いやそれは見ればわかるんですが俺が聞きたいのは何で事務所でおにぎり作ってるのかという事でですね」
微笑みながら、わかってますよ。と前置きをしてから彼女は語り始める。
やはりからかわれていたらしい。
「最近運動会とか水泳大会とかイベントが多いじゃないですか。そしたら育ち盛りの子達が配られるお弁当じゃ足りないって言い出して」
考え直してみれば、確かにウチの事務所に支給される弁当は最低限の質素な物だ。
もう少し経営状態が良くなればもう少しまともな弁当を発注できるのだが。
「それに、参加してるアイドルには出ても応援席にまでは行きませんしね」
「それでおにぎりを」
「ええ。丁度予定も空いてましたから」
納得して机の上を見てみるが、そこにはあるべきものが足りないように見えた。
「中の具は何を入れるんですか?」
「何も入れない塩にぎりを作るんです。タイミングよく良いお米と塩が実家から送られて来たのでシンプルにいこうかと」
- 80 :
- 米は彼女の出身地である新潟を考えればコシヒカリだろうというのは容易に想像がつくが、良い塩とは一体どんな物だろうか。
彼女の傍らに置いてある茶褐色の粉末に目を向ける。
塩といえば白色をしているという固定観念があったので気づかなかったがこれがそうなのだろうか。
「この茶色いのが塩ですか?」
「ええ。藻塩っていうんです。よかったら舐めてみますか?」
差し出された小皿に乗っている塩をひとつまみ口の中に入れてみる。
当然しょっぱい。が、それだけではない複雑な風味を感じる。それでいて切れ上がりはあっさりとして舌の上に残るようなしつこさは無い。
成程。確かにこの味ならば塩だけで行こうと思ったのも頷ける。
と一人納得して何をするでもなく彼女の動作を観察する。
片手に塩を散らし、しゃもじで掬った米を塩の付いた方の手に乗せる。
手首のスナップを利かせながら軽く握って一口大の俵型に形を整えたら海苔を巻いて完成。
机に置いた皿の上に並べていく。
サイズが小振りなのは食べるのが年頃の少女達のためか。
淀みの無い動きに少々意外な物を感じてつい呟きが漏れる。
「結構慣れてるんですね」
その言葉に軽い苦笑を声に滲ませながら、
「写真を取りに出かけた時にお店の中に入るのがもったいないくらいの天気だったり、
撮影のチャンスをずっと待ってる時とか、そういった時の為にこういう片手で摘めるようなのをよく作るんです。
もちろんせっかく遠くまで出かけたんだから有名なお店に行くのも好きなんですけどね」
故郷を、あるいは今まで写真に収めた場所を思い出しているのか彼女は優しげに語り始める。
この塩、笹川流れっていう所で作ってるんです。
新潟から海沿いにずっと北上していって、もう山形県との県境に近い所ですね。
波の荒い日本海の海とちょっと変わった形の岩が多い所で良い景色が一杯見える場所です。夕日が沈むところなんか何度も撮りに行きました。
この塩を作ってるところにも行きましたけど凄いんですよ。
薪で釜を炊いて海水を煮詰めて作る本当に昔ながらのシンプルな作り方で。
それを塩を売ってるすぐ傍でやってるんです。
勿論仕切りなんて無いから夏なんかもう本当に暑くて長くいられないくらい。
隣に小さなカフェもあってそこに塩ソフトクリームなんてのもあるんですけど、早く食べないとどんどん溶けちゃって。
- 81 :
- 言葉を続けながらも手は動きを止めることなく一定のリズムでおにぎりが作られては皿に並べられてゆく。
その動きを見ていたプロデューサーはふとある事を疑問に思う。
背後からでも訝しげなプロデユーサーの視線に気づいたのか、
「あの、どうかしたんですか?」
と聞いてきた。
「いえ、なんだか右利きの人と同じようにするんだなって思ったので。確か椿さん左利きでしたよね」
ああ、と思い当たる事があるのか納得したように声を上げて、
「カメラいじってるうちに慣れちゃったみたいです。ほら、左利き用のカメラなんて無いじゃないですか」
右手の指で軽くシャッターを押すジェスチャをする。
「そんなものですか」
「そんなものです」
深い意味など無い緩やかな言葉のやりとり。それが何故だか妙に心地よい。
いつしか皿の上がおにぎりで一杯になる頃、丁度土鍋の中も空になった。
手を洗ってタオルで水分をふき取り、バッグの中から愛用のカメラと色の並べられたパネルを取り出し出来上がったおにぎりの隣に置いて写真に収める。
「今置いたパネルは?」
「カラーチェッカーです。これがあると後で色補正するのが便利なんですよ」
設定を変え、アングルを変え、何度もシャッターを切る。
その表情は真剣そのものだが、プロデューサーの意識は別の所へ向いていた。
彼女もそれに気づいているのか物欲しげなプロデューサーの姿を見て、
「よろしければお一つどうぞ」
「……やっぱりわかります?」
「あんなに真剣に見てたら誰だってわかりますよ」
「それじゃあ遠慮無く頂きます」
小さめに作られたおにぎりは一口で丁度半分になる。
米の甘さと塩のしょっぱさがお互いを引き立てる。微かに感じる潮の香り。
少し時間を置いた事であら熱も取れて、米の香りが鼻につくような事もない。冷めても美味しく食べられるだろう。
余計な物など何も無い、昔ながらのシンプルな日本の味である。
- 82 :
- 密かな感動に打ち震えながらおにぎりを食べていると、パチリというシャッター音で無防備な自分の姿が撮られた事にようやく気づいて、
「ちょっと恥ずかしいですね」
と言ってはみるがその言葉に責めるようなニュアンスは無く、あくまでも照れ隠し程度のものだ。。
「すみません。あんまりおいしそうに食べてくれるものですからつい」
「実際美味しいですよこれ。ちょっとびっくりしました」
「でも嬉しいです。おいしいって言ってもらえて」
そう言う彼女が口に運んでいるのはおにぎりではなくパリパリとした板状の物。
鍋肌に張り付いたそれをしゃもじでこそげ落としながら食べているそれは、
おこげ。
炊飯器では出来ない、土鍋で炊きあげるからこそ出来るもう一つの楽しみ。
手渡されたそれの香りを嗅いでみるとなんとも言えない香ばしさが立ち上る。
そのままでも十分美味しいが、先程の藻塩をふりかけて食べるとまた違った味わいが出てくる。
それこそ言葉を忘れるほどに。
しばし二人とも無言で食べ続けようやく人心地ついた頃、時計のアラーム音と共に談笑の時間は終わりを告げる。
エアコンの効いた部屋から出てまた灼熱の炎天下に出るのは億劫だが仕事なのでしょうがない。
窓の外に視線を向ければ雲一つ無い青空で見ているだけで汗が出てきそうだ。
そんなプロデューサーのげんなりとした顔を見て椿は思いついたように、
「これも持っていってください」
ガサゴソとバッグの中からフィルムに包装された四角い飴をいくつか取り出して手渡す。
「これは?」
「塩飴です。これもさっきの塩と同じ笹川流れで作ってるんですよ。これからどんどん暑くなりますからこれでちゃんと塩分と糖分を補給してくださいね」
外に出て、強い日ざしに顔をしかめながら貰ったばかりの飴を一つ口の中に放り込む。
塩と水飴だけで作られた余分な物の無い味はどこか懐かしい味がした。
さて、今日も1日頑張るとしますか。
- 83 :
- 「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おむすびを作ってます」
「おむすび? おにぎりじゃなくてですか」
「握るんじゃなくてこうやってシャリとシャリを結ぶのよぉ」
「……椿さんそれ誰に言われました?」
「この間佃島のお店で会った初対面のお爺さんに。結構背は小さかったですけど随分と迫力がありました」
うーむ噂には聞いていたが鮨の鬼神……実在していたのか……
- 84 :
- 以上投下終了。私はツーリングで近くに行った時、大抵ここの塩を買って帰ります。
文の中で紹介した藻塩の他、普通の塩、粒の大きい塩の花、色の付いた塩なんかも取り扱っております。
せっかく出身地が設定されているのだからこういった観光案内なんかもありだと思うのです。
それでは、他にもこのネタが増えればいいなーと思いながらこれにて失礼。
- 85 :
- はじめまして、秋月涼の誕生日に向けて書いたのを投下します。(一度ツイッターで投げたのを改訂してます)
内容はりょうゆめ。DSのスタートから3年後、漫画版のエンドから2年後という設定です。
注意事項は特に無し、2年も経ってるので鈴木とロン毛が本編ほど険悪じゃ無いですって位。
12レス使わせていただきます
- 86 :
- 9月15日(土) 昼
「「「ハッピバースデートゥーユーー!!!」」」
876プロの主なメンバーが集い催されたパーティ。
事務所内・関係者のみで行われているため、
参加人数はそれほど多くはないが賑やかな宴となりそうだった。
「さあ、涼さんっ!!ふーーっと、やっちゃってください!!」
ケーキに立てられた18本のロウソクをパーティの主賓である秋月涼は一息で吹き消し、
宴は始まりを告げた。
おめでとうのラッシュが終わり、めいめいの歓談へと移ってきた頃、
愛と絵理の二人がプレゼントを渡しにやってきた。
皆が直接渡すと大変だろうからと基本的にプレゼントは別室に固めて置いてあるが、
この二人だけは特別というのが社長の采配であった。
「涼さん、プレゼント、どうぞ?」
「はいっ、涼さんっ!プレゼントですっ!」
二人からプレゼントボックスを受け取り、大事そうに抱える涼。
「ありがとう、愛ちゃん、絵理ちゃん。ここで開けちゃってもいいかな。」
「開けると、袋が邪魔になるし、中、教えてあげる?わたしのは、
前に涼さんが欲しいけど絶版になってるって言ってたの?」
「わざわざ探してくれたんだ……」
「あたしのは、涼さんのステージ衣装にも合いそうなアクセサリーです!」
「二人ともありがとう、ずっと、大切にするね!」
二人のプレゼントに感謝の言葉を返す涼。
一度ボックスに視線を落とすとえへへ、と照れくさそうに笑った。
「喜んで貰えてあたしも嬉しいです!……そういえば、
最初は涼さんと夢子さんのお二人がお気に入りって言ってた、
ちょっと大きい人形にしようかなと思ってたんでけど、
ママが『大きい物より、小物の方が良いと思うわよ』って。
そういえば、夢子さん来てないですね。」
何気ない会話の中で、この場に居る筈だった人物が一人居ない事に愛が気付いた。
「うん、用事が入っちゃったみたいで。」
「涼さん……いいの?」
涼の答えに、絵理が心配そうに声をかける。
既に二人の間柄は周囲が認めるものになっていた。
「そうですよ、折角のお誕生日なのに」
「うん、仕事の事だから。それに、後で会う約束してるから。」
大丈夫、と事も無げに答えた涼の背後に急に気配が現れた。
- 87 :
- 「あーら、面白そうな事聞いちゃった♪」
「えっ、ま、舞さむがっ?!」
気配の主は涼の首に腕を回しヘッドロック状態に移行、
えいえいと涼を小突きながら心底楽しそうに話し始める。
「夜の密会とは隅に置けないわねー、涼ちゃんもついに
オオカミさんになっちゃうのかしら?」
「ママー!こっちが恥ずかしくなるからやめてよー!」
「記念日的に考えると……十分ありえる?」
「いやいや、無いから、そんな予定じゃ無いかりゃっ?!」
愛と対照的にニヤニヤした顔を見せる絵理に慌てて反論する涼だったが、
「……等と供述しており」
更に別方向、脇腹の辺りを急に現れたサイネリアに突っつかれて悲鳴を上げる。
「全く、何いい子ちゃんぶってんですか、ほれ、
ロン毛がなにかいいたそうにこちらを見てマス」
「涼……貴男に行っておく事があるわ」
「尾崎さん……何でしょうか。」
更に現れた尾崎が神妙な顔をしている為、
体勢に問題がありながらもしっかりと向き合う涼。だが、
「避妊はシッカリしなさい!」
「貴方がしっかりしてくださいよ!」
相手の口から出てきたのはまるで駄目な発言だった。頭を抱えたくなる。
「尾崎さん、サイネリア……酔ってる?」
「こっちはセンパイのアルバム初週一位記念も兼ねてますカラ!」
「うぅ、お祝いしてくれるのは嬉しいけど……結局わたしが
二人の面倒見ないといけない……」
その後の事を考えて絵理も頭を抱えだした。
まあこちらは876では見慣れた光景ではあるのだが。
「あーっ!ママもどれだけ飲んでるの!?」
「あ・た・し・は、これくらい平気よー♪」
そう言いながら涼を離し、手に持った一升瓶を呷る。
……どこまでも規格外、世間よ、これが伝説だ。
そんな何とも言い難い感想を抱きつつ、立ち上がり視線を回してゆく。
- 88 :
- 喧噪から少し離れた所に社長とまなみが、
愛や絵理達を挟んだ向かい側にはマネージャーや、
自分たちに憧れてこの世界へと飛び込んできた後輩たちが居る。
――この876プロという風景を、
――この幸せな時間を、
――この別れ難い人々を、
かけがえの無い思い出として心に焼き付けてゆく。
一度、大きく深呼吸をする。覚悟は出来ている。後は歩を進めるだけ。
その最初の一歩を、秋月涼は事も無げに踏み出した。
「皆さん、宴もたけなわといったところですが」
壇上、と言うわけでは無いが事務所内を一望出来る場所に立ち、注目を集める。
「僕から一つ、ご報告があります。」
この言葉に事情を知っている尾崎やマネージャーがざわめく。
社長も反応していたが、溜息をついただけでその場を動かず、
それにマネージャーも倣う。唯一尾崎だけは何かを言いかけていたが
舞によって止められており、他の皆は、涼が何を喋るのか期待の目で見つめている。
――夢を語る君の言葉は銃弾となる。
――聞いた者の心に届き、力を与える、そんな銃弾だ。
ある楽曲を提供してくれた時に武田さんが言った事を思い出す。
ならば今から紡ぐ言葉は、
この宴を撃ち砕き、
彼女たちの期待を撃ち抜き、
混乱と困惑を生み出す
そんな銃弾になるのだろう。
「僕は、秋月涼は、」
ごくりと喉が鳴る。
大丈夫、あの時万の視線を前にやった事を、この事務所でもう一度やるだけだ。
最後の逡巡を終え、周りの視線を受け止めて涼はその銃弾を放った。
「876プロを去ることになりました。」
- 89 :
- 8月中旬(金)
876プロ社長室にて――
『貴方本気……なのよね、そういう子だもの。
あの件以来、貴方はどんなに無茶に思える事も成し遂げて来たわ。
私が何を言ったって聞きやしない……』
『本当に、済みません。』
『謝る時の表情も随分変わったわね。
三年前、ぴーぴー泣いてたあの子と同じだとはとても……思えないわよ?』
『あまりしみじみと思い出されるのも恥ずかしいですけれど……
でも、あれから全てが始まって今の僕がここに在るんです。
社長には感謝しています、本当に、言葉だけでは言い表せない位。』
降参ねと、石川社長は心の中で両手を挙げる。
どれ程成長して強くなっても、芯の部分は同じ、
普段愛や絵理が当時のことを話題に出すだけでもっと慌てた反応を見せている。
そういう部分も持ち合わせているのが秋月涼だ。
それがここまで動じないというのは、
今この場にそれだけの覚悟を決めて来たという事だろう。
『わかりました。……元々我が876プロは自主性を重んじる気風を持っているわ。
それは昔も今も一緒。そして、進退に関してもそれは同じ……良いでしょう。
秋月涼、貴方と876プロとの契約は現在交わしている来期分で打切りとします。』
凛とした声が社長室に響き、涼は深々と頭を下げる。
『ありがとうございます。……お世話に、なりました』
『馬鹿ね。まだ気が早いわよ。』
書類等は週明けまでに用意するから今日の所はここまでと涼を退室させ、
社長は椅子にもたれかかる。
『礼を言うのはこっちの方よ、涼。
この業界に生きていて貴方に出会えた事、本当に感謝しているわ。愛や絵理にもね』
しばし目を閉じ、これまでの事を思い起こす。
実は目尻を拭うと身を起こし、さしあたっての難題について思案を巡らせる
『愛や絵理にどう説明した物かしらね……』
- 90 :
- 9月15日(土) 夜
九月の夕闇も深くなり、街灯に照らされたベンチに腰掛ける夢子の元に
涼が駆けつけたのは当初の約束から15分程過ぎた頃、
30分遅れと言っていた割には上出来だろうに、余程急いで来たのか息を切らせている。
「ごめん、お待たせ、予定よりちょっと、時間、かかっちゃって」
「連絡くれてたし、別にいいわよ。それよりまず息整えなさい、ほら」
肩で息をしながら話す涼を制し、深い呼吸をする。スー、ハー。
それに促され涼も呼吸を深くする。
スゥゥ……ハァァ
スー、ハー
スゥゥ……ハァァ
スー、ハー
スゥゥ、ハァァ
スーー、ハーー
スゥー、ハァー
スーー、ハーー
どちらからともなく呼吸を合わせる。
ただ息をするだけの合奏が、夜の色を濃くしてゆく公園に響き、
一緒に息を合わせている夢子の心にあたたかな気持ちが湧き上がってくる。
スー、ハー
スゥ、ハー
同じように息を吸って、吐いて、たったそれだけの事がこんなにも――。
動揺から呼吸に乱れが生じ始め、それがあからさまになる直前の
危ういタイミングで漸く涼が呼吸を整え終えた。
「はーー。改めて、お待たせ夢子ちゃん」
「さっきも言ったけど、連絡貰ってたしそんなに待ってないから別にいいわよ。」
若干素っ気なく答える夢子。視線を逸らしている姿は
"気にしてないようには見えない"といった風だが、その内心は
(助かった……もうちょっと続いてたら絶対変になってたわ)
というものだったが、幸いボロが出るより先に落ち着きを取り戻し
自然に話を繋げることができた。
「こっちこそゴメンね、パーティ出られなくて。」
「武田さんからの依頼だし。うん。仕方ないよ、それに。
丁度夢子ちゃんだけに話があったから、丁度良かったよ」
そして涼がここで立ってるのも、と促し
二人は普段通るトレーニングコースを歩いて進む事となった。
- 91 :
- 「そうだこれプレゼント」
「わ、ありがとう夢子ちゃん!」
「中身は開けてのお楽しみよ」
「何だろう?わぁ、これ前に」
「欲しがってたでしょ?喜んでくれて嬉しいわ」
「うん。ひょっとしてこれ手作り?」
「そうよ、お菓子以外だって頑張れば作れるんだから」
「うわぁ……ありがとう!大事に使うね!」
会話を弾ませながら、勝手知ったるトレーニングコースを進んでゆく。
普段走り込みで折り返す地点を素通りし、
階段を登り終える頃に話題が仕事の事へ移った。
「武田さんの話って何だったの?」
「オールドホイッスルへの出演を果たした今、これから目指す物は何かって。
曲作りの為には必要な事なんですって、
これって武田さんが私に曲を作ってくださるって事かしら!」
少し前のめりに、近づいて興奮気味に話す夢子に涼は
顔だけ少し距離をおいて考えを述べる。
「武田さん、曲作りはインスピレーションだって言ってたから
すぐに作ってくれる訳じゃないと思うけど、前向きに考えてくれてるんじゃないかな」
そう思う?と言いながら更に身を乗り出すかのように、
涼の瞳を覗くようにして近づく夢子に対し、一歩距離を置こうとした涼の肩に
手が置かれ――いや、涼の肩は夢子の手に掴まれる。
「夢――」
「もう一つあったわ。涼と私の、私たちのユニットをどうするのか。」
「――っ!」
涼の表情が固まった。肩を掴む手を外そうとしていた動きが止まり、
石化の呪いでも受けたかのように硬直する。
両の瞳だけが、揺らぎながら夢子の視線を受けている。
この機を逃がすかとばかりに夢子は畳み掛ける。
ここ数週間、はぐらかされ続けていた、二人にとって大事な話を。
「もうすぐ一年になる、私たちのユニット。
涼はどうしたいの?続けたいの?それとも解散したいの?」
夢子の瞳が涼の瞳を射貫く。あえてこの質問をしたのだろう武田に対し
やられた、との思いを抱きつつ、観念して答えを発する。
それを聞いた夢子は目を見開き、そして悲しそうに表情を変えた。
「何それ……?涼の考えてる事が、分からないわよ……」
- 92 :
- 8月下旬(水)
小さな事務所の会議室にて――
『最近、涼が何考えてるかわかんなくって。』
夢子ともう一人だけが会議室の中に居て、向かい合って座っている。
『ユニットももうすぐ活動期間の終わりが来るし次どうするのか、
って話しようとしてもはぐらかされるばっかりで……。
別にそのまま解散したいってのでも構わないんですよ、
愛や絵理とユニット組みたいねって話もしてるし。
今更言い出しにくいって事もないでしょうに、ホントどうしたいのかしら……。』
『君たちの担当は律子なんだし、彼女に聞いてみた方がいいんじゃないか?』
夢子が話している相手は、秋月律子が立ち上げた“秋月企画”の社長であり
彼女のパートナーでもある人物で、一時期夢子のプロデュースも
受け持っていた事がある。まだ若い風貌もあり、彼のプロデュースから離れた後
夢子は私的な場所では「お兄さん」と呼び慕っていた。
『涼が変な態度とってて、プロデューサーが噛んでない
って考える程お気楽じゃ無いし、そういうもんだって分かってます。』
『それだったら、僕も一緒だと思うんだけど。』
『お兄さんなら、まだ話聞いて貰えるじゃないですか。』
『おいおい、社長を捕まえておいて愚痴を聞かせるのが目的だったのか?』
彼としては軽く言ったつもりだったが、続けていいのか
夢子は少し考えてしまったようだ。冗談さと言って続きを促す。
『私より信頼してるんですよね、きっと。そりゃ私よりずっと
長いつき合いなんだからってのは判るんですけど、でも……悔しいですよ。
今は私と付き合ってるのに。』
肩を落として寂しそうに話す彼女に、
若干もどかしさを覚えながらも軽く指摘を飛ばす。
『まあ、涼くんにもそれなりの考えがあるのさ。
桜井も、それを信じてみたらいいんじゃないかな。』
その言葉に夢子は涼を信頼し切れなくなっている事に気付かされる。
少なくとも涼は、この件以外ではずっと誠実なままだというのに。
また同時に、その"考え"を社長が知っていて話さないようにしているのだ
とも夢子には思えた。ならおそらく、話す機会はまだある筈だ。
『そうする事にします。やっぱり、話して良かったです。』
そういった夢子の顔は、先程までより随分明るいものになっていた
- 93 :
- 9月15日(土) 夜
力の抜けた夢子の手から肩を解放し、一歩後ろに下がる涼。
一瞬身を震わせた夢子に逃げないから、と手を握り伝える。
そしてもう少し先へと促し、止めていた歩を進める。
先には街を望める高台があり、そこに彼らは
ちょっとしたデートの際よく訪れていたものだった。
――そしてそこは、大抵の場合その日の、終着点でもある場所だった。
「最近は、あまり来てなかったね」
すっかり夜になり、街の夜景を見下ろすこの場所へ来ても夢子の表情は悲しげなままで
「ええ、そうね」
答える声はまだ上の空といった感じで、涼の隣で力ない視線を街へ落としている。
涼が繋いだ手を離せば、その場に崩れ落ちそうに思える程の彼女だったが、
やにわに視線を上に上げると涼に向き合った。
繋いだままの手から、先程まで失われていた熱が伝わる。
「ちゃんと、話してくれるんでしょうね、今ここで。
さっきの言葉の意味、どうして876プロを辞める事になったのか、
あんたが何を考えているのか。」
交叉する視線のやりとり、頷いて握った手を一度離し、涼は空を仰ぐ。
ややあって視線を戻し、真剣な眼差しで話し始める。
「まず、“涼しい夢”は61週を以て活動を終了。
これは姉…プロデューサーと話し合ってもう決まってる話なんだ。」
「随分、一方的じゃない。私に確認すら取ってないわよね。」
夢子の抗議を受けるも、それには答えずに続ける。
「……プロデュース計画上の事もあるから、この予定は変わらない。
次に876プロを辞める理由だけど、これは次の計画が大きく関係してるんだ。」
そう言うと再び街の方へ向き、空を見上げる。
「夢子ちゃんも一度は聞いてた筈なんだけど、律子姉ちゃんがアイドルを引退して
プロデューサーになった時に、もう一つ迷っていた道があるんだ。
アイドルを辞めずに、海外へ打って出る。結局選ばなかった道だけど、いずれ
プロデューサーとしてそこへ行ってみたい。それが姉ちゃんの夢。」
「涼しい夢のプロデュースが始まった頃に、一度話して貰ったわね。
日高舞を越えられたらこのユニットで海外へ行くわよって。」
もう一年前にもなろうかという頃、社長と律子P、涼とで食事に行った時の事を
夢子は思い出す。どちらかというとこの後の惚気話の印象が非常に強く、
この話の方はあまりはっきりとは記憶していなかったが、
日高舞の事については普段からユニットの目標にしていたので覚えていた。
「うん。でも結局、舞さんを越える事は叶わなかった。
だから、涼しい夢はこのまま解散になる。そして姉ちゃんの次のプロデュースは」
夢子が首を向け、涼の視線の先を見る。
「まさか。」
言葉の続きを察しながらもそう言わずには居られなかった。
今の話に上った出来事だけ組み合わせて考えれば、そうなる筈がないのだ。
しかし、視線を戻し見た涼の眼はまっすぐに、強固な意志を灯している。
「海外へ、打って出る。765プロの子会社的な秋月企画じゃなく、
新プロダクションの社長兼プロデューサーとして。そして……」
涼が夢子に向き直る。再び交叉した視線が、
咄嗟に逃げ出したい衝動にかられた夢子を射貫き、縫い止める。
「僕は876プロからそこへ移籍する。そして姉ちゃんの夢を叶えたい。」
- 94 :
- 秋月涼の宣言。つまりこれは止めようのないことで、
涼がここから居なくなるという未来を夢子は突きつけられたという事になる。
「……どうしてよ。」
それでも、抗う。もう昔のように、突きつけられた事実に悲嘆し、
誰かに助けて貰うまで鬱ぎ込んだ私じゃない。今ここで、全てを、ぶつけてやる。
止められないなら、ひっくり返してしまえばいい!
「納得行かないわよ!日高舞に勝ったらって言ってて、勝てないまま
ユニットを解散して、それで何であんた一人を伴って行くってなるのよ!
私が足手まといだったとでもいうつもり!?」
「オールドホイッスルにまで出た夢子ちゃんが足手まといなんてあるわけ無い!
そういう事じゃなくて、今この時期がチャンスなんだ。
僕達が向かう先で、ある大物が引退することになって、
そこの市場が戦国時代みたいな状態になるって予想されているんだ。」
「こっちで言えば、日高舞がまた引退したら次の暗黒…IUは
誰が取るか分からないっていうみたいな状態ね。
……でも、そこに行って一から始めて、やっていけるっていうの?」
「実は既にネットをうまく使ってある程度のファンを確保してるそうなんだ。
だから一からじゃなくって、それで姉ちゃんはやっていけるって。」
「くっ……さっきから姉ちゃん姉ちゃんって、あんたはそれでいいの?
一歩間違えれば、あの女の夢と一緒にあんたも潰れるかもしれないのよ?」
「姉ちゃんはこうも言ってた、『あんたが成長を止めない限りは』って。
僕はその信頼に応えたい。それに色々あったけれど、始まりの時も、
オールドホイッスルでの発表の時も、僕を助けてくれたんだ。
今僕がこうしてアイドルをやって、だれかの夢へのひと押しを続けていられるのも、
姉ちゃんのおかげだから。借りた恩は返さなくちゃいけない、今がその機会なんだ!」
「じゃあ、じゃあっ!」
3戦3敗、涼は止まらない。夢子も止まらない。
まだもう一つ残っている、自らも身を切るような諸刃の剣が。夢子はそれを握りしめ
「どうして私には何の相談も無かったの!」
振りかぶり
「私の事はどうだっていいって言うの!」
血を流しながら打ち下ろした。
「涼は私を、どう思っているの!?」
- 95 :
- 振るわれた剣を受けた涼が表情を変える。だがそれは
夢子が予想していたような表情とは違った。夢子の言葉に怯んだ表情ではなく、
夢を語る表情とも、
先を見据える表情とも違う、
夢子が見た事のない表情。
それは過去、男性への転向を諫めに来た律子と石川社長にしか見せたことのない、
決意と題された表情だった。
「さっき夢子ちゃんは、僕の考えが分からないって言っていたけれど、
僕も夢子ちゃんの考えが分からなくなった時期があるんだ」
一見関係のない話、だが初めて見る涼の表情に射竦められた夢子は
黙って話を聞いていた。聞くしかなかった。
「武田さんから貰った、オールドホイッスルへの僕との出演オファーを君が断った時、
それがどうしてか僕には解らなかった。一緒に夢を叶えてあげられると信じてたから。
もしかして、僕と一緒っていうのが気に入らなかったのかって、落ち込んだりもした。
考えても、悩んでも分からなくって、義従兄さんにも相談したりして。
正直、涼しい夢をやってる間も、付き合いだしてからも、ずっと引っかかっていて。
結局自分の間違いに気付いたのは、6月にオールドホイッスルの話を聞いた時だった。
君は、引き上げようとする僕の手を取らずに自分で上っていく事を選んだんだって。
そうして、僕を追いかけてくれて、隣に居てくれてるんだって、
その時漸く分かったんだ。」
「その少し後に、姉ちゃんから今度の話を出された時に僕がお願いしたんだ。
夢子ちゃんには教えないでって。この話をしたら、きっとユニットとして
一緒に行ってくれる、だけどもう君は僕と一緒にいないでもやっていける、
それを知っていたから、あえて僕だけの話として進めたんだ。」
「理由に、なってないわよ……」
夢子は涼がつい最近までそんな悩みを抱いていたなど、当然知る由もなかった。
そしてそれを打ち明けてくれなかった事に、酷く落胆していた。
私は結局、信頼されていなかったという事?諸刃の剣が、自らに突き立っていた。
それでも絞り出すように反論する。彼女にも意地があった。
どんなになろうと、全てをぶつけ、全てを吐き出させる。
そこまでやらなければきっと後悔する。
「私に一言も言わない理由にはならないわよ!」
一息に呼気と共に吐き出す。どうであろうとも、その理由を言わせなくてはならない。
怒りや寂しさをない交ぜにした感情を乗せて、渾身の一撃とする。
それを受けた涼は、理由を、言葉にした。
「君に、来て欲しくなかったんだ。」
- 96 :
- 夢子の思考が止まる。額を銃弾に打ち抜かれた上に、
身動きを取れなくされたかのようだった。
「どう……して……」
真っ黒になった思考で理解が追いつかず、反射的に口から零れ出た言葉に涼が答える。
「僕が……」
決意の表情に、少しだけいつもの気弱そうな表情を覗かせて、涼は、
今日一番の勇気を振り絞って、本当に言いたいただ一言の為に言葉を綴る。
「僕が!君を連れて行きたいからっ!」
「アイドルユニットとしてじゃなく」
「アイドル仲間としてでもなく」
「ただ僕が、僕の為に」
「君と一緒に行きたいんだ!」
「だから、今日になったから言います!」
「桜井夢子さん。僕と、秋月涼と一緒になって――僕に君を下さいっ!」
- 97 :
- 一気に捲し立てられた夢子の思考は、今度は真っ白に染まっていた。
涼が何を言ってるのか、理解も咀嚼もできず、マイナスのどん底に沈みかけた感情を
制御できる理性は最早残っておらず、哀しさを主成分にした涙が流れ落ちる。
その涙を、こちらも余裕のない涼は推し測る事が出来ず、
ただ夢子が口を開くのを待っている。
――しばしの沈黙
漸く、涼が何を言っていたのか理解が追いついてきた夢子は
次々と湧き上がる様々な感情を整理する必要にかられ、即座にそれを放棄した。もう、こんなバカな事に真面目につきあっていられなかった。
パアァァァン!
改心の一撃。芸能人にとってタブーである顔への一撃を躊躇なく入れる。
後ろに転びそうになった涼の襟を掴み、引き寄せる。
「何それ!そんなこと言いたい為にこんな事して、
私だけじゃなくてこれ絶対律子さんやお兄さんにも心配とかかけてるわよ!
結局あんたの我が儘で皆振り回してるんじゃない!
何が『来て欲しくない、連れて行きたい、君を下さい』よ!
それがあんたの中でのイケメン?自分の言葉に酔ってるだけじゃない!
あんたみたいな残念イケメンに誰がついていくもんですか!」
先程の涼など及びもしない勢いで、襟を掴んで前後に揺らしながら捲し立てる。
「あんたなんかに、あんたなんかに私はあげない!」
揺れ動かしていた手を止める。ブンブン振られていた涼が顔を向けるのを待つ
「あんたは私に、一生貰われてなさい!!」
涼の顔が夢子に向き、目と目が合う瞬間、夢子の唇が涼の唇に重ねられる。
湧き上がる怒りを放出し終えた夢子の瞼から、漸く嬉しさの涙が溢れてきた。
- 98 :
- 途中規制に引っかかり時間が空いてしまいましたが、以上で投下を終了させていただきます。
まともにSS書くの初めてなので、宜しければ気になった所などご指摘いただければ幸いです。
- 99 :
- >>84
ほかほかSSごちそうさまです。美希の中の人あたりもよだれをたらしていることでしょうw
新潟は親戚筋がおりまして、コメと酒ではたいそうお世話になっております。
うまいごはんを作る土地は、きっとそいつをさらに旨く食うための工夫ももりだくさんなのでしょうな。
シンデレラの皆さんは日本全国に散ってますから、いろいろと工夫のしがいはありそうです。
地元でも故郷でもないですが一時期住んでた北海道大好きなので
北国アイドルでなにか考えてみようかな、などと。
>>98
グッドりょうゆめ!爆発したらいい。
初SSとは思えないお腕前、うらやましいですw
涼は確かに気遣い優先で策略巡らして結果的に誰も得しなかったみたいな役回りが似合います
(損する人もいないのですが)。この辺も秋月の血なのでしょうかね。
そんな不甲斐ない相手に業を煮やしてやっぱり自分で動いてしまう夢子ちゃん。
ぶっちゃけこんな女の子に想いを寄せられたい。
いいお話をありがとうございました。ごらんのとおりの閑古ど……お、落ち着いたスレですが
よろしければまたいらしてくださいまし。
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