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2013年01月アニキャラ総合83: リリカルなのはクロスSSその122 (237)
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リリカルなのはクロスSSその122
- 1 :2012/03/20 〜 最終レス :2013/01/14
- ここはリリカルなのはのクロスオーバーSSスレです。
型月作品関連のクロスは同じ板の、ガンダムSEEDシリーズ関係のクロスは新シャア板の専用スレにお願いします。
オリネタ、エロパロはエロパロ板の専用スレの方でお願いします。
このスレはsage進行です。
【メル欄にsageと入れてください】
荒らし、煽り等はスルーしてください。
本スレが雑談OKになりました。ただし投稿中などはNG。
次スレは>>975を踏んだ方、もしくは475kbyteを超えたのを確認した方が立ててください。
前スレ
リリカルなのはクロスSSその121
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1327161388/l50
規制されていたり、投下途中でさるさんを食らってしまった場合はこちらに
リリカルなのはクロスSS木枯らしスレ
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/anime/6053/1257083825/
まとめサイト
ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/anime/6053/
NanohaWiki
ttp://nanoha.julynet.jp/
R&Rの【リリカルなのはデータwiki】
ttp://www31.atwiki.jp/nanoha_data/
- 2 :
- >>1乙
- 3 :
- 【書き手の方々ヘ】
(投下前の注意)
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
ttp://gikonavi.sourceforge.jp/top.html
・Jane Style(フリーソフト)
ttp://janestyle.s11.xrea.com/
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認して二重予約などの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・鬱展開、グロテスク、政治ネタ等と言った要素が含まれる場合、一声だけでも良いので
軽く注意を呼びかけをすると望ましいです(強制ではありません)
・長編で一部のみに上記の要素が含まれる場合、その話の時にネタバレにならない程度に
注意書きをすると良いでしょう。(上記と同様に推奨ではありません)
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
前の作品投下終了から30分以上が目安です。
(投下後の注意)
・次の人のために、投下終了は明言を。
・元ネタについては極力明言するように。わからないと登録されないこともあります。
・投下した作品がまとめに登録されなくても泣かない。どうしてもすぐまとめで見て欲しいときは自力でどうぞ。
→参考URL>ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3168.html
【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、さるさん回避のため支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は、まとめWikiのコメント欄(作者による任意の実装のため、ついていない人もいます)でどうぞ。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
不満があっても本スレで叩かない事。スレが荒れる上に他の人の迷惑になります。
・不満を言いたい場合は、「本音で語るスレ」でお願いします(まとめWikiから行けます)
・まとめに登録されていない作品を発見したら、ご協力お願いします。
【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
・携帯からではまとめの編集は不可能ですのでご注意ください。
- 4 :
- 1乙
だがテンプレ最後まで貼ろうぜ
- 5 :
- 同じスレが立ってるけど、こっちのが先みたいだな。
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1332218702
- 6 :
- そうだね。
- 7 :
- 本日23時半より、『リリカルWORKING!!』八品目投下します。
- 8 :
- それでは時間になりましたので、投下開始します。
八品目
アースラのブリッジで、リンディは息子クロノの戦いをモニター越しに見つめていた。栗色の髪の女の子は、情報屋が送ってきた写真と合致する。小鳥遊と呼ばれた男が、情報屋の知人なのだろう。
『惜しい!』
拘束されたままの小鳥遊が、無念の表情でクロノを見る。
『はっ?』
『ものすごく惜しい!』
クロノは小鳥遊が何を言っているのか全然理解できない。
小鳥遊基準では、紙一重で年増にカテゴリーされてしまったのだ。見た目は少年でも実年齢は十四なので間違ってはないのだが。
大好物を食べようとしたら、昨日で賞味期限が切れていたような、壮絶ながっかり感を小鳥遊は味わう。せめて後数カ月早く会っていたら、ちっちゃいものの方にカテゴリーされていただろう。それほどわずかな差だった。
『馬鹿なこと言ってないで、逃げるんだよ!』
アルフが小鳥遊の拘束を破壊し、戦場から離脱しようとする。
『逃がすか!』
クロノの放つ魔力弾を、小鳥遊たちはぎりぎりで回避する。アルフがフォトンランサーを手当たり次第炸裂させ、周囲が爆煙で埋め尽くされる。
『待って!』
『邪魔をするな!』
モニターが煙に遮られ、音声だけが途切れ途切れに伝わってくる。
どうやら小鳥遊たちを追いかけようとするクロノを、栗色の髪の女の子が止めているようだ。
煙はまだ晴れない。やがてクロノがやや不機嫌な様子で通信を送ってきた。
『すいません、艦長。二人逃がしました』
「構いません。まずはそちらのお二人から事情を聞きましょう。アースラに案内して」
『了解』
返事をするクロノの声がいつもより高く聞こえ、リンディは眉を潜めた。
「クロノ執務官、喉をどうかしましたか?」
『特に問題ありませんが?』
ようやくモニターの煙が晴れる。そこに映っていたものを見て、リンディは思わず立ち上った。
「ク、クロノ執務官!」
クロノは怪訝な顔で、自分の手を見下ろす。ぷくぷくとした子供の手だった。
『な、なんじゃこりゃああああ!』
クロノの姿は三歳くらいの幼児のものになってしまっていた。
なのははぽぷらたちと合流し、アースラへと招かれた。
簡単な検査を済ませた後、クロノの案内で通路を歩いていく。クロノの歩幅が小さくなってしまったので、進行はゆっくりとしたものだった。
おそらく逃走時に小鳥遊が苦し紛れに放った魔法に当たったのだろう。クロノ、痛恨のミスだった。あるいは小鳥遊の執念の産物か。
通路の途中で、なのはがユーノに質問した。
「ねえ、時空管理局って何?」
「簡単に言ってしまえば、僕らの世界の警察かな。次元世界の法と秩序を守っているんだ」
手の平サイズの佐藤がクロノの隣に並び声をかけた。
「もう変身を解いてもいいか?」
「ああ、構わない」
クロノは心ここにあらずといった様子で返事をする。いきなり幼児の姿にされてしまったのだから、仕方ないだろう。装備も全て肉体相応に縮んでいる。
なのはとぽぷらが変身を解除し、佐藤も元の大きさに戻る。
「それじゃ、僕も」
ユーノが光に包まれ、金髪の男の子の姿に変身する。それを見て、なのはもぽぷらも目を丸くして驚く。
「……ユーノ君、その姿は?」
「あれ? なのはには前に見せたことなかったっけ? これが僕の本当の姿なんだ」
なのはは首を左右に振る。
「おい、その話はひとまず横に置いておけ。着いたみたいだぞ」
- 9 :
- 佐藤が注意する。
着いた先は艦長室だった。クロノと共に一行は入室する。
中では、リンディが人数分のお茶とお菓子の用意をして待っていた。赤い敷物の上で、なのはたちとリンディが向かい合って座る。
互いに自己紹介を済ませた後、リンディが各人から事情を聴いていく。それを終えると、リンディは深々と溜息をついた。
「どうやら、あなた方はジュエルシードの危険性を理解していないようですね。でなければ、そもそもジュエルシードの魔導師と共闘など考えないはずです」
「どういうことですか?」
ユーノが真剣な顔で尋ねる。
「あれは次元干渉型エネルギー結晶体。使い方次第では、次元震や次元断層すらひきおこす危険なものだ。もしかしたら、君たちのせいで世界がほろんでいたかもしれないんだぞ」
答えたのは壁際に立っていたクロノだった。話の内容はシリアスだが、三歳児の外見と舌足らずな声では台無しだった。
「クロノ執務官。説明は私がします」
リンディが咳払いして場の空気を整える。そして、クロノの姿を見て困り顔になる。
「それにしても、縮小魔法の使い手ですか。厄介ですね」
「すいません。不覚を取りました」
リンディの脇に立つクロノは、心底情けなさそうだった。
「あ、でも、魔力を注げば元に戻るはず」
「それが駄目なんです」
ぽぷらの意見に、リンディは首を振る。
検査の結果判明したことだが、ぽぷらと佐藤が縮む際には、ただ全体的に小さくなるだけで、頭身、体の比率などに変化はない。しかし、小鳥遊の魔法で縮んだクロノは、肉体が若返っている。似ているようで原理がまったく違うので、ぽぷらの方法は通用しない。
リンディも機会があれば、少しかけて欲しいくらいだった。
アースラスタッフが総出で解呪方法を探しているが、おそらく小鳥遊本人でなければ解けないだろう。
「本来なら、後は私たちに任せてと言いたいところだけど……」
現在のクロノは、三歳の頃の筋力と魔力しかない。クロノの才能と経験があれば末端の隊員程度の働きはできるが、フェイト、アルフ、小鳥遊を相手にするには心もとない。いきなりアースラの切り札が封じられた形だ。
今から増援を手配して果たして間に合うかどうか。
「あの、私たちに協力させてもらえないでしょうか?」
なのはが提案した。
これで面倒事から解放されると思っていた佐藤が顔を引きつらせる。
「このまま黙って見ているなんてできません。フェイトちゃんは友達だから」
「……断ることはできないわね。切り札を失った以上、こちらも手札が多いに越したことはないから」
「艦長、まさか彼女も使うつもりですか!?」
クロノがぽぷらを示す。
「ええ、向こうがジュエルシードの魔導師を使ってくるなら、こちらも対抗策がいります。これまで何度も戦闘をしているのだから、暴走の心配は多分ないのでしょう」
少しでも危険な兆候があれば、すぐにジュエルシードを封印することを条件に、リンディが許可を与える。
「ありがとうございます!」
「そうだよね。最後まで頑張ろうね、なのはちゃん」
礼を言うなのはに、息巻くぽぷら。
「それじゃあ、四人ともお願いします。今日はアースラに泊っていって。エイミィ、彼らを部屋に案内して」
「はいはーい。」
リンディに呼ばれ、青い制服を着たショートカットの女の子が扉を開けて入ってくる。エイミィは壁に立つクロノを見るなり、奇声を発した。
「クロノ君、可愛いー!」
「エ、エイミィ!」
エイミィが駆け寄ってクロノを抱き上げる。
クロノはごついロングコートのようなバリアジャケットを着ているのだが、肉体が小さくなったことで、全体的に丸っこいシルエットになっている。それがまるでぬいぐるみのような愛くるしさを放っていた。
「モニター越しでも可愛かったけど、実物はもっと可愛いー!」
- 10 :
- 「あ、エイミィずるい。私もー!」
これまでは艦長の威厳を保つため、我慢していたのだろう。リンディも反対側からクロノを抱きしめる。
クロノが必死にもがくが、三歳児の筋力で抗えるはずもない。
「佐藤さん、ミニコンってどこの世界にもいるんだね」
「そのようだな」
客人などそっちのけではしゃぐリンディたちを、佐藤たちは遠巻きに見守る。誰もクロノを助けようとはしない。
「お待たせしてすいません。こちらになります」
ややあって、艦長室の異変を察知したオペレーターAが、疲れた顔でなのはたちを部屋に案内してくれた。
その頃、小鳥遊の自室で、小鳥遊とアルフは、フェイトに今日起きたことを報告していた。
「そう、時空管理局が……」
報告を聞き終え、フェイトが思案する。
「これ以上はやばいよ。もうやめよう?」
「ううん。もうちょっとだから」
「でも、後七個もあるんだよ?」
探している間に捕まってしまう公算の方が高い。
「これだけ探しても見つからないってことは、多分海の中だと思う。ちょっと危険な賭けになるけど、残りを集める方法ならあるから」
フェイトは小鳥遊に向き直る。
「宗太さんの家の場所って、佐藤さんと種島さんは知ってますか?」
小鳥遊家には、かつてのフェイトたちの隠れ家同様に二重、三重に探知を妨害する結界が張ってある。いくら時空管理局でも、魔法での発見は当分心配しなくていい。
「いや。知ってるのは伊波さんと山田、後は店長くらい。でも、調べればすぐばれるよ?」
「なら、平気です。時空管理局も今すぐには動かないはず。今日はゆっくり休みましょう。明日ですべての決着をつけます」
フェイトはきっぱりと宣言した。
深夜、リンディの元に通信が届いた。
「こんな時間にかけてくるなんて、少し非常識じゃないかしら? 相馬君」
『すいません。ちょっと急を要したもので』
リンディが通信画面を開くと、ワグナリアスタッフ相馬博臣の顔が映し出される。
「今日は携帯じゃないのね」
『今回はデータを送らないといけないので、パソコンからです。ところで、あの携帯、もう少しどうにかなりませんかね? ごつくて持ち運びには不便だし、音質が悪くて会話しづらいし』
「それは開発部にお願いしてちょうだい」
情報屋の正体は、相馬だった。あの怪しい通信は一応わざとではない。
魔力を持たない普通の人間のはずなのに、相馬の情報網は時空管理局の内部に深く食い込んでいる。次元間通信を可能にするあの携帯電話も、時空管理局から特別に貸与されたものだ。
リンディも任務の際に、何度か相馬の情報の世話になったことがある。
「それで、何かわかったの?」
『はい。どうやら事件の首謀者は、フェイト・テスタロッサの母親、プレシア・テスタロッサのようですね。詳しいデータは今そちらに送っています』
「助かるわ」
テスタロッサの名から、プレシアまでは割り出していたのだが、情報のガードが堅く少し苦戦していたのだ。
送られてきたデータにざっと目を通し、リンディは顔を険しくした。
「この名前……」
『はい。プレシアの娘は一人だけ。名はアリシアで、フェイトじゃありません。しかもすでに鬼籍に入っています』
相馬が職場で知り合ったフェイトは、素直ないい子だった。いずれ彼女が真実を知ることになるかと思うと、同情を禁じ得ない。
「どういうこと?」
『おそらくこれが関係しているでしょうね』
次のデータは、プロジェクト・フェイトと名付けられた人造生命の研究だった。
- 11 :
- 目を通し、リンディも相馬と同じく陰鬱になる。
「後味の悪い事件になりそうね」
辛い現実と相対する覚悟はできている。しかし、少しでもよい未来を選ぶ為に、リンディはこの仕事を選んだのだ。
この事件を悲劇では終わらせないと、リンディは固く誓っていた。
アースラであてがわれた部屋にて、佐藤は煙草を吸っていた。
「この事件、いつになったら終わるんだろうな」
佐藤の能力は、直前か十年後のことしか予知できない。しかも十年後の予知は、なのはたちだけ。どうやら魔力資質が高い者ほど、遠くまで予知できるようだ。
だから、佐藤にもこの事件の結末はわからない。肝心なところで役に立たない能力だ。
その時、扉がノックされた。佐藤が促すと、人間の姿になったユーノが入ってくる。
「夜分遅くにすいません、シュガー」
「そのネタ、まだ覚えてたのか。変身してない時は佐藤でいい。どうでもいいが、お子様は寝る時間だぞ」
「大事な話があるんです」
ユーノは佐藤の前の椅子に腰かける。佐藤は煙草の火をもみ消した。
「気にしないでください。僕の部族でも煙草を吸う人はいましたから慣れっこです」
「さすがに本当のお子様の前では吸えん」
「優しいんですね」
ユーノに笑いかけられ、佐藤は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「それで、話ってのは?」
「なのはのことです」
佐藤とぽぷらが初めて変身した時、佐藤はなのはが悪魔と呼ばれる女になると予言した。ぽぷらもなのはもすっかり忘れているようだが、ユーノはそれがずっと気がかりだったのだ。
「佐藤さんが予知した未来、詳しく教えてくれませんか?」
ユーノも最初は佐藤の勘違いだろうと思っていた。しかし、これまでの戦闘で、佐藤の予知は、確実だと証明された。そして、それは回避可能な未来なのだということも。
「……お前と高町妹の仲は、十年後もまったく進展ないままだ」
ユーノが派手にずっこける。
「佐藤さん、そういう話をしてるんじゃ……。しかも、まだ高町妹なんですね」
「興味ないか?」
「ありますけど……」
ユーノが少し赤くなっている。ユーノがなのはを好きなことなど、片思い歴の長い佐藤には丸わかりだ。
「まあ、それはさておき」
佐藤はどう説明したものか、顎に手を当てて考え込む。
「十年後の高町妹は、キャリアウーマンと言うか、仕事だけが生きがいの生粋の軍人って感じだったな。多分時空管理局に所属してる」
「やっぱり」
偶然出会っただけのユーノを助け、敵であるフェイトと友達になっていることからも明らかなように、なのはは困っている人を放っておけない。
天才魔道師であるなのはが、時空管理局で仕事をすれば、より多くの人を助けられる。将来的になのはが時空管理局に所属するのは当然の帰結だった。
「なのはは幸せそうでしたか?」
ユーノは不安そうに訊いた。
「お前たちの切り札、スターライトブレイカーだったな」
「そうですけど?」
それは最近ようやく完成した、なのはが決戦様に用意した魔法だ。同じくぽぷらも新技を用意している。なぜここでその技名が出てくるのか、ユーノにはさっぱりわからない。
「高町妹はスターライト(星の光)と言うよりは、スターダスト(星屑)って感じだったな」
流れ星には、願い事を叶える力があると伝えられている。なのははまさにそれだった。
誰かの願いを叶える為に、その身を炎に焼かれながら飛び続ける星屑。一瞬で燃え尽きてしまう儚くも美しい輝き。
「放っておいたら、どこまでも遠くに行ってしまいそうな、危うい感じだった」
「なのはが死ぬようなことがあれば、僕のせいです。僕がなのはを魔法使いなんかにしたから」
「あいつはお前に感謝してるんじゃないか? 望む将来が選べたって」
- 12 :
- 「でも……」
「責任を感じるんなら、お前があいつを引き止めてやればいい。さっき言ったろ。十年後、お前たちの仲は進展していないって。恋人でもいれば、あいつもそう無茶をしないかもしれん」
「佐藤さん…………耳まで真っ赤ですよ?」
「やかましい!」
柄にもなく臭いことを言ったと、佐藤は後悔していた。
ユーノの顔にわずかだが笑顔が戻ってくる。
「そうですね。僕、少し頑張ってみます。事件が解決したら、なのはに告白します」
「高町妹は強敵だぞ。せいぜい頑張れ」
八千代と同じレベルで恋愛には鈍そうだ。振り向かせるのは並大抵ではない。
「ありがとうございます。おかげで元気が出ました。それじゃあ、お休みなさい」
ユーノが退室するのを見届け、佐藤は煙草に火をつける。
他人の恋愛を応援するなど佐藤の柄ではないし、そもそも四年間も行動を起こしていない自分に何かを言う資格などないのだ。
「俺も頑張らないとな」
考えるだけで胃が痛くなる。佐藤はもう一本煙草をくわえた。
「あ、そうだ」
ユーノが慌てて部屋に戻ってきた。
「応援してくれたお礼に、佐藤さんに一つ教えてあげます」
ユーノは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「佐藤さんは種島さんが発動させたジュエルシードに割り込みましたよね。普通そんなことできません。それができたってことは、佐藤さんが種島さんを助けたいってすごく強く願った証拠なんです」
「要点は?」
「つまり佐藤さんにとって、種島さんは自分の命を犠牲にしても構わないと思えるほど、大事な人ってことです」
佐藤が盛大にむせる。
「それじゃあ、佐藤さんも頑張ってください」
「好き放題言って行きやがって」
佐藤はユーノが出て行った扉を忌々しげに睨みつける。心の中では、ユーノが投じた一石が静かに波紋を起こしていた。
翌日、フェイトたちは家を出ると、海へと一直線に向かった。空は雲に包まれ薄暗い。海も波が荒く不吉な印象を醸し出している。
ワグナリアには、小鳥遊の代わりに妹のなずなに行ってもらった。とにかく飲み込みが早く要領がいいので、仕事振りも身長同様、小鳥遊に比肩する。
その成長の早さが、ミニコンの小鳥遊の悩みの種になってしまっているのだが。
「宗太さん。お願いします」
「わかった。やってみるよ」
小鳥遊はフェイトに事前に説明されたとおり、ジュエルシードに意識を集中させ、脳裏に好きな物を思い描いていく。
「子供……子犬……子猫……」
小鳥遊の欲望に反応して魔力がだんだん高まっていく。
バルディッシュに搭載されたジュエルシードが、小鳥遊の魔力に反応してカタカタと揺れ動く。フェイトは自分の考えが正しかったと、確信する。
ジュエルシードは最初、海鳴市周辺にばらまかれたはずだった。それがいつの間にか北海道へ移動していた。北海道にジュエルシードを引き寄せる何かがあるのだ。
これまで集めたジュエルシードの場所を確認すると、一直線にワグナリアを目指しているようだった。
決定的だったのは、伊波が拾ったジュエルシードだ。あれだけ店の近くにあって、フェイトが入店時気づかないはずがない。つまり、あれはフェイトの後からやってきたのだ。
ワグナリアでジュエルシードを引き寄せる存在など一つしか思いつかない。暴走したジュエルシードと共生できる小鳥遊だ。
どうやらジュエルシードの波長と、小鳥遊の欲望の波動は非常に相性が良いようだ。名づけるなら、ジュエルシードの申し子と言ったところか。
「ミジンコー!」
小鳥遊の魔力がさらに高まる。呼応するように、海からジュエルシードが現れ、徐々に数を増やしていく。
アルフが出現した七個のジュエルシードを拾い集める。
- 13 :
- 「宗太さん、お疲れさま」
フェイトに差し出されたハンカチで、小鳥遊は額の汗を拭う。ジュエルシードを引き寄せる作業は、小鳥遊にかなりの消耗を強いていた。
「これで全部か」
しかし、フェイトの表情は暗かった。残っていたジュエルシードを回収した以上、残された道は一つしかない。
「来た」
すぐ近くで空間転移の反応。なのは、ユーノ、ぽぷら、佐藤が現れる。来るべき時が来たのだ。
「フェイトちゃん、ワグナリアでの時間、楽しかったね」
懐かしむようになのはが言った。
「うん。楽しかった」
短い間だったが、フェイトにしてみれば、久しぶりの心穏やかな日々だった。でも、いつまでも優しい時間に浸ってはいられない。約束を果たす時が来たのだ。
フェイトとなのはが空中に十九個のジュエルシードを浮遊させる。小鳥遊とぽぷらの分を合わせて二十一個。全てのジュエルシードがここに集結した。
「これが終わらないと、私たちは先に進めない」
「うん。だから、決着をつけよう。それが最初からの約束だから」
なのはがレイジングハートを、フェイトがバルディッシュを構える。この戦いに勝った方が全てのジュエルシードを手に入れる。
決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。
- 14 :
- 以上で投下終了です。
それではまた。
- 15 :
- すいません。星屑の意味が間違っていたことを今知りました。
作中では、流れ星の意味で使っています。
- 16 :
- 枕さん投下乙です。
23時頃に羽生蛇村調査報告書
ティアナ・ランスター 羽生蛇村折部分校/校庭 初日/2時47分32秒
を投下したいと思います。
- 17 :
- では投下します
ティアナ・ランスター
羽生蛇村折部分校/校庭
初日/2時47分32秒
降り続けていた雨が鳴りを潜め始めた頃。ティアナが山の中で茂みを掻き分けていると、目の前に蔦に巻き付かれ、錆びついたフェンスが現れた。
その向こうには木の葉が散らばり、雑草が所々生えてはいるものの整備された地面が広がっている。
(……やっと着いた)
数十分かけてようやく人為的に作られた地面に到達したティアナは、それだけでほっと胸をなで下ろした。フェンスに手をかけ、一気に飛び越える。
軋むフェンスを背に地面に降り立ち、周りを見渡すと、整備された地面は広場のように広がっていることがわかった。
広場は見たところさして広くなく、外周は黒く塗りつぶされたような夜の森に囲まれている。
広場の端には電柱が立っていて、そこの電灯にはか細い光が灯っている。あとは相変わらず雨音が響く夜闇が広がるばかりだ。
周りを見渡して、一際目を引いたのが、暗がりに佇む二階ほどはありそうな横長の建物の影。案の定、建物の一階にあたるであろうところの一番端、窓らしき箇所から光が漏れていた。
(さっきの放送はあそこから流れてたのかしら)
広場には他に朝礼台のような金属製の台や、水飲み場らしきものがあり、奥に佇んでいる建物は、近付いて見てみると古びた二階建ての木造建築物だった。
雨除けの屋根が建物の壁面から飛び出ており、その下に出入り口であろう扉がある。
「……なにこれ」
しかし建物の扉はベニヤ板や角材などで頑丈に封鎖されていた。
それどころか、建物一階の窓はその全てが外側から廃材などを打ち付けられており、暗くて見にくいが二階の窓も同じように塞がれている。
「気味悪いわね……」
もともとこういう建物なのだろうか。まるで外部からの接触を拒んでいるかのような様相は、先程の放送とされた地面は広場のように広がっていることがわかった。
広場は見たところさして広くなく、外周は黒く塗りつぶされたような夜の森に囲まれている。
広場の端には電柱が立っていて、そこの電灯にはか細い光が灯っている。あとは相変わらず雨音が響く夜闇が広がるばかりだ。
- 18 :
- 周りを見渡して、一際目を引いたのが、暗がりに佇む二階ほどはありそうな横長の建物の影。案の定、建物の一階にあたるであろうところの一番端、窓らしき箇所から光が漏れていた。
(さっきの放送はあそこから流れてたのかしら)
広場には他に朝礼台のような金属製の台や、水飲み場らしきものがあり、奥に佇んでいる建物は、近付いて見てみると古びた二階建ての木造建築物だった。
雨除けの屋根が建物の壁面から飛び出ており、その下に出入り口であろう扉がある。「……なにこれ」
しかし建物の扉はベニヤ板や角材などで頑丈に封鎖されていた。
それどころか、建物一階の窓はその全てが外側から廃材などを打ち付けられており、暗くて見にくいが二階の窓も同じように塞がれている。
「気味悪いわね……」
もともとこういう建物なのだろうか。まるで外部からの接触を拒んでいるかのような様相は、先程の放送と相まってより更に異様なものに思えた。
建物は静まり返っており、中からは何の物音もしない。
(誰もいないのかしら?いたらいたで不気味だけど)
ティアナは、板や廃材を打ち付けられた窓の中で、唯一光が漏れている扉横の窓に近づいた。廃材が剥がれており、光はそこから漏れている。ただ窓の位置が高く、中の様子までは分からない。
どうやらここから入れるようだ。
(……入ってみるか)
さっきの放送に関する手掛かりがあるかもしれない。そうでなくても、この不可解極まりない現状に対して、多少なりとも調査が必要であると感じた。
なによりこの異様な状況で、一人の少女が大変な状況に置かれていたとしたら、レリックや仲間との再会よりそちらを優先するべきではないのか。
(私の思い違いだったらいいけど、そうでもなさそうだし)
そう思いながら、ティアナは少し高い位置にある窓のへりに手をかけて、跳び上がった。
その勢いで壁に足をかけて、廃材の間の穴に身体を滑り込ませる。視界に飛び込む光が、夜闇に慣れた目を微かに眩ませた。
- 19 :
- 中に降り立つとそこは、そう大きくない部屋だった。
本棚や、アルミ製の机が並んでおり、机上には本や筆記用具、辞典やファイルなどが置いてある。
壁には貼り紙が整理されて貼られていて、ここがなんらかの職場であるだろうことは想像がついた。
ティアナが進入した窓側の壁にはロッカーが並んでいる。目についたのは、その奥にあった使い古されている放送器具だ。
「やっぱりここから……」
『春海』という少女はここからSOSを送ったということになるのだろう。
では、あの幻覚の視界の持ち主である女性は一体、何者なのだろうか?その女性が少女を追い回していたという可能性も否めない。
(でもその人が犯人だとして、一人でこんな風に建物を封鎖することなんてできないだろうし……)
部屋の中の様子は、廃材を打ち付けられた建物の外観とは異なって、古びてはいるものの整理されており、
ついさっきまで使われていたような形跡さえある。
その様子からして、依然から封鎖されていたような建物ではないと言うことが分かった。
つまり、何者かがつい最近にこの建物を封鎖したのだ。
考えてにわかに背筋が寒くなった。
意図が分からない分、この状況が余計不気味に感じられる。
(……とりあえず、この施設が一体なんなのか分からないと)
しかし不気味な状況であるからこそ、機動六課、スターズ分隊の隊員である自分が動揺してはならない。今までもそうして来たのだから。
頭を切り替えて、情報を得るためにとりあえず壁にある掲示板の貼り紙に近付いた。
がさり
その時、何かの紙を踏みつけたような乾いた音が足元から聞こえてきた。
視線を下ろすと、何かが印刷された薄黄色い紙が落ちている。
拾い上げて見てみると、翻訳魔法がまだ効いているようで書いてある文字が読み取れた。
「……星を見る、会?」
拾ったのは『星を見る会』というイベントのプリントだった。
『「星を見る会」のお知らせ』という見出しの下にある詳細を読み上げる。
(羽生蛇村小学校発行。333年に一度すい星がやってくる!星空のすばらしさ、宇宙の不思議に触れてみよう!
ひにち、2003年8月2日。じかん、20:00〜23:30。ばしょ、おりべぶんこう、こうてい。もちもの………)
プリントに書かれたいくつかの気になるワードを拾っていく。
(羽生蛇村って確かこの近くの村の名前よね?)
- 20 :
- すいません、トリ付け忘れてました
- 21 :
- 通信から得た、レリック反応があった現場の情報を思い出した。日本、××県、三隅郡、羽生蛇村周辺。
(羽生蛇村小学校はその村の小学校で、場所、おりべ分校……ここはその小学校の分校ってこと?
ということはこの部屋は職員室かなにかで……って言うか、この日にちって私達がレリック捜査で来たのと同じ……)
会の開催時刻もサイレンが鳴って、フリードから振り落とされたティアナが気を失った時間帯に近い。
(333年に一度の彗星……あのサイレンとなにか関係があるのかしら)
プリントを手に思考をしながら壁の掲示板にティアナは近付き、貼ってある掲示物をしげしげと眺めた。
村の広報紙や、学校の予定表などが貼ってある中、一枚の写真が目に止まる。
見てみると、幼い子供達と大人が三人ほど、にこやかに微笑みながら並んで写っている。
「……ここの生徒と職員ってところ?」
おそらくそうなのだろう。自分の予想が正しければこの中に『はるみ』という子供がいるはずだが、名前など勿論書いてはいないので手掛かりにはならない。
プリントを改めて見やる。放送の少女がここの生徒だとしたら、『星を見る会』のために学校に来ていたという理由ができる。
(ここが職員室なら他に……名簿とかあるはずよね)
そう思ってプリントをポケットの中にねじ込んだ。
並ぶアルミ机に歩み寄って、机の上を漁る。
教科書、図鑑、辞書……。
見る限り教材だらけの中、教員日誌を見つけてめくるも、書かれているのは取り留めのない内容ばかり。
最後に書き込まれた7月初頭のページを眺めてから、ティアナは日誌を閉じた。
(今は夏休み……か。元々人がいない中で『星を見る会』は開催されたのね)
取り敢えず日誌を机の上に置いて、一息つく。
机の上にお目当ての物は無い。
更に引き出しを開いていく。
「あ……」
一番上の引き出しに、紐で綴じられた黒い装丁の名簿がしまってあった。
取り出して開くと、グリッドが印刷されたページに名前が並んでいる。
(……あった)
『四方田春海』
少女はやはりここの生徒だったようだ。
となると、例の『星を見る会』に出席して学校に来ていた春海は、そこでなにかに遭ったに違いない。
サイレン、意識の途絶、放送、封鎖された学校、謎の幻覚……。
考えれば考えるほど頭の中に様々な憶測が浮かんでは消える。
- 22 :
- (もうちょっと探索、してみようかしら)
まだ調査の余地があった。
建物の中は静まり返っており、外からしとしとと聞こえてくる雨音以外、なんの音も無い。
ティアナは、名簿を元通りの、机の引き出しにしまって、部屋にある薄緑色に塗装さるた木製の扉に向かった。
扉を少し開けると、そこには深い闇が広がっている。
ティアナは半開きの扉から顔を出して、部屋の外を覗き込んだ。
職員室から漏れた光で、その場がおそらく廊下であることが辛うじて分かった。
光に照らされた反対側の壁には窓があるが、そこにも外から板切れ等が貼り付けてあり、窓ガラスは全て割られて床に散らばっていた。
底のないように見える闇はそれによって光が一切入ってこないからだろう。
ティアナは意を決して、闇に向かって声を張り上げた。
「誰かいませんかーーー!?」
しかし声は闇に呑み込まれ、あとには外から微かに聞こえる雨音だけが残った。
ティアナは溜め息を吐いて、廊下に出た。
扉の真上には廊下に突き出た形で、『職員室』と書かれたプレートが設置してある。
明かりが点いているのはティアナのいる職員室だけらしい。
あとは廊下の壁に二つ程点いている非常ベルの赤い光と、廊下の奥には天井に近い場所に、緑色の光を放つ小さなプレートが見えた。
緑色のプレートには何かが書かれているが、ティアナには遠すぎて読めない。しかしそこが廊下の端であることは想像がついた。
外で見た建物の外観からして、この職員室が一番端にある部屋なのだろう。
(建物の大きさから考えると、廊下に沿って2、3は教室がありそうね。……せめて懐中電灯があればいいんだけど)
そう思いながら振り返り、もう一方の闇に目を向けていると、突如として鋭い頭痛が脳内を駆け抜けた。
「うぁっ!!」
突然の痛みに声をあげると同じくして、例の幻覚が視界をよぎる。
ティアナはぎょっとした。
その幻覚も先ほどと同様、誰かの視界のようなのだが、そこに映っていたのはまぎれもなく、頭痛に苦しんでいるティアナの後ろ姿だったのだ。
(う、後ろ!?)
驚いて振り向くと、強い光が目についた。目を細めて見ると、廊下にうなだれている男が立っており、キャップをかぶって、泥などで薄汚れた衣服を着ている。
光は手に持った懐中電灯から放たれており、電灯をティアナに向けたまま微動だにしない。
- 23 :
- (な、なにこの人)
その姿を目に入れた途端、ティアナは心臓が飛び上がりそうになったが、あくまで冷静に振る舞おうとした。
「あの、ここの建物の人ですか?」
「………」
黙ったままの男は、キャップを深く被って俯いたままでその表情は見えない。
ティアナは男への警戒心を最大まで引き上げながら、語りかけ続けた。
「あなたは誰ですか?どうしてこんなところにいるんですか?」
呼び掛けに対して、まるで聞こえていないかのようになんの反応も見せない男。
ティアナはそれに苛立ちを覚えた。
「答えて下さ………」
その時、男が懐中電灯を持っていない方の手を、ゆっくりと顔の位置まで上げた。
「っ!」
ティアナは、男が上げた手に持っている物を見て、絶句した。
懐中電灯の明かりを受けて、鈍く光を反射しているのは黒い鉄の塊。
(け、拳銃!?)
ミッドチルダ、及び管理局が管理下に置いている世界では禁止されている質量兵器だ。
小型だが当たれば致命傷は必須。
ティアナが身を強ばらせるのと同時に男が肩を震わせた。
キャップの下から笑い声が漏れる。
「は はっ はは は はは」
声の調子もトーンも変則的な、気持ちの悪い笑い声。
固まるティアナを前に男は、俯いていた頭をゆっくりと持ち上げた。
「ひっ……」
露わになった男の顔を見て、ティアナの口から思わず引きつった声が漏れる。
およそ生きていると思えない青白い肌、生気の無い濁った目はそれぞれあらぬ方向を向いており、
その上、目や鼻や口からはとめどなく血液が流れ出ていた。
血液は頬から首筋まで伝い、懐中電灯の光をぬらぬらと反射している。
男は、血の溜まっている歯茎と唇をゆっくりと動かした。
「死 ねぇ」
途切れ途切れに紡ぎ出された言葉と同時に、男が銃口をティアナに向けた。
条件反射だろうか、気付けばティアナの身体は男が引き金を引く直前に、男の胴体に向けて動き出していた。
拳銃の発砲音と同時に男に体当たりを食らわせる。
腹部に強い衝撃を受けた男はそのまま床に転倒し、ティアナは男の握っていた拳銃と、衝撃で落ちた懐中電灯を奪った。
すぐさま立ち上がり、拳銃を男に向けて構える。
男は身体を持ち上げるように立ち上がり、背後に回ったティアナへと振り返った。
その動作全てが妙にゆったりとしている。
- 24 :
- 「止まりなさい!!それから両手を後頭部に組んで!!」
しかし男は、身体を不安定そうにゆらゆらと揺らすだけでティアナの言うことを聞いている様子は無い。
「聞こえないの!?両手を後頭部に乗せるのよ!!」
ティアナは、心中では顔から血を流した死人のような者に自分の言葉が通るとは到底思っていなかった。
だが焦燥感と恐怖故に、それ以外にやれることが思い浮かばなかったのだ。
男は相変わらずあらぬ方向を見ながら、魂が抜けたような呆けた顔を上げた。
そして息を思い切り吸い込む仕草を見せ
「お゛ぉお おおお ぉ ぉおお おぉお」
突如、獣のような叫び声をあげた。
神経を張っていたティアナは男の叫びに驚いて、肩を跳ね上げる。
その直後、がらり、と背後から木製の扉が開く音が聞こえた。
ティアナは拳銃を男に向けたまま、後ろを振り向き懐中電灯で照らした。
「は ぁあ あはぁ は あ はぁ あ」
そこには男と同じように肌は青白く、目と鼻から血を流している頭巾を被った初老の男が、荒く不規則な呼吸をしながら立っていた。
左手には懐中電灯、右手には錆び付いた包丁を持っている。
「ど、どうなってるのよ……」
片方では拳銃を向けられているにも関わらず、男が口角を上げて、歯茎を剥いてニヤニヤと笑いながらティアナににじり寄る。
もう一方からも、包丁を握った男がなにやら呟きながらじりじりと近付いて来ていた。
非常事態とは言え、管理局員が局の管理外世界で質量兵器を現地人に向けて使うとなると、まずただ事では済まないだろう。
男達の、光の無い濁った目を見やる。
(話を聞いてくれるような相手じゃないし……)
無闇に発砲はできない、しかし相手との対話も難しい。
職員室の扉は拳銃を持っていた男の向こう側にあるので、今すぐ学校から脱出するということは出来ない。
横目で壁を見ると、丁度、ティアナの横に教室の扉があった。
となるとティアナに出来ることは一つ。
男達に目を向けながらも、少しずつ扉に近付く。
懐中電灯を持った手で、扉の取っ手を掴み、一気に開いて身体を中に滑り込ませた。
すぐさま扉を閉め、目に付いた鍵を急いで掛ける。
- 25 :
- 振り返って周りを見渡すと、教室には小さな机と椅子がいくつか並び、奥の壁には黒板が、その前には教卓があった。
教室にはティアナの入ってきた扉とは別にもう一つ、廊下に面した扉があり、ティアナは扉に走り寄るとそこの鍵も掛けた。
扉の磨り硝子の覗き窓からは、ぼんやりと懐中電灯の光が見える。
だんだんだんだんっ
直後に扉が激しく叩かれ、打撃音がやかましく教室内に響き渡る。
男達にどれだけの力があるのか分からないが、木製の扉では破られるのも時間の問題だ。逃げなければ……捕まれば殺される。ティアナはそう直感した。
(ホラー映画じゃあるまいし……なんなのよ!!)
心中で悪態をつきながら、なにか状況を打開する手だては無いか、と教室内を改めて見回す。
窓は例によって廃材等で隙間なく閉じられてあり脱出はできない。破壊しようにも、室内は閑散としていて、教室の後ろにある棚には使えるような道具は何も無い。
そんな中で、目についたのは教卓の横にあったアルミ製のドアだった。
ティアナはドアに駆け寄るとドアノブを回してゆっくりと開けて、向こう側を覗いた。
そこにはティアナのいる教室と同じような教室があった。教室同士が、このドアで繋がっているようだ。
扉の向こうで男達が群がっている教室をそそくさと出て行き、ドアを閉めた。そしてなるべく音をたてないように教室の奥の扉に近付いて、静かに扉を開ける。
恐る恐る廊下に顔を出すと、先程ティアナの入った教室の扉に、男達が殺到していた。
どこから現れたのか人数が二人ほど増えており、その二人も生気の無い顔に目から血を流して、各々が鎌や金槌を手に扉を叩いている。
(一体何が起こってるの……?)
身体を支えきれていないかのように不安定な動きをする男達は、まるで映画に出てくるゾンビのようだ。
違いと言えば唯一、物を扱う知能は残っているということだ。
(……こんな小さな学校じゃ、どこかに籠もってても見つかるのは時間の問題だし、ここにいてもどうにもならないわね)
教室の窓はどこも頑丈に塞がれている。破壊しようものならその音を聞きつけられ、あっという間に捕まるだろう。
なにか打開策は無いかと、ティアナは廊下を見渡した。
- 26 :
- 教室とは反対側の壁、ティアナの目の前にはちょうど男子トイレと女子トイレが並んでいる。
更に近くには、さっき職員室から見た天井辺りで光っている緑色のプレートがあった。
そこには『非常口』という文字と扉から出て行く棒人間が描かれている。どうやらティアナのいる教室が、校舎の端に位置しているらしい。
そのプレートのすぐ近くにアルミ製のドアがあった。
(『非常口』、か。一か八か行ってみるしかないわね)
改めて振り返ると、男達は相変わらずティアナがいた教室の扉に群がっている。
(……行くなら今しか無い)
機を見て、しゃがみながら廊下へと出て行った。男達は自分達が叩いている扉の音がうるさくて、ティアナの足音には気付かないだろう。
『非常口』のドアはティアナのいた教室から見て、二階へ上がる階段を挟んだ位置にある。しゃがみながら急いで階段を素通りして『非常口』に向かい、ドアノブに手をかけた。
(………ウソ)
しかしドアノブが回そうとしても、ビクともしない。鍵が掛かっているようだ。
(信じらんない、どうしろって言うのよ……)
ドアの前で、ティアナは深くうなだれた。横からは扉を殴る音が絶え間なく聞こえてくる。
強行突破、は難しいだろう。もしあの四人に囲まれたら持っている農具で袋叩きに遭うに違いない。
ふと、こういう時相方のスバルがいたら……とも思った。フロントアタッカーで格闘が主体の彼女ならこういう状態を打開できるのだが。
(……駄目ね。今いない人間にすがっちゃうぐらいじゃ、スターズ隊員としてもセンターガードとしても笑われちゃうわ)
そう思うことで、弱気になり掛けた自分を奮い立たせた。『非常口』の横には、木造の階段が闇に向かって伸びている。
(……少なくとも一階に留まるのは危険だし、こうなったらこの校舎から出られそうなところを隈無く探すしか無いわね)
決心したティアナは後ろで男達が扉に群がっていることを確認して、階段を静かに駆け上った。
踊場に出てから折り返すように上に伸びる階段を上がって、警戒しながら二階の廊下を覗き込む。
少し遠くに、懐中電灯の明かりが見えた。金属バットを手にこちらを伺っているように立っている。
懐中電灯の逆光で顔は分からないが、およそ下にいた男達と同じにまともな人間ではないのだろう。
現状ではそうとしか思えないし、警戒するに越したことはない。
二階も一階とほぼ同じような構造らしく、階段横に教室の扉があった。
- 27 :
- (下みたいに教室を伝って向こうへ行けるかも……)
バットを持った人間に注意を払いながら、近くにあった教室の中に入っていく。扉を閉め、息を潜めて誰もいないことを確認してから懐中電灯を点けた。
やはり一階と同じく教室の後ろ、荷物棚や掃除ロッカーの設置してある壁の端にドアがあった。
ドアを抜けて隣の教室に入るが、相変わらず窓は廃材でびっしりと埋め尽くされていて、逃げ場は無い。
(やっぱりここも駄目か)
使われていないのか、他の教室と違い、椅子や机が綺麗に後ろの壁に並べてある。
こうなると、後は一番奥の教室に行くしかないのだが……
がらり
その時、誰かが教室に入って来た。咄嗟に教卓の影に身体を滑り込ませ、息をR。恐らく廊下にいたバットを持った人物だろう。
足音と共に床が軋み、懐中電灯の明かりが教室内を撫で回すように照らしていく。
(頼むからこっちに来ないでよ……)
教卓の中で縮こまり、神経を尖らせながらティアナは願った。
「はる み ちゃ ぁん、い るのか なぁ?」
不意に声が聞こえてきた。声の太さからして男性のものだろう。やはり下にいた男達と同じくしゃべり方が覚束ないようだ。
ティアナの頭の中で男の言った言葉が引っ掛かった。
(は、る、み、ちゃん……はるみ?)
名簿で見た、放送の少女と思われる『はるみ』という名が男の口から飛び出た。
ティアナは驚き、機を見て教卓から顔を少し覗かせると、向こうで頭の禿げ上がった初老の男性が、金属バットを片手に懐中電灯で教室内を探し回っていた。
(あれは、確か写真にいた……)
職員室の掲示板に張られていた写真。男はその写真の中心で児童に囲まれながら暖かな微笑みを浮かべていた。
(ってことは、あれって感染とかするの……?)
新種の病原体による症状かなにかなのか、この学校にいる人間は一様に血の気が無く、目や鼻から血を流しており、更には凶暴化している。
(道具を持ってたり、微かに喋る辺り知能は残ってるみたいだけど……どちらにしろ話は通じなさそうね)
さしずめ『春海』は、『ほしを見る会』で学校にいた時に襲われたのだろう。
(これはレリックどころの話じゃ無くなってきたわね)
いつもガジェットや戦闘機人を送り込んでくる相手側によるものなのか、それは分からないが、
とりあえずティアナは、自分がとんでもない状況の中に置かれているということを理解した。
- 28 :
- (行ったかしら……)
いつの間にか獲物を探して揺らめく懐中電灯の光が消えていた。耳を澄ませると、教室からは何の音も聞こえない。あの男の激しい息遣いも、歩行により床が軋む音も無い。
静寂の中、ただ雨が降る音が微かに聞こえてくるだけだ。
ティアナは恐る恐る教卓から顔を出した。ただでさえ暗い夜なのに窓が閉鎖されている教室内には深い暗黒が広がり、一寸先も見えない。
懐中電灯のスイッチに指をかける。かちり、とスイッチが入り、明かりが点いた。
「見 つけ た ぁ」
目が合った。
見開かれ血走り、濁りきった瞳。ティアナの眼前には男の顔があった。目から血は流れ、死体のような肌をした禿げ上がった男はティアナを見て、歯を剥いて笑ってみせた。
「―――――――!!!」
声にならない悲鳴をあげて、ティアナは飛び退いた。勢い余って壁に背中を打ち付けたが、それどころではない。
男はニタニタと嫌らしい笑顔を携え、金属バットを握り締めながら立ち上がった。
ティアナも壁に寄りかかりながら、なんとか立ち上がり、男から離れようと後退りをする。
男は怯えているティアナを楽しげな表情で見据えながら、金属バットを頭上に振り上げた。
「ふ ぅん゛!!」
男はティアナ目掛けて思い切りバットを振り下ろした。ティアナは咄嗟に左に飛んで避け、バットは黒板に当たって激しい音を教室に響かせた。
そこから男は間髪入れずバットを勢いよく横に振り、それは避けきれなかったティアナの二の腕に直撃した。
「ぁぐっ!!」
予想以上に重い衝撃に押され、ティアナは床に倒れ込んだ。右腕に熱と共に鈍い痛みが広がる。
男は、倒れ込み苦悶の表情を浮かべるティアナに跨り、けたたましく笑い出した。
(ヤバい……!!)
「い っはっは はは はっは は」
歪な笑い声を上げながら、男は再びバットを振り上げる。その目線は、ティアナの脳天をしっかりと狙っていた。
しかし次の瞬間。
ぱぁん
乾いた音が響き渡った。ティアナの左手には拳銃が握られており。そしてその銃口は男の頭部へ真っ直ぐに向いていた。
発射された弾丸は男の眉間を見事に射抜き、空いた風穴からは血がたらたらと流れ出している。男は笑顔を浮かべ、バットを振り上げたままゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
(し、質量兵器で、民間人を殺した………)
- 29 :
- 自己防衛に加え、相手が正常な状態では無かったと言えど、質量兵器を使って現地人を撃ち殺してしまった。
ティアナはよろよろと立ち上がると、自分の持っている拳銃を呆然とした面持ちで見つめた。男はバットと懐中電灯を持ったまま仰け反った状態で死んでいる。
「……ッ!?」
ティアナはぎょっとした。
仰向けに倒れて死んだはずの男が、突然動き出したのだ。素早くうつ伏せになり、手足を丸めて胎児のような格好でうずくまった。
ティアナはとっさに銃を向け、警戒しながら様子を見たが、男はそれきり動く様子が無い。
「……な、なに?なんなの?」
確かに額を撃ち抜かれたはずの男が、なぜいきなり動き出して身体を丸めたのか。
ティアナが動揺していると、下の男達が銃声を聞きつけたらしく、階段をぎしぎしと登る音が微かに聞こえてきた。
(とにかく今は逃げないと!)
ティアナは廊下に飛び出すと、位置としては一番奥にある隣の教室に向かった。扉の上には『図書室』と書かれたプレートがある。ティアナは図書室に入ると急いで扉を閉め、鍵を掛けた。
室内には沢山の本棚と、閲覧者用の机や椅子が置いてある。念のためティアナは懐中電灯を消し、一番奥の本棚の影に隠れて様子を見た。
やがて複数の足音が扉の向こうから近付いて来た。どうやら隣の教室に入ったらしく、扉を開ける音が聞こえてきた。
(こっちには気付かないでよね、頼むから)
そう願いながら扉を睨み付けている矢先。
「……ぐっ!?」
鋭い痛みが頭の中に走った。これで三度目だ。再び幻覚が視界と聴覚を支配する。
―――いへぇ へえ ぇへ へへ―――
見えたのは汚れた軍手をはめて金槌を持っている誰かの視界。視線の先には、先程ティアナが撃ち殺した男がうずくまっていた。
(……これってやっぱり他人の視界、よね?)
そう思った直後、頭の中がざわめくような感覚と共に、視界が切り替わった。
―――はぁっはは は はっはひぃ は―――
今度は懐中電灯と錆びた包丁を持った男の視界。恐らく一階でティアナを挟み撃ちにしようとした男だろう。
金槌を持った男が視界の端に映っており、視線はやはり丸まっている禿げた男に向いていた。
「……………………」
段々と勝手がわかってきた。どうやらこれは他人の視界を盗み見る能力のようなものらしい。
魔法とは違う、超能力。それがなぜ突然自分に備わったのかは理解に苦しむが。
- 30 :
- 頭痛を堪えながら、ティアナは試しに意識を集中してみた。すると視界は更に変わり、今度は鎌を持った男。一階の廊下を徘徊しているようだ。
(なんでこんな能力が……サイレンといい、アイツらといい、やっぱり全部関連してるのかしら?)
現状では何とも言えないが、とりあえず男達が図書室に入ってくる様子は無さそうだ。ティアナは本棚に寄りかかると、大きな溜め息を吐いた。混乱して、頭の中の収拾がつかなくなっている。
「あぁ、なんでこんな目に遭うかな……」
勿論返事をしてくれる者は誰もいない。嘆きは暗闇に霧散した。
おもむろにティアナは拳銃を持ち上げてみた。改めて持ってみると、鉄の塊は意外と重かった。
(……質量兵器の使用、しかも普通じゃないとは言え民間人に向けての発砲……バレたら確実にマズいことになるわね。でも)
「今はそんなことも言ってられないわね。非常事態なんだし」
弾には限りがある。シリンダーに入っている弾はあと五発。
「全部使う前にこの事態を切り抜けなきゃダメ……か」
(……早くここを出て、なんとか六課と通信を取る方法を見つけなきゃ。クロスミラージュは、少なくとも今は諦めるしかないか。それにキャロも探さないといけないし……)
サイレンが鳴り響く時、錯乱して暴れるフリードに必死にしがみついていたキャロ。それが最後に見た彼女の姿だ。
(キャロ……無事ならいいんだけど)
もしかしたらあのまま無事に撤退して、助けを求めているかもしれない。あるいは自分と同じように、どこかに落ちてあの化け物達に襲われているかもしれない。
後者の状態に陥っているキャロのことを考えると、ティアナはいてもたってもいられなくなった。
(早くここを出ないとね)
「っ……く……」
目を閉じて意識を集中する。再び『彼ら』の視界が映りだした。
―――はぁ っ は っはぁはぁ は っはぁ はっは―――
視界を切り替える。
―――あ゛ ぁぁあ゛あ゛ あ゛ぁああ―――
視界を切り替える。
―――くひっ ひひひは はっは っ―――
―――は ぁ はぁ、はぁ は あはぁ ―――
―――どこ ぉ に行っ た ん だぁ?―――
盗み見れる視界は全て校内にいる者ばかり。この能力にはどうやら、盗み見ることができる範囲にある程度の限界があるようだ。
- 31 :
- 視界の主達は皆校舎の中にいて、各々徘徊している。校舎内をまんべんなく懐中電灯で照らして回る化け物達はまるで見回りをしているようだった。
更に視界を切り替えると、今度は二階の廊下が映り込んだ。
――― は ぁ るみちゃ ぁ ん、 どぉこ で すかぁ ?―――
「……!?」
その声を聞いたティアナは驚きを隠せなかった。視界の主は手に懐中電灯と金属バットを持っている。間違いない、あの禿げた男だ。
(さっき死んだはずでしょっ!?)
確かに男の眉間を撃ち抜いた。それでかろうじて生きていたとして、動けるはずがない。ましてや立ち上がって歩き回るだなんて考えられないことだ。
まさか、治癒能力か?
(ありえないわ、そんなの……)
―――せ んせぇ と ぉ あそ びぃま しょ ぉ―――
しかし何事も無かったかのように、男は校舎内を徘徊している。
(本当に……夢でも見てるんじゃないかしら)
ティアナは疲れた顔をして、頭を抱えた。
(取り敢えず……今はここを出ることに専念するべき、ね)
手持ちは懐中電灯と慣れてない拳銃、しかも残弾が五発のもの。戦力としてはかなり頼りない。
窓に貼り付けられている廃材を再び調べる。やはりどこも頑丈に留めてある、と思ったが
「ん?」
懐中電灯で照らして見ると、角材で補強してあるベニヤ板とベニヤ板の間に、少し隙間が空いている箇所があった。
よく見れば周りに打ち付けてある釘も若干浮いている。衝撃を与えれば剥がせるかもしれない。
(……一気にやるしかない)
ティアナは深呼吸し、一度バリケードと距離を置いた。そして息を入れ、ベニヤ板に渾身の蹴りを放った。
べきゃっ、という音と共にベニヤ板が大きく歪み、釘が浮いて隙間が広がった。
(いける!!)
ようやく突破口が見えた。
しかしそれと同時に微かな頭痛が走り、幾つもの思念がこちらに注意を向けたのを感じた。校舎内に徘徊している男達が、音に反応したのだろう。
これも能力によるものなのか、だが気付かれたからには急がなければならない。
「ふッ」
もう一発。軋む音と共に再び隙間が広がる。
(これくらいまでいけば……)
そう思うと、ティアナは隙間に手を入れベニヤ板を思い切り引っ張った。べりべりべり、と剥がれていく感触が腕に伝わる。
ばきっ
そして遂にベニヤ板は大きな音を立てて剥がれ落ち、そこにはティアナが通るには十分な脱出口が現れた。
- 32 :
- その直後、後ろで誰かが扉を開けようとしたのだろう。扉から、がたっと音が鳴った。しかし鍵が掛けられているため開かない。
完全に気付かれたようで、男達が中に入ろうと激しく扉を叩いている。
早くここを出よう、そしてキャロを探して管理局に戻り、この異変をいち早く解決しなければ。
……外もあの化け物達だらけだったら?そうだとしたら尚更早く問題を解決しなければならない。
ティアナは決意して、開けた穴から夜の闇へ、再び飛び込んでいった。
その先には深い絶望が待っているとは知らずに。
- 33 :
- 長くなってすいません。
以上で投下終了とします。
ではまた。
- 34 :
- 久しぶりの投下乙です。なまじ原作をクリアしただけに学校の中の様子とか克明にイメージでき、ティアの焦燥感などが
ダイレクトに伝わってきましたね。さて、問題は屍人と接触して無事に現世に帰還できるのか、という点ですね。
- 35 :
- >>33
投下乙です。
本日23時半より、『リリカルWORKING!!』九品目投下します。
- 36 :
- それでは時間になりましたので、投下開始します。
九品目
フェイトたちは決戦の場へと転送された。
陸地はなく、海から廃墟となったビル群が生えている。時空管理局が作り上げた疑似空間だ。ここならどんな大技を使っても現実空間に被害を及ぼす心配はない。
「小鳥遊、あんたが戦いな。その方が勝率が高い」
アルフが小鳥遊のジュエルシードに手を当て、魔力を送り込む。アルフの全ての魔力を受け取り、小鳥遊が回復する。
「負けたら承知しないよ」
「任せてください」
小鳥遊とアルフは互いの拳を打ちつけ合う。アルフはよろめきながらも、巻き込まれないよう戦場の隅に移動する。
傾いたビルの屋上に腰かけると、ユーノがやってきた。
「あんたも見学かい?」
「はい。僕では、なのはたちの全力の戦闘にはついていけませんから」
どちらもこの日の為に準備をしてきた。後はどちらの知恵と力が上回るかだ。
レイジングハートとバルディッシュの先端が触れ合う。戦闘が開始された。
ぽぷらとなのはが、ビルの間を縫うように高速で飛行する。
牽制射撃を繰り返しながら、二人はどんどん加速していく。ぽぷらはクロスレンジの戦闘が苦手だ。まずは接近されないことが肝心だった。
しかし、どんなに速度を上げても、フェイトはぴったり後ろについてくる。この中で一番機動力が優れているのはフェイトだから当然だ。
(作戦通りだね)
なのはが念話をぽぷらに送る。
なのはたちの目的は、フェイトと小鳥遊の分断だった。小鳥遊の弱点は、魔法の射程が短く飛行速度が遅いこと。高速で戦闘していれば、必ず遅れる。その隙に二人がかりで、フェイトを倒すのだ。
ビル群を抜け、なのはたちは開けた空間に出た。追いかけてくるのはフェイトのみ。
「かたなし君はいないね?」
「なら、一気に決着をつけよう。シュート!」
八個の魔力弾が、全方位からフェイトに襲いかかる。
フェイトは落ち着いた様子で、背後から迫る四個を迎撃する。
「必殺ぽぷらビーム!」
足の止まったフェイトをぽぷらが狙い撃つ。フェイトは高速機動は得意だが、防御には少々難がある。命中すれば倒せるはずだ。
「縮め!」
突如、小鳥遊が出現し、迫るビームと残りの魔力弾を縮小させ体で受け止める。
「小鳥遊さん、どこから出てきたの!?」
『Fire』
「なのは、下だ!」
佐藤の指示で、なのはが急降下する。頭上すれすれを電光が通過する。
なのはとぽぷらが移動を再開する。
「あれを見ろ」
佐藤が追いかけてくるフェイトの肩を指差す。自らの魔法で赤ん坊サイズに小さくなった小鳥遊がしがみついていた。これまではマントの後ろに隠れていたのだ。
「分断を狙ってくることくらいお見通し」
「ちなみに佐藤さんをヒントにしました」
フェイトが自慢げに、小鳥遊が少し青ざめた顔で言う。
訓練しても、小鳥遊の飛行速度を上げることはできなかった。ならば、佐藤のように誰かに運んでもらえばいい。
ただし、この技には弊害があった。小鳥遊が小さくなることで、あらゆる人間が年増に見えてしまうのだ。あまり長時間続けると、小鳥遊の精神が持たないかもしれない。
敵の攻撃を小鳥遊が盾となって受け止め、フェイトの電光が必殺の威力を持って迫る。二人はまるでワルツを踊るように攻守を入れ替えながら戦う。
「私たちにもう弱点はない」
「まさに最強の矛と盾。俺たちは絶対に負けません!」
なのはたちがじりじりと追い詰められていく。
「やっぱり強いね、フェイトちゃん」
なのはが感心したように言う。
- 37 :
- 「でも、私たちもこれ終わりじゃないよ」
どうやら切り札を使う時が来たようだ。ぽぷらが照準をフェイトに合わせる。
「ポプライザー!」
ぽぷらの枝からビームが放たれる。技名は初だが、普段のビームと変わらない。防ぐまでもなくフェイトはやすやすと回避する。
「ソード!」
ぽぷらがビームを放出したまま、両腕を振るう。それに合わせてビームが横薙ぎに振るわれる。
「魔力剣!?」
フェイトが驚愕し、小鳥遊がかばう。
ビームとして放出した魔力を、そのまま刀身として維持する。膨大な魔力消費と引き換えに、これまで直線の攻撃しかできなかったぽぷらに、立体的な攻撃を可能とする新技だ。
ぽぷらの背がじりじりと縮んでいく。早く勝負をつけないと、身長が持たない。
「せーの!」
ぽぷらが全長百メートルに及ぶ剣を振りまわし、小鳥遊ごとフェイトをビルに叩きつける。
ポプライザーソードの威力はビーム時の半分以下しかない。小鳥遊の防御を貫通はしないが、ぽぷらと佐藤が力を合わせ、上から押さえつけて動きを封じる。
小鳥遊が剣を小さくしようとするが、ぽぷらがその度に魔力を注ぎ込むので、剣の大きさは変わらない。
「そっちが最強の矛と盾なら」
「こっちは最大の剣と大砲だよ!」
周辺の空間に漂う魔力の残滓が、レイジングハートの先端に集中する。まるで星の光を集めているようだった。暴発寸前まで集められた魔力が、凶悪な光を放つ。
「収束砲撃!?」
「フェイトちゃん、逃げて!」
小鳥遊が渾身の力でわずかに剣を持ち上げ、フェイトが動ける隙間を作る。
「でも、小鳥遊さんが……」
「いいから! 勝って、全てのジュエルシードを手に入れるんだ!」
フェイトが意を決して隙間から這い出す。
「スターライトブレイカァァー!!」
圧倒的な光が瀑布のように降り注ぐ。光は小鳥遊ごとビルをぶち抜き、巨大な爆発を引き起こした。いかに魔王小鳥遊でも、耐えられる威力ではない。爆発が収まった後には、変身が解除された小鳥遊が海面を漂っていた。
「やった……!」
収束砲撃は負担が大きく、なのはの呼吸は激しく乱れていた。
「回避しろ!」
佐藤からの警告。なのはは体をひねるが、迸る電光が肩を直撃する。
「なのはちゃん!」
「後はお願い」
なのはが肩を押さえながら落下していく。撃墜はされていないが、しばらくは動けないだろう。
ぽぷらが空中でフェイトと相対する。ぽぷらは普段の半分のサイズまで縮んでいた。
「佐藤さん、なのはちゃんが回復するまで時間稼ぎできると思う?」
「無理だな。その前に撃墜される」
「なら、一気に決めるしかないね」
フェイトとて、度重なる魔法の行使で疲れているはずだ。勝機はある。
「ポプライザーソード!」
ぽぷらの枝から長大な魔力剣が伸びる。ぽぷらの背がさらに半分に縮む。
「くっ!」
フェイトは魔力剣を回避するが、剣はどこまでも執拗にフェイトを追いかけてくる。苦し紛れのフォトンランサーを、ぽぷらは剣で切り払う。
「無駄だ。俺の予知からは逃げられん」
佐藤が時折、フェイトの進行方向に先回りして剣を動かす。
「もらった!」
剣が完全にフェイトを捉える。ぽぷらが横一文字に剣を振り抜く。
「佐藤さん、私、勝ったよ!」
「ぽぷら」
佐藤は喜びもせず、剣の先を見つめていた。ぽぷらも視線の先を追った。
剣の先に黒い染みができている。染みの正体に気がつき、ぽぷらの顔から血の気が失せた。
- 38 :
- 足元にバリアを張り、剣の上にフェイトが乗っていた。チェーンバインドを応用して、自分と剣を光の鎖でつないでいる。まるで神話の、岩に鎖で繋がれたアンドロメダ王女のようだった。ただし、このアンドロメダ王女は怪物を倒す力を秘めている。
「きゃー! 離れてー!」
ぽぷらが剣を振りまわすたびに、鎖がちぎれ、足元のバリアがひび割れていく。それでもフェイトは冷静だった。
『Get Set』
「これなら絶対に外さない」
バルディッシュがグレイヴフォームへと形を変える。バルディッシュも鎖で剣に固定され、まっすぐぽぷらを狙っていた。ポプライザーソードを使っている間、ぽぷらは移動できない。
「剣を消せ!」
「もう遅い」
佐藤の叫びと、スパークスマッシャーの発射はまったく同時だった。
ぽぷらが回避の指示を仰ぐべく佐藤を見る。佐藤はきっぱりと言った。
「すまん。詰んだ」
「さとーさーん!」
ぽぷらと佐藤を稲妻が貫く。
変身が解除された二人が海面へと落下していく。魔法の使い過ぎで手の平サイズのままの二人を、ユーノが空中でキャッチする。
フェイトは安心したように息を吐いた。
「フェイトちゃん」
「そっか。まだ終わってなかったね」
休憩する間もなく、ぼろぼろになったなのはがゆっくりと上昇してくる。フェイトも三つの魔法を同時使用したことでかなり消耗していた。
「なのは、やっぱり私たち友達にならなければよかったね」
フェイトは苦しそうに顔を歪めていた。
「フェイトちゃん、そんな悲しいこと言わないで」
「だって、友達になっていなければ、こんなに辛い思いをしなくてすんだ」
傷ついた小鳥遊をアルフが介抱している。佐藤とぽぷらは、まだ意識を取り戻していない。
小鳥遊はもちろんだが、佐藤やぽぷらもワグナリアにいる間、仕事に不慣れなフェイトによくしてくれた。
誰を傷つけても、誰が倒れても、心がきしみ悲鳴を上げる。こうなることはわかっていたはずなのに、優しい誘惑にフェイトは勝てなかった。
「フェイトちゃん、今がどんなに辛くても、楽しかった時間まで否定しないで。例え結果がどうなろうと、私はワグナリアで過ごした時間を絶対に忘れない」
「そうだね、なのは。私も忘れられないよ。でも、私は母さんの為にジュエルシードを集めるって……そう決めたから!」
フェイトは涙を振り払い、バルディッシュを構える。
その時、膨大な魔力反応が空を覆った。
「母さん!?」
フェイトとなのはを紫の稲妻が襲う。
「なのは!」
「フェイト!」
ユーノがなのはを、アルフがフェイトを受け止める。
その隙に十個のジュエルシードが雲間へと飛んでいく。
「宗太さん」
フェイトが朦朧とした意識で手を延ばす。
ジュエルシードと一緒に、小鳥遊も雲の向こうへと消えていった。
小鳥遊が目を覚ますと、部屋の奥でプレシアが椅子に座っていた。隣の台座には、十個のジュエルシードが置かれている。どうやら時の庭園に運ばれたようだ。
「やはり一度に空間転移させるのは、これが限界か」
プレシアは激しく咳き込む。口を押さえていた手には、べったりと血が付着している。
「お前……」
「時間がないって言ったでしょう。こういうことよ」
プレシアは病魔に侵され、余命いくばくもない状態だった。
「それにしても情けないわね。すぐにジュエルシードを集めるって言っておきながら、この程度なの?」
- 39 :
- 「フェイトちゃんはまだ負けてなかった。どうして横槍を入れたんだ」
「もう必要なくなったからよ。あの子も、全てのジュエルシードも」
ようやく悲願達成の確信を得られたと、プレシアはいつになく上機嫌だった。
「どういう意味だ?」
「いいわ。全部教えてあげましょう」
プレシアは椅子の右手側にある扉を開けた。液体に満たされたポッドが並ぶ通路の中央で、フェイトに瓜二つの女の子が入ったポッドが鎮座していた。
「あれが私の本当の娘、アリシアよ」
ポッドの中の少女はフェイトより少し幼いようだった。小鳥遊は息をのむ。
かつて優秀な魔導師だったプレシアは事故で一人娘を失った。その後、人造生命の研究、プロジェクト・フェイトを利用して娘を蘇らせようとしたが、計画は失敗し娘の紛い物しか作ることができなかった。それがフェイトだ。
「アリシアを蘇らせるには、失われた技術の眠る世界、アルハザードに行くしかない。その為には二十一個のジュエルシードが必要だった。でも、これだけあれば、もう充分」
小鳥遊の肉体と精神はジュエルシードと相性がいい。小鳥遊を媒介に十個のジュエルシードとこの時の庭園の駆動炉の力を結集させれば、数の不足分を補い、より確実に次元の狭間にアルハザードへの道を作れるはずだ。
小鳥遊はプレシアを睨みつけた。
「一つ教えてくれ。お前はフェイトちゃんをどう思ってるんだ?」
「ただの人形よ。目的を果たした今となっては、もう用済み。必要ないわ」
「あの子は母親のあんたの為に、あんなに頑張っていたんだぞ。それに対する感謝は、愛情は、あんたにはないのか!」
小鳥遊の怒りを、プレシアは涼風のように平然と受け流す。
「もし愛してるなら、あなたみたいなRに近づけると思う? そうね。あの子を餌に、あなたの研究が出来た。そこだけは褒めてあげてもいいわ」
プレシアは明後日の方向を見上げた。小鳥遊以外の誰かに聞かせるようにはっきりと告げる。
「あなたはアリシアとは似ても似つかない偽物。私は、そんなあなたが大嫌いだったわ。ねえ、聞いているんでしょ、フェイト?」
プレシアの放った魔法から、時の庭園の場所はすでにアースラに察知されていた。プレシアと小鳥遊の会話を、アースラブリッジでなのはとフェイトは聞いてしまっていた。
小鳥遊は怒りに体を震わせる。
「……俺は年増が嫌いだ。年増なんてみんなわがままで自己中で……。でも、あんたはその中でも最悪の年増みたいだな」
小鳥遊が走り、台座の上のジュエルシードを一つ奪い取る。
「あんたはこの手で倒す。小さくしてフェイトちゃんに謝らせてやる」
黒いマントがひるがえり、魔王小鳥遊へと変身する。怒りで全身に活力がみなぎってくる。
「この場所に運んだのは失敗だったな。狭い空間でなら、俺は無敵だ」
- 40 :
- 「無敵? いいえ、あなたは弱い。あなたほど弱い魔法使いを私は他に知らないわ」
プレシアは杖を投げ捨てると、小鳥遊めがけて走る。
大きく腕を振り上げ、プレシアが小鳥遊の顔面を殴る。今の小鳥遊にしてみれば、クッションの上から叩かれているようなもので、痛くも痒くもない。
「どうして今私に魔法を撃たなかったの?」
プレシアが口元を楽しげに歪める。走り寄る間に、いつでも攻撃できたはずだ。
「あなた、女に攻撃されると無抵抗に受ける癖があるでしょう。過去によっぽど女に酷い目に遭わされたのかしら?」
これまでの戦いで小鳥遊が攻撃を避けたのは、クロノを相手にした時だけ。魔法で攻撃された時は小さくして威力を軽減しているが、伊波やアルフのような直接攻撃はまったく無防備で受け止めている。
幼い頃、小鳥遊は梢の技の実験台にされていた。たまに反撃すると三倍になって返ってきた為、黙って受けるのが習慣になっていた。
女が小鳥遊の魔法を防ぐのにバリアなどいらない。ただ拳を繰り出せばいいのだ。
「そして」
プレシアの手が小鳥遊の腹部に当てられる。次の瞬間、激痛と激しい嘔吐感が小鳥遊を襲い、たまらず地面に膝をつく。
「どんなに肉体を強化したって、内臓が鋼になるわけじゃない」
プレシアは小鳥遊の体内に直接強い振動を送り込んだのだ。激しい揺れに胃の内容物が食道をせり上がり、心臓は鼓動を乱されて激しい痛みを引き起こしていた。
「ほらね。あなたはこんなにも弱い」
プレシアが地に這いつくばる小鳥遊を蔑む。
「……俺は、俺は、負けられないんだぁぁああああああ!」
小鳥遊が気力を振り絞り、右腕を突き出す。それよりわずかに早くプレシアが小鳥遊の額に手を当てた。
「お休みなさい、魔王小鳥遊。もう目覚めることはないでしょうけど」
振動が脳を激しく揺さぶる。脳を揺さぶられて、意識を保っていられる人間などいない。気合も根性も何の意味も持たない。
(ごめん、フェイトちゃん。俺、何もできなかった)
悔しさに小鳥遊は歯がみする。しかし、どうすることも出来ず、小鳥遊の意識は闇の底へと沈んでいった。
- 41 :
- 以上で投下終了です。
こうして書くと、小鳥遊ってトラウマを抱えたキャラだったんですね。意外でした。
それでは、また。
- 42 :
- 本日、23時半より、『リリカルWORKING!!』十品目投下します。
- 43 :
- 時間になりましたので、投下開始します。
十品目
自分がプレシアの娘の紛い物であり、母親から全く愛されていなかったことを知らされ、フェイトが放心状態で崩れ落ちる。それをアルフが抱きとめた。
アースラブリッジは、一気に騒然となる。
時の庭園から膨大な次元エネルギーが放射されている。このままでは大規模な次元震が起きるのは時間の問題だ。
さらに庭園内には八十体以上の傀儡兵が出現し、送り込んだ部隊を足止めしていた。
「僕が行きます」
「クロノ、その体じゃ無理よ」
「部隊の指揮くらいなら執れます。行かせてください」
クロノは強い決意を込めて言った。とても止められそうな雰囲気ではない。
「わかりました。出撃を許可します。ただし無茶をしたら駄目ですよ」
クロノが頷き、時の庭園へと転送されていく。
「私たちも行かせてください」
「かたなし君を助けないと」
なのはとぽぷらが名乗りを上げる。魔力は回復してもらったが、疲労や負荷は残っている。万全の状態には程遠い。
「エイミィ。彼女たちを投入した場合の作戦成功率は?」
「好意的に見積もっても二十パーセントもありません」
「駄目です。そんな危険な作戦に、あなたたちを投入するわけにはいきません」
リンディは首を振る。
クロノの弱体化がここでも影響していた。本来のクロノならば一部隊に匹敵する働きができるのに。
「せめて、後一部隊あれば……」
「何とかなるかもしれません」
発言したのはユーノだった。
「どういうこと?」
ユーノは空中にワグナリア近辺の地図と、ジュエルシードが発見された位置を投影する。
「前から疑問に思っていたんです。どうしてジュエルシードはワグナリアに引き寄せられたのか」
「それは小鳥遊さんに引き寄せられたって……」
「それだと辻褄が合わないんです」
夏休みの今、小鳥遊が一番長い時間過ごす場所は自宅だ。なのに、小鳥遊家に引き寄せられているジュエルシードはない。
「つまりワグナリアには小鳥遊さん以外にも引き寄せる要因があったんです」
「あっ」
ぽぷらがあることを思い出した。ユーノが頷く。
「確証はありませんし、かなりの危険を伴います。でも、鍵はワグナリアにいます」
ユーノは地図上のワグナリアを指差した。
時の庭園内に、ワグナリアの制服を着た女が転送されてくる。赤縁の眼鏡に激しくカールした前髪、松本麻耶だった。何故か荒縄で拘束されている。
「って、ここどこなのよー!」
松本は混乱した様子で叫ぶ。
通路はところどころ壊れて赤い空間がのぞいている。おどろおどろしい赤色は、まるで怪物の口の中のようで不気味だった。あらゆる魔法がキャンセルされる虚数空間と呼ばれる場所で、落ちれば重力の底まで真っ逆さまだ。
残された床には、西洋の甲冑に似たデザインの傀儡兵が徘徊していた。
「落ち着け、松本」
「佐藤さん、いきなりこんなとこに連れてきて――!」
松本は縄の先を握る佐藤を見て、絶句する。セーラー服を着たぽぷらの肩に、手の平サイズの佐藤が乗っていた。
松本たちを発見した傀儡兵が襲いかかってくる。
「必殺ぽぷらビーム!」
ぽぷらが木の枝から光線を放ち、傀儡兵たちを倒していく。
松本は頭を抱えてしゃがみこんだ。
(違う。こんなこと現実にあり得るわけがない。そう、これは夢よ!)
人間が小さくなったり、木の枝から光線が発射されたり、ロボットが歩いていたり、全部夢だと思えば納得できる。
- 44 :
- 「…………って、納得できるかー!」
松本が一転して怒りの咆哮を上げた。
「普通な私の夢が、こんな普通じゃないはずがない! 私の夢なら、もっと普通になりなさいよ!」
佐藤が松本の巻き毛にジュエルシードを差しこむ。その瞬間、不可視の領域が松本を中心に発生した。
傀儡兵の動きが格段に鈍くなり、ぽぷらと佐藤の変身が解ける。
「成功だよ、佐藤さん!」
「さすがだ。普通少女麻耶」
ぽぷらのハイタッチを受けながら、佐藤が感心したように呟く。
佐藤が松本から回収したあの日、ジュエルシードはすでに発動していた。松本の能力は一定範囲内の魔法の無効化。佐藤たちは知らずに領域に踏み込み変身を解除されたのであって、ぽぷらが気をきかせたわけではない。
ジュエルシードをワグナリアに引き寄せていたもう一つの要因は松本だった。小鳥遊同様、松本の普通じゃないほど普通を願う気持ちがジュエルシードを上回ったのだ。
ロストロギアを超える欲望を持つ人間が二人もいるとは、さすがにワグナリアはRの巣窟だ。案外、探せば他にもいるのかもしれない。
しかし、さすがに傀儡兵の存在自体は消滅させられないし、領域内では味方も魔法を使えない。
「出番だぞ」
佐藤の言葉に反応するように、釘バットが手近にいた傀儡兵を屠る。魔法防御がなくなり、関節部分がかなり脆くなっている。これなら普通の人間でも倒せるだろう。
「こいつらか。うちのバイトを誘拐した不届きな連中は」
残骸をハイヒールで踏みつけ、白藤杏子が釘バットを肩に担ぐ。
「そうだ。救出を手伝ってくれたら、一カ月間、好きな時に飯を作ってやる」
「その約束忘れるなよ、佐藤」
真横から傀儡兵が槍で杏子を狙う。しかし、槍が届く寸前で胴体を両断される。
「ふふふふ。杏子さんに手を出す輩は、全て八千代が抹殺いたします」
危険な妖気を漂わせ、八千代が日本刀を構えていた。
杏子も八千代も、怪しげなロボットたちが動き回るこの状況にまったく違和感を抱いていない。杏子は細かいことに拘らない性質の上、ご飯が一番大事だし、八千代にとっては杏子の敵を倒すことだけが重要なのだ。
「ね、ねえ、種島さん、こいつら何なの!?」
伊波がおろおろと周囲を見渡す。伊波は前の二人のようにはいかなかったようだ。
「かたなし君を助けるためだよ。伊波ちゃん頑張って!」
「む、無理だよ。こんなのと戦うなんて……」
佐藤は伊波からなるべく距離を取り、メガホンを口に当て、決定的な一言を放った。
「伊波、あいつら、全部男だぞ」
「いやあああああああああああああ!」
伊波の拳がまるでブルドーザーのように傀儡兵を粉砕していく。
伊波の横では酒瓶を抱えた女が泥酔状態で戦っていた。小鳥遊梢だ。
「また振られたー!」
梢は泣き喚きながら、繰り出される武器を千鳥足でかわしながら近づいていく。梢は傀儡兵をつかむと、頭を、腕を捻じ切っていく。合気道講師らしいが、酔拳使いにしか見えない。
「こうなったら、とことん暴れてやるー! 後、宗太にお酒いっぱい買ってもらうー!」
松本と一緒に、店にいた腕の立つ連中を集めてきたのだが、思った以上の大活躍だった。できれば、恭也と美由希も連れて来たかったのだが、残念ながらまだ店に来ていなかった。
「もう少し時間があれば、陽平と美月も呼んだんだがな」
杏子が軽く舌打ちする。杏子の舎弟たちの名前だ。通路にいた傀儡兵たちはすべて残骸に変わっていた。
「じゃあ、後は任せた」
いつでも連絡が取れるよう通信機を杏子に渡す。ここから先、佐藤とぽぷらは別行動だ。
奥から、新たな傀儡兵の軍団がやってくる。
「よし、お前ら、行くぞ!」
明日のご飯の為、杏子は釘バットを振りかざして敵に挑んで行った。
チーム・ワグナリアの破竹の快進撃を、ブリッジでリンディが呆れたように眺めていた。傀儡兵の掃討は、彼らとクロノたちに任せていいようだ。
「なのはさん、出撃の準備をして」
- 45 :
- 「はい」
リンディに言われ、なのはとユーノが転送装置へと向かう。
情けない話だが、現在のアースラの戦力でプレシア捕縛の可能性があるのは、なのはたちくらいだろう。もしもの場合は、リンディがバックアップするつもりでいる。
「待って。私も行く」
フェイトがブリッジに入ってくる。放心状態で医務室に運ばれたはずだが、瞳の奥に強い意志が戻ってきている。
「フェイト、いいのかい?」
アルフが心配そうに尋ねる。フェイトが行けば、プレシアと対峙することは避けられないだろう。アルフはこれ以上、フェイトに辛い思いをして欲しくなかった。
「うん。宗太さんを……みんなを助けたい。なのはたちの……友達の力になりたい。それに、母さんともう一度会わないといけないから」
この世界で出会った人たちの顔を一人一人思い出す。変わった人が多かったが、誰もがフェイトに優しくしてくれた。このまま次元震が起これば、小鳥遊家やワグナリアのみんなまで死んでしまう。そんな結末は絶対に嫌だった。
「上手くできるかわからないけど」
フェイトがバルディッシュに魔力を注ぎ込むと、破損していた個所が修復されていく。
「フェイトが行くなら、もちろんあたしも行くよ。あの男には色々借りもあるしね」
アルフが指をパキパキと鳴らす。
「行こう、みんな」
バリアジャケットを装着し、フェイトはなのはたちを振り返る。
「よーし! 伊波ちゃん以来の共同戦線だね」
ぽぷらが張り切ってポーズを決める。
「ポプランポプランランラララン、魔法少女ぽぷら参上!」
「魔法少女リリカルなのは見参!」
「……フェ、フェイト・テスタロッサです」
ノリノリでポーズを決める二人の横で、フェイトがぺこりとお辞儀をする。
「フェイト。付き合わなくていいよ」
「えっと、そうしなきゃいけないのかと思って」
頭痛を堪えるアルフに、フェイトは照れながら弁解する。
佐藤が全員を見回して宣言した。
「さあ、選ばれし三人の魔法少女たちよ。今こそ魔王を倒し世界を救うのだ!」
「佐藤さん、ちょっと違うよ!?」
ぽぷらがつっこむ。むしろ魔王の救出が目的のはずだが。
「とりあえず出発しましょうか」
間抜けなやり取りに脱力しながら、ユーノが時の庭園へと転送魔法を発動させた。
時の庭園で激戦が繰り広げられている中、もう一つの戦場が地上にあった。
「8卓、カレーとチキンドリア、お子様ランチです!」
切羽唾待った様子で美由希が相馬に告げる。
「高町君、次は肉とキャベツ切って。千切りね!」
相馬が二つの鍋を火にかけながら叫ぶ。
「なずなちゃん、ラーメン、2卓へ」
「山田さん、パフェ三つお願いしますね!」
料理を運ぶ途中で、なずなが山田に言う。
「山田は、山田は混乱しています!」
山田が生クリームとアイスの箱を持ちながら右往左往する。
主なメンバーが不在の今日に限って、ワグナリアは満席だった。しかも注文も時間がかかるものばかりだ。
恭也はまだ一人で料理が作れるほど習熟しておらず、相馬は丁寧な仕事をするので、調理はあまり速くない。手際のいい佐藤の不在が特に痛かった。
「相馬さん、他のスタッフの電話番号知らないんですか?」
「もちろん知ってるけど、俺の権限で呼べるわけないよ!」
「相馬さんの役立たず!」
山田は半泣きで喚く。泣きたいのは相馬も同じだった。
「とにかく、もう少しだけ辛抱して!」
「まずいよ、お客さん、だいぶ怒ってるよ」
美由希が客席を眺めながら言った。長時間待たされて爆発寸前のお客さんがちらほら見受けられる。美由希となずなの二人でどうにか抑えてきたが、これ以上は難しい。
クレームが来た場合、店長かチーフが応対するのが常だが、今は誰もいない。ばれたら、店の存続に関わるかもしれない。
- 46 :
- その時、従業員入口を通って、一人の男性が入ってきた。山田の顔が歓喜に輝く。
「音尾さん!」
「よかった、間に合った!」
「ちょうど近くを旅していてよかったよ。相馬君、苦労をかけたね」
ネクタイを締めて髪をオールバックにした穏やかな風貌の男性だった。この店のマネージャー、音尾兵悟だ。佐藤が杏子たちを連れて行った時に、念のため相馬が連絡しておいたのが功を奏したようだ。
「とりあえず呼べるだけの人員を集めてきたから」
どやどやと制服に着替えたスタッフが入ってくる。旅行や遊びから帰ってきたばかりのパートのおばさんと他のバイトたちだ。
「でも、お客さんが……」
「僕に任せて」
音尾は客席へと歩いて行き、一人一人に料理が遅れていることを謝罪していく。中には食ってかかる客もいたが、音尾の穏やかさと誠実さに、店内の雰囲気が徐々に落ち着いていく。
「すごい」
恭也と美由希が感嘆する。店をほったらかしにする無責任な男と思い込んでいたが、仕事はかなりできるようだ。
「どうです。山田のお父さん(予定)はすごいでしょう!」
山田が鼻息も荒く威張り散らす。予定とはどういう意味か問い詰めたい気もしたが、もはや恭也には気力が残っていなかった。
仕事が一段落し、キッチンもフロアも落ち着きを取り戻していく。
相馬たちは仕事をパートの人たちに任せ、休憩に取ることにした。山田は休憩室に入るなり机に突っ伏して眠ってしまう。よほど疲れたのだろう。
「山田さん、仮眠取るなら屋根裏に行った方がいいよ。山田さん?」
相馬が揺するが、山田はすでに夢の世界へと旅立っていた。
そこに音尾がやってくる。
「相馬君、本当に大変だったね」
「はい。それで店長のことなんですが……」
「言わなくていいよ。白藤さんのことは信じてるから。どうしても店を空けなければならない理由があったんでしょ?」
音尾が仏のような笑顔を浮かべる。あまりの眩しさに相馬は少しめまいを感じていた。
十個のジュエルシードが膨大なエネルギーを放っている。中心には、小鳥遊がはりつけにされていた。
「もう少しよ。待っていて、アリシア」
アリシアの入ったポッドに愛おしげになでながら、プレシアは小鳥遊に目をやる。
暴走させたエネルギーを小鳥遊に注ぎ込み結集させて撃ち出す。これで次元に穴を開け、アルハザードへの道を作ることができるはずだ。
エネルギーの充填はもうじき終わる。
プレシアが激しく咳き込んだ。
「こんな時に……」
体から力が抜けていく。いつもの発作の比ではない。足から力が抜け、ポッドに寄りかかるようにずるずると崩れ落ちていく。
「私はまだRない。Rないのよ」
しかし、咳は止まらず、大量に喀血する。プレシアはジュエルシードに手を伸ばし、そこで意識を失った。
通路を埋め尽くす傀儡兵たちをユーノとアルフのバインドが拘束する。
「必殺ぽぷらビーム!」
「ディバインバスター!」
二条の光線が傀儡兵たちを消し飛ばす。
「なのは、大丈夫?」
片膝をついたなのはを、ユーノが気遣う。連戦に次ぐ連戦に、なのはの疲労は極限に達しようとしていた。
「こっちは一目瞭然だな」
と、佐藤。
ぽぷらの身長は普段の三分の一になっていた。行使できる魔法も後わずかだ。
- 47 :
- クロノが率いる局員たちは暴走している駆動露の鎮圧へ、チーム・ワグナリアは傀儡兵との戦闘を続けている。
『敵、増援!』
エイミィの切羽詰まった声、
通路に新たな一団が押し寄せてくる。
「どれだけいるんだ」
佐藤が舌打ちする。
「なのは、みんな、伏せて。サンダースマッシャー!」
巨大な稲妻が、なのはたちの頭上を通り過ぎ傀儡兵をなぎ倒す。
プレシアの待つ中枢部は目と鼻の先だ。壁をぶち破り、なのはたちがプレシアの部屋へと突入する。
プレシアがポッドに寄り掛かるように倒れていた。
「母さん!」
駆け寄ったフェイトが抱き起こすと、プレシアは浅い呼吸を繰り返していた。まだかろうじて息がある。
『次元エネルギー、さらに増大!』
エイミィが悲鳴を上げる。リンディまで出撃し次元エネルギーを抑えているが、もういつ次元震が発生してもおかしくない。
プレシアの制御を失い、小鳥遊を取り囲む十個のジュエルシードが暴走する。
「フェイトちゃん、封印を!」
「わかった!」
なのはとフェイトが近づこうとすると、発生したエネルギー障壁にはね返される。
「なら、大威力魔法で」
なのはがカノンモードを、フェイトがグレイヴフォームを起動させる。
しかし、
『Empty』
二つのデバイスが無情に告げる。ここに辿り着くまでに二人とも魔力を使い切っていた。アルフとユーノも似たり寄ったりの状況だ。
「それなら、スターライトブレイカーを」
大気中に残存する魔力を集めるスターライトブレイカーならば、チャージに時間さえかければまだ撃てる。
「駄目だ、なのは」
ユーノがレイジングハートを押さえる。
「でも」
「これ以上、負担の大きいあの技を使っちゃ駄目だ。残念だけど、スターライトブレイカーでもあの障壁は破れないよ」
「そんな」
なのはががっくりと膝をつく。
ぽぷらも佐藤と同サイズまで縮んでいる。大威力魔法を使えば、存在が消滅しかねない。
「諦めるのはまだ早い。大丈夫、僕たちにはまだ最後の希望が残っている」
ユーノがぽぷらを振り返る。
「そうか」
佐藤がユーノの言わんとするところを理解する。ぽぷらが何を代償に魔法を使っていたのか。
「身長だ」
「佐藤さん、了解だよ!」
ぽぷらが木の枝を構える。佐藤がぽぷらの手に手を添える。そして、なのはが、フェイトが、ユーノが、アルフがぽぷらたちの背に手を置いた。
「みんなの身長を私に分けて!」
全員の身長を魔力に変換し、これまでとはケタ違いの膨大な魔力が木の枝に集中する。
「超必殺、ぽぷらブレイカー!」
時の庭園を揺るがすような巨大な光線がジュエルシードへと迫る。しかし、ジュエルシードの障壁を打ち破るには至らない。
「撃ち続けろ!」
全員が凄まじい勢いで縮んでいき、とうとう親指サイズになってしまう。
「とーどーけー!」
ぽぷらが叫ぶ。
その時、エネルギー障壁がわずかに出力を弱めた。ぽぷらブレイカーが障壁を粉砕する。
なのはとフェイトがデバイスを突き出す。
「リリカルマジカル」
- 48 :
- 「ジュエルシード」
「「封印!」」
時の庭園が静寂に包まれる。
『……次元エネルギー反応消失。作戦成功です!』
静寂を破るように、アースラからエイミィの声と、喝采の声が届く。
なのはたちはへなへなとその場にへたり込む。もはや立ち上がる気力も残っていなかった。
ふらつくぽぷらを、佐藤が抱きとめた。
「佐藤さん」
「なんだ?」
ぽぷらは佐藤に寄りかかったまま話しかける。
「私ね、ジュエルシードに感謝してるんだ」
「変わった奴だな。これだけ面倒事に巻き込まれたのにか?」
「うん。だってジュエルシードは私の願いを二つも叶えてくれたから」
「二つ?」
おっきくなる以外のぽぷらの願いなど、佐藤には見当もつかなかった。しかもジュエルシードはそれすら叶えていない。
「佐藤さん、私のこと、名前で呼んでくれたでしょ。それから、ほら」
今の状態で、ぽぷらが背伸びすると、佐藤の顔の高さと大体同じになる。ぽぷらは照れたように笑う。
「佐藤さんとつりあう背になること。これが私の願い」
思い切って気持ちを伝えると、佐藤が顔を背けた。
(やっぱり駄目か)
ぽぷらは寂しげに目を伏せる。こうなることはわかっていた。ならば、せめてもう少しこのままでいたかった。
「……今度」
佐藤がぽつりと言った。
「…………休みが重なったら、遊園地でも行くか」
激しい懊悩を隠すように、佐藤は手で顔を押さえていた。指の隙間から真っ赤になった顔が覗いている。
「お子様とのデートは遊園地が相場だからな」
「私、子供じゃない……!?」
反射的に叫び返そうとし、佐藤の言葉の意味に気がつく。佐藤につられて、ぽぷらの顔まで赤く染まる。
「さ……」
「何も言うな」
佐藤がつっけんどんに言う。照れ隠しだろう。
「……三つ目の願いまで叶っちゃった」
ぽぷらは心から幸せそうに笑った。
アルフが盛大に咳払いをする。
「いちゃつくのはいいけどね、ここにはお子様がたくさんいるってことを忘れないで欲しいね」
周囲を見渡すと、みんなが赤い顔でこちらを注視していた。
『ごめーん。通信回線も開いたままなんだ』
エイミィが申し訳なさそうに、だが、楽しそうに言った。画面の向こうから局員たちの冷やかす声が聞こえてくる。
「もおおおおおおお! 佐藤さん、時と場所を考えてよ!」
「最初に行ったのはお前だろうが。お前のせいだ」
「二人とも……」
なだめようとするフェイトを、なのはが止める。
「いいの、いいの。これがいつもの二人なんだから」
なのはは心の中でぽぷらたちを祝福する。
時の庭園に、二人の言い合う声がいつまでも響き渡っていた。
- 49 :
- 以上で投下終了です。
原作は佐藤と八千代っぽいので、好きな組み合わせのほうで書かせてもらいました。
次回最終話の予定ですが、苦戦しているので少し遅れるかもしれません。
それではまた。
- 50 :
- >>49
投下乙です
一時頃に羽生蛇村調査報告書
ユーノ・スクライア 山中/ワゴン車内 初日/3時51分24秒
を投下したいと思います
- 51 :
- 時間になりましたので投下しますが、その前に注意書きを
※注意
このSSには鬱要素が含まれており、今後登場キャラクター達が酷い目に遭う展開も有り得ます。
そのことを踏まえて、よろしくお願いします。
では投下します
- 52 :
- ユーノ・スクライア
山中/ワゴン車内
初日/3時51分24秒
完全な闇の中、遠くから微かな風の音が近付いてきた。
その音が大きくなるにつれ、ユーノ・スクライアの意識も徐々に現実へと引き上げられていく。
「うぅ……っ」
強打したのか、酷く痛む頭を動かして、ユーノは意識を取り戻した。
重いまぶたを開けると、辺りは真っ暗闇に包まれており、何も見えない。
「ここは……」
そこで自分が、レンタルしたワゴン車の運転席に座っていたことを思い出した。
それすらも一瞬忘れてしまうぐらいに、頭を強く打ったのだろうか。少し不安になりながら、気絶する前の記憶を手繰り寄せる。
(えっと……山道で車を止めていたら、確か地震があって、サイレンが鳴って………)
そこで気絶したのだろう、そこから先の記憶は無い。
車の中にいたにも関わらず凄まじい音圧を感じさせたサイレン。あの音響が今も耳の中に残っているかのようだ。
(あのサイレンは、一体……)
地震を見計らったかのように鳴り響いたサイレンは、機械音というよりまるで獣の咆哮だった。
なにか自分の想像を超えた事が知らぬうちに起きているような気がする。嫌な予感がした。
(とにかく、暗くて何も見えないな……明かりを点けないと)
そう思い、その場しのぎに魔力光で辺りを照らそうと魔力を手のひらに集中する。
しかし、いつもはすぐに輝くはずのエメラルドグリーンの光は、一向に光らない。
「……あ、あれ?」
それどころか魔力が集中する感覚すら無い。体内の魔力回路が機能していないかのような感覚だ。
焦りながら、他の様々な魔法も試しに行使してみた。
治癒魔法、シールド、思念通話……どれもこれも無駄に終わった。
「嘘だろ………?」
ユーノは愕然とした。どうしてこんなにも突然に、魔法が使えなくなったのだろうか。
AMF?いや、AMFならもっと違う、魔力を妨害されている気分の悪さが全身で感じられるはずだ。これは魔法というもの自体を取り上げられたかのようだ。
- 53 :
- ユーノは自分が魔法の使えないただの人間にされたような気分になり、途端に心細さと不安が一挙に押し寄せてきた。
しかし魔法が使えない以上、どうにもならないことに変わりは無い。
(……なにかライトがあれば)
こういう時こそ文明の利器が活躍しなければならないが、エンジンは掛かってないから車内の電灯は点いていない。
キーを回してエンジンを掛けようとも思ったが、この暗闇の中で仮に車からガソリンが漏れていたとしたら、キーを回したところで車が爆発する可能性がある。
下手を打ってここで爆死など笑える話ではない。
(車内ライトは駄目か……そういえば懐中電灯があったな)
そう思い当たり、身体をシートから持ち上げようとして、何かに引っ掛かった。
シートベルトだ。
勢い余った身体に食い込み、空気が無理やりに肺から押し出された。
ユーノは何回か咳き込むと、溜め息を吐きながら暗闇の中、身体に食い込むシートベルトを手探りで辿り、シート脇にあるベルトの接続部を外す。
シートベルトから解放され、ユーノは手探りのまま運転席をまさぐった。
(どこだっけ……)
ハンドル、ラジオ、レバーと探り、ダッシュボードに行き着いた。
取り敢えず開けて中に手を入れると、金属質で円筒形の物体に触れた。
(あったあった)
引っ張り出して、側面に付いているスイッチを入れる。明かりが点き、ユーノの身辺の状況が明らかになった。
「うわっ」
まずユーノは、フロントガラスから外の風景を遮っている前方に倒れた巨大な倒木に驚いた。
背後を照らすと、上から何か力が掛かったようで車内も僅かにひしゃげている。ユーノのいる運転席側の窓は土砂で埋まっていた。
外が見える助手席に身体をずらし、窓ガラス越しに懐中電灯を外へ照らした。
「これは……ひどいな」
周りには大量の倒木と土砂。車体はどうやら山肌にあるらしく、よく見れば車は若干傾いている。
- 54 :
- 「土砂崩れかな?」
思い出せば気絶する前は吹き付けるような雨が降り続けていた。土砂崩れはその雨によって地盤が緩んだ上に地震があったから起きたのかもしれない。
なんにせよ気絶しただけで車にも閉じ込められずに済んだのだから幸運だと思う。土砂に呑み込まれでもしていたら確実に死んでいただろう。
(……六課の子達はどうしたのかな)
レリックを巡り、ガジェットと戦闘機人相手に戦いを繰り広げていた機動六課の隊員達に思いを馳せた。
雨が止んでいる今、こんなにも静かだということは戦闘は既に終わっているか、あるいは途中で強制的に終わらせられたのだろう。
魔法が封じられている今、彼女達もまだこの村の中に残されている可能性は十分にあり得る。
(無事ならいいんだけど……。僕も早くここから出ないと)
魔法が使えないことに伴って通信も使えないので助けも呼べない。とりあえずは無傷だし、移動等には全く問題が無いので、外に出よう。
そう思い立ち、助手席側のドアに手を掛けた。しかし歪んでいるのか、なかなかドアは開こうとしない。
「仕方ないなぁ……」
そう言うと、ユーノは一息入れて、思い切りドアを蹴り上げた。鍵が壊れたような大きな音をたてて歪んだドアは開いた。
ライトを片手に、後部座席から手荷物のリュックサックを持ち出し、外に出る。
車から出た途端に若干の湿気を含んだ、夜に冷やされた空気がユーノを包み込んだ。
気絶する前に降っていた雨によって、辺りの土や樹木、木の葉は湿っている。
辺りはイヤに静かだ。木々が微かに揺らぐ程度に穏やかな風が吹いている。そして夏場の山奥であるにも関わらず、動物や昆虫の鳴き声が一切しなかった。
こういった場所は夜は夜で昆虫達がうるさいぐらい鳴き続けているものなのだが、まるでユーノ以外の生命が死滅したかのように、森の中は不気味に静まり返っている。
不思議に思いながら、ユーノは辺りを見渡すと、ふと、静寂の中で何かが聞こえてきた。
どこか遠くから微かに聞こえる。
(……ん?なんの音だ?)
目を閉じ、耳を澄ました。
- 55 :
- よく聞くとそれは、さーっ、という波のような音だった。不規則な間隔で絶え間なく聞こえてくる。
(波音?まさかね……)
ユーノは笑いたくなった。こんな山々が入り組んだ内陸部で波の音などする筈がない。だが木々による枝葉の擦れる音とも違うようだ。
音がするからにはその発信源があるだろう。ユーノはそれを確かめたくなった。
音はどうやら、山の上の方から出ているようだ。
(ここの山はそう高くないし……ちょっと行ってみようかな)
その上山頂も近いので、とりあえず上を目指して登り始めた。
折り重なっている大量の倒木をまたいではくぐり、その合間をぬって、割となだらかな山肌を登る。
元々ワゴンを止めていた道らしきものも見当たらない。土砂に飲み込まれて消えてしまったようだ。
倒木達を頼りに、暗く先の見えない山肌をライトで照らしながら登っていく。登るに連れ、波音のような音が大きくなっていく。
十分程経ち、不意にぱったりと木が生えていない空間が、山肌を埋める木々の向こうに見えた。その向こうから波音が聞こえてくる。
(……?)
おかしい、ここは林業が盛んな村でも無く、周りの山々も木が切り倒されているようなことはない。にも関わらず、木々の向こうには妙に開けている空間が広がっているようだ。
不審に思いながらも、そこを目指して再び登り始める。そして開けた空間にまで達して、ユーノは足を止めた。
と言うより、止めざるを得なかった。
「な、なんだよこれ………」
ユーノは、自分の目の前に広がる光景を信じられなかった。
日本の内陸部は山々が連なっており、羽生蛇村は都会から離れ、その中にひっそりと存在する村だ。故に周りには山しか無いはずだ。
しかし今目の前に、日本独特のなだらかな山脈は見る影もなかった。ただただ広大な夜闇が広がっている。
そして眼下に広がっているのは、真紅の海。
- 56 :
-
暗黒の中、血のような海が不規則に波を立てている様子が辛うじて見えた。そこから波音が、とめどなく聞こえてくる。
更にユーノが立っている場所は、切り立つ崖だ。
昼に通った時はちゃんとした山だったのに、今はまるで、山自体が中途半端なところでごっそりと削り取られたかのようになっている。
(ち、地殻変動?いやこれぐらいのレベルの地殻変動があったとして、あの程度の土砂崩れで済むはずがない。
そもそもこの赤い海は一体………?)
目の前の赤い海は、ユーノがいた『地球』の『日本』とは明らかに別の世界であることを物語っている。
(レリック?いやまさか……あれには破壊する事はあっても物体をどこかに飛ばすような事例は無かったし、
そもそも、山一つレベルの物質量を次元を飛び越えて転移させるだなんて、聞いたことも無い。
となると、やっぱりこの村にあった伝承が関わっているとしか……)
ユーノは日頃、時空管理局本局の無限書庫の秘書長を勤めている。次から次へと来る仕事で多忙な毎日を過ごし、ユーノは長らく休みを取っていなかった。
そのユーノがなぜ羽生蛇村にいるのかと言うと、日々労働に労働を重ねるユーノを心配した同僚や仲間達が半ば強引にユーノに休みを取らせたからだ。
突然与えられた休日に、ユーノはかつて世話になった管理外世界の地球に来ていた。
前から何度か文献で目に入れていた、怪奇現象や都市伝説などの噂が絶えないという羽生蛇村の存在に、スクライア一族としての血が騒いだのか、ユーノは強い興味を持っていた。
そして地球に来て、かつて世話になった高町家に挨拶に行った後、ワゴン車をレンタルして羽生蛇村に向かった。
交通の便もあり、羽生蛇村に入ったのは深夜。暫くして同僚から、レリックの反応を三隅郡近辺で探知したという通信が入った。
念のためと思い、ワゴン車の中で待機していたところ、深夜十二時になると共にサイレンと地震に襲われたのだ。
- 57 :
-
因みに機動六課の面々はユーノがここにいることは知らない。
しかし少なくともライトニングの面々も現世から消失しているとしたら、ユーノが巻き込まれたことも六課に間もなく知らされるのだろう。
(まさかこんな事がなのはの故郷の世界で本当に起きるなんて……。
それに羽生蛇村に伝わる海帰り、海送りの慣習。もしその海がこの赤い海を差すなら、あのサイレンは……)
「……とにかく山を降りて、村に行ってみるしかないか」
ここで考えていても仕方がない。
ユーノは不自然に削られたような崖を懐中電灯で照らして回り、そして踵を返して再び山を降り始めた。
多くの謎が隠されているであろう、まだ見ぬ羽生蛇村に向かって。
- 58 :
- 短いですが、以上で投下終了とします。
ではまた。
- 59 :
- 一時頃に羽生蛇村調査報告書
ルーテシア・アルピーノ 田堀/切通 初日/4時56分28秒
を投下したいと思います
- 60 :
- ※注意
このSSには鬱要素が含まれており、今後登場キャラクター達が酷い目に遭う展開も有り得ます。
そのことを踏まえて、よろしくお願いします。
では投下します
ルーテシア・アルピーノ
田堀/切通
初日/4時56分28秒
明け方の空。
真っ黒に塗りつぶされたような空は、やがて昇るであろう太陽の影響で、今は真っ青に染まっている。
昨晩降っていた雨の名残で空気は湿っており、雨上がりの土の匂いが辺りに立ちこめている。
そして森の中は靄がかかっていた。
気絶から目覚めたルーテシア・アルピーノは森の中に切り開かれた道を、一人で淡々と歩き続けていた。
いつも傍らにいる召還獣達は、いない。
当たり前だ、召還魔法がまるで使えないのだから。
他にもドクター……ジェイル・スカリエッティやナンバーズ、ゼストやアギトとの通信が出来ないことも、召還はもちろん他の魔法の一切が使えなくなっていることも、既に知っている。
だがルーテシアは、それに対して多少は心細く思おうとも、決して不安とは思わなかった。
心を閉ざした少女は無表情を携えて、仲間の元にたどり着けるよう木々の間に開かれた道を、ただ黙々とさまよい続けるだけ。
「……っ」
不意に頭に鋭い痛みが走った。
眉間に少し皺を入れながらゆっくり目を閉じると、瞼の裏にビジョンが浮かぶ。
―――げ らげ ら げらげ らげ ら
誰かが森の中で、鎌を持ってけたたましく笑っている。ルーテシアはそれが誰なのか、どういう者なのかも既に知っていた。
目から血を流し、生気を失った人の形をしている化け物達。ここ周辺は、あの化け物達しかいない。
彼等に出会う度に隠れてやり過ごしてきた。そうしないと、襲われて殺されてしまうだろうから。
現在、一切の魔法を封じ込まれた自分はただの少女であり、あの化け物達には到底太刀打ちできない。
目が覚めてから何故か授けられていた他人の視界を盗み見る能力を使って、やり過ごすしかないのだ。
- 61 :
- 彼等は、おそらくこの辺りに住んでいる現地人だろう。
なぜああなってしまったのか、そして何故、自分に特殊な能力が授けられたのかルーテシアには検討も付かないが、同時に大した興味も無かった。
ついて出るのは、彼等のようにはなりたくない、という単純な感想。
ルーテシアにとって興味があるのは目的のレリックを集めること。
それと、強いて言えばアギトとゼストの安否が気になっていた。
(アギト、ゼスト……無事かな)
作戦のため、ナンバーズと共にこの村に出向いていた三人は各々で散らばり、それぞれの場所で待機していた。
そこを、突如として大爆音のサイレンが襲った。
ルーテシアが気付いたのは今からおよそ一時間程前で、それまでにどれほどの時間が経過したのかは知る由も無い。
「………………」
ビジョンで見た化け物の視界を見る限り、化け物がいる位置はまだ遠いらしく、念のため警戒心を強めながら歩みを進める。
その時、ルーテシアの横、森の中から、がさがさと葉が擦れる音が聞こえた。
「!?」
驚き、咄嗟に後ずさって距離を取った直後、誰かが道に飛び出してきた。
それと同時に若い女性の声がルーテシアの耳に届く。
「あっ!!びっくりした……」
そう言って現れたのは質素な服装の、現地人らしき若い女性。驚いた表情で息を荒げながらルーテシアを見ている。
二つ結びにしてある茶色がかった髪の毛と、衣服のあちこちには木の葉がくっついていた。
顔の血色はいいし、血の涙も流していない。見る限りはどうやら普通の、正常な人間のようだ。
「外国の、子供?なんでこんなところに……?」
ルーテシアを見た女性はいたく驚いたようだ。
それもそうだ、外国の子供が黒色を基調とした奇妙な衣装を着て、こんな辺境の地にいるだなんて誰も予想できない。
ルーテシアはどこか頼りなさげな女性の顔を見据えた。
- 62 :
- 「……ここはどこ?」
見据えて、女性にルーテシアは間髪入れず質問をすると、女性は更に驚いた表情をして「日本語、しゃべれるんだ」と呟く。ルーテシアの質問は無視された。
「……それで、ここはどこなの?」
出掛かった溜め息を呑み込んで、質問を再度、繰り返す。気付いた女性は申し訳無さそうに、だが少し急いでいる様子で口早に答えた。
「あ、ごめんね。ここは××県の羽生蛇村っていうところだよ。
……それよりここ、なんていうか危ない人がたくさんいるみたいだから逃げよう?ね?」
「え?あ……」
すると女性はルーテシアに有無を言わさず、手を掴むと引っ張って走り出した。
木々に囲まれた平たい道を、女性は多少は慣れている様子でぐんぐんと進んでいく。どこへ進んでいるのかは、ルーテシアは知らない。
しかし大声でやめろと言う理由も無かったので、ルーテシアはこの頼りなさげな雰囲気の現地人の女性に、そのまま引っ張られて行った。
――――――――――――――
しばらく走り続け、女性はようやく足を止め、「こ、ここまで来れば、多分、大丈夫」と息も絶え絶えに言った。
ルーテシアも、喉に絡みついてくるようなこの土地独特の湿気が合間って、すっかり息を切らしている。
「ご、ごめんね、R頭に手引っ張っちゃったりして」
「ううん……別に」
余計に申し訳無さそうな語調で謝る女性に対し、ルーテシアは息を整えながら、周りを見回して答えた。
眉一つ動かさないルーテシアの無表情と素っ気ない返事を、怒っていると思ったらしく気まずそうに押し黙った。
「…………………」
沈黙。
ルーテシアがちらりと女性を見やると、眉を下げて、困った表情をしている。
その正直な反応を見るに、決して悪い人間では無いのだろう。
しばらくすると、女性は意を決したように話を切り出してきた。
「……わ、私は理沙、恩田理沙。あなたは?」
どもりながらも女性……理沙は自己紹介をした。
- 63 :
- ここまで直球に名乗られるとルーテシアも答えないわけにはいかず、間を空けてから呟くように答えた。
「……ルーテシア・アルピーノ」
「ルーテシア、ちゃんか……ルーテシアちゃんはどうしてこの村にいるの?」
理由は言えるはずも無いし、言ったところで理解を得るのに時間が掛かりそうだ。
かと言って妥当な言い訳を考えるのも面倒なので、ルーテシアはそのまま黙っていた。
「言いたくないなら、別にいいんだけど……」
理沙は再び居心地悪そうに俯く。
なぜそういう反応をするのか、ルーテシアには理解ができなかった。
相手がそういう人間なのだと納得すれば済む話なのに。
「……でもよかった、まともな人に会えて。
会う人みんな変になっちゃってて襲ってくるし、幻覚みたいなもの見るし……なんなんだろ、これ」
現地人の理沙でも理由知らないということは、やはり管理局側によるものなのか、あるいは別のものが原因なのか……
スカリエッティがルーテシア達には内緒で何かをやったという可能性もある。
相変わらずルーテシアにとって、あまり興味のある話では無かったが。
「……あなたはどうしてこんなところにいるの?」
ルーテシアは軽い気持ちで、理沙に逆に質問を投げかけてみた。
「えっ、私?私はね……この村に双子のお姉ちゃんがいてね、会いに来たらこんなことに巻き込まれちゃった。まだお姉ちゃんとは会えてないんだけどね……」
「そう」
「……そうだ、宮田先生って男の人に会わなかった?お医者さんで、お姉ちゃんの婚約者なんだけど。それと私のお姉ちゃんにも会ってない?」
「ここではあなた以外に誰にも会ってない」
ルーテシアが首を横に振ってそう言うと、理沙はしょんぼりとした顔をした。
続いてルーテシアも、理沙にゼストとアギトについて聞いてみた。
「……貴女は、茶髪で身体が大きい男の人に会わなかった?」
「茶髪で身体の大きい……その人の名前は?」
「……ゼスト。あと赤髪で身体がとっても小さい女の子、名前はアギトって言うんだけど……」
「とっても小さいってどれくらい小さいの?」
ルーテシアが胸と首あたりに手を持ってきて「これくらい」とサイズを表した。
しばし間があって、何故か理沙は少し困惑しながら微笑んだ。
- 64 :
- 「い、いや、さすがに会ってないけど……ゼストっていう人も分からないなぁ」
「そう……」
「その二人はルーテシアちゃんのお友達?それとも家族なの?」
「………両方」
ゼスト、アギト……
スカリエッティの元でレリックを探していた間、ずっと自分を助けてくれてずっと自分と一緒にいてくれた、友達であり仲間であり、家族だ。
しかしこの魔法が封じられている現状で、複合機のアギトがどうなっているのか分かったものではないし、ゼストは余命幾ばくかの壊れかけた身体を抱えている。
(二人とも無事かな……)
考えると多少なりとも心配になり、ルーテシアは微かに表情を曇らせた。
「ねぇ、ルーテシアちゃん」
ふと理沙が思い切ったようにルーテシアに語りかけた。
「その二人を一緒に探しに行かないかな?私もお姉ちゃんと、宮田先生を探しに行かなきゃいけないし……
それに二人でいた方が寂しくないよ」
「どうかな?」と理沙は重ねて聞き、自分を見上げるルーテシアの瞳を見つめた。
「………」
表情一つ変えず、ルーテシアは首を縦に振ることで肯定の意思表示をした。
理由は、身体能力的に弱者にあたるルーテシアにとって、大人の女性であれど誰かと二人でいた方が何かと便利だろうと思われたから。
そして、断る理由が特に無いことも理由の一つだった。
ルーテシアが同意した途端、理沙の表情は、わかりやすく明るくなった。
安心と喜びの表情。何かと顔に出やすい正直な性分なのだろうか。
「じゃあ行こうか。
ゼストさんとアギトさん、それにお姉ちゃんに宮田先生を探しに」
理沙がそう言って、二人はだいぶ明るくなった依然と白い靄が掛かっている森の中を歩き始めた。
空は白んでいる。夜は既に明けていた。
- 65 :
- 以上で投下終了とします
ではまた
- 66 :
- 投下乙です、原作をコンプリートして誰がどうなるか完璧に把握している自分としては、なのはさんとクロスすることでIf展開に
希望を寄せていたりします(竹内先生・志村さんなど。美浜さんは別にどうでもいいですが)、ともあれ、うp主自身が失踪することなく、
今後の展開に期待です、全ての人が、人である為に(一時期SIRENのウィキに載っていたフレーズ)
- 67 :
- ACともクロスしたし誰かボダブレでもクロスSS書いてくれないかな?
ユニオンバトルってむちゃくちゃクロスするには都合のいいモード出たし
俺?俺はちょっとなのは側の構成に不安が・・・
今回のsts全話見とくべきだったなぁ
- 68 :
- 木枯らしスレの方に、ワンピースとのクロス設定を書き込んだ人がいるんだが、あれはこれから書くということか?
- 69 :
- >>67
レンタルビデオ店へレッツゴー
- 70 :
- >>65
投下乙です。
0時より、『リリカルWORKING!!』最終話投下します。
- 71 :
- それでは時間になりましたので、投下開始します。
十一品目
光の眩しさに耐えかねて、プレシアはゆっくりと目を開けた。周囲を見回すと、そこは大きな公園で、プレシアは芝生にしいたビニールシートの上でうたた寝をしていたようだった。
芝生や遊具では、たくさんの家族連れがはしゃいでいる。
「あ、やっと起きた」
目の前には、金色の髪をツインテールにした五才の女の子が立っていた。プレシアの娘アリシアだ。
プレシアは思わず娘を抱きしめていた。
「どうしたの、ママ? 怖い夢でも見たの?」
アリシアが気遣うように、プレシアの頬に左手をそえる。温かく優しい手だった。
プレシアは自分の手を見つめる。まだ若い頃の手だ。悪夢に長い間うなされていた気がするが、内容はどうしても思い出せなかった。
「……そうね。そうみたいね。でも、もう忘れてしまったわ」
「よかった。ママったら、せっかくお休みが取れたのに寝ちゃうんだもん」
「そうだったかしら。ごめんなさいね」
どうも前日の記憶が曖昧だ。仕事で揉めていたところまでは思い出せるのだが、いつ休みが取れたのだろうか。思い出そうとして、プレシアはやめた。今はただ娘と過ごすこの時間に浸っていたい。
むくれるアリシアの頭を撫でると、すぐに機嫌を直したようだった。
「ママ、今日はいっぱい、いーっぱい遊ぼうね」
「ええ、そうね」
アリシアに明るい笑顔を向けられ、プレシアは穏やかに微笑んだ。
テスタロッサ親子から少し離れた木陰のベンチに、小鳥遊とアルフ、なのはが座っていた。
小鳥遊は魔王に変身していた。三人は複雑な面持ちで、アリシアを、正確にはアリシアを演じているフェイトを眺めていた。
「小鳥遊、あんた、あの女に何したんだい?」
アルフが訊いた。あんなに穏やかで優しいプレシアを見たのは初めてだ。あるいは、あれこそがプレシアの本来の姿なのか。
「俺の魔法は、あるゆるものをちっちゃくできます。人の記憶だって例外じゃありません」
プレシアがアリシアを失ってからの記憶を極限まで縮小し、思い出せなくした。それから、プレシアとフェイトの肉体を若返らせ、記憶との誤差を修正した。
「これでよかったのかな?」
小鳥遊は自らに問いかける。
テスタロッサ親子がいるのは嘘と虚構で塗り固められた舞台だ。どんなに幸せでも、そこに本物はない。必死でアリシアの演技を続けるフェイトが道化のようで痛ましい。
「いいんだよ! これがフェイトの願いなんだから」
アルフが小鳥遊の背中を思いっきり叩く。
プレシアの病はすでに手の施しようがなく、残された時間はわずかしかない。例え、愛されていなくても、フェイトは母を愛している。フェイトの最後の親孝行は、アリシアを完璧に演じることだった。
「大丈夫、本物よりいい偽物だって、きっとありますよ」
強く叩かれ過ぎて咳き込んでいる小鳥遊に、なのはは安心させるように言った。
プレシアを前に、フェイトは天真爛漫に振舞う。アリシアの記憶を掘り起こし、できる限りしぐさを再現する。
フェイトの胸中は限りなく複雑だった。騙していることへの罪悪感と、母の為と言いながら、母に優しくされるたびに嬉しく思う自分への後ろめたさ。そして、結局プレシアが愛していたのはアリシア唯一人なのだと言う確認。
覚悟していたつもりだったが、心に苦悩が雪のように降り積もっていく。だが、絶対にそれを表に出すわけにはいかない。
プレシアの記憶は思い出せなくなっているだけで、消えたわけではない。いつでも復活する危険をはらんでいる。
まるで綱渡りをしている道化師の気分だった。たった一つのミスが命取りになる。しかし、どんなに滑稽でも、心が痛くても、フェイトは演技に集中する。母の為にできることなど、他にないのだ。
ひとしきり遊んだ後、プレシアが控えめに欠伸をした。
「ママ、眠いの?」
「やっぱり仕事の疲れが残ってるのかしらね」
「私は遊んでるから、ママはゆっくりしてて」
「ごめんなさいね。今の仕事が終わったら、もっとちゃんと時間が取れるようになるから」
プレシアはビニールシートの上に座り、ふと思い出したように言った。
「……そう言えば、前に妹が欲しいって言ってたわね」
それはかつてアリシアが無邪気に口にしたお願いだった。妹がいれば留守番も寂しくないからと。
- 72 :
- 「妹の名前……フェイトってどうかしら」
衝撃でフェイトの鼓動が跳ね上がる。プレシアは気がつくことなく、フェイトの頬に手を当て言葉を続けた。
「いつか、三人でピクニックに行きましょう。その頃には、きっと今よりもっと幸せになってるから」
汗ばむほどの陽気なのに、プレシアの手は氷のように冷たくなっている。最後の命の灯火が消えようとしていた。
「うん。約束だよ」
果たされることのない約束をする。フェイトはこみあげてくる涙を見られないよう、プレシアに抱きつき顔を押し付けた。
「それじゃあ、少し眠らせてもらうわね」
「お休みなさい、ママ」
プレシアは最後にゆっくりと呟いた。
「お休み…………フェイト」
まぶたが閉じられる。文字通り眠るように、プレシアは静かに息を引き取った。
母の亡骸を前に、フェイトはプレシアの最後の言葉に戸惑っていた。
ただ名前を言い間違えただけか、あるいは、どこかで記憶を取り戻していたのか。プレシアが死んだ今となっては、真実は闇の中だ。
「母さん」
もしかしたら最後の最後に、プレシアはアリシアの代わりではなく、フェイトを娘として認めてくれたのかもしれない。
幸せな夢を見ていて欲しかった。それだけなのに、幸せな夢を届けてもらったのは、フェイトの方だった。
「母さん……母さん!」
フェイトは繰り返し繰り返し呼びかけながら、プレシアにすがりつき涙を流していた。
時の庭園の決戦から数日が経った。
ジュエルシードはアースラが厳重に保管している。フェイトとアルフは犯罪に加担したとして拘留中だ。
アースラの艦長室でリンディは唸っていた。昨晩は徹夜で報告書を作成していたのだが、どうにも進みが悪い。
「書けないことが多すぎるのよね」
ぽぷら、小鳥遊、松本の三名をどう報告するかが悩みどころだった。
非魔力保持者が魔法使いになれるだけでも研究の価値が充分なのに、誰も彼も能力が特異すぎる。
ぽぷらは身長を魔力に変換できる。当人だけなら自然回復できない不便な力なのだが、他人の身長も変換可能というのが問題だ。
町で使えば、無力な一般市民が大威力砲撃の弾に早変わりだ。しかも時の庭園では、複数の身長を同時変換して出力を限りなく増大させた。もし百人単位のエネルギーを束ねられるなら、一発で敵軍を殲滅できるかもしれない。
次に小鳥遊。小鳥遊の攻撃を受けたクロノは完全に三歳児の肉体に若返っていた。もし縮小魔法をかけ続ければ、人類の悲願、永遠の命が手に入るかもしれない。
最後に松本だが、歩く虚数空間と言っても差し支えない能力だ。領域内で使えるのは機械と己の肉体のみ。似たような研究がないわけではないが、松本の力を解析できれば、技術は飛躍的に進歩するだろう。
時空管理局の過激な一派が知れば、適当な理由をつけて三人をミッドチルダに連行しかねない。そして、それは後の世の火種になるだろう。
報告書は慎重に慎重を重ねて書かねばならない。
『どうもー』
リンディの隣に通信画面が開き、相馬が映し出される。
『おかげでみんな無事帰ってくることができました。ありがとうございます』
「こちらこそ、だいぶ迷惑をかけてしまったわね」
『いえいえ。俺も少し事態を甘く考えてましたからね。こんなことなら、最初の通信で、もっとちゃんと伝えておくべきでした』
「いまさら言っても仕方ないことよ」
『そう言ってもらえると、こちらも助かります。ところで、報告書の作成に手間取っているそうですね』
「相変わらず耳が早いわね」
リンディは苦笑する。
『お礼と言ってはなんですが、少しお手伝いします。まずいところは適当に省いて書いちゃってください。上は何も言ってきませんから』
「……また“脅迫”したのね」
『やだなぁ。“説得”って言って下さいよ』
相馬は時空管理局上層部の弱みまで握っているようだ。
現在、元のサイズに戻ったクロノはフェイトの罪を少しでも軽減できるよう、関係各所を駆けずり回っている。母親の指示に従っていただけだから、無罪は無理でも、執行猶予は取れるだろう。
- 73 :
- その際、やけに交渉がすんなりいくと首を傾げていたが、おそらくそちらにも相馬が手を回しているのだろう。
「相馬君。あなたは一体時空管理局の何を知ってるの?」
リンディの瞳に鋭い光が宿る。時空管理局の仕事にリンディは誇りを持っている。たくさんの人を助けられる貴い仕事だ。
しかし、組織は大きくなるにつれて、それに比例した闇を抱えることになる。
もし相馬が時空管理局の闇を知っているなら、教えて欲しかった。危険だろうし、何もできないかもしれない。それでも罪を正す機会を逃したくはなかった。
『買いかぶらないでください。俺は何も知りませんよ。俺が知ってる秘密なんてこの程度です』
相馬は一枚の写真を取りだした。
写っていたのは、白髪の男が娘ほど年の離れた女と、いかがわしい店に入って行くところだった。時空管理局でもかなり上に位置する男で、無論妻子持ちである。
他にも何枚か見せてもらったが、子供の頃のおねしょの写真やら、若い頃のはっちゃけ過ぎた写真などだった。
どれもこれも当人としては墓の下まで持って行きたい秘密だろう。あまりにつまらない秘密にリンディは堪え切れずに吹き出した。
『どんなに巨大で立派な組織だって、動かしている歯車は矮小で愛すべき人間たちですよ』
「そうね、そうだったわね」
少し考え過ぎていたようだ。リンディは笑い過ぎて滲んだ涙を指で拭う。
「ねえ、相馬君その写真何枚か、もらえないかしら?」
色々と利用価値がありそうだ。
『わかりました。おまけでテスタロッサさんの裁判の担当者決まったら教えてください。早く終わるように“説得”しますから』
「ええ、“説得”よろしくね」
相馬とリンディは笑顔で通信を終えた。
ワグナリアは本来のスタッフが戻ってきたので、高町兄妹が手伝う必要はなくなった。残されたわずかな滞在日を、高町兄妹は北海道旅行に使っている。今日は近くにある温泉に遊びに行っているはずだ。
杏子たちチーム・ワグナリアの記憶は小鳥遊によって縮小され、思い出す様子もない。完全にいつもの日常に戻ったかのようだった。ごく一部を除いては。
「佐藤、カレー作ってくれ。大盛りでな」
「なんで、あんたは忘れてないんだよ」
杏子の為に料理を作りながら、佐藤がぼやく。時の庭園での戦いはきれいさっぱり忘れているくせに、杏子は佐藤との約束だけはしっかりと覚えていた。
おかげで客がいてもいなくても、佐藤はひっきりなしに料理を作る羽目になっていた。これが一カ月も続くのかと思うとげんなりする。
約束を反故にするつもりはなかったが、小鳥遊が記憶を縮小したと教えられ、てっきり頻度が減るだろうと思っていたが甘かったようだ。
「ごめんなさーい!」
フロアから恒例の伊波の悲鳴と小鳥遊を殴り倒す音が響く。
「……伊波さん。俺はもう駄目です」
小鳥遊は力なく地面に横たわったまま、起き上がる気配がない。
「小鳥遊君、しっかりして!」
「こんな癒しのない世界なら……いっそこのまま死なせてください」
「種島さん、早く来てー!」
急激にワグナリアからちっちゃいものがいなくなり、小鳥遊は抜け殻のようになっていた。変人年増の巣窟でバイトを始めて小鳥遊のミニコンは悪化したが、ちっちゃいものに囲まれていても悪化するようだ。
ちなみに種島が来るまで、まだ三時間ある。
「あっ、佐藤君」
キッチンに八千代がやってくる。店は暇だし、いつもの店長話だろう。
「あのね、杏子さんがね……?」
喋り始めたところで、八千代が不思議そうに首を傾げた。
「どうした?」
「佐藤君、前は私が杏子さんの話をすると複雑そうな顔してたのに、今日はあんまり変わらないのね。何かあった?」
「別に」
八千代の観察眼に内心で舌を巻きながら、佐藤は表情を変えずに答える。
これだけの観察眼があるのに、どうして四年間の片思いに気づかないのか。それから、複雑な顔になると知っていたなら、少しは控えて欲しかった。
再開された店長話を聞き流しながら、佐藤は八千代の顔を眺める。
ぽぷらの気持ちを知らなければ、きっとまだ片思いは続いていただろう。だが、ぽぷらから告白された時、佐藤はどうしても断ることができなかった。ユーノが指摘した通り、ぽぷらを大切に思う気持ちも佐藤の中には確かにあったのだ。
ぽぷらを選んだことに後悔はない。ただ実ることのなかった片思いに、心の中で別れを告げる。八千代とはきっといい友人のままでいられるだろう。
- 74 :
- 話が一段落し、八千代が去っていく。入れ替わりに相馬が近づいてきた。
「いやー。相変わらず轟さんの店長話は長いね」
佐藤が眉を潜める。相馬の笑顔がいつもより輝いている。ろくでもないことを考えている証拠だ。
「ところで、佐藤君。種島さんとはうまくいってる?」
「なっ!?」
佐藤の顔から血の気が引いていく。バイト中にばれるようなへまをした覚えはないのだが。
「まさか佐藤君と種島さんが付き合うことになるなんて、夢にも思わなかったよ」
相馬は感心したようにしきりに頷いていた。いつものことだが、相馬の情報網は本当に油断ならない。
「待て。お前は俺と八千代を応援してたんじゃなかったのか?」
「ううん。俺はヘタレな佐藤君をからかえればそれでいいよ」
「ほほう。そうだったんですか」
にゅっとフロアから山田が顔を出す。どうやら盗み聞きしていたらしい。
「やはり山田の言う通りになりましたね。さすがは山田です」
山田は自画自賛すると、佐藤を意味ありげに見た。
「それにしても、これで佐藤さんも小鳥遊さんの仲間ですね。ロリコン佐藤さんと呼んであげましょう」
「そうだね、これからは小鳥遊君をRとは呼べないよね」
山田と相馬が声を上げて笑う。
「……てめえら、記憶が飛ぶまでぶん殴る!!」
「佐藤君、本気で怖いんだけど!」
怒った佐藤から、相馬と山田が一目散に逃げていく。右手にフライパン、左手におたまを持ち、佐藤は相馬たちを追いかけていった。
夜、バイトが終わり、佐藤はいつものようにぽぷらを車で家まで送っていた。
ぽぷらは珍しく思い詰めた表情をしていた。相馬たちに二人の関係がばれたことは、ぽぷらはまだ知らないはずだ。バイト中に失敗したわけでもないし、思い詰める理由が見当たらなかった。
家に到着するが、ぽぷらは車から降りようとしない。
「どうした?」
さすがに心配になり、佐藤が声をかけた。すると、ぽぷらは潤んだ瞳で、佐藤を見上げてきた。
「佐藤さん。私、今夜は帰りたくない」
思いがけない発言に、佐藤はハンドルに頭を打ちつけた。
「おまっ、意味がわかって……」
「もちろんわかってるよ」
ぽぷらは佐藤の方に身を乗り出す。その分だけ、佐藤は後ろにのけぞる。
「だって、今日は……」
ぽぷらが愁いを帯びた表情を浮かべる。普段は子供っぽいぽぷらの顔が、その時だけやけに大人びて見えた。
「今日は…………晩御飯がピーマンの肉詰めなの!」
佐藤は後頭部を窓ガラスに思いっきり打ちつけた。ぽぷらはピーマンが大嫌いだ。
「……ぽぷら」
「何?」
「頼むから、もう少し大人になってくれ!」
佐藤はぽぷらの襟首をつかむと、猫のように車外に放り出す。
「佐藤さん、ひっどーい!」
ぽぷらが文句を言うが、佐藤は取り合わず車を発進させる。
これまでは鈍感な八千代に悩んできた。どうやら、これからはお子様なぽぷらに悩まされることになりそうだ。
「女難の相でもあるのか、俺は」
気持ちが反映したのか、佐藤の運転はいつもより少しだけ荒かった。
事件解決から一週間が経ち、とうとう別れの日がやってきた。
プレシアの遺体はアリシアと共に故郷の大地に埋葬されることが決定している。
人気のない広場で、なのは、フェイト、ぽぷらは泣きながら別れを惜しみ、再会を誓っていた。フェイトの裁判はどんなに早くとも半年かかると言われている。
アルフは主人の別れを見守りながら、ふと人数が減っていることに気がついた。見回すと、隅の方で小鳥遊とクロノがしゃがみこんでいた。恐ろしく暗いオーラをまとっている。
「あの二人、どうしたんだい?」
近くにいた佐藤に尋ねる。
「未来を教えて欲しいって言うから、教えてやったんだ」
小鳥遊には、十年後なのはとフェイトがどんな大人になっているか。クロノには将来の結婚相手を教えた。
アルフが近づくと、覇気のない呟きが漂ってくる。
- 75 :
- 「僕がエイミィと結婚? そんな馬鹿な」
クロノは別にエイミィが嫌いなわけではなく、むしろ大切な友人だと思っている。しかし、クロノの好みはなのはのような年下の女の子で、いつかきっと素敵なRがあると信じていたのだ。
案外、ロマンチックなところがあったらしい。
「嘘だ。フェイトちゃんとなのはちゃんが年増になるなんて嘘だ。フェイトちゃんたちみたいな魔法少女は、きっといつまで経ってもちっちゃいままなんだ」
小鳥遊はマジ泣きしながら現実逃避をしていた。
「おい、小鳥遊」
アルフは小鳥遊の胸倉をつかみ上げる。
「何年後だろうと、フェイトに年増って言ったら、承知しないからね」
牙をむき出し恫喝する。このままではフェイトの悪夢が正夢になりそうだ。
「やだなぁ。そんなこと……」
小鳥遊が視線をそらす。すでに言わない自信がないらしい。
アルフは盛大に溜息を吐いた。やはり筋金入りのミニコンだ。
時の庭園での最後の瞬間、ジュエルシードのエネルギー障壁が弱まったが、あの原因は小鳥遊だった。
あの時、小鳥遊は朦朧とした意識の中で、全員が親指サイズまで縮んでいるのを見て、心の底から満足した。ジュエルシードは願望を叶える。小鳥遊の願望が叶ったことにより、接続されていたジュエルシードの力が弱まったのだ。
「しょうがないね。取引しよう」
「取引?」
「そう。あんたの願いは私が叶えてやる。その代わり、あんたはフェイトに年増って言わない」
「どうやって叶えてくれるんです?」
「これなら文句ないだろう」
アルフが対小鳥遊用最終必殺技を発動させる。体が光に包まれ、子どもの姿へと変身する。
「アルフさん、可愛い!」
「抱きつくな!」
感激のあまり抱きつこうとする小鳥遊の顔を、アルフが足で押しとどめる。
その時、佐藤がアルフの肩を軽くつついた。なのはたちとの別れを終えたフェイトが、こちらにやってくるところだった。
フェイトは儚げな笑顔で小鳥遊に話しかけた。
「宗太さん、また遊びに行ってもいいですか?」
「もちろん、いつでも歓迎するよ。俺だけじゃなく、姉さんたちもなずなもきっと喜ぶ。フェイトちゃんもアルフさんももう家族みたいなものなんだから」
フェイトは幸せそうに家族という言葉を噛みしめる。考えてみれば、アリシアの記憶以外で、フェイトに家族の温もりを教えてくれたのは小鳥遊家だった。教育係だったリニスも優しくしてくれたが、それは先生としての優しさだった。
これまで小鳥遊に対して漠然と抱えていた思いがある。フェイトはその思いを素直に言葉にした。
「宗太さんって……なんだかお父さんみたい」
フェイトにもアリシアにも父の記憶はない。少々家庭的すぎる気はするが、フェイトに取って小鳥遊は初めての父親のような人だった。
「…………」
「宗太さん?」
小鳥遊はしばし無言で立ちつくしていたかと思うと、いきなり鼻血を出してぶっ倒れた。
「宗太さん!?」
フェイトが慌てて抱き起こすと、小鳥遊は感極まった様子で目を閉じていた。
「俺、もういつ死んでも構いません」
「宗太さん、しっかりー!」
不幸でも死ぬが、幸せでも死ぬらしい。本当に難儀な性質である。
その頃、なのははユーノと並んで歩いていた。
小鳥遊たちがいる辺りがやけに騒々しいが、ユーノはそれにも気づかないくらい緊張していた。
なのはに気持ちを伝えるには今しかないとわかっているのに、どうしても決心がつかない。心臓が早鐘を打ち、握った両手はじっとりと汗ばんでいた。
「ユーノ君、どうしたの? なんか変だよ?」
なのはが無邪気に訊いてくる。
アースラ出航の時刻が差し迫っている。ユーノは意を決してなのはと正面から向き合う。
「な、なのは!」
ユーノの顔はゆでたトマトのように真っ赤だった。
「何?」
ユーノは深呼吸をして一息に言った。
「君が好きだ!」
「うん。私も好きだよ。大事なお友達だもん」
なのはの発言に、ユーノがよろめく。心がくじけそうになるが、これくらいなら予測の範囲内だ。
- 76 :
- 「そ、そうじゃなくて、種島さんと佐藤さんみたいな好きって言うこと!」
なのはの目が点になる。
「ふ、ふええええええええ!?」
どうにか気持ちは伝わったらしい。なのはが赤い顔で慌てふためいている。
「あの……それで……もし良かったら……」
しどろもどろでユーノは先を続けようとする。その時、
「そろそろ時間だ。出発するぞ」
クロノが冷厳に告げた。
「も、もうちょっと待って!」
「駄目だ」
クロノはユーノの肩をつかむと転送エリアまで無理やり引きずっていく。
「なのは、今度会ったら、返事を聞かせて!」
ユーノはどうにかそれだけを言い、なのはが赤い顔で首肯する。
みんなで手を振り、最後の別れの挨拶をする。フェイトやアルフ、ユーノ、クロノたちが、光に包まれアースラへと転送されていく。
こうしては魔法の世界の住人たちはミッドチルダへと、高町姉兄妹は海鳴市へと帰り、ワグナリアは日常を取り戻した。
それぞれの一生の思い出になるであろう夏は、こうして終わりを告げた。
エピローグ
あれから十年の月日が流れた。
フェイトはハラオウン家の正式な養子となり、フェイト・T・ハラオウンと名乗るようになった。ミドルネームのTは旧姓のテスタロッサのイニシャルだが、別の意味があることを知る者は少ない。
フェイト・小鳥遊・ハラオウン。彼女のもう一つの家族の名前だ。
なのはとフェイトは時空管理局に就職し、多忙な日々を送っている。今日は珍しく二人とも休暇が取れたので、朝から一緒に遊びに出かけていた。
夕方になり、なのはたちは喫茶店に入って休憩する。
「そう言えば、エリオ君とキャロちゃん、元気にしてる?」
なのはがジュースを飲みながら言った。フェイトが後見人を務める子供たちの名前だ。
「うん。よかったら写真見る?」
フェイトは二枚の写真を取り出した。遊園地を背景に十歳くらいの少年と少女が笑顔で写っている。
かつてなのはや小鳥遊が自分にしてくれたように、フェイトは不幸な境遇にある子供たちに手を差し伸べることを生きがいにしていた。
「でも、忙しいのに大変じゃない?」
なのはが心配そうに言うと、フェイトは笑顔で応える。
「まあね。でも、二人の顔を見てたら、疲れなんてどこかに飛んでっちゃうから」
- 77 :
- 「そっか。可愛いもんね」
「うん。本当に可愛い」
フェイトは二人の写真を眺め、しみじみと呟いた。
「……本当に十二歳以上なんかにならなければいいのに」
「…………フェイトちゃん?」
聞いてはいけない台詞を聞いた気がして、なのはの顔が引きつった。
「あ、いけない。もうこんな時間」
フェイトは時間を見て慌てて立ち上がる。夕飯はキャロと一緒に取る約束になっているのだ。
「なのはは、これからユーノと会うんだよね?」
「うん」
なのはは少し赤い顔で頷く。ユーノは現在無限書庫で司書長をやっている。
十年前に告白されて以来、お互い忙しいのでなかなか会えないが、どうにかこうにか関係は続いている。今日はユーノも仕事を早く上がってくれる予定だった。
「じゃあ、ユーノによろしくね」
「うん。伝えておく」
フェイトが走って去っていく。しばらくすると、眼鏡を賭けたユーノが店にやってくる。
「お待たせ、なのは」
ユーノが声をかけるが、なのははフェイトが消えた方角をじっと見つめていた。
「なのは?」
重ねて呼びかけると、なのははようやく振り向いた。
「ユーノ君。お願いがあるんだけど」
「何?」
「無限書庫でミニコンの治療法探してくれないかな?」
「はっ?」
どうやら伝染病の類のようだ。フェイトが完全な小鳥遊家の一員となってしまう前に治療法を発見しないといけないと、なのはは真剣に思った。
- 78 :
- 以上で投下終了です。
また何か思いついたら書くかもしれません。
それでは。
- 79 :
- もう忘れられてると思うというか
原作がやったぞジルグー!のあと長期休載だったり
後から出てきた設定でなんじゃこりゃーとなったり
結末は考えてたんですがそこまでの過程が思いつかなかったり
なのはの方の設定をほぼ忘れかけてたりで書いてませんでした。
これも繋ぎというか
こんなチート野郎設定出る前に想像できてたまるか!
という感じの短いモノです
というわけで投下します
- 80 :
- ブレイクブレイド StrikeS
第38話「経歴詐称」
「ふむ…」
自室のモニターを眺めていたスカリエッティがどこか楽しげな笑みを浮かべる。
「この世界を見つけるのは骨がかかっただろうね。ありがとうウーノ」
椅子を回して後ろを向き、直立不動の姿勢をとっているウーノに対して
スカリエッティは満更お世辞でもない労いの言葉をかける。
「ありがとうございますドクター」
スカリエッティのもとで情報分析を務めるウーノは心の底から嬉しそうに返事をした。
「しかし世界は特定できましたが情報収集用のポッドを送り込むのが精一杯でした、申し訳ありません」
「なに構わないよ、私が興味があったのはあの男のことだけだからね」
それにしても、とスカリエッティは興味深そうに話を続ける。
「こんな人物がいるものなんだねぇ。物語にだってここまであからさまに才能を与えられた登場人物はなかなか登場しないよ」
知っている人が聞けば「お前が言うな」と言いそうなものだが
スカリエッティは心底感心したようにその男、ジルグのいた世界であるクルゾン大陸での彼の経歴を改めて一瞥する。
- 81 :
- ──────────────────────────────────────────────────────
本名:ジルグ・ジ・レド・レ・アルヴァトロス
クリシュナ王国の名門アルヴァトロス家の一人息子として誕生
学業、その他あらゆる分野において他の追随を許さぬ成績を残し
彼の父親であるバルド将軍を含む『クリシュナの双璧』をはるかに凌駕する将軍になると期待された逸材。
彼の世界にあった戦闘の主力であるゴゥレム乗りとしての技量も突出しており
クリシュナ王国の王国中央特別兵軍養成学校において
毎年開催される「射撃」「遠距離射撃」「剣術」「槍術」「総合戦闘」の5部門で競われる
ゴゥレム実技大会に3回出場し2年連続で5部門優勝
3連覇は逃したものの最後の年は槍術以外の4部門で優勝、槍術で準優勝
学業の面においても全てにおいて他の生徒を圧倒していたという。
行軍訓練中突如味方を射殺し投獄されていたが
アテネス連邦王国における戦争中釈放され、鹵獲ゴゥレムであるエルテーミスを短期間で慣らして出撃し
初陣にもかかわらず単騎で凄まじい戦果を上げるが、敵軍に捕縛され処刑される。享年19歳。
──────────────────────────────────────────────────────
管理局においては20過ぎと称しているそうだが、おそらくこちらの世界の未成年では何かと不都合が多いと判断したためだろう。
本名や詳しい経歴なども明かしている様子はない。
敵に回すにせよ味方に引き込むにせよ、ここまでインチキくさい経歴を持つ男だったとは
さしもののスカリエッティの予想を超えていたようである。
- 82 :
- 「そういえば彼にやられたノーヴェの容態はどうかね?」
むしろ彼女の容態よりも直接刃を交えた(正確には一方的に蹂躙された)彼女からの様子を聞きたそうなスカリエッティ。
「はい、回復の方は順調です。近いうちに実戦に復帰できるでしょう」
「そうかね、それは良かった。彼女さえよければぜひ再戦して雪辱を晴らしてみて欲しいものだね」
単純に興味を持ったジルグの戦いぶりを見たいというのが本音なのだろう。
他に刃を交えた経験のあるゼストはスカリエッティを嫌っているため感想を話したりはしてくれない。
自分の配下が半殺しにされたというのにその相手に対して
まるで新しい玩具を与えられた子供のような目を向けるスカリエッティに
さすがのウーノも内心呆れとノーヴェに対する同情の念が湧くのであった。
「そういえば彼の世界に対する干渉手段については調査しなくても良いのですか?」
「私が興味を持っているのは彼であって彼が『かつて存在した』世界ではないからね。
それに文明のレベル的にも干渉するには値しないよ」
ウーノの提案を笑いながら一蹴するスカリエッティ。
並の人物であれば自分が元いた世界を取引材料等に使えるかもしれないが
少なくともジルグに対しては全く意味がないだろう、との感想をスカリエッティは抱いている。
ならばジルグの情報以外にクルゾン大陸に価値はない、と感じてもおかしくはない。
わかりました、と返事をして部屋を出て行くウーノを見送ると
再びモニターに向き直り、楽し気な表情を崩さぬまま次なる『遊び』の考案に入るスカリエッティであった。
- 83 :
- 以上です。
もうやだ何このチート
唯一の弱点もあんなの想像できたらある意味すごいというものではありましたが…
設定集出てますますスランプが加速することになりそうな予感です。
辻褄合わせとかもう即興です。
まさかなのはさんたちと同年齢だなんて思いませんでしたよええ
それでは
- 84 :
- >>83
久しい投下、乙です
17時頃に羽生蛇村調査報告書
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン 旧宮田医院/山中 初日/4時41分38秒
を投下します
- 85 :
- 時間なので投下します
※注意
このSSには鬱要素が含まれており、今後登場キャラクター達が酷い目に遭う展開も有り得ます。そのことを踏まえて、よろしくお願いします。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
旧宮田医院/山中
初日/4時41分38秒
ぽたぽたと顔を叩く水滴の感触。それが仰向けに倒れていたフェイトの意識を覚醒へと促した。
意識が浮上し、閉じていた目を開くと弱い光が視界に映り込む。
目覚めたばかりで未だぼやける目を凝らすと、弱い光はすすけた街灯の明かりであることが分かった。丁度フェイトの真上辺りから仄暗く、寂しげな光を投じている。
(………とりあえず起きよう)
ぼんやりと光を眺めながらそう思い、上体を起こした。
「っ………」
しかし身体を動かすと同時にあちこちに鈍い痛みが走り、フェイトは顔を歪ませながらも立ち上がった。それに伴って気絶する直前の記憶が蘇る。
魔力を失って落下する身体、途切れ途切れの通信、揺れる大地、轟き響き渡るサイレン……あれらは相手側の手によって起こされたものなのか。あるいはレリックの暴走によるものなのか。
もしくはこちらも予想だにしない別の何かによるものなのか。
何が起きたのか詳しく分かっていない現状では、いくら推察しようと答えにはたどり着かないだろう。だがこちらにとってよからぬことが起きたのはまず間違いないようだ。
気付けばバリアジャケットが解けており、地球に来た時に着ていた私服姿に戻っている。Gパンや黒い上着に、落下した時についたのだろう木の葉が幾つかくっついていた。
そして手の中には、待機モードのバルディッシュがしっかり握られている。墜落時に強制的にモード変更されたのだろうか。
(それにしても手の中に握ったままで落とさずによかった……)
あの落下の最中に落としていたとしてもおかしくはなかった。長年を共にした愛機が手元にあることに安堵する。
- 86 :
- 周りを見渡すと、そこは闇に包まれた森だった。フェイトを照らしている街灯以外の明かりは一切見当たらない。
高所から落ちたのに、この程度の傷で済んだのは森の木々がクッションになったからだろう。
(とりあえず、通信は………やっぱりダメか)
通信回線を開こうとしても、回線が途絶されている以前にウィンドウすら開かない。しかし何故だか、フェイトは何となくそういった予想はしていた。
経験によるものだろうか。これは一筋縄で済む問題では無い、直感でそう感じていた。
しかし魔法も通信と同様、発動する気配すら無いことには流石に驚いた。
その上、バルディッシュは起動することも出来なければ音声を発することも出来ない。バリアジャケットを構成することすら出来ず、まるで魔法そのものを封じられたかのようだ。
(AMFとは違うな。一体、なんなんだろう?)
ただ一応、魔法を完全に失ったわけでも、バルディッシュが壊れたわけでもないことは分かった。バルディッシュに魔力を流すことで、ある程度の魔力光を発することはできたからだ。
それにバルディッシュ自身が自発的に魔力光をちかちかと照らすこともでき、どうやらなんらかの理由で発声を含めた機能が大幅に制限されている状態になっているようだ。
(レリック、じゃないよね。あれが暴走したらもっと大変なことになるし、なによりこんな不可思議な影響が出た事例なんて聞いたことが無い)
だいたい、最後の最後まで探知されたレリックの反応自体が微弱かつあやふやで、そもそも本当にこの地に存在していたのかどうかも分からない。
(まぁ、理由は分からないけど、とにかく魔法が使えないならどうしようもないし……それにしても困ったなぁ)
こんな山奥深くに放り出され、自分の居場所も分からない。いわゆる遭難状態に陥っているのだ。
(とりあえずここは××県、三隅群……そのどこかなのは確かだよね)
- 87 :
- 改めて周りを見回しながら、冷静に気絶する前の記憶を思い起こす。ロングアーチから受けたレリック探知に関する情報では、この近くに村落があったはずだ。
(確か、羽生蛇村だったけ)
名前に妙な響きを持っているので覚えている。しかし聞いたことの無い名前だが、名が残っている辺り廃村では無いのだろう。
(その村を目指すのもいいけど、無闇に動くのも危ないし……)
ぽたっ
と、ふと額に液体が当たる感触がした。反射的にフェイトは手の甲でそれを拭った。
そう言えば辺りにはささやかな雨が降り続けていた。きっと枝葉に溜まった雨水が大きな水滴になって落ちてきたのだろう。
なんとなしに拭ったそれを見る。
「……え」
フェイトはぎょっとした。
手の甲に伸びた水滴は、街灯に照らされてぬらぬらと光を反射している。
それは、赤色だった。
「血……?」
頭を切ったのかと思い、もう一度拭ってみるが、痛みもなければ血も付いていない。
そこで見つめた手のひらに、再び赤い水滴が落ちた。
「えっ!?」
驚くと同時に、急いで手についた赤い水滴を拭う。
(降ってきた、んだよね)
フェイトは恐る恐る、バルディッシュの放つ強い光を空に向けてみた。頭上を生い茂る木々の枝葉が照らされ、その合間合間から穏やかな雨が降り続けている。
フェイトは、光に照らされた降り注ぐ雨を見て、息を呑んだ。
血のように赤く染まった、おぞましい雨。雨がバルディッシュの放つ光を受けて、闇の中に鮮やかな赤色を浮かび上がらせていた。
「ど、どうなってるの?」
第97管理外世界『地球』。かつてフェイトが暮らしていたこともある馴染みのある世界だが、こんな現象は遭遇したことも無ければ聞いたこともない。
血の雨だなんて、まるで怪談話の世界だ。寒気がして、腕をさすりながら呆然と呟いた直後。
「っ!!」
頭の中を電気が駆け抜けるような痛みが襲った。激痛を堪えるために、フェイトは反射的に頭を抱え、目を堅くつぶる。
その瞬間、何かの思念が頭の中を流れていった。
- 88 :
- ―――― ―― ―― ―――
(な、なに!?)
しかし内容が全く読み取れない。
ただフェイトは、自分が何者かと瞬間的に感覚を共有したという事実だけを、直感的に、しかし確かに理解した。
(思念通話とかじゃない……これは、一体……)
フェイトが目を開けると頭痛は治まり、『感覚』も途切れた。気付けば嫌な汗が額からにじみ出ている。
思念通話とは違う、今のはそれよりもっと感覚的で原始的なものだった。その上原因も分からなければ、感覚を共有した何者かの意図も読み取れない。ただただ、不気味だ。
(もう、なにがなんだか……)
自分の意志とは無関係に次から次へと舞い込んでくる超常現象に脳の処理が追いつかない。
(本当にどうなってるんだろ……ティアナやキャロは大丈夫かな)
頭を抱えていると、ふと隊員達の顔が脳裏によぎった。
サイレンが鳴る直前まで、自分の目の前で大量のガジェットと空中戦を繰り広げていたキャロとティアナ。あの様子だと二人も自分と同じく、この地域のどこかに墜落しているだろう。
(とにかく二人も探さなきゃ)
魔法が使えず、通信もできない。ならば、今同じ事態に直面しているだろう仲間と早々に合流して、事態の原因究明を目指すのが一番だ。
ただ問題はこの静寂に包まれた森の中をどう進むか。
深夜ということもあり、周りは不気味なくらい静まり返っている。更に凹凸が激しい山岳地帯では歩いていても一定方向には進むことはできない。
かといってこの赤い雨に晒されながら一人じっとして、森の中で助けを待つ気も更々なかった。
無闇に動くことも危険だが、六課や本局からすぐに助けが来るとも限らない。ならそれまで現地で原因を探るのも悪いことではない。
それに自分の身に降りかかっている一連の出来事に、言い知れぬ不安もあり、気味の悪い赤い雨に打たれながらいつ来るか分からない救助を待てる自信も無い。
「……とりあえず、動いてみようかな」
赤い雨が降り注ぐ中、言い知れぬ不安を胸にしながらも、フェイトはあくまで冷静に、行動を開始した。
- 89 :
- 投下終了です
話を補足すると、フェイトは宮田医院近辺にいましたが、その存在に気付かず医院から離れていきました。
ではまた
- 90 :
- 投下予告です
一時頃に羽生蛇村調査報告書
キャロ・ル・ルシエ 蛇ノ首谷/折臥ノ森 初日/5時27分11秒
を投下しようと思います
- 91 :
- 時間なので投下します
※注意
このSSには鬱要素が含まれており、今後登場キャラクター達が酷い目に遭う展開も有り得ます。そのことを踏まえて、よろしくお願いします。
キャロ・ル・ルシエ
蛇ノ首谷/折臥ノ森
初日/5時27分11秒
―――出て行け―――
―――消えろ―――
―――恐ろしい―――
―――忌まわしい―――
―――お前の居場所など……―――
「いやぁっ!!」
悲鳴をあげて、キャロは跳ね起きた。
汗で顔はびしょ濡れ、動悸は激しく打ち、呼吸は浅くて早い。
深呼吸をしようにも、やり方を忘れたように上手くできない。それでも呼吸を整えようと、キャロは自分の胸元を両手で握り締めた。
「はぁっ、はっ……ゆ、夢?」
ようやく呼吸がまともになってきたと同時に、現実を確かめるように呟く。それ程までに、今まで見ていた悪夢はキャロにとって強烈な内容だった。
(そんなことない、大丈夫……夢、夢だから、うん)
そう思うことで、悪夢を悪夢として頭から振り払った。
そうして自分を落ち着けると、キャロは辺りを見回した。
(それにしてもここ、どこなんだろ)
周りを取り囲む木々。少なくとも、森の中であることは確かだ。
空は薄い青に染まり、暗がりと靄の中、辺りの光景を見ることができた。気絶したあの夜からどれくらい経っているのかは解りかねるが、
今が明け方であることは理解できた。
「なんだか、すごく嫌な感じ……」
湿っぽい、陰湿な雰囲気が辺りを包み込んでいる。深い靄のおかげで先がまるで見えず、それが不安感を更に煽った。
「バリアジャケット……解けてる」
更に身体を見ると私服のワンピースに戻っていた。キャロ専用のブーストデバイス、ケリュケイオンも待機モードになり、ネックレスとして首から掛かっている。
「そうだ、ティアさんは?それにフリードも……」
レリックの反応を追って共にこの地に来たティアナ、それに長年自分と一緒にいてくれた白竜のフリードもいない。
「フリード!?フリード!!」
- 92 :
- 周りに呼び掛けても、あの元気な鳴き声が帰ってくることは無い。キャロの声は森を包む朝靄に飲み込まれて霧散した。
(フリードがいない……?なにが、あったんだっけ)
記憶を手繰り寄せる。雨の中、交戦していたガジェット達が突然機能停止を始め、直後にサイレンが鳴り響いた。
それに呼応して錯乱したフリードにティアナがなすすべもなく振り落とされ、その後、狂ったように飛び回ったフリードに乗っている内に、キャロもいつの間にか気を失っていた。
そこでフリードから振り落とされてしまったティアナは、無事なのだろうか?
思い出した途端、キャロの胸を締め付けるような不安が襲った。
あの時……謎のサイレンが鳴り響き、暴れ出したフリードにティアナが振り落とされた瞬間。
キャロはフリードに振り落とされまいと必死で、なすすべもなくティアナが墜落していく様子を見ているしかなかった。
下は見渡す限りの森だったし、日頃から鍛えているティアナがあれで死んでいるということは無いだろう。だがもしかしたら大きな怪我をしているかもしれない。動けないかもしれない。
(ティアさん……)
そう思うと、ティアナの安否に対する不安で胸が一杯になる。
それと共に、落ちていく仲間を助けるどころか、手を差し伸ばすことすらできなかった自分に、キャロはどうしようもなく、やるせない気持ちになった。
(……でも、フリードは?)
しかし直前まで乗っていたフリードが、近くにいないだなんてことはあり得るのだろうか?物心ついた時から今まで、自分から片時も離れなかったフリードがいないだなんて。
(それにあのサイレン……いや、サイレンじゃない。生き物の鳴き声みたいだった)
身体の芯まで震わせるような大音量のサイレンは、今も克明に覚えている。キャロにとって、あのサイレンはただの機械音ではなく何か得体の知れない生き物の咆哮に聞こえた。
今の今まで、聞いたこともないような不気味な鳴き声。それに対して尋常ではない抵抗を見せ、錯乱したフリード。
あそこまで暴れて抵抗感を示したフリードは、長年心身を共にしたキャロですら見たことが無い。
フリードはあのサイレンから何を感じとったのだろうか。
(とりあえず、ティアナさんやロングアーチと通信できないかな……)
そう思い付き、待機モードのまま首から下がっているケリュケイオンを握った。
- 93 :
- 「ケリュケイオン」
起動しようと、その名を呼ぶ。
「……ケリュケイオン?」
しかし一向に通常モードに入らない。反応も、ネックレスの宝石部位がちかちかと淡い光を放つだけ。
キャロは血の気が引いたような感覚を覚えた。
「ケリュケイオン?ケリュケイオン、お願い反応して!」
何度名前を呼んでもケリュケイオンは光を散らすだけで、音声すら発しない。
「そ、そんな……」
故障だろうか?もしかしてあのサイレンが原因で?憶測が脳内で飛び交い、不安で思考空回りを続ける。
通信はできない、助けも呼べない、召喚もできない、仲間はいない。見知らぬ世界、誰もいない見知らぬ土地の真ん中で一人。
(ど、どうしよう……)
途方に暮れ、周囲の鬱蒼とした森を見回した。
――――ぐ―お―ぉお―ぉ――――
「っ!?」
その時、どこからともなく不気味な呻き声が聞こえてきた。キャロは小さな肩を跳ね上げて驚き、思わず辺りを見回す。
周りに生物らしき影は見当たらない。しかし呻き声、キャロとそんなに離れていない位置から聞こえてきた。
「な、なに?なんの声……うぐぅっ!!」
突然、キャロをつんざくような頭痛が襲った。余りの痛みに眉間に皺を寄せ、思わず目をつぶってしまった。
するとその瞬間、頭痛と呼応するように脳裏に映像が流れてきた。
―――げはっ は は はは は は―――
不気味な笑い声と共に、草木を掻き分けて山の中を動き回っている、『誰か』の視界。激しい息遣いと共に慌ただしく移動しているその様子は、異常だった。
痛みに耐えかねてキャロが目を開けると、映像と頭痛は嘘のように脳裏から消え去っていった。
「い、今のは……?」
呆然としながら呟く。幻覚のようではあったが、違う。頭に痛みが走っていた間、確かに誰かと感覚を共有していた。
恐る恐る、再び目をつぶって意識を集中してみた。
- 94 :
- 「いっ……」
すると再び頭が痛み出し、脳裏に映像が蘇る。
―――ふひ ひ ひぃひ ひひ―――
また別の『誰か』の視界。随分遠くにいるようで流れ込む映像は、印象が薄く、声も聞き取りにくい。
だが先程の『誰か』と同じく、この人間もまともとは思えないような笑い声をあげている。整備された林道を歩いているようだ。
「これは………」
キャロは目を開けて、そして感覚的に理解した。
今の自分には、どういうわけか魔法の代わりに、他人の視界を盗み見る能力が与えられているということに。
どうしてそんな物が身に付いたのかは分からない。
そして能力で見た視界からわかったこと。
山の中ではあるが、どうやら人はいるようだ。……しかしその人間達は、キャロから見て、とてもまともとは思えない様子だった。
勝手の分からない山の中、自分以外にもどこかに異常者達が徘徊している。自分の置かれている現状を確認すると、背筋が寒くなった。
「と、とにかくティアさんを探さないと……」
サイレンや、この能力、魔法が使えなくなったことやフリードの失踪。気になることは山のようにあるが、今はどこかにいるだろうティアナと合流して、二人で問題解決を図った方がいい。
それに、この能力があれば仲間を見つけることもそれほど難しいことにはならないだろう。そう思ってキャロはその場から立ち上がり、歩き出した。
ぱぁん
「!?」
しかし数歩歩いてから突然、乾いた音が森に響き渡り、ぱすん、という音と共にすぐ近くの木に弾丸がめり込んだ。
心臓が跳ね上がるような驚きと共に、キャロはとっさにその場に屈んだ。
(そ、狙撃されてる!?一体誰に……それにこれは、質量兵器!!)
飛んできたのは魔力などを使用したエネルギー弾ではなく、質量のある鉛の弾。当たれば致命傷は確実だ。
(そうだ……なのは隊長やフェイト隊長がいたこの世界って、管理外世界だった)
管理世界では禁止されている馴染みの無い質量兵器にキャロは驚き、それから改めてここが管理外世界であることを思い出した。
それでもこの地、高町なのはや八神はやての出身のこの国は、山の中で佇んでいると突然狙撃されるほど治安の悪い場所だっただろうか?
先程の能力で見た異常者達もそうだ。そんな危険な人間ばかりいるような場所ではなかったはずだ。
- 95 :
- ぱぁん
再び響いた銃声にキャロは思考を中断させられた。顔を上げると、間近の木が被弾した。
相手に完全に位置を知られてしまっている。このままではこの場から動くこともままならないし、そのまま近付かれて最悪射殺されるかもしれない。
緊迫状態の中、キャロは生唾を飲み込んだ。
(……さっきの視界を盗み見るチカラ、使えないかな)
ふとそう思い立ち、試しに目をつぶって意識を周囲に集中させてみた。
すると、あの鋭い頭痛が頭の底から湧き上がるように広がっていき、例の能力を使うことに見事に成功した。
「……っ!!」
頭痛で漏れそうになる声を抑えて、自分を狙撃しようとしている者の視界を探る。
……あった。
猟銃を構えている視界が。その視界を介して、自分のいる位置も感覚的に理解できた。
狙撃するにはキャロのいる位置とかなり距離が近い位置にいるようだ。丁度小さな崖の上にいるらしく、キャロのいる辺りを見下ろせる場所。
しかし屈んでいるキャロの姿はちょうど茂みに隠れており、犯人からは見えない。
―――はぁはぁ はぁ はっ ぁはぁ は ぁはぁ―――
そして犯人は声を潜める気は無いのか、こちらまで息苦しくなりそうなまでに呼吸が異様に荒々しい。
心を大きく取り乱しているのか、それとも異常者なのか。どちらにしろ少女一人が山中に迷い込んでいるのをいいことに射殺してこようとしてくる者の気が知れない。
犯人はキャロが動かないことを悟ったようで、やがて猟銃を持ち直すと崖を飛び下りた。
地面が一気に近付いて着地。相変わらず不規則な呼吸を繰り返しながらキャロのいる茂みをしっかりと見ている。
そして犯人はそのまま、覚束ない足取りで、よたよたと歩いてきた。
(こっちに向かってくる……!?)
男の動向を確認したキャロは目を開けた。どうしよう、と混乱しつつ屈んだまま身の回りを見回す。隠れるところは少ないが、とりあえず茂みや木がある。
頼りないが仕方ないと思い切り、キャロは素早く、しかし静かに茂みに飛び込んだ。
そして息を殺して忍び、草間から覗き込んで近付いてくる男を待った。
やがて草や枝を踏みつける音が近づいてきて、男がやってきた。
現れた男。猟銃を持ち、ほっかむりをした男は農夫のようでYシャツと、丈の大きなズボンを履いている。
- 96 :
- しかし、その顔を見たキャロは、思わず引きつった声を漏らしそうになった。
(に、人間じゃ……ない……)
年配だと思われる男の顔にはある程度の皺があった。しかしその顔は、死体のように、いや死体以上に青白い。服も泥や血でぐちゃぐちゃに汚れていた。
目や鼻からは血が溢れ出し、その目は焦点が合っていない。呆けた表情をして何事かをぼそぼそと呟いている。
衝撃と恐怖に身体を固まらせたまま、キャロの目は男に釘付けになっていた。
やがて男は挙動不審に周りを見回し、その場から離れていった。
「…………………」
男がどこかへ行った後もしばらくキャロは動けなかった。数分経ってからようやく動き出し、絶句しながら茂みを抜け出す。
そしてキャロは男が歩いていった方向と逆方向に走り出した。
(な、なんだったの……?)
わけも分からず走りながら思い返す。
あれはまるで歩く死者だった。しかしそんなものは物語の中でしか存在しないんじゃないか。だがあれは確かに目の前にいて、息をして歩き回っていた。
(もしかして、他の人達もあの人みたいに……?)
能力で見つけた『人々』もあの男と同じ状態なんじゃないか。
やはりあのサイレンだ。
あのサイレンが原因でこんなことになってしまったんだ。
そう考えながら、靄で先の見えない凸凹とした森の中を走り続ける。
ある程度走り続けて、キャロは息を切らして立ち止まった。膝に手を当てて屈み、深呼吸を繰り返す。ここはどこなんだろうか。
相変わらず周りは木ばかりで、目覚めた時と景色に違いは無い。
今もこの山のどこかにあいつらがいる。
そう思うと、キャロは一刻も早くこの場から抜け出したい気持ちに駆られた。
ぱきっ
不意に枝が折れる音が聞こえてきた。目の前からだ。
(だ、誰か……いる?)
走っていたせいで鼓動が早まった心臓が、緊張感も相乗して張り裂けそうになっている。
しかしそれ以上、近付いてくる気配は無い。
「……?」
恐る恐る、キャロは顔を上げてみた。
目の前に、人が立っていた。それは女性だった。あの男と同じ、農業を営んでいるだろう服装をしている。
- 97 :
- その顔もやはり血の気はなく、目からは大量の血液が流れ出していた。あの男と変わらない、焦点の合わない濁った目。
女性はその目をキャロに向けると、血で溢れた口を三日月にして、笑ってみせた。
「な ぁあ にぃ い ひ っひぃひ ひ」
声すら出なかった。
キャロは、踵を返すと再び全速力で走り出した。茂みに突っ込み、草を掻き分け、道無き道を、必死に。
背後から草を掻き分ける音が追ってくる。後ろなんて見られない。恐ろしいだなんてものではなかった。脳裏に女性の笑顔が貼りつき、それがキャロの足を余計に速める。
なぜ微笑んだのか、それは分からない。しかしあの不気味な笑顔はキャロに向けられ、それはキャロに確かな恐怖心を植え付けた。
「あっ!!」
不意に目の前に地面が無くなり、キャロの身体が宙に浮いた。
しかしすぐに重力に従って落下。咄嗟に受け身を取ったものの、コンクリートの地面の上に叩きつけられ、その上思い切り転がる。
「いたい……」
受け身を取った腕がすりむけ、破けた皮膚の間から血が溢れ出している。軽い打撲もしており、腕や膝がじんじんと痛み出した。
痛む箇所を労りながら、辺りを見回した。どうやら山間部に走る道路に出れたようだ。それに道の上に電線が走っている辺り、廃道というわけでもないらしい。
ただ辺りは相変わらず深い朝靄に包まれ、道の向こうはまるで見えないが。
キャロが出てきたのは道路を挟む山の一方から。道路脇の山肌はブロックで固められて生け垣のようになっており、自分はその上から飛び出してきたようだ。
と、キャロのいた山の茂みから、がさがさと音が聞こえてきた。
(逃げ、なきゃ……)
キャロは未だ痛みを増す腕と膝を労りながらも、先の見えない道をとにかく走り出した。
まさか隊長陣のいた平和な世界で、こんな異常事態に巻き込まれるだなんて思いも寄らない。
靄の中、歯を食いしばりながら、キャロは道を走り続ける。
(ティアさん……っ!!)
せめてその先に、仲間のティアナがいることを望んで。
- 98 :
- 以上で投下終了です
ではまた
- 99 :
- 御久し振りです
これよりR-TYPE Λ 第34話を投下させて戴きます
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