1read 100read
2013年01月日本近代史8: 龍馬暗殺の黒幕7 (840) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
旧宮家(旧皇族)の復帰問題について★2 (466)
尖閣諸島問題は、満蒙問題の形を変えた再現 (496)
【花神】大村益次郎でアリマス。【その8】 (208)
【全共闘】学生運動とはなんだったのか2【内ゲバ】 (967)
天皇は京都へ帰れ (323)
爺さん婆さんから聞いた幕末明治大正昭和の話4 (666)

龍馬暗殺の黒幕7


1 :2012/09/20 〜 最終レス :2013/01/06
坂本龍馬暗殺の黒幕は誰なのか議論するスレ 7幕目
過去スレ
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history/1285595845/
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history/1291987139/
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history/1302318918/
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history2/1311204792/
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/history2/1313973397/
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history2/1319123079/

2 :
誰か得した奴いるのか?
もしいないなら怨恨か?

3 :
薩摩が裏にいただろう。坂本の平和路線は伝えられている以上に顕著なものだったのかも。 暗殺以外ありえないくらい邪魔になった坂本の動きとかね。
武力倒幕が不可能になるくらい、坂本が手を回していた、とかだったり。

4 :
赤い薩摩と緑の長州!!

5 :
土佐ってのはないと思う。長州は……あるかな? やっぱり会津が普通?

6 :
今井の取調べ調書は偽造だという説がある。
手代木の遺言だって真実かどうかは分らない。
手代木の伝記を誰が書いてどこから出版したか、
そういうことを調べてみる必要がある。

7 :
会津を擁護しようとすると、会津藩公図役(上級外交官、のち家老)の手代木直衛門の
・暗殺は私の実弟の見廻組組頭、佐々木只三郎ら見廻組隊士が実行した。命令者は上司の殿だが誰かは言えない
(当時見廻組の実際上の上司であったのは京都守護職にして会津藩主の松平容保。彼を命令者とする容疑が極めて濃厚)
とか
見廻組隊士・今井の
・佐々木に連れられて暗殺に参加した、命令は上層部から来ていたものなので、おそらく松平容保
とか、
新撰組隊士の
・近藤勇が佐々木に暗殺の首尾御見事でしたと言っているのを聞いた
とか
そういうのを無視しないとならなくなる。坂本龍馬暗殺事件の指揮命令は、
松平容保―手代木直衛門―佐々木只三郎―今井ら見廻組隊士
が不動に思える。

8 :
糸冬

9 :
ところがどっこい、永井−佐々木−今井ら、なのだな、これが。

10 :
で、大逆転が土佐藩説。

11 :
>>7
寺田屋幕吏射殺時にでた竜馬捕殺令を見回組全権佐々木が
執行したまでぜよ。容保が見回組新鮮組に一々指図すると思えんがじゃ。
新撰組による業務も全て容保が指図とおまんは言うがかい?

12 :
>>10
土佐勤皇党弾圧を見れば土佐藩説もあるぜよ。竜馬慎太郎は勤皇党と縁が
濃厚じゃきに。

13 :
なんか会津の人には無理がある

14 :
普通の強盗殺人ですよ

15 :
糸冬

16 :
ホントに薩摩が関与していたら
中村半次郎が嬉しそうに日記に書き残して糸冬

17 :
実行犯は見廻組
伝達者は手代木直衛門
命令者は松平容保
ここまではほぼ特定されている。
なのでこれに別の要素を加えるために、
半藤一利「竜馬は隠密行動なのだから薩摩から居所を聞き出したに違いない」(坂本龍馬は派手な人間で居所はバレバレでした)
中島痴呆「土佐上層部がきっと良い顔をしてなかったと推理する」(他藩にもありそうな話を殊更に土佐土佐と並べる意図が汚い)
容保恩顧「永井だ永井だ他の人間への容疑は耳をふさいで聞かないし認めない」(論理不明)
このようなことを並べ、必死に松平容保への容疑を逸らそうとする状況。

18 :
容保説 教科書通りの ことを云ひ

19 :
黒幕とは 俺のことかと 容保云ひ
 

20 :
なんで永井なの??

21 :
手代木直衛門も今井信郎も、暗殺は上層部からの命令だったというのですが、
当時の京都における旧幕府上層部は
・徳川慶喜
・板倉勝静
・永井尚志
・松平容保
・松平定敬
といった面々で、本来見廻組の上司のはずだった見廻役の小笠原は名前だけで、
組頭の佐々木が松平容保ら別の上司から命令を受けている状況だったからです。この五人くらいしか見当たらないんですよ。
このうち、大政奉還で一会桑体制から西南諸侯との協調へ乗り換えようとしていた徳川慶喜・板倉勝静・永井尚志あたりは違うかな、と。
すると新体制からはじかれる松平容保・松平定敬に容疑は絞られてくるわけ。
逆に松平容保恩顧の人は、この五人の中でなんとしてでも容保犯人というのを定着させたくないから、永井永井永井と唱えるわけです。

22 :
昨日も 龍馬と会ったと 永井云ひ

23 :
龍馬の論 時期尚早と 永井云ひ

24 :
寺田屋の 龍馬を殺せと 永井云ひ

25 :
容保が見回組新鮮組に一々指図すると思えんがじゃ。
新撰組による業務も全て容保が指図とおまんは言うがかい?

26 :
例えば佐々木が独断で、という可能性もある。
でも組織図を辿れば容保ということになる。
常識的に推論すれば容保ということになるんだから、
しょうがないじゃないか。

27 :
道挟み 永井の向かいに 佐々木の寺

28 :
道挟み 佐々木の向かいに 永井の宿

29 :
永井の宿  見廻組の すぐ隣り

30 :
手代木が上層部の命令で暗殺したと言っているのだから、
上に挙げてある五人の中でしょう。独断ということはありえない。
そして近藤勇が暗殺犯は見廻組だと承知していた点、
見廻組と新撰組に命令を下すような人物となると、やはり松平容保ということになるような。

31 :
近藤勇 いつも永井と 一緒なり
新選組 その頃幕臣 永井の配下

32 :
この話はどう思うか。
http://www.pjnews.net/news/260/20100815_2
http://www.pjnews.net/news/260/20100815_3

33 :
根拠に乏しい。
昭和初期の読み物を正等視するには、あまりに著者が小さい。
また、最初の徳川慶喜による諸藩への大政奉還意見聴取時に、
坂本龍馬が部屋にいて目立った意見を言ったというのは、当時の彼の地位を重く書きすぎている。
草莽の浪士では知られた人間で土佐藩では重要人物に数えられていたが、身分は土佐郷士を出ていないのだから。
幕藩体制を解体しない限り正式の場に出られる人間ではない。
土佐藩への大政奉還建白すら、後藤象二郎が山内容堂に進言し、
土佐藩主名義で後藤ら3人の上士が徳川慶喜の代理、板倉勝静へ提出した。山内容堂は明治になっても坂本龍馬の名を知らなかったほどだ。
それと、勝海舟が第一次長州征伐もしないうちから西郷隆盛を訪問しに奄美に渡ったというのは、荒唐無稽な話。
現に西郷隆盛と勝海舟との最初の面会は第一次長州征伐の幕僚としてであったとされ、初の面会の強烈な印象を西郷は大久保に書面で報告している。
当時の西郷隆盛の名声は、薩摩武士を心酔させ薩摩藩を実際に動かしているという圧力から発したもので、
一回目の奄美流刑から解放され、京都赴任中に薩摩藩の政策を実行してから全国で西郷の名声は高まっていった。
一回目の流刑時には西郷は、全国ではまだ安政の大獄関係者や志士連中、京都の政界関係者にしか名の知られない、限定された有名人だったということになる。
そして第二回の流刑時には場所は沖永良部島、牢屋から外に出ることは許されず最初は半死半生、すぐ部下の町役人が座敷牢に移したが
今度はご馳走攻めで牢からは出られず極度に肥満化、迎えに西郷従道が来た時には歩くことも出来なかったとされる。
これで面会は無理なんだよ。司馬遼太郎は悪資料を信じてしまったものだね。

34 :
二条城に龍馬が出席していたというのは眉唾ものだが、
(下)の話はどうなんだろう。まあ龍馬の年表を調べれば、
嘘か本当かは分かるのだが。
もしこれが本当なら、龍馬平和論者説は真っ赤な嘘で、
龍馬こそ討幕の張本人で、そのために幕府首脳部が暗殺した、ということになるのだが。
そうなると首謀者は板倉、永井などの幕閣で、
永井、容保などはただの命令伝達者にすぎない、ということになる。
どうもこれが真相に近いのではないか。

35 :
妄想を飛躍させる理由はないし、君の文章の後半は小説上からも一切根拠の出ない妄想の上の妄想でしかない。

36 :
西郷が勝海舟と会合したのは第一次長州征伐時が最初であったと手紙に書かれているし、
これを否定する根拠がない。
司馬遼太郎が史実は嘘だ、ボクのが真実だと叫ぶのは彼の悪い癖で、
その手の妄想で、まともな資料を捨てたり妄想を突っ込んだりするため、彼の小説は歴史から見ると信用できない部分が多い。

37 :
もともと坂本龍馬は平和主義者などではない。
・たとえ小御所に迎えようが、造幣所を我々の管理に移してしまえば徳川慶喜など無力
・もし大政奉還を徳川慶喜が受け入れないのなら、殺して決着をつけてやる
・土佐藩は尊王攘夷の先頭を走る武力となるべき(と言って1000挺の銃を供与)
幕藩体制の破壊が坂本龍馬の目標であり、武力行使を否定していない。
出所も知れない昭和初期の小説などから題材を引く必要はない。だから司馬遼太郎は信用できないのだ。

38 :
それなら尚更、首謀者は板倉、永井などの幕閣と容保で、
容保一人に嫌疑をかける必要はあるまい。

39 :
それは正しくない。
何故なら当時、京都の旧幕府では大政奉還を利用する意見が多数で、
これに逆らっていたのが松平容保らであったのだから。
容保(だけではなく定敬もだが)一人に嫌疑が集中するのが当然なんだよ。

40 :
昼間から連投してるアホがいるなw

41 :
当時の徳川慶喜・板倉勝静・永井尚志らは、
土佐藩・安芸藩の大政奉還提案を受け入れることで西南雄藩を味方にし、
その上で実質的な権力を保ち、新政権に横滑りすることを狙っていた。
一方薩摩は、大政奉還によって幕府の名分を消滅させ徳川慶喜を将軍から引き摺り下ろし、
幕府及び慶喜を自らと同じ位置まで下げることをもくろんでいた。
対等となった後で朝廷を自らの管制下に置けば、史実のように旧幕府を逆賊として討伐できることになる。
酷い同床異夢ではあったが、大政奉還を実行するという点では両者は一致していた。
両者にとって大政奉還は崩せない枠組みだった。坂本をR意味がないんだよ。
この時期坂本龍馬を付け狙っていたのは、旧幕府のうち大政奉還に反対する人々。
大政再委任と呼ばれるが、松平容保や江戸の幕閣は幕府が消滅し西南雄藩が権威を得ることを了承せず、
執拗に大政奉還自体の撤回を求めている。
松平容保が坂本龍馬を暗殺した犯人とされるのには、このような理由があるんだよ。

42 :
>>40
松平容保を擁護したいのなら、中島や星のような中傷はおやめなさい。

43 :
>>41
ところが
http://www.pjnews.net/news/260/20100815_3
の話はそれが通説に過ぎないことを示しているんだよ。
大政奉還は双方にとって見せかけで、龍馬が倒幕のリーダーになろうとしているのだ。
それを知れば、幕府は黙ってはいない。
板倉などの大物が絡んでいる可能性は十分ある。
慶喜の了承を得ていた可能性すらある。

44 :
>>41
>対等となった後で朝廷を自らの管制下に置けば、史実のように旧幕府を逆賊として討伐できることになる。
対等にならなくても逆賊として討伐できるぜよ

45 :
>>30
>手代木が上層部の命令で暗殺したと言っているのだから、
上層部の命令が発令された時期は何時ぜよ。寺田屋事件時に発令されたかもしれんぜよ。


46 :
見廻組と新撰組は容保の令で公務を遂行しているが、個々の案件に関しては
全権佐々木の裁量じゃないがかい?
容保の令ー不逞浪士の捕殺
佐々木の裁量ー竜馬の捕殺

47 :
>>43
根拠のない小説を盾に使っても、小説家に聞けとしかいえないわけ。

48 :
手代木の独断は有り得る。
某諸侯や幕閣の命令なら、息があるか確認もせず「もうよい、もうよい」
などと言ってサッサと帰るなんてオカシイだろ。
手代木が独断で佐々木にもちかけたとすれば、現場で佐々木が
「もうよい、もうよい」などと言って大雑把に振舞ったとしてもおかしくはない。

49 :
当時の松平容保が独断で龍馬謀殺を執行できたのか?これはちょっと疑問。
>>48の手代木独断は否定できないが、佐々木自身の暴走もありえない話ではない。

50 :
手代木は会津藩の官僚、佐々木も元会津藩で見廻組与頭。
松平容保は当時、他の京都の幕閣と対立しており独断はありえるのだが、
手代木の独断はありえない。なぜなら事件後も松平容保は手代木を重用し、会津の開城までに手代木は老中並にまで地位が上昇している。
佐々木の意見は残らなかったが、手代木が上層部の命令と明言している以上、佐々木の独断もない。
>>48,49は筋が通らない。

51 :
坂本龍馬は脚色多すぎて、平和主義、先見の明、商人、志士の中で一人だけ凄かった感が一人歩きし、だから特別凄すぎてやられたみたいなのが出る。
坂本は当時勤皇派とそんなに変わらないし、土佐の中でも急進派だったから脱藩は早かったけど表舞台の活躍は遅い。
土佐派は龍馬より凄い武市半平太と云うのが居て、龍馬は武市が死ぬまで表舞台に出る幕なかった。
で、一緒に殺された中岡も過小評価しすぎで。
長州派リーダーだった久坂と旅をし心服思想影響受け、高杉とも親しかったのは中岡。
薩長同盟も中岡が西郷と会い坂本を引き入れ、朝廷工作の公卿・岩倉と三条結びつけたのも中岡。
板垣を倒幕派に引き込み西郷や武市亡き後の土佐勤王党と結び、土佐を最終的に薩長に次ぐ功績に導いたのも中岡の功が大きい。
土佐派のリーダ的存在になった板垣が「中岡は西郷、木戸と肩ならべ参議になる人格をそなえてた。
西郷と約した時、中岡が人質になろうと約束した、中岡は人傑」とべた褒めしてるのもその辺にある。
どっちが上とも言えないから共に正四位貰ってる。
武力倒幕派は幕府の政権を倒すには武力が必要と云う考えで、武力でもって幕府を滅ぼすべきという考えではない。

52 :
「明言」は言い過ぎでは?
あれだって家伝でしょ?仄聞であるかのような記述だと思うけど。
あれが「明言」なら、正に黒幕も実弟侯だと「明言」されていますよ。

53 :
>>51
土佐藩は危急存亡の竜馬を藩邸に匿わず遺体も引き取らなかったぜよ。土佐藩が目障りな
郷士共を幕府と謀り粛清したのではなかろうか?

54 :
大体、容保が大政奉還に反対していたというのは俗説で、根拠はない。
手代木は反対していた。板倉や永井もずっと後まで不満を持っていた。
容保説の人は通説の上に論を組み立てているだけで、深みも無ければ面白味もない。

55 :
>>54
通説・俗説だと定説を非難しても、あなたの主張する松平容保いい人説は根拠に乏しい。

56 :
無理やりに 悪い人にする 容保説

57 :
大政奉還に松平容保が強硬に反対していたのは多くの史料があるが、賛成したというのは会津に同情的な小説だけだから。

58 :
出せといへど 史料出さない 容保説

59 :
手代木などは、松平春嶽らが大政奉還推進を説得すると、容保候が拒否してますと言い返していたし、記録もあるわけで
松平容保が大政奉還に賛成していたという説は、小説家の妄想でしかない。
近藤勇らは、徳川慶勝や松平春嶽の大政奉還を阻止しようと、会合に出て来るなと脅迫したり、会津を中心に大政奉還撤回論が渦巻いていた。

60 :
原文を ごまかして読む 容保説
原文を 都合よく読む 容保説

61 :
解釈を曲げるしか容保を守る言が出せないわけで、松平容保が暗殺命令者ということはもはや覆し難い。
問題は松平容保への同調者がどれくらいいて、誰が暗殺計画を知っていたかということなのだろう。
松平定敬も容疑者としてよく挙げられるが、彼を首謀者とするには手代木が暗殺証言をしているということが障害になる。
松平容保・松平定敬の両人とも暗殺の首謀者なのか、あるいは容保一人が命令者なのか、どちらかということなのだろう。
他に暗殺の内幕を知っていた人間として近藤勇の名が挙げられる。
近藤勇は、暗殺直後に新撰組隊士の前で佐々木に暗殺の首尾感服しましたと煽てており、近藤が暗殺を承知していたことは間違いない。

62 :
容保説 もう決まってゐると 無茶を言ひ
近藤と 永井は大の 仲良しで

63 :
>近藤勇は、暗殺直後に新撰組隊士の前で佐々木に暗殺の首尾感服しましたと煽てており、近藤が暗殺を承知していたことは間違いない。
月並みな表現であるが、ソースは?


64 :
>>34
龍馬が平和論者なのは小説の中だけじゃないか?
普通に本人の手紙にも「ブチR♪」みたいな一文あるしw

65 :
>>63
且つ同年十月比、土州坂本龍馬、石川清之助両人を暗殺之儀、
私共の所業には無之、是は見廻り組海野某、高橋某、今井信郎他壱人にて暗殺致候由、勇より慥に承知仕候。
先達薩藩加納伊豆太郎に被召捕候節、私共暗殺に及び候段申立候得共、是は全く彼の薩の拷問を逃れ候為にて、実は前に申上候通に御座候。
(大石鍬次郎証言)

66 :
>>65
それは>>63への答えとしては間違い。
>>63への答えとしては渡辺篤の覚書を上げるべきだが、
>>61の人が「新撰組隊士の前で」と書いているのは間違いで、
「見廻組隊士の前で」とでもすべきだろう。
このように容保説の人は細かな点で間違いを犯しているのである。
彼らには資料を精確に読み解く力がない。
容保が大政奉還に反対していた証拠など、実は一つもない。

67 :
>>66
君は嘘を強弁で押し切ろうとするけど、君の意見に論理とソースがないことの方が不合理だよ。
松平容保をかばいたい意思だけは分かるが、話の内容が嘘ばかりでは、こちらが困る。
>このように容保説の人は細かな点で間違いを犯しているのである。
>彼らには資料を精確に読み解く力がない。
>容保が大政奉還に反対していた証拠など、実は一つもない。
これは容保擁護の人の欠陥であり、あなたが反省すべき点である。

68 :
それで、近藤勇が事前に松平容保による坂本龍馬暗殺命令を承知していたことが判明した上で、
容保擁護の人は、どう彼を弁護するのかな?
松平容保しか犯人はいないんだよ、残りの可能性は、彼の周囲に共同主犯か共謀者かがいる可能性があるということだけ。

69 :
>>67-68
以前にも同じことを論じたことがある。
手代木の文書に、容保も反対している、みたいなことが書かれてはいるが、
それは手代木が書いたものだから、必ずしも信用できないのである。
その文書から読み取れるのは、手代木は大反対だったことだけである。
で、それ以外に、容保が大政奉還に強硬に反対していたというような史料はないのである。
いや、あるかもしれないが、あるならそれを出してもらいたい。
原文を出してもらえれば、それをここの参加者全員で検討できる。
まず原資料を提出してもらいたい。

70 :
>近藤勇が事前に松平容保による坂本龍馬暗殺命令を承知していたことが判明した上で
こんな嘘を平気で書くのが容保説者である。
渡辺篤の覚書で、近藤が事前に承知していたことは窺えるが、
それが容保による暗殺命令だとはどこにも書かれていない。
それなのに容保説の人はこのような嘘を平気で書くのである。

71 :
>坂本殺害の恩賞として15人扶持を賜った
恩賞としてはショボ過ぎます。
渡辺篤の嘘ですね。


72 :
>>69,70
松平容保から犯人であるという事実を消そうと、片言千語に噛み付いてはみるが、
ますますみっともない。
近藤勇は暗殺を承知していた。手代木直衛門は暗殺は弟の犯行で、命令者は上級の諸侯であったと言う。
松平容保しかいないんだよ。松平容保に、足すとしたら共同正犯か共謀者がいたということになる。
そして恩賞は通常任務なのに出ると考えるほうが不思議。
浅間山荘を包囲した警察隊は家でも買ってもらったか? 危険手当以上のものが出るわけがない。
出るとしたら、命令者に後ろ暗い権謀に基く思惑があったということになるが、それでは既に公儀ではなく私兵だ。

73 :
>>69
岩倉具視が書いてますけど。容保は激怒して土佐・安芸・薩摩などをRと息巻いているってね。
あなたの書くことは事実を含まない。>>70も含めて嘘だらけですよ。

74 :
やったとしたら大政奉還自体を認めない佐幕派
大政奉還の必要性は薩長はもとより公武合体・徳川よりだった土州の山内容堂も認めてる

75 :
>>72-73
72に関しては、あなたは何の根拠も上げていない。
73に関しては、だからその原文を上げてごらんと言っているんだよ。
たしか以前にも誰かが上げていたが、それは会津が激怒しているという文だけで、
容保が激怒しているとはどこにも書かれていなかったはずだ。
尤も、私の記憶も曖昧だから、とにかく原文を上げて論じてもらいたい。
会津=容保ではないのだ。コ川慶喜公の伝記でも、会津藩等の一部は激怒したが、
容保などは理解していたと書かれているのだ。
とにかく容保説の信者というのは文章をまともに理解できない人が多い。
今井の調書でも、幕閣か容保なのか、私は知らない、と今井は述べているのに、
容保説の人は、文章のニュアンスというものが理解できないのか、
指令者は容保だと今井が述べている、などと頓珍漢なことを書いているのである。
以て容保説を唱えている人間の頭の程度が知れようというものだ。

76 :
どうでもいいが、容保擁護説、容保黒幕説、双方に言いたいので有るが
手代木直右衛門傳なり手記なりを確認した上で述べているのか?
尤も、ネタで議論しているのであればそれ以上は言わないけどね。

77 :
松平容保は犯人ではないという主張に、あの時は秘書がやりました、秘書は何人でもいるんですという風の
ごまかしが横行していることを私は馬鹿馬鹿しく思う。
坂本龍馬暗殺事件は、松平容保を犯人とするより説明のしようがない。
他の幕閣だろ、とか秘書がやりました式のごまかしは不要。

78 :
72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/10/01(月) 22:29:43.73 ID:dbS5nBCJ0
>>69,70
松平容保から犯人であるという事実を消そうと、片言千語に噛み付いてはみるが、
ますますみっともない。
近藤勇は暗殺を承知していた。手代木直衛門は暗殺は弟の犯行で、命令者は上級の諸侯であったと言う。
松平容保しかいないんだよ。松平容保に、足すとしたら共同正犯か共謀者がいたということになる。
そして恩賞は通常任務なのに出ると考えるほうが不思議。
浅間山荘を包囲した警察隊は家でも買ってもらったか? 危険手当以上のものが出るわけがない。
出るとしたら、命令者に後ろ暗い権謀に基く思惑があったということになるが、それでは既に公儀ではなく私兵だ。

浅間山荘を包囲した警察隊は暗殺など断じて行なって居ません。
警察官と警察官の遺族が名誉毀損で貴方を訴訟すれば、
貴方の有罪が確定します。
公儀も何も、政治と官に表と裏が有る事くらいは、小学生でも知って居ます。

79 :
>>77-78
とにかく君は何の根拠も無く述べているからダメなのだよ。
ちゃんと原資料を提示して、それを正しく読み解いてから物を言わないと。
岩倉具視の書簡を上げろと要求していのに上げない。
なぜかといえば、そこには容保が激怒しているなどとは書かれていないからだ。
要するに容保説の人は単なる思い込みで書いているだけなのである。
容保が黒幕であるなどという決定的証拠はないから議論が続いているのである。
これまでさんざん議論してきたのに、過去スレも読んでいないのか。

80 :
>岩倉具視の書簡を上げろと要求していのに上げない。
「いのに」とは日本語ですか?
史料馬鹿に教示して差し上げましょう。
幕末の史料とやらは、捏造されたものも有るのです。
http://plaza.rakuten.co.jp/jigen2012/diary/201207090001/
http://blogs.yahoo.co.jp/quasar2012q/13180761.html
http://plaza.rakuten.co.jp/jigen2012/diary/201207010000/
武市半平太の嘘を130年以上も見抜けなかった馬鹿な日本人
坂本龍馬の嘘を130年以上も見抜けなかった馬鹿な日本人
吉田松陰の嘘を130年以上も見抜けなかった馬鹿な日本人

81 :
史料を上げず 電波を上げる 電波哉

82 :
81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/10/02(火) 11:34:02.01 ID:iWgHFV360
史料を上げず 電波を上げる 電波哉

史料とやらの画像すら上げられない能無しが、
我に反論できずに「電波」で誤魔化す能無し在日

83 :
>>79
この人は史料を挙げずに松平容保が犯人ではないと主張するのだが、根拠がない。
せめて犯人説の人のように根拠を出すべきだよ。

84 :
能無しとは 俺のことだと 諸橋言ひ
在日とは 俺のことだと 諸橋言ひ
>>83
過去スレを 読めば分かると 永井言ひ

85 :
俺「長岡藩が農民に畳を背負わせ、西軍と銃撃戦をしたと言いますが、ミニュエー銃とスナイドル銃は、
射程距離が違うので畳を貫通しますよ。」
稲川さん「西軍もミニュエー銃ですよ。」
俺「【奇兵隊の伏せ撃ち】と言う事は、スナイドル銃です。西南戦争で薩摩軍は戊辰戦争の廃銃である、
先込めの銃を使いました。」
俺「大黒新田の戦闘でしたか?隊長が嫌がるのを河井 継之助が「米沢藩の申し出を断るわけにいかな
い。総督の俺が頼んでいるのだ。やってくれ。」敵塁を攻撃した長岡藩の半小隊は隊長を除き、敵に背
を向けず銃を持ったまま全滅しました。それなら、畳を背負った農民も死ぬ筈です。記録に残る筈です。
分捕り品として、畳が記録されている筈です。」
俺「今町の河井 継之助の戦法。敵塁に向かって走り、敵が発砲したら伏せ、止んだら走る。畳を農民
に背負わせて居ません。」
稲川さん「どうも、三条方面の戦いとごちゃ混ぜにしているようですね。」
俺「長岡軍が農民に畳を背負わせ、弾除けにした記録は有るのですか?」
稲川さん「石井 孝が本で三条方面の戦いの史料に出て居ると書いていました。」
俺「【河井 継之助、長岡軍が農民に残虐行為をしている。】と思わせるプロパガンダでしょうか?」
稲川さん「さぁ?分かりません。」


99 :日本@名無史さん:02/05/27 23:03
因みにこれが研究成果と議論と某管理人は書かれている。
http://mimizun.com/log/2ch/history/1021646166/
http://blogs.yahoo.co.jp/quasar2012q/13794847.html
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/6618/honmon/45.html

>田中土佐は兵を指揮し、近所の藩士宅から畳を運ばせてこれを門前に積み胸壁に
しようとしたが、僅か数畳を横に並べたところへ早くも敵弾が飛来してこれを貫き
防禦の役にはたたなかった。

新品の畳の可能性は殆ど無いですね。

施条銃(ライフル銃)のエンフィールド銃やスナイドル銃から発射された弾丸は、畳を貫通します。

我に論破された2ちゃんねらーの白痴ども
「農民に弾丸避けに畳を背負わせた」だとよ(大和田爆笑)

86 :
http://plaza.rakuten.co.jp/jigen2012/diary/201207010000/
「吉田松陰がプチャーチンを暗殺しようとした」の説を、
我は2002年頃にYahoo!掲示板日本史のカテゴリーのトピックに書いた。
2003年頃に神戸のサンテレビが幕末の特集番組プログラムの一つに我が発表した
「吉田松陰がプチャーチンを暗殺しようとした」の説を、
神戸のサンテレビが剽窃した。


87 :
犯人はわしじゃき

88 :
榎本対馬が普通に逮捕礼状出した。寺田屋捕方殺害の件で。見廻り組を使ってね。
容保はあの時期それどころじゃない。
そんなに暇じゃなかったし、土佐の浪人ひとり直々に対応してられないよ。
当時の会津、そして守護職の動きを見れば判るでしょう? だいたい龍馬が大人物に扱われたのは暗殺のずっと後。守護職のトップがいちいち相手なんかしないよ。
……ってか、相手すると思ってんの?


89 :
まあ、会津藩公用局が龍馬に対してどれだけ注目していたのかが気になるが
実際は佐々木只三郎の暴走なだけのようにも見えるけど。

90 :
浪人だろうが何だろうが、自分が管轄してる京で猛烈に反幕府活動
(と見たであろう)してる奴いたら気になるどころじゃないだろ。

91 :
会津単独の注目度は不明だが、坂本龍馬自体は相当有名だったと思われ。
というか龍馬はおろか陸奥陽之助でさえ相当知名度高かったらしい。
井上聞多とかも維新に携わる人の間では相当有名人だったそうだ。

92 :
つまり松平容保の暗殺目標になりやすい人間であった

93 :
◎ 幕閣
○ 容保
▲ 土佐藩

94 :
>>93
というより
◎ 佐々木暴走
○ 容保&幕府閣僚右派
妄 土佐藩
糞 諸恥
蛆 中島痴呆
でおけー?

95 :
手代木が上司の命令だったと言っているのだから、佐々木単独の可能性はない。

96 :
手代木は龍馬暗殺に関して自身が関係しているとは言ってないよね。
坂本は幕府の嫌忌を買っていた為、某諸侯の命を受けて弟が殺害したと
言っている。自身が関係してるとは言っていない。
 これは暗に某諸侯は会津侯ではないと言っているように感じるね。
で「某諸侯とは桑名侯だ」と言うのは誰の意見なのかがよく分からないん
だけど、「手代木直右衛門伝」を読んだ人いたら解説を希望します。

97 :
むしろ、犯人が上司である松平容保だから、犯人を名指しできずに諸侯と言葉を濁したと見るが。

98 :
>>93>>94
佐々木暴走は一番可能性は低く無いか?
見廻組周辺の証言が全部「黒幕が居る」で統一されてるのに。

99 :
言葉を濁すくらいなら告白しないと思うんだけど・・単に俺の主観だけど。
あと、佐々木は今井たち部下には、ある程度仕事の内容を説明した
はずでしょ。独断だと仮定した場合、「俺の独断だ」と言わないでしょw
当然、御指図だっけ?まあ「上からの命令だ」って言うんじゃないかな、普通は。
それと「手代木直右衛門伝」が信頼できる資料なら、命令者は桑名侯だと
いうことになるんだけど。なぜならそう書いてあるから。

100read 1read
1read 100read
TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
幕末の南部藩・米沢藩・仙台藩・会津藩 (298)
【権力の】伊藤博文・山縣有朋・井上馨【亡者】 (418)
アジアの解放といい始めたのは誰か? (521)
★太平洋戦争を総括する。 (419)
源田実 (315)
☆★☆★☆南京大虐殺を語ろうG☆★☆★☆ (384)
--log9.info------------------
谷川史子 7 (776)
★河内遥part1★ (298)
りぼんの漫画について Part.207 (499)
読み直したら感想が大幅に変わった少女漫画や作家 (729)
なかよし#59 (615)
【君に届け】椎名軽穂71 (708)
【先生×生徒】年の差恋愛ものを語るスレ【禁断】 (355)
【観用少女】川原由美子総合スレ8【カフェ】 (314)
マツモトトモ作品 (586)
== 今市子 百鬼夜行抄と作品全般 巻ノ参拾一 == (401)
【泣ける】庭りか【話】 (407)
成田美名子・20 (958)
美内すずえ◆ガラスの仮面◆165巻目 (846)
少女漫画購入検討会 その5 (618)
厦門 潤 Part.2 (649)
パクリ■僕らは楽園で結ばれる2■空あすか/南々井梢 (317)
--log55.com------------------
【ジェラシー】嫉妬さんいらっしゃい35【ヤキモチ】
【もはや】温度差のある付き合い8【片思い】
ふと『可愛いなぁ』と思ってしまう時って? Part64
一度別れたけど復縁したカップル
バツ2
バツイチの人でもいいから結婚したい
離婚のきっかけとなった一言
元妻、元旦那に強い憎しみがある人