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2013年06月なりきりネタ64: 【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Z【オリジナル】 (189)
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【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Z【オリジナル】
- 1 :2012/12/28 〜 最終レス :2013/06/09
- 前スレ
【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!Y【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1342705887/
- 2 :
- 過去スレ
1:『【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 』
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1304255444/
2:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!【オリジナル】 レス置き場
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1306687336/
3:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!V【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312004178/
4:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!W【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1322488387/
5:【TRPG】遊撃左遷小隊レギオン!X【オリジナル】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1331770988/
避難所
遊撃左遷小隊レギオン!避難所2
http://yy44.kakiko.com/test/read.cgi/figtree/1321371857/
まとめWiki
なな板TRPG広辞苑 - 遊撃左遷小隊レギオン!
http://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/483.html
- 3 :
- >「あなたが私以外の人を抱くだなんて、そんな事は我慢出来ない!絶対に!」
高速で飛翔するアノニマスは、己の腹部分に突如として乗った、ずしりとした重量を感じた。
鎧の基本機能によって加速化された視覚が、原因を見る。マテリアだ。
確かにその心を粉砕したはずのマテリア=ヴィッセンが彼の甲冑に張り付いていた。
「馬鹿な!ムチ入れまくりの馬車に飛び乗るようなものだぞ!」
げにおそろしきはその執念!
見ればマテリアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっているし、風圧でどろどろになっているが、
その潤んだ眼光だけはしっかりとアノニマスの面頬の奥を捉えている。
「そこまでして!そこまでしてこの俺にRを押し付けたいと言うのか……ッ!?」
命懸けの献身。これが、愛ッ!
出会ってまだ数分しか経っていない女性に、ここまでさせる己の男子力が恐ろしい。
しかし申し訳ないが面倒臭いタイプの女体はNG。
「――いっかい抱いたぐらいで愛人面しやがって!この女ァーーーー!!」
何故ならアノニマスはたったいま、新たなる女体を求めて飛翔するその最中であるからだ。
これからナンパする女の子にコブ付きだと思われたくないので、腰巾着(文字通りの意味で)なマテリアがとても煩わしい。
そしてそんな煩わしさが、アノニマスにとっての今後の明暗を分けた!
>「"抱かれる"のは、許してあげても良いのではっ!?」
甲冑の鳩尾の部分に硬質な衝撃。鎧の内側に鼻っ柱を叩きつけられて、鼻梁がミシミシ音を立てた。
気付けば己の突進が、周囲の破砕音と引換に停止している。
愛溢れんばかりの抱擁で迎えに行ったファミアが、しかし指先を掠めるだけで一向に届かない。
噴射術式は止めず、吹かしている。それでも彼は、一歩足りとも進むこと叶わなかった。
「棒のようなものが床と俺とをつっかえ棒みたいに固定してッ――!」
棒は、ファミアが得物として振るっていた転経器だ。
いまもなお、アノニマスの推進力を、床板への掘削力に変換して消費し続けている。
アノニマスの甲冑への入射角は絶妙だが、それを維持しているのは他ならぬファミアの遺才膂力であった。
転経器とファミアはびくともしない。しかし、床板はそうはいかないようだ。
「ぐぬはははは!バキバキと木の粉を上げて床が砕けているぞ!このままゴリ押しで突っ切る!」
アノニマスは甲冑の噴射術式に更なる鞭を入れた。
背に展開された魔術光芒がその輝きを強め、遅々とした、しかし確実な前進を主に確約する!
瞬間、アノニマスを押さえつける転経器の穂先が下がった。ファミアが手首を返したのだ。
鎧と床とのつっかえが取り除かれ、加速力が全て前方へ解き放たれる、ほんの一瞬のタイムラグ。
その寸毫にも満たぬ時間の中で、ファミアはある悪魔的行動に出た。
「お?」
転経器の穂先がアノニマスの足の間へ突き出され、手元を高く天へ掲げたのだ。
そこへ推進全開の全裸甲冑が接触。
――アノニマスの股間に転経器の柄がめり込んだ。トップスピードで。
- 4 :
- 全身鎧は、装用者を隙なく護る防御の完成形である。
だが、完全完璧一分の隙間もなく板金で塞がれているわけではない。動けなくなるからだ。
――関節の可動域。特に大きな可動部である股関節の部分は、鎖帷子によって覆われているのみだ。
そして鎖帷子の防御性能は、斬撃にこそ強いものの、打撃力はほぼ減衰なしで本体に伝わる。
ましてや、『その部分』は、アノニマスが趣味で感覚共有を全開にしている部位であった。
「――Oh...」
転経器を股間にめり込ませながら、アノニマスの切ない悲鳴が列車内に木霊した。
彼の受難は終わらない。転経器はアノニマスの前方から股の間を通って後方の床に突き立っている。
つまり、アノニマスにとって前に進むごとに上方向へ向かう角度のついた坂だ。
そして転経器は先端こそ複雑な形状をしているが、柄の部分は凹凸のない素直な棒状である。
そこにアノニマスの噴射が加わって、生まれる動きは。
――転経器をレールとして、アノニマスが股間で滑り上がっていく打ち上げ台である。
「ひぎいいいいいいいいいいッ!!」
一瞬であった。
股に棒を挟んだ男が、光に背を押されながら加速し、ファミアを飛び越え、屋根をぶち抜き、空を駆け上がった。
あとに残ったのはマテリアとファミアと赤熱した転経器、それからアノニマスの形をした陽炎のみだった。
* * * * * *
「ぐぐぐ……色を知る前に新しい世界を垣間見てしまった。
世界はこのアノニマスに、停滞を許してはくれぬ!性的な意味で!」
アノニマスはしぶとく生き残っていた。
車両から撃ちだされたはいいが、噴射術式があるので空中での方向制御はわりと簡単だ。
すぐ後ろの車両の屋根にへばりついて、内股になりながら、それでも彼はそこにいた。
「マヌケがァ!この俺に『列車から追放』などと言う同じ手を二度も使った時点で、既に凡策よォー!」
アノニマスは、諦めない。戦いにおいても、恋においてもだ。
好意を袖にされても諦めず、作戦を再検討し、執念深く情報を収集し、必要ならば奇襲に出る。
根気と覚悟の要る戦いだ。だがアノニマスは生来二十余年、その覚悟の試される戦場で戦ってきたのだ。
うまくいかなくて同僚である従士隊に逮捕されたこともあったが、実刑を受けたことも一度や二度ではないが、それでも。
「――諦めたら、負けなんだ。追い続けて叶わない夢などない。俺がそれを証明するッ……!!」
だからまずは断言だ。俺はモテる。
ちょっとハンサム過ぎて周りが萎縮しちゃうだけで、本当はもはや崇拝に近いほどの愛情を全人類から受けているんだと。
根拠なんていつも後付だよ。
「『栄光』には!常にそれを阻む『恐怖』が寄り添っている!
二つは同じ位置にあるために、栄光を臨む者は恐怖をその眼に焼き付けなければならない。
――栄光への第一歩は、『恐怖』を認め、向き合うことッ!敵の偉大さを知り、なおも先へ踏み出す『覚悟』ッ!」
アノニマスは再びの飛翔に備え、四足獣の如く姿勢を落とした。
「どれ、退場した穴から再登場して奴らの驚く顔でご飯を食べてやる……」
背に光芒を宿し、魔力が収束し推進力を発動させる、刹那のような時間。
――ノイファが前の車両から出てきて、連結器の傍に立った。
- 5 :
- >「よいっ――しょおっ!」
ほとんど前触れ無く打ち下ろされた刃に付随する音はなく、ただ水を抜けるように刃が駆けた。
線のような余韻を空間に遺す、黒の光。それだけだ。
ただそれだけの動作で、亜音速の衝撃にすら耐える魔導鋼鉄の連結器を半ばから切り落とした。
「何ィィィィィィッ〜〜〜〜〜〜!?」
完全にタイミングを逸した噴射術が暴発し、アノニマスの驚愕を彩るように風を生んだ。
あり得ない。報告では、ノイファ・アイレルの遺才は極めて限定的な未来視だったはず。
アノニマスとモトーレンには遊撃二課就任時に一課の能力を詳細に記したレポートを配布されていた。
ノイファの項には確かに、『指揮能力、作戦実行能力に長け、それを補助する情報系遺才を持つ』とのみ記されていたのだ。
あのような剣術の存在は、報告に上がっていなかった。
「はっ……?」
そこで思い至る。
レポートの記録者は、『ボルト=ブライヤー』。
「遊撃課長!隠し玉を持っていやがったな〜〜〜〜ッ!?」
ごうん、と重い音を立ててアノニマスの乗る車両がゆっくりと減速を始めた。
ノイファが断ったのは動力車と繋がる自車両と、その後続とをつなぐ連結器。
推進力を失った車両たちが、その重さと空気抵抗によって失速し始めたのだ。
「馬鹿な!仲間がまだ三人後ろにいるのだぞ……!?」
フィン、セフィリア、スイの三名はここより更に後方の車両でモトーレンと対峙している。
確かあそこにはフルブーストもいたはずだ。
アノニマスも含め、手練三人と相対すれば確実に不利となる状況である。
(まさか、最初からこれが狙いか……!)
この列車はヴァフティア行き。
ならばノイファ、ファミア、マテリアの三名は任務として正当に任地へ行く事になる。
わざわざ列車を切り離した意味は?……考えるまでもない、後ろの三人をここに置いていくためだ。
そしてそれは、アノニマスを封じるたった一つの冴えたやり方でもある。
女三人ヴァフティアへ行く。
→アノニマス+遊撃一課の残党(男二人、女一人)はここで孤立。
→女の子が少ないのでアノニマスは寂しくて死ぬ。
「あんまりだああああああッ!」
アノニマスは吠えた。
そのどういう人生を送ったら湧いて出てくるか意味不明な悪魔的発想に彼は憤った。
- 6 :
- 「置いて行くなら女の子三人を置いていけよォォォ!
ハンプティさんと一緒にされたら確実に俺が可哀想になるパターンだろうがッ!
もうわかっちゃったもんね!魂胆が読めちゃったもんね!」
ちなみにスイのことはボルトが報告書に男と書いていたのでアノニマスもそう認識している。
そもそも中性的な格好をしているうえにほんの一瞬しか対面していないので疑うわけもなかった。
「ノイファ・アイレル!貴様の思い通りにしはさせんぞ……!」
減速を始めたとはいえ、慣性が働いているので車両同士はまださほど離れてはいない。
噴射術式を加味したアノニマスの跳躍力ならまだ取り戻せる誤差だ。
「なんとしても女子三人の中に、混じる――ッ!!」
再度噴射術式に点火し、アノニマスが跳ぼうと身構えたその時。
さっきからずっとアノニマスを思案顔で見ていたノイファが首を傾げながら呟いた。
>「私たち全員を抱くと仰いましたけれど……本当に"抱く"だけで良かったんですねえ。」
(え……!?もっと凄いコトがあるのか?この世の中には……?)
様々な思考が頭脳の容量を巡って争う。
答えはきっとノイファが知っている。その唇から、言葉がこぼれ落ちる。
>「――ひょっとしてそういった経験がない、とか? なあんて、まさかそんな筈がないですよねえ。」
刹那、アノニマスの見る全ての世界が停止した。
色を失った視界のなか、ノイファの上気して艶やかになった表情だけが、くっきりと網膜を焼く。
風防が風を砕くごおごおという音が、耳鳴りのように頭蓋骨を乱反射する。
「ふ、ふふふ――はははははははははは!!!」
アノニマスは揺れる列車の上で器用に立ち上がり、仰け反って、哄笑した。
ノイファの言葉を戯言だと笑い飛ばすように。甲冑の各部が、鈴のようにがしゃがしゃなった。
「はははははは!はははははは!はははは――――がはァッ!!」
一際大きく痙攣したかと思うと、銀甲冑の面頬に赤い花が咲いた。
それはアノニマスの吐血だった。
鉄仮面の、隙間という隙間から鮮血を吹き出して、鎧姿は仰向けに倒れた。
金属が叩きつけられる耳障りな音が、終戦の銅鑼の代わりだった。
ナード=アノニマス。職業:従士隊遊撃二課。『甲冑使い』。
弱点:Rをディスられると深く傷つく。
To Be Continued...→
* * * * * *
- 7 :
- 「芸術は爆発だって言葉があるじゃん?わたしは異論を唱えたい。
――爆発こそが芸術なんだよ。頬を叩く風!火傷しそうな熱!一瞬で全てを掻き消す無情!
爆発にはあらゆる美のエッセンスと、物語の起承転結が詰まってる!」
モトーレンは自分の『作品』を見下ろして、その暖かな光を身体いっぱいにうけて、満足そうに頷いた。
ニーグリップ=モトーレンは騎竜乗りの遺才を持つ天才だ。
しかし、彼女のもう一つの称号『護国十戦鬼』に数えられる能力の本質は、騎竜を完璧に操れることではない。
――騎竜を用いた急降下爆撃戦術によって、幾多もの戦場を焦土に変えてきた爆撃術の賜物である。
単体でもゴーレムを屠れる威力のブレスを陽動に用いた、機雷散布の爆撃。
下手すれば大陸横断鉄道の客車を爆砕して線路に損傷を与えかねないが、モトーレンは護国十戦鬼だ。
対象だけを的確に爆Rることぐらい、目を瞑っていてもできる。
Rつもりはなかったが、これで死んでしまっていればその程度の存在だったと上に報告するまでだ。
やがて、爆煙、晴れる――
>「……はっ、どうした。竜の吐息(ブレス)ってのはこの程度かよ?」
フィンとスイ、二人分の眼光が光失わずモトーレンを射抜いていた。
両者ともにところどころ火傷や焦げ痕はあるが、五体満足で屋根の上に居る。
(無事――?『風帝』の風で爆風は防げても、術式を狂わせたブレスは回避できなかったはず)
その特筆き異常の、答えは眼下にあった。
フィン=ハンプティの身体。その右肩から先が漆黒に染まっている。
そして彼の右眼は、モトーレンがよく知る『あの色』を得ていた。
(あれが、『魔族化』……アネクドートの報告にあった『遺才の向こう側』を覗いた者!)
タニングラードでの戦いのあと、帝国当局は協働関係にあったアネクドートに報告書を求めた。
西方なまりの強い筆致で綴られた言葉の中に、確かに目の前と一致する光景があった。
フィンはそもそも防御系の遺才使い。
だがいま彼の右腕に宿るのは、護りと対極にある『崩し』の力だった。
(『鎧の魔族』の家系はうちの馬鹿を始めとして広く派生してるそうだけど、あんな遺才、見たことない)
否、遺才ではないのだ。
魔族がその血に封じた力の残滓を間借りしている人類の遺才使いとは明確に異なる。
フィンは、祖先ではない『自分という魔族』を右腕に覗いたのだ。
新しい魔族。それまでの自分を超える、新しい力。
- 8 :
- >「お望み通り五体満足で受けてやったけど、不満があるなら何百発でも撃ってこいよ。
その力を、風を、全部阻みながら――――退治してやるぜ」
「いいね!そういう艱難辛苦の果てに手にした希望を、一撃で爆散させるのすごい楽しみ!」
所詮は近づかねば発揮できない力。
距離を維持して戦える騎竜の的ではない。
フィンは何百発でも撃ってこいと挑発したが――モトーレンとライトウィングなら、千発はいける。
長期戦に持ち込まれても確実に倒せる自信が、彼女たちにはあった。
>「悪いけどよお!このまま引き下がるわけにはいかねぇんだ!」
厄介なのはむしろ真っ当な遺才遣いであるスイの方だ。
騎竜と同じ中距離での間合いを得意とするうえに、攻撃は変幻自在で汎用性がある。
風の流れである程度の軌道は読めるが、それでも何をしてくるかわからない不気味さがある。
(一番まずいのは、風に煽られてむりやりハンプティの間合いに引っ張られること!)
スイの風に重さはないが、フィンの右腕は下手すれば一撃で致命傷になりかねない。
急造にしてはよくできたパーティ編成だ。レンジと攻撃力をお互いに補い合っている。
スイが放った、鉄片の刃をライトウィングに噛み砕かせながら、モトーレンは爆撃のために高度を上げた。
それは不用意な動きだった。
上空には、スイが展開したかまいたちと暴風の塊が潜んでいたのだ。
「上――!?読まれてた!ハンプティを警戒して距離を取るってとこまで織り込み済みだったのね!?」
風の塊を躱す。かまいたちが逃げ遅れたモトーレンの髪の先を刈っていく。
だが、読める。騎竜乗りに最も必要な才能は、風がいかに動くかを直感で知る類まれなる嗅覚である。
風の眷属であるライトウィングの自律判断も含めれば、この程度の奇襲を食らう彼女たちではない。
――スイの戦略はさらにその先を行った。
巧妙に風の中にルートをつくって誘導された先、既に不可視の大槍が騎竜目掛けて迫っていた。
槍の正体は渦巻く風。風帝の遺才によって貫通力を付与された巨風が、すぐ鼻先まで飛来していた。
狙いはライトウィングの翼――風を手繰るが故に、風に対して最も無力な部位。
連携は完璧だった。ここを穿たれて、堕ちない竜など存在しない。
竜ならば、だ。
「――騎竜はただの竜じゃない。そして『乗り手』も、ただ竜に運ばれるだけの存在じゃあ、ないっ!」
- 9 :
- モトーレンは、風の大槍に向かって両腕を広げた。
手の間からばらばらと零れ落ちるのは小型の魔導機雷。
機雷達は渦巻く風に巻き込まれて、槍を覆うように空中へと誘われた。
「爆撃ハッピー!」
モトーレンが起爆の鍵語を叫んだ刹那、小型機雷が一斉に爆発した。
爆発に伴うものは熱と、光と――爆風だ。
大槍の周囲で発生した無数の爆風が、大槍を包むように膨張。押しつぶして、かき消した。
風とは空気の流れのことである。
水に立てた波紋同士を重ね合わせると消滅するように、別の流れを作ってやれば消すことはたやすい。
「――『風の殺し方』も、知ってるんだよ」
モトーレンは高度を下げた。
爆撃手という性質上、彼女は上に意識を払うのが苦手だ。
先ほどのように、スイに動きを読まれて罠を仕掛けられ続けたら、いずれ対応にも限界が来る。
しかしモトーレンがフィンとスイの元に降りてきたのは、そういった戦略上の意義を上回る、
純粋な疑問があったからである。
「『風帝』さあー、当たり前な顔してそいつと肩並べてるけど、怖くないの?
ハンプティさん見るからに人間辞めちゃってるじゃん。その右腕とか、なにそれ?何で出来てんの?
今はまだ人間とお仲間ごっこ続けてるかもしんないけどさ、いずれマジモノの魔族になったとき――
ちゃんと人間の味方してくれるって、確証があるわけ?」
フィン=ハンプティの肉体は、もはや疑いようのないほどに人外のそれだ。
魔族。この大陸を旧時代に支配していた者達であり、人をR人類の敵。
身体が既に魔族のものとなっているのに、心だけは人間のままでいられるとどうして言い切れる?
「帝都には、そういう輩がたくさんいるよ。『人間難民』――二年前の帝都大強襲で魔族化したまま戻らない連中。
ハンプティさんは、過程こそ違えどそいつらと同じ道を辿ってる。
魔族は人間を助けちゃくれないよ? わたしたちが別に魔族を助けたいと思わないのと一緒でさ」
モトーレンは――フィンの間合いに入らないことに細心の注意を払って――指を彼に突きつけた。
「人間の味方は人間だけ。
人間でも魔族でもない宙ぶらりんのハンプティさんは誰を護るわけ?
―― 一体誰が、ハンプティさんの守護を求めるわけ?
少しでも疑問に思うなら、風帝。とっととそこから離れるべきだよ、人間ならさ」
【アノニマス:切り離された客車側にとりのこされ、ノイファの精神攻撃に倒れる】
【モトーレン:スイの風槍を爆圧で殺し、高度を下げる→爆撃を封じられる
フィンとスイ相手に問答。あわよくば仲間割れを狙う】
【時間軸は連結器が切り離される少し前です。この問答の直後に列車が減速を始めると思って行動してください】
- 10 :
- 苛立ちが募ります
無論、眼前に佇む、人を小馬鹿にすることが何よりも好きと思える男のせいです
しかし、この態度は自己の実力からくるものでしょう
この男は強いと感じます
獲物の前で舌なめずりは三流のすることだと語る方もいましたが……
さりとて、私も鍛錬を欠かしたことのない一端の武人
武門たるガルブレイズであるのです
ガルブレイズ……その祖はおとぎ話
バラの谷の白騎士と破壊の天使
その白騎士であると言われています
まさに騎士の鏡、私のあこがれでもあります
私は高貴なる者に伴う義務をこれから学んだといっても過言ではありません
騎士として戦の場をこのような姿勢で臨む輩を断固、許すわけにはいきません!!
両手にも力が入ります
掌にじんわりと汗が滲みだします
それは私の怒りと言い換えてもいいようなものでした
この男を切り伏せる、鋼のごとき決意を固め、眼前の優男をにらみつけます
そして、誰が期待したのかこの男、若い命が真っ赤に燃える私の心にさらに油を注ぎます
>「帝国貴族ねぇ」
「馬鹿にしてぇ!」
偉い偉いお貴族様ですか?
そういう態度、思いが形になったかのような言葉
品性を疑うような言い方
十分に私を怒らせるには十分でした
しかし、私も生の感情を丸出しで戦うなどこれでは人に品性を求めるなど絶望的です
- 11 :
- 私は一歩を強く踏み出します
強く強く、その一歩に私の怒りの感情を全て発散させるが如く
相手も動き出します
速さ自体は早くない、武人ならごく普通
戦闘速度なら歩くような速さです
「そういう動き……それなら!」
迎え撃とうと刃をきらめかす
十分、このいけ好かないのを両断するには
「近い!なぜ!」
特殊な歩法というのでしょうか
目で見える速度より間合いを詰めるのが速すぎます
「そんな!」
繰り出される膝は腹部を正確に撃ち貫こうとします
振りぬく前、加速途中の柄で膝を受け止め
……動きが止まります
直後、後頭部に衝撃が走ります
防いだ膝からさらに伸びた踵が当たった
そのことに気づいたのは顎を列車の屋根に打ち付けた後でした
頭が揺れる……このダメージは馬鹿にできない
もう、サムちゃんが目の前だというのにこのような輩に……
私の意識が暗転してしまうの必死に堪え、芋虫のように屋根を這うことしか出来ません
立つことが出来ない、それほどの一撃
この男、態度とは裏腹にまったくの遊びのない技を使う
決して油断したん訳でも、侮ったわけでもない
純粋な敗北であったのです
体の動きがどんどんと鈍る……
もう屋根にしがみついている余裕もない
心を強く持とうとしても、体がいうことを聞きません
私の体、宙に舞う
爆風と車両が走るときに生まれる気流
それが猛烈な渦となり、その力は弱った私を飛ばすのに十分だったのです
- 12 :
- 『飛翔』が発動した。
魔力が弾け、生じるのは暴力的なまでの加速。
振り落とされぬよう、マテリアは一層強くナードを抱き締める。
>「――いっかい抱いたぐらいで愛人面しやがって!この女ァーーーー!!」
「……っ!」
ナードの怒号に息が詰まる。涙がまた溢れてきた。
こんな変態に女として疎まれる。これ以上ないほどの屈辱だった。
自分は落ちる所まで落ちてしまったのだという絶望が、マテリアの心を残酷に蝕んでいく。
そして、だからこそ彼女は決してナードを放さない。
二人を守る。それすら奪われてしまったら、自分にはもう、何も残らない。
そんな気がしていた。
>「"抱かれる"のは、許してあげても良いのではっ!?」
風圧が生み出す轟音の中で、ファミアの声が聞こえた。
直後に激しい衝撃がマテリアの体を揺さぶる。
悲鳴のような金属音も相まって、彼女には数秒の間、何が起こったのか分からなかった。
衝撃と音によるショックでブレていたマテリアの視界が、徐々に回復していく。
まず見えたのは抉り取られたように溝の生じた床だった。
その先にあったのは転経器の石突。そして柄を踏み締める小さな足。
視線が柄を伝い、上っていく。。
何がありがたいのかいまいち分からない経文を過ぎて更に上へ。
転経器の先端が、ナードの甲冑と絶妙に噛み合い、接近を食い止めていた。
図らずもマテリアが安堵の息を零す。表情も僅かに和らいでいた。
しかしそれも、ほんの一瞬の事だった。
>「ぐぬはははは!バキバキと木の粉を上げて床が砕けているぞ!このままゴリ押しで突っ切る!」
ナードはまだ諦めていない。
ファミアが甲冑の防御力が及ばぬ床を破壊したように、
ナードもその意趣返しをしようとしているのだ。
(……そうはさせない!この距離なら狙える!甲冑の関節……その僅かな隙間を!)
マテリアは頬を甲冑に強く押し当てた。
左腕と頭部で体を固定して、右手を後ろ腰――そこに差した魔導短砲へ伸ばす。
だがそれを抜くよりも早く、再び急激な加速が彼女に訪れた。
掴みかけた魔導短砲から右手が離れる。
代わりに何か――小さな手が、マテリアの腕を掴んだ。
それから彼女がナードから引き剥がされるまで、一瞬もかからなかった。
気がつけばマテリアは、ファミアの腕の中で抱きかかえられていた。
自分の身に何が起きたのか、すぐには理解出来なかったのだろう。
マテリアは目を何度も瞬かせて、数秒の間、呆然としていた。
- 13 :
- 「あっ……」
けれども自分の状態を理解すると、彼女は息を呑む。
そしてファミアの腕から逃れようと藻掻き出した。
「駄目!駄目なんです!アルフートさん……降ろして下さい……。私はもう、綺麗な体じゃ……」
ナードに抱かれ、抱きついた体を、ファミアに触れて欲しくなかった。
マテリアは無我夢中で足掻く。
>「ヴィッセンさん、自棄を起こしてはいけませんよ」
そんな彼女に、ファミアは諭すような声音で語りかけた。
その落ち着きように当てられて、マテリアの動きが止まる。
>「確かに鬼だなんて言われているような人たちにはかなわないでしょうね。だったら……」
ファミアの人差し指がマテリアの鼻先を、からかうようにつついた。
>「"みんなで"やっつけてしまえばいいんです。私達ならできる、そうでしょう?」
彼女の言葉は、荒れ果てていたマテリアの心に、すとんと落ち込んできた。
一人では出来ない事でも、二人なら、遊撃課なら。
自分がかつてウィットに向けた言葉が、こんな形で返ってくるだなんて、思ってもみなかった。
波立っていた心がいつの間にか、落ち着きを取り戻していた。
と――そうなるとマテリアはより正確に、自分の状態を理解する事になった。
十四歳の少女の腕に抱かれ、ぐしゃぐしゃの泣き顔と取り乱した姿を晒した挙句、
子猫のような扱いを受けた自分の現状を。
たちまち顔が熱くなっていく。
「あう……その……その通りですから……出来れば早めに、降ろして欲しいです……」
ファミアから目を逸らし、微かに紅潮した顔を両手で覆いながら、マテリアは歯切れ悪くそう言った。
(うぅ……まだちょっと顔熱い……。この子、ホントに十四歳……?)
ともあれ再び自分の足で床に立つと、マテリアはすぐにノイファの方へ振り向いた。
噴射の加速による凄まじい風圧の中でも、ファミアが上げた咄嗟の叫びは聞こえていた。
連結器を――彼女が何を伝えようとしたのか、想像するのはそう難しい事ではない。
ノイファは、流石と言うべきだろう。危なげなく自分の役割を果たしていた。
連結器は音もなく断ち切られ、後方車両が緩やかに置き去りにされていく。
>「ナード=アノニマスさん。」
そして――まだ復帰を諦めていないナードに、更なる追撃すら加えようとしていた。
>「私たち全員を抱くと仰いましたけれど……本当に"抱く"だけで良かったんですねえ。」
>「――ひょっとしてそういった経験がない、とか?
なあんて、まさかそんな筈がないですよねえ。」
相手が規格外の変態だからこそ、身を守るのではなく攻めに転じ、機先を制する。
戦いの年季を感じさせる的確な判断だった。
- 14 :
- 相当に痛いところを突かれたのだろう。ナードは気が触れたように高笑いを上げて――
>「はははははは!はははははは!はははは――――がはァッ!!」
「ひえぇ!?」
前触れもなく盛大に血を吐いて倒れ込んだ。
(……じゅ、呪言?恐らく対呪術式も高度に施されているだろうあの鎧を物ともせずに?
いや、まさか……でもアイレルさんなら……なんかあり得るような……。
あの人はあの人で、なんだか色々……歳とか分からないところがあるし……)
徐々に遠ざかっていくナードを若干びくつきながら観察し続ける。
が、最早彼が動き出す素振りを見せる事はなかった。
今度こそ終わりだ。
深く深く、息を吐いた。
恐怖に凍えきっていた心に春風が吹いたようだった。
恐れは解けて流れ去り、歓喜と安堵が芽吹いていく。
それに伴い、恐怖に抑圧されていた反動で、マテリアの気が少しだけ大きくなった。
あの変態には散々泣きを見させられた。
少しでも溜飲を下げなくては、収まりが悪いと。
両手を口元に添えて大きく息を吸う。
「へ、へーんだ!ざまーみろ!あなたなんか、そうやって一人寂しく置き去りにされるのがお似合いですよーだ!
それに口を開けばやれ抱くだの女体だのって……そんなに人肌が恋しいなら、
その自慢の鎧とでも抱き合ってればいいんですよ!そういう一人遊び、いかにも得意そうじゃないですか!」
そしてマテリアは叫んだ。
顔が熱い。ほんの少し喋っただけなのに呼吸が乱れて、肩が揺れる。
今度は羞恥ではなく、興奮が原因だった。
やっている事は最大級にカッコ悪いが、大声と共に先ほどまでのストレスも多少吐き出せたのだろう。
マテリアはわりと満足気だった。
けれども強がりのような興奮が冷めるのは、早かった。
呼吸が整い、気も落ち着いてから、マテリアは考える。
あの変態にはもう二度と会いたくないと。
それは生理的な嫌悪感も勿論あるが――それ以上に、
次に相まみえた時、自分の力がナードに通じるイメージがまるで浮かんで来なかったからだ。
ファミアは「私達ならできる」。そう言ってくれた。
(だけど……じゃあ、私に何が出来た?もしあの鎧の中に大声を打ち込んだら、通用していた?)
自問し、自答する。そんな訳がないと。
大きすぎる音を緩和する術式くらい、爆轟の絶えない戦場に立つ軍人なら、誰だって使える。
相手が自分の遺才を知っているのなら、対策は容易かっただろう。
声――言葉は力だ。腕力や剣術、魔法と同じように、武器になる。
その事をマテリアは知っている。
けれども本当にいざという時。
まさに今、仲間に危機が迫っているという時に、言葉だけでは戦えないのだ。
ファミアの言う事はもっともだし、嬉しかった。
それでも、仲間が本当に危ない時に、自分の力だけが届かない。
それはマテリアにとって受け入れがたい苦痛だった。
【一人反省会中】
- 15 :
- >「あう……その……その通りですから……出来れば早めに、降ろして欲しいです……」
なんだか赤い顔をしているマテリアを、首を捻りつつ(ファミアは今ひとつ自分がやっていることをわかっていません)
よっこいしょと床におろして、それから背後へくるりと踵を返しました。
陽炎を立ち上らせる転経器、天井の穴と視線を移して客車の出入り口へ。
髪をなびかせるノイファの背の向こうでは、後続車両が少しずつ、確実に遠ざかっていました。
――しかし、いまだ足りず。
離れてゆく車両の屋根の上ではアノニマスが四足獣のような体勢で再び背に光を灯していました。
面頬さえなかったなら表情も見て取れる程度、諦めに逃げ込むにはまだまだ近い距離です。
そして、収束した光が弾ける寸前――
>「ナード=アノニマスさん。」
ノイファが発した呼び掛けに、その動きが一瞬止まりました。
そこへ、さらなる言葉が叩きつけられます。
>「私たち全員を抱くと仰いましたけれど……本当に"抱く"だけで良かったんですねえ。」
反応してかすかに身を乗り出したアノニマスに追い打ち。
>「数々の武勲に、華々しい経歴。そしてご自分を"美の化身"とまで断ずる貴方のことですから、
> さぞプライベートも派手なのかと思いきや、意外に可愛らしいところもある様子で……。
> ああ、失礼――」
それから、止めの一撃が鼻面にねじ込まれました。
>「――ひょっとしてそういった経験がない、とか?
> なあんて、まさかそんな筈がないですよねえ。」
動きを止めて一秒。真剣な目をしているかどうかはわかりませんが、アノニマスはそこから何も言えなくなりました。
さらに数瞬。唐突に立ち上がり先ほどよりもけたたましい哄笑を上げ始めます。
そのままさらに離れてゆく後部車両の上で笑い続け、そして――
「――――がはァッ!!」
血煙が風に舞いました。
- 16 :
- まるで中身が入っていないかのように倒れ伏した甲冑姿は、間口に集まった一同が固唾を呑む内にもどんどんと小さくなって行きます。
その向こうの空を竜が何度も横切りましたが、アノニマスはついぞ動き出す様子を見せませんでした。
(これは――精神に作用する術式、あるいは呪いのたぐい?……そんなものまで使えるなんて)
ファミアだって、新しい命がキャベツ畑の土の下から生まれてくるわけでもないし、
コウノトリが木の枝に突き刺してゆくわけでもないことは少なくとも知識として知っています。
しかしいい年して性遍歴を中傷されて血反吐を吐き散らかす不思議人類がいるなどということには思いが至りません。
なので、アノニマスを昏倒(絶命ならこの上ないのですが)せしめた力の正体をノイファ自身に求めたのでした。
(私もいつかあんなふうになれるかな)
すでにして十分な気もしないではありませんが、向上心があるのはよいことですね。
ノイファを挟んで反対側に立っていたマテリアが口元に両手を添えて筒を作り、
それから大きく息を吸って、それを声として吐き出しました。
>「へ、へーんだ!ざまーみろ!あなたなんか、そうやって一人寂しく置き去りにされるのがお似合いですよーだ!
> それに口を開けばやれ抱くだの女体だのって……そんなに人肌が恋しいなら、
> その自慢の鎧とでも抱き合ってればいいんですよ!そういう一人遊び、いかにも得意そうじゃないですか!」
当然の評価と言えますので、ファミアには一切同情や憐憫はわいてきません。
自分も石の一つでも投げておきたいなと考え、なにか手頃なものがないかと見回すと、切断された連結器が目に入りました。
(…………こんなことまで)
ノイファの手並みをまともに目にしたのはこれが初めてのファミアにしてみると、
一体どれほど秘された技を持っているのだろうかといっそ訝しく思えて来てしまいます。
が、それはそれとしてファミアは残された連結部にちょこんと飛び降り、残っていた部品をもぎ取りました。
落っこちないように片手を壁にかけ、もう片方の手で部品を空へ放ちます。
がしゃん。
「当たった!」
なにかいい事があるかもしれませんね。
「……そういえば、ヴァフティアとはどういう街なのでしょうか」
車内へ戻りながら、ファミアは疑問を口にしました。
タニングラードは地元に近い場所なので気候風俗に関して想像も容易でしたが、
ヴァフティアに関しては書物で知る以上のことは全く知らないのです。
【おしえてノイファおねえさん】
- 17 :
- 「なんだよ、意外に脆いな。」
名門だと、知りそれを、念頭にいれ、速攻を仕掛けたが。
正直、こんなに脆いとは知らなかった。
「とは、いえ。これで大人しく。」
その時、イキナリだが爆風が起きた。
「あの、二課の奴ばっかじゃねぇの」
身を屈めて、それを防ぐ。
しかし、肝心の名門の人間が居ない。
「あーあ、爆風で飛んじゃったんだね。まぁ、いっか。」
「それよりも、」
あの二人が気になる。
竜の猛攻を防ぎ、耐えるあの異才使い
「ちょっと、見てみようかな。」
(ユウガ、竜使いと対峙している。奴らを偵察するため二課の奴と合流するため進行する。二人は、攻撃してもよし)
- 18 :
- >「いいね!そういう艱難辛苦の果てに手にした希望を、一撃で爆散させるのすごい楽しみ!」
「ったく、あんたといいナードさんといい……どんだけ悪役っぽいのが好きなんだよ。
ちょっと前まで反対の意味で似たような事言ってた俺が言うのも何だけどさ」
高揚した様子で語る竜騎士は、恐らく自身の勝利を疑っていない。
そんな彼女の様子に、フィンは苦々しい笑みを浮かべつつ先の台詞を吐き捨てる。
あわよくば魔力切れを期待していたが、この様子では本当に数百発……下手をすればそれ以上に余力がありそうだ。
鬼と呼ばれる者のその異常性能に驚愕しつつ、けれどフィンは決して弱みを見せる事はしない。
ここで『底』を見せれば、敵はそれを徹底的に攻めてくるからだ。
それに、護る者が限界を見せれば味方の士気は低下してしまう。
護りの遺才を持つ者の本能としてそれを知っているフィンは、故に泰然と構える。
敵を阻む為に
仲間を護る為に
虚勢を張る
>「これを自分のわかる箇所だけでもいい、怪我したところに貼ってくれ。それだけの時間なら俺が稼ぐ。」
そうしてフィンが竜騎士と会話を繰り広げている間に返答を返してきたのは、スイであった。
彼は背後から数枚の薬草を取り出し、フィンへと手渡す
「悪ぃ、助かる……了解。無茶はすんなよ?」
視線を竜騎士から外さずに薬草を受け取ると、フィンはスイに小さな声で礼を述べた。
フィンの遺才は、自身に影響する魔術をレジストしてしまう。
例えそれが、自身に利する補助や回復の魔術でもだ。
そうであるが故に、スイに手渡された薬草はありがたかった。
魔術ではない自然物である薬草であれば、フィンの傷の治癒に影響は少ない。
……最も、薬草を貼り付けた瞬間に煙を上げ患部が回復を始めるのは、明らかに異常であるのだが。
そして、フィンが薬草による回復を行った直後、
駆け抜けていったスイ、そして竜騎士との間に巻き起こったのは、高度な魔術戦……否、心理戦。
風を統べる者と、風と共に在る者が織りなす、綿密に計算されたかの様な空の舞台劇
スイが荒れ狂う風を繰れば、竜騎士はその風を乗り熟す。
だが、その風は布石であり、不可視の槍が天を舞う竜を地へ堕とさんと降りかかる。
必殺ではない。けれど必中の罠。
>「――『風の殺し方』も、知ってるんだよ」
だがしかし、竜騎士はその必中の罠をも食い破る
機雷が巻き起こす爆風が、計算され尽くした風の包囲網を葬り去ってしまった。
「っ……普通落ちるだろ!どんな性能だよ!?」
風を食い破られれば、次に待っているのは竜騎士による追撃。
機雷の散布に警戒しつつ、フィンはスイの前へと躍り出る。
先の二の舞を踏まない様に、予め竜の口腔へと黒く変色した異形……魔族としての右腕を向ける。
後数発もつかどうかの行為……逆にいえば最悪、後数発ならば身体は持つ。そう打算しての防衛。
そう予測して動いたフィンに対してぶつけられたのは、しかし竜の吐息(ブレス)ではなかった。
驚くべきことに竜騎士――モトーレンは、その高度を下げフィンとスイに近づいてきたのだ。
- 19 :
- 絶妙にフィンの射程から外れているが、それでもその行為は危険が増すものである事に違いはない。
一撃でも見舞う事が出来れば、フィンの黒い右腕は、竜の命をも喰らえる可能性を有しているのだから。
竜騎士の行動を怪訝に思うフィン……だが、そんな彼の背中を通り越して、竜騎士――モトーレンは投げかけた。
ただの言葉を。フィンが背中に守る――――スイへと
>「『風帝』さあー、当たり前な顔してそいつと肩並べてるけど、怖くないの?
>ハンプティさん見るからに人間辞めちゃってるじゃん。その右腕とか、なにそれ?何で出来てんの?
>今はまだ人間とお仲間ごっこ続けてるかもしんないけどさ、いずれマジモノの魔族になったとき――
>ちゃんと人間の味方してくれるって、確証があるわけ?」
「……」
モトーレンの言葉。それは、ある意味では機雷よりも恐るべき暴力だった。
その暴力の名は、真実。
モトーレンが述べた通り、フィン=ハンプティの肉体は……もはや疑いようのないほどに人外のそれだ。
この大陸を旧時代に支配していた者達であり、現人類の敵。魔族。
数々の被虐とその才能が、彼をその域へと堕としこんだ。
その変質が止まる事はもはや無い。いずれ。そう遠くない未来に、フィンの肉体は完全に人外へと変化するだろう。
では……身体が既に魔族のものとなっているのに、心だけは人間のままでいられると、果たして言い切れるだろうか?
かつてタニングラードで馬車が襲撃を受けた際には、フィンの腕は彼の意志を無視し敵の獲物を喰らった。
その時の様に魔族の肉体にフィンの人格が食い殺されないと、どう断言できようか。
或いは……人間に迫害される中で人間を憎み、敵対しないと胸を張って言えるのだろうか?
>「人間の味方は人間だけ。
>人間でも魔族でもない宙ぶらりんのハンプティさんは誰を護るわけ?
>―― 一体誰が、ハンプティさんの守護を求めるわけ?
>少しでも疑問に思うなら、風帝。とっととそこから離れるべきだよ、人間ならさ」
モトーレンの言葉は、危惧は、忠告は、正しい。
彼女はその正しさの刃をフィンに突き付け弾劾する。
フィン=ハンプティは人間ではないと。化け物であると。
タニングラードを経て、遊撃課の面々が触れずにいたその傷口に、刃を突き立てる。
「……」
しばしの沈黙。それは数秒であったのかもしれないし、或いは数分であったのかもしれない。
指を突き付けられていたフィンは、少し俯いていた顔を上げ、モトーレンの眼を見る。
そして、吐き出されたフィンの言葉は――――
「スイ。俺はお前の事、好きだぜ」
あまりに唐突な言葉。現状と何ら関連性の見いだせない不可解な言葉は、
フィンの穏やかな笑みと共に在った。
「スイだけじゃねぇ。セフィリアも、ノイファっちも、ボルト課長も、マテリアも、ファミアも
……俺は今の遊撃課の同僚全員の事が、好きだ。大好きだ。失いたくない。だから護ってる」
それは、フィンの護るという行為が清廉な人間愛を根幹としているのではなく、
ただ単に自身の嗜好に寄るものであるという宣言。
ともすればそれは――ある意味で、人間への敵対宣言の様に聞こえる事だろう。
教会の狂信者であれば、命を狙われてもおかしくない宣言である。
だがフィンは臆することなく、それが当たり前であるかの様に告げる。
「だから俺は、呼ばれてなくても、必要とされなくても、身体が化け物になろうと、
勝手に現れて、勝手に『お前ら』を守っていく。この覚悟は死んでも変えねぇ。変えるつもりもねぇ」
- 20 :
- ……かつてのフィンであれば、所属するコミュニティを護る為の機構であったフィンであれば、
決してそんな台詞は吐かなかっただろう。人間という種族を護る為に、自害すら考えたに違いない。
けれども、今の彼は違う。フィンは、理想的な英雄である事を諦めた。我儘で、独善的になった。
大多数の人間よりも、少数の愛すべき人々を取る。人間の味方ではなく、愛すべき人々の味方をする。
そういう選択をする人間になった。
だからこそ、彼はそんな利己主義極まりない事を堂々と宣言する。
根拠もなく、理論もない、手前勝手な我儘を、それが当たり前であるかの様に言ってのける。
「――――スイ。俺の為に、俺にお前達を護らせろ。代わりに背中をくれてやる。信じられなきゃいつでも切り裂け」
拒絶への恐怖が生む小さな震えを拳を握って押し潰し、己のエゴをむき出しにして笑うフィン。
その背に背負う血色に染まった深紅のマントが、列車の風にはためき揺れる。
状況は好転はしていない……だが、悪化もしていない。
本来であれば、このままノイファ達が現れる事や、ゴーレムに騎乗したセフィリアがやってくるのを待つ。
そういう場面だったのであろう。
……そう、フィンの視界に一つの影が飛び込まなければ。
力なく中空に放り出され落ちていく――それは、少女だった。
その容姿はフィンの良く見知った人物で
「――――スイ!!風でセフィリアを拾ってくれ!!早くっ!!!!」
何があったのかはフィンには判らないが、列車の脇へと放り出されているのは間違いなく
先に駆けて行った筈のセフィリアであった。
フィンやスイの様な遺才があればともかく、セフィリアの遺才では、高速で疾走する列車から落下すれば命に係わる。
それも、見た限り意識が意識が無い……最悪の状況である。
何より最悪であったのは、セフィリアに気を取られ……フィンが自分自身への護りを薄くしてしまった事。
【黒鎧をモトーレンに向けたままの姿勢で警戒中だったが、セフィリアの姿を見て自身の足元が疎かになる】
- 21 :
- >「ふ、ふふふ――はははははははははは!!!」
再点火された『噴射術式』が散らす粒子の中、立ち上がったナードが哄笑を響かせる。
嗤う声は天まで届けと言わんばかりに高く、その響きは何処までも傲岸かつ不遜。
上下する胸に合わせてガシャガシャと打ち合わされる甲冑が、まるで主人に追従し囃し立てているように聞こえた。
(失敗――でしたか)
ぎり、と下唇を噛む。先の舌戦がまるで効果が無かったとなると、非常に拙い。
ナード=アノニマスの卑猥な方向へ良く切れる頭脳と、それ以上にキレのある弁舌。
ノイファが用いた言葉の刃が、万倍で返ってくるのを想像するだけで羞恥で顔から火が出そうだ。
数瞬の大笑の後、ナードの面頬に隠れた双眸がクワッと見開かれたような、そんな錯覚。
息を呑み込む。覚悟を決めなければ再起不能になるのはこちらだ。
>「はははははは!はははははは!はははは――――がはァッ!!」
虚空に放たれた呼気と、面頬に刻まれた視界確保と呼吸用の溝からにゅるりとはみ出る赤い血潮。
背面に集まった術式の粒子が臨界点を迎え、そしてぷすんと魂が抜けるかのような音とともに空砲を放つ。
「――は?」
ぐらりと仰向けに地に沈んだナードは、それきり身じろぎ一つ返事一つしなかった。
まるでしかばねのように。
「えーと………………、勝った?」
戦闘不能(リタイア)したのはナード=アノニマスの方だった。
実感が無いことこの上ない。精々挽回不可能なくらいの距離が稼げれば良かっただけだったのに。
何処でどう間違ったのか不壊の天才を倒してしまった。
どうしたものか判らず、生ぬるい笑みを浮かべながらノイファは背後へと振り返る。
そこにあったのはマテリアとファミア、二人からの超尊敬の眼差しだった。
即座に背を向けた。赤くなった顔を両手で覆う。こんな仕様もない勝ち方で賛辞を受けるのは逆に、痛い。
(ひとまず終わった。でも、これが最後だとは思えません――)
がたんごとん、と。ナードを乗せた棺が遠ざかっていくのを眺める。
(――きっと第二第三のナード=アノニマスが……うぇぷ)
この誰一人として得することのなかった戦いを、何とか真面目に終わらせようとしてはみたものの、
想像しただけで吐き気が襲ってくるのだった。
- 22 :
- 恥ずかしさで火照った体と、込み上げる吐き気を沈めるため、全身を伸ばしてノイファは風を浴びた。
走行中に展開される風防用の結界が、本来なら立っていられないほどの豪風を千散に砕き、その残滓である程良い寒気を運んでくれる。
>「へ、へーんだ!ざまーみろ!あなたなんか、そうやって一人寂しく置き去りにされるのがお似合いですよーだ!
それに口を開けばやれ抱くだの女体だのって……そんなに人肌が恋しいなら、
その自慢の鎧とでも抱き合ってればいいんですよ!そういう一人遊び、いかにも得意そうじゃないですか!」
遠ざかる後部車両へ向けマテリアが叫んだ。
例え虚勢だとしても裡に溜め込むよりは余程いい。
(……おや?)
次いで、とことことやってきたファミアが連結部に下りたった。
しゃがみこんで何をやってるのかと首を伸ばした、その瞬間。
「ひぃ!?」
半分に断たれた連結器を、まるで粘土を千切るかのように土台からもぎ取るファミア。
驚きのあまり思わず悲鳴が口から漏れる。
連結器は文字通り車両と車両とつなぎ合わせる部品である。
後続車両を牽引する要として一際頑丈に造られているはずなのだ。それを一声も発せず引き抜いてみせた。
いくら天賦の遺才とはいえ、この嫋やかな四肢の何処にそんな力が眠っているのだろう。
そんなノイファの畏怖もどこ吹く風とばかりに、ファミアはもぎ取ったそれを投じる。
連結器は放物線を描き、ナードの腹部に着弾。めり込む衝撃で上半身と下半身が床を離れて宙に浮き、重力に曳かれて再び床へ。
ぷぴゅーと間欠泉のように赤い飛沫が面頬の隙間から立ち昇った。
>「当たった!」
それを確認してファミマの顔が綻ぶ。
(お、恐ろしい娘です……)
ノイファは背筋から冷や汗が噴き出るのを禁じ得なかった。
遊撃課で最年少ながら、数々の死地を彼女の機転で潜り抜けたという評判は決して過大評価ではないのかもしれない。
今の今まで半信半疑だったものの、これだけ物怖じしない行動力を見た後では改めないわけにはいかなかった。
>「……そういえば、ヴァフティアとはどういう街なのでしょうか」
「え?ああ、そうねえ。」
不意にかけられた問いかけに、故郷の情景に思いを馳せる。
天を穿つようにそびえ建つ尖塔の群れ。整然と区分けされた美しい街並み、活気に満ちた人々。
帝国南端を担う防人としての気風。そして残された惨劇の爪痕。
「とっても良い所よ。たとえば――」
- 23 :
- 街一つを丸ごと用いた巨大な魔方陣として区画整理された『魔術都市』。
もっとも帝国内で最大規模を誇る神殿騎士団と、奉じる神である太陽神ルグス、それに街の有様から付いた別名の方が知名度は高いだろう。
すなわち『結界都市』。
都市の中心にそびえる『魔術師の塔』や、国内外のあらゆる書物が集まる『リバベリオン大図書塔』を始め、無数に立ち並ぶ尖塔群。
美しく整備された街並から観光都市としても名高く、また北端のタニングラードに対し南端に位置する街として商業都市の顔も持っている。
ハードル機構を持つ帝都エストアリアには流石に及ばないが、帝国内でも屈指の大都市。それがヴァフティアという街なのだ。
「でも――」
と、ノイファは続ける。
そんな華やかさもたった一夜で失墜することとなる。
"終焉の月"と呼ばれる集団が引き起こし、後に『ヴァフティア事変』と呼ばれる惨劇の一夜。
結界都市の魔術機構を逆手にとって行われた大規模な降魔術。
その規模は実に都市全域に渡り、老若男女を問わず多くの人間が魔物に変じた事件である。
一年前、帝都に戻る前はまだあちこちに傷痕が残っていたが、今はどうなっているのだろう。
「――と、まあそんな感じの街なのよ。
任務内容が復興のお手伝いじゃなくて、"警護"のみってことは復興自体は帝都同様に一段落済んでるのかもね。」
長々とした説明を終え一息つこうと、持ち込んでいた携行瓶を探して辺りを見回す。
しかし当然ながらナードとのいざこざの余波を受け、影も形も見当たらなかった。
はあ、と。ため息を吐いて諦める。
「あ、そうだ。良いお店知ってるから、ヴァフティアに着いたら皆で一杯呑みに行きましょう。」
にやっと笑いながら二人を見回す。
昼間は青果店、夜は酒場へと様変わりするその商店は、色々な意味でとても面白い店だ。
「とっても良い処よ。たとえば――反撃するための作戦を練るのにとかね。」
【全壊の車窓から――今回は『結界都市』ヴァフティア】
- 24 :
- 風の槍はいとも簡単にモトーレンの機雷によって掻き消された。
>「――『風の殺し方』も、知ってるんだよ」
>「っ……普通落ちるだろ!どんな性能だよ!?」
「(普通であれば、な…)」
スイは内心歯噛みした。戦場で鍛えられたスイの嗅覚は先ほどまでの戦いで勝てないことは確信している。
本能が逃げろと警鐘を鳴らすが、スイは動けないでいた。
フィンが庇うようにスイの前に躍り出て、竜に右腕を向ける。
だが、モトーレンは静かに下降し二人に近づいた。
スイは無意識にマテリアルの翠水晶に手を這わし握りしめる。
逃げろ、逃げろとしきりに本能が叫ぶ中でモトーレンはスイに疑問を投げつけた。
>「『風帝』さあー、当たり前な顔してそいつと肩並べてるけど、怖くないの?
>ハンプティさん見るからに人間辞めちゃってるじゃん。その右腕とか、なにそれ?何で出来てんの?
>今はまだ人間とお仲間ごっこ続けてるかもしんないけどさ、いずれマジモノの魔族になったとき――
>ちゃんと人間の味方してくれるって、確証があるわけ?」
「あ?」
>「……」
続けて投げかけられる言葉は、未だ魔族化した人間が戻らないことも告げられる。
恐らくモトーレンにとって言ったことは純粋な疑問であり、フィンにとっては暴力なのだろう。
しばしの沈黙の後、フィンは口を開いた。
>「スイ。俺はお前の事、好きだぜ」
「?」
そんな彼の言葉を皮切りに次々とフィンの決意と思いがあふれる言葉が流れるようにして語られる。
>「――――スイ。俺の為に、俺にお前達を護らせろ。代わりに背中をくれてやる。信じられなきゃいつでも切り裂け」
「…あぁ」
- 25 :
- 恐怖もあるだろうに、フィンは笑って見せた。
スイはそれにつられるように少し笑いながらうなずき、肯定の意を示すために彼の肩胛骨のあたりを軽く叩いた。
そうしてスイはモトーレンに向き直る。
「人間の味方は人間だけ、っつー考え方、あんたそんなに強いのに結構ぬるいところで育ったんだな。俺は人間でも魔族で敵は敵だよ。」
スイは真っ直ぐにモトーレンを見つめながら静かに言う。
師父を“人間”に殺されたスイにとっては魔族も人間を同列だった。
むしろ人間は圧倒的な思考力を持っている時点でたちが悪い。そして人間の同士で戦う戦場では、裏切り裏切られるの連続である。
スイにとっては信用できるものを探すより、その場限りを利用するに限った。
だが、スイはタニングラードで仲間を頼る大切さを身をもって知った。
この場にいないボルトの言葉通りに。
「俺はフィンさんを信用してる。だからこっから離れるわけにはいかえねぇ!」
あとは、セフィリアがゴーレムに騎乗して来るのを待つだけ―――のはずだった。
視界の端に移ったのは力なく列車から落下していく彼女の姿だった。
>「――――スイ!!風でセフィリアを拾ってくれ!!早くっ!!!!」
フィンがそれに気をとられ、自身の護りが薄くなってしまった。
それを認めたスイは、問答無用で彼の手を引き、列車の屋根から飛び出す。
セフィリアの体を風で巻き上げ、スイは空中で彼女の体を出来るだけ負担が彼女のにかからないように抱える。
同時にフィンと己にも空中で足場を作り停滞させた。
その後一度ウルタール湖でも使った結界を周囲に張り巡らし、いつの間にかいた男―ユウガとモトーレンを睨み据えた。
【空中停滞中。周囲には結界】
- 26 :
- 保守
- 27 :
- モトーレンの言葉は正鵠を射たに違いなく、フィン=ハンプティは唇を噛んで俯いた。
情報通り。フィンは己の存在理由を、『仲間を護る』という行動のタガを外して破滅的な献身にまで昇華することで表現している。
故に逆説的に、相手が庇護を必要としない、あるいは護る相手がいない場合、フィンは自分がそこに居るべき意味を失ってしまう。
行き場のない自己犠牲は、ただの自傷行為に過ぎず――フィンは放っておいても自壊する。
そういう目論見だった。
(まあ、黙るしかないよね、ハンプティさんは……人間だの魔族だのは所詮言葉遊び。
だけどそれ故に、自分の正当化に言葉を弄せば弄すほど、言い回しは陳腐になって、言い訳がましく聞こえてしまう)
だから、ここは沈黙が正解、ではある。
しかし、沈黙はフィンを護りはするが――スイとの間に生まれた不信感を拭い去ってはくれないのだ。
そこを突く。遊撃一課の防御の要たるフィンを崩せば、あとは蟻の穴から堤が溢れるように、一課をぶち折っていける。
実に論理的な破壊工作だった。
>「スイ。俺はお前の事、好きだぜ」
――だが、モトーレンの思惑を超えて、フィンは言葉を吐き出した。
出てきたのは、魔族になりかけの自分を正当化する陳腐な方便、などではなく。
> ……俺は今の遊撃課の同僚全員の事が、好きだ。大好きだ。失いたくない。だから護ってる」
ただの、心情の吐露。
それは本来語るまでもなく、皆の心にあるべき仲間の在り様。"あたりまえのこと"だった。
誰かと誰かが友達なのは、相手のことが好きだからで。
仲間に背中を任せるのは、相手のことが大切だからで。
護るためにたたかうのは、相手のことを失いたくないからで。
そんなことは、当然のことで。
――かつてのフィン=ハンプティに致命的に欠けていた、語るまでもない、"あたりまえ"の言葉たちだった。
>「――――スイ。俺の為に、俺にお前達を護らせろ。代わりに背中をくれてやる。信じられなきゃいつでも切り裂け」
人が誰かを護る理由に、正当性(もっともらしさ)なんて、いらない。
護りたいと決めた誰かが、後ろにいる。いまのフィンを構成する事象は、それだけなのだ。
フィンは英雄を辞めた。モトーレンの目の前に仁王立ちする男は――
「ただの、フィン=ハンプティ……!!」
>「人間の味方は人間だけ、っつー考え方、あんたそんなに強いのに結構ぬるいところで育ったんだな。
俺は人間でも魔族で敵は敵だよ。」
押し出すように、スイの言葉が来た。
人も化物も敵だらけの戦場で育ったスイの理屈は、おそらくこの場の誰よりもシンプルだ。
冷酷な戦いのロジックが鍛え上げた、合理的戦闘思考に裏打ちされた刃引きをしていない論理。
ヒトであっても魔であっても、刃を向け合った瞬間から、そいつは敵で。
――背中を合わせたなら、そいつは味方なのだ。
>「俺はフィンさんを信用してる。だからこっから離れるわけにはいかえねぇ!」
(常人の理屈が、通じない――!伊達に、同じ死線は潜ってないってわけね……!)
- 28 :
- タニングラードで何があったかなど、モトーレンは知らない。
アネクドートは報告書を書いたが、それでも彼女の知りうる限りを又聞きしたに過ぎないのだ。
元老院からもらった情報と、今のフィンやスイの関係は、あまりにも違う。
何かがあったのだ。
>「――――スイ!!風でセフィリアを拾ってくれ!!早くっ!!!!」
やはりここで爆殺してしまうか――思考が固まりかけた刹那、フィンの警戒声がそれを遮った。
不用意だと思いつつも、つられて視線を向けてしまう。
フルブーストと対峙していたセフィリアが、列車の屋根から身投げしている場面だった。
弾かれるようにスイも飛び出す。フィンの手を引き、もう片方の掌がセフィリアに向けられる。
「ッ!!」
大気の圧がモトーレンの頬を叩いた。
色を伴った風が、スイの腕から先を延長するかの如く形をつくる。
爆発的に膨張した風は、セフィリアを抱擁するように包み込んだ。
「わたしとの戦闘状況にありながら、まだこれだけの風を練る余力を残して――!?」
重ね重ね、出鱈目のような魔術処理能力。
ジャンルを"風"に限るならば、魔術において鬼銘を賜る"才鬼"エクステリアの家門にも劣らぬだろう。
これも、『情報通りのスイ』を遥かに凌駕する戦闘性能だった。
スイ、フィンとその目の先のセフィリアが、風による足場で空中に安定を得る。
(チャンス――!)
安定とは言え、重量に抗うだけの、何の機動力も持たない状態だ。
空を自由に飛びまわれる騎竜からすれば、漂うだけの物体など餌食に過ぎない。
ライトウィングのあぎとが赤く燃え、とどめのブレスを三人まとめて吹き放とうとしたその瞬間。
――列車の方から、金属の断ち割られる音とよく知る者の断末魔が聞こえてきた。
思わず振り返れば、
「連結器が!?」
いくつも繋がっている列車の、ある節目から先が遠くなっていた。
何者かによって連結器がはずされ、後ろから5両ほどが切り離されたのだ。
動力車に繋がっていない後ろの車輌はみるみるうちに減速し、逆に前の列車は車体が軽くなってどんどん加速していく。
あっという間に、地平線の向こうまで差を付けられてしまった。
「あの馬鹿は何をやって――」
いた。切り離された車輌の先端で、仰向けに倒れている。
絶対防御の触れ込み名高い甲冑の、隙間という隙間から鮮血を流し、ピクリとも動かない。
「死ん、でる……? よっしゃ!」
グっとガッツポーズを決めて、それから冷静に思考を戻した。
アノニマスは馬鹿で変態で最低の屑野郎だが、従士隊でも指折りの実力者である。
モトーレンですら、これまでただの一度だって彼の鎧を貫き本体にダメージを与えたことなどなかったのだ。
何度も試したから間違いない。
- 29 :
- 従士隊警護課ナード=アノニマスが全幅の信頼をおく銀甲冑"ブリガンダイン"は、
然るべき天才が着用することで防御の遺才を100%引き出せるよう設計された代物だ。
そして、防御という性質上"鬼"の銘こそ受けなかったが、他でもないアノニマスこそが鬼銘クラスの遺才能力者。
「その馬鹿を相手にして、甲冑には傷ひとつ付けず中身にだけ致命傷を負わす……只者じゃあない奴が混じっているね」
一体如何なる手段を用いたというのか。
並の魔術や呪術なら、言うまでもなく鎧が弾く。だが、それ以上の大規模術式を励起したなら痕跡が残るはずだ。
何か他の、物理や魔法の枠組みから逸脱した、異なるロジックによる攻撃。
共和国や西方のように、独自の体系を持つ戦闘技術ならば、ブリガンダインを突破できる可能性はある。
いずれにせよ、遊撃課はただの厄介者の集まりではないということだ。
まとめ役のブライヤーを失っても、機能し続けるだけの自律判断基準を全員が持ち合わせている。
――良い組織だ。
「三人、逃したか……。いや、別に逃がしてもいいんだよね」
ノイファ、ファミア、マテリアの三名は、今や遥か地平線の向こう側を走行中だ。
モトーレンが本気で遺才を発動すればいまからだって余裕で追いつけるだろうが――
(取り残された三人を引っ張っていくには少し、骨が折れるなあ。そこまでやれとは命令されてないし)
モトーレンたちが受けた命令はあくまで、遊撃一課がヴァフティア派遣の任務を放棄しないか監視すること。
そして逃げ出すようなら極秘裏に"処理"すること……言わば督戦隊としての仕事だ。
今回、大陸横断鉄道は中継駅に寄ることなく直通でヴァフティアへ向かうよう車掌に申し付けている。
極端な話、列車がトップスピードにさえ乗ってしまえば途中下車は不可能、もうヴァフティアに行くしかないのだ。
モトーレンたちはむしろ、遺才をフルに使えば『無理やり途中下車できそうな連中』――スイやフィンやセフィリアを、
途中下車しないように見張るための役としてここに送り込まれたのだった。
(丁度ピンポイントで取り残されちゃったよ、こいつら……)
満足な説明もないまま僻地の任務へ送り込めば必ず反抗されるであろうと元老院は予想していた。
遊撃一課にはそれを予期させるだけの、実績がある。実績というか前科だが。
だから本任務においては、有無を言わせずヴァフティアまで強制送付する手筈を整えてきたはずだった。
しかし、結果として遊撃課の実に半数が、ヴァフティア行きを逃れ途中下車までやってのけた。
曲がりなりにも元老院肝入りの、帝都を代表する天才たちが阻止に回っていたにも関わらず、だ。
(げに恐るべしはその行動力というか……『実現力』。机上の空論を現実に変える力!)
モトーレンは、弾薬ポーチに突っ込んでいた手を抜いた。
圧縮術式によって詰め込んだ魔導機雷はあと4桁はあるが、手にはなにも握っていない。
代わりに、手のひらサイズの彫像をポーチから取り出した。
三等身ぐらいの、幼い少女を模した、大理石製の彫刻。モトーレンはその頭の部分に唇を近づけた。
- 30 :
- 「強襲班から遊撃二課へ。一課の監視は半分成功、半分失敗。三人ほど荒野に投げ出されたけど、どうする?」
囁くように声を入れる。と、少し間を置いてから彫刻が震え、振動が大気に音を作った。
音は、男の声だった。
『いま地図を参照した。そこから丸一日歩いたところに帝都から見て最初の中継駅がある。
そこから鈍行に乗り継いでヴァフティアに向かうよう指示してくれたまえ』
穏やかだがよく通る声――演説慣れした声が、少女の彫像から響く。
モトーレンは彫像を耳に当てて、風の音に声が紛れてしまうのを防いだ。
「把握した。監視は?」
『可能なら引き続き頼みたいところだが、騎竜の活動限界があるだろう』
「実は、けっこうぎりぎり。別件での任務明けでいきなり駆りだされたから、ライトウィングもかなり疲れてる」
『結構。ではモトーレン君、君はこのまま帰投したまえ。監視はアノニマス君に任せよう』
「……それも厳しいなあ」
『ほう。理由を聞いても?』
「馬鹿は殺られた」
彫像の"向こう"で、息を呑む気配があった。
『……あの男に傷を付けられる者がいるのかね、一課には』
「どうやったのかはわからないけど、おそらく」
ふむ、と言葉を置く声があり、
『把握した。アノニマス君も連れてそのまま帰投したまえ。傷を詳しく調べてみる必要がある。
念のため、セフィリア・ガルブレイズのゴーレムを破壊しておいてくれ』
「……? こんな荒野じゃゴーレムなんてろくに運用できないんだし、残しておいた方が、」
『荷物が増えて足留めにはなる。が、それは戦場の理屈、兵卒の理屈だ。
――信じられないことだが、ガルブレイズはゴーレムの単騎で大陸を渡る』
今度はモトーレンが息を呑む番だった。
だだっ広い荒野は一見傀儡重機を運用しやすい環境に思えるが、実際は真逆だ。
遮蔽物のない平野では敵の火砲の良い的になるだけだし、人の往来のない荒野には魔獣が出る。
大型魔獣ならばゴーレムで殴り殺せるが、始末におえないのはむしろ、普遍的に生息する小型魔獣だ。
ゴーレムの動力源である畜魔オーブの魔力に惹かれてやってくるその連中は、
鋼の巨人の腕の届かぬ場所に食らいついて動力部を食い荒らす。
随伴歩兵や編隊を組んで渡るならまだしも、ゴーレム単騎で荒野に出るのは自殺行為と言う他ない。
セフィリアは、そのガルブレイズの遺才は、軽々とそれをやってのけるのだ。
『徒歩以外の足は徹底的に潰しておかないと、彼らは必ず帝都に戻ってくるだろう。
――できることなら、一課にはこのまま全てが終わるまで、平穏に過ごしてほしい。ヴァフティアの片田舎でね』
把握、と答えてモトーレンは彫像をポーチに仕舞った。
現在、取り残された一課の人員は落車したセフィリアを救助し、列車後方のユウガと対峙している。
列車の先っぽで倒れているアノニマスをライトウィングに掴ませ、モトーレンは高度を上げた。
「フルブーストさん!」
騎竜の鞍に結びつけてあったロープを解き、地面に向かって先端を投げる。
一定間隔で結び目がついていて、手足を引っ掛けられる作りになっている。
戦場での撤退時に、地上人員に捕まらせて一緒に離脱するための延縄だ。
ユウガがこれを掴めば共にこの戦場を離脱できる。掴まなければ、彼は遊撃一課と対峙し続けることになる。
- 31 :
- 「遊撃一課。ここから南に一日歩いたところに駅があるから、そこから自分らでヴァフティアに行ってね。
間違っても帝都に戻ってこようなんて考えないように。入門ゲートで弾かれるし――」
スイに向かって、当面の食料と方位磁石の入った袋を投げながら、モトーレンは声を張り上げて告げた。
「――いまの帝都に、貴方たちの居場所はないから」
ライトウィングが口内に炎を宿す。
もはや歩くようなスピードにまで減速した列車の、一番後ろの貨物室――そこに結わえ付けられた幌に向かって、
「てーっ」
ゴッ!と貨物車を丸ごと一両飲み込む大きさの火球が騎竜のあぎとから放たれた。
雨よけのためにかけられていた幌は一瞬で塵になり、その奥の鋼の巨人を顕にした。
セフィリアの愛機、サムエルソン。その巨躯も、小さな太陽と化した騎竜のブレスに飲まれていった。
「嫌がらせ完っ了っ!じゃーね、野たれ死んでなければまた会おう!ばっははーい!」
ライトウィングの腹に踵を入れて、空中で器用に方向転換すると、騎竜の翼が一瞬だけ傍聴した。
翼膜には騎竜種が生得的に施している飛翔の術式があり、大気を抱くようにして圧縮、後方へと瞬間的に展開。
「――はいや!」
ボッ!と、生まれた真空に空気が流れこむ音だけを残して、騎竜とモトーレンは一瞬で見えなくなった。
アノニマスやユウガのような荷物を抱えてなお、ほんのまばたきほどの時間で音速に達したのだ。
鬼の名を持つ遺才遣いの、本気の騎竜繰り――それは、常人の認識できる世界から完全に逸脱していた。
さて、そんな鬼銘持ちの遺才遣いことモトーレンにとって、『ゴーレムの破壊』は得意分野を超えたライフワークである。
従士隊に転職する前、彼女は帝国軍の優秀な空撃手だった。
ライトウィングとは異なる騎竜を駆り、戦場に出る度に敵陸上軍のゴーレムを二桁は壊して帰ってきた。
だから彼女はゴーレムの効率のよい破壊の方法なども心得ているし、装甲がどの程度の攻撃にまで耐えうるのかも知っていた。
モトーレンの常識に則って言うならば、ライトウィングのブレスに耐えうるゴーレムなど、どこの国にも存在しない。
ガルブレイズの遺才は確かに厄介だが、それはあくまで乗り手が搭乗している場合の話であって。
本人が荒野で寝こけているならば、サムエルソンを大破せしめることなどモトーレンにとって容易い仕事であった。
――繰り返すが、彼女の常識に則って言うならば、だ。
そして、セフィリア・ガルブレイズのいっそ偏執的とも言えるゴーレム愛は、戦場に生きる者の常識の枠外にあった。
具体的には、コストの安さと整備性から支持されているサムエルソンが、
趣味でフルチューンされ、装甲も最上級のものに換装されているなどと――
まさかのモトーレンも思うまい、というところだ。
荒野に風が吹き、黒焦げの貨物車を洗った。
ほとんど燃えカスになってしまった幌が飛んでいき、幌によって覆われていた中身が顔を出す。
――装甲の表面に焦げ跡があるものの、破損一つないサムエルソンが顔を出した。
【アノニマス・モトーレン撤退。ユウガにも離脱を提案】
【列車が切り離され、フィン、スイ、セフィリアの三名は荒野に放り出される】
【帝都には比較的近いが、徒歩でも一週間はかかる距離。ゴーレムなら3日】
【予想以上に趣味チューンされていたサムエルソンが騎竜のブレスを生き残る】
【現在公開できる情報:帝都の入門ゲートは硬く閉ざされ、『遊撃一課の居場所がない』】
- 32 :
- 【中継都市『ミドルゲイジ』】
広大な大陸を通行する大陸横断鉄道は、畢竟日を跨いでの旅程となる。
それを見越して列車の中には食事を行う食堂車や、物販を行う購買車なども連なっていて、
それらで満たすことのできない需要は道中で立ち寄る『中継都市』に頼ることになる。
中継都市とは、大陸横断鉄道の路線に定期的に存在する、宿場町と一体になった駅のことだ。
夜間の鉄道運行は危険なので、日が暮れれば鉄道利用者は乗員も乗客もここで宿をとることになる。
亜音速で航行できる大陸横断鉄道での旅が、何日もかかるのは日中しか列車が動かないからである。
とくに今の時期は、春先とは言え日照時間はまだまだ短く、今日もすぐに日が暮れた。
ジリリリリ、と列車搬入の警笛が駅のホームを震わせた。
本日最後の客を捌き、事務室で業務日報を書いていた駅長とその部下は、驚いて椅子から飛び上がった。
「今日の運行は全て終了したはずだぞ……!?」
急ぎ、事務室の鎧戸から顔を出す。
夕暮れの色を伴った風が、寒気を伴って駅長の頬を洗った。
平野に広がる中継都市で、かような突風が吹くとすれば、それは来る列車に大気が押し出されているからだ。
じきに、ホームに巨大質量が滑り込んでくる、その予備動作だった。
部下が棚から引っ張り出した、帝都より週一で郵送されてくる航行予定表を流し読みし、
「予定では、中継都市素通りでメトロサウス直行の公用列車があと一便、来ます。
ですが、ベルが鳴ったということは……」
「列車側から架線通信で受け入れ要請が来てるってことだな。
公用車は夜間でも平気で航行するから、本来止まるはずのなかったこのミドルゲイジに、しかし停車しようとしている」
「承認しますか?」
「するしかないだろうなあ。公用車ってことは、政府高官が乗っているだろうし」
駅長は溜息をつきながら、消灯したばかりのカンテラに火を入れる。
上着を掴んで事務所から出て、ホームの縁に立ってカンテラを虚空に振った。
遠く、闇の彼方からチカッチカッと数回光が瞬いた。応答があったのだ。
あとは、カンテラの蓋を開け閉めすることで光の瞬きをつくり、信号を何度かやり取りして、列車を適性位置に誘導する。
やがて、十分に減速した列車が空気を押しながらホームに滑り込んできた。
「おーい、お疲れさん。一体何があったんだ?」
動力室の鎧戸が開いて、列車の機関士が顔を出した。
「どうもこうもねえ。後ろ見てみろよ」
親指で指された後ろ――列車の後方には、あるべきものがなかった。
10両編成のはずの列車が、動力室から先の3両程度しか残っていなかったのだ。
最後車の連結器は、不自然な形にねじり切られ、半分から先が消失していた。
「……大型魔獣の襲撃でも受けたのか?」
「おれは動力室にいたから何があったかしらん。客室にお偉いさんがたが三人いるから、そっちに話を聞いてくれ」
- 33 :
- ――遊撃二課の襲撃をどうにか乗り切ったノイファ、ファミア、マテリアの遊撃一課三名。
それぞれが傷を負ったり負わせたりしながら、やがて列車は『中継都市ミドルゲイジ』に辿り着いた。
駅長は後ろの客車が丸々消滅したことに仰天し、下車する一課の面々に事情の説明を求めることだろう。
場合によっては帝都に通報され、ヴァフティア行きの便を手配してもらえないかもしれない。
一課は駅長をうまく言い含めても良いし、何かしらの理由をでっちあげて誤魔化しても良い。
小市民に過ぎない駅長相手なら、賄賂だって通じるかもしれない。
いずれにせよ、ことは穏便に収める必要がある。
さしあたり、本日の宿を探すことが必要だ。
中継都市には鉄道利用者をターゲットにした土産物屋や飲食店があり、宿屋が軒を列ねている。
夕暮れ時だが、街が眠るにはまだ早い。
宿に行く前に街を散策して必要な物資を買い込むのも良いし、お茶をして疲れを癒すのも良いだろう。
旅人の多いこの街ならば、帝都や遊撃二課に関する有用な情報が得られるかもしれない。
そして、一課は街中で奇妙な一団を見かけることだろう。
闇をひっぺがして外套代わりにしたような、黒い装束の十数人からなる集団だ。
彼らは遊撃一課より一本前の列車でこの街に来て、明日一番の列車でヴァフティアへ向かう団体だ。
遊撃一課が朝一での出発を望むならば、一緒に乗り合わせることになるかもしれない。
そしてこの一団こそが、遊撃一課がこれから渦中に飛び込むとある大きな陰謀の、
被害者であり、加害者であり――他ならぬ当事者である。
【中継都市ミドルゲイジに到着。列車の補修を行わなければいけないので、一晩足留めです。
情報収集に街に繰り出すもよし、物資を買い込むもよし、とっとと宿にしけこんで明日を待つもよしです。
街には謎の黒装束の集団がいます。彼らもまたヴァフティアに向かっています】
- 34 :
- 私の体、宙に舞う
爆風と車両が走るときに生まれる気流
それが猛烈な渦となり、その力は弱った私を飛ばすのに十分だったのです
薄れゆく意識の中で柔らかなものに包まれます
この感覚は気持ちいいと感じます
必至に意識をつなぎとめ私は見てしまう……
私の大切なサムちゃんが紅蓮の炎に焼かれるところを……
「いやあああああああああああああああああ、私のサムエルソンがあああああああああああ」
私の意識は途絶えました……
???「派手にやられたね〜情けないことこの上なし」
耳元に声が聞こえてきました
目は……あかない
声だけは聞こえてきます。心を抉るような声です
???「ガルブレイズのお姫様がどこの馬の骨とも分からない奴に負けるなんてねぇ……」
うるさい……
???「慢心してないと思ってても実際はねぇ……負けるつもりなんてなかったんでしょ?」
うるさい……うるさい……
???「結果、無様に地面に転がってる……」
うるさい……うるさい……うるさい……
???「恥ずかしいねぇ……カッコ悪いねぇ……名門の家名に泥をぬっちまったねぇ」
うるさい!うるさい!うるさい!
「うるさい!」
ガバリと身を起こす……どれくらい意識を失っていたかわからない
嫌な汗で服が張り付いています。心臓の鼓動も速い……当然息も荒い
- 35 :
- 下はゴツゴツとした砂地……列車から放り出されたのでしょう
周りを見渡せばハンプティさんとスイさん……
「……申し訳ありません」
口から自然と謝罪の言葉が出ました
独断専行の上、敗北を喫し、無様に寝転がっていたのです
「自決しろと言われたら素直に応じましょう」
これは私の覚悟です
命を賭けてでもやらなければならないことができたのです
「しかし……できるので……あれば……汚名をすすぐ機会を私に与えていただきたい!」
目には涙たまります
しかし、零すわけにはいきません
私も武人の端くれ敗北で流すことは許されないのです
……許したくありません
「帝都に向かわせて下さい……」
帝都までサムちゃんなら……サムちゃん……
「サムちゃん!!サムちゃん!!」
紅蓮の炎に焼かれた私の愛機は……健在
「当然……ドラゴンのブレスに焼かれようと私のサムエルソンは無敵です」
炎となったサムエルソンは無敵なのです!
- 36 :
- 操縦櫃を開け中を確認しようとしたのですが
「熱っ!」
ブレスで焼かれたのは夢ではなく現実……触れたらそうなるに決まってます
「皆さん……申し訳ありません……排熱が済むまでもう少し時間がかかりそうです……」
これは数時間では聞かないでしょう……
点検もしなければ行きませんし……
このタイムロスがどう響くことになるのか……
- 37 :
- 後部車両を切り離し、ナードの脅威から逃れて、列車は穏やかに走り続けた。
精神的に疲れ果てたマテリアは前方の車両に移動して、椅子に背を預け休んでいた。
考えるべき事は沢山ある。
けれども暫くは、何も考えたくなかった。
抱えているのは、どうせ確たる答えなど出ない問題ばかり。
考えたところで答えは得られない、報われない――その事が今のマテリアには重たく感じられた。
自然と瞼が落ちる。
彼女の意識はゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。
マテリアは夢を見た。昔の夢だ。
幼い彼女は家に一人、床に座り込んで本に視線を落としている。
と、不意に音が聞こえた。
徐々に近づいてくる、聞き慣れた足音――マテリアが、ぱっと表情を明るませて顔を上げる。
鍵と錠が噛み合う音――本を放り出して立ち上がり、扉に駆け寄った。
母が帰って来たのだ。
扉が開くや否や、マテリアは勢いよく床を蹴る。
暖かく、柔らかい感覚――母は穏やかに微笑んで、頭を撫でてくれた。
懐かしい感触。母はいつだってマテリアに優しく接してくれた――少なくとも彼女はそう感じていた。
夢が揺らぎ、移ろう。
夜だ。母の隣で眠っていたマテリアが、ふと目を覚ます。
音が聞こえたのだ。
微かな、本当に微かな音――母がベッドから抜け出して、扉を開け、家を出て行く音。
初めての事ではない。母は度々、不定期に家から離れる事があった。
一度、何故なのかを尋ねた事がある。
母は――娼婦の仕事がどういうものかを、浅く、やんわりと教えてくれた。
もっともらしく、それ以上踏み込みがたい答え――だがマテリアにはそれが嘘だと分かっていた。
超聴覚の遺才は母の声が作り物であった事を聞き取っていた。
だからマテリアはある日、ベッドから抜け出し、母の後を追って――そこで彼女は目が覚めた。
「……はれ?」
まず初めに感じたのは、ひどく不安定な浮遊感だった。
寝ぼけ眼に映る床がゆっくりと近づいてくる。分かっているのに、抗えない。
「ふぎゃん!?」
夢の内容に従って、いつの間にか体まで動いてしまったのだろう。
椅子から転げ落ちたマテリアは、床で強かに顎を打ち付けた。
あまりの痛みに声も出ないまま顎を押さえ、数秒間悶える。
「痛い……」
今日は本当に踏んだり蹴ったりだ。
いっそこのまま動かずにいたいとさえ思った。が、そうもいかない。
マテリアは目を擦りながら起き上がり、窓の外を見る。
前方に規則的に瞬く灯火が見えた。列車は駅――中継都市の間近にまで近づいていたようだ。
列車を降りると、すぐに駅長が駆け寄ってきた。
そして消えた後部車両は一体どうなったのかと尋ねてくる。
当然の対応だ。
亜音速で運行される大陸横断鉄道が損壊――それも複数の車両がまるごと損なわれるなど、ただ事ではない。
駅長の心象次第では、大事を取られる事も十分あり得る。
- 38 :
- (けれど……そういう訳にはいかない……)
それは任務に従い、遊撃課という場所を保つ為――だけではない。
今回の左遷は、ただの不始末の対する懲罰ではない。
タニングラードでの一件、その真意を問いに出ると宣言したボルトの失踪。
元老院は明らかに、遊撃一課に対して害意を持っている。
それが何故なのかは分からない。
だが、だからこそ、自分達はヴァフティアに行かなくてはならない。
陰謀の舞台にすら立てないまま、こんなところで宙吊りにされる訳にはいかないのだ。
駅長に向き合って、一歩前へ出た。
表情と気配を作り変える。
いかにもよそ行きと言った具合のわざとらしい笑顔へと。
「列車が損壊した理由ですか。……うーん、聞いても意味ないと思うんですけどね。
だってこの車両、公用車ですよ?分かりますよね?私達は国命を帯びてきているんです。
この列車に何があったにせよ、あなたが意見を挟む余地なんて、ないと思いませんか?」
至極当たり前の事を言って聞かせるような口調。
首を小さく傾げて、駅長の顔を覗き込む。
「納得出来ませんか?だったら……いいですよ、教えてあげます」
更に一歩前へ――笑みを消し去り、駅長の耳元に口をやや近づけて続ける。
「私達に課せられた任務は……ヴァフティアの警護です。ご存知ですよね?ヴァフティア。
貿易の自由化と円滑化の為に、国の後ろ盾……従士隊の駐屯を拒んだ結界都市、南の独立自治区。
そのヴァフティアに、帝国が新たな防衛戦力を送り込まなくてはならない……」
言葉を切り、一歩下がる。
「それがどういう事態を意味するのか……想像出来ませんか?」
再び駅長に微笑みかけた。
嘘は吐いていない。だからこそまるで淀みなく言葉を紡げた。
「もうお分かりでしょう。あなたに出来る事は明日の明朝、
私達を差し支えなくこの駅から送り出す事だけです。
つまらない気を回して、果たしようのない責任を負うような真似だけは、しないで下さいよ」
人が人を動かす為に必要な物は大別して二つある。
一つは飴、もう一つは鞭だ。
その内、後者はもう十分に打ち付けた。
事は一駅長の手には収まらぬものだ。余計な事をすればその身に余る責を負いかねない。
過剰なほどに、そう印象づけた。
「もしまだ納得出来ないようなら……すみませんが私は少し疲れました。
後はこちらの二人に聞いて下さい。……ですが、お気をつけて。
お二方に比べれば、私はまだ生ぬるい方ですから」
駅長の隣をすり抜ける際に一度立ち止まり、耳打ちする。
仕上げは二人に任せよう。
飴と鞭とは、いずれか片方だけでも効き目はある。
が、その最大の効果は両方を組み合わせてこそ発揮されるものだろう。
- 39 :
- 一足先に街に出たマテリアは、二人が駅から出てくるのを待っていた。
不安はなかった。彼女達なら問題なく駅長を説得してくれるだろう。
マテリアは何気なしに周囲を見回す。
中継都市はその性質上、様々な人種が集う。
その服装や様相を見て、彼らがどこから来た、どんな人なのかを推察する。
ちょっとした暇潰しに興じていた。
そして――彼女は見つけた。
黒い外套を纏い街を歩く、十数人の集団を。
「うわっ」
思わず声が零れた。
何というか、露骨過ぎる。
いっそ怪しんでくれと主張する為にあの黒装束を着ているのでは、とさえ思える格好だ。
(いや……でも、なんなんだろアレ。どこかの魔術結社?それとも宗教団体?)
気になる――生来の好奇心が小さく疼いた。
(……ちょっとだけなら、いいよね?なんていうか、こう、ヒントみたいな感じで……)
髪をいじるふりをしながら右手を耳元へ。
超聴覚を発動――とは言えやっている事はただの盗み聞きだ。気分的にも抵抗がある。
ほんの少しだけ会話が聞き取れたなら、マテリアはすぐに超聴覚を解くつもりでいた。
【国命を盾に駅長を軽く脅しました。
黒装束の集団に向けて、興味本位で盗み聞きを試みました】
- 40 :
- ファミアの問いに対し、ノイファは『ヴァフティアの歩き方』をレクチャーしてくれました。
タニングラードとは北と南の差はあれどどちらも帝国辺縁、似たところも多いようです。
そこで起きた事件は、比べればタニングラードでの騒動が牧歌的にすら思えるようなものでしたが。
>「あ、そうだ。良いお店知ってるから、ヴァフティアに着いたら皆で一杯呑みに行きましょう。
>とっても良い処よ。たとえば――反撃するための作戦を練るのにとかね。」
一くさり語り終えたノイファはいたずらでも思いついたような笑顔でファミアとマテリアにそう言います。
(反撃――具体的にどうすればいいんだろう……)
コンフォート感皆無になった最後尾車両(新任)を出ながら、ファミアは自分のあごをつまみました。
個人VS国家権力。
この場合の"個人"の異質さを加味してみても、小型犬の子供が灰色熊に挑みかかるようなものです。
撫でられただけでキャーン言わされてお終いになってしまうでしょう。
さしあたり腰を落ち着けて、窓の外へ目をやりながらあれやこれやと考えてみますが、
どんなルートを辿ってみても思考の終点は常に絶望でした。
近くの席ではマテリアが寝息を立てていて、
考えるだけ無駄だと悟ったファミアもそれに倣おうとヘッドレストに頭を預けて――
(いや!ひとつ重大なことを忘れている!)
即座に体勢を戻しました。
(あの人――ナード・アノニマスはもう一人についてたしかにこう言っていた。"恐らくだが自分に惚れている"と――。
もちろん、あんなおかしい人を好きになるなんて普通では考えられない。でも……"おかしい"人が二人いない保証なんて――ない)
どうやら思い至ったのは事態の打開策ではなく新たな懸念材料だったようです。
(もしも本当に"アレ"に惚れるような人なら……いろいろな意味で障害になる!)
もはや寝ている場合ではなくなったファミアは今までとは事情の違う視線を窓の外へと突き刺しました。
ニーグリップはすでに家路の途中なので一切する必要のない警戒なのは言うまでもありませんね。
線路は継ぎ目のない工法で敷設されていて、車体はほとんど揺れることがなく、
聞こえてくるのは走行音の他は一行の呼吸の音だけ。
そんな状態にあると人はどうなるか――そう、凄く眠くなるのです。
無意味な使命感に勝手に縛られているファミアもまた例外ではありません。
接合しかけた上下のまぶたを剥離させるために指で目をこすって、改めて窓を睨みました。
そろそろ日が落ちてきて、ファミアには写り込んだ自分の顔がはっきりと見えて始めています。
窓からこちらを見る目。
家族うちで一人だけ色の違う瞳。
(青いままだったら、人からどんな風に見えたのかな)
ファミアは、五つの頃に罹った熱病のせいで変わってしまった眼の色に久しぶりに思いを馳せました。
すぐ上の兄などには割と遠慮なしにからかいの種にされたのを、今でもしっかり覚えています。
(兄さまもあんな言い方しなくたって……いくら子供だったからって許せるものじゃないわ!!
それでなくとも病み上がりで気も弱っていたところに!)
またも余計な記憶を掘り起こしてしまったファミアは、
そのままミドルゲイジまでの道中を肉親への憤りと相席しました。
睡魔に寄りかかられるよりは良かったかもしれませんね。
- 41 :
- 中継都市ミドルゲイジ。
本来なら始発から終点まで直行のところ、ファミアにとっては幸いなことに最初の駅で停車することになりました。
ホームに下り立って、こわばった体をほぐすために一伸び。
細く呻きながらぷるぷる震えているところに、駆け寄ってくる人物があります。
駅長だと名乗ったその人物は、もちろん一同を詰問し始めました。
>「列車が損壊した理由ですか。……うーん、聞いても意味ないと思うんですけどね」
それに対してまずマテリアがそう切り込みました。
駅長の耳元で噛んで含めるように言葉を続け、そのたびに駅長の表情が固くなっていきます。
>「もうお分かりでしょう。あなたに出来る事は明日の明朝、
> 私達を差し支えなくこの駅から送り出す事だけです。
> つまらない気を回して、果たしようのない責任を負うような真似だけは、しないで下さいよ」
そう言いながら駅長の脇を通りぬけ、その際に何やら更に耳打ちし、マテリアはその場を後に。
もの問いたげであると同時に踏み込むことを恐れているような視線を向ける駅長を前に、
ファミアはさていかがしたものかと一思案。
それから何も特別なことなどないというように駅長へ話しかけました。
「大変不躾なお願いですがいくらか用立ててはいただけませんか?予定外の事情がありまして、手元が不如意なもので」
初対面でお金の無心。人としては割と低ランクな行為です。
しかし、マテリアが駅長に何を言ったのかほとんど聞き取れなかったファミアとしては、
余計な事を口走ってそれをふいにしてしまうよりはこのほうが良いと考えたのでした。
ファミア自身はそこまで考えていないのですが、あえて全く触れないことで
襲撃自体は"予定内の事象"であるという印象を与えることもできます。
特別便が襲撃を受ける。
普通の神経の持ち主ならかかわり合いたくはない状況です。
駅長は職務があるのでそういうわけにもいかないでしょう。
しかし、自分が責任を負わなくてよい面倒に首を突っ込むみたがる質には見えません。
「このままでは任務に障りますから……何卒、お願いします。無論一筆残しますので」
図らずもマテリアの行為の補強をしているファミアは、
『ああはい襲われましたね。それがなにか?』とでも言わんばかりな関心の無さを醸し出しつつ、こう考えました。
借りられようが借りられまいが、後で実家へ念信を打って送金の手続きをしてもらおう、と。
事ここに至ってばつが悪いなどと言ってはいられません。
物見遊山気分で口座のお金をすべて持って行って、あげく国庫を当てにして任務中にそれを使ってしまったなんて、
そんな真実を告げるつもりまではさすがにないのですが。
「それと、宿が決まりしだいお伝えしますので、
そちらに作業の進捗を報告していただけませんか?場合によっては修理を待たずに払暁の一般列車で発つ必要がありますゆえ」
どのような場合にそうせねばならないか。
もちろん、長居してぼろが出かかったときです。
【いいから金出せよ】
- 42 :
- 「半分は、ちゃんと、行ってくれたが、残りは残っちゃったな。」
呆れながら、戦闘態勢に入る。
(敵は、あの少女を倒したせいで、躊躇なく攻撃する。)
(二課の奴も、一人やられてるしまずいな。)
と思ったとき、ユウガに救いの手?が。
>>「フルブーストさん。」
「すまない、助かる。」
その、竜から、垂れている。ロープを掴み、
大空へ、浮かぶ。
>>「今の、あなた達に、居場所なんてないから、」
「そう言うことだ、んじゃお休み。」
ユウガは、魔道銃「インパルス」を取り出し、
煙幕式の催涙弾をスイ達に、発射する。
「嫌がらせ、おしまい。行こうか。」
とっとと撤収する。
(ユウガ、撤退に応じ合意、撤収。 スイ達に催涙弾発射)
- 43 :
- フィンが己の失策に気付いたのは、駆け出したスイに手を引かれ、異能が繰る風によって体が包まれた直後。
飛竜ライトウィングの獰猛な咢が彼らへと向けられたその瞬間だった。
「しまっ――――!?」
視界に煌々と光を灯し始めたライトウイングの口腔をその視界に捕えたフィンは、
これから己を襲うであろう最悪の予感に目を見開く。
スイがその尋常でない才によって編み出した風による障壁は堅牢である。
だがそれは、あくまで常識の範囲内での堅牢さなのだ。
眼前の竜の吐息(ブレス)は強力無比。防御の才を有するフィンが魔族の力を行使し、ようやく数度受けられるというもの。
スイ一人であればともかく、三人分の障壁を展開しつつ受けきるのは困難であろう。
更には、風の障壁が展開されたその瞬間からフィン自身の魔術に対する抵抗力が、
スイの風を阻み、展開に必要な魔力を削り続けている。
この状態で攻撃を受ければ、撃墜は免れまい。
この場面において、フィンはモトーレンのみを見ているべきだったのだ。
彼女の動きのみを注視する事こそ、防御を担うものとしてのベストな選択であった。
……だが、それも結局後付けの空論に過ぎない。
今のフィンという青年は、最小限の犠牲よりも己のエゴを優先する。
そうである以上、ここでセフィリアに注意を払わないという選択は出来なかったのだから。
せめて少しでも仲間が傷つかぬよう、フィンは無理やり体を動かそうとし――――
「!? 列車が――――ノイファっち達か!!」
その直前、ブレスが放たれる寸前の生と死を分ける正に境界の時間にそれは起きた。
高速で移動する列車、その車両の連結が突如として切り離されたのだ。
見れば、切り離された連結部は先ほどまでフィン達がブリーフィングをしていた場所の間近。
そして、直前に響いた断末魔の声は、フィンにとってどこかで聞き覚えのある声で……
>「その馬鹿を相手にして、甲冑には傷ひとつ付けず中身にだけ致命傷を負わす……只者じゃあない奴が混じっているね」
「この短時間であのナードさんの防御を打ち崩すなんて……一体どんな技使ったんだ?」
視界の端に捕えたのは、倒れ伏すナード=アノニマス。
絶対防御とでも言うべき堅牢さを誇る、天才の中の天才。
彼が倒れているという事は、即ちあの場に残ったノイファ達が勝利を収めたという事である。
その凄惨な戦いを知らないフィンは、モトーレンと同じような感想を抱き、喜色の混じる真逆の表情を浮かべる。
かくして、列車の連結解除に伴うモトーレンとの戦闘理由の喪失という偶然により、フィンの命は救われた。
否、見逃されたと表現するのが正しいか。
急激に減速していく車両。
そこから放り出されたフィンは、大地に全身を叩きつけられつつ、
>「遊撃一課。ここから南に一日歩いたところに駅があるから、そこから自分らでヴァフティアに行ってね。
>間違っても帝都に戻ってこようなんて考えないように。入門ゲートで弾かれるし――」
>「――いまの帝都に、貴方たちの居場所はないから」
爆轟を置き土産とし、恐るべき速度で遠ざかっていくモトーレンの言葉をその耳に留める事と成った。
――――
- 44 :
- 「く……痛ってぇ……ったく、とことん意地の悪い奴らだったな……」
黒鎧が解除された動かぬ右腕を左手で庇うようにしながら、砂に塗れたフィンは上体を持ち上げる。
ただでさえスイの風による加護を受け辛いフィンは、着地の直前に第二課の一員と思わしき人物が
放った謎の物体を黒鎧に包まれた右腕で打ち砕いた事により、とうとう完全に風の障壁の加護を失い
慣性に従ってその全身を大地へと打ち付けられる事と成っていた。
幸いな事に、実体を伴っていた謎の物体は殆ど黒鎧によって八割方は消し飛んでおり、
残りの部分が放った濁った空気も、スイの風の余波によって吹き散らかされてはいたが、
如何せん地面との接触が与える擦過や裂傷といった傷は避ける事が出来なかった。
それでも、肉体が変質してきている影響か、以前馬車との接触で瀕死に陥ったのに対し、
今回はこの程度の怪我で済んでいるのは僥倖と言えるのだろうが。
周囲を見渡せば、少し離れた位置に確認できたのは、スイと気絶したままのセフィリアの姿。
「護れた……じゃなくて『偶然助かった』んだよな……くそっ」
仮に、最後の瞬間にモトーレンがこちらへと吐息(ブレス)を向けていれば、
或いは、ノイファにマテリア、ファミアの手により車両が切り離されなければ、
少なくともフィンはその命を散らせていたかもしれない。
「……。こうまでして俺達を潰しにかかってくるなんて、本当にどうなってんだ……?」
竜と爆轟の繰り手であり鬼の名を持つ、モトーレン
絶対無比の堅牢さを誇る護り手、ナード
その場にどっと座り込むと、フィンは自分たちに向けられた過剰な戦力を思い返し改めて疑念を抱く。
果たしてこれは、この過剰な戦力は、本当に自分たちを潰すため「だけ」に用意されたものなのかと。
策謀に疎いフィンでは答えを出せる筈も無い思考だが、それでも疑念は尽きる事は無い……。
と、フィンがそんな終わりのない思考に沈んでいた時。
>「うるさい!」
「うおっ!?」
怒号に驚きつつ振り向けば――――そこでは、気絶していたセフィリアが目を覚ましていた。
悪夢でも見ていたかのように身体を汗で濡らし、息を荒げてはいるものの、その身体に大きな怪我は無い様に見える。
>「……申し訳ありません」
意識が覚醒した彼女は周囲を見渡すと、即座に状況を把握したのであろう。謝罪の言葉を述べて来た。
独断専行と、それに伴う損害の発生……確かに褒められるべきものではない。
だが、フィンはその事を攻めるつもりは無かった。
それが自分の大切な何かを想っての行為であれば、注意こそすれ無闇に責める理由にはならないし、
それに、背中を護るといいつつ敵の接近を許してしまった点では、フィンも自身の仕事を果たしたとは言い難い。
セフィリアが無事であった事への安堵も含め、フィンは笑顔を浮かべ彼女への気遣いと若干の注意を混ぜた言葉を吐こうとし
「気にすんなセフィリア。それより怪我は」
>「自決しろと言われたら素直に応じましょう」
「……は?」
>「しかし……できるので……あれば……汚名をすすぐ機会を私に与えていただきたい!」
>「帝都に向かわせて下さい……」
(何、言ってんだ……?)
- 45 :
- 固まった。セフィリアの、その言動に。
……出会った時は気づく余裕が無かった。
フィン自身も狂気と呼べる自己犠牲に突き動かされ生きていたから。
だが、己の歪みを見つめなおし、英雄志望のフィン=ハンプティからただのフィンに還った結果。
普通の青年としての感性を獲得した事で……その上で、改めて向き合った事で。
フィンは、セフィリアに異常性を感じた。
彼女は、涙を溜めつつ述べられた彼女の言葉は……どこまでも、「自分」を見ていた。
汚名をすすぐ、誇りを守る……彼女が好むそれらの言葉は、結局自身を何かから守る為のものだ。
セフィリアの言葉には、ふがいない自身の行為への憤りはあるが、他者への慈しみが存在していない。
見知らぬ他者こそ自身の是としていた、かつてのフィン。
それとは違った方向性の、歪みの前兆。そんなものを、フィンはセフィリアから感じ取った。
>「当然……ドラゴンのブレスに焼かれようと私のサムエルソンは無敵です」
>「熱っ!」
……だが結局、フィンはセフィリアに自身が抱いた危惧を語る事はしなかった。
その危惧はフィンの想像に過ぎないという事もあり、
また……フィンという青年の性質が少々仲間に甘いという事情もあったからだ。
不吉な予感を振り払うかの様に軽く頭を振ると、フィンは軋む体を無理矢理立ち上げる。
そして、無事であった自身のゴーレムに喜び、次いでその装甲の高温に怯んだセフィリアの傍へと歩み寄ると
「何やってんだ。火傷しちまうぞ」
フィンは左手で優しくセフィリアの後頭部を小突くと
そのまま左手をマントで何重にも包み混み、操縦櫃をこじ開けた。
つまり、妙に頑丈なフィンのマントと男の腕力による力技。
「よっ――――おお、開いた開いた。ちっとばかし硬かったけど、入口は壊れてなかったみてぇだな。
後は……ゴーレムの事はよくわかんねぇけど、冷やすならスイに風を操ってもらえば早く済むんじゃねぇか?」
熱風を浴びつつマントを羽織り直すと、フィンはスイへと視線を向ける。
だが、彼の魔力の残量が判らない為か無理強いする様な事はしない。
ゴーレムから離れ、丁度いいサイズの岩へと腰かけ、口を開く。
「さて……これからどうする?何にせよ俺達はボルト課長を捜す為に帝都に戻らなきゃなんねぇ訳だが」
そこで、フィンは困った様に蟀谷を掻いた。
「俺にはゴーレムが直るのを待って線路伝いに突撃するか、もしくは帝都まで突っ走って侵入するくらいしか思い浮かばねぇ。
正直どっちも微妙だけど、出来ねぇ事は無いと思う……けどなぁ。スイ、何か案は無ぇか?」
前者は正道だが、修理にどれくらいの時間が掛かるか不明であるのが難点。
後者は、肉体が魔族化しつつあるフィン、
風というある種移動に適した魔術のプロであるスイ、身体能力強化の恩恵がある遺才を有するセフィリア、
凡人の基礎性能を凌駕する各々の才能でゴリ押しするという力押しの邪道。
どちらもベストとかけ離れた選択肢ではあるが、何にせよ行動しなければ始まらない。
とりあえず、ゴーレムをこの場へ置いていく事と成る後者にセフィリアが反対するであろう事を見越して、
恐らく中立の立場が取れると直感で判断し、或いはより良い案を出してくれるという期待を込め、フィンはスイに判断を委ねた。
【生存。セフィリアを危惧しつつ、今後の方針を確認しようとしたが……名案思い浮かばず】
- 46 :
- 「んぅ……っはぁ――」
椅子にもたれたまま、ノイファは背中を伸ばした。ついでにこっそりと欠伸を一回。
肩を押さえて首を回す。ごきごきと響いてはしないかと恐々としつつも、長旅で強ばった体をほぐす心地良さには抗えない。
「――予定じゃあヴァフティアまで直通ってことだった筈だけど」
程なく到着する中継都市『ミドルゲイジ』で一度停車するつもりなのだろう。
目に見えて緩やかになっていく外の景色を眺めながら、ノイファは呟く。
「まあ、この状態じゃ無理もないわね……っとと――あ」
道中、列車の機関部に異物(ナード)を噛んだせいか、列車の加減速に併せて車体が軋むのだ。
そしてその影響を、直に被ることになった者が居た。
>「ふぎゃん!?」
マテリアだ。向かいの席で、うつらうつらと船を漕いでいたのだが、思いの外眠りが深かったらしい。
そんな無防備な状態で一際大きな揺れに耐えられるわけもなく、床に顔面をしたたかに打ち付ける。
>「痛い……」
(……でしょうねえ)
内心で同意を返しつつ、ノイファは顔をしかめた。
赤みを増したおとがいは、本人の造形の良さも相まって余計に痛そうだ。
冷たい布巾の一枚も差し出したいところだが、生憎と水も、布も、先刻の騒動で行方不明のままだ。
(ミドルゲイジで色々と買いなおさないとですね……)
何度目かになる、それなりに見慣れたミドルゲイジの駅構内。
列車が空気を巻き込みながら滑るように停止するのを見届け、ノイファはため息を吐いた。
>「列車が損壊した理由ですか。……うーん、聞いても意味ないと思うんですけどね――」
半壊――というかほぼ半分近くを失った大陸横断列車から降りるやいなや、駅長に詰め寄られた。
なんとも形容のしがたいその形相も、ここの責任者という立場を考慮すれば仕方のないことだろうと思う。
そんな駅長の質問に返されたのが、先のマテリアの言葉だった。
>「納得出来ませんか?だったら……いいですよ、教えてあげます」
仕様がない、とでも言うように、駅長の耳元でマテリアが続きを囁く。
吐息のかかる距離とまではいかないが、普通の嗜好の持ち主なら思わず熱を上げてしまうだろう。
しかしマテリアの口が動くたび、駅長の表情は固さを増していく。
自分達は国命によって国防上の任務に就いている、だから余計な手間をかけさせるな。
聞こえた部分を要約すると、こうだ。
マテリアの言葉に一切嘘はない。
ただ、実情を知らないものが聞けば、重要任務なのだと勘違いしてしまうこともあるかもしれない。
(そして、それをわざわざ正さなければならない理由もありませんからねえ)
駅長に一言、二言、耳打ちを残し、マテリアは構内を抜ける。
その際に向けられた視線に頷きで返す。鞭は振るわれた。ならば次は飴を振舞う番だ。
「お役目ご苦労様です。私たちは――」
>「大変不躾なお願いですがいくらか用立ててはいただけませんか?予定外の事情がありまして、手元が不如意なもので」
間髪入れず挟まれた声に、口を開いたままの姿勢でノイファは固まった。
- 47 :
- (おっ――)
作り笑いの仮面はそのままに、ノイファは視線だけをファミアへと動かした。
(――お金を強請りはじめたっ!?)
もっとも表情を伺うことは出来ない。立ち居地の関係で、見えるのは柔らかそうな金髪の後頭部だけだ。
ファミアの旋毛を見つめながら、ノイファは思考を巡らせる。今の状況は非常に拙い。
具体的にいうならば、取りあえずの友好を表すために差し出している右手が、実に拙い。
これではまるで、いいから早く出すもの出せよ、と催促しているようではないか。
>「このままでは任務に障りますから……何卒、お願いします。無論一筆残しますので」
交渉を続けるファミアを遮蔽に、手を引っ込める。
そして代わりに、口を挟むことにした。
「すみませんね。列車があんなことになった原因は撃退したのですけど、その際に荷物の殆どが犠牲になりまして」
ファミアの援護として。
実際、ノイファの持ち込んだ手荷物は、身に着けていたもの以外一切合財が荒野に消えている。
「ああ、そうだ。申し送れました。私たちは――」
ファミアの話に乗ったのには理由があった。
"飴"に相当するものをどうしようか。そこを決めあぐねていたところ、ちょうど渡りに船だったからだ。
借りを作る、というのも十分な交渉材料になる場合はある。
「――帝都王立従士隊"遊撃課"の隊員です」
それが、誰もが知っているような知名度の人物、団体なら尚更だ。
今までであれば、左遷部隊である遊撃一課の知名度など、下の下もいいところだっただろう。
だが今は違う。なにせ新聞の一面にでかでかと載っている程なのだから。
官民問わずオールスターを栄転によって集めた夢の部隊"遊撃栄転小隊ピニオン"として。
「もっとも、私たちは一課になりますが。
例の"二課"発足に先駆けたテストモデルだったのですけどね、今じゃあ精々斥候役といったところです」
上役は一緒なんですけどねえ、と。自嘲気に笑いながら付け加えた。
言外に元老院直属なのだと匂わせるためだ。
説明に偽りはないし、所属に関しても外套に縫い付けてある部隊章が証明してくれる。
ただ、意図的にミスリードを誘っているだけだ。
「さて……っと、取り合えず今日の分の報告書を拵えなければなりませんので、この辺でご容赦ください。
それに早めに宿を決めておかないと、酒場のテーブルで一晩明かす、なあんてことにもなりかねませんから」
では、と告げて立ち去る。足取りは努めてゆっくりと。
やましい事は何もないと歩調で示す。
そして数歩進んだところで足を止め、くるりと振り返った。
「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるのですけど――」
ヴァフティアに着く前に、多少なりとも統制のかかっていない情報が欲しい。
中継都市の駅長を務めているならば、旅人たちが交わしていく噂やそれに類する話も、自然と耳に入ってくることだろう。
さしあたっての情報元としては十分以上だろう。
「――ヴァフティアからの利用者も多いのでしょう?
向こうの様子ですとか情勢など、貴方が聞いた中で特に気になったこと、なにかございませんか?」
【いいから知ってること話せよ】
- 48 :
- 風の結界の向こうから竜があぎとを開くのが見えた。
仲間の安全を確保するために彼らを風でどこかに飛ばそうかとも考えたが、尋常でない竜の広範囲の攻撃は恐らくその試みすらもいとも簡単に吹き飛ばすのだろうと思い至り踏みとどまる。
ならばどうするのか、そう考えた瞬間耳障りの悪い断末魔と鈍い音が聞こえ、列車の連結が切り離されていた。
>「!? 列車が――――ノイファっち達か!!」
ちらりと見えたのは絶対防御を誇るはずのナード=アノニマスが倒れ伏している姿だった。
>「その馬鹿を相手にして、甲冑には傷ひとつ付けず中身にだけ致命傷を負わす……只者じゃあない奴が混じっているね」
全くもってその通りだと、この時ばかりはモトーレンに心の底から同意する。
して、モトーレン達の戦闘理由は無くなり荒野に取り残されるのはフィン、セフィリアそしてスイの三人と相成った。
だが帝都へと帰還するモトーレンの言葉は、この先を悩ませるのには十分だった。
ユウガの放った物体から放出されたものはフィンの黒鎧とスイの突風によって取り払われる。
先に地へ落ちてしまったフィンを追いスイも地面に降り立ちセフィリアの体を地面に横たえた。
そして、モトーレンから受け取った袋は腰帯に括り付けておく。
>「護れた……じゃなくて『偶然助かった』んだよな……くそっ」
無念ともとれるフィンの呟きが聞こえる。
スイも己の手を――マテリアルであるブレスレットを眺めながら歯噛みした。
「(師父、どうしたらいい?力が足りないんだ。フィンさんやセフィリアさんに頼ったままじゃあこの先どうなるかわからない)」
心の中でそっと呼びかける。勿論答えを出すのが自分だとわかっていても頼らずにはいられなかった。
>「うるさい!」
>「うおっ!?」
唐突の怒号と驚愕の声に思わず肩を少し震わせて、ブレスレットから意識をそらし声の方を向くとセフィリアが飛び起きていた。
彼女は少し落ち着いてから周囲を見渡し、そして口開いた。
>「……申し訳ありません」
謝罪の言葉を皮切りに、彼女の口からはきはきとだが狂気すら感じられる言葉が述べられる。
帝都へ向かわせてくれという言葉に、スイは頷いた。
「どちらにせよ俺たちは帝都に帰らなければ事が始まらない。」
涙を浮かべながら請う彼女に対し、スイはそう言葉を告げる。
近くにいたフィンの顔が、僅かに強張っていたことには全く気づいていなかった。
>「当然……ドラゴンのブレスに焼かれようと私のサムエルソンは無敵です」
>「熱っ!」
安心しろとでも言うように、セフィリアが竜のブレスに焼かれて尚損傷らしい損傷を見せないゴーレムに駆け寄る。
止める間もなく彼女は操縦櫃を空けようとして高温に手を反射で引っ込めた。
それを見ていたフィンが厳重に左手をマントで包み見事に操縦櫃をこじ開けた。
>「よっ――――おお、開いた開いた。ちっとばかし硬かったけど、入口は壊れてなかったみてぇだな。
後は……ゴーレムの事はよくわかんねぇけど、冷やすならスイに風を操ってもらえば早く済むんじゃねぇか?」
「ん――あぁ、それなら可能だろう」
彼の言葉にスイは頷きゴーレムに向けて緩く風邪を発生させ、断続的に続くようにそのまま維持させる。
>「俺にはゴーレムが直るのを待って線路伝いに突撃するか、もしくは帝都まで突っ走って侵入するくらいしか思い浮かばねぇ。
正直どっちも微妙だけど、出来ねぇ事は無いと思う……けどなぁ。スイ、何か案は無ぇか?」
「そうだな…、二手に分かれるというのも手だと思う。セフィリアさんはゴーレムで行けるし、俺は風で行ける。フィンさんはどちらかについて行く、という感じになるが…」
【案:二手に分かれたらどうかな?】
- 49 :
- 初心者なのだが参戦してもいいのかな…?
- 50 :
- >>49
>>1に避難所があるからテンプレ埋めるがいいよ
それを投下して参加表明だ
- 51 :
- 「こいつは一体どういうことです?ご説明をお願いしますよ」
カンテラを顔の横でブラブラさせながら、駅長の男は降り立った三人の女に詰め寄った。
機関士はさっさと自分の仕事に戻ってしまったし、部下は何に怯えているのか三歩後ろでだんまりだ。
若い奴はすぐ萎縮する。確かに相手は政府高官だが、この駅に自分が長だ。
全ての裁量は自分を通して行われるし旅人を留めることも追い出すことだって恣意のまま。
言って見れば、この駅という一国一城の主が自分なのだ。何を恐れることやあらん。
それに、よく見れば相手はまだ薹も立っていない若い女ばかり。
自分の娘ぐらいの年頃の少女さえいるではないか。政府からの派遣と言っても、使いっ走り程度に違いない。
掛け値なく言えば、ナメてかかっていた。
駅長はそんな自分の判断を、ほんの数十秒で撤回し、後悔することになる――!
>「列車が損壊した理由ですか。……うーん、聞いても意味ないと思うんですけどね。
先頭の女が、まるで寄ってきた羽虫を払うかのような抑揚で、そう言った。
もちろん駅長からしてみればふざけるなと言いたくなる。抗議の声を荒げようとしたが、しかし!
>「私達に課せられた任務は……ヴァフティアの警護です。ご存知ですよね?ヴァフティア。
>「そのヴァフティアに、帝国が新たな防衛戦力を送り込まなくてはならない……」
「まさか、せんそ――」
言いかけて、駅長は慌てて自分の口に手を当てた。
帝国領の南端に位置する、他国――西方エルトラスを始めとする近隣国家に隣接した結界都市ヴァフティア。
そこには自治権を持つ守備隊が居るはずだ。彼らだけでは戦力が足りないから、補充する。
指し示す事実は一つしかない。――戦争だ。戦争が起きるのだ。
>「もうお分かりでしょう。あなたに出来る事は明日の明朝、私達を差し支えなくこの駅から送り出す事だけです。
つまらない気を回して、果たしようのない責任を負うような真似だけは、しないで下さいよ」
一気に青ざめた駅長は、駅帽を落としかねない勢いで首を縦に振った。
こんなこと、外に漏れれば最重要機密漏洩罪で縛り首は免れない。
帝都の皇下諜報局院に目をつけられでもしたら、理由をつけて家族や友人まで一緒に投獄されかねない。
ことほど左様に、侵略国家における戦時情報に関する扱いは極めて厳しい。国家の存亡に直結するからだ。
(そんな重大な任務に女三人で駆りだされて……この人らは一体何者なんだ!?)
最初の女が去り、娘ぐらいの年齢の少女がふわりとこちらにやってきた。
小動物のような、どこか頼り気のない雰囲気。
上等な衣服に官製外套をあわせているが、いかにも服に着られているって感じだ。
きっと女二人の侍女か付き人といったところだろう。束の間の安心感に、駅長はほっと息をつく。が、
>「大変不躾なお願いですがいくらか用立ててはいただけませんか?予定外の事情がありまして、手元が不如意なもので」
「!?」
いたいけな少女、まさかの金を無心――!!
人を動かすには飴と鞭が必要だが、この集団。鞭、鞭と来て――更に鞭!
- 52 :
- あまりに予想外すぎる要求に駅長の世界が停止する。一秒後には超高速で思考が巡る。
どうする?断るべきか。いやしかし、少女の背後には高官らしき女が控えている。
彼女は笑顔でこちらに右手を差し出しているが、求めているのは握手か現金か。
>「このままでは任務に障りますから……何卒、お願いします。無論一筆残しますので」
駄目押しにもう一声来た。
さっきの女の戦争を仄めかす発言がここでズドンとボディーブローのように効いてくる。
国家の存亡に関わる任務に非協力だったとなれば、親類縁者の枠を超えてこの街全てが投獄されてもおかしくない。
なんで巻き込まれる人数で罪の重さを測るのかは意味不明だけど。
「う、承りました……すぐに手配致します……」
もうなんか路地裏でごろつきにカツアゲ食らってる若者みたいな顔で駅長は援助を約束した。
駅の金庫は帝都の陸運院の許可を得ないと開けないので、ポケットマネーから出すことになるだろう。
そして、これは完全に憶測だが、今日貸した金は絶対に帰ってこない気がする……。
>「すみませんね。列車があんなことになった原因は撃退したのですけど、その際に荷物の殆どが犠牲になりまして」
(だからその列車があんなことになった原因はなんなんだよ……!)
言わないのだから聞けるわけもない。そこも軍事機密というわけだろう。
大型の魔獣だってあそこまで理不尽な破壊は齎さない。ゴーレムや爆撃でも同じだ。
列車が複数量丸々消失と言うのは、それほどまでに異常な事態なのである。
>「ああ、そうだ。申し送れました。私たちは――」
最後尾の女が、外套を引っ張って言った。
>「――帝都王立従士隊"遊撃課"の隊員です」
「遊撃課――!」
駅長は知っている。なにせ今日の朝刊で読んだばかりの記事だ。
帝都で選りすぐりの人材、オールスターを集めた夢の舞台を設立したらしい。
それが『遊撃栄転小隊ピニオン』、正式名称は遊撃二課。
>「もっとも、私たちは一課になりますが。
例の"二課"発足に先駆けたテストモデルだったのですけどね、今じゃあ精々斥候役といったところです」
「ってことは、あんた達も選りすぐりのエリートってわけか……?」
- 53 :
- 遊撃二課の面々は、そりゃあもう知らないものはないってぐらいに知れ渡っている。
何度も紙面を賑わせ、受勲回数だって両手じゃ効かない、正真正銘この国の英雄たちだからだ。
しかし今ここに居る女達を、駅長は知らない。しかし、外套の徽章が他ならぬ遊撃課を証明している。
おそらく今この女が言ったテストモデルというのが正しいのだろう。
お払い箱になったのだ。外道をこじらせて――!
>「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるのですけど――」
用は済んだと言わんばかりに通りすぎようとした最後尾の女が、おもむろに振り返った。
まだ何かあるのかと戦々恐々な駅長は、不必要に気をつけの姿勢で傾注する。
>「――ヴァフティアからの利用者も多いのでしょう?
向こうの様子ですとか情勢など、貴方が聞いた中で特に気になったこと、なにかございませんか?」
なにか――ある。駅長は過剰にビビるのをやめた。
提供できる情報ならある。それが、彼女たちが求めているものなのかはわからない。
「ヴァフティア行きの貨物便が、ここ最近で倍増しましてね。
運搬品目のリストをもらったんですが、水と食料ばかりコンテナ一杯のが何箱も。
こういう品の流れの時と言うのは、たいてい何かしらの催し事があって需要が拡大する時期なんですが、
ヴァフティアで近く祭りをやるという話は聞きませんなあ。ラウル・ラジーノは、ほら、二年前のことがあったし」
ラウル・ラジーノと言うのは、ヴァフティアが祀る聖人に因んだ祭りのことだ。
毎年たくさんの観光客が訪れ夜通し祝う、ヴァフティアを象徴するような祭事なのだが、近年は執り行われていない。
正確には二年前。ラウル・ラジーノの晩に起きた都市規模の集団降魔事件『ヴァフティア事変』の傷跡が未だ残っているからだ。
炊き出しに混入されていた魔導薬を摂取した人間が、外法の儀式『降魔術』によって次々と魔物に姿を変えていった。
事件の首謀者とされているのは、神の力を見誤った神殿騎士の集団『終焉の月』とされているが――
「そう、この二週間ほど、我がミドルゲイジで『終焉の月』らしき黒装束姿を見かけたってタレコミが多数寄せられていましてね。
今もこの街に滞在しているんじゃないかなあ。似た人相の連中が明日のチケットを買っていったって話も聞きます。
もう十日くらい前の話ですが、従士隊に一報入れたら若いお役人さんが一人、血相変えてヴァフティアに飛んで行きましたよ」
その時も特別便だったが、何故か実家にお土産を買うからと言ってミドルゲイジに立ち寄って行った。
急いでいるわりに悠長なことだと思ったが、件の黒装束集団と接触しておこうという心づもりだったのかもしれない。
パンパンになった紙袋を両手に下げてほくほく顔で出立していったので、買いかぶりかもしれないが。
何故か右頬に誰かに殴られたような痣が残っていたし。
「そのお役人さんが黒装束を逮捕してなかったってことは、終焉の月とは関係ない集団だったのかもしれないですなあ」
* * * * * *
- 54 :
- * * * * * *
さて、その黒装束集団であるが、未だミドルゲイジに滞在していた。
もう二週間ほどこの街に居るが、ついに明日の朝一の便で出立する段取りがつき、今はその準備のための買い出しだ。
彼らの服装は闇を切り取ったかのような漆黒。特殊な染め方をしなければ出ないその色は、旅装としてはあまりに特異。
無論のこと、奇異の目を引いていた。そして好奇心の虜となったものの中には、駅長の追求を逃れたマテリアの姿もあった。
彼女がその遺才を発動させたらば、きっと以下のような声が聞こえてくることだろう。
「――聞こえているんだろう?無駄な誤魔化しはやめておけ、貴様は既に俺の射程圏内だ」
黒装束の集団の一人がおもむろにそう呟いた。
十数名の仲間たちは、発言した一人を振り返ったり、無視して前を注視している。
「聞こえているんだろう?俺の心の声が。フフフ……心読める奴がいたらきっと俺の存在にビビるだろうな」
「どうしたの、一体」
「相手の心を読む能力者に牽制をかけているんだ」
「……敵?この近くにいるの?」
「いや、そんな奴がいるのかはしらんが、こういうのは普段からの心構えが大事だからな」
「声に出しちゃったら意味ないと思う……」
その時、不意に集団の先頭を行く小柄な影が膝を折った。
フード越しに頭を抱え、絞りだすように声を上げる。
「くっ、"眼"が……!」
突然の悲鳴に、遠巻きに様子を見ていた通行人の一人が大丈夫かと声をかける。
肩を貸してもらって、小柄な影が立ち上がる。
「疼くんです……眼が、我が神祖の魔族『極北の炎』から生まれ落ちし魔眼"黎明眼"が、魔力に呼応して……ッ!
離れて……死にたくなければわたしから離れてください……っ!」
丸い眼鏡の向こうの双眸を、掌で覆い隠して呻く黒装束。通行人は「お、おう……」と言って手を離した。
途端に黒装束の仲間たちが駆け寄り、小柄な影を取り囲む。
「議長!」「議長大丈夫か?」「さあこの聖水をゆっくりと点眼するんだ」「魔力の解放を抑えろ!」
「まずいな、ここは人目を引きすぎる」「"ヤツら"に俺達の存在が露見してはいけない」「馬鹿な、抑制が解けるのが早すぎる」
「それだけヴァフティアに近づいているということだろう」「――それが世界の選択か」
通行人達は、みなあんぐりと開口して一連の流れを見ていたが、やがて肩をすくめて誰彼ともなく去っていく。
ときおり、顔を真っ赤にしたり胸を押さえて痛がったり何かを振り切るようにあああと声を挙げたりする者もいた。
議長と呼ばれた黒装束の、フードが風に煽られてめくれあがった。
夕闇の中でも尚際立つ、烏色の髪。それを三つ編みに結った、ファミアより少し上ぐらいの少女であった。
「っく……魔眼を持たぬものにはわからないでしょう……」
掌の下から周囲に視線を送る眼は、非難の色に満ちていた。
そして、彼女の双眸はもうひとつ、特筆すべき色を持っていた。
燃えるような、赤。
――魔族の眼の色だ。
* * * * * *
- 55 :
- * * * * * *
【翌日:『結界都市ヴァフティア』・入門管理局】
結局特別便の再手配は叶わず、遊撃課の面々は独自の判断で明け方の普通便に同乗することとなった。
駅長が泣きそうになりながらファミアに手渡した封筒の中には、三人が一晩不自由なく滞在できる程度の額が収められていた。
ポケットマネーではこれが限界です、と駅長は絞りだすように言った。
厄介払いができる代償と思えばこの程度、はした金だと自分を強引に納得させているようでもあった。
さて、ミドルゲイジからヴァフティアは存外に近い。
ヴァフティアから見て最初の中継都市がミドルゲイジなのだ。
本当はヴァフティアには鉄道の駅などなく、馬車で少し行ったところに『メトロサウス』という終着駅があるのだが、
鉄道的に言えば、ミドルゲイジは限りなくヴァフティアに近い立地に存在した。
メトロサウスから馬車を乗継ぎ再び夕暮れにならんかと言うところで、一行はヴァフティアに到着した。
ヴァフティアも主要都市である以上は城塞があり、また隣国との折衝地点のため入門審査がある。
と言ってもタニングラードのように厳正な基準があるわけではなく――
「あ、遊撃一課の方々ですね。帝都と中継都市から連絡は受けています。こちらへどうぞ」
一般客は簡単な金属探知を受ける程度であり、政府の特命を受けている官職に至ってはフリーパスであった。
ヴァフティアは貿易都市であってもれっきとした帝国領土だ。
従士隊の守護こそ置いていないものの、その主権と防衛責任は帝国が保障するものであり、公務の際には便宜が図られる。
そこが第三都市ことタニングラードとの、大きな相違点であった。
同盟国であるトラバキアと隣接する第三都市と違い、結界都市は西方国家群が直ぐ傍にあるため、放任できないのである。
さて、遊撃課の面々が降り立った土地についてもう少し紹介しておこう。
結界都市ヴァフティア。
別名魔術都市と呼ばれる通り、古くから他国との文化の交差点として様々な様式を国内に輸入してきた。
この世界において文化の礎を築くのは魔法――特に生活に強く根付いた魔術だ。
ヴァフティアには、他国の魔術をいち早く取り入れ、洗練して帝都に上奏する毒見係のような役目があった。
同様に、人の行き来も旺盛であり、ヴァフティア出身者の実に8割は、何らかの形で他国の血を受け継いでいる。
純粋な帝国人など数えるほどしかいないし、そういう連中は早々に帝都に移住していくのだ。
ヴァフティアは、貴族のいない街でもあった。
街は中央を交差する巨大な十字路に、路地が無数に枝分かれしていく形で成り立っている。
中心部には巨大な噴水広場があり、この土地の土着神である太陽神ルグスを奉じる神殿がある。
広場から北が民家や商店の多い『揺り籠通り』、南が露天や繁華街のある『カフェイン通り』。
西へ行けばヴァフティアの叡智を集約した大図書館があり、東に行けば街の玄関口こと入門管理局があるという寸法だ。
入門管理局を抜けた遊撃課であったが、そろそろ日も暮れる。
今日のところは宿をとって、明日からの金策を考えるべきだろう。
しかし――そんな思考を断ち切るように、少女の悲鳴が路地裏より響いた!
- 56 :
- 「っきゃあ!なんなんですか貴方たち!
仲間とはぐれて一人になって心細く放蕩していたわたしをいきなり複数人で包囲して!」
酸欠になりそうな長台詞を叫ぶテンションで器用に喋るのは、黒のローブを羽織った一人の少女だ。
そして彼女を取り囲む三人の男たち。いかにもごろつきと言った見てくれの、人相の悪い連中だ。
「ぐへへ、そうつれなくするなよお嬢ちゃん。観光客だろ、俺達が案内してやるからよォー」
「ウヒャヒャヒャア!ヴァフティアに来たら一度は見ておきたい観光名所をくまなく教えてやるよ!」
「そして美味いもん食って買い物してェー、名産品のお土産を持たせて見送ってやるぜ、ゲラゲラゲラ!」
三人は下卑た笑みを浮かべながら、少女を路地裏のコーナーに追い詰める!
少女は怯え、しかし気丈に対応した!
「無礼です! この下賤な人間共めが! その肉引き裂いてハラワタすすりますよっ!?」
しかし三人のごろつきは、威嚇をものともしない風で笑った。
「おいおいこんなお嬢ちゃんにハラワタ食われちゃうんだってよ、俺ら!」
「ゲラゲラゲラ!雑食性の人間の内臓なんか臭くて食えたもんじゃねえのにな!」
「そもそも、内臓食うってことは俺っちのウンコちゃんも食うってことだけどおー?ウヒャヒャハア!」
「くう……だ、だったらちゃんと3日ぐらい綺麗な水の中で飼って糞出ししてから食べますっ!」
少女は劣勢だ!
そしてマテリアならば見覚えがあるだろう。
いまごろつき達に絡まれている少女は、ミドルゲイジで話題になっていた黒装束の集団の一員だ。
十数人の仲間こそ今はいないが、確かに、あの時『議長』と呼ばれていた赤い眼をした少女だった。
【ヴァフティアに無事到着】
【駅長からの話:ここ最近ヴァフティアに、祭りでもないのに水や食料がやたら集まっているらしい。
そしてヴァフティア行きの民衆の中には、『終焉の月』に似た黒装束の集団がいたらしい。
その話を十日ぐらい前従士隊に通報したら、若い役人が血相変えてヴァフティアに向かったらしい】
【ヴァフティアにて黒装束の一員と思しき少女を発見。ごろつきに絡まれている】
- 57 :
- 【→フィン・セフィリア・スイ】
【帝都エストアリア:郊外・100番ハードル外側】
日が暮れて、夜が明けて、もう一度日が高く登った頃。
フィンとセフィリア、そして別ルートを辿ったスイの三名が帝都の近くまで辿り着いた。
魔獣が出るために日中しか往来できない荒野であるが、あくまでそれは常人の理屈だ。
敵のいない高度を飛行し続けられるスイ、そしてそもそも不整地踏破に長けたチューニングのサムエルソン。
彼らの能力を大いに活用し、休まず進軍を続ければ、今この時間に帝都に辿り着くことは十分可能だ。
帝都エストアリアは、その広大な敷地面積のために、外縁を城壁で囲うことができない。
あまりに広すぎるから、全方位をカバーできるほどの城壁を築こうとすれば、帝国中の石材を集めたって足りないのだ。
外側のハードルはほとんどが農地であり、都市機能が集まっているのは総面積の3分の1に過ぎない、というのも大きな理由である。
では、農地ばかりの外縁は外敵に対してノーガードで良いかと言えば、そうではない。
帝都には、敷地内のどこからでもどこへだって繋がる転移術式網、『SPIN』があるからだ。
SPINを使えば、例えば帝都の一番外側の100番ハードルから、中心の1番ハードルにさえ殆ど一瞬で移動できる。
悪意ある外来者が、帝都の敷地内にほんの少しでも攻め入ることができたら、その時点で国家的な危機に直結するのだ。
だが、城壁の及ばない範囲をSPINのサービスから切り離せば、今度はSPINに依存した産業が壊滅的な打撃を受ける。
SPINを用いずに行き来するには、この帝都はあまりにも広すぎるのだった。
帝都はどんなに外縁の土地でも、必ず外界からの侵入を防ぐ必要がある。
そして、そうできるだけの、技術がある。
ハードル――帝都を年輪のように形成する幾条もの円環に、帝都が誇る魔術師達が何代にも渡って施してきた術式。
正式なゲート以外から侵入を試みようとすれば、ハードルの境界線上において迎撃術式が発動。
瞬間的に高さ50メートルもの強固な結界障壁が形成され、領線を跨いだ者を確実に破壊――!!
足元から盛り上がるように現出するために、線を跨ぐ最中で真っ二つにされる『逆ギロチン』だ。
帝都近郊に棲息する魔獣種は長い時間で学習したためにもう近寄りもしないが、
たまに空を飛べる有翼種が気付かずに境界線を超えて、胴から真っ二つに切断されて落ちてくることがある。
そう、この結界は飛行をできる者に対しても有効なのだ――!
帝都に戻ってきた遊撃課の三人は、帝都に住む者の常識としてこの結界のことを知っている。
故に、ゲートを通る以外に帝都へ入る術がないことも、よくわかっているはずだ。
だが、ゲートへ行って手続きをしようにも、モトーレンの言葉通り、入門管理局の人間の対応は冷ややかなものだろう。
何を言っても『あなた方には入門の許可をされていない』の一点張り。
彼らが遊撃課に向ける眼は、追放処分を受けた流刑人に対するそれと同じだった。
【帝都組:案の定入門管理局では門前払い。正規の手段での帝都入りは不可能】
【現在公開できる情報
◆入門管理局では市民証のチェックを受ける。遊撃課のメンバーは名指しで追放処分扱い
◆隊商の貨物に潜り込むなど、入門管理局の眼を誤魔化すことは有効だが、よほど巧妙にやらないと見抜かれる
◆帝都の外縁には城壁はないが、切れ目なく広がるハードルの境界線には特殊な結界魔術が施されている
◆正規の手段以外で境界線を跨いだ瞬間、地面から結界障壁が凄まじい速度でせり上がってきて侵入者を真っ二つに
◆この壁は一瞬で50メートル近くにまで達するため、飛行手段を持つ者に対しても有効
◆壁には力場だが厚みがあるため、超高速でくぐり抜けようとしても捉えられる
◆従士隊所属の騎竜は通行可能→障壁結界をスルーできる手段がある?】
- 58 :
- >「――聞こえているんだろう?無駄な誤魔化しはやめておけ、貴様は既に俺の射程圏内だ」
遺才を発動するや否や、マテリアは息を呑んだ。
表情が強張り、心臓が暴れ出す。
(気付かれた――!?)
マテリアの超聴覚は、大別すると二つの術式によって行われている。
一つは聴覚のみを対象とした身体強化。
もう一つは微細な魔力線や粒子を散布し、音を共振、伝播させる集音術式。
対象を絞り、また現象や物質を生み出さない為、使用する魔力は最小限に抑えられている。
例え戦闘用ゴーレムに搭載する精査術式でも、感知出来ないほどにだ。
どうする、どうすればいい――思考が空回りする。
そもそも相手は何者なのか――先んじてこの街にも監視が送り込まれていた?
いや、本来ここに停車する予定はなかった筈――ならば一体何者?
すぐに仕掛けてこないという事は、今回の件とは無関係なのだろうか。
それとも自分を餌にノイファとファミアを誘い出すつもり――
>「聞こえているんだろう?俺の心の声が。フフフ……心読める奴がいたらきっと俺の存在にビビるだろうな」
>「どうしたの、一体」
>「相手の心を読む能力者に牽制をかけているんだ」
>「……敵?この近くにいるの?」
>「いや、そんな奴がいるのかはしらんが、こういうのは普段からの心構えが大事だからな」
>「声に出しちゃったら意味ないと思う……」
(……え、ちょっと待って、やだこれすごく恥ずかしい)
ものすごく顔が熱い。
なまじ誰にも悟られていないせいで、羞恥が自分の中に留まって、発散出来ない。
複雑な表情を浮かべながら、マテリアは顔を両手で覆った。
- 59 :
- (とりあえず……アレは『そういう』人達だった、と……)
>「くっ、"眼"が……!」
少女が一人、唐突に膝を突いた。
周囲の通行人が何事かと視線を集めているが、マテリアはもう、彼女達が何者かを知っている。
知っているつもりでいる。
その為むしろ、あまり直視しないように目を逸らし気味だった。
通行人達もやがて同じように、苦い表情を残して立ち去っていった。
>「それだけヴァフティアに近づいているということだろう」
けれどもふと、黒装束の一人が発したその言葉に、マテリアは振り返る。
本当に何気なくだ。自分達がこれから向かう都市の名が聞こえて、彼女は振り返った。
>「っく……魔眼を持たぬものにはわからないでしょう……」
横合いから見えた少女の顔――指の隙間から覗く色濃い怨嗟。
それを湛える瞳には――凍えるほどに鮮烈な赤が炎のように揺れていた。
(見間違い……?違う……今のは……)
マテリアは暫し、呆然としていた。
そうしている内に、ノイファとファミアが駅舎から出てきていた。
無事に駅長の説得は終わったのだろう。
彼女達と合流した後で――マテリアはふと、先ほどの少女がいた場所を振り返った。
あの時自分は、あの子の後を追うべきだったんじゃないのか。
何か明確な理由がある訳ではない――だけど何か、何でもいいから彼女に声をかけてあげなきゃいけなかったんじゃないか。
後ろ髪を引かれるような思いが、胸の奥でわだかまっていた。
- 60 :
- 夜――マテリアはまた夢を見た。
列車の中で見た夢の続き――母の後を追う夢だ。
自分が眠るのを待ってから、密かに家を出て行く母。
それが何故なのかを知りたくて、マテリアは何度も母の後を追った。
けれどもいつも、最後には母を見失ってしまって、一人で家に帰っていた。
だが――この夢は少し違った。
母の背中が段々と近づいている。気のせいじゃない。
気持ちが弾む。石畳を蹴って母の背に駆け寄った。
あと一歩で届く。手を伸ばす。
――指先が届くその直前に、母の姿が消えた。
そして目が覚める。
汗で下着やシーツが肌に張り付いて気持ち悪い。
胸が苦しい。深く息を吐いた。
窓の外へ視線を遣る。空はまだ深い夜色のみが支配していた。
「……っ」
母を掴み損ねた右手を見る。
あと少し、あと少しで母の背中に触れられた。
しかし――
「こんな夢……なんで、今になって……」
マテリアはずっと母の死を引きずって生きてきた。
亡骸も見られず、葬儀もなしに、言伝だけで母の死を伝えられ、
その実感を得られないまま、母の背を追い続けてきた。
軍に入ったのも、弱い誰かを助ける事で、自分が人を助けられるのは
何よりもまず自分が幸せだからなのだと、そう思い込んでいたいが為だった。
それだけが人生の目的であり、拠り所だった。
だが今は違う。
今回の件に決着がついたら、またウィット・メリケインに会いに行きたい。
彼との約束を守って、守らせて、それから次の約束をしたい。
遊撃課の皆も、いつかはもっと上手に守れるようになりたい。
今はまだ――変態に泣かされて、自分よりずっと歳下の少女に抱かれて慰められるような自分でも。
自分には、新しい拠り所がある。
でも――だったらもう、母の事は吹っ切れてしまってもいいんだろうか。
そんな訳がない。
新しく大切な人が出来たからって、今まで大切だった人が、大切じゃなくなる訳じゃない。
今でもまだ、母が何者で、どうやって死んでいったのか、知りたい。
今回の遊撃課を取り巻く陰謀には、タニングラードの時と同じく元老院が関わっているだろう。
ならばこの企みを手繰っていけば、逆に政府の上層部に手を伸ばせる。
上手くいけば――母が所属していただろう、皇帝直属の組織について、情報が掴めるかもしれない。
(だけど……私には、そんな事出来ない。出来っこない。ただでさえ力不足の私が、母さんの事を気にしながら戦っていくなんて……)
だから、選ばなくてはいけない。
母の為に戦うのか、遊撃課の為に戦うのか。
けれども今のマテリアには、そのどちらが正しいのか――選ぶ事が正しいのかすら、分からなかった。
- 61 :
- 翌日――駅に着くや否や、駅長が半泣きになりながら封筒を差し出してきた。
中には結構な額が納められている。
「……昨日あれから、何したんですか?アルフートさん」
呆れ顔でマテリアが尋ねる。
ごく自然にファミアに問いかけている辺り、彼女にも少しずつ、遊撃課の仕組みが分かってきているようだ。
それから列車に揺られ馬車に揺られ、およそ半日。
遊撃課一行はヴァフティアに到着した。
入門管理局を抜けて、街並みを見上げる。
建ち並ぶ建物――どれも流麗で、複雑精緻な模様が刻まれいてる。
噴水広場――舞い散る水飛沫が夕日を浴びて、空に光の粒子を散りばめていた。
その奥にそびえる大図書館――八階建ての本館の両脇に、『閲覧専用』の棟が併設されている。
元々あった本館の閲覧室さえもが本棚で埋め尽くされた結果――魔窟めいた、故に心を惹かれる建造物。
建物に浮かぶ紋様は微かに光を帯びていて、時折小さく波打つように揺れていた。
何故か――ヴァフティアの建築物に施された造形は、その殆どが『術式』なのだ。
限りなく効率的に、機能的に設計された無機質な建物に、魔術によって装飾を施す――ヴァフティアン・バロックと呼ばれる建築法だ。
術式とは魔力に指向性を与える為の回路だ。
故に本来は出来る限り簡潔に記すのが好ましい――筈なのだが、
ヴァフティアン・バロックはその真逆を行く。
『耐摩』や『強靭化』などの魔術を、術式としての完成度は保ったまま、装飾としての美しさ、華やかさを突き詰める。
挙句の果てには平面的な建物を彩るべく、立体的な錯覚を招く紋様さえ編み出す始末。
帝国内でも随一の魔術水準を誇るヴァフティアにしか出来ない芸当だった。
「わぁ……」
専門的な魔術師でないマテリアは精々「なんか凄い」くらいの認識しか出来ない為、呑気に感嘆の声を零している。
が、ヴァフティアに訪れた魔術師は皆、呆然として、開口一番にこう言うのだ。
「頭おかしいんじゃねーの」と。
>「っきゃあ!なんなんですか貴方たち!
仲間とはぐれて一人になって心細く放蕩していたわたしをいきなり複数人で包囲して!」
と、不意に悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのある声――マテリアが咄嗟に走り出す。
路地裏に駆けつけると、三人の男が一人の少女を袋小路に追い込んでいた。
- 62 :
- (やっぱりあの時の――)
男達の隙間越しに見える黒い外套。
中継都市で声をかけてあげられなかった後悔が鎌首をもたげる。
助けなきゃ――心の声に促されてマテリアは一歩前へ踏み出し、
>「ぐへへ、そうつれなくするなよお嬢ちゃん。観光客だろ、俺達が案内してやるからよォー」
「ウヒャヒャヒャア!ヴァフティアに来たら一度は見ておきたい観光名所をくまなく教えてやるよ!」
「そして美味いもん食って買い物してェー、名産品のお土産を持たせて見送ってやるぜ、ゲラゲラゲラ!」
「えぇー……」
思わずそこで、ぴたりと固まった。
>「無礼です! この下賤な人間共めが! その肉引き裂いてハラワタすすりますよっ!?」
>「おいおいこんなお嬢ちゃんにハラワタ食われちゃうんだってよ、俺ら!」
「ゲラゲラゲラ!雑食性の人間の内臓なんか臭くて食えたもんじゃねえのにな!」
「そもそも、内臓食うってことは俺っちのウンコちゃんも食うってことだけどおー?ウヒャヒャハア!」
(――分からない!私分からない!彼らがただのゴロツキなのか、観光ガイドなのか、それとも観光客相手の漫才師なのか!)
マテリアは頭を抱えて暫し狼狽え――しかしもう一度少女を見た。
あの男達が何者なのかは置いておいて、少なくとも少女は大の男三人に囲まれ、萎縮している。
それだけは確かな事で――マテリアが動く理由としては十分だった。
「待ちなさい!その子、怖がってるじゃないですか!
……それに、その、強引な客引きはリピーターの減少に繋がるからあまり良くないですよ!」
深く息を吸い、叫んだ。
相手の素性がいまいち分からない為、中途半端に強気な物言いになってしまったが。
さておき男達に人差し指を突きつけて、マテリアは更に続ける。
「とにかく、今すぐその子から離れなさい。さもないと――」
左手を口元へ。右手を戻し、左手に重ねる。
もう一度、深呼吸。
「ぶち殺しますよ、社会的に」
自在音声を発動、少女の声を再現――そして声を張り上げる。
「助けてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
【少女の声を使って人を呼ぶ】
- 63 :
- 「どうしたものでしょうか……」
なにもない草原に向けて喋りかけている
はたから見ればそうかもしれませんが、実は違います
今私は帝都が誇る結界障壁の前に立ているのです
正しく言うと目の前にはなにもありません
ただいまこの位置よりほんの半メートルでも進めば私はこの世とお別れをしてしまうでしょう
いまさら結界障壁について説明するまでもございません
帝都に、いえ、帝国に住むものなら誰でも知っている常識なのですから
なんとかならないことはないと思います
これでも貴族なのでこの手の抜け道は数多くあるので、問題はありません
……いま使えるかはわかりません
う〜ん、一番の問題は私のサムちゃんです
さすがに堅牢な防御力を誇るサムちゃんでも結界を通り抜けることはできません
実験しなくてもわかります
帝都の結界はゴーレムを破壊できるかが基準なのですから
「いっその事今回の目玉、大口径魔力砲で結界を攻撃してみるのも……」
完全に取り返しのつかないことになるのは明白です
さすがにやめておきましょう
無茶なプランAは置いておいてプランBにいたしましょうか
ご安心下さい、ちゃんとプランBはありますよ
といっても無茶が無謀になっただけですが……
「フィンとスイさんは申し訳ありませんが各自でどうにかしていただけないでしょうか?
スイさんの能力ならお二人なら帝都の結界を突破できるかもしれませんが
さすがに私のサムちゃんは無理でしょう……」
サムちゃんの操縦櫃の中に体をうずめ、一息つきます
- 64 :
- 「ですので私はこの結界を登りましょう!」
サムエルソンの金属の足が地面を蹴ります
ミスリル銀でコーティングされたそれは抜群の魔術伝導を誇ります
基本軍事用ゴーレムの脚部には反発術式が設定されていてその巨大な質量で跳躍した場合の負荷を
大幅に軽減する働きがあります
それを応用して、巨大な質量であるゴーレムで三次元戦闘を行うことができる人間がいます
それが出来ればたいていは凄腕と評されます
無論、私はできます
事実、クローディアさんとの戦いで私が見せています
今回はそれの応用です
結界と反発術式が触れる一瞬のタイミングで蹴れば登れるはずです
昔、挑戦したことがあるので可能であるはずです
しかし……昔は失敗しましたがいまの私にできるのでしょうか……
いえ、成功しなければ先に進めない
選択肢は他にありません
やらねばならぬのです!
術式が境界線を超えるその瞬間!
蹴る!
ゴーレムがぐんと加速し更に上へと飛ぶ
「まだまだ!!」
蹴る!蹴る!蹴る!
順調にいく……このまま私は無事に到達することができるのか?
まだまだ油断出来ません
もし、このまま登りきれば下りは同じ要領で下るのみ
- 65 :
- ファミアのお願いを駅長は快く引き受けてくれました。
これぞ赤心を推して人の腹中に置いた結果というものです。
――と、ひとまずはそういうことにしておきましょう。
誰だって極力、綺麗な世界が見たいのですから。
(うむー、やっぱり言葉足らず過ぎたかなあ?でもうかつなことを喋ってしまっては……)
何も言わないことで、先方に勝手に事態を想像させるという目論見は完全に成功したと言えます。
成功しすぎて色々と余計な推察をさせてしまっていますが、この際それは些事でしょう。
>「ああ、そうだ。申し送れました。私たちは――――帝都王立従士隊"遊撃課"の隊員です」
ノイファもまた、見てわかるだけの事実を告げることで相手の心象を操作していました。
帝国内のほぼすべての人間にとって、その単語の持つ意味はファミア達一課のそれとはだいぶ異なっています。
世間の風に吹き寄せられたのではなく、民衆の期待に支えられて立つ本物の英雄。
それが今、遊撃課という名前から人が受ける印象と言えます。
協力することで後に余録が得られるかもしれない、そう思わせるにはなんとか足りるでしょう。
>「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるのですけど――」
さしあたりの用事が済んだところで発着場を後にしようとしたファミアの背に、ノイファの声、そして踵を鳴らす音が届きました。
ヴァフティア方面での動きに関しての情報提供を請うノイファに対し、駅長は不必要にいい姿勢でそれに答えてゆきます。
曰く、ヴァフティアへ流れこむ糧食の増加。
曰く、終焉の月らしき集団の目撃。
前者はともかく、後者に関しては中々聞き捨てならないものがあります。
終焉の月に関しては少なくともファミアも耳では知っているのです。
もちろんそれは、公式に発表された範囲のものでしかありませんが。
(あの事変の首謀者が、その舞台への"廊下"で目撃される……というのはなんとも不用心すぎるのでは)
事実、駅長の話によれば大規模に官憲が動いた形跡はなく、そうであるならばやはり無関係かとは思われます。
しかしながら――
(そんなあからさまに怪しい集団が何故か我々と機を合わせて南へ……これは偶然と言い切れるかな)
まあ、世の中には単にそういう服装の趣味の人もいるでしょうし、
同好の士と観光旅行などという話だってありえないとは断じがたく。
大地の囁きを聞いたなどと自称する者はとりあえず実在するのです。
――後刻。
更に恩を売っておこうとしたか、それとも動向を掴んでおいたほうが安心できたのか。
理由は定かではありませんが、とにかく駅長が取り急ぎ手配してくれた宿にて一泊。
そして翌朝。
- 66 :
- 破損した車両の修理は間に合わず、代替の手配もかなわなかったため、朝一番の鈍行にて出立することになりました。
(高速で走るのに各駅に停まるだけで"鈍行"という名称になってしまうのも理不尽な話だなあ)
などとよくわからない同情じみた感情を抱くファミアの前に、それ以上の理不尽さを噛み締めているような駅長がやって来ます。
>「……昨日あれから、何したんですか?アルフートさん」
駅長、差し出された封筒、ファミアと視線を移したマテリアが問いかけます。
「任務への協力を要請しただけ、なん、ですが……」
まさかここまで強いリアクションが飛び出してくるとは思わなかったファミアも、思わず言葉を濁してしまいます。
「えー、と。ご協力大変感謝いたします。つきましてはこちら借用書です。
私の署名はしてありますので、内容に不備がなければ金額の記入と駅長さんのご署名を」
なんとかそう言いながら、昨夜のうちに書き上げた借用証書を取り出しました。
二通あるのはそれぞれ債権者控えと債務者控えです。
駅長は文面をひと通り目で追うと黙って署名をして、片方を返して来ました。
「あの……よろしいんですか?」
そうたずねるファミアに、駅長は黙って頷きながら、敬礼を一つ。
おそらくは"とっとと行っちまえ"という意思表示なのでしょう。
発車ベルも鳴ったことですし、その通りにするに如くはありません。
(たぶん溜まった涙であまり見えてなかったんだろうなあ)
と考えながら車中で借用書を読み返すファミア。
それもそのはず、記載されている利息は年一パーセント。
帝国貸金業法に規定された上限金利のおよそ二十分の一なのでした。
まず最初に無理そうな条件を突きつけておいて、そこから要求を下げてゆく。
非常にポピュラーな交渉手順の一つですが、それに則ってみようとしたところであっさりと話がまとまりファミアは拍子抜け。
向こうにしてみればどうせ返ってこないお金と思っているのだから、そりゃあ利息がいくらでも構うものではないのですけれど。
滞り無く車上の人となった一行は、これまた滞りとは無縁の道中を経て、ようやくヴァフティアへ到着しました。
そしてタニングラードとはうってかわって右から左の入門審査。
入るのはすんなりだけれど出るのは難しそうだなと、ちょっと肩を落としながら門を抜けたファミアの目には――
- 67 :
- 「わっ」
ヴァフティアの誇る建築群が映っていました。
建物自体はとてもシンプルな箱や筒の組み合わせで、いっそ牢獄か何かにすら見えました。
ただし、外壁に刻まれた装飾がなければ、の話です。
建物の壁面を彩る線はすべて術式の記述の一部であるようで、あるいは書かれ、あるいは掘られているそれは
かすかな明滅を拍動のごとく繰り返しています。
「わっ、わっ、これって夜でも光ってるんでしょうか!?」
帝都ともまた違う華やかさにちょっと舞い上がってしまっているファミアでしたが、
すべきことを思い出して落ち着きを取り戻しました。
「申し訳ないのですが実家の方に念報を入れて来ますので、少し待っていてください」
マテリアとノイファにそう言い残してファミアは入門管理へ引き返します。
外部からの出入りを監督する部署は、当たり前ですが同時に内外への連絡手段も備えているものです。
「えーと、フタゴのハハキトクっと」
あまり縁起の良くない語呂合わせで覚えていた、実家の区分番号を声に出して用紙に書きつけていると、
>「助けてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
まったく聞き覚えのない少女の叫びが風を裂いてファミアの耳に飛び込んできました。
ファミアはそれを聞くや瞬時に判断を下し、そして行動に移ります。
声を雄々しく無視して一切の遅滞なくペンを走らせ、念報の文面を完成させたのです。
そして流れるような動作で係員にそれを提出し、折り目正しく料金を払いました。
知らない人のトラブルに首を突っ込むものではありませんね。
ちなみに字数に拠って料金が決まる仕組みになっているので、あまり長々と事情を説明出来ません。
文章量を絞りに絞って送った文面は、以下のようなものでした。
事故に巻き込まれてお金が必要になってしまいましたので
指定の金額を下記の口座へ振り込んでください
お金、届くといいですね。
それはともかくとして用事を済ませたファミアは改めて門をくぐり、街へと入ります。
「お待たせし――あれ?お二人はどちらに……」
まさかさっきの叫び声がマテリアのものだとは気づいていないファミアは首を巡らせて仲間を探しました。
【もしもし、私だけど】
- 68 :
- test
- 69 :
- 結局――――フィン=ハンプティは、セフィリアの駆るゴーレムに便乗しての移動を選んだ。
スイに頼み込んでの移動では、自身の魔術耐性によって負荷を与えてしまう
また『フローレス』を駆使しての人外の膂力を用いての移動では、自身の体にかかる負担が大きすぎる
その点、ゴーレムの外部に取り付いての移動であれば、それらの問題を一挙に解決できるが故の選択であった。
……最も、一番の理由はセフィリアという少女の内面にたいして漠然とした不安であったのだが。
>「どうしたものでしょうか……」
「『結界障壁』 考えてみたら、こいつがあったんだよな……」
曲芸の如き神技で荒野を踏破したセフィリアのゴーレム。
持ち前の異常なバランス感覚によりその背に取り付き、帝都の門前までたどり着く事に成功したフィンであったが、
そんな馬鹿げた成果を残した彼は今、眼前に在るそれを認識して左腕で頭を掻く事しか出来ないでいた。
フィンが見つめる先にあるのは、一見ただの農耕地。
……だが、そこはまぎれもなく帝都とそれ以外の分ける境界線である。
そうであるが故に今、彼らの眼前には確かに見えざるそれが『在った』
『結界障壁』
帝都エストアリアを知る者であれば誰もが知っている、帝都を取り囲む不可視の防壁
外敵から、害悪から、帝都を脅かさんとする力から、国の中枢を護る為の排敵機構
魔術師たちが何代にも渡り組み上げてきた業とでもいうべき防衛線
あらゆる外敵を想定してあるであろうそれは、いかな奇策も鬼謀も秘策でさえも覆しそうな堅牢さを纏っていた。
規模こそ違えど防御という一点に特化しているフィンの眼はその堅牢さをただしく捕え、それ故に頭を悩ませる
(魔術結界……もしサフロールがこの場にいてくれたら、どうにか出来たんだろうな)
思い出すのは、魔術と領域を司る天才であるサフロール・オブテイン。
仮に彼がこの場にいれば、この結界を抜ける手段を生み出してくれたのだろう
(けど、もうサフロールはいねぇ。どこにもいなくなった……だから、この手で切り開かねぇと)
一度目を閉じ、未だ心に焼きつく失った仲間の背中を思い出しながら、再度目を開く。
……と、そうしてフィンが覚悟を決めたその時
>「ですので私はこの結界を登りましょう!」
「……は?」
間近で何か大きな物が跳躍する気配がし、地面に大きな影が射した。
驚愕と共にフィンが空を見上げれば――――ゴーレムが、跳んで……否。飛んでいた。
どういった技巧を用いているのかは判らないが、恐らく超高等な技巧に違いない
セフィリアの登場するゴーレム『サムエルソン』は、結界を足場として垂直に上昇していく
「ばっ……!?おま、何してんだセフィリア!?」
……セフィリアの行為は、結界を超えるという事だけを目的とするならば、確かに間違ってはいまい。
瞬時に展開する壁を足場として利用するなど、通常はありえない。
であるが故に。凡人には不可能で、天才のみに可能な所業であるが故に――――結界の防衛機能の穴を突けるのかもしれない。
「――――ゴーレムみてぇにでけぇ物が透明な結界を登れば、下手すりゃ一発で見つかっちまうぞ!!」
だがそれは……リスクが、高い。
ゴーレム程の物体が虚空を登っていく姿は、目撃されれば間違いなく異常事態として扱われる事だろう
勿論、運良く見つからない可能性も十二分にある。だが、安全とは言い難いのには変わりない
焦って声を出したフィンだが、その忠告はもう遅い。セフィリアは既に動き出してしまっているのだから。
- 70 :
- 「……だーっ!くそ!!これじゃあ列車の焼き直しじゃねぇか!!」
遠ざかっていくゴーレムの背に見るのは、先の列車で守れなかったセフィリアが車外に放り出された光景
その時の無力感と、かつて暗い穴の底に置き去りにしてしまった仲間の姿がフィンの中で重なり
……一歩を、踏み出させた。
「仕方ねぇ……スイ、悪ぃけど俺は先に行く。
お前なら手段は色々あるだろうから、何とかして追いかけてきてくれ!」
そして息を吸う。覚悟を決める様に
「こうなりゃ自棄だ……無理矢理押し通るぜ、結界!
お前の守ってる帝国(モノ)より、俺には護りたい友達(モノ)があるんでな!」
叫ぶフィンの右腕に顕現するのは、黒鎧。魔族へと変質した肉。
彼はその腕を――――更に一歩先の地面へと叩きつけた。
……フィンのその行為に、当然結界は反応する事だろう。
常であれば、そうして入ってきた者は瞬く間に両断される事と成る。だが
「は――――アネクドートの刃に比べりゃ鈍で、レクストさんの剣に比べりゃ、鈍足だ……っ!!」
フィン=ハンプティは、防御の遺才を持つ『天才』だ。
こと力を逸らす、受け流す事に関しては、あのナードをすら上回る。
更にそこに、黒鎧という高硬度にして気の塊である守りの道具が加われば
超高速で地より襲い掛かる結界。その鋭利な結界を堅牢な右腕により一瞬受け止め、
即座にその力を受け流し、自身の体を吹き飛ばす推進力へと変え、
慣性に従い上空へと押し上げられ切る前に、結界の効果範囲の内側へ自分自身を吹き飛ばす。
結界を通り抜けるのではなく、一度発動させた上で受け流す
それくらいの事はやってやれない事は無い。
勿論、こんな即興での力技。どこかに無理が出ない事はないだろう。だが
「俺は、決めたんだよ――――もう、友達を一人で危険な場所に置いていかないってなああああ!!!!!!」
それでも、彼は突き進む。帝都の規範を自身の信念で、阻む。
- 71 :
- ある場所。
帝都に向かって、一人の子供が歩いていた。
「ハァ・・・ハァ・・・クソ・・!」
見るからに疲れた顔色をしつつも、子供は歩き続ける。
「仕事を無くしてからずっと彷徨ってるが・・・」
「帝都は何処だ・・・」
今にも消え入りそうな声で、独り言を言う。
「帝都に行けば・・・仕事が見つかるのに・・・」
「こんな所でくたばる訳にはいかねぇんだよ・・・・・」
子供は、呟きつつも、必死に足を進める。帝都を目指しているようだ。
そして、どんな幸運か、その足は偶然にも帝都に向けられていた。
「喉乾いたな・・・」
子供は、何やら右手に力を込めた。
次の瞬間......その手には一つの氷塊が握られていた。
子供は、その氷を食べ始める。
「(ガリ!ガリ!ゴキ!ゴリ!)ふぅ・・・元気が出てきたぜ。さて、行くとするか。」
子供は、なおも帝都に向かって進み続ける。
子供の周辺には、凍てつく程の寒さが立ち込めていた。
- 72 :
- 【キャラテンプレ】
名前: コルド・フリザン
性別: 女(男にしか見えないが)
年齢: 14
性格: 気さくで活発
外見: 青いショートヘア。首に、マテリアルであるロケットを掛けている。
外見が男にしか見えない。口調も完全な男(俺、お前、~だぜ 等)
血筋:遠く、寒い国の平凡な家で生まれた。
装備:短剣
遺才:『大氷凍結(パーフェクト・フリーズ)』
冷気を操り、人、物を凍らせる。
機械などは動作を止めるが、
人は完全には凍らない(意識はある)ため、力づくで破られやすい。
体力を結構消費するため、多用は避けている。
マテリアル:万年雪の入ったロケット(原動力は万年雪)
前職:ある国の傭兵団に所属。
異名:不自然な冷気(リフィゲレイター)
左遷理由: 危険な能力の為、上部への謀反の可能性があると判断された。
基本戦術: 対人の場合、凍らせても結構な確立で破られるため、
短剣を芯に長刀を作り出し、斬撃と冷気で戦う事が多い。
目標: 自分の居場所を見つける
うわさ1: 食べ物に釣られやすいらしい(特にお菓子は効果てき面)。
うわさ2:夏でも冬でも、 常に自分の半径50mは寒くしていないと気が済まないらしい。
うわさ3:辞めさせられてから、1年間放浪の旅を続けているらしい。
- 73 :
- 【帝都・3番ハードル『従士隊本拠』<遊撃課事務所>】
窓と扉がそれぞれ一つずつしかない、手狭な事務所の一室に、いくつかの人影があった。
中央に据えられた黒檀の応接机は、それを毎日ぴかぴかに磨きあげていた人間がいなくなって久しく、
埃だらけになってしまった棺桶のような天板を、人影達は囲んでいた。
年齢も、性別も、服装もまちまちだが、彼らは等しく右肩に揃いの腕章を装備していた。
『従士隊実働部遊撃二課』と、鮮やかな魔導縫製で文字を縫い込んである。
「アノニマス君が病欠だが、定刻だ。会議を始めようではないかね」
仕切りの音頭をとったのは、黒檀の机の一番上座に座る男だ。
そのものが光を放つかのように輝く純白の軍服姿は、帝国正規軍将校の正装だった。
彼は羊皮紙にまとめられた一連の件の報告書を、少女の形をした彫刻で文鎮のように押さえつけている。
「進行はこの僕、帝国軍中尉リッカー=バレンシアが執り行う。
まず、遊撃一課のヴァフティア派遣についての監視任務だが――モトーレン君、君から説明を」
把握した、と頷いて立ち上がるのは、従士隊正式の装甲服に空色の飛行帽を被った女。
先の大陸横断鉄道で遊撃二課を襲撃した二人組の片割れ、ニーグリップ=モトーレンである。
「結果から言うと、任務達成率はちょっきし5割ってところかな。三人、取り逃がした。
具体的にはアイレル、アルフート、ヴィッセンの三名はヴァフティア入りが確認されたけど、
ハンプティ、ガルブレイズ、スイは荒野に放り出されたまま行方知れず――ってのが現状だね」
「あー?行方知れずって何よ。なんで殺っとかねーのよ、汝」
問い質しに出たのは、ここに集う者達の中で唯一平服を纏った人影。
体の要所には革製の軽鎧をつけているが、それでも尚最も身軽で気安い格好だ。
国家に縛られず大陸中に支部を持つ"何でも屋"、ハンターズギルドからの出向者。
"水使い"のフウである。
男とも女ともつかない中性的な外貌、長く伸びた髪は、銀色にも見えるが、その実透明な繊維の集合体だ。
「いや、本任務って一課の撃破と違うでしょ。帝都から追い出せればそれで良いわけで」
「元老院(ジジイ)共からは、別に一人二人ぐらいなら殺っていいよって言われていたろ。
監視が続行できないまま不確定要素を放置しとくぐらいなら、殺っておいたほうが安心じゃん」
フウの指摘に、モトーレンは両手を挙げて下げる動きをしながら、
「ヴァフティアに行った連中が向こうで全滅しないとは限らないから、保険、保険」
「汝は心配性だなあ」
「帝都に戻ってくる芽は潰したから、大丈夫。連中に外縁を越えられるとは思わないし。
まー"風帝"あたりなら超高度から行けそうだけど、単身だったらわたしやフウの敵じゃあないでしょ」
- 74 :
- 確かに、とフウが納得して背を腰掛けに戻す。
入れ替わるように、他方からついと手が挙がった。
「一つ――拙僧からもよろしいですか?」
いっそ病的なまでに白い肌を紫の法衣で包む、線の細い女性。
法衣の紫は、帝都の土地神・月神ルミニアを奉じるルミニア神殿における、最高位を示す色だ。
そして、腰に差した祝福鋼の長剣は、彼女が同時に戦闘修道士――神殿騎士であることも表している。
"戦闘司祭" ゴスペリウス(洗礼名)だ。
バレンシアから頷きを以て発言を促されると、ゴスペリウスは静かに立ち上がった。
「一課の監視任務にはアノニマス殿が同行されていた筈。
帝国最高の防御力を持つ彼が、なぜいまこの場所にいないのですか?」
問われ、バレンシアはうむと再び頷いた。想定内の質問。出てきて当たり前の疑問だ。
何故なら――アノニマスはこの中で一番硬い。
アノニマスを貫通できる攻撃ならば、ここにいる全ての者が等しく致命傷を負う危険があるということだ。
「それについてはこれから話そう。まず問題のアノニマス君の容態だが、幸いにも一命は取り留めたようだ。
ブリガンダインを開く所に僕も立ち会ったが、酷い有様だった。中が血塗れでね」
「でも、あの馬鹿の鎧は傷ひとつついてなかったんだよね。わたしがこの眼で確認してる。
つまり、防御を貫く攻撃じゃなく、防御を迂回する攻撃……!」
再び、遊撃二課の面々の表情に戸惑いが生まれた。
「医術院から提出された検査の結果がここにある。妙なことに、アノニマス君の体自体にも外傷がみられなかったそうだ。
透視術式で体内を精査したところ、内臓器官に夥しい出血を発見したそうだが……」
「水を使った内臓破壊なら吾にもできるぞ。だけど、ナードには効かない。前試した時あの鎧に弾かれた」
「あ、拙僧も以前内部ダメージ系の呪術をアノニマス殿に使いましたが、やはりブリガンダインに阻まれました」
「何故君たちは、揃いも揃って身内にエグい攻撃を試すのかね……」
ともあれ、とバレンシアは仕切り直す。
- 75 :
- 「出血は胃袋からが大部分だったようだ。胃潰瘍の大きいのがいくつも空いていたらしい。
――これは推測だがね、どうもこの症状は極度のストレス性胃炎に酷似している」
「アノニマス殿は、極めて強い、胃に穴が空くほどの精神攻撃を受けて吐血したということですか?」
「おそらく。それが彼の受けた攻撃の正体だ。
ゴスペリウス君、君は呪術の専門家だから、この手の攻撃に心当たりはないかね?」
問われ、ゴスペリウスは顎に指を当てた。
「……類似したものはいくつかあります。
そもそも原始的な呪いとは、呪詛を相手に聞かせて心理的な不安を煽る技術ですから」
「でもさ汝ら、ナードの馬鹿の鎧は呪いも弾くんだろう?
呪詛浴びせられたって、鎧の中に閉じこもってればノーダメージじゃないのか」
フウの疑問に、バレンシアは淀みなく応える。
「防御にも方法によって差があるのだよ。大別して二つ、『弾く』か『いなす』かの違いだな。
実例を挙げるなら、アノニマス君が前者で、フィン=ハンプティが後者だ。
『弾く』防御はその圧倒的な硬さによってあらゆる攻撃を受け止めたうえでダメージを無効化する。
『いなす』防御は相手の攻撃を見極め狙いを逸らすことで攻撃自体を無効化する。そんな違いだ」
前者は常に最大の防御力を発揮し隙がないが、装甲の耐久度を超える攻撃を受け続ければ崩壊する。
後者は攻撃の見極めと、それを回避する技術、集中力が必要だが、耐久性を考慮しなくて良い。
もっと平たく言うならば、前者が硬い壁で後者がやわらかい暖簾のようなものだ。
「ハンプティは攻撃をいなすことができる。攻撃だけでなく、批判や非難さえもだ。
誰に何を言われようと『聞かなかったこと』にして、明るく生きてこられた――第三都市の事件まで。
だが、アノニマス君は批判を聞かなかったことにはできない。
聞いた上で、気にしないという形でしか精神攻撃に対する防御ができないわけだね」
つまり、と誰ともなく結論を促した。
「呪術なんかじゃない。アノニマス君は、聞き捨てならない言葉を聞いて、吐血したということだ。
それほどの精神攻撃を行える者が、遊撃一課には存在する――!!」
「一体何を言われたんだ、ナードの奴……!」
遊撃一課には化け物がいる。
帝国最高の防御者であるアノニマスが倒されたという事実は、二課の面々を警戒させるに十分だった。
そして、懸案事項は更にもう一つあった。バレンシアは座り直し、下座に向かって声をかける。
「こっちの会議は終了だ。お待たせして申し訳ないね。
では、君の話を聞こう――フルブースト君」
- 76 :
- * * * * * *
バレンシアは十分な警戒を以て目の前の男と相対する。
ユウガ フルブースト。
元老院からの直接の紹介で遊撃二課に合流したこの男には、あまりにも謎が多い。
この国の者ではない――彼が『王国』と呼ぶ場所が、どこにあるかも定かではない。
この近隣で王政を摂る大陸国家はトラバキアを始めとして小国家も含めればそれこそ無数に及ぶ。
そもそも帝国が侵略国家である以上、帝国領内にも属国に落ちた王政国家はいくつも存在するのだ。
例えば東の森林地帯にはクリシュ藩国という鉱物資源に富む小国家があるし、
近いところではウルタールなんかももともとは豪商が建国した新興の王国だ。
(……というか、その地域における最大国家を『帝国』と呼ぶのだから、
それ以外での君主政治を行う国家は全て『王国』になるわけだがね)
流暢に話す帝国語には訛りがない。となれば、帝国領内にある属国都市のいずれかの出身だろうか。
身に着けている装備品は鎧も太刀も東国風。大陸の東、大清国の意匠に似ている。
また、『眼』を通してバレンシア自身も目の当たりにしたが、彼は実体弾を発射できる携行武装も所持しているようだ。
(近・中・遠距離全てに対応可能な武装類、大仰な鎧……まるで一人で軍隊を相手にするかの如く、だな)
しかしてその戦闘能力は、ゴーレムに搭乗していなかったとはいえ遺才発動状態のガルブレイズを手玉にとるほど。
『双剣』は近接格闘に特化した戦闘系遺才だ。それを相手に無傷で制圧できる実力は並のものではない。
「問おう、フルブースト君。君は一体何者だ? 誰の思惑で動き、何を目的に我々に加勢する?
――君を信頼するための、1メソッドだ。偽りなく答えてくれたまえよ」
【遊撃二課:作戦会議】
【→ユウガさん:所属と目的を問う。何のために遊撃二課に協力してくれるの?】
- 77 :
- 結局フィンとセフィリアと別ルートで空を駆け抜けることをスイは選んだ。
そうして、三人は結界障壁の手前で合流する。
>「どうしたものでしょうか……」
>「『結界障壁』 考えてみたら、こいつがあったんだよな……」
「あまり気にしていなかったが、そういえばあったな、これ」
以前まではそんなものは素通りできていたために、スイはすっかりこれの存在を失念していた。
はてさてどうしたものかと考えていると、セフィリアがゴーレムをゆっくりと動かす。
>「ですので私はこの結界を登りましょう!」
そう言い置いて、結界を利用し垂直に走っていく。
>「ばっ……!?おま、何してんだセフィリア!?」
「お、おおぉ……」
予想の斜め上を行く行動を取ったセフィリアにスイは感嘆の声を上げる。その横ではフィンが驚愕とも怒りともとれるような声色を示す。
ゴーレムの事を詳しくは知らないが、大地を駆け抜けたり今のような荒業をやってのける辺り、セフィリアのゴーレムがただ者ではないことだけはわかる。
そしてそれを作り上げたセフィリアの情熱も又凄まじいのだろう。
そんな事をぼんやりと考えているとフィンが一歩足を踏み出した。
>「仕方ねぇ……スイ、悪ぃけど俺は先に行く。
> お前なら手段は色々あるだろうから、何とかして追いかけてきてくれ!」
「あぁ、わかった」
フィンの言葉にスイは頷く。
そうして彼もまた、己の特性を生かし舞うようにして結界を突破していく。
自分もそろそろ行こうと、スイは再び上空へ飛んだ。
先ほど彼らが障壁結界を攻略した中で気づいたことがひとつある。
ある一定の高さに達した瞬間、途端に上へと上昇する結界の速度が著しく下がるのだ。
その辺りの位置につき、試しに石を投げてみる。
認められていないものを悉く阻むそれは圧倒的出力を持って迫り来る。
しかし、スイの目の前で目に見えてその速度が落ちた。
「…予想通りか…」
恐らく一般から見れば早いことには変わりないのだろうが、スイにとっては十二分な情報だ。
そしてもう一つ。
モトーレンがわざわざ竜から降りて関を通るとは思えない。つまり、竜と同じ速度──亜音速で飛べば突破できる可能性が高い。
あくまで可能性が高いだけで、確実に行けるかと問われれば否と答えるだろう。最早完全に賭けだ。
だが、その賭けに乗る価値はある。
スイはさらに高度を上げた。
空気抵抗を極力発生させない形で己の周囲に風の膜を張る。
深く息を吸って、先を見据えた。
亜音速までとはいかないが、それに近い速度までなら到達できる。
スイは一度踏み込み、地を蹴るような動作をして一気に加速した。
うまくいけば、結界を突破できるだろう。
- 78 :
- >>「こっちの会議は終了だ。お待たせして申し訳ないね。
では、君の話を聞こう――フルブースト君」
「いえ、待ってないです。お構いなく。」
下座より、遊撃二課の元へ向かう。
(帝国正規軍の、正装。間違いなく、一課に続くらしいな。)
(しかも、情報通りの強者ぞろい、大きな事にならないといいが。)
>「問おう、フルブースト君。君は一体何者だ? 誰の思惑で動き、何を目的に我々に加勢する?
――君を信頼するための、1メソッドだ。偽りなく答えてくれたまえよ」
(元老院のおっさんは、この質問を、予め予想済み。バラしても良いといった。)
(ここで、言わないのは、デメリットが大きい、大人しく、言おうか)
そう思い、
「帝国軍元老院直属機密情報部、特殊行動班隊長、ユウガ・フルブースト中尉だ。」
「今回、遊撃二課に参加した理由は、」
「遊撃一課の護衛、これはもう終わった。」
「それと、もう一つ。一課のボルト課長の捜索及び、元老院への引き渡し」
「因みに、殺害も許可されている。」
「何故か、リッカー中尉貴方なら解るはずです。」
「邪魔なんです、奴は元老院にとって」
「あの、課長が我々、元老院にとって、邪魔者でしかない。」
「失踪となってますが、不確定要素が多い」
「機密情報部としても、調べていますが、彼奴の情報が少ない。故に」
「今回の作戦の助力を上の命令で引き受けました。」
「説明は、以上ですが。なにか質問は?」
(ユウガ、色々な説明する。)
- 79 :
- >「ヴァフティア行きの貨物便が、ここ最近で倍増しましてね。
運搬品目のリストをもらったんですが、水と食料ばかりコンテナ一杯のが何箱も。
こういう品の流れの時と言うのは、たいてい何かしらの催し事があって需要が拡大する時期なんですが、
ヴァフティアで近く祭りをやるという話は聞きませんなあ。ラウル・ラジーノは、ほら、二年前のことがあったし」
「…………ヴァフティア事変、ですね」
駅長の言葉にノイファは露骨に顔をしかめた。
あの場に居合わせた者として、復興に関わった者として、過去の出来事と語られるのは何処か釈然としないものがあった。
だが何か知っていることはないかと聞いたのはこちらだし、主張したところで得られるものは僅かばかりの同情程度だろう。
「はぁ――」
年を経た分くらいは世渡りの妙味を理解したつもりだったが、根っこの部分は簡単には変わらないらしい。
自制するのに要した間はきっかり一呼吸分。表情を緩めて続きを促す。
>「そう、この二週間ほど、我がミドルゲイジで『終焉の月』らしき黒装束姿を見かけたってタレコミが多数寄せられていましてね。
今もこの街に滞在しているんじゃないかなあ。似た人相の連中が明日のチケットを買っていったって話も聞きます。
もう十日くらい前の話ですが、従士隊に一報入れたら若いお役人さんが一人、血相変えてヴァフティアに飛んで行きましたよ」
唇に指を当て、ふうんと、小さく零す。
もしこれが事実なのだとしたら一大事だ。しかし、ならば何故知らされなかったのかが気になる。
今回の任務を指示するにあたり、警護などより余程妥当な口実に思える。
(あるいは知らせたくなかったとか……?)
それこそ無意味だ。
噂話を消し去ることなど、どんなに腕の良い魔導師でも不可能である。
怪しい黒装束集団の情報はどこかで耳にしただろうし、そこから『終焉の月』を連想するのも難しいことではない。
なにより今の『終焉の月』に、旗頭になる人物が果たして居るだろうか。
集団とは指示を与える者が居なければ機能しない。
怪僧も、御子も、魔王も、その悉くを葬ってきた。彼等に代わる人物がそうそう居るとは思えない。
>「そのお役人さんが黒装束を逮捕してなかったってことは、終焉の月とは関係ない集団だったのかもしれないですなあ」
「そうであって欲しいものです」
返す言葉とは裏腹に、ノイファ自身の考えも駅長のそれと同様だった。
その"若いお役人"とやらが先走っただけ、結局はそういうことなのだろう、と。
(倍増した水と食料は……いざというときの下準備ってところでしょうかね)
まだ一般に広まってはいないが、ダンブルウィード、ウルタールとすでに帝国領は侵攻を受けている。
となれば南の要であるヴァフティアに、相応の準備をしておくのは決して不自然なことではない。
(……やめよう――)
そこまで考えて思考を放棄した。
突きつめていくほど、今回の命令が妥当なものと思えるからだ。
ため息を吐き出しながら、駅長へと会釈を返す。
結局、判ったことは情報が全然足りていないということだけだった。
- 80 :
- 翌朝。ミドルゲイジで買い揃えた旅装一式を、同じく買ったばかりの鞄に詰めこむ。
軽くなった財布と、荒野にばら撒かれた着替えを思うと頭が痛くなるが、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
なにより、自分以上に不幸な目にあっている者が目の前にいれば尚更だ。
>「……昨日あれから、何したんですか?アルフートさん」
>「任務への協力を要請しただけ、なん、ですが……」
「あー……、経費で落ちなかったのでしょうねえ」
随分と中身の詰まった封筒を、泣きそうな顔で差し出す駅長を見ながら、三者三様の感想を洩らす。
何ともいたたまれない気持ちが際限なく湧き出し、半ば逃げるように列車に乗り込んだ。
発車を告げるベルが、駅長の慟哭を代弁するように悲しげに鳴り響き、列車が軋みをあげる。
それからおよそ半日。
なにごともなくヴァフティアに到着する。
入門管理局での審査は形ばかりで、所属を証明するだけで事足りた。
「さて、と……帰ってきましたねえ」
旅行鞄を担ぎなおし、塞壁を抜ける。
夕日に染まる見慣れた街並み。大小さまざまに建ち並ぶ尖塔群。
飛行箒に跨り、建造物へ魔術装飾を刻む職人。
入門管理局からまっすぐ伸びる道の先には、噴水広場とルグス神殿がある。
薄く細めた視界が滲む。
そんなに離れていたわけでもないのに、ひどく懐かしいと思った。
>「わっ、わっ、これって夜でも光ってるんでしょうか!?」
ヴァフティアン・バロックに刻まれた術式の明滅に、ファミアが歓声をあげる。
建物に刻まれた装飾術式も、それを見て騒ぐ来訪者も、そのどちらもが地元に住んでる者としては見慣れた光景だ。
「もちろん光ってるわよ、それはもう眩しいくらいにね。
帝都やタニングラードにあれ程立っていた魔導灯が、大通りにはほとんどないでしょう?」
唯一の例外は中央から北へ伸びる『揺り篭通り』だ。
この区画は主に民家や商店が軒を連ねているため、魔術装飾が施された建造物は他に比べてかなり少ない。
それゆえヴァフティア事変の際に、反抗の拠点となったのも『揺り篭通り』だった。
魔物は魔力に引かれる性質があるためだ。
>「申し訳ないのですが実家の方に念報を入れて来ますので、少し待っていてください」
思い出したかのように言い残し、ファミアが管理局へと回れ右する。
さすがにお金を借りたままでは気がとがめるのだろう。多分。
自分で使う分だけでないことを切に祈るばかりだ。
「りょうかーい!それじゃあ立ってるのもなんだし、そこの喫茶店で待ってましょうか」
ミドルゲイジからこっち、座りっぱなしだったとはいえ、振動のない椅子でゆっくりしたかった。
喫茶店の扉に手をかけたその瞬間、誰かの叫び声が通りをつんざいた。
- 81 :
- >「っきゃあ!なんなんですか貴方たち!
仲間とはぐれて一人になって心細く放蕩していたわたしをいきなり複数人で包囲して!」
(――悲鳴!?)
扉に手をかけたまま視線を廻らす。
大通りに居る他の者達も、声の主が何処に居るのか判りかねている様子だった。
その中で唯一駆け出した者が居た、マテリアだ。
こと"音"に関することで彼女の右に出るものは居ない。
すでに何処からの声なのか、感知しているに違いなかった。
「……いらっしゃいませぇ。お一人様でしょうか?」
「ごめんなさい、また今度来るわ!」
職業意識が優先したウェイトレスに、半ば叫ぶように返答し、ノイファも駆け出す。
肩から提げた鞄が歩調に合わせて盛大に揺れる。
預かっておいてもらうんだったな、と後悔しその場に放り投げる。
(――こっちか)
くねった道を駆け抜け、散乱するゴミを飛び越える。
着地。外套に縫い付けてある部隊証を引きちぎり、ポケットへしまった。
>「とにかく、今すぐその子から離れなさい。さもないと――」
マテリアの声だ。近づいてきている。
襟首を伸ばして、胸元へ垂らしてある聖印をひっぱりあげる。
ヴァフティアに従士隊は駐屯していない。
ゆえに従士隊として仲裁に入っても軽んじられる可能性があった。
だがそれは決してヴァフティアの治安が悪いこととイコールではない。
従士隊に代わり、結界都市を守護する二大勢力があるからだ。
一つは『ヴァフティア独立守備隊』、そしてもう一つは――
>「助けてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
「全員その場から動くな!」
――太陽神ルグスを信奉する神殿騎士団である。
ノイファは乱入しながら高らかに常套句を謳いあげる。
「両手を挙げて跪きなさい。ルグス様の威光からは決して逃れられないわよ」
聖印を掲げ、帯剣していれば、十分それらしく写るだろう。
なにより、二年前まではこちらが本職だったのだ。
【ちょっと署(神殿)まで来てもらえるかな?】
- 82 :
- 【帝都外縁・入門管理局監視員詰所】
円環状をしている帝都外縁には、結界障壁のラインに沿って定期的に監視小屋が建てられている。
外縁を乗り越えてくる侵入者への迎撃、という名目で配置されているものだが、
実際の任務は結界によって切断された有翼魔獣や侵入者の死体を拾って片付ける程度だ。
勤務地の辺境ぶりと、仕事内容のあまりの途方もなさから圧倒的不人気職である。
その日の当直も、中央で職にあぶれて糊口を凌ぐために応募した失業者であった。
カランカラン!と監視小屋の天井に付けられたベルがけたたましくがなり立てる。
内職の合間に妻が持たせてくれた弁当をたいらげ、春前の暖かな陽気に船を漕いでいた当直は、弾かれるように飛び起きた。
頭上のベルが鳴る。それまさに外縁に何者かが侵入し、結界が発動した報せであった。
「ああ、また運の悪い魔獣が引っかかったか?」
壁に貼ってある羊皮紙に術式で自動筆記されるのは、管轄内のどこで結界が発動したかの情報だ。
外縁を囲う結界とは言え、一枚壁ではあまりに非効率なため、外縁をいくつかのブロックに切り分けて都度結界を張っている。
ちょうど、短冊状の木板をぐるりと円柱状に並べて作った桶を思い浮かべるのが最も近いだろう。
羊皮紙に筆記された位置情報から、当直は結界発動箇所のおおまかな見当をつけてその方角の窓を開ける。
ここからでは遠すぎて何も見えない。備え付けの望遠筒を覗きこんだ。
拡大された視界の中で、男が一人、腕に纏った黒の具足で結界を殴っていた。
「侵入者――か?何をやってるんだアレは……!?」
黒の拳が、立ち上がってくる結界を殴る。
すると、不可思議なことにあらゆるものを寸断するはずの逆ギロチンが侵入者の腕を断つことができない。
腕と衝突した結界が飛沫のように魔力を飛び散らせている!
「結界を崩した――?いや違う!ほんの一瞬だが、受け止めている!!
しかし、壁を完全に砕いたわけではない!すぐに押し返されるぞ……!!」
帝都の結界は政府管理の都市運営用超巨大魔力槽からの魔力供給で発動している。
如何に結界を凌ぐ鎧があったとしても、今度はその大出力によって真上方向へ吹き飛ばされるだけだ。
一瞬で50メートルまでかちあがる障壁の慣性が人体に加われば、その時点で肉片になってもおかしくない。
だが!黒鎧の男は仮定を更に上回った――!
右腕で結界を受け止めたその瞬間、速やかに重心を移動!身を乗り出すようにして前へ!
超高速で直上へと射出される結界の勢いを、己の体を右腕を軸とした歯車と化すことで推進力へ変換!
結果、男は高速で弾かれて前転!強烈なトップスピンをかけられた肉体が地を舐めるように転がり出た!
着地位置は、結界の内側――!!
「たった一瞬の出来事だったが……こんな冗談みたいな挙動、一体誰が真似できる!
一瞬でも結界を受け止められるほどの鎧と、その一瞬を確実に使い切れる反射神経、それを実現する身体能力!
全てが揃っていなければ、一つでもあの男に欠けていれば、結界内に入れたのは上半身だけだった……!」
は、と見惚れていた当直は我に返り、傍らにあるレバーを引いた。
監視小屋と入門管理局を繋ぐ、地中に敷設された有線念信によって、侵入者の存在が全政府機関へと発信される――。
* * * * * *
- 83 :
- 【遊撃課事務所・遊撃二課→ユウガ】
>「帝国軍元老院直属機密情報部、特殊行動班隊長、ユウガ・フルブースト中尉だ。」
下座から口を開いたフルブーストの言葉は、遊撃二課を再びざわつかせるのに十分だった。
「なんかさっきからざわついてばっかじゃね?吾ら。何回どよめきゃいいのよ」
「まあ、驚くべき事実ばっかだもんねえ……」
外野のコメントは置いておいて、バレンシアはほう、と思考を作る。
王国出身、という話だったが、現在の所属は帝国軍のようだ。
帝国軍中尉。部隊は違えど、階級はバレンシアと同じだ。
機密情報部という部署に聞き覚えはない。だが元老院直属ということから、特務機関であることは理解できた。
「遊撃課も特務……特務機関同士で連携とは、どうやら本当に大事らしいな」
前方、フルブーストに続いて任務の目的を問う。
特務の者は己の任務の詳細を語りたがらないものだが、彼は淀みなく答え始めた。
>「それと、もう一つ。一課のボルト課長の捜索及び、元老院への引き渡し」
ボルト課長――ボルト=ブライヤーが先般行方不明になったことは、当然遊撃二課の耳に入っている。
元老院から二課の編成を命令された時点で、既にブライヤーの失踪は明らかになっていた。
現場には夥しい量の彼の血液だけが残されていたそうだ。
致死量ではないが、生きているとしても相当に衰弱しているはずだ。
>「あの、課長が我々、元老院にとって、邪魔者でしかない。」
「あー、確かにブライヤー、元老院に睨まれてたもんね。遊撃課の件で相当突っかかってたみたいだし」
モトーレンが納得するように呟いた。
彼女はアノニマスと同じくもともと従士隊の出身だ。ブライヤーと面識があると考えて自然だろう。
>「機密情報部としても、調べていますが、彼奴の情報が少ない。故に」
フルブーストの言葉に、バレンシアは小さな違和感を覚えた。
元老院が邪魔者となったブライヤーを消すというのはわかる。至極まっとうな論理展開で結論付けられる。
しかし、その元老院から直接息のかかったフルブーストでさえ、ブライヤーの消息を知らないと言う。
つまり、
(ブライヤーの失踪に、元老院は関与していない……?)
であれば、一体誰がブライヤーを消したのか。
ひいては遊撃二課が編成される遠因を作ったとも言える遊撃課長の失踪の、本当の目的とは?
>「説明は、以上ですが。なにか質問は?
「ひとつ、聞いていいかね――」
バレンシアがフルブーストに問いを放とうとしたそのとき。
事務所に備え付けられた念信器から通信官の焦りを含んだ声が放たれた。
- 84 :
- 『第一種警戒!帝都外縁座標164-43にて結界障壁を突破されました!
侵入者は一名、黒の鎧を纏った男です!従士隊即応課の迎撃出動を要請します!』
警報を聞いた瞬間、遊撃二課の全課員が一斉にモトーレンの方を見た。
「あ、いや、まさか生身で荒野を横断してくるとは……っというか、まだハンプティさんと決まったわけじゃないじゃん!?
ほら、侵入者一人って言ってるし!あのハンプティさんが仲間置いて一人で来るとは思えないね!」
「拙僧意見しますが、風帝が遥か上空にいた場合、監視小屋からは発見できないのでは?」
「ガルブレイズも、ゴーレムを破壊されていたのならスイと一緒に飛んでくる可能性もあるよな、汝」
「うう……ぐぬぬ……! 外縁なんて一番端のSPINからでも遠すぎるし、ライトウィングは休養R……」
びっしり脂汗をかくモトーレンを横目に、バレンシアはゆっくりと立ち上がった。
彼は、書類押さえにしていた少女型の彫刻像を手に取り、
「なに、僕は心配症でね――だから問題ない。既に手は打ってある。
それよりも目の前の問題を解決しておくべきだと思う」
彫刻像の口の部分に指先を突っ込み、中から引っ張りだしたのは、真新しい羊皮紙。
金箔で縁取られ、真っ白に漂白されたそれは、政府の公式文書としての規格を満たしたものだ。
紙面には、青い髪をした少年とも少女ともつかない人物の念画と、その人物にまつわる指令文が記載されていた。
「遊撃二課に協力してもらえるのであれば、フルブースト君。君にひとつ任務を頼みたい。
本日付けで遊撃一課の方に配属される遺才遣いが一人いてね。帝都に向かってきている彼女を、迎撃して欲しい。
この地図を持って行きたまえ、標的の座標を捕捉する術式が施術してある」
フルブーストに向けて、指令書と地図を重ねて放った。
「対象名は『コルド・フリザン』。リフィゲレイターの異名を持つ氷雪系の遺才遣いだ。
入門管理局で騎馬ゴーレムを借りられるよう手配してあるから、荒野に出て彼女を探し出し、迎え撃ってくれ。
そしてこれも」
フルブーストの手に、押し付けるように握らせたのは、先ほどの彫像。
三頭身にデフォルメされた少女の形に、しかし細やかなディティールが活き活きと表情に彩りを添えている。
「遊撃二課全員にも配布しているものだが、それは甲種の中でも特に小型なゴーレムでね。
戦闘能力はないが感覚を僕と共有しているから、距離を無視して僕と交信することのできる便利な代物だ」
では改めて、とバレンシアは居住まいを正す。
「殺しはしなくていい。――二度と帝都に近づかないよう痛めつける程度ならば、許可しよう」
* * * * * *
- 85 :
- 風を纏い、砲弾よりも速度を得たスイが、結界の到達点に近い位置に突進する。
彼女の読みは概ね当たっていた。
結界の展開が如何に迅速と言えど、50メートルもの高さに地上から伸びるとなれば相応の時間が必要となる。
一瞬が二瞬になる程度の差かもしれない。
だがスイにとって、二瞬あればそれで十分なのだ。
立ち上がってきた結界が、スイの通過した半瞬遅れで到達!
彼女の靴の爪先を掠め、皮一枚分をスライスして、しかし捉えること適わなかった。
そして更にその上空。
セフィリアの駆るゴーレムが、結界の頂点へと到ろうとしていた。
* * * * * *
障壁結界は、その性質を『壁』として固定している。
だから壁としての厚みがあり、質量があり、故に上を跨ぐものを跳ね上げたり真っ二つにすることができる。
セフィリアと、彼女が搭乗するゴーレム・サムエルソンはその性質を逆手に取った。
高速で立ち上がる壁は、そのものが上方向への速度の塊と言って良い。
ただ触れるだけではふれた箇所が吹っ飛ぶだけに終わるが、適切に体重を乗せて、自分から跳ね上がる動作を行えば、
天に向かう慣性を得て、自分自身も大跳躍を行うことができる。
反発術式が、結界の縁を蹴るたび、速度を得てサムエルソンは天を貫く。
比例するように、操縦基の中は下方向の重力加速度がかかり、操縦者にも直接ダメージが行くことだろう。
体中の血液が足元に集まって、脳に行くはずの酸素が供給されなくなり、視界がどんどん暗くなる。
一瞬だけならば酸欠による一時的な失調を来たす程度で済むだろう。
だが、サムエルソンは休む間もなく高Gに晒され続けている。操縦桿を握るセフィリアも言わずもがなだ。
長引けば、脳が酸素を使い切り、生命を維持できなくなる。
これは賭けだった。セフィリアが操縦基の中絶命するのが先か、サムエルソンが天上へ至るのが先か――!
そして、明暗が分かたれた。
サムエルソンが結界の頂点に到達したのだ。
セフィリアは酸素の供給が再開され急速に戻りつつある視界の中、眼下を見下ろせば網膜に飛び込んでくるだろう。
地上50メートルの世界。スイがいつも見ている光景。かつて人類が追い求めた雲上の世界だ。
空と、雲と、風以外なにものもないその空間に、しかしあるはずのない『影』があった。
さあ、と春の嵐と隔絶された穏やかな風が吹く。たなびくように、ゆっくりと目の前の光景が『剥がれ始めた』。
卵の殻を剥くように、景色がひび割れを起こし、加速度的に剥がれ落ちて、その向こうに隠された物体を顕にした。
彫像だった。
三頭身の幼い少女を象った、しかし巨大な彫像だ。
サムエルソンと肩を並べても遜色ない、大人四人が組体操してようやく届くような巨躯。
岩と鋼で出来た傀儡。乙種ゴーレムだ。
『……これは驚いた。まさかここまでピンポイントに、君の予言通りにガルブレイズが動くとはな』
ゴーレムの口の部分から、男の声が放たれた。
落ち着いた、しかし通りの良い声。、演説慣れした指揮官系の声だ。
- 86 :
- 「予言、なんて大したものじゃないでありますよ。
ただ、ガルブレイズちゃんならこれぐらいのことはやってのけるだろうと、そう思っただけであります」
応じるのは女の声。まだあどけなさのとれていない、少女の声だ。
セフィリアは聞き覚えがあるはずである。しかし声の主が姿を現す前に、ゴーレムが口を大きく開けた。
シュカッ!と風を切って少女型ゴーレムの口腔から何かが射出された。
それは狙い過たずサムエルソン目掛けて飛び、金属音を響かせてぶち当たった。
サムエルソンの装甲は硬い。格闘仕様の前面装甲ならばなおさらだ。飛来物は弾かれ――ない。
『吸着』の魔術を施した術式符が装甲にべったりと張り付き、飛来物を貼り付ける。
飛来物は、剣だった。分厚く長大で、頑丈さだけが取り柄のような大剣。
その剣の名もまた、セフィリアは知っているはずである。
「対物破壊剣術」
少女の声が風に混じる。
ゴーレムの背後から、人影が飛び出した。
猛り狂う風の中、しかしまっすぐサムエルソンへと跳躍する。
「『崩』」
影が、サムエルソンの前面装甲に飛びついた。
靴裏には更に吸着符が貼ってあり、痩躯の人影をゴーレムに固定する。
伸ばされた腕が、その手のひらが、装甲に張り付いた剣――『館崩し』の柄を確かにグリップした。
「――『剣』!!」
瞬間。
ギィン!と重奏の金属音が轟き、大気の震えと同じようにサムエルソンの機体へ振動が浸透していく。
応じて、館崩しの刃先が装甲に埋まり、水でも切るみたいに刃が通って行く。
同時に、サムエルソンの巨体に縦横無尽に亀裂が入り、
「っ!」
ブリキを潰すような音と共に、サムエルソンの四肢がはじけ飛んだ。
崩壊は止まらない。剣の突き立った右肩口から左胴にかけて、館崩しが袈裟斬りに通過する。
装甲は砕け散り、魔導経絡が引き千切られ、動力器がずたずたに裂き刻まれた。
サムエルソンが、大破していく。
「戻って来ないでって、言われていたはずであります」
破壊は、爆発を伴わない。
ただ水に落とした砂糖菓子が崩れていくように、金属がひしゃげる悲鳴だけを挙げて、セフィリアの愛機が四散していく。
崩壊していくサムエルソンの中、1つだけ無事な箇所があった。
「操縦基と、それを保護する脱出機構――」
ゴーレムの基本設計として、機体と操縦基は二重構造によって空間的に隔絶されるようにできている。
それは普段の挙動によって起きるひずみを吸収するためであり、装甲が大破した際の衝撃が操縦者に直接伝わらないようにするためだ。
いまもそうやって、『崩剣』の対物破壊から操縦基を護り、緊急装置が作動して脱出機構がはたらいた。
- 87 :
- 『追うかね』
砕けて剥がれた装甲材を蹴り、少女型のゴーレムの背に戻った剣士の少女に声が問う。
「いえ。この高度でありますから。
ゴーレムの脱出機構は陸上戦闘での使用を想定されているので、こんな高さから墜ちれば中の人は即死でありますよ」
『把握。しかし、元は仲間で、しかもガルブレイズは君の後輩だろう?
牧歌的な娘だと思っていたが、なかなかどうして君も容赦がないな』
煙の尾を引いて墜落していくサムエルソンの操縦基を見下ろしている剣士は、不意に目を伏せた。
「わたしは剣士でありますから。斬ることでしか何も護れないし、何も為せないのであります」
「把握。君は常に大切なもの同士を天秤にかけて、軽いものを斬ってきたのだな。
可愛い後輩よりも、大切なものがあったから、君は後輩を斬ることができた」
言葉に、剣士は無言で返した。
難しいことはわからない。だけど、この生き方を変えられないことだけは確かだ。
たとえ否定の最果てでも。
肯定し続けるために、きっと自分はこれからもたくさんの大事なものを斬っていくのだろう。
「大変結構。流石は当代"剣鬼"と言ったところだね?
それでは、我らが遊撃二課のオフィスへ戻ろうか――フランベルジェ=スティレット君」
剣士、スティレットを載せたゴーレムは、再び不可視の壁を纏って風の中に消えた。
決別のしるしのように、操縦基からたなびく煙だけが、空に一本の境界線を引き続けた。
【フィン・スイ・セフィリア→結界障壁突破成功!監視小屋に見られ、帝都に通報される】
【スティレット:結界のてっぺんまで登ってきたセフィリアを迎撃→崩剣でサムエルソン粉砕】
【セフィリアを乗せた操縦基が隕石速度で地上に落ちてきます。直撃したら即死コース】
【連絡を受けた従士隊即応課の迎撃部隊がしばらくするとやってきます。SPINが遠いので時間かかります】
【ユウガ→コルドの捜索と迎撃を依頼。入門管理局で騎馬を借りられます】
【コルド→現在地は帝都外の荒野。ユウガが依頼を承諾すれば迎撃にやってきます】
- 88 :
- 【路地裏】
>「待ちなさい!その子、怖がってるじゃないですか!
……それに、その、強引な客引きはリピーターの減少に繋がるからあまり良くないですよ!」
追い詰められた少女が、唇を噛んで俯かんとしたその時!
路地裏の入り口あたりからごろつきたちを咎める声が放たれた!
見れば、一人の女がごろつきたちに指先を突きつけて、振り絞るように叫んでいた。
「なんだあ、姉ちゃん。俺たちに客引きのいろはを叩きこもうってのか、ああ!?」
「言うだけのことはあるじゃねえかこのアマ、嬢ちゃんへの助け舟がイコール俺たちへの適切なアドバイスに繋がっているぜ」
ごろつきたちは口々に薄汚い言葉で勇気ある女を評している。
街中ならばまだしも、ここは日の届かぬ路地裏。
夕暮れ時の現在ならば尚の事、女が一人から二人に増えたところでゴロツキ共への逆転は見込めまい。
>「とにかく、今すぐその子から離れなさい。さもないと――」
>「ぶち殺しますよ、社会的に」
だが、女は己の特質をよく理解し、その適切な扱い方を熟知していた。
>「助けてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
すぐそこで涙目になりながら口をもごもご動かしているはずの少女の声が――何故か路地の入り口から響き渡った。
発生源は、駆けつけた女の喉。
たった二三言聞いただけの少女の声質を完璧にトレースし、己の口から放ったのだ。
路地裏の外、大通りの方から道行く人々のざわつきが伝わってくる。
何事かと、こちらに近寄ってくる気配もだ。
「兄貴、マズいぜ。通行人がいくら集まったってどうってことないが……」
「ああ、ここは中央噴水広場にほど近い路地裏だ。下手すると奴らが――来る!」
ごろつきたちの懸念は現実となった。
耳を澄ませずとももはやすぐそばまで聞こえてきている。
路地裏から路地裏伝いに、尋常ならざる速度で近づいてくる者の気配――!
軽い足音を響かせて、息一つ乱さぬ追跡者の姿が、反対側の路地から飛び出してきた。
>「全員その場から動くな!」
その手に掲げたるはこの街の土着神、太陽神ルグスを象る聖印。
腰に帯びる得物こそ、"奴ら"の制式装備であるバスタードソードではないが――
>「両手を挙げて跪きなさい。ルグス様の威光からは決して逃れられないわよ」
帝国に在って唯一、皇帝に剣を捧げぬ存在。
奉じる神の奇蹟を振るい、己が隣人を護り戦う、ヴァフティアにおいては最強の戦闘集団。
「――神殿騎士か!!」
ごろつきの一人が、震えと共に呼ぶその名。
貿易の保障のため帝国従士隊の管轄外であるここヴァフティアには、市民有志からなる独立守備隊が存在する。
多くは退役した軍人や騎士従士、あるいは彼らに教えを受けた若者で構成されている守備隊であるが、
現役の戦闘職に比べれば後塵を拝さざるを得ず、異国と隣接するこの街を全て任せるには荷が勝ちすぎる。
だが、ヴァフティアには彼らが居る。
帝都やその他帝国に散在するどの都市よりも、ルグス神殿は大規模だ。
『神』の名の下という、国際的な垣根にとらわれない勢力として、神殿騎士を多く擁するためである。
国家公務員である従士を多く配備すれば諸国からの追求は避けられないが、
神殿騎士はあくまで神に剣を捧げ、国家に属さぬ存在だ。彼らは帝国の利益のために動かない。
それでも、街の守護という点でこれほど心強い存在もないのだ。
- 89 :
- 「くそ、アドバイス女と神殿騎士で、路地の前後を押さえられた!どうする兄貴、押し通るか?」
「馬鹿言え!相手は一人とは言え神殿騎士だぞ!」
「……あの、神殿騎士って、そんなに強いんですか?」
狼狽するごろつきたちに、絡まれていた少女が首を傾げて問うた。
「おいおい嬢ちゃん、どこの田舎から来たんだ!?
神殿騎士ってのは、俺らの使うような魔術とはまったく異なる体系の魔法『聖術』を使う連中だぜ」
「奉じる神が伝承に遺す"奇蹟"を、小規模ながらその身に再現する術……こいつが滅法強いんだ」
「ちいと条件に縛られるってのが難点だが、先の帝都大強襲じゃ魔族とも渡り合っていたらしい」
「とにかく、この街で奴らに逆らうってのはイコール死!を意味するんだ……!」
しかし、現状、ごろつきに残された選択肢はあまりに少ない。
神殿騎士の巧妙な位置取りによって――路地の入り口近くはアドバイス女に、奥の方は神殿騎士に押さえられている。
押し通る可能性があるとすればアドバイス女の方だが、神殿騎士に無防備な背中を晒す愚は避けたい。
「く……!」
出口のない思索が、極限状態のごろつきたちの脳裏で煮詰まった、そのとき。
「――わかりました。大人しく任意同行します」
絡まれていた少女が、両手を頭の上に置き、膝を地面につけた。
目を剥いたのはごろつきたちの方だった。
「いやいやいや!違うだろ、嬢ちゃんは違うだろ、雰囲気的にさあ!」
「ホールドアップ要求されてんの多分、俺たちの方だぜ!?」
「ええ?あなたたち、なにか悪いことしたんですか?」
「してないけどさあ!!」
「はっ!確かにこの薄汚い人間共、いかにも朝晩一人づつ殺人してそうな顔してますっ!
これは顔面有罪――!!」
「ぶっ飛ばすぞこの糞ガキ!」
無抵抗の意を示しながらごろつき共を見上げ、ぎゃーすか喧嘩している少女は、不意に俯いた。
- 90 :
- 「あえてしょっ引かれることで、神殿騎士の本拠に合法的に殴り込みをかけようというわたしの作戦が、
あなた達顔面終身刑のせいで"わや"になっちゃったじゃないですか」
「しょっぴかれた時点で合法的もクソもねーだろ……」
「くっ……眼が……!」
ごろつきが溢した刹那、少女の体が一瞬だけ膨張したように見えた。
不可視の力が風を伴い、路地裏にいる全員の頬を叩く。
「お、おい嬢ちゃん……さっきから俯きっぱなしでよく見えてなかったけど……
その『眼の色』、どうしたんだ?」
少女の双眸。そこに収まっているはずの2つの眼。
その輝きが、より強い『赤』へと変わっていた。
「く……が……あ、離れて!死にたくなければわたしから離れてください!ここにいる全員!!」
突然人が変わったように叫ぶ少女に、ごろつきの一人が心配そうに近づいた。
「大丈夫か、お嬢ちゃ――」
「ッ!!」
伸ばされた手を、少女が振り払う。ボッ!と風を弾く音がして、少女の右腕が凄まじい速度で振られた。
肉を叩く音が続き、ごろつきは払われた自身の腕がありえない方向に曲がっていることに気が付いた。
「ああああ!? 腕が!俺の腕がぁ!」
驚異的な力で払われたことで、関節が脱臼し、関節駆動域を超えて曲がったのだ。
神経をちょくせつ抉られるような痛みがごろつきを襲い、彼は野太い悲鳴を挙げた。
「ご、ごめんなさい……でも、まさかこんなに早く活動限界が来るなんて……!」
跪いた少女が、右腕を抑えながら苦しそうに言葉を捻り出す。
薄暗い路地にあってもよく見えることだろう。少女の右腕が、黒い甲殻に覆われ始めていることに。
「っ!」
そして少女は、膝だけで跳躍した。
その速度は砲弾もかくや。一度路地の壁に激突し、石壁を大きくえぐってそこから更に跳躍。
アドバイス女の脇を抜けて、路地の外へと飛び出した。
大通りから、どよめきと悲鳴、そして建築物を抉りながら跳躍の足場にしたであろう破砕音が聞こえてくる。
少女の双眸の赤い二つの光が、路地裏に立つ者の網膜にいつまでも残り続けた。
* * * * * *
- 91 :
- 『議長』は、大通りの建物を壁伝いに飛び回りながら、『揺り籠通り』を目指していた。
仲間とはこの街ではぐれてしまったが、これだけ大きな騒ぎを起こせばきっと気づいてくれるだろう。
怪我の功名とも言うべきか。
(しかし――世の中には神殿騎士なんてものがいるんですね。ずっと引きこもってたからわかんなかったです)
魔導灯の柱を蹴り、尖塔を駆け登る。
ヴァフティアン・バロックの瀟洒な魔術文様のひとつひとつに指をかけ、体重を載せ、体を上へと飛ばす。
この街は縦横十字の大通りを除いて、細かい路地ばかりで形成されているため道に迷いやすい。
土地勘のない彼女は、一度中央噴水広場まで戻ってから揺り籠通りへ向かうことを選択した。
(魔族とも渡り合える聖術使い達……わたしたちの障害となりうる存在ですね)
尖塔の上から行くべき方角を確認し、再び宙に身を躍らせて街中へとダイブした。
庇を貫き、雨樋を破壊し、着地点に子供が居たので強引に身を捩って直ぐ傍の地面に墜落。
粉砕された石畳から起き上がり、再び跳躍しようとしたその時――
人混みの中に、一人の少女の姿を見つけた。
あたりを見回しながら街を彷徨っている姿から察するに、誰か待ち合わせの人を探しているのだろうか。
柔らかな髪、仄かに赤いが白い肌、体型に合っていない外套など、小動物のような微笑ましさすら感じる。
だが、少女には一つ、群衆と異なる外見上の特質があった。
「その眼――」
少女の双眸は、他の誰とも異なる色をしていた。
ちょうど、議長と同じ様に、人ならざる者の眼。
議長は思い出す。
愛読している帝都出版発行のオカルト情報誌『黒の教科書』の読者投稿コーナーに、先月このような文章を投稿したのだ。
『南の果ての街にて仲間を募ります。前世の記憶に覚醒された方、世界の陰謀にお気付きの方、魔眼をお持ちの方、
腐敗した国を変える聖戦士として共に戦いましょう。 連絡待ってます 極北の炎 』
そして今、たくさんの仲間から手紙が届き、共にここヴァフティアへと集まってきている。
ならばこの少女も、そんな議長の呼びかけに答えた『魔眼持ち』の一人に違いない。
議長は、右腕を手早く包帯で隠して押さえ、少女に駆け寄った。
「ヴァフティアへようこそ!私は『極北の炎』、皆からは議長と呼ばれています!
『黒の教科書』を読んでこの街に来てくれたんですねっ!早速魔眼を持たぬ者には分からぬ話をしたいのですが……。
もうすぐそこまで追手が来ています。どこかに匿ってもらえる場所はありませんか?」
これだけ派手に立ちまわったのだ。
路地裏の連中が追ってこないにしても、守備隊や神殿騎士とやらのお仲間が来ないとも限らない。
早急に、この目立つ格好を隠せる場所が必要だった。
【路地裏:絡まれていた少女(=議長)が突然覚醒。人外の力で路地を脱出し、街中へ逃げ込む】
【議長:人混みの中にファミアを発見。眼の色からお仲間と勘違いし、匿ってもらえないか打診】
- 92 :
- 頂上に至るまでに私には強烈な加速による衝撃が加わります
脳に至るべき血液が回らなくなり視界が黒くなります
ブラックアウトと言うらしいです
騎竜手がなるという話は聞いたことがありますが
ゴーレム乗りが体験することは私が初めてかもしれませんね
意識を持っていかれないようにしながらの操縦……
求められるのは神業ともいうべき繊細な挙動
なんと、ゴーレム乗り冥利に尽きることか!
体の悲鳴とは裏腹に心を歓喜の声をあげます
困難とは人を成長させるッ!
私はこれを乗り越えればゴーレム乗りとしてもう一つ上の高みにいける!
剣でも……ゴーレムでも……鬼を名乗れない非才な私ですが、まだ上があると思えます!
意識が刈り取られそうになる直前、ふっと体が軽くなります
結界の頂上に至ったということでしょう……
あとは降りるだけ……
頭を振る
視界が徐々に回復する眼下に広がる田園風景
さらに向こうには帝都の建物が白んでみえます
「綺麗……」
思わず見とれてしまう絶景……たかだか50m
地上で走れば10秒とかからない距離
しかし、ほとんどの人が見ることがない高さです
一面に広がるパノラマ……私の思考をほんの少し奪ったそれが剥がれ始めたのです
私がおかしくなった?幻術?急加速の後遺症?
恐らくはどれでもないでしょう
転移魔法でこういう出現の仕方があると聞いたことがあります
割れた先から出てきたのは少女の彫像
出現の仕方から邪神像と思えてしまいます
「なぜゴーレムが!」
ゴーレムを転移させるなんてこと聞いたこともない!
しかも、こんな上空にピンポイントで!
カンッ!と乾いた金属音が響き渡ります
もしこれが爆弾であったのならば私は空で木っ端微塵
死んでしまっていたでしょう
- 93 :
- 張り付いたのは見たことのあるもの
「なんで!」
そして、次に飛び出してきたものに3度めの驚きの声が
「どうして!」
いえ、むしろ先ほどの金属音の正体……
「館崩し」で気づいていました
あの人が来ることを……
冷静に分析するとこの場に逃げ場なんてものはありません
噴射術式を使えば……いえ、もう遅いでしょう
「館崩し」の時点で使ってない時点でもう詰んでいます
などと考えられるのは奇跡と言っても良かったです
>「『崩』」
「この……この……この……」
怒りがこみ上げてきます
いえ、怒りだけではありません
憎しみや嫉妬……あらゆる負の感情が溢れんばかりに湧いてきます
「――『剣』!!」
「スティレェェェェェェェェェェェェェット!」
尊敬の念も親愛も敬称も全て捨てましょう
もう彼女を先輩とは思わない……一匹の鬼、敵として見ましょう!
粘土細工にてこを入れるかのようにばらばらになる私のサムエルソン……
緊急脱出装置で作動させなんとか操縦櫃とコアを守る
それが精一杯でした
「私のサムエルソン……破壊したこと……絶対に忘れない!」
>「戻って来ないでって、言われていたはずであります」
「いいえ、私は戻る!戻ってあなたを切る!」
彼女の情けが癇に障る……私を見下すな!
「必ず!必ずだ!覚悟していろ!」
落下する操縦櫃を巧みに操作します
最早、自力で助かる道はありません
姿勢を整え、少しでも被害を少なくする他ありません
「魂魄百万回生まれ変わろうと恨み晴らすからなァァァァァァァァァァァァァ!」
私の絶叫がのどかな田園風景にこだまします
【セフィリア自身は落下から助かる術はなし、助けて!】
- 94 :
- <誘導>
遊撃左遷小隊レギオン!の避難所の避難所
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/17427/1364042859/
現行避難所がアクセス不安定のためこちらをお使いください
- 95 :
- マテリアは叫んだ。
目的は無論、助けを――人を呼ぶ為だ。
この街には今、中継都市で見た少女の同行者達がいる筈だ。
少女は仲間とはぐれてしまったと言っていた。
あの黒衣の集団――彼らはきっと今、少女を探しているだろう。
ならば彼女の声を使って助けを呼べば、それを呼び寄せる事が出来るかもしれない。
>「兄貴、マズいぜ。通行人がいくら集まったってどうってことないが……」
数とは、非常に単純な強さだ。
チンピラ共が言う通行人のような烏合の衆ではなく、少女の同行者という共通項を持った集団なら尚の事。
あれだけの人数がいれば、この場を収めるには十分過ぎる。
>「ああ、ここは中央噴水広場にほど近い路地裏だ。下手すると奴らが――来る!」
それに万一、少女の仲間達が声の届く範囲にいなくとも――まだ『彼女』がいる。
>「全員その場から動くな!」
薄汚れた路地裏に、凛と響き渡る戒めの声。
助けを呼んだ張本人のマテリアですら、反射的に身が強張ってしまう。
紛れもなく『彼女』の声だ。
>「両手を挙げて跪きなさい。ルグス様の威光からは決して逃れられないわよ」
チンピラ共と少女を挟んだ向かい側に、ノイファ・アイレルが立っていた。
外套に縫い付けられていた部隊章はなく、代わりに突きつけるのは煌めく聖印。
片手は腰の剣に添えられていて、その佇まいはまさしく――
>「――神殿騎士か!!」
厳粛な神の信徒、神殿騎士に相違なかった。
>「くそ、アドバイス女と神殿騎士で、路地の前後を押さえられた!どうする兄貴、押し通るか?」
>「馬鹿言え!相手は一人とは言え神殿騎士だぞ!」
>「……あの、神殿騎士って、そんなに強いんですか?」
少女の問いに、チンピラ共が懇切丁寧に答えを述べる。
そう、彼ら神殿騎士は神の奇跡を天より借りて、戦う事が出来る。
そして何より――彼らはいつだって、全身全霊を戦いに注げるのだ。
例えば窮地に陥った時、乗り越えなくてはならない壁に直面した時。
『自分の最も大切な人』が傍にいてくれたら。
人はそれだけで心強く、安らかでいられるだろう。
いつも以上に頑張る事が出来るだろう。
神を敬愛する彼らは常に、その状態にあるのだ。
とりわけ、天蓋を統べ、万里を照らすルグス神の信徒はその傾向が顕著だ。
陽の光差す所全て、ルグス様の御目が届く所。
陽の光が届かぬ地があるならば、自らがその代行者となるのだ、と。
(彼らがビビるのも無理はない……。合同訓練の時は、正直私も気圧された覚えがありますもん)
と、そこで少女の様子が気になった。
神殿騎士に扮したノイファは、端的に言ってかなり『嵌って』いる。
それこそ味方である自分ですら畏れを禁じ得ないほどに。
あの子は大丈夫だろうかと、視線を向け――
- 96 :
- >「――わかりました。大人しく任意同行します」
「……へ?」
思わず呆けた声が零れた。
少女は両手を頭の後ろに重ねて、その場に跪いた。
それは軍属時代に何度も見た姿勢――降伏の意思表示だ。
怯えていると言うには、どうも様子がおかしい。
一体何故――困惑している内にも、チンピラ共と少女の会話は進んでいく。
>「あえてしょっ引かれることで、神殿騎士の本拠に合法的に殴り込みをかけようというわたしの作戦が、
あなた達顔面終身刑のせいで"わや"になっちゃったじゃないですか」
――不意に、少女の声が変わった。
微かな震えを帯びた、何かを堪えるような声色。
直前にチンピラ共が上げた怒声に萎縮してしまったのか。
そう思ったが――
>「くっ……眼が……!」
>「お、おい嬢ちゃん……さっきから俯きっぱなしでよく見えてなかったけど……
その『眼の色』、どうしたんだ?」
(――違う!これは、あの時と同じ……!)
少女は眼を抑え、苦しんでいる。
中継都市で見た時と同じだ。
ただ一つの違いは――あの時は、こんなにも凶暴な力の奔流など、感じなかった。
>「く……が……あ、離れて!死にたくなければわたしから離れてください!ここにいる全員!!」
>「大丈夫か、お嬢ちゃ――」
悲痛な叫び声――それから先の事は、一瞬だった。
チンピラの差し伸べた手を少女が払う。
ただそれだけの事を、マテリアの眼は捉えられなかった。
代わりに音がよく聞こえた。
まず空気の弾ける音――それから筋肉が断裂し、関節の外れる音が。
>「ああああ!? 腕が!俺の腕がぁ!」
>「ご、ごめんなさい……でも、まさかこんなに早く活動限界が来るなんて……!」
黒い甲殻に覆われていく少女の腕――少女が地を蹴る。
ほんの僅かな膝の屈伸運動、ただそれだけで彼女はマテリアの遥か頭上へ跳躍した。
着地音――音源を咄嗟に目で追う。
壁だ。凄まじい慣性によって、一瞬、少女は壁に着地しているかのように見えた。
そして、彼女は再び壁を蹴る。
石壁が抉れ、刹那の内に少女はマテリアの視界から消え去った。
「何……あれ……」
マテリアは動揺し、動けなかった。
あんな小さな子供が、何故あんな姿に――まるで見当など付かない。
だが――あの姿そのものには、心当たりがあった。
同じ遊撃課の仲間に。あるいは、このヴァフティアの過去に。
「魔族化……?それとも降魔……?」
マテリアの呟きを塗り潰すように、大通りから幾つもの音が聞こえた。
どよめき、悲鳴――石畳や建築物の砕ける音。
- 97 :
- 追わなくては――マテリアはそう判断した。
中継都市で見た恨めしげな視線と、失望を宿した声を思い出す。
あの姿がなんであれ――彼女を放ってはおけない、と。
「ごめんなさいノイファさん!その人の腕、お願いします!」
哀れなチンピラの治療はノイファに任せ、大通りへ。
両手を耳元に添え、超聴力を発動。
心音や呼吸音は――覚えていない。
こんな事になるだなんて思ってもいなかった為、意識して聞いてはいなかった。
(――けど、あれだけ派手に移動すれば……十分聞こえる!)
移動に伴う破壊音は街の中央にある噴水広場へ向かっていた。
マテリアもそれを追うように駆け出し――
>「ヴァフティアへようこそ!私は『極北の炎』、皆からは議長と呼ばれています!
不意に少女が声を発した。
(誰かに話しかけてる……?このタイミングで?)
一体誰に――とは思いつつも、彼女が足を止めているこの状況は好機だ。
今なら追いつけるかもしれない。
マテリアは大通りには出ず、そのまま路地を走る。
超聴力を発動した状態なら反響音で路地の構造を把握可能だ。
人の多い、混乱した大通りを通るよりも素早く移動出来るだろう。
>『黒の教科書』を読んでこの街に来てくれたんですねっ!早速魔眼を持たぬ者には分からぬ話をしたいのですが……。
> もうすぐそこまで追手が来ています。どこかに匿ってもらえる場所はありませんか?」
(見つけた!……って、アルフートさん!?なんであの子と……?
いや、でも、これはとにかく好都合……!
アルフートさんの力なら、あの子を安全に確保出来る筈!)
一旦路地に身を隠し、右手を口元へ。
「――アルフートさん。今、傍に女の子がいますよね?
事情は後で説明しますから、その子を確保して――」
ファミアに声を飛ばし――しかし、ふと思い留まる。
結局、少女のあの腕はなんだったのだろう。
それに彼女が属していた黒衣の集団は?
降魔を思わせる姿、黒装束、ヴァフティア――否が応でも一つの事件と団体を連想させる。
ヴァフティア事変、そして終焉の月。
昨晩ノイファからも、それに纏わる通報があったと話を聞いている。
ただの偶然で済ませてしまうには、話が出来過ぎている。
確かめなくては、もっと深く知らなくては――強迫観念に似た知識欲が鎌首をもたげる。
- 98 :
- 「――いえ、ごめんなさい。何も聞かず、暫くその子に付き合ってあげて下さい。
出来れば屋内か、路地へ……通りから目に付かない場所へ、お願いします」
声を飛ばし終えると――マテリアは魔力を練り上げる。
細く細く糸のように。そしてそれを織り上げて、身に纏う。
幼い頃、母の背を追いながら学んだ魔術、情報通信兵としての一技能――変装術式。
丸眼鏡、烏色の三つ編み、小さな背格好、黒いローブ、そして紅い瞳。
少女の姿を装って、路地から噴水広場へ出る。
少女自身の声で助けを呼び、更にこれだけの騒ぎが起きたのだ。
あの黒装束の集団がこちらに気付くのは、時間の問題だろう。
彼らが来る前に、一度ノイファへ声を飛ばす。
「ノイファさん。あの子……ミドルゲイジで聞いた話と関係があるかも知れません。
私、あの子に成り代わって、あの子の同行者と合流してきます」
【成り代わりを画策しました】
- 99 :
- 一人。
見回せども、知った顔は見えず。
呼べども、答える声はなし。
「これはまさか……お二人とも迷子に!?そろっていい年なのに!」
へたれのくせに絞め殺されかねないような台詞をすらり言えてしまうのもまた、若さの故でしょうか。
まあ、そんなレベル(挨拶ができないだとか食器の使い方が悪いだとか)で見るのならファミアだって十分いい年です。
「うーん、どこへ行ったんだろう……広場の方、かな」
ファミアはさらに呟きながら歩を進めて行きました。
先ほどの台詞が『正直』という美徳の発露なら、この行動は蒙昧さの顕現と言えます。
土地勘もなしに待ち合わせ場所から離れて人探しはあまりにも高難易度。
外国へ出かけて自分を見つけてくるほうがまだしも可能性があるというものです。
逆に向こうのほうでファミアを呼んでいる可能性もあるので、一度立ち止まって耳を澄ませてみました。
しかしようやく聞き分けた声は夕餉の献立に悩んでいたりファミアにはよくわからない術式構成を呟いていたり
腕が折れたことを嘆いていたりと、至って日常的な喧騒の一部でした。
(やっぱりヴィッセンさんみたいにはいかないなあ……)
いってしまったらマテリアの立場がありゃしません。
なおも耳に手を当てながら歩いて、だんだん噴水の細部まで見えるあたりまで来ました。
そこでようやく異質な、しかし馴染みのある音がうずまき管を走り抜けます。
石を蹴り砕いているような、あるいは石を叩き割っているような音です。
(遊撃課配属以降、ファミアもしょっちゅうそんな音を出していますね)
それは円を描くようにファミアの前方へ至り――
>「その眼――」
――そして紫水晶と鳩血玉はRました。
珍しい色だな――、と自分のことをいつもどおり棚に上げた感想をファミアは抱きました。
生まれついてその色、という人はいないわけではないものの、通常はもっと薄い色合いをしているものです。
貴石と見紛うほどの深い色彩はファミアの視界の中で大きさを増して行き……
>「ヴァフティアへようこそ!私は『極北の炎』、皆からは議長と呼ばれています!」
眼前までやってきてそう言いました。
>「『黒の教科書』を読んでこの街に来てくれたんですねっ!早速魔眼を持たぬ者には分からぬ話をしたいのですが……。
> もうすぐそこまで追手が来ています。どこかに匿ってもらえる場所はありませんか?」
まさに喜色満面とした様子で言葉を続ける議長。
向こうには心あたりがあるようですが、ファミアにはそんなもの一切ありません。
しかし、推察するための材料はいくつか出てきていました。
(まず第一に壁面を跳躍して移動していた。次に、"極北"という称号。
さらに、どうやら私のことを知っている様子。すべてを重ね合わせると――
つまりこの人は父方の親戚ね!)
いやな一族です。
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