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2013年01月創作発表95: ロスト・スペラー 5 (347) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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ロスト・スペラー 5


1 :2012/09/17 〜 最終レス :2013/01/04
何時かは>>1000まで行ってみたい
過去スレ
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。

ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
500年前、魔法暦が始まる前の大戦――魔法大戦で、地上の全ては海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
沈んだ大陸に代わり、1つの大陸を浮上させた。
共通魔法使い達は、100年を掛けて唯一の大陸に6つの魔法都市を建設し、世界を復興させ、
魔導師会を結成して、魔法秩序を維持した。
以来400年間、人の間で大きな争いは無く、平穏な日が続いている。

4 :
唯一の大陸に、6つの魔法都市と、6つの地方。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、グラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、ブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、エグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、ティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、ボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、カターナ地方。
そこに暮らす人々と、共通魔法と、旧い魔法使い、その未来と過去の話。

……と、こんな感じで容量一杯まで、話を作ったり作らなかったりする、設定スレの延長。

5 :
わーわー
1000まで行くにはかなりのちょっかいが必要そうだなw

6 :
5スレ目ってww 乙です!
単純にすげぇw 設定の緻密さが

7 :
容量落ちを狙ってみよう(提案

8 :
おつ
陰ながら応援してるんだぜ

9 :
このスレを気に掛けて下さる方がいて嬉しいです。
前例の無いレス数を見て、荒れているのかと思って、独り勝手に身構えてしまいました。
猛省

10 :
ラビゾーとコバルタの愉快な冒険

前スレからの粗筋

旅商の男ラビゾーは、第四魔法都市ティナーの繁華街で、冒険者の青年コバルトゥス・ギーダフィと、
再会する。
だが、コバルトゥスは怪しい魔法使いの呪いで、少女の姿にされていた。
元の姿に戻る手掛かりを求めて、ティナー市内に住む外道魔法使いを訪ねて回る2人。
最初に相談したのは、魅了魔法を使う『色欲の踊り子<ラスト・ダンサー>』バーティフューラー。
2人は彼女から、衝撃の事実を告げられる。
早く元に戻らなければ、コバルトゥスの女性格が強くなって、男性格が消えてしまう?
コバルトゥスは主人格を守る為、少女の姿の間だけ、コバルタと名乗らされる事に。
次に、予知魔法使いノストラサッジオを訪ねた2人は、市街地を彷徨っていれば何らかの進展があると、
予言された。
彼の予言に従い、2人はティナー市街に蜻蛉返りするのだった。

11 :
主要登場人物

ラビゾー
Loveisallとか言う恥ずかしい名前を、外道魔法使いの師、アラ・マハラータ・マハマハリトに付けられた、
修行中の魔法使い見習い。
自分でも、流石にLoveisallは恥ずかしいと思っているので、ラビゾーと名乗って誤魔化している。
元落ち零れの共通魔法使いだが、記憶の一部を師によって封印されており、「名前」を奪われた状態。
時系列的に、この話の最中は20代中頃。
師に命じられ、魔法の神髄を極めるべく、旅商として各地を放浪しているが、
覚醒の兆候は未だに見られない。
中肉中背と言う熟語が、よく当て嵌まる、極々普通の人間。
世間で言われる様な、所謂「美男子」とは程遠いと言える。
臆病で頑固と言う、人間的に困った性質を、本人は気にしている。
偉大な師の人脈で、外道魔法使いの知り合いが多い。
困っている人を放って置けない、気の優しい性格が故に、色々頼りにされては、困難に突き当たる。
悪く言えば、誰にでも良い顔をする、八方美人。

12 :
コバルトゥス・ギーダフィ
各地を旅する、自称冒険者の精霊魔法使いの青年。
名は土の精霊コボルトに由来する。
コバルタの男性格であり、主人格。
お調子者で、自己中心的、そして無責任――総評して、周りを顧みない自由人。
細身で背の高い、絵に描いた様な美青年だが、その性質は完全に紐で、それを恥じる事も無い。
一方で、一目で人の顔と名前を憶えられる程度には記憶力が良く、都合の悪い事は大体、
忘れた振りをして誤魔化している。
ラビゾーとは別の意味で、八方美人な性格。
剣の心得があり、殊、短刀術に秀でるも、無手だと体格差によっては一般人にすら負ける。
ラビゾーとは、旅先で偶々知り合い、数週間行動を共にした縁。
彼を「旦那」と呼んで慕うも、性格が性格なので、当の本人には余り信用されていない。
敬語を使う場合に限り、語尾の「です」が「ッス」になる。
生来の女好きが災いし、謎の魔法使いによって、少女の姿にされてしまった。
ラビゾーと再会した当初は、元の姿に戻りたいと宣っていた物の、美少女の容姿には満更でも無い様子。
魅了の魔法使いバーティフューラーの所為で、内面の女性化が急進行。
最近、ラビゾーに対する呼称が、「旦那」から「先輩」に変わった。

13 :
第四魔法都市ティナー 集合住宅街にて

ラビゾーとコバルタが南部の貧民街から出た時には、既に日が暮れ掛けていた。
夜のティナー市街は、喧嘩上等の小悪党や、酔っ払い、掏り、喝上げ、闇売人と言った、
柄の良くない連中が徘徊する。
当然、それ等を取り締まる、都市警察の見回りも多い。
ラビゾーはコバルタを連れて、夜の街を歩きたくなかった。
未成年者の略取誘拐を防止する都市法に、引っ掛かっては堪らない。
加えて、方々歩き回って疲れたとコバルタが喚く物だから、ラビゾーは日が沈むまでに、
直ぐに泊まれる安宿を探さなければならなかった。
見掛け上は少女のコバルタと泊まるのに、顔馴染みのB&Bを利用する訳には行かない。
変な噂でも立てられては困る。
だが、所持金に余裕は無いので、高級ホテルには泊まれないし、平凡なビジネス・ホテルであっても、
ツインで利用するのは避けたい所、ダブルは以ての外だ。
第一、そうした「立派な」ホテルでは、必ずラビゾーとコバルタの関係を尋ねられる。
男女で泊まるのに不都合が無く、プライバシーが守られ、且つ、安価な宿と言うと、
所謂「休憩所」……連れ込み宿が誂え向きなのだが、それは流石に気が引ける。
ラビゾーは出来るだけ顔見知りに会わない様な、『格安<チープ>』ホテルを探した。

14 :
しかし、日が完全に落ちるまで歩き回っても、結局ラビゾーが見付けられたのは、
集合住宅街の一角にある、休憩所と然して変わらない、古びた宿だけだった。
「クラドル」――揺り籠を意味する名前とは裏腹に、このホテルは周りを建物に囲まれていて、
見通しが悪く、照明も少ないので、丸で墓場の様な雰囲気。
2人までなら1泊1部屋1000MGで、1食1人分が500MGと言う格安振りの上、
シャワー・ルーム付きだが、寝室は狭く、ベッドは1つのみ。
コバルタは元男とは言え、体は少女なので、ラビゾーはベッドを彼女に譲り、
自分は備え付けの木製長椅子で眠る事に決めた。

15 :
暗闇の中、1つしか無いカンテラの橙色が、静かに揺らめく室内。
ラビゾーは長椅子に腰掛けて、所在無くしている。
今、シャワー・ルームはコバルタが使っている。
安宿は、壁やドアの防音も好い加減な物で、シャワーの水音が寝室まで丸聞こえ。
このホテルは使用されていない空き部屋が多く、雑音が殆ど無いので、独り遊んでいる鼻歌や、
水に濡れた足音の様な、本の小さな音も拾ってしまう。
ラビゾーは気を紛らわす為に、バーティフューラーから貰ったラプラス・ティーが入っている、
水筒に口を付けた。
 「先輩、シャワー、お先でした」
湯を浴びたコバルタはバスローブを纏い、バスタオルで髪を拭きながら現れた。
そして、特に恥じらう様子も無く、安い造りのベッドに飛び込むと、枕に顔を埋めて、大きな伸びをする。
 「はぁー、今日は疲れたッス。
  あ、先輩!
  宿代払って貰った上に、ベッドまで譲って貰って、悪いッスね。
  ヘヘヘ、こんな優遇して貰えるなら、俺、女の儘でも良いかも……」
ラビゾーはベッドが壊れていやしないかと、冷や汗を掻いたが、上機嫌で話すコバルタは、
全く遠慮や配慮と言った物を感じさせない。
元々、主人格のコバルトゥス・ギーダフィからして、そう言う人間である。
取り敢えず「女」である事を持ち出せば、簡単に言う事を聞いてくれるラビゾーは、コバルタにとっては、
非常に扱い易い存在だった。

16 :
ラビゾーは眉を顰めて、深い溜め息を吐いた。
 「冗談じゃないよ……。
  あのな、僕だって金を余らせてる訳じゃないんだ。
  固い椅子の上で寝るのも、今回限りにしたい」
コバルタは寝側った儘で、ラビゾーの方を向いて、悪戯っぽく笑いながら誘う。
 「じゃ、一緒に寝ます?」
ベッドにダイブしてからの、一連の動作で乱れたのだろう……。
バスローブの胸元と裾が、計算し尽くされた様に、際どい角度で開いている。
アーバンハイトビルでの遣り取りが、嘘だったかの様な無防備さ。
それを成るべく見ない様にして、ラビゾーは冷たく遇った。
 「揶揄うんじゃない。
  床で寝させるぞ」
コバルタは身を捩って燥ぐ。
 「いやん、鬼畜!」
ラビゾーが絶対に応じないと分かっていて、彼女は言っているのだ。
ある意味、ラビゾーは信頼されている。
コバルタは相当な美少女だ。
実際、そこらの男なら、彼女の正体が男だと知らなければ、間違い無く誘惑に負けてしまうだろう。
或いは、男だと知っていても……。
 「変な乗りは止めてくれよ……」
ラビゾーは精神的に参って、弱々しく零した。

17 :
彼は美少女の誘惑に耐えられないのでは無い。
元男が、乗り乗りで女の仕草を真似るのが、怖いのだ。
繰り返すが、コバルタは相当な美少女だ。
もし彼女が元男で無かったなら、今の様な場面では、普段生真面目を装っているラビゾーでも、
だらし無く頬を緩めていた事だろう。
だが、コバルタの本性は、コバルトゥス・ギーダフィと言う男である。
ラビゾーは、コバルタを美少女だと思う前に、コバルトゥスと言う男が――あの憎らしい程に軽薄で、
女好きな色男が、男性の意識を失ってしまう事が、恐ろしくて堪らない。
彼は消え行くコバルトゥスの男性格に、弱かった自身の過去を重ね、危機感を抱いていた。
余り強く意見が言えず、引っ込み思案な所があった、臆病で頼り無い、幼い頃の自分の姿が
(――そこは今も大して変わっていないが)、ラビゾーの男性としての意識を、強固な物にしている。
彼にとって理想の男性像は、強い意志と度胸を持っており、濫りに虚妄を口にせず、力強くも情に厚く、
心根は優しい生き物だ。
それを目指して生きて来たラビゾーは、男が女に変わる事への拒否感が人一倍強く、
女への転身を絶対に認められない。
彼の頭の固さは、相変わらずだった。

18 :
頭を抱えるラビゾーに、コバルタは真剣な声で問い掛ける。
 「所で、先輩……俺、不思議なんスけど――」
その物憂気な表情には、仄かにではあるが、大人の女が持つ妖しさがあった。
 「先輩は何で、こんなに親切なんスか?
  不可解過ぎて、気持ち悪いッス」
気持ち悪いと言われたのは、流石にショックで、ラビゾーは反論する。
 「気持ち悪いって、お前……。
  お前が元に戻りたいと言ったから、僕は――」
コバルタは急に身を起こして、ラビゾーを指差した。
 「そこ、そこなんスよ!
  普通、見返りとか要求しません?」
散ら散らバスローブから肌が覗くので、ラビゾーはコバルタを直視出来ない。
 「物も金も、碌に持ってないお前に、何の見返りを期待しろと言うんだ?」
ラビゾーが正論を吐くと、コバルタは怖ず怖ずと答えた。
 「…………お、俺の体とか?」
 「要らんよ、そんな物」
 「だーかーらー、それが不安なんスよ。
  先輩は俺を男に戻そうとしていて、女に興味が無い。
  これって、状況証拠としては十分ッスよね?」
 「何のだよ?」
ラビゾーは苛立ちを露にして、問い返す。

19 :
コバルタは躊躇い勝ちに答えた。
 「……先輩が同性愛者って言う。
  だったら、俺、男に戻らない方が……」
 「無いから。
  それと、僕は別に、女に興味が無い訳じゃないぞ。
  ただ、お前に興味が無いだけだ」
ラビゾーが断言すると、コバルタは悄気て俯く。
 「そんな言い方しなくったって……先輩、酷くないッスか?」
その様子を見たラビゾーは、尋ねまい尋ねまいと思っていた事を尋ねた。
もし否定されたらと思うと、とても恐ろしくて、今まで聞けなかった事だ。
 「コバギ、お前は本当に男に戻りたいのか?
  ――本気で男に戻ろうって意志があるのか?」
男としての生を捨て、女として生きる等、ラビゾーには到底考えられない。
考えられないが……。
コバルタは俯いた儘で答える。
 「……実は、よく判んないッス。
  でも、先輩と一緒なら、女でも悪くないなって思ったのは、嘘じゃないッスよ……」
 「それは多分、今、お前の性別が女だから思う事だ。
  男に戻ったら、今言った事、絶対に後悔するぞ」
どうして、悩める少女の相談に乗る様な真似を、自分がしなければならないのか……?
ラビゾーは頭が痛くなる思いだった。
 「取り敢えず、一度男に戻ってみろよ。
  それでも尚、女が良いって思う様なら……流石に面倒見切れないからな」
 「違うんスよ。
  そんなんじゃなくて、俺は――」
 「疲れてるんだろう?
  今日は、もう寝ろ」
コバルタの言葉を遮り、ラビゾーは寝室のカンテラを消す。

20 :
真っ暗な寝室で、ラビゾーは灯りの残っているシャワー・ルームへ向かった。
軽く汗を流してから、眠りに就く積もりだった。
しかし、彼は背後から声を掛けられ、足を止める。
 「先輩、どこに行くんスか?」
不安気に問う様は、丸で就寝前の暗がりを怖がる子供。
 「シャワーを使うだけだ」
ラビゾーは呆れつつ答えた。
暫し沈黙が続いた後、シャワー・ルームに入った彼は、脱衣中に再び声を掛けられる。
 「あの、先輩……もしかしたら、俺の前世は女だったかも知れないッス。
  女好きになったのは宿縁で、例えば前世で悪い男に騙された所為で、男性不信だったとか……」
転生論者の様な妄言に、ラビゾーは機嫌を悪くした。
類似した性質を持つ人物等の登場を、転生と表現する事はあっても、転生論自体は、
世間一般に認められていない。
夢見勝ちな人間の妄想で、片付けられる。
 「……とにかく休め。
  お前は疲れているんだ」
ラビゾーは、それ以上何も言わなかった。

21 :
彼がシャワーを浴びて寝室に戻ると、コバルタはベッドの上で、安らかな寝息を立てていた。
バスローブの乱れも直さない儘の、有られも無い格好だったが、ラビゾーは見て見ぬ振りをした。
隣の建物しか映さない窓から、幽かに差し込む街灯りが、彼女の美しい肢体を照らす。
先行きに不安を感じながら、ラビゾーは長椅子に寝転がった。
 (不安な気持ちは、察するけどな……)
コバルタはラビゾーに好意を寄せている。
それが解らない程、ラビゾーは鈍感では無かった。
突然の女性化で、「彼女」は心細かったのだ。
そこに事情を理解して、手を差し伸べてくれる者が現れた。
「女性として」幼いコバルタは、ラビゾーと一緒に居て得られる安心感から、彼に依存し始めている。
情動二要因説で、これが恋愛感情に発展して行く可能性は、否定出来ない。
いや――寧ろ、その可能性は高いとさえ言える。
或いは、コバルタは既に、ラビゾーを自らの庇護者と認識して、篭絡しようとしているのかも知れない。
丁度、子猫や子犬、或いは幼児が、人懐っこく無防備な姿を晒す様に、意図的な物では無く、
飽くまで無意識に、他者の保護を必要とする存在が持つ、「本能」とでも言うべき物に従って……。

22 :
なるほど、うまいなあ……

23 :
ティナー市 繁華街にて

明くる朝、ラビゾーとコバルタは、ティナー市街を歩いて回る事にした。
2人共、昨夜の事は、何も無かった様に振る舞った。
ラビゾーは取り敢えず、自分が知っている通りを一巡しようと、コバルタに提案する。
それを受けて、彼女は「これってデートじゃないッスか?」と、浮付いた調子で茶化したが、
頭の固いラビゾーは、冗談だと思いながらも、取り合わなかった。
ラプラス・ティー(※)の影響だろうか……コバルタと一夜を共に過ごした事で、
彼は一層堅物になっていた。

※:ラプラス・ティー(Lupulus tea)
  所謂「ホップ・ティー」の事で、強い鎮静作用を持つ。
  ラプラスの葉には苦味があり、催眠効果で不眠を解消する他、興奮や欲求を抑える目的で、
  鎮静剤にも用いられる。

24 :
ラビゾーとコバルタが中央通りを並んで歩いていると、男女を問わず、大半の人は振り返った。
その眼差しの先にあるのは、必ずコバルタだった。
隣のラビゾーは、お負けに過ぎない。
誰も彼も、コバルタに目を奪われ、次いで、ラビゾーに怪訝な視線を送る。
ここでもコバルタは、ラビゾーの手を取りたがった。
 「これが嫌なんスよ。
  男の時は、人に振り向かれるのは、寧ろ誇らしい気持ちだったんスけど、今は……。
  何か、取って食われそうで……怖いッス」
確かに、注目されるのは、コバルタが美少女だからに違い無い。
だが、「取って食われる」と感じるのは、道行く男と言う男を、嘗ての自分と重ねているからである。
そうは言っても、本人も自覚しない事が、ラビゾーに解る訳も無い。
彼はコバルタを上から下まで、まじまじと見詰め、真剣に考える。
 「な、何スか……?」
照れた様な、戸惑った様な調子で、コバルタが尋ねると、ラビゾーは真顔で答えた。
 「その格好が悪いんじゃないのか?
  女なのに、男物の服を着ているから――」
そこまで言って、彼は途端に蒼褪める。
 「……コバギ、僕は大変な事に気付いてしまったかも知れない。
  もしかして、お前が男物の服を着ているのは、僕の趣味だと思われているのか?」
 「んー……、まぁ、そう思えなくも無いッスね」
ラビゾーは周囲を見回し、冷や汗を掻いた。
コバルタに注がれる好奇の目は、自分と無関係では無かったのだ。

25 :
焦ったラビゾーは、コバルタの手を引いて、人気の少ない通りを目指した。
 「ここには居られない。
  急ごう」
彼はコバルタが男物の服を着ている事に、何時の間にか慣れてしまっていた。
美少女が、大き目の男物の服を着せられて、街中を歩かされている。
どう考えても、尋常では無い。
通り掛かる人と言う人が、振り返る訳だ。
序でに、彼女が昨日、歩き回って疲れたと言ったのも、靴が合っていない為だと、気付かされた。
 「へ?
  どうしたんスか?」
 「僕にだって、外聞と言う物があるんだよ!」
この行動も傍目には十分怪しいが、これ以上コバルタを伴って、大通りを歩き続ける度胸は、
ラビゾーには無かった。
知り合いに見られていない事だけを祈って、彼は急ぎ足になる。
コバルタは困惑した表情を浮かべながら、小走りで付いて行った。
街中にしては、やや閑散とした雰囲気の商店街に逃れ着いたラビゾーは、荒れる息を抑えて、
コバルタの様子を窺う。
 「はぁ、はぁ、先輩、何なんスか……?」
移動した距離は1通も無かったが、コバルタは息を上げて、膝に手を突き、疲労を露にしていた。
やはり体は女なのだと、ラビゾーは改めて認める。
 「……あぁ、悪かった」
 「いや、謝って欲しい訳じゃないんスよ。
  人の目が気になるって言ったのは、俺の方なんスから――」
 「いやいや、お前を気遣った訳じゃなくてな――」
2人が奇妙な譲り合いをしていると、側のベンチから声が掛かった。
 「おや?
  誰かと思ったら、ラヴィゾール!」
そこには鍔付帽を被り、子供用のロング・コートを着た、幼い少年の様な少女が座っていた。

26 :
彼女は『言葉の魔法使い<ワーズ・リアライザー>』と言う、旧い魔法使いの1人である。
ラビゾーとは一度会った限りの、縁の浅い者だが、彼女の方は確り憶えていた。
一方、ラビゾーは――、
 「えー……っと?」
……どこの誰だったか、すっかり忘れていた。
ラビゾーを「ラヴィゾール」と呼ぶ事は、師マハマハリトの知り合いの魔法使いなのだろう。
どこかで会った様な気がしないでも無い。
しかし、そこまでは判っても、誰だか思い出せなかった。
 「私と出会ったと言う事は、君は深刻な悩みを抱えているのだな?
  包み隠さず、言ってみ給い。
  私は君の力になれる」
偉そうな口振りの少女を見て、コバルタは声を潜め、ラビゾーに問い掛ける。
 「先輩、あれ、誰ッスか?」
 「……知っている様な気がするけれど、思い出せない」
少女はラビゾーが自分の事を、完全に忘れているとは思いもしないで、滔々と話し続ける。
 「そこの彼女は、精霊魔法使いだな。
  多くが共通魔法使いに紛れて行った中、未だ純粋な使い手が残っていたとは……。
  何者かに追われているのか?」
精霊魔法は共通魔法の基となった魔法であり、余程、精霊魔法と共通魔法の両方について、
熟知していない限り、精霊魔法使いと共通魔法使いは、見分けが付かない。
コバルタを一目で精霊魔法使いと見抜く辺り、この少女が徒者では無い事は明らかだった。

27 :
この儘では、真面に会話出来る気がしなかったラビゾーは、勇気を出して尋ねる。
 「大変、申し訳無いんですが……。
  どこで……お会いしましたっけ?」
 「ん?
  どこって……?」
少女の反応が鈍かったので、ラビゾーは益々申し訳無い気持ちになる。
やや間を置いて、少女は愕然とした表情で呟いた。
 「君は、まさか……」
 「済みません、憶えてないんです」
 「記憶喪失――!」
 「……いや、普通に憶えてないんですよ。
  名前を聞いた憶えもありませんし……、どこで会ったんでしたっけ?」
 「あっ、そう言う事?
  ショックだなぁ……そんなに印象薄かったかい?」
少女は顎に手を遣り、思い出した様に言う。
 「――そう言えば、名乗っていなかったかな?」
 「ええ、知りません」
ラビゾーが真顔で頷くと、少女は苦笑した。
 「私の事は今後、ワーズ・ワースとでも呼んでくれ。
  ……だが、初対面では無かったぞ。
  私は確かに、街を彷徨っていた君の願いを、叶えてやった。
  ――今、君が着ているコートの事だよ。
  それを忘れるとは……中々薄情な奴だな」
そう言われて、初めてラビゾーは、コートを買い替えた時の事に、思いが至った。
手頃なコートが見付からなくて、市内の店を回っていた最中、彼はワーズに出会ったのだ。

28 :
ワーズとの遣り取りを思い出したラビゾーは、高い声を上げる。
 「ああっ、思い出しました!
  あの時の、何だか胡散――ン、いや、不思議な感じの人!
  ……でも、叶えてやったって言われても、このコートは自分で探して買った物ですし……。
  何か『して貰った』って感覚は全然無いんですけど……」
続けて彼が反論すると、少女は唇を尖らせた。
 「それは君の願い方が悪い!
  もっと大きな願いを、実現させてやる事も出来たのに」
 「いや、でも、前に貴女が言った通りだと、叶えるのは結局、僕じゃないですか……」
ワーズとラビゾーが盛り上がっている横で、コバルタは詰まらなそうにしていた。
それに気付いたワーズは、ラビゾーに話を促す。
 「ん、それは扨置き、一体どう言う事情なんだね?」
 「ああ、それはですね――」
ラビゾーとコバルタは、現状に至るまでの経緯をワーズに語った。

29 :
一通りの事情を聞いたワーズは、コバルタを凝視する。
 「へー、これが元男……?
  美女が欲しいと言ったら、自分が女になったと。
  成る程、面白いねぇ」
彼女が不謹慎な事を言う物だから、ラビゾーはコバルタの様子を窺いつつ、顰めっ面をした。
 「何も面白い事なんて無いでしょう」
師マハマハリトとの付き合いで、人を食った様な態度には慣れているラビゾーだが、
それでも許容出来ない所はある。
そんな彼を見て、ワーズは苦笑した。
 「そう怒らないでくれ給え。
  その怪しい魔法使いとやらに、私は親近感を覚えるよ。
  懐かしいね……嘗ては私も、似た様な事をやっていた物だ」
ラビゾーとコバルタは、互いに顔を見合わせる。
 「それなら、元に戻してくれたり……?」
 「期待を裏切って悪いが、それは出来ない。
  私は他人の魔法に干渉する事には、不慣れだから」
余り悪く思っている風には見えない、淡々とした調子で、ワーズは言い切った。

30 :
ラビゾーが肩を落として、阻喪を露にすると、ワーズは人差し指を立てて、帽子の鍔を押し上げ、
得意気にフォローする。
 「だが、幾つか言える事がある。
  その魔法使いは、間違い無く、旧い魔法使いだ。
  『魔法使い<ウィザード>』か、『魔女<ウィッチ>』か、『魔神<ジン>』か判らないが、
  己の『役割<ロール>』に従って動いている」
 「ウィザードとウィッチとジンって、何が違うんです?」
ラビゾーが尋ねると、ワーズは小唄を歌い始めた。
 「善き願いには善き報いを、悪しき願いには悪しき報いを以って、役割は回る。
  魔法使い、あれは賢者、行くは魔王か、道化か、番人か、役割は回る。
  魔女、あれは慈母、行くは女帝か、情婦か、鬼女か、役割は回る。
  魔神、あれは善意、行くは独善か、皮肉か、悪意か、役割は回る」
分かる様な、分からない様な、迂遠な言い回しに、ラビゾーは理解を諦めた。
『役割<ロール>』の違いは、今は問題では無い。
彼は単刀直入に問う。
 「えー……それで、元に戻すには、どうしたら良いんでしょう?
  何か知っている事は、ありませんか?」
 「そう結論を急がずに、落ち着き給い」
 「はい。
  実のある話を、お願いしますよ」
ワーズに窘められ、ラビゾーは直ぐに引き下がったが、釘を刺すのは忘れない。

31 :
ワーズはコバルタに目を向け、意地の悪い表情をした。
 「善き願いには善き報いを、悪しき願いには悪しき報いを……。
  君の願いは、随分と邪な物だった様だな?」
コバルタが俯くと、ラビゾーは庇う様に口を挟む。
 「過ぎた事は、良いでしょう。
  今は、元に戻――」
 「ラヴィゾール、私は彼女に聞いているんだ」
ワーズは苛立ちを露に、ラビゾーを睨み付けた。
気圧された彼は、黙って2人を見守る。
 「良からぬ思惑で、願い事をしたんじゃないのか?」
再びワーズが尋ねると、コバルタは消え入りそうな声で答えた。
 「……はい」
 「それで、後悔や反省の気持ちは?」
更に詰られ、コバルタは口篭る。
 「す、少しは……」
 「成る程、『少し』か……」
コバルタの答えにも、ワーズの反応にも、ラビゾーは困惑する。
女にさせられて、コバルタが『少し』しか反省していないのは、一体どう言う事なのか?
ワーズもワーズで、どうして反応が薄いのか?
彼は2人の真意を測り兼ねていた。

32 :
ワーズは暫し考え込む仕草をした後、ラビゾーの方を向いて、首を左右に振った。
 「処置無しだね」
 「えっ、何故!?」
 「どうやら彼女には、元に戻ろうと言う気が無い様だ。
  強い意志さえあれば、私の魔法で何とか出来たかも知れないが……」
 「それでは困ります」
 「彼女は困らない様だよ」
そうワーズに返されたラビゾーは、コバルタに目を遣る。
彼女はラビゾーに対して、申し訳無さそうな、怯えた様な表情で、俯いていた。
 「誰であろうと、望まぬ物を与える事は出来ない」
膠も無くワーズが告げると、ラビゾーは激昂した。
 「今の姿こそ、誰も望んでいなかった物でしょう!?
  当のコバルトゥスでさえ!!」
 「その『彼』は、今は居ない。
  ラヴィゾール、君は解っているのか?
  彼女を男に戻すと言う事は、『彼女』を消す事に他ならない。
  よくよく考えてみ給い……。
  コバルトゥスと言う男は、彼女と引き換えにしてまで、助ける価値のある人物なのか?」
ワーズは物事の本質に触れる、嫌な質問をする。

33 :
ラビゾーは一層表情を険しくして、ワーズを睨んだ。
 「貴女はコバルトゥスの何を知っているんです?
  好い加減な事は言わないで下さい」
 「ハハッ、そこまで君が、彼に固執する理由を教えて貰えるかな?
  彼は君の親友だったか?
  それとも恩人か何か?
  将又、君が助けようと思わずには居られない程の、善人なのか?」
 「善人でなければ、助けては行けないって、そんな馬鹿な事はありません」
ワーズは人を小馬鹿にした様な、嘲りの笑みを浮かべる。
 「逸らかさず、私の質問に答え給い。
  コバルトゥスと言う男は、それ程までに価値のある人物なのか?」
到頭ラビゾーは、抑えていた怒りを爆発させた。
 「そんなに価値が大事ですか!?
  大体、誰もに必要とされる、客観的な価値なんて、ある訳が無いでしょう!!」
 「落ち着き給い、落ち着き給い。
  誰も、客観的な価値なんて、難しい事は訊いていないよ。
  君にとって価値があるのかと、そう言っている」
ラビゾーは答に窮した。
本当は彼も、認めていたのだ。
コバルトゥスを元に戻した所で、女好きの放蕩者が帰って来るだけで、誰の為にもならない事を……。

34 :
ワーズは沈黙したラビゾーを見て、呆れた風に溜め息を吐く。
 「詰まり、私が言いたいのはね、君の行動は所謂、要らぬ節介と言う奴じゃないかって事だよ。
  『コバルトゥス』を必要としている者は、誰も居ないじゃないか?」
 「それは判らないでしょう……?
  どこかで、彼の帰りを待っている人が、居るかも知れない」
 「そうじゃないんだよ、ラヴィゾール。
  彼女がコバルトゥスに戻りたいと思わないのは、誰も彼を必要としてくれないからさ」
ラビゾーは再びコバルタに目を遣った。
コバルタは俯いた儘で、唯々申し訳無さそうに、萎縮していた。
 「今の答えで、コバルトゥスを必要とする『誰か』が、君でない事だけは、はっきりした。
  私は君の、そう言う所が良くないと思うよ……全くの偽善で、自己満足ですら無い。
  それは望まれない者を生み出し、悲しみを拡げるだけだ」
ワーズはラビゾーの心を挫きに来ていた。
しかし、ラビゾーは強い意志の篭った瞳で、ワーズを見据える。
 「それは違います。
  コバルトゥスを必要としているのは、他でも無い、コバルトゥス自身です。
  誰が彼を否定しても、僕は彼を取り戻しますよ。
  誰もが彼を否定するなら、それこそが、僕が彼を助ける理由になります」
そう彼が言い切ると、ワーズは目を見開いて、驚いた顔をした。
 「ラヴィゾール、君は何と傲慢な!
  その行動が齎す結果について、君は何も考えないのか?」
 「コバルトゥスは、歴とした大人の男です。
  彼には彼の人生を、彼自身の手で決める権利がある」
 「……女のコバルタには、その権利が無いとでも言いた気だな」
 「もし、コバルタとコバルトゥスが全く逆の立場だったなら、僕は彼女を取り戻す選択をしたでしょう」
その答えを聞き、にやりとワーズは笑う。
彼女はラビゾーを試したのだ。

35 :
ワーズが求めた物は、覚悟である。
どんな結末になっても、後悔しないと言える、強い決意だ。
 「君の心は、よく解った。
  ラヴィゾール、『私の役割<ウィッチ・ロール>』を果たそう。
  だが、これだけは覚えておくが良い。
  善き願いには善き報いで、悪しき願いには悪しき報いで応えるのが、魔なる物だ。
  君の判断が、善悪を超えた所にある時、その報いは何に返るか分からないぞ」
 「それが『魔法』なら、僕は制して見せますよ」
ラビゾーの返事には、力強さや自信と同時に、それとは裏腹の、虚勢と不安が感じられる。
ワーズは嬉しそうに目を細めた。
 「若いな……羨ましいぞ、ラヴィゾール。
  そんな君に1つ、忠告がある」
 「何でしょう?」
 「君は彼女を侮り過ぎている。
  彼女は君が思っている程、分からず屋では無いよ。
  彼女と一緒に居られる時間を、大切にし給え。
  私は彼女が哀れでならない」
それは忠告と言うより、ワーズ自身の願いの様だった。
しかし、ラビゾーは敢えて、何も答えなかった。

36 :
ラビゾーはコバルタに情けを掛けると、別れが辛くなると思って、素っ気無く振る舞っている。
特に、コバルタに未練を残させる様な事があってはならないと、強く警戒している。
一方、コバルタはラビゾーと共に居たいが為に、男の姿に戻ろうとしている。
彼女はラビゾーに見捨てられない様に、彼の意見に従っているに過ぎない。
ワーズが気に掛けているのは、コバルタとラビゾーの関係だ。
コバルタ自身も、コバルトゥスに戻ると言う事は、己の存在を抹消する行為だと気付いている。
そうなる事が自然だと理解していても、自我の喪失に対する、微かな恐怖を感じずには居られない。
そして――、そんな彼女の心が解らない程、ラビゾーは鈍感では無い。
ラビゾーには、コバルタをRと言う自覚がある。
コバルタをコバルトゥスに戻す際に生じる諸々の『業』を、独りで背負い込もうとする彼が、
ワーズには歯痒く感じられた。
どうして彼は、世に蔓延る憂き事を、捨て置けないのか……。
そうした性質が、ラビゾー自身の幸福を阻んでいるのだ。
ワーズは余り諄くならない様に、忠告を1つに止めたが、本当は未だ未だ言い足りなかった。

37 :
何と無く気不味い空気になり、3人共、居た堪れない気持ちになる。
コバルタは磁石に引かれる様に、自然にラビゾーの側に寄った。
ワーズは言に表し難い複雑な気分になったが、役割に従い、「彼女の」魔法を使う。
 「……そう心配せずとも、物事はあるべき所に納まる様になっている。
  山は崩れて平らになる物、水は低きに流れる物。
  永続的に魔法の効果を保つのは、実質不可能――」
それは作為を壊す呪言である。
何日、何週、何月、何年、何十年……どの位、先の事になるかは知れないが、
「何時かは元に戻れる」事を保証する、気の長い魔法。
しかし、それを妨害する者が現れた。
 「おっ、ラヴィゾール?
  ラヴィゾールだなぁ!
  女連れとは、随分景気が良さそうじゃないか?」
 「あっ、レノックさん。
  お久し振りです」
明るく気削な――見方を変えれば、馴れ馴れしい態度の少年に、ラビゾーは快く応じる。
少年の名はレノック・ダッバーディー。
『演奏魔法使い<マジック・インストゥルメント・プレイヤー>』の一、『魔笛の奏者<ファイファー>』である。

38 :
レノックはワーズを見留めると、ラビゾーに尋ねた。
 「『これ』は?」
 「彼女はワーズ・ワースさんです。
  済みませんが、少し待っていて下さい、レノックさん。
  今、大事な話の最中ですから」
レノックにはラビゾーの言葉が、子供に言い聞かせる物の様に聞こえた。
故に、反抗心を隠そうともせず、不快を露にして、ワーズを睨む。
 「見慣れない顔だな。
  私は魔笛の奏者、レノック・"アヴリティース"・ダッバーディー。
  名前を伺おう、『お嬢さん』」
既に名前は知らされたのに、レノックは普段は名乗らない、称号名を口にしてまで、
改めてワーズの名を尋ねた。
ワーズはレノックを見定めるかの様に、慎重に答える。
 「私はワーズ・ワース・"グロッサデュナミ"。
  言葉の魔法使い。
  宜しく、『坊や』」
互いに牽制し合う、ワーズとレノック。
コバルタは新たな魔法使いの出現に戸惑い、ラビゾーの背に隠れる。
 (これじゃ話が進まないよ……)
ラビゾーは大きな溜め息を吐いた。

39 :
レノックは図々しくも、ワーズを無視して、ラビゾーから事情を聞き出そうとする。
 「所で、一体何の話をしていたんだい?」
問われて答えない訳にも行かず、ラビゾーは簡単に説明した。
 「そこの彼女の事ですが、本当は男なのです。
  どこかの魔法使いに、女の姿に変えられた物で……何とか男に戻そうと」
 「フムフム……今時分、随分と酔狂な輩が居る物だねぇ」
酔狂とは、例の魔法使いの事か、それとも自分の事か……。
ラビゾーは疑問に思ったが、深く考えるのは止めた。
 「それで、何か方法は無いかと、ワーズさんに聞いていたんです」
 「成る程……」
レノックは意味深な眼差しで、ワーズを一瞥する。
 「――良い方法は見付かったのかな?」
 「今、教えて貰う所だったんですよ」
そうラビゾーが答えると、レノックは急に引き下がった。
 「それは悪かった」
彼は大袈裟に1歩下がって、ワーズに発言を促す。
 「どうぞ、僕の事は構わず、続けてくれ」
ワーズは露骨に嫌な顔をした。

40 :
彼女はレノックを気にしながら、改めて呪言を掛ける。
 「物事はあるべき所に納まる様になっている。
  本来、男だった物を、女の儘で留め置く事は出来ない。
  その確かな意志さえあれば、男に戻るのは訳無いよ」
 「は、はぁ……、そうなんですか?」
今一つ理解が及ばない様子のラビゾーに、レノックは苦笑を漏らした。
 「やれやれ……彼が求めているのは、そう言う事じゃなくてさぁ、『具体的な手段』なんだよ。
  『魔女<ウィッチ>』の君には解らないかな?」
レノックに挑発されたワーズは、鋭い目付きで睨み返す。
 「黙っていてくれないか?
  これは繊細な問題なんだ」
当のレノックは肩を竦めて頭を振り、明らかな呆れを表した。
 「僕は君みたいに、無駄に年食ってるだけの魔法使いじゃないんだ。
  埃を被った様な流儀に拘って、貸せる知恵を惜しんだりはしないよ。
  それとも、君には貸せる知恵が無いのかい?」
火花を散らすワーズとレノック。
ラビゾーは何とか場の空気を変えるべく、自ら話を進める。
 「あの――、レノックさんは『具体的な手段』を御存知なんですか?」
 「ああ、勿論」
レノックは得意満面で深く頷き、今度は見下した様にワーズを一瞥した。

41 :
不機嫌に外方を向くワーズを措いて、レノックは語る。
 「ラヴィゾール、君は『万能薬<パナシス>』を知っているかな?
  どんな病気をも治し、どんな魔法をも解く、奇跡の薬だ」
 「パナシス……そんな都合の良い物が?」
 「あるんだな、これが。
  材料は、一角獣の角、砂漠の薔薇、鼠の卵、雲の欠片、竜の涙、それと大量の金貨。
  これ等を満月の夜、魔女の器で調合すれば、万能薬の出来上がり――ってね」
だが、ラビゾーは直ぐには信じる気になれなかった。
余りに都合が良過ぎるのだ。
それ1つで、どんな病気でも治す薬なんて……。
 「おやおや、信じないのかい?」
ラビゾーの心中を察した様に、レノックは彼の顔を覗き込み、嫌らしい笑みを浮かべる。
 「フフフ……信じるも信じないも、君の勝手だけどね。
  これじゃ教えた甲斐が無いなぁ」
困ったラビゾーは後方を窺ったが、コバルタは「パナシス」に関心が無い様で、
靴の爪先で地面を蹴って、暇そうにしていた。
彼は虚しさを感じながら、ワーズに意見を求める。
 「ワーズさんは『パナシス』って知っていますか?」
同じ旧い魔法使いなら、何か情報を持っていると思ったのだ。

42 :
しかし、先にレノックが否定する。
 「無駄無駄、彼女は物を知らない。
  無知の徒だ」
ワーズは敢えてレノックには関わらず、ラビゾーの質問に答えた。
 「名前だけは聞いた事がある……。
  だが、旧暦の話だ。
  伝承の通りに再現した所で、本物の『万能薬』が出来上がるとは、到底思えない」
レノックはワーズを小馬鹿にする様に、忍び笑いする。
 「ほらね。
  こんな様で旧い魔法使いを名乗ってるんだ。
  無為に、無感動に、無意味な日々を送っていた証拠だよ。
  無駄に年食ってるって意味が、よく解るだろう?」
ワーズは最早、完全に無視を決め込み、口惜しがる素振りも見せない。
 「これ以上、私が言える事は無い。
  後は、君が判断する事だ。
  私を取るか、彼を取るか、自由にし給い」
彼女の突き放す様な態度に、ラビゾーは困惑する。
 「どちらを取るかなんて、そんな積もりは全く無いんですが……。
  あの……レノックさん、もう少し詳しく『パナシス』について聞かせて下さい。
  今は何でも手掛かりが欲しいので」
旧い魔法使いと言う物は、誰も彼も人を食った性格をしている。
しかし、進んで悪意ある嘘を吐いて、人を騙す様な存在では無い。
万能薬に頼るか否かは別として、聞くだけ聞こうとラビゾーは考えた。
だが、その行動はレノックを頼ったのと、何ら変わりない。
ワーズはラビゾーに見切りを付け、無言で去って行ってしまった。

43 :
レノックはワーズに目も呉れず、ラビゾーに尋ね返す。
 「何から話せば良いかな?」
ラビゾーは少しの間、ワーズの背を未練がましく見送っていたが、今更引き止めても仕方無いと思い、
レノックと正対する。
去った者に気を取られていては、二兎を追う者、一兎をも得ずになるのは明白だった。
 「……取り敢えず、パナシスの材料を、もう一度教えて下さい。
  メモを取りたいので。
  出来れば、正確な分量も」
コートの内ポケットから、ペンとメモ紙を取り出し、構えるラビゾー。
手持ち無沙汰のコバルタは、ラビゾーのバックパックの紐を弄っている。
 「えーと、メモの準備は良いかな?
  竜の涙を1滴。
  砂漠の薔薇を1輪。
  一角獣の角を1本。
  雲の欠片を1掴み。
  鼠の卵を2、3個。
  金貨を……とにかく沢山。
  こんな感じで」
レノックは材料と分量を答えたが、完全に暗記している様に、殆ど迷い無く言い切ったので、
ラビゾーは逆に不安になった。
 「それで間違い無いんですね?」
 「適当で良いんだよ。
  極端に少なくなければ」
好い加減なレノックに、ラビゾーの不安は増す一方である。
薬の調合は、具体的に何滴、何口、或いは何対何の割合と、正確に分量を決めて行うのが普通だ。
幾ら旧暦の調合知識とは言え、雑な配分で良い筈が無い。
万能薬を謳うのなら、尚更だ。

44 :
胡散臭さを感じつつも、ラビゾーはメモから視線を上げて、レノックの本気度合いを確かめる様に、
真っ直ぐ彼の目を見詰めて尋ねる。
 「……この材料は、どこで手に入るんでしょう?」
 「先ず『竜の涙』だが、ボルガ地方の伝承に、竜に纏わる物があった筈だ。
  実際、竜に会って、涙を流して貰えば良い。
  『砂漠の薔薇』は、砂で出来た薔薇の花だ。
  名前からして、砂漠にあるんだろう。
  『雲の欠片』は、鉱石の一種だ。
  旧暦では、然して珍しい物では無かった様に思うが、今では……どうだろうな?
  『鼠の卵』は、鼠の巣穴にあると言う。
  『一角獣の角』は、銛の先端に使われていたのを、見た事がある。
  今でも使っているハンターが居るかも知れない。
  金貨は…………手を尽くして、何とかしてくれ」
相変わらず、レノックは飄々としている。
伝聞交じりの曖昧な答えが、ラビゾーを益々不安にする。
 「調合に必要な、魔女の器は?
  それと調合って、どうするんでしょうか?」
 「シチューを作るみたいに、混ぜ込むんだ。
  一角獣の角は、削って粉末にするんだったかな?
  それと鼠の卵は、中身だけじゃなくて、殻も一緒に。
  魔女の器に関しては、僕は『魔女<ウィッチ>』じゃないから、魔女に聞いてくれ」
 「……本当に全部、実在するんですか?」
彼が素直に疑問を呈すると、レノックは苦笑した。
 「違うよ、ラヴィゾール。
  既に存在している物を、取りに行くんじゃない。
  君の手で探すんだ。
  昔は皆、そうした物だよ」
探すのは良いが、実在しない物は見付からないんじゃないかと、ラビゾーは難しい顔をする。
そんな彼に、コバルタが小声で囁いた。
 「……これ、本当に全部探すんなら、大冒険ッスね」
彼女の言葉を耳聡く拾ったレノックは、にやりと笑う。
 「そう、冒険だ。
  ラヴィゾール、今の君には冒険心が足りない」
冒険心が足りない――その一言は、ラビゾーの心に重く響いた。

45 :
行動に対価を求めるのは、悪い事では無い。
だが、世の全ての物事が、必ず成功すると保証されている訳では無い。
一々確証を求めていては、結局何も出来ない人間になってしまう。
それでもラビゾーは、これだけは訊かずに居られなかった。
 「失礼ですが、レノックさん。
  『パナシス』を実際に作った事があるんですか?」
 「その質問は、最初にすべきだったね」
レノックは間抜けな彼を、窘める様に揶揄った。
 「『僕は』作った事が無いよ。
  但、昔の知り合いが、こう言うの得意でね。
  調合に立ち会った序でに、少し手伝う位なら、何度も経験した。
  効果は保証するよ」
レノックの言った事を、どう捉えれば良い物か、ラビゾーは悩みに悩む。
言う通りにして万能薬が出来るのなら、彼は迷い無く実行する。
だが、材料から既に、集められるか怪しいとなれば、話は別だ。
ラビゾーはコバルトゥスの男性格を守る為、一時的にコバルタと言う女性格を認めたが、その判断は、
解決に時間を掛け過ぎた場合、女性格が固着してしまう危険を孕んでいる。

46 :
今、冒険心が求められているのは、ラビゾーも解っている。
問題は兼ね合いだ。
コバルタをコバルトゥスに戻すのは、出来るだけ早い方が良い。
事は急を要するのに、当たりとも外れとも知れない遠回りをしている余裕が、あるのだろうか?
こうして愚図愚図しているのが、何より悪いと知っていても、ラビゾーは直ぐに結論を出せない。
 「僕に教えられるのは、これだけだ。
  彼女を本気で元に戻したいなら、精々頑張ってくれ給え」
レノックは薄情にも、長考中のラビゾーを放置して、去ろうとする。
 「レノックさん!?」
ラビゾーは慌てて呼び止めたが、彼は振り返らず、雑踏に消えて行った。
残されたラビゾーとコバルタは、互いに顔を見合わせる。
 「コバギ、どうする?」
些か頼り無い調子で、ラビゾーがコバルタに尋ねると、彼女は冷静に答えた。
 「レノックって人が言ってた、『パナシス』を作るしか無いんじゃないッスか?
  全く手掛かり無しって訳じゃないんスから、何とかなると思いますよ」
 「大陸を一周する様な、大冒険になりそうなんだが……その辺は?」
 「嫌だなぁ、先輩。
  俺は元々冒険者ッス。
  大冒険は望む所ッスよ」
気遣い無用と、コバルタは明るい笑顔を見せる。
それが余りに能天気そうだったので、ラビゾーは表情を曇らせた。
 「徒労に終わる冒険かも知れないんだぞ?」
 「冒険ってのは、そう言う物ッスよ。
  確証が無ければ動かないなんて、そんな事してたら、誰かに先を越されます。
  無駄足だったら無駄足だったで、後の事は、その時に考えれば良いんスよ」
楽観的に過ぎるコバルタを、ラビゾーは羨ましいとは思わなかった。
彼にはコバルタが、長い冒険の失敗を、望んでいる様な気がしたのだ。

47 :
 「ラヴィゾール――奴は駄目だな」
 「何だ、今頃気付いたのか?」
 「マハマハリトの弟子と聞いたから、私は奴を買い被っていた。
  初めて会った時は、今時見ない面白い奴だと思っていたのだが……結局は凡愚だったな。
  あれは周りの者を侮って、自分だけ賢振り、最後まで何も出来ない性質だ」
 「確かに、凡愚と言えば凡愚だが、今でも彼は十分面白いぞ。世の中は判らない物だ。
  何も、『出来る』事ばかりが、良い結果を齎すとは限らない。
  君こそ、ラヴィゾールを侮っているんじゃないか?
  あの男は、彼のアラ・マハラータ・マハマハリトが見込んだ魔法使い。そして、彼の最後の弟子だ」
 「魔法使いは皆、『夢想家<ロータス・イーター>』だ。美酒に酔って、甘い夢に生きる。
  だが、ラヴィゾール――奴は酒を不味くする。誰もが心地好く酔っている時に、
  無粋にも明日の憂いを話す様な奴だ。マハマハリトの後継にはなり得ない」
 「下らない。君が気にする事じゃないだろう。全く、夢想家らしくない」
 「ラヴィゾールの、あの凶しい性格が改まらない以上は、私は奴をマハマハリトの弟子とは認めても、
  『魔法使いの同類』とは認めない――絶対に認められないよ」
 「それが本音か? 君は彼を恐れているのだな」
 「ああ、恐れているとも。マハマハリトが思い煩うのも全て、ラヴィゾールの頑なさが元凶だ。
  奴が魔法使いの一員になる事は、本人の願いでもあるし、マハマハリトの願いでもある。
  それを叶える為には、『ラヴィゾール』を変えなければならない。これは曲げ様の無い真理だ。
  変化を受け入れなければ、奴の願いは永遠に叶わない」
 「ハハッ、言い切ったなぁ」
 「だが、『女になった男』の中から生まれた『女』を、正面から受け止める覚悟が、奴には無かった。
  お前が余計な知恵を貸したから、奴は『万能薬』等と言う、安易な道に逃げた。
  変化を恐れている証拠だ。あの時、お前が大人しく下がっていれば、ラヴィゾールは――」
 「本当に安易だと思うのか? ――だから、『侮っている』と言ったんだ。
  『魔女<ウィッチ>』の限界だな。ラヴィゾールが何故、この私を選んだのか、魔女の君には解るまい。
  『魔法使い<ウィザード>』は『魔法使いの役割<ウィザード・ロール>』に従って、願う者に試練を課す。
  願いを叶えるのは本人の実力だ。試練を乗り越えた者のみが、望んだ物を手に出来る。
  魔法使いは、『願いを叶える』魔女とは、根本的に違う生き物だよ」

48 :
 「……魔法使いと魔女の違い位、知っている。
  奴は『役割<ロール>』の違いで、私の魔法を嫌ったと言うのか?」
 「『魔女の役割<ウィッチ・ロール>』とは、願いを叶える事その物。
  『魔神<ジン>』と同じく、制約や代償を要求する事で、初めて成り立つ。
  彼が立ち向かっているのは、『その』壁だよ。
  君が考える『魔法使いの在り方』を押し付けても、彼は先ず受け容れない。
  彼は彼自身の意思で、己の進むべき道を選ぶ」
 「それは、ラヴィゾールが男だから?」
 「その通り。女が創る世界は微睡――競う事も、争う事も無く、退廃に沈む泥濘の海だ。
  見栄を張るのも、甘味を厭うのも、野心を抱くのも、泥濘から抜け出そうとする、男の性だよ。
  しかし、口出しせずには居られない、君の気持ちも解る。
  私だって彼の頑固な面を見るに付け、嫌味の一つや二つ言って来た。
  でもね、その度に彼は意地になって、我を貫こうとするんだ。
  全く馬鹿な男――だが、マハマハリトが期待しているのも、『そこ』なんだろう。
  馬鹿が開き直って、突き抜けるのを待っている。それが上手く行くかは知らないけれど……」
 「お前は奴に何を期待している?」
 「フフッ、誤解だよ。何も期待してなんかいない。面白いから見ているだけさ。
  それが『正しい』魔法使い――否、夢想家の在り方だ。
  君も暇があったら、先みたいに難題を吹っ掛けてやると良い。彼は真面目だから、逃げられない。
  馬鹿が必死に足掻くのは、愉快な物だ。そして、思いも掛けない道を切り拓くのは、痛快な物だ」
 「……万能薬の話は、全部嘘だった?」
 「まさか! あれは全部、本当の話だよ」

49 :
グラマー地方西南西のウェサーラ砂漠にて

ウェサーラ砂漠の真ん中にある、熱砂の町カラバタ。
旅商の男ラビゾーと少女コバルタは、『砂漠の薔薇』を求めて、この町を訪ねた。
グラマー地方は乾燥した土地が多く、砂漠なら他にもある。
その中でカラバタ町を選んだ理由は、ラビゾーが第一魔法都市グラマーの酒場で聞き込みをした際、
この町で難無く手に入れられると言う話を、聞いた為だ。
カラバタは寂れた町である。
復興期までは、砂漠のオアシスとして有名な町だったが、開花期になって水脈が枯れ始め、
今となっては、砂漠の中央にある辺鄙な町に落ち着いてしまった。
地下水を汲み上げる事で、町の生活用水は保たれているが、嘗ての様な、豊かな緑は見られない。

50 :
グラマー地方の人々は、ラビゾーとコバルタを夫婦か恋人同士の様に扱った。
あらゆる物がペアで用意され、宿に泊まるのにも部屋は1つ。
親兄弟であっても、年頃の男女は行動を共にしないのが、グラマー地方の常識である。
それが許されるのは、契りを交わした者同士のみ。
ここは「男」と「女」を、嫌でも意識させる所なのだ。
コバルタは満更でも無さそうだったが、ラビゾーは良い顔をしなかった。
誰だって、毎日床で寝るのは辛い物だ。

51 :
ラビゾーとコバルタが求める物――『砂漠の薔薇』は、驚く程あっさりと見付かった。
それは2人が、カラバタの街路を歩いていた時の事。
 「そこの連れ合いさん、旅の土産に何か買って行きませんか?」
露天商に声を掛けられ、ラビゾーが何気無く振り向くと、商品が並べてある茣蓙の上に、
『Desart Rose』と書かれた値札が置いてあったのだ。
価格は2000MG。
『砂漠の薔薇』は、ウェサーラ砂漠で採れる、カラバタ町の特産品であった。
薔薇を模った様に、薄い岩板を何枚も重ねて作られた、天然の造花……それが『砂漠の薔薇』である。
露店の茣蓙に並べられた、それ等の大きさは区々だったが、大体は手の平に乗る位の物だった。
 「あの……これ、2000MGで合ってますか?」
ラビゾーが砂漠の薔薇を指差して尋ねると、髭を生やした露天商は、別の商品を勧める。
 「それより、こっちの水晶の原石とか、どうですか?
  加工すれば、それなりの物になりますよ」
彼が指した原石には、10000MGの値札が付いていた。
ラビゾーが愛想笑いしつつ、手の平を向けて拒否の意思を表すと、露天商はコバルタに目を遣る。
そして、声を潜めてラビゾーに耳打ちした。
 「若奥様への贈り物に、どうでしょう?
  カスタム・メイドで指輪やブローチにすれば、それは世界で唯一つの物になります。
  値段の問題ではありません。
  奥様にとっては、生涯の宝物になるでしょう」
コバルタは宝飾品を身に付けていない。
最近女になったので、そう言う習慣が無いのは当然だ。
しかし、この露天商はラビゾーを、「そう言う事」に疎い人物だと思ったのである。
 「奥様は美人ですなぁ。
  しかし、飾り気が無くて、少々寂しそうに見えます。
  質素な美しさも良い物ですが、旦那様も男なら、そう贅沢は出来なくとも――いえ、
  贅沢が出来ないのなら尚の事、身嗜みには、気を遣って差し上げるべきですよ」
そこを突いた巧みなセールス・トークだったが、惜しむらくはラビゾーとコバルタが、
夫婦や恋人の間柄に無い事だ。
お世辞も虚しいばかり……。

52 :
ラビゾーは眉を顰め、自嘲するかの様な、気の抜けた口調で、露天商に言う。
 「生憎、細やかな贅沢をする程の余裕も無いんだ」
本音である。
露天商はラビゾーとコバルタを交互に見て、申し訳無さそうな顔をした。
態々辺鄙な町を訪ねて来る旅行者が、そこまで貧しいとは思わなかったのだ。
 「これは失礼しました……」
ラビゾーとコバルタは、未だ未だ旅を続けなければならない。
その為には、無駄な出費は極力控える必要がある。
所が――、
 「いや、買います、買わせて下さい!」
何を思ったか、コバルタはラビゾーを押し退け、露天商に詰め寄った。
 「待て、何を言い出す!?
  どう言う積もりだ!!」
ラビゾーが慌てて真意を問い質すと、コバルタは露天商に目を遣りつつ、口篭る。
 「そ、それは……あの……」
 「お前が金払うなら良いけどさ、そうじゃないだろう?」
ラビゾーが向きになると、彼女は声を潜めた。
 「いえ、大事な話なんで……先輩、少し声を落として下さい」
内緒話が好きだなと呆れながら、ラビゾーは仕方無く、露天商に背を向け、身を屈める。

53 :
コバルタの話は、至極真面目な物であった。
 「あれの中に、精霊が閉じ込められているんス」
 「精霊?」
 「今だから話しますけど、俺が各地を旅してた理由は、精霊を探す為なんスよ。
  『冒険者』やってるのは、精霊探しに都合が良いからッス。
  俺、精霊魔法使いッスから……。
  この世界の自然を見守る役目を、親から引き継いでるんス」
精霊と言われても、普通の共通魔法使いは信じないが、ラビゾーは精霊に縁があった。
彼は精霊を、何らかの偶然で生まれた、スピリタス系の魔法生命体の様な物と、認識していた。
 「マジで?」
 「大真面目ッス」
 「自然を見守って、どうするんだ?
  ……見守るだけ?」
 「精霊の様子で、その土地の吉凶が大体判りますから、危機に繋がりそうな時は、
  俺が解決に動きます」
何時も巫山戯けている男が、実は大役を担っていたと知り、ラビゾーは彼への評価を改めた。
 「成る程……中々重い使命を負っていたんだな」
 「大事になる事は、そうそう無いんスけどね」
謙遜だろうか、照れ隠しだろうか、コバルタは何でも無い風を装う。

54 :
ラビゾーは再度、コバルタに質問した。
 「それで、あの水晶を買って、どうするんだ?」
 「精霊は自然の中で、勝手に増える物ッス。
  でも、共通魔法使いの側に置かれると、その内、消えてしまうんで……」
 「共通魔法使いだと、どうして都合が悪いんだ?」
 「精霊は共通魔法使いを嫌ってます。
  共通魔法使いは、精霊を殺して、魔法を使いますから……」
ラビゾーには、コバルタの言った事の意味が、今一つ解らなかった。
それは彼が魔法資質に劣る、共通魔法使いだからである。
精霊の持つ魔力を読み取れなければ、精霊の存在に気付けない。
 「取り敢えず、あの水晶を買えば良いのか?」
 「はい」
 「買って、その後は……どうする?」
  
 「大分弱ってるみたいなんで、静かな土地で休ませます。
  元気になったら、もう一度この砂漠に戻しましょう。
  今度は、人に見付からない所に……。
  もしかしたら、何百年か後にはオアシスが甦るかも知れないッス」
そうやってコバルトゥスは、精霊を守って来たのだ。
ラビゾーは彼を、徒の遊び人だと思っていた事を、深く反省した。
そして、やはりコバルトゥスを男に戻さなくてはならないと、改めて意志を固めたのである。

55 :
精霊

旧暦に信仰されていた、魔法生命体らしき物。
精霊魔法使いは、これを使役して魔法を使う物とされる。
伝承によれば、土に生える雑草の如く、魔力ある所、どこにでも生じるとの事。
この為、旧暦の精霊魔法使いは、魔力を精霊力と呼んでいた。
共通魔法でも使われる精霊言語は、精霊魔法使いが精霊と会話する手段と言われて来た。
共通魔法で生み出される『人工精霊<スピリタス>』と同質の物と思われるが、決定的な違いとして、
棲息環境の魔力量に応じて分裂増殖する……と言われている。
意思の有無は不明。
その性質が故か、個にして全、全にして個と言われるが、これも定かでない。
共通魔法使いは一貫して、精霊の存在を否定して来た。
そして今も、認めてはいない。
共通魔法使いは精霊を、飽くまで自然に存在する「魔力の塊」として扱っている。
魔法大戦で精霊魔法使いの一部は、共通魔法使いと共闘したが、精霊を単なる魔力の塊であると言う、
共通魔法使い側の主張を受け入れられなかった精霊魔法使い達は、魔法大戦後に共通魔法使いと、
袂を別った。
共通魔法使いの間でも、精霊魔法使いに好意的な解釈では、精霊は旧暦には存在していたが、
魔法大戦によって失われたとする説を採るが、それが何かの慰めになった事は無い。

56 :
精霊魔法使いに伝わる、旧い伝承では、精霊は大精霊の子とされる。
大精霊は災厄の源と云われる存在であり、人間の王によって倒された後、無数の弱き精霊を生んだ。
以後、災いを封じる為に、強い魔力を持とうとする精霊は、王の手で小さな精霊に分裂させられた。
そして王は、自らが亡き後も、力を持った精霊が暴走しない様に、精霊の力が自然に分裂する、
『仕組み』を創った。
この王は後に、精霊王と呼ばれる様になった。
精霊王の御業は、後に王の臣下や子孫に伝わり、精霊魔法の基礎となった。
魔法大戦の精霊魔法使い、精霊王チュエルンテュ・アト・アエ・ザン・サルガバナレンは、
精霊王の正統な後継者とされる。
魔法の世界が訪れた後、精霊王サルガバナレンは、魔法大戦の勝者になる為、大精霊の封印を解き、
優れた4人の精霊魔法使いを、その依り代とした。
その4人の精霊魔法使いが、四大精霊子と云われている。
四大精霊子は五天侯に敗れたが、封印を解かれた大精霊が、その後どうなったかは伝わっていない。

57 :
第一魔法都市グラマー南東区の酒場ハンブラにて

第一魔法都市グラマーの片隅にあるバー・ハンブラには、何時も草臥れた男達が集まる。
厳格と言われるグラマー市民の中で、昼間っから酒を飲んで駄弁っているのは、詰まる所、
そう言う人間達である。
いや、中には夜勤明けの者も居るだろうと思うかも知れないが、真面目に家庭を持っている者は、
態々酒場に寄らない。
少なくとも、酒場に長時間入り浸る事は無い。
働き盛りの若者が、昼間の酒場で飲もう物なら、「常連」に注意されてしまう。
 「ここは、お前の様な奴が来る所じゃねえ!
  俺達みたいな、駄目人間になりたくなけりゃ、さっさと帰るんだな」
素直に従うも良し、黙って居座るも良し。
だが、必ず常連に絡まれて、経歴や私生活を根掘り葉掘り聞かれる破目になる。
そこで駄目人間振りを気に入られるか、それとも真人間振りを揶揄われるか……前者であれば、
酒場は居心地の良い場所になるが、後者であれば、決して良い思いはしないだろう。

58 :
旅商の男ラビゾーは、少女コバルタを伴って、バー・ハンブラに来ていた。
 「やあ、ラビゾーさん。
  お久し振りです」
 「ラビゾー、何やら入用らしいな。
  バー・シャリーの連中から聞いたぞ」
ラビゾー自身は数度しか、この酒場に訪れていないが、常連客もマスターも、彼を顔馴染み同然に扱う。
ここに限らず、ラビゾーは各地の似た様な酒場を巡っているので、自然と客伝店伝に情報が渡るのだ。
ラビゾーに酒場を渡り歩く習慣が付いたのは、師マハマハリトが各地の名酒を求めて、
寂れた酒場を飲み歩いていると言う話を、師の知り合いの魔法使いから聞いた為である。
当初、酒場には縁の無いラビゾーだったが、飲んだ暮れて日々を退屈に過ごしている酔っ払い達には、
彼の旅話は打って付けの肴であり、よく歓迎された。
余り話しの得意でないラビゾーは、異郷の奇妙な法律や風習、旅先でのRやトラブルを、
面白可笑しく脚色する事は出来ず、事実を語るのみだったが、酒場の酔っ払い達は、
未だ見ぬ風景を想像して、勝手に盛り上がってくれた。

59 :
年老いた常連の1人が、訳知り顔でラビゾーに問い掛ける。
 「『砂漠の薔薇』は手に入ったのかい?」
 「ええ、無事に」
 「今時、『砂漠の薔薇』を欲しがるなんて、相変わらず、アンタは掴めない人だなぁ」
砂漠の薔薇は一時期、土産物として流行したが、それは数十年も昔の事で、
今では殆ど名を聞かなくなった。
その流行も、知る人ぞ知る程度だったので、そう言う物がある事も、多くの者は知らない。
どの様にして生成されるか判明した後では、学術的価値も失われてしまい、今になって態々、
砂漠の薔薇を探し求めるラビゾーは、珍しかったのである。
そして、珍しい事は、もう一つ……。
 「それはそれとして……野暮な事を聞く様で悪いが――」
老人の目がコバルタに向けられたのを察して、ラビゾーは先回りして答える。
 「シャリーでも散々言われましたけど、違うんですよ。
  グラマー地方では、余り良くない事だとは解っていますが……」
グラマー地方では、年頃の女性と連れ立って歩くのは、夫婦恋人に限って許される。
だが、グラマー地方の酒場とは、疲れた男が集まる場所である。
近年では態々女向けの酒場、『レディ・バー』なる物が出来た位だ。
「グラマー地方で」酒場に女を連れ込むのは、非常識と非難されても仕方無い。
ラビゾーが弁解すると、別の中年の常連客が笑った。
 「良くも悪くも、お前さんは真面目だな。
  まぁ、安心しな。
  俺達ゃ、お堅い連中とは違うからよ。
  お前さんの事だから、何か事情があんだろう?
  立ち話も何だから、空いた所に座っとけ」
 「あ、有り難う御座います」
 「マスター!
  旅人に一杯、俺の奢りで」
 「悪いですよ……」
 「俺の酒が飲めねえってのか!?
  良いから、人の好意には甘えとけ」
酒場に居る連中は大抵、親切で気前良いが、強引である。

60 :
ラビゾーとコバルタがカウンター席に座ると、ハンブラのマスターは、グラスに薄いクミスを注ぎ、
カウンターの上を滑らせて遣した。
グラスは計った様に、ラビゾーの前で止まったが、残念な事に彼は、クミスの臭いが苦手だった。
しかし、飲まない訳にも行かないので、ラビゾーは思い切って、グラスのクミスを呷る。
それを確認すると、中年の常連は得意顔で質問して来た。
 「飲んだな?
  飲んだからには聞かせて貰うぜ?
  そこの娘っ子は何な訳よ」
釈然としない物を抱えながら、ラビゾーは答える。
 「知り合いの親戚……みたいな物です」
 「豪く曖昧な言い回しだな」
 「色々あって、僕が預かる事になりまして」
のらくら無難にラビゾーが核心を避けていると、後方のテーブルから声が飛んできた。
 「怪しからん、これだから余所者は……。
  風紀が乱れる元だ」
声の主は、不機嫌な顔をしている、頑固そうな老人。
しかし、彼が特別、余所者に厳しい訳では無い。
これが女を酒場に連れ込む事に対する、一般的なグラマー市民の反応なのだ。

61 :
中年の常連は、頑固そうな老人を見ると、大笑いした。
 「ハジラダハスの爺様よ、酒場に長居してるアンタが言っても、説得力が無い。
  真面なグラマー市民は、こんな時間、バーに溜まってやしないんだぜぇ?」
「違い無い」と周りの常連達は、どっと笑い声を上げる。
図星だったのか、口論する気は無いのか、老人は口答えせず、不貞腐れた様に、
酒の入った小さなグラスを呷った。
この時間、ここに居る時点で、誰も五十歩百歩なのだ。
騒ぎの隙に、コバルタは小声でラビゾーに囁いた。
 「先輩、俺も酒頼んで良いッスか?」
 「駄目だ、堪えろ。
  酒場に女を連れ込んだ上に、酒を飲ませて酔わせた何て知れたら、出禁になってしまう」
 「俺、強い方なんで、酔わないから大丈夫ッスよ〜」
 「自分で強いとか言う奴が、一番危ないんだ」
 「そんなぁ……」
愚図るコバルタを放って、ラビゾーはマスターに話し掛ける。
 「所でマスター、『鼠の卵』って聞いた事ありませんか?」
それを拾い聞きした中年の常連は、再び大笑いした。
 「ラビゾーさんよ、鼠は赤ん坊を産んで増えるんだぜ!
  ガッハハッ、卵は産まねえよぉ!」
 「その位、知ってますよ」
ラビゾーが眉を顰めると、中年の常連は失笑しながら尋ねる。
 「知ってるなら、何で聞いたんだ?
  お前さん、やっぱり変な奴だよ。
  訳が解んねぇ、グフフフ」
何が壷に嵌まったのか、中年の常連は独り、笑い上戸になっていた。

62 :
ラビゾーは中年の常連に構わず、改めてマスターを見る。
 「『鼠の卵』ですか……」
だが、マスターも見当が付かない様で、困った表情を浮かべるだけだった。
 「鼠の巣にあると言う話なんですが、文字通り『鼠の卵』では無いと思うんですよ。
  鼠は卵を産みませんからね。
  ……いえ、知らないのでしたら、結構です。
  この地方の物では、無いのかも知れません」
そうラビゾーが言うと、訳知り顔の老人が、横から口を挟む。
 「鼠の巣にある卵って、そいつは蛇の卵じゃないかな?
  コブラの一種が、砂漠鼠の巣穴を乗っ取って、産卵する習性を持っていた筈。
  土の中は地表に比べて、温度も湿度も安定しているから、住み心地が良いんだね」
 「ははぁ……成る程、蛇の卵!
  随分お詳しいんですね」
ラビゾーが素直に感心すると、訳知り顔の老人は、照れ臭そうに微笑んだ。
 「昔取った杵柄と言う奴かな?
  最近の事は直ぐ忘れるのに、こう言う事は淀み無く、口を衝いて出て来る。
  全く、困った物だ」
 「動物の生態研究をなさっていたんですか?」
 「いや、若い頃は、その道を目指す積もりだったんだが、中々勉強が難しくてね……。
  結局は妥協して、違う生き方を選んでしまった。
  人生なんて大体、そんな物だよ」
染み染みと語る老人に、ラビゾーは思う所があった。
 「有り難う御座います。
  一杯奢りますよ」
 「では、サイダーを」
酒場には、甘っ怠い煙草の匂いが充満している。
ここは現世に疲れ、堕落した者達の楽園なのだ。

63 :
エグゼラ地方南西部の町ノーシュにて

エグゼラ地方ノーシュ町は、キューター平原の小山ソースルカの麓にある、温泉町である。
『温石<ラストーン>』、『熱石<ヒート・ストーン>』の産地として有名で、別名は「湯気の町」。
エグゼラ地方では珍しく、春から初夏に掛けて、新緑が茂る所。
極寒のエグゼラ地方に於いては、欠かす事の出来ない中継地であり、歴史が少し違っていれば、
魔法都市のエグゼラを差し置いて、ノーシュこそが、この地方の中心地になっていたと言われる。
そうならなかった理由は、大魔法結界の都合と、共通魔法の発展が大きい。
共通魔法はエグゼラの寒さを克服してしまったのだ。
尤も、それだけが理由なら、重要な中継地であるノーシュは、市レベルまで発展していただろう。
ノーシュ町が、「町」に留まっている最大の理由は、移民の急増を嫌った、住民の性質にある。
過去のノーシュ町民は、温泉宿に泊まる旅人は歓迎したが、新規の入植者は慎重に扱った。
その原因は、長らく極北人の勢力に脅かされていた事で、余所者の流入に敏感だった為だろう。
今でも、先住民系と移民系の間には、軋轢があると言う。

64 :
ラビゾーとコバルタは、『雲の欠片』を求めて、このノーシュ町に来ていた。
雲の欠片とは、天然の熱石の事である。
熱石は水と反応して、熱を発する性質を持つ。
天然の熱石は、降雨・降雪時に、多量の水蒸気を上げる事から、『雲の欠片』とも呼ばれた。
グラマー市の図書館の鉱物辞典には、そう書いてあった。
ノーシュ町の別名である「湯気の町」は、この熱石の性質に由来する。
温石は熱石より反応が緩やかで、余り高温にならない物を言う。
主に懐炉として用いられ、エグゼラ地方での野外活動には欠かせない。
ノーシュ町で採れる温石や熱石は、ソースルカ山が齎した物。
キューター平原の小山ソースルカは、然程活発でない火山であり、魔法暦になってから、
噴煙・噴火は確認されていないが、温石・熱石が大量に発掘され、温泉も湧いているので、
何時かは火山活動を再開すると予想されている。

65 :
はらはら舞う雪は、町の石畳に触れると瞬く間に溶ける。
ノーシュ町が暖かい地熱に守られていると、一目で判る現象だ。
それでも風は冷たく、気温は氷点下。
ラビゾーは両腕を組んで背を屈め、熱を逃さない様にする。
一方、そんなラビゾーとは対照的に、コバルタは何食わぬ顔で歩いていた。
何時もは先を行くラビゾーの後を、コバルタが早足で付いて行くのだが、今はラビゾーの方が、
コバルタを追う有様だ。
ガチガチ歯を鳴らすラビゾーに、コバルタは問い掛ける。
 「先輩、大丈夫ッスか?」
 「……毎度の事だが、どうも気候の変わり目には慣れない。
  グラマーでは暑い暑いと思っていたから、エグゼラは丁度良い位だと踏んでいたんだがなぁ……」
 「先輩って意外と頭悪いッスね。
  どっか抜けてるって言うか――」
見通しの甘さを指摘され、ラビゾーは口を固く結んだ。
 「――間抜けって感じッス」
悪気無さそうなのが、より腹立たしい。
彼はコバルタを恨めしそうに見詰めて、尋ねる。
 「コバギ、お前は寒くないのか?
  そんなに着込んでいる様にも見えないが……」
 「俺、少し寒い位が好きなんッスよ。
  生まれと育ちはエグゼラな物で」
コバルタは余程機嫌が良いのか、精霊言語で小唄を遊んでいた。
澄んだ綺麗な青色を纏う彼女に、ラビゾーは不思議と感傷的な気分になる。
 (青――コバルトか……)
コバルトゥスの魔法色素は、名前通りの青だった。

66 :
町の小さな宿に着いたラビゾーとコバルタは、2階の狭い部屋に通される。
コバルタは直ぐ様、窓に駆け寄って、町の風景を見下ろした。
町の彼方此方から、濛々と立ち上っている湯気は、温泉の物だ。
静かに降りる雪の粉を呑み込んで、霧雨に変える。
――宜なるかな、湯気の町。
 「先輩、見て下さい!
  綺麗ッスよ」
コバルタは燥いで振り返ったが――、
 「今、それ所じゃないんだ」
ラビゾーは暖炉の前で屈み込み、薪を焼べながら、冷えた体を温めていた。
その背中は如何にも小さく見える。
 「情け無いッスよ、先輩。
  幻滅ッスわ」
 「幻滅でも何でも、勝手にしてくれ。
  そんな立派に見られようとは思ってない。
  はぁー、寒い寒い」
全く相手にされていない様で、コバルタは唇を尖らせる。

67 :
ノーシュ町は温泉宿で有名だが、この宿には温泉が無い。
「湯気の町」ノーシュに在りながら、温泉の無い宿は、それだけで見劣りする。
故に、ここの宿泊料は、他の温泉宿に比べて、大分安目だった。
コバルタは窓の外の、立ち上る湯気を眺めながら、暈やく。
 「温泉、良いッスね……。
  俺も入りたいなぁ」
 「女湯に入るのか?」
 「そりゃ、まぁ、この体で男湯には入れないッスけど……」
ラビゾーに問われたコバルタは、語尾を濁した。
下心の有無は不明だが、女の体で何が出来る訳でも無い。
ラビゾーは冷静に返す。
 「……入りたければ、入って来れば良いんじゃないか?
  入浴だけ出来る施設があったと思う」
 「それで、その……先輩も一緒に、どうッスか?」
 「僕は遠慮しとく。
  風呂は独りで、のんびり、ゆっくり浸かりたいんだ」
誘いを断られたコバルタは、俄かに面を伏せた。
そして、小声で独り言の様に呟く。
 「……実は、少し怖いんッスよね」
 「何が?」
そう尋ねた後で、ラビゾーは彼女の物憂気な表情に気付き、息を呑んだ。

68 :
「怖い」とは何に対しての事なのか?
もしかして、元に戻る事が怖いのだろうか?
ラビゾーは独り想像を巡らせ、慌てて蒼褪める。
 「――どうして、こう、心細いんスかね?
  女だから?
  俺、こんなに弱かったのかって、自分でも吃驚してます」
しかし、コバルタの心配は別の所にあった。
 「とにかく独りってのが、物凄く不安なんスよ。
  だから、先輩も一緒に行きましょう」
 「嫌だよ。
  大体、僕は女湯まで付いて行けないぞ」
頼られて悪い気はしないが、ここまで来ると流石に鬱陶しく感じられ、ラビゾーは眉を顰める。
 「あの……いや、その、混浴って言うのが――」
 「その前に僕は、風呂は独りで入りたいって言ったんだが……聞いてたよな?
  ……お前、どこまで本気なんだ?」
コバルタに揶揄われているとしか思えず、ラビゾーは更に険しい顔をした。

69 :
女性経験の少なさは、ラビゾーの数ある劣等感の一。
経験豊富だろうコバルトゥスが、自分の事をどう見ているか等、彼は考えたくなかった。
ラビゾーの反応は、有り体に言ってしまえば、卑屈から来る僻みである。
そんな事は知る由も無いコバルタは、再び俯いて、消え入りそうな声で、ラビゾーに問い掛けた。
 「先輩、俺、男に戻りたくない――……って言ったら、どうします?」
 「行き成り何を言い出す?」
やや荒い口調で、ラビゾーは問い返す。
男が女になる事を認めては行けない、コバルトゥスの人格を黙殺しては行けない……。
その一心だった。
コバルタが返事をせず押し黙ったので、彼は溜め息を吐いて、自ら口を開いた。
 「どうするも何も……お前が元に戻らないんなら、旅を続ける理由が無くなる。
  ここで『解散』だ。
  お別れ、お開き」
 「……そうッスよね」
コバルタは寂しそうに窓の外へと視線を移す。
憂いを帯びる時、彼女の貌は俄かに大人びる。
ラビゾーは不覚にも、胸の高鳴りを自覚した。
 (彼女は君が思っている程、分からず屋では無いよ。
  彼女と一緒に居られる時間を、大切にし給え)
ふとワーズの言葉が脳裏を過り、ラビゾーは強い同情心に駆られる。
今ここで訊くべきか、訊かざるべきか、暫し逡巡した結果、彼は勇気を出して尋ねた。
 「……コバギ、お前は――いや、コバルタ、君は、本当は、どうしたいんだ?」
ラビゾーは初めて、コバルタを名前で呼んだ。
どうして、そんな気持ちになったのか、ラビゾー自身にも解らない。
これがワーズの魔法なのか、それとも『青い』コバルタが、悲しそうに見えたからなのか……。

70 :
コバルタは瞳孔を開き、驚いた表情で、ラビゾーを正視する。
 「先輩、今――」
 「肚を割って話そう。
  君をコバルトゥスに戻す、僕の意志は変わらない。
  知りたいのは、コバルタ、君自身の気持ちだ」
未だコバルタを認める事には、幾分の抵抗が残っているのか、その名を呼ぶ度に、
ラビゾーの口元は僅かに歪んだ。
コバルタは恐る恐る、不安を吐露する。
 「……俺、男に戻ると、どうなるんスか?
  俺は元々男で、男に戻るのは、普通の事で……それは解ってるんスけど、でも、男だった俺と、
  今の俺は、全然違うんッスよ。
  記憶を引き継いでるだけの別人って感じで、俺の心は――」
彼女は恥ずかし気も無く、感情の儘に論理的でない言葉を吐き続ける。
ラビゾーは一旦、彼女の口を止めた。
 「君とコバルトゥスが別人なら、僕は尚の事、コバルトゥスを取り戻さないと行けない」
 「それは解ってます!
  頭では理解してるんスよ!
  俺は異常な状態ッス、どうにかして元に戻らないと行けない!
  でも、『今の』俺の気持ちは、どうなるんスか……?
  男になったら、どうでも良くなって、消えてしまうんスか!?」
コバルタは目に涙を浮かべる。
女性格の固着を避ける為には、人格の分離が必要だが、男性格を取り戻す事は、女性格をR事。
体は1つで、どちらも残す事は出来ない。
どうにもならないから、彼女は苦しんでいる。

71 :
掛けるべき言葉が見付からず、ラビゾーはコバルタの出方を待つ。
知らないと言って、切り捨てるのは容易いが、それではコバルタの心は動かせないだろうと、
彼は考えていた。
最終的な決定権を持つのは、やはりコバルタなのだ。
今までは強引に、男に戻れと言って来たラビゾーだが、コバルタの中の『女』を見るに連れ、
それで押し通せるとは思えなくなって来ていた。
コバルタは長い沈黙の後に、重々しく口を開く。
 「……解ってますよ。
  俺は男に戻ります。
  最初は万能薬なんか作れなくても良いって、不純な気持ちだったんスけど……
  材料が揃い始めて、甘えた考えじゃ行けないなって……。
  うだうだ言うのは、今日で最後にします」
彼女が無理している様に見えて、ラビゾーの気分は晴れなかった。
どうにも出来ないなら、何も訊かない方が良かったのでは無いかとも思った。
中途半端な優しさは、徒に傷を拡げるだけと、過去に言われた覚えがある。
 「でも、その代わりに……先輩、1つだけ、お願いがあります」
 「……何?」
独り思案に耽っていた所、コバルタの声で現実に戻され、ラビゾーは目を瞬かせる。
「お願いがあります」と言う部分しか、彼には聞こえていなかった。
 「俺が男に戻っても……俺の事――『コバルタ』は、忘れないで下さい」
それは存在が消えてしまうなら、記憶の中に留めて置いて欲しいと言う、切実な願いだったが、
ラビゾーは肯けなかった。
コバルトゥスと会う度に、コバルタの事を思い出すのは、嫌だったのだ。
答え倦ねるラビゾーを見て、コバルタは失意に沈む。
 「無理ッスか……?
  ……御免なさい」
その場凌ぎの嘘で繕う訳にも行かず、ラビゾーは申し訳無い気持ちになるのだった。

72 :
日が落ちると、南西の時を迎える前に、コバルタは眠りに就いたが、ラビゾーは中々寝付けず、
北の時が訪れて、日付が変わっても、未だ起きていた。
コバルタが女の儘で居たいと言い出すのは、ラビゾーにも予想出来た事である。
見て見ぬ振りは良くないと思い、彼は今日、それを明らかにさせた。
正しいと信じる心に従っただけの事なのだが、ラビゾーは酷く心を痛めた。
恐らくコバルタも、深く傷付いた。
どう考えても余計な事で、誰も得しない行動だったと、ラビゾーは激しく後悔した。
 (済まない……)
ラビゾーは何度も何度も、心の中でコバルタに謝った。
『本来の姿』を取り戻すのに、善も悪も無い。
コバルトゥスとコバルタを天秤に掛け、どちらが良いとも言えない。
だが、どちらか一方が消えねばならないのだ。
……翌日は、熱石を買いに行く。
仮にコバルタが旅を中断すると言い出しても、ラビゾーは引き止めない積もりだった。
だが、コバルトゥスに対する義理立てとして、独りでも万能薬は完成させようと決めていた。

73 :
翌朝、ラビゾーは昨日の話の続きをしようと思ったが、コバルタの方から拒否された。
曰く、覚悟が揺らぐと行けないので、その事には触れず、一緒に旅を続けさせて欲しいと。
そして以後、彼女の事は「コバルトゥス」でも「コバギ」でも無く、「コバルタ」と呼ぶ様に頼まれた。
それで本当に良いのかと、ラビゾーは尋ねたかったが、とても言い出せる雰囲気では無かった。
折角、コバルタが決意を固めたのだから、自分が確りしなくては行けない。
しかし、頭では解っていても、心では彼女を哀れに思う気持ちが強く、嘘の苦手な彼は、
それが表情や態度に出てしまっていた。
コバルタはラビゾーが俯き加減になる度、憂いを感じさせない笑顔で、彼を励ますのだった。
――――これで良い。
淋しく、悲しくはあるけれど……。
心に負う傷が深ければ深い程、ラビゾーはコバルタを忘れられなくなる。

74 :
ボルガ地方の最高峰アノリ霊山にて

ラビゾーとコバルタは、『竜の涙』を求めて、竜神信仰の聖地、アノリ霊山に挑んだ。
アノリ霊山は、ボルガ環状連山帯の高峰の中でも一際高く、故に霊峰と呼ばれる。
平穏期になるまでは、『竜巫』と呼ばれる「竜の使い」が、周辺の村々から、このアノリ霊山へと送られ、
神託ならぬ「竜託」を受けていたらしいのだが、魔導師会の進出以降、土地の開発が進み、
平地の街への移動が楽になると、若者を中心に、徐々に山から離れる者が増えた。
村の人口は減り続ける一方で、アノリ霊山の頂への道は、偶に起きる崖崩れで年々険しくなり、
魔法暦300年頃には、竜巫の習慣は完全に途絶えてしまった。
現在では、竜神に関係する祭事が、村の中で行われるのみ。
流石に200年も経てば、竜巫の生き残りも居らず、伝説の真偽は不明。
故に、それを確かめる為、ラビゾーとコバルタはアノリ霊山の頂を目指す事にしたのだ。

75 :
拠点は、標高約3通にあるグレー村。
アノリ霊山の頂に、最も近い集落である。
普通、標高が3通を超える様な土地では、夏場でも冷気が残る為に、特定の種を除いて、
植物の生育が悪く、山肌が剥き出しになる。
必然的に、土砂崩れも起き易くなる道理だ。
このグレー村も、黒い土が目立つ、侘しい村であった。
竜巫が絶えて200年……普通、登頂が危ぶまれる程、山道が荒れているなら、当然、
山頂への道は封鎖されている筈だが、何故か道案内の古い石標は、未だ撤去されていなかった。
村人が処分を面倒がったのだろうか?
しかし、グレー村民も、山頂に向かうと言う、ラビゾーとコバルタを止めない。
精々、道が悪いから気を付ける様にと、注意する位だ。
村長でさえ、もし竜神に会えたら宜しく伝えてくれとしか、言わなかった。
それは竜に会おうとする2人にとっては、都合の良い事だったが、ラビゾーは不安を感じていた。

76 :
浮かない表情のラビゾーとは対照的に、コバルタは鼻唄を歌いながら、軽い足取りで山道を行く。
精霊言語に似た響きの鼻唄が気になり、ラビゾーは彼女に尋ねた。
 「それ、何の歌?」
 「何の歌って事は無いッスけど……?
  気分で、適当に。
  精霊の機嫌が良いと、俺も気分が良いんス」
精霊魔法の呪文か何かだと思っていたラビゾーは、コバルタの答えが意外で、感嘆の息を吐く。
 「精霊に感情が?」
 「ありますよ、当然。
  普段は穏やかなんスけど、力を蓄えると騒がしくなりますし、怒りもすれば、悲しみもします」
しかし、ラビゾーは半信半疑だった。
人工精霊で、喜怒哀楽を表す事に成功したと言う話は、未だ聞かない。
コバルタは自分とは違う物を見ているのだろうと、ラビゾーは口を閉ざした。
彼女の言う事が、事実と合っていても、違っていても、魔法資質に劣るラビゾーには、何も判らない。
 「精霊って、共通魔法使いが側に居ると、普通は緊張するんスけど、先輩は違うみたいッスね。
  何だか、安心してる感じがします」
 「僕は魔法資質が低いからね」
 「別に、良いと思いますよ。
  魔法を使えない人が居るから、魔法使いが有り難がられるんスから」
ラビゾーが自嘲気味に言うと、コバルタは少しも慰めにならない、気休めを言った。
いや、気休めにもなっていない。
ラビゾーは気分を害して膨れるが、コバルタは気付いていない様子で続ける。
 「それに、先輩が精霊に好かれてるのは、嬉しいッス。
  あっ……もしかしたら逆かな?」
2人は、お互い半身程の距離を保って、山頂への道を行く。

77 :
標高5通に近付き、雲の中を歩く様になると、コバルタの足は途端に鈍り始めた。
 「疲れたのか?
  最初に燥ぎ過ぎるから……」
呆れ半分でラビゾーが声を掛けると、コバルタは蒼い顔で首を横に振る。
 「どうした、寒いのか?
  具合でも悪くなった?
  高山病?」
 「そうじゃなくて……怖いッス。
  先輩、ここには何か居ますよ」
余りに彼女が深刻そうに言う物だから、ラビゾーも空恐ろしくなって、眉を顰めた。
 「何が居るんだ?
  ……危険な物か?
  引き返す?」
 「違います。
  危険とか、そう言うんじゃなくて……巨大な気配……。
  何大もある巨人に見下ろされている様な……」
コバルタは真顔で雲の上を見詰める。
グレー村を発った時の、明るく気楽な雰囲気は、影も無い。
 「先に進んで、大丈夫なのか?」
 「多分……。
  行きましょう、先輩」
歩を進める度に、気温は下がって行き、霜が衣服に纏わり付く。
生命の気配は失せ、土砂利を躙る音と、風の音、そして呼吸音だけが響く、静寂の世界へ。
これが霊山たる所以かと、ラビゾーは神妙な心持ちになった。

78 :
道無き道を行き、雲を抜けて、青空の下、アノリ霊山の頂上。
そこは広場になっており、全長3大、高さ1大程の、眠れる竜を模った巨像が中央に置かれていた。
奇形と言うのだろうか……。
全体は巨大な蜥蜴の様でありながら、顔は鰐、翼は鳥、頭には牡鹿の角、手足には鋭い爪と言う、
比喩を知らない合成獣振り。
 「これが……竜神?」
ラビゾーは巨像に近寄り、丁度胸の高さにある、竜の鼻頭を素手で触った。
積もった土埃を払うと、表面は磨かれた石の様に、硬質で冷たく、さらさらしていた。
 「先輩、何とも無いですかー?」
コバルタは用心深く、竜神像から距離を取って、大声で呼び掛ける。
 「ああ、徒の石像だよ」
ラビゾーは彼女を、臆病だなと内心で笑った。
しかし、彼が竜の顔を撫でながら、閉じた目の方へ近付くと、急に竜の瞼が開く。
 「うわっ!」
人の頭より大きい、巨大な蛇の目に睨まれたラビゾーは、鳥肌を立てて恐怖し、1身半も飛び退った。

79 :
竜神像は徐に首を擡げ、2身以上の高さから、地面を睨め下ろす。
度肝を抜かれたラビゾーは、後方で控えていたコバルタの所まで、転がる様に逃げた。
 「い、生きている!?」
及び腰で動揺するラビゾー。
コバルタは声も出せない。
怯え竦む2人に、竜神は地響きの様な声で話し掛けた。
 「ダレゾ?
  フサッスゥヌ、フトノ姿ヲムタガ……。
  ヌスタツ、アータス『ルー巫』カ?」
それが北方訛りだと解らず、謎の言語に聞こえたラビゾーは、コバルタに問う。
 「……何て言ってるんだ?」
当然、コバルタにも聞き取れていない。
 「えっ!?
  俺に聞かないで欲しいッス……」
 「サァ、ツコウ、ツコウ寄レ。
  取ッテ食ヤセン」
竜が声を出す度に、呼気が冷たい風となり、ラビゾーとコバルタに向かって吹く。
 「長ク、本ヌ長ク、タエ屈ダッタデ、何トカ話スオウ手ヌ、ナッテクレンカヤ……。
  サムスゥテ、サムスゥテ、敵ワンカッタノヨォー」
竜は激しく嘆いたが、戸惑う2人の表情を見て、言葉が通じていない事に気付いた。
 「……オォ!?
  ワノ言葉ヲ解セナンダヤ?
  アナ怖ヤ、我ガ眠ゥハ百千年カ……」
その時、竜の目から大粒の涙が落ちた。

80 :
『竜の涙』――。
ラビゾーは「あっ」と小さな声を上げたが、巨大な竜に近付いて、涙を掬う度胸は無かったので、
勿体無いと思いながらも、土に消える涙を見送る。
何粒もの涙が、地面に大きな水溜まりを作ると、竜は俄かに天を仰いだ。
竜の巨大な頭は陽を遮り、ラビゾーとコバルタを影に隠してしまう。
 「ウォオオォオオオォオォーン!!!
  フトーハ、サムスーゥヨォオー!!」
咆哮にも似た竜の哀哭は、天地を揺るがし、アノリ霊山の麓に多量の雨を降らせた。
雲より高い山の頂上では、天侯の変化は起きないが、雲より下の激しい雷鳴と雨音が、
ラビゾーとコバルタの耳にも届く。
2人は堪らず両耳を塞いで、益々身を竦めた。
 「ウォオオオォ……ォオオオーーン!!」
竜の叫びは、弱ったかと思えば盛り返し、一向に止む気配が無い。
長泣きの間に、冷静さを取り戻したコバルタは、ラビゾーに訴え掛けた。
 「先輩、あの竜、泣いてます」
 「竜が何だって!?
  聞こえん!!」
大声で聞き返すラビゾーに、コバルタも大声で言い直す。
 「泣いてます!!」
 「『鳴いてる』って、見れば判るよ!!」
 「違います!!
  悲しくて、『泣いてる』んッスよ!
  小さな子供みたいに!!」
咆哮にしか聞こえない竜の叫びから、彼女は深い悲哀を感じ取っていた。

81 :
ラビゾーは驚いて、コバルタの台詞を繰り返す。
 「子供みたいに!?」
 「先輩には解らないんッスか!?」
詰る様なコバルタの言い方に、ラビゾーは改めて竜を観察した。
 「オォーオオォオオー!!!
  フトーハ、嫌ダヨォオオオォ!!」
彼は気付き、目を見張る。
唸る強風、地響きと聞き紛う、竜の低い叫び声には、北方訛りが混じっていた。
話し合いが出来るのでは無いか?
そうラビゾーは直感して、竜の注意を引こうと、声を張る。
 「おーうぇ!!!
  るずんさぁー!!」
 「ウォオオオォー、オオオオォォオオォ!!」
 「……のーてばっかおわんと、すずかんせんかー!!
  ふとが話すとーで!!」
しかし、竜が泣いてばかりなので、ラビゾーは半切れで声を上げた。
その隣で、コバルタは怪訝な表情をする。
 「えっ、先輩、それ何語ッスか?」
 「北方訛りだよ!!
  お前、麓で何回も聞いただろうが!!」
 「あぁ、一緒な言語だったんスね」
ラビゾーは眉間に皺を寄せたが、それ以上コバルタに構わず、叫び続けた。
 「おぉーうぇ!!!
  るーぅやぁー!!!」

82 :
竜がラビゾーの声を耳に入れたのは、呼び掛けから数点が経った後だった。
上げた顔を俯け、ラビゾーに目を留めた竜は、緩やかに首を伸ばして下ろす。
 「ヌスカ、ワヲ呼ンダンハ?
  オ?」
その巨大さに圧倒されながらも、ラビゾーは背筋を伸ばして、堂々竜と向き合った。
 「応、呼んだで!」
竜は鼻息荒く、ラビゾーとコバルタを凝視する。
 「オンス達ャ、何ゾ?」
 「わーは、たぶの物売ーだで!
  こっつぁ……、あー、わすの手子(てご)だ!」
ラビゾーの答えを聞いて、竜は興味深そうに、目を輝かせた。
 「タブノ物売ーガ、ナーステ、コナ山ヌ来ウダ?」
 「るーのなむだが欲すてのー!
  どーすても、ふつ要なんだわ!」
 「ナムダァ!?
  ンナ物デ良ケァ、何ボデモヤーケド……」
 「けど、何ぞ?」
コバルタはラビゾーが竜と会話出来ている事が、不思議でならなかった。
長旅の経験から、軽い北方訛りなら聞き取れる彼女だが、竜とラビゾーが使う物は、かなり癖が強い。

83 :
話に加われないコバルタを置いて、ラビゾーと竜は続ける。
 「物売ーナー、ワーノ望ム物ヲ売ッテクエンカ?」
 「何が欲すーだ?」
 「フトガ欲スゥ……」
弱々しく零した竜を、ラビゾーは睨み付けた。
 「何ぼ何でも、ふとは扱わんで」
要求を突っ撥ねられた竜は、大幅に譲歩する。
 「ダッター、マタ会ウテクエンカノー……。
  トヌカク、話スオウ手ガ欲スーノヨ。
  ウマハ何ヲユヤエエカ纏マーンドモ、ナゲナゲ話ススターノヨ。
  何ヌツ、何ツク、何年デモ待ツデ、頼メンカ?」
 「そーだったぁ、ええよ。
  むつが険すども、えっちゃーわ!」
ラビゾーが快諾すると、竜は瞳を潤ませた。
 「ウエスーテ、マタナムダガ出ソウ……ヌスン名ヲ尋ネテモ、良カア?」
 「わーは、ラブゾー、ラブゾーだ」
 「らぶぞー、ワハ、あのえノるー、るーずんヨ」
コバルタには何が何だか、さっぱり解らなかったが、話が上手く進んでいる事だけは、雰囲気で覚れた。

84 :
竜可愛いw

85 :
第六魔法都市カターナの港町ビッセンにて

ラビゾーとコバルタは『一角獣の角』を求めて、ビッセン地区の港に来ていた。
ラビゾーは一角獣なる動物を知っていた。
一角獣は、ヤリヅノアシホ(槍角海潮馬)と呼ばれる動物で、額に長く鋭い角を持つ、
小型の海獣である。
妖獣目大海獣科とは違い、海牛目の近縁、海潮馬目海潮馬科に属する。
旧暦では角の生えた馬の様な姿で、今日で言う「霊獣」に近い物とされ、陸上で暮らしていたが、
魔法大戦で陸地が沈んだ際、海に逃れて、その儘、水中生活に適応したと云う。
現在の姿は、尻尾が長大化し、四肢が鰭の様に変形した馬。
関節の付き方が変化し、腹這いが出来る様になっている。
非常に獰猛で、気性が荒く、繁殖期には同属の雄同士、長い角を突き付け合って戦い、
時に相手を死に至らしめる。
これは生存競争の激しい大海で生き残る為に、そうならざるを得なかったのだろうと言われる。
獰猛で好戦的な性質とは裏腹に草食だが、海藻の養殖場を荒らすので、害獣扱い。
また、アシホを追って、肉食の大型海棲生物が、人の領域に入り込む事もあるので、
積極的な駆除対象になる。
天敵は大蛸と大烏賊。
過去には、これを飼い馴らそうと言う試みもあったが、気性が激し過ぎて無理だった。
『海(アマ)』の『潮(シホ)』に『乗る』事から、アマシホノリが略されアシホ、或いは、
帆の様な鰭脚を持つ事から、脚帆の名が付いたと言われるが、古名はシホ。
シーホース(Seahorse)が転じてシホとなり、それに海(アマ)が付いて、アシホとなった。
標準名は「波乗り」を意味する、タイダライダー(Tiderider)。
地方によっては、タイダリダ、ティダーリダ、ティーデリードラとも呼ばれる。
これは俗説であるアマシホノリ説を、正式な由来として採用した事に因る。

86 :
長々と説明したが、アシホ――詰まり、一角獣は然して珍しい生き物では無い。
少なくとも、海の側で暮らす者達にとっては。
大海獣類に比べて小型の為、海獣漁の好い獲物でもある。
太くて丈夫で立派な一本角は、今でも銛や槍の材料として使われる。
そこらの店でも土産物として売っているが、問題はメモに書かれた分量、「1本」だった。
小型の海獣とは言っても、角丸々1本、少なくとも半身はある。
危険なので、店頭には置けないし、何より嵩張る。
故に、海獣漁の現場では、移送の際に首ごと切り落とされ、海へ投棄されている。
その情報を得たラビゾーは、コバルタと共にクレーン海岸へ移動するのだった。

87 :
定期的に海獣漁が行われるクレーン海岸は、普段は静かな浜辺である。
クレーン海岸で海獣漁を行う最大の理由は、この近辺を海獣の集団繁殖地にしない為だ。
繁殖期の海獣は、凶暴さを増すので、人の領域に居付かせると、どんな事故が起きるか分からない。
よって、漁が無い期間のクレーン海岸は、平和その物である。
海水浴だって出来るが、余り沖に行くと高確率で、潮流か海棲生物に攫われてしまうので、
内湾部以外では、誰も砂浜か浅瀬に留まる。
そう言う意味では、広い潮溜まりの少ないクレーン海岸は、海水浴には向かない。
ここの何処に一角獣の角があるかと言うと、海の中である。
切り落とされたアシホの頭は、クレーン海岸の波打ち際に放置される。
この星では潮の満ち引きが大きいので、勝手に海中へと引き摺り込まれる仕組みだ。
後は、小さな海棲生物の餌となって、数週後には白骨化する。
では、ラビゾーとコバルタは海の中に潜るのか?
それは否。
態々潜らなくても、切り落とされた頭の幾つかは、最も潮が引いた時の干潟で、
半分砂に埋もれた状態で発見される。

88 :
時刻は西南西を過ぎた頃、夕方前の浜辺で、ラビゾーは砂を掻き、アシホの頭骨を掘り返していた。
潮が最も引くのは、太陽と月が同時に、星の裏側に来る真夜中なのだが、日没後の海辺は、
軟体動物系の海棲生物が出現するので、非常に危ない。
月の周期の関係もあって、この時間帯を選ぶ他に無かった。
力仕事は苦手と宣うコバルタを、無理に手伝わせる事は無いと思ったラビゾーは、初めの内は、
彼女を浜辺に置いて、独りで作業していたのだが、アシホとて海棲生物である。
小型の個体でも、普通の馬より一回り大きく、角を含めれば、頭骨だけでも2歩以上。
それを日が暮れない内に、そして潮が満ちない内に、干潟から運び出さなくてはならない。
しかも、干潟は陸に向かって、約2針の上り坂だ。
独りでは無理がある。
 「コバルタ!
  遊んでないで、手伝ってくれ!」
限界を認めたラビゾーは、波と戯れているコバルタを呼んだが、彼女は唇を尖らせて難色を示す。
 「えぇ〜?
  力仕事は男の役目じゃないッスか、先輩……。
  今の俺は非力なんスよ?」
 「つべこべ言ってないで、非力でも何でも良いから手伝え!
  日が暮れてしまう!」
ラビゾーに怒鳴られて、コバルタは渋々、彼の元に駆け寄った。

89 :
2人は協力して、何とかアシホの頭骨を、満潮位より高い所まで運び切る。
汗を拭いながら、背筋を伸ばして、深呼吸するラビゾー。
疲れた疲れたと、大袈裟に喚き、座り込むコバルタ。
その儘2人して、暫く沈む夕陽を眺めていた。
 「『竜の涙』に、『鼠の卵』に、『砂漠の薔薇』に、『雲の欠片』、そして『一角獣の角』……。
  どうなる事かと思ったけど、これで全部揃ったなぁ……」
感慨深気にラビゾーが呟くと、コバルタは訂正する。
 「未だ、金貨が残って――」
 「それは大丈夫。
  心当たりがある」
嫌に自信ある様子で、ラビゾーが答えたので、コバルタは遠い目をして、口を閉ざした。
ラビゾーは彼女の横顔を見て、溜め息を吐く。
 (中々、絵になる……)
浜辺で呆と、物憂気な表情で夕陽を眺める美少女。
彼はコバルタに見惚れていた。
正体はコバルトゥスだと解っていても、これが失われるのは惜しいと思ってしまう。

90 :
ラビゾーの心境の変化は、コバルタを「彼女の名前」で呼び出した頃から始まった。
女になったコバルトゥス――その女性格をコバルタと呼ぶ事で、彼は徐々にではあるが、
コバルタとコバルトゥスを別人と認める様になっていた。
それとは別に、長らく一緒に居て、違和感に慣れてしまった事も、原因の一にあるだろう。
ラビゾーは物悲しい沈んだ気分になって、それを紛らす為に、アシホの角を取る作業に掛かる。
頭頂部を踏ん付け、梃子の原理で角を押し上げると、それは乾いた大きな音を立てて、
いとも簡単に根元から折れた。
吃驚したコバルタに振り向かれ、ラビゾーは愛想笑いを浮かべる。
 「ハハハ……これなら、最初から折って運べは良かった」
よくよく考えれば、何も潮が満ちるまでにと急がなくても、幾らか水に浸かった所で引き上げた方が、
労力は少なくて済んだ。
明け方から、時間を使って作業すれば良かったのだ。
 (こんなのを下衆の後知恵と言うんだよなぁ……)
後ろを振り返ってしまうのは、ラビゾーの悪癖である。
この調子では、コバルタを元に戻した後にも、もっと良い方法があったと気付いて、
後悔したりしないだろうか?
事が人格の消滅と存続、即ち、人の生死と言っても過言では無い事態と関わっているだけに、
ラビゾーは迷わずには居られないのだった。

91 :
ティナー地方南部の町カジェルにて

シェルフ山脈を貫く、5番ハイウェイを西に行くと、カジェル町と言う田舎町がある。
この町の外れにはミードス・ゴルデーンと言う、黄金の魔法使いが住んでいる。
ラビゾーは『金貨』を求めて、コバルタを連れ、彼の住家を訪れた。
趣味の悪い、金一色の客間で、ラビゾーはミードスに言う。
 「ミードスさん、実は折り入って、お願いしたい事があるのですが……」
 「改まって、どうした?」
ミードスは見慣れない少女――コバルタを気にしながら応じる。
 「金貨が欲しいのです」
 「あんたが?
  理由を教えてくれないか?」
彼は明確にコバルタを一瞥した後、当て付ける様に怪訝な表情をした。
ミードスが一々コバルタを気にするのは、ラビゾーとの関係を疑っている為である。
これまでミードスの能力を知っていても、余計な金を要求した事の無い彼が、見慣れない女を連れて、
「金貨が欲しい」と言うのだ。
良からぬ想像を働かせてしまうのは、自然だろう。
ラビゾーは慌てて弁明した。
 「違うんですよ、欲に駆られてと言う訳では無いんです。
  詳しく話せば長くなるんですが、万能薬を作るのに、必要な物で……。
  決して、現金が欲しい訳じゃありません」
 「万能薬……?
  とにかく、事情を説明してくれ。
  応じられるか否かは、話の内容次第だ」
興味を持ったミードスに、ラビゾーは今日までの経緯を訥々と語る。

92 :
話を聞いたミードスは初め、半信半疑の様子だった。
 「そこの女が、呪いで姿を、ね……。
  誑かされている訳じゃないんだな?」
彼は黄金の能力を持つが故に、女に関しては良い思い出が無かった。
コバルタは不快を顔に表すが、ラビゾーに視線を送られて、外方を向く。
 「嘘じゃないですよ。
  大体、万能薬の作り方を教えてくれたのは、彼女とは無関係の人ですから」
ラビゾーは不安気な面持ちで、ミードスの答えを待つ。
 「……女で人生が狂った奴なんて、山程見て来たからな。
  中には、男の人生を狂わす事が、生き甲斐としか思えない様な奴も居る」
ラビゾーの脳裏には、バーティフューラーの事が過ぎったが、直ぐに忘れた。
ミードスは真顔で天井と床を何度も見直し、落ち着かない態度で、独り考え込んでいた。
 「変身が元に戻るか……」
彼は万能薬を使えば、自分の体を黄金の呪いから解き放てないかと思惟していた。
「人間」に戻る事は、ミードスの悲願であった。

93 :
……だが、ミードスは不死の体に慣れ過ぎていた。
今更人間の体を取り戻した所で、真面な生活を送れるかは不明。
そもそも、真っ当な人間の体に戻れるかも、今の時点では判らない。
呪いが解かれた瞬間、数百年の時を取り戻して、死んでしまっては元も子も無い。
未だ未だ、死ぬ程までは退屈してはいない。
 「だ、駄目ですかね……?」
恐る恐るラビゾーが尋ねると、ミードスは大きく息を吐いて、深呼吸した。
 「……良いだろう。
  但し、条件がある」
 「な、何ですか?」
 「万能薬が完成するまで、私も同行させて貰いたい」
彼は万能薬の効果を見極める積もりだった。
魔導師会に発見される事を恐れて、長らく隠れ住んでいた身である。
無駄骨になったとしても、偶には俗世間の風に触れるのも悪くないだろうと、開き直った。
 「ああ、そんな事なら――」
ラビゾーが安堵して、快諾しようとすると、コバルタが彼の腕をぐっと引く。
彼女は険しい顔で抗議した。
 「良いんスか?
  先輩、金が無い金が無いって、何時も……」
 「いや、ミードスさんは普通に金持ちだし……。
  お前と違うから」
コバルタの本音は、自分を疑って掛かった、感じの悪い男と一緒に旅をしたくないと言う物だったが、
全く正論で返されて、何も言えなくなった。
そんな彼女に呆れ顔を見せた後、ラビゾーは改めて、ミードスに答える。
 「良いですよ」
 「有り難う。
  久し振りの遠出で、不慣れもあるが、宜しく頼む」
ミードスは手袋を嵌めた儘で、握手を求めた。
ラビゾーは少し躊躇って応じる。
こうしてラビゾーとコバルタの二人旅に、新たな仲間が加わる事になったのである。

94 :
ティナー地方南西部の町ドールにて

ブリンガー地方ディアス平原に近いドール町は、金鉱の利権を巡る抗争に巻き込まれた町である。
当時のドール町長は、近隣のヨユーク市に嗾けられ、ディアス市の管轄域を侵した。
その背後には、今は無き「ワイルド・ウルフ」なるマフィアが関わっており、当時のドール町は、
犯罪者が屯する危険な所だった。
当初は、ワイルド・ウルフの組織力と、同盟組織の応援で、ティナー側が有利に事を進めていたが、
マフィアのシェバハが介入して、趨勢が大きく変わる。
このシェバハの介入理由が可笑しな物で、元々ワイルド・ウルフの活動には無関心だったが、
「魔導師会が取り決めた境界を守らなかった」と言うだけで、横槍を入れて来た。
シェバハはディアス市に、一応の用心棒代を請求した物の、それは法外と言う程の要求では無く、
飽くまで常識の範囲に収め、しかもディアス市を縄張りにしないとまで宣言した。
シェバハの介入後、ドール町内は大陸一危険な場所と化した。
シェバハはワイルド・ウルフに、ドール町から撤退しなければ、全面抗争も辞さないと脅し、
事実その通りの行動に出た。
シェバハとワイルド・ウルフは血で血を洗う抗争を、周辺都市を巻き込みながら続け、
終には魔導師会が調停に乗り出す事態になった。

95 :
だが、その頃には既に、ワイルド・ウルフは虫の息で、魔導師会はシェバハの蹂躙を止めたに過ぎない。
抗争勃発時は、単純な数の差から、シェバハ劣勢とまで言われていたが、終わってみれば、
ブリンガー側と比較して、ティナー側の被害は惨憺たる状況だった。
シェバハの戦法は、領域の奪還でも支配でも無く、敵対勢力の殲滅に徹底する物。
ワイルド・ウルフ側の調停は、ディアス平原からの全面撤退以外、受け入れる意思が無かった。
金鉱の利権確保が目的だったワイルド・ウルフとは、最初から見ている物が違っていたのだ。
それを読み違えたワイルド・ウルフは、金取引の利益折半等と言う、見当違いの提案を繰り返しては、
蹴られ続けた。
ワイルド・ウルフの息が掛かっていた、ドール町議とティナー市議は謀殺され、町長と市長は自殺。
日夜火の手が上がり、半日すら平穏な時の無かったドール町は、『破滅<ドゥーム>』町と揶揄され、
最早人が住む所では無いとまで言われた有様。
深手を負ったワイルド・ウルフは自然消滅――事実上の壊滅で、同盟関係にあった組織も解散。
これを切っ掛けに、南部のコーザ・ノストラであるマグマが、溢れた構成員を吸収し、一大組織となる。
そして、シェバハは狂信的な破壊集団として、恐れられる様になった。
それなりの規模である都市だったヨユークは、魔導師会が梃入れして再建。
一方で、ドール町の処理は後回しにされた。
人が寄り付かなくなったドール町は、洒落にならない位に零落した。
後に金鉱が発見されたが、再び争いが起きない様に、ヨユーク市を通して魔導師会が、
完全に押さえてしまい、ゴールド・ラッシュによる町の再興も成らなかった。
しかし、魔導師会の管理で、金鉱の利益は確り守られ、今ではディアス市との関係も修復して、
落ち着いた『鉱業町<マイニング・タウン>』になっている。

96 :
ブリンガー地方に向かう道中、ドール町で1泊する事にした、ラビゾーとコバルタとミードスの3人は、
どの宿に泊まるか相談していた。
平凡な田舎町とは違い、金鉱のあったドール町は、それなりに施設が揃っている。
出稼ぎ鉱夫を泊めていた安宿、旅行者が泊まる普通の宿、要人を迎える高級宿。
金を掘り尽くして、鉱脈が枯れてしまった今となっては、宿の看板も随分と減ったが、
それでも並の町とは比較にならない。
 「折角だから、一番高い宿に泊まろうか?
  金なら、私が出す」
ミードスの提案は、ラビゾーを気遣っての物だったが、当の彼は申し訳無さそうに断る。
 「悪いですよ。
  それに高い宿は、身元の怪しい人を泊めたがりません」
 「そんなに怪しく見えるかい?」
ミードスは自分の身形を確かめた。
複雑な文様が編み込まれた、暗い色合いのローブに、丸味を帯びた革靴。
流行に疎いラビゾーにも、明らかに時代遅れと判るデザインで、随分と場違いに見える。
 「怪しいか、怪しくないかで言うと、怪しいですよ。
  それでも1人なら未だ、『珍しい人』で済むかも知れませんが、流石に僕等と一緒では……」
 「うーむ……私1人、良い宿に泊まると言うのも、気が引ける」
 「あーあ、惜しいなぁ……。
  俺も高級ホテルに泊まってみたかったのにー」
ミードスと一緒に、コバルタも肩を落とす。
 「普通の宿にしときましょう」
2人は仕方無くと言った風に、ラビゾーの意見に従った。

97 :
極普通のホテルを選んだ3人は、揃ってチェックイン・カウンターに向かう。
コバルタは男言葉が出る、ミードスは勝手が分からないと言う事で、受付嬢と遣り取りするのは、
ラビゾーの役目になった。
 「御予約のお客様でしょうか?」
 「いいえ、空いている部屋はありますか?」
今は観光シーズンでも無ければ、目立った催し物がある訳でも無い。
往来の人の数からしても、どの宿も空き部屋がある事を、ラビゾーは知っていた。
 「はい、御座います。
  御予約の無い方からは、『保証金<デポジット>』をお預かりする事になっておりますが、
  宜しいでしょうか?」
 「ええ」
この場合の保証金とは、宿泊料の前払いである。
無銭宿泊を防止する為の、ホテル側の措置だ。
 「只今、お部屋には余裕がありますが……」
受付嬢は更に、ラビゾー等が3人連れである事を確認しながら、返答を伺う。
ラビゾーは後方のコバルタとミードスに振り向いた。
 「どうします?」

98 :
世間知らずなミードスは、ラビゾーと受付嬢が何を求めているのか、理解出来ずに訊き返す。
 「どう言う意味だ?」
ラビゾーは困った笑顔を浮かべて答えた。
 「詰まり、皆で1つの部屋で寝るか、それとも別々の部屋で寝るかって事です」
 「部屋は空いているんだろう?
  どうして、3人で1つの部屋に入らないと行けないんだ?
  狭っ苦しい」
どうして?
――理由は、使う部屋数で料金が何倍にもなる為だ。
それが解らないミードスは、傍目には相当なブルジョアに映る。
 「……分かりました」
ラビゾーは呆れ半分に承諾した。
そして、受付嬢に向かい、3本の指を立てて言う。
 「3部屋で」
 「畏まりました。
  有り難う御座います」
受付嬢は素晴らしい営業スマイルで、頭を深く下げるのだった。
基本的に、空き部屋は少ない方が、ホテル側としては嬉しいのだ。

99 :
だが、そこでコバルタが待ったを掛ける。
 「いや、待って下さい、先輩」
急な変更に備えて、受付嬢も手を止める。
 「どうした?」
 「……2部屋で良いんじゃないッスか?」
何を言い出すのかと、ラビゾーは驚き半分で彼女を見た。
 「何で?」
コバルタは声を落として、詰る様に囁き掛ける。
 「先輩は何とも思わないんスか?
  人に金を払わせて……」
 「お前が言うなよ」
 「人の好意に甘えるのも良いッスけど、少しは遠慮した方が――」
正論である。
それは確かにと、ラビゾーも認めざるを得ない。
但、コバルタにだけは言われたくなかったが……。
 「成る程、それなら割り勘にしとこう」
 「いや、そうじゃなくって……2部屋にしましょうって」
 「だから、何でだよ?」
しつこく食い下がるコバルタに、ラビゾーは苛立った。
悪い意味で、コバルタはコバルトゥスと同じく、遠慮を知らない。
ここに来る前も、高級ホテルに泊まってみたかった等と零した女だ。
そんな彼女が2部屋――1部屋はミードスが使う為、実質ラビゾーと2人1部屋――で良いと言うのが、
ラビゾーには信じられなかった。
いや、信じたくなかった。

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