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2013年01月ゲームサロン110: ホラーゲームバトルロワイアル 第屍幕 (281) TOP カテ一覧 スレ一覧 2ch元 削除依頼
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ホラーゲームバトルロワイアル 第屍幕


1 :2011/12/13 〜 最終レス :2013/01/10
ここは、様々なホラーゲームのキャラクター達がそれぞれに不思議な経緯により
"ある場所"へと招き寄せられ、異常な状況下で生き残り生還することが出来るかという物語を綴る、
パロロワ派生の参加型リレー式二次創作スレッドです。
企画への参加はどなたでもOKです。
興味を持たれた方は、まずはまとめWikiからご覧下さい。

・まとめWiki
ttp://www23.atwiki.jp/deruze/
・したらば掲示板
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/13999/
・企画発祥スレ
ホラーゲームバトルロワイアル企画スレ
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/event/1201873545/
・過去スレ
ttp://game13.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1209650564(第一幕)
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1285236575/(第二幕)
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1299388606/(第惨幕)

詳しいルール・解説は>>2以降

2 :
【基本ルール】
・様々な時代、世界から様々な形で「サイレントヒル "らしき" 場所」へと招かれた「呼ばれし者」達は、
 「何らかの手段」を講じなければそこから出ることは出来ない「らしい」。
 この「場所」には「クリーチャー」が徘徊しており、「呼ばれし者」に襲いかかってくる。
 「町にいる他の呼ばれし者達を滅ぼす」事で、解放される「らしい」という話もあるが、詳細は不明。
 何故呼ばれたか、呼ばれたことに意味があるのかなどは現段階では不明。

【「呼ばれし者」と「クリーチャー」】
・新しい参加者(呼ばれし者)、クリーチャーを登場させる際には、出典と詳細情報を書く。
 (参加者枠は既に定員に達している為、新たな「呼ばれし者」を登場させる事は不可)
 出来る限り、該当ゲームをプレイしていなくとも書ける様にし、
 また曖昧にしか分からない部分なども含め、ここやSS内で示された以上の事は無理に書かなくても良い。
 他の書き手が必ずしも出典元を参照できるとは限らないことを前提に、
 SS内や補足情報で巧く補完することを心がけ、ルートによるゲーム内での変化なども含めて、
 ある程度「いいとこどり」でも調整する方向で。
・ゲームならではのお遊びやシステム上の都合としての不自然さなどは、無理に持ち込まない様にする。
 (『サイレントヒル』のUFOエンドや犬エンド、『バイオハザード』の豆腐モードからキャラを出す等)
・「呼ばれし者」は、呼ばれたときのアイテム、能力をそのまま持っている。ただし、必ずしも元通りに使えるとは限らない。
 
・アイテムはこの「場所」の中で様々なものを得ることもあるが、持ちうる範囲を超えて持ち運ぶことはない。
 あまりに展開上不自然なもの、展開を妨げうるものなどは考慮が必要。
 (逆に展開に不自然さがなければ、ちょwwこんな所にロケランあったんだけどww、というのもあり)
・この場所にいる際には、「呼ばれし者」同士、多言語での会話が可能。知らない言葉でも何故か意味が伝わる。
・アイテムは現実に存在するもの、又は既存のホラーゲームに登場するものを出典として持たせる、登場させる事が出来る。
 登場させたSSの最後に、出典と共にその内容に関しての解説を記しておく。
・「クリーチャー」は、この「場所」に置いて、各々の元の性質に近い行動をとる。
 場合によっては「呼ばれし者」が「クリーチャー」に転ずることもある。
・クリーチャーの初期情報を書く際のおおまかな能力基準は以下を元に。
 [能力の★について]
 ★ … 一般人以下。虚弱、病弱。愚鈍。
 ★★ … 一般人並み。特殊な訓練や能力のない人間キャラと同等。
 ★★★ … 一般人の中でも頑強。特殊な訓練をしている、軍属、アスリートレベルの身体能力など。
 ★★★★ … 人外の能力。野生の猛獣並みの身体能力など。
 ★★★★★ … 人外にして超越。不死、半不死等。


3 :
【エリアと地図】
・エリアは、特別な施設名以外は、大まかな位置を地名で表記する。
 進入や移動に制限のある場所、施設などはその旨も表記する。
 後のSSでは、それら既出の位置関係を元に展開させる。
 地図は、SSに描かれて内容から随時設定される。また、進行によって変化することもある。
【サイレンと裏世界】
・物語内時間では一日目の18時から6時間毎に「サイレン」が鳴り「特別なイベント」が起きる。
 「特別なイベント」には、「世界/地形が変容する」、「新たなもの/施設などが呼ばれる」、
 「クリーチャーが現れる」、「屍人が起きあがる」 等、様々なものがあり、
 実際にどういうイベントが起きるかはその時の展開などにより決められる。
 
・サイレンが何なのかは現段階では不明。
【作中での時間表記】
 深夜:0〜2時
 黎明:2〜4時
 早朝:4〜6時
 朝:6〜8時
 午前:8〜10時
 昼:10〜12時
 日中:12〜14時
 午後:14〜16時
 夕刻:16〜18時
 夜:18〜20時
 夜中:20〜22時
 真夜中:22〜24時
(OPの時刻は夕刻:16〜18時)

4 :
【書き手の注意点】
作品(SS)を書き込む際などにはトリップを推奨。SSの最後には状態表を記載し、投下終了したことを明示する。
障害、書き込み制限などで書き込みが出来ない場合は、したらば掲示板を活用し、
出来ればその旨を代行書き込みなどを利用して本スレに書くか、代理投下をして貰う。
以前書かれたSSや、元となった作品設定などとの明らかな矛盾、事実誤認、企画進行に支障をきたす不自然な展開などがある場合、
話し合いなどにより修正、破棄を行うこともある。ホラーなのはSSの中のみで。進行はノーホラーに行きましょう。
【予約制度】
一定期間特定のキャラを優先して書く権利が与えられるシステム。
このロワでは任意制となっているが、複数の書き手が同一キャラを扱った場合、
先に予約した者が優越し、一定の正当性を持つ性質は変わらない。
予約をする場合は、トリップを付けて本スレか、したらばの投下スレで該当キャラクター、クリーチャー名を書き込むこと。
予約期間の最中に他の書き手は、該当キャラクター及びクリーチャーのSSは投下できない。
期限が過ぎた場合は予約は破棄されたものと扱い、予約した書き手以外の方でも予約したりSSを投下したり出来る。
期限を過ぎても、他の人の予約やSSが入らない場合はそのまま投下できる。
・基本予約期限5日間。
・延長期限3日間。
・予約期限が切れた後は予約破棄。
・予約破棄から5日間は同じパートを再度予約出来ない。(ただしSSが完成すれば投下は可能)
・予約出来るのは基本的に1つの話にまとめられるパートのみ。
 1つの話にまとめられない全く別のパートを同時に予約を出来ない。
おまけ
トリップ作成テストツール
ttp://www.dawgsdk.org/tripmona/tools
【読み手の心得】
・このスレは投下・雑談を兼用しています。きたんなく雑談しましょう。
・この企画ではどのキャラもバイオ2のガンショップの親父の様にあっさり死ぬ可能性があります。
・好きなキャラがピンチになっても騒がない、愚痴らない。
・好きなキャラが死んでも泣かない、絡まない。
・荒らしは透明あぼーん推奨。
・批判意見に対する過度な擁護は、事態を泥沼化させる元です。
 同じ意見に基づいた擁護レスを見つけたら、書き込むのを止めましょう。
・擁護レスに対する噛み付きは、事態を泥沼化させる元です。
 修正要望を満たしていない場合、自分の意見を押し通そうとするのは止めましょう。
・「空気嫁」は、言っている本人が一番空気を読めていない諸刃の剣。玄人でもお勧めしません。
・「フラグ潰し」はNGワード。2chのリレー小説に完璧なクオリティなんてものは存在しません。
 やり場のない気持ちや怒りをぶつける前に、TVを付けてラジオ体操でもしてみましょう。
 冷たい牛Rを飲んでカルシウムを摂取したり、一旦眠ったりするのも効果的です。
・感想は書き手の心の糧です。指摘は書き手の腕の研ぎ石です。
 丁寧な感想や鋭い指摘は、書き手のモチベーションを上げ、引いては作品の質の向上に繋がります。
・ロワスレの繁栄や良作を望むなら、書き手のモチベーションを下げるような行動は極力慎みましょう。

5 :
【呼ばれし者一覧】(31/50)
【トワイライト・シンドローム】(2/3)
○岸井ミカ/●逸島チサト/○長谷川ユカリ
【SIREN】(3/6)
○須田恭也/○宮田司郎 /●美浜奈保子/○八尾比沙子/●神代美耶子/●牧野慶
【SIREN2】(3/4)
○阿部倉司/●藤田茂/○三沢岳明/○太田ともえ
【学校であった怖い話】(2/5)
●日野貞夫/○新堂誠/●岩下明美/●風間望/○福沢玲子
【ひぐらしのなく頃に】(3/6)
○前原圭一/●竜宮レナ/●園崎魅音/●園崎詩音/○古手梨花/○鷹野三四
【流行り神】(4/4)
○風海純也/○霧崎水明/○式部人見/○小暮宗一郎
【サイレントヒル】(2/3)
○ハリー・メイソン/○シビル・ベネット/●マイケル・カウフマン
【サイレントヒル2】(1/2)
●ジェイムス・サンダーランド/○エディー・ドンブラウスキー
【サイレントヒル3】(2/3)
○ヘザー・モリス/●ダグラス・カートランド/○クローディア・ウルフ
【バイオハザードアンブレラ・クロニクルズ】(2/4)
○ジル・バレンタイン/●カルロス・オリヴェイラ/○ハンク/●ブラッド・ヴィッカーズ
【バイオハザード2】(1/2)
○レオン・S・ケネディ/●シェリー・バーキン
【バイオハザードアウトブレイク】(1/3)
●ケビン・ライマン/●ヨーコ・スズキ/○ジム・チャップマン
【零〜zero〜】(3/3)
○雛咲深紅/○雛咲真冬/○霧絵
【クロックタワー2】(2/2)
○ジェニファー・シンプソン/○エドワード(シザーマン)


6 :

【登場クリーチャー一覧】
【複数存在】(15)
【SIRENシリーズ】(2)
○屍人/○古のもの(屍人、闇人)
【サイレントヒルシリーズ】(5)
○レッドピラミッドシング/○バブルヘッドナース/○ロビー/○ライイングフィギュア/○ナイト・フラッター
【バイオハザードシリーズ】(6)
○ゾンビ/○ケルベロス/○タイラント/○ハンター/○プラーガ/○ラージ・ローチ
【零シリーズ】 (1)
○幽霊
【流行り神シリーズ】 (1)
○死者の霊魂
【唯一存在】(6/7)
【バイオハザードシリーズ】(3/3)
○女王ヒル(@北条沙都子)/○ヨーン/○デルラゴ
【学校であった怖い話】(0/1)
●人形(荒井昭二)
【トワイライトシンドローム】(1/1)
○花子さん
【ひぐらしのなく頃に】(1/1)
○羽入
【サイレントヒルシリーズ】(1/1)
○スプリットヘッド

7 :
            <   ヒャッハー!スレ立て乙だー!    >
             //∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨
            n    ∧ =   ∧          ____ | | |
        ,、,、. l l   /::;;ヽ    /;;:::ヽ    =  |__  | ̄
      _ ( ´ロ`),! |  /::::::;;;;ヽ.= /;;;;::::::ヽ        _/ ./ ミ
     ιニニ   \/::::::::::;;;;;ヽ三/;;;;;::::::::::ヽ      |__/
    /     \  ∠::::::::::::;;;/三\;;;::::::::::/ヽ          ___    ヾ
            \    /, i ! .= i  ̄´ノ__!_       |___| ┌┐
  /         ,, `=- | | |  三 |`''ヽ〈 __,, ヽ       ___/ /
          / / ̄二ノ ノ = !、_nm\,ヽ、\    |___/   ‖
 i |      / ./ / |` ヽノ = ヽ.__,,ノ、  ヽ''  ヽ、   _____, -、
       /  ´  /  /     三     ヽ\      ̄ ̄      !
 ヽヽ  /     /  /    . 三      \ヽ、 _    __   ( 、Ц, )←>>1
    ナ/    /  (      = ヽ、    ヽ    ̄ ̄/ ノ∨ ̄∨
   //(、Ц , | |   ヽ,____;_ 三_,______;_ i'^、_,, -ー''´  彡
  /,,ノ  ∨ ∨| | .― | |_ヽ三    ||   | =`''ー---‐‐''´
         | |    ノ 」   三    ,|.|:  |
         し   `ー´    .= ヽ,,_>,__ >


8 :
 (一)
 空になった弾倉を入れ替えながら、ハンクは己が視ているものに対して首を傾げた。
 "研究所"と手軽な方法で訂正された看板には"ラクーン大学"と書かれている。懐中電灯を仕舞って、マスクを被り直す。
 白と黒で構成された世界に鎮座する、風格を感じさせる洋館めいた建築物。その三階部分にちらちらと光が見えた。先客がいるようだ。
 ハンクは溜息を吐いて、方向を変えた。
 誰かがいると分かった以上、正面から侵入するのは得策ではない。もし、三階にいる人間がこちらに害意を持つ相手であれば、格好の狙撃ポイントを取られたことになる。
 そうでなかったとしても、こちらの位置を既に把握されるような事態だけは避けたかった。有利にことを運ぶためには、如何に相手よりも情報を多く集められるかにある。
 なにより、相手を過小評価しないこと――。
 もっとも、相手は既にハンクに居場所を知らせるような悪手を打っている。そこから、少なくとも狙撃のために三階にいるわけではないと推察できる。
 しかしながら、襲いかかってきた"U.S.S."の同胞たちや、気の触れた東洋人のようなケースを除外できるほど楽観的にもなれなかった。
 少し通りを行くと、大学の裏側に出た。柵を乗り越え、ハンクは放置された車両の影に潜みながら校舎に近づいていく。
 周囲に気を張りながらも、芽生えた奇妙な感覚を消すことはできなかった。
 額面通り受け取れば、あれが"ラクーン大学"ということになる。
 それが腑に落ちない。他所の土地にも"ラクーン大学"というものはあるのかもしれない。しかし、"アライグマ"の大学に通う学生の羞恥は想像に余りある。まともな考えの親なら、そんな大学に子供を通わせたりはしまい。
 マンハッタンでもないのに、わざわざ"酔っ払い"の大学と名づけるようなものだ。
 どちらにせよ、そのような大学施設は経営的に存在しえないことは火を見るより明らかだ。紛らわしいので必ず訴訟の対象となるだろう。なにせアメリカ人は訴訟が大好きだ。
 そうなると、これは紛れもなく"ラクーン大学"という可能性しか残らなくなる。だが、それはそれで納得しがたい。
 だが、任務の前に頭に叩き込んだラクーンシティーの知識――その中に含まれていた"ラクーン大学"の校舎やその関連施設と目の前の風景は一致するのだ。おそらくは構造も一緒だろう。違うとすれば、河ではなく湖が傍にあることぐらいか。
 何か大がかりな悪戯に巻き込まれているのか。それとも、単に悪い夢を見ているのか。
 前者は、己が盤上にいる内は確かめようがない。
 後者は頬を張れば分かるらしいが、かつて夢の中で実行して痛みがあったことを思い出して直前でやめた。
 構えていた拳を解き、十分に接近した建物を観察する。一階の窓ガラスにライトのものらしき光が見えた。別の入り口をと首を巡らすも、目視できる扉は建物の中央付近の一つだけだ。しかも、電子ロックらしき機器が備え付けられている。
 待つことは苦でないが、しかし肝心の侵入経路に支障が出来てしまった。
 扉は如何にも頑強に作ってあり、蝶番を破壊するのも現状の装備では難しいだろう。下手に音を鳴らせば、先客に気付かれるだけでなく、要らぬ来客を引き寄せてしまうかもしれない。
 電子ロックが機能していない可能性を期待するのは元より愚かでしかない。
 もっと迅速かつ理知的で合理的な手段が必要だ――。
「……ひとまず、その辺の窓撃ち抜くか――」
 ふと、聞き慣れたローター音を耳が拾った。ハンクは上空を見上げた。その響きは、段々と夜の空気を大きく震わせていく。
 音は大学のすぐ上空ほどで漂っているのに、視界には星ひとつない夜空が広がるだけだ。
 ただただ夜の静寂が乱されていく。眠りを妨げられたか、駐車場の奥から怒りに満ち満ちた吼え声が上がった。
 即座に銃を構えたハンクの目に映ったのは、重々しい響きと共に突進してくる禿頭の大男だった。

9 :

(二)
 深紅の持つライトの光が"研究所"の纏う夜闇を剥いでいく。しかし、その光の輪は心許なく、返って"研究所"の広大さと不気味さを増幅させているように思えた。
 静寂に包まれた敷地は大半が闇の中にあり、取り返しのつかない袋小路に迷い込まされてしまったような不安感がしこりの様に広がっていく。
 植物か何かのように壁面を覆う血錆の装飾も然るところながら、"ラクーン大学"と記された看板に上書きされた血文字を見てしまったことがそう思わせるのだろう。
 警戒とは裏腹に、問題なくホテルから出られたこと、そしてこの大学に来るまで特段何もなかったことが罠という印象を強固なものにしていく。
 何かがいるはずなのだ。ゾンビたちを潰れた肉片に変えるような大物が――。
 誠は背中にかかる気障りな重みに内心舌打ちしながら、先行する深紅の背中を追った。圭一のどこか軽い足音がすぐ後に続く。
 幽霊が教える、得体の知れない薬――。それに頼らざるをえない状況が非常に腹立たしかった。日野が提案した、"クラブ活動"の余興を思い出し、臍を噛む。これまで使い捨ててきた玩具たちの嘲笑が今にも聞こえてきそうだ。
「――あれ、行き止まり?」
 
 深紅の戸惑いの声があがる。目を凝らせば、数メートル先に鉄柵が立ちふさがり、その先で石畳が途切れているようだ。
 ライトの移動に合わせて視線を這わせると、光の中に弧を描く縁が現れた。広場に大きな穴が空いているようだが、行く手を寸断するほどのものではない。別のルートを探す必要がないことに安堵の吐息をつく。
 穴の縁に、コンソールの様な影が視えた。
「……何の穴なんだろうな。やたら深いみたいだし」
「知るかよ。薬と無関係なことに気ぃ逸らしてねえで、もっと集中しろ」
 好奇心のままに呟いた圭一に対し、棘を隠さずに誠は告げた。襲撃を受けた際、一番不利なのは己だ。当然ジェニファーは捨てるにしても、そのために回避行動が遅れることは否めない。
 これまでのように圭一が応戦してくれるとは思うものの、それを信用しきることは愚かだ。万が一はどのようなときも存在する。それをカバーできるのは、結局己自身でしかない。
「――あっ!」
「今度はなんだ?」
 こちらの舌の根が乾かぬうちにまた声を上げた圭一に、誠は思わず足を止めて振り返った。一拍遅れて、上方に向けられた圭一の顔が照らし出される。
「上の方で何か光った……ような」
「光ったのか光ってないのか、どっちだ?」
「いや、目の端にチラッてしただけだから……気のせいかもしれないけど」
 語気の荒さに驚いたのか、圭一はばつが悪そうに言葉を濁した。
「誰かいるのかも。これまでも銃声が聞こえてきましたし」
「雛咲、"ヨーコさん"に偵察頼めるか?」
「………………。無理そうです。ここに来てから何故か感情が昂ぶってて、まともに答えてくれません」
「役立たずめ。だから地に足のついてねえやつは信用できねえんだ」
 吐き捨てる。ホテルを無傷で脱出できたのはヨーコの存在が大きかったが、"今"使えないのならば無意味だ。深紅が僅かに息を詰まらせた。
 緩やかな階段を上がり、深紅が年季のこもった扉を開ける。
 潜ると、弾力すら感じられそうな血生臭い空気が誠たちを出迎えた。
 エントランスホールは二階部分まで吹き抜けになっており、廻廊がこちらを見下ろしている。
 中央には受付らしきカウンターと大きな階段が据えられており、大学というよりも金持ちの屋敷かホテルのような装いだ。ビバリーヒルズ青春白書に出てくる大学もこのようなものであったが。
 内部も外と変わらず、不気味な静けさに包まれている。

10 :

「ヨーコさんが言っています。ここの三階に、薬を生成する機械……? があるみたいです。向こうの扉から行くんだとか」
「……この階段じゃ行けないのか? てか、何でわかるんだ? 偵察できねえってのは嘘か」
「……分かりません。ヨーコさんはずっと呟くばかりで……あとは頻りに"T‐ブラッド"と」
 舌打ちし、誠は深紅の示す扉に目を向ける。
 どこまで信用しきれるのか。深紅に視線を戻す。彼女は不安げな表情で腕を掻いていた。その様子が更に苛立ちを募らせる。
 行動を誘導されているような、この状況が気に入らない。
 勿論、感染していない可能性もある。そもそも、感染すること自体が出まかせかもしれない。ただし、存分に狩りを楽しむ以上は薬が必要だ。
 それが例え偽薬だとしても――。
 それでも他者に操られているような閉塞感は拭えない。
「新堂さん、ひとまずその機械のとこ行ってみようぜ」
「そう、だな」
 
 頷くと、圭一が先行し扉の先の安全を確かめた。問題ないという圭一の仕草を待って、誠は足を進めた。
 警備室か何かだろうか。電源の入っていないパソコンや監視用のモニターが設置された部屋を抜け、ロッカーの並ぶ細い通路に出た。
 その奥にエレベーターの扉はあった。しばし待って、降りてきたエレベーターの中に乗り込む。
 血錆に覆われた操作パネルに、深紅が一瞬躊躇いを見せた。圭一が小さく詫びて、代わりに三階のボタンを押した。
 唸り声のような駆動音と共に籠が上がっていく。
 到着後、素早く周囲の安全を確認し、深紅が急かされるように対面にある扉を開けた。薬品棚が並ぶ部屋――準備室だろう――を抜ける。
 流し台付きの机の並ぶ大部屋は、機器の電源が幾つも入っていて仄かに明るい。お互いの影が闇から浮き上がって見える。しかし、肝心の電燈はスイッチに汚れが詰まっているのか、ぴくりとも動かなかった。
 この部屋の奥に生成装置はあった。大きめの洗濯機のような無骨な姿だが、これに材料さえ供給できれば自動で薬を生成してくれる優れものらしい。
 下ろしたリュックサックから二つの容器を取出し、深紅がたどたどしい手つきで装置にセットする。
「これで薬作る場所は確認できたわけだな」
「ええ……」
 深紅の同意が返ってくるが、なぜか顔をゆがめている。とりあえず彼女のことは無視し、手近な机の上にジェニファーを下ろす。床に放り捨ててしまいたいところだが、どうにかその欲求を自制する。
「……こいつはこれでいいだろ。"T‐ブラッド"ってのを探しに行こうぜ」
 肩を揉みほぐしながら、誠は圭一に目を向けた。圭一もまた、似つかわしくない表情を浮かべている。何かを言うか言うまいか、悩んでいる顔だ。
 視線で促すと、圭一は小さく頷いた。
「材料探しは俺と雛咲さんで行くよ。新堂さんはここに残ってくれないかな?」
「……理由を聞こうか?」
 睨みつけながら、抑えた声音で問う。圭一は真っ直ぐにこちらを見ながら微笑して見せた。
「新堂さんは雛咲さんをまだ信用できていないんだろ? それじゃ、お互いにいいことはないと思う。だからって、女の子二人を置いていく訳にもいかないじゃないか。だから、役割分担しようぜ。新堂さんは、ジェニファーさんと装置を守ってくれよ」

11 :

 成程と、誠は胸中で呟いた。誠が深紅を信用していないから、圭一は深紅と行くのだという。つまり、圭一は己よりも深紅の方を信用しているわけだ。尤もらしく言い繕ってはいるが、要点はそこだ。
 加えて、自分の意志をその程度のことで遮られたことが何より腹立たしかった。澱が音を立てて、自分の中に溜まっていくのを感じる。
 圭一は裏切り者だ。その判断を下すと、膨れ上がっていた怒気は急速に萎んでいった。圭一もまた、その他のどうでもいい有象無象と同じだっただけのことだ。
「そうかい。分かったよ。さっさと行きな」
「……頼むぜ、新堂さん」
 無理やり笑ってみせると、圭一は屈託のない笑みを返した。戸惑った様子の深紅の背を押しながら、部屋を出ていく。
 残されて、誠は唾を床に吐き捨てた。机の上に転がるジェニファーの影が目に入る。彼女を壊すか。ざらついた衝動が首をもたげた。手を伸ばせばすぐ届く脆い獲物。その誘惑は抗しがたいものがあった。
 どうやって壊すか。ここは実験室だ。大概の器具はあるだろう。バットで叩き壊すだけでは詰まらない。
 しかし、誠は首を振った。魅力的な案だが、まだ圭一は利用価値がある。感情に任せて下手を打つわけには行かない。ましてや、今回の件でほぼ無関係のジェニファーを巻き込むのは若干気が咎めた。
 深呼吸を数度し、誠は隣の準備室に向かった。
 薬品棚は品質の変化を抑えるために冷却機能も付けられているようだ。唸るような駆動音が部屋に満ちている。
 軋みを上げるガラス戸を開け、誠は蛍光灯で照らされた小瓶を手に取る。ラベルは周囲と同様に汚れていて読めない。ひんやりとした空気が足元を流れていく中、漸くの目当てのアンモニア溶液らしき小瓶を探し当てた。ついでに生きているペンライトも見つけた。
 それらを手にジェニファーの元へ戻ると、誠は蓋を取って小瓶の口をジェニファーの鼻に近づけた。
 目が見開かれ、ジェニファーは咳き込みながら身を起こした。その激しさに、少々憂さが晴れる。
 漸く発作が止まり、彼女は辺りを見渡した。涙目になりながら、眩しそうに誠を見上げる。
「ここは? み、ミクとケーイチ……は!?」
「ここは研究所だ。そこにあるのが薬の生成機だそうだ。あの二人は残りの材料を探しに行った。俺は……あんたのお守りだ」
 ジェニファーが安堵したように深く息を吐いた。無意識に傍らの虚空を手で撫でようとして、彼女は動きを止めた。
「……ツカサは?」
「おまえの想像通りだよ」
「…………。そう」
 泣き叫ぶかと思ったが、ジェニファーは小さく呟いただけだった。感情を全部抑え込んでしまったらしい。
 舌打ちし、誠は腕を組んだ。
 風でも強くなってきたのか、外から断続的な重低音が聞こえる。音はどんどんと大きくなっていく。いや、近づいてきているのか。
 風などではない、もっと機械的な――。

12 :

「ヘリコプター?」
 誠とジェニファーが口にしたのは同時だった。
 窓を見やるが、星ひとつない闇が広がるだけだ。また、不思議なことに音が反響していて方角がつかめない。
 窓に駆け寄ったジェニファーが格子を持ち上げ、自分の存在を報せようと大きなジェスチャーで声を張り上げる。
「ここよ! 気付いて! お願い!」
 その様に、誠は皮肉気に口をゆがめた。
 どれほど声を上げてもコクピットまでは届きやしないだろう。それに、こんな早くにヘリコプターで救助されるなんて終わりは求めていない。ケチはついたが、まだこのサイレントヒルを楽しみ切っていない。
 と、近くで立て続けに銃声が響いた。他にも人がいるのだ。
 斬り下げるような風切音が混ざる――
「圭一の見間違いじゃなかったのか――」
 そう呟いた直後、耳を劈く破砕音が轟き、建物を振動が襲った。衝撃で窓ガラスが砕け散り、天井の一部分が軋みを上げながら崩れ落ちる。甲高い不協和音と粉塵の舞い散る中、実験準備室の中央付近に大きな人影が存在していた。
 影はゆっくりと立ち上がる。さらりと衣擦れの音が鳴った。
 全体像は分からないが、ホテルで襲ってきた三角頭と同じような巨体であることが分かる。煙霧の中で爛と光る双眸が誠を捉えた。
 その瞬間、誠は身体が硬直するのを感じた。指すら自由に動かせない。ただ視界に入っただけだというのに、巨人から漏れる鬼気に当てられてしまった。
 殺意も何もなく、ただ虚無そのもののような瞳――。
 これが畏怖というものだろうか。
 震えすら走らない。ただただ心と体が冷たく――無感覚になっていく。まるで周囲の大気が凍てついてしまったかのようだ。
 ジェニファーが悲鳴を上げた。
 巨人の視線が逸れた。途端、身体を抑えつけていた圧力が霧散するのを感じた。誠は踵を返すと脇目も振らずに実験室を飛び出した。
 半透明のカーテンが幾つも吊り下げられた部屋を駆け抜ける。ジェニファーは勿論、薬のことも、圭一たちのこともどうでもよくなった。
 死んでしまっては意味がない。
 あれはそういう相手だ。
 相対してはならない相手だ。
 己は上位の存在でもなんでもなかった。
 ただの、狩られる兎だ――。
 血流にのって怯怖が全身を駆け巡っていく。前方をふさぐカーテンをバットで振り払いながら、誠は漸く悲鳴を上げた。

13 :

(三)
 圭一がパネルを操作し、箱が効果を始める。旋毛を引っ張られるような独特の浮遊感は何回経験しても慣れるものではない。
 深紅は背負ったリュックの中にある、あのノートブックのことを思った。
 中年男性のこと以外にも読み取れたことはあったのだ。
 視えたのは中年男性だが、感じ取れたのは父親を慕う子供の心だ。狂おしいまでに純粋な、奔流のごとき父親への思慕――それは深紅がずっと抑え込んできた兄への想いを膨れ上がらせた。込み上がる熱いものを堪えるのに精いっぱいで、そこまで告げる余裕がなかった。
 だが、告げられなかった理由はもう一つある。
 そのイメージの奥から結ばれる像は一つではなかった。幼い子供と、己とそう変わらない年頃の少女の二つだった。
 噛み合わない異なる魂が混ざり合っているような、奇妙な感覚。
 そのことに戸惑い、結局その後も口にすることができなかった。
 あれはおそらくはハリー・メイソンなる人物の娘なのだろうが、ああも違って視えるものだろうか。
 
「……ヨーコさんは何て言ってる?」
 圭一が階層を示すパネルを見上げながら呟いた。
 
「……"T-ブラッドを探して"って。あとは人の名前。多分、ヨーコさんにとって大切な人たちだと思う」
 深紅は眦のあたりを抑えた。ヨーコはずっと急かし続けている。思念は前後の繋がりが曖昧で、感情そのものをぶつけられているような形だ。混乱しているようでもあり、歓喜しているようでもある。
 それでも単語は拾い上げることができる。特に"ここ"、"ケビン"、"アリッサ"、"T-ブラッド"、"時間がない"の四つの単語は繰り返し呟かれている。偶に"ジム"という名前が思い出したようにそこに加わる。
 腕のかゆみは気障りなほどに悪化していた。ゾンビに引っかかれた場所だということが気にかかる。
 ――時間がない。
 ヨーコの独り言は、深紅自身にも向けられている気がしてならなかった。
 本当に――。
 深紅は皮肉気に口を歪めた。本当に、己の人生はひとつも思い通りにならない。悪いことだけが積み重なっていく。
「探してって言ってもな。具体的にどんなものか分からねえもんな。ここのどこかにあるもんなのか? ゾンビ化させるウイルスに感染した奴の血ってことならゾンビ自体も当てはまるけど、それならとっくにヨーコさんそう言ってるはずだろうし」
 圭一は腕組みしながら首をひねった。
 "T-ブラッド"が具体的に何なのか、ヨーコ自身から聞いていなかった。圭一の言うとおり、ウイルスに感染した者の血でよければ深紅のものでも代用できるはずだ。
 メモには"サンプルを受け取る"とあった。きっと、何か特別なものなのだ。
 しかし、それが分からない。ヨーコはといえば、急かすばかりで要領を得ない。
 焦燥ばかりが募り、不安が胸を締め付けていく。
 電子音が鳴り、エレベーターが停まる。開いた扉から伸びるライトの中に動くものはない。
 それでも、圭一はいつでも振り下ろせるようにバットを構えてゆっくりと歩き出した。
 成長期特有の華奢な背中を見つめながら、深紅は素朴な疑問を投げかけた。
 
「……圭一さんは、ヨーコさんのこと信じてるんだね」
 圭一は立ち止まって、深紅を顧みた。
「勿論。俺、雛咲さんを信じてるからな。だから、ヨーコさんのことも信じられるよ」
 
 事もなげに、むしろ何故問われたのか分からないといった表情で圭一は答えた。
 その簡潔さに深紅は苦笑を浮かべた。
「何を根拠に? 居るかどうか確かめられないものを、どうやって信じられるの? 私が嘘を言っているっていう方が現実的でしょう?」

14 :
 意地の悪い問い掛けだと、深紅は認めた。
 圭一は事あるごとに"信じる"ことを強調してきた。その言葉に、彼がこれ以上ない拘りがあることは容易に想像がつく。
 ただ、だからこそ訊いてみたかったのかもしれない。兄以外の誰とも分かち合うことのできなかった秘密を抱えてきたからこそ、"信じてもらう"ことへの抵抗があった。
 圭一はドアノブに手を掛けながら頭を振った。
「根拠なんて、人を信じる理由にならないよ。どんなに情報を揃えたって確信にはならないだろ」
 圭一が慎重に扉を開く。深紅は隙間に懐中電灯を差し込んだ。エントランスホールは、変わらぬ静寂に包まれている。
 ふうと、圭一が息を吐いた。
「……根拠なんてさ、結局自分を納得させるだけの都合のいい材料でしかないんだ。その人を自分が本当に信じたいかどうかなんだよ。大事なことはさ」
「それって、とても危ないことのように思えるんだけど。悪い人に会ったら格好の餌食だよ」
「かもね。でもさ、信じるってそういうリスクも呑み込んじまうことだろ。騙されることはあるかもしれない。だけど、例え騙されても許すって覚悟を決めていればそんなのは全然怖くないんだ。
 そんなことよりも、信じなかったことで大切なものを無くしちまうことの方が、俺は怖いな」
「………………」
 二つの足音がホールに響く。忍び足を意識しても、嘲るように靴は床を鳴り響かせた。 
「新堂さんはさ、まだそういう覚悟はできないんだと思う。リーダーの責任があるし、俺と違って慎重だし。だけど、もう少し時間をおいたら分かってくれる。なんせ、新堂さんは会ったばっかの俺のこと信じてくれてんだぜ?
 お人よしには変わりねえよな。気長に待とうぜ。なんとかなる。どんなことでもさ」
 圭一が、人を惹き付けるあの笑顔を浮かべているのが分かる。
 望んでいた答えではなかったが、だがそれでも心を縛っていた枷が幾つか消えていく。
 信じるに値しないものを信じる。もしかしたら、それが本当に信じるということなのかもしれない。
 希望もまた、同じものだ。まず、なんとかなると己が信じなければ。
 これからの人生も――。
 孤独も――。
 今の深紅を取り巻く状況の全ても――なんとかなる。
「ありがとう」
 自然と口に出た言葉だが、少しばかり気恥ずかしかった。圭一も照れたように笑った。
「それに、人に言えない秘密って分かるしさ。ずっと秘密にしておく辛さも、話した時の怖さも」
 ふと、ヨーコが文字通り流れるようにしてホールの奥、階段の下にある扉の向こうに消えていった。
 突然走り出した深紅に、圭一が戸惑いの声を上げた。
 ヨーコのことを告げながら、勢いよく扉を開ける。通路に、ばちばちと何かが弾ける音が響いていた。
 ライトで周囲を照らすと、"危険"と書かれた柵の中に大きな機械が見えた。その傍には、裏口にしては立派な扉がある。反対側の奥には白いペンキで"C−3"と記されたシャッターがあった。
 ヨーコはそのシャッターの傍らに立っていた。
 付近に火の粉が舞っている。深紅はヨーコに走り寄った。
 ヨーコは一点を見つめていた。釣られて、深紅はライトをそちらへ向けた。
 切れた配線が蛇のように垂れ下がり、揺れながら火花を散らしている。これが異音の正体か。

15 :

「あっぶねえなあ。そこのスイッチで悪戯されちまうじゃんか」
 圭一は壁にあるスイッチにちょんとつついて見せた。
 深紅はヨーコに視線で問い掛けた。ヨーコは深紅に向けて、同じと一言告げた。大分落ち着きを取り戻してきたようだ。
 この建物なのだという。仲間と共に特効薬の材料を求めて歩き回っていたのだと、彼女は告げた。
 改めて"T-ブラッド"のことを問おうとしたとき、遠雷のような重低音が校舎を震わせた。音は段々と、建物と鳴動するように大きくなっていく。
「ヘリコプターかな、これ――」
 圭一がつぶやいた。
 と、大きな吼え声が上がった。それと共に、どこか軽妙な炸裂音が立て続けに響く。ほんのすぐ近くだ。
 一旦外へと出て行ったヨーコが、戻ってくるなり逃げてと叫んだ。しかし、それを圭一に告げることはできなかった。建物を轟音が揺るがしたからだ。天井から埃や塵がぱらぱらと落ちてくる。
 重い何かが降ってきて、校舎の屋根を突き破った。そんな噪音と衝撃だった。
 窓ガラスを影が横切ったような気がした。重い何かが外壁へとぶつかって拉げる鈍い音が耳朶を打つ。銃声と破壊音が交錯し、調べの如く闇に踊った。
 外で光が瞬き、窓ガラスを貫いた。深紅の頬を灼熱を帯びた何かが掠めていく。背後で、シャッターが甲高い金属音を奏でた。
「雛咲さん、無事か!?」
 壁に張り付くような態勢の圭一が叫んだ。頬に触れると、血が指先を濡らした。深紅は悲鳴を上げながら後ずさった。ぶつかったシャッターががちゃりと揺れる。
 穴の開いた窓ガラスを枠ごと突き破り、黒い何かが飛び込んできた。
 それは黒ずくめの衣装に身を包んだ男だった。顔はガスマスクで覆われていて、歳は分からない。手には拳銃が握られ、肩にも少し大きめの銃を下げている。
 男が床で一回転して立ち上がるのと同時に、裏口の扉が吹っ飛んだ。男が舌打ちする。
 吼え声を上げながら大男が現れる。黒ずくめの男の倍はある巨躯だが、それ以上に大男は異様な姿をしていた。
 右腕は欠損し、その替りとでもいうように肥大した左腕。
 その先端には五指の骨が穂先のように並んでいる。
 ライトに照らされる肌は黒く、顔の半分は火傷でどろどろに溶けて癒着していた。何よりも、上半身の一角を占める剥き出しの巨大な心臓が、大男が"人"ではないことを告げている。
 それでも陰部を覆うブーメランRが、大男が"人間"であったことの印のようで嫌悪感が募った。
 照らし出された悍ましい姿に圭一も深紅も言葉を無くした。ヨーコの声は、もう絶叫となっていた。逃げるべきだ。そんなことは分かっている。だが、魅入られたかのごとく体が動かない。それでも無理に動かすと、三歩もいかずに足がもつれ、深紅は尻餅をついた。
 破裂音を轟かせて、大男が床を蹴りあげた。床板を踏み割るような響きが通路に反響する。
 黒ずくめの男が一歩後退して拳銃を構えた。
 銃声と焔が闇を裂く。
 飛び出した空薬莢が床に跳ね、大男の悲鳴が迸った。右目から血を噴かせた大男が、角口で僅かに蹈鞴を踏む。黒ずくめの男は踵を返すと、立ち上がる深紅の横を走り去った。
「こンのぉ!」

16 :

 圭一が自分を鼓舞するように声を上げながら、壁のスイッチを操作した。配線の断面から青い稲妻が迸り、圭一の後姿を包む。
「あれ――?」
 圭一が間の抜けた声を漏らした。圭一の背中からは、白い大爪が生えていた。白い先端は血と肉片に飾られ、ぬめりと光っている。
 稲妻は大男を貫かなかった――。
 悲鳴は出なかった。代わりに、逆流した胃酸が深紅の喉を焼いた。
 圭一がごぼごぼと嗽の様な音を零した。その身体がゆっくりと持ち上げられる。独眼が、無感情に圭一の身体を見つめている。痙攣する圭一の真下に、真紅の池が作られていく。
 深紅は廊下を走り出した。壊れた人形の様に吊り下げられる圭一の姿は、抉りこむようにして網膜に突き刺さっていた。
 残ったヨーコが圭一の名を叫んでいる。
 圭一は助からない――。
 自分でも驚くほど冷静に、そう判断を下していた。同時に、彼を見捨てたことも認める。
 無駄と知りつつも助けようとするのが筋だとも思う。
 しかし、それは出来ない――。
 この大学に圭一を導いたのは己だ。圭一を死なせたのは深紅自身だ。
 圭一に縋りつき、"仲間を助けようとする女"としてRば、心は満足するかもしれない。
 だが、誠とジェニファーはどうなる。彼らはこの事態を知らない。
 真相を知れば、誠たちは深紅から離れていくだろう。しかし、そんなことは些細なものだ。
 彼らまで死なせてなるものか――。
 その一念が、己を引き裂いてやりたいほどの慚愧を抑え込んだ。
 まずは二人の安全を確かめるのだ。あの、建物を揺るがした轟音。それは誠たちのいる実験室の方向に思えてならなかった。
 肉が引き千切られる音と圭一の絶叫が深紅を追いかけてくる。それを振り切って、深紅は開けっ放しの扉に飛び込んだ。
 廊下にはゾンビたちが転がっていた。動く様子はない。どれもが脳漿を壁や床にぶちまけていた。前方から銃声と打撃音が聞こえてくる。
 角を二つ曲がると、待合室の薄明の中に影が躍っていた。
 影は寄ってくるゾンビの懐に躊躇なく踏み込むと、そのゾンビの踝を踏み抜いた。態勢を崩すゾンビの頭部を掴み、無造作に壁へと叩きつける。吐き気を覚えさせる、重い軋みが響いた。
 踏み抜いた足を軸に影は僅かに方向を変えると、肘鉄で別のゾンビを突き飛ばした。そのゾンビが数歩後退する僅かな時間に、影は半身をずらして三体目のゾンビの背後に回り込んで膝裏を蹴りつける。膝をついたゾンビの後頭部に踵が振り下ろされ、そのまま床に叩き潰される。
 脛骨を踏み折るその遺響の中で、影は軽妙に足を踏みかえて残ったゾンビに向き直った。息ひとつ乱さぬまま、右手に握られた拳銃が火を噴き、先ほど突き飛ばしたゾンビの頭の半分が爆ぜ跳ぶ――。
 瞬く間に三体のゾンビを無力化し、影がエントランスホールへの扉を蹴破った。
 
「待って! お願い、助けて! 私に、協力してください!」
 深紅は叫んだ。
 三階が、自分一人ではどうにもできない事態に陥っている可能性に思い当たったのだ。たとえば、二人が瓦礫に埋まっているとか――。
 倒れたゾンビを飛び越え、深紅は待合室を駆け抜けた。ヨーコはまだ追いついてこない。
 影――あの黒ずくめの男は足を止め、肩越しに深紅を見た。後方で、壁を壊すこもった音が鼓膜を揺らす。
 乱れる呼吸を鎮める深紅に、黒ずくめの男は首を傾げて見せた。
「三階にいたのは君たちか。エレベーターはあそこに?」

17 :
 低く落ち着いた声音で発せられたのは、しかし、深紅への返答ではなかった。手袋に包まれた指が奥を示す。
「そうですけれど……あの?」
「降りてきてどのぐらいになる?」
「ついさっき、です」
 多少戸惑いながら答える。破壊音は続いていた。あの巨人の足音と雄叫びが聞こえる。
 しばし考え込んでから、黒ずくめの男は頷いて見せた。
「ふむ。協力と言ったな。私の記憶が間違っていなければ、協力とは、互いの役割をこなすことで不可能を可能にすることだ。たしかに、奴から逃げ切るのは難しいだろう。あれは殺戮本能の塊のようなものだ。殺せるものはすべて殺さないと気が済まない。厄介な手合いだな」
「ええと……」
 黒ずくめの男は拳銃から一旦弾倉を引出し、すぐにそれを戻した。音はすぐ隣の部屋に到達していた。
「猶予はないな。私からも頼もう。私に協力して欲しい」
「それは……勿論です。とにかく、私のとも――」
「ありがとう」
 短い礼と重なるようにして銃声が響いた。深紅は先ほどとは比べようもない熱と衝撃を膝に感じた。突き抜けた衝撃に足を払われる形で深紅の身体は突然バランスを崩した。どうにか床に手をついて体を支える。
 からからという金属音が床を転がった。
 熱い液体が膝から流れ出て広がっていくのを感じる。
「時間を出来る限り稼いでくれ」
 子供に使いを頼むような気安さで言い残し、黒ずくめの男はエレベーターに続く扉へと消えて行った。
 深紅は呆然とその背中を見送った。立ち上がろうとし、苦痛に深紅は身を捩った。左膝を拳銃で撃ち抜かれたのだと、深紅は漸く理解した。理解した途端、耐え難い痛みが体の中を暴れまわった。
 ずしんという鈍い響きが二階から聞こえた。次いで、階段を駆け下りてくる足音が耳に入る。
 痛みに耐えながら、深紅は音の方へ顔を向けた。ライトが顔を照らし、深紅は目を細めた。
「し、新堂、さん?」
 降りてきたのは誠だった。ジェニファーの姿はない。誠は深紅を無感情な表情で一瞥すると、すぐに正面扉に向けて走り出した。
 激痛の合間を縫って、深紅は誠の背に向かって叫んだ。
 
「じ、ジェニファー、さんは!?」
「知るかよ!」
 誠は険悪に吐き捨てると、正面扉を押し開けた。ひんやりとした夜気が床を這って流れ込んでくる。
 ついにエントランスホールの壁が破られた。轟音の幕を掻き分け、材木も鉄骨も区別なく粉々にしてあの巨人が入ってくる。思わずそちらにライトを向けた誠が短く悲鳴を上げ、外へと駆け出した。
 深紅は呆然と誠のライトを見送った。腕の痒みが全身へと広がっていく――。
 横殴りの衝撃が深紅の身体を弾き飛ばした。成す術もなく深紅は宙を舞い、床の上で幾度となく叩きのめされるように転がる。その最中、巨人が正面扉を殴り壊す音が聞こえた。
 漸く止まって、深紅は咥内を満たす血に咽た。だが、うまく腹に力が入らない。しかし一方で、身体を苛んでいた痛みが、波が引くように消えていくのを感じた。
 目を開けると、ヨーコが立っていた。彼女は悲しげに深紅を見つめている。
 
 ――ジェニファーは……――
 ヨーコが口を開いた。彼女が何を言っているのか、深紅にはもう分からなかった。

18 :

 (四)
 三四は興奮に乱れようとする吐息を抑えながら、次のページに目を落とした。
 手にしているのは一冊のノートだ。
 それ自体は"アンブレラ"なる製薬企業の社員の研究メモのようなものだ。
 しかし、その書かれている内容に、三四はページをめくる手を止められなかった。
 本人にしか分からない箇条書きの羅列のため、書かれている内容全てに理解は及ばないが、それでも読み取れることは大いにある。
 大まかに言えば、この研究員、引いては"アンブレラ"は"T-ウイルス"なるウイルスの軍事利用を目的に据えて研究してきたらしい。
 このウイルスの特性は、一つに適応性の高さ、二つに感染率の高さが上げられるようだ。そして、副作用として齎させる生物の狂暴化。
 それだけならさりとて珍しいものではない。
 この特性はインフルエンザ・ウイルスやエボラウイルスに見られるものだし、何より副作用も含めれば狂犬病ウイルスが連想させられる。まさか植物を含む全生物に感染するなどということはあるまい。
 それらと際立って違うのは、生物の遺伝子構造を恣意的に組み替え、融合させるという特性だ。インフルエンザ・ウイルスの様に、容易に突然変異を起こす場合はある。
 しかし、感染した宿主の遺伝子情報に変異を起こすウイルスなど聞いたことがない。悔しいが、世紀の大発見だ。遺伝子組み換えのため、制限酵素やDNAリガーゼを用いる過程すらいらなくなるかもしれない。
 ともすれば"キメラ生物"の研究を容易にし、それこそ神話の中の"キマイラ"さえ実現可能となりうる。
 いや、実のところ、それは可能だったのだろう。
 隣の部屋に吊るされていた、鱗の生えた大型類人猿のような生物。それこそ、哺R類と爬虫類の"キメラ"にしか見えない。残念ながら、あの死体に対する記述はないようだが。
 この研究員は"タイラント"なる人型兵器の開発に心血を注いでいたようだ。ネグロイドを素体にした試作品を、死を司る神"タナトス"の名を授け、傑作と評している。
 しかし、現代のフランケンシュタインの理念は雇用主とは相容れないものであったようだ。企業は量産化を求め、彼は"タナトス"を唯一無二の存在にしようとした。
 彼にとって、量産化は考えられないほどに無粋で愚昧なことだったらしい。そこに至る筆跡の乱れから、綴られた痛罵以上に企業への失望が垣間見えた。
 それから彼は、ここの大学職員を利用してウイルスの特効薬を作ろうとしたようだ。その薬を作るための材料の一つが"タナトス"の血液であるとは皮肉なことだが。
 あるいは、それすら想定していたことなのか。
 ポール・バーグによって初の遺伝子組み換え実験が行われて十年ばかりだというのに、この企業による技術の進展には薄ら寒ささえ感じられる。
 いや、"十年"ではないのかもしれない。
 今現在を、レオンは"一九九八年"と言っていた。それをそのまま信じるわけではないが、このウイルスが発見されて二十年近く経過したのだとすれば、まだあり得る未来のように思う。所詮、可能性の海の彼方の話でしかないが。
 懐中電灯の光のみで読むのに少し疲れ、三四はノートから顔を上げた。
 この部屋は多目的ホールか何かなのだろう。汚れすぎていて分かりづらいが、ホワイトボードのようなものが確認できる。三四の前にある机の上には壊れた複数の小型モニターに、プロジェクターもあった。
 しかし、大きさの割に殺風景な内装で、居心地はあまりよくない。もう呑み込んだはずの過去を――あの児童養護施設の風景が重なる。三四は身じろぎして、マントを引き寄せて体に纏わりつけた。
 机の前には初老の男性が倒れていた。おそらくは、彼がこの手帳の持ち主だろう。そうでなければ、ただの覗き趣味の男か。
 アサルトライフルを傍らに置き、レオンはその男の死体を念入りに調べている。調べることで、どうにか現実感を取り戻そうとしているように見えた。もしくは、警察官の本分に徹することで平静を保っているのか。
 大学の事務室で目にした、死んでいるはずの状態で生きている人間たち。少し前に封切られたアメリカ映画の宣伝そのままの姿で、彼らはいた。レオンも同じことを考えたようで、彼らを"ゾンビ"と呼んだ。
 言葉による制止も聞かず、熱に浮かされたような足取りで近寄ってくる彼らの前から逃げ出したのがつい二時間ほど前か。死人憑きか、はたまた新手の感染症か。

19 :
 最近特定された、殺人バクテリア――ビブリオ・バルニフィカスという線もなくはない。しかし、組織が壊死しているのであれば歩けるはずがない。ということは、壊死しているのは表皮や脂肪だけなのか。
 三四は小さく吐息を吐いた。自分の知識だけでは、見たものの答えを見つけようにもピースが足りなすぎる。
 この大学は"ラクーンシティ"なる都市にあるものと同じ名前であるらしい。レオン自身は実際に目にしたことはないようだが、もし仮に"ラクーンシティ"と同じものだとしたら――腹立たしいことだが、好奇心が疼くのも確かだ。
 常識の範囲で考えれば、知らない内に海外旅行などできるはずがない。確実な記憶に依れば、三四は入江診療所で眠りに落ちている。三四自身はそれから朝まで入江診療所から一歩も出ていないはずなのだ。
(身体は今も入江診療所にある?)
 ならば、これは夢か。
 現実にはありえない、悪夢のような風景。だが、夢の風景とて何処かで見たことがあるものなのだ。本当に見たことがないものを人は作り出せない。
 もし、複数の夢が融合したとすれば、それはやはり悪夢のような風景を形作るに違いない。色を重ねれば、行き着く果ては澱んだ黒だ。
 そうでなければ、これは本当に――祟りなのか。
 三四の視線に気づいたのか、レオンは調査の手を止めて顔を上げた。いや、とうに調査自体は終わっていて、三四が読み終わるのを待っていたのかもしれない。
 成果を尋ねてくる彼に情報を掻い摘んで伝える。レオンは苦笑しながら頭を抱えた。
「そいつはもう非主流科学(フリンジ・サイエンス)だよ。常軌を逸している。スカリーも真っ青だ」
「何か主流で、何が非主流なのか。その線引きをすることは不可能なのよ。何が正しくて、何が狂っているのかもね」
「……じゃあ、時速88マイルで走ればタイムスリップ出来るって考えも馬鹿にできないな」
「随分とお手軽な時間旅行ね。その突飛な発想もジャンクじゃないわ。立証さえできれば」
 鼻で笑ってから、三四はノートに目を落とした。だが、レオンの呼びかけに遮られた。
「……時間っていうのは戻れないものなのか。全部リセットして、やり直せないものかな」
 随分と幼稚な問いかけをするものだと、三四は内心苦笑した。
 戻れないからこそ、人は必死に生きるのではないか。他を食いつぶし、懸命に己の価値を、場所を求めていくのではないか。
 加えて、やり直しはこれまで自分の時間に関わってきたもの全てを否定することにも繋がる。それはその時を生きたものに対する最大の冒涜だ。ましてや、祖父の存在を忘れることなど出来ようはずがない。
 忌まわしい記憶もすべて、大切な自分の歴史の一部だ。後悔することと、否定することは全く違うものだ。やり直しの利く人生などに価値はないし、あってはならない。
 答えないでいると、レオンは構わず続けた。
「俺がもっとうまく立ち回りさえすれば、あの二人を死なせずに済んだはずなんだ」
「……残酷ねえ。またその二人に死を味あわせるなんて」
 軽く嘲笑してやると、レオンは苦々しく三四を見やった。
「……今度は違う結果になるかもしれないだろ。少なくとも、どちらかは助けられたかもしれない」
「そうしたら、今度はその救えなかった方のことで悩むんでしょう? どうあっても、人は死ぬのよ。レオンくん。それにね、二人はもう生きてはいない。これはね、絶対に変わらないことよ」
「首尾一貫の法則ってやつだな。……そういう、逃れられない運命だったって納得するしかないってことかよ。俺には……小さい女の子も救えないって」
 レオンは自虐的な、泣き顔とも取れる表情で嗤った。聞いたことのない法則だったが、それを訊くのは止める。
 見ず知らずの男と少女のことでここまで気を病むとは、甚だしいまでのお人よしだ。引いては、彼がそれなりに幸せな人生を歩んできた証拠でもある。
 苦労知らずの坊やが、初めて壁にぶちあたった。そんなところなのだろう。時がたてば、過去を彩る傷の一つでしかなくなる。
 どうにもならないことなど、どこにだって溢れている。それでも、どうにか折り合いをつけていかなければ生きていけない。
 三四は肩を竦めた。

20 :

「運命なんて、逃げる口実にするには少し大仰すぎるわね。どうしても逃れられないなら、それは天災と一緒よ。意味を持たない単なる事象。そういうのは運命とは言わないんじゃない? むしろ、人が逃げたくなくて、立ち向かっていくものを運命って呼ぶんじゃないかしら」
「手厳しいね。なるほど、運命はカードを混ぜるだけ……か」
「ええ。勝負するのは自分自身。私なら、逃げないわねえ」
「……勝負するだけじゃ駄目だ。勝負するからには、勝たなきゃな」
 レオンは言い聞かせるように力強く頷いた。
 勝手に自己完結して立ち直ってしまったらしい。男とはこうまで単純なものかと、三四は呆れた。 
 だが、決して不愉快ではない。レオンの、真っ直ぐで力強い瞳には見覚えがあった。
 そうかと、三四は胸中で呟いた。自らの手で殺した男の幻影が一瞬映り込んだ気がした。郷愁に近いものが胸を突く。
 悲願を達成したはずなのに拭えなかった、己の中の虚ろ。
 富竹ジロウを失ってしまったことを己は悔いている。
 認めたくはなかったが、気づいてしまった以上、それは無駄なことだった。
 諦めを吐息に混ぜ、三四はノートを仕舞った。もう、読む気分ではなくなってしまった。
「レオンくん。そろそろ、地下に行ってみない?」
 髪を指先で弄りつつ告げる。レオンは頷きかけて、ふと動きを止めた。その理由はすぐに分かった。
 音だ。ヘリコプターのローターが回る、独特の重低音。それが段々と近づいてくる。
 しかし、窓ガラスから覗く夜空にはヘリコプターの姿はどこにもない。耳を塞ぎたくなるほどの大きさになっても、それは変わらなかった。
 銃声が聞こえた。そして、それを掻き消すように轟音と衝撃が建物を貫いた。
 三四は机をしっかりと掴んで身体を支えた。
 似たような態勢で、レオンが何事かと声を上げる。ローター音はいつの間にか前触れもなく消えていた。
 そして――医療用カーテンの向こうから悲鳴が聞こえた。
 この部屋で手に入れた拳銃を引き抜き、レオンが声のした方へ飛び出した。運命と立ち向かう絶好の機会とでも思ったのだろう。悲鳴を聞くと興奮する性癖だとしたら少し面白いが。
 確実なのは、他にまともな人間がいたということだ。三四も拳銃を握ってから、レオンに続いてカーテンを捲った。
 今度は情けない、男の裏返った悲鳴が聞こえてきた。
 同時にレオンが仰け反る。バットでカーテンを掻き分けながら、少年が飛び出してきたからだ。高校生だろうか。白いワイシャツに黒い学生ズボン姿だ。顔は青ざめ、まるで死人のようだ。滂沱のような汗が額に光っている。
「人殺しめ」
 少年はレオンを見るなり、目を見開いてそう呟いた。そしてレオンの制止も聞かず、そのまま脇を駆け抜けていく。アサルトライフルの持ち主が簡易ベットに横たわっているので、それで勘違いしたのかもしれない。
 少年が出てきた方向から、女性の悲鳴が聞こえた。困惑の色を消し、レオンは駆け寄ってドアを開けた。彼の懐中電灯が部屋の中を照らす。
 映し出されたのは、天井に大穴を空けて、他にも大幅に見た目を変えた実験室だ。
 粉塵の舞う室内には二つの人影があった。一つは、赤いハーフコートにロングヘアーの少女。歳は、園崎魅音とそう変わらないだろう。ゲルマン系だろうか。身震いするほどに整った容姿だった。
 そして、もう一つは――。
 銃声の響く中、レオンが息を呑んだのが分かる。
 二メートルを優に超す禿頭の大男がそこにはいた。巨体を踝まですっぽりと覆い隠すトレンチコートを纏い、肌は岸壁のような灰色だ。それだけならまだ奇妙の一言で済むかもしれない。
 しかし、目を見た瞬間に違うと知れた。水銀を流し込んだように底光りする双眸は何の感情も込められてなかった。
 人間にそっくりで、人間ではない――それは、怪物だ。

21 :

「君! こっちだ!」
 レオンが少女に向かって叫んだ。少女はレオンの声に素早く反応すると、こちらへと走ってくる。
 大男は黙して、少女の逃走を見送った。視線を動かし、レオンと三四に向き直った。大男は、ゆっくりと足を踏み出した。
「おい、止まれ! 警察だ。両手を頭の上で組んで、ゆっくり後ろを向け!」
 少女を背中に庇い、レオンが銃を構える。しかし、大男は逡巡する様子も見せずにこちらへと接近する。
 レオンが舌打ちし、コートに覆われた膝のあたりに向けて発砲した。一瞬の閃光が、舞い散る塵に煌めいた。
 しかし、銃弾はコートの表面にめり込んだだけだ。続けて三発銃声が上がるが、大男を抑止する役には立たなかった。胸への発砲も同様だ。潰れた弾丸が床に落ち、虚しい響きを残す。
「……ターミネーターかよ、くそ」
「レオンくん、一旦引きましょう。向こうからでも降りられるわ」
「……そうだな。君、走れるか?」
 少女が頷く。顔は恐怖で強張っているが、見た目に反して胆力は中々のものらしい。
 少しでも時間稼ぎをしようというのだろう。レオンが扉を閉めるのを音で確認した。
 三四は多目的ホールに戻り、奥の扉に手を掛けた。背後で、付いてきた少女が小さく悲鳴を上げた。死体に驚いたようだ。
 気にせず、三四は進んだ。壁の反対側から、実験室の扉が砕かれた音が聞こえた。
 三つの足音がグレーOの上を転がっていく。梯子を下り、開けっ放しの扉を潜る。学長室だろうか。厚みのある絨毯と大ぶりの調度品、壁には肖像画らしき額縁が複数並んでいた。
 一階からは、壁を穿つような音と振動が床を震わせていた。
「この先の安全を確かめてくる。少し待っててくれ」
 告げて、レオンが部屋を出て行った。予想が正しければ、この先はゾンビがいた通路に繋がるはずだ。
「――マコトは……アジア系の男性が、そっちに、来ません、でしたか?」
 肩を激しく上下させながら、初めて少女が言葉を発した。マコトとは、先ほどの少年のことだろう。
 三四は彼女に微笑んで見せた。
「その子なら、さっさと逃げて行ったわよ。ご愁傷様。ババを押し付けられちゃったみたいねえ」
 少女は、そうですかと呟いた。傷ついたようだが、歳に似合わない諦観めいた覚悟が顔に浮かんでいる。
 ババを押し付けられたのは、むしろこちらかもしれないと胸中で付け足した。
 これでは、この大学を調査するというわけにも行かなくなってしまった。
 “ゾンビ”だけでなく、あんな怪物までいることも判明してしまったし、何よりこの女の子を放ってまでレオンが調査を続行するようにも思えない。
 かといって、彼と別れて拳銃一挺で動く気にもならない。己は絶対に脱出しなくてはならないのだから。
 三四は小さく溜息を漏らした。
 レオンが戻ってきた。安全だという彼の言葉を否定するように、銃声が響く。上から鉄が拉げる音が聞こえた。ついで、重い物をコンクリートの床が受け止めた響きが足元に伝わる。
 あの大男だ。グレーOを叩き壊したのだろう。しつこいものだ。少女の美貌に魅せられでもしたか。
 理由はどうあれ、それを考える時間はない。
 三四たちは応接間らしき部屋を抜け、通路に出た。あの少年の仕業だろうか。通路に居たゾンビは、頭を砕かれて床に倒れていた。
 それを踏み越え、角を曲がる。大きな破砕音が、エントランスホールへ続く扉の先から響いた。
 ホールに出た。先の衝撃で砕けたのだろうか。廻廊の窓ガラスの穴から、正門の方へと動く懐中電灯の光が見えた。同時に、大きな吼え声も聞こえる。光がふっと掻き消えた。
 ひとつ溜息を吐いて、三四はレオンと少女の後を追った。

22 :

「外は危険みたいよ。一旦地下に行きましょう。あの大きな彼、エレベーターが使えるほど頭がいいようには見えないわ」
 特に同意は返ってこなかったが、異論があったわけでもないらしい。
 正面階段を下りて、レオンの足取りはエレベーターに続く管理部屋へと向かった。
 微かな呻き声と、ずりずりと何かが這いずっている音を耳が拾った。
 三四はそちらへと懐中電灯を向けた。受付カウンターの前に、高校生ぐらいの女の子が腹這いになっていた。日本人のようだ。女の子はライトの中で虚ろな表情を浮かべ、呆けたように口を開けている。
 血だらけだった床は、真新しい真紅で塗り直されていた。左腕は付け根から深く大きく抉れ、皮と腱だけでぶら下がっている状態だ。重度の傷を負っているのは明らかだ。まともに動くこともできないはずだ。
 しかし、女の子は残った右腕を使って、能面のような表情のまま三四たちの方へとにじり寄ってくる。割けた腹腔から飛び出した腸を気に留める様子もない。
「ミク……――」
 少女が息を詰まらせた。
 二階の壁が打ち破られる音が響いた。女の子の背後で、重々しい響きを立てて大男が降り立つ。纏ったコートの裾が、ばさりと音を立てて翼の様に翻った。
 立ち尽くす少女の手を引くレオンと共に、三四は先を急いだ。
 エレベーターの前に辿り着き、ボタンを押す。苛々するほどゆっくりと、箱が上がってくる。背後の壁が殴り壊され、通路の奥にあの大男が姿を見せた。
 扉が開くと同時に入り込み、地下一階へのボタンを押す。大男は、もう扉の前まで迫ってきていた。
 扉が閉まり、軋みを上げながらエレベーターは降下を始めた。
 少女は耐えるように歯を食いしばっていた。彼女の鼻を啜る音が場を占めた。
 レオンが何か励まそうと手を上げた。が、結局諦めたようだ。指が力なく宙を泳いだ。
 降下が停まった。ちんという音を立てて、扉が開く。
 レオンが三四を見やってから、少女にも目を馳せた。静かに、しかし力を込めて呟いた。
「俺が君たちを守るよ。絶対にだ。今度は、間違えない」
 外に出ると、そこは壁に剥き出しのパイプが血管の様に複雑に入り組んだ空間であった。無機質な光が辺りを照らしている。地下は照明が生きているらしい。
 辺りに反響する低い唸りは、あたかも獣の息遣いのようだ。
 学び舎の施設には似つわしくない光景だった。
 背後でエレベーターの扉が閉まろうとする。と、その向こうで金属の甲高い悲鳴が上がった。閉まりかけた扉の隙間から太い指が覗いていた。大きな軋みを上げながら、エレベーターの扉がこじ開けられていく。
 三四たちは奥へと一直線に続く長い道を走り出した。
 やがて――大きな足音が響いた。

23 :
 (五)
 大きな物音に、比沙子は顔を上げた。
 物思いにふける内に微睡んでしまったらしい。電車の椅子から腰を浮かす。
 結局、この数時間は無駄に過ぎて行った。
 この電車の傍にある機械で何かを操作するらしいことまでは分かった。機械には鍵穴があった。この機械を使うには、車の様に鍵を差し込む必要があるのだ。
 しかしながら、それはどこにも見当たらなかった。
 手詰まりとなり、比沙子は唯一外気に晒されているこの場所に戻ってきてしまっていた。
 先ほど響いたのは、ぐちゃりと、水の入った風船が潰れるような音だ。
 電車の外に出てみようか。漸く訪れた変化に、比沙子は自問する。
 がん、がんと、間を置いた音が段々と近づいてくる。金属を刃物で切り付けるような、甲走った音も混じる。音は――上から降ってくる。
 そう気づいたとき、大きな響きがすぐ外で上がり、比沙子の心臓は跳ね上がった。壁一枚を隔てて、人の様な、獣の様な、そんな吼え声が上がる。
 足音が遠ざかっていくのを待って、比沙子は電車の外に出た。
 ぱさと、髪に何かが落ちた。摘まみ上げて目の前に持ってくると、背面に気味の悪いイラストの描かれたトランプだった。
 それを捨て、足を踏み出した。底の薄い靴越しに、柔らかい感触が這い上がってくる。
 金属の床に、朱色が加わっていた。激しく潰れた肉片が辺りに散乱し、床へと張り付いている。今足の下にあるのも同じものだろう。確認したくないので無視したが。
 比沙子は一番大きな肉片に近づいた。それは血みどろの、人間の胴体だった。顔は完全に潰れている。背中には大きな足跡がくっきりと残っていた。押し出された内臓が、床の上で生々しく艶を帯びていた。
 それらは夏の朝に目にする、車に轢かれた蟇蛙を連想させた。
 体つきから男だと判別出来るが、歳などは分かりそうにない。少し離れた所に、へし折れたバットと粉々になった懐中電灯が転がっていた。
 惨状は一つの事実を比沙子に伝えた。
 ここには羽生蛇村とは違う、しかし同質かそれ以上の脅威が存在する。
 そして、恭也や村の人々が、この男と同じ末路を辿るかもしれないということも。
 比沙子は人の残骸から目を背け、出口に足を運んだ。足音は聞こえないが、代わりに何かを壊す音が流れてきていた。
 比沙子は大きく息を吸ってから、その音の正体を確かめるために目を閉じた。
 
 

【前原圭一@ひぐらしの鳴く頃に 死亡】
【雛咲深紅@零〜zero〜 死亡】※
【新堂誠@学校であった怖い話 死亡】
※厳密には死亡ではありませんが、深紅としての再起が不能であることから死亡扱いとしました。

24 :
【Dー3/地下研究所・地下1階・エレベーター前通路付近/一日目真夜中】
【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:健康、自分を呼んだ者に対する強い怒りと憎悪、雛見沢症候群発症?
 [装備]:9mm拳銃(9/9)、懐中電灯
 [道具]:手提げバッグ(中身不明)、プラーガに関する資料、サイレントヒルから来た手紙、グレッグのノート
 [思考・状況]
 基本行動方針:野望の成就の為に、一刻も早くサイレントヒルから脱出する。手段は選ばない。
 0:T-103型から逃げる。
 1:プラーガの被験体(北条悟史)も探しておく。
 2:『あるもの』の効力とは……?
 ※手提げバッグにはまだ何か入っているようです。
 ※鷹野がレオンに伝えた情報がどの程度のものなのかは後続の書き手さんに一任します。
 ※グレッグのノートにはまだ情報が書かれているかもしれません。

【レオン・S・ケネディ@バイオハザード2】
 [状態]:打ち身、頭部に擦過傷、決意
 [装備]:ベレッタM92(10/15)、懐中電灯
 [道具]:ブローニングHP(装弾数5/13)、コルトM4A1(30/30)、コンバットナイフ、ライター、ポリスバッジ、シェリーのペンダント@バイオハザードシリーズ
 [思考・状況]
 基本行動方針:鷹野とジェニファーを守る
 1:T-103型から逃げる。
 2:人のいる場所を探して情報を集める。
 3:弱者は保護する。
 4:ラクーン市警に連絡をとって応援を要請する?
【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
 [状態]:健康、悲しみ
 [装備]:私服
 [道具]:なし
 [思考・状況]
 基本行動方針:ここが何処なのか知りたい
 1:レオンたちについていく
 2:安全な場所で二人から情報を得る
 3:ここは普通の街ではないみたい……
 4:ヘレン、心配してるかしら

25 :
【Dー3/地下研究所・???/一日目真夜中】
【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、H&K MP5(0/30)、 H&K VP70(残弾10/18)、コンバットナイフ
 [道具]:MP5の弾倉(30/30)×3、コルトSAA(6/6)×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 1:地下研究所で通信機器を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
 3:アンブレラ社と連絡を取る。
 ※足跡の人物(ヘザー)を危険人物と認識しました。
 ※具体的にどこにいるかはお任せします。
【Dー3/研究所・地下4階・ターンテーブル付近/一日目真夜中】
【八尾比沙子@SIREN】
 [状態]:半不死身、健康、人格が変わったことによる混乱
 [装備]:無し
 [道具]:ルールのチラシ、サイレンサー
 [思考・状況]
 基本行動方針:須田恭也と前田知子の捜索。
 0:幻視を駆使して状況を把握する。
 1:須田恭也と前田知子がいるならば、探し出して保護する。
 2:建物(研究所地下)の調査、及び脱出。
 ※主人格での基本行動方針は「神が提示した『殺し合い』という『試練』を乗り越える」です。

※大学のエントランスホールに這いずりゾンビ化した深紅がいます。ラクーン大学裏口付近には寸断された圭一の残骸が、地下研究所のターンテーブルの床には転落死した誠の残骸が散らばっています。
※深紅はゾンビ化した状態であるため、現段階で浮遊霊等にはなれません。
※大学一階の裏口からエントランスホール、二階の学長室からバルコニーまでの壁がそれぞれ壊されています。また、実験室とエレベーターの天井には大きな穴があいています。
※上記の破壊痕はサイレン後の世界には影響がないかもしれません。
※大学の3階実験室に、丈夫な手提げ鞄(分厚い参考書と辞書、筆記用具入り)、ヨーコのリュックサック(ハンドガンの弾×20発、試薬生成メモ、ハリー・メイソンの日記@サイレントヒル3)が置かれています。また生成機にはV-ポイズン、P-ベースが設置されています。
※研究所地下は、ラクーンシティの地下研究所にエレベーターで直結しています。エレベーター前の通路は原作よりも長くなっているようです。
※ターンテーブルには、新堂の持ち物(学生証、ギャンブル・トランプ(男)、地図(ルールと名簿付き))が散乱しています。
※今回登場したT-103型はバイオハザード2に登場した個体です。G-ウイルスの回収を目的とし、その障害となるものは排除しようとします。
※ヨーコが今後どういう行動を取るのか。どうなったのかは後続の方にお任せします。
※ターンテーブルを動かすには専用の鍵が必要です。
※地上の穴の縁、及びターンテーブルそのものにコンソールが設置されています。

26 :

・T-103型(通常形態)
形態:複数存在
外見:モスグリーンの防護コートを纏った大男。禿頭で、表皮は灰色。
武器:全身
能力:両腕を活かした肉弾戦、優れた自己再生能力。防弾・耐爆性能と暴走抑制のための防護コート。
攻撃力★★★★☆
生命力★★★★☆
敏捷性★★☆☆☆
行動パターン:受けた命令を実行するため、その障害となるものも徹底的に排除する。
備考:
"T-102型"のデータを元に作られたタイラントの発展型。
武器を扱えるほどではないが、命令に従えるだけの知性は有している。
コートを破壊されたり、生命の危機に瀕すると攻撃性の高いスーパータイラントへと移行する場合がある。

・タナトス(リミッター解除)
形態:唯一存在
外見:右腕が欠損し、左腕が巨大化し、手には鋭い爪が生えている。胸部の右側に心臓が露出している。黒い表皮はところどころケロイド状になっている。黒のアンダーRを着用。
武器:全身
能力:左腕を使った振り回しや突進、跳躍してからの踏み潰し。高い自己再生能力。
攻撃力★★★★★
生命力★★★★☆
敏捷性★★★★☆
行動パターン:視界に入る生物を執拗に追い、殺戮する。
備考:
アンブレラ研究員グレッグ・ミューラーが黒人を素体に作り上げたタイラントの亜種。
既にリミッターの外れた状態であるため、防御力・再生能力は落ちているものの、身体能力・攻撃力は向上している。
T-ウイルスの特効薬"デイライト"の作成のために必要な"T-ブラッド"が体内に流れている。
弱点は剥き出しの心臓のほかに、"デイライト"を撃ち込まれると肉体を維持できなくなる模様。

27 :
代理投下します。

28 :
「どこに行くつもりなんだ?」
マービン・ブラナーはショットガンを肩に担いだ目の前の老人に向けて問いかけた。
その質問には答えず黙々と歩を進める老人に少し苛立ちを感じたが、あくまで理性的に再度問いかける。
「おい、どこに行くつもりだ?ここは俺の知っている街とは大分様子が違う、観光案内はしてやれんぞ?」
ラクーン市警に長年勤務して仕事をこなしてきた自分にとって、この街は庭の様な物だ。
普段ならば、大通り沿いの店から主要な観光地、誰も知らないような裏通りまで地図を持たずに案内出来るだろう。
だが、その馴れ親しんだ街で最も長い時間を過ごした建物―ラクーン市警察署―の隣には、有るはずの無い物があった。
自身の正気を疑うような色に染まった湖。
ラクーンにも湖は有るが、都市部の警察署の真横、それも真っ赤に染まった湖など有るはずが無い。
なのにそれは確かにそこに存在していて、心なしか自分を惹き付けているようだった。
自身の復活、加えて有り得ない色の湖。
ここ数日街に起こっていた異変も霞んでしまいそうな程あまりにも現実離れした事の連続と目の前の未だ質問に答えない老人への対処をぼんやりと考え憂鬱に襲われつつ、自嘲気味に呟く。
「死んでからも苦労するのは相変わらずか…?」
自分と違って気楽で能天気な同僚をふと思い浮かべ、マービンは思わず溜め息をついた。

29 :





背後で唸る警官を一瞥し、志村は思った。
彼には迷いがある。
服装を見ればわかるが、生前は警官であったのだろう。大方自分を犠牲にして化け物達から生存者を庇い死んでしまった―という所か。
英雄と呼ぶに相応しい死に様だが、異形と化した以上は皆同じ。何を残そうと、どんなに誇り高き死に様だろうと。
生者の心に残るのは彼が悲劇的に死んだという事実。
死者が最後に持つ感情は生者を守り通した事への誇り。
彼は誇りを持って死んだ。それ故に、迷う。
正義を貫いた誇り、自尊心。守り通した生存者への生き抜いて欲しいという願い。
恐らく死の直前のそんな思いが迷いを生むのだろう。
他者を傷つけ、自分達の世界に引きずり込む事への迷い。
異形となってしまった以上、例え英雄であったとしてもそれは万人が受け入れなくてはならない宿命。
異形と化したのなら、異形としての宿命を果たす。
それが自分達にとって救済ではなく、一時的な逃避に過ぎない事は解っている。しかし、他に道は無い。死ぬ事も許されずに苦しみ続ける自分達に選択の余地など残されていない。
怪異から逃げ、化け物となる事を拒み、全てに絶望して銃口を咥えた哀れな男の成れの果てがこの姿なのだ。
もう、逃げ場など無い。
逃げようとすれば、最も望まぬ結果が訪れる。
人としてでは無く、異形としてある為に戦う。その逃れる事は許されぬ宿命と異形と化した自分達を、化け物―志村晃は深く呪った。

30 :





前を歩く老人の姿をぼんやりと眺めながらマービンは考える。
彼は何者なのだろうか。初めて会った時に狙撃銃を求めていた事から察するに、ハンター、若しくは猟師といったところか。
いや、もしかしたら第二次大戦あたりで活躍した伝説の狙撃兵かもしれないが。
そう思わせる風格と威圧感をこの老人は持っている。過去に何があったのかは知らないが、修羅場を潜ってきたのは確かだろう。
理由はともかく、銃の扱いに長けている事には変わり無い。銃は彼に持たせておけば民間人といえどそう簡単にやられることはないだろう。
と、そこまで考えた所で件の老人―シムラが重々しく口を開いた。
「お前さんは…どう思う」
「何が?」
「人として在るために苦しみ続けるか、受け入れて殺戮に興じるか、どちらを選ぶ?」
「どういう事だ?」
「さっき言っていたな。無関係な人々を巻き込みたく無い、と。」
「ああ。出来るなら誰も殺したくない。」
「それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか」
俺達の楽園、とはどういう意味だろう。確かに自分は一度死んだとはいえ、自我を残している。
シムラの言う肉塊やゾンビ達に比べればずっとましだと思う。自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れるだろうし、社会を作る事も可能な筈だ。
だが、化け物と化した自分がそれを実現するには――――。
不意に昔読んだ小説を思い出した。
「俺達の楽園…か。シムラさん、あんた『地球最後の男』って小説を知ってるか?」
「いや、そうした文化的な物には縁の無い生活をしてきたのでな。」
「そうか…まぁ俺もよく覚えてないんだが、確か主人公以外の全人類が吸血鬼と化してしまった世界が舞台だったかな。
主人公はたった一人で吸血鬼の群れと戦い続けるんだが、とうとう最後には捕まっちまうんだ。」
「…………それでどうした」
「吸血鬼に処刑される直前に主人公は気付く。化け物と化していたのは自分の方だ、と。人々の寝静まる昼間にたった一人で次々と仲間を殺していく伝説の存在――――。」
「価値観の逆転、か。」
「そういうことだ。シムラさん、あんたの言う"俺達の楽園"ってのはこの価値観の逆転した社会の事だろ?」
「そうかもな」
「確かに化け物の俺達は忌み嫌われるだろうな。だから自分達の社会を作りたいってのも理解出来る。だがな、それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?」
「………」

31 :
自身が何の為に生き残り、何の為に死んだのか。
答えは解っている。生存者達の為だ。警察を頼りに避難してきた数名の民間人と共に戦った同僚、生意気な新人達。
彼らの為に死ぬのなら、悪くないと思っていた。
しかし、その"名誉の戦死"を遂げた自分が生き返り、生存者達、我が身を犠牲にして助けた人々に襲い掛かったら?
そんな光景はここ数日で何度となく見てきた。だが自分は彼らとは違う。"自我"を残しているのだ。
"自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れる"人間らしい行動とは何か?決まっている。かつて自分の生きていた時の様に振る舞うだけ。
自分のすべき事はコミュニティを作ったり、仲間を増やす事ではない。生きていた時の行動、それは生存者の救助。それが自分のすべき事。
ならば――――。
マービンは腰のベレッタを抜き出し、志村の鼻先に向けた。
「だから俺は、あんたとは違う俺の社会を作ろうと思う。不死身なら、警官として最適だろう?」
「……好きにするといい。」
「一つだけ聞かせてくれ。あんたは本当に考えを変える気は無いのか?」
「俺の様な頑固者は考えを変える柔軟さを持ち合わせてないんでな。」
「…世話になった。残念だ。」
「達者でな。」
表情一つ変えずに別れを告げる志村に銃口を向けたまま油断なく後退り、ある程度距離を取った所で背を向けて走る。目指すはかつての、いや、現在も自分の職場――――。
(STARSの連中に新入り、それと民間人。そいつらが警察署に来るかもしれん。俺はまだあそこを離れる訳にはいかないんだ。)

32 :
遠ざかっていく警官の後ろ姿を見つめ、志村はゆっくりと銃を下ろした。
撃てなかった。
彼の行動から察するに、今度会う事があれば彼は自分を撃つ事も嫌わないだろう。だから、ここで倒しておこうと思った。
なのに撃てなかった。
狙撃に向かないショットガンとはいえ、彼が背を向けた距離位ならば、致命傷とまではいかなくても動きを止める程度の威力の弾丸を放つ事が出来ただろう。
ただ、引鉄を引く事か出来なかった。
あの男には他者を傷付ける勇気が無かった。
自分も同じ――――。
いや、違う。自分は覚悟を決めたのだ。仲間を増やして楽園を作る。自分がする事はそれだけだ。
だが――――。
(それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?)
頭に浮かんだ彼の言葉を振り払う様に、老狩人は天を仰いだ。
【C-2/教会前/一日目真夜中】

33 :
【マービン・ブラナー@バイオハザード】
[状態]健康、腹部に僅かな痛み(傷はほぼ完治)、希望と不安
[装備]ベレッタM92F(15/15)
[道具]壊れた無線機
[思考・状況]
基本行動方針:生存者(人間)の援護及び救助
1:警察署に向かう。
2:署内の武器の捜索。
3:少年(須田恭也)と軍人(三沢岳明)に会わないよう注意。
※"今のところは"他人を傷つける気は無いようです。

【志村晃@SIREN】
[状態]健康、他者を傷付ける事への迷い?
[装備]レミントンM1100-P(4/5)
[道具]ショットガンの弾(28/28)、村田銃の弾(32/32)
[思考・状況]
基本行動方針:人間達の殲滅。
0:…………。
1:何処に行くべきか…
2:マービンの行方が少し気になる。
3:村田銃を取り返したい。
※警察署内から他にも何か持ち出しているかもしれません。

34 :
代理投下終了です。

35 :
代理投下します

36 :
静かな丘のリトル・ジョン

口論の最中、堰を切ったように泣き出してしまった金髪の少年に、ヘザーと阿部はおろおろするしかなかった。
何も知らない子供から見れば、自分達が銃を持った不良少女とバールを振り回すsラにしか見えないことは、ヘザーと阿部も十分自覚していた。
この怪物が闊歩する血と錆びの街を彷徨い、いきなり不良娘とsラに遭遇すれば、まっとうな子供であれば泣いて当然である。
もっとも、当の何も知らない子供――の皮を被った殺人鬼から見ても、二人は立派な不良少女とsラにしか見えなかったのだが。
「おおおおい、どうすんだコレ。俺のせいか?俺のせいか?」
「あ、慌てないでよっ。それより泣き止ませなきゃ。早くしないと怪物が寄ってくる」
「そ、そうだな。よし、俺に任せろ!」
言うや否や、阿部は汚名返上・名誉挽回とばかりに意気揚々と少年の前に出てしゃがみ込んだ。
sラそのものの見た目からは想像できない自信満々な様子に、ヘザーは疑わしげに眉を寄せる。
「…大丈夫なの?悪化させないでよ?」
「心配すんな、こいつを見て笑わねーヤツはいねえ。おいボウズ、そのまま眼ェ閉じてろよ。1,2,3で俺を見るんだ、いいな!?」
いいなと聞きながらも少年の返事は待たず、宣言してすぐ阿部は俯いて両手で何やら顔をいじくり始めた。
ヘザーからは、角度の具合で何をやっているかはよく分からない。しかし見てはいけないような気がするので、無理に覗こうという気は起きない。
殺人鬼は、目の前でsラが何をしているのか少し気になりつつもそこは子供、嘘泣きの姿勢のままカウントを待つ。
「よし、いくぞ。1,2,3!」
3のカウントと共に阿部は手を添えたままの顔を少年に向け、少年もほぼ同時に指の隙間を広げて阿部を見た。
お互い目を合わせた二人の間に、一瞬の沈黙が通り過ぎ――
「…ゴホッ!」
少年が大きく咳き込んだかと思うと、弾かれたように阿部の隣に立つヘザーに縋り付いて再び泣き出した。
「あ、ありゃ?おっかしいな」
思ったような反応が得られず首を傾げる阿部に、ヘザーは「この馬鹿!やっぱり悪化したじゃない!」と殺気混じりの目を向けつつも、
急いで銃をスカートのベルトに収め、恐慌状態の少年を宥めにかかった。
「ごめんね、怖かったね。もう大丈夫だから。あなたを怖がらせたかったわけじゃないの」
父――ハリーが幼い頃の自分にしてくれたことを切ない心地で思い出しながら、少年の柔らかい金髪の頭と未成熟な背中を優しくさする

37 :
ヘザーの胸元で泣きじゃくる殺人鬼は、思惑通り自分を宥めにかかるヘザーにほくそ笑みつつ、彼女の母性本能をくすぐる“哀れなか弱い少年”を演じる。
まずは抱きしめられた際に体をびくりと震わせ、頭と背中を撫でられるうちに少しずつ警戒心が解けていくように見せるため、徐々に体の緊張を緩めていく。
そしてとどめの一撃に、そっと顔を上に向けて涙に濡れた瞳でヘザーをじっと見つめた。
殺人鬼は、自分の幼く美しい容姿が女性の庇護欲を引き出すことを本能的に知っていた。
そしてそれはヘザーも例外ではなく、彼女は殺人鬼の行動が全て計算尽くであることなど全く知らずに、ぎこちなく微笑んで見せた。
ヘザーを完全に取り込めたことを確信した殺人鬼は、再びヘザーの胸元に頬を寄せて考える。
――さっきのは危なかった。危うく吹き出すところだった。
殺人鬼といえども、まだまだカートゥーンで爆笑できる年齢である。それに阿部が見せたあの顔の衝撃ときたら――ああやばい、また吹き出しそうだ。
しかしあそこで笑ったら負けのような気がしたのだ。それに、本気で爆笑したらか弱いイメージが崩れるし。
猫被りのプライドもある殺人鬼エドワードは、思い出し笑いが治まるまでの間、ヘザーの懐にお世話になったのであった。

天使の容姿と真っ黒な腹を備えた少年が加わった一行は、ひとまず近くの建物の――周囲から丸見えの金網ではなく、
赤黒い模様が生き物のように蠢くコンクリートの建物の――隙間に退避する。
阿部に周囲の警戒を任せ、ヘザーは身を屈めてエドワードの泣き腫らした顔を下から覗き込んだ。
「私はヘザー。さっきのおじさんはアベ。怖がらせてしまったけど、実際は噛み付いたりはしないから安心して。
 向こうの女の人はクローディア。この人も…まあ今は大丈夫。でも、何かあったらすぐ言って」
ヘザーは指で阿部とクローディアを示しながら軽く説明する。
その指に従ってクローディアと呼ばれた銀髪の女を見た瞬間、エドワードの青い目が大きく見開かれた。
この女の中で、未知の“力”が密かに胎動している。
量はいささか物足りないものの、質の点においては、病院で遊んだ女から奪ったあの宝石に勝るとも劣らない魅力がある。
宝石の魔力と併せてこの女の中にいる“力”を喰ってしまえば、赤い水で失った力を完全に取り戻すことができるだろう。
エドワードはクローディアという女が、今後の活動において無視できない存在であることを瞬時に理解した。
庇護者候補と共に現れた上質な栄養源に、心の中で歓迎の拍手を叩き鳴らしながら唇を舐める。
しかし、今優先すべきは身の回りを固めることである。エドワードはクローディアを怖がる振りをして、ヘザーの体にそっと身を寄せた。
「あなたは?」
「…エドワード」
エドワードは消え入りそうな声でそう名乗った。
会話の成り立つところまで少年が沈静化したことに安堵したヘザーは、「よろしくね」と努めて穏やかに微笑んだ。
阿部は周囲を警戒しつつも黙したまま事の成り行きを見守り、クローディアは、相変わらず何を考えているのか分からない目でエドワードをじっと観察している。

38 :
エドワードは消え入りそうな声でそう名乗った。
会話の成り立つところまで少年が沈静化したことに安堵したヘザーは、「よろしくね」と努めて穏やかに微笑んだ。
阿部は周囲を警戒しつつも黙したまま事の成り行きを見守り、クローディアは、
相変わらず何を考えているのか分からない目でエドワードをじっと観察している。
「エドワード。今まで一人だったの?」
「ううん。病院で知らないおじさんと、お姉さんと遊んでた」
「…おじさん?」
ヘザーの目の色が変わる。
もしやこの少年は、ハリーかもしくはダグラスと遭遇していたのではないか、そんな期待が湧き上がる。
「そのおじさんって、ハリーかダグラスって名前?」
「…分からない。名前、聞かなかったから」
「そっか…」
ヘザーの期待はエドワードの返答でにわかに崩れかけるが、しかし消滅には至らなかった。
前回ここに来た時の記憶や、アレッサであった頃の記憶を掘り起こしながら、この街で病院といえば
ブルックヘブン病院かアルケミラ病院くらいであろうかと見当をつける。
そこで遊んでいたということは、今行けばひょっとするとどちらかに会える可能性がある。
よしんば既にいなかったとしても、父はライターという職業柄、何かと几帳面にメモをとっておく習慣があるし、
ダグラスもひょっとしたら何か痕跡を残しているかもしれない。
しかしそんな僅かな希望も、エドワードが暗い面持ちで続けた言葉によって、あっさり裂壊することとなる。

39 :
「でもおじさんはどこかへ逃げちゃったし、お姉さんは死んじゃった」
「…そう、可哀想に」
よく見れば、エドワードの人形のごとく整った顔やショートRから伸びるほっそりした太ももには小さな掠り傷が付いており、
どこかの名門校の制服と思しき青いジャケットには血痕が付着している。
ヘザーは彼が怪物との戦闘に巻き込まれ、命からがら逃げてきたのだろうと解釈し、俯くエドワードの金髪を労るように撫でた。
そうしながら、彼が遭遇した『おじさん』は、父でもダグラスでもない可能性が高いと考え直す。
エドワードと一緒の現場にいたわけではないので、実際に何が起こったのかは想像の域を出ないが、少なくとも、
二人はそれまで遊んでいた子供を放り出して逃げ出すような人間ではないことは知っている。
あくまで経験に基づく勘でしかないのだが、とにかく病院へ行くという選択肢はヘザーの中からすっぱりと切り捨てられた。
一方、ヘザーに頭を撫でられるエドワードの瑞々しい唇は、僅かに弧を描いていた。
それは彼女の優しさに対してではなく、何も知らず殺人鬼に慈悲を傾ける無防備さに対しての嘲笑であった。
――本当はね、ヘザー。おじさんはお化けからじゃなくて、僕から逃げたんだよ。
それにね、お姉さんは死んだんじゃなくて、僕が殺して食べちゃったんだよ。
いずれ力を取り戻したら、ヘザーの服が真っ赤になるまでお腹も頭もたくさんチョキチョキしてあげるからね。
リトル・ジョンのお友達みたいに!
いかにして少女を真っ赤に染め上げるか構想する殺人鬼の内心など知る由もなく、
ヘザーはエドワードに名簿を見せようと、ポケットから地図を取り出す。
しかし地図を裏返した瞬間、名簿の変貌ぶりに目を見開いた。
後ろから名簿を覗き込んだ阿部も「うお、なんだコリャ!?」と驚きの声を漏らす。
前回確認したきりの名簿には、いつの間にか赤い訂正線が増えていた。
もちろんヘザーは何もやっていないし、阿部やクローディアに至っては触ってすらいない。
だが、ここは怪現象のテーマパークであることを思い出し、ヘザーはすぐに冷静さを取り戻す。
この場にいる者の名前には何もない。
最初はあまり気にしていなかったが、今改めてこの街を支配しているゲームの趣旨から推察してみるに、
この訂正線は――死亡者を表していると思われる。
阿部もそれに気がついたようで、恐る恐るヘザーに話しかける。
「…これってよォ、アレだよな…」
「…気が利いてる。有り難くて涙が出てきそう」

40 :
気丈に悪趣味なサービスを皮肉るヘザーだったが、不安にかられて父とダグラスの名前を探してしまう。
二人の名前は、記憶通りの場所にちゃんとあった。
双方の名前がまっさらなままであることに、安堵と不安が入り混じる複雑な感情が渦巻いた。
この名簿からはダグラスとハリー・メイソンという名の参加者が健在であるかはっきりとしない。
それに、このハリー・メイソンという名の参加者がはたして本物の父なのか、そして本物であった場合、それは本当にヘザーにとって喜ばしいことなのか。
この疑問は、名簿を見た時から幾度もヘザーの脳内をかき乱している。
そもそもヘザーの記憶の中の父は、ソファーで事切れた姿を最後に時を止めてしまっている。
彼を失った深い悲しみは、やがて時と共に使い込んだレコードのように擦り切れていき、いずれは写真を見るたびに、あるいは先程エドワードを宥めた時のように、
ふとした拍子に小さな痛みと懐かしさを伴って思い返されるのだろう。
今のヘザーにとって、ハリーとは本来そうなるのが自然の理と言える存在なのである。
それが、肉の身を纏って目の前に現れたら?
偶然に偶然が重なってそんな人物と真正面から“遭遇”してしまった場合、どうすれば良いのか?
そして、もしこのイカれたゲームを破壊できたならば、その後“彼”はどこへ行くのだろうか?

「オイ、大丈夫か?」

41 :
気遣わしげな声によって思考の海から引っ張り出され、ヘザーははっとして阿部を見た。
阿部は不安げにヘザーの顔色を伺っている。
パンキッシュな見た目の割に頼りない所があるが、根は悪くなく、決して底の浅い人間でもないことは、彼の口から語られた数奇な体験談もあり、短い付き合いながらも何となく解ってきた。
平穏とはかけ離れた人生を文字通り幾度も繰り返してきたヘザーにとって、阿部という人間が歩んできた人生には共感するものがあったし、加えて彼の持つちょっと抜けた微笑ましさが、
危うく揺れる精神状態をニュートラルに戻して発破をかけてくれる――ような気が、何となくしはじめている。
こういう状態を、なんと言うのだったか。…吊り橋効果?
ふと思考が脱線しつつあることに気づき、ヘザーは「大丈夫」と言葉を返してから、唇をきゅっと引き締めた。
悩んでいても始まらない。とにかく今は、一刻も早く父とダグラスを見つけ、そしてこの忌まわしい街に巣食うクソッタレの害虫どもを速やかに駆逐し、
無事帰還することに集中しなければならない。
ヘザーは決意を新たに、エドワードへ向き直った。
「エドワード。この中に知ってる人はいる?」
ヘザーから名簿を受け取ったエドワードは、まず自身の偽名「エドワード」の表記を認め、己が何者かによってこの世界に招待されたことを知る。
そして数多い西洋人の名前の中に、ある少女の名前を見つけて目を瞬いた。
――ジェニファー・シンプソン。
この少女こそ、エドワードがこの街に来る直前に遊んでいた相手であり、エドワードを次元の狭間へ追放した張本人でもあった。
ジェニファーによって開かれた次元の扉に吸い込まれる最中、彼女のブーツに包まれた足を掴んだ際に短剣で刺された痛みは、忌々しくもはっきり覚えている。
自分だけが今までの世界から切り離されたとばかり思っていたが、彼女もここへ迷い込んでいたとは、なんと気の利いた状況であろう。
もっとも、同姓同名の別人である可能性は否定出来ないのだが。
さて、どうするか。
この街にエドワードの本性を知る者が存在するのは面倒だが、それがジェニファーただ一人である点は幸運と言えた。これはもう一度彼女と遊ぶ、またとない機会である。
万が一彼女と遭遇した場合、自分を見てどんな反応を示すかは未知数だが、少なくともヘザーら庇護者と一緒にいる限り大したことはできまい。
10歳の子供を殺人鬼だなどと言い張っても、その場は多少混乱するだろうが、あっさり信用されることはまずないからだ。
むしろ周囲から『子供を殺人鬼呼ばわりする異常者』のレッテルを貼られる可能性すらある。むしろ、普通ならそちらの方が高い確率で起こるだろう。
エドワードにとって重要なのは、あくまで周囲に『善良な弱者』と認識されること。
つまりこれからすべきことは、これまで通り『記憶喪失の少年エドワード』を演じることである――エドワードは名簿を眺める数秒でそう結論づけた。
「皆知らない…僕を知ってる人がいても、多分判らないよ」
「…どういうこと?」
狙い通りの反応を返してくれるヘザーに、エドワードはいかにも同情を引きそうな儚い表情を浮かべ、視線を足元に落として見せる。
「この街に来る前のこと、覚えてないんだ」
「覚えてない?…記憶喪失ってこと?」
エドワードは頷いて肯定する。
ヘザーは困ったように阿部と顔を見合わせた。
「記憶喪失って、マジでか」
「本人がそう言うんだから仕方ないでしょ。それよりも、今はこの子をどうするかの方が問題ね」
「…連れてくのか?でもよ、いざって時に守りきれんのか?」
「難しいけど…でも、置いていくわけにも行かないし。
 せめて安全な場所に連れて行くくらいなら構わないでしょ?
 教会なら、魔除けの呪いとかそういう関係の資料が置いてあるだろうし」

42 :
教団に限らず、宗教というものにとって悪魔――異郷の神というべきか――の排除は命題の一つだ。
今この街に跋扈する怪物の中には、教団にとって邪魔となる異郷の神々の眷属も少なからず存在する。例えば、阿部が話していた闇人や屍人なる存在がそれだ。
そういった敵の情報を知ることは戦術の基本である。つまり、教団が蓄えた知識の中に、異郷の神の知識およびそれらを封じ、排除する――例えば邪悪な存在を払うアグラオフォティスや、魔封じの力を持つメトラトンの印章など、
退魔の効果を発揮する道具や術式がいくつかある可能性がある。
そしてそれらを使えば、ゾンビや人間など一部の例外を除いた多くの敵が無力化できるかもしれない。
とは言うものの、アレッサの頃ほどの力がない今の自分では、どれほどの効果が得られるかは定かでない。まあやらないよりはマシだろう。
「頑丈な建物でバリケードを作って結界を張っておけば、ある程度エドワードを守ることができるはず」
「…お前って巫女さんみたいだな」
「ミコサン?」
「あー…日本の女の聖職者で、神様の言葉を聞いたり儀式とかで踊ったりすんだ」
「聖職者ね…まあ、当たらずとも遠からずと言ったところかな。…もっとも、神様なんてもう信じちゃいないけど」
ヘザーはその昔、実の母親に神への生贄として使われた忌まわしい過去を思い出す。それに伴って、儀式で負った火傷の痛みが皮膚に蘇り、それを忘れようとまっさらな腕をさすった。
しばらくヘザーと議論を交わした阿部は、大丈夫かよと重々しく溜め息を吐いたものの、もはやヘザーに反対するつもりはないようである。
阿部を説き伏せたヘザーは大きく息を吐くと、地図を折りたたんでポケットにしまい、クローディアを見た。
「…クローディア。この子を連れて行くけど、構わないわね?」
確認の体裁を取ってはいるが、この場合確認と言うよりは強制に近い。
それが身に染みて解っているクローディアは、「私に拒否権はないのでしょう?」と静かな口調で返した。
「そうね」とヘザーは淡白に呟き、改めてエドワードに向き直る。
「エドワード。ちょっと遠いけど、私達と一緒に安全な所へ行かない?」
「…良いの?」
「当たり前でしょ。アベはもう納得してくれたから大丈夫。どう?」
「…うん、行く」
少しの逡巡ののちに(もちろんこれも演技だ)エドワードが頷くと、ヘザーは安堵の表情を浮かべエドワードの手に向けて片手を差し出した。それの意図するところを汲んだエドワードは、彼女のその手に自らの手を絡める。
ヘザーは自身のものより少し小さな手を握り、阿部とクローディアの方に振り返った。
「行くよ」


エドワードを加えた一行は、改めて本来の目的地である教会へ向かうことにした。
子供が加わったことで、ヘザーと阿部は細心の注意を払って街を進む。
先行する阿部が周囲に視界を“借りる”ことのできる存在がいないかこまめにチェックし、視界に引っかかった怪物は弾薬を節約するため極力無視して、そして単体で倒しやすそうな個体ならば打撃で対処し、暗い道をなるべく静かに迅速に駆け抜けた。
視界を“借りる”ため定期的に立ち止まって瞑目する阿部を見て、エドワードは小首を傾げながら隣にいるヘザーに尋ねた。

43 :
「ヘザーお姉ちゃん、アベのおじさんは何をしているの?」
「おじっ…俺はまだそんなトシじゃねえよ」
「アベは周りに危険なお化けがいないかチェックしてくれてるの。
 どういう仕組みかはよく分からないけど、他人の視界を借りてるみたいね」
「へえ…そんな力があるんだね。凄いなあ」
ささやかな抗議をさらりと無視され若干へこむ阿部だったが、褒められて少し気を良くして「まーな」と得意気に胸を張った。
単純だなと思いつつも、エドワードは心の中で大いに納得した。
誰にも聞かれていないはずの笑い声を阿部が知っていたのは、あの時視界を“盗まれていた”からなのだ。
この能力は厄介だ。『借りる』などというお上品な表現は相応しくない。なにせ盗まれる側にその自覚はまったくないのである。プライバシーも何もあったものではない。
庇護対象と見られている現在は視界を盗まれる危険性は低いが、それでもこれからは気軽に本性を曝け出すことはできない。エドワードは無邪気な少年の顔の裏で舌打ちした。
そうしながら北へ進むうち、一行はクローディアを捕えた遊園地付近まで戻って来た。
勿論ここで遊ぶ予定はない。バルカン教会で情報が手に入らなかった時は改めて向かうかもしれないが、
辿り着くまでに掻い潜らなければならない面倒な仕掛けや危険なトラップを考えると、今は見送るしかない。
阿部がふとヘザーを見ると、エドワードと繋いでいない方の手を自身の華奢な顎に添えながら、喉に魚の骨が引っかかったような表情を浮かべていた。
「浮かねー顔だな、気になることでもあんのか?」
「この街に呼ばれてる大勢の人間…皆して“普通”じゃないみたいね」
「…まあな」
サイレントヒルに因縁を持つヘザー。
教団の手にかかり命を落としたはずのハリー。
神の降臨のために殉教したはずのクローディア。
クローディアによってヘザーを取り巻く運命に巻き込まれたダグラス。
夜見島で人知を超える怪異に遭遇した阿部。
こうして分かっているだけでも、異様に濃い経歴を持つ人間ばかりである。
そして、新たに加わった記憶喪失の少年エドワード。
「エドワードも多分、何かここに引き寄せられる要因があったはず…今は分からないけど」
「つーかよ、あんたやあの不気味な女がココに来んのは別におかしいことじゃねーんだよな。関係者なんだしよ。
 けど、なーんで俺まで巻き込まれちまうんだろーなァ…」
「そういえば、アベはこの街で明らかに異質ね」
複雑な過去を背負っている点以外、阿部はただの日本人と言っていいだろう。
サイレントヒルに縁もゆかりもない彼が、この街に迷い込んだ原因がヘザーにはよく解らない。
彼の過去において特異な出来事である夜見島での一件が、サイレントヒルを支配する邪神と何らかの繋がりがあるのだろうか?
少なくとも、その邪神に深く関わったヘザーには、夜見島の怪異を引き起こした怪物と交差する点は思い当たらない。そもそも、ヘザーの知る邪神には時空に影響を及ぼすような力は無かったはずだ。
「死んだはずの父さんやクローディアがここにいるのなら、さっきアベが話したヤミジマで怪異を起こした存在も無関係ではないかもね。
 それならアベが呼ばれるのは必然と言えるし、死者が歩いててもおかしくない」
ただし、その仮説が正しければ、ここにいるハリーもクローディアも死者ということになってしまうが。

44 :
「けどよ、もしそうなら逆に全然関係なさそうな外人が呼ばれるのが謎だろ。
 しかも夜見島どころか、日本ですらねえ外国に集められるとか意味不明じゃねーか?」
「そこなのよね…この街にいる参加者の共通点が分かれば、このゲームの主催者も見えてきそうな気がするんだけど」
深まるばかりの謎に、ヘザーと阿部は揃って釈然としない表情を浮かべた。

何事もなく――厳密には怪物との戦闘を極力回避し続けて何事もなく――遊園地を通り過ぎると、地図が正しければ、
もうすぐヘザーがアレッサであった頃に通っていたミッドウィッチ小学校が見えてくるはずだった。
しかし、ヘザーが目にしたのは、見たことのない赤く錆びついた鉄の門だった。
門の向こうは暗くて見えないが、懐中電灯の明かりがほとんど届かないことから、建物は数百メートル先にあると思われる。
暗闇の向こうからは車の走行音が聞こえてくるものの、これまで阿部が行った索敵には何も引っかかっていない。
そして、門を支える薄汚れた石の柱に嵌めこまれたプレートには、ヘザーらアメリカ人にとっては異国情緒溢れる書体で「雛城高校」と記され、赤褐色の汚れが涙のように垂れ落ちている。
「…ヒナシロ高校…?」
まったく見覚えのない名称に首を傾げるヘザーの横から、阿部が首を突っ込む。
「何だこりゃ、日本の高校じゃねーか」
ヘザーは目を見開いて阿部を見た。
「知ってるの?」
「いや、この雛城って学校自体は知らねーけどな。けど見りゃ分かる。このおカタい雰囲気は間違いなく日本の学校だぜ」
「…ねえ、ヤミジマにこの学校はあった?」
「いや、多分なかった」
ヘザーは今度こそ頭を抱えた。
この街が以前と構造が変わっているのは実際に歩いてみて気がついたが、施設が外国のものとそっくり入れ替わっていることにはさすがに絶句した。
この調子では、目指すバルカン教会がきちんとそこに存在しているのかすら怪しく思えてくる。
まさかとは思うが、いや万が一にも起こって欲しくないが、仏教寺院などと入れ替わっていやしないかという不安すら湧いてくる。
そして、サイレントヒルにも夜見島にも関係のない施設が出現したことで、ヘザーの心の内に無視できない危機感がじわりと浮かび上がった。
――もしかすると、この街で起こっている異常は今まで思っていたよりも深刻なものなのかもしれない、と。
「なあ、ここってバリケードに使えるんじゃねーか?」
「ここが?」
「日本じゃ学校は地震とかがあった時の避難所になるんだぜ。多分、頑丈にできてんじゃねーかな」
「…あんたにしては冴えた意見ね、ちょっと見直したわ。OK、候補に入れとく」

45 :
異国の学校の門前で話し込むヘザーと阿部を、エドワードとクローディアは付近のT字路から見つめていた。
「記憶喪失だそうね」
エドワードの背中に無機質な女の声がかかった。
振り返ると、クローディアがエドワードを見下ろしていた。ニコリともしない陰気な顔であったが、その色素の薄い目だけは、
何かに魅入られたかのように爛々と輝いて見えた。
その視線からはクローディアの意図が読めず、エドワードは彼女を見上げたまま沈黙を返す。
「本当だとしたら、とても気の毒なことだわ」
疑われているのかとエドワードは思った。
その口ぶりは明らかに気の毒だなどと思ってはいない。自分を見つめる氷のような色の瞳からは、実験用のモルモットやマウスを観察する研究者ような、
冷静な好奇心しか感じられなかった。
「あなたが望めば、私はあなたの力になる」
だが、少なくともこのクローディアという女は、自分と敵対する意思は今のところ無いようだ。
何を企んでいるのか知らないが、自分を取り込みたがっているように感じられる。
「今すぐ決めろとは言わないわ。じっくり考えてみると良い」
あなたが望めば――?
では、お前の腹の中に眠っている“それ”をよこせと言えば、この女は何と言うだろうか。
そんな黒い好奇心が疼いたが、エドワードは今は“哀れな少年”を演じることに徹し、ひとまず無言を貫いた。
――クローディアは、エドワードの記憶喪失を疑ってはいない。
と言うより、このエドワードと名乗る少年がどんな過去を持っていようが、そして猫を被っていようが狐が化けていようが問題ではなかった。
重要なのは、目的達成のために使えるか否か。
己の力がどこまで使えるかを確認できれば良い。上手く行けば使える手駒が増えるし、もし思ったような結果を得られなくても、それは今後の活動内容をより具体的に組み立てる判断材料となる。
そして、もしこの少年が神の降臨の邪魔になるようであれば――
「色よい返事を待っているわ」
時刻は夜も深まり、あと一刻も経てば深夜に突入するであろう頃の出来事であった。

【A-4/雛城高校校門前/一日目真夜中】

46 :
【ヘザー・モリス@サイレントヒル3】
 [状態]:見知らぬ異国の施設への困惑、この場所へ呼んだ者への殺意
 [装備]:SIGP226(装弾数15/15予備弾21)
 [道具]:L字型ライト、スタンガンバッテリー×2、スタンガン(電池残量5/5)、携帯ラジオ、地図、ナイフ
 [思考・状況]
 基本行動方針:主催者を探しだし何が相手だろうと必ずR。
 0:どうして日本の学校がこんな所に?
 1:教会へ向かう。
 2:エドワードを安全な所へ連れて行く。
 3:他に人がいるなら助ける。
 4:名簿の真偽を確かめたい。
【阿部倉司@SIREN2】
 [状態]:健康、日本の学校の存在への疑問
 [装備]:バール
 [道具]:懐中電灯、パイプレンチ、目覚まし時計
 [思考・状況]
 基本行動方針:戦闘はなるべく回避。
 0:なんで日本の学校がこんなとこに?
 1:ヘザーについていく。
 2:まともな武器がほしい。
 3:どうなってんだこの名簿?
【A-4/雛城高校付近のT字路/一日目真夜中】
【クローディア・ウルフ@サイレントヒル3】
 [状態]:良質な実験体を見つけてやや気分が高揚、神の成長は初期段階
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:神を降臨させる。
 0:この子は、使えるかも。
 1:ヘザ―に逆らわない。しかし神が危険な場合はその限りではない。
 2:邪魔者は排除する。
 3:赤い物体(アグラオフォティス)は見つけ次第始末する。
 4:アベを“生まれ変わらせて”みたい。
 ※神はいったんリセットされ、初期段階になりました
 ※アグラオフォティスを所持すると、吐き気に似た不快感を覚えます
 ※力の制限は未知数(被検体が悪い)。物語の経過にしたがって変動するかもしれません

47 :
【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2】
 [状態]:健康、所々に小さな傷と返り血、魔力消費(大)。
 [装備]:特になし。
 [道具]:『ルーベライズ』のパワーストーン@学校であった怖い話
 [思考・状況]
 基本行動方針:皆殺し。赤い液体の始末。
 0:阿部を強く警戒。
 1:クローディアの胎内の神に強い興味。
 2:か弱い少年として振る舞い、集団に潜む。
 3:魔力を取り戻す為、石から魔力を引き出したい。
 4:相手によっては一緒に「遊ぶ」。
 ※魔力不足で変身できません。が、鋏は出せるようです。(鋏を出すにも魔力を使用します)
 ※エドワードは暗闇でも目が見えるようです。魔力によるものか元々の能力なのかは不明です。
 ※『ルーベライズ』のパワーストーンに絶大な魔力を感じていますが、使い方は分かっていません。
  石から魔力を引き出して自分の魔力に出来るのかどうかは不明です。
代理投下終了です

48 :
今期月報であります。

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
114話(+6)    28/50 (- 3±0) 56.0 (- 6.0)

49 :

 太田ともえはジルたちのライトが照らす先を、呆然と見続けていた。
 大海に潜むというあやかしを連想させる大蛇の死体。警察署内で会った少年が、その異容に驚嘆とも歓喜ともつかない声を上げていた。
 しかし、ともえの目は弛緩し果てたその口から覗く、黒ずくめの人影に注がれていた。
 もう怪物は死んだというのに、影は動かない。
 なぜ動かないのか。怪我で動けないのか――。
 阿呆のような疑問を何度も胸中で繰り返す。答えは既に提示されているのに、感情がそれを拒もうとしていた。近づけばいいものを、今もこうしてジルたちから離れた所で佇んでいる。
 いや、近づかずともいい。目を閉じ、"視"れば全て氷解する。
 だが、出来なかった。それをすれば確認してしまうことになる。
 ケビンが死んだことを――。
 ジルからそう告げられたときのことを思い出した途端、足元が波打ったような感覚に襲われ、ともえはよろめいた。いや、それすら錯覚だったのだろう。己の足は少しも動いていない。
 銃声はとうに止んでいたが、あの狂ったような響きは未だ海鳴りのようにして耳朶の奥に残っていた。これまで耳にした幾つもの言葉が蘇っては、その響きに掻き消されていく。
 しかしそれは、鼻を擽る硝煙の香と共にやがてはこの白い霧に混じって薄れていくのだろう。
 再び発生した濃霧は、その姿すらともえから奪うかのように彼の影を隠していく。
 ケビンのことが――好きだった。
 ともえは静かに認めた。
 ただ、果たしてそれが恋と呼べるものだったのか――それすら分からぬままに、全ては何も始まらぬまま終わってしまった。助けてくれた礼すら満足に返せなかった。
 何もできなかった。他者の視界が見えるようになっても、大切なものを守れなかった。結局、己は何の役にも立てなかった。
(それなら、こんなもの、ただ気味が悪いだけじゃない――……)
 寂しさが胸を圧迫した。胸の奥には深い虚が空いている。この地で埋まることのないであろう穴が二つ――その穴から、乾いた風が絶えず吹きあがり続けているような気がした。
 ともえはそっと髪飾りに触れた。
 ただ悼めばよいのに、頭の隅を"滅爻樹"のことが過る。"滅爻樹"を用いなければと、脅迫にも似た焦りが湧き上がる。
 島ではそれが理であり、従うべき掟であった。だが、それは外から見れば死者を辱めているように見えやしまいか。
 ましてや、これはケビンを想ってのことではないのだ。ただ、全身に沁みついた島の風習に突き動かされているだけに過ぎない。
 夜見島は愛すべき故郷だ。その伝統は守り続けなければならない。だが、伝統を継ぐことと囚われることは全く別のものだ。囚われれば、ただ視野を狭くする。
 この町に来てから、そんな風にも考えられるようになった。
 囚われているから、己はケビンの死を真っ直ぐに想うことができない。
 ――泣いてはいけない。
 ジルはおそらく泣いていないのだから、不義理な己が涙するなどあってはならない。そう自制するも、鼻の奥が刺すように痛んだ。
 霧の向こうで影のとなったジルやジムたちの背中が滲んでいく。
「……そろそろ彼女たちのところに行こう。歩けるかい?」
「……大丈、夫」

50 :

 一緒に居てくれたハリーが言った。頬を動かしたことで、鋭い痛みが奔る。
 歩き出す前に、ともえは覚悟を決めてそっと目を閉じた。ジルの視界が見えた。大蛇の口から半分毀れた、鮮血に染まったケビンの顔――青黒く腫れ上がり、生前の面影を見出すのが難しいほどだ。しかし、醜いとは思えなかった。
 ジルの腕が動き、握られた拳銃がケビンの頭に向けられる。ともえははっと瞼を開いた。前方で火花が咲き、銃声と共に彼女の影が色濃く映える。
 痛みも無視して、ともえは足を速めた。
「おい、何でそんなことをする?」
 こちらに気付いて振り返ったジルたちに向かって、ハリーが険しい声を上げる。ジルは哀しげに微笑んで見せた。ジムは苦い顔をしている。
「おまじないよ。彼がずっと眠っていられるようにって」
「……だといいがな」
 大蛇の傍に片膝をついていた禿頭の男が含むように呟いた。
 立ち上がりながら、男はこちらを無感情に見渡した。
「さて、休息は終わりだ。君たちに行く当てはあるのか? あるのなら、急いだ方がいい。騒ぎで何か良からぬものが寄ってくるかもしれない」
 朴訥とした口調で告げる。ケビンの死など、男にとってはどうでもよいのだろう。突然の銃声に固まっていた少年が、慌てて非難を込めた声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この人、このままにしておくんですか? 俺たちにとっては知らない人だけど、ジルさんたちにとっては……」
「……いいえ、彼が正しいわ。だけど、ありがとう」
 ジルが少年に向かって首を振った。 
「それに、彼ならこう言うでしょうね。ンなことに構ってねえで前に進めよって」
 彼なら言いそうな言葉だ。ジルの言葉がケビンの声で蘇り、ともえは深く息を吸った。
 周辺を歩いていたジルが地面から何かを拾い上げた。ケビンの拳銃のようだ。それを無造作に、羽織ったジャケットのポケットに突っ込んだ。
 ジムが逡巡するように目を瞬かせた後、思い切ったように話し始めた。
「俺、南の研究所に行きたいんだ。俺もケビンと同じだ。糞ウイルスに感染してる。だけど、前に俺たちでワクチン作ったんだ。ここの研究所に、その材料があるかもしれねえ。分は悪いが、それに賭けたいんだ。俺には、多分もうそんなに時間は残されてないから」
「……そういえばケビンも言っていたわね。駄目元とはいえ、何かあるかもね。ワクチンの材料って具体的に憶えてる?」
「でなきゃ、話にならねえよ。ええと、無駄にでかい蜂の毒に、なんかよく分かんねえ薬品、あと黒くてでかい海パン野郎の血だ」
「……随分な具体的ね」
 半眼になったジルに、ジムが明後日の方を向いた。
「まあ、曖昧なとこはフォースが導いてくれるだろうぜ」
「口を挟んで悪いが、ウイルスとは一体何だ?」

51 :

 男が銃を肩に担いで首を傾げた。
 ジムが口早に説明を始めた。それを聞き終えた男が幾つか質問をする。ジムが口ごもった部分を、ジルが補足していった。
 ともえにはそれでも理解できない内容だったが、要は、ジルたちの故郷は"死体が蘇る"怪異によって滅びたということらしい。
 ただ、それは夜見島に伝わるような"古のもの"の仕業ではなく、余所者の持ち込んだ伝染病だった。ジルたちもまた、余所者に故郷を壊されたのだ。そして、ケビンとジムはその伝染病を患っている。
 "穢れ"のせいでなくとも、死体は憑かれる。しかし、蘇った死体――"ぞんび"は頭を撃ち抜けば蘇らないとジルは言った。
 ケビンに"滅爻樹"を用いる必要はない――その報せに、ともえは僅かに安堵した。
 
「なんていうか……映画みたいですね」
「須田、俺たちも行ってみるか? 通信設備ぐらいあるだろう。上手くいけば、頭を撃ち抜く以外の帰る手立てが見つかるかもな。少なくとも、ここよりはずっといい。ここはもうただの墓場だ」
「そうね。本当に、そう……」
 男の言葉に、ジルが警察署を見上げた。表情は見えないが、その後ろ姿は寂しげだった。
 須田と呼ばれた少年が男の誘いに同意する。ジムが大袈裟に肩を竦めた。
「へっ。"S.T.A.R.S."に、ニッポンの軍隊が一緒か。バッドボーイズよりずっと頼もしいね。そう思わねえかい、ハリー?」
 己を置きざりに、話は次々と決まっていった。
 決意をしたところで、結局流されるだけの自分に忸怩たる思いが募っていく。
 頬の痛みが、己を非難しているように感じられた。
 この負傷とて、勲章でも何でもない。自分の手落ちを、どうにか五分五分に持って行けただけだ。
 ジルならば――ケビンならば、そもそもあんな男に捕まったりしない。
 いや、あそこで自分が捕まったりしなければ、ケビンは生きていたのではないだろうか。
 彼を死なせてしまった一因が己なら、その埋め合わせをしなくていいのか。
 相手が死んでしまったら、礼は――返せないのか。
「よかったな。ジム、私はもう一度学校に行ってみようと思う。ここまで全部が全部空振りだ。だから、最初の手がかりに立ち戻ってみたい。ミヤタのことも気になるからな。ワクチンが手に入ることを祈っているよ」
「え……一緒に行かないのかよ?」
 静かに別れを告げたハリーに、ジムが戸惑いの声を上げた。
「娘は私の全てなんだよ。君に頼もしい同行者が出来たのなら、私は娘のことを優先したい」
 ハリーは体をゆすって、背負った少女の位置を直した。
 ジムが顔を顰めて唸った。
 今のような状態で別れるのことが自殺行為なのは明らかだ。いや、だからこそだろうか。
 ジムたちに手を煩わせたくないのかもしれない。そのときになって少女を捨てるにしても、あの状態からでは行動に移るのにどうしても遅れが出てしまう。
 男が小さく鼻を鳴らした。ジムに自動小銃を半ば押し付けるように渡しながら告げる。
「そうか。あなたは民間人だ。同行の強要は出来ないな」
「三沢さん!?」
「下手な道徳心ははんだんを狂わせるぞ、須田。あの蛇相手に、我々の主だった武器はなくなってしまった。あのような化け物が他に居ないとも限らない状況で、戦力の分散は好ましくないな。わざわざ離れていく相手のために、仲良く共倒れするのは愚かだ」
「でも、それじゃあ見捨てるってことじゃないですか……」
「ミサワの言う通りだよ、坊や。これは私のわがままだ。君たちまで付き合わせる気はない」
 男――三沢に食って掛かる須田の肩を、ハリーの手が抑える。

52 :

「だけど、背中の女の子は、その、死んでいるんですよね? せめて下ろしていった方が……」
 少女をちらちらと見ながら告げる須田に、ハリーは頭を振った。
「親になるとね、合理的じゃいられなくなるんだよ。まだ分からないだろうがね」
 どこか悲壮さを湛えた眼差しでハリーは微笑した。
「私は……ハリーと行く。彼の"目"になれると思うから」
 ともえはそう口にした。付いてくるものだと思っていたのだろう、ジルが目を見張るのが分かった。
 馬鹿なことを言い出したとも思われたかもしれない。
 ともえの頭にあったのは、ただケビンならどうするだろうかということだ。
 ジルと三沢は兵士だ。彼女らに比べて随分とぎこちないが、それでもジムと須田はこういったことに慣れた感がある。
 ならば、一人で行くハリーをケビンは放っておかないだろう。
 彼に礼を返すのは今しかないと、ともえは思った。
 ケビンのように振る舞うことはできないが、彼には出来ないことが自分には出来る。他者の視界を盗み見ることができる。
「君も"視える"か。構わないだろう。確かに"目"になれる」
 三沢が何処か知った風に頬を歪めた。訝しげに思ったが、頬の痛みをおしてまで質す気にはなれなかった。
 代わりにジルが疑問の声を上げたが、本人に訊けと三沢は取り合わない。それどころか、まだ戸惑っているジムを促して警察署の外へと歩き始めてしまった。
 須田は困惑した面持ちで三沢とハリーの間に視線を彷徨わせていたが、やがては三沢を追っていった。
 ジルが苛立たしげに溜息を吐き、こちらを向いた。
「そういえば、中でもそんなこと言っていたわね。上手く説明できる自信ある?」
「私にも訳が分からないのよ。なんていうか、自分以外の見てるっ……ものが視えるの」
 そうとしか言いようがないのだが、いざ言葉にしてみるとさも愚かしい絵空事を語っているような気分になる。
 ジルが苦笑を漏らした。
「本当に訳が分からないわね……。ニンポーって奴? ねえ、トモエ。私も一緒に――」
「大丈夫、だから。私に任せてよ、ジル」
 動かす度に、頬が痛みで引き攣る。それを見て取ったジルの瞳が揺れた。
 ケビンがいない今、彼の役割を継げるのはジルだ。
 三沢の言っていることが正しいのはともえにも分かる。三沢たちと一緒ならば、ジルはきっと何かを守りながら戦わずに済む。
 それだけでも、随分と生き残り易くなれるはずだ。
 好きな人間を失うのは――そんな寂寞感をこれ以上抱えたくなかった。
「……それは、よく考えた末のことなのよね?」
 ジルの瞳から逸らさずに、ともえはゆっくりと頷いた。ジルは吟味するように一呼吸置いてから、小さく微笑んだ。
「そう。じゃあ、今度は私がトモエを信じなくちゃね」

53 :

 釣られて笑みを浮かべようとしたが、痛みでうまくいかなかった。ひょっとしたら泣き顔に見えたかもしれない。
 誤魔化しも兼ねて、ともえはジルに切り出した。
「ジル、お願いがあるんだけど。ケビンの銃、わたしが、持っていちゃ駄目?」
 ジルのジャケットの膨らみを指さす。彼女は眉根を寄せた。
「銃が要るなら、私のを渡すわよ。扱いやすさは保証できるし」
「ありがとう。だけど、彼のを持っていたいの」
 ジルが肩を竦めて、ケビンの拳銃を取り出す。安全装置なるもの外し方や弾丸の装填の仕方を見せた後で、銃把をともえに差し向けた。
「手加減できない道具よ。訓練なしで当たるものでもない。正直言って、撃つ時間があるなら逃げることに使うべきね。それでも撃つのならば、躊躇しないで」
 受け取った拳銃は想像よりもずっと重たかった。こんなものをジルたちは自在に操っていたのだ。
 ジルに従いながら、実際に銃把を両手で握りこんで安全装置を外し、撃つ直前までの流れを試した。
 ともえに手解きをしながら、ジルが呟くように語りかけた。
「まったく、あいつの言った通りになっちゃったわね」
 最後に、ジルは弾丸を入れたポーチを一つ渡してくれた。それを懐に仕舞う。
 警察署の門から橋の袂まで行くと、霧の向こうに三つの光が見え隠れしていた。
 それを目に留めた後、ジルがこちらを振り向いた。口元に、少し寂しそうな笑みが刻まれる。
「具体的な再会の約束はしないでおきましょう。糞ったれた神に嘲笑われる気がするから。メイソンさん、娘さんのこと気にかけておくわね。名前は?」
「シェリルだ。無事を祈る」
「ええ。お互いに。うちのお嬢さんのこと、宜しく」
 走り去っていくジルの背中は、すぐに霧にまぎれて見えなくなった。
 橋を渡る間、水音のほかには二つの足音だけが霧の中に響いている。汚い軽口も軽妙な返しも、今はもう聞こえない。傍らにあった温もりは、もう感じられない。
 それを認識し、胸が急に萎まったような苦しさを感じた。
 渡り終えたところで、ともえは目を閉じてみた。幾つかの視界が過るが、ともえたちを捉えているものはない。距離が離れたせいだろうか。ジルたちの視界が映ることはなかった。
 そのことをハリーに告げる。彼も半信半疑なのだろう、ふと苦笑が漏れた。短く謝罪をしてから、彼は続けた。
「これからのことだが、まず教会を確認しておきたい。書置きを残したんだ。何か変化があるかもしれないし、そろそろこの娘を横たえてやりたい。ニッポン人の流儀とは違うかもしれないが、こういうのは生きている人間の自己満足だしな」
 反対する理由もなかったのでともえは頷いた。
 引き返しはもうできない。ケビンがやれたはずのことを、これから自分がやっていくのだ。
 帯に挟んだ拳銃に指を滑らせてから、ともえはハリーを追った。
 


54 :

【D-2/南部/二日目深夜】

【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
 [道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
     ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、ショットガンの弾(7/7)、グリーンハーブ
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
 1:研究所に向かう。
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。

【須田 恭也@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:9mm機関拳銃(25/25)
 [道具]:懐中電灯、H&K VP70(18/18)、ハンドガンの弾(140/150)
     迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
 1:この状況を何とかする
 2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う

【三沢 岳明@SIREN2】
 [状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
 [装備]:89式小銃(30/30)、防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
 [道具]:マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、精神高揚剤
     グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
     サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、89式小銃用銃剣×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
 1:研究所に向かう
 2:民間人を保護しつつ安全を確保
 3:どこかで通信設備を確保する
 ※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。少なくとも幻視については話していません。

55 :


【C-2/橋の袂/二日目深夜】
【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
 [状態]:健康
 [装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN
 [道具]:ハンドガンの弾(20/20)、栄養剤×3、携帯用救急セット×1、
     ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
 [思考・状況]
 基本行動方針:シェリルを探しだす
 1:教会に行って、美耶子を安置する
 2:学校に向かう
 3:機会があれば文章の作成
 4:緑髪の女には警戒する

【太田 ともえ@SIREN2】
 [状態]:右頬に裂傷(処置済み)、精神的疲労(中)、決意
 [装備]:髪飾り@SIRENシリーズ、ケビン専用45オート(7/7)@バイオハザードシリーズ
 [道具]:ポーチ(45オートの弾(9/14))
 [思考・状況]
 基本行動方針:夜見島に帰る。
 1:ケビンの代わりにハリーを守る
 2:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
 3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
 ※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
 ※幻視のコツを掴みました。

※警察署敷地内に、マシンガン(0/30)、グレネードランチャー(0/0)、MINIMI軽機関銃(0/200)が放置されています。

56 :
保守がてらこちらにも書き込み。
式部人見@流行り神
霧崎水明@流行り神
長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム
岸井ミカ@トワイライトシンドローム
スプリットヘッド@サイレントヒル
予約で!

57 :
代理投下します

58 :
【忘我】

安曇くんの、あの暴れ狂っていた最期の姿は、今でも鮮明に覚えている。
燃え広がる炎。火の海と化し、崩れ落ちる手術室。
激痛で身体は指一本動かせず、火の粉の入り混じった粉塵を払う事も出来ないで、ただ遠のいていく意識の中でも、
彼のあの姿は――――まるで獣のように変わり果ててしまいながら、深く、暗い絶望を宿していたあの瞳は、
背中に残された禍々しい烙印と同じように、私の脳裏にくっきりと刻みつけられていた。
あの日、安曇くんに二度目の死の苦しみを味わわせてしまったのは、私だ。
思い出す。いや、忘れてはならない、私達のそれぞれの愚かさを。
安曇くんは――――余命いくばくもない妹の命をどうしても助けるために、との想いに取り憑かれていたとはいえ、
所詮はオカルトに過ぎない常世島の死者蘇生の伝承に縋りついて、
しかし、結局妹の命を救えず、逆に島の風土病に感染して仮死状態に陥ってしまった。
そして私は――――せめて彼までは死なせないために、との必死の想いがあったとはいえ、
有効性も実証出来ていない、素人が調合した薬とも呼べない代物を彼に投与してしまった。
結局のところ、それが安曇くんに与える必要の無い苦しみを与える事となったのだ。
その代償が、最愛の人が苦しみ抜いて死んでいったという結果と、
私の背中一面に残された、熱傷でも、裂傷でも、擦過傷でもない、原因不明の大きな傷跡。
整形すれば消せるであろうこの烙印を敢えて残しているのも、自身に対する戒めのつもりだ。
理に適わぬものに縋った故の悲劇を。私には人を救う資格など無い事を。決して忘れないための戒め。
あの後、水明くんのアパートのドアを叩いて彼にこの背中を見せたのも、そう。
私の愚かさの象徴を、信頼出来る人に知っておいてもらいたかった。
そうすれば私の愚かさが時と共に風化する事はない。あの時は、心の底からそう思ったから。
だから私は、オカルトを――――理に適っていないものの存在を認めるわけにはいかない。
保証もない。根拠もない。証明も出来やしない。
そんなものを認めてしまうのは、あの日の出来事を認めてしまうのと同義なのだから。絶対に、認めるわけにはいかない。

――――なのに。

59 :
私の信念は、この街でぐらつき始めている。
次々に起こる、理解の追いつかない異常事態に精神が参っているのだろうか。ロジカルな思考を保ちきれずにいる。
……ダグラスの遺体から携帯ラジオを手に取ってしまった事が、何よりの証拠だ。
その行動に抵抗が無かったわけではないのに。愚かさを自覚して投げ捨てる事だって出来たのに。
私は結局ラジオをこのモーテルまで持って来てしまった。
ラジオは、先程から、耳障りなノイズを立て始めていた。
ダグラスの言う事が正しいのならば、私の居るこのモーテルに何かが近づいて来ている。
近づいてくる者の正体は分かっている。あの……腐りながらも襲ってくる、彼らだ。
ビルから出た後すぐに、私の耳には、公園の方から上がる人が呻くような声が届けられた。
事故の前に聞いた彼らのものと同じ声だった。私達を見失い、公園に迷い込んだのだろう。
私は走った。彼らに気付かれる前に。ヘザーが居るかもしれないモーテルを目指して。
そこまで逃げたのなら、彼らも私を追ってこないかもしれないと思って。
だけどその考えが甘かった事は、あの携帯ラジオのノイズが教えてくれている。
彼らは正気を保ててはいないはずなのに、どういうわけかは知らないが、私を追跡してきたのだ。
耳に入り込んできた複数の人間の足音に、緊張が高まっていく。それに合わせるかのようにノイズの音も高まっていく。
まるで、チャチな設定のB級映画の世界に迷い込んだような気分。
……こんな考え自体が私らしくない。……それでも、止められない思考。
半開きだった安っぽいドアに何かがぶつかった。ドアが軋んだ音を立てて開かれていく。
無作法に部屋に踏み入る何人もの人間の気配。何人も、何人も、次々とこのモーテルの部屋に侵入してくる。
ラジオが更に音量を増していき、不快なノイズを撒き散らす。
私は――――――――『隣の102号室』にそのノイズを聞き、
タイミングを見計らってこの『101号室』を飛び出した。
まだ外に残っていた数人が、私に気付く気配を他所に、通りを一気に駆け抜ける。
思考能力が失われているらしい彼らの注意が、これであの一室に引きつけられてくれる事を期待して。
このモーテルではヘザーは見つからなかった。
居るかどうか分からないけれど、次の当てはブルックヘイブン病院。
行ってみるしかない。ヘザーを見つけ出さなくてはならない。
ヘザーが教団に狙われているという突拍子もない話や、
ヘザーの過去にまつわるサイレントヒルで起こったという事件。
それらの話を全面的に信じる事は…………私には、出来ないけれど。
真実が何であれヘザーにも危険が迫っているのなら、ダグラスの代わりに保護しなくてはならない。
そして、ヘザーに彼の死を伝えなくてはならない。
私には、ダグラスの死を看取った人間として、その義務があるだろうから。
いつ以来かも分からない全力疾走で、胸が、脚が、熱と痛みを帯びていく。
それでも私は止まらずに通りを走り抜けた。
愚かさを。悔しさを。苛立ちを。恐怖を。噛み締めながら。

60 :
【渦紋】

壁にめり込む形で押し潰されているゾンビ達は、全身の骨が砕かれている様子だった。
懐中電灯の弱々しい明かりの中でもそれは容易に理解が出来る。それ程に怪物達の身体はひしゃげている。
これが、あの太巻き女の力だと言うのか。
今の屋上では、水明が一歩間違えれば、自分達もこうして何かの標本や剥製のように飾られる事となっていたのだ。
最悪の想像。冷たいものがユカリの背筋を走り、思わず身体を抱きすくめた。
そのゾンビ達は、到底生きているとは思えない状態にも関わらず、尚も微かな唸り声を上げていた。
のこのことやってきた獲物の気配に歓迎の声を上げ、喰らいつこうとしているのだろうか。
もう二度と動けはしないであろう身体だというのに、信じられない生命力を持つ怪物達。
――――水明は今、その怪物達の前に立っていた。
「ねえ、オジサン! さっきから何してんの!? 危ないよ!?」
ユカリは階段の手すりに手をかけ、水明の背中に焦燥を乗せた声を浴びせかけた。
焦るのも当然。ゾンビが動けない状況だとは言え、水明が今居るのは怪物からほんの数十cmの距離。
僅かにでも手を伸ばされたら為す術も無く掴まれる位置だ。そんな所で水明は怪物を観察しているのだ。
尤もそれは、水明もゾンビが動けない事を確認した上で取っている行動だが、もしもの場合を考えれば気が気でない。
「オジサン!」
「…………ああ。……今行く」
漸く水明がこちらを向いた。
その表情は、先程に見たもの程ではないがそれでも充分に威圧的に見えた。
一度抱いた不安が、必要以上に恐怖を煽っているせいだろうか。
水明は、悪い人間ではない。出会って間もないが、それはユカリにも断言出来る。
確かに一見怖そうに見えるし、多々、嫌みたらしいところはある。
しかし、ユカリが今こうして生きているのは水明のお陰だ。
水明がいなければ、ユカリは緑髪の女に撃たれてあっさりと殺されていただろう。
水明が二度、三度と自身の命をかけて助けてくれているからこそ、ユカリは命を落とす事なく生きていられるのだ。
出会ったばかりの他人の為に身体を張れる者が、悪い人間であるはずはない。そのくらいは、ユカリも分かっている。
――――分かっているのに。頭では分かっているのに。胸の中の暗い靄は、一向に晴れようとしてくれない。
おそらくは、殺し合いのルールなんてものを読んでしまったからか。

61 :
何となく気まずい空気を勝手に感じ、ユカリは先に階下へと向かった。数歩遅れて、水明の足音がついて来る。
この建物内の怪物達はさっきの太巻き女があらかた片付けてくれたようで、二人のもの以外の足音は聞こえてこない。
だが今は、その静けさが逆に息苦しさを感じさせていた。
多少の気配でもあれば、そちらに注意を払う事が出来る。考える事が出来るのだが、こうも静かだと、何を考えるべきかも分からず――――唯一感じられる水明の気配がどうしても気になってしまう。
二階への踊り場を抜けて身体を翻す際、横目で水明の痩身を窺い見る。
相変わらずの仏頂面で、水明は何かを考えている。その水明が持つ拳銃に、ユカリの視線が落ちた。
後ろからあの拳銃で撃たれはしないだろうか――――撃つはずがない。
後ろから突き落とされたりはしないだろうか――――するはずがない。
こんな怯えなど下らない杞憂でしかないものなのに、次から次へと浮かんでくる。
不安を掻き立てる静寂が苛立たしい。こんな時に限って得意の饒舌を披露してくれない水明が苛立たしい。
静寂と沈黙が一階に到達するまで続くと、どうにも耐えかねてユカリは振り返った。
「ねえ!」
不自然に声が上擦ったユカリに、水明が怪訝そうな目を向けた。
赤面しつつも、それを誤魔化すようにユカリは先程抱いた疑問を口にした。
話題は、この静寂から解放されるのならば何でも良かったが。
「さっきの……アレってなんだったの?」
「……あれ?」
「御札。あんな魔法みたいなコトしてさ」
「ああ、あの御札か。あれは何の変哲もないただの御札だ」
「アレが? 何の変哲もない?」
水明は階段を降り切ると、懐中電灯を壁のあちこちに向けた。
やがてそれは一箇所で止まる。
照らし出されているのは、この建物の見取り図と、その横にかかっている別の地図らしきものだ。
「こいつは……サイレントヒルの地図?
 にしては……随分と簡略化されているというか、落書きのような代物というか。
 パンフレットのものとは別物だな……」
壁からそれを剥がし取り、表裏隅々まで眺めると、それをポケットに突っ込む水明。
そして見取り図で出口の方向を確認する。どうやら、壁を照らしたのはそれが目的だったようだ。
確認を終え、こっちだ、と先導する背中に、ユカリは続いた。
後ろにいられるよりは、そちらの方が幾らかは気分は楽だった。
「それ、持ってくんだ?」
「ああ……こいつの裏にはどういうわけか、ご丁寧に街のルールが記述されてあった。
 わざわざルールと一組にした地図を用意するなら、何か意味がある物なのかもしれん。
 嵩張るものじゃないし、とりあえず拝借させて頂くとしよう。
 ――――それはさておき、御札だったな?」
水明はそこで一旦言葉を切り、歩みを緩めた。曲がり角に行き当たったのだ。
注意深く死角を見回し、何もいない事を確認すると、ユカリに合図を送る。

62 :
「ま、君が驚くのも無理はない。あれには俺だって充分驚いているところだ。
 ……東京と神奈川の丁度境目辺りにある『鬼哭寺』という寺は知っているか?」
「キコクジ? ……ううん、知らない」
「『鬼』が『哭く』『寺』、と書いて『鬼哭寺』。
 かつては『おになきでら』と言ったらしいがな。
 ……君も高三なら、鬼子母神の伝説くらいは聞いたことあるだろう?」
「……知らないけど」
「むじなも知らなければ鬼子母神も知らない、か。まったく呆れ果てたやつだ。
 いいか? 鬼子母神というのは、元々はバラモン神話に登場するインドの神で――――」
「だからお勉強はいいっつーの! 先を話してよ!
 あたし気を持たされるのってキライなんだけど!」
「そうなのか? そいつは良いことを聞いた」
振り返った水明が愉快そうに口元を歪めていたのは、暗闇の中でも、いや、その顔を見ずとも分かる。
いいから早く行きなよ、とユカリは彼とは正反対の表情を浮かべて、無言で前方を指さした。
「『鬼哭寺』は、その鬼子母神を祀っている寺でな、
 あそこの住職は魔除け、厄除けといった効力の霊験あらたかな御札を書いてくれると、その筋では有名なのさ。
 ……さっきの御札は、その鬼哭寺で購入したものだ。
 もしもサイレントヒルの魔女、或いは神が実在するというなら、多少なりとも対抗手段に成り得るかもしれんと思ってな。
 御札に限らず、使えそうなものは他にも色々と用意だけはしてみた。
 さっきの化け物に殺されずに済んだのも、その内の一つの効果だ」
霊験あらたかな御札を書いてくれる住職。
そう言われてみれば、ミカが以前そのような話をしていた気もしてくる。
無論、ユカリにとっては興味のない話だったのではっきりと覚えているわけではないが。
ただの気のせいか、別の場所の話だったのかもしれない。
「御札、塩等を四隅に設置して空間を切り分けるという結界の貼り方も、ごく初歩的なもので、勿論俺自身に特殊な力があるわけじゃない。
 日本を発つ前に一度試しはしてみたが効果を体感するには至らなかったな。
 ましてやあれ程の強力な結界が出来るとは思いもしなかった。貼ったのは、まあ、本当に駄目で元々ってやつさ。
 さっきは一体何が起きたのか。あのエネルギーはどういった質のものなのか。
 俺にも正確なところは分からないが……ただ、これだけは言える。
 あそこの住職、なかなか独特な雰囲気を纏っていたと思ったが、どうやら只者ではないらしい」
「……要するに、その住職がすごいってコト? ……あと何枚あるの?」
「書いてもらったのは二十枚だが、半分は出発前に弟に渡したんだ。
 幸か不幸か、あいつもここに辿り着いてしまったようだが……持ってきてると良いがな。
 ……そういうわけで、御札の残りは後六枚。
 これ程の効力があると知っていたのならもっと書いてもらったんだが、それは今言っても始まらんな。
 シビルの言葉じゃないが、使い所は慎重に見極める必要がありそうだ。さて……見えたぞ、出口だ」

63 :
水明の持つ懐中電灯が、破壊されて床に落ちているドアを照らした。
この出入り口のドアも、太巻き女に破壊されたらしい。
そのドアが元々ついていたであろう大穴から覗く外側の景色は、懐中電灯を使うまでもなく、煌々と光で照らし出されていた。屋上の御札の結界は、未だ効力を失っていない。
ついつい足早に外に出ようとするユカリだったが、ズルリ、と、その耳に届く奇妙な音が、彼女の足を止めさせた。
何かが擦れるような音だった。出口の手前にある部屋の中から、その音はもう一度聞こえてくる。
その部屋の、内側に破られたドア――――ここにも太巻き女は立ち寄った痕跡が残されていた。
わざわざドアを破って侵入したのならば、そして部屋の中からは物音が聞こえてくるならば、その答えは一つ。
――――この中にも怪物が居る。それも、仕留め損なったのか、動けるやつが。
直ぐ様水明がそちらを照らす。円形の光の中に、室内から出て来る怪物の姿がはっきりと浮かび上がった。
そいつは、上にいたゾンビ達と同じものだった。ただし、下半身だけが潰されたのだろう。まるで匍匐前進でもしているかのように、上半身だけで這いずり寄って来る。
急いで出口に向かおうとしたユカリだったが、それよりも早く水明がユカリの肩を押さえた。
「おっと! 下手に出るな! 表には狙撃手が居ることを忘れたのか?」
「あ……じゃあ、どうすんの!?」
「勿論外に逃げる。ここで籠城したところで事態は進展しないからな。
 ただ、出たら絶対に立ち止まるな。
 今なら狙撃手も屋上の光に気を取られてるかもしれんが、外でマゴマゴしてたらすぐに発見される。
 ……その角材も、もう置いていくんだ。走るには邪魔だろう。
 目指すのは向かって右斜め前方だ。俺の記憶だとそっちはT字路になっていたはずだ。確か、ウィルソン通りだったか。
 路地に入ってしまえば少なくともさっきの狙撃手の的にはならないで済む」
「それって……結局運を天に任せるってコト?」
「有り体に言えば、そうなる」
「……マジ?」
「まあ、今回はそう分の悪い賭けじゃないはずさ。
 ……とりあえず、そっちの隅に行っててくれ。
 まずはここを切り抜けないとならない。こいつは俺が引き付ける」
そう言うと水明は、無造作にゾンビに近付き、ある程度の間隔を保って立ち止まった。
ユカリは言われるがままに壁に身体を寄せ、静かに角材を置く。そして、ゆっくりと出口に近付いていく。
近い方からありつこうと判断したのか、ゾンビは腐臭と、薄気味の悪い擦過音を撒き散らしながら、水明へと迷わずに向かっていく。
その動作は明らかに、鈍い。これに比べれば何かの映画で見たゾンビ達の方が遥かに速い。
広いとは言えない通路の中だとは言え、これなら余裕を持って回避出来るはずだ。
――――それなのに、水明は立ち止まったまま、動かなかった。
上にいたやつらとは違い、このゾンビは鈍い動作でも確実に距離を詰めてくる。
手を伸ばして水明を捕らえようとしてくる。
それでも水明は動かず、ただ鋭い眼光をゾンビにぶつけている。
プレッシャーを堪え切れずにユカリが声を荒げるも、水明は動かない。
右手に持つその拳銃を、ゾンビに向けようともしない。

64 :
「オジサン!? 早く――――」
撃ちなよ。
そう続けようとしたのだが、口から言葉が出せなかった。
拳銃を撃つ。そのイメージから過ぎったのは、先程の怪物にも劣らぬ水明の迫力。
あの水明は、出来る事なら見たくない。
しかし、撃たねば水明や自分に危険が及ぶ状況がある事も理解している。
今が、そうだ。ここで撃たねば、何のための武器なのだ。
ユカリは口を開き、もう一度叫ぼうとした。
「――――――――っ」
しかし、どうしても水明を促す言葉は出せなかった。
その間にも、ゾンビは映画さながらの呻き声を上げて水明の足に掴みかかろうとする。
そこまで引き付けて、水明はやっと拳銃を――――構える事はなく、ただ後ろに小さく飛び退いた。
そして獲物を捕まえ損なった手で床を叩くゾンビに目をやりながら、ユカリの下へと駆けてきた。
「何してたの? …………撃っちゃえば、よかったじゃん」
「……………………いや、ちょっとな。
 それよりも急ぐぞ。他にも動けるやつが残っていたらしい」
水明の言葉に一呼吸遅れて、ユカリは彼の後方に光を動かした。
床を這いずるゾンビが他にも数体、不気味に目を光らせて奥から近づいて来ている。
生じた疑問は、瞬間で頭の中から消え去った。
代わりに入り込む恐怖と、徐々に強まる腐臭、徐々に縮まる距離。それらに急かされるように、ユカリは出口へと足を運んだ。
水明が狙撃を警戒してか極力身体を出さずに外の様子を窺うが、とりあえず見える範囲には何もいないらしい。
行くぞ。小さな呟きを合図に、水明が外に飛び出した。その彼の背中を、ユカリは必死に追いかけた――――。

65 :
【流転】

背後から迫る気配が、自分の足よりも速いのは明らかだった。
空気を叩く羽の音。距離が離れるどころか、その音はみるみるうちに近付いてくる。
袋小路からの出口を目指して走り出したは良いが、このままでは逃げ切れない。だが、逃げるしかないのもまた事実。
とにかく、前へ――――ミカの逸る気持ちに対し、身体はついて来れなかった。
ヤバイ、と焦燥と共に悟るが、遅い。既にバランスは崩れていた。
足が縺れ、宙に浮く感覚。
咄嗟に左腕をアスファルトに突き出した。地面と触れ合った瞬間、掌に熱が走る。
凹凸で擦りむいたか。しかし、その程度で済んだのは幸いだった。
直後、体勢を崩したミカのすぐ上を、キイという鳴き声と共に羽の音が通過したのだから。
もしも今、転倒していなければ、或いは――――。
ミカはすぐに起き上がり、まだ瞳に溜まる涙を拭いながら踵を返した。痛みは、気にかけようとも思わない。
空を飛ぶ怪物。とても走って逃げ切れる相手ではなかった。ならば――――屋内へ逃げ込むしかない。
袋小路だったとは言え、扉が一つだけあった。左側の前方。建物の裏口らしき扉。あそこだ。
果たしてあの扉が開くのか、どうか。
これはもう賭けでしかない。だが、外を走っても逃げ切れない現状、他にミカに取れる選択肢は無い。
再び羽ばたきの音が耳に届く。
ミカはそれを、全力で無視した。
扉までの距離ならば、充分間に合う。後は――――。
「開かないってのは、ナシで!」
未だ震える喉。涙混じりの声で、ミカは祈った。
形だけかもしれないが、それでもチサトに告げたのだ。安心してください、と。
そう言って送り出しておきながら、舌の根も乾かぬ内にチサトに会いに行くわけにはいかない。そんなつまらない演出など願い下げだ。
汗ばむ手で乱暴にドアノブを掴み、一息に引く。錆びつきで多少の抵抗を感じさせたものの、扉は軋む音を立てて開いた。
ミカが開いた扉の隙間に身体を滑り込ませるのとほぼ同時に、扉が派手な音を響かせる。怪物が激突したらしい。
強制的に扉が閉じられた。中は、ただ黒一色で何も見えない。
完全な闇――――原始的な恐怖心を煽られ、一瞬ミカは立ち尽くしていた。
ふと気付き、右手に持っていた携帯電話の光を左右に動かした。
そこは、狭い廊下だった。正面には扉が一つ。廊下右には上に続く階段が見えるが、左は空き瓶やら箱やらが乱雑に置かれているだけで、行き止まりだ。
背後には――――慌ててミカは振り返り、入ってきた扉を抑えた。
しかし、その扉が開かれようとする様子はない。
外にはまだ怪物の気配はしているものの、どうやらあいつは扉の開閉までは出来ないらしい。
とりあえず、助かった――――。とはいえ、落ち着いていられる状況ではない。
扉一枚隔てた先に怪物が居るのだ。この扉だって破られない保証はない。早く、ここから離れねば。

66 :
早打つ鼓動を聞きながら、もう一度だけ瞳を擦り、ミカは改めて周囲を見回した。
出入り口の扉周辺を照らしてみるが、電灯のスイッチは見当たらない。裏口であるならばそれもやむを得ない事ではあるが。今は携帯の光で我慢するしかない。
次に目に付くのは正面の扉。開けようとするが、壊れているのか、ドアノブ自体が回らない。幾度か試すも結果は同じだった。
気を取り直し、携帯の画面を通路の右に向ける。
狭い階段。進めそうなのはこの先だけだ。
裏口があるのだから、普通の入り口もあるだろうが、それは二階にあるものだろうか。
「……ま、アメリカの建物のジジョーなんて知らないけどさ」
しばしの逡巡の後、ミカはそちらへ歩を進めた。
これからどうしていいかは正直分からないのだが、とにかく、今は進むしかない。
階段を上がり、二階に到達する。何者かが居るような気配は、感じられない。
二階廊下は、数m程の長さ。幾つかの照明器具も設置されており、携帯に頼らなくとも視界は確保出来た。
左手前と、右奥に扉が一つずつ。他に通路は無い。
とりあえず手前の扉を開こうとするが、一階のものと同様にドアノブが壊れていて開かない。
残るは奥の扉のみ。こちらが開かねば、出口は無い。
一つ唾を飲み込み、ミカは恐る恐る扉に耳をつけた。
中からは何も聞こえない。ドアノブは――――動かせる。
扉を開くと、そこはそれなりに開けた部屋だった。どうやら、バーのようだ。
女性を形どった低俗な趣味のネオンで、店内の様相が浮かび上がっている。
中に入り、せわしなく周りを見回す。
行き止まりかも。ミカの脳裏に嫌な考えが浮かぶが、彷徨わせる視線が薄暗い店内に一つの扉を捉えた。
すぐに駆け寄り、ノブを回す。錆のせいか、カエルの悲鳴のような耳障りな音を上げて開かれた扉。その先は、屋外の階段だった。
「やった!」
案外あっさりと建物を脱出出来る事に、ミカは思わず歓喜の声を上げた。
しかし、階段を降りる途中。上空から聞こえてきたのは、先程の羽ばたきの音。
空を見上げれば、闇の中から黒い影が目の前の路地に降り立とうとしていた。
慌てて階段を駆け戻り、ミカはバーへと飛び込んだ。扉を閉め、抑えつけるようにもたれかかる。
「どうしよ……。結局これじゃあ、出られないじゃん……」
入ってきた扉と、この扉。この建物に、出口は二つだ。
だがどちらから出ても、結果は同じだ。あの怪物が空を飛んで回り込んでくる。
どうすれば、あれから逃げられるだろう。思索を巡らせるが――――いい手は思い付かない。
とりあえずミカは携帯電話を取り出した。
先程、通じる事は通じた唯一の電話番号。
多少時間を置いた今ならば何か変化があるかもしれない。
そう思い、覚えたての操作で着信履歴を呼び出し、かけてみる。
だが――――何度かリダイヤルしてみても、やはり誰も出る事はなかった。
ミカは消沈した面持ちで携帯を閉じ、どうしよう、独りごちた。
建物から出れば、あの怪物に襲われる。
かと言って、立て籠もっていても助けを呼べるわけではない。
もう、チサトはいない。ユカリは何処に居るかも分からない。
今は、自分一人の力でどうにか切り抜けねばならないのだ。
そんな窮地で、ミカは今――――結局何も妙案は思い浮かべられず、途方に暮れる事しか出来なかった。

67 :
【面妖】

「アルケミラ……?」
やっとの思いで目的の病院らしき建物の前に辿り着いて、膝に手をつき荒い呼吸を整えていた私は、すぐにまた表情を曇らせた。
キャロル通りを南下し、通り西側に建つブルックヘイブン病院。
ヘザーが行く可能性のある場所の一つはその病院だと、ダグラスはそう言っていたはずだ。
ところがいざ到着してみれば、確かに病院は存在するものの、
緑色のレンガ仕立ての門柱にかけられたプレートの表記は『ALCHEMILLA HOSPITAL』。
つまりここは、ブルックヘイブン病院ではない。
ダグラスが場所を、或いは名前を勘違いしたか――――充分に考えられる。
ダグラスが情報を入手した後に、病院経営者の交代に伴い名前を変更した――――苦しいが、これも有り得ない事ではない。
ハンクと名乗った男の言っていたように、そもそもこの街はサイレントヒルではない――――可能性で言えば幾らかは思い付く。
しかし私の脳裏に強く浮かぶのは、街並みが変化している、というダグラスのオカルトめいた言葉だった。
背中の傷が、ジワリと痛んだ。比較的現実的に考えられる事柄でさえも、思考が定まらない。
こんな事で良いはずがない。こんな時こそ冷静さを保たねばならないというのに。
私は、揺れる思考を脳裏から追い払うかのように頭を振った。
とにかく、今はヘザーの事だけを考えよう。
私が今何に巻き込まれているのか。情けないが、それを理解するだけの知識は持ち合わせていない。
ここで立ち尽くして思案に暮れていても答えは出ないだろう。
それに、考えていてもヘザーが見つかるわけではない。
アルケミラにせよ、ブルックヘイブンにせよ。
ここがヘザーが立ち寄ったかもしれない病院ならば、入る以外の選択肢はないのだ。
乱れた髪を整えながら、今来た通りに目を向ける。
彼らの気配は、無い。傭兵達は――――いたとしたら私はとっくに蜂の巣にされている、か。
誰にも見られていない事を確認すると、私は正門を潜り玄関らしき扉まで歩を進めた。
その時、私の耳は院内から響く一つの音を拾った。
――――――――電話の、コール音だ。
オフィスビルでもモーテルでも使用不能だった電話が、ここでは生きている。
ここでなら、助けが呼べるかもしれない。
ドアノブを握る手に熱がこもるのを感じる。若干の期待と共に、私は扉を開いた。

68 :
「うっ…………」
その瞬間私は、反射的に眉を顰めてしまう程の悪臭に出迎えられた。
中は数十cm先すらも見えない完全な闇。それでも悪臭の正体は分かる。大量の血液だ。
それは血に慣れていない人だったら、吐き気を誘発されて逃げ出したとしても何ら不思議はない程の臭気だった。
この闇と悪臭の中に腐臭や呻き声はないが、それでも、何かしらの異常があるのは変わらない。
戸惑っている間に、コール音は鳴り止んでしまった。後に残るのは静寂だけ。
私は覚悟を決め、ダグラスの遺品であるペンライトを握り直し、中に進入した。
微かなオレンジ色の光が闇に差し込まれ、室内の一部分だけが朧気な色を帯びる。
まず確認出来たのは、すぐ左にある受付の木製カウンターだった。
その奥に見える一室は事務所だろう。電話はおそらくそちらにあるはず。
さっきのコール音は切れてしまったが、通じる事が分かっただけでも朗報だ。
そのまま壁に光を当てていくと、シンプルなタイプのスイッチを見つけた。
パチリと小気味の良い音を立ててスイッチを入れる。程なくして天井の電灯が数回の明滅を経て室内を鮮明に照らし出す。
思わず、私は息を呑んでしまった。急速に血の気が引いていく実感があった。
室内の様相は、比較的一般的と言える内装の待合室だった。ただし、正に地獄絵図そのものの惨状に目を瞑れば。
待合室の奥は、床も、椅子も、壁も、天井まで、大量のどす黒い赤色の血液で、薄汚いコーティングを施されていた。
塗料の元となるものは、考えるまでもなく血液だ。床に散らばっている、切断された人体から出たものだろう。
三人、いや、四人分だろうか。看護師と見られる制服を着用している死体が、おそらく四人分。
全員が全員、身体の至る所を切断され、バラバラ死体と成り果てていた。
「これは……何なの……!?」
所謂バラバラ殺人の被害者の検死解剖を行った事は幾度もあるが、
今まで私が手掛けたそれらのケースでは、死体の部位の切断は例外なく死後に行われていた。
でも、目の前に広がる光景。今回のこれは違う。
この被害者達は、確実に生前に切断されている。でなければ血液がこれ程までに飛散したりはしない。
そして奇妙なことに、これらの死体からは本来あるべきもう一つの悪臭がまるでしない。
これ程バラバラにされ、臓器を曝け出しているのであれば、排泄物の臭いも充満しているはずなのだ。
だが、その臭いは室内からは微塵も感じられない。
一体何故か。考えると同時に、もしやヘザーもこの中に――――そんな最悪の事態を想像する。
しかし私はすぐにその考えを打ち消した。
死体は全て看護師の格好をしている。
この異常な状況下で、まさかヘザーが看護師の制服に着替えているという事はないだろう。
ヘザーは、この中にはいない――――――――。

69 :
ふと、私は死体の頭部に目を向けた。
彼女達の首は床の上に四つ転がっている。その全ての顔が一様に、凹凸を持っていなかった。
近付き、しゃがみ込んで確認する。死体の切断面を見てみれば、それは――――奇妙な切り口だった。
解剖してみなくては、はっきりとしたことは分からないが、
二つの鋭利な刃物で左右から同時に切断されたような……まるで、巨大な鋏で切断されたような。そんな切り口。
しかし、顔面にはそのように切断された形跡はない。なのに、その顔には目も鼻も口も無い。
そしてそれらの部位の無い場所には、本物の皮膚が広がっているように見える。
…………精巧なマスクでも被っているのだろうか。
その当然の思考の裏には、やはりダグラスの言葉が過ぎっていた。この怪異の中には怪物がうろついている、との言葉が。
彼女達が、顔のない怪物……? のっぺらぼうのような妖怪だとでもいうのか。このアメリカで?
確かめるのは簡単だ。切断された首の一つを調べれば、マスクを被っているのかどうかはすぐに分かる。
私は首の一つに両手を伸ばそうとした――――だが、どうしても、その顔に触れる事が出来ない。
私の手が、それに触れる事を拒んでいる。
もしもダグラスの言葉を裏付ける事になってしまったら。
そう思うと、それ以上手を動かす事が出来なかった。
そう考えてしまう時点で、既に殆ど認めているようなものなのに。
躊躇いからか、死体から無意識に視線を外してしまった私は、室内にもう一つ気になる点を見つけた。
床に残る、血で作られた一人分の小さな足跡。
出口へと向かっている足跡は、室内にはそれだけだった。
まさか、これが犯人の足跡?
大きさから推測すれば、それは小柄な女性か、或いは子供のものだ。
しかし、これ程の惨劇を女子供が一人で成し遂げるなど、あり得ない。
あり得ないが、他に犯人のものらしき足跡は見られない。
……一体、ここで何が起きたというのだろう?
不意に、頭をもたげる一つの都市伝説があった。
『ノルウェーの鋏男』
確か、小柄な体格でありながら人間離れした怪力の持ち主で、巨大な鋏で人間を容易く切断してしまう怪人。
一度狙われたらどこまでも追跡してきて、決して逃げ切れることはないという。
そんな、ありふれたと言えばありふれた都市伝説だ。
この街では怪物だけでは飽きたらず、都市伝説まで実体化して襲いかかってくる?
……バカバカしい。いくら符合する点があるとはいえ、そんな下らないことまで連想してしまうなんて。
――――――――やはり今は……考えるのは、よそう。
背中が再び、ジワリと痛む感覚の中、結局私は思考を打ち切り、立ち上がった。
今は死体を調べていても仕方がない。犯人像を推理していても始まらない。
それよりもヘザーを探さないと。通じる電話を見つけて、助けを呼ぶ方を優先しないと。
冷静さを保てない自分の弱さから目を逸らすために、そんな、体のいい言い訳で自分を言い聞かせて。
受付のカウンターを乗り越えて事務所の奥へ入ると、電話はすぐに見つかった。
それはRュ式ではあるものの、通話以外の機能を持たない、相当古いタイプのものだった。
何故そんなものを使用しているのか。疑問には思うが、まあ気にかけている場合ではない。
受話器を上げ、耳に当てる。モーテルやオフィスビルでは聞けなかった発信音が確認出来た。
やはり、ここの電話は生きている。
これで――――やっと救助を呼べるのだ。

70 :
私は安堵の息を吐き、携帯電話を取り出した。
このゴーストタウンに入り込んだ時から常に圏外の文字が張り付き続けている携帯を操作し、電話帳を開く。
そして番号を入力したのだが――――しかし、電話は、どこにも通じることはなかった。
発信音は確かに聞こえ、Rュボタンも問題なく押せる。
それなのに、呼び出し音だけが鳴ってくれない。
警察署にも、大使館にも、アメリカの友人の家にも、東京の家族にも、どこにかけても駄目だった。
「……どうして、なの……?」
期待していた分、落胆もまた大きかった。
安堵の息は、苛立ちのそれと変わり、口から漏れる。
背中の痛みに誘発されるように、こめかみに鈍痛が走り、思わず手を当てていた。
今も鳴り続ける発信音。聞いていると、意識が引きこまれそうな感覚に陥る。
この電話は、本当に使えないのだろうか。
今はたまたま調子が悪いだけで、何度か試してみれば通じるかもしれない。
いや、諦めてすぐにでもヘザーの探索に向かった方が……。
それともやはりもう一度試してみるべき?
それも通じないなら時間の無駄でしか…………。
かけるとしたら、今度は何処へかければ…………。
……駄目だ。頭が、上手く、回らない――――――――――――。
そんな働かない頭で、携帯のメモリーを何気なしに操作していた私の指は、一つの名前で止まった。
電話帳の中の、友人の名前。
表面上は同級生として対等に振舞っているものの、
そして、決してその態度を表に出すことはしないものの、
私がいつでも、最も信頼を寄せている、親友の名前。

『霧崎水明』

水明くん――――。

こんな時、彼ならどうするのだろう?

……教えてほしい。こんな状況に陥った時、あなたなら、どうするの?

あなたなら――――――――。

私の指は、吸い寄せられるように、通話ボタンに触れていた――――。

71 :
【濫觴】

「どうやら……このパンフレットの地図は殆ど当てにはならんな。
 これによると、さっき俺達が逃げ込んだホテルの位置には『駐車場』がある。
 その隣のビルも全くの別物だ。表記されている建物や施設が、実際とはかなり異なっている」
「……どういうコト?」
「さて、どういうことなんだろうな……。長谷川。君は『今』がいつの年代か、分かるか?」
「いつの年代って、えっと……あたしが1997年で、オジサンが……え? 今……って?」
「そう。君が90年代。俺が2000年代。シビルが80年代だ。
 俺達は全員が全員、別々の年代からこの街に集められている。
 だったら、そもそもこの街はいつの年代のサイレントヒルなのか、という疑問が生じるだろう?」
水明とユカリは、地図を確認しながらウィルソン通りを南下していた。
この通りを南に抜けて右折すれば、アルケミラ病院に辿りつけるはず。目的地は、もう間もなく――――だったのだが。
現在位置の定期的な確認は、フィールドワークの基本。とりあえずの安全が確保されたところでそれを行なったところ、これまで歩いてきた街並みと地図上の表記には大きなズレがある事に気が付いたのだ。
シビルの地図は観光パンフレットだけあって、通りや施設の名称まで事細かに記載されている。
しかし、この通りの周囲の建物を確認してみると、地図に記載されているものと一致しないものが数多くあった。
本当にここはウィルソン通りなのか。疑問に思うも、全てが一致しないわけではない。それ故、肯定も否定も出来ないでいるのだが。
「あ、じゃあさ、アレッサ・ギレスピーのいる年代ってのは?
 ソイツが原因でこんなコトになってるんだったら、ソイツが中心にいるってコトでしょ?」
「なかなか良いセンだ。
 『アレッサ・ギレスピーがこの事件の根底に関わっているのだとしたら』と仮定したら、だがな。
 ……では、その年代はいつの事だと思う?」
「えっと……シビルさんと同じ……?」
「……とも限らない。
 確かにシビルは過去にサイレントヒルで起きた事件を解決した人間の一人だ。
 つまりは、アレッサ・ギレスピーと同年代の人間だと言えるな。
 だが、俺達がこうして時間を越えている以上、シビルもまた時間を越えている可能性はあるだろう?
 とすると、シビルと今のアレッサの年代が一致するとは言えないわけだ。
 ……ここがシビルの年代よりも未来にあるサイレントヒルだとすれば、
 シビルの持っていたパンフレットにはない都市開発などが行われた可能性もある。
 こう考えると、この地図と、現実の街並みの不一致にも一応の説明はつくな」
パンフレットを拳で軽く叩くと、ただし、と水明は続けた。
ポケットから一枚の用紙を取り出して。
「今のところ、その根拠は何も無い。
 俺達が持つ情報は、街並みがパンフレットの地図とは違う、という事実だけだ。
 さて、こうなると、さっきのビルで拾ったこの地図が気になってこないか?」
「その落書きが? そっちが本物の地図だっての?」
「無条件でそう言い切るつもりはないさ。
 こっちには通りの名前も無ければ、施設の名称も最低限しか記載されていない。
 その上、地形だってまるで別物と来れば、地図としては落第点しか与えられない代物だからな。
 だがそれでもこの地図には、是非ともお持ち下さいと言わんばかりに街のルールが書かれている。
 本来の地図が実際の街並みとは異なるというのなら、こいつを街並みと照らし合わせて見る価値はあると思うがな」
「ちょっと貸して。……てゆーか、こっちが本当の地図だったら病院が研究所になっちゃうよ……?」

72 :
水明が二つの地図を渡すと、ユカリはそれをマジマジと眺めてそう言った。
確かに、二人が今目指しているのは、この先にあるはずのアルケミラ病院だ。
しかし落書きの地図に従うならば、目的の場所に病院は無く、代わりに記載されているのは研究所。
街の南西に病院の表記は一応あるものの、パンフレットによればそこはブルックヘイブン病院であり、
シビルから聞いたアレッサ・ギレスピーの関連施設とは無縁の場所だ。
「病院が無く、研究所が存在すれば、その地図は少なくともパンフレットよりは正確なものだという証明にはなる。
 その時はその時で、別の場所に向かえば良いだけのことだ」
「でも……シビルさんはどうするの? シビルさん、この地図持ってないじゃん」
「……彼女なら、いずれ追いつくさ。俺達はバイクよりも速くは歩けない」
「シビルさん………………大丈夫だよね?」
「それは……信じるしかない」
不意に、沈黙が二人を包んだ。
案じるのは、シビルの事。ユカリも、同じ想いだろう。
遠ざかっていたエンジン音は、今も聞こえてくる事は無い。
バイクに追いつけるような化け物はいない。そうシビルは言っていた。襲われたなら轢き殺してやる、とも。
だったら、何故未だに戻って来ないのか。――――先程の巨大な顔をした化け物の言葉を、水明は思い返す。
『こんなところ初めて来たから良く知らない』
シビルからもたらされた情報と、もたらされなかった情報。更にシビルが戻って来ないという事実。
それらを総合すれば、あの化け物の言葉は真実と見て良いのだろう。
つまり今回のサイレントヒルには、かつてはいなかった化け物が多数存在している、という事。
おそらくは、シビルが遭遇してしまったのは、彼女の知らない化け物だったのだ。
白バイで轢き殺せないような相手。勝てる保証の無かった相手。
だからこそ、シビルは囮となった。水明達を危険に晒さない為に。
ならば――――今もシビルは無事でいられるのだろうか。
名簿を確認したい衝動に駆られるが、ユカリが側に居る今、それは出来ない。
暗闇に二人の足音だけが反響していた。
気を紛らわせるかのように地図と周辺を見比べながら歩くユカリが、時折何かを言いたそうに水明に目を向けるが、結局その口から言葉が紡ぎ出される事はなかった。水明も、敢えて聞こうとはしない。
しばらくの間続いたそんな静寂を破ったのは、唐突に鳴り響いたR音だった。
「な、何? 何の音?」
戸惑い気味に視線を彷徨わせるユカリをよそに、水明は訝しげな表情を浮かべてポケットに手を突っ込んだ。
マナーモードにしている携帯電話。鳴り出したのはそれだ。
だがこの街に入り込んでから、携帯のアンテナが立った事は無かった。それは何度か確認している。
誤作動か。そう思い液晶の小窓を確認した水明は、驚きで顔を強張らせ、そして素早く携帯を開いて耳に寄せた。
表示されていた文字は、『式部人見』。
この一ヶ月、連絡を取りたくても取れなかった、親友の名前だ。

73 :
「人見か!?」
『……………………』
思わず声を張り上げてしまう水明の問いかけに、反応は無い。
ただ、電話の向こうには確かに気配が感じられる。ボソボソと、何かを呟いている気配が。
「……人見なのか?」
もう一度、今度はトーンを抑え、静かに問いかける。
その際、無意識にユカリに目を向けてしまったのは、死者からの電話の話を聞いていたからだろうか。
圏外の表示は今も変わらない。本来ならば、繋がるはずはないのだ。
電話の中の沈黙が、いやに長く感じられた。
柄にも無く、緊張で息が詰まる。
待ち切れず、更に呼びかけようとしたその時――――。
『霧崎、くん……? どうして……?』
聞こえてきたのは、聞き間違えようもなく、十年来の親友の声だ。
ホッと息を吐き出すが、しかし、どこか力無い彼女の声には、眉を顰める。
そんな人見の声を聞くのは――――安曇優が死んだ、と告げられたあの日の夜以来だ。
「どうしてもこうしてもない。電話をかけてきたのはお前だ。
 人見、無事なのか!? お前今何処に居るんだ!?」
『私は……今………………………………ちょっと待って。どういうこと?』
「どういうこと? ……何がだ?」
『どうしてあなたが、無事か、なんて聞くの? こっちで何かあった?』
なるほど。と水明は頷いた。
人見の立場からすれば、彼女が日本を発ち、アメリカに入国したのは数日前。
その間、例え連絡が取れなかったとしても、たかが数日。心配される程の理由など無いはずだ。
「単刀直入に言う。実は俺も今サイレントヒルに迷い込んじまってるんだ」
いつもとは違う、水明の真剣な様子を感じ取ったらしい。
はっ、と人見が息を呑む音が伝わってきた。
しかし、続けて紡がれた『冗談でしょう?』という疑念の声。
人見らしくない、返答だった。
理屈に合わない事象を否定し切れていない。弱っている気持ちを隠し切れていない。
それが痛い程に理解出来てしまう声だ。

74 :
「冗談や嘘なんかじゃない。その証拠に……お前、この街で誰かと出会ったか?
 出会っているなら、姓だけで良い。言ってみろ。フルネームを当ててみせる」
水明はユカリから名簿を受け取り、人見の言葉を待った。
しばし、人見は口を閉ざしていた。逡巡しているのだろうか。
何のつもりか分からないけど、と前置きし、人見が口にしたのは『ダグラス』という一つの名前。
名前を確認し――――こんな時だが、つい苦笑が漏れた。
人見がこの街で何人の人間と出会ったのかは水明には分からない。
だが、人見に水明を引っ掛けようとする意図があるのは、彼の名前を見ただけで分かる。
こちらは、如何にも人見らしい。
「『ダグラス・カートランド』、だな?
 確かに『ダグラス』という名前は姓にも名にもなるが」
『…………何故分かったの……!?』
「ここで、街に迷い込んだ者のリストのようなものを拾ってね。これで、信じるな?
 何ならこの辺りの風景を撮影して画像を送っても良い」
人見は、リスト、と一言だけ呟き、水明の言葉を肯定も否定もしなかった。
黙り込む、電話口。――――少し、浅はかだったか。水明は、自問する。
彼女は、大学で初めて出会った頃から、オカルトには否定的な意見を持っていた。
そして、安曇の死を伝えに来たあの日から、その意見は更に顕著なものとなった。
以来、人見がオカルトを認めようとした事は一度として無い。
街に迷い込んだ者のリスト。冷静に考えてみれば、不自然極まりない代物だ。
人見が認めようとしない――――認めたがらないのは、当然かもしれない。
沈黙が、続いていた。葛藤している人見の様が目に浮かぶようだった。
「……とにかく詳しい話は後だ。お前、今何処に居るんだ?」
『……今は、病院よ。……アルケミラという病院の事務所に居るわ』
「アルケミラ……トルーカ湖の北側にある病院か?」
『いいえ。アルケミラがあるのは街の南西よ。霧崎くん。あなた、ここの地図は持ってる?』
「それは、エリア別に分かれてるやつのことか?」
『……他にあるみたいな言い方ね?』
「いや、いい。つまり、お前が居るのは『B-6』の病院ということだな?
 ……この地図の中で、お前が他に立ち寄った場所があったら教えてくれ」
人見は、少し考え込むように口を止めた後、
B-6のガソリンスタンド。C-5のモーテル。B-5のガソリンスタンドの三つを上げた。
ユカリが開いているパンフレットの地図に、B-6のガソリンスタンドは無い。
――――正確な地図は、落書きの方で決まりのようだ。

75 :
「分かった。……大いに参考になった。
 アルケミラ病院には俺も用があるんでね、出来るだけ急いで行くつもりだが……」
『……あなたは今、何処に?』
「そこからは正反対の場所になるな。E-3のウィルソン通りだ。少し離れちゃいるが、必ず行く。
 この街は危険だ。なるべくなら、俺が行くまでお前はそこから動くんじゃない」
『動くなっていうのは、約束しかねるわね。……私もしなくちゃならないことがあるの。
 人を……ヘザーという少女を探さないといけない……」
「ヘザー……? ……ダグラスという人は、今そこに居るのか?」
『……ダグラスは、死んだわ』
「……そう、か……」
『ヘザーは今何処に居るか分からない。
 霧崎くん。もしもヘザーを見つけたら保護してくれる? ダグラスが、探していた娘なのよ』
十年来の付き合いは伊達ではない。
人見が、こうと決めたら自分の意志を簡単には曲げない性格だという事は、よく知っている。
本音を言えば、人見にはこれ以上動いてほしくはない。
自分が行くまでその場でじっとしていてもらいたいのだが――――少女を救うためとなれば、それを期待するのは難しいだろう。
名簿を見れば、確かに『ヘザー・モリス』という人物もこの街に迷い込んでいるらしい事は確認出来た。
水明は了承の意を示し、代わりと言っては何だが、とユカリの友人二人の名を伝える。
互いの尋ね人の特徴を伝え合うと、続けて水明は、一つの疑念を切り出した。
「ところで……この辺りのことで一つだけ、お前に聞いておきたいことがあるんだが」
『……この街のことなら、あなたの方が詳しいんじゃないの?』
「いや、街のことじゃない。この地域のことだ。
 この地域には特有の伝染病が存在するか。それを聞いておきたい。
 例えば……人がゾンビのように変貌してしまうような病気があるのか、を」
水明を見るユカリの瞳が、驚愕の色に染まった。
そう。水明がゾンビを撃たなかったのは、それが理由だ。
あれは、人間ではないのか。ただ凶暴化してしまった人間ではないのか。水明は、そう考えたのだ。
巨大な顔をした化け物は、人間ではない事は一目瞭然だった。
神への対抗手段として持ち込んだ『太陽の聖環』の呪いが通用した事からも、それは証明出来たと言える。
サイレントヒルの神に対する呪いが何故あの化け物に通用したのか、については、
幾つかの仮説はあるが、それは断定とまではいかないので、今のところ保留だ。
問題は、聖環の通用しないゾンビ達が果たしてどのような存在なのか、だ。
ゾンビ達にはどれだけ近付いても聖環の効果が見られない事を、水明はあのビルで確認した。
確かに彼らの風貌は、映画等に出て来るゾンビそのものだ。
今回のサイレントヒルには、かつてはいなかった化け物や、サイレントヒルと無関係の化け物が多数存在している、というのならば、
ロメロの世界から出てきたゾンビが徘徊しているという可能性もゼロであるとは言い切れない。――――とは言え、何かしらの繋がりか理由はあるはずだ、とは水明も睨んではいるのだが。
ともあれ、彼らがサイレントヒルの神と一切の繋がりがない化け物であるならば、聖環が効かないのは都市伝説のルールとしては寧ろ当然と言える。
だが逆に聖環が効かないのであれば、彼らが「化け物である」と断言するだけの根拠もまた無いのだ。

76 :
人間が凶暴化する事例は存在する。
医学的にも。オカルト的にも。それらは確かに存在する。
それを知っているからこそ、水明は撃てなかった。
相手が化け物ならば、撃つ覚悟は出来ている。しかし、もしも彼らがゾンビのように見えるだけの人間であるならば――――それを撃つ事は、単なる殺人に過ぎないのだから。
『あなたも……彼らに襲われたの?』
「……お前もか。怪我は無いんだな?」
『ええ。私は平気。……彼らのようになる病気があるか、だったわね?』
「……ああ、そうだ」
『そうね……。肉体を腐らせてしまう病気というのは確かにあるわね。
 一例を上げれば、壊死性筋膜炎。
 ビブリオ・バルニフィカス菌やA群β溶連連鎖球菌に因る感染症よ。
 ……俗に人食いバクテリア菌とも呼ばれるわね。そう呼んだ方があなた好みかしら?
 初期症状としては、激痛を伴う皮膚の炎症で起こる赤みの紅斑と腫れなどが見られ、
 放置しておけば、筋膜に沿って壊死が広がる。数日で筋肉、脂肪、皮膚組織を腐らせていくの。
 中でも劇症型A群連鎖球菌感染症と呼ばれるものは、一時間に数cmの早さで壊死が進行して、
 早ければ半日も持たずに細菌が全身に回り命を落としてしまうわ。
 ……でも、この街で私が見た人は、全員ではないけれど、ほぼ全身を腐らせていた人も居た。
 壊死している体組織は神経もやられているから、痛みは感じないでしょうけど、
 それならそれで、その部位を動かすことなんて出来ないはずなのに……。
 そもそもあれだけの体組織が壊死しているなら、細菌が全身に回っていないとも考えにくい。
 本来なら生きていること自体があり得ないわね……』
「……だったら、薬物を使用したということは?」
『同じことよ。どうあれあんな状態で生きていられるとは考えにくい。ただ……』
「…………何だ?」
『…………現代医学ではまだ確認されていないものなんだけどね。
 人間が理性を失い凶暴化してしまう病気があることを、私は知ってる……。
 ある島の…………風土病よ』
「ある島の、風土病? それは、身体が腐る病気なのか?」
『……腐るわけじゃないわ。彼らがあの島の風土病にかかってると言うつもりもない。
 私が言いたいのは、未知の病気が存在する可能性は捨て切れないということよ。
 これ以上は、彼らの身体を検査してみないと何とも言えないわね』

77 :
話の途中、徐々にいつもの力強さを取り戻していた人見の声は、風土病の話を出した際にまた、ふと弱々しく変わった。
現代医学で確認の取れていない病気を何故一介の医師に過ぎない人見が知っているのか。
彼女の過去に何かがあったのだろうか。
気にならなくはないが――――それに割くだけの時間は、今は無い。
他ならぬ人見が言うのだ。いい加減な情報では、無いはずだ。
「分かった。お前からそれだけ聞ければ充分だ。礼を言う、人見」
『あら? 珍しく素直じゃない。……どういたしまして。
 ……それじゃあ、私はそろそろヘザーを探しに行くわね』
「……移動するのか?」
『ええ。と言っても院内よ。それなりの大きさだから、あなたの到着まではこの病院に居るかもね』
「出来る限りそうしてもらいたいんだがな……病院を出ることがあったら必ず連絡を入れてくれ」
『了解よ。それじゃあ……気をつけて』
「お前も」
電話は、人見の方から切れた。
画面を確認すれば、そこにはやはり圏外の表示。
どのような仕組みなのかは不明だが、電波の状況はこの街では関係無いという事らしい。
「……俺とした事が、先入観に囚われていたな」
薄い笑みを浮かべた口元でそう漏らし、水明はユカリに視線をやった。
ユカリは、どこか不満気な表情を浮かべていたが、水明はその様子に内心首をかしげつつも、言葉を続けた。
「長谷川。君の友人達は携帯電話やPHSは持っていないのか?
 携帯が使えるとは盲点だった。もしかしたら連絡が取れるかもしれんぞ」

78 :
【郷愁】

こめかみや背中に感じていた痛みは、僅かながら、和らぎを見せていた。
どうして電波の入らない携帯が通じるのか。私には理解出来ない。
試しに警察にかけてみるが――――やはり繋がらない。
……幻聴だったのだろうか。
いや、通話履歴はちゃんと残っている。あの会話は幻聴なんかじゃない。
水明くんは、この街に居る――――。
水明くん。
あなたとは対等でありたいと、いつも思う。
確かに私はあなたに頼りっぱなしだ。
当時の……いや、現代の医学でも原因を解明出来ない、この背中の烙印。
オカルトの爪痕とも言える傷跡を文字通り背負わされた私が、
それに押し潰されずにいられるのは、あなたがいるからだ。
いつもの議論で、あなたと張り合って、あなたの意見を否定しようと頭を巡らせる。
そんな、あなたとの変わらないコミュニケーションを続けられたからこそ、
私は、ロジカルで現実的思考を保ち続けることが出来た。
現実と非現実の境界を意識し続けることが出来た。
あの頃から、私の精神は、あなたに支えられてきた。
……あなたは、知らないでしょうけど。
だからこそ、あなたとは対等でありたい。
だからこそ、あなたには私の弱さを見せるわけにはいかない。
私はあなたに守られたいんじゃない。親友として、あなたと肩を並べたいのだ。
一方的に感じている借りだけど、返さないのは私の性にも合わないのだから。
水明くんがこの街に居る。
だったら、弱っている場合じゃない。私はここで、自分を見失うわけには、いかない。
彼と対等であるために。親友であるために。
私が、私であるために――――――――。

79 :
「…………ありがとう」
彼には決して伝わらない呟きを残して、私は顔を上げた。
水明くん。あなたのおかげで、私はまだつよがることが出来そうだ。
そうだ……。私は、認めない。
私は、決して、オカルトを認めない。
例え現在の科学では説明のつかない現象を目の当たりにしようとも。
例え怪物らしき者に襲われ、殺されようとも。
それがただの意地に過ぎないものだとしても――――私は、絶対に認めない。


「ヘザーを……探そう」


【B-6/アルケミラ病院・事務所1/一日目真夜中】

【式部人見@流行り神】
 [状態]:上半身に打ち身。
 [装備]:ペンライト、携帯電話
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等)
     筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
     ダグラスの手帳と免許証、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:病院内でヘザーを探す。
 2:ヘザーにダグラスの死を伝える。
 3:怪奇現象は絶対に認めない。例え死んでも。
※ダグラスの知る限りの範囲でのサイレントヒルに関する情報を聞いています。
※ダグラスの遺体から持ち出した物は、
 携帯ラジオ、ペンライト、手帳、免許証の四点です。

80 :
【悲喜】

あれからミカは何度かバーからの脱出を試みたが、それは全て徒労に終わる事となった。
あの怪物はバー内にまでは押し入って来ないものの、ミカがどちらの出口から出ようとも必ず察知し、空から回り込んで来るのだ。
気付かれる理由は、はっきりしていた。
開く度に、周辺に何かの鳴き声のような音を奏でる、錆び付いた扉のせいだ。
どちらから出ようとも、どれだけ慎重に開けようとしても、扉はやかましく喚き出してしまう。
ミカがどちらから脱出しようとしているのかを、律儀に怪物に教えてしまう。
結局ミカに出来る事は無くなり、ムーディーなネオンでぼんやりとライトアップされている店内で途方に暮れる事二度目。その最中――――。
バー内に、アラーム音が響き渡った。
「ん、誰だ、これ……?」
ビクリ、と身体を小さく跳ね上げつつも、取り出したポケベルの緑色の液晶に点滅しているのは、心当たりの無い数字の羅列だった。
桁数と文字列から推測すれば、それは電話番号であるとは思うのだが『090』から始まる番号などミカはこれまでに見た事が無い。
訝しむミカの手の中で、ポケベルは二度目のアラーム音を鳴らす。今度は、メッセージがスクロールしてきた。
『フ゛シ゛ナラテ゛ンワシテ ユカリ』
『無事なら電話して』。ギリギリの容量16文字で書かれた簡潔な文章。
――――ユカリからの。
「センパイ!?」
送信者が誰かを理解し、ミカは声を弾ませた。
しかし、それも一瞬の事。ミカの全身はすぐに寒気に包まれた。
連想してしまったのは、チサトの事。
死者からの連絡は、電話だけではない。
まだ電話の無い時代には、それは手紙という形で届いたという。
要するに、連絡手段であるならば、それは何を媒質としても起こりうるはずなのだ。例えば、ポケベルでも。
「そんなワケ、ない……」
ミカは震える声で、その可能性を否定した。
ユカリがこの街に居る。
魂だけの存在となったチサトがわざわざ教えてくれたのだ。それは嘘や間違いではないはずだ。
そして、チサトからその話を告げられたのは、つい先程。
この短時間でユカリまでもが死んでしまったとは、考えられない。――――いや、考えたくない。
寧ろ逆だ。連絡が来るならば、生きているからこそと考えるのが普通ではないか。
この街に迷い込んだユカリが、何処かで手に入れた電話を使ってミカに助けを求めようとベルを鳴らした。
そう考える方が、ずっと自然だ。そうでなくてはならないのだ。何故死んでいるなどと思い付いてしまったのか。

81 :
「そんなワケ、ない」
期待を込めて。いや、不安を押しRように、ミカは受信した電話番号を、携帯に入力していく。
一つ一つ数字を押す毎に、胸の辺りに生じた圧迫感が増していく。
最後の数字を入力し、通話ボタンを押せば、呼び出し音が当たり前のように鳴り始めた。
携帯電話に記録されていた番号では、一つを除き、得られなかった反応だ。
この先に居るのは、ユカリのはず。
『この先』――――果たしてそれは、ミカの居る『こちら側』か、チサトの居る『あちら側』か。
呼び出し音が、止まった。電話の中に、人の気配が生まれる。
『…………ミカ?』
「…………センパイ?」
それは、確かにユカリ本人の声だった。
しかし、どこか覇気が感じられない。夕方に聞いた怒鳴り声とは程遠い、気弱な声。
ともすれば泣き出してしまいそうな、ミカの知るユカリらしからぬ声だ。
電話の声は再び、ミカだよね、と呟いた。今度は少し力強く。ただ、嗚咽を含んだ声で。
ミカはその声に、先程のチサトの時と同じ印象を受けた。
どうしても頭をもたげる最悪の事態に、どうにも視界がぼやけ出す。
思わずミカの口から漏れてしまった言葉があった。
「……センパイ……死んじゃっ………………てる?」
『…………は?』
「死んじゃって…………ないよね?」
溢れ出しかける涙を堪えながらのミカの切実な問いに、二度目の反応は返ってこない。
沈黙は肯定の意。そう何かで聞いた事がある。
まさか、本当に。
焦燥が胸の中の不安を大きなものへと変えていく。
ミカは、ユカリの答えを聞く為、耳に意識を集中させ――――――――。








『バカァッ!!!!!』

82 :
「ひゃっ!?」
時間にすれば、たかが数秒程度の間だったが、
嗚咽混じりの声は、一転、いつもながらの怒号に変わった。
条件反射でミカの身体が竦み上がる。抱いていた懸念は、その一喝で吹き飛ばされた。
『死んじゃってるぅ? それはこっちのセリフ! どんだけ心配したと思ってんの!?』
「ちょ、ちょっ……待って下さいよ〜。センパイ何怒ってんの!?」
『あんたが怒らせてるんだろ! 何? あんたはあたしを怒らせるのが趣味なワケ?』
「そ、そんなワケないじゃないですかー。
 センパイ怒らせるなんて素手でライオンと戦うくらいの危険性をトモナいますし。
 あたし自殺ガンボーなんてないですよ」
『誰がライオンだっつーの。あんたねえ、ホンットに変わってな…………。
 あ、ちょっ……何……オジ…………………………………………』
電話口から離れたのか、ユカリの声が遠くなる。
はっきりとは聞き取れないが、誰かと言葉を交わしている。
――――その様子が、何かおかしい。
何あれ。ユカリが叫んでいる。
走れ。男の声で、そう聞こえる。
何の前触れもなく緊張を孕んだ、あちら側の状況。
センパイ、ミカがと呼びかけるも、ユカリは答えない。
何が起きた。ユカリは誰と居るのだろうか。
その疑問の半分は、新たに電話口に出た低めの声が解き明かしてくれた。
『もしもし、岸井ミカくん、だね?』
「は……はい。……えっと、誰?」
『須未乃大学で教授をしている霧崎水明と申します。君の無事が確認出来て良かった。
 このまま感動の再会の余韻に浸らせてやりたいのは山々だが、申し訳ないが急用が出来てね』
キリサキと名乗った男の声からは、何故か焦燥が伺いとれた。
キリサキの後ろでは、慌てるように声を上げるユカリの気配。
電話口の向こうから、緊迫した様子が伝わってくる。
怪物と遭遇でもしたのか。それとも、殺し合いのルールを間に受けた人間に襲われているのか。
キリサキにそれを問いただそうとした、その時。
ミカの耳に、表からの金切り声のような音が届けられた。
ミカの鼻が、薄く漂い始めている嫌な臭いを感じ取った。
反射的に目が出口に向いた。外で、何か変化があったらしい。

83 :
『今の音は?』
「……分かりません。外で、何かあったみたいだけど……」
『つまり君は屋内に居るのか。地図は持っているか? そこの場所が分かるなら教えて欲しい』
「え? えーと…………あ、ヘブンスナイトっていうバーです! 趣味がイマイチな」
表への扉の横に、ネオンで描かれている文字『ヘブンスナイト』。
地図にも書かれている施設の名称。おそらくそれで正解のはずだ。
答えている間にも徐々に濃くなる臭いに、ミカは眉を顰めていた。
『ヘブンスナイト……B-5のこれだな。
 丁度いい。これから長谷川と一緒にそっちに向かう。
 出来る限りそのバーに隠れているんだ。
 もしも逃げざるを得ない状況になったら、B-6のアルケミラ病院に向かいなさい。
 そこに式部人見という女性が居る。君を助けてくれるはずだ』
「はい。えっと、センパイは……?」
『連絡が取れたばかりだと言うのにすまないが、代わっている暇は無いんだ。手が空いたらまた連絡を入れる』
「はい。あ、あの――――」
ミカが次の言葉を紡ぐよりも早く、機械的な信号が耳に入った。通話は終了だ。
ユカリとはもっと話したい事があった。伝えなくてはならない事があった。
しかし、切羽詰っているらしいあちら側の状況を鑑みればそれもやむ無しか。
ユカリとキリサキに何があったのか。気にはなるが、ミカには案じる事しか出来ない。
祈る思いで携帯を閉じ、ミカは扉に身体を寄せた。
ユカリの事は心配だが、先程の金切り声のような音――――こちらはこちらで何かが起きている。
とりあえず扉の前で耳を済ませるが、表の様子は何も分からない。
ただ、何かが動いているような気配は感じられる。悪臭の方は時間と共に強くなる一方だ。
外で何が起きているのか、この扉を開ければはっきりする。であれば――――。
ミカは慎重に、扉を押し開けた。外から、強烈な悪臭が風に乗って入り込む。
一呼吸で、虫酸が走った。
胃の中を蹂躙する吐き気にどうにか耐え、扉を開き切ると、
バー内のネオンの光が外に漏れ、階段と前方の路地の様相が照らし出された。
「な、何、あの人達……!? 何、してんの……?」
そこに見えたのは、人だった。数人の人間が、地面に伏している。
いや――――目を凝らせてよく見れば、その中心にはあの空飛ぶ怪物が倒れている。
倒れている怪物に、人が群がっているのだ。
ミカはその異常な光景を、唖然と眺めていた。その人間達の一人が、ゆっくりとミカを振り返る。

84 :
「っ……!」
その人間の顔は、腐り落ちていた。
そいつは怪物の肉を喰らいながら、崩れた顔で、白濁した眼球で、ミカを捉える。
ゾンビ――――その言葉が脳裏に浮かび上がるよりも早く、ミカは扉を閉めていた。
喉まで迫り上がっていた吐き気を、首筋に精一杯の力を込めて抑え込む。
「……っはぁ…………何……あれ……」
少なくとも、人間とは思えない。ゾンビとしか言いようのない見た目だ。
そんなものまで、この街には居るというのか。
カツン。表から、音が響く。
――――階段を、上る足音だ。
カツン。カツン。と、一段ずつ、ゆっくりと、上ってくる。
一人だけではない。ニ人か、いや、少なくとも三人分の足音。
ミカは胸のむかつきを押し殺し、扉から距離を置いた。
足音が、扉の前まで上がってくる。扉を荒々しくノックする音が、バー内を揺らす。何度も、何度も、ノックは繰り返される。
キリサキは、出来る限り隠れていろと言った。
ミカも出来る事ならば、そうしたい。
このままやり過ごせるならば、諦めて何処かへ行ってくれるならば、断然それがいい。しかし――――――――。
幾度目かのノックで、扉の一部が突き破られ、
生え出した不気味な腕がミカを探し求めるかのように蠢き出す。
「……無理だって!」
バーに入り込まんとする恐怖に押し出されるように、
ミカは廊下へと駆け出していた。

【B-5/ヘブンスナイト裏口付近/一日目夜中】

【岸井ミカ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:左掌に擦り傷、腕に掠り傷、極度の精神疲労、挫け気味の決意、吐き気
 [装備]:携帯電話(非通知設定)
 [道具]:黄色いディバッグ、筆記用具、小物ポーチ、三種の神器(カメラ、ポケベル、MDウォークマン)
     黒革の手帳、書き込みのある観光地図、オカルト雑誌『月刊Mo』最新号
 [思考・状況]
 基本行動方針:長谷川ユカリを優先的に、生存者を探す。
 1:逃げる。
 2:何かあったら病院に向かう。
※90年代の人間であるため、携帯電話の使い方は殆ど知りません。
※携帯電話の発信履歴に霧崎水明の携帯番号が記録されました。
※バーから何か道具を持ち出しているかどうかは後続の方に一任します。

85 :
【逢魔】

「あれ……何だったの? 恐竜?」
「……さあな。悪いがそっちは俺も専門外なんでね、確かなことは何も言えんが……。
 何にしても、UMAを見つけたからと言ってはしゃいではいられんぞ」
「そんなの分かってるよ! ミカじゃあるまいし!」
「とにかく、君はここに居るんだ。俺は一つ試したい事があるんでね」
息を切らせて問いかけるユカリに、同じく息を切らせて水明は答えた。
今二人が居るのは、ウィルソン通り沿いの、一つの住宅の塀の陰だ。
ユカリの友人と連絡が取れて喜んでいられたのは、束の間の事だった。
ウィルソン通りも間もなく終わりを迎えるであろう地点。
『研究所』ないしは『病院』が存在するはずの場所を目前にして。
一年ぶりとなる友人との会話で集中を欠くユカリよりも先に、その変化に気付いたのは水明だった。
響く足音と、僅かに鳴動する地面。そして鼻を刺激する異臭。闇の中から感じられるのは、何かが近付いてくる気配。
――――懐中電灯を向けた先に見つけたのは、これまでには見た事も無い巨大な生物だった。
ユカリの言うように、その姿から連想するのは恐竜だった。あくまでも、強いて言えば、だが。
全長は6〜7mはあるだろうか。身体の三割程を占める巨大な頭には、目や鼻等のパーツは見られない。
水明達を見つけた狂喜からか、その生物は頭の全てを縦に裂き、咆哮を上げた。
その中に見えるのは、太く、槍のように長い牙。どうやらそれが口らしい。
人間程度の大きさならば、数人は纏めて飲み込めそうだ。
ホッチキスと融合した、のっぺらぼうの大蜥蜴。大雑把に形容すれば、そんなところだ。
すぐに二人は通りを北に走った。
大蜥蜴は二人を追ってくるが、その速度は、精々が人間の歩行と同程度のもの。
振り切るのは、容易い事だった。だが、それを確認した水明は、一つのテストを思い付く。
それは、先程のビルで行ったものと同じテストだ。
シビルから聞いた情報に寄れば、彼女がかつて遭遇した怪物は犬や鳥等の動物が変貌したようなものだったという。
それならあの大蜥蜴も、恐竜や蜥蜴をモチーフに生まれた怪物である可能性は充分にある。
つまりそれは、アレッサ・ギレスピーの創り出した怪物だという事。
その読みが当たっているのならば、大蜥蜴には太陽の聖環が通用するはずなのだ。
読みが外れて聖環が通用しないとしても、走って振り切る事が可能な相手ならば試すだけの価値はある。
大蜥蜴の気配が感じられなくなる程度の距離を開けると、
水明はユカリに適当な住宅のブロック塀の陰に隠れるように指示を出し――――そして、今。

86 :
「試したいコトって……?」
「あいつを退治してみるのさ。
 念の為に君にこいつを渡しておく。もしも俺に何かあったらすぐに逃げるんだ。いいな」
水明は『太陽の聖環の印刷された紙』をユカリに渡すと、彼女の返事を待たずに通りに戻る。
背後から声を投げかけ、こちらに出てこようとするユカリを片手で制し、懐中電灯を前に向ける。
――――大蜥蜴が、来る。しかし、まだ距離には余裕がある。
隣接する住宅まで走り、今していたように塀の陰へと入り込んだ。
後は、ここで大蜥蜴が近付いてくるのを待つだけだ。
奇妙な咆哮。歯を打ち鳴らす音。地面を揺らす足音。真夏のごみ捨て場のような臭気。
暗闇の中、大蜥蜴の気配は一定のペースで確実に大きくなってくる。
冷たい汗が、水明の背中に滲んだ。
塀一枚向こうに巨大な怪物が居るのだ。一応は勝算があるとは言え、流石に落ち着いてはいられない。
酷く長い時間が経過したような、そんな錯覚すら覚え始める。
やがて――――怪物の上げる咆哮の様子が変わった。
怪物の歩むペースが遅くなる。いや、どうやら足を止めているのか。
通りを覗き込むと、水明から10m程離れた位置で、大蜥蜴が悶え苦しむように頭を振っていた。
――――ギャンブルは、成功のようだ。
「……ふむ。やはりこいつは、神の創り出した怪物には効果が高いということか」
シャツの下の聖環を押さえ、水明は苦しむ大蜥蜴に一歩一歩、慎重に近付いていく。
近付くにつれ、大蜥蜴は膝をつき、躯体を伏し、衰弱していく。
ふと思い付き、水明は逆に巨体からゆっくりと距離を開けてみるが、大蜥蜴が力を取り戻す様子は無い。
聖環の呪いで与えたダメージは、聖環から離れたからといって回復する事は出来ないようだ。少なくとも、短時間では。
しかし――――水明の脳裏で、一つの疑問が形を成す。
聖環の効力は本物だ。神の生み出した怪物に対しては強力な呪いになる。
だとするならば何故、聖環の力は神の創り出したこの空間には効力を発揮しないのか。
聖環は怪物への呪いではない。神への呪いなのだ。
神の創り出した怪物に効果があるならば、神の創り出した空間にも効果が無くては辻褄が合わないはずだ。それなのに、何故――――。
水明は背後を振り向き、ユカリがまだ出て来ない事を確認すると、名簿を取り出した。
先程確認した時よりも、名簿の赤い線は増えている。
この名簿も、イベントの主催者が創り出した物のはずなのだが、こうして聖環に近づけても異常は起こらない。
ならば――――このイベントには、神の力を持つアレッサ・ギレスピーは関わっていない、という事だろうか。

87 :
いや、と水明は頭を振った。
神の力は、今のところ怪物の存在のみとは言え、確かに働いている。
である以上、アレッサ・ギレスピーが関わっていないとは言えない。
では、神の力を使用しないでこんなイベントを引き起こす方法があるのだろうか。
――――ある。一つだけ、水明はその術を知っている。
それはユカリの持つオカルト雑誌に書かれていた情報だ。
『サイレントヒルは、人の心を吸収し、その潜在意識、妄想を具現化する性質を持つ』
つまり元凶となっているのは神の力ではなく、街の力の方だというセンだ。
これならば、名簿にも空間にも聖環の力が通用しない理屈にはなる。
問題は、それが何者の潜在意識なのか、だが――――流石にそこまでを推理出来る情報は無い。
「……とりあえず、純也に連絡をしておくか」
水明は名簿をしまい、代わりに携帯電話を取り出した。
人見から連絡があるまでは試す事もしなかったであろうが、今は携帯が使える事を知った。
純也もこの街に来ている。純也は純也なりに調査を進めているだろう。情報の共有は、必要だ。
「……オジサン? それ……倒したの?」
メールを作成しようと携帯を操作する水明の背後から、ユカリの声がかけられた。
振り向けば、彼女は不安気な様子で大蜥蜴を眺めていた。
「……いや、まだ生きているから気をつけろ。
 ……そうだな。動物虐待のようで気が引けるが、止めは刺しておくか。
 こんなやつが徘徊していたら、この街に居る皆が危険だ」
水明はメールを打つ手を止め、拳銃を構えた。
ユカリの顔が、ほんの少し引きつった。
「……それは、撃つんだ」
「俺もわざわざ撃ちたくはないんだが、やむを得んさ。普通の生物ではない以上はな……。
 長谷川、耳を塞いでた方がいい。まあ、君の怒鳴り声よりはマシかもしれないが」
ユカリが顔を赤くして何かを言おうとするのを尻目に、
水明は殆ど動かない大蜥蜴の口の中を狙い、拳銃の引き金を引いた。
その表情を、悲痛さで強張らせながら。

88 :
【スプリットヘッド@サイレントヒル 死亡】
【E-3/ウィルソン通り/一日目真夜中】
【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:10連装変則式マグナム(0/10)、携帯電話、懐中電灯
 [道具]:ハンドガンの弾(15発入り)×1、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:風海純也にメールを送る。
 2:地図に表記されている『研究所』の位置に何があるかを確認後、
   街の南東へ向かい岸井ミカと式部人見の保護に向かう。
 3:アレッサ・ギレスピーと関係した場所を調査する。
 4:そろそろ煙草を補充したい。
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。
 神の力で創り出されたクリーチャーに対しては10m以内に近付けば衰弱させられるという効果を持ちます。
※純也の持つ御札が鬼哭寺の御札かどうかは後続の方に一任します。

【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:(水明が書き写した)名簿とルールの用紙
     太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3、地図
     サイレントヒルの観光パンフレット
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカを助けに街の南西に向かう。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:シビルが心配。
※ミカの持つ携帯電話は非通知設定です。現状では水明に番号は伝わっていません。
【鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ】
一見は何の変哲もない御札。
流行り神2にて、鬼哭寺の住職が書いた御札は、黒闇天の絵に込められた呪いを封印していた。
また、犬童蘭子は退魔師としての修行をこの住職の下で積んでおり、
流行り神3では『四角に御札を貼る』という方法で編纂室内に悪霊の入ってこれない結界を作り出している。
書かれている文字次第ではあろうが、流行り神世界の御札は力のある者が使えば割と万能らしい。
その為、神に対抗する為に水明が書いてもらった御札も、
霊的な存在、或いは神に対してはそれなりには通用するものだと思われる。

89 :
代理投下終わりです。長時間中断してすみませんでした

90 :
代理投下、お疲れさまでした!

91 :
>>89
とんでもございません。代理投下お疲れ様でした!

92 :

 駅を出ると、眩い日光が視界を白くする。昼の日差しに暖められた路面からは、薄らと陽炎が立ち上っていた。
 九月を過ぎても残暑は続き、時折、湿り気を帯びた熱い風が駅前の通りを吹き抜けていく。
 普段ならゼミの準備をしている時間だけど、私は今霞ヶ関に立っている。
 別にサボりってわけじゃない。
 霧崎先生が海外に出張し、ゼミはしばらくの間休講となっているんだから。
 出張の目的は、知る人ぞ知る"サイレントヒル"の現地調査。
 オカルトジャーナリストを志すものとして是非とも同行したかったのだけれど、哀しいかな、苦学生の私には飛行機のチケットを手配する余裕もなく――結局、居残りとなってしまった。
 数日前、純也くんもまた休暇を取ってアメリカに行くのだと言っていた。
 私だけ除け者のようで少し寂しい。
 とはいえ、純也くんも霧崎先生も物見遊山で行ったわけではない。霧崎先生の友人である式部人見さんが旅行先で行方不明になり、その捜索に向かったのだ。
 そんなことは現地の警察の仕事だとは思うものの、人見さんの向かった先が問題だった。
 そう。人見さんは"サイレントヒル"に向かったかもしれないというのだ。
 人を惑わし、誘い込む魔の町――サイレントヒル。
 犬鳴村、××村、皆神村、夜見島、月の宮駅、雛見沢村、氷室邸――存在を実しやかに語られる、地図にはない空白の土地。
 "サイレントヒル"もそんな都市伝説の一つだ。
 だけど、もし"サイレントヒル"に本当に誘い込まれてしまったのだとしたら――モルダー捜査官のいないアメリカ警察の手には負えない案件だ。
 解決できるとすれば、霧崎先生と私をおいて他にはいない。次点で純也くんか。
 ただし、あの人見先生が"サイレントヒル"に行くなんて考えにくいんだけどね。オカルト嫌いな人だし、そうした場所に面白半分に向かう浅慮な人でもない。人間の絡んだ事件に巻き込まれた可能性の方がずっと高い。
 それはそれで心配だけど、居残りの私には吉報を待つ他何もできないことには変わらない。
 よって、与えられた膨大な時間を有意義に使うことに決めた。元々そんなに講義も取っていないことだし。いや、ちゃんと計算したし、単位は大丈夫……のはず。
 もっとも、霧崎先生はご丁寧に課題を出していったんだけど。
 テーマは自由で、四千字程度のレポートという難物だ。
 自分はアメリカ行くんだから、その辺解放してくれてもいいもんなのに。
 私は小さく溜息を吐く。
 道行く人には、恋に悩む乙女にでも見えただろうか。この可憐な乙女の脳みそがオカルティックな単語に占められているなど、誰も想像できまい。
 珍しく、私のテーマは既に決まっていた。
 それは、"神隠し"。
 多摩地域に広まる"人面ガラス"の噂とも迷ったんだけどね。
 色々と検討した結果、タイムリーな話題でもあるし、私の原点ともいえる怪異に的を絞ることにしたのだ。
 そもそも、"神隠し"とは何か。

93 :
 一言で表すなら、人が痕跡を残さずに消えてしまうこと。
 もう少し色を付けるなら、この世ならざるもの――神や魔に取り隠され、この世ならざる世界――異界に連れ去られてしまうこと。
 今でこそ、これを信じる人間は少なくなったが、かつては人が失踪する事象の合理的な説明が、この"神隠し"であったのだ。
 "神隠し"には大まかに分けて三つのパターンがある。
 一つ目は、消えた人間が無事帰還するもの。二つ目は死体として帰ってくるもの。三つ目は死体すら帰ってこないもの。
 一つ目のパターンの首謀者は天狗や狐が多いという。ちょっと人間をからかってやろう。遊び相手になってもらおう。そんなイタズラをしそうなイメージを伴うのが、この二つの神なのだろう。
 特に、"神隠し"の別名を"天狗隠し"と言うほどに、天狗の仕業というのは大変多い。平田篤胤の"仙境異聞"に出てくる寅吉も、天狗に"神隠し"にされた男の子だ。
 一方で、二つ目、三つ目のパターンになると穏やかじゃなくなる。相手もまた、鬼や山の神といった上位の存在だ。魅入られたが最後、無事でいられない。
 隠されたものは異界で生涯を終えることとなる。その期間の長短は別にしても。
 さて、この"神隠し"だけど、調べてみると面白い法則がある。
 まず、起こり易い時間帯。
 これは想像がつきやすいかな。
 そう。夕暮れ時。彼は誰時とも呼称されるこの時間は、物の輪郭がぼやけて、方向を見失いやすい。
 また、親たちが子供たちの失踪に気付くのも、夕飯時を迎える頃だ。それまでは子供は外で遊んでいるものだったからだろう。
 そういった要素から、昼は身を潜めていた隠し神たちが夕闇にまぎれて人を連れ去るのに絶好の機会と考えられていたのだ。
 そして、この夕暮れ時に隠れ遊びをすると神隠しに遭いやすいという。
 考えてみると、隠れ遊び――かくれんぼって疑似的な"神隠し"と言えるんじゃないかな。
 "もういいかい?"
 "まぁだだよ"
 この繰り返しの後に、"もういいよ"と告げられた"鬼"の目の前に広がるのは、友人たちで犇めいていた光景とは打って変わって殺風景な広場だ。
 友人たちの痕跡はどこにも見当たらない。隠れている方も、鬼の居る空間とは一枚隔てた何処かで身を潜める。お互いの居る空間に、疑似的なずれが生じている。
 だからこそ、隠し神が寄ってくるんじゃないだろうか。
 怪談を話すと、物の怪が寄ってくるのと同じ。その遊びをしている時点で、既に浮世と異界の境目が混ざり合っていると言えるのかもしれない。
 次に、人選。
 神隠しに遭うのは、年端もいかない子供たち、知能に何らかの障碍を持つもの、そして女性だ。どれも道に迷いやすい、もしくは攫われ易い存在だ。
 前者二つは天狗の獲物となることが多く、後者は鬼だ。このあたりも、修験者には同性愛が、山人には好色がって風にそのモデルとなった者たちへの先入観が大きく反映されているのよね。
 また、前者二つは、今では差別と取られてしまうけれど、未だ人ではない半端な存在と見られていたこともあるらしい。偶然とはいえ、人の世と神の世を繋ぐ、媒介者という役割も当て嵌めるのにもぴったりだったと言える。
 最後に、神隠しに遭った者への捜索方法。
 決まって、村人総出で村の中から山や谷までを、鉦や太鼓を鳴らしながら探す。勿論、これは一番遠くまで届く音程だという合理的な理由がある。
 もっとも、柳田国男は音で隠し神を呼び寄せるって解釈をしているんだけど。要するに、捜索ではなくて奪還ってことよね。まんまと来ちゃった神に向かって、さあウチの子を返しやがれぇ。って。
 信州大学のある教授は、神隠しの捜索方法は、音による、異界とのコミュニケーションって風に説明づけていた。これには、神事や仏事で鉦や太鼓が用いられてきた歴史を踏まえられている。
 ただ、私にはどこか、諦めるための過程を踏んでいるようにも思える。葬送にも似た、一種の儀式というか。
 さて、隠された者たちは皆異界に連れ去られるわけだ。その訪問譚なんてのも各地に存在する。
 じゃあ、その異界って一体何なんだろう。

94 :
 かつて、私たちは人間が住む世界の他に、また別の世界が存在すると考えていた。
 多くは遠い海の向こうか、暗い地中の底、または遥か高い山脈の向こう――人が到底辿り着けないような場所に異界はあると言われていたのね。
 だけれども同時に、海や山、辻などには時空の裂け目のようなものがあるとも信じられてきた。云わば、異なる世界同士をつなぐ、結び目の様なものね。
 知らず知らずのうちにそこに触れたものは、そこから異界、浄土、幽世、彼岸、常世――様々な呼び方があるけれど、つまりは向こう側に引き込まれてしまう。
 地方によっては、その結び目を閉じるためには誰かの命を投げ出す必要があるなんて伝わっている場合もあるみたい。馬頭観音は、裂け目から主人を守るために命を捨てた馬たちを祀ったものなんて解釈もあったりね。
 一番有名な異界のお話は"浦島太郎"じゃないかな。
 助けた亀に連れられて〜の唄の通り、太郎は竜宮城に連れて行かれるわけだけど、竜神の妻・乙姫に別れを告げ、結局彼は常世から、こちら側に返ってきてしまう。しかし、人の世では何百年も経過しており、太郎を知る者は一人もいなかった。
 これは視点を変えれば、何百年も前に海辺で失踪した若者が、その当時の姿のままで帰ってくるという"神隠し"のお手本ともいうべき要素が揃っている。
 そして、これは人が容易に異界に隠されてしまうことも示している。
 海の向こうにあるとされる異界だけど、それは同時に人の生活圏の中、薄皮一枚隔てた場所に存在しているとも解釈できるのだ。
 山や海――自然は人の世界と隔絶されているなんていうのは西洋的な考え方で、伝統的な日本人の見解からすれば、自然と人に境目なんてない。
 故に山も海も、人の営みと同じ場所に併存していたと考えるべきだ。
 引いては、異界もまた人のすぐ隣にあったと容易に解釈できる。隔絶された遠い世界でありながら、異界は人にとってとても近しいものであったのだ。
 そして、だからこそ"神隠し"が、迷信ではないある種の事実としての立ち位置を形成できたのだろう。
 というよりも、"神隠し"は事実でなくてはならなかった。
 人が消える理由――私自身の立場としては、怪異としての"神隠し"が皆無であるとは思いたくないけれど、未解決の失踪事件の全てがそうであると思ってもいない。
 "神隠し"が事実とされた、過去の日本。そこにおける人の失踪の理由として何が挙げられただろうか。
 家出、人身売買、駆け落ち、心中、口減らし――事故以外にも、人が消える理由は多くある。
 そして、村社会にとって、例え周知の事実であっても露見すれば、何事もなしという訳にも行かなくなる。
 そこで利用されたのが"神隠し"だった。人が消えれば、それは全て"神隠し"と片付けられた。
 人だけでなく、事実すら"神隠し"は隠すのだ。
 それは忌むべき慣習にも見えるけど、人が生きていくための優しい嘘と言えるのかもしれない。
 辛さ、哀しみ、苦しみ、怨み――憂世にあるそうしたものを覆い隠し、一時の夢まぼろしを見せてくれる手段。
 消えてしまった子供の親たちの絶望を、ここと異なる世界――それもずっと良い世界で生き続けているという希望として。
 何らかの理由で姿を消し、舞い戻ってきた者たちを、"神隠し"からの帰還者として、蟠りなく再度受け入れる儀式として。
 子や娘などを売り、捨てざるを得なかった者たちの罪を隠し、コミュニティを存続させるための方便として。
 苦痛多き世界を覆う哀しくも優しい霧となって、"神隠し"は事実として扱われてきた。
 ただ、これはあくまで過去の日本だ。民俗学の見地での、"神隠し"の解釈に過ぎない。
 西洋化が浸透し、知性で捉えられるものこそが絶対視される今日の日本において、人の失踪は"神隠し"などで片付けられる筈はない。
 しかし、それでも解決されない行方不明者は毎年千人程度いるという。しかも、オカルトめいた語り口で述べられる事件も少なからず存在する。
 現代において"神隠し"と噂される事件は、ではどう説明をつけるのだろうか。
 共産圏による拉致か。殺され、山深くに捨てられたのか。運悪く死体が見つからないだけなのか。
 本当に、それだけで説明がつくのだろうか。そして、それらを単に行方不明事件とせず、何故"神隠し"という表現を使いたがるのか。そこを突き詰めれば、現代人の抱える闇や羨望が浮き彫りにされてくるんじゃないだろうか。

95 :
 私は、現代における"神隠し"として、ネットで拾った二つの事件を調べてみることにした。
 一つ目は、千葉県にある私立鳴神学園で起きたと噂される集団失踪事件。
 この鳴神学園は、今では珍しい生徒数千人を超える超マンモス校だ。だが、同時に毎年大勢の行方不明者・死亡者が出ていると"噂"される、曰くつきの学校であったりもする。
 もっとも、あくまで噂だ。ただし、同時に学校に纏わる怪異譚は膨大な数にのぼると言われていて、霧崎先生ならば、抑えつけられた真実が漏れだしているとでも言うかもしれない。飴玉ばあさんなんて、ネット上でも人気の妖怪の発信元でもあったり。
 勿論、その失踪事件もそうした有り触れた噂の一つとして、ネット上でしばしば挙げられている。
 噂の概要はこうだ。十数年前、旧校舎の取り壊しを記念して、新聞部の主催で学園七不思議を語る会が催されることになった。
 その当日。語り手として呼ばれた六人の生徒は順番に怪談を披露していく。語り終える度に怪現象が起こり、その語り手は姿を消していく。会場には、新聞部の生徒唯一人が残された。
 後日、語り部たちの死体が旧校舎の壁の中から見つかるなんて風にオチがつく場合もある。
 調べてみると、この噂の原型となったであろう失踪事件は実在していた。事件が起こったのは、1995年の6月。
 だけど、ここに問題がある。実際に消えたのは、四人なのだ。
 日野貞夫、岩下明美、新堂誠、風間望――当時の新聞に載っていたのはこの四つの名前だ。いずれも高校三年生。当初は、受験のストレスによる集団家出と解されていたようだ。
 けれども、とうとう彼らが帰宅することはなかった。下校し、梅雨の闇の中で四人の高校生は永遠に消えてしまった。
 追加された二人の名前は、当たり前と言えば当たり前だが、どの噂でも明言されていない。そもそも、実際の被害者である四人の名前すら噂に上がることはない。それほどまでに事件は風化してしまっているということだろう。
 噂の原型なんだから、もっと語り草になっていてもいいのに。
 話を戻そう。
 この数字の食い違いは、よくある誇張とも取れるんだけど、それならば七不思議にかけて、七人の失踪にするのが筋なんじゃないだろうか。六人という中途半端さに違和感を禁じ得ない。
 この六人という数字に、何か意味はあるのだろうか。消えたのは、本当は四人じゃないのか――。
 先日、私は実際に鳴神学園に足を運んだ。とはいえ、警備の厳しい昨今、部外者が勝手に入れる訳もない。レポートのための取材といえば承諾してくれるかもしれないけど、内容が内容だ。
 だから、下校途中の生徒を捕まえて突撃取材――だったんだけど、収穫はゼロだった。
 皆一様に、まさかと笑った。そんなものはない、ただの噂だと。
 ただ、その定型文的な誤魔化し方に疑念が生まれたのは確かだ。誰ひとり、気にも止めていないのか、実に呆気ない反応だった。一人ぐらい、面白おかしく語ってくれるお調子者が居てもいいものだろうに。暇人と憐れむようなあの視線を、私はしばらく忘れられそうにない。
 とはいえ、しつこく訊いて、不審者に思われても仕方ない。私は敗北感に打ちのめされながら、朝希に愚痴ってその日は眠った。
 気分を入れ替えて、今日はもう一つの事件について調べる予定でいる。
 それは、都内にある雛城高校で起きたと噂される女子生徒失踪事件。
 同じく十数年前、二人の女子生徒が行方不明になったと噂されている。
 トイレの花子さんに攫われただとか、裏側の霧の町に誘い込まれただとか、展開には幾つかパターンが存在する。
 勿論雛城高校にも突撃取材に行くつもりだけど、その前に実際にあった事件かどうか証拠見つけておかないと。1996年の冬頃にそういう事件があったという書き込みを見たし、心許ない情報源ではあるけれど、まずそれを頼りに国会図書館で当時の新聞を探してみるしかない。
 まあ、その前に何か食べよう。腹が減っては取材は出来ぬって言うしね。
 お店を探す私の目に、見覚えのある大きな人影が映った。人ごみの中で、頭一つ分以上抜けている巨体は見間違えようがない。小暮宗一郎という、純也くんの同僚の刑事さんだ。強面だけど、これが実にからかい甲斐のあるオジサンなのだ。
 小暮さんはどこかうきうきとした歩調でコンビニに入っていった。せっかくだし、純也くんから何か連絡があったか聞いてみようか。こちらから掛けてもいいんだけど、国際電話だ。ちょっと躊躇してしまう。ていうか、純也くんから私に連絡あってもいいと思うんだけど。
 と、歩行者信号が赤となり、人の流れが止まる。ああ、もうタイミング悪い。

96 :
 じりじりと焼けるような日差しの中、再び信号が青に変わる。
 コンビニの前に立つ直前、一際強いビル風が通りを駆け抜けた。その強さに、私は思わず目をつぶる。こういう時、短髪でよかったと心底思う。雑踏の中、自動ドアの開く音が聞こえた。
 手櫛でざっと髪を整えて、私は小さく溜息を吐いた。
 気を取り直して、私はコンビニの自動ドアを潜る。ざっと見た限り、店内に小暮さんの姿はない。トイレにでも入っているのかな。
 そう思って雑誌棚奥のトイレに目を馳せると、丁度細身の男の人が出てきたところだった。
 ……えーと、あの人が今までトイレに入っていたってことよね?
 じゃあ、小暮さんは何処?
 棚の陰になんてのは、小暮さんに限ってありえないし。
 私がコンビニから目を逸らしたのは、風が吹いた一瞬――とまでは言わないけど、小暮さんのように目立つ人が出てきたならすぐに分かる。
 ま、悩んでも仕方ない。
 私は長々と続く行列を押しのけて、店員さんに質問した。会計しようとしていた長髪の男が大量のホットサンドを床にぶちまけたが、勿論無視する。
「あの! 無駄にでかい身体で、岩みたいな顔した男の人、ここに来ましたよね!?」
「え? ええ。その人なら、今お会計して出ていきましたけど――」
 
 何故か非難に満ちた目で私を見ながら、店員さんが自動ドアを指さす。
 私は足早にコンビニを飛び出した。人通りの中に、あの大きな背中はない。このコンビニの出入口は一つしかない。搬入用の裏口を使うなんてのも考えにくい。
 いや、そもそも自動ドアが開く音を私は聞いている。しかし、ドアのすぐ傍にいたにも関わらず、出てきた人間の姿を私は見ていない。
 もしかして、あれが小暮さんだったのだろうか。
 私は、自分の肌が粟立っていくのを感じていた。私の周りだけ、あの冬の夜に戻ってしまったかのように空気が冷えていく。
 たった今、小暮さんは消えたのだ。なんら変わることなく自動ドアを通って、そのまま異界に引き込まれた。
 空間の裂け目――。
 薄皮一枚隔てた、向こう側の世界――。
 私が立つ、この位置に裂け目は有った。こんな、何の変哲もないコンビニのドアの前にも。
 ドアの横に身を寄せると、私は携帯電話を取り出して躊躇なく純也くんの番号を呼び出していた。だけど、呼び出し音すら鳴らずに電話は切れてしまう。霧崎先生も同様だ。
 痛いほどに鼓動が激しくなっていくのを感じていた。
 携帯電話の液晶画面から顔を上げた時、一瞬だけ、霧に覆われた街並みが見えたような気がした。
 純也くん、霧崎先生――……大丈夫、だよね?

97 :
以上で、 天狗風――隙間録・間宮ゆうか編の本投下終了です

98 :
投下乙であります!

99 :
今期月報であります!
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
117話(+3)    28/50 (- 0)   56.0 (- 0.0)

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